尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2012年4月15日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催された。

法会が始まる前に、ある女子弟子は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩がどのように彼女の父母を助けた経過を分かち合った。

まずは、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を皈依させて、そしてどのように生死輪廻に解脱する正法を開示していただいたことに恩に着て、同時に父が病気にかかった因縁のため、母、母方の叔父、叔母、おばさんと自分、及びその他の家族にリンチェンドルジェ・リンポチェとお知り合いする機縁を持たせて、三世代の仏を学ぶ道を開いたことを感謝した。

2003年のある夜、父からの電話を受け取って母親がとても気分が悪いと言われて、彼らは直ちに母を病院まで送って、その時母親の心臓の拍動が1分間に160回余りであり、情況がとても緊急であり、彼女の心の中ではひっきりなしに祈っていて、且つリンチェンドルジェ・リンポチェが母の頭のてっぺんの上で母を加持するよう観想して、緊急救命室で2時間を経過した後、母親の心臓の拍動は1分間に120数回になって、徐々に危険な状態から離れた。医者は母親が今回このように激しく拍動したから脳卒中になるはずだが、しかしただヒアリング能力だけが損害になったと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持救護に感謝して、母が脳卒中になる苦しみを免れて重い報いを軽く受けることができて、子女とする彼らに安心に仏を学んで生活を暮らすことができるようにさせた。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが寶吉祥仏法センターのウェブサイトを設立したことを感謝し、縁がある衆生と弟子達にいつでも仏法センターのウェブサイトでリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示を読むことができて、法会開示がリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を文字に転化して、耳が不自由な母に読む方法を使ってリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な開示が分かるようにさせて、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲心と菩提心がいつでも絶え間なくすべて縁がある衆生と弟子達に面倒をみている。弟子達がリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子になることができるのはひどく幸運である。

30年前に彼女の母親は市場で塩味煮の鶏やアヒル、ロースト・ニワトリ、ロースト・ダックと牛肉の角煮を売った。皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いて、はじめてとても深刻な殺生の業を犯したことを知っていて、心の中では非常に恐ろしいと感じる。彼女は家の長女であるから、よく母親を手伝って、衆生を売って儲かったお金を使用してしまい、身にも多くの衆生の命を背負って、もしリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いたことがなければ、自分がこんなに重い殺業を犯したことを永遠に知らない。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な開示を恩に着て、ここで彼女が公開的に自分の犯した殺業を深く懺悔して、同時に母のかわり懺悔して、あれらの彼女たちに傷害されたのと食べこんだ衆生に深く懺悔して、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女たちに傷害された可哀相な衆生を助けるよう祈り求めて、一命で一命を返済することを考えると、彼女と母はこの一生にどのように返済するのか。

2011年9月、ある日の深夜、彼女の母親は台中の妹の家の中でつまずいて転んで、リンチェンドルジェ・リンポチェの加護にとても恩に着て、77歳の母親は転んだが足が骨折しなくて、本当にたいへん不思議であり、今回は母親が二回目につまずいて転だが、母親はただ両足が打撲傷で腫れて痛くて、床を離れて歩くことができない。確かにリンチェンドルジェ・リンポチェの開示したように、自分が一心に母を配慮していないため、母の臀部に床擦れができて、傷口が深過ぎて手術を受けて傷口をきちんと整理しなければならないようにさせた。母親は糖尿病に罹っているが、しかしリンチェンドルジェ・リンポチェの加護のもとで、手術が順調に完成して、母親はただ虚弱だと感じたが、しかし依然として正常に食事することができる。

長時間床に床に臥しているから、母の両足が痩せて骨と皮ばかりになって、医者は傷口が感染されることを免れるため、母親に導尿管を挿入して手伝って、これは彼女が初めて母がこのように老衰していることを見たので、彼女がたいへん悔やむと感じる。母が床に臥して年寄りじみている様子を見て、彼女は心の中でリンチェンドルジェ・リンポチェの教えた《仏子行三十七頌》の中の1つの頌「無始以來慈我者,諸母若苦我何樂,是故為渡諸有情,發菩提心佛子行。」をよく思い出した。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、自分に自分が仏を学ぶのが本当にあまりにだらけること且つとても親不孝を知らせた。慢性疾患を配慮するのは容易な事ではなくて、母の体がよく痛くて気分が悪くて我慢できなくて、人を叱りたい場合には、妹達は速く宝物--リンチェンドルジェ・リンポチェの法照御写真を取り出して母親に見せて、母親はすぐ笑って、リンチェンドルジェ・リンポチェと言った。彼女の情緒は急速に落ち着いた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に貴重な法照御写真を与えて、弟子達にいつもリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を得ることができることに感謝する。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、彼女の母親の近況を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女があまり母親をよく配慮していないからと開示された。彼女は自分の親不孝を懺悔して、同時にリンチェンドルジェ・リンポチェに彼女が母を代わって供養することを受けるよう懇願した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女が内政部の社会司に寄付するように要して、何故かというと、彼らの全家族人の供養心が正しくないから、と開示さらた。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの供養を受けないことがもう長くたって、彼女は深く懺悔して、そしてリンチェンドルジェ・リンポチェが依然として彼女が母親のため布施する方法を開示したことを恩に着た。彼女の母親は今なお依然として導尿管を挿入して、偶に記憶を失って、両足が立って歩くことができなくて、大便も自分で処理することができない。彼女は自分の努力が足りないから、母が今なおまだ自ら道場へ尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝しに来ることができないのを懺悔する。

2001年2月、彼女の父は風邪で肺炎を起して入院した。ある日目覚めた時自分が誰だと忘れて、彼女達も覚えなかった。医師により、父の脳は正常だと判定したが、何故突然にこの症状が発生したのは、暫く原因を分からない。医師は母に宗教の信仰があるかどうかを聞いたが、母は仏を信じると返事した。医師は真面目に自分の上師リンチェンドルジェ・リンポチェは人を助ける例を話した。彼女達は喜んでリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の通りに開示された。彼女の父の状況は口業を作ったせいだ。若し、リンチェンドルジェ・リンポチェを信じれば、父を代わり金曜日施身法法会に申し込んで参加させる。同時に母に施身法法会の翌日父の状況を注意させた。法会の翌日朝、父は目覚めた時、母を見ると今までのように母の名前を呼んで、父の記憶は完全に正常まで戻った。母はとても喜んで彼女達に電話をかけた。彼女達も非常に不思議と感謝の気持ちを持っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェが修めた施身法法会は本当に殊勝で不思議である。その後、彼女は母と夫と毎週の金曜日に必ず施身法法会に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェが毎回法会の中の開示は彼女に驚かせて感動させた。

彼女の父は2004年4月再び風邪に罹ったから、入院した。今度父は再び退院できなかった。父は肺気腫に罹るから、頻繁に病院を進出していた。肺気腫の患者は呼吸はとても難しくて、ベッドに横たわって寝るのは非常に難しい。しかし、彼女の父はこのような苦しみを持たず、唯呼吸は難しくて、酸素を吸う必要だ。此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェは眷属に慈悲に加持である。その後父は肺の中に痰があるから、難しく排出できないせいで、熱が出てICUに移された。父が経鼻胃管、尿管を挿入して、酸素マスクの様子を見ると、非常に悲しかった。医師は父を救うため、気管切開をアドバイスした。頭の中から、リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗ての開示を思い出した。此れは患者に極めて苦しめる医療行為だ。当時すぐ医師に聞いて、父に何か役に立つだろうか。医師は数日間に生かせて、事情を伝えられると返事した。父は引き続きに苦しめないように、彼女達は気管切開を諦めた。父は三日後亡くなった。

彼女は病院から危篤通知を受けた時。すぐICUに着いて、父の最後を見送った。その時、すぐリンチェンドルジェ・リンポチェが賜った貴重な甘露丸を父の口に入れた。父が亡くなった時間は朝一時頃、彼女の夫はすぐ寶吉祥に電話をかけて、伝言を残った。父が亡くなったことを報告してポワ法を求めた。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾にいないが、暫く兄弟子は電話をくれたが、因縁は具えないから、ポワ法を修められない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に関心を持って、甘露丸を与えたかどうか聞いた。また、彼女達にリンチェンドルジェ・リンポチェが父のために六字大明呪しているのを観想させた。心は突然に落ち着いて、何も怖れがないと感じた。彼女は夫、母、妹、叔母と一緒に病院の霊安室に父のために六字大明呪を唱えた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子及び眷属に行き届いた関心を感謝した。

彼女達は葬儀社の職員に知らせて、父のために八時間の六字大明呪を唱えるから、すぐ父の遺体を運送しないように依頼した。四時間後葬儀社の職員は丁寧に遺体が変化を起す怖れがあるから、父の遺体を見る必要だと言った。父が息を止めた時、目と口が開けて、愁眉で顔色は少し黄色と青色になって、表情は非常に苦しかった。しかし、白い布を開くと、父の目と口は既に閉めたが、愁眉も開いた。顔色は亡くなった時より綺麗で、体に死斑も無かった。此れは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持力の加護であり、仏法の慈悲の力は検証されるから、本当に迷信ではない。朝五時過ぎ、再び兄弟子の電話を受けて、父の状況を聞いた。それはリンチェンドルジェ・リンポチェがとても関心したから。彼女の夫は状況を報告して同時に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの関心及び加持を感謝した。八時間後、彼女の父の顔色は相変わらず落ち着いた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは帰国した後、彼女は母と妹はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁して、リンチェンドルジェ・リンポチェが父のために全ての加持を感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェに懇切に父のために殊勝な施身法を修める事を求めた。父が亡くなった後、彼女達は父に対して、唯懐かしんで感謝した。ちっとも悲しい感じを持たず、それは父はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを得ていい所に行ったのを分かった。仏の如く慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。

死亡ということは彼女が幼いから最も恐がったことだった。幼い頃家は山の下に住んだ。若しある者は亡くなって、出棺すれば、必ず彼女の家を通した。遠くの所から楽器を吹く音を聞くと、母はとても緊張して、彼女達に布団の中に隠して出られないように指示した。彼女は完全に何故このようなことをするか分からないから、それから出棺に遭ったことを恐がった。隣の人の家である者がなくなって、家の前に柩の安置部屋を飾っても彼女に怖れを感じさせた。始めて告別式に参加して、亡者の様子を見ると、彼女に気持ちが悪いと感じた。この事は全て彼女の心の奥に深く隠れて、誰にも言わなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いた。仏を学ぶのは死亡の最後の一秒のために準備する。心の中から肩の重荷を下ろしたような感じと感動をした。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て開示されたが、若し家の中に眷属が亡くなれば、眷属は自ら亡者のために仏を唱える。それは心はかなり懇切なので、亡者がいいと望んだ。だから、機縁があって徳を具える大修行者を探して亡者を済度する。若しリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依しないと、彼女は必ず独り善がりで自分が思った亡者に役に立つ事を行う。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを感謝した。常に自分が仏を学ぶ経歴で弟子を開示した。彼女は非常に懺悔したが、当時唯施身法法会に参加する当日しか菜食しなかった。施身法法会に参加した二ヶ月後、ある日リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は彼女に恥ずかしいと感じて、自分はそこまで残忍だった。あれは彼女に食べられた衆生は実は自分と同じだけど、異なる因果業力で畜生道に輪廻した。彼女は無知に自分が衆生の肉を食べられると思った。当時法会の中にある極めて強い力があって自分に毎日菜食して、もはや肉食しないと知らせた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持を感謝して、彼女に早めに覚悟して悪を断たせる。

尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て申された:子供をおろすとか堕胎する者とか即ち殺人だ。リンチェンドルジェ・リンポチェのご開示を聞くと、心の中に十分苦しくて恐れた。これは彼女の心の痛みで、彼女は即ちこんな悪人だ。もう一度妊娠して出産する時、産室でなかなか産まない、子供がやっと出たが泣き声がなくて、24時間もいかないうちに子供は肺機能不全で亡くなった。彼女も出産時間がかかり過ぎで、出血が多くなって、もう少し死ぬことになった。彼女は罪があり、現世で果を受けるべき、彼女に悲しくさせて、同時全て彼女を関心する者にも悲しくさせ、更に罪の度を一層深化した。

この事は彼らの家庭に避ける話になり、彼女は皈依した後、只毎一回施身法法会と「阿弥陀仏無遮大超度法会」で心にこの事を思って、リンチェンドルジェ・リンポチェにあの2人可愛そうな子供を助けて、もう苦しみを受けないように願って、この残酷な母親が彼らに懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依しなければ、彼女がこの一生きっと大変生き苦しかった。子供が大きくなった時彼女らにこの事を話した。娘は彼女に教えた。彼らが皈依した数年後、祖母さんが嘗て言った。農暦八月一日彼女がもう悲しいと感じなかった。彼らは全て信じた。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが子供に離苦するのを助けた。また祖母さんにもう悲しくないとさせた。

彼女は少なくない殺業だけをしたのではなく、貪、瞋、癡が一層酷い、他人が自分の褒めるに貪欲して、外の人の意見を耳に入らないで、気性が激しくて、それで身、口、意で多くの衆生に害をして、お詫びしないで、懺悔しないで、感恩せず、臆病者である。昨年(2011年)9月のある朝、起きて歩いたら右の腿の後ろが痛いと感じた。一ヶ月を過ぎで、この痛みはますます強くなり、検査を受けて座骨神経痛にかかったと分かった。こんな痛みはいても立ってもいられない。考えて見るとあれら彼女に害をされた衆生が全て受けた痛みと恨みは、必ず彼女今の痛みを上回った。彼女に痛みを感じさせた彼らに感謝し、彼女に自分が全て作った悪業を反省させた。更に、リンチェンドルジェ・リンポチェに感恩して、病気を修行する要領に変わると申されて、彼女に自分の病気に対して正しく向き合わせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に病気を用いて修行するのを教えた。これは1つの大変殊勝な修行法門だ。それは人々誰でも病苦があり、そうして皆は修行するチャンスがあるから。お医者さんは座骨神経痛の患者が長く座る、立つと重い物を運ぶべきではないと言った。しかし毎週の共修法会に彼女は意外に3時間を座ることが出来たが、通常の勤務時間にかえって出来ない。これはきっとリンチェンドルジェ・リンポチェの加持で出来たのである。

彼女は思い出した、二十年余り前の旧暦7月15日に、母親は彼女に伴をさせて、ある道場へ済度法会を申し込みに行った。係員はどの種類か?随喜或いは功徳主かと聞いて、また金額を教えてくれた。あの頃ぼんやりしてどの申し込みが良いか分からないで、帰って決めた後また来るしか言えなかった。あの時の考えは、お金があれば済度がはじめて出来て、そうしたら、お金がなければ仏を勉強しなくても良いだろうのである。仏菩薩に感謝し、さんざん悪事を働いた彼女をはやり放棄しないで、彼女を寶吉祥仏法センターまで引率して来て、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することが出来た。リンチェンドルジェ・リンポチェがいなければ、彼女はこの一生が必ず無駄になると信じた。

彼女ははじめてリンチェンドルジェ・リンポチェのご開示「同席の皆は過去世のある世にきっと十善法を修めた」と伺った時、彼女が疑った。自分がこんなに悪くて、殺業が酷い者でも、本当に嘗て十善法を修めたか?但し、リンチェンドルジェ・リンポチェが申されたのは全部真実語である。彼女は愚かに四十年あまりを暮らして、やっと正法を聞いた。また感恩し、リンチェンドルジェ・リンポチェがお金も命も要らず、平等な慈悲心で法を伝えて、修めなければ、彼女が仏を学ぶ福報はない。リンチェンドルジェ・リンポチェが主催の済度法会に参加する福報もなかった。、

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩して、彼女ら家族を救護した。彼らは5年前破産と言え、3ヶ月の家賃を払う事が出来ないため、家族5人が12坪大きさの地下室に移って約5年を住んだ。最初彼女と夫は三日間くらいに銀行より支払いの催促知らせを貰って、支払いの催促する係員はまた会社に彼女を訪ねに来た。同時に、彼女が勤める会社も裁判所より給料を差し押さえる命令を受けて、マネージャに大変緊張して関心するのをさせた。彼女のような信用破産した者が、すぐ会社に首させないで、今まで相変わらず働いてすでに非常に幸いだ。この安定的な給料がなければ、どの事がまた起きたか考える勇気がない。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て仰った:「仏を学ぶ事は人様に食べ物がない、住み場所がない、着る物がないとさせるべきがない。」これ等は彼ら家族皆自らで体験した。過去5年間、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの頼りになり、さもないとこれは1つの家族が四散して、肉親を失った家庭である。この期間で懺悔の大切さ、輪廻の苦しさ、人生の無常、因果業力の恐ろしさを感じた。自業自得で、避ける事ができない。

もう一度尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに深く感恩して、彼ら家族を加持、救護した。彼らの供養心が正しくないため、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの供養を受け取らないが、相変わらず彼ら家族を放棄しないで、彼らに仏を勉強し続けるチャンスをあらせた。彼ら家族皆はこの一生一世で返すことが出来ない。リンチェンドルジェ・リンポチェの大恩大徳は仏法を生活の中に一生懸命用いて、身、口、意を改めて師恩に報いることしか出来ない。

尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感恩し、何時も極めて慈悲な憤る相で弟子達を救護し、間もなく三悪道に堕ちる弟子を救って来た。リンチェンドルジェ・リンポチェの極致な慈悲な憤る相がなければ、仏を学んで生死を離脱することは是非彼女と関係なくと信じた。真に、リンチェンドルジェ・リンポチェが申されたように:「仏を勉強するには必ず1人上師に依止して、上師に監督して面倒をさせる。」懺悔また尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感恩して、リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に大変疲れて、慈悲で、リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、法輪が何時もまわって、仏法事業が盛栄するように願っておる。

引き続いて、もう1人女弟子が尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と家族を助ける事跡を分け合った。

彼女のご主人は4月1日の午前に往生し、とても安祥な去って、眠るように、如何なる苦しみがなかった。何人の兄弟子は彼女にお見舞いに行く時に、彼女のご主人の顔の色つやがとても良くて、容貌がとても安祥だ。彼女は何人の兄弟子に感謝し、彼女のご主人の生前する時に彼たちに甘露丸を与えた。彼女達も彼女のご主人は往生した後の顔の色つやが生前と違う、と言った。彼女はこれは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝すると示した。

彼女は自分の夫がずっと我慢して、4月1日の当日に殊勝な施身法法会があるわけだ。この前、彼女は彼の身の回りに日曜日に彼を連れて施身法参加すると言った。彼は既にとても長くて道場に行かなかったわけだ。意外に、医者は許さないで、彼が既に危篤になる患者のためだ。彼女のご主人は急診室に入ると、彼女は危篤の知らせを受け取って、彼女のご主人が何時に去る故に、彼らは気管挿管等の侵入のような応急手当をしないで、ただ酸素、、点滴などの薬物の治療だけを採用した。そのため、彼女はご主人にシングルの病棟に引越しで、彼に去る後にまた移されて、病床を移動されることを望まなかった。彼女はご主人の為に8時間の仏号を唱えてもらうの望んだ。もし彼女のご主人は早めに往生したら、4月1日まで我慢して施身法法会があって初めて、そうしたら、多くて多くの苦しみを受けなければならなくて、彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがその日に彼女のご主人に済度してくれることにとても感謝した。

理事長は日曜日に共修法会の後である十年に皈依する兄弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェにベスト手配を与えてくれるのを頼んだ、と布達した。彼女はあの愚痴な人が彼女だと示した。彼らの夫妻は仏を学ぶことよくしていないで、だから、殊勝なポワ法を貰えなかった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが土曜日に信者に接見する時に彼女にリンチェンドルジェ・リンポチェの前に懺悔させられることをとても感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は普段により10年に皈依する兄弟子がこのような話を言わないはずで、その上、貪る心を以って求めてきたと開示された。彼らの夫妻はリンチェンドルジェ・リンポチェに信心がなかった。彼らの夫妻は仏を学ぶことをよくしたないのみならず、清潔業を務めるので多くの衆生に殺した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの夫妻が数回の命を救ってくれて、また、何回目で彼女のご主人に六字大明呪を唱えてさせて、しかし、彼女のご主人が偶にして偶にしないで唱えていた。

一回、彼女のご主人は入院し、頭蓋の下に脳脊髄液のたまるので、医者は手術を行って、頭の上で穴を開けて、脳脊髄液を処置すると言った。そのために、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して行って、リンチェンドルジェ・リンポチェが一寸法席を下りて、が、依然に彼らを接見し、その上、彼らに何か用件があると仰った。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェに供養してくると言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた達は用があって訪ねると仰った。彼らの供養を受けて、おひねり袋を持って彼女の主人の頭を叩いて、叩きながら年をとって妄想をさせなくて六字大明呪を良く唱えさせると仰った。病院に帰ってから、彼も手術を行わないで、何故ならば、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェが既に彼に加持すること信じた。

彼女は自分が仏をうまく学ばなくて、教法により遂行しないで、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェがベスト手配してくれるのを貪って求めるのをとても懺悔し、まったくリンチェンドルジェ・リンポチェに害させた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェにがっかりさせて、だから、仏法を再び開示していない、彼女は本当に皆様に謝った。彼女もリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に許すのを頼んで、これから、彼女は仏をうまく学んで、教法により遂行し、偶にして偶にせずに仏を学ぶことをしない。

正月末、彼女のご主人は尿道の感染のため熱が出て入院して、しかし、お金を節約するため、まだ治療のコースをやり終えていないで退院した。帰宅した数日後転んで、しかし、家の中に誰でもいないで、補助看護婦が家に来てからまで発見した。その時に、彼の目は開けていないで、その後、歩いて段階をおりることができなかった。彼女は車椅子で彼に道場を連れて、法会が終了してから速くて病院に行って検査し、数日後集中治療室に入った。が、彼の二酸化炭素が高すぎるため、医者は降りられないなら挿管で応急手当をすると言った。彼はかつて挿管しないで電気療法を行わないを常に指示するので、彼女の妹が同意書を署名した。彼は集中治療室に8日間に泊まって、そして、普通の病室で20日間に泊まって、帰宅してからまた15日間にいて、排尿できないので、手が腫れていて、急診に行ってからすでに危篤になった状況である。

土曜日、彼女と義理の妹は道場に向いてリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、その上、リンチェンドルジェ・リンポチェが吉日を選ぶことを頼んだ。主人の妹はリンチェンドルジェ・リンポチェに修法後の瑞相に報告し、兄の鼻が白い液体と口の中で褐色の液体が流れ出して、彼に衣服を換わる時に、手と足がまた柔軟し、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の兄のため浄土に済度してくれることをとても感謝した。しかし、彼女の義理の妹はリンチェンドルジェ・リンポチェに吉日を選ぶ時に、彼女と同じ癖を犯した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに兄のために吉日を選ぶことを祈った。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時に彼の妹に「仏法は完全に信じていないで、その上、大修行者に話す時に全然尊重しない」と開示した。それでも、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く彼女達にみつ日付けを与えた。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後で、仏をうまく学ばない以外に、最も基本的な慈悲でも遣り遂げないを懺悔した。リンチェンドルジェ・リンポチェは観音法門慈悲の仏法テープの中に、慈悲は人々に全ての人生に変わらせられることと開示した。凡夫の複雑な仏を学ぶ方式から最も簡単な方式とは懺悔で慈悲を学ぶことで、この二つの全ての苦しみを分かったらそなたが苦しみを感じられない。慈悲は自分の身の回りの人々から訓練し、身の回りの眷属に慈悲にて対応することができないなら、仏を学ぶのではないだろう。彼女はご主人に常に吼えて、嬉しいときに彼にとてもやさしくて、嬉しくない時に彼にいかにみても嬉しくないでずっととくどくをした。ご主人はすべて我慢して彼女に口答えをしないで、ご主人の嘗ての性格によりすでに罵った。ご主人は彼女の眷属で、また、兄弟子で、しかし、彼女は慈悲心にて彼に世話しなかった。彼女は仏を学ぶことに謝って、リンチェンドルジェ・リンポチェの教誨に謝った。ご主人は彼女がせっかちで、することもせっかちであることを常にいった。また、彼女の記憶力はよくないので常に忘れてしまって、だから、彼女の外出する時に携帯電話をもつか?切符をもつか?鍵をもつか?、と尋ねた。彼女はいつも彼が煩いと嫌だ。彼女は彼女の欠点を改正し、たまに確実な忘れてしまって、幸いで彼の提示があった。彼女は自分がとてもはずではなくて、彼女が絶対に改正する。

彼女は医者の兄弟子に感謝した。彼の推薦なので、彼女とご主人が具徳の上師に皈依する事ができた。その上、彼は彼女のご主人の協力と世話に感謝した。同時に、道場の兄弟子達に感謝し、彼女のご主人は車椅子にすわる期間に提供の協力に感謝した。最後、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と済度を再度感謝した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで共修法会を主催された。リンチェンドルジェ・リンポチェは大衆を連れて六字大明呪を唱えた。一人の女子弟子は六字大明呪を唱える時に、数珠を手に持っているが、しかし精神がよくなくて、頭を振ったり動いたりして、体が斜めに傾いている。呪文を唱え終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子が直ちに起立することを要すると開示して、この女子弟子が呪文を唱える時の適当でない座る姿を厳しく叱り付けて、そして現場に居合わせる出家の弟子にこの女子弟子がどのような過ちを犯したのか、と聞いて、一名の出家の女子弟子は、彼女が呪文を唱える時にこのような動作があったら、すでに昏沉(昏々となる)に陥ったと言った。もう一名の出家の女子弟子は、彼女のこのような行為がとても恭しくなくて、上師を尊重しないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは、この女子弟子が六字大明呪を唱える時にこのようにしたのが、彼女がつまらないと感じていて呪文を唱えることが役に立つことを信じないから、と開示した。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を開示しているのではなくて、ただ大衆を連れて六字大明呪だけを唱えて、何の役にも立たないと思っている。だから彼女は真面目にしなくて、つまらないと感じて、自分で逸脱して一心不乱でないようになって、彼女が仏を全然学んでいないことを代表するのである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、呪文を唱える時に体をまっすぐ座るべき、と開示したことがある。更に重要なのは、上師が法座の上に座ってこのような動作をしていないで、出家衆もこのような動作をしていないで、この女子弟子が意外にもこのようにした。その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは宝吉祥仏教文化交流協会の理事長に、この弟子の寶吉祥ベストと法本を回収して、彼女がこれから信者にしかならない、と開示した。

そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは理事長に尋ねて、先日リンチェンドルジェ・リンポチェが、二つの資料が改正する必要があって、ファイルを戻した時の指示された内容が何ですか、と開示した。理事長は、リンチェンドルジェ・リンポチェの指示されたのが「吾不是對稿人,請各位不要害吾。(我が原稿査読者ではなくて、各位が我を害しないようにしなさい。)」と報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは理事長を訂正して、指示されたのが「陷害」であり「害」ではなくて、開示の内容は「吾不是對稿人,請各位不要陷害吾。(我が原稿査読者ではなくて、各位が引き続き我を陷害しないようにしなさい。)」と開示した。そして一人の中国語の程度が比較的に良い弟子が「陷害」と「害」など両者の違いを釈明するように要した。この弟子は、「陷害」とは1つの方法を使って相手が責任を負うようにする、害とは直接に相手を傷つけること、と報告した。引き続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。そなた達が聞いて分かる方法で説明すると、「陷害」は汚い方法で対処すること、「害」と異なる。「害」は直接に相手を傷つけてしかも相手が知っていることである。「陷害」を言うのは、これらの文書の草稿を書いた弟子がとても恭しいらしい言葉を書いたが、実は言葉遣いが適当でなくて、上師に陷害されたのである。

例えば、原稿の中で言及されるリンチェンドルジェ・リンポチェ「坐床大典」を、意外にも「昇座大典」と書いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、三恩根本上師直貢チェツァン法王が現場に居合わせるから、リンチェンドルジェ・リンポチェがどのように升座することができるのか、と叱責された。その場で1人の弟子が「坐床」と「昇座」の意味を説明するように要した。この弟子は報告、「坐床」が相手の修行の果位を認証するのであり、リンポチェの果位を認証するのである、「昇座」がリンポチェが法座の上で灌頂、説法或いは修法をすることを指すのである、と報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェが1997年に初めて閉関修行をしたのであるから、尊勝なる直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェが閉関修行が円満に完成した後に、リンチェンドルジェ・リンポチェに坐床大典を開催したが、しかしこのことに言及する原稿が「坐床」を「昇座」と書いて、その上書いてからそんなに長くたっても、全然修正しなかった、と開示した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは再び次の通りに叱責された。此れは書いた弟子が完全に用心しないと表した。若し分からないなら、聞くべきだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが見るまで待つのは行けない。理事長として弟子自分自身も修正しなくて、どんな事でもリンチェンドルジェ・リンポチェに任せた。常に「既にリンチェンドルジェ・リンポチェがご覧になった。」と話して、責任をリンチェンドルジェ・リンポチェに取らせた。この文章は数万字があるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日山ほどのことを処理しなければならない。全てはリンチェンドルジェ・リンポチェがご覧になったから、修正する必要がないと言えば、若しリンチェンドルジェ・リンポチェは漏れればどうしましょう。リンチェンドルジェ・リンポチェは原稿を校正する人ではない。文章を書くや文字を校正する弟子は十数人が有るのに、このような多いの人でも見る人がいないだろうか。この文章は全て、1篇毎一万字以上が有るのに、リンチェンドルジェ・リンポチェが責任を取るわけではないだろう。

この前、仏法センターの英語公式サイトに弟子達にめちゃくちゃに通訳されたが、あるアメリカの弟子は金、力を出して、人を依頼して通訳するのを望んだが結局理事長は「リンチェンドルジェ・リンポチェが指示しないから、行う勇気がない。」と返事した。今回リンチェンドルジェ・リンポチェは指示して修正する文章も弟子達にいい加減に書かれた。書くべき事は間違いに書いた。長年間にリンチェンドルジェ・リンポチェが開示された仏法を聞いたのに、「昇座」と「坐床」の意義もはっきりに分からない。更にリンチェンドルジェ・リンポチェは坐床大典を行った時間を書いたが、何処に行ったのを書かなかった。理事長はこの事に対して、何も行動していないが、若し理事長は手を回せなくて、自ら原稿を審査できず、原稿を書く弟子も任せないなら、実は専門家を雇用して原稿を校正すべきだ。

また、この文章を書く弟子達は2010年尊勝なる直貢チェツァン法王は台湾にいらっしゃった記事を書く時、却ってリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王を伴い台湾の直貢センターを訪問したと書かれた。このような書き方は極めて敬わず、直貢チェツァン法王の身分と尊きで如何なる「訪問」という言葉を使うわけではないだろう。「ご光臨」と使えば正しいはず。理事長は数十人の弟子を探して、原稿を書く及び校正したが、このような大きい団体なのに尚更に勉強した人であり、その中に教授もいるが、言葉使いの適当性さえ注意せず、皆は本当に用心ではないと現した。更に寶吉祥仏教文化交流協会の理事長として、世間に少し厚遇を受けて、彼に人目を引かれた。しかし、完全に理事長がすべき事をしなかった。文章を書く弟子にいい加減にさせた。リンチェンドルジェ・リンポチェは如何なる引き続きに仏法を開示するだろう。本当に言いたいが言えない。

元々リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに仏法を開示するつもりが、それは昨日四人の出家弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに仏法を開示することを請求して、この出家弟子が懇切リンチェンドルジェ・リンポチェに請求する姿を見ると、リンチェンドルジェ・リンポチェも情にもろい。しかし思わず、彼女達の話がまだ終わらないのに、側に立ったスタッフの女弟子は続いて跪いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは何故跪いたと叱責されたが、彼女達はすぐ自分が年寄りの出家衆を支えるためと弁解した。彼女達は口答えの速度は非常に速かったが、考えずに返事した。法会の中に、リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子に聞いて、昨日この二人の女弟子の行為は何の過ちを犯したか。ある出家女弟子は上師は指示しないと行動すれば非常に適切ではない。更に上師が開示する時すぐ返事するのは尚更に敬わない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて、他の出家弟子に聞いて、彼女達は《仏子三十七頌》の中に何の頌を犯したか。ある出家弟子は《仏子三十七頌》の中に弟子として、自分より上師を敬うべき。しかし、彼女達は行わない。他の出家弟子が報告したが、上師と論争すれば、三昧耶戒を破る。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続きに開示されたが、そこまで厳しく言わなくてもいい。彼女達は上師と論争すれば、そなた達が皈依する時、嘗て提示された通り、このような行為があれば、上師の加持を得られない。彼女達の動きは極めて速かったが、四人の出家弟子は始めて話したばかりで話はまだ終わらないのに、すぐ口答えして、考えずに自分が悪くないと解釈した。若し彼女達は自分が過ちがないと思えば、それはリンチェンドルジェ・リンポチェの過ちだ。彼女達は若しこのような考え方を持つなら、自然にリンチェンドルジェ・リンポチェに従って仏を学ぶ必要がない。

そなた達は彼女達は毎週にスタッフになって、非常に発心して、敬っていると見えたが。少し試すと、すぐ正体を現して、完全に修正しない。彼女達は上師に対して、このような行為をするから、職場で生活の中にも自分が過ちがなくて、全ては他人の過ちだと考えられる。つまり、彼女達は非常に自分を守って、自分が傷付かれる事を恐がった。此処から見ると、アチ護法は極めて素晴らしいが、リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てアチ護法に知らせて、弟子達が修正しないと、仏法を開示しない。四人の出家衆弟子は懇切にリンチェンドルジェ・リンポチェに請求したが、結局この二人の女弟子はすぐ問題が現れた。弟子達は皆修正しないと表した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て数回申された:「皆は寝る前に自分のあの日の身、口、意を検視して、誤りがあればすぐ懺悔して、もう同じ間違いを犯さない。」しかし、こうする弟子は1人もいない。上師の話さえも耐えなければなぜ慈悲を修めるだろう!リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもそなた達に仰ったが尊勝な直貢チェツァン法王はいろんな方式でリンチェンドルジェ・リンポチェを非難して、リンチェンドルジェ・リンポチェも上師に言い返すことを一回もしなかった。2007年リンチェンドルジェ・リンポチェがラーキ雪山で閉関して円満出来て出関して、昼間に食事時間に、直貢チェツァン法王がわけも知らずに叱れ、リンチェンドルジェ・リンポチェの誤りを指摘した。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師の指摘に対してまったく弁解しないで、とても嬉しく受け取り、また上師の教導を感恩した。実は、直貢チェツァン法王が叱れた事はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子達が犯した過ちだ。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェが解釈しないで、それはリンチェンドルジェ・リンポチェは自分がよく弟子を教導しなかったと思った。そなた達皆もミラレバ尊者伝記を見た。ミラレバ尊者がどう上師に厳しく教わったのを分かった。そなた達が思いかけて上師に言い返した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に責めた。そなた達が離れなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェが離れる。ある弟子がやり直さないと、皆が離れなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェも離れる。今年が決まる。そなた達は言うかもしれない。他人が過ちを犯すのに、なぜ1人弟子さえやり直さなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは離れるか?リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った:「皆は同じの道場で仏を学んで、全部同修で、1本髪の毛を引っ張ると全身が動くことになり、その中に誰かしたことは全て全体を影響する。もともとお互いにご注意させるべきだ。そなた達は他人のことを見て、まるで物語を聞き、自分の身に起こったことではないで、大丈夫だと思った。」

先ほど座って呪を唱えて居眠りをした弟子の隣の弟子のように、彼女が居眠りをすることを見たのに、意外に彼女に注意させなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは年を取った。自分がまだ修行し続ける必要で、他の世界にある多くの衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けが必要だから。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場の千余り者のために縛られた。今年がまだやり直さないとリンチェンドルジェ・リンポチェがまだ教導しても余り意味がない。皆が全部仏を勉強しなくて、やり直さないから。まず人は過ちを犯して、次は文字もし間違った。弟子達が上師の教導に従って、しっかりやり直さないと善縁が終わるとの表れで、リンチェンドルジェ・リンポチェは他の善縁があるところへ済度する。

リンチェンドルジェ・リンポチェは申された。今日そなた達がこんな過ちを犯したのは、まるで仏が経典の中に説いた。この五濁悪世の衆生は「見濁」との問題があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは仰った。そなた達の「見濁」は全て深い過ぎで、伏せ難くて、またある出家弟子を「見濁」の意味を解釈させた。この出家弟子が報告した:「見濁」とは自分の経験、考え、感覚で判断するのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはご開示された:皆は仏を学ぶには一番大切の問題は「見濁」が大変重い。仏を勉強するには自分の考えで学ぶと仏を学び得ない。

多くの者はそなたがどう修行するか問わず、ただ衆生のため修法する。そなたが良く修めるかどうかに対して、要求しない。そなた達が法会に参加した後修行するかどうでもいい、悪い目に合うと多くともそなた達に点灯すると教える。リンチェンドルジェ・リンポチェは現場のある女出家弟子に皆にこうするかと言わせた。この出家弟子が感動して泣いて報告した。彼女が十数年出家して、いままでリンチェンドルジェ・リンポチェのような具徳な上師、こんなに弟子を大切して、力を尽くして教導し、衆生を助ける上師にあったことがない、リンチェンドルジェ・リンポチェに出会うことが出来て本当に極大な福報だ。上師にあわなければ自分がどうなるか想像出来ない。彼女は本当にリンチェンドルジェ・リンポチェの離れに恐れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは真に離れたら、弟子達は生死にの頼りが無くなって、輪廻の深淵に堕ちつづける。皆は本当に大切するべきで、またリンチェンドルジェ・リンポチェが離れないように祈るべきだ。

この時、弟子達皆は次から次へ長く跪いて激しく泣き叫んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェに衆生を同情して、残して皆に教導し続けると悲しく願った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く開示した。皆は本当に一心に改正するはずである。一部の人々はこれがただ小さい過ちだと感じて、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェは特に細かいところを注意するのでしょうか?実は、大きな問題が現れる時に、大体因果応報が現れてすでに間に合わないわけである。また、小さい過ちを多くて累積したら、ある日まで大きな過ちになって、その時になったら間に合わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で、わざわざと小さいところでみて、小さいところから皆の錯誤を改正する。修行は自分の行為を改正し、そなた達は自分の普段の行為が何か間違いがないと感じるなら、そなたの普段の行為によりして、修行が要らない。ミラレバ尊者は開示した事がある。この世に仏をうまく修行して輪廻を解脱しないなら、ある世に地獄におちる。かつて、リンチェンドルジェ・リンポチェは知ってるけれども深く体得がなかった。2007年閉関をするまで、関房に六道衆生の輪廻の苦しみを見てから、真にこのようだを分かった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示した。出家衆はそなた達によりよくて、彼らのレベルはそなた達により高くて、少なくとも彼女達が捨てることを始めて、が、そなた達は何も捨てられない。もちろん、在家衆も修め出ることができで、リンチェンドルジェ・リンポチェは在家者から修めて出て、が、そなた達は言うことを聞きたくないで、如何に修めるのでしょうか?出家弟子は心配する必要がなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に教える。

さき、分かち合いに出てくる者は本当の懺悔のではなくて、言ってから大丈夫になって、業が消えられると思った。そなた達は誰かが未来の仏を学ぶ障碍を減るために懺悔を求めるのではない。病気に罹ったら勇敢で、いわゆる勇敢とは自分がかつてした業で生じる果報を直面するのである。仏経には仏を学ぶ者が勇敢をしなければならない、なぜならば、生死を直面するのはとても大きな勇気があるのである。が、そなた達が出て懺悔するのは良くないことを発生しないのを望んで、懺悔したら安全がと思っている。多くの現場で大礼拝をする者は本心で懺悔していない、ただ礼拝したら何か良くないことを発生しないので、礼拝しない勇気がない。その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場で大礼拝をする弟子が全て座らせて礼拝させなかった。また、この中の一人の弟子は側の弟子が既に4回、5回で礼拝し、が、彼女は腹ばいになるとすぐに起きないで、ただ1回で礼拝する。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はもし体力がこんなに弱いなら、これから礼拝しないのである。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの視力がとてもよくて、はっきり見えることを信じていない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子がこれから道場で大礼拝をする必要がない、なぜならば、道場が人々に伏せさせて休むところのではない。

昨日、ある長くて皈依する弟子は道場に向いてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養すると言った。おひねりを持って、跪いてから目上にポワ法を求めたいと言って、その上、多くの請求を言った。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は既に何回目で言って、供養がただ単純な供養し、上師に条件を相談しないで、リンチェンドルジェ・リンポチェがお金の為に仏法を広めるわけではないのである。先日、リンチェンドルジェ・リンポチェは往生したばかりの出家弟子の為にポワ法を修めて、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェに供養していなかった。昨日、供養をしに来る弟子の目上は真に調子が悪くても、交換条件の心構えをもつはずではない。そなた達はある者部屋を供養する事を見た事があって、リンチェンドルジェ・リンポチェが返却した。ある者は2千万現金を供養したことがあって、リンチェンドルジェ・リンポチェも受け入れなかった。弟子達は絶えずに間違いを犯して、リンチェンドルジェ・リンポチェが如何に皆に仏法を教導するのでしょうか?

ポワ法はとても殊勝である。チベットには、家に家族が間も無く往生したら、彼らは仏寺に行って、最もよい供養を以ってリンポチェに家に謹んで迎えて、わざわざリンポチェ様の為に部屋を造って泊まらせて、毎日患者の為にリンポチェ様に供養し、患者の為に福報を累積する。リンポチェは死者のためポワ法を修めて済度したご、また、もっともよい財物にて供養し、その上、リンポチェ様に仏寺に恭しく送る。リンチェンドルジェ・リンポチェはいまそなた達がこんなにわざわざ恭しい世話する事がいらなくて、そなた達がまた交換条件の心により供養したら、本当にはずではない。リンチェンドルジェ・リンポチェに要に死者の為にポワ法を修めてよいところへ済度して、死者に死ぬ前に苦しみがないで、そなた達に多くのお金、時間、体力を節約させて、家族がある者が病気に罹ったら、実はとても大変な事で、然し、そなた達がこのような思った事がない。

昨日、ある信者は母親が病気に罹ることのために祈って、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の母に助けてくれることを望んだ。彼にははを連れて遊ばせた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示はもし母を連れて遊びに行ったら、何故母が健康な時に彼女を連れないのでしょうか?自分は患者に世話することを面倒だと思った。

「宝積経」に釈迦牟尼仏が弟子に叱りつけるストーリに記載される。リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子に「叱責」とは何でしょうかと解釈させる。この弟子の回答は「叱責」が上師が弟子が犯した錯誤を慈悲深く心にて弟子が本心に改正する事を望んで、そして、最も直接な厳しいご叱正を与えて、つまり直心が道場である。

最後、リンチェンドルジェ・リンポチェは心を込めて開示した。そなた達はこんなに苦しまないで、皆は本当に一心に直して、ただ一人が改正しないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に再び仏法を開示しない。その上、皆に座らせて護法を修めると指示した。

« 昔の法会開示法会開示へ戻る新しい法会開示 »

2012 年 05 月 01 日 更新