285:リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子をお助けになった事跡

弟子周志中は皈依する前に、幸せにもリンチェンドルジェ・リンポチェにお会いでき、法会に参加する因縁を孟兄弟子からいただきました。振り返ってみますと私と妻は長女湘縁がお腹にできたときから、中学高校の期間を、生理的心理的様々な問題に直面して、ちょうどテレビの連続ドラマを見るような山あり谷ありの生活を送っていました。

この期間、私は自分では処理しがたい苦境に直面しました。というのは湘縁が間違ったことをしたときに、私は彼女を打つようになり、それは次第にひどくなり、彼女を打った後に、湘縁が難聴であることに気づいて、後悔の念が湧き起こり、自分が暴力を振るった事に対して自責の念にかられました。しかも勤務の時に専念できず、精神は恍惚状態となり、およそ三日ぐらいしてやっと情緒が回復してくるのですが、少し時が経ちますと、また同じ事を繰り返すというというように、非常に心苦しいのに、自分でこのような理性の無い行いを止めることができませんでした。

このような気持ちを同僚と友人に打ち明けたら、みんな為になることを言ってくれましたが、私には役に立たず、当時孟兄弟子が、リンチェンドルジェ・リンポチェにお会いするようにと勧めてくださいました。私は今までどの宗教にも接触した事が無かったので、自分の方法でこの難題を解決しようと思って、孟兄弟子のお勧めを婉曲にお断りしました。

それから一年あまり、私は宗教の書籍を読もうとし、果て寄付で印刷された仏教書籍を拾って読み、その中書かれた放下し、執着しないということは、説法としては十分理解でき、そうしようと試みるのですが、その場に出くわして深刻に感じるのは、小さな石を一つ取り去ると、今度はもっと大きな石が自分の身を押し付けるような、つまり問題はやはり改善もしないし解くこともできないままでした。後にわたしは孟兄弟子を訪ねて、わたしの苦境を話しました。孟兄弟子はもう一度、リンチェンドルジェ・リンポチェにお会いするようにと言ってくださり、苦し紛れの状況で、試してみようという気持ちで、リンチェンドルジェ・リンポチェにお会いしに行きました。

当日私と湘縁が逸仙路の宝石店へ赴き、リンチェンドルジェ・リンポチェの御前に跪き、私の状況を話しましたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは私が「自己主張の強い人だ」とおっしゃいました。私は頭を垂れて考えましたが、職場では常に人と争そうこともなく、個性的でも無いので、そんなに自己主張が強い人間だとは思いませんでしたし、人には自己主張もあり、客観的な見方もあると思いました。リンチェンドルジェ・リンポチェは、私が頭を垂れて何も言わないで居るのを見て、もう一度、あなたは自己主張の強い人だとおっしゃって、それから、金曜日の施身法会に参加してもいいですよとおっしゃったので、私がハイと答えましたら、湘縁のためにご加持してくださいました。

宝石店を出てから、はじめてリンチェンドルジェ・リンポチェにお会いしたけれど、問題解決の答案を得られなかったと思い、そこですぐには法会に参加しませんでしたが、約一ヶ月後も、問題は依然として存在し、私は金曜日の施身法会に参加することを決定しました。施身法会に参加するようになって、約6ヶ月後に、私は日曜日の法会にやっと参加し、それから2ヶ月後に私は皈依することを願い出ました。

この8ヶ月の期間、金曜日の施身法会には毎回参加して、リンチェンドルジェ・リンポチェが、私が自己主張が強い人間だとおっしゃったことも十分に体得しました。つまり自分に良いという観念が自己主張の強いことになります。そして、私の問題である煩悩が起きるのは一種の執着であり、皈依した後は仏法によりもともとの問題は大変改善され、もう暴力を振るうことはなくなりましたが、また自分に多くの欠点があることも発見しました。仏法の薫陶を通じて輪廻の苦痛から自ら離れ、苦を離れて楽を得ましたことは、実にリンチェンドルジェ・リンポチェの教えに感謝あるのみで、リンチェンドルジェ・リンポチェに導かれてみ仏の道を学ぶ事ができた因縁を大切にし、怠けずに教えに従って行うことを誓い、真に生死を解脱する事ができますようにと願っております。阿弥陀仏!

弟子 周志中
2009年1月

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2016 年 03 月 20 日 更新