お知らせ

日本千年の名刹——城崎温泉寺弘法紀行

令和元年で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの日本における弘法は11年となる。日本全国が新しい年号を喜びと共に迎えている折、リンチェンドルジェ・リンポチェは温泉寺小川祐章住職の招きを受け、5月17日城崎温泉の千年の名剎——温泉寺において、参会者の福慧双修ため、四臂観音灌頂法会を主法し金剛経を口伝なさった。日本の信衆に金剛乗修習の因縁を植え付け、日本の寺におけるチベット仏教弘伝に新しいページを開かれた。

縁起

法会縁起は昨年春に遡る。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが末代山温泉寺を訪問された際、ちょうど本尊十一面観音立像の33年に一度の開帳に当たり、法会が取り行われていた。温泉寺側はリンチェンドルジェ・リンポチェがチベット仏教の大成就者であると知り、リンポチェを大悲殿に招き入れたが、リンポチェが殿内主尊観音像前で六字大明咒を持した際、高さ数メートルに達する主尊十一面観音立像が前方へと揺れたのだ。多くの人がそれを目撃し、みな不可思議に思った。温泉寺小川祐章住職は衷心より賛嘆し、リンポチェと連絡を続け、しばらく後に京都の寶吉祥道場での法会に参加した。そして今年初め、住職はリンポチェに『金剛経』の口伝を請うた。この度の法会はこの殊勝なる因縁により執り行われたものだ。

日本人信衆42人、弟子94人を含む計140人の参会者が、この殊勝なる法会に参加した!

温泉寺小川祐章住職は日本信衆に紹介した

「リンポチェ」という尊称のチベット語の含意

温泉寺小川祐章住職は、みなが理解できるよう、「リンポチェ」との尊称について説明くださるよう尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに祈求した。そのため直貢噶舉派のナンジュ・ケンポスが法会前に、チベット語における「リンポチェ」の涵義について信衆に特別に説明した。

阿弥陀仏、「リンポチェ」という言葉の意味について説明する。これはチベット語で、中国語では「宝」、「珍宝」、「至宝」という意味だ。

「リンポチェ」は比喩であり、人中の宝だ。人世間では非常に稀で、得難く、無垢な珍宝なのだ。『経荘厳論』、つまりインドの二勝六荘厳の一つだが、そこでは人中の宝について、6種の比喩をしている。

 

『経荘厳論』無著大師云:
無垢潔浄 更稀有
威力 世間妙荘厳
無上最勝 恒不変
具此六徳称為宝
最上稀世之珍

未積福者不得見,故是稀有;
本非汚濁之法,故是無垢;
成就自他利益,故是有力;
是衆生善心之因,故是世間美飾;
最勝第一超出世間,故是最勝;
性非可変,故是不変。
具此六徳,称為至宝。

「未積福者」は目にできず、買うこともできない。そのため「稀だ」。「無垢」とはつまり本来雑がないということだ。「成就自他利益」であるため、有力、「威力」だ。自分が成就し、衆生のために他人に利益すれば、それは「有力」だ。「衆生善心之因,故是世間美飾」とは、「荘厳」との意味だ。「最勝第一超出世間,故是『最勝』,最善第一」とは、世間を超えた、最勝で殊勝だ、ということだ。「性非可変,故是『不変』」とは、永遠に不変、不動で、金剛であるということだ。この六種の稀で得難いものを備えなければ、「リンポチェ」と尊称されることはない。

「リンポチェ」のチベット語における字義は「大宝尊」だ。チベット仏法の成就者に用い、宝のように貴い人という意味で、チベット仏教の上師に対する尊称だ。

なぜ上師を大宝と呼ぶのか?それは先に述べたような6種の完璧を具足しなければリンポチェと呼ばれることはないからだ。チベット仏教では、成就者、大成就者、転世のリンポチェ、またはこの生での修行者で成果を得たものでなければ、「リンポチェ」と呼ばれることはない。今日我々に伝法くださる上師こそ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェであられる。この一生で修行成就しリンポチェの果位を得ておられる。適当な修行者または出家衆がリンポチェと呼ばれることはない。証果が必要で、成就を得て初めてリンポチェと呼ばれるのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに最勝の果位に達しておられるので、リンポチェと呼ばれる。先ほど述べた六徳を備えておられるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはいかにして先ほど述べた六徳を具備なされたのか?リンポチェは仏門に皈依なされた後、顕密教等三乗法の修行儀軌を学習され、慈悲と菩提心宝を備えられた。最も殊勝であるのは、直貢噶舉派第三十七代尊勝なるチェ・ツァン法王に依止なされた後、リンポチェは絶えず教派の実修の熟解密訣法と灌頂等殊勝なる法脈を受け、徐々に修行閉関を行い最終的に成果を得られたということだ。今リンポチェは広大一切の衆生の生死輪迴解脱を助け、世界各地で正法を宣説して衆生に利益しておられる。阿弥陀仏!

ナンジュ・ケンポスは「リンポチェ」の涵義について、説明し、リンポチェの修行果位を賛嘆した。

観音灌頂法会

午前十時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは楽の音、薰香及び宝傘の先導の下、みなが合掌して恭しく迎える中、壇城に上がられた。諸仏菩薩に恭敬に頂礼し、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王とチョン・ツァン法王法写真にハタを献上し、点灯して供仏後法座に上り観音灌頂法会を主法くだされた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは点灯し仏に供養なさった。

温泉寺小川祐章住職は点灯し仏に供養した。

先ず出家領衆弟子が参会者を率いて四無量心、『八聖吉祥祈禱文』を念誦し、伝法を祈請申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは六字大明咒を長く持誦なされた後開示くだされた︰

今日は非常に殊勝な因縁があり、温泉寺の小川住職の招きを得て、ここで仏法を弘揚する。この寺の本尊は観世音菩薩だ。よってここで特別に観世音菩薩の灌頂をみなに授ける。

密法だけに灌頂がある。顕教にはない。灌頂には二つの意味がある。かつて古代インドでは、国王が王位を王子に譲る時、宝瓶内に清浄な水を入れ、それを王子の頭の上から注いだ。これによって王位を伝え、国王の位を引き継いだことを表したのだ。灌頂とは、灌頂の儀式を通して、観世音菩薩法門を今後修行できると授権することなのだ。

灌頂にはもう一つの意味がある。修行を始める前、我々の身体は凡夫の身体である。だが釈迦牟尼仏は「一切の有情衆生はすべて仏と同様の清浄な本性を具備する」と仰せになった。密法では一切の儀軌、方便法を用い、凡夫の身口意を仏、本尊と同様の清浄な本意に転成させるのだ。灌頂の儀式を通して、もともとは煩悩が充満し、一切の妄念が充満する我々の意を修行の意に転成させる。

灌頂を通して、学仏修行の障礙を減らし、さらには消してしまうことができる。チベット仏教ではリンポチェ果位を具備しなければ灌頂を授けることはできない。一人のリンポチェが灌頂を授ける時、リンポチェと本尊とに別はない。そのリンポチェは本尊であり、観世音菩薩の化身なのだ。リンポチェ自身の修行の功徳を信衆と弟子に分け与える。

今日はそなた達に灌頂を授ける。仏法では、累世に福報がないなら、この一生で灌頂を得ることはできないという。灌頂を得られた後、この法門を修習するなら、次の段階では法を求める。それは修法はもう一つの方法だからだ。灌頂は非常に重要だ。チベット仏教ではいかなる本尊を修めようと、その前には必ず上師の灌頂を受けなければならない。その後は口伝心法等を経て、ようやく本尊を修習する。

温泉寺小川祐泉名誉住職

温泉寺小川祐章住職

観世音菩薩は仏法では慈悲の代表で、釈迦牟尼仏がご紹介くださった八大菩薩の一尊であられる。八大菩薩とは法身菩薩だ。登地菩薩から十六地菩薩まで、八地菩薩を過ぎれば法身菩薩であり、成仏を控えた大菩薩だ。今日灌頂を授ける意義は非常に深い。この一生で本尊の法門修習を求める機会がなかったとしても、少なくとも未来世で観世音菩薩の法門を修める機会が必ずある。

観世音菩薩の聖号を唱える。それは観世音菩薩の法門を修めることになるのか?観世音菩薩には非常に多くの法門がある。観世音菩薩の聖号を唱えるのは顕教の部分だ。いわゆる顕教とは仏法の道理を指す。観音菩薩の聖号を唱えるのは、観世音菩薩の加持を得るに過ぎず、衆生に利益できるとは限らない。密法の修行を通してのみ、自分自身を救え、これによって衆生の成仏を助けることができる。

今日は極く簡単に紹介する。詳しく説明するなら、いくら話しても足りない。時間に限りがあるので、簡単に説明する。先ほど行ったのはマンダ献上の儀軌だ。伝法の前に、チベット仏教ではマンダ献上の儀軌がある。法会に参加するすべての衆生が、一切の衆生を代表して本尊、仏菩薩に供養申し上げ、法会に参加するすべての衆生はこの灌頂を受ける福報がある、ということだ。

(マンダ献上の儀軌を行い、ナンジュ・ケンポス、温泉寺小川祐泉名誉住職、温泉寺小川祐章住職、台湾出家衆弟子及び日本信衆は参会者を代表し、マンダを献上した。)

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を開始され、その後、開示くだされた︰先ほど修めたのは、上師が自分自身と本尊とは無二無別だと観想するものだ。今日授けた灌頂の本尊は四臂観音だ。続いての儀軌は、上師が自分自身の功徳、慈悲、咒語を宝瓶内に注ぎ入れ、本尊の心を咒して、その後に加持を行う。

(リンポチェは修法を継続された。)

先ほど修めた段では、上師が、自分自身を四臂観音だと観想し、自分の清浄な本性で宝瓶内のすべての水に加持して本尊の甘露水に変える。その中には本尊の加持と忿怒尊の加持を含む。さらに灌頂の五方仏による面前での灌頂を観想する。

(リンポチェは参会者を率いて六字大明呪を長く念誦され、続いて修法を継続された。)

先ほど修めたのはトルマ献上だ。トルマは一種の供養だ。一つ目のトルマは、外にいて、法会に参加できない一切の無形の衆生を供養する。二つ目のトルマは、外にいて、入って来られないすべての魔鬼を供養する。これによって法会に参加する人は無病長寿、福報を得ることができる。中には、今後の修行で得られる非常に多くの利益について書かれている。例えば、非時死亡、事故を消すことができ、一切の魔障を消すことができる。これによって、悪夢は消し去られ、外道下の一切の咒語は消し去られ、我々世間は安楽、富裕、豊盛となり、すべての農作物、穀類は豊作となる。正法広大とは仏法広大、一切が円満ということだ。よって我々は供養を行う。

(リンポチェは前行を修められた後、灌頂の準備を行われた。)

先ほど修めた段は、一切の鬼魅、羅剎、魔部、山林、石の中に住む一切の魔鬼を、トルマを供養することで満足させ、我々の灌頂を邪魔しに来させないというものだ。供養により、法会に参加するすべての人は、今後、世間の種々の良くない事を免れられる。例えば「刀兵劫だ」。かつては戦争による死だが、現在は戦争はない。どのように死ぬのか?他人にナイフで殺され、不注意で自分自身をナイフで殺してしまい、または手術による死、自動車事故による死等も含む。また、命は非常に貴重なので、法会に参加する人を傷つけないよう、自分の場所へ帰るよう魔衆に伝える。

(リンポチェは修法の過程で、ゴウゴウという声を発した後、忿怒相を現された。威猛荘厳で極めて殊勝である。山谷には清らかな反響が二度響き、無辺衆生はみな加持を得た。その後、短マンダ儀軌を行われた。)

リンポチェは修法過程で忿怒相を現された。威猛荘厳で極めて殊勝である。

上師は灌頂の前に、灌頂を受ける信衆に、心持ちをしっかり準備し、いくつかのことに留意するよう開示くださった:

第一は「傲慢」だ。傲慢とは、自分は主法の上師より良く知っていると上師を見下すことだ。傲慢とは驕り高ぶった心だ。

第二は「無信」だ。上師の正法に対して信心を起こさない。上師も人だ、我々と同じ人だ、なぜ上師は上に座れて、我々はダメなのだ?と思っている人が非常に多い。それが信心を起こさない、ということだ。チベット仏教では、リンポチェの出現は容易でない事なのだ。非常に多くの世の修行を経て、この一生で因果が出現しなければ、上師になり、諸仏菩薩を代表して衆生に利益することはできない。よってリンポチェの説法は、自分自身の名と利のためではなく、すべては衆生を救うためなのだ。「正法」とは仏が我々にお教えくださる一切の仏法だ。我々が輪迴苦海を離れられるよう助け、我々の輪迴を断ち、三悪道に堕ちないようにしてくださる。

第三は「不求法」だ。正法を求めようとしない。自分は法会に参加し加護を求めるだけだ、その先のことはまた考えよう、と思っている。これこそ法を求めない心持ちだ。

第四は「外散」だ。人はここにいるのに、心が他所にあり、別の事を考え、集中していない。

第五は「内收」だ。人はここに座っているが、注意せず留意せず聞かない。ここに来たので、ここに座っているだけで良い、と思っている。

第六は「疲厭」だ。「こんなにも長いなんて。まだ終わらないのか?用事があるので早く帰りたい」と思っている。長いと思ってはならない。実は今日はすでに短縮しているのだ。末法時代のすべての信衆は非常に忙しい。自分は時間が足りないと思っている。だが、どんなに忙しかろうと、私ほどには絶対に忙しくないはずだ。私は台湾に、1600名余りの正式に皈依した弟子がいる。そのため私は毎日非常に忙しい。

後の方では、上師を本尊と同様に見做さなければならないと言う。それは、上師の肉体が本尊と同じだと言うことではなく、その心が本尊と同じだと言うことで、法を聞く弟子を眷属だと観想するのだ。そなたは法を聞く弟子だ。上師と本尊の眷属は弟子だと観想する。法を聞く者は無上で殊勝なる密法を聴聞する。今日伝えるのは密法なので、不共の動機と行為を備えなければならない。なぜ不共と言うのか?仏は法には小乗、大乗、金剛乗があると仰せで、不共は金剛乗だけにある一種の動機と行為だ。なぜ動機と行為なのか?今日法会に来たのは自分のためではなく、衆生を代表して法会に参加し、宇宙の一切の有情衆生が未来に法会に参加する機会があるよう希望するのだ。これが不共の動機と行為だ。これは、そなたの未来の果報と非常に重要な関係がある。今日法会に参加する心持ち次第で、未来の果報も変わってくる。法会に参加し始めたばかりの信衆に、多くの要求をすることはもちろんできない。だが私はやはり言う。思惟し、思考しなければならない。

(リンポチェは参会者を率いて法本を念誦された。先ずチベット語で念じ、次に中国語で念じて日本語に訳し、それに従って念じるよう日本の信衆に仰せになった。しばらく後、リンポチェは一人の信衆が寝ているのを目にされた。)

リンポチェは指示なされた:そこで寝ている者を立たせよ。密宗の法会に参加したら寝てはいけない。寝たいなら出て行くように。法会に参加し寝てしまえば、次の一世に畜生となる。私が厳しいのではない。因果を知っているだけだ。先ほど言った。不注意ではならない。観世音菩薩はすごい。ここで言ったら、すぐに出現した。これも良い。みなに伝えよう。不注意なら過つ。留意するように。私は今日は十分に遠慮している。台湾の道場では私は非常に厳しいのだ。

先ほど念じた数語は、上師と本尊の面前で皈依を求め、自分自身の業障を懺悔し、隨喜功徳(人の幸せや喜びを妬むのではなく共に喜ぶことが功徳になる)等だ。これは我々の福報を累積する。

(リンポチェは参会者を率いて続けて法本を念誦なさった。日本の信衆達はそれに従い、声を揃えて唱え、その声は大悲殿中に響き渡った。)

殿外の弟子達はリンポチェの朗声に従い念誦し、その声は山谷にこだました。

先ほど念じたのは、灌頂を受けるために、そなた達の福報を累積したのだ。少し説明しよう。今日伝える法は、釈迦牟尼仏が仰せの8万4千法門中で最も重要な密乗だ。密乗は事部、行部、瑜伽部、無上瑜伽部の4部に分かれる。リンポチェであれば、四部をすべて修め成就を得なければ、伝法を開始することはできない。その内、無上瑜伽部は父続、母続、無二続の三種に分かれる。不了義法瑜伽は父続と了義法無二の本質に分かれる。三種の内、この観世音菩薩法門内には道果因の三種の方便がありいっしょに修める。中には成熟道と解脱道がある。今日観音法門を修めるなら、道果因の三方面からいっしょに次第を踏んで修めると言うことだ。よって一生観音法門を専修すれば、成熟が得られる。すべての法を相応し、生死を解脱できる。身語意の加持に分かれるが、それは灌頂を授けるには、身体、言葉、思想、念頭に分ける、と言うことだ。

この数語の祈請文は、上師の慈悲を求めるもので、そなた達の身上に念頭がなければ、そなたを助け、そなたに観世音菩薩の灌頂を授けることはできない。

続いて我々は身の灌頂の授権を祈請する。

(リンポチェは観想の方法を開示し、四臂観音の法像を開示くださった)

観想とは、そなたの身体を四臂観音に変化させるのではなく、内心を四臂観音に変化させるのだ。四臂観音の中央の二本の手は合掌し、青い如意宝を捧げておられる。左手には蓮花を持ち、右手には水晶仏珠を持ち、頭頂は阿弥陀仏だ。8種の珠宝があるので、その身が荘厳なのだ。四臂観音は慈悲喜捨の四つの修行法門を代表する。いつか機会があれば詳しく開示しよう。

(リンポチェは灌頂儀軌を修持され、ナンジュ・ケンポス、温泉寺の小川祐泉名誉住職、小川祐章住職に灌頂を授けた。)

先ほどみなに授けたのは身の灌頂だ。これにより身体の面、生生世世で身が累積した良くない一切の習気は、身の灌頂を受けた後、顕空双運の本尊次第の修行が始められ、そうして初めて化身仏を証悟する因縁を具備できる。

続いて語の灌頂の授権を祈請する。

語の灌頂の後に授権すれば、語の面で、生生世世に累積したすべての良くない習気を清浄にし、これにより消し去られてしまう。語の灌頂を得れば、持咒を開始できる。本尊とは観世音菩薩だ。耳根円通と空性双運の次第で、証悟を具備することができる。灌頂を経過せず、授権を経過しないなら、どれだけ咒語を念じようと開悟できず、灌頂を経過し、どのように念じるかを伝授されなければ、この一生で証悟を得ることはできないということだ。灌頂を得た後、報身仏の因縁を得ることができるからだ。

続いて我々は意の灌頂の授権を祈請する。

現在授権を得て意が清浄となった。そなた達が累世で累積した一切の良くない習気は、無餘の灌頂を得て、今後本尊の心性、明空双運の本尊次第を観修でき、そうして初めて法身仏を証悟する因縁を具備することができる。いつか「双運」について説明しよう。非常に深い仏法だ。そして一切はトルマ灌頂だ。観世音菩薩、眷属と無二無別のトルマを迎請し、弟子の梵穴上に灌頂する。これによって、違縁障礙を一時的に消し去ることができる。弁えるように。「一時的」だ。なぜ一時的なのか?仏菩薩は我々を助けてくださる力がないのか、と思っているか?そうではない。それはそなた達の心が不信だからだ。そなた達が決定を下さないので、菩薩は一時的にしか助けてくださらないのだ。一度助けてくれたので、永遠に助けてくださる、などと思わないことだ。最も重要なのは我々の心だ。私は尊勝なる直貢チェ・ツァン法王に従い学仏しているが、仏法をお教えくださるだけで、私が修めないなら何の役にも立たない。それと同じだ。

今日みなにこの因縁を授ける。決定しなければならない。人生の数十年はすぐに過ぎてしまう。この一生が終わった後、どうなるのか?考えたことがあるか?我々はどこへ行くのか?全世界のすべての学問を見渡しても、誰でもに必ず起きる事——死に、いかにして向き合うべきかを教えてくれる学問はない。誰であろうと必ず死ぬ。どうやって死ぬのか?仏法には非常に多くの学問があり、非常に多くの衆生を救うことができる。

今日みなとこの縁を結んだ。仏法は我々の求福、求寿、求名、求利を助けてくれる。これらはすべて行える。だがこれらは重要でない。仏法にとっては小さなことだ。最も重要なの一人一人の衆生が、この一生で仏法を学び、生死を解脱し再び輪迴しないでいられるかだ。これこそが大切なのだ。これを学ばなければならない。もちろん自分自身、大きな決心が必要だ。自身が決心しないなら、どれほど言っても役には立たない。ここでは非常にはっきりと「一時的」という。それはそなたが決定しないからだ。例えば、今日は法会に参加する時間ができた。みな非常に多くの事を抱えているのに、おかしいではないか。この障礙がなくなってしまった。そのおかげで、法会に参加できた。だが法会に参加しても肉食殺生するなら、この障礙は戻ってくる。密法を学んでも肉食できると思っている人が多いが、そうではない。私を含む非常に多くの上師、私のすべての弟子を含めて、みな菜食だ。

なぜ菜食しなければならないのか?第一に、菜食しなければ身体が悪くなる。第二に、多くの肉を食べるなら、多くの衆生の命を失わせてしまう。第三に、いつまでも肉食するなら、輪迴を解決することはできない。私は今年72歲だが、今でも絶えず衆生に利益することができる。それは私が早くから菜食しているからだ。

この言葉は非常に明確だ。一時的。成辦順縁だ。なぜ順縁なのか?我々学仏の縁は非常に順で、良くない縁が出現することはないからだ。最後に我々は観世音菩薩と同様の果位を得る。観世音菩薩に変わるのではなく、観世音菩薩と同様の果位を得るのだ。

後ろの方にもこの言葉がある。念じても良いし、念じなくともよい。念じた後には必ず行わなければならない。日本の信衆は聞いた後、念じたくないと言っても良い。なんということもない。罰することはない。後ろの方のこの数語は、弟子と上師の未来世の関係だ。念じれば、成仏するまで、この上師は生生世世に助けてくれる。密法の特徴は、上師はこの一生だけではなく、成仏していないなら、成仏するまでいつまでも助けてくれるということだ。念じるかどうかは関係がない。

「願在主尊加持下,完成令悅意服侍」とは観世音菩薩が加持くださるので、そのおかげで「令悅意服侍」を完成できる、ということだ。日本の信衆は念じるかどうかよく考えるように。「三門供養上師尊」とは、三門、つまり身口意のすべてを上師に供養するということだ。「生生世世為弟子,依侍上師不分離」の依侍とは頼みにするということだ。上師に侍奉し離れない。「不分離」とは毎日上師の側に付き従うということではなく、私と私の上師チェ・ツァン法王のように、心が上師と離れない、ということだ。法王は欧州におられ、私は日本にいるが、我々の心は通じている。法王が何かを行おうと思われれば、私にはわかる。私が何かを行おうと思えば、法王もお分かりになる。

今回、私が温泉寺で仏法を弘揚することを、上師は非常にお喜びだ。私がここに来たことをお喜びなのではなく、ここに来ることで、非常に多くの日本の信衆が本尊の灌頂を得る機会に恵まれたことをお喜びなのだ。これこそ「依侍上師不分離」だ。上師は衆生に利益するよう私をお教えくださり、私がひたすら行うからだ。それで上師はお喜びになり、今日の法会は円満となる。それは上師が法王お一人ではないからだ。我々のすべての代の上師、直貢噶舉においては、八百年余り、37代にわたる。37代すべての上師が我々といっしょにいてくださるのだ。私は上師の、一人の代表に過ぎない。数多の上師を代表しているのだ。そなた達が歴代の上師を目にすることはできないため、私が代表して伝法するのだ。

「請你隨意差遣我」の「差遣(差し遣わす)」とは、世間の事についてではなく、仏法の事を主とする。例えば、私の上師はしばしば「リンチェンドルジェ、なになにの法会を行え。どういう風にして⋯⋯」と言われる。これは仏法においてだ。念じたなら後悔してはならない。念じて後悔すれば、念じた人にとって良くない。上師には何事もない。

(リンポチェに率いられ、日本の信衆と弟子達は声を揃えて念誦した。続いて短マンダの儀軌を行った)

今日の灌頂は円満となった。法座を下りる前に、あることについて話そう。今日私はいくつかの金剛結を持ってきている。これは五彩色の縄だ。中央に結び目がある。この結び目は六字大明咒咒語の結だ。45日間、250人のラマが24時間交代で念じたものを、直貢噶舉の祖寺から持ち帰ってきたものだ。後で、小川祐章住職から、今日申請した日本の信衆に一人一本ずつ配ろう。首にかければお守りになる。外出の平安を守り、健康になれる。入浴時にも身につけていて良い。気にしなくともよい。いつ何時も首にかけていれば良い。結び目を作って首にかける。中央の、この結び目は解いてはならない。切れてしまったらどうしたらいいのか?繋げれば、それで良い。長く身につけた末に身につけられなくなっても大丈夫だ。住職に渡し、火にくべて灰にし、この土地に撒けば、一種の供養になる。住職にこの縄を渡す前に、甘露丸もある。昨日住職には説明した。機会があれば、住職には甘露丸について、信衆に説明してもらおう。

この四臂観音の仏像はケンポスがチベット直貢梯寺から請うて私に贈ってくれたものだ。直貢梯寺の每年45日間の大法会すべてに私は供養している。250人の出家人が、45日間、24時間六字大明咒を念じる。私はすでに十数年供養している。出家人が口にするもの用いるものすべてを每年供養している。ここに来る前に、ケンポスがちょうどこの観世音菩薩を届けてくれた。温泉寺とすべての日本の信衆が、観世音菩薩、チベット密宗直貢噶舉派と非常に良い縁が結べるよう、この四臂観音の仏像はここにとどまるべきだと私は考える。

今日は午後も法会があるので、四臂観音は壇城に安置申し上げる。その後は住職が、後ろの方に供奉すれば良い。これから私は法座を下り、宝瓶で信衆と弟子を加持する。加持が終わったら、住職は日本の信衆に配るように。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座を下りられ、左手で鈴を揺らし、右手で金剛杵と宝瓶を持ち、慈悲深くも持咒、加持なさった。日本の信衆は席に着いたまま加持が受けられ、参会者は皆合掌して敬虔にお待ち申し上げた。日本の信衆を加持した後、リンポチェは大悲殿中門から殿外へ歩まれ、寶吉祥の弟子に加持くださった。弟子達は至誠感激の心を抱き、段を上がり、恭敬合掌して加持を頂戴した。

加持が終わると、リンポチェは再び開示なされた︰今日午前の灌頂法会はここまでとする。午後は2時から始める。午後は小川住職が『金剛経』を求めているので、午後私は『金剛経』を伝授する。

リンポチェの修法時にはそよ風が吹き、山谷からは心地よい鳥の囀りが聞こえていた。灌頂法会が円満となり、参会者は起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを恭しくお送り申し上げ、リンポチェが灌頂、修法、開示くださり、無数の衆生に利益くださったことに声を揃えて感謝申し上げた。

リンポチェが日本の信衆に加持

 

『金剛経』口伝

午後二時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再び法座に上られ、自ら『金剛経』を口伝なさり、参会者に貴重な仏法の開示を下された。

今日午後は『金剛経』を口伝する。チベット仏教、特に我々直貢噶舉派では、経典、咒語を含め、すべて上師の口伝を受けなければ、持誦、念じることはできない。今日はここで『金剛経』の縁起を口伝する。温泉寺の住職である小川住職が『金剛経』を請うたからだ。『金剛経』をすべて説明、開示するには、今日の時間は十分ではない。少なくとも半年、一年の時間がなければ、『金剛経』を明確に説明することはできない。今日は『金剛経』を口伝する前に、『金剛経』の由来について少し説明しよう。

釈迦牟尼仏は『大般若経』を開示するのに、22年を費やされた。「般若」とは梵語で、漢文に訳されておらず、他の言語にも訳されていない。かつて唐三蔵—玄奘大師が翻訳なさった時、一つの名詞にいくつかの意味がある場合には、漢文に訳さず、梵語を漢語の音で直接記したからだ。「般若」を説明するとするなら、空性の智慧と簡単に説明することができる。我々修行人が空性の智慧を証悟するまで修めないなら、仏法を理解しているとは言えない。よって毎日読経しても、礼仏しても、参拝しても、これらは助縁にすぎない。修行を助ける因縁ということだ。真に修行し仏が仰せの空性智慧を理解するには、顕教において、我々チベット仏教では最低十年と規定されているが、十年間の顕教の基礎を積んだ後でなければ、密法を伝法されることはない。

顕教とは、一切の仏法の理論と仏が仰せの基礎だ。よって顕教を学ばず、密法を学ぶのは、非常に危険な事だ。簡単に言えば、家を建てるのに、基礎を固めずに建ててしまうようなものだ。これではその建物は容易に崩れてしまう。反対に、基礎がないのに建てようとしても、建てることはできない。つまり、顕教とは仏法の根本的な基礎なのだ。この基礎があるからこそ、家を建てることができ、密法を学ぶことができる。密法を学びたければ、すぐに学べるというものではなく、釈迦牟尼仏が仰せの法理を必ずすべて円融し、理解しなければ、密法を学ぶことはできない。よって、チベットで密法を学ぶには、上師がその弟子に条件と資格があるかを見極めた後でなければ密法を伝えることはない。

『金剛経』はどこから出たのか?仏が22年間説かれた『大般若経』で講じる第九会能断金剛分からだ。『大般若経』全体で説くのは、空性の智慧だ。釈迦牟尼仏は説明のために、我々人が理解できる文字を用いて空性を説明されたのだ。22年の間説かれた。22年間も説かれたのに、やはり多くの人が理解していない。なぜか?それは仏が説かれた空性は神話ではなく、存在しない現象、事実でもないからだ。仏が仰せの空性とは、宇宙が生じる一切の種々の根本の現象なのだ。仏には大智慧があり宇宙の真相がご覧になれた。よって修行の経験を通して開示され、我々に「空性を修めなければならない」と仰せになった。だが、我々人類の経験、我々の生活経験において、我々は空性を体感できないし、なぜ空性と呼ぶのかも理解できない。

空性とは何もないことだと思っている人が多い。空性とは何もないということではない。空を説明するのに、『大般若経』を22年間説いたのだ。実在の修行を通さないなら、『大般若経』を読んでも、念じても、暗記しても、空性を体得したということにはならない。仏は『大般若経』を22年間説かれた。合計600巻を有する。『大般若経』600巻の中心思想は、仏が仰せの「般若」の代表作だ。いわゆる「般若」とは空性智慧の代表だ。よって仏教では、どの宗であろうと、どの派であろうと、この『金剛経』を重視する。特に禅宗では、『金剛経』こそ禅宗の一切の依拠だと考えている。理由は何か?それは六祖慧能だ。禅宗の六祖慧能の開悟は『金剛経』によるので、六祖慧能より、禅宗を学び、禅宗を修めようと思うなら、必ず『金剛経』に触れる機会がある。

「金剛」とはどういう意味だろうか?「金剛」には「非常に堅硬」、「非常に利」との二つの意味がある。「堅硬」とはなんだ?「何ものも壊せない」という意味で、空性智慧を修めたなら、そなたを破壊できるものは何もない、ということだ。「堅利」とはなんだ?空性を修めたなら、何ものもそなたの断を阻むことはできない、ということだ。何を断つのか?一切の煩悩を断つのだ。よって「般若」とは、空性智慧が「堅」と「利」を具備するとの意味だ。「堅」は堅硬の「堅」だ。般若の本体空性は壊れず、「一無所有」という比喩だ。ここで言う「一無所有」とは何もない、と言う意味ではなく、一切の「有」は縁起性空で、その本体は真に有るのではないということだ。よって我々は「実相之般若」という。いわゆる実相とは、あらゆる事物の本体は空性だ、自性で、ある事が生まれるはずはないということだ。いわゆる「自性」とは、因縁がない情況下では、何らかの事情は生まれないということだ。つまり必ず原因があり、そうでなけれは生まれず、あらゆる事の消滅、消失も、原因があるからこそ消失するのであって、自然に消失してしまうのではない。これがいわゆる実相般若だ。「利」とは「鋒利」の利だ。般若の「用」の比喩だ。我々は仏法を用いて衆生に利益するが、必ず空性の智慧が必要だ。空性の智慧がないなら、衆生に利益することはできない。なぜか?それは空性を理解していないなら、自然に因果と因縁を理解できず、衆生の一切の因縁の由来を体得することはできないからだ。よって「性空」とは、一切の我々の本体は自性に有るのではない、ということだ。よってその本性は空なのだ。因縁の下で生まれ、因縁の下で滅するということだ。性空を理解すれば、一切の煩悩を断つことができ、執著の心も無くなってしまう。

「無所不有」とは、空性まで証すれば、一切の事情を理解でき、体得でき、「有る」と「無い」を生じることができるということだ。例えば、午前中の灌頂において、そなた達が目にしたのは「無い」だ。それはそなた達には本尊を目にする能力がないからだ。よって因縁を通して、上師が本尊の存在を説明し、それによりそなた達は「有る」と感じる。だが、これはどこから来るのか?そなたの心が考え出すのだ。実体内では有るのか無いのか?無い。よって「無所不有」なのだ。我々の「所」。「所」とはどんな意味だ?我々の神経叢が生じる作用こそ一切の「有」の出現だ。我々が性空を用いて「無所不有」を断つ時、清浄な本性を用いて般若を観照することができる。

「波羅蜜」とはどういう意味だろうか?彼岸へ渡るということだ。今日この一生が終わると仏土——いわゆる彼岸に生まれる。必ず「波羅蜜」が必要だ。「波羅蜜」とは、空性まで修めていないなら、彼岸へ行く能力はないということだ。『金剛経』は般若金剛の衆生救度を観照する。今日空性まで体悟証できれば、空性の智慧を通して、金剛のように、自分の苦海における輪迴を断つことができ、一切の衆生を救い生死苦海から離脱させられ、衆生が実相般若の涅槃彼岸へ行けるよう助け、衆生が未来に仏土で成仏できるよう助けることができるということだ。よってこの経はまたの名を『金剛般若波羅蜜多経』という。

この経は漢伝では七種の翻訳本がある。現在は鳩摩羅什が最も古い訳本で、最も流通している訳本だ。『金剛経』を念じられれば非常に優秀だと、多くの人が思っているが、そうではない。『金剛経』については、その空性を理解しなければならないのだ。実修できなければ、『金剛経』はただの経典にすぎず、使うことはできない。実修とは何か?実際に仏法を用いて、輪迴に至る一切の行為を改めることだ。今日私は先ずこの経を口伝する。今後因縁が具備したなら、『金剛経』について説明を始め、仏が説かれた『金剛経』が真に内包する意義について説明しよう。『金剛経』を理解するには、皈依していないなら、着実に仏法を学習していないなら、そなた達にこの経を理解させるのは非常に難しいからだ。

では、すべての弟子、信衆は『金剛経』を開くように。木魚は?リンポチェは一人の出家衆に「疲れているのか?」とお訊ねになった。出家衆は「疲れていません」とお答え申し上げた。あくびをしたのを、私が見ていなかったと思うのか?出て行け。外に立っていよ。通訳して日本の信衆に聞かせよ。なぜ外に出されたのか?それはあくびをしたのを見られたからだ。誰もが私は72歲だと思っているだろうが、私は目が非常に良い。彼女のあくびの技巧は素晴らしい。出家人でありながら、心を込めて学仏していない。そのため、大殿内で仏法を聞く資格はないのだ。私は中国語でこの経文を唱える。日本の信衆は日本語で唱えても良い。付いて唱えなくともよい。ゆっくり唱えても大丈夫だ。私に揃えなくとも良い。始めるぞ。

リンポチェは口伝を下された。リンポチェが念じる速度は非常に速く、停まることなく『金剛経』を口伝くださった。『金剛経』の口伝時、地面が動いているのを参会者は感じた。これはこの法会が殊勝で得難いことの証明である。

リンポチェは開示くださった:ここまで『金剛経』を口伝した。今後はみな『金剛経』を唱えることができる。日本語で唱えようと、中国語で唱えようと、いずれでも構わない。

法会因由分第一
経典:「如是我聞。」

通常経典の始まりの一文目は必ず「如是我聞」という。この「我」とは、我々の「我」ではなく、仏の弟子——阿羅漢のことだ。それは仏の滅度後、仏の弟子である五百人の阿羅漢が集まり、釈迦牟尼仏に従い聞いた仏法をすべて記録した、書いたからだ。釈迦牟尼仏が仏法を宣説なされた時代にはコンピューターがなく、レコーダーもないので、まったく録音されておらず、記録もされていなかった。筆で書き記すことも、仏はお許しにならなかった。私が台湾で毎週仏法を宣説する際に筆記を許していないのと同じだ。私が仏法を講じた後、弟子達が自分の記憶力に頼り書き出すのだ。私は必ず何度もチェックする。覚え間違えていないか、チェックするのだ。

よって「如是我聞」とは、聞いたものだ、ということだ。なぜ「聴」を用いず、「聞」を用いるのか?それは「聴」は動作で、「聞」は入定の現象だからだ。観音菩薩法門を修めるなら、観音菩薩はどのようにして開悟し得道なされたかを知っているだろう。「聞所聞盡」を修められたのだ。「聞」を現代語で言い換えれば、我々の聴覚を司る神経叢、この神経叢を我々は「聞」と呼ぶ。この「聞」が外在の音声と内部の音声を聞いても、「聞」の神経叢が不動なら、この聴覚は生まれない。禅定を学んだものは皆知っている。真に深く入定していれば、すぐそばで音がしても聞こえない。それはそなたの「聞」が不動だからだ。

つまり一文目で非常にはっきりと伝えている。釈迦牟尼仏が開示された経文を語った人は、「私が聞いた」ではなく、入定の時に仏法を聞いたのだ。なぜ私は、仏法を宣説する際、仏法を聞く人に眠ることを許さないのか?それは少しでも眠れば、聴きもせず聞きもせず、仏法を信じない観念に陥るからだ。よって「如是我聞」とは、釈迦牟尼仏が仏法を説かれた時、すべての弟子——阿羅漢は皆入定しており、「聞所」によりすべての情報を受け取ったということだ。今日我々は情報をクラウドにインプットするが、データがクラウドに至った後でなければ、引き出して我々に知らせることはできないようなものだ。スマホで情報を録音し、クラウドにインプットしなかったなら、ある日スマホの情報は多すぎて消えてしまう。このように説明すれば、感覚的にいくらか理解できるだろう。

つまり「我聞」のこの「我」はどういう意味だろうか?私は責任を負う。つまり今日私が語ったのは、私が入定し聞いた仏が仰せのことなので、私が語ったからには私が因果に責任を負うということだ。仏法にはある戒がある。皈依の際に守らなければならない戒——「不妄語」だ。どういう意味だろうか?聞いたことがない仏法を、聞いたことがあるという。それは妄語だ。妄語の果報は畜生道に堕ちる。よってこの言葉の意味は:私は仏が仰せの仏法を聞いた。今私は釈迦牟尼仏が仰せの仏法を繰り返す。よって私はこの因果に責任を負うということだ。阿羅漢、みな知っておろう。現在この世界にはすでに阿羅漢は存在しない。阿羅漢は必ず四禅天、一二三四の四まで修めなければならない。すでに「定」まで修めている。よって仏法を聞くのは、耳で聞くのではなく、聴覚で聞くのではなく、「聞所」で仏法を聞くのだ。

経典:「一時仏在舍衛国。祇樹給孤独園。」

「一時仏在舍衛国」とはある時、いつかはわからないが、ある時だ。それは古代インド人は日時の記載をはっきりしていなかったからだ。我々はインドは古代文明が栄えた国だというが、インドでは歷史を記載しなかった。すべては口伝だ。口伝えなのだ。中国人や日本人のように、何年の何日にどんな事が発生した、と歷史を明確に書き記すことはなかった。彼らは「仏在舍衛国」という。舍衛国はどこにあるのか?今もインドにある。私は二度行ったことがある。それは仏が晚年の頃、凡そ20年この地で仏法を宣説なされたので、私の上師チェ・ツァン法王がそこに釈迦牟尼仏の紀念堂を建立されたからだ。私は500人の弟子を連れて二度行った。

「舍衛国祇樹給孤独園」は今もある。だが、すでに建物はない。基礎が残るだけだ。しかも、その場所は非常に特別だ。どこが特別なのか?みな知っておろう。インドには猿が非常に多い。その辺りには非常に多くの猿がいる。そこの猿は実に奇妙だ。人のものを取って食べることはしない。大人しくその辺りにおり、与えればやって来る。与えなければ、その辺に座っている。人のものを奪って食べることをしない。動物であろうと、釈迦牟尼仏に関する場所ではよく言うことを聞くのだ。そなた達は仏殿に入り仏法を聞いていても言うことを聞かない。猿にも劣る。これは私がこの目で見たのだ。この地の一人の在家の大修行者が、当時釈迦牟尼仏とその1200人の弟子に供養しここに住まいを用意した。現在も残っている。今後機会があり私を再び行かせようと法王がお望みで、そなた達にも機会があるなら、行って見ることができるだろう。

経典:「與大比丘衆。千二百五十人俱。」

初めのこの文で先ず、誰が聞いたかを紹介している。それはこの人がその因果に責任を負わなければならないからだ。誰が言ったのか?仏が仰せだ。釈迦牟尼仏が仰せになったのだ。どこで仰せかも言っている。場所を言っている。誰が聞いたのか?後ろの方で「與大比丘衆」と言う。いわゆる「大比丘」とは、我々は知っている。出家人は沙彌、比丘、比丘尼に分けられる。ここでは「大比丘」とある。比丘の250の戒を受け、はっきり理解し、破戒していないということだ。「千二百五十人」とは1250人いたということだ。大比丘は釈迦牟尼仏の弟子だ。釈迦牟尼仏のお側に付き従っていたのだ。

経典:「爾時世尊食時。著衣持鉢。入舍衛大城乞食。」

その頃、食べ物を得るには。世尊がおられた頃、出家人は料理をしない。毎日施しを求める。毎日家々を回り食べ物を乞う。かつて釈迦牟尼仏の弟子は、金持ちばかりがいる地区へ行く人もいれば、貧しい地区ばかりへ行く人もいた。それは貧しいところへ行き、その人が自分に供養すれば、以後福報があると考えたからだ。豊かな地区へ行くのは、金がありその金で自分を供養すれば、以後その人の財はもっと増え、仏法を助けることができると考えたからだ。仏は仰せになった。:誤りだ。このようではならない。そのため、仏は戒を定めた。比丘が托鉢に出かけ三軒を訪ね、三軒を訪ねても食べ物が施されなかったなら、その日は何も食べずに帰って来い、というものだ。「食べ物をください。食べ物をください」と家々の門を叩き続けることを許さなかった。三軒の家が食べ物を与えてくれない、とは、その日その人には食べ物を口にする福報がないということなので、帰って座禅し、一日空腹で過ごせ、ということだ。これは古代の規定だ。現在はこの種の決まりはない。タイであろうと、スリランカであろうと、これらいわゆる小乗を修める南伝仏法でも、この規定は無くなってしまった。

「著衣持鉢」とは、食を乞いに行く時、適当な衣服を着ていくのではなく、必ず法衣を着て袈裟を掛け、鉢を持っていくということだ。この鉢だが、釈迦牟尼仏の手の上に鉢があるのが見られるだろう。この鉢こそ、かつて釈迦牟尼仏が正にこの鉢を持って托鉢に行かれていたのだとそなた達に伝えるのだ。この鉢にはどういう意味があるのだろうか?それは、いかなる衆生の供養であろうとすべて受け入れる、ということだ。供養がその鉢に入れられれば、これら衆生が仏の鉢の中で修行が円満になったのに等しいからだ。

「入舍衛大城乞食」とは仏が舍衛城に入り、一軒一軒食べ物を求めた、ということだ。

経典:「於其城中。次第乞已。還至本処。飯食訖。收衣鉢。洗足已。敷座而坐。」

「於其城中。次第乞已。還至本処。」とは、次第があり、一軒一軒訪ねて食べ物を乞い、自分の住処に戻ったということだ。食べ物を得たので、その家の門口に座って食べた、というのではない。そうではない。必ず自分の寮房に戻らなければならない。食べ物を得たので、その家の門口に座って食べる。これはいけない。これは破戒だ。自分の寮房に戻り、そこで食べなければならない。食べ終わったら衣鉢を片付ける。食べる時も適当に食べるのではない。衆生の供養を受けたのだから、食べる時には、この肉体が食べるのではなく、衆生を代表して食べるのだ。また、衆生を代表して三宝に供養する。よって法衣を身に着けなければならないのだ。斎僧というのは、この種の状況から出ている。

「洗足已」とは、古代インド人は履物を履かず、履いていたとしても非常に簡単な履物だったので、足はしばしば泥で汚れた。我々が現在舍衛城へ行っても、道路は舗装されているが、他の地域はすべて土のままだ。それはあの辺りはすべて農地だからだ。足を洗い、法座を整えてから、初めて請法を開始する。

これは簡単な紹介だ。

善現啓請分第二
経典︰「時長老須菩提。在大衆中。即從座起。偏袒右肩。右膝著地。合掌恭敬。而白仏言。」

誰が請法に来たのか?なぜチベット仏教では修法前に必ず誰かが請法するのか?それは釈迦牟尼仏がお伝えになった伝統に基づいているのだ。聞きたくなったので、「おい、ちょっと来て説法しろ」というのではない。必ず非常に恭敬に請法しなければならないのだ。「長老」とは、どういう意味だろうか?年齢が高い老いた人ということではない。そうではない。在家修行の代表だ。簡単に言えば、最もよく修行できている人ということだ。代表になるとは、学仏に来るように他人を教導する資格をすでに備えているということだ。よってその時の長老の名は須菩提といった。「大衆中」とは、すべての人の中ということだ。須菩提は立ち上がった。「偏袒右肩」、これはインド人の習慣だ。もともと袖に通していた右手を抜き出して右肩を露出させる。そのため現在でも、漢伝であろうと、日本であろうと、チベット仏教であろうと、法衣を着用する時には、右側は覆わず左側を覆うのだ。それはこの伝統から来ている。「右膝著地」とは、右の膝を地面について跪いたということだ。「合掌恭敬」は説明は不要だろう。「而白仏言」、ここで言うのは、須菩提がどうしてこの法を求めたかだ。

今日は簡単に説明する。今日我々が仏法を聴く際には、プレーヤーで音声を聞けば良い、というものではないということが、これで分かっただろう。そのようでは聞いたということにはならない。テレビで講じているのを聞けば、それで良いというものでもない。これも聞いたことにはならない。これは一種の常識に過ぎない。この人が何を言うか知りたいだけだ。真に法を聞くには、いつ、どこで、誰が来て請法するか、どういう原因で請法するか、経典で説く規則に基づかなければならない。こうでなければ、真実に仏法を聞くことにはならない。なぜ我々は寺を護持しなければならないのか?それは寺は説法の場所だからだ。なぜ我々は修行の中心を護持しなければならないのか?それは、そこが説法の場所だからだ。一般家庭で説法できるというものではない。よって、寺を護持すれば非常に大きな功徳があるとなぜ言うのか?それはそなたが寺を護持すれば、寺は存続し、寺があれば仏像を供養し、出家衆を供養し、説法する上師を供養することができるからだ。よってそなたの功徳は非常に大きい。そのため、古くから今に至るも、寺を供養するよう勧められるのだ。寺を供養する。それは建築物を供養すれば福報があるのではない。この建築物の用途はなんだ?仏法の宣説だ。仏は説法なさる前に必ず住んでいた場所に戻られる。住んでいた場所はなんだ?それは経を講じられた場所だ。私はそこへ行ったことがある。その建物は割合に大きい。内部は仏の寝室で、外部は仏が経を講じる台だ。つまり必ず一定の場所で説法なさるのだ。行ったところで、そこでその場で説法する、と言うのではない。これは間違っている。よって今日は簡単に紹介する。

あの者は起きたか?私は72歲の老人だが、そなた達よりずっと健康だ。まあ良い。もうこれ以上言わない。これ以上言ってみな寝てしまっては困る。今日はこの殊勝なる功徳があるので、私は今日『金剛経』を小川住職に送る。この『金剛経』は特別だ。台湾故宮の収蔵本--明代に金泥で書かれた『金剛経』を、故宮がプリントしたものだ。これはその最後の一冊だ。市場にはすでにない。それを住職に送る。この寺に置いてくれるだろう。

よって今後も機会があれば、ここでみなに『金剛経』を紹介できるだろう。我々は現在アキ護法を修める。通常我々チベット仏教では、一日の法会終了時に護法を修める。なぜ護法を修めるのか?それは一日の法会が順調で、なんの障礙もないのは、すべて護法がお守りくださるからだ。よって修法により護法に感謝し、護法がこの場所を守り、ここの法を聞き修法するすべての人を守り続けてくださるよう願うのだ。

今日修めた護法は、我々直貢噶舉派不共の護法だ。共に擁する護法ではない——アキ度母だ。アキは我々直貢噶舉の祖師ジッテンサムゴンの祖母であられる。アキ度母ご自身は一生で修行し仏果と成られた。往生された時、その肉体はこの世間に残らなかった。我々チベット仏教で言うところの虹光身だ。肉体が虹の光に変わり地球を離れ、自身の浄土へ行かれたのだ。これは神話だと思う人もいるだろう。神話ではない。実際に為せることなのだ。アキ以前も以後も、チベットではしばしばこのような事が発生している。アキの願力は直貢噶舉と言うこの教派を保護し、しかも我々の祖師ジッテンサムゴンの祖母であられるため、願力をお持ちなのだ。直貢噶舉の弟子であるなら、必ずお守りくださり、しかも必ず直貢噶舉教派が興旺となるようお助けくださる。チベットのすべての教派はみな自身の護法を持つ。アキと言うこの護法は顕教では度母であり、密法では金剛亥母であられる。よってその果位はすでに仏の果位に至っている。直貢噶舉の弟子である我々は毎日護法を修める。護法を修めるとは、保護という、そんなに単純なものではなく、仏法学習の障礙を消し去ってくださるようお守りくださるのだ。例えば、仏法を聞く時眠くならない。これもアキのお助けが必要だ。我々は凡夫なので、疲れやすく、眠くなりやすいからだ。

今日の法会は一切円満となった。法会を執り行うよう私に要請してくれたことを温泉寺住職に感謝し、今回の法会に参加してくれたことを日本の信衆に感謝する。今日は日曜日でないのに、こんなにもたくさんの人が參加してくれた。これは観世音菩薩の慈悲だ。密法の法会に参加する因縁を下さったのだ。未来に仏法の面において皆に大きな修行の因縁があり、今日の法会のおかげで未来にみなの福報が起きることを願う。観世音菩薩讓がみなの一切の平安と順調、健康をお守りくださり、この場所、この国が一切興旺となるよう祈る。みなありがとう。阿弥陀仏。

法会は円満となり、参会者はみな尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲なる修法及び殊勝な開示で無量無辺衆生を利益する事に感謝を申し上げ、起立して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りられるのを恭しくお送り致した。

 

法会が円満となり 衆生は歓喜賛嘆した

法会が円満に終了後、信衆及び弟子達は恭敬合掌して、列を作り、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しくお送り申し上げた。一日法会に参加した後、誰もが言葉では言い表せない歓喜を感じていた。リンポチェは連続修法なさっているのに、なおも苦労を厭わず、金剛杵で信衆と参拝の観光客の頭頂を一人一人慈悲深くも加持下さった。列を作って加持を待つ者もおり、走ってきて加持を受けるものもおり、加持を受けた者はみな非常に喜び、しかもみな、加持を受けた他人のために喜んだ。リンポチェが外国で弘法する際にはいつも、種族、宗教、国籍を分かたず、誰もがリンポチェの大摂受力を受け、祈求加持に訪れる。リンポチェの慈悲摂受の力は、その場を強く感動させるのだ!

小川住職は日本の信衆に、法会参加時に感じたこの大修行者の力量と不可思議について語った。

リンポチェは小川住職の手を握り加持を下された。小川住職は何か暖かいものが心中に流れ込んできたように感じたと述べた。

小川住職はリンポチェを恭しくお送り申し上げ、その様子からは言葉を超えた真摯で懇切な情が感じられた。

温泉寺小川祐章住職の法会後の話:

偉大なるリンポチェが私の寺を訪れてくださったことについて、今になっても私はまだ冷静になることができない。夢にも思わなかったことだ。

昨年リンポチェが来られた時、まだ何も説明していなかったにも関わらず、リンポチェは私に対して観音菩薩について語られた。リンポチェのこの地に対する理解に、私は非常に驚愕した。私は住職として、この地区の住民に対してひたすら観音菩薩の功徳を説いてきたが、どれほどの人が信じているのかおぼつかなく思っていた。だが、外から訪れた人(リンポチェは当時私服を着ていた)が一人のリンポチェであり、ここに来て、私に対して観音菩薩の功徳を語ったのだ。私が知っている、私が学んだそのような様子でだ。実に不可思議だ。

しかも、非常に感動したことは、リンポチェが私にくださった力は、言葉では形容できないものだ。リンポチェに心から感謝申し上げる。今日ここに来られ、取り行ってくださった法会の規模は、私が夢にも思わず、これまで一度も目にしたことがなかったものだ。一般の寺はこのようにはできない。これはすでに私の想像を超えている。心から感謝申し上げたい。これはここに暮らす人、事、物すべてに対して非常に好ましい加持だ。私はリンポチェに感謝を伝えたところ、リンポチェはただ笑っておられた。リンポチェが私にこんなにも多くのものをくださるとは思わなかった。金剛縄、甘露丸、さらには四臂観音もある。これら貴重な贈り物を、どうやって受け取っていいのか分からないほどだ。私はリンポチェに「これらを頂戴する資格がどうして私にあるでしょうか?」と申し上げた。正直に言えば、受け止めきれない、というのが本音だ。リンポチェは静かに「これは一世の縁ではない。観音菩薩とリンポチェの間の縁なのだ。そのためこのような法会を行なったのだ」と答えられた。リンポチェは「これらを贈るのは普通のことだ。仏菩薩は本来お与えになるのだ」と言われた。リンポチェのこのようなさらりとしたおっしゃりように私はさらに感動し、淚が溢れ出した。私はリンポチェのこのような恩情、仏菩薩の恩情にいったいどうやって答えることができるだろうか?リンポチェはさらに淡然と「観音菩薩とここの信衆の架け橋になるのだ」と言われた。リンポチェと私はこの一世ではなく、前世にすでに縁があったのだ。縁はどこから来るのか?観音菩薩が繋いでくださったのだ。

簡単に言えば、それは奇跡だ!リンポチェがもたらしてくれた奇跡だ!リンポチェが作り出された奇跡だ!観音菩薩の関係があり、リンポチェの関係があって、このような法会があるのだろう。我々はみなこのような奇跡の中にいる。これは無上の幸福だ。リンポチェがくださったものであろうと、私が頂戴したもの、私にくださった開示であろうと、私はすでに言い表す言葉を見つけることができない。この上もなく幸福なことだ。

私はひたすら思う。なぜリンポチェは私にこんなにも良くしてくださるのか?私にこんなにも多くのものをくださるのか?リンポチェは、これは私とリンポチェとの縁だ、私との前世の縁があるので、このような機縁が生まれたのだとと言われるが、私は自分が理解可能な範囲をすでに超えており、ほんとうに受け止めきれないと感じている。頭の中は今もなお混乱状態にあり、落ち着いて言葉で表現することができない。

私がリンポチェの手を握り、リンポチェの健康を祈り、お身体に気をつけるよう願った時、リンポチェは「自分はずっととても健康だ。修行の関係でずっと健康なのだ」と言われた。手をずっと握っていたので、リンポチェに元気をくださるようお願いした。私はただ無意識にこの言葉を口にしただけが、リンポチェから熱い流れが私の手を通してひたすら全身に流れ込み、身体全体が熱くなるのを感じた。リンポチェは「感じるか?」と尋ねられたので、私は「感じます」と答えた。リンポチェは軽やかにbye byeと言われた。実に不可思議だ。リンポチェのようにこんなにも大きなpowerを持つ人が、どうしてこんなにも自然でこんなにも親しみやすく、近づきやすいのか?普通、このような人は他人に距離を感じさせるものだが、リンポチェは非常に自然なごく普通の一個人だ。しかもその時は力を入れて手を握っていたわけではなく、軽く触れただけなのに、下の方から熱が「ポン」と流れてくるのを感じだ。実に不可思議だ。それは超能力ではなく、禅定頓悟の境界がすでに非常に高いために、一瞬にして「ドン」と押し寄せるのだ。これは高果位修行の現れだ。

 

温泉寺のプロファイル及び法会の紹介

温泉寺は一千三百年の歴史を誇る山陰の名剎で、城崎温泉と湯治客を守護している。その山号、寺号は8世紀に聖武天皇が「城崎温泉の守護寺」と賜封されたことによる。殿内に供奉する主尊十一面観音は重要文化財で、千三百年余りの歷史を有する。一本のヒノキから彫られたもので、地元では「Kinosaki」と呼ばれ、後にこの地区の名が「Kinosaki(城崎)」となったのも、この観音様の御名から来ている。(温泉寺 http://www.kinosaki-onsenji.jp/

大悲殿内供奉の主尊十一面観音

小川祐章住職は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに請法し、リンポチェは慈悲深くも求法者の満願に応じた。この因縁により、リンチェンドルジェ・リンポチェは観音法門を修習できる灌頂を授権し、『金剛経』を口伝し、みなの学仏修行の障礙を減らし、さらには消滅させ、仏法学習に必要な福徳資糧を累積させ、真に発心した有縁衆生を助けられた。

この殊勝なる法会のために温泉寺が印刷した説明

温泉寺公式サイト紹介(https://onsenji.exblog.jp/

小川住職は寺中にリンポチェのために特別に控え室を用意した。古い部屋、設備を新しくできない控え室しか提供できないことを住職は申し訳なく思ったが、リンポチェは住職を励まし「自身も現在寺を建立している。古い寺を維持するのも、新しく寺を建立するのも、どちらも非常に大きな心力を費やさなければならない。千年の寺を維持するのは、簡単なことではない」と仰せになった。

 

法会前後の祥瑞天相

法会の前日、リンポチェが予備法を修め終えた後、晴れ渡った空に五彩の日暈瑞相が現れた。

法会が終了したその夜、小川住職と台湾から訪れた弟子は同時に月暈を目にした。小川住職は「温泉寺本堂で本尊供養の法門を終えた後、窓から外を眺めると、これまで一度も目にしたことがない月輪が見えた。今日は満月で非常に明るい。リンポチェの功徳に強く感動し、しかも同じ時間に、みなさんと同じ月を眺めることができた。これは上師を共に憶念し感謝しているということだ!偉大なリンポチェが修法なさる法会に参加でき、感謝でこれに勝ることはない。ただただ感謝することしかできない!」と述べた。

 

法会後記

法会の翌日、温泉寺の本堂壇城はすでに日本式に戻っていた。小川住職は「四臂観音は、日本の信衆がはっきりと目にできるところに安置するよう、リンポチェが特別にお申し付けになった」と述べた。小川住職はリンポチェとケンポスの教導に従い壇城を設け、四臂観音像を大悲殿の中央に、中門に面して安置した。どこから殿内に入ろうと、四臂観音像をはっきりと目にすることができる。

小川住職は、リンポチェは奇跡のように不可思議で、非常に威力があり、自分に多くの力をくださった、と形容する。前日法会に参加した信衆達は、初めてリンポチェを目にし、また通訳を通すので、開示内容のすべてを完全に理解することは容易ではなかったはずだが、みな、リンポチェはすごいと感じ、法会に参加した後は力がみなぎるように感じ、リンポチェにとても感謝していた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはいかなるところへ行こうと、衆生に利益できるなら、無私の犠牲を払われる。リンポチェが贈られた四臂観音は大悲殿中央に安置され、その後ろに鎮座なさる十一面観音とともに、今後この地を守っていかれることだろう。


2019 年 06 月 14 日 更新