085:私達はみな、リンチェンドルジェ・リンポチェの子宝
家庭内が不安定であったことと、環境の変化への不適応のため、母の友人の紹介で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに初めてお近づき賜る機縁を得ました。その日の午後、私達は逸仙路の宝石店で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁致しました。リンチェンドルジェ・リンポチェは情け深くも「どうしたのか?なにかあったのか?」とお尋ね下さいました。当時まだ幼かった私は、母の訴えを聞きながらも、何を考えたという訳でもなく、ただこの年長者は特別だと感じていました。
そこを出てから、今後は法会へ継続的に参加するということを知り、母と一緒にはいたかったものの、やはり法会への参加には気が進みませんでした。ところが、時が経つのは早いもので、また理由は分かりませんが、私も母と同じようにリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依致しました。けれども、自分が何のために皈依したのか、いつも疑問に思っていました。こうした中、仕事で台中に行く機会があったため、台中に転居しました。転居後はバタバタしている内に一年が過ぎましたが、その一年間は何をしていたのか、自分が何をしたかったのか分からないほどでした。生活は乱れ、悪い習慣が身に付き、最後には仕事もうまく行かなくなり、実家に戻ることになりました。
台中に暮らした一年間、一度も家に帰って来ていなかったという訳ではないのですが、毎回慌てて帰り、あたふたと台中に戻るというだけであったため、母や母方の祖母とゆっくり話す機会がありませんでした。そのため実家に戻った後、しばらく一緒に暮らす中で、母は変わったと感じるようになりました。20年来共にあった母が変わった。私は訝しく思い、その後、母が依然として法会に参加し仏法を学んでいることを知りました。母は、どうしようもなくなっていた私に気づき、リンチェンドルジェ・リンポチェにお目に掛かるよう勧めてくれました。
こうして母と私は宝石店へ赴き、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁致しました。リンチェンドルジェ・リンポチェのご拝顔を得た瞬間すぐに跪いたところ、涙が溢れ出て来ました。まるで長い間会えなかった家中の年長者に会えたように感じました。リンチェンドルジェ・リンポチェは、いつものように「どうしたのか?なにかあったのか?」とお尋ね下さいました。私は「帰ってきて法会に参加したいと思っています」と申し上げました。リンチェンドルジェ・リンポチェは「帰ってきてどうする?なぜ帰ってくるのだ?」と仰せになりましたので、これまでのことをリンチェンドルジェ・リンポチェに報告申し上げました。とその時、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の頭を激しく打たれたのです。咄嗟に涙がさらに激しく流れ出て来ました!リンチェンドルジェ・リンポチェは「父母在らば、遠く遊ばず。母も祖母も健在であるのに、傍に居て労わることをしない。これこそ親不孝である!」と開示下さいましたが、このお言葉は心中深く刻まれました。なぜなら、自分でもよく分かっていたからです。私は頑固で愚かで、子供の頃から母のいうことを大人しくきいたためしがありませんでした。ましてや孝道を尽くすなど、言うまでもないことです。さらにリンチェンドルジェ・リンポチェは「熟慮の上、後でまた来るがよい」と仰せになり、私一人で残り、母は外で待つようご指示になりました。よくよく考えて後、もう一度列につき、リンチェンドルジェ・リンポチェに「私は祖母と母の健康に留意したいと思います」と申し上げました。リンチェンドルジェ・リンポチェは「母を表に出した理由が分かるかね?そなたはこのところ、外に在って行いが乱れていた。ひどく乱れていたであろう。私はそなたの母を失望させたくない。自身でよく考えるのだ!法会に参加する機会を与えよう!」とのお言葉を下さいました。私は頂礼を行い、その場を離れました。
数週間が過ぎ、ある日曜日の法会において、リンチェンドルジェ・リンポチェは「弟子であるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは世々代々心を配り、守るだろう。弟子の一人一人はみな大切な子宝なのだ」と開示なさいました。この時私は初めて、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェが絶えず私達を守り、私達を加持下さっているのだと知りました。家を離れていたあの頃、友人と車で遊びに行ったことがありました。高速道路を走行中、大人数でにぎやかで、みな大声で話していたため、事故に遭ってしまいました。車は完全に壊れてしまいましたが、それなのに、人は無傷で何ともなかったのです。事故車の処理に来たクレーン車の人は「あなた達は本当に運が良い。車はこんなにひどく壊れているのに。全く不思議だ!」と言いました。そうです。これこそ私の上師なのです。上師は自らの生命で私達をお守り下さっているのです。いつ、どんな時にも、上師は私達をお守り下さっているのです!
リンチェンドルジェ・リンポチェは常に自ら手本となって私達にお示しになり、私達の理解を助けて下さいます。日常生活のすべては、いつでもどこでも仏法なのです。人生において、このような上師に巡り会えたとは、なんと勿体ないことでしょうか!私達はこの宝を大切にしなければなりません。上師リンチェンドルジェ・リンポチェに万謝申し上げます!
張中維
2009 年 04 月 01 日 更新