お知らせ

2011年6月25日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北市信義区台北国際センターで「チベット仏教直貢噶舉派祖師ジッテン・サムゴン794年記念大法会」を主法した。参加者の人数は3,200人である。

2011年6月6日、尊勝なる直貢チェツァン法王はその弟子の尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが主持する「寶吉祥仏法センター」が、直貢噶舉派尊勝なる直貢チェツァン法王が台湾台北アリーナで主法される14,000人の「ジッテン・サムゴン793年記念日大法会」を開催することを協力するように命じた。この伝統と伝承を続けるため、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは特に今年初めに自ら、ニュージーランドへ尊勝なる直貢チェツァン法王に謁見しに行って、この記念大法会を引き続き開催することを願い求めた。尊勝なる直貢チェツァン法王の許可をいただき、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自ら今回の記念大法会を主法した。この殊勝な縁起により、今回の大法会の意義は極めて深遠である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは2005年より、每年台湾台北で自ら殊勝な「チベット仏教直貢噶舉教派の阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催している。この大済度法会は媒體で宣傳も廣告もせず、功徳主も設けず、入場券、点灯、済度とも如何なる料金も取らない。マンダを捧げ供養する代表及び点灯する代表も大法会当日に參列された信衆が入口で抽籤して決めた。法会の必要な経費は全てリンチェンドルジェ・リンポチェの監督の下で、皆社団法人中華民国寶吉祥仏教文化交流協会のメンバーにより共同負擔とし、対外的な募金を一切せず、献金を認めない。去年まで累計7万4千人がkの法会に参加した。また、毎年大法会が円満に終了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは内政部專員、銀行專員、弁護士及び会計師及びを招いて立会いして頂き、参加者が供養した供養金を公益慈善事業と急難の費用として全額内政部に寄贈した。去年まで此の方寄贈した金額は合計新台湾ドル3000万元にも上っている。<関連新聞をクリック>。故に内政部官員はリンチェンドルジェ・リンポチェが主法した法会が名利を求めず台湾の土地及び人民を助ける事を極めて賛嘆した。だから、今回法会の前に内政部江部長は特に「福佑群黎」の掛け軸を一幅贈って、リンチェンドルジェ・リンポチェが統なる仏法を広める善行を褒めた。蒙蔵委員会羅委員長も「円満成功」の掛け軸を一幅贈って、法会の円満を祝福した。(下記の写真)

台風五号は台湾に接近の影響を受けてたから、当時の朝に台北地区では風と雨はとても凄かった。しかし、六時頃、この法会に参加した信衆は始めて集まって、会場の3200席は法会が始まる前に既に殆ど満席になっているようで、完全に風雨の影響されなかった。媒體で宣傳せず、法会参加者は四月に始めて申し込みの第一日に定員に達した。尚更に500人余り候補である。

今回の大法会は過去リンチェンドルジェ・リンポチェが主法した「チベット仏教直貢噶舉教派の阿弥陀仏無遮大超度法会」と同じく、例えば法会では媒體で宣傳もせず、功徳主も設けず、入場券、点灯、済度とも如何なる料金も取りません。マンダを捧げ供養する5人の代表及び点灯して仏を供養する三百人の代表も大法会当日に參列された信衆が入口で抽籤して決め、同じく料金も取らない。また、法会が終わった後、参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェに供養した新台湾ドル216万元余り供養金はリンチェンドルジェ・リンポチェも同じで、公益慈善事業及び急難の費用として全額内政部に寄贈した。

法会が始まる前に、現場の大型の幕に尊勝なる直貢チェツァン法王は、特に今回法会に参加した大衆に開示される貴重なビデオを放送されました。<ビデオは関連新聞をクリック>直貢チェツァン法王は簡単に直貢噶舉及び祖師のジッテン・サムゴンの歴史を開示されて、尚更に仏法を修行する事は上師及び弟子の間の関係及び三昧耶の極める重要性を重視すべき。更にこの法会は破られた三昧耶を補われて、この法会の殊勝が現れました。直貢チェツァン法王は開示の中に再び弟子リンチェンドルジェ・リンポチェが二十年余り実際の行動で上師及び伝承を護持した事を褒めました。例えば発心して直貢ティ寺の金頂とパォモトルパの寺院の仏像を造りました。直貢チェツァン法王は言われましたとおり、「直貢噶舉は、どこに需要があったら、彼は伝承に大きく貢献をします。」簡単の一語でリンチェンドルジェ・リンポチェは上師及び伝承に対して、絶対の忠誠を完全に現した。

午前8時30分に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは経幡、宝傘、楽器、八供女などの先導の下で、ケンポス、顕密出家衆がついて行って、及び3,200人の参列者は起立して恭しく迎えて、ゆっくりと法会の現場に歩み入って、壇城に上がった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは先ずは、尊勝なる直貢チェツァン法王、チョンツァン法王のお写真及び仏菩薩に恭しく頂礼して、そして燃灯して仏に供養してから、主法の法座に昇った。この時、壇城の下で、300人の信者の代表は順番に300個の灯を点して仏を供養して、この300人の代表は入場する時に自らくじ引きして抽選されて、点灯するのは費用を支払う必要がないのである。

法会に参列する大衆が皈依、発心などの経文を唱えた後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。今日台風の影響を受けたから、朝には風と雨はとても凄くて、皆は依然として風雨を恐れないで、予定どおりに法会に参加するのは非常に容易ではなくて、とても良かった。お経には記録されるように、大風と大雨の、天気が良くない日に法会を開催する功徳はとても大きくて、なぜかというと、このような時に多くの衆生は風雨の中に傷つけられて、この時に法会を開催してこれらの衆生を助けることができる。だからそなた達が風雨の日に法会に参加しにくることができるのはとても良くて、多くの衆生に利益できる。風雨の関係のため、少数者は、法会に参加しに来なくて、とても惜しい。彼らは一回の法会に参加しなくても大丈夫だと思っているが、しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、仏法よりもっと重要なことは何もない。

いかなる宣伝を行っていない状況で、今日依然として3200数人は雨天に殊勝な法会に参加することができて、そなた達は前世にきっと仏を学んだことがあり、或いは歴代の上師か直貢噶舉と縁を結んだことがあることを表した。そなた達が今日上師供養法の法会に参加したことがあるため、同じく未来そなた達に縁がある上師を探し当てて仏法を学ぶように助けることができる。

直貢噶舉教派の祖師はジッテン・サムゴンであり、ジッテン・サムゴンの前世は龍樹菩薩であり、龍樹菩薩の前世は維摩詰居士である。龍樹菩薩は密法を紹介してきて、中観論は龍樹菩薩が作られて、中観論は大乗仏教にとって非常に重要である。華厳経も龍樹菩薩が竜宮に行って法を求める時に持ち帰ったのである。祖師ジッテン・サムゴンの主要な教法は寶積経を広めることで、寶積経は釈迦牟尼仏の大蔵経のの一部分であり、寶積経は主に初地菩薩から十地菩薩まで修行する過程の中のあらゆる身、口、意の変化を陳述する。8百数年前、直貢噶舉祖師ジッテン・サムゴンの時には、18万人の出家衆がいて、この18万人の出家衆は広告やテレビ宣伝のため集まって来たのではなくて、祖師ジッテン・サムゴンが過去世に多くの衆生と縁が結んだことがあるのを代表して、多くの参列者は過去世にジッテン・サムゴンに追随して仏を学んだことがあるかもしれない。

以前には、「壩(ダム)は直貢の壩であり、山は直貢の山である。」との言い方があり、ダムがある地方はすべて直貢噶舉の寺院があり、直貢噶舉教派はその時にとても栄えていることを明らかに示した。直貢噶舉教派は閉関、実修を主として、多くの寺院は非常に奥深い山の中にあり、俗世間と別れる。甚だしきに至っては今まで、いくつかの直貢噶舉の寺院はまだ深山の中にあるから、政府さえもどこにあるのかと知っていなくて、あれらの所は馬に乗って着くことができるのではなくて、人がゆっくりと歩いていかなければならないのである。だから以前に直貢噶舉教派は人の群れを遠く離れて修行するのであり、今弘法して衆生に利益するために人の群れに入って、尊勝なる直貢チェツァン法王の開示のように、直貢の伝承に報いるため、今日台北国際会議中心で祖師ジッテン・サムゴン紀念法会を開催する。

仏法は釈迦牟尼仏が伝わってきたのであるが、しかし私達は自ら仏陀に会うことができる福報がなくて、私達に仏法を教えてくれるのは私達の上師であるから、上師は私達にとってとても重要である。その故、最大の供養、もっとも速く福報を累積する方法は上師への供養及び恭敬であり、供養するのは物質の或いは金銭の供養であるとは限らなくて、身、口、意にて供養しなければならなくて、お経にはよく曰くように、仏菩薩、上師を憶念しなければならなくて、ようするに、身、口、意は上師の教えに従って生活の中に実行するのである。

仏菩薩の願力とは衆生を済度して、輪廻の苦しみを離れる。ある金剛乗を修めて成就を得る上師は発した願力はとても広大であり、全ての衆生を助けて、成仏させる。金剛上師は衆生を助けて成仏させて、上師は弟子に対しての三昧耶とは生々世々に発心して仏を学ぶ弟子を引き続きに守って、弟子は成仏に至るまで。だから、直貢噶舉の歴代上師と護法は必ず発心して仏を学ぶ直貢弟子を守らなければならない。また、弟子は上師に対しての三昧耶とは上師の教えに従って、用心に仏法を学んで自分の行為を修正する事である。

若し、不注意に在家五戒を破ると、上師に懺悔する事を通して補えるが、若し弟子は上師に承諾した三昧耶を破れば、難しく補えない。先程尊勝なる直貢チェツァン法王がビデオに開示された通りに、若し過去世に上師と弟子の間の三昧耶戒を破ったら、今日にこの機会で改めて懺悔して、補わなければならない。

たとえ累世に修行し続けても、修行者は相変わらず障碍に遭った。だから、必ず上師が必要である。上師とは世間に所謂師父ではなく、経験がある修行者である。そなたは仏を学んで困難に遭った時、一言でもそなたを助けて問題を解決できた。更に若し仏を学んで生死を解脱したいなら、上師がないと出来ない。祖師ジッテン・サムゴンは八百年前にいた。リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依した後、自らジッテン・サムゴンを見た事がないけど、リンチェンドルジェ・リンポチェは此の世に嘗て、直貢噶舉の祖師ジッテン・サムゴンに命を二回救われた。ある世に縁を結んだかもしれないが、此の世に苦難がある時に上師が助けを与えた。弟子であれば、誠に発心して仏を学んで、生死を解脱するのを発願すれば、上師も生々世々に弟子を世話している。

今日殊勝な上師供養法を行っている。そなた達は此処に座れて法会に参加できるが、後ろにかかった財力、人力は難しく計算できない。3200人の法会について、リンチェンドルジェ・リンポチェは功徳主を設けず、点灯も如何なる料金を貰わない。唯一つだけ願ったが、直貢噶舉の正法は衆生を教えて、衆生に因縁があって仏法を接触させる。だから、そなた達は法会に参加する時、もはや椅子の背凭れに背中を持たせかけないで。そなたは元々法会に参加する気持ちを問わず、法会に参加する時最大の恭敬心及び信心を具えなければならない。

仏を学ぶのは皆に出家させるわけではない。リンチェンドルジェ・リンポチェも出家しなかった。在家の身分で仏を学ぶ事を影響しない。それは尊勝なる直貢チェツァン法王の教えがあって、仏を学ぶ方向を分かるから。再び私は時間が有るまでに始めて仏を学ぶやある事を完成した後に再び学ぶなど言わないで。リンチェンドルジェ・リンポチェは在家して菜食しているけど、自分の生活に不便をかけなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆と同じで在家の修行者であり、物事もとても多くて忙しい。2007年尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに指示されて、ラプチ雪山に三ヶ月間、閉関修行した。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐかしこまって、何故閉関修行に行く理由や行けばどんな利益を得るなど聞かず、尚更に事前に事業も手配しなかった。直貢チェツァン法王の指定時間に行った。しかし、現在そなた達は自分が忙しくて仏を学ぶ時間がなく、時間が有れば行くと言ったが、そなたは時間があるまでに通常は間に合わない。

今日修める上師供養法はチベット仏教密教に於いて、特有な法門であり、顕教では修めない。何故上師は重要だろうか。歴代の修行者の根器は我々よりいいのに、上師の教えがないと、成就を得ない。仏を学ぶ事は自分が一人で完成できる事ではなく、自分が本を読めるから、仏経を理解できて、家で自分が修められると思わない。自分は勝手に仏具店で仏経を一冊取って始めて唱えるや家のテレビを開けて、ソファーに座って足を上げるなら仏法を学べると思わない。若しそう出来れば、リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関修行する必要がない。一日でも成仏しないなら、上師の教えに従わなければならない。生死を解脱まで修めるのは必ず上師に導かれないと出来ない。特に成仏の前に最後決定的な瞬間に上師の教えがないなら、この世に仏法を修められない。

仏を学ぶのは必ず徳を具える上師の教え及び指導がないと出来ない。経典に記載されたが、直貢噶舉の祖師ジッテン・サムゴンは既に十地の菩薩を証した。修行者はジッテン・サムゴンの浄土に往生する事も発願できる。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏を学んで修行した過程にもいつも三恩根本上師直貢チェツァン法王の教導に従った。唯、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏法を開示された時、多く話す必要がなくて、唯重点を話した。唯短い言葉だけど、リンチェンドルジェ・リンポチェも理解できる。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に十分の恭敬心及び信心を持っているから、修行の方法を得られる。リンチェンドルジェ・リンポチェは感謝の気持ちを持っておっしゃったが、今世直貢チェツァン法王に会えないなら。如何なる覚悟できない。直貢チェツァン法王は恩人であり、上師は恩人である。

チベット仏教は伝承を重視している。たとえ苦難な時代に於いても、直貢噶舉の伝承は祖師ジッテン・サムゴンから今まで断たなかった。つまり、どんな時でも必ず法王が一人いて、教法を持って、教派を率いたから。法脈は今まで紛争が起こらなくて、全ての伝承はとても清浄である。だから、加持力は特に殊勝で強い。

だから、そなた達は今日この法会に参加したから、必ずそなたに役に立つ。その助けはそなたが思ったように金持ちになりや好運など助けではない。しかし、必ずそなたに役に立つ。

仏を学ぶには欲望を満ち溢れるのが出来ない。少し仏法を聞いて、一回法会に参加して、そなたにすぐよくならせて、或いは悟らせるのが出来ない。ある者は何年念仏をして、自分は観世音菩薩が見えて、観世音菩薩が彼に話すのを聞いた、これは全部嘘ばかりだ。われ等は現在全て得たのは、全部過去に作られた。現在全てしたのもそなたの未来を影響して、仏を絶えずに学ぶ続くべきで、生々世々のことである。

ある者はご開示の内容は自分と全く関係ないと思って或いは分からないので眠くなった。そなた達の福報が大変良くて、法会に参加しに来てまたこんな気分が良い座席に座って、ある者は頭を上げて椅子にもたせかけてまるでもちのように柔らかくて、柔らかくソファの中に落ち込んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても後悔して今日の会場を選んだ。しかし、その他使う場所がなかった。ここには冷房があって、とても快適で、本来この場所は人に歌を聞かせて、ショーを見せるため設計されて、通常入場する場合はお支払いが必要で、今日そなたがここに来て法会に参加してそなた達にお金を取らなくて、そなた達はかえって眠くなった。そなた達にとても気分がよく座らせて、勉強するのも大変難しくなった。チベットでは法会に参加する時、信者が硬い床板の上に座って、頭のてっぺんに大きい太陽をかけて、そなた達のように快適な椅子を座って法会に参加することがない。お体は椅子の背中にもたせかけると自然にとても眠りやすくて、例え法会に参加しても役に立たない。そなたが寝るなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを離せる。今日の場所がこんなに大きくてもそなた達は遠く座って、リンチェンドルジェ・リンポチェに見られないと思わない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に法会に参加す時座りが端正すれば眠くなることがないと注意させるのを聞いたが、ある二人親子の信者はやはり聞かないように、やわらかい椅子にもたせかけて寝てしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェが見た後、開示された、彼らは寢るなら、家に帰って寝て、法会に参加しなくても結構だ。そうして現場の係員は2人信者を引き連れて直ぐ離れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは申された、法会に参加するのは苦労するべきで、そうすれば始めて仏法の助けを得ることが出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェが主催する法会こそこんなに厳しいである。法会の中に居眠りすると来世の果報は畜生道に落ちることになった。そなた達は見た、多くの動物は一日に16時間を寝て、人類は只8時間で、それは、人類は学習の自覚があり、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェたは衆生が三悪道に堕ちるのを見るのが耐えなくて、やはり彼らを離れるようにさせた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:例えそなたにおとなしくて法会に参加して、寝なければ100万が貰えると言うなら、そなたはきっと出来る。お金がもらえるから。眠りになったのはすぐ得られる利益が見えないのである。リンチェンドルジェ・リンポチェは前仏を勉強し始めてから、法会に参加する時、どんなに疲れても今まで居眠りしなく、上に教えてくれる者を感謝そなた達は居眠りになるのは感謝しないのである。そなた達は分かるべきで、こんな法会を挙げるには数えないお金と人力がかかって、ものすごく容易ではなく、そなた達は謙虚な心で上師を敬って、そなた達は注意して、享受の考え方で法会に参加しない。台湾では仏を学ぶ者は福報がいいすぎだ。しかし福報が多くあればあまり修め易くない。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは始めて上師供養法を行い、それに法本の中にの意味を解釈した。

一番目の段落の祈請文は、そなた達を怒って、そなた達を傷害する悪魔に暫く邪魔しなくて、そなたが法会に参加するのを障害させないようにお願いした。以前自分が作った悪縁はそなたに仏法を耳に入らせない。なぜ法会に参加して、眠りになるか。即ち睡魔が邪魔しに来た。そなたが眠りになった時、そなたに仏法を聞かせなくて、聞く福報を有らせなく、一句が聞かないと一つの善の因が減った。法会に参加する時集中するべきで、東だり、西だり考えない。

続いて皈依発心することであり、諸仏菩薩と上師に皈依してから身、口、意より善を行うようにする。浄土宗にとって佛号を唱えれば往生浄土と発願すれば行けるが、《阿弥陀経》の記載では、往生浄土には福徳因縁を具える善男子、善女子に限るが、ここで言う善はお金を寄付しボランティアをするのではなく、五戒十善を指すこと。もし、まだお肉を食べているなら、いくら念仏しても効かない。チベット仏教ならお肉が食べれるなんて思わないでほしい。ラマがお肉を食べているところを見たら、自分も食べられると思ったり、衆生を食べることは衆生を済度するなんての可笑しい言いかたをしないで欲しい。ある者は仏を学ぶため精進料理を食べると思っているが、事実上、このような言い方はそんなに正しくなくて、仏教以外の多くの宗教も精進料理を食べることを提唱して、なぜかというと、精進料理を食べるのは全体の世界にとって比較的に良いから。800年前のチベットは非常に植物を植えるのによくない環境だし、精進料理が進みにくい状況であったが、ディクン・カジュの祖師である ジッテン・サムゴンも、多くの歴代大成就者も精進料理を徹底している。聖なる直貢チェツァン法王も精進料理を続けている。ましてチベットの環境はだいぶ改善されたから、精進料理に変わる他の教派も多数存在している。他の人ならゆっくりと精進料理に変えてもいいという人はいるが、現在世界中に多くの災難が発生するのは衆生の殺業によるものである。皆で精進料理を進むと災難も減少していくことになる。

宝積経では、菩薩はどんな心を発すれば阿弥陀仏浄土に往生できるのかと弥勒菩薩が釈迦牟尼にお聞きしたことある。そうすると、釈迦牟尼が十種類の発心方式を開示された。これを通じ、ある佛菩薩を専門に修めるとあの佛菩薩の浄土へしかいけないことではないことが分かる。佛菩薩は一切衆生を利益するためだから、衆生が自分の浄土へ行かなければならないことがない。阿弥陀仏浄土への往生を発願すれば、どの佛菩薩でも助けてくれるに決まっている。

佛を学ぶ発心、動機が重要である。多くの人は守られるように思って今日の法会に参加したが、今日の法会で衆生を利益し、衆生に役に立つようと祈るから衆生の一人であるあなたは、衆生が良くなれればあなたも自然によくなる。菩薩道を修め乗願し再び度生に来るという人がいるが、現世で菩薩道まで修めるのは実に苦労で簡単ではないものだから、現世で修めなかったら、来世で乗願してくることが不可能である。だから、往生極楽世界浄土を求め、阿弥陀仏が発した大願は必ず達成できるものだから、佛菩薩も助けてくれる。毎回法を修める前に唱えるように、慈悲喜捨を修め、菩提心を発し、七支供養をし、釈迦牟尼仏が現世で住世し仏法を教えてくれる上師であるため、釈尊を供養し褒め称え、其の後再び釈尊を供養するようにする。

次に鈴を加持する儀軌である。法器は店で求めば使えるものではなく、決まった儀軌に従えば効果が出るわけである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参加した皆さんに禅定灌頂を与えた。灌頂し禅定法門を習ったり修めたりするのを授権し、身、口、意を清める。椅子に寄りかからないで胸を張って座らないと、背中の気脈が通じなくなる。禅定とは自分で座禅ができ、清らかさを求めることではない。そうであれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関に行かなくてもいいのである。禅を修めるには、身、口、意を清めなければ危険である。そして上師の指導がなければ問題が出て、禅病になる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法会参加者を率い、祖師ジッテン・サムゴンの真言を唱えた。真言は諸仏菩薩の功徳、知恵、願力の集合であり、その故、お経には『常憶念仏菩薩』を要すると言われて、「常」とは永久不変であり、「憶念」は考えがすべて仏菩薩の功徳と願力であり、諸仏菩薩の真言を唱えれば、諸仏菩薩の功徳大海に溶け込み、善の力が次第に増えていく。

ナンジュケンポスは出家衆及び入場する時にくじを引いて抽選された信者代表を率いて、マンダを差し上げた。宇宙の宝物で諸仏菩薩及び上師に供養した。しかし、一切宇宙の宝物を上師に供養しても、上師の深い恩を難しく報えない。

八供女が壇城に上がり、献供歌を歌った。この献供歌は俗世並の歌ではないし、人間が作った歌ではない、ダーキニーが書かれたのである。仏経では歌声で佛に供養できると書かれる。綺麗な歌声で上師や佛菩薩に供養するのも衆生の感謝を表現することができるとリンチェンドルジェ・リンポチェが開示した。

それから、薈供の儀軌を進むようにし、参加者は主法上師と諸仏菩薩と食べ物を分かち合う殊勝な因縁が得られる。佛菩薩と一緒に食物を食べれるのは諸仏菩薩と浄土にいる因縁を結ばれるが、病気がすぐ治ったり、万事順調やすべてが一回で解決できたりしないとリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された。

続いて、茶の供養と飯の供養の儀軌を進むようにする。リンチェンドルジェ・リンポチェは、これはチベットの伝統であり、天気が寒いから、法会の途中で上師の体力が落ちたりするから、上師に酥油茶を供養する。一部の参加者はトイレに行き始めたが、リンチェンドルジェ・リンポチェが法を修め続けるから、席に戻ってもらうようにし、本当に病気に罹っている人以外、トイレに頻繁に行くのは実に体がよくないからだし、リンチェンドルジェ・リンポチェが60何歳だが、朝八時に法座に上がってから一度もトイレに行ってないと開示された。病気であろうが、体が弱いであろうが、すべて自分によったものであり、途中でトイレに行く必要があるのは、帰依していない信者の多くがまだお肉を食べていることに起因するのである。他の多くの教派も精進料理をするように進め始めたが、ゆっくり精進料理に改めようという人もいるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは佛を学ぶならゆっくりしてはいけないから、急いで一日も早く悪を断ち善を行うべきである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に連れて「吉祥法界祈請文」を唱えて、上師の限りがない恩恵を憶念して、リンチェンドルジェ・リンポチェは祈請文を歌う時に思わず涙にむせんでいて、上師に対する全然の恭敬の心及び憧れの心が自然に現れて、人に感動させる。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは法席が下りて、壇城にいるケンポス、出家衆ろ率いて、雄壮偉大で荘厳である八供台の前に祈願文を唱えて、そして、点灯して仏前に供えていた。

最後には、「瑪尼廻向文」を修めていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に連れて六字大明咒と唱えていて、一生の中には六字大明咒を一心に唱えるなら、六道輪廻に入らない事が出来で、しかし、菜食する前提が要る。廻向文の中には、全ての衆生も既に含めて、一部のはそなた達が考える事がない衆生も含めている。これ等の衆生に浄土に至る事を助ける事を祈っていて、此れも自分のために極楽浄土に往生する因縁を結んでいて、ある日までに行ける。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に連れて一部のお経を唱えていた。皆が唱えてから、リンチェンドルジェ・リンポチェは「そなた達は騙されて、先一緒に唱えていた者が将来必ずある日に菜食をして仏を学ぶ」と慈悲的な開示させた。

それから、尊勝である直貢チェツァン法王、チョンツァン法王、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの「長寿祈請文」を唱えていた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は「お金持ちの弟子を求めると、『長寿祈請文』が書かれる事ではない。修行の果位が自分により高い行者が書いて始められる」のである。先程、唱えたばかり二人の法王の長い版の「長寿祈請文」はダライ・ラマが二人の法王の為に書いてあげた。短い版の「長寿祈請文」は二人の法王が子供の折に、彼らが教導して与える親教師が彼らに書いてあたえた。「長寿祈請文」とはこの世の長寿を求める事ではない、菩薩が絶えずに来て衆生に利益させる事を祈っているわけである。ずっと唱えていて、ずっと唱えていて、毎回を唱えるなら、毎回の力があって初めて、菩薩の耳に胼胝が出来たほどと唱えて、菩薩が必ず再度帰って再度一回苦労してくる。

リンチェンドルジェ・リンポチェの「長寿祈請文」は弟子が尊勝である直貢チェツァン法王に求めて書いた事で、上師が弟子に随意に書いてあげる事をしない。尊勝である直貢法王はすべての求めて来る者が彼の為に書いてあげる事ではない。「誠懇」である書くのは、仏法の中の意味が授記である。「長寿祈請文」の内容は現在の成就と未来の果位をを授けて、つまり書く者が責任する意味である。リンチェンドルジェ・リンポチェの最後の内容には、「百劫に住している」のように、一劫がとても長い時間で、百劫が大中小劫のでしょうか?実はどちらに関わらなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェ尋ねる事をしなくて、上師が書かれたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝である直貢チェツァン法王が書くの通りにしている。

生まれ変わりのリンポチェが必ず良くて、より素晴らしいのでしょうか?実は参列の皆は全て生れ変りの者で、ただ前世にどちらの道とは限らなかった。たとえ生れ変りの者としても、同じようにゼロから学び始める。尊勝である直貢チェツァン法王とチェツァン法王のが全て生れ変りのように、一切が同じで最初から学ばなければならない、ただ彼らが前世に修めた事があって、善根がより良いので速めに学ばれて、だから、この世に学んで得る事がより簡単で、より早目に成就ける事が出来る。

そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に率いて再度一座の観音法門を修めて、また下記のように開示させた。前に修めた儀軌は利他で、現在が自利で、此れは前に皆が既に供養と布施をしていて、福報を累積していたので、現在、自修して真言を唱える事が役に立って始めている。六字大明咒を唱えたら、六道の輪廻の扉を閉じることが出来ている。釈尊は「六字大明咒を解釈する時間が一大劫にかかっている」という開示した事がある。現代、ある者が簡単で説明する事が間違っている。一生には六字大明咒を一心に唱えているなら、六道輪廻に入られない、が、肉食していない前提が要るのである。

今日の法会が開始する前には風雨がとても強くて、一部の人々は台風が台湾に向く事を恐れるので欠席し、雨が降ったら不便だと思っていた。実は、今日法会があるので、台風の方向が変わって台湾に襲い掛かって来なかった。参列者は同感を深く感じていたので激しい拍手で応えて、リンチェンドルジェ・リンポチェが苦労で修法してこの土地に利益させている事に感謝した。そうして、リンチェンドルジェ・リンポチェは下記のように開示させた。そなた達は「ただ数千人の法会だけで、こんなに影響があるのでしょうか?」という考えを持っているかもしれない。目先に見えたのはただ3200人余り参加し、しかし、そなた達が連れて来ている衆生を数え上げなくて、そなた達の累世の祖先と食べた衆生を含めて、今日の法会の為に利益をもらえて、だから台風が転向した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に再度菜食する事を呼びかけて、皆が菜食する事が栄養が無くて、菜食する事が健康ではない事を言ってはいけない。現在の医学も菜食する事がより健康で、肉食したら多くの文明病を連れている。リンチェンドルジェ・リンポチェが自分を例を挙げて開示させた。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歳から菜食して仏を学んで始まって、今までには既に65歳で、朝8時30分から座って、今まで約4時間余り、お手洗いへ行った事が無くて、ずっと正座して絶えずに修法していた。そなた達も見えて、却って一部の若者がまた起きてお手洗いへ行った。仏経に所謂「放生」とは、わざと海岸にいって、儀式を行って、それから一部の動物を買って放してやって、帰ってから再び衆生の肉を食べて続ける事をしてはいけない。そうすると、役に立たない。ただ心が殺生しないで、肉食をしないで、このようにしたら放生である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは最後まで皆に依然として繰り返して忠告させて、そなた達は家庭が調和し、国家の災難を減らす事を望むなら、自分からしなければならない、殺生して肉食をしないで下さい。一口の肉を食べると、全て自分の悪業を累積し、時間があって仏を学ぶ事をしてはいけない、事件があったら間に合わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは涙に咽んで皆に「衆生が自分と同じように苦しみがあって、菜食をする事だけではなくて、行為も如何なる衆生を傷害させない事」を提示させた。法会は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深く開示した後で円満な完了した。リンチェンドルジェ・リンポチェが法席を降りる時に、全体の参列者が絶え間ない拍手していて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが苦労的な修法して開示して、皆に法喜に満たさせている事に感謝していた。

2011 年 07 月 14 日 更新