790:「心」を救う

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ、直貢チェツァン法王、諸仏菩薩、歴代伝承祖師及び諸仏菩薩に頂礼します。

皆様こんにちは、私は第五組の孫于珊と申します。主人が第七組周昌益、子供が第五組の周文伯、周潔吉、周萱茹です。私が幸運にも皈依出来た事、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲が救ってくださった事を皆様にお話できる機会を与えて下さり、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げます。

私は2011年に皈依しましたが、その前から、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが何度も慈悲で私の家族を済度してくださいました。父が何年か前にチベットの巡礼をした時、高山症によって深刻な肺水腫を引き起こし、死に至るところでしたが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの済度によって、父は生きて帰ってこれたのです。両親は2人とも既に皈依していて、よく私達に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの数ある衆生を度す奇跡的な話や殊勝な仏法の事を話してくされました。しかし、愚かな私は仏法を学ぶのは、まだまだ先の話だと思っていたのと、仕事の忙しさを理由に、法会と施身法の参列を求めに行きませんでした。

それから2011年8月のある日、当時28歳で、第一子が三ヶ月経った時、突然胸倉が痛く、初めはただ、疲労の原因かと思い、大して気にしなかったのですが、夜中になって急に激痛を感じ、眼が覚めました。その時、私は自分でまだ若いし、いつもは健康なので、心臓の問題ではないだろうと思っていました。また自身が医療関係であるので、次の日、医者に診て貰えば大丈夫と油断していたのです。ところが、胸の痛みは続き、ベットの上に伏せてもなかな寝れずにいると、ふと母が以前私に、まだ皈依していない信者でも、何か困難があった際、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを想えば、助けを得ることが出来るだろうという話をしてくれたのを思い出したのです。それで私はリンチェンドルジェ・リンポチェを想い浮かべました。そして、いつの間にか眠りに着いたのです。次の日、私はますます気分が悪くなり、また心悸亢進及び喘息のような息苦しい症状が現れ、私はこれはおかしいと思い、すぐさま救急治療室にて検査を行った所、急性心筋梗塞と診断されました。この病気は非常に危険で、いつ急に心臓が停止してもおかしくない、死に関わる病なのです。なので、すぐに緊急手術の準備をして心臓カテール手術を行いました。検査台の上に横になり、私はいつ死んでもおかしくないのかもしれない、これからどうなるのか分からない、という恐怖と無力感に襲われました。脳内であれこれ余計に考えていたら、母が幸いにも手術開始前に間に合って来てくれて、私に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを想い浮かべるのです、と言いました。リンチェンドルジェ・リンポチェが私の頭の上で加持して下さったので、私は平常心を保つ事が出来、そんなに怖くはありませんでした。

その後医者が検査した結果、私の心臓は三つの血管の内、最も大事な一つが原因不明に裂けたせいで、心筋が機能しなくなった事が発覚しました。これは滅多にみない状況です。医者にも、血管の裂けた範囲が広い為、もし残りの二つの血管から細かい血管が出てきて心筋の栄養分を支えていなければ、私は今ここにはいなかっただろうと言われました。私はもし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と言う大きなパワーが無ければ、これらの細かい血管が一日や二日で出てくることが出来たでしょうか?感謝以外ありません!手術室に運ばれる前、母が私の口の中に最も貴重な甘露丸を入れました。その甲斐あり、順調に手術を終えました。リンチェンドルジェ・リンポチェの偉大なるパワーのお陰で、私は幸運にも生き残れることができ、家族や旦那、そして生まれて一年も経たない我が子供にも会うことができました。

その後医者が検査した結果、私の心臓は三つの血管の内、最も大事な一つが原因不明に裂けたせいで、心筋が機能しなくなった事が発覚しました。これは滅多にみない状況です。医者にも、血管の裂けた範囲が広い為、もし残りの二つの血管から細かい血管が出てきて心筋の栄養分を支えていなければ、私は今ここにはいなかっただろうと言われました。私はもし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と言う大きなパワーが無ければ、これらの細かい血管が一日や二日で出てくることが出来たでしょうか?感謝以外ありません!手術室に運ばれる前、母が私の口の中に最も貴重な甘露丸を入れました。その甲斐あり、順調に手術を終えました。リンチェンドルジェ・リンポチェの偉大なるパワーのお陰で、私は幸運にも生き残れることができ、家族や旦那、そして生まれて一年も経たない我が子供にも会うことができました。

その後医者が検査した結果、私の心臓は三つの血管の内、最も大事な一つが原因不明に裂けたせいで、心筋が機能しなくなった事が発覚しました。これは滅多にみない状況です。医者にも、血管の裂けた範囲が広い為、もし残りの二つの血管から細かい血管が出てきて心筋の栄養分を支えていなければ、私は今ここにはいなかっただろうと言われました。私はもし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と言う大きなパワーが無ければ、これらの細かい血管が一日や二日で出てくることが出来たでしょうか?感謝以外ありません!手術室に運ばれる前、母が私の口の中に最も貴重な甘露丸を入れました。その甲斐あり、順調に手術を終えました。リンチェンドルジェ・リンポチェの偉大なるパワーのお陰で、私は幸運にも生き残れることができ、家族や旦那、そして生まれて一年も経たない我が子供にも会うことができました。

そして、二回目に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めに行った時、リンチェンドルジェ・リンポチェに私は「私は両親の話を聞かず、心配をかけた事を懺悔します。」と言いました。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲で私に道場で2時間の大礼拝をさせて下さいました。その時の私は、心筋が負った怪我が重傷で、歩くだけでも息苦しくなる程、心臓の機能が良くありませんでした。リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求める前日も、胸悶と息苦しくなった為、救急診療に行ったばかりです。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下、私は順調に大礼拝を終えただけでなく、身体のどこも痛くないのです。更には心臓の機能も徐々に回復し、医者が言うには、一般の人よりも良いそうです。

孫于珊の冠状動脈疾患合併急性心筋梗塞の診断書

皈依後、私の身体は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと漢方治療所の下で管理してもらい、日に日に良くなってます。2013年5月、私は殊勝なる日本法会ツアーに申し込む機会を得ました。ですが福報が少ないせいか、日本の法会に参列する一週間前のある日の事、突然下腹部が痛み出し、私はこれは単なる腹部にガスが溜まっているだけだと思ったのです。しかし夜中に痛みだし、起きてみると、腹部が痙攣し、軽い微熱の症状が現れたのです。私は病院へ行きましたが、救急診療の待合室で立つのも危うい程でした。検査から分かった事が、卵巣黄体嚢胞が破裂し、腹腔内に血水が溜まり、腹膜炎も症状を引き起こしていたということです。大量出血の可能性が高い為、医者は入院して様子を見て、もし出血が続くようであれば、腹腔鏡手術で血を止めるとのことでした。緊急診療の待合室に居た時、激痛から真っ直ぐ座るのが困難な為、平常心を保とうと、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを思い、リンチェンドルジェ・リンポチェが私の頭の上で加持して下さってから、携帯を開き、寶吉祥仏法センターのホームページを開き、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法会の開示を拝見しました。こんなにも多くの開示がある中、私は偶然尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示した「皈依する前に、病気をしたら恐れるが、皈依したら、もう恐れる事はない、なぜならあなたには上師が着いているからだ。」、「身体に何らかの病で痛いのであれば、喜ぶがいい、それはあなたに債を返す能力ができた証拠だ。」と説かれている内容と偶然出合ったのです。その貴重な記録から、私は気づかされたのです。その時、私の考えは、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示によって変化し、考えが頭に浮かんだ時、腹部の痛みが突然減り、少しも腹部の張りの痛みだけで、大分軽くなったのです。医者がもう一度検査した時、腹部の出血の量は増えてないので、家に帰り休養しても良いとのことでした。しかし、この血の塊を全て吸収するには、何週間もかかりので、腹部の張りの痛みは多分後何日かは続くと言われました。腹部の痛みはもちろん改善されましたが、動き回る際はやはり違和感を覚え、上手く真っ直ぐ立てないのです。一週間後、もし歩けなかったら、どうやって二歳の子を連れて日本の法会へ参列できるのでしょうか、と最初は少し心配でした。ですが、後々思ったのが、せっかく殊勝なる法会に参列できるの機会を得たのだから、どんな困難であっても行くしかない!と思ったのです。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大いなる神秘的なパワーと加持力の下、腹痛は三日後に無くなり、完全に復帰できました。そして五日後回診日で複合検査の時、超音波で腹腔中の血水や血の塊が全て無くなっていたのです。もし尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の擁護が無ければ、この短い期間で身体が完全に復活するだけでなく、日本でも殊勝なる火供法会に参列することができたでしょうか、いいえ、ありえません。自分は医学治療関係者なので、これだけは、はっきり分かります。これらの奇跡は一般の科学医療学ではまだ達する事ができません。

その後、あのような重症な心筋梗塞を経験した私ですが、またもや自然分娩で2人の子供を出産することができました。一般的に、妊婦は心臓が悪い人にとっては、とても大きな負担だと言われています。リンチェンドルジェ・リンポチェと漢方治療所の貴重な漢方薬で体調を整えて貰い、妊婦時の過程では、何も心臓に不具合が出ないだけでなく、一般の妊婦に起こる身体のむくみや不具合等の症状さえも一切無かったのです。返って、精神的体力は同じ時期に妊娠した妊婦や皈依も菜食もしていない妊婦より、断然に良かったです。産む過程もとても順調で、自然分娩した方なら分かると思いますが、自然分娩による陣痛と出産過程中の力を入れる部分は、心臓にとてつもなく大きな負担がかかります。皆さんも分かっている通り、私の心臓の場合であれば、このような状況並びに負担に耐えるのはもっと難しいはずです。だから、私の病歴を知る周りの方達は皆とても驚き、不思議がっていました。でも、私には分かっていました、これは絶対に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と守りである事、ですから私はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝致します。

今年の一月、三番目の子供を出産してから、幸運にも尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに子供の名前を賜ることができました。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、慈悲で産まれたばかりの子供に加持して頂いただけでなく、開示もしてくださりました。「子供の心臓の左側の筋肉が比較的薄いので、心室が一般より小さい。だから、乳を与える際には十分注意するように、でないと子供はすぐに咽てしまう。あなた達にしっかり唱えるように言ったのに、言う事を聴かないからだ、医者の話だけを信じている。」私はその時とてつもなく恥ずかしくなりました。なぜなら、この子を妊娠していた時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めると、幸運にもリンチェンドルジェ・リンポチェが加持してくださり、また私達の供養を受け取って頂いたので、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大いなる加持力を受けた子供には、何も問題が起きるはずがないのです。一切全ては、出来の悪い弟子である私のせいです。言う事を聴かなかったので、子供に問題が生じたのです。しかも、この問題は西洋医療の検査結果では絶対に出ません。唯一尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが愚かな衆生でも見捨てず、変わらない慈悲で無知な私達に教えてくれて、有意義なことを一つもせず,むだに一生を終えるような生活を続けるな、と警醒して下さるのです。

皈依して四年余りが経ち、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの擁護の下、良い日々を過ごしています。私の心もいつの間にか、紐が解けたように緩み始めました。私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝致します。たとえ叱っていると見える時でも、無敵の慈悲の力で開示して下さり、そこで私は即座に気づくことが出来たのです。それは、もし、仏と無二無別である上師の数々の殊勝なる教えに導かれていなければ、鈍感な私はきっと、自分はちゃんと修めていると勘違いしていたことでしょう。このような習気を続けていたら、福報が早くなくなり、今まで累積した福徳資糧がいつの間にか切迫している事さえも気づかないでしょう。そして、福も薄く、縁も浅い私達は業に依って、全くもって想像もつかない結果に終わるでしょう。

自らが医者である孫于珊、仏法は現代科学を超えると讃嘆しました。

私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが、大慈悲による加持で私達家族を守り続けて下さってる事に感謝致します。私達が健康面や生活面で不都合が起こり、仏法を聞けなくなる事を避け、数々の方法で殊勝なる教えを、私達に教導して下さいました。本来なら、自分は良い人だという考えがあったのが、今では自分は身・口・意全てが悪に染まっている事に気づかされ、健康面や生活面に遭遇した数ある苦痛も全て、自分が犯してきた悪業にって生じた事だと理解しました。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した事にこの上ない幸せを感じます。仏経の教えに適って私達に教導して下さます一人の大菩薩に幸運にも出会えたこと、私はこの機会をしっかり掴み続けて生きたいです。ちゃんと上師の教えに従い、自分を改め続け、懺悔を露わにし、一切の果報を受け入れることで、生死から解き放たれる機会を得て、一切有情のある衆生に利益していきたいです。

最後尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ及び尊勝なる直貢チェツァン法王が法輪を常に転じ、この世に常に止まっていることを恭しく望んでいます。その上、直貢噶舉の法脈は盛んで、永遠に伝えることを祈っています。

皈依弟子 第五組 孫于珊 謹んで書き上げます
2016年3月6日

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2017 年 07 月 09 日 更新