お知らせ

2010年5月3日、台湾の最も重要なネットワークのマスコミの1つの《中時電子報》に、尊き リンチェンドルジェ・リンポチェが記者の特別取材を受け入れた内容を掲載された。その特別取材の見出しは「特別取材。リンチェンドルジェ・リンポチェは生命と自然が調和する共存法則について語る」であり、次のとおり4編の文章で現れた。

一、リンチェンドルジェ・リンポチェを特別取材 生命と自然が調和する共存法則について語る

昨年チベット仏教直貢噶舉派 リンチェンドルジェ・リンポチェは台北アリーナに於いて、八月八日台風の被害者及び全国人民のために、「阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催し、衆生の平安を祈った。

2009年八月八日、台湾は台風八号に見舞われ、豪雨により、無数の集落は倒壊し、村は一瞬にして壊滅し、被災地の中南部では、七百人もの人命が奪われた。1996年台風第9号、1999年921大地震を始め、台湾という若い島はほとんど毎年のように台風、豪雨や地震など絶えない天災に襲われている。これは本当に逆らえない天災なのか?或いは天地諸法の間に、その因果関係があるのか?人類が利益の遠因を撒かなかったのなら、どうして天地の苦果を味わうのだろうか!

いつものことながら政府は災害の後、やっと災害検討及び被害地の再建を始めた。亡羊補牢で、既に遅れてはいるが、しなければならないことである。しかし、根本的に考えてみると、我々が天地の巨大な変化に遭ったからこそ、改めて人と土地、大自然の間の、最も基本的な存続関係を考えるのではないだろうか?

初期の祖先は、山に住めば猟をするなど山に頼り、水辺に住めば漁など水に頼って生活をしていたが、天地に対し畏敬の念があった。入山者は山林を畏敬することをわきまえ、開墾、狩猟には必ず制限があり、山の中に必ず部落の禁止地区、山神の聖地として、一ヶ所の広い林があった。水辺の者は河川を畏敬するのをわきまえ、河川の水源保護に対して、部族の中で最も神聖で厳格な訓示があった。これは祖先が既に古代からの経験で、水源をしっかり保護さえすれば、平安で清浄な河川が、生活の維持、後代子孫を繁栄させることが分かっていたからである。それは天地を畏敬すべきことを理解し、自然と調和して暮す生命経験と生存法則が分かっていたのである。

但し現在人類は生存を求めると同時に、更に利益を創造する私欲の下で、既に一種の破壊的で際限のない拡張をしている。一回毎に厳しくなる天災の中で、自分の貪婪、私欲を改めて検視すべき必要性がわからず、すでに後代の子孫に多大な生存危機を埋蔵してしまった。若し振り返ってみて、過去先人が我々に残した歴史の遺跡をみれば、容易に納得できる。如何なる偉大な国や民族、如何なる壮麗で立派な建築及び文明であっても、全て大崩壊に襲われる可能性を秘めている。例えば、歴史上消失した米州マヤ文明は、嘗て古代文明の中で最も輝いた文明である。連年旱魃に見舞われ滅びたアナサジインディアン部落;巨大なモアイ像しか残っていないイースター島など、最後は何故か歴史の灰燼と化すのである。

2010年3月12日、去年台風八号の災害から既に217日目、当日の午後再び台東嘉南部落に戻った。陰雨で空一面陰鬱で、部落前の元々河床であった土地を通ると、雨で流された土砂が、部落の居住地と同じ高さに堆積し、その上には無数のまだ回収されていない漂流木が四方に散らばっていた。そして嘗て八八水害の時、マスコミに何回も報道され、土石流に埋没した建物の恐ろしい映像もまだ脳裏に残っているが、その倒れた建物は今も土砂に埋没していて、最も写実的で眼を背けたくなる被災後の記念碑となっている。

翌日3月13日に再び高雄県小林村を訪問した。この集落は嘗て何回もコミュニティ営造の特殊な賞を獲得したが、八八水害で一瞬にして壊滅してしまい、現在僅か58戸の村民しか残っておらず、暫く仮設住宅に移り住んでいる。当日小林村で被害者と会見し、「記憶の中の小林村を呼び戻そう」と言う記録映画を見たとき、生命無常の悲哀を感じたが、同時に巨大な変化後、人類は自然に対する尊重と、部族文化の保存の大切さと努力の必要性を理解し始めたのを感じた。小林村の村民が成立した「小林村再建発展協会」の蔡松諭会長は、「決して皆の小林村の印象が悲劇的な一面の黄土の上に留まらず、将来本当の新しい小林村にする」と宣言した。

村落の再建の過程はかなり難しいが、人心の回復には、更に果てしなく長い道程がある。政府が「モーラコット台風災害後の再建推動委員會」を設立し、有形な再建工程を行っている事を我々は知っているが、社会の関連部門が被害者に対し、後続の心理治療を行う配慮に関してはまだ見受けられない。

去年10月4日チベットディクン・カジュ派リンチェンドルジェ・リンポチェは台北アリーナに於いて、八月八日台湾の台風被害者及び全国人民のために、阿弥陀仏無遮大超度法会を主催した。衆生の為に平安を祈り、宗教の幸福祈願を通し、台湾人民に心の平和と落ち着きをもたらすよう望んだ。

今年6月6日、チベット仏教直貢噶舉派 チェツァン法王は自ら台湾を訪問され、特別八月八日台湾の水害1周年前夜に来台され、台湾人民のために、大法会を主催し、万民のために幸福を祈願され、同じく台湾-この自由で美しい土地のために幸福を祈願される。

宗教仏法の精義を通して、我々は結局如何すれば大自然災害の痛みから抜け出せるのか、また無数の歴史の経験の中から、どのようにして生命と大自然との間で協調性がある共存法則を見つけ出すのか?チベット仏教直貢噶舉派 リンチェンドルジェ・リンポチェには、清明で英知に富んだ見解がある。

原文の出所:http://news.chinatimes.com/society/0,5247,50302673×112010050300584,00.html

二、リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなたが「捨てる」ということを学んだなら、それでもう十分であると諭した。

チベット仏教直貢噶舉派 リンチェンドルジェ・リンポチェ

今年6月6日、チベット仏教直貢噶舉派 チェツァン法王は台湾を訪問される。「88水害」一周年前夜のこの折を特に選ばれ、台湾の人々のために大法会を催し、万民に、またこの自由で美しい台湾という土地に幸あれと祈念される。

仏法の精義の助けを借り、我々はいかにして自然災害がもたらす苦しみから歩み出すべきであろうか。また無数の歴史的な経験から、人の命と大自然とが協調し共存するための法則をいかにして見つけ出すべきであろうか。

以下は、チベット仏教直貢噶舉派 リンチェンドルジェ・リンポチェに対するインタビューの要旨である。

記者:生きて行く上で困難にぶつかった時、人生をあきらめてしまう人がいる。人生の重大局面に直面している人を、どのようにして直ちにお救いになるのか。どのように教導なさり、苦しみの中から外に向って歩み出す勇気をお与えになるのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:私の経験を話そう。私は失敗しても落胆しない。それは私が「天道人を殺さず」の道理を信じているからだ。道とは自ら切り開くものである。失敗する度に、私は心を静めて、どこで誤ったか、再出発しても同じ過ちを犯すだろうかと考える。しかしかといって、成功した時にも奢らない。なぜなら、私はさらなる高みを目指してよりいっそう努力しなければならないからだ。これが私の人生観である。

さらに、「捨てること」を学ばなければならない。失敗すると、人はなぜ深刻な喪失感を味わうのか。なぜそこから抜け出ることができないのか。それは失うことを恐れるからである。そのため仏法では、まず最初に「捨てること」を学ばせる。「捨てること」を学んだなら、もうそれで十分であるのである。

記者:しかし、「88水害」の被災者のように、不慮の災難で、家族と故郷を失ってしまったような場合には、その苦しみをどのようにして乗り越えたらよいのでしょうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:経典ではこれを「非時而死」という。なぜこのような因果をこうむったのか?それはふだん善を行わず、殺生し食肉していたことと関係がある。では、どうやってこの問題を解決すべきだろうか。因果の関係から解釈すれば、答は自ずと明らかである。例えば、「88水害」のような災難の中にあっても、無事な人がいる一方、被害にあう人もいる。その人は運が悪かった訳ではなく、ただ、なぜ不適当な場所に家を建てたのかと吟味すべきなだけである。これこそが「因」なのだ。さらに、なぜこの地を選んで家を建てたのかを探る必要がある。恐らくは、その土地が安いことに目を付け、或いはその地を選ぶことで、他の利益を得ようという目的があった等であろう。その結果、さらに重要なことに気づいていなかったのだ。人はなぜ過ちを犯すのか。それは何かがその人の気を散らせるからである。いったい何が彼の心を奪うのか。それは本人にしか分からないものである。人はいつも「利」のため心を惑わせる。「利」という文字の成り立ちを考えてみるがよい。「禾」の傍にあるのは「刀」である。すなわち、利益を求める際の動機は、先ず他人を助けることを前提としなければならないのだ。ただ自分のために利益を求めるのでなければ、自分が傷つくことはないであろう。

つまり、この論理は非常に簡単かつ明瞭である。人は絶対に、自らを危険に陥れるほど愚かではなく、必ず、他の利益に対する狙いがあり、危険を冒すのである。これこそが絶対的な因果関係なのだ。

記者:チベット仏教直貢噶舉派の「阿彌陀仏無遮大超度法会」は、昨年までで既に5年目となりましたが、これまで毎年一万人を超える信者が参加し、昨年の寄付は623万元に達しました。5年間での寄付額は2400数万元に上り、参加人数も延べ54000人を上回っています。どのようなお考えで、5年続けてこの法会を主催しておられるのでしょうか。特に「88水害」の後開催するに当たってのお考えはいかがでしょうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:先ずは「無遮」、この二文字の意味を説明しよう。「無遮」とは釈迦牟尼仏が在世に仰せになった言葉で、「身分、富、権勢にかかわらず、恭敬心さえあればだれもがこの法会に参加できる。仏の前に、すべての衆生は平等である」という意味である。

ついては、なぜこの「阿彌陀仏無遮大超度法会」を修法するのかだが、それは釈迦牟尼仏が「阿弥陀仏」の解説に後半生、多くの時間を費やしておられたことによる。一般に人は、往生して初めて阿弥陀仏のお傍に行けると考えており、或いは今「阿弥陀仏」を修めたなら、往生後には必ず阿弥陀仏のお傍にまで行くことができると思っている人もいる。このような考えはある面では正しいが、しかし実はその真の意味は、「阿弥陀仏四十八願」の中の総括、「衆生が六道の中で永遠に輪廻することを望まない」であるのだ。そのため、もし阿弥陀仏との間に縁が生まれているなら、あらゆる仏があなたを助け、これにより輪廻が続くことはないであろう。

台湾はこれまで、天災、人災があまりにも多かった。仏法の考え方では、「この土地は殺業が非常に重大であるため、多くの衆生が済度できない。そのため、この地は安寧ではない」ということになる。

我々、学仏の徒は、この地に暮らす人々が考えうる最高の安祥を得ることができ、安楽に暮らしと営みを続けていけるよう、最大限力を尽くして努力しなければならない。また我々は、衆生が仏法の修習を通して、輪廻を解脱できる機会を得られるよう願っている。すなわち、この法会を開催する意義はここにあるのだ。

記者:「阿彌陀仏無遮大超度法会」では、その場にいる人以外に、他の広い範囲の衆生を含み、みなが、あなたの済度と庇護を受け取ることができるのでしょうか。法会に参列する人は、どのような感銘を受けることができるのでしょうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:初めて法会を主催する際には、私は事前に法王にお伺いを立てた。法王のお許しを得た上で、大法会を主催したのである。チベット仏教直貢噶舉派「阿彌陀仏無遮大超度法会」は顕教のように経を唱えて拝懺する方式とは異なる。チベット仏教では、リンポチェ位にある人でなければ、主法者としてこの法会を主催することはできない。法会を主法する前には、私は必ず数日間閉関すると同時に、修法によりこの法会をお守りくださるよう法王に願う。こうして後、初めて法会を主法することができるのである。

この法会に参加したすべての人は、法会が騒々しく混乱せず、秩序だっていると感じたことだろうと思う。これこそが、仏の感化力である。

さて、仏の訪れをどのようにして感じられるか、であるが、それは法会に参加する人に恭敬心があり、また法会の主催者も、自己の私利のためではないことが前提である。このような恭敬、無私の力の下であれば、求めなくとも、仏は自ずとお姿を現されるのである。

記者:昨年の法会において、チェツァン法王は「88水害」の復興費用にと2百万元をご寄付くださいました。「88水害」が台湾に深刻な被害をもたらし、人々、さらには台湾の地に大きな傷跡を残したことに関して、法王は特にご関心をお持ちなのでしょうか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:法王ご自身が流暢な中国語をお話しになられるなど、法王は実は台湾と非常に縁が深く、また仏法の修行者として、世界のいかなる地であっても、そこに災難が発生しさえすれば、力を尽くして被災した人々を助けようとするものである。法王は2百万元をご寄付くださったが、重要なのは金銭の多寡ではなく、台湾というこの土地と人民に対する法王のご関心の深さなのである。法王が台湾のために法を修め平安を祈られても、台湾の人々はそれを目にすることはなく、しかもすべての台湾人が仏教の信者という訳でもない。そのため、ある種の実質的な寄贈を通して、台湾の人々の心にいくらかでも思いを届けたいとお考えなのである。

そのお考えに従い、法会後は毎年、最も適切に公益に処するよう、各界からの寄付を内政部に託している。こうして5年間続けて来た結果、寄付総額は2400万元余りに達しており、参加人数も述べ54000人を上回るようになったのである。

記者:伝わるところによれば、チェツァン法王は2010年6月6日、つまり「88水害」一周年を前に、自ら台湾においでになり大法会を開催して、台湾の人々のためお祈りくださるとのことですが、法王の来台、大法会開催について、お話しくださいますか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:実は法王はこれまで世界各国で弘法しておられる。もともとは2008年に台湾を訪れる予定であったが、諸々あり、今年まで延びることになったのだ。

法王が6月6日をお選びになり、「台北アリーナ」で大法会を開催することには、特別な意義がある。6月6日はちょうどチベット仏教直貢噶舉派の祖師であられるジッテン・サムゴンの記念日であり、直貢噶舉派伝承831周年の記念日でもある。さらに現在は、直貢噶舉派にとって歴史上3度目の隆盛期であり、この時期、この日に、台湾という中国語圏に属し、宗教の自由が保障された地で大法会を催すということに、法王は特に意義深さを感じておられる。これにより、チベット仏教直貢噶舉派教法がこの地でさらに深く根を下ろし伝承され、助けを必要とするより多く人に救いの手を差し伸べることができるだろう。

原文の出所:http://news.chinatimes.com/society/0,5247,50302673×112010050300601,00.html

三、衆生は皆、仏になる条件があると、リンチェンドルジェ・リンポチェは真諦を述べた。

チベット仏教直貢噶舉派 リンチェンドルジェ・リンポチェ

記者:チェツァン法王は昨年台湾が被ったモーラコット風災と災害後の再建に関心を持つことから、チェツァン法王は仁の心と慈悲の心を備えている他に、さらに、相当な国際観察と国際関心を持っていることがわかるが、リンチェンドルジェ・リンポチェから見た法王の宗教国際観について教えていただきたいです。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:法王の国際観を一言で説明すると、「仏法が必要な所に、法王は必ず現れる。」ということだ。

記者:基本的に宗教、流派に関わりなく、どの宗教でも人を助け、善行を勧めるのは基本である。そのため去年モーラコット台風災害後、高雄市政府はダライ・ラマを招き台湾の被災者のため、幸せを祈った。しかし、後日、一連の政治的反応を引き起こした。台湾の大部分の民衆はチベット仏教についてあまり知らないだけでなく、更にはチベット仏教は既にメディアよって長い間「蔵独」という政治色で報道され、既定的に印象づけられた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの件に対して、この機会に皆さんに説明して頂けないでしょうか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:ダライ・ラマは歴史的にもずっとチベット政治指導者である。だから、今回、彼は被災者のために幸せを祈りに台湾に来たのであって自らは政治と関係ないといっても、社会にはたくさんの違う意見と考え方があり、ダライ・ラマと政治をある程度を関連してしまう。それは、彼が特殊な政治指導者の身分を備えているからで、とても敏感な問題になってしまうのだ!

チベット仏教の中において、私はただ下位に属し、あれこれ評論するのはあまり相応しくない。ただ一つ考えとして、主催者はこの件に関して手配する過程で少しばかり慌て事前の準備が足りなかった。特に、全世界に注目され、宗教、政治の指導者に属するダライ・ラマに対して、あの急がせた法会は良くなかった。私個人の考えとして、ダライ・ラマは決して政治的要素のため台湾に来たのではないのに、前もっての準備があまりにも出来ていなかった。そのため、多くの異なる意見がまとまらない情況で、世論全体を違う観点へ導びかれ、非常に多くの誤解を生んでしまった。

記者:リンチェンドルジェ・リンポチェ、現在のチベット仏教の各流派の宗教と政治に対する立場を説明いただけませんか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:それはかなり複雑で、歴史から見ると、元朝と明朝の間、四大教派は全てかつてその時の朝廷と相当な密接な関系があった。例えば、以前モンゴル人はかつて四大教派を利用して彼らの政治的な目的を達した。また、明朝では四大教派の法王に冊封させて国師とした。現在のチェツァン法王の前世は明朝の国師だった。だから、過去の様々な歴史経験を見ると、その人が法王になったなら、その宗教教派の代表になり、必ず、さまざまな情況を対面して、問題を解決しなければならず、その人は逃げることが出来なくなり、そして世俗の事情と完全に分けることができなくなるのである。

記者:一般人はチベット仏教教派の流派についてよく知らないが、リンチェンドルジェ・リンポチェに簡単にチベット仏教教派と教義の情報を説明してもらえないだろうか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:まず、「噶舉派」から説明すると、歴史上においてマルー・パ聖者がよく知られており、またの名を「大訳師」と呼ばれている。それは、現在伝えている沢山の経文或いはサンスクリットは全てマルー・パが自身で何回も印度へ赴き、ナロパに法をお願いした。顕教と金剛乗を学び修めえた後、チベットに戻ってミラレバ(紀元1052年~1135年)に伝えた。彼の伝記及び10萬歌謡はチベット文学及び精神思想の精華であり、チベットの無上成就大聖者と呼ばれている。もう1つ教派はアティーシャ尊者が印度より一部の教えをチベットに持ち込んだ。

数千年の歴史の伝承後、現在、チベットは四大教派を分かれ、サキュ派(花派)、ニンマ派(紅派)、噶舉(カギュ)派(白派)、ゲルク派(黃教)等四大伝承がある。実は、もっと早い時期には、もう1つ教派「噶陀派」があり、旧教派とよばれていた。

それぞれ教派には各自の法王と伝承があり、伝承の上にお互いに差があるが、最終目的は同じで、全て衆生を利益して、仏になるため仏法を学ぶ。

チベット仏教の教義の上では、とても「上師と弟子」間の伝承を重視していて、突然に活仏、法王或いはリンポチェが生ずる事は絶対不可能で、各教派には自ら歴代の伝承に対して非常に詳しい歴史と記録がある。

記者:チベット仏教の中の所謂「伝承」とは何で、それはどんな意味を表すのか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:チベット仏教の中の「伝承」とは、釈迦牟尼仏まで溯ることが出来、仏法の伝承は全て釈迦牟尼仏が口伝してきた。そのため、仏法を学ぶと言うことは、必ず上師が教え導くということで、一代一代と伝える形で伝承して来た。それゆえ、上師の伝承を賜ることなしに、突然に、法王或いは活仏になることはできない。このような事情は仏経にはありえないことで、チベット仏教において「伝承」の伝統が更に一層、重視され、保たれて来た。

その長所は、1人の厳密で経験のある上師の「伝承」を伝えることで、仏を学ぶ人が誤解から間違った道に入って、時間を無駄にすることが避けられる。仏法は人生経験法ではなく、一般的な本の中から学べるものではないからである。

記者:仏法が一般な人生経験法でないのであれば、仏法に対して、どのように具体的で適切に解釈すればよいだろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:厳密に言うと、仏法は一般法ではない。釈迦牟尼仏は仏になるとき仰った:「すべての有情衆生、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道などの六道の衆生は全て仏になる条件がある。」仏法で解釈すれば、即ち「衆生は皆、仏性がある」。

それで釈迦牟尼仏はおっしゃった:「なぜ私は悟ったのに、彼らはまだ悟れないのか、それは彼らが未だどうのように仏法を勉強すればいいか分からない、どうすることがいいのか分からないからである」。

そして釈迦牟尼仏は彼が悟りを開いた経験を話し、仏を学ぶその他の者に彼の経験に基づいて行動させた。「衆生皆は仏になる条件があるが、かと言ってそんなに簡単に悟りを開いて仏になれる訳でない。だから仏を学ぶ目的は、正確な方法で衆生を導き、ゆっくりと仏になる道をへ向かうのである。」

記者:チベット仏教の四大教派には各々の伝承があるが、「直貢噶舉派」は、他の三大教派の伝承と比べて、何か異なってるところがあるのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:「直貢噶舉派」伝承の特徴は仏法の「口伝」と閉関を特に重視しており、初めて釈迦牟尼仏が仏法を口伝で教える伝統を守り、全ての仏経の学習も含め、上師がまず一回口伝方式で口述伝授した後、その人はやっと見ることが出来る。

「直貢噶舉派」はインドからチベットに直接伝来した。一番目の祖師はディロバ、二番目の祖師はナロバであり、それからマルバへ伝わり、また同時に仏法がチベットに伝わったもので、チベット仏教「直貢噶舉派」の830年余りの歴史が始まった。

記者:普通の人は「ダライ」或は「法王」に対して両者の関係或は教派の中の地位が難しく理解しにくいので、リンチェンドルジェ・リンポチェに概略的な説明をお伺いしたい。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:実は「ダライ」と「法王」は地位が同じであるが、黄教だけは法王を「ダライ」と呼び、それはただ呼び方が違うだけである。

黄教が特に「ダライ」と呼ぶのは、ダライ・ラマが嘗てチベット政治の元首であったからで、そのため、その他の教派も特に彼の政治身分を尊重したのである。

記者:現在、「直貢噶舉派」はチベットにいる第36任のチョンツァン法王とインドにいるチェツァン法王が同時に在位しているのだが、リンチェンドルジェ・リンポチェと二人の法王の関係はどうなのか?。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:チベット仏教は、弟子が様々な種類に分かれている。一般の信衆がいて、皈依した弟子がいる。皈依した弟子には更に顕教弟子を区別していて、台湾の一般仏教の皈依弟子と同じく、顕教を学んだ後で、その人に資質がある事を確認した後、上師は更に密法を伝授してくれる。その後、上師はある弟子に対して特に教えるならば、その弟子の「根本上師」になる。そして上師はこの世の精要を少数の一人か、二人の弟子に伝えた時、その弟子はこの根本上師の根本弟子になる。

(記者:だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはチェツァン法王の根本弟子であろう。)

記者:あなたはチベット仏教直貢噶舉教派の歴史の中で、この世で実修実証した唯一の漢民族出身在家伝法リンポチェである。このような特別の身分に対して、ご自身がチベット仏教直貢噶舉派に接触した経緯を仰って頂きたい。また、チベット仏教直貢噶舉派が如何にして衆生を遍く済度するかという教義精髄に対し、この機会に説明して頂けますか。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:簡単に言うと、私は37歳時に仏法に接触し、その時に幸いにも広欽老和尚と謁見することができ、以降、菜食に徹した。そして、1986年に顕教の今能法師に皈依し、顕教経典の研鑽を始め、心から礼拝、懺悔と供養を行って、全心全力を以って寺院およびあらゆる法会活動を護持した。その後、チベット仏教直貢噶舉教派の第37任チェツァン法王に皈依し、法王の根本弟子となった。つまり私も最初は一般の皈依弟子にすぎず、事実、法王は私を長期間観察している。なぜなら密法は簡単に伝えてはいけないものであり、弟子の心が正しいかどうかを良く知らなければならない。だから法王は様々な方式を以って私を試している。

例えば私は1994年の時には、経済が窮迫して食事も出来ない状態になった。昼食を食べたら、夕食がどうなるかわからない。ところが、その間、法王は私を呼ぶことがなかった。彼は何故私を呼ばないのか?実は、此れは私が上師と仏法に対する信心が環境の変化が原因で失うものかどうかを観察していたのだ。つまり、それは仏法における因果である。今日の環境情況に直面しなければならないのは、つまり因果の関係であり、自分の因果は必ず勇敢に対面しなければならないもので、仏法を修行する意念と信心に影響を与えてはいけないのだ。

実際、この間、法王は私が何処にいるかを知っていて、私が極めて苦しい事も知っていたが敢えて私を呼ばなかった。非常に長い期間を経た後、私は法王に会って伝法を求め、法王の教えと要求の下、閉関し仏法を学び、法王は段々に私が真に衆生の為に仏法を学んで、自分の為に学ぶ事ではない事を良く確認し、そして私が弟子を取って伝法する事に同意した。

記者:リンチェンドルジェ・リンポチェ、直貢噶舉教派の「密法」は如何に伝承するのかをを話して頂けませんか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:多くの人々は密法が公開された教導だと思っているが、実はそうではなく、直貢噶舉教派の「密法」の伝法過程は、「法は六つの耳に伝えない」が絶対である。法王はインドで伝法した時、以下のような例が発生した事がある。当時、法王は昼間に私に密法を伝えていた。そこに法王の母親が経緯を知らずに跳び込んで来た。法王は母親が入って来た事を見ると、その場で伝法を停止し、何も言わなくなった。そして母親が離れた後、法王は伝法を再開した。このように例え母親のように親しい関係であっても、ただその人が密法を修めていない人ならば、同様に第三者に伝法してはいけないのだ。

多くの人々は密法に対して、伝説の上で誤解があり、密法には神通があること、或は幾つかの手印を結ぶことが密法であると思われている。しかし密法を修めるのは極めて厳しいもので、厳格に言えば、「顕教」が理論で、「密法」が技巧であり、つまり仏教の理論により成仏する方法である。その為、過去の伝承経験に於いて、10年以上の仏法理論を学んでいない者は、密法を教授されない。更にその人が密法を修めることができる器かどうかを見なければならない。主に恭敬心、慈悲心と菩提心を具えるかどうか、そして、その人は上師に対して完全に投降するかどうかを見なければならない。これは極めて重要なことで、その人がその器ではないならば、例え20年仏法理論を学んでも、上師はその人に密法を伝授しない。

記者:チベット仏教の「リンポチェ」とは、どのような意義と地位を表すのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:「リンポチェ」を漢字に翻訳すると、宝物の「宝」であり、チベット仏教では「人中の宝」という意味である。実は、我々が尊称する法王もリンポチェであり、唯多くのリンポチェの中には、Aレベル、BレベルとCレベルという区分が有り、法王はAレベルのリンポチェに属するのである。

実は極めて複雑である。例えばあなたの前世がAレベルであれば、転生を経た時もAレベルであるが、あなたが仏法を非常によく修めた時には、あなたはCレベルからAレベルになる可能性もある。然し、あなたの前世が何であったとしても、この世に至れば、再び最初から仏法を修めて習わなければならない。あなたがどのようなレベルのリンポチェにしても、また初めから修行しなければならないもので、修行を経ないで、突然に功力があるリンポチェになったりしない。

記者:それでは、あなたはこの世で修行をしてきっとAレベルのリンポチェになりますね。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:わたしは自分で自分のことをAレベルのリンポチェだと言う勇気がない、自分はただ普通レベルのリンポチェだけである。ハハハ(と笑った)。

記者:チベット仏教はかなり深い宗教教義と文化歴史価値を具えているが、教派の中で、チベット仏教に関する文化、文化財などの情報に対して、システム化した記録保存の作業を行っているか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:行っている。これらは確実で適切な保護と保存を急がなければならない。そのため、最近のこの数年間、チェツァン法王は絶えることなく直貢噶舉教派の総ての法本を新たに校訂している。八百余年の伝承を経ているため、途中言語或は文章上の間違いがあり、それらを校訂しており、それは、法王だけが出来ることなのである。つまり、それは法王がこの教派に対しての仏法伝承の持ち主である訳で、更には伝承が絶えた法本に対しても、法王は様々な方法により再び探して来なければ成らない。その他の文化財の保存については、1998年に、法王が最初に指示したのはチベットラサにおける祖師のギュぇバ・ジッテン・サムゴンが、初めいた仏寺(ティ寺)の金頂を再び修復する事で、銅の金メッキ方式で「金頂」を修復再建した。同時に、法王はかつて、この金頂が修復されれば直貢噶舉教派は大いに栄えるだろうと予言した。現在では、法王の予言に間違いがないことが証明された。この他、法王は私にも我々の直貢噶舉教派の多くの古い寺或は仏像を再び修復する事を指示している。

記者:現在、チベット仏教直貢噶舉教派は台湾において、仏法を広める道場がいくつあるのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:直貢噶舉教派は台湾の道場が合わせて19箇所あり、それぞれ異なるリンポチェが主催しているが、その中で私だけが漢民族であり、チベット仏教の多くの密法で漢民族に伝えないという記録を打ち破った。

原文の出所:http://news.chinatimes.com/society/0,5247,50302673×112010050300644,00.html

四、無常に直面し、生老病死・災難を乗り越える習得すべき法門

チベット仏教直貢噶舉派 リンチェンドルジェ・リンポチェ

記者:衆生平等の原則に基づき、仏法の角度から見て、一般人はどうすれば平常心で人生の「生老病死」など様々な無常に直面する事ができるのか、自分の生活が更に落ち着いて過ごせるのか、お話し頂きたいです。

リンチェンドルジェ・リンポチェ:これはかなり大きな問題である。二言三言ではっきり説明できる事ではない。仏経曰く:「我々が仏法を学ぶ心は、すでに髪に火がついた人の心の様に切迫しているべきだ。」髪に火がついた時、我々はこの災難で慌ててしまう。同様に生老病死は我々の人生で必ず経験する災難のようで、唯一般人は生老病死の災難に対し、まだ身に降りかからない時は焦らず、急いで仏法を習おうと思わない。これは一種の逃避心理です。唯直面した時になって、慌てて仏法の助けを求めます。それは仏法を通して回答が得られるからである。

しかし実際、仏法を求めれば良いだけの簡単な事ではない。あなたに仏法を与えたとしても、どうすれば良いか分からないはずである。そこで、常に仏法を学びたいと言う切迫した気持ちを持ち、日常生活の中で、上師の指導を通して、生老病死、災難を乗り越える法門を確実に学ぶのだ。

たとえ私はリンポチェになってはいても、仏教の勉強と衆生の救済の持続には、多大な時間を費やしている。しかし、私はビジネス為に時間を割るが、決してビジネスで、仏教の勉強や衆生の救済の面に影響を及ぼすことはない。自分がどう時間を割り当てるのか。理由や口実をつくり、自分には時間が無いから出来ないと言うと、本当に出来ないのだ。それに相反して自分には必ずできると確信を持てば、チャンスがあり、成し遂げられるのです。

私自身が最もいい例です。お金がまったく無く生活できない最も悲惨な状況の下、切実な思いと恭敬な心があったからこそ、この一世の限られた時間内に積極的に仏法の修習を完成できたのである。

その他に順従な心を持たなければならない。全て法王の指示に従うのである。例えば、2007年法王は、私にチベットで三ヶ月間の閉関修行を指示されたが、私はすぐ決断し、唯法王に何時出発かと尋ねただけで、仕事上社員の三ヶ月の給料だけ手配し、すべて法王の指示に従い、閉関修行へ行った。このように順従であったからこそ、順調に仏法を勉強できたのです。一般人であれば、恐らく躊躇し、時間を変更できるかどうか聞いたり、山ほどの理由と口実がある。

記者:リンポチェ、閉関修行とはどんな修行でしょうか?どんな目的があるのでしょうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェ:閉関修行とは多層な段階に分かれている。釈迦牟尼仏は嘗て「仏法を学ぶ者は、必ず暫くの間群衆を離れ、深山の中で、深く自己検討し、自分の過失、全ての問題を認識しなければならない。」と説かれた。

あなたが何の助けも得られない小さな個室の中に閉じ込められ、話ができず、誰とも会話できず、風呂にも入れず、髪を切ることもできず、例え病気に罹ったとしても時間にならなければ、出る事が許されず、死でさえ部屋の中で死ぬことになる。その時、あなたには改めて仏法の精義を思考して自己を検討し、問題の解決方法を思考する充分な時間がある。仏法では:「絶えず自分を改める。」と説き、私でさえも同じように絶えず改め続けているのは、私がまだ成仏していないから!

原文の出所:http://news.chinatimes.com/society/0,5247,50302673×112010050300645,00.html

2010 年 05 月 12 日 更新