915 : 唯一リンポチェだけが我々を世間の苦海から救済する事が出来る

私は皆さんに今回の経験を共有したいです。先週土曜私がリンポチェへ会見を求めた前日、自分が地獄へ堕ちる夢をみたのです。普段睡眠に関しては全く問題が無かったのが、その日は珍しく不眠に悩まされ、体の左側傷口下方部と脇下にある腫瘍の塊が痛み始め、なかなか眠れなくなったのです。

朦朧とするうち、夢うつつの中で、自分が無辺暗闇の大海原へ沈むと思え、それはまるで<地蔵経>で述べているような地獄の模様でした。自身の身体に激痛が走っているのを感じていても、悪夢から目覚めることができず、わずかに残った意識は、自分が哀切な悲鳴をあげているのが聞こえ、その悲鳴は、人間が発したとは思えなく、私は悲鳴をあげながら、懸命に苦海から這い上がろうと、必死でもがいたのです。だが海中はとてつもなく混み合い、すぐ隣でも衆生が手足をバタバタさせてもがいていました。互いに纏わり付き相手を踏みつけ合いながらも、自身がこの地獄の海から脱出することが出来ず、そのまま沈んでいったのです。

このような恐ろしい現象がどれだけ経ったか知らず、日が昇った頃に、私は初めて目覚めました。同居人によれば、確かにその晩、私が苦痛の声を発しているのを聞いたというのですが、それは私が思っていた臨場感漂う程の大きな恐ろしい叫び声ではありませんでした。

あのような恐怖は、実際に経験した人でないと分かるはずがありません。あの際限の無い暗黒と苦痛、<地蔵経>では、地獄へ辿り着くには、威神でなければ業力が要ると説いていますが、私の生命は明らかに残り少なく、業力がもう目の前にきている。

そして私が目を覚ました時、すぐさま頭の中で悪夢よりも更に恐ろしい事に気づかされたのです。それは夢うつつの中、地獄の苦海から必死に外へ這い上がろうともがいている時、私は強烈に助かりたいという思いがあり、またほんの少しばかり暗闇の中に明るい救済が降ると思えました。ですが、私は恐ろしい事に、その苦しく茫漠とした心境の中、全く上師の事を思い出すことなく、ただただ悲鳴をあげるだけで、上師の名号、そして日頃唱えている呪文さえも思い出せなかったのです。もし上師の助けと加持が無ければ、自力でこの苦海の沈みから這い上がることは、永遠に無いのだと、私は身をもって痛感したのです!又私は、日頃から上師に感謝します、上師を信じます、と奇麗事だけ並べて、実際に目の前に起った際、すぐさま本来の姿を現し、そのまま業と一緒に沈んでいく。自分の心がこれ程までに恐ろしく、なんとも哀れで悲しいものかと、上師は決して我々を見捨てることはない、それなのに私は最も助けを必要としている時に上師を思い出す事ができなかったのです。これは夢だけではなく、私の心を映し出したのです。私は、上師に対して深い信心を持っていなかった為、上師の事を思い出す事が出来なかった。これはまさに、地獄に堕ちた夢を見るより遥かに恐ろしい事であります。

先週土曜日の午後、リンポチェに会見を求めた際、リンポチェはその場で、私が上師の話を聞かず、教えに従ってしっかり実践せず、因果や死亡の無常を信じない、と私を呵責しました。リンポチェは完全に、私の根本的な問題を指摘されました。私は日頃、感謝を口にしているだけで、本当は無私で救度して下さっているリンポチェに対して心から感謝の気持ちを持っていないし、リンポチェに対する深い信心がなく、又因果と死亡無常を深く信じていなかった為に、出離心が起こらず、一つ又一つと間違いを犯し、一歩ずつ悪業の深みへと向かって行ったのです。

これは私への棒喝、私への忠告なのです。上師、諸仏菩薩に感謝します。私の息が途絶える前に、根本的な問題を教えて下さり、自身がもう既に地獄へと足を踏み入れている事、上師の救度が無ければ、解脱が不可能であること自覚しました。業力はもう既に現れ、地獄はもう目の前です。私は、本当に深く懺悔をし、腹をくくる思いでしっかり仏を学ぼうと決心しました。今この一刻から、悔いを改める決意をし、自分の放逸な心を収め、上師が永らえてくださったこの生命、賜った慧命を大切にし、残りの限りある命を仏を学ぶ事に専念します。無常が訪れるその一刻まで、常に上師を憶念し、常に上師を観想し、上師に対して深く信心を持つ事で、無辺の苦海から解き放たれ、生死を解脱できるのです。

皆さん、私の経験を教訓として下さい!私達は、幸運にもこの世間で、最も稀で得難い具德如法の上師に皈依できたのです、だから必ず深く信心を持ち、教えの如く実行する事。この世間の苦海から我々を解放し、済度できるのはリンポチェ、ただ一方だけです。

リンポチェに感謝します。

皈依弟子 第一組 熊江寧 謹んで書き上げます
2018年6月27日

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2018 年 06 月 28 日 更新