慈悲とSARS

2002年11月から2003年7月にかけて、重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome, SARS)が世界各地で爆発的に流行った。高い致死率で、効果的な治療方法はなく、しかも伝染性の高いこの疾病は、急激な勢いで世界中を震撼させた。人々はライフスタイルを改め、公共場所への出入りを減らし、多数の人との接触を避け、心は常に不安と恐れに満たされた。台湾の感染状況が深刻になると、多くの活動がストップされ、大規模な宗教団体もまた、一切の活動を停止した。仏教の大宗派もそれぞれ、扉を閉ざして法会の開催を止め、人の行き来を禁止した。

尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲は、この様に人々が恐れ苦しんでいる時こそ、衆生は救済を最も必要としている時ぞとを思い至られ、「衆生が最も私達を必要としている時に、どうして彼らを離れて行くことができるだろうか?」と仰られた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは、台湾のSARS感染状況が最も危険であった2003年4月27日より2003年7月6日にかけて、いつもと同様に、毎週定期的にチベット仏教ディクン・カギュー派の殊勝密教法会を続け、しかも途切れることなく、合計17回(日曜日と金曜日)の法会を開催された(法会写真選集を参照のこと)。当時、寶吉祥仏法センターは、未だ今の台北市民権西路の道場を持っておらず、毎週、数百人から千人が参列する法会に適宜な場所を探しだす必要があった。 法会開催場所を探すに当たり、リンチェンドルジェ・リンポチェは、数十年来、済度法会を開いていない地区や周辺に墓地のある場所を特にお選びになった。何故ならそのような場所には更に多くの苦しみを受けている衆生がおり救済を必要としていたからである。借りた場所は台北各区域にわたり、台北市役所、台北市営バスの講堂、台北市大同区役所、台北市松山区活動センター、台北市立健康国民小学校、台湾科学技術大学、師範大学、台北師範学院、台北国軍松山医院等を含んだ。この様に度々場所を変える事は、説法される上師にとって非常に大変なことであったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは全く労を厭わず、只々、更に多くの衆生を利益されておられた。

SARS流行期間に尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの法会參加者と法会開催地区内の住民は平穏に日々を送ることができ、SARS感染者も出なかった。SARSが最も深刻であった台北市立和平病院がある萬華区に隣接する大同区にはSARS感染例は一例もなかった。あらゆる者がSARS感染と病院を避け恐怖に慄いていた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは自身がSARSに感染する危険を犯しても衆生が救いを求めさえすれば、即刻病院へ赴き苦難の衆生に加持を与えられた。台北市立建国高校の蕭君がSARSに感染し、台北市立忠孝病院において危篤に陥っていた時、高校の生活指導の主任の求めに応じてリンチェンドルジェ・リンポチェは加持を授けられた。リンチェンドルジェ・リンポチェは御自身の危険を顧ず何度も病院で自ら蕭君に加持を与えられた。その後、蕭君の病状は安定して、数週間後には回復して退院した。 蕭君は2004年、長庚大学医学院の漢方医学学部に合格した。また、やはりSARSに感染した後、危篤状態であった台北市立和平医院緊急治療室の王尊文主治医は《衆生済度の事跡をクリック》、彼の弟が代わりにリンチェンドルジェ・リンポチェ主催のディクン・カギュー派殊勝密教法会に参加した御蔭で完全に治癒され、現在に至る迄、SARS感染後の深刻な肺部繊維化、肺機能損傷、肝炎、胃腸炎、軽微な関節炎、寛骨関節大腿骨頭の壊死、周辺神経の変異、抜け毛による円形はげ等の後遺症は見られない。身体の状況は感染前よりも更に良好でさえある(写真1)。

写真1:2009年5月26日、台北市立平和病院急診室
の王尊文主治医師の写真。現在、2003年のSARSに
感染した後遺症は何もない。

その内最も特殊なのは台北国軍松山病院であった。そこは2003年4月26日、台湾初のSARS専門病院となった。リンチェンドルジェ・リンポチェは次の日の4月27日に台北国軍松山医院で法会を開催し、並びに、厄払い病治癒の葉衣仏母を修法され、衆生の福徳の為に祈った。松山医院は4月26日に一人目のSARS感染者を受け入れてから、SARS流行の全期間に300名近いSARS感染者を収容、治療し、極端に高い治癒率によって世界中に名を馳せた。

弟子、信徒、一切衆生の身の安全に心を繋げるリンチェンドルジェ・リンポチェは、仏法を絶えず説き続けて衆生の心身に安堵感を与えたばかりか、この期間に、長寿仏、金剛薩埵灌頂、グリーンターラ、上師供養法、葉衣仏母、地蔵菩薩のマントラ、忿怒蓮師の伝承する白金剛百病治癒のマントラ、及び疫病の神に対するマントラ、その他、多数の施身法等、各種の殊勝な密教を修法されて、また七回目の施身法(金曜日の夜)を修めた。2003年5月4日の大同区役所の法会において(法会写真選集を参照のこと)、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に地蔵菩薩のマントラを伝授された。2003年5月11日の大同区役所の法会において(法会写真選集を参照のこと)、リンチェンドルジェ・リンポチェは特に、疫病の神に対するマントラと忿怒蓮師の伝承する白金剛百病治癒のマントラを修法され、並びに、密教マントラの護輪と密教の加持を授けたSARS防止の瓶入り甘露水を法会に参加した一人一人に与えられて、この殊勝なSARS防止の瓶入り甘露水を必要な衆生と広く分かち合うことを希望された。リンチェンドルジェ・リンポチェは空性の慈悲と智慧、広大なる菩提心、深遠なる福徳によって、無数の衆生が貪、瞋、癡と執著を離れて苦海から解脱できる助けを授けている。SARS流行期間、感染者との因縁が和合しリンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求められたのなら、例え隔離されていようとも、リンチェンドルジェ・リンポチェはやはり空間を隔てて加持を与え、または電話による説法や仏法のテープを授ける等をして、様々な方法で助けを必要とする衆生の求めに応じられた。SARSは、リンチェンドルジェ・リンポチェが預言なされた通り、2003年6月以後に消え失せた。2003年5月1日、SARSに罹って犠牲になった第一番目の医療人員、台北市立和平病院の陳静秋護理長さんも《衆生済度の事跡をクリック》、翌日には尊きリンチェンドルジェ・リンポチェよりチベット仏教直貢噶舉教派の最も殊勝な得難い密法「施身法」を修めて頂き、済度された。《殊勝な得難い「施身法」をクリック

リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て、「SARSのような伝染病は肉食や殺生から起こる」事を説かれた。人々は腹を満たす欲望に駆られ、因果を信じず、多くの衆生を傷付けている。殺生された衆生の恨みが積み重なり、人々に反撃する為に疫病となる。ただ仏法の慈悲の力のみが衆生の怨念を止め、禍を消除することができる。SARS流行期間、リンチェンドルジェ・リンポチェは私欲なく、生命の危険を顧ずに人々を助け、多くの者から病苦を取り除き、台湾全土の疫病が更に拡大し蔓延するのを防いで下さった。これは、仏教の経典で述べる「大成就者の福徳は大成就者の居られる処を庇護し、その場所に安定を齎し、紛争を少なくし、人々は安堵し幸せである故に貧困と病気を減らす」を証明するものである。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝を捧げる。

珍貴な法会写真選集:リンチェンドルジェ・リンポチェはSARS流行期間に法会を主催した

日時:2003年4月27日
場所:台北国軍松山病院講堂
法会:葉衣仏母袪病法会

仏壇上の諸仏菩薩に頂礼されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 諸仏菩薩に灯明供養を捧げるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

マントラを唱え法会の会場と無数の衆生に加持を授けるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 マントラを唱え法会の会場と無数の衆生に加持を授けるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

修法を円満に終え、「外供」を行なうリンチェンドルジェ・リンポチェ。 SARS流行期間に法会を行なう重要性について慈悲をもって説かれるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

日時:2003年5月4日
場所:台北市大同区役所講堂
法会:地蔵菩薩マントラ伝授法会

仏壇上の諸仏菩薩に頂礼されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 諸仏菩薩に灯明供養を捧げるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

マントラを唱え地蔵菩薩の加持を願うリンチェンドルジェ・リンポチェ。 マントラを唱え地蔵菩薩の加持を願うリンチェンドルジェ・リンポチェ。

慈悲深く説法をされるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 慈悲深く説法をされるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

日時:2003年5月11日
場所:台北市大同区役所講堂
法会:忿怒蓮師病袪病法会

リンチェンドルジェ・リンポチェを高座にお迎え。 マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

疫病の神のマントラ及び忿怒蓮師伝授の白金剛百病治癒のマントラを唱えられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 宝瓶にてSARS防止の甘露水の入っている各瓶に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。瓶は会場の一人一人に配られた。

密教マントラの護輪及びSARS防止甘露水を加持されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 密教マントラの護輪及びSARS防止甘露水を加持されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

日時:2003年5月18日
場所:台北市大同区役所講堂
法会:上師供養法法会

マントラを唱え法会の全会場に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 「外供のトーマ」に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

マンダ供養を受け取られるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 マンダ供養を受け取られるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

上師供養法の中の殊勝なプージャを修法されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 上師供養法の中の殊勝なプージャを修法されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

日時:2003年5月25日
場所:台北市役所講堂
法会:共修法会

リンチェンドルジェ・リンポチェを高座にお迎え。 仏壇上の諸仏菩薩に頂礼されるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

尊い金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼する会場の人々。 会場の人々に対し慈悲深く説法をされるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

会場の人々に対し慈悲深く説法をされるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 会場の人々に対し慈悲深く説法をされるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

日時:2003年6月8日
場所:台北市役所講堂
法会:皈依法会

マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 慈悲深く説法をされるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い説法を聴聞する会場の人々。 舞台上に上がりリンチェンドルジェ・リンポチェの皈依戒を授けられる皈依信徒。

舞台上に上がりリンチェンドルジェ・リンポチェの皈依戒を授けられる皈依信徒。 三界輪迴の家からの出離を意味する皈依者の髪を切られるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

日時:2003年6月15日
場所:台北市大同区役所講堂
法会:共修法会

マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる説法を聴聞する会場の人々。 リンチェンドルジェ・リンポチェによって加持された甘露水を謹んで受け取る会場の人々。

リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる説法を聴聞する会場の人々。 リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる説法を聴聞する会場の人々。

日時:2003年7月6日
場所:台北市役所講堂
法会:共修法会

マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 マントラを唱え法会の全会場と無数の衆生に加持を授けられるリンチェンドルジェ・リンポチェ。

殊勝なる仏法を説かれるリンチェンドルジェ・リンポチェ。 リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる説法を聴聞する会場の人々。

2009 年 06 月 22 日 更新