221:仏法はいつもリンチェンドルジェ・リンポチェの身の上に見える!
上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した因縁は八年前にありました。その時の兄弟子王さんがご主人の突然死に、強く冷静に対応した様子にとても感服し関心を持ちました。王さんとのある会話の中で、彼女の後ろには高徳な金剛上師が導いているからこそ、無常人生の最大な難関の時期にも関わらず平穏に過ごせたことを知りました。当時私は上師に畏敬する気持ちが心のそこから湧いてきました!もしかしてこの因縁により、また王さんの絶えずの励ましもあり、私は幼い子供3人を連れて金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することができました。
皈依した後、毎週日曜日慣例の共修法会を参加しています。最初はチンプンカンプンで、仏法を学ぶのは自分のためだと思い込み、道場での兄弟子達の口伝えにより少しつずリンチェンドルジェ・リンポチェ慈悲な人助けのいろんな事跡を耳にして、例えばリンチェンドルジェ・リンポチェが毎回自費で各大病院の重症病棟に行き、助けの見込みのない重症の患者達を加持しました。衆生それぞれの因縁の違いにより、癌患者が苦痛を感じなく穏やかな最期を迎えたり、脳梗塞の患者が奇跡を起こして回復したり、その家族達が驚きを隠せずにいたような沢山の話がありました。私もそれで大修行者・人間の宝物に出会ったことを思い知らされました。
ある日、家の中を引っ繰り返すように資料を探していたとき、不意に卵巣畸形胎腫のための外来予約の予約表が見つかり、しかも期限が既に切れたのを発見しました。当時頭が真っ白になり、落ち着いたら、自分の身体に畸形胎腫が残ったままであることを悟り、記憶がゆっくりと皈依した前、毎日のように身体の不調にクヨクヨしていて、やったら病院に検査しに行きたがって、なんらかの慰めを欲しかったことを思い出しました。上師に皈依した後、上師が弟子達への加護の力がこんなに強いとは思ってもみませんでした。ある時上師に、仏法を学ぶために皈依してからもし身体の調子が良くなったら、それは自分の修行で得たものではなく、それは上師と諸菩薩の加持であること、そしてそれも自分のためになったのではなく、もっと仏法を学び、衆生に利益を与えるためであると開示されました。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェのすべて衆生のための殊勝な教えに感激し、弟子達が輪廻の煩悩のなかで充実な帰属感を感じされられた師恩の深さに感心しました。
私にとって一番印象深いのは、2001年の中秋節にリンチェンドルジェ・リンポチェが渋滞の辛さを恐れずに台北から林口長庚病院に駆けつけて、パーキンソン病に罹って入院していた父のために加持したことでした。リンチェンドルジェ・リンポチェが病室に入ったらすぐに金剛杵を取り出して優しく父の頭上に置いて加持してくれました。当時父が褥瘡で全身が痛みに包まれ痛ましく落ち込んで、人との会話を毛嫌らいしていました。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェの加持が終わった後に、父が敬意を持って弱々しく「娘がお世話になり感謝しています」と口開けたのです。リンチェンドルジェ・リンポチェも;「安心して!仏菩薩が見守ってくれるよ。」と親切に言いました。引っ込み思案な父がお礼を申し出す事ができたのは、きっとリンチェンドルジェ・リンポチェが加持した時に、衆生済度する念力が暖かく父の胸に染み込んだからに違いない。しばらくしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を傍に呼び、父がお酒の味を利く仕事、つまりお酒のソムリエによる因果関係についての話をしました。弟子がもっとしっかりと仏法を学び、父親の福報を累積してあげるように教われました。なかなかよくならない父の具合も少しずつ回復しました。仏法は見えず触れずと誰かがに言われたけれど、リンチェンドルジェ・リンポチェの所からはいつも見えて感じることができるのです!
弟子 呂雪齡
2008年12月22日
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2017 年 03 月 29 日 更新