尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年9月27日

法会が始まる前に、一人の中国からの弟子は、話を語る福報が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。「私は中国浙江省の温州から来た。2015年7月26日にリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。中国から台湾に来て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求め、そして金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法を学びたかった理由を話したいと思う。

私は大変殊勝な体験がある。リンチェンドルジェ・リンポチェに会見できるまでに、第三組に一人の師兄が私と長年の親友なので、時々事績を聞かせてもらったし、ほかの師兄の家の事績を聞かせてもらったこともある。私は時々寶吉祥仏法センターのウエブサイトを閲覧したり、師兄に質問をしたりしたが、深い概念はなかった。台湾に来た時はグループ旅行だったので、午後の時間に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めることはできなかった。それで、話を聞いたり、ウエブサイトを見たりすることしかできなかった。去年、ある日の夜明け、私は夢の中で閃く光を見た。夢の中で、一人の優しいお年寄りが私の頭を触って『安心に行きなさい。』と言ってくれた。

目覚めた後、私は師兄に電話した。その時、私はリンチェンドルジェ・リンポチェの法名も覚えられなかった。ウエブサイトを見ることがあったが、私には分からなかった。親友の師兄に『夢の中であなたの上師を見た。』と話したら、師兄は泣き出して夢の中の状況を聞いてくれた。私は、一人のお年寄りが大変優しく私の頭を撫でてくれて猶予なく進んでよいと言ってくれたことを、師兄に話した。何故、安心に進んでよいと言ってくれただろうか。その頃、私は目にできものがあり、手術を受けるのが怖かった。麻酔に太い針が使われるうえで、瞼をひっくり返してその針で刺して麻酔すると、お医者さんからの説明があったので、私は怖くてなかなか手術を受けようと決められなかった。医者をしている友人に『手術を先延ばしにしても構わない。外見さえ腫れなかったら、差支えもなければ、急いで手術を受けなくてもいいが、そのうちに病変が起こるかどうかは予測できない。しかし、ウイルスは長期的に存在する。』と教えてもらった。

夢の中でリンチェンドルジェ・リンポチェを見た後、目覚めた時に目は大変腫れた。病院に行ったら、すぐ手術する必要があるとお医者さんに言われた。師兄は『手術を受けなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持してあげるのを観想したらいい。』と言ってくれた。そしたら、手術室に入った時、本当にリンチェンドルジェ・リンポチェが私の頭を触って加持してくれたのを見たのだ。普通、その手術は40分から1時間ほどかかるはずだが、友達が手術室の外で待ってくれた時、私が出て来たのを見て麻酔だけを受けたのかと困惑した。全部の時間は20分もなかったそうだ。『手術は終わったのか。』という友達の質問に、私はちんぷんかんぷんだった。手術中は何の痛みもなかったから、自分の手術は成功したかどうかも分からなかった。術後の出血やほかの状況を観察するために、外で座るようにお医者さんに指示されたので、私は外で30分ほど待った。その後、ガーゼを外してくれたお医者さんは、『この患者は妙だ。ちっとも出血がない。』と話した。お医者さんは私の瞼をひっくり返して術後の傷跡を検査したが、『妙だね。出血もないし、傷跡もないのだ。』と不審に話した。それで、『家に帰っていい。処方箋を出す必要はないから、薬を飲むのも塗るのも必要はない。』と言ってくれた。

私の友達も大変不審に思った。手術室を出た時、私の目はまるで竜眼のように腫れていたが、すっかり治った。手術は40分かかると思ったので、友達は下の階に食べ物を買いに行こうと思ったが、そのうちに私は出て来たし、状況は完全に治った。その後、私はウエブサイトを見て師兄の話を聞いたので、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが加持しくれたお蔭だと分かった。私はそれまでに台湾で上師に会見を求めたこともなく、供養も全くしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは私と遠く離れていたのに、加持して助けてくれたのだ。私は大変幸せで、大変殊勝な経験が得られたと思った。遠く離れているうえで、会見したこともなかったにも関わらず、リンチェンドルジェ・リンポチェに助けてもらえたのだ。

その時から、私は常に、心の尊敬している長者である上師に会いに来たいと思っていた。しかし、その頃私の故郷には自由旅行の制度がなくて、来ようと思ってもできなかった。また、ネパール、日本で行われた法会を含めて私は何度も申し込んだが、何れも弟子でなかったので、参加できなかった。毎回、参加するかと聞かれた時は大変嬉しくて申し込んだが、最後はいつも、弟子でないから参加できないと、親友の師兄に残念そうに言われた。それでも、私は、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めたくて弟子になりたいと毎回言った。しかも、今年の最大の願いは師兄と一緒に金剛の同修になることだと、師兄に話した。私の話を聞いて師兄はいつも『きっとなれる。』と言ってくれた。

それから、奇妙なことが起きた。私の故郷は省都でなく、直轄市でもないのに、自由旅行が開放され、自由に台湾に来れるようになった。それで、私は申請した。手続は二つあり、一つは中国側の出国申請、一つは台湾側の受入申請で入台証の申請手続きがある。許可証をもらってから台湾に来るまで24時間もなかったが、私は大変嬉しかった。初めての来台だったため、親友の師兄は心配してくれた。それで、一番早い航空便でその夜一緒に台湾に来るように約束した。親友の師兄は上海から、私は温州から出発した。

私は自身の経験をいろんな人に話した。台湾に来た後もほかの師兄に会ったら話した。毎回話す時は大変感動して泣き出し、上師にも大変感謝の気持ちで一杯だった。自分は何故こんな福報があり、こんなに幸せなのかとずっと思っていた。そしたら、ある些細なことを思い付いた。去年のある日、親友の師兄が部屋にリンチェンドルジェ・リンポチェの御真影を置いたのを見た。私は儀軌が分からず、三回の頂礼も分からなかったが、ただ御真影を見て嬉しくてお辞儀した。私はただリンチェンドルジェ・リンポチェの御真影にお辞儀しただけだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは遠く離れていても、私に加持と助けをくれた。

ほんの簡単な手術だったが、その感覚と気持ちを表すには、自分の言葉は何も伝えられないと思う。科学で説明できないことが多くある。ほかの師兄からリンチェンドルジェ・リンポチェの事績を聞いたことはあるが、本当の状況を私は知らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは偉い、正真正銘に大修行者だと知っていても、私は自分の気持ちをうまく表すことができない。

私の故郷には三人の兄弟子がいる。毎週集まっており、ウエブサイトから読んだ法会開示、衆生済度の事績について話し合うようにしている。いつも殊勝な事績を嬉しく話し合っている。昨日、台北に到着した後、一人の組長の師兄が第一組の集まりを教えてくれた。最初、私はその言葉(組聚)を理解できなかったが、同組の師兄たちが集まって話し合うことを説明してもらったので、参加した。

故郷のほうの状況は台北の師兄たちが分からないと思うが、一人の師兄は商売の関係で中国に来ることがあり、その時はいつもプーアル茶と供香を持って来てくれた。それらのパッケージを見たら、私はいつも嬉しい気持ちが数日続いた。自分は幸せだと思った。今、自由旅行ができるようになり、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のお蔭で、申請手続きはいつも順調であり、拒否されることはなかった。そのため、計画の通りに大型法会にも参加できた。大変感謝している。また台湾に戻って来ようと常に思っている。

続きに、6月5日に台北でリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依を許してもらったことを話したいと思う。皈依法会はいつ行われるかを誰も知らない。夏休みの期間だったので、少なくとも2ヶ月先のことになるはずだった。私は6月中旬に帰国した後に書類の申請を出した。7月20日に出入国管理局に勤めているクラスメートに、7月末に台湾に行きたいと話した。『7、8月は夏休みなので、9月にならないと無理だ。早くても8月20日になるだろう。』と言われた。何故かも分からないが、私は、『だめだ。どうしても7月末に許可をもらわなければならない。なんどかしてくれないか。』とクラスメートに言った。そうしたら、一日200人民元で緊急許可を申請することができると、彼女は教えてくれた。それを聞いて私は、いくらでも構わないが、どうしても7月末までに許可をもらいたいと返事した。その時は何故か念頭が現れ、私は、7月25日に許可をもらわなければならないと言った。『8月25日は大丈夫だろうが、7月25日は無理だ。』とクラスメートはこう言った。

それから、私は7月上旬に7月24日発の台北行き航空券とホテルを予約した。旅行会社に、『自分の入台証が下りていないので、出発できるかどうかは分からないが、とにかくホテルを予約したい。航空券の予約は済んでいる。』と説明した。そうしたら、入台証を持っていないのに、ホテルと航空券を予約しても意味がないと、旅行会社の人に言われた。私は、必ず台湾に行くと話した。また、出入国管理局のクラスメートに電話し、『7月24日は荷物を持って空港に行くから、入台証が下りれば、電子版入台証をメールで送って。下りなければ、荷物を持って家に帰る。』と頼んだ。クラスメートは、『そうする必要はない。普通はそんなに早く下りない。』と話した。私は諦めず、更に、一番早い緊急許可を申請しようと思えば、どのくらいの時間がかかるかをクラスメートに聞いた。クラスメートの説明によると、費用を払ってもせいぜい10日早くなるそうだ。2000人民元、つまり1萬元の台湾ドルが必要だが、早くても8月10日になるそうだ。

私はとにかく荷物をまとめた。7月23日に、クラスメートからファイルが送られてきた。クラスメートはとてもあり得ないことだと言っていた。しかし、私は入台証がもらえたのだ。何故だろう。疑いながら、私は入台証上にある自分の名前を見て確信できた。皈依法会の日を知らなかったが、後になってその日が皈依法会の日が分かった時、言葉では表せないほど、私は大変嬉しかった。必ず7月25日に来たかったのは、チベット参拝団のことを知ったからだ。私はどうしても参加したかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェに直接に願いたかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは大慈大悲の方であり、私が毎日壇城に向かって祈ったことを知っていた。私の入台証が許可られる前に、チベット参拝団の参加許可を知らせてくれた。その時、私はまで正式に皈依していなかった。通知をもらった時、私は嬉しくて言葉にもできなかった。故郷の数人の兄弟子と一緒に抱き合って飛び上がったくらい、皆は喜んでくれた。極めて珍しい機会なので、リンチェンドルジェ・リンポチェは私にこんな幸運をくれたので、私はリンチェンドルジェ・リンポチェについてチベットに行き、殊勝な法会に参加できた。

ウエブサイトで多くの師兄の話が掲載されているので、チベット参拝のことについて、ここで更に話すつもりはないが、一つだけのことを話したいと思う。中国でよく知られている、チベット民族の一つの伝統のことだが、チベット人は今生において大修行者に会えたら、七世も三悪道に堕ちることがないという言伝えがある。チベット参拝に行った師兄たちなら、直貢梯寺に行った日に多くのチベット人がいたことを知っていると思う。私たちが朝早く6時に乗車して直貢梯寺に着いた時、既に子供連れのチベット人が歩行で梯寺に到着した。その時、一体それらのチベット人は何時に出発したかを、私はずっと推測していた。乗車でも4時間以上はかかり、疲れたと言い出した師兄もいたが、そんな発言は不敬だと私は思った。ちっとも大変なことではなかった。ほかの兄弟子に私は何も言えなかったが、自分の故郷の師兄たちに、私は方言で『ちっとも大変ではないのだ。たかが車に乗るくらいのことだから。』と彼らに話した。一部の師兄の話によれば、皆は航空券を買っただけで大修行者である尊きリンチェンドルジェ・リンポチェについて行けたそうだ。私は航空券も買わなかった。ただ登録しただけだ。航空券も買ってもらったものだ。チベット人は皆沿道で祖寺までに、一歩に一叩頭、一拝をしながらやって来たのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に大慈大悲だ。チベット人は大修行者に会えただけで福報があるのだ。それに、リンチェンドルジェ・リンポチェは加持、助けを与えたうえで、信衆にも接見した。私は大変感動した。それらのチベット人も福報がたくさんの人だと、私は思った。中国では漢人もチベットに行き来している。更に大修行者に会えたら、福報のあることだ。チベット人の場合は言うまでもないのだ。何故なら、彼らの先祖から代々伝えられてきた習俗だからだ。彼らにとって、大修行者に会えることが今生の福報だ。私たちは追随のほかにも、参拝に行った時、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちと食事を共にして上師に親しむ機会を皆にくれた。

私は温州に住んでいる。こことは遠く離れている所なのに、ただリンチェンドルジェ・リンポチェの御真影に向かって参拝しただけにもかかわらず、リンチェンドルジェ・リンポチェは私を加持して助けてくれた。医学面ではとても説明できないことだ。私は手術を待っていた時大変緊張した。同じものもらい(麦粒腫)の症状でも、患者は大人も子供もいる。激しい痛みで言葉も出ないで気を失いそうになる人もいる。そして、親友の師兄にもお礼を言わなければならない。親友の師兄は私に、『恐れることはない。借りだから、早く返した方がいい。とにかくリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と助けを観想しなさい。』とメールで教えてくれた。

手術室に入る時、痛みで動く恐れがあるので、精神病院のやり方のように私は大きい毛布で包まれた。大変痛いので、絶対に動かないように看護婦に言われた。その時は私を抑えた人がいたので、本当に精神病院内のような状況だった。手術中、ちっとも痛くなかったので、一体終わったかどうかは私も分からなかった。しかし、本当に光線があった。私の頭を触ってくれたので、私は頭痛を感じなかった。その後、検査の時に、それ以上再診の必要はなく、薬も塗らなくていいと告げられた。瞼をひっくり返してみたら、傷口が見当たらず、回復が大変よかったので、特に注意することもないとお医者さんに言われた。説明できないことがあたくさんあった。私は何もしなかったのに、リンチェンドルジェ・リンポチェは加持してくれた。その時の私は頂礼でさえ分からなかったし、供養も分からなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに大変感謝している。

祈れば、心の望んだことは全部叶えられた。リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めたのは3回だった。初めての時は皈依を求めたが、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ登録しなさいと言ってくれた。自分の希望をリンチェンドルジェ・リンポチェは全部叶えさせてくれると思った。二回目はチベット参拝を求めた。三回目は昨日だった。リンチェンドルジェ・リンポチェは大変苦労している。私の願った通りに、法名、法本、法帯(カセットテープ)をくれたし、仕事についても開示してくれた。もっと数年も早くリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたら、私の人生はもっと早くやり直せただろうと私は思った。今になってやっと叶った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように、リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法学習の因縁福報をくれた。大変有り難いことだ。このような上師に出会えることはめったにないのだ。私たちはこの末法時代に、大修行者であるリンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学ぶことができるので、累積してきた累世の因縁と福報を大事にしなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェに従って次第に法を学び、生死解脱ができるように実践し、再び輪廻しない。

リンチェンドルジェ・リンポチェと私を助けてくれた師兄たちに大変感謝している。そのお蔭で、私はここで自分の感想、気持ちと経験を語ることができた。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が健康で、法輪が常転し、この世に常住し、更に多くの有情を利益することを祈る。そして、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝を申したい。」

続きに、もう一人、道場で撮影ボランティアを担当している弟子が語った。彼は、再び話を語る機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。「今回、師兄たちが骨董店に提出した写真を、撮影チームが整理した後、合計690枚の瑞相の写真がまとめられた。それらの写真は80数名の師兄たちが撮ったもので、25台のカメラ、100台の携帯電話が使われた。携帯電はSony、HTC、Apple、Samsung、LG、小米(シャオミ)、Acer、Asus、InFocusとパナソニックなどの9社の製品だった。カメラはキャノン、ニコン、ソニー、ライカ(Leica)、富士などの6社のバカチョンカメラを含めた入門級からプロ級までの機種が含まれた。市販でよく見られる携帯電話とカメラのブランドがほとんど含まれた。

師兄たちが提出した写真の内容と撮影時間から見れば、瑞相は9月4日の午前10時より梯寺のふもとの所から始まり、航空便で帰国するまでに続けて現れたようだ。まずは直貢梯寺に向かった途中、梯寺のふもとで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを迎えた時に、日暈と彩雲の瑞相が現れた。前回の話で話したように、自然界に日暈、光の輪などの光学現象が現れるのは非常に珍しことだ。氷晶、水気、日差し、屈折角などの条件がなければ、発生することはあり得ない。ポイントは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが現れた時、必ずあれらの現象が現れた。大変不思議なことだ。

直貢梯寺のふもとで、師兄たちが待っていた尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの到着前から、上師がアキ護法殿で修法を終えた時までに、空に現れた小さな白い光点の瑞相が撮られた。もう一度説明する。前回の話で、私は説明できないと何度も言ったが、理由はあれらの現象は私の知識を超えたからだ。一つの例として、師兄たちが見た小さい白い光点は移動していた、しかも規則的ではなかった。科学知識では説明できない。また、太陽が二つの瑞相とフレア現象まで現れたが、この二つの太陽は自然界で言われる幻日ではなかった。何故なら、幻日の形成は太陽との間に距離が離れる。あれほどはっきりしないし、明るいはずもない。

次は、花びらの瑞相だが、まずはカメラと携帯電話の構造について説明する。この現象は、恐らく強いフレアがレンズを通し、光線の屈折が発生した可能性がある。しかし、妙なことは、それぞれの師兄たちが違うメーカーの携帯電話とカメラを使って違う時間に違う角度から撮影しても、皆は同じ結果の花びらの形が撮れた。このような確率は極めて低いし、あり得ないと言ってもいいだろう。そのため、専門的な撮影の観点で説明できない。

更に、師兄たちが直貢梯寺の前で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを待っていた時も、上師がアキ護法殿で修法した間も、空を飛び回るハゲタカ、つまり空行母のことを師兄たち全員が見たのだ。27人の師兄が撮った写真は総計249枚だった。また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがアキ護法殿で修法した時、師兄たちは雲の中から大変強い光線がアキ護法殿に差したのを見た。この現象を写真に撮った師兄は14人、総計98枚の写真で記録した。大変不思議なのは光線の中に虹があった。虹の形成には十分の水気が必要だが、あの時は真っ昼間だったし、虹は光線の中にあった。これを物理的に見れば、合理ではない。最後は航空便で帰国した途中、機内から飛行機を囲む光の輪と雲上方の虹を撮った26枚の写真、3人の師兄が撮ったものだ。

以上は今回まとめた瑞相の写真だった。何故、極めて珍しい現象が現れただろうか。しかも、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのいたあらゆる所に現れたのだろうか。たくさんの現象は複雑な条件が備わらなければ、発生できないのだ。2週間前に、パイロットをしている一人の師兄の話によると、飛行機が光の輪に包まれるのを、30年のパイロットをしてきた彼と同僚たちは一度も見ることがなかったそうだ。しかし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについていたら、あの瑞相が必ず現れたそうだ。本当に奇妙なことだ。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法輪が常転し、法体が健康で、この世で長生きすること、及び仏法事業が興盛になり、直貢噶舉の法脈が永らく伝承することを祈る。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がり、施身法法会を執り行い、並びに参加者たちに仏法について貴重な開示を賜った。

「今年の初めに、皆に今年は気道と肺の病気が流行ると話したが、聞かない人が多い。韓国で起きたことだから、台湾には関係がないと思っているようだが、今はインフルエンザが流行り始めようとしている。肺と気道の病気になりやすい人は、普段たくさんの欲望と要求があるが、思う通りにいかないから、こうなるのだ。医学的な話になると、風邪、インフルエンザになるのは風邪をひいてウイルス感染になるのが原因だ。ウイルスで病気になるのは、あなたたちが生生世世に衆生を傷つけてきたことが原因だ。そのため、今生に、共業の業力が円満になると、皆は病気になる。歴史によれば、インフルエンザで衆生が死亡するのが最も深刻だそうだ。ガンよりも深刻だが、この点はよく見落とされる。

冷たいものを飲まないで、できるだけ温かくするように、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に言い続けてきた。誰もいいように思っている。今時の社会に運動しない人が多い。しかも一日中冷房の中にい続け、常に怒っている。怒ることは必ずしも人を非難することでなく、ムッとするのもそうだ。施身法を修める時、病魔と疫病神を修法者の前に引き付け、修法者は、その周辺の衆生が傷つけられないように布施してあげる。病魔と疫病神が呼び出されるのは、その所では善が行われておらず、全ての人はずっと悪をし続けるからだ。そのため、疫病神は働き始める(流行病は発生する)。流行病の発生は必ずしも全員に病気に罹らせるとは限らないが、少なくとも全員に怖い気持ちを生じさせる。怖い気持ちが習慣になると、三悪道に堕ちる機会は高く増える。

多くの小動物はちょっとしたことで怖くなる。このような習性は、人道にいた時衆生を傷つけることをたくさんしたからだ。それで、次の世に畜生道に堕ちて体形の小さい動物になる。昆虫のような生き物も同じだ。仏は殺生しないことを忠告している。理由は、殺生の行動で殺される衆生の恐怖があなたに伝わるから。慣れきったら、必ず問題が起こる。今時、食べ物で病気になる人が多い。例えば魚介類に毒素がたくさん入っている。頭が怪我をしやすい人がいる。それはその人とその先祖は過去世と今世に衆生の頭をよく傷つけてきたから。また、豚の脳を食べて脳を滋養するのが好きな人がいる。こんな人だったら、脳の疾患に罹る可能性もほかの人よりずいぶん高い。

今の社会に、脳中卒と脳腫瘍に罹る人口は昔より多い。理由は現代の人は魚介類を食べるからだ。例えば、エビを食べる時は頭を食べる、エビ釣りをしてエビを傷つける、魚釣りで魚の頭を傷つける、或は、動物の脳をよく食べるなどのことが三悪道に堕ちる因を植えてしまう。ちょっとした福報がある人だったら、在世の時は病気になる。仏法に接する機会があれば、累世において植えてきた悪因の果報は軽減できるかもしれない。在世の時は病気になることが一度なく、急に往生する人は、大体三悪道に堕ちる。過労死もこの範囲に入る。

施身法は大変殊勝で特別な法門であり、顕と密の二つの法門を含んでいる。顕は共通の法だ。仏は修行を、小乗、大乗と金剛乗の三つに分けた。顕教はこの三乗の行者とも修められる法門であり、範囲は戒律、論と経典を含めている。不共は、特定の乗の人だけが修められる意味だ。そのため、金剛乗は共同に修行できる法門ではない。金剛乗は聞くだけでも極めて難しいから、学ぶのも、成就を得るはなおさらのことだ。このような福報がある人は稀にいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王の弟子だが、皈依の時から今まで直貢チェツァン法王に接した信衆は大勢いる。恐らく数十万人だろう。しかし、直貢チェツァン法王に追随して学習できた人は僅かだった。直貢チェツァン法王から閉関の指示が得られる人は更に少なかった。その中に、直貢チェツァン法王に聖地での閉関に連れて行ってもらえたのがリンチェンドルジェ・リンポチェだけだった。如何に容易でないのか、皆は分かっただろう。

容易でない意味は、弟子は特別な大金持ち、順従、或は根器がいいということではない。弟子が過去世において修めた善根と今世の決意に関係している。例え過去世に善根があって今世に仏法を学んでいるとしても、今世も十分な決意を持たなければならないのだ。『宝積経』の言葉のように、菩薩道を学びたくても、心に疑、惑、不決定を抱いていたら、菩薩道の修行はできない。上師が話す一切の仏法を必ず信じなければならないと、密宗は弟子に要求している。もちろん、上師は具徳でなければならない。徳は道徳ではなく、功徳だ。功徳を具足した上師が開示する仏法なら、或は一言だけでも、皆に役立つのだ。

しかし、人間は誰でも心に疑、惑と不決定が一杯だ。疑、惑と不決定を抱いたままでは、上師の話を聞き入れられるはずもないし、もちろん実践することもない。仏法を学ぶ人は大勢いるが、成就が得られる人はなかなかいない。また、末法時代の邪師は恒河沙の数ほどいると、仏はこう言った。まるで恒河側の沙の数量ほど多いのは、人の心はますます清浄でなくなり、ますます貪瞋痴慢疑が溢れるので、仏法学習を通して求めたいのもこの五字になってしまい、上師と仏菩薩に自分の欲望を全て満たしてもらいたいと望んでいるからだ。この末法時代に、仏法は興隆になっているように見えるが、本当に決意できた人はめったにいない。

施身法は密法の八大成就法の一つであり、創出したのは在家の一人の女性ヨーガ士だった。仏法において、菩薩道の学習と実践をしたければ、出家でも在家でもできる。菩薩道だけが出家と在家の四衆が共通に学べる、修められる。マチク・ラプドゥンの根本上師は釈迦牟尼仏だったが、密法には、本尊が釈迦牟尼仏の法本がめったにないのだ。施身法だけにおいて、マチク・ラプドゥンは釈迦牟尼仏を上師として敬意を表した。施身法では、顕教と『大般若経』が根本的な思想や理念とされている。『般若』を簡単に言えば、仏が説明した空性の知恵のことだ。空は何もない意味ではない。知恵は人間の聡明ではない。平凡な人間の言葉で空と知恵を説明しようと思えば、仏の弁才でも10、20年かかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは普通の修行者だから、身の程も知らないで空性と知恵の本当の深い意味をあえて説明しようとしない。

皆の分かる言葉で簡単に言うと、知恵は一切の苦しんでいる有情衆生を利益することだ。苦しみは病苦ではない、大知恵で六道の苦海の中を輪廻している衆生を助けなければならない。知恵がなければ、却って衆生を害してしまう。また、随順因縁は、衆生の欲望に従って応じて助けてあげることではない。その因縁に従って応じて助けてあげることだ。一部の衆生に対しては責めなければ、彼らの業を消すことができない。一部の衆生に対しては、駆り立てなければ、彼らの業を消すのが無理だ。また、一部の衆生にはいろんな方法を使って彼らの縁に従わなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは何故、縁に従っているかどうかが分かるのかと、疑う人もいるだろうが、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたをおだてていなければ、あなたの縁に従っていることだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王について長らく修行していた。2003年までに、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェのことを公に褒めることがなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェにはまだ傲慢な心があったと、直貢チェツァン法王は知っていたからだ。2003年以後、初めてぼちぼち褒めるようになった。学仏、出家をして10数年もなれば、傲慢な心ができた人がいる。しかし、傲慢な心があっては、決して空性を体得することができないから、空性を証得する境界までに達するはずもあり得ないのだ。

空性の体得ができなければ、慈悲の力も現れない。慈悲は口先だけのことではないし、ちょっと善事をするくらいのことでもない。善を行うことは人間の根本だから、そもそもやるべきことだ。動物でさえ善を行うのだから、人間も当たり前ではないのか。善を行えば、仏法の修行だと勘違いしてはいけない。ほかの宗教も善事をしている。学仏者より徹底的に善を行っているかもしれない。仏が言った慈悲と善は違うことだ。慈は、自分のあらゆるよいものを人の悪いものと交換する意味だ。悲は、他人が苦海から離れられるように解決、引っ張り上げてあげることだ。この二つのことを合わせることができれば、慈悲だと言える。人に優しくするほど簡単なことではないのだ。

『無縁大慈、同体大悲』という言葉があるが、無縁は、菩薩と衆生に縁がないことではない。縁がなければ、衆生を済度することはできない。無縁は空性のことだ。因縁の生起と結末は何れも空性の中にある。縁生縁滅の本質は空性であり、自性がない。考え出してわざとする、意図的に考えてすることではない。何故、慈は必ず空性を証得する必要があるのか。衆生はいつあなたを必要とするか、また、いつ仏法を必要とするかが分からないからだ。空性を体得することができれば、修めた慈の法性は法界にの中に入る。あなたに対して衆生の恭敬心が生じれば、空性の慈も現れる。

どうして、衆生の恭敬心が生じなければ、慈の力は現れないのだろうか。どんな因縁でも供養から始まるのが理由だ。『地蔵経』を拝読すれば、仏は如何に婆羅門女を助けたのかが分かる。恭しい供養が理由だ。婆羅門女は恭敬心で供養したので、彼女の母親は地獄に堕ちたが、離れて天道へ往生することができた。婆羅門女が恭敬心で行った供養はあなたたちのしているよなものではなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェを含めて私たちの中に実践できた人はいない。それでも、皆は自分にそんな高く要求しなくていい。『地蔵経』の内容の通り、地蔵菩薩の為した基準だったら、できる人はいない。仏は供養を受けた後、家に帰って仏の仏号を唱えるように、婆羅門女に指示したが、あなたたちだったら、そんな必要はないと思うだろう。仏に供養もしたのに、何故仏は言ってくれないのかと思うだろう。こんなに考えるのが恭敬のないことだ。

衆生と仏菩薩の縁は浅いと、諸仏菩薩は知っていた。だったら、衆生と諸仏菩薩や上師との縁を深めるにはどうしたらいいのか。衆生には縁がないと知っていても、助け、縁を与え、縁が生まれるように、衆生が自主的に行動を取るようにさせる。仏が婆羅門女に家に帰って仏号を唱えることを指示した。その理由は、仏と縁を結ばせて福報を生じさせるためだった。一部の信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た時、厳しく責められたが、原因は疑、惑と不決定にあった。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らの期待通りにしてあがたとしたら、彼らは、望んだことが叶えられ、自分の問題が分からなくなるのだ。

あなたたちの思う通りと違う。無縁大慈は礼仏、念誦、座禅を教え、仏菩薩と縁を結ばせることではない。地蔵菩薩が婆羅門女だった時、仏の為した全てのことが婆羅門女と母親に仏と結縁させることだった。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさん教えてきたとは言え、とことん実践できた人は一人もいない。金剛乗を学ぶ人は稀にいるが、縁がないからだ。上師は弟子のために縁を創造する。尊勝なる直貢チェツァン法王が初めてリンチェンドルジェ・リンポチェにインドで閉関することを指示したのが、リンチェンドルジェ・リンポチェのために縁を創造したことだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはその縁を受け止めるかどうかは、自身の決定によるのだ。

当時、直貢チェツァン法王は指示した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは気が変わって行かなくなるのを心配したので、リンチェンドルジェ・リンポチェの一人の親友に話した。その親友がリンチェンドルジェ・リンポチェに直貢チェツァン法王を紹介してくれた。その時、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの親友に、その閉関は極めて重要でリンチェンドルジェ・リンポチェの未来を変える機会になると、リンチェンドルジェ・リンポチェに伝えるように話した。しかし、親友は、リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関を終えた後を待ってその話をしてくれた。親友はリンチェンドルジェ・リンポチェにこんなことをした。それでも、最後にリンチェンドルジェ・リンポチェは親友を済度してあげた。

何れの上師も弟子のために縁を創造するが、決めるかどうかは、弟子自身の問題だ。もし、弟子は決意しないならば、上師は変えることができても弟子には全く関係しないのだ。修法者は慈悲を学び、修めることができなかったら、施身法を修行しても自身と衆生に全く役立たない。未来世の人天福報を皆のためにちょっと累積するだけのことになる。施身法は金剛乗の密法において事、行と瑜伽部を含めている。法門の角度から言うと、金剛部に息、懐、増の三部が含まれている。法本の中で特に言われているが、施身法を修めたければ、護輪と聖物を身につけてはならない。全部外さなければならない。理由は、修法者は自分の体を布施、供養するので、もし体に護輪と聖物をつけていたら、鬼と竜は近づけて食べに来なくなるからだ。修法の時、体は鬼と竜に食べさせるものだ。

この話を聞いて自分も家に帰ったら、食べさせようと思う人がいるかもしれないが、そうしてはいけない。これは考えるだけでできることではない。施身法を学ぶ必要がある。きちんと『不共四加行』を学ぶほか、観音菩薩の灌頂をも受けなければならない。閉関中において100万回の六字大明咒をきっちりと唱え、ポワ法をも修め、釈迦牟尼仏の灌頂を受けて毎日アキ護法を修めるうえで、大印契を離戲瑜伽のところまで修めなければならない。つまり、世間のことに全く気掛かりと執着を持たないことだ。

先週、リンチェンドルジェ・リンポチェは、子供のことなどに執着してはいけないと開示したが、結局昨日、執着した弟子がまた一人現れた。その弟子は皈依していない旦那さんを連れて会見に来た。すると、旦那さんはすぐ『明日の法会に来させてくれるか。』と聞いた。それを聞くと、リンチェンドルジェ・リンポチェはぎょろりと目をむいた。その女性の弟子は直ちに肘で旦那さんを突いた。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェも素早く『明日、家族全員は法会に参加しなくてよい。』と開示した。あなたたちはもし、本当に必要としているものがあり、自分に役立つと思っているなら、『来させてくれるか』のような言い方をするだろうか。だから、その旦那さんが願いたい口調をしなかったのは、そもそも来たい気持ちがなかったからだ。しかし、奥さんに強引に連れられて来た。恐らく奥さんに脅迫されただろう。自分は仏法を学んでいるのに、旦那は一緒に来てくれない、仕事に何か問題が起きたらどうしよう、などわけの分からないことでも言われただろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前開示したことがある。あなたたちが仏法を学ぶのは個人の行為だ。眷属が来ないのは因縁が具足していないから、嚇したり、脅迫したりして来させてはならない。仏法を学んでいるから、自分は偉いと思っている女性は少なくない。彼女らは旦那さんにも一緒に来てほしいと思っている。仕事がよくできれば、家庭は穏やかになると思っている。これは慈悲心ではない。欲望の心だ。しかし、旦那がよくなることを望んではいけないのかと、反発する人がいるだろう。もちろんだめだ。あなたに福報があるとしたら、運命はよくなるし、求めなくても旦那さんはよくなる。仏菩薩には関係がない。付き合っていた時は仏菩薩に聞いたことでもあったかを思い出してみなさい。あなたたちは干支の八字を占ってもらったりするが、仏菩薩に尋ねたことはない。嬉しいことがあっても仏菩薩に分かち合ったりしなかっただろう。だったら、何故悪いことが起きたら、仏菩薩に話すのか。これらは仏法と全く関係がないが、今は誰もが仏法を世間法のように考えている。

これらのことなら、仏菩薩に願う必要もない。タンキー(童乩)に求めれば助けてもらえるし、魔よけの札を書いてもらえば、旦那は少なくとも半年や一年くらいおとなしくするだろうが、将来は病気や死亡になるかもしれない。誰でもいいことを願いたい。しかしよい眷属が得られる根拠があるだろうか。1、2、3、4年も仏法を学んでいるからというのか。本当に身の程も知らないことだ。『宝積経』は、学仏者はあれこれに執着しないように教えてくれている。理由は、欲望で執着心が生じてしまったら、空性が証得できなくなるからだ。空性がなければ、慈悲もあるはずがない。しかし、聞き入れる人は一人もいない。昨日また一人の弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェにパフォーマンスを見せてくれた。しかも、肘で旦那さんに合図をした。言葉は心の表れだ。口にした言葉は、心に思っていることだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皆のために施身法を修めるが、理由は、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎月衆生を済度するからだ。台湾には深い殺業がある。また、台風は修法の日に来ると予測したこともあったからだ。法本はこう言っている。風雨、地震と星宿の変動する天気の時に修法すれば、功徳は倍になるそうだ。異常現象が現れれば、借りの返しをもらいに来る衆生がいることの表しだ。修法は、災難から皆を逃れさせるためではない。借りを返してもらいたい衆生の瞋恚心を軽減させ、悪をしないようにさせるためだ。だから、済度の対象はそれらの衆生であり、あなたたちではない。

いいことだろう。台風でバーベキューがキャンセルとなったから、リンチェンドルジェ・リンポチェは嬉しかった。嬉しかった理由は、バーベキューでたくさんの衆生が殺されなくなることではない。既に殺され、切られたことだし、もう間に合わないのだ。理由は、空気が汚染されないからだ。中国人は中秋節にバーベキューの伝統がないが、誰かの発明だろうか。空気は大変汚染されてしまう。密法を学ぶ行者なら、はっきりと知っているが、衆生の肉を焼く時はたくさんの空行母を傷つけてしまう。何故なら、空行母はあの匂いを嗅ぐと、病気になるからだ。そのため、出家や在家を問わず、バーベキューのようなことを参加したり、薦めたりしてはいけない。

私たちの殺生した罪は深いが、これ以上善道にいる空行母と神を傷ついたら、罪業は更に深くなる。今の台湾は変な病気がやけに多い。原因はこの悪い習俗だ。病気の多い所ことに統治者が不仁の可能性がある。統治者が不仁の場合に、自然に人民に倫理道徳を背き、天地を害することを教える。寶吉祥仏法センターはできるだけのことをするが、どれくらいは、リンチェンドルジェ・リンポチェも分からない。

修法者は、離戲瑜伽までに証得するほか、貪瞋痴慢疑の五つの意識を五智に変える必要がある。その中で、必ず『平等性智』を実践しなければならない。つまり、衆生の一切を平等に扱い、相手の身分の違いに応じて修法せず、単に因果と因縁に応じて衆生を助ける。衆生はお金を持っているかどうか、何かが起こっているかどうか、出家か在家かを問わず、行者は全然気にしないことだ。平等性智がなければ、施身法を修める法会は大変危険的になる。何故なら、来る衆生はいろんな様子をしている。あなたたちのことではない。平等性智の程度までに修行できなければ、衆生の様子を見ると、嫌悪の心が生じてしまい、ひどい場合は恐怖心が生じるからだ。この二つの心が生じれば、平等性智もなくなり、知恵もなくなり、もちろん慈悲心も現れない。

密法の効果は何故念誦より速いか。理由は、心の鍛え方が全く違うからだ。きわめて鋭くて厳格だ。施身法法会に参加する人は、恭敬心だけを持っていればいい。決して理解しようとする必要はない。リンチェンドルジェ・リンポチェでさえ未だに完全的に理解していないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日施身法を修めているが、施身法を完璧に理解したとは言えない。施身法には釈迦牟尼仏の知恵が含まれているので、仏果が成就できるまでは、仏の知恵を完全に理解したと、あえて言うことはできない。とにかく、とことん教えを聞き、上師の教え方と心構えについて、やるべきことをする。自分の意識で修行しないことだ。

聞、思、修とは、自分の人生経験法で聞いた仏法を考える意味ではない。思は、自分には疑、惑、不決定があるかどうかを考える意味だ。以前は聞いたことがあるが、これとは違うから、リンチェンドルジェ・リンポチェの話を以前自分の聞いたことと比べて関連があるかどうかを確認することではない。仏法はただ一つだ。釈迦牟尼仏が話した仏法なので、別のものがあると言ってはいけない。それぞれの上師の話す内容が異なるのは、法会に参加する人にはそれぞれの縁と根器があるから、受け止めるものも異なってくる。本当は違いがないのだ。同じく、生死解脱できるように、輪廻の苦海から離れられるように衆生を助けたいのものだから。

聞、思、修は、恭敬心、懺悔心、誠実な心で仏法を聞き、自己の観念がないことだ。『宝積経』に、菩薩は独想すべき、つまり一人で考えるべきだという記述がある。実際に、皆はバスの中でも独自に考えられるし、他人に聞く必要はない。他人はあなたの上師でも仏菩薩でもない。よく見られる少人数のクラスを開いて話し合う必要もない。仏法は話し合うためのものではなく、修行のためのものだ。独想は、聞いた仏法は自分の心に一致しているかどうか、また心構えは聞いた仏法と食い違いがあるかどうかを、自分一人で考える意味だ。食い違いがあったら、修正し始め、一分も中断できない。もう少し待とう、自分にはその程度の需要がないと思ったりしてはいけない。少しでも待ったら、本当に待つこと、待ち続けることになる。仏法の学習は、普賢菩薩が話したように、頭に火がついたように一刻も早く消さなければならないほど、急がなければならないのだ。待てるのか。待てないのだ。

待つことは、無常さを信じないのと同じだ。無常さを信じる人は待たない。一分一秒も、自分の身口意は聞いた仏法と同じ方向であるか、或は背いているかを常に考えている。相応とは、仏菩薩が前に座って自分と対話することではない。仏の話した仏法は自分の心に相応しているかを考え、相応しなければ、改めなければならないことだ。今すぐ修正するのだ。修は、毎日数回の座禅をすることではない。座禅は閉関の時にする必要があるが、日常には、何れの念頭も修行だ。自分を放任し、うっかりして後戻りでもすれば、もう一度戻ってきたくても難しいのだ。しかし、今時は誰でも自分を放任している。

ユンカ・リンポチェはかつてこう開示した。密法はこの世間にまだ700年の存在時間がある。700年は長く見えそうだが、本当は短い。上師が700年と言ったのは、ゆっくりと減っていく意味だ。密法が消えるのは、福報がある人がますます減っているからだ。昔のチベットに伏蔵師がいた。一心に不共法本を探した修行者のことだ。しかし今、四大教派はなくなった。衆生の縁は浅いからだ。未だに残されている伏蔵法は僅かだ。多くの法本は伝授されなくなった。何故だろう。密法ははっきりしている。上師として、正しい根器を持っていない弟子に伝法してはならない。実際に、仏経も同じことを言っている。釈迦牟尼仏は『宝積経』の中で、菩薩乗を学ぶ根器の人がいなければ、広めてはならないと、特別に話した。経典でさえ厳しい定めがあるので、密法は言うまでもないことだ。何故『宝積経』を読む人が少ないのかは、あなたたちは分かっただろう。護法があなたたちに見せたくなかったのだ。あなたたちは、めくっても読む気にならないだろう。

ユンカ・リンポチェは700年の予言をしたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは今仏の事業をたくさん実行しようと努めている。仏の事業は慈善事業ではない。衆生の仏法学習、生死解脱を助けることだ。衆生を済度するのが極めて難しいので、大変苦労のかける事業だ。衆生を済度するのがいくら難しくても、釈迦牟尼仏が地球に来た以上、リンチェンドルジェ・リンポチェは釈迦牟尼仏について仏法を学んでいるから、この使命から逃れられないのだ。もし私たちによい福報があるとしたら、地球には生まれることはなかった。地球は五濁悪世だからだ。

今日、リンチェンドルジェ・リンポチェの修法は、衆生を済度するように皆を助けるためだし、中秋節で殺された大勢の衆生のためでもある。また、台風で連れられて来た全ての竜と鬼のために、彼らの瞋恚心をちょっとでも軽減したいためでもある。今日のこの法会に参加した人は、施身法はあなたに役立つかどうかを心配しなくていい。何れの仏法も私たちのためになる。いつになれば、効果が現れるかは、因縁が具足になれば、現れるのだ。あなたたちの望んでいることを叶わせることではない。因縁が具足でなければ、望んでも叶わない。しかし、因縁が具足になれば、時機が熟す時に、求めなくても叶うのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法学習の過程において、一日も早く成就できるなどのことで仏菩薩に助けを求めることは決してなかった。ただ、生死を解脱して衆生を助ける日が来るように願っただけだ。自分の生死でさえ解脱できない人が、衆生を助ける資格もあり得ない。生死が解脱できない人は、執着のほか、深い無明を持っているからだ。仏法は、執着、無明と悩みを減らし、消すように衆生を助ける。もし一杯の執着を抱えているとしたら、衆生を助けるはずもない。これは仏法の不思議さだ。」

その後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な直貢噶舉施身法を修め始めた。修法中は大変恭しく厳かだった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を構わず、専念に鈴、鼓を揺らしながら、法本を念誦し、並びに自ら参加者たちを率いて六字大明咒を長らく唱えた。慈悲、真摯、荘厳、清浄な法音が鳴り響き、無数の有情衆生を利益した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法による加持力は極めて殊勝であり、一切の衆生を震え上がらせ、その威徳力は虚空に遍満した。

修法は円満になり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続けて参加者たちに貴重な仏法を開示した。

「通常に、修法には前行がある。つまり先ほど唱えた発願と祈願のことがある。そしては修法、最後は回向だ。これで完全になる。前行の部分は大変重要だ。何事でも進める前に、まずは自分の動機と用意は十分なのかを知っておく。用意がちゃんとできていれば、後の進行は円満になる。施身法の前行祈請文はかなり違う。一部の内容を今は説明しない。その中に特に強調される言葉、『断法伝承聖衆成就者』がある。断法は施身法のことだ。チベット語は施身法という言い方をしないが、断法だと言うのだ。つまり、私たちの一切の煩悩障と所知障を断ち切る意味だ。

煩悩障で言えば、私たちは自分にどんな煩悩を抱えているかに気付くことができる。しかし、所知障は難しい。所知障とは、自分が知っている、つまり人生経験の法則だ。所知障を断つことは極めて難しい。何故なら、私たちは長年、生きてきたし、数世も生きてきたから、はっきりとした経験は仏法学習のひどい障害となるからだ。そのため、よく勉強できた人、お金をたくさん持っている人は、なかなか仏法を学ぶことができない。断法伝承は、施身法の伝承という意味で、聖衆成就は、少なくても登地菩薩までに証得する意味で、断法伝承の人数は一人だけではないことを指している。法本の中に『虔誠皈依一切有情衆』がある。一切の有情衆は敬虔な気持ちで皈依する意味を表している。

私たちはどんなことをする時でも、最低限は衆生に仏菩薩と結縁させなければならない。最高の結縁は皈依だ。皈依の意義は自分の病気が治るということではない。こんな考えは敬虔ではなく、ただ欲望の皈依に過ぎない。法本にある『離苦得楽自由而安住』は、輪廻の苦から離れ、永遠で不生不滅の楽を得ることを表している。『自由而安住』の自由は、人間が言っているやり放題の自由とは関係がなく、生死の業力を解脱する意味で、どのような生死のことも私たちを縛って輪廻の苦海にい続けさせることができない。私たちは度衆したければできるし、したくなければ、清浄な法性の中に安住することもできる。

何故『定』ではなく、『安』を語るのか。『定』を語るのが、無明があるからだ。定は、禅を学び、止観を通してから止観が力を生んで初めて定がある。定は、四禅八定に分けられ、阿羅漢の修めるものだ。しかし、大乗と金剛乗の仏法の修行は、このように定の境界を語らない。どのように『定』をするかを直接に教えてあげる。『定』と『安住』は違う。『安住』は、一切の煩悩を断ち、法性を法界に安住させることだ。意味は大変深いが、簡単に説明してあげる方法は今のところ見つからない。海外旅行の例を挙げよう。ホテルに泊まったら、落ち着いたと感じるが、自分の家ではない。また、家に帰ったら、安心感を感じる。安住は何れもの理由のためではない。欲望があってどこか泊まる所を探すことではない。仏法で言えば、本来の面目に戻る、家に帰ることであり、つまり法界のことだ。形も内容もない。光だけが現れる。

あなたたちがチベットで見た全ての瑞相は何れも光だった。理由は全てのエネルギーは光から始まるからだ。光が現れて初めてエネルギーが発生する。また、よく虹色の光が見えたのは、仏教の旗は虹色だからだ。色は五つあり、宇宙の五つのエネルギーをそれぞれに表している。瑞相の写真を見た時、あなたたちが見たのは直射の白い光線だったが、本当は中に虹色があり、五種の光が中にあった。安住は、普段はあっちこっち行き来したりしないで、光の感覚の中にいることだ。あなたたちは光を感じたが、実際は光ではなかったのだ。ただエネルギーが集まって一種の形になったので、あなたたちは見えた。本当は形もないのだ。

安住は、自分の法性が輪廻の苦を離れたから、自由に安住できるようになり、安住したければできるし、度衆したければできるから、どんな業力にも縛られない意味だ。法本内の『解脱輪廻の苦願行之』は、修法は金儲けやほかのことのためでなく、重要な願力と目標は輪廻の苦を解脱することなので、この願を発してこの法を修行する意味だ。そして、『殊勝菩提心宝我発起』は、慈悲心、菩提心がなければ、この法を修めても役立たないことを示している。それで、誰かのため、或は自分のためにこの法を修めても役立たないのだ。

また『勤修無漏施身瑜伽法』があるが、無漏は漏れがないことで、有漏は後遺症と副作用が生じることだ。例えば、悪因を植えたら、必ず悪果ができると皆はよく知っている。しかし、空性に証得できなかったら、善の因にも善の業力があるから、私たちの輪廻をけん引する。施身法を修める時は空性の中で修める。自分やほかの誰かのためではない。縁が起きれば修めるが、縁が終わればなくなる。何故無漏でなければならないのか。私たちの心は『金剛経』の言ったように、自分は度衆をしていると菩薩が自認したら、菩薩でなくなる。菩薩だと自認するだから、有漏法の修行だ。菩薩は単に名相にすぎない。菩薩のしていることを衆生に分からせたかったので、仏は便利な方法で菩薩という名相をつけた。菩薩も衆生の一人だったが、何故菩薩がいるのか。苦しんでいる衆生がいなければ、菩薩も仏もいないわけだ。

よく修行できたから菩薩になれるわけではない。衆生が成就してくれるからこそ、なれるのだ。だから、衆生を済度していると自認したら、外道になる。自分が神祇で皆を助けているから、皆はおとなしく話を聞くべきだと思ったり、何でも神祇がくれたものだ、ボールを投げることでも神祇に感謝しなければならないと思ったりする。本当は神祇となんの関係もない。しかし、人間は貪るものであり、誰でもスーパーマンになりたい。自分ができないから、神祇から力をもらいたい。その力で自分ができるようになれると思う。本当のことを言えば、力は自分の修行でできたものだ。

どの仏法を修めても、決して自分のためであってはいけない。生死解脱の発願をしても、自分のためではない。一日も生死を解脱しなければ、歴代の祖先も決して生死の解脱ができない。そして、あなたの生生世世に関係している冤親債主も決して生死解脱ができない。今生、お腹の虫も生死の解脱ができない。そのため、無漏を修めなければならない。理由は、自分の肉体のために修行するのではないからだ。今の肉体はあなたのものではない。あなたの業力と過去において為した善業、悪業でこの肉体が生まれたのだ。業の力は今生が終わればなくなるので、体のための修行ではない。体にはたくさんの衆生が棲んでいる。

今頃の科学は仏の話を証明したのだ。仏は『宝積経』の中で、目、眉とまつ毛に寄生虫があると話した。眼科医をしている一人の弟子も、今時まつ毛に炎症が起きても原因が分からない人が多いと常に話している。原因があるはずがない。『宝積経』も、人は生まれた日から、まつ毛に寄生虫があると言っている。炎症が起きるのは食べた、飲んだものと空気に関係がある。また、医学でも、首にたくさんの寄生虫があること、お腹に有益と有害の菌があることを発見した。お腹に虫がいることを、仏は大昔に言ったことがある。しかし、よく修行できれば、お腹の虫までも済度できるのだ。このことから、修行は自分のためではないことが分かる。体にはたくさんの衆生がいるのだ。

医学の話だが、7日間もお風呂に入らなければ、皮膚は炎症が起きる。体には細菌があり、細菌はふけと油脂を食べるので、7日間もお風呂に入らなかったら、細菌は増えてしまう。金剛乗の行者は閉関の時にお風呂に入らないが、以前リンチェンドルジェ・リンポチェは理由を知らなかったが、今は分かった。閉関の時に空性の慈悲心が修められたら、皮膚の細菌は行者を傷つけない。何故なら、行者は細菌を済度したからだ。仏菩薩はリンチェンドルジェ・リンポチェに優しく気配りしてくれた。2007年、リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関の部屋を離れた数日の後、ほかの人が入って閉関したが、体のかゆみに耐えられず、7日目に出て来てしまった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは3ヶ月以上も閉関したが、体は全くかゆくならなかったし、匂わなかったので、その人は同じく菜食者なのに、何故閉関の時体はかゆくなったのかを、リンチェンドルジェ・リンポチェは理解できなかった。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは医学報告を読んだので、原因が分かった。仏経は、お腹の虫も済度できると話しているので、原因が分かった。仏法の行為は何れも深い意義がある。しかし、何故上師は言わなかったのか。話したら、弟子はわざと皮膚がかゆくならないようにし、閉関後にそれを自慢するのではないかと心配したからだ。わざとすることができるだろう。恐らくクレンザーや消毒液でも持ち込むだろう。古代のチベットでは、閉関中はお風呂に入ってはならないという決まりがあった。リンチェンドルジェ・リンポチェの閉関中も同じく、お風呂も、髪を洗うのも許されなかった。

法本内の瑜伽法は顕教、或は密法だ。実際に、経典によく出ている『瑜伽』という文字について、インドで教えられているヨガのことだと、多くの人は勘違いしている。そうではない。瑜伽士とは、自分だけのために仏法を修める人のことではない。自分の生死解脱を助け、更に衆生の生死解脱を助けられる能力があるからこそ、瑜伽士と呼べる。自分は密法の修行をしているからと自称すれば、呼べるものではない。

施身法の法本は初めから密法を話している。説明しない理由は、『宝積経』にも、釈迦牟尼仏は決して根器のない人に広めてはならないと指示した内容の経文があったからだ。密法はなおさらだ。好奇心を持つ人、或は知る時になれば学ぼうとする人がいるかもしれないが、リンチェンドルジェ・リンポチェには関係がない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこうして学んだのではないからだ。尊勝なる直貢チェツァン法王は法本を説明することがなかった。ただ、口伝していた。だから、あなたたちは好奇心があっても仕方がない。おとなしくすることだ。

あなたたちに密法を学ぶ能力があるかどうかが問題ではない。要は、あなたたちは不疑、不惑があるか、決意できるかのことだ。疑、惑、不決定を抱き、上師の言葉の意味を考えながら、とりあえずやらないと決めるのようなことなら、疑、惑、不決定だ。『宝積経』は皆を責めている、或はリンチェンドルジェ・リンポチェは人を叱るのが好きだと思うのは勘違いだ。全ての話は仏が言ったのだ。仏は言い出したにもかかわらず、あなたたちは聞こうとしない。未だにいろんなことに執着心を抱いている。これではどう修行できると言うのか。」

この時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法務担当の弟子に、大きい袋入りの甘露丸を2パック取り出すように指示し、また開示を賜った。

「来週、皈依弟子全員は骨董店で甘露丸をもらうことができる。直貢梯寺に行ったことのある弟子は20粒入りの甘露丸を1瓶、行ったことのない弟子は10粒入りの甘露丸を1瓶もらうことができる。これらの甘露丸には由来がある。直貢梯寺には、毎年新暦12月末に、梯寺にいる出家衆全員は45日、毎日24時間で六字大明咒を唱え続ける伝統がある。この伝統は数百年も続けられてきたが、歴史の原因で中断された。ドラブ・ワン・リンポチェは在世の時、この伝統を復活させることをリンチェンドルジェ・リンポチェに指示した。そのため、大体7、8年前から、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法会に供養し始めた。毎日24時間、当番で念誦し続ける200人以上のラマがいるうえで、酥油灯などを含める供養もあるので、たくさんの費用がかかる。この法会では六字大明咒が唱えられる。しかも、真ん中に大きい宝瓶が置かれる。中にはこんな甘露丸が入っている。念誦の前に、ラマたちは必ず修法する。これで円満になる。

一部の教派では、在世の時甘露丸を飲んではいけないとしている。往生後、口の中に入れると定められている。しかし、直貢噶舉はそのような決まりがない。甘露丸は仙丹ではない。飲んだら、死んだ人も生き返られると思ってはいけない。寿命がある人なら、病気の回復には役立つが、寿命のない人なら、飲んだら、三悪道に堕ちないようになる。この3日間、もらいに行きなさい。3日過ぎれば、いらないという意味だ。チベットに行ったことのある人、以前行った人も含めて全員20粒もらえる。行ったことのない人は10粒もらえる。もらう時は署名が必要なので、ごまかしてはいけない。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを率いてアキ護法と回向の儀軌を修め、並びにアキ護法の儀軌を新たに皈依した弟子に口伝した。法会は円満になり、弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる修法と開示に感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見送った。

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2016 年 05 月 01 日 更新