2010年11月27日、 尊きリンチェドルジェ・リンポチェは、68名の弟子を率いてニュージーランドへわざわざ尊勝三恩根本上師 直貢チェツァン法王の建設中の「ミラレバ閉関センター」を訪れに行って、しかも直貢チェツァン法王がニュージーランドの南島で旅行したり休憩したり、この土地と衆生を加持したり加護したりなされることを招待した。
11月28日、貴きリンチェンドルジェ・リンポチェは飛行機を乗ってニュージーランドの北島のオークランドに到着してから、尊勝直貢法王の侍者ラマ僧と数位ニュージーランドの現地の中国と外国信衆が直貢法王の指示により、特に飛行機でリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく迎えて、その上花とハダを献上した。此れは直貢法王はこの根本弟子のリンチェンドルジェ・リンポチェに重視を表した。
11月29日、尊きリンチェドルジェ・リンポチェは、68名の弟子を率いてニュージーランドのオークランドの近くの直貢噶舉教派の「ミラレバ閉関センター」を訪れて、尊勝三恩根本上師 直貢チェツァン法王に拝謁した。この閉関センターは、2007年に直貢チェツァン法王はリンチェドルジェ・リンポチェを連れて初めてニュージーランドに訪問した時に、選定した場所である。その時、様々な現れてくる瑞相から見ると、直貢チェツァン法王とリンチェドルジェ・リンポチェは二人ともこの場所が閉関修行にとても適すると思っていて、その故に直貢チェツァン法王とリンチェドルジェ・リンポチェは師弟2人の力を合わせてこの土地を買い入れて、そして一歩ずつ閉関センターを建設することに着手した。
ミラレバ閉関センターはオークランド市から約一時間半ほどの丘の地区に位置していて、場所は秘密且つ静寂であり、大型の自動車は通行できない。今まで既に完成したのは管理センター及び直貢チェツァン法王のお住まいの部屋など建築であり、これから続いて数十間の閉関部屋を建てる。ニュージーランドの現地では建築物の建築材料と工事の仕事法についてとても高い規格と環境保護の標準があるため、その上、建築所在地は市街区まで遥か遠くて、建物を建築するコストはとても高い。尊きリンチェドルジェ・リンポチェは上師の願を満たすため、教派を護持する誓言のため、閉関センターの建設に絶えずに大量の金銭を投入し護持し、しかも引き続き強力に護持する。
直貢チェツァン法王は当地で閉関センターを建設する間に多くのニュージーランドの信衆は直貢チェツァン法王に拝謁したいが、直貢チェツァン法王の許可を得なく、閉関センターを訪れない。しかし、寶吉祥仏法センターの68名弟子は幸いにこの殊勝な所を訪れて、更に直貢チェツァン法王は自ら加持を得た。また、直貢チェツァン法王は自ら特に当地の信衆に、昼食及びニュージーランドに特産の果物を用意して寶吉祥仏法センター弟子達を招待することを指示して、更に親切に気を配った。寶吉祥仏法センター弟子達は皆上師リンチェンドルジェ・リンポチェがこの殊勝な因縁を賜ったことを非常に感謝した。
昼食時分、晴朗な天空は急に雨を降っていて、現地の信衆が喜んで示して、当地はすでに暫く雨を降らないので、、旱魃の状況が人々に憂えさせて、今回の雨が旱魃の現象を解除させた。直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの到来したので、甘霖を持って来て、同様にこの土地と衆生に福報と希望を与えることを持って来た。
12月1日、尊勝直貢チェツァン法王は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は60人余りはニュージーランド南島クイーンズタウンで昼食を食事した時、当地の新聞記者は特にレストランに来て、直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は、ニュージーランドに訪れた目的及び日程を取材訪問した。翌日当地の新聞The Southland Times及びMountain Sceneは顕著な記事で直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェ及び直貢チェツァン法王の従者ラマの写真を登載した。また、「重要な仏教領袖」で直貢チェツァン法王を呼ばれた。更に直貢チェツァン法王が自ら主導し、リンチェンドルジェ・リンポチェが護持して、建設している直貢噶舉教派「ミラレパ閉関センター」を報道した。更に、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法で多くの癌の患者を助けて、薬を飲まなくても病気を治癒した事、多くの人を瀕死の状態から救った事も報道した。


尊勝直貢チェツァン法王は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子は60人余りはレストランで晩餐を食事した時、直貢チェツァン法王は特に寶吉祥仏法センター弟子達に短く貴重な開示を与えた。釈迦牟尼仏は2554年前、インドのブッダガヤで涅槃された。また、仏陀の教えはブッダガヤを中心として外へ伝えた。我々は仏法の伝承が小乗、大乗、金剛乗に分けると言ったが、当時の仏法は小乗である。其の中に「乗」とは負担という意味である。小乗は自分が一人のために解脱できて、別に衆生を考えない。「地域」から見ると、「南伝仏教」でも呼ばれる。ブッダガヤから南へスリランカ、タイ、ミャンマーなど地区に伝えられた。500年後、龍樹菩薩から始めて大乗仏教があって、北伝仏教でも呼ばれた。ブッダガヤから北へインドの北部、ラダックの西部、パキスタン、アフガニスタン、西域、中国など地区に伝えられた。それは負担されたのは一人の利益だけではなくて、衆生のために修行するから、大乗仏教を称す。台湾に於いて中国仏教歴史を研究する本に小乗は仏教が始めて形成した時期、大乗は仏教の発展した時期、チベット仏教は仏教の後期とある。チベット仏教は約西元第7世紀から始まって、当時チベットで苯教の影響力がまだ深かった。仏教は蓮花生大士の時始めて仏教に深く植えつけた。中国から先に伝えられたのは禅宗である。この部分について、直貢チェツァン法王は現在研究して本を出版された。資料はパリ図書館と大英図書館での蔵書、シルクロードの敦煌の石窟第十七穴に発見された資料であり、直貢噶舉基金会は大英図書館と協力して出版した。
直貢噶舉の直貢は地名で、噶舉とは口伝という意味である。直貢噶舉の伝承はインドの東部バングラデシュのテロパ及び彼の弟子―一インドの西部スリランカに生まれたナロッパ尊者から始めて、二人共は在家上師である。それに、ナロッパはナーランダー大学と超戒寺(Vikramasilavihara)大学の住持を担当した事があった。その後、マルー・パ聖者は嘗てインドへ3回で、ネパールへ4回で法を求めに行って、ナーランダー大学と超戒寺(Vikramasilavihara)大学の重要な経典をチベットに持って帰って来た。マルー・パ聖者の弟子はミラレパで、ミラレパはガムポパに伝授して、ガムポパの下には四つ噶舉教派に分けられた:噶瑪噶舉、察巴噶舉、巴絨噶舉、帕竹噶舉である。ガムポパの一番重要な弟子帕摩竹巴で、帕摩竹巴は500名成就を得た弟子があって、その中に重要な伝承は八つの噶舉派である。直貢噶舉、竹巴噶舉、達隆噶舉等を含んで合わせると噶舉には「4大八小」があるとは言える。
ジッテン・サムゴン祖師は紀元1179年に、ラサ市の東北の180キロメ-トルの所でディクンティ寺を建って、直貢噶舉派も創立した。あの頃、「山は直貢山で、地は直貢地である」との一言が伝われていた。全盛時期には18万の出家衆がいた。この目覚ましい数字は直貢噶舉の歴史に載せてあるばかりではなく、5世のダラィ・ラマさえと噶瑪噶舉等其の他教派の歴史にも載せてあり、それで、真実で嘘ではない。あの時、ジッテン・サムゴンは嘗て別々に何百名、何千名より、最後まで5万名あまり僧達をカンティセ山脈へ派遣して、5万名あまりをラーキ雪山で、5万名あまりは札里と3ヶ所の聖地へ閉関して修行させた。この3ヶ所は勝楽金剛の聖地である。直貢チェツァン法王はカンティセ山脈地区へ言った事があった。あの地区には過去大勢の僧者が閉関して修行した遺跡をまだ見える。地元のある者も修行者が別の山地区より飛んで乗り越えた等沢山仏法の物語りが流伝している。
直貢噶舉がチベットに於ける最も重要な寺院とはラサの北東の直貢梯寺で、直貢チェツァン法王は直貢梯寺の金頂がリンチェンドルジェ・リンポチェにより護持して造られた事を再度説いた。直貢梯寺と尼瑪旃陀羅は直貢噶舉がチベットで二つの閉関センターで、主に大手印五支道とナロ六法を修めるのである。現在、直貢噶舉はチベット、インドで2百個余りの寺院があり、海外で1百個余りのセンターがあり、今迄には、大体で既に軌道に乗り、これらの寺院とセンターが自主管理が出来で、最近の5、6年間に既に仏法の修め習う事に著して、重大な事柄があったら、直貢チェツァン法王により処理が要る。これからの10年後、直貢チェツァン法王は多くの力が三つの海外閉関センターの造りをあげて、一つが西徳(西欧地区)に於け、二つがハンガリー(東ヨーロッパ地区)に於け、三つが今回、皆に参加して訪問したニュージーランドのニュージーランド(南太平洋地区)で、此の三区は直貢チェツァン法王自ら管理して造られて、此の所に三年の閉関をする予定である。直貢チェツァン法王は最後全ての寶吉祥弟子に愉快を祝福している。
尊勝な直貢チェツァン法王、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ及び寶吉祥仏法センター弟子の60人余りは、観光遊覧船の乗って著名なミルフォードサウンドを遊覧した時には、遊覧船の運転手が主動的に直貢澈賛法王に遊覧船を運転してみる事を要請した。直貢澈賛法王は操作要領が速くて熟知し、専業運転手と同じように安定して運転した。リンチェンドルジェ・リンポチェは感動させて「法王は法船を運転して衆生を済度する」を説いた。全ての寶吉祥仏法センターの弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに極めて感謝し、弟子にこのような殊勝な機会を作ってあげて、大修行者と一緒に船を乗って渡す福報因縁を累積した。
12月5日に、ニュージーランドに居留する台湾母子は、特にキリスト城からクイーンズランドに飛んで来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェにリンチェンドルジェ・リンポチェを皈依する事を伺いを立てて、リンチェンドルジェ・リンポチェも慈悲深くこの母子を承諾した。その上、多くのニュージーランドの現地の信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事を求めて、リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持と開示を得て、この病痛の苦しみを緩めた。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持力と摂受力が遠くて限りがないのである。
2010 年 12 月 20 日 更新
