761:上師慈悲の救済及び教えへの感謝

尊貴なる金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ、尊勝なる直貢チェツァン法王、諸仏菩薩、アキ仏母に頂礼致します。大徳各位、師兄各位、わたしは第八組の謝麗芳で、姉は謝麗芬です。上師が私自身を助けて済度した経過について語る機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、並びに自分の為した悪行と悪業を懺悔した。

「父の往生がきっかけで、私は姉と一緒に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求め、父の済度をお願いしたので、施身法法会に参加できた。初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会った時、自分は体の具合が悪くて腰を真っ直ぐに伸ばせず、少しでも歩いたら気を失いそうな調子を報告した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、私に手を伸ばすように言い、手の上で加持してくれたうえで、ペンで痛みの箇所を指してそこが痛いのかと聞いてくれた。私はハイと答えた。上師は、それは出産した時手術台上で不具合があったことが原因だと教えてくれたうえで、以前はどんな仕事をしていたか、何故そんなに疲れているかと聞いてくれた。私は写真植字の仕事をしていたと返事した。それまでにたくさんの検査を受けたが、なかなか原因が突き止められなかった。それから施身法法会に参加し続け、そのうちに腰が痛くなくなり、歩いてすぐ気を失いそうな状況もなくなった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したい。私と姉は2005年7月10日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して仏法を学ぶことができた。そして、母も2008年1月6日に皈依した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝を申したい。

上師について仏法を学んできた期間、自分の体はだんだん良くなった気がした。毎週道場に来て上師の仏法開示を聞くこともできた。一生をかけてもなかなかできないことだから、自分が仏法を学んでいるから偉いんだと思った。家族のことにいちいちけちを付けるようになった。何もかも他人のせいにして全く自分を改めようとしなかったし、大変不精にもなった。その挙句に、主人は相手にしてくれなくなった。それでも、私は自己反省をせず、気ままに振る舞っていた。欲望が満たされなかったら、恨んだり、不機嫌になったりして上師が教えてくれた仏法を全く日常に運用しなかった。

上師は、因果を深く信じ、死亡の無常さを信じることを教えてくれたし、毎日寝る前に『仏子行三十七頌』で自分の身口意は悪を為したかを見直すことも教えてくれた。あったら、早く懺悔して改めることだ。また、常に上師に親しみ、供養することも教えてくれた。それなのに、私は何も実践しなかった。懺悔しなければならない。上師がくれた教えを思ったら、本当に申し訳ない。ただ、毎日だらだらと過ごしてきた。決して自発的に物事をきちんと処理しようとしなかった。いつものろのろとしていた。自己中心になり、自己本位で他人のことを無視していた。決して意見を聞こうとしなかった。それで、家族も一緒に仏法を学ぶように影響してあげられなかった。再び懺悔しなければならない。

私は、毎日上師の保護のもとでよい暮らしをしていたが、上師に対して全く感謝の気持ちを持っていなかった。2009年、寶吉祥の皈依弟子全員の投票で2010年にも上師が主法する『阿弥陀仏無遮大済度法会』の開催を決める時、私はお金がないことを心配して反対投票をした。布施・供養心も感謝の心もなく、上師をも敬わなかったので、罰として供養も、道場護持と大法会参加も禁止された。その後、私は上師に会見を求めた。大慈大悲の尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したい。道場で懺悔を発露する機会、供養と大法会参加の機会をくれるので、私は福報を累積して仏法学習の機会が得られた。ずっと上師に深い感謝の気持ちを抱いていたが、その後はずっと上師に会見を求めなかった。

それから去年8月に、お腹がますます大きくなったので、9月に検査を受けた。結果から、卵巣腫瘍のことが分かった。卵巣に2箇所、子宮壁に1箇所、何れも9~10センチの大きさだった。そのため、すぐより詳しい検査と手術を受けることが先生に勧められた。先生は同時に、血液検査で腫瘍マーカーをチェックしてくれた。当時、私は家に帰って考えてみると返事したが、再診の時に、良性腫瘍だろうと先生に言われたので、更に検査と追跡をしなかった。そのまま去年11月になって風邪を引き、体が大変弱くなったので、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を申し込んだ。その場で卵巣腫瘍に罹ったことを上師に報告した。どのチーム、皈依して何年になったかという上師の質問に、私は第8チームで皈依してもうすぐ10年になると答えた。そしたら、上師は、もうすぐ10年にもなるのに、まだ何の変りもなく、普段は顔を見せていないから、私のことは見覚えがないと、私に言った。その後、上師は私の頭に重々しく3回加持してくれた。家に帰ったら、おなかは大分小さくなった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

私は家に帰った後でも、きちんと自己反省せず、依然に身口意、貪愛を放任していた。自分は患者だから、家族はもっと気遣ってくれるべきだと思っていた。いつも文句を言ったり、ムッとしたりしていた。貪、瞋、痴、慢、疑をたくさん抱いていた。それで時間が長く経たないうちに、また腹水が生じたし、お腹の腫れがどんどんひどくなり、胃が圧迫されるようになった。そして、今年8月29日、上師が主法した『チベット仏教直貢噶舉派阿弥陀仏超度法会』の前日の夜、私は寝ようとした時、急に横になれなかった。横になると、胃食道逆流症が起こり、吐き気が続いた。結局、一晩中座ったままだった。翌日、法会終了後、私はお手洗いに駆け付けて吐き出した。私の状況を見た一人の兄弟子は胃出血の様子だと言ってくれた。当日、私は漢方診療所に行って診察を受けた。漢方薬を飲んだ後、
だいぶ良くなったが、横になったらまた気分が悪くなった。そして、姉は病院で胃の内視鏡検査を受けることを勧め、病院に勤めている兄弟子に電話して内視鏡検査のことを相談するように言ってくれた。その兄弟子は先生を紹介してくれるから、入院して卵巣腫瘍の検査も一緒に受けるように言ってくれた。病院に行ったら、先生はレントゲンを撮ってくれた。お腹に腹水が一杯あるから、まずは解決すべきだと言い、入院指示書を書き、直ちに午後に入院を要求した。しかし、私は、とりあえず家に帰ると兄弟子に話した。帰宅した後、私は自ら兄弟子に電話もせず、もらった関心を当たり前だと思っていた。電話するように、姉までに注意してもらった。その兄弟子に本当に申し訳ない。

私は調子があまりにも弱かったうえで、姉を含めて誰の意見も聞かなかったので、その兄弟子は組長担当の兄弟子に報告した。それで、上師のところまでに報告が行った。その頃、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは300名の弟子を連れてチベットに行っていた。本当に恥ずかしいことだ。後になって組長担当の兄弟子から、上師はその時大変疲れていたにもかかわらず、300名の弟子の面倒を見ていたほか、会いに来たたくさんの衆生にも対応しなければならなかったそうだ。それなのに、私は台北にいて上師に迷惑をかけるまでのことをした。上師は、『お医者さんの診察を受けないように、決して弟子たちに言わなかった。とにかく家族の意見を聞くことだ。』と指示してくれた。それに、私には主人がいるから、もし主人に仏を中傷するようなことでもさせて主人を害してしまったら、大変なことになる。また、姉に処理するように、開示してくれた。

翌日の朝、姉と主人は私を入院させた。土曜日だったが、その翌日にすぐ腹水の抽出が行われた。抽出しすぎでは危険があるので、まずは2000ccの抽出をすると、先生は話した。2000ccの抽出が終わった後、めまいや不具合はないかと先生に聞かれたが、大丈夫だと答えたら、先生は更に1000cc抽出したが、それ以上の抽出は行われなかった。その後は直ちに栄養のある高たんぱくの注射剤を2本打ってもらい、先生は翌日にもう一度抽出することを指示した。二日目はまた3000ccの腹水を抽出し、同じく高たんぱくの注射剤を2本打ってもらった。先生は更に、別の病院で勤務している、腫瘍に関して経験のある先生を紹介したいから、その先生は私の入院した病院に来る時間を作れるかを聞いてみると言ってくれた。その先生が勤めている病院だったら、なかなか予約が取れないそうだ。夜に、次の早朝に合同診察があるから、12時過ぎると飲食しないように看護婦に言われた。本当にその翌日の早朝にその先生が来てくれた。

私の断層撮影報告を見たら、先生は、良性線維腫のはずだが、卵巣ガンの症状に類似したものだが、その範囲は大きすぎたので、伝統的な手術で卵巣と子宮を同時に取り除く必要があると判断した。先生は、手術を受ける決心があれば、更に検査が必要で、6000ccの腹水を抽出して具合がよければ、すぐ手術に移し、不具合があれば、家に帰って養生してから手術を考えると話した。そしたら、主人はとりあえず検査を受けようと言った。しかし、正午になっても検査は行われなかった。その時の調子は大丈夫だったので、午後6時に手術すると先生は言ってくれたが、しばらくしたら、手術の時間を午後4時に繰り上げる連絡が入った。水曜日午後4時だった。結局1時間もしないうちに手術は終わった。輸血もしなかった。

手術後、2つの腫瘍はそれぞれに12センチと20センチだと分かった。手術中は更に5200ccの腹水抽出が行われた。大手術とは言え、手術後麻酔薬の効き目がなくなった後、傷口は全く痛くなかった。水曜日の午後の手術だったが、土曜日の夜に、日曜日に退院できると先生に言われたので、大変嬉しかった。私は日曜日の朝早く退院して午後の法会に参加した。これらの全ては上師の慈悲なる加持があったからだと私は分かっていた。心から尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

退院後、法会の時に、上師は叱ってくれた。姉は乳癌に罹ったが、常に上師の厳しい叱りを受け、供養もしている。それに対し、私は普段上師に親しむこともなく、上師に叱ってもらう機会がなかった。それで、二人の状況は違った。上師はまた、私の病気はお医者さんに診てもらったら治るのに、私は腹水に衆生がたくさんいるから、衆生を傷つけたくないようなでたらめを言ったことをも指摘してくれた。私には貪欲があったから、腹水が生じたと上師はこう話した。ここで深く懺悔したい。私は、上師が開示した仏法を自分に都合よく解釈した。独りよがりだった。診察を受けることを恐れていたのに、責任を上師に押し付けた。上師に迷惑をかけたことを深く懺悔しなければならない。

その次の土曜日、主人と二人の子供と一緒に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた。その時、主人は、私を助けたことに、リンチェンドルジェ・リンポチェ感謝を申した。上師は、感謝はいらないが、言いたいことはあるかと聞いてくれた。上師に懺悔したいと報告したら、上師は、『懺悔する必要はない。双子のお姉さんはあなたよりずっと病気がひどい。上師はたくさん教えてあげたから、家に帰ってじっくりと考えなさい。』と言ってくれた。上師の教えに感謝したい。組長担当の兄弟子も感謝したい。兄弟子はチベットから帰国後の翌日に、朝早く病院に来てくれて私を厳しく叱ってくれた。怖がらず、きちんと借りを返しなさいと言ってくれた。組長担当の兄弟子、そして病院で用心深く食事を調理してくれた兄弟子にも、また病気の期間中手伝ってくれた兄弟子たちにも感謝したい。

また、懺悔しなければならないことがある。過去商売をしていた時、いつも夜更かしして仕事をしていた。睡眠不足はしょっちゅうのことだった。一晩中寝ないで仕事をしていた。もっと稼ぎたかったから、体を大事にしていなかった。それで体にいろんな問題が起こった。融資で株売買をして強制処分を受けることもあった。不動産を何軒か買ったが、全部銀行融資で購入したものだった。結局火事が起きて計画は全部実現できなかったし、不動産は裁判所の競売物件になってしまい、家族全員を不幸にした。私は因果の無常さを信じず、地道に努力していなかった。いつも能力を超えたことをしていた。また、主人とお寺に行って加護、子供を求めたが、結局子供も無事に育たなかった。また、子供の頃、家で飼っていたウサギを食べ、数えきれないほど衆生の肉も食べた。いろんな悪行、不道徳なことをしていたことについても、全部ここで懺悔したい。皆さんにも、私のことを戒めとして思ってもらいたい。私は今から、常に謹慎になり、教えに基づいて修行する。しっかりと上師について仏法を学び、輪廻を解脱したい。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、法輪が常転し、無数の有情衆生を利益し、直貢噶舉の法脈が永遠に伝承することを祈る。

皈依弟子 第八組 謝麗芳 謹んで書き上げます
2015年10月18日

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2018 年 08 月 13 日 更新