295:リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子への御加持

私(公處定旺)はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子への御加持を感謝しております。今年十月に入院した際、検査の結果、脳に水が溜まっていることが分かり手術の必要があると医師から告げられました。私は年もとっており、脳の手術は非常に危険が伴うと感じました。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し一切を仏様菩薩様に委ねておりましたが、宝石店へ行きリンチェンドルジェ・リンポチェに御布施をしようと決めました。その日到着すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に高座から降りられていましたので、頼兄弟子は私に、自分の手でリンチェンドルジェ・リンポチェに御布施するよう言いました。リンチェンドルジェ・リンポチェは私の目前に立ち、「何の用か」とずっと御聞きになりました。通常は姿を見せず、用がなければ三宝を顧みない私です!「リンチェンドルジェ・リンポチェに御布施をしたい」と伝えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは御布施の封筒を受け取り、私の頭を数回叩きました。そして、私をじっと見つめて「今何歳なのか」と尋ねられ、私が「68歲です」と答えると、「そんなに年を取ったのに、未だにわけの分からないことを考えている。帰ってから、六字大明咒をしっかり唱えるように」と仰いました。私は何も答えず、宝石店を出てから、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを聞き入れ、毎日、六字大明咒を唱えています。

病院での再診を受けた時、医師は、「検査結果によると既に改善されている」と言いました。医師にリンチェンドルジェ・リンポチェに会った経緯を話すと、リンチェンドルジェ・リンポチェが既に加持して下さったのなら手術は不要だと仰いました。リンチェンドルジェ・リンポチェは、嘗て、リンチェンドルジェ・リンポチェの御前に跪いたなら、何を考えているのか全てわかると説かれたことがありました。リンチェンドルジェ・リンポチェは、私が会いに来た理由を既に知っていたのです。そして、私の病状も知っていたので、封筒で頭を叩き加持を授けてくれたのでした。

2007年、施身法に参加する為にバスを待っていた時、運転手に見えないのではないかと心配になり、前方に立とうとしました。その時、車の後方が肩にぶつかり、強大な衝撃力によって、もう少しで電信柱に当たって溝に落ちそうになりました。しかし、奇跡的に、衣服が汚れた他は、頭がちょっとくらくらしただけで、どこにも怪我をしませんでした。

私は以前、兄弟子達と共に、チベット巡礼に行ったことがあります。直貢梯寺に向かう途中、お昼休みに昼食を取る時、意識がはっきりしなくなりました。兄弟子達はカップラーメンを運んできてくれましたが、受け取った後、全部、地面にひっくり返してしまいました。皆は「気にしないで、また煮るから」と言い、これは高山病の症状であると説明してくれました。リーダーは、台湾に電話した際、魏兄弟子に私の状況を報告し、また、リンチェンドルジェ・リンポチェは修法して下さっていました。幸い次の日は、高山症の症状は全くありませんでした。台北に戻ってから宝石店に行き、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝を述べると、リンチェンドルジェ・リンポチェは、まだタバコを吸っているのかと聞かれましたので、既に止めたと答えました。リンチェンドルジェ・リンポチェは、高山病は以前にタバコを吸い過ぎた結果であると仰りました。確かに、以前は、ヘビースモーカーでした。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子の業力を見抜いていらっしゃったのです。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子が難関を乗り切れるように、いつでもどこでも弟子を助け、加持を授け、また、重い報いを軽くして下さいました。

懺悔すべきことは、私が、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えをしっかり聞き入れておらず、真面目に仏法を学んでもおらず、自分の良くない行為を改善していないことです。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈しみ深い父の如く、怨みなく悔いることなく私達のような良い器を持たない弟子達を導いておられます。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、変わりなくリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けられるのは、私の福徳です。リンチェンドルジェ・リンポチェ、有難うございます。

寶吉祥仏法センター 弟子 楊友家

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2014 年 12 月 21 日 更新