2010年3月20日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは13位の弟子を率いて台北から出発してインドへ向いて、これはリンチェンドルジェ・リンポチェの第11回目の閉関で、これも第2回目に弟子を率いて閉関をする。
2010年3月21日朝、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは13位弟子を率いてホテルからデヘラドゥンの(Dehra Dun)ヂャンチュウブリン仏学院に車で向って、閉関を行った。途中に、あるレストランで昼飯をして、その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは袈裟を身につけていなくて普段着を着たが、あるインドの婦人がリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事を主動的に求めた。リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲許しを得てから、彼女は両手が合掌して恭しくひざまずいて、リンチェンドルジェ・リンポチェが金剛杵を取り出して慈悲的に彼女に加持した。加持し終わった後で、インドの婦人は直ちに身を屈めて手を軽やかでリンチェンドルジェ・リンポチェの両足を触れて、それから感恩をして立ち去った。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示した事がある:インド人は手をそなたの足を触れば、此の行為は彼が完全にそなたを信服する。これにより、リンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力が不思議なことを知っている。午後6時過ぎ、ヂャンチュウブリンに到着して、乗る時間が10時間近くて、旅程も疲れたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは休んだ事がないし、直ぐに服装を整えて弟子を率いてチェツァン法王に謁見に行った。リンチェンドルジェ・リンポチェがチェツァン法王に謁見すると、直ぐにハダを挙げて大供養を以って根本上師に供養した。随行の弟子達はリンチェンドルジェ・リンポチェが根本上師チェツァン法王に対して無比な恭敬心と真に尊敬を深く感じている。
それから、リンチェンドルジェ・リンポチェはチェツァン法王に報告して、今回連れて閉関する13人の弟子がすべて菩薩戒を受けた事があって、10万回のマンダを捧げる事も修めて得た。それから、チェツァン法王は仏像を取って寶吉祥弟子達に一人一人で加持して、また皆に閉関が順調で円満する事を祝福し、弟子達もチェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェに跪いて感謝し、それから、チェツァン法王は離れた。
伝法が完了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲的にチェツァン法王から頂いた長寿仏甘露丸が弟子の一人一人に上げて、皆に直ぐに服用させる。弟子達に対して、リンチェンドルジェ・リンポチェが厳しい上師だけではなくて、その上、最も慈愛な父親である。
2010年3月28日、リンチェンドルジェ・リンポチェが関房を出てから、すぐに根本上師チェツァン法王に謁見しに行った。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度弟子を率いてチェツァン法王の応接室にチェツァン法王に謁見して、チェツァン法王が自ら弟子達の一人一人にジッテン・サムゴン祖師の仏像とハダを賜った。チェツァン法王は「この仏像の中に、ジッテン・サムゴンの心臓の小さい団子があって、これはガーチェン・リンポチェがチベット祖寺から持って帰って、全て百数粒だけがある」と開示した。弟子達は感恩して涙を流して、此の希有な聖物を賜って得た事に感恩して、また、自分が何徳何能で此の殊勝な賜りを得たのに恥ずかしく、これは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの大福報の故で、この因縁がある!上師の恩、上師の慈悲、上師の加護は弟子が生々世々に心に深く覚えている。
チェツァン法王に感謝して、チェツァン法王が立ち去った時には、チェツァン法王が慈父のような目つきでリンチェンドルジェ・リンポチェに見ていて、眼中にまったく可愛がる事である。チェツァン法王はまたおでこでリンチェンドルジェ・リンポチェのおでこを触れて、おでこの加持をくれた。これは根本弟子の如法な修行と済度への賞賛だけではなくて、これも全ての法脈伝承の加持を賜って、リンチェンドルジェ・リンポチェによりに多くの力を与えて衆生に助ける。それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは13位の弟子を率いて車でデリーに戻って、そして、台北に帰ってきた。
2010 年 04 月 21 日 更新