尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 - 2025年12月20日

2025年12月20日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、日本・京都の寶吉祥仏法センターにおいて、殊勝なる「阿弥陀仏大済度法会」を主法され、円満に成就された。リンチェンドルジェ・リンポチェは、阿弥陀仏より直接伝授された密法――「阿弥陀仏儀軌速証浄土法」を自ら修持された。この殊勝なる法門は、最も秘奥なる「ポワ法」の成就を証得した主法者のみが修することを許されるものである。本法は、三悪道に堕した往生者を救い、三悪道を離脱させることができ、また三悪道に生まれた衆生も、此の一生を終えた後、浄土に生まれる因縁を得ることができる。さらに、現世にある大衆の無量の悪業を清浄にし、来世に阿弥陀仏の国土へ往生するための善因を種ずる、不可思議なる功徳を具えている。

リンポチェは、大いなる慈悲の誓願力をもって、長年にわたりこの殊勝かつ稀有なる法を弘揚され、無数の有情に利益をもたらしてこられた。法会の中では、日本の篠笛演奏家 佐藤和哉 先生が献笛を奉じ、また 裏千家 の 玉垣宗知 准教授が、その門下生である台湾・寶吉祥茶庵の庵主 顏廷宇 とともに、日本茶道における最も崇高なる献茶式に則り、供茶を奉納された。これは、チベット仏教の儀軌において、音声・茶香による供仏ならびに上師への供養が同時に行われた初の試みであり、日本におけるチベット仏教法会において、三者が初めて一堂に会し、心を一つにして奉献されたものである。かくして、きわめて稀有なる文化の融合が顕現した。

リンポチェは、チベット仏教金剛乗における「ポワ法」の極めて秘奥なる功徳について特別に開示され、また無尽の慈悲心をもって、衆生に対し肉食を慎み殺生を戒めること、ならびに因果業報が真実不虚であることを、懇切かつ繰り返し諭された。同時に、来る年において世間の争いがいっそう激化するという共業についても警鐘を鳴らされ、衆生が仏法を依り処として、速やかに帰依し学仏すること、悪を断ち善を修し、来年に生じ得るさまざまな障碍を少しでも減少させることを、切に期待されている。

修法の過程において、会場には瑞相が次々と現れ、大地が震動し、妙なる香気が豊かに立ち満ちた。多くの参会者は、温かな流れが全身を巡るのを感じ、リンポチェの尊身および壇城からは、まばゆい金色の光が放たれた。さらに、虚空には五彩の瑞雲および彩色の日暈が顕現し、数々の不可思議なる瑞相が現れた。これらの瑞相は、リンポチェが修法において成就を証得されたこと、ならびに諸仏菩薩が歓喜して加持を賜ったことを示すものであり、無数の有情衆生が、上師の広大無辺なる菩提心によって、苦を離れ楽を得ることができた。本法会には、日本・中国大陸・ドイツ・台湾など各地より信衆および弟子が参集し、参加者は合計百六十三名であった。

2025年12月20日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、日本・京都寶吉祥仏法センターにおいて、「直貢噶舉派 阿弥陀仏大済度法会」を厳修された。午前9時25分、幡・幢、出家衆、八供女、宝傘、楽器、薫香の先導と迎請のもと、リンチェンドルジェ・リンポチェは、花が散り敷かれた八吉祥の白い絨毯の上を進まれた。会場の大衆は荘厳なる楽の音の中、合掌して起立し、恭しくリンポチェの法座昇座をお迎えした。リンポチェは壇城に登り、諸仏菩薩に頂礼し、灯明を行い仏様に奉じ、さらに前額をもって法王の法座に頂礼された後、法座に昇られた。続いて八供女が八吉祥の供養をもって上師および諸仏菩薩に供養を捧げ、リンポチェは慈悲をもって貴重なる仏法の御開示を賜った。

本日修持したのは、「阿弥陀仏儀軌速証浄土法」である。仏教はインドより中国へ伝わり、さらに中国から日本へ伝来し、大乗仏教と称される。仏法は三乗に分かれ、小乗・大乗・金剛乗がある。中国に伝来した仏法は八宗に分かれ、そのうちの一つが浄土宗であり、京都にもこの宗派が存在する。『宝積経』において、釈迦牟尼仏は阿弥陀仏の国土を「浄土」と称されている。ゆえに中国の浄土宗は、阿弥陀仏を専修の本尊としている。顕教において最も重要な経典は、『阿弥陀経』『観無量寿経』『無量寿経』の三部経である。これら三部経は、釈迦牟尼仏が信衆および修行者に対して、阿弥陀仏の浄土がいかなる世界であるか、またどのように修行すれば浄土に往生できるかを説いたものであるが、衆生をどのように済度するかについては説かれていない。

「済度」とは、一切の有情衆生を輪廻の苦海より超え出させることであり、「度」とは、彼岸である阿弥陀仏の浄土に到達することを意味する。釈迦牟尼仏が『阿弥陀経』において説かれたところによれば、阿弥陀仏の浄土とは、福徳因縁の欠かせない善男子・善女人が、この一生において浄土往生を発願し、命終の後、その神識が阿弥陀仏の化身によって来迎され、浄土へと導かれる世界である。浄土に往生した後は、蓮華の中に生まれ、一定の時に蓮華が開き、仏菩薩による仏法の導きを聴聞し、仏法の宣説を聞くことができる。阿弥陀仏の国土に生まれる利益は、再び輪廻に戻ることがなく、また修行において退転しないことである。しかし、阿弥陀仏の浄土に生まれてから、蓮華が開き、阿弥陀仏の法身を親見し、最終的に仏果を成就するまでには、非常に長い時間を要する。このため、金剛乗、すなわちチベット仏教においては、特別な「阿弥陀仏儀軌速証浄土法」が伝えられている。この法は、阿弥陀仏が自ら蓮師(パドマサンバヴァ)に伝授し、さらに蓮師より伝承されたものである。この法は、主として、この一生および過去世において仏法を修行せず、阿弥陀仏の国土に往生する因縁を得られなかった亡者に対し、今回こそ発願と願力を持つ者によって、その済度を助けるためのものである。

チベット仏教においては、この法を修持できるのは、必ずリンポチェ級の行者でなければならず、かつ必ず「ポワ法」を成就していなければならない。「ポワ法」とは、阿弥陀仏の最も秘密なる法であり、現世において往生する以前、あるいは命終の後においても、亡者の神識を直接、即座に阿弥陀仏の国土へと送ることができる法である。もしこの「ポワ法」を成就していなければ、この法本は修することができず、たとえ形式的に修したとしても、何の作用もないのである。

この法は、私の上師である直貢チェツァン法王より、私に直接伝えられたものである。私は台湾において、16年間にわたり、毎年2万人規模の「阿弥陀仏大済度法会」を連続して主法してきた。これまでの延べ参加人数は約32万人に及ぶ。参加者がそれぞれ連れて来た累世の冤親債主は、私が阿弥陀仏に祈請することによって、済度を得たのである。しかし過去8年間、台湾において仏寺を建立する必要があったため、この大法会は一時中断していた。大規模な法会を開催するには、多大な時間・体力・資金を要するからである。かつて私がこの大済度法会を開催していた際、参加者からは一切の費用を受け取らず、すべて無料で行ってきた。壇城を含むすべての費用は、私自身および弟子たちが負担してきたものである。現在の台湾において、2万人規模の法会を一回開催するためには、およそ2,000万台湾ドル以上の費用が必要である。昨年より、台湾の仏寺において再びこの法を修するようになった。多くの衆生が、この法の助けを必要としているからである。日本においても、すでに二、三度この法を修してきた。年の瀬を迎えたため、今回はこの法を修し、日本この土地、および信衆を助け、皆がこの一年の間に食した肉、殺した衆生、そして祖先たちを済度するのである。

済度とはいったい何であるのか。世界のあらゆる宗教の中で、「済度」という概念があるのは仏教だけであり、他の宗教には存在しない。済度とは、自分と縁のある一切の有情衆生が、苦の海から離れることを願う行為である。それらの有情衆生が苦の海から解放されれば、祖先であれ、自分と関係のある人々であれ、動物であれ、彼らが苦しまなくなることによって、はじめて自分自身も安楽を得ることができ、この一生における障害も自然と減少していくのである。したがって、浄土への往生、すなわち阿弥陀仏の国土への往生を願う者は、この一生において必ず菜食を実践しなければならず、もはや衆生の肉を食べてはならない。もし肉を食べ続ければ、輪廻から離れることはできず、輪廻は果てしなく続くのである。ある人々にとって、菜食は困難なことであるかもしれない。しかし私は、32歳のときから菜食を始め、現在78歳になるまで続けている。今でも毎日、多くの事柄を処理することができており、修法はもちろん、自分の会社のさまざまな業務も担っている。そして、菜食を始めて以降、多くの病が発生しなくなったのである。

本日、皆のために阿弥陀仏の法会を修したのは、来年に財を得させるためではなく、皆を助けるためである。皆の親族・友人、そして祖先が済度された後、もし来年、仏法を学び修行するという決意を立てるならば、困難や障害は必ず減少する。来年は決して良い年ではない。火の気が非常に強い年であり、これはこの世界における争いが激しくなることを意味している。この法会に参加したことによって、皆が悪しき共業に巻き込まれる機会が減少することを願っている。しかし、法会に参加した後もなお殺生を続け、肉食をやめない者は、悪しき共業に巻き込まれる可能性がある。もしここから菜食を始めるならば、悪しき共業に巻き込まれる可能性は相対的に減少するのである。

これより修法を開始する。リンポチェが修法をなされると、場内には次々と香りが立ち現れ、その香りは変化に富み、時には花の香り、時には白檀の香りとなって漂った。
先ほど私が唱えたのは、仏・法・上師への帰依である。ここでの帰依は少し異なる。私が立てた帰依の力と誓言は、すべての衆生が成仏するその時に至るまでも、決して退転することはない。次に発心である。輪廻に堕ち、苦しみの鉄の鎖に縛られている有情衆生が、この法を修することによって苦を離れ、救済されることを願う。修法を行う者は行の菩提心を生起させ、法会に参加する者は慈悲心を生起させなければならない。
先ほど唱えた一段は、阿弥陀仏浄土における宮殿や、その殊勝なる景観、一切の荘厳について紹介するものである。続いて、阿弥陀仏、観世音菩薩、金剛手菩薩についての紹介がなされる。

その後、曼達供養の儀軌が行われ、出家衆および八供女が衆生を代表して、上師ならびに諸仏菩薩へ供養を捧げる。
先ほど唱えたのは、阿弥陀仏の功徳を讃歎する偈である。その中に四句あり、常に阿弥陀仏の聖号を念誦するならば、「非時死」を滅することができると説かれている。ここでいう「非時死」とは、自殺、事故死、誤った医療による死亡などを指す。もし心の一念一念が阿弥陀仏であれば、世間におけるさまざまな障礙を除くことができる。さらに、帰依することができれば、永遠で恒常なる快楽を得ることができる。今、あなた方に帰依を勧めるのは容易ではない。なぜなら、帰依した後は「これはできない」「あれもできない」と感じるからである。しかし本来、多くのことはすでに行うべきではないのである。帰依は、仏法を学ぶ上で極めて重要なことである。私たちは常に、そして永遠に、阿弥陀仏に対して恭敬礼讃を捧げるのである。

リンポチェは長時間にわたり、大衆を導いて阿弥陀仏の心呪を唱誦された。その後、引き続き修法を行い、次のように開示された。「先ほど唱えたのは、阿弥陀仏、阿弥陀三尊、そして西方極楽世界の荘厳な様相および法身について紹介する偈であり、その後に供養の儀軌が続く。供養なくしては、いかなる仏法を受け取るための福報も生じない。ゆえに修行上師は衆生を代表して絶えず供養を行い、衆生が十分な福報を具えることによって、上師の修法を受け入れ、阿弥陀仏の浄土へと度されるのである。」

それまでの儀軌はすべて供養であり、その後、上師は一つの灌頂を修される。なぜ灌頂を修するのか。それは、上師の身体は依然として人の身体であるため、衆生に灌頂を授ける際には、清浄な法身を必要とするからである。ゆえに灌頂の修法を行い、凡夫の身体を清浄なる法身へと転じ、衆生を利益するのである。リンポチェが修法される過程において、威厳に満ちた殊勝なる忿怒尊の法相が顕現した。修法後、リンポチェは次のように開示された。「先ほど修したこの灌頂は、自身への灌頂であると同時に、本日この法会に参加したすべての大衆、ならびに本日済度を受けに来た一切の無形の衆生に対しても授けられた灌頂である。」

続いて、八供女による獻唱・供茶・供飯ならびに薈供が執り行われた。同時に、篠笛の奉納演奏が行われ、さらに日本茶道における最も崇高な献茶式をもって、リンチェンドルジェ・リンポチェならびに諸仏菩薩へと恭しく供養が捧げられた。

リンポチェは、通訳を担当する弟子に対し、まず中国語にて本日の供養儀式の内容を紹介し、続いて日本の信者の皆様へ日本語で説明するよう指示された。

寶吉祥リンチェンドルジェ・リンポチェ仏寺開山住持 尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、かつて「供養と布施は、福報を積む最も速やかな方法である」と開示されました。本日、寶吉祥仏法センターにおきましては、リンポチェの慈悲と願力により、尊く稀に見る文化の因縁をお迎えました。本日初めて、日本伝統の古来楽器である篠笛と四百年以上の歴史ある裏千家の茶道が、チベット仏教の儀式に則り、笛の音と茶の香をもって仏と上師に供養します。これは三つの文化が、日本において初めて一所に集まり、チベット仏教法会で、仏前に心を合わせて奉げまつる文化の融合でございます。

【献笛の供養】現代日本を代表する篠笛奏者の一人—佐藤和哉氏。澄みわたり落ち着き、霊性を帯びた響きを仏前及び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに奉げる本日の奉納は、まことに貴重でございます。」
 
篠笛奏者の佐藤和哉氏は、献笛に際し、手にした篠笛を高く掲げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに対し、最も篤く深い恭敬の頂礼を捧げた。その後、ゆっくりと笛を吹き始めると、清雅にして悠遠なる音色が静かに流れ、人々の心に積もった塵を洗い清めるかのようであった。素朴さの中に気品を湛えた清浄なる笛音は、会場にやさしく響き渡り、まるで無限の虚空へと溶け入っていくかのようであった。リンポチェは、甚深なる禅定に安住され、献笛の楽音をお受けになった。その尊いひとときに、会場に集った大衆は皆、深い感動に包まれ、嗚咽し涙を流しながら、この稀有にして殊勝なる供養の場を共に証した。

続いて、リンポチェは供茶の儀軌を指示され、まずチベット茶を供養された。

通訳を担当する弟子は続いて説明する。「【献茶の供養】裏千家玉垣宗知准教授とその弟子である寶吉祥茶庵顏廷宇庵主による、日本茶道における最も崇高な「献茶式」でございます。用いられる茶碗は最も尊いとされる天目茶碗で、裏千家の淡交社による逸品でございます。清浄なる心をもって仏前に茶を奉げることは、日本茶道とチベット仏教の尊い出会いでございます。」

献茶に先立ち、玉垣宗知准教授は裏千家のお点前をし、身心を凝らし、ただ今この一瞬に集中された。点前の一挙一動は簡素にして清浄、静謐の中に厳かな気配を湛え、言葉なきまま全身全霊をもって供養がなされた。その後、玉垣宗知准教授は裏千家の献茶式に則り、至誠の心をもってお茶を点て、まず阿弥陀仏の壇城へと献茶され、続いて、極めて深い恭敬の念をもって法王の法卓に奉安し、さらに、無比の敬意を捧げてリンポチェの法卓へと献茶された。一切の礼敬が円満に成就した後、玉垣宗知准教授は静寂かつ端正な所作にて恭しく一礼し、和敬清寂の茶道精神を体現しつつ、静かに退座された。

続いて供物の授与が行われ、参会した一切の有情衆生は、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けた供品を一人ひとり賜った。これは、法会の場において本尊および上師と共に供物を受用するという、極めて得難く殊勝な善因縁である。

済度法の修持が開始されると、修法の過程において、リンポチェは幾度も参会大衆に対し、亡者の名を唱えるよう慈悲深く指示され、亡者の得度を助けられた。リンポチェが済度に入られた瞬間、済度を待つ無数の苦難の有情衆生が一斉に集まり来たため、会場には忽ち冷たい風が吹き渡り、空も瞬く間に暗く陰り、不可思議な相が顕れた。

その後、リンポチェは、一人の出家弟子に済度名簿を収めたDVDディスクを捧げ持たせ、壇城の前に跪かせ、さらに参会大衆に起立し、合掌して、亡者を代表して祈願するようお示しになられた。続いて、リンポチェは、大衆が共に唱和するよう慈悲深く導かれ、次の偈を三度読誦された。「中陰の恐怖、閻魔の関にあり、煩悩と苦悩に打ちひしがれ、荒涼たる境界を彷徨う衆生を、慈悲の力もって救護したまえ。」三度の読誦が終わった後、リンポチェは再び、すべての参会者に対し、亡者を代表して諸仏菩薩に頂礼、または深く一礼するよう指示された。

済度の修法が円満に終わると、リンポチェならびに壇城の諸尊より大いなる光明が放たれ、会場一帯はひときわ明るく輝き、空気もまた清涼で心地よく、祥和に満ちた瑞相が現れた。参会大衆は皆、法喜に満たされ、深い感動と歓喜に包まれた。

その後、リンポチェは弟子たちを導き、アキ護法の儀軌を修持され、続いて武のアキ護法を自ら修法された。さらに、リンポチェのご指示により、出家弟子が大衆を先導して長寿祈請文を唱誦し、最後にリンポチェ自らが大衆を導いて『極楽浄土往生祈請文』を共に唱誦された。リンポチェの慈悲に満ちた法音は、深く切々として力強く、その音の波動は虚空に遍く響き渡り、参会大衆は深く心を打たれ、感極まり涙を流す方が続出した。

リンポチェは開示された。日本の信者の皆に、改めて一つ忠告する。できる限り、肉を食べないようにせよ。もし病気になることや栄養不足を心配して肉を食べ続けているのであれば、それはかえって自分自身を害することである。多くの人は輪廻の存在を信じず、また肉を食べることで三悪道に堕ちるということも信じない。しかし私は、長年の修行と、数多くの衆生を済度してきた経験を通して、この世で肉を食べてきた者の多くが、臨終の際に非常に苦しむ姿を実際に見てきた。肉は本来、人間が食べるべきものではない。現在では、多くの医学者や科学者も、人類は本来肉食に適していないことを証明している。それにもかかわらず、人は口腹の欲を貪り、また「金を稼ぐため」という様々な理由を作り出し、絶えず衆生を傷つけ続けている。この地球上で戦争が起きる原因は、人類が衆生を殺し続けてきたことにある。殺された衆生が、怨みを抱いて戻ってくるからである。

今日このような殊勝な法会に参加できたということは、あなた方には福徳と因縁があるということであり、すなわち、仏を信じている証である。しかし残念なことに、あなた方には正しく教える人がいなかった。また同時に、教えられても、あまり信じようとしなかったという点も惜しまれる。あなた方は、自分が何かを得られるかどうかだけを信じ、それ以外のことは信じようとしなかったのである。今日、あなた方が助けたいと願った亡者は、すでに救われ、利益を得た。しかしそれに対し、仏教が教える慈悲や不殺生といった教えについて、なぜあなた方は耳を傾けようとしないのか。なぜ、一日も早く仏門に帰依し、仏法を学ぼうとしないのか。

今日この法会は、あなた方が参加したからといって、あなた方を叱責したり、教訓を与えるためのものではない。私自身も、三十歳以前は肉を食べていた。しかし、自分の目で多くの事柄を見てきた結果、仏が説かれたこと、仏が語られた言葉はすべて正しいということを、はっきりと理解するに至った。仏は決して私たちを欺いていない。だからこそ、皆が来年一年を無事に、穏やかに過ごせることを願っている。来年は、決して良い年ではない。そのため、私たちは前もって準備をしなければならない。まず、自分自身の悪を止めること。そして、善をすぐに積み重ねていくこと。そうすれば、来年一年は、好ましくない出来事や悪い共業に巻き込まれる可能性が、相対的に少なくなる。今日は、ここまでとする。
法会は円満に終了した。参会した大衆は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが、大慈悲心をもって修法を成就され、また殊勝なる仏法のご開示を賜り、無辺の有情を利益されたことに、深甚なる感恩の念を捧げた。大衆は一同起立し、恭敬のうちに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを法座よりお見送りした。その時、天空には彩色の日暈ならびに五色の瑞雲が顕れ、きわめて殊勝なる瑞相が示現した。リンポチェは、清浄なる法語の甘露と大威徳力をもって、衆生を苦より解脱せしめんがために、身心を惜しまず修法に尽力され、無量無辺の広大なる有情を摂受し、利益された。また、諸天および菩薩衆も来集し、礼敬と讃嘆を捧げたのである。
 

法会円満後、天空に彩色の日暈および五色の瑞雲が顕れた。

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2025 年 12 月 26 日 更新