尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ 法脈発揚事跡

金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは全力を以って直貢噶舉教派の仏法事業を護持するほか、仏法の推進や直貢噶舉教派の法脈の振興においても尽力し、数々の仏法事業を行っている。

◎ 1997年、チョンツァン法王が雲南へ直貢噶舉教派の寺院を訪問することを護持。チョンツァン法王にとって文化大革命以後、初の外訪となる。

◎ 2000年、台湾でチェツァン法王が主法する「普巴金剛大法会」を主催。

◎ 2000年10月中旬、寶吉祥仏法センターの弟子30余人を引率して、チベットのラサにある直貢噶舉教派の祖寺を巡礼。テンジン・ニンマ・リンポチェを拝謁した折、リンチェンドルジェ・リンポチェは大慈悲心および菩堤心を欲し、一切の衆生を代表して、関房に向かい心の中で頂礼した。すると、晴れていた空から瑞雪が飄然と降りはじめた。しかも、雪は関房前の空き地にしか降らなかった。この非常に珍しい瑞祥は、諸仏菩薩および竜天護法がリンチェンドルジェ・リンポチェの功徳を讃えたことを意味する。

◎2001年、直貢噶舉教派が伝承する「金剛の舞」の台湾巡回公演を主催。精進修行しているインド人ラマ僧10数人による演出で、直貢噶舉教派「金剛の舞」にとっては、初の台湾公演となる。台湾の北部、中部、南部の3カ所で合計1万人以上の観客を動員。また、チェツァン法王がインドでソンツェン図書館を設置するため、20万ドルを募集した。寶吉祥グループの映像事業部は、「金剛の舞」の台湾巡回公演の記録映画DVD【金剛の舞】を発行。

◎ 2002年5月、再び寶吉祥仏法センター弟子80余人を引率して、チベットのラサにある直貢噶舉教派のディクンティ寺を巡礼。テンジン・ニンマ・リンポチェを拝謁した折、リンチェンドルジェ・リンポチェチは関房に入って頂礼。テンジン・ニンマ・リンポチェは部屋の中や座布団の下、それから手元にある紙幣と貨幣をすべて取り出し、リンチェンドルジェ・リンポチェに人民元約500元を贈与する。リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取りを拒否したが、テンジン・ニンマ・リンポチェの強い申し出と、そしてその場にいたチェツァン法王の兄の勧めを受けて、ようやくそれを受け取った。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが人と天の供養を受け、教派を伝承する重大な任務を負うことを意味する。この巡礼の記録映画として、寶吉祥グループの映像事業部はDVD【チベットの聖地巡礼の旅】を発行。

◎ 2002年、台湾でチェツァン法王が主法する「阿弥陀仏淨土法門—ポワ法」と「本尊パルナシャバリ祛病」万人大法会を挙行。この日、桃園体育館には合計1万人を上回る人々が訪れ、この殊勝な大法に参加した。この法会の記録映画として、寶吉祥グループの映像事業部はDVD【チェツァン法王が自ら主法する本尊パルナシャバリ袪病大法会】を発行。

◎ 2005年から2008年、台湾でリンチェンドルジェ・リンポチェが自ら主法する「直貢噶舉教派岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」を挙行。

末法時代にある現在、数多の天災、事故、戦争、流行病で死亡し、苦痛と邪道に陥る六道の衆生が大勢いる。このためリンチェンドルジェ・リンポチェは大悲願を発起し、2005年から毎年、「直貢噶舉教派岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」を自ら主法。六道衆生が輪廻の苦痛から解脱するのを助ける。この殊勝な法会は、チェツァン法王の許可を得ているほか、数多くの大成就者の加持と祝福を受けた。「阿弥陀仏大超度法」は直貢噶舉教派の岩伝密法で、「ポワ法」の成就を得た伝承金剛上師のみが主法できる。チェツァン法王はこの密法を唯一、リンチェンドルジェ・リンポチェに四密灌頂している。

第一回法会は2005年9月に開催され、直貢噶舉教派のラマ僧、弟子、信徒5000人以上が參加。中には多数の顕教出家衆も含まれていた。別の教派のゲシェー、ガムポ、ラマなど28名がこの法会の開催を知り、自主的に参列したことも注目される。今回の法会は顕密両教の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の四衆が皆参列した。法会終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で台湾元100万元を寄付。会場の弟子達が寄付した台湾元352万元を合わせた452万元を、社会福祉や心身障害者の厚生など、社会厚生費用に充てるため、台湾の政府機関、内政部社会司に全額寄付した。

翌年8月、リンチェンドルジェ・リンポチェは再び「チベット仏教直貢噶舉教派岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催。ラマ僧、顕教出家衆、弟子及び信者など合計1万人以上が参加。法会終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェは再び台湾の内政部社会司に台湾元468万元を全額寄付した。その後、内政部はすぐお礼の手紙を届け、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

2007年9月、リンチェンドルジェ・リンポチェは第三回「チベット仏教直貢噶舉教派岩伝阿弥陀仏無遮大超度法会」を主催。参加人数は合計1万2000人に上った。他の教派であるンガパ、顕密出家衆、および日本、オランダ、フランス、中国、香港、インド、ベトナム、フィリピン、米国、カナダ、ニュージーランドなどの信者が、遠路はるばる台湾まで足を運んだ。法会終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェは再び台湾の内政部社会司に台湾元489万元あまりを寄付した。

2008年8月、リンチェンドルジェ・リンポチェは四度目の阿弥陀仏無遮大超度法会を主催、参列者数は1万4000 人に達し、それにはチベット仏教の直貢噶舉教派、ヅバ・カジュ教派、ニンマ教派、ゲル教派等31人のガムポ、ラマ、ヨギーニ、および顕教出家衆の6人と、日本、フランス、インド、オランダ、香港などから参列した信者らも含まれる。法会が円満に終了した後、リンポチェは参列者の供養金と、ご自身が寄付された金数総額416万元あまりを、全額内政部社会司にまわし、公益慈善社会福利事業に寄付し、社会的弱者や助けを必要としている人々の支援に充ててもらって、衆生に代わり広く善縁を結んでいる。リンポチェは過去四年に総額台湾元1800万元あまりを寄付している。

此の4回の大法会で、宣傳の張り紙は一枚もなく、ただ寶吉祥仏法センターの弟子達の口コミで、参列した信衆の総数は延べ4万1000人に及び、これは、リンチェンドルジェ・リンポチェがすでに仏菩薩の広大で深い福徳、大撮受力、および衆生を救う深く広大な願力を十分に備えていることを意味している。

◎ 2002年から2006年に至る期間、教派の大リンポチェが主法する祈福大法会を挙行。2002年から2006年の間、台湾で数々の大リンポチェの為に何回も消災祈福大法会を挙行。各法会の参列者は1000人を超え、多い時には2000人に達した。参列者からは  費用を一切取らず、必要経費はすべて寶吉祥仏法センターが提供した。また、法会の参列者から得た供養金は法会を主法したリンポチェに献上して、各地の寺院、仏学院、チベットでの小学校の建設費用に当てた。

  • 2002年、ローチェン・リンポチェが主法する「金剛手菩薩袪病法会」を挙行。参加者は1300人あまり。
  • 2003年、チェンガ・リンポチェが主法する「釈迦能仁金剛座灌頂法会」を挙行。参加者は1000人あまり。
  • 2003年、ドラブ・ワン・リンポチェが主法する「観世音菩薩六字真言実修浄土大法会」を挙行。二日間で二回行い、一日の参加者は2000人を超える。
  • 2003年、ローチェン・リンポチェが主催する「大白傘蓋仏母灌頂法会」を挙行。参加者は1500人あまり。
  • 2004年、ガーチェン・リンポチェ主法の「長寿仏灌頂および金剛薩埵超度大法会」を挙行。参列者は1300人あまり。
  • 2004年、ローチェン・リンポチェが主催する「蓮師、大白傘蓋仏母」共修大法会を挙行。
  • 2005年、ドラブ・ワン・リンポチェが主法する「六字真言」共修法会を挙行。
  • 2005年、ガーチェン・リンポチェが主法する「菩提心」開示と「白度母」灌頂法会を挙行。

◎ 2003年から、毎年独力でディクンティ寺での伝統法会を護持。これは、250人のラマ僧が、連続45日間、毎日24時間にわたって「六字大明呪」を唱えるというもの。この伝統法会は一時中断したことがあったが、リンチェンドルジェ・リンポチェの支援によって再開することになった。

◎ 2004年、青海ディクン派大法会を護持。100名あまりのリンポチェ、4000人あまりのラマ僧、および8万名以上の信者が参加した。祖師ジッテン・サムゴンが青海地区を離れて以来、直貢噶舉教派が開催した法会としては最も盛大なものとなる。

◎ 2005年、チョンツァン法王が青海の玉樹で法会を主法することを護持。現地のチベット人がその目で法王を見るのは、数百年ぶりのこととなる。リンチェンドルジェ・リンポチェはすべての航空券と宿泊費、供養金などを独力で護持。

◎ 2005年、青海にあるローマャ寺の「岩蔵八大ヘルカ」の灌頂法会を護持。この殊勝な法門はカジュ派において100年間伝承されていなかったもの。この法会でリンチェンドルジェ・リンポチェが灌頂を受ける。在俗修行者の代表として直貢噶舉教派の「八大ヘルカ」の殊勝な伝承を受ける。これは、この殊勝な法門が初めて漢民族の居住地に入ってきたことを意味した。この殊勝な法会の貴重記録については、寶吉祥グループの映像事業部がDVD【帰】を発行。

◎ 2006年、チェツァン法王がニュージーランドにて閉関センターを設置することを護持。

◎ 2006年8月、約500名の弟子を引き連れてインドに赴き、法王の誕生日を祝賀する。直貢噶舉教派の各地のセンターもデラドゥンに集まって祝賀活動に参加。直貢噶舉教派の団結力が増す。法会中、チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェにガムポパ法帽と五方仏法螺を下賜した。法王はまた、リンチェンドルジェ・リンポチェに、カジュ派の宝瓶と祥雲の標識を黄金で鋳造して、ガムポパ法帽に飾り付けるよう指示した。寶吉祥グループの映像事業部は、この貴重な祝賀活動の記録についてDVD【寿】を発行。

◎ 2006年10月末、リンチェンドルジェ・リンポチェはチベット仏教の伝法上師として、インド北部シーク教区にあるパンジャブ省の最も有名な学校M.G.N.の要請を受けて講演を行う。そして、同年度のゲスト授章者を担当することになる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、仏法の大知恵にて開示し、現場に居合わせた記者および来賓を納得させた。ある記者は、その場で詩を朗読し、リンチェンドルジェ・リンポチェは天が彼等に下された貴重な贈り物だと褒め称えた。翌日、地元の新聞社6社が4種類の異なる言語をつかって、大きな見出しで「リンチェンドルジェ・リンポチェが、仏法を使って青年や学生を指導した」と報道した。

◎ 2007年2月、インドのパンジャブ省の主要都市ジャランダール(Jalandhar)で観音法門法会を挙行。500人の現地の民衆が参加。シーク教区に進出して法会を行うことは、チベット仏教にとって初めてのこととなる。シーク教徒に初めて、仏法の洗礼を与えた。

◎ 2007年8月中旬、約300名の弟子を引き連れてインド北部にあるラダックの首府レーに赴き、ラダックの平陽寺で12年に1回開催する亥年大法会に参加。尊きチェツァン法王が自ら主法される。法会の進行中、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に法王のそばに仕え、弟子として上師に最高の崇敬と供養を示した。

◎ 2007年10月末、リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターの弟子および信徒50人あまりを引率して、ネパールのカトマンズにある直貢噶舉教派の新しい寺院「直貢噶舉教派仁欽巴利寺」の開光大典に参加。この寺院は直貢噶舉教派法王基金会で修行指導を担任する竹彭覚貝リンポチェが数年間かけて努力して建てたものである。

◎ 2007年12月中旬、寶吉祥仏法センターの弟子および信徒300人あまりを引率して、日本の京都に赴き、嵯峨野観光鉄道株式会社社長の要請に応じて、トロッコ列車で施身法超度法会を行う。法会当日の明け方、空にコロナが見られるという瑞象が現れる。走っているトロッコの中で施身法法会を行うということは、チベット仏教史上、初めてのことであるだけでなく、全世界、古今東西を見ても初めての例となった。リンポチェが主法しているとき、空に突然、地蔵王菩薩の瑞像が現れた。これは、衆生に利益するリンポチェの大願力および大慈悲心が、時空を超越して現れたことを意味している。

◎ 2008年5月、リンチェンドルジェ・リンポチェは自らインド赴き、法王を台湾に迎え、直貢噶舉台湾各センターのリンポチェ、ガンブ、ラマおよびその皈依弟子を代表して、今回の四川大地震とミャンマーのサイクロン災害の被災者を祈ることを法王に祈請した。また、法王とともに全台湾直貢噶舉各仏法センターに光臨された。

◎ 2008年5月、法王とともに中華テレビの番組「点灯」のインタビューを受け、番組で、法王の建立した「ソンツェン図書館」が紹介されたほか、  法王が現在、敦煌史料を活用して、チベットの歴史に関する書物を著述していることについても報道があった。師徒の二つの心がいかに緊密に結びつき、また、人生無常、因果因縁及び六波羅密などの仏法精髄を陳述した。

◎ 2008年8月16日、リンチェンドルジェ・リンポチェは京都寶吉祥仏法センターに於ける初めての施身法会を行う。日本の信衆及び台湾の弟子合計80余人が殊勝な法会に参列した。

◎ 2008年11月7日、リンチェンドルジェ・リンポチェは200名の寶吉祥弟子を連れて、インドの北部のパンジャブ省にある最も有名な学校M.G.N. Public School, Kapurthalaに到着し、再び年度祝賀大会を授賞する貴賓の要請を受けて、スピーチをした。リンチェンドルジェ・リンポチェは挨拶する時に、特別にラマ、出家衆及び50位の寶吉祥弟子を連れて、「極楽浄土に生まれしことを求める祈祷文」を唱えて、すべでの人々のために祈福し、場面はとても感動的だった。

◎2008年11月9日、尊き リンポチェはインドの北部のパンジャブ省にあるなジャランダー(Jalandhar)にて殊勝な施身法法会を催し、インド人250人あまり及び台湾寶吉祥仏法センターの弟子200人近くが法会に参加した。リンポチェの根本上師 チェツァン法王は、特別に4位のラマを命じて、法王自らが使用する寶傘、法座、法机のテーブル掛け、法座背板布、楽器、ラダックからの小さい法卓等を携帯して、法会の催しに協力した。これは史上初めて仏教(顕教と密教を含めて)がシーク教の重鎮で催した法会である。特筆するべきは此れほど多くのインド人が参加し、しかもシーク教徒が参列して、始終席を離れず、恭しく開示を聞き、法会をまっとうした事だった。リンポチェのこの創挙は、その慈悲無私及び仏法の不思議な力により、種族、地域、言語文化の垣根を越して、遠くの衆生に利益を行き渡らせることを象徴している。

◎2008年11月11日、リンチェンドルジェ・リンポチェは200位弟子を連れて、貴き 直貢噶舉  チェツァン法王が主催した世界平和祈福法会及び「恆河大手印」の口訣法会に参加した。法王は自ら祖師ディロバからナロバに伝えた大手印教法の口訣の殊勝を解説して、教法伝承の歴史と上師も開示した。リンチェンドルジェリンポチェは教法伝承の尊さを重く見て、特に台湾より200名近くの弟子を連れ、みずから伝法を拝聴し、法輪が常に回ることを示した。

◎2008年12月20日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、日本の京都寶吉祥仏法センターで殊勝な長寿仏法会を催した。日本現地の貴賓と信衆、インドからの信衆、及び台湾からの貴賓と弟子ら合計140余人がこの法会に参加した。

2012 年 04 月 18 日 更新