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尊勝なる怙主直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターにご光臨

チベット仏教直貢噶舉派尊勝なる怙主直貢チェツァン法王は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの懇切な要請に応じて、11月30日に自ら寶吉祥仏法センターにいらっしゃいました。尊勝なる怙主直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターで《随念三宝経》を口伝して、貴重な仏法の開示及び法薬を賜りました。更に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに勝楽金剛法帽を賜って、自らリンチェンドルジェ・リンポチェに毎年寶吉祥仏法センターで勝楽金剛法会を主催することを指示しました。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは三恩根本上師尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依してから、30年に近くて心が一度でも尊勝なる直貢チェツァン法王を離れなくて、直貢チェツァン法王及び教派に対して、一心に力を尽くして恭しく供養して護持しています。故に寶吉祥仏法センターは尊勝なる直貢チェツァン法王が今回台湾にいらっしゃって、唯一に光臨された仏法センターです。

尊勝なる直貢チェツァン法王は道場にいらっしゃる前に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは既に道場に到着して、尊勝なる直貢チェツァン法王を恭しく迎えることを準備して、自ら弟子を指導して、壇城法座の位置をアレンジして、直貢チェツァン法王が道場に到着する時の通りなど確認しました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王がご光臨及び仏法を広める事について、全てのことも検査して確認しました。完全な恭敬心及び感謝の心で尊勝なる直貢チェツァン法王に仏法を広める過程は順調で殊勝に円満になります。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは常に三恩根本上師への無比な恭しい恭敬心を表すだけではなく、具体的な行動で弟子達に如何なる上師を敬う事を教導して、自ら全ての弟子を率いて、最も敬虔で崇高な待遇で尊勝なる直貢チェツァン法王のご光臨を恭しく迎えました。

朝9時30分、尊勝なる直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターに到着しました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはその側にいて身辺の世話をしました。寶吉祥仏法センターの弟子達は恭しく合掌して、誠に尊勝なる直貢チェツァン法王のご光臨を恭しく迎えました。荘厳な楽器の音の先導で寶傘の導かれたともに尊勝なる直貢チェツァン法王は花を散らした八吉祥の白い絨毯を通して、法座に昇りました。

法会が始まり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に恭しく頂礼しました。また、出家弟子を率いて、ハタを献上して尊勝なる直貢チェツァン法王に供養しました。尊勝なる直貢チェツァン法王はチベット語及び中国語で自ら《随念三宝経》を口伝して、参列者に貴重な仏法の開示を賜りました。

尊勝なる直貢チェツァン法王は次ぎの如く開示されました。《随念三宝経》はとても重要です。昔我々はめったに唱えましたが、今《随念三宝経》を根本の法本の前に置きました。仏学院に於いて、多くのは仏の《三宝経》を唱えます。それも一つの皈依の重要な問題です。三宝と言えば、今日直貢チェツァン法王は言葉の解釈を賜って、皆は全て多くの意義の解釈を分かりました。

「仏」と言うと、皆は2500年前の釈迦牟尼仏及びルンビニの印象を考えました。しかし、仏という言葉の意義はとても重要です。若し仏という言葉の意義を分かれば、何のために仏を修めると分かって、如何なる仏を修める事も分かります。簡単にこの言葉を解釈して、中国語で「仏」が唯一つの字ですが、言葉の解釈を表しません・しかしチベット語に於いて、二つの字で組み合わせて、梵語の意味を表す事ができます。仏の梵語の意味は花が咲きます。チベット語で梵語の二つの音を分けて解釈します。例えば、空に雲があるから、太陽を見えないように黒い雲を除ければ、始めて太陽を見えます。だからチベット語の第一の音は除く、表すや展開という意味です。黒い雲が切れて、除かれる時、空には元々存在する太陽は現れて広めて、光が放ちます。この音はこのような状況を形容します。

具体的に言えば、衆生は三毒、五毒及び無明に蔽われる時、自分の清浄な心を見えません。我々は三毒、無明など除くと、我々は元々存在する清浄な心は自然に現れ、太陽が現れると同じです。以上は仏という言葉の説明です。つまり、我々はこのように修行しなければならないです。修行は自分の心の中に悪い業障を取り除いて、除く同時に我々は元々存在する仏の知恵は自然に現れます。此れは我々が修行の目的です。それも修行の方式及び修行の目標です。此れは仏の意味です。

「法」の意味は今もまだ多くの議論があります。チベットでは既に翻訳がありますが、学者は使う時もまだ多くの議論が出てきます。それは法という字の中に多くの内容がありますから。昔梵語からチベット語に通訳する時、当時中国、ネパール、インド、アフガニスタンの学者は八十数人が集まって、東方で通訳しました。通訳する時とても多くの問題があるから、国王は自ら、通訳の法則を定めました。当時梵語から通訳する時、若し一つの言葉の中に十数個以上の意義があれば、単一の言葉を通訳できなくて、完全に内容を通訳できません。だから、規則とは若し通訳できないなら、元々梵語の字を残ります。

中国語では既に「法」という言葉を通訳しましたが、直貢チェツァン法王はまだこの言葉の中国語の内容を研究していません。しかし、梵語の意味は持ちです。唯チベット語の翻訳は持ちの動作を通訳しなくて、意味は英語のcharacter及び規律という意味です。中国語では法を通訳して、同じな意味は世間の法則、法規など、直接に持ちという意味を通訳しません。世間の一切規律、法を持って、涅槃まで証します。世間の一切法規、法則も因縁から起きます。つまり、この因縁起生を持つという特徴と言えます。

チベット語では「法」に対して解釈がとても多くて、今でもとても多くの論議があります。最近直貢チェツァン法王はネパールにいて、既にあるリンポチェは始めてチベット語の《大蔵経》を英語に通訳しています。海外及びチベットの学者は八十数人始めてリンチェンパリ寺で通訳して、また直貢チェツァン法王の開示を祈請しました。それで直貢チェツァン法王はある開示を与えました。故に法の意義は伝統なチベットの翻訳から見ると、十種類の意義があります。直貢チェツァン法王はこの十種の表題は名詞ではなく、内容だと感じました。その中に知識、福報、涅槃、行動、戒律、心、寿命、予言、肯定、法規と言われます。十種の名称がとても複雑です。何故なら、一人は一つの名前を持たれればいいですが、若し名前が十種を持つと、困ります。だから、直貢チェツァン法王は名称が一つあるべきだと思います。例えば、中国語では「法」を使うように、今チベット語も既に一つの字を通訳しました。こうすればいいです。しかし、英語では必ず通訳できないから、梵語の音しか使えません。

現在ある学者は十種の内容を研究しましたが、三種の内容:法則、経典、知識を全て含めるべきだと考えます。法とは一切の法を持って、全ては因縁から起きます。一切は全て因縁から起きて、例えば目の前の机は木で作りました。木は何処から来たでしょうか。四大がないと無理です。水、地、太陽、温度、風など必要です。木は地下から水分を吸収する必要で、酸素も必要ですが、此れは全て因縁があるこそ、木があります。木を切った後に処理して、このような形を作りました。人工で道具を使って彫刻して、塗装した後机になります。

沢山な因縁が集まったから、この机があります。表面的に一つの机を見ましたけど、この机では自身の独立の意義が存在しません。それはこれがとても多くの因縁に決められて、独立に存在する意義がありません。とても多くの因縁に頼るから、所謂空です。一切の法は全て空ですが、独立に存在する意義がなく、抽象的な物です。故に空です。絶対的な性がないとは空の性です。独立がなくて、抽象で、本物ではないです。我々は戸惑い、執着しました。そうではないでしょうか。一旦我々は真の空性の意義が抽象で今まで来た事がなく、何も頼りがなく、仮相だと分かって、空性の目的を分かると、我々の欲望を減らします。此れは法の意義であり、因縁を持ちます。

「僧」の意味とは一般的には小乗があり、つまり出家で完全に戒律を具えて、比丘戒の思惟を持ちます。大乗とは八地菩薩以上であり、菩提薩埵と言われます。「僧」に皈依する対象としてなれます。《三宝経》に対して、直貢チェツァン法王は今日取りあえず此れだけ説きました。

続いて、直貢チェツァン法王は最近の新しい計画を説明しました。直貢チェツァン法王はこれも形式的なニーズだと思います。舎衛城(Sravasti)計画の始まりとは去年多くの信徒はヂャンチュウブリンの学院で勉強した後外へ行きました。彼達はヂャンチュウブリンで長寿法会に参加した因縁があるから、毎年に集まって一緒に法会を行なって欲しくて、外で孤独を感じました。此れも人間として一つの特徴で、現在人間の社会にいるのはとても重要です。

ネパールである人は外にいる時とても賢いでした。昔ネパールガンディス(Gangdise)境界のリミ(Limi)地区にいました。直貢噶舉はリミで寺院が三つあります。八百年余り以来、ジッテン・サムゴンの弟子はずっとあそこに長く生活していました。地元である人は商売して最も賢いでした。夏の時にチベットに行って、冬の時にインドに行って、止らなくて商売しています。今はニューヨークに行きました。彼は
直貢チェツァン法王に言いましたが、昔彼達は多くの金を持っていないが、皆は一緒に歩いて、テントを張りました。更に馬や牛など連れました。しかし、皆はお互いに楽しくて、親戚のように仲良くしてとても喜んでいました。

いま、世界経済の変わりに従って、彼らも自然にこの波に巻き込まれて、大きい所に行って、商売します。今友達を信じないことになって、自分は商売があることを相手に言わないで、明日どこに行くことを必ず相手に知らせないで、いつに行くことも言わないし、お互いには秘密があって、依存性がないです。自分はある程度のお金を持つと、相手に頼る必要がなく、相手を助けることも要らなく、自分が独立だと思います。このようになると、人間関係は益々遠くなって、自分も傲慢な心もあって、他人はいい物があって、嫉妬心も強くなって、これは現代社会が連れた汚染です。

人間の価値はお互いに助けて、これはとても大切です。いま、多くのセンターも皆が共同に手伝います。彼らが困難がある時には、リンチェンドルジェ・リンポチェも手伝って、そなたたちも同じように、すべてお互いにします。実は、人間、全ての動物さえでも、団体に属して生きられていて、皆も分かっています。だから、人間の価値は特にお互いに手伝って、お互いに尊重して、お互いに愛護して、自分の両親として、家族のようにお互いに手伝います。直貢チェツァン法王は「信者は多くの寺院を手伝って、寺院も彼らを手伝って引導するべきだ」と常に言います。直貢噶舉はいまラダックでこのようなことを行って推進しています。人と人の間にはお互いに距離を持つべきです。このようになると、生活方面について、心の中にかなり楽しくて、精神的な幸福は物質的な幸福よりもっと重要です。

故に、この人々は毎年一緒に法会を主催して欲しくて、お互いの経験を分かち合うことができて、このような考えがあります。形式的なニーズがありますので、舍衛城でこの計画があります。仏は多くのお経を舍衛城で説きました。中国の歴史の上、舍衛城もとても重要です。今、直貢チェツァン法王はまだ完全に研究していないですが、中国は舍衛城にある略称の名前があって、また、昔の寺院もあり、この資料はまだ整理していないです。玄奘は嘗て舍衛城に行ったことがあって、また、二人の中国の有名な学者も行ったことがあり、意識形態の方面について、もとても重要です。

仏は舍衛城で25年に暮らしていましたので、小乗は現地で建物が比較的に大きくて、今は現地で最も大きなのがあるタイの団体で、敷地がやく50エーカーの建物を持ちます。、すべての舍衛城の中に最も大きい建物はタイの団体に建築されました。今、直貢噶舉の地はすでに購入しました。今年に政府の許可を得るとすぐ起工できます。直貢チェツァン法王はこれからアメリカに行って、帰ってから約一月中旬に舍衛城に行く予定です。その時に、少しの若いリンポチェはチベットから集まって、毎年はこのような集会があるから、直貢チェツァン法王はもう一つの研修会を設立したいです。。ルンビニに行く前に舍衛城に行って、そして、ブレイキング・グラウンドをして、それから、始めて計画を進めます。

直貢チェツァン法王は舍衛城計画の規格は今日まだ皆に見せないから、自ら説明しました。その中に長さが100フィートと幅が100フィートのマンダ式の寺で、内にはネパールで作った金で銅鍍金をする釈迦牟尼仏像です。法座は4フィートで、仏像は15フィートで、上空が4フィートがあり、これは第一層です。第二層は15フィートの高さで、その内に水晶の球で、異なる教派にここに集まって静座することができて、最もトップのフロアは10フィートで、その内に人間と同じ高さの水晶のジッテン・さムゴンの仏像です。

外部の形式は最も上層がインドアショーカ王時期の建築風格の円形仏塔で、その他は日本式の寺院で、内にはチベット式です。なぜこのようにするのでしょうか?それは毎年法会に参加するのが直貢噶舉だけではなくて、全世界の仏教徒が共同で参加するところです。第一回の法会は2015年1月20日に主催し、建物の部分を完成できないけれども、建物の後ろの方に、ある土地をすでに購入し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会場所のテントを購入することを賛助しました。2015年法会の資金は既にあって、時間も既に決まって、法会で使う袋と法本も作り始めました。

今回、法会に参加する参列者はまだ会議を行わず検討していないです。直貢チェツァン法王は全ての出家衆に参加させて、外地の人々も来ます。予算の単位によって各の地方の参加人数を振り分けます。メインは現地のインド小乗の在家仏教徒組織を要請し、彼らは南インドで、約1000人です。ネパールに密教と他の組織が約1000人です。ブータンから1000人です。シッキムから1000人です。第一年はこのように、第二年から始めて徐々に拡大し、全世界の仏教徒がすべて参加させます。この法会には読経だけではなくて、異なる伝統と言語でお経と唱えて、また、専業の修行者に仏法を説かせて、この中にもヒマラヤ地区の文化祭の試合があって、展覧会を開催することもできて、比較的な新しい考えで行います。

直貢チェツァン法王は今日この少しだけ話して、今日非常にリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝しました。また、直貢チェツァン法王は寶吉祥仏法センターで毎年に勝楽金剛の法会を定期に主催することを薦めます。このすれば、非常に好い事です。直貢チェツァン法王は今直貢の大寺院毎にが自分の場所で勝楽金剛と喜金剛の法会を主催することを提唱します。もし自分の場所がないなら、勝楽金剛を行って、比較的に大きな寺院は喜金剛を行います。勝楽金剛は比較的に短い法本の通訳があって、アメリカに二つの異なる通訳があって、この二種類の通訳を対照して法会に主催することがとてもいいです。開示の時には、直貢チェツァン法王も参加することができて、簡単で少々解釈することができます。

勝楽金剛法会の時には灌頂もあり、ヘルガもあり、火供をする時には、ヘルガの装飾品を使います。だから、直貢チェツァン法王はその場でリンチェンドルジェ・リンポチェに法冠を賜って、自らリンチェンドルジェ・リンポチェに法冠を付けて、また、引き続きに開示しました。リンチェンドルジェ・リンポチェに賜った法冠は勝楽金剛法会に灌頂する時に付けて、毎日につける必要がなく、特別にこの儀軌のために使って、一週間の法会を主催する時に、その中に一日でこの法冠を使えばいいです。

リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に従ってもはや30年に近くて、師弟は二人で三分の一の人生がずっと一緒にいます。多くの人々はリンチェンドルジェ・リンポチェを見ると、気難しいだと思っていますが、直貢チェツァン法王から見ると、リンチェンドルジェ・リンポチェの心がとても柔らかいです。二人を比べると、直貢チェツァン法王の外見が慈悲と見えるけど、心の内にそんなに慈悲ではなくて、とても厳しいです。直貢チェツァン法王は自分の弟子に比べて、リンチェンドルジェ・リンポチェの心が比較的によいと感じます。もし完璧に行わないなら、直貢チェツァン法王は情けに脆い人間ではなくて、直接に言って、慈悲ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェの外見は気難しいですが、心の中に慈悲で、しかし、直貢チェツァン法王が反対で、リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような教導がとてもよいです。

リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉への伝承に対してとても忠実し、多くの法師はあちこちに行って、利益があるところに行って、固定な伝承がないです。多くのがこのようです。リンチェンドルジェ・リンポチェは始めてから直貢噶舉にいて、一心にして、とても大きな工夫をして、直貢チェツァン法王はとても感謝します。直貢チェツァン法王はこのような話しをするのは、リンチェンドルジェ・リンポチェの供養ではないです。

今回、多くの時間で開示することができないが、直貢噶舉の伝承はとても殊勝で、何よりも高いのです。直貢チェツァン法王はインドで多くの人々が原則がないので、お金があれば、物を交換することを見ました。これは自制力です。直貢噶舉の伝承は非常に殊勝で、人類の一切の財産より高いです。だからこそ、何よりも高いのです。リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと直貢噶舉の伝承を何よりも高いと考えます。だから、全ての事がとても順調です。皆もそうするべきで、リンポチェでも、弟子でも、全ては原則を持つべきで、伝承と三昧耶が何よりも高いです。そうすれば、仏を学ぶ障害を減らすことができて、正道と悟りの道に行けます。今日、このような少しを開示し、皆に健康如意を祈りました。阿弥陀仏。

法会が円満になった後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参列の弟子に尊勝なるチェツァン法王に弟子達の一人ずつに一粒の法薬を賜ることを宣言しました。これは長寿仏の甘露丸で、ある特別な出家衆が閉関して修法した後に作りました。参列者は口を揃えて一心に尊勝なるチェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。

寶吉祥弟子達は尊勝なる直貢チェツァン法王は法座を下りる事を恭しくて見送りました。また、再度口を揃えて一緒に尊勝なる直貢チェツァン法王及び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。寶吉祥弟子達は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲加護と加持があるから、この貴重で得難い殊勝な善縁があって、自ら尊勝なる怙主直貢チェツァン法王に会えて、直貢チェツァン法王から自ら《随念三宝経》を伝えること及び殊勝な仏法の開示を得られて、また、直貢チェツァン法王から賜った貴重な法薬を受けました。尊勝なる直貢チェツァン法王に誠心に感謝して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しました。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが止らなく弟子達の為に一切な至善の因縁を累積させることに対して、弟子達がとても感謝しました。

2013 年 12 月 19 日 更新