242:上師の御恩に感謝致します
もしかしたら、多くの人は私と同じ様に考えているかもしれません。台湾は仏教が興隆している故に、心によい考えを抱き、よい言葉を話し、よい事をすれば、この一生を安心して過ごせ、しかも人となった幸せをしっかり享受できると。しかし、縁があり直貢噶舉教派の尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェにまみえた後、私は、以前の考えがどんなに愚かであったかに気付きました。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依してから、上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法会において、私達が生活の中から仏法の偉大さを受け取れるように、如何に仏法を生活の中で実践するか、如何に戒律を守るか、如何に仏法を修習するか等について毎回説かれるのを聞きました。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェとの邂逅は、実に累世の修行による福徳の積み重ねによってもたらされたものなのです。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは私達の人生の道における一つの明るい灯火であり、示現される種々の出来事は私達に仏法の偉大さと無尽蔵を感得させてくれます。
仏法を学ぶ場合、もし上師の教えと導きがなければ、私達は自分の愛憎によって選択してしまいます。ですから、徳を具えた上師に皈依することは非常に重要なことなのです。私達は福徳を得て、真に正法を弘布する大修行者に出逢うことができました。弟子が徹底的に修行し戒律を守れるよう厳しく教え導くのは、信徒と弟子の機嫌を取る為ではなく、衆生に輪廻の苦を二度と受けさせない為なのです。もし上師の教導なくては、ただ家で仏教の番組を見たり、盲目的に他人に従ってグループに参加するだけで、仏法を真に学ぶことはできないのです!私が思い出さずにはいられない上師リンチェンドルジェ・リンポチェの説法の一つにこの様なものがありました。「釈迦牟尼仏の弟子は、仏様に追随するのを止めたことはなく、ずっと釈迦牟尼仏の傍で仏法を聴聞し修習していました。皆さんは釈迦牟尼仏の傍らにいる弟子が最低でも阿羅漢果に達していたことを知っています。なのに、何故、家に隠れて経典を読み、時々懺悔をするだけなのですか。この様な一生で成就できると思っているのですか!これは不可能な事です!六祖慧能でさえ、上師に師事し、皈依しました。正統な訓練があってこそ一代の宗師と成れるのです!もしあなた方が、上師を必要とせず、中途半端に学んで自分で独立し、自分の勉強だけで成仏できると思うなら、誤りです。それは全く不可能な事です!」上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仰る通り、末法時代において、釈迦牟尼仏の傍らにいる阿羅漢以上に善根を有する者がいるでしょうか。上師に依止せず、盲目的に自分の方法で、自分の好きな方法で仏教を学び成就できるのでしょうか?多くの者は自分の修行レベルに自信を持っています。傲慢心によって仏教を学ぼうとする心や自分なりの方法があります。愚かな私は、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御恩に対し心から感謝を感じています。今世は何て幸運なのでしょう!尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたのです。これにより、愚かな自分は尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれる仏法を聴聞し修習する事ができたのです!
尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、チベット仏教の直貢噶舉教派における唯一の漢人在家の上師リンポチェです。長い間途絶えることなく、世間の一切衆生を仏法により教化し利益し続けておられます。衆生が苦難に出遭い、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに恭敬心を以って祈願すれば、尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、必ずや衆生の願いを叶えて下さるでしょう。寶吉祥仏法センター、病院の病室や救急治療室、集中治療室でさえ、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持と救済を目の当たりに拝見することができましょう。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、衆生の病の痛みを代受し、苦しみを受けている衆生に仏法を学ぶ時間を持たせ、輪迴の苦しみから解脱させるのです。
2003年、一般民衆が手立てなく恐怖に慄いたSARS疫病の蔓延期間、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、御自身の身の危険を顧ず、以前と同様、病院へ赴き、苦難を受けた衆生を助けました。台湾のあらゆる宗教団体がSARSの感染を恐れて全ての活動を停止した時、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、依然として、毎週定期的に二回の法会を行い、更に多くの衆生を利益する為だけに、法会を一度も途切れさせませんでした。家族はSARS期間に法会に参加し感染することを心配していましたが、仏法及び尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力によって、真に正法を弘布する道場が直貢噶舉教派の歴代祖師及び諸仏諸菩薩の護持と助力を受けたことが証明されました。尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と、宗派のリンポチェにより尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えられた抗SARSの真言と甘露水があった故に、半年余り続いたSARS期間より現在に至るまで、寶吉祥仏法センターの皈依弟子及び法会に参加した信徒には全くSARS感染者は出ませんでした。これは、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの顕現された仏法の偉大性であり、私達愚かな凡人に見せて下さった事実です!
尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの為される衆生利益及び直貢噶舉教派の出来事は非常に多く、行なわれる一切は仏法中に記述された「上師二十条法則」を満たすものです。現在私達が、釈迦牟尼仏の明かされた修行方法に基づいて厳しく弟子及び信徒を導かれる上師リンチェンドルジェ・リンポチェと邂逅できたのは、実に稀少で得難い事であります。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、「私達はこの末法時代において十分な福徳がない為に、仏を自分の目で見、仏の教えを自分の耳で聴くことはできません。ですから、顕教、或いは密教に関わらず全ての仏法は、徳を具えた上師による教えと導きが必要なのです。」と説かれた事がありました。チベット仏教直貢噶舉教派の尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できるというのは、私達の一生で最大の福徳です。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェが私達に、如何に仏法を生活に根付かせるか、如何に自分の累世の悪習を改めるか、如何に無常に向き合うか、如何に平常心を以って物事を見るか、如何に人と付き合うか等を絶え間なく教え導いて下さった御蔭で、私達の生活の中の、一挙手一投足、一字一句、一言一行、一呼気一吸気、一念頭でさえも仏法と関係のあることに気付きました。一切は、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの教導に従うことによって、私達は各方面から仏法を学び、仏法を生活中に根付かせることができるのです。ですから、私達は最大の恭敬心と最大の慇懃心、更に細心の注意を払って尊貴なる上師リンチェンドルジェ・リンポチェを大切にしたいと存じます。
弟子 林姿君 恭敬合十
2008年
2013 年 03 月 13 日 更新