尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示

2012年4月1日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで殊勝な施身法法会を主催された。

法会が始まる前に、ある女の弟子は金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に公的に発露懺悔を与える機会に感謝した。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは10年以来彼らの家族の助けに感謝した。この弟子は2002年にまた信者として、母親に替って施身法に参加した。2010年1月30日まで、足りる福報因縁をついに累積して、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する事ができる。今日、彼女は皆様に、彼女は信者とする10年以来、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女と家族にずっと黙って助けてくれる過程で、その上、先月、殊勝な施身法の法会の中に、ある子供が彼女の身につけて泣いて、リンチェンドルジェ・リンポチェに済度される過程を分かち合った。

2002年、彼女の高雄に住んでいる母親が認知症に罹って診療を受けないで、随意に大小便をして、いつも入浴しないで、家族に世話の困難をもたらした。彼女は兄弟子の薦めにより、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見して来て、また、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けてくれることを求めた。慈悲深くリンチェンドルジェ・リンポチェは母親に替って施身法に絶えずに参加する事を指示した。だから、彼女は旧道場の300人余りに参加する施身法法会からいままで千人以上が参加する施身法法会が既に10年に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェの一回また一回の助けの下、彼らの家族に傷つけられた衆生と累世の冤親債主が済度されて、深く感銘が早くて持っていた。施身法法会に参加して終わってから、ある特別な楽な感じがあって、悲しみと悩みが既に無くして、とても平静で楽である。いま、法会に参加する者が多いので殆ど座られないでも、生きている者であれば、死んだ衆生であれば、全て施身法法会の到来を期待している。

彼女は2月19日(2012年)に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を修めて慈悲な威徳力を以って彼女に傷害された衆生を済度する事に感謝した。2月19日、彼女と多くの苦しみを受ける衆生はリンチェンドルジェ・リンポチェの修法して済度する事を期待していた。その日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法席を上げると、済度されることを待っている名簿を吹いて加持して、そして、直接修法し、普段ようで皆にいくつかの開示を与えるのではなくて、雰囲気が一寸重々しいと感じていた。長年以来、施身法法会に参加した経験により、初期に毎回でリンチェンドルジェ・リンポチェが修法する時にとても大きな声を聞くと、彼女が全てビックリして、心臓が飛び出すようである。その上、法会の現場に牛が叫んで、犬が叫んだなどの変な声を聞いたことがあった。最初、彼女はとても恐れて、兄弟子が法会の過程に往生することを自らみるまで、死亡の時間がちょっといいで、また、現場でリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な無比なポワ法をもらって浄土に行けた。死者は平和で去って、死亡の苦しみと恐れをすべてへることが要らなくて、リンチェンドルジェ・リンポチェの不思議な慈悲威徳力を真に賛嘆した。リンチェンドルジェ・リンポチェが数切れない衆生に済度する修法及び仏法の開示を見て聞いた後に、彼女はとてもはっきりしてとても安心し、衆生が如何なる問題に関わらず、ただリンチェンドルジェ・リンポチェがいるならば、必ず済度する事を貰える。

だから、たとえ当日の雰囲気は多少異なるとしても、彼女の心の中依然としてとても落ち着いている参加し、そして、彼女が助けたい眷属を順番で観想し、同時、多くの縁が有る衆生を招いてリンチェンドルジェ・リンポチェの済度を待っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れで六字大明咒を唱える時に、皆の癖がまた犯して、上師に注意しないで、自分が自分のを唱えていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に「そなた達は上師か?或いは私は上師でしょうか?」を叱った。その上、皆が唱えさせなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの叱りにより、死ぬのであれば、生きるのであれば、乱れているのであれば、一心しないのであれば、全ての人々の心を呼んで帰って、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深く済度を一心に望んでいた。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生に憐憫して、心を尽くす方法で、叱ることによらないなら、皆が乱れている心が集中することができなくて、それでは、我々に従ってくる冤親債主が仏法の助けをもらえないで、いいところへいけないのである。

この時、彼女は他の兄弟子が泣いた事を聞いた。彼女はその時唯冷静に素直に座って、専念に上師を見た。思わないが、此れは嵐の前の静けさだ。慈悲なリンチェンドルジェ・リンポチェは六字大明呪を唱えた声が出ると、悲しくて辛い感じは心の中から現れて、伴い止らない涙は不断にすすり泣きの声は小さいから大きいまで、彼女は必死に我慢して中々泣く勇気がない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えた声の振動で続いて状況は彼女は制御できなかった。彼女は胸からある抑えられた苦情があると感じて、とても辛くて助けを求められない力はリンチェンドルジェ・リンポチェの真言を唱えた声に従って出てきた。自分の口から号泣して、激しく叫んで大声をあげて泣いた。兄弟子達はすぐ彼女を横たわらせた。続いてある子供は号泣して、「リンチェンドルジェ・リンポチェは行かないで、リンチェンドルジェ・リンポチェは行かないで、私はとても怒っている。私はとても怒っている。」と言った。ある無形な力は繰り返してこの弟子の背中を上げて、重くて床に落とした。更に足を踏みならして自分の憤る情緒が現れた。また悲しくて大声で泣き叫んだ。「リンチェンドルジェ・リンポチェ、私を助けてください。リンチェンドルジェ・リンポチェ、私を助けてください。」怒って悲しんでいる間に彼女ははっきりに感じたが、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの足跡に付いていないのを心配しているから、しっかりにリンチェンドルジェ・リンポチェの真言を唱えた声に従った。

この弟子の意識は最後まではっきりにしていた、この時彼女は口を開けて、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔を求めて、「リンチェンドルジェ・リンポチェ、私は間違いました。私は間違いました。私は仏を学んで再び輪廻したくない。リンチェンドルジェ・リンポチェを請求して、虚空の中に苦しみを受けた六道衆生を助けてください。」子供はもう一回に彼女の背を落として、足を踏みならして、自分の憤る情緒を表した。それでリンチェンドルジェ・リンポチェが真言を唱えた声の中に徐々に落ち着いて前の静さに戻った。

彼女はとてもはっきりに分かったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分と縁がある眷属を慈悲に済度されたから、すぐ髪を振り乱して起きてリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを感謝した。法会が終わると、兄弟子はすぐ関心を持って、家の中に何か助けが必要な事に遭ったかどうか聞いた。彼女は兄弟子達の関心を感謝した。家へ帰る途中にも他の同僚の兄弟子の電話を受けた。彼女はある子供は怒っているらしいが、自分はこの子供は何のために怒っているか分からないのを伝えた。彼女は冗談に言ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは尚更に怒るかもしれないが、この子供は如何しても離れたくないと言った。この事を話すとき、彼女は自分が本当に無知だと思って、自分の過ちを分からない。この同僚の兄弟子は何故子供があると聞いて、彼女は母が晩年の時に嘗て言われたが、彼女達は元々兄弟十人がいるはずだが、しかし六人は堕胎された。彼女の母はこの事に対してずっと気になった。更に彼女の一番目の兄、二番目の兄、姉とも子供を卸したから、彼女は法会に参加する時、リンチェンドルジェ・リンポチェを求めて、彼達を助ける。

翌日目覚めて、彼女は背中や足はとても痛いはずだと思った。結局不思議なのは彼女は何も感じなかった。唯号泣し過ぎなので、声が発す事が出来なかった。尚更に不思議なのは胸はとてもすっきりして、鬱陶しくない。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示されたが、業は中脈にいるから、若し塞ぐと亡くなる時気は下に行って三悪道に着く。この弟子はとても喜んで、事務所に入ると、同僚兄弟子に話して、一日中気持ちが良くとても喜んだ。しかし、喜びは本当に短いが、その夜寝る前に突然にリンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て開示された事、堕胎薬を売る人は地獄に堕ちるのを思い出した。昔にリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞く時、自分は薬を売らず、堕胎もしないから自分と関係がないと思った。続いて他の事を心から浮かんだが、長年前に彼女の二番目の兄は失業する時嘗て自分に金を貸したが、彼女は何のために使うと追い詰めたが、二番目の兄は仕方がなくて、妻は意外に妊娠するから、人工妊娠中絶手術を受けるつもり。当時彼女は彼達の問題はとても多いから、これ以上問題を増えないと思ったから、翌日彼女は金を彼達に振り込んだ。此処まで考えると、彼女はぼんやりにしてベッドに座った。自分が人を殺したように感じた。自分は二番目の兄と彼の妻にナイフを与えて、自分は血の繋がる人を殺した。彼女は涙が流れながら、自分は何故このように悪辣だと考えた。若し家族さえ殺す勇気があって、そのために懺悔を分からないなら、偸盗、邪淫、悪口、両舌、妄語、こそこそと悪いことをして、人を殺して放火する事などどんな悪事を行えないわけではない。

彼女は相弟子の早めに皈依するとのお勧めを聞かなくて、母親に臨終する前にチューブする苦しみを受けさせて、無形の中に殺業を作ったのを本当に大変懺悔した。彼女の母親は晩年に認知症になり、お風呂に入ることをしたくなく、日夜混乱して、冷熱が知らなくて、随意に大小便をして、病院へ見に行く事もしたくなくなった。2002年から彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェに面会を申し入れてから、リンチェンドルジェ・リンポチェの話を聞いて、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを貰うまで、母親の代わりに施身法法会に参加している。

ある一回、彼女と同僚と雲南へ個人旅行しに行き、高さ3,600メートルの山に1つのお寺を参観する時、解釈者は旅客に、もう1つの部屋に入って1人修行者を見る事が出来ると言って、彼女はとても直覚で入ってしまった。あの修行者はかえって口を空けて話さなかった。通訳する蔵族女の子は言った:法師はある何名有縁の者が残る事が出来ると言った。1つ団体三、四十名が先出て、只六名が残って、彼女はその中にの1名であった。この修行者は彼女に仕事と自分と家族の健康を注意させて、それに彼ら幾ら名に供養布施及び灯をつけて仏に供養するチャンスを与えて、彼女がとても嬉しくてした。旅が終わって台湾に戻ってきた時、はじめて知った、彼女が旅を出てある日の昼間、既に十数年ドアを出る勇気がない母親は意外にお1人で出て、また速いスピード車道で慌てて来たり行ったりして、交通大隊に精神病院に配置され、それに写真を撮って管区警察署にあげた。この弟子の家族も管区警察署に届けを出したが擦り違って同じ人との事を発見しなくて彼女の母親に大変驚かせた。

彼女の父親が前癌症のため氣切手術と幾らの放射治療をして、身心に極大な痛みと傷害を作った次第に家を離れて自殺する事になった。家族は嘗て父親が出て、父親を探す苦しみを経歴し、最後に探して来たのは1本冷たい屍体であった。それで、今回母親を探す過程に、家族がもっと多くの恐れがあった。事後、考えた時、彼女が雲南玉龍雪山に、白教道場で灯をつけて仏に供養した翌日の昼間、台湾の家族が母親を見つけたの知らせを受け取った。リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを感恩し、彼女の母親も迷う子になって見つけられた後安養院に安置されて、生活品質が改善された。その後、同僚相弟子と雲南で仏菩薩の助けを得て母親を見つけた過程を分け合って、それに相弟子にあのお寺はチベット仏教白教に属するのを教えた。同僚相弟子が注意させて始めて分かった。自分が何時も参加するリンチェンドルジェ・リンポチェの施身法法会は即ちチベット仏教の白教で、本当に大変仏菩薩の慈悲を感恩して、一切は全部巧みな手配だ!あの頃是非法会に参加し続けて、中断する事が出来ないと感じだ。しかしリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する考えが全く起きなかった。上師が申されたように、人としての礼儀さえも知らず、彼女は大変恥ずかしく思った。

彼女の母親は安養院での5年間、往生する前半年まで、はじめて段々歩けなり、身体、頭が連続的に皮膚炎にかかって潰爛して、手指も潰爛したためもう少し手を切断することになり、しかし、全部リンチェンドルジェ・リンポチェの加持で安然過ごした。彼女の母親は彼らが高雄へ正月を過ごす期間で往生し、あの日、彼女の母親が突然に心の動きがなくて、安養院に病院に運ばれて、パイプを挿して救急して、二日間後往生した。覚えて以前聞いた、リンチェンドルジェ・リンポチェが申された、人が往生した時、因縁があって甘露丸が貰えば三悪道に堕ちることが出来ない。彼女の一番目の考えは急ぎで台北に帰って、参加した大法会の甘露水の中にの甘露丸を取って母親にあげるのである。本当にリンチェンドルジェ・リンポチェに万分感激した。この時彼女義理姉は突然に1つフイルムを入れる黒いボックスを取って、このものは彼女が持って帰った数年間、今年正月のためお掃除する時、捨てると思ったが、彼女はこのものは大変大切で、今ちょっと思い出して、彼女に見せた。彼女が挙げて見るとこれは数年前法会に参加した時、リンチェンドルジェ・リンポチェが与えた甘露丸で、真に嬉しかった。こうして、彼女の母親は往生する時、リンチェンドルジェ・リンポチェが救済する甘露丸を直ちに貰った。彼らもとても順調で静かで母親の最後のⅠ程を送った。台北に戻って来た時またリンチェンドルジェ・リンポチェに施身法で彼女の母親を済度するように願う。

彼女の母親は長期で薬を飲んで、生前に目を閉じることができなくて、が、母が火葬する骨灰が乳白色で、いろがとても綺麗だ。当時、信者とする彼女はこれらの事がすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を知らないで、また、直ちに上師を褒めることも分からないで、彼女の兄弟に上師の殊勝加持と慈悲に了解させる事が出来なかった。彼女は最も懺悔するはずのが自分だと感じて、もし機縁を把握して直ちに皈依して、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞くなら、母に挿管の苦しみを受けさせないで、次兄と兄嫁に堕胎しないでくださいように勧めることができで、その上、自分に殺業を多くてさせないことができた。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は最も親孝行をする人間が仏を学ぶ人間である。いま、この話を回想して、自分は本当にとても憎らしくてとても利己的だと感じて、自分の不精で怠けて、遅らせる習慣なので、早めに仏を学ぶ事をしたくないで、両親に多くの苦しみを受けさせた。

自分は鬱病がある事を回想し、10年ぐらい時間体と心を繰り返し手苦しめて、生きていることを求めないで、死ぬことも求めない苦しみがあった。厳重な時期には、両目が停滞し甚だしきに至っては出勤することができなくて、首をつって自殺する考えを常にあった。が、彼女は母に替わって絶えずに法会に参加している10年過程に、ますます自分の問題を改善し、いままで、薬を飲まずことを何年目をした。皈依してから、彼女は自殺する考えも益々無くして、変る考えがリンチェンドルジェ・リンポチェの開示なので彼女に浄土に憧れさせることを生じた。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示したことがあって、阿弥陀仏浄土には、とても綺麗なところで、何か食べたいなら、何を生じて、食べて終わってから食器が無くして、すべて碗を洗う必要はなくて、いかにこのような良いところがあるのでしょうか?彼女にとても嬉しがらせて、これらの一切はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持である。

記憶があってから、彼女は平静な生活を暮らすことを望んでいて、しかし、家にはすっと終わらないことを処理しなければならないでう。いま、回想して、父親の自殺であれば、母親の認知症であれば、次兄の財務問題であれば、自分が病気にかかることであれば、これらの一切は衆生に苦しんで殺生したことでもらえた。全ての天空に飛ぶものであれば、地に走るのであれば、水の中に生きているのであれば、四つ足であれば、二つ足であれば、死ぬものと生きているものが彼女はすべて食べた事があって、殺生の業だけで数えきれないで、懺悔も間に合わなかった。会社のお金とサンプルを盗んで、邪淫の考え、他人に恨んで、いつも業を作っている。が、最も無知な事は彼女が直ちに皈依しないので、金剛舞VCDの殊勝が知らないので、意外にもそれを無くしてしまった。彼女はとても懺悔していることを感じている。とても懺悔している。

この10数年にリンチェンドルジェ・リンポチェの助けがないならば、彼女は自分が絶対に忙しく走り回って疲れることを信じて、が、慈悲深くリンチェンドルジェ・リンポチェがなにも知っていて、彼女に家族に代わって大礼拝をさせることを同意し、彼女の家族がいまただ彼女だけで因縁があって仏法を聞けた。彼女は上師の慈悲に感謝し、その上、上師が家族に傷害された衆生に感謝した。

彼女の命は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依してから変った。彼女の心はリンチェンドルジェ・リンポチェに開示される法語によるので安定する事が出来た。彼女の冤親債主はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けをもらえたのでいいところへ行けた。彼女は自分がこんなに多くの間違いをしたことを思い出しで、が、ただ少しだけ三悪道に落ちられて、彼女に思わず恐れさせてぞっとした。此処に上師の慈悲深く加持に祈って、その上、虚空に六道で苦しむ衆生が上師の助けを貰って三悪道と輪廻の苦しみを離れることを祈っていて、リンチェンドルジェ・リンポチェがいるところであれば、衆生が安楽する事ができる。上師の法体が安康し、法輪を常に転じていて、世につねにとまっていることを祈っている。

引き続いて、もう一人の女子弟子は自分の過失を発露懺悔する。この弟子は2010年6月のある共修法会の中、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲に開示されている時、彼女は兄弟子の眷属がポワ法を得て火葬した後の瑞相の写真を順次伝えて、隣の兄弟子を上師の開示に集中していないようにさせて、自分が上師三宝に対して恭敬しない過失を犯しただけではなくて、さらに兄弟子を入場することを禁止されたように巻き添えにした。この過失はこの年上な兄弟子をその故焦って落ち着かなくなったようにさせた以外、兄弟子の仏を学ぶ道を障害して、毎回の法会に、天気の寒さと暖かさに関わらず、外で1、2時間を待ちなければならないようにさせた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩に懺悔して、弟子として最も基本的な恭敬する心さえもやり遂げていない、同時にこの年上な兄弟子に謝って、自分の過失でこの年上な兄弟子を苦労になったようにさせて、また彼女の仏を学ぶ道を障害した。彼女は自分がこのように大きな悪業を造った事を懺悔して;彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェのご叱正に感謝して、もし自分の身、口、意をしっかり見ていないと、自分の考えが随時随所に悪業をつくっているのをよく知っているということを彼女に了解させた。

この弟子はこう報告した。その時、法会中に前の座席の兄弟子が写真を順次伝えていることを見て、心の中でリンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を開示しているところ、こうしたら恭敬するかと思ったことがあるが、しかし、既に何列も伝わられたので、もし正しくないならば、上師が指摘してくれると思っている。写真が彼女の手に伝わられた時、彼女は自分自身が一心不乱に上師の指示を聞きたいと思っているから、利己的に写真を隣の兄弟子に伝わって、問題を他の人に流して、彼女は自分の私利私欲の悪念を懺悔して、このように大きな悪業をつくった。上師は法座の上で仏法を開示しているが、しかし弟子の起きた考えはリンチェンドルジェ・リンポチェが非常にはっきり知っていて、本当に不思議である。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に過失を思惟する機会を与えたことを恩に着た。

彼女は往生して3年余りの父を助けたいため、はじめてリンチェンドルジェ・リンポチェを謁見する因縁があり、しかも施身法法会に参加して、その後1999年8月8日に上師に皈依した。彼女は小さい時から、人が往生した後にきっと済度しなければならなくて、亡者を浄土まで往生させることを知っている。だから、父が往生した後、友達の紹介により、毎年7月に顕教の法会に済度牌位を立てて、父親と祖先のため済度して、もちろん多くのお金をもかかった。ある日の明け方に彼女は間もなく目が覚める所、突然「あなたはそんなに多くのお金をかかっても、しかし私達はすべて利益を得ていない」というひと言を耳にした。友達はあるチベット仏教の上師が開催される済度法会を開催することを分かち合って、彼女に主法するリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見に行かないかどうかを聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する予定日の前の数日間夜、彼女は逝去した身内を絶えずに夢を見て、甚だしきに至っては夢を見たことがない母方の祖父、祖母さえも夢見した。

リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに父親に関する事を伺いを立てて、リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女の父がよい事も悪い事をしていないから、今はまだ彼女の家にいると開示した。すぐ彼女は上師に施身法法会に参加させることを願い出て、そして父と祖先は一緒に参加させるように願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは頭を上げて彼女の後へちょっと見て、すべては参加できることに賛成する。そして彼女は毎晩逝去した身内を夢見した事を上師に伺いを立てて、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれが彼らが彼女に情報を強化したから、しかし愚かで無知な彼女はその後やっと施身法がとても殊勝なことを知っていて、鬼道の衆生は誰が本当に彼らを助けることができることがよくはっきりと分かって、普通な人は往生者のため牌位を立ててすこし念仏してから、済度することができるのではない。

ある施身法法会に参加した翌日の午後、彼女は眠りの中に窓の外に眺めて、空が1面晴れ渡っていて、万里は雲がないが、しかし突然に雷が部屋の中に落雷して入って、雷鳴はとても大声に部屋でとても長くこだまを発生して、彼女は本当に耳に轟く雷のようだと心の中で考えて、同時にまたとても遠い空のところから多くの人が彼女を叫ぶ言う音が伝来して、彼女の心の中でまた雷が鳴る声か或いは叫び声かと疑って、何の事が発生したか分からない。彼女に目を開いて夢を見たことを知っていて、しかし夢の世界が真実であるから、その故それから上師に伺いを立てる時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、あの人たちが彼女の代々の冤親債主であることと開示した。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝して、毎回も体の疲れきっていることを顧みないで、いとま請いをせず苦労して衆生のために殊勝な施身法を修めて、有情を利益して、父と祖先に苦を離れることができるようにさせたことを恩に着た。

彼女は懺悔したが、当時施身法法会に参加して、唯父及び祖先を代わりに参加した。本気に仏を学んでいない。尚更に彼女は仏を学ぶ事に対して、邪見を持っていた。自分が聖人ではないから、戒を守れないと思って、更に戒律は自分を制御するから、皈依した後、皈依を守らなくて、方便のため、寺院に神に祈るや占いに来た。尚更に三昧耶戒を守らず、自分の承諾を忘れた。暫く法会に参加した後、仏を学ぶのは仏経を開示すべきだと思った。毎回同僚に聞かれて、どんな仏経を唱えたかどうか。彼女はないですが、唯上師が不断に弟子を責めていたのを聞いた。それで彼女はその後一年間くらい法会に引き続きに参加していない。

ある日夢の中にリンチェンドルジェ・リンポチェを見て、とても大変に坐禅して修行して、汗だらけの姿を見たまで。彼女は連続に夢の中に二回を見たが、始めて上師に謝りを深く感じた。上師が伝授された六字大明呪さえ唱えなかった。ある一回に彼女は夢の中に自分が急難に陥ったのを見て、緊急の時に不断に六字大明呪を唱えていたが、しかし、如何なる唱えても字を一つ欠けて、真言を完全に唱えなかった。目覚めた後、自分が用心しないのを懺悔した。だから、改めて法会に参加した。

彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、自分に沢山な助けを与えた。父及び祖先を済度した以外、母が二回目脳卒中に罹った時、貴重な甘露丸を賜って母を加持されて、母に順調に危険時期に過ごさせて、早めに退院できた。母が往生する時、母を助けて、殊勝なポワ法を修めた。彼女の末っ子は小学校二年生の時に突然に心臓病を発病したが、リンチェンドルジェ・リンポチェも慈悲に末っ子を加持して、彼女に息子は心臓血管は少し塞いだから。医師兄弟子から聞かれて血管検査を行えば、子供に対して非常に苦しいが、施身法法会を参加する事を勧めた。その後、彼女達は引き続きに法会に参加して、今彼女の末っ子は既に高校二年生になったが、再び異状が現れていない。彼女は再びリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な加持及び医師兄弟子のアドバイスを感謝した。

2006年彼女の妹は交通事故に遭った。妹の車は空回りして、橋から下の川へ入り込んだ。車は全て壊れたが、体は外傷が無くて、唯頭にあざを付けられたと脊椎を挫傷した。全てリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に加持と加護のお陰だから、重い報いを軽く受けられた。妹はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下で、早めに腫れが引いた。更に漢方診療所の治療を通して、脊椎の傷も良くなった。その後妹は胆汁が多すぎから急性肝炎を起して、医師は妹に肝臓移植を勧めた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは不断に弟子に福報を累積する機会を与えて、彼女の妹は上師に従ってラダックに行って法会に参加した後、ある一回鼓膜が破れて病院に検査する時、医師は急に彼女の肝臓機能指数が完全に正常だと発見した。彼女は既に肝臓移植を受けたと思った。彼女の妹は医師に知らせたが、自分が肝臓移植を受けず、全ては尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに助けられた。医師も妹に不思議だと言った。

ある一回、彼女の幼稚園に行った姪は従兄弟と一緒に自転車に乗って遊びに行った。不注意に足を車輪に巻き込んで、足首は砕けて、傷が深くて骨さえ見えた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェを感謝して、電話の中で真言を唱えて加持された。彼女の姪に痛くなく、早めに回復できた。全ては大悲心、仏と無別する徳を具える上師に皈依したから、上師の慈悲な加護の下で、長女として自分は兄弟のために余り気を付かなかった。

彼女は嘗て夢を見たが、ある古い服装を着た人は部屋に入って、彼女に側の仏像は何ですかと聞いた。彼女は金剛薩埵と金剛杵を返事した後、この人達は突然に消えた。続いて、彼女は胸からへそまでの間に全ての筋は始めて痛くなった。心の中に上師の加持を祈った以外、当時唯痛みの中に死亡を待つしか出来ないと感じた。その時、彼女は突然にリンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て言われた吉祥卧を思い出した。彼女は右側に転じて寝る時、胸の痛みは突然に消えて、更に完全にはっきりにした。彼女は再びリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲な救護を感謝した。彼女は懺悔して、愚かな自分はその時始めて分かったが、上師及び諸仏菩薩がどんな方法で衆生を助けるのは本当に凡夫が分からない。

自分が戒を守らなく、教えに従わなく、それに順従しないのに、尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが相変わらず絶えずに彼女と彼女の家族を加持して、上師の恩情は海のように深くて、彼女が報う事が出来なく、彼女はかえって上師、三宝に恭しくない悪行を犯して、もう一度尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ及び諸仏菩薩に懺悔し、嘗て害をした無数な蟻、蜘蛛、ゴキブリ、蛤等衆生に懺悔し、若い時父母親に言い返して、父母親の心を傷付き、舅姑に対して親孝行をしなく、会社の仕事が良く出来ないで会社に損をした事を懺悔し、強がりで、面子を大事にするため、他人に嫉妬心が起き、瞋心が重いので人様に対して言葉の使い方が親切ではなくて悪い口で、何時も他人の過ちを見て、自分の身、口、意を検視しなく、仏を学んだ後細かく計算する心で供養し、傲慢で自分が大変良く勉強したと思って、もっと多くの法を学びたい次第に法に貪欲し、上師に伺わずに仏経を見て、上師のご開示を印刷して、師長を尊重せず、道を大切しない、これ等の累世の悪習は尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが何時も絶えずに訂正し、しかし、彼女はやはり改めなくて、何時も犯して、上師の貴重な体力と時間を無駄にした。

仏を勉強する道には金剛上師が耐えずに監督と加持がないで彼女が自分で呪文を唱え、大礼拝をするさえ、全部非常に容易することではない、常にしたい気持ちがあったが力が足りなかった。彼女は以前呪文を一段時間で唱えるとお体の気が足りないと感じた。漢方薬を食べても只暫く出来た。ある回リンチェンドルジェ・リンポチェが長寿仏を修めた後、気の足りない問題はやっと解決し、あれから呪文を唱えることが順調で出来た。前、大礼拝をする時も汗は雨が降るようにかけて、お体が千キロの重さようすることも上師が長寿仏を行なった後、大礼拝をする時やっとお体が軽くなる事を感じで、し続ける事が出来た。彼女は仕事が忙しいので懈怠し、上師が大きい声でなぜ法会で開示のテープを聴かないと叱る事を夢見て驚き目が覚めて、心の中に上師が本当にすごいと思って、もう怠けることをする勇気がない。

ある回彼女は施身法法会に遅刻したので、阿弥陀仏の灌頂に参加する事ができなく、上師にお願いしたが、上師はお願いしても無駄と言った時、彼女の頭は空になって、この一生は来た意味がない事しか感じなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に日曜日の法会する前、まず外で待たせた。彼女は家に帰った後、深夜に起きて泣いた、なぜ只自分1人で法会に参加することが出来なくて、心の中に大変悔しいと感じだ。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲で彼女に灌頂を参加させた事を感恩した。上師が嘗て申された、仏を勉強する過程の中には衆生を忘れる事が出来ない、彼女は自分の離苦することばかりを考え、衆生を忘れた事を懺悔した。仏を学ぶ道には1人具徳の上師の監督がなければ、彼女は既に間違い方向に向かった。

2005年、彼女は独り善がりで道場のため帳簿をしたく、かえって道場にとても大きい迷惑をもたらして、上師に法会の中に叱られて、はじめて皆の目の前に叱れたため、仏の勉強はなぜこんなに辛くて、また大変面子がないと感じて、仏を勉強したくない考えが起きて、家族及び妹がお勧めしでも、彼女も聞かなかった。ある日食事がしなくて、お腹がへって目が覚めた時、突然に思い出した。自分になぜ仏を学ぶかと聞いて、心の中に答えた:有情に利益するため仏になる。はじめて棒に殴り醒められて、また急に思い出した、これは毎日唱える皈依文ではないか?なぜ自分が自分の承諾を忘れたか?はじめて菩提心妙宝この言葉を体得出来た。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教法を感恩し、さもないと彼女が仏を勉強する道は既に断て、どの世にまた稀世珍宝な金剛上師に出会って、輪廻を離脱チャンスを与えることが出来る。

上師は闇の中にの1本の明らかの灯のようで、絶えずに前方を明らかにして、弟子に正確な修行道を引導する。ある回リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の中に彼女を訂正した。上師に自分が呪文を唱えるスピードはとても速いと言った。彼女は自分がこの件を言い出さなかったが確かに嘗てこのような考えがあった。あの頃はじめて分かった、上師が弟子に教導する時、弟子が心を起こし念が動くのは偏差があると弟子に教え、これ等細微な考えはある時自分さえも察知することが出来ない。彼女はこんな1人大修行者の門下に皈依出来るのを感恩し、このような縁を惜しんで、この世には無駄に来て輪廻し続ける事をはじめて出来ない。

2010年の年末には、彼女は家庭の不順調を経て、経済が苦しい状況をあって、子供の教育が問題を出して、また、中年に失業にあうなども問題を経験した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法教導と加持があるので、上師に教導される仏法にて一切を考えるので、心がようやく落ち着いて、この一切の果報の出現も上師の慈悲な加持ことを知っていて、彼女に早めに返済させて、その上、平然でこれらの事に直面する事が出来る。彼女は困難な状況にある時に未来に恐怖を常に感じていて、しかし、ただリンチェンドルジェ・リンポチェの教導を思うなら、死亡無常が分かっていて、因果応報を受けていてから、心の中に未来への恐れをついに減らされる。彼女は時に悪い環境にあってからとても逃避したいけれども、上師に開示された宇宙の中に如何なる人、事、物は我々に修行させられる事を思い出すなら、彼女が落ち付けて、自分が如何に直面して逃避しない事を考えている。たまには、彼女の考え方は変わらない時に、五戒十善、「仏子行三十七頌」などの上師の教法のなかに間違いを考えていて、自分の考えを検討した。もしリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の教導がないならば、彼女はこの一年間余りに絶えずにくる逆境に直面して、心の中の恐れと苦しみが想像することが出来なくて、彼女は上師の慈悲深く加持に再度感謝した。

ある木曜日の夜には、彼女は地の上に何匹のアりがいることをみて、畜生道の衆生が可哀相だと感じるため、どのぐらい輪廻が分からないで、だから、それらに明日施身法法会があって、そなた達が法会に参加しよう、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達に助けられるといった。それから、地を綺麗で拭いた。が、翌日、モーターバイクを空回りして、結局、脚が血を流してまた肉を取られた。その時、彼女の最初の考えは上師が仰ったとおり、血を流すのが殺生である。そして、第二の考えを起して、因果応報が速くて来る事がすべて上師の慈悲深く加持で、自分にこのように速くて弁済させられた。彼女はこの時にやっと明らなにアリに施身法に替わって施身法法会に参加してそれらを傷つけても、因果応報が依然として存在していて、ただ重い果報が軽くて受けられるだけである。まして、悪念で殺業をおこしたら、それはどのように怖い果報である。彼女はその後アリのことを忘れてしまって、が、その日の昼休み時間、夢の中に壁にアリをいっぱいのぼった事をみて、そして、夢の中に目覚ましで、そして、アリからくれる情報を思い出しで、絶対に忘れる事が出来なくて、衆生としても施身法を期待してそれらを三悪道の苦しみを済度する事を望んでいる。

一回、彼女は転んで傷を受ける痛みのためソファーの上でねて、夢の中に冷たい風がよそよそ吹いていると感じて、その上、テレビのスクリーンの反射の中に顔色が緑である自分をみて、この時、急に髪がしろぽっい高くないお年寄りをみて、残念で希望なしの目つきで自分をみた。このような状況を一定の時間を続けてから、子供が病気にかかることをはじめて、昼間に問題がないけれども、連続の三日間に深夜の2時に熱が出た。彼女はこのお年寄りが助けを貰えないので法会に参加したいと思った。その後、因縁があってリンチェンドルジェ・リンポチェにお伺いを立てられて、彼が彼女が買った物に従って帰って、その故に因縁があって、彼に替わって殊勝な施身法法会に参加する因縁があって、これにより、済度が容易なことではなくて、大成就の修行者こそ出来る事である。

最後、この弟子は彼女の友達のストーリを分かち合った。彼女の妹の友達は癌に罹っていて、だ、因縁が備えないので、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する事ができなかった。妹の友達は生前に病気の苦難を受け尽くして、生きても死ぬほうがいいような状況で、心の中にただ仏菩薩に頼んで助けてくれた。この友達が去った後、妹は彼女の霊堂の前にいって彼女に「毎週の日曜日、寶吉祥仏法センターに法会を行っていて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に助けられる」と言った。そして、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに再度謁見していって、彼女に替わって施身法に参加した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女が妹の友達に替わって法会に参加して福報を累積することを慈悲深く同意した。一年余り後、彼女の妹はこの友達が「いまうまく生きていて、その上、彼女に家族の名簿を書いてくれる」と言った。二日後、この去った友達のお婆さんが去った。彼女の妹の友達は姉妹に彼女のお婆さんに代わって施身法法会に参加する事を助ける。鬼道の衆生は誰が能力があって彼らを助けられる事をはっきり知っている。

彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に仏法の一切及び教導を与えることに再度感謝した。その上、自分がした一切の悪行も懺悔し、これから自分の身口意をもっと注意していて、悪を止めて善を行って、上師の恩徳に報じる。上師の身体が安康し、法輪を常に転じていて、世にずっと留まって、直貢噶舉の法脈を盛んで、一切の有情を利益する事を望んでいる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法席に上がった後、参列者の為にチベット仏教の八大成就法の中の一つの「施身法」を修めた。今日、総計1,413位の信者と弟子は今回の殊勝な施身法法会に参加した。修法の過程には、道場の有線テレビのスクリーンの中にリンチェンドルジェ・リンポチェが修法して特殊な声を何回目で出す時に、リンチェンドルジェ・リンポチェの背後が仏の背後と同じような廻る光芒が現れる事をはっきり見えた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは参列者を連れで六字大明咒を長くて唱えた。真言を唱える過程には、リンチェンドルジェ・リンポチェの声は全ての道場を充満し、耳に轟く雷のようで、人の心を揺り動かして、参列者は慈悲の力が一回一回をすべて感じられた。

リンチェンドルジェ・リンポチェが修める施身法はとても殊勝で、修法過程には、自分を顧みないで自分の身体を供養して布施し、修行して悟る広大な福慧と功徳と大能力を以って、一切の有縁の衆生を助けて善道に生まれて、甚だしきに至っては浄土まで済度するように助ける。修法が終わった後、廻向文を唱えた。かつて、領衆弟子は参列者を連れで『極楽淨土に生まれしことを求める祈祷文』を唱えて、今回、リンチェンドルジェ・リンポチェは一人でチベット語で唱えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは広めて深い声で一つつづに『極楽淨土に生まれしことを求める祈祷文』を唱える時に、衆生がすべて輪廻を解脱する事を強く望んでいて、再び苦しまず慈悲な願力が強く望んでいて、そして、リンチェンドルジェ・リンポチェの声にてすべての道場と限りがない虚空の中に充満した。参列者はリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を惜しむ慈悲力で震え上がらせて、涙が抑えててはいけないで流れていた。

円満な修法した後、すべての法会に参列する信者と皈依弟子は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに叩頭して頂礼し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが殊勝な修法が円満になる事に感謝し、また、リンチェンドルジェ・リンポチェが法席を下りる事を恭しく見送った。

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2012 年 04 月 06 日 更新