尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年9月5日

午前11時30分、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちに、ホテルの宴会場で大修行者と共に昼食をする機会を与えた。食事の後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、皆に話を分かち合うようにある弟子を指定した。

その弟子はまず、当日午前ナンジュ・ケンポスが空港でリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子たちに話した内容を語った。

「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、直貢噶舉派では修行の境界がとても高いリンポチェであり、上師に対するリンチェンドルジェ・リンポチェほどの恭敬心と敬虔心はどの弟子も持っていない。リンチェンドルジェ・リンポチェは修行において教派と上師だけのためでなく、尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依して以来、今まで、始終身語意と財物で上師と直貢噶舉派に供養して来た。直貢梯寺、雲南、青海と国内外など至る所に需要があれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも命で教派と上師に捧げる。そのため、昨日リンチェンドルジェ・リンポチェが300人近くの弟子を連れて直貢梯寺への七回目の参拝をした時、リンチェンドルジェ・リンポチェは決して直貢梯寺を見捨てないことに、直貢梯寺の執事とラマ全員は大変感動した。執事ラマはこう表した。『今まで直貢梯寺にはリンチェンドルジェ・リンポチェ以上、寺院を護持する大功徳主がいなかった。そのため、私たちはリンチェンドルジェ・リンポチェに大変感謝、感恩している。ハタを献上したのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが長寿で長く住世し、仏法が広く発揚し、法脈が長らく伝承されることを祈るためだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは一切の衆生、特に教派と弟子たちのために、70歳にもなろうとしているお年寄りの身でそれほど標高の高い所にある大殿とアキ護法殿で2時間以上も殊勝に法を修めた。それは私たちにとってとても求め難い加持だった。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したい。リンチェンドルジェ・リンポチェを寺院に迎えることで、たくさんの信衆は道でリンチェンドルジェ・リンポチェの到来をずっと待っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝、感恩を申したい。』」

以上はナンジュ・ケンポスがラサ空港での話だった。次に、その弟子はまた中国の弟子の感想を読んで皆に聞かせてくれた。

「昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢梯寺の発展史を開示した時、信衆は誰でも自分なりの方法で寺院を供養していると話した。『例え一銭、一毛、一元でも、それなりの供養になる。この一銭、一毛、一元の累積と僧衆、信徒による持続的な護持があったからこそ、直貢梯寺は今日まで発展できた。もちろん、政府の関心と気配りもあったから、皆はこれほど立派な直貢梯寺が見られた。そのため、皆は感恩の心で参拝しなければならない。』歴史上、チベット民族は仏法と仏経を大事に保存してきたので、私たちは末法時代においても仏法を研究し続けることができる。これが仏法事業に対するチベット民族とチベット仏教の巨大な貢献だ。皆は仏弟子として、感恩の心で接し、学ばなければならない。仏法は簡単に求められ、上師は容易に得られると、決してこう思ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェも、ケンポスもそうだが、自分は仏法学習において他人が知らないたくさんの困難と阻害を克服したことを開示した。

現場でナンジュ・ケンポスの話を聞いた弟子によれば、ナンジュ・ケンポスが話した時は、目に涙をこらえていたそうだ。人知れないことがきっとたくさんある。実際に私たちは大修行者が仏法を求める、学習する際、彼らの対面した厳しさについて何も知らない。今は敬虔、恭敬の心でリンチェンドルジェ・リンポチェに学び、大事にし、謙遜になり、そして常に自分を見直さなければならない。」

続いて話を語った弟子は昨日の夜リンチェンドルジェ・リンポチェと同じテーブルで食事した機会があり、そ時の出来事を皆に報告した。

「ある弟子は直貢梯寺に行った後ちょっとした感想があった。彼はチベット人が一元、五十銭をガラスに貼ったのを見て大変少ないお金で供養したじゃないかと思った。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で彼を叱った。しかも、供養は金銭の多少に関係なく、心が大事だと開示した。しかし、その弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに叱られた後、自分の表したいことをリンチェンドルジェ・リンポチェに説明しようとした。これは上師に口答えした行動だ。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を続けて責め、供養の心が肝心だと開示したうえで、その弟子は直貢梯寺に一銭でも供養することがあったか、他人の供養が少ないと批判する資格があるかと聞いた。その弟子は更にリンチェンドルジェ・リンポチェに非難されても説明しようとした。何度も上師に口答えすることになった。最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェはその弟子に言うのを止めて黙りなさいと要求した。もし、その弟子はそれ以上上師に口答えすれば、将来は地獄に堕ちる罪を犯す可能性がある。その場、リンチェンドルジェ・リンポチェは、食事の場所を離れるようにその弟子に指示した。

その後、リンチェンドルジェ・リンポチェはある仏経内の典故を開示した。以前の時代に、十字路に泥で作られた小さい仏塔を置くしきたりがあった。ある信衆が通りかかった時に大雨が降っていた。その信衆は仏塔が雨でずぶ濡れになって壊れそうだったのを見たので、仏塔を守ろうとして靴を見つけて仏塔の上に置いた。そしてそこから去って行った。暫くして別の信衆がそこを通った。当時は雨が止んでいただろうか、その信衆は仏塔の上に靴が置かれていたのを見てそれは恭敬でない、おかしいと思い、仏塔上の靴を取り下げた。ここまで開示してリンチェンドルジェ・リンポチェは周りの弟子たちにどっちのほうが正しかったかと聞いた。弟子たちは誰も答えられなかった。そしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。『二人とも恭敬心があったから、二人とも正しかった。仏法学習も供養も、心が大事だ。一銭も、一毛も、一元もポイントではないのだ。私たちは誰も他人を批判する資格がない。』」

話を語った弟子は、先ほどの話はリンチェンドルジェ・リンポチェが前日の食事の時に開示した仏経の典故だったと表した。そして、話を続けた。

「ただいま皆が食べた、テーブルに置かれたチョコレートと果物はホテルのマネージャーがリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したものだが、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ弟子たちに食べさせてくれた。皆は大修行者と一緒に食事できたのも大変有り難いのに、ましてリンチェンドルジェ・リンポチェに信衆が供養したチョコレートと果物を分けてもらえた。本当にリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

昨日あるリンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェに3本のヨーグルトを供養した。皆はその中の1本飲んだと思う。その1本は冷蔵庫に入れられたが、あとの2本は保管を担当した弟子が冷蔵庫に入れなかったので、壊れてしまった。」

この時、ヨーグルトを冷蔵庫に入れなかった弟子は直ちに席を外してリンチェンドルジェ・リンポチェに向かって跪いた。そしたら、話中の弟子は、跪いた弟子にその場から離れるようにお願いして話を続けた。

「ヨーグルトの保管を担当した弟子は、ヨーグルトが壊れたことに気付いた時、夜中でも電話して壊れたヨーグルトをどう処理すればいいかと聞いた。常識で考えれば、自分がスーパーで買ったヨーグルトだったら、壊れるまでにそのまま置くだろうか、また、どう処理すればいいのかと電話で聞いたりするだろうか。しかし、昨日その弟子はヨーグルトをもらった後、1本だけ冷蔵庫に入れ、2本は入れなかった。結局その2本は壊れてしまった。現場には100数人の弟子がいた。そして、今回リンチェンドルジェ・リンポチェについてチベットに来た弟子は300数名もいた。本来、リンチェンドルジェ・リンポチェは、先ほど皆にチョコレートと果物を分けたように、皆にヨーグルトを分けたかった。しかし、今は200数人の弟子がヨーグルトを飲めなくなった。先ほどリンチェンドルジェ・リンポチェは、ヨーグルトの保管を担当した弟子に自分の責任を取らせるから、処分しないと開示した。彼は上師の指示した任務を果たさなかった。ヨーグルトを冷蔵庫に入れず、結局200数人の弟子のそれぞれに1杯のヨーグルト分の借りという果報ができた。将来も飢える果報が現れる。

このことはどれほど深刻なのか、皆は想像できるだろうか。私たちは行動する時いつも上師のことを考えず、ただ間違えるのを避けようと考える。先リンチェンドルジェ・リンポチェも開示したが、もう一人の弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェのサンドイッチを用意したが、冷蔵庫に入れなかったので、壊れてしまった。幸いにもリンチェンドルジェ・リンポチェはそのサンドイッチを食べなかった。さもなければ、死んでしまうかもしれなかった。そのため、その弟子は密法を修める資格がない。

私たちは弟子であるのに、あまりにも配慮不足だ。この日曜日、台湾の寶吉祥仏法センターでは法会が行われないことを皆は知っていると思う。それは弟子たちが上師に対して全く恭敬心と供養心がないからだ。先ほどリンチェンドルジェ・リンポチェは、この日曜日だけでなく、このままでは、皆は今後法会のない日曜日に慣れなければならないと開示した。だから、皆で注意を払わなければならない。

昨日アキ護法殿に入る時、仏像、タンカを見る時、或は寺院に入る時は帽子やサングラスを取るように、皆はボランティアの方に注意されたし、リンチェンドルジェ・リンポチェも何度も開示したことがある。しかし、帽子を被ったままアキ護法殿に入った弟子がいた。」

この時、前日帽子を被ってアキ護法殿に入った弟子が起立してリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼し続けた。話中の弟子はその場を離れるように、その弟子にお願いして話を続けた。

「今はリンチェンドルジェ・リンポチェの食事の時間、弟子がそのように跪いて頂礼しては、リンチェンドルジェ・リンポチェは食事できないのではないか。弟子は今でも自分のことをしか思っていない。自分は懺悔したい、自分は間違えただけを思い、時間が不適切であることを全く考えなかった。懺悔する機会はいくらでもあるのに、わざわざこの時間を選ぶ必要はない。リンチェンドルジェ・リンポチェが食事中の時を選ぶ必要はない。そのため、ヨーグルトを冷蔵庫に入れなかった弟子と帽子を被って聖殿に入った弟子をここから離れるようにお願いした。

昨日帽子を被って大殿に入った弟子がいたが、それは不注意ではなかった。本当は仏法学習の過程中、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを全く実践しなかった。昨日皆は28台のワゴン車に分乗して直貢梯寺に行ったが、道路状況で揺れが激しかった。腰が痛いとか、お尻や膝が痛いとかを言う弟子がたくさんいた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェにはひどいS型の脊柱側弯症があり、肩と首にも病気があることを皆は考えただろうか。しかも、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢梯寺に着くと、直ちに修法を始めた。修法し終えた後も直ちに出発し、沿道の揺れを耐えて戻って来た。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを連れて帰って来たが、このことはどれほど難しいかを皆は考えただろうか。昨日は9月3日で閲兵が行われた日だ。実際に、私たちはチベット入域許可証を取れた唯一のクループだった。一枚の紙のように大変簡単に見えたが、リンチェンドルジェ・リンポチェと旅行会社がたくさんの努力をした結果だ。以前からずっと、昨日まで、そして今日も、たくさんの用意と時間が費やされてきたお蔭で、皆にチベット、直貢梯寺に来させることができた。一昨日皆は大昭寺に行った時、大勢の人はいなかったことに気付いたはずだ。それは、私たち以外のグループは一つも入れなかったからだ。

私たちはいつも、リンチェンドルジェ・リンポチェがくれた仏法、参拝団、テーブル上の食べ物をあまりにも当たり前だと見ており、何の感覚もない。このような食事ができたこと、直貢梯寺に行けたことはどれほど難しいかを全く感じない。だから、私たちは注意し合わなければならない。他人の過ちを見て緊張してしまい、自分も犯したら大変だと恐れるのでなく、お互いに注意し合おう。私たちのために、更にリンチェンドルジェ・リンポチェに苦労を掛けないようにしよう。弟子以外にも、リンチェンドルジェ・リンポチェには済度するほかの衆生がたくさんいる。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェについてここまでに来られたこの幸せを、皆は大切にしなければならない。

昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェも、直貢梯寺に来られたことに感謝すべきだと開示した。ケンポスの言ったように、800数年の古い寺院がこんなに立派、華麗で壮大で、完備されているところだけを見るのではなく、信衆と高僧大徳がたくさんの心力を注いで維持してくれなかったら、私たちは今日のように大殿に入った機会も、このような道を歩けたこともなかったと思うべきだ。1995年、リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢梯寺に来た時は道が全くなかった。過去の高僧大徳と信衆、そしてリンチェンドルジェ・リンポチェをも含め、800数年以来今まで、彼らは数えきれない金銭と心力を費やしてきたかを考えるべきだ。

この全ては簡単に得られるもので、行って来る、この参拝コースを旅行ツアーだと思わないでほしい。当たり前のことはどこにもないのだ。もちろん、政府も大いに支援してくれたので、私たちは順調に直貢梯寺までに行けたのだ。」

話を語った弟子はこの数日リンチェンドルジェ・リンポチェと一緒に食事する機会があったので、いくつかの話を聞くことができた。「私は大変恥ずかしい。この数日になってある特別の砂糖を初めて知った。一昨日リンチェンドルジェ・リンポチェは、日本の風災の時、現地のある日本企業の商売は影響されるかを心配したので、大量の商品を販売できるかどうかをも考えず、直ちにその企業に500万の発注をした。リンチェンドルジェ・リンポチェは商売でどれくらいの儲けをしたいかを考えず、ただ日本に風災が起きたから、現地の人々は助けが必要だとしか考えなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように、被災地の人々への関心を表し、すぐ500万の発注をしたいと相手に伝えた。

私が大変恥ずかしく思ったのは、その特別の砂糖を食べた時はただおいしく感じたが、何かが違うかは分からなかった。人の話を聞いて分かったのは、それは糖尿病患者でも食べられる砂糖で、製造過程において毒性と不純物はろ過、浄化されたので、糖尿病や砂糖の食べられない人にとって大変いいことだ。これらのことを私は全然知らなかった。ただおいしく食べていた。料理のできない人でも料理に使えば、料理はおいしくなると思っていた。

こんなよい商品は、決して外国に販売されなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはその砂糖の販売会社とほかの取引をしている。その会社が風災のせいで影響されるのを心配して発注したので、彼らは大変感動した。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェにそのような砂糖があると説明てくれた。もし、皆は日本文化について理解があれば、よい商品は何れも日本国内に留保され、日本国外では買えないことが分かると思う。皆はこんなよいものが食べられたのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが取引する際、いつも発注、支払を先にしているからだ。以前聞いた話だが、リンチェンドルジェ・リンポチェが上質な豆乳を大量注文した時、先方は大量の商品を完売できるかと心配してくれたそうだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に最高のものを提供するために、コストを問わず、とにかく品質のよいものを輸入する。

京都にあるミシュランクラスの豆腐専門料理屋の女将さんが社員を連れて台湾に来た。グループの事業体を見学した際、蔬食料理厨房で食事した。当レストランは日本国内でも食べられない日本の最高級米を使い、食べ放題でお客さんに提供することに、彼らは驚いた。彼らも商売をしているので、最高の物をお客さんに提供するように商売する人がいるのを理解できなかった。見学後、彼らはこのような感想を書き残した。『リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの事業を経営して大変立派な方だ。本社は環境が素晴らしいし、社員の昼食まで提供している。リンチェンドルジェ・リンポチェは物事を考えるのに抜かりがなく、社員にもやさしく面倒を見ている。お疲れさま。』また、彼らは日本食品店で日本国内で見られないたくさんの商品を見たし、台湾に来て初めてそんな最高級の贈り物があると知ったそうだ。

それらの贈り物は最高級の食材を使用しており、日本国内でも珍しいし、一般の日本人もそれほど上質なものが食べられないので、台湾に輸入されるのはとてもあり得ないそうだ。その料理屋さんの女将さんは、それらの贈り物に使用された食材は大変高級なものであり、また、食品期限に対するリンチェンドルジェ・リンポチェの厳しい管理にも感心したと示した。そんな管理法を聞いたこともなく、大変驚いたそうだ。更に、女将さんは店内の配置と店員の説明にも特徴があり、サービスも行き届いていると表した。彼女は宝石店の外に長らくいた。宝石店の外見は特別で普通の宝石店のデザインとは違って古典的なイメージが溢れ、店内に入ると対聯が見え、グループのために書かれた書道だと知り、彼女は大変特別だと思った。普通の宝石店では見られないし、リンチェンドルジェ・リンポチェの物事に対する堅持と美感が至る所に見られると彼女は感じた。特に、宝石のような小物は、何れもデザインの繊細さと立体感が見られ、大変洗練されたものばかり、また、リンチェンドルジェ・リンポチェは本当の芸術家であり、宝石店に各国の精選品が配置されているのに、違和感が感じなかったと、彼女は述べた。異なる国々からのものが一緒に並ばれても、矛盾感や衝突感が全くないうえで、調和で融合的になっており、恐らくリンチェンドルジェ・リンポチェの美感だけがこんなに素晴らしく表現できたのではないかと、彼女は大いに見識を広げたそうだ。更に、リンチェンドルジェ・リンポチェとグループ役員の手配で彼女は、日本国内で飲まれるプーアル茶とは全然違う、滑らかで渋みのないプーアル茶も飲めたので、彼女は大変感謝した。」

日本からのお客さんの感想を伝えた後、話を語った弟子は「皆は日本のお客さんが台湾に来てグループの事業体を見学した感想を聞いてどう思うだろうか。これらは普段ごく普通だと私たちが慣れていることではないか。私たちはリンチェンドルジェ・リンポチェの世話を受け、飲食、医薬、旅行、家の修理まで、全部グループに任せられる。何事もあまりにも簡単だから、何も感じないのではないだろうか。レストランやコーヒーショップによく行っている人なら、強く感じないかもしれないが、最近よく行っているのは大体顔なじみの人だ。何故だろうか。私たちはその理由をよく考えなければならない。

前はほかの弟子にこのことを話した時、自分は行っていると言った人がいた。その言い方はどういう意味だろうか。皆さん、考えてみよう。このことを知ってそんな反応が出たとはどんな意味だろうか。自分は行っているが、他人に紹介する必要があるかという意味だろうか。他人によい食品を紹介する必要があるかという意味だろうか。自分がよい食品を食べていればよいという意味だろうか。もし、皆さんも自分が食べられればいいという心構えを持っていたら、話を聞いて稀に行かない弟子たちの場合はどうなるだろうね。

皆さんはリンチェンドルジェ・リンポチェについてチベットに来ているので、感想も大変強いだろう。先からナンジュ・ケンポスの話の内容を聞き、またリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢梯寺に入った時に、寺院の出家衆らの恭敬した様子を見て皆は、リンチェンドルジェ・リンポチェが長い時間以来皆の供養を受けたにもかかわらず、手に入れた途端に出していくことを想像できただろうか。決して一部の弟子が思うように、損得に拘っているのではないのだ。日本人が台湾に来てグループの事業体を見て彼らは大変羨ましかった。しかし、私たちはほかの弟子たちの経験を見た、或は聞いた時はただ素晴らしい、発心している、恭敬心があるねと感心しただけで、口先だけで感心している。

私は組長になって2年近くなった。ほかの弟子たちに連絡した時は彼らの反応が聞けたが、その後彼らのしたことはその反応と一致するかどうかを更に見ると、一致しないことが結構多かった。話と実際の行動はかなり異なった。もちろん、私も過ちを犯すし、リンチェンドルジェ・リンポチェにも叱られる。自分を直すことも必要だ。しかし、これは道場全体のことで、一人だけのことではない。私たちは知っている。本当はいい食品をもっと食べなければならない。友達によい食品を紹介しなければならない。家で暮らしに必要なまき、米、燃料、塩、味噌、酢、茶もよいものを使わなければならないし、習慣をつける必要がある。私たちは実際に自己反省をしなければならない。自分はどれくらいのことを実践しただろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェはどれほどの苦労をしているかを真剣に考えているだろうか。」

続きに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲を込めて弟子たちに開示を賜った。

「日本の食品を輸入しているリンチェンドルジェ・リンポチェの理由は金儲けではない。去年年初、リンチェンドルジェ・リンポチェは、台湾には毒の入った食品がたくさんあると皆に話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは1997年から衆生を助け始めた。病気になった10人のうち、9人は間違った物を食べたことに関係している。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の食品を輸入しているが、本当は儲けていない。笑って損しているだけだ。もし、あなたたちは悪いものを食べて体を悪くでもすれば、結局はリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めたり、いつもリンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求めたりすることになる。

私たちの飲む水、食べる物は全部私たちの健康に影響する。よい食品は値段が高いと皆は思うだろうが、実際にたくさんの診療費を節約してくれる。しかし、悪いものを食べる習慣を身につけた人だったら、仕方がない。何故なら、今生によい食品を食べる幸運がないから、福報のない人間になってしまう。リンチェンドルジェ・リンポチェの商売する理由をあなたたちは理解していないが、しかし、商売しなければ、どうなるだろう。あなたたちはたくさんのお金を使ったと思うだろうが、それに対してリンチェンドルジェ・リンポチェが使った金銭は数えきれないほどだ。皆に話していないだけだ。

今日は弟子に話をさせたが、リンチェンドルジェ・リンポチェが話したくなかったのではない。今グループ内の従業員のうち、皈依弟子がたくさんいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは従業員に払っている給料は少なくない。一般の給料より高いかもしれない。しかし、あなたたちに応募しに来ないでほしい。今は一部の人の中で習慣になっているが、外で仕事が見つけられなければ、グループの仕事に応募しに来る。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈善事業をしているわけではない。能力のない人なら、来てほしくない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の飴を輸入しているが、それは以前薈供の儀軌を行った時、買った飴とクッキーは化学成分が入っていた。しかし、毒の入ったものを仏菩薩に供養するにはいかないから、仕方なく日本の食品を輸入することを決めた。別にほかの所によい食品がないわけではないが、日本人は昔中国での食品製造の伝統を堅持している。その堅持は今の台湾では見られない。日本の食品を輸入したのは仕方のないことだった。供仏のためでもあり、弟子たちの健康のためでもある。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に買い物を頼まないが、あなたたちの上師になった以上、皆が健康でいることを望んでいる。しかし、仏を拝むだけでは体が健康になるわけがない。私たちは毎日ものを食べるし、水も飲む必要がある。何れも私たちの健康に影響を与える。体が健康でなければ、いくら礼拝しても念誦しても役立たない。あなたたちはどんなことでも全部リンチェンドルジェ・リンポチェに頼ったり、任せたりしようとしてはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェはなんでもかんでもあなたたちを助けられるのではないのだ。

今日はその弟子に話をさせたが、理由は彼も弟子だから、話は比較的に客観的になるからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちを叱っていると思ってほしくないからだ。実にリンチェンドルジェ・リンポチェは今日何も言いたくなかった。今日皆に理解させたいのは、人間は計算高くなってはいけないことだ。あまり損得に拘っていたら、最後は自分が損する。リンチェンドルジェ・リンポチェは何についても計算しないのだ。先ほど弟子が話した砂糖のことだが、その砂糖は日本人が海外に販売しなかったもので、多くの日本人も食べられないものだ。宝として扱われている。しかし、彼らに対してリンチェンドルジェ・リンポチェは善の心を持っていたから、その結果によいものが注文できた。よいものが購入できたのは、リンチェンドルジェ・リンポチェに享受させるためでなく、弟子たちに利用させたいのだ。品質のよい食品は値段が高いとあなたたちは思うが、しかし、この世には安いものなんかあり得ない。皆はこんなよいホテルに泊まられたが、お金がなければ入れただろうか。サービスを提供してもらえないだろう。尊重してもらえたのは、以前私たちはここで消費したことがあり、私たちの要求はごく簡単できちんとすれば大丈夫、うるさく言われないと彼らは知っているからだ。そうしたら、自然にサービスしてもらえる。別に私たちはお金があるから偉いということではない。

世間に大金持ちが多いが、サービスを受けて私たちの感謝、そして、そのサービスを心に思っていることを感じさせることが大事だ。お金があるから偉いと自認してはいけない。今の社会では衝突が頻繁に起こっている。原因はお金がある自分が偉いという考えからだ。お金があるのが大したことだろうか。死ぬ時は一銭も持って行けないのだ。だから、私たちの何れの行動も修行が必要だ。

一昨日、通関の時に1台の車が止められた。車内には高齢の弟子がいた。結局若い弟子が先に新しい車に乗り込んで高齢の弟子を後にした。こんなことをして仏法を学んでも意味がないのではないか。お年寄りの世話をするのが人間として当たり前のことだが、あなたたちは損したくないから、よいものがあったら、とにかく先に享受したい。私たちは今日ここに戻り、こんなたくさんの建設を目にした。政府の支援があったからこそ、今日はここでよい食事ができた。1995年、リンチェンドルジェ・リンポチェが初めてチベットに来た時、食べられた菜食もなかった。当時、最高の野菜はキュウリとジャガイモしかなかった。ホテルで1杯のご飯は15人民元もした。

ここ数十年、政府が力を入れて建設しなかったら、あなたたちはこれらの野菜を食べることもできなかった。以前はやる人が一人もいなかったのだ。だから、これは当たり前のことだと思ってはいけない。当たり前のことなんてどこにもないのだ。どのことでも陰に力を注ぐ人がいるからこそ、私たちはいろなことを享受することができる。そのため、心から全てのことを感謝しなければならない。もらえるのは当たり前だと思ってはいけない。今日チベットに来てあなたたちは、現地の人々が物事に対する堅持を見ることができた。そのため、彼らはどのように暮らしているかに比べて自分はどのように日々を過ごしているかを反省しなければならない。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがここまでに開示し、弟子たち全員は一斉に声をあげて感謝した。そして、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに恭しく見送った。心に響く尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの教えが弟子たちの学仏の障害を取り払ったことに、全員は心から感謝した。その後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを率いて空港に出発し、成都行きの航空便に搭乗して翌日に台湾に帰国した。今回のチベット参拝の旅は円満に終了した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは苦労を惜しまず、300人近くの弟子たちを連れて直貢梯寺に戻ったうえで、いろんな殊勝な教法を示し、身をもって金剛乗弟子として上師と教派への全力護持を見せてくれた。弟子たちは心の底から賛嘆、感恩した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢梯寺で法座に上がって修法できたのは、正真正銘の大修行者だからこそしてもらえたおもてなし、その上、直貢梯寺の出家衆全員が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにハタを献上した儀軌も、教派では重要なリンポチェのみに対する儀式だと、弟子たちはよく知っている。直貢梯寺の出家衆は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに対して極めて恭敬し、数年前に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会った時の写真を今でも保存している。更に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法相おいても、或は教派や直貢梯寺に対する貢献と護持においても全く変わらないことにも賛嘆した。

寶吉祥の弟子たちは、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法を学ぶ機会に深く感謝すると共に、重宝がっている。チベットにいるチベット人は、苦しい長旅をして大礼拝をする人もいるし、一生の財産を尽くして参拝のためにラサに来た人もいる。それでもなかなかリンポチェに会う機会がない。また、長い髪を売って油を買って一滴ずつ仏灯を灯した人もいる。ほかにもあらゆる寺院を歩き回って家に帰れなくても喜びで胸が一杯人もいる。チベット人はチベットに生まれても、一生において大修行者に会うことがめったにない。それに対し、寶吉祥の弟子は正真正銘の修行者、言葉のできる菩薩である尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたから、目の前にいる、覚醒を促してくれる尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを大事にしなくてはならない。参拝のためにいろんな苦労をしなければならないチベット人に比べ、弟子たちは大修行者に近く接する因縁福報があるうえで、航空券を買えばラサにすぐ行ける。私たちは、チベット人が自身の所有の物を尽くして諸仏菩薩に供養することに賛嘆するほか、有り難い因縁福報を重宝し、きっちりと尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに追随して地道に仏法を学ばなければならない。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは70歳近くの高齢にもなり、300人近くの弟子を連れてチベットに来た。体の不具合があっても弟子の面倒を見ていた。高山病に罹ったたくさんの弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼した後、体の状況は直ちによくなった。弟子たちが休む間に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは休みも取れず、苦労を惜しむことなく、助けを求めに来た衆生に接見した。弟子たちは幸いにも大修行者の行き届いた世話を受けられたのに、感恩と供養も知らず、上師と教派に対する尊きリンチェンドルジェ・リンポチェほどの恭敬心と敬虔を行動で示していない。弟子たちは、上師の導きと加持で諸仏菩薩と結縁して学仏と修行をする機会がもらえなかったら、今生を無駄に過ごすことになる。弟子たちはただ今から、常に自身の身口意に気を付け、続けて懺悔し、自分を見直し、そして上師の教えを実践し、断固とした勇敢な信念で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェについて行かなければならない。また、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加護と加持で見捨てずに弟子を教え、上師について祖寺に戻って学仏及び生死の輪廻を解脱する信念を増強する機会が与えられたことにも感謝しなければならない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが教派に対する伝承と護持で正信の仏法が広く伝えられ、無辺の有情衆生を利益することができることにも感謝しなければならない。

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2016 年 01 月 06 日 更新