2010年2月20日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本京都寶吉祥仏法センターで殊勝な財神法会を主催して、参列した大衆の中には、日本の貴賓の13人と信者の10人と台湾寶吉祥仏法センターの弟子の59人など合計で82人がこの殊勝な法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェは午前中に黒水財神、午後に大象財神等の法門を修められて、仏法にて懇々と教えて、大衆を諭して、参列者に無比な加持と仏法の利益を受け取りさせた。
法会が始まる前に、まずはマンダを捧げ供養する儀軌を行い、当日に入場する時に、出席者から自ら抽選された日本の地元の信者は衆生を代表して、リンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを捧げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。今日行ったマンダを捧げる儀軌は供養の一つであり、一般にはチベット仏教の法会が始まる前に、いずれもこの儀軌を行って仏菩薩及び修法するリンポチェに供養する。これは日本人が他人の家を訪問する時によく贈り物を持っていき、それで相手を敬って礼儀を表すことと似ている。
お経に、収入の四分の一は供養及び布施するはずだと諭された。そなた達のこの一世の持つ財産及び健康はすべて前世に嘗て供養や布施をしたことによって得られるものである。これは良い因があるためである。良い因があって、良い因縁が継続することが出来る。仏教は他の宗教と最も違った所は仏教が因果を重んじているが、因果法則は仏の発明したのではなくて、宇宙間の自然な定律である。例えば、そなたがタバコを吸うように、このような因があって、だから、将来に心臓病や肺病に罹るようになる。そして、そなたのこの一生の顔立ちも過去世に為した業と関係があって、過去に善行をしたことがあって、比較的に優しいと見える。
因が起きてから果が現れるまで、暫くの時間があるから、ある程度変えることができる。これは今日そなたが土の中で非常に良い種を植えて、そして良い土がなくてはならなくて、その上、綿密に世話して施肥してから、出来る果実がよくなると同じである。もし、その中で、これらの条件がなくて、全然世話をしなければ、たとえどんなに良い種でも、出来る果実もよくない。反って、もし種がよくないならば、しかし、その成長過程の中で、施肥及び世話を獲得して、その果実はよくなるだろう。因が起きると、果報を消滅することができないが、しかし善行をして果の味を変える機会がまだある。
今日皆さんが参加した法会はチベット仏教の直貢噶舉教派の法会であり、すべての法会はリンポチェがいなければ主法できなくて、普通の僧侶が修めることができない。字面から見ると、「リンポチェ」との意味は世の中の宝であり、顕教と密教を修めなければならなくて、さらに、二種類に分けられて、一種類は前世にもうリンポチェであり、転生した後に教派の法王に承認されたリンポチェである。もう一種類はこの一世に修め得るリンポチェであり、苦しい修行を通って、教派の法王が認めないとできないからである。
チベットで、一人のリンポチェは十年間の顕教の学習を通ってから、はじめて密教の事部、行部、ヨーガ部及び無上ヨーガ部を修習し始まることが出来て、それから、法を学んで衆生を助けることができる。顕教は日本の普通の仏寺でお教を読むと同じであり、日本で東密もあるが、しかし、ただ事部、行部だけがある。衆生を助ける法を息、懐、増、誅など四種類に分けられる。息とは災を止めて、息災することであり、家庭中の災難を減らして更に消えたり、天気を変えたり、敵国の恨みの心を静からせることができる。懐法はあだ敵に気持を変えさせて、あなたのためになるように変わることができる。増法は修行者の力量と財産を増やすことが出来て、例えば、今日修める財神法は増法である。誅法は敵を殺して、あれらの衆生を呪詛して危害している悪魔に誅法を使うことができるが、しかし、誅法を使うのは修行者の自分自身にも傷つけて、この法門を勝手に使ってはいけない。誅法を修めるリンポチェは必ず済度できる能力がなくてはならない。そうしないと、自分の生命にも危害するかもしれない。皆さんがこの法門を修める修行者が非常に恐ろしくて、一日中彼氏の話を聞かなければいけないと思わなくても構わない。実は、この法門を修める修行者は必ず慈悲心がなくてはならない。自分の貪欲のため修法してはいけなくて、衆生のため、使わなければならない。息、懐、増法が全て役に立たない時に、誅法を使うことが出来るが、しかし修法する修行者は自分の利益のため修法したら、地獄に堕ちる。
財神法門を修めるのはそなた達に非常にお金持ちに成らせることではなくて、或いは、宝くじを買って当たることではなくて、そなた達が財を持つことは前世に供養と布施したことがあって得るのである。財が増えることができないが、リンポチェなら増えることができる。でも、そなた達の財を減らすことができる。なぜかというと、そなた達が例えば、肉を食べたり、他の人を騙したりして、人徳が良くなくて、そして承諾を守らないなど多くの間違いのことをしたからである。
リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の例を挙げた。十年前、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てある亡霊を身に宿れた女を助けた。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に呪文を唱え加持した時、彼女は元々目を閉めたが、突然目が覚めて、艶やかな目でリンチェンドルジェ・リンポチェを誘惑するつもりである。若しリンチェンドルジェ・リンポチェは心を動くと、唱えた呪文は効力を失った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは心に慈悲しかないから、心をちっとも動かなかったから、この女は目覚めて号泣した。元々身に宿れた女の亡霊も離れて彼女の側に座った。彼女は始めてリンチェンドルジェ・リンポチェに「リンチェンドルジェ・リンポチェ、彼女を助けるをお願い」と言った。当時リンチェンドルジェ・リンポチェはこの亡霊を済度する事を約束した。しかし、その後この約束を忘れた。事件が発生した後、リンチェンドルジェ・リンポチェの事業は始めてうまく行かなかった。お互いに合意した取引なのに、相手は止めた。その後リンチェンドルジェ・リンポチェは禅定の中に、自分は約束を忘れた原因を分かった。すぐあの衆生を済度した。此れからビジネスは再び順調に進めた。
今朝修めた黒水財神は既に八地菩薩の果位まで証した。今日修めた法本は仏経のように人から説いた法ではなくて、財神本尊は自ら伝えられた法である。故に力は極めて強い。黒水財神は観世音菩薩の護法の一つであり、財神を修めた修行者は必ずその前に観音法門もよく修める必要がある。観音菩薩の友達と成れば、つまり一百万回六字大明呪を唱えなければならない。歩きながな唱えるのは役に立たない。聖地に閉関修行して単独で部屋の中に居て人を見えず、話せず、髪をカットせず、ひげ剃り、爪切り、風呂に入れる事も出来ない。電話さえ掛けず、メールにも禁止された。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に常にメールを発信する日本信衆に次の如く開示された。若しメールを発信する事が好きなら、閉関修行出来ない。そなた達は我慢できると、閉関修行に行ける。閉関修行の間に一百万回六字大明呪を唱え、法本の中には修行者はこの法を円満に修めた時に観音菩薩を見えると記載された。そうすれば観音菩薩と相呼応している。閉関修行が完了して、自分はもはや一百万回六字大明呪を唱えたと言うだけではなく、閉関修行の過程を上師に報告して、上師は認証した後、認められた。またリンポチェであれば、すべてこの法門を閉関修行したことがあるはずである。
修法の間に、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者のために、呪文を唱えた。皆に願いを掛けさせた。その後、財神は皆の始めて願いを掛けた時に、忘れた事があるかもしれないから、再び慈悲に皆のために、呪文を唱えて、願いを掛けさせた。
一般の者に対して、黒水財神は財を奪う鬼神を取り除き、元々所有する財を連れ、そなた達に食事、服を着る、住める部屋を持つ事が出来る。黒水財神は修行者に対して、とても重要である。此れは修行者は財が必要であり、閉関修行も資糧が必要である。しかし、財を得ると供養、布施しなければ行けない。此れも仏を学ぶ事について、先に修めなければならない事である。
此れから見ると、若しそなた達は因縁福報がないと、今日財神法会に参加できない。此れもそなた達は前世および此の世に嘗て好い事を行なったから。これからも引き続き好い事を行うを望んでいる。世界、国、社会の中に多くの者は金銭の援助が必要であるから。そなた達は富を得ると、この世界にまだ多くの者は助けが必要だ事を忘れない。まだ多くの者は苦しみを受けているから。布施の心がないと、今日の財神法はそなたに役に立たない。
法本には財神法を修めると、「心想事成」(心に想うことは成就する)出来る。助ける必要があれば、財神を祈ると財神はそなたを助けて、願いを叶える。しかし、自分の利益のために求められない。財神法を修める修行者は慈悲心がないと、貪欲で求める。自分はお金がない事を感じると、財神法を修めて、財を求める。法本には常に財神を祈って加持を求めるとあるが、毎日財神を求めると、多くの財もそなたを押さえた。
今朝黒水財神法が円満に終わった。午後リンチェンドルジェ・リンポチェはまた別の効果の財神を修めた。ある信衆は今朝しか参加していない。午後の法会を参加しないつもりだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのやり方はある者は両手が一つの手をなくして、或いは両足が一つの足を無くすように欠陥があると開示された。
午後リンチェンドルジェ・リンポチェは白マハーカーラを修めた。今朝修めた黒水財神と効果が異なり。今朝修めた黒水財神はそなたの所有すべき財の障碍を取り除いた。法本にはこの法は午前中に修めるとある。午後修めたのは白マハーカーラである。直貢噶舉教派去年往生した大修行者ユンカ・リンポチェは自らリンチェンドルジェ・リンポチェに伝授された法である。この法本はマハーカーラ本尊は直接伝わった法である。そなた達は懺悔心、恭敬心及び布施心を持つと、白マハーカーラは始めてそなたを助ける。
多くの者は密宗が肉を食べられると思う。実はそうではない。830年前直貢噶舉教派宗祖ジッテン・サムゴンは菜食した。リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師チェツァン法王、ユンカ・リンポチェ、リンチェンドルジェ・リンポチェ自身も菜食している。今日修めた白マハーカーラ財神は護法部に属する。密教には四大部があるが、それは仏部、菩薩部、金剛部及び護法部である。護法は二種類があり、一つは世間護法であり、もう一種類は出世護法である。世間護法はまた仏法を護持する護法と仏法を護持せず護法を分けた。彼らは護法となる前に前世は人間で自分の宗教信仰があり、必ず仏経とは限らない。亡くなって体を失っても生前に信じた宗教及び人を守る。この護法は人の習性と行為がまだあり、分別心がある。つまり、好みを分ける。第二種類は出世護法であり、実は菩薩である。菩薩界の中に居る。今朝修めた黒水財神は出世護法である。このような護法は分別心が無いので、仏を学ぶ衆生を守る。
リンチェンドルジェ・リンポチェが護法が二種類があると仰ったとき、日本語通訳の担当信者が突然に通訳できなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェが次の如く開示された。彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェのお勧めを聞かずに、ずっと肉を食べて精進料理を食べない、それで、肉の脂肪が全て脳血管に塞いで彼女に知恵を無くさせて、こんなに簡単さえも出来なくて、もともとが出来るのも出来なくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を見て仏法を説くのではなく、禅定の中であり、彼女はこれから菜食しないとリンチェンドルジェ・リンポチェを手伝うとか、仏を学ぶとかしたくても居る事が出来なくなる。それから、通訳過程の中に、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェが開示しよう内容を推測しているのもリンチェンドルジェ・リンポチェに開示された。自らに推測しないでリンチェンドルジェ・リンポチェが開示の内容に従って通訳すれば結構であると。
白マハーカーラは四大教派とも供える護法で、ただ儀軌は違いである。白マハーカーラはかつてとてもすさまじい悪魔で,多勢の人を害した。観音菩薩は彼がもう人に損を与えることをしないように望んで、白マハーカーラは全宇宙の中に一番綺麗女を要求した。観音菩薩は神通力で1人マハーカーラが思った綺麗な女を出して、マハーカーラは承諾を従い、二度と人を害することをしない、それに、仏教を護持する。
マハーカーラは1人護法があり、大象財神と呼ばれている。大象財神は、以前、人類の王子で、非常にお金持ち、それに喜びに布施し、只、良しと悪しを見分ける知恵が無い。悪行、善行を問わず、助けを願いに来る人に、全てお金をやり、人を殺す武器の購入金さえも、だから、マハーカーラが彼を殺した。理由は二つであり、1つは彼が人の悪行を助け、仏経には述べてあり、人が悪をするのを助けるのも地獄に堕ちる。マハーカーラは彼を地獄に堕ちさせないので、彼を殺した。彼が期限より早めに死んだことは、彼が地獄に堕ちる果報と相殺した。もう1つは大象財神の前身は王子で沢山善行をして、慈悲心があり、それより、マハーカーラは彼に護法を引き取った。しかし、王子を殺したとき、彼の頭が無くなったので、マハーカーラは大象の頭を彼に付けた。大象はすごく力を持つとの表れてあり、マハーカーラが沢山衆生に布施するのを助けできるのである。
また、1人猿財神は大象財神の護法である。それを見るとマハーカーラは観音菩薩のをしか聞かない、マハーカーラは観音菩薩の護法であるから、大象財神はマハーカーラの護法で、マハーカーラのをしか聞かない、猿財神は大象財神の護法で、大象財神のをしか聞かない、それをより、観音菩薩を学ばなければならない。
実はこの財神法と不動明王と関係があり、現在日本道場には1尊不動明王像があり、それに、日本人がなれる形で、チベット密教の不動明王像はもっとすさまじいで、全ての日本人は不動明王の凄さが知っている。この不動明王はリンチェンドルジェ・リンポチェが道場の土地を買った一ヶ月前、雲南昆明で招いた。この不動明王はあの頃、倉庫にあり、あの商人がもともと売るつもりではなかったので、部屋の隅に置いた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは中に入るとすぐ見付けた。ところが、この商人は福建にこの不動明王を招いた。福建は上海の下にあり、台湾に近いが、リンチェンドルジェ・リンポチェが行かない所であり、それで、この不動明王はこの商人に雲南まで招かせた。始めは、日据時代に台湾にいるある日本人は、福建にいる彫刻家にこの不動明王の像を彫刻することを頼んで、結局取りに来なくて骨董になった。実は、チェツァン法王が修める本尊は不動明王で、リンチェンドルジェ・リンポチェの本尊も不動明王である。だから、チェツァン法王のご指示により、不動明王は日本道場の護法であることになった。法像を招く過程により、仏法の不思議さを分かることが出来て、それは、人類の頭が想像出来る事ではない。日本道場がこの不動明王を招いて来た事は良い因縁で、それに、とてもよい縁起である。
リンチェンドルジェ・リンポチェは日本に道場を設立しにくるのは、多くの心血、時間と金銭を費やして、何か貪欲が無くて仏法を広めて、ただチベット仏教と密教に日本で発揚させたくて、助けが要る人々を助けるのをだけで望んでいる。リンチェンドルジェ・リンポチェから招いた不動明王の仏像は日本人が思っている不動明王の様子で、そのため明らかに、リンチェンドルジェ・リンポチェが日本と仏法の縁が極めて深くて、リンチェンドルジェ・リンポチェの前世が日本へ来たことがあるかもしれなくて、だから、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェが外国人と考えてはいけない。
修法が円満してから、リンチェンドルジェ・リンポチェは次の如く開示された。去年(2009年)12月に日本道場の法会の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに2010年に火山の爆発と地震の発生がとても頻繁に起こる事を予言し、結果は今年の1月に何回目の火山の爆発が起こって、ハイチで大地震が発生して、その上、これからはまた続けて発生し、現在の交通事故であれ、火災であれ、発生したら、何人も死んでいった。リンチェンドルジェ・リンポチェが道場を築いた時には、未来の天気が激しい雨と雪を降る事、また、激しい変化が急に現れるのを予言した事があった。この世界はずっと回して、若しそなた達は何か良くない事をすれば、世界の運が良くない時に、渦巻きの中に巻き入れる事が出来る。
肉、海鮮を食べてはいけない、さもなくと、この法が霊験がない。現在の医学研究が既に実証して、肉食が大腸癌、胃癌、肝臓癌、高血脂、糖尿病、皮膚病と関係があり、そなた達はこれを聞いてまだ恐れないか。密教により、我々の累世は両親があるので、一切の有情が嘗て我々の両親で、肉食をすれば、自分の両親を食べるに等しい。
2010年は寅年で、極めて不安定な一年で、政治には腹を探り合って暗闘し、経済には荒れ狂う荒波、投機の投資をしない、若し嘗て商売にした事がない人なら、今年も商売をしたがらないてはいけない。今年には商売にさらにお金を稼がれて、今までも生きれているのは、過去の何年間に誠実で、誠意で努力して事をする人である。実には、2000年から2020年までは全てこれらの過去に誠実に商売をしなかった人々を淘汰していて、例えば、日本の一番大きな自動車会社が、あまり慎重ではないから、今日、このような結果があった。
先、修法の間に燃やしたのは約6、7万台湾円くらい(約20万日本円余り)の沈香木で、沈香とは水に沈んだ何百年の檀香杉で、価格が極めて高価である。今日したのは日本の伝統が言われる「護摩」と同じではない、日本の伝統には信者の名前を木に書いて、火で燃やして、加護があると思っている。実には、仏経と法本にはこのようなする事を仰った事がない、真にこのようにするなら、それなら早めに火葬して仕舞うほうがよい。仏経には「護摩」を述べた事があるが、どのようにする事を釈明しない。「火供」は密教なりのある特有の儀軌で、今日修めたのは「煙供」で、これは大象財神が此の香りが好きで、彼が喜ばしくなるなら、そなたに助けて来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日の参列者を代表して供養し、そなた達に財神の助けを得させる。
リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者に「もっと沈香を燃やすかどうか」を問い合わせて、皆は喜んで「リンチェンドルジェ・リンポチェ、有難うございました」と回答した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲でもっと多くの沈香を続けて燃やして供養していた。
そなたが祈れば、大象財神がそなたに助けなければいけない、然し、自分の私欲のために求めることが出来でない、が、下記の状況を除く。一部の子供のようで読書して授業料を払わせない、両親が診察して医薬費がない、多くの布施をしたがるがお金がない。しかし、財神法を修めて終わってから、そなた達もそれとも努力して働いて、財が入って始めて、天から黄金を落とす事がない、そなた達は商売をしてお金を稼がれれば、仕事の昇給があれば、そなた達がそなたの国と社会にある程度の貢献をする事を望んでいて、ただ逸楽にふけて、多くの人々が苦しみにいることを忘れてしまった。
今日、そなた達は二つの財神法に参加して、そなた達に対してある程度の助けが必ずあって、そなた達は続けて肉食すれば、今日の法がそなた達に対して、何か役に立たなかった。
2010 年 03 月 03 日 更新