673:懺悔

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ、尊勝なる直貢チェツァン法王、アキ仏母、諸仏菩薩に頂礼致します。皆様、こんにちは。私は第一組の夏泰で、父は第七組の夏沂汾で、母は第八組の胡筱貞です。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが家族を助けたプロセスの経験と自分のさまざまな悪業を発露懺悔したその過程についてみなに分かち合います。

親はみな皈依して弟子となり、私は2009年3月22日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、その後まもなく米国に留学しました。

最近、父は陶芸の仕事の際に転んで背中を怪我しました。当初は大したこともないと思いましたが、針灸を一ヶ月ほど続けるうちにいよいよおかしいと感じ、病院でレントゲンを採ってもらったところ、検査の結果、医師から父親の脊椎は圧迫性骨折であったことを告げられました。医師はさらに、父親は必ず二ヶ月横になって安静にせねばならず、コルセットをつけねばならないといわれました。父は、病の痛みは自分の業に対する報いだと感じ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェをわずらわれてはならないと考えたため、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにこのことを報告しませんでした。

あるとき施身法の法会を開始する前、父は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが頚椎をもんでいるのと見て、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの脊椎はS字型に大きく曲がっており、コルセットをして横に成らねばならないはずなのに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは毎回の法会で法座に数時間の長きにわたって座り、自分の辛さを省みず、ただ一心に衆生の利益のためだけを考えておられるのを思い出し、自分の背中の痛みなど大したことではない、と考えました。ちょうどこのとき、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆の面前で父に背中を負傷したのではないか、とたずねました。そして、慈悲深く父に貴重な的チベットの薬用入浴剤で入浴するよう教えてくださいました。父は、陶芸の仕事に従事しており、いつも腰を曲げていました。幸いにも貴重なチベットの薬用入浴剤で痛みを軽減することができました。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがいつも衆生のことを思い、衆生の利益のために自分の事をまったく省みないことを称賛したうえで、このことからも尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ初音にいつも最高のものを弟子たちに分け与えており、弟子たちもこれを大切にしなければならないです。

1年少し前、父は検査の結果肝炎をわずらっていることがわかりました。西洋医学の医師は、精々あと3年の余命だろうと言いました。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く、父が道場を訪れて面会を求めた時、何度も加持をなさいました。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の救護によって、本来は西洋医学の医師に3年の余命と宣告された病状も、現在では検査医師も安定しているといい、ほとんど何の兆候も見られなくなりました。

一度、父が道場に来て面会を求めた時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは父に、何か心配事でもあるのか、とたずねました。すると、父は、娘の学業を終えさせることができるかが心配だ、と答えました。私の学ぶ大学は学費が高く、いちど父母に学費が支払えなくなりそうになった時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く、その場で私の学費を支援してくれたため、順調に学業を継続することができました。さえらに、兄弟子に対して、私が国外で就学する際も家人に心配をかけず、学習に専念し、ボーイフレンドと交際しないよう注意しました。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが国外で学ぶ弟子の細かなことにまで関心を寄せ、また生活や交友情況にまで心配してくれることをありがたく思いました。

しばらくして、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの予想していた事が、私の生活の周辺で発生しました。キャンパスの中では仲間たちが学業のプレシャーから飲酒はドラッグなどの悪習に染まりましたが、弟子である私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と助けのおかげで、まったくマイナスの影響を受けず、心静かに勉強に励むことができました。学ぶ学校は実習を重視し、私も実習の機会を渇望していました。喜ばしいことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは私の願いをかなえ、夏休みに会社の室内装飾部で実習する得がたいチャンスを与えてくれました。装飾部で出勤する時、アルバイトの私はその中で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがいかにスタッフを大切にしているかを知りました。

そして、自分の犯した数々の悪行を懺悔します。自分がずっと自己中心的な考え方で、自分が他人よりも優れていると感が、虚心に帰って教えを受け入れることがありませんでした、また自分は努力しており、よい結果が得られると思っていましたが、因果の無常を完全に忘れていました、自分の思うような結果が得られず挫折した時、先生に不満を抱いたことなどを懺悔します。自己中心的で親不孝であったことから、授業のあった時期に忙しさにかまけて何日も家に電話をかけなかったこと、父親が背中を怪我したことも知らなかったにもかかららず、自分が不如意な時に父母に電話出口をこぼしたことを懺悔します。また、自分の不注意と無責任から費用の支払いを忘れたり、物をぬんだことを懺悔します。また自分の行き届かない心遣いと不注意から、帰国前にパスポートの期限切れに気づき、もう少しで台湾に戻れなくなりそうだったことも懺悔します。

私は、自分が教えに従ってしっかり実践せず、仏法を生活の中で運用せず、また上師および三宝に誠の尊敬の心を起せず、また常に自己の経験に頼って自己中心的に他人の行為を批判していたことを懺悔します。毎日仏法で自分の言動を仔細に検討せず、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示にしたがっていたかも検討していなかったことを懺悔します。また、他人に対してだけ厳しく、自分に対しては厳しくないこともざんげしました。同時に、自分が自分を改めることをしっかりと決意せず、つねに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けにだけ頼り、自分悪習を直視しようとしなかったことも懺悔します。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教えと思いやりに感謝します。私は懺悔するとともに、これからは自分の問題を直視し、しっかりと修練し、悪い因を造ることなく、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェからしっかりと仏法を学ぶことを願います。人の身を得る事が難しい、仏法を聞く事が難しい、上師に会うことが難しいと思い、この一生を大切にし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学ぶ得がたい縁を大切にせねばならないです。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安らかですこやかであり、法輪が常に回り、直貢噶舉法脈が永遠に伝わることを祈ります。

皈依弟子 第一組 夏泰 謹んで書き上げます
2014年6月8日


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2019 年 02 月 25 日 更新