尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会での開示– 2021年1月31日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターにて灯を点して仏に捧げられ、法座に上がられると、自ら殊勝な聖緑度母法会を司られ、並びに貴重な仏法開示なされた。

本日は、緑度母(りょくどぼ、グリーンターラ)を修めよう。このテキストは顕教にはないが、チベット仏教と密法では修められる。テキストによれば、観音菩薩は衆生が未だに輪廻の苦しみから逃げられないのを見て大慈悲心を起し二粒の涙を流され、その一粒は緑度母に化現(けげん)し、もう一粒は白度母になるという。よって、我が道場では緑度母と白度母と、両方とも修めているわけである。

ある出家弟子は仏法用語を間違えて使って、より年上の女性出家弟子を大姉(だいし)と呼んでいる。先週は既にそのことについて触れたから、今週は止めようと思ったが、彼女等三人が未だに論弁を止めず、心服しておらず、自ら過ちを犯したのを知らない上、下手にすれば謗仏し、更に破和合僧団(はわごうそうだん)にも繋がる恐れもある。私自身は比丘戒を受けたことがないから、比丘、比丘尼戒について開示する資格を持たないが、これが戒律だと分かっている。彼女等は、以前他の人もこう呼び合っていた、そして、大姉僧という名相は出家僧を意味すると弁解した。しかし、僧とは単に出家僧を指すのではなく、四衆のことだと私は開示したことがある。

私自身は顕教の師僧に帰依して、幾つか重要なことが教わった。一に供養布施する、二に懺悔する、三に『大華厳経』を三遍拝読するようにということである。そして最後に、師僧は私にこの『実用仏学辞典』を贈与された。私は『華厳経』を三遍拝読したが、この場に居る出家衆は『大華厳経』を一遍読んだ人は居るか。(誰も手を挙げなかった。)『華厳経』では、毎朝、目が覚めるとすかさず全ての念頭が衆生のためにあると教えてくれるが、この中で、成し遂げたのは幾人いるか。成し遂げていなければ、ご自身が出家衆と言えようか。

私の手元にある『実用仏学辞典』は民国75年(西暦1986年)4月8日仏教出版社より出版され、第七刷。この場に居る多くの人と比べ、その出家歴より長い、その仏を学ぶ歴より長い、その年より上であろう。(辞典の)中に書いてある内容には、仏典から引用したものばかりでなく、出典も記載されている。新版の辞書では、勝手に個人の見解などを加えるなんてけしからん、許されないものもある。この辞書の前書きは、民国22年(西暦1933年)に、太虚大師が執筆されたことから、この辞典の古さを表しているだろう。顕教を学ぶ人は多かれ少なかれ、太虚大師のことを知っているはずだ。彼が前書きを書くことは、この辞典はぞんざいに編纂したものではなく、ちゃんと裏付けがあると伺えよう。私はこれまでここの前書きに気づかなかったが、今さっき見当たった。

この仏教辞典は既にどこへ行っても入手できないだろう。その出版社でさえ、現在存在するかしないかぐらいだ。歴史のある仏寺だったら、この辞典を保有しているだろうが、ここにいる出家衆はみなこの古いバージョンを見たことがない。顕教の師僧は、いつか私が上師になることを見極めたか、仏典の内容を以って弟子に教授する必要があると見て贈与されただろう。現代の人は、よく名相を解釈する傾向があるだろう。

当辞書によると、「大姉」とは優婆夷(在家女衆)を指すこととし、出家を目指す女衆のことである。或いは、仏寺で食事の支度や、薪割りなどする人を召使い、奴婢と呼ばず、代わりに大姉と呼ぶことである。辞書にもこう書いてある。出家前、在家の女衆を大姉僧と、男衆を大徳僧と呼ぶと。単なる呼称なだけで、年代や経歴を表すことはなく、まるで道場でお互いのことを師兄(兄弟子)と呼び合うようなものだ。

出家僧としての思想や念頭などは、在家者と異なるものである。世俗に染まる考え方があれば、出家して何の意味があるのか。仏を学ぶのに戒・定・慧を修めるが、この三人の出家弟子は定慧だけ必要といって戒は要らないという。よりによって、私は戒律を謹んで要求している。釈迦牟尼仏は比丘尼戒に200か条強定められ、比丘戒より50か条上回っている。なぜなら仏は女衆に問題が多くがあると存知ているからだ。今回、過ちを犯した出家弟子4人中の2人はチベット仏教の法衣を着る資格を失ったから顕教の法衣に着替えよう。理由はまだ顕教の段階で、菩薩道を行おうとするつもりがないからだ。もう1人は、大姉という呼び方を耳にして、どこか変に思っても、その呼び方をやめないから、これからは上師相応法を修め続けてはいけない。残りの1人は密法を修めてはいけないとする。

私は経論を学んだのではないにも拘らず、修め得られたのは、この一生だけかけたり、閉関修行にばかり頼ったり、人を罵ったからでもなく、宿世で蓄積した善根、累世での修行によった智慧があるからこそ、この世で現われたわけだ。この点については、誰も比べ物にならない。私はそれらの戒律を受けたことがないものの、明らかにどこかおかしいと思った。アキ護法がこの事を曝させたのも、彼女等の僅かな慧命(えみょう)を保ち、居続けさせる意味であろう。

台湾で最初の出家衆は国民政府が台湾に渡った際に共に渡航され、白聖長老が仏法をもたらしてきた故、最初の一群れの出家衆はみな白聖長老の弟子、孫弟子である。その間の伝承が途切れたから、現在の出家衆は又もう一群れで、ちょっと異なる。中国本土では古刹の御堂はとにかく小さく、境内は御堂以外はみな関房である。僧侶は閉関修行するもので、読経や懺法などの出張法会に走り回ることは滅多にない。日本のお寺も御堂が小さく、唐の時代の仏寺建築に因んでいる。それでは、出家衆のお金はどこから来たのだろうか。食事と受用に事足りれば、十分だ。まさか享受するつもりか。この戒律を監督する人は全くいない。律宗は中国でも、台湾でもあまり重要視されていないが、私は戒律を重んじている。戒が無ければ、何一つの法門も成就し得ない。

仏法では、リンポチェは理由もなく人を罵ることはない。道場の頭領として、好き勝手に発言してはいけない。出任せに言うようなら、持呪できようか。だから、今日わざわざ仏学辞典まで持ち出した所以は、私の指摘が立証されたものがあると、そなたらに伝えたいためだ。以前は、この辞典のこの部分を読んだことがなくとも、大姉という呼称はどうかしていると思った。この辞書には、私の聞いたことさえもないもう一つ仏教用語が書かれている。しかも仏典の出典まではっきりと記載している。これ等の出家弟子は皮相だけ学んで、でたらめ言っている。そなたらの知識が豊富か。或いは辞典の内容が豊富か。これで、仏学名相で私を挑戦できないことを知っただろう。

受けられるが、実は自分自身のためであり、自身の功徳・福報を積み重ねて果報を受け入れたくない考えだ。彼女等はどこに過ちがあったかを知らず、3人中の1人は上師の言うことを聞くべきやら、昔は仏典と仏だけしか信じないやらと書いた。この分だと、彼女等が剃髪の際に、戒師(かいし)が司ったり、三壇戒(さんだんかい)を授ける三人の僧侶が居たりする必要がないのではなかろうか。

本日修める緑度母のテキストはパドマサンバヴァ(グル・リンポチェ)より伝わったもので、緑度母は観世音菩薩の化身である。我々が修行を進める前は、多くの妨げが現われ、多くの業力が早期に熟すことはある。緑度母を修めると、世俗的な願いが多少叶うよう助けてくれる。願いが叶うとは、緑度母がしてくださると求め得られたら、私は有頂天になって、ほかの出世法を修めなくていいことを指すのではない。その実、最後の結論付けに出世法に流れるようになるから、仏を学ぶ者は生死輪廻から解脱する事を決心付けないで、世俗の些細な事ばかり望むと、そなたにとって仏法からの加持は限りがある。

どの本尊を修めても、最終的には自ら、そして衆生の生死解脱、成仏を助けるほうに進めていく。これが仏が地球に来られて行った最も重要な事で、仏は仏教の布教に地球に来られたのではない。生死解脱するには、似て非なる世間的な観念を直ちに停止するべきであり、仏を学んでから人間らしくない立ち振る舞いやら、途轍もない事やらをして欲しいのではなく、ただ、心の中では仏門への帰命、仏法の修習などは健康や快適な生活のためではないとはっきり知るものである。上師と諸仏菩薩からの手助けは、すべては我々の心が仏道修行し輪廻解脱するのを決心させるためである。だが、言うは易く行うは難しであって、人の自己意識は高く、ややもすると独り善がりになりがち、他人からの批判や叱責を素直に受け入れず、常に自らが最も偉いと思っているからだ。

この三人にしたら、これは些細な事に過ぎず、お茶目だし、互いの距離が縮まれば今後の為にもなると思い、こう呼ぶようにした。間違ったことをしたことすら分からない。僅か二字で、そんなに重く懲らしめる必要があろうかと思うかもしれないが、出家衆どころか、在家衆が呼称を間違えてもとんだ事態になるだろう。とある社長をアルバイトとし、「そこのアルバイト、ちょっと便りを送ってくれ」と言えようか。その度量が広かったら拘泥しないかもしれないが、度量が充分広くなかったら、ひどい目になる。部長を課長と呼べようか。呼んだら、結末は保証できないだろう。

釈迦牟尼仏を情味に欠けるものだと思い込むのは間違いだ。この呼び方を定められた以上、それなりの意味合いを持つ。受戒、剃髪していない人を出家衆と呼んではいけないことは、あたかも、帰依、受戒していない一般男女を居士(こじ)と呼ばないことのようだ。戒を受けてはじめて居士になる。称号は、階級の違いを指すのではなく、修行の方向と通り道が違うことだ。大姉と呼ばれた人達は即ち出家を目指す女衆のことだ。それに対して男衆を大徳と呼ぶ。私の弟子は、なんとそれを階級、年代の表れだと思い込んだ。ようやく今日という日になって、知らないうちに自身が出家衆から在家者、奴婢になったと分かったのだ。

こうした事態に発展したことは、率直に言えば、この3人が「驕り高ぶる」ということだ。自身に福報があるやら、自ら修め得られたやら、それに、よくも大修行者の門下に帰依できたと思っている。上師が彼女等をよく修行させるように、外の出家衆よりも安泰な生活を与えられたといっさい思ったことがない。何も思い煩う事なく、修行に専念すればいいくせに、意地でもこれらの弟子は比べたり、喧嘩したりしてばかりいる。とても出家弟子に見えない。

続いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは緑度母を修持し始め、帰依、祈請(きせい)、七支供養及び一切の供養等の儀軌を進められた。

テキストのこの前半部分は、供養ずくめだ。儀軌に「自身財富皆供養」との一句があるが、これはそなたらが絶対にやらないことで、聞いただけでもぞっとするぐらい、成し遂げられないのだ。「増長寿命与福徳」では、寿命の増長は、俗世間の物事を享受させるのではなく、仏道修行に時間の足りなさを恐れるのであって、また、福報・福徳がなければ、上師の言うことを如何にしても聞き入れないのである。

続いて、薈供と供茶の儀軌に移った。参列者全員が、リンポチェからご加持された供え物を一袋いただき、そして、法会中で上師と仏菩薩と共に食する得難き殊勝な因縁を賜った。

リンポチェは修法を進行しつつ、慈悲深くも弟子らに緑度母へ祈り求める機会を与えられた。のち、大衆を率いてテキストを念誦(ねんじゅ)された。長らく緑度母真言を持誦(じじゅ)し、緑度母テキストの廻向について開示された。

緑度母のテキストにこう書いてある。誠心誠意に緑度母に祈り求めれば、悲しむ事や恐れ戦く事などは必ず免れる、と。故に、既に帰依し仏を学んでいるのに、まだ恐れ戦きが存在していれば、力不足さの表れだ。力不足とは何だろうか。つまり、信じないことだ。何故信じないのか。そなたが成し遂げられないから、存在していないと思っているからだ。修行には次第がある故、次第に則って修行しなければ、自然に得られないから、その力不足さは仏菩薩とも上師とも関係がない。古人の言によれば、仏を学ぶに三分の愚直さを帯びるべきだということから、そなたらみたいな賢い人等は修得できない、学歴が高ければ高いほど修得できないのだ。

テキストの祈願文では、この法門を修めれば、臨終の際に無量壽仏がご来迎に来てくださるとある。更に、後半では、住まいがどこであろうと、一切の貧困、疾患、戦争は悉く終息されると書かれている。

間違ったことをしてても気付かない状況は屡々見られるゆえ、上師の指導は必要不可欠である。叱られるのを嫌がったり、叱られたくないと思うような人は、どうぞ道場を離れても構わず、仏道修行は勧められない。この3人の出家弟子も道場を離れても構わないから、他所でも威光を見せてくれ。『宝積経』では、修行者は驕り高ぶる心を犯してはならないと教えている。大姉と呼ばれて脂下がっている人は、傲慢を犯したのだ。より長く帰依し、より長くリンポチェの側近にいるし、年が上だからと、自惚れている。この分だと、暫く経ったらもう1人の大姉が現われ、結局一つの派閥となるだろう。自身の派閥以外の人を攻めたりすることも有り得るから、こうして次第に道場が幾つかの派閥に分裂するようになるだろう。これこそ破和合僧団だ。リンポチェはこんな事を決して許さない。衆生皆平等のように、証果に至るまでは、みな凡夫である。彼女等の行為は既に戒律を破り、さらに謗仏、なおいっそう破和合僧団に繋がるから、私は彼女等が五無間地獄(ごむげんじごく)に堕ちることから免れるように救うのだ。

たとえ以前それらの名詞を見たことがなくとも、仏典で説かれた仏法理論は何れも同じであり、最終目的としては生死解脱し、輪廻を繰り返さないことに辿りづくものである。彼女等がただ二字だけ言ったのに、さんざん責め立てられたのは何故か。まさに私が立てた誓言のように、衆生が成仏しない限り私も成仏しないからだ。そなたらの言動がちょっとでも生死解脱とかけ離れていると見かければ、私はすかさず正すのだ。一部の帰依弟子がそれに堪えられず道場を離れたのは何故か。それは、取りつきからリンポチェなら患いを治すことができるし何事も知っている上、リンポチェに仕えれば金運に恵まれるという観念を持っているからだ。

煩わしい世の中に、こうした心を卸ろし、仏法修習に専念するべきである。自分自身が成し遂げられないからといって仏法が存在しないとは限らないから、仏法を疑えば何事も修習できないのだ。だから、上師の言うことを疑ってはならない。ミラレパ尊者が師のマルパ尊者に帰依された際にも、師から仕様の提示もせず、家を建てろと課す。ミラレパ尊者が建て終わると、師のマルパ尊者は、それを解体し建て直せと言う。もちろん、どういうふうに建て直すかにも言及しない。そしたら、ミラレパ尊者がそれを解体して建て直しては、マルパ尊者は解体を命じるという。この繰り返しはすべてミラレパ尊者の業を落とすためであった。仮に私がこう命じれば、たぶん全員が逃げてしまうだろう。当時、ミラレパ尊者が非常に貧しく一銭ともない状態であったから、マルパ尊者に供養できるように、マルパ尊者の仏母が自らの宝石をミラレパ尊者にあげたという。マルパ尊者がそれを知ってあげてはだめだと言う。何故なら、それはミラレパの所持品ではないからだ。マルパ尊者がそうしたのは、『宝積経』によったのである。

供養するなら、必ず自身の品物を捧げなければならない。借りてきたものや、騙し取ったものや、人を恐喝して得たものなどは、供養できない。かつて、家を抵当にしてローンを借りた人もいた。前もって私と相談せずに行ったものの、私を前にして跪いたら「銀行からお金が借りられたのは、すべてリンポチェのご加護です。供養致します。」と言った。200万元だったが、私はその場で供養を拒んだ。これこそ修行者の振る舞いだ。何故ならそのお金は借りてきたからだ。私は営業マンをしていたので、ご気分を有頂天にさせるような話はできないわけないではない。だが、そうしてはいけない。私の上師と仏はこのように教えていないから、仕方がなく叱責という方法を取った。

本日は、皆にとって「大姉」の事件が一つの戒めになったらと思う。寶吉祥道場では、派閥を作るなどは許さない。ちょっと油断したら、すぐにも仏道修行の道中に問題が生じる。これらの出家弟子にこんなことが発生したのは、自分自身の気を緩めたからだ。自ら出家者でありながら、戒律を守っていないと反省しない代わりに、少し経典は読んだと自惚れている。リンポチェなら、持呪と修法しかできないつもりで、彼女等は敢えて口答えも、弁解も、理屈づけなどもした。自ら過ちを認めず、経教(きょうぎょう)を学んだことのない私を苛めているつもりか。幸いなことに、私は顕教を学んだことがあるから、顕教にあることならすべて知っているし、持っている。まさかこの《実用仏学辞典》を持ち出すとは思わなかっただろう。

仏を学ぶには、必ず上師に仕えるべきである。私から法王に、今後は寶吉祥仏寺の毎日参観者数は100名までと制限をかけると申し上げた。観光地化するのは、私が寺院を建てる目的ではない。多めの参観者を入れることによって、縁を結んだら将来仏を学ぶことに繋がるだろうとの見解を持つ人も居るかもしれない。私から見れば、台湾にある大きな寺院らも、多くの人々を入れて参観させるようにしているが、問題は多くの人々が進んで仏を学ぼうとしているかにある。

末法時代では、仏法を広めるのは実に大変で、心身とも疲れることだ。三悪道に堕ちることは難しいと思いきや、実は容易なことだ。私はひねもす済度を執り行っているから、おびただしい経験を持っているから、今やそなたらが三悪道に堕ちそうになる様子を見かけると、罵らなくてはたまらない。リンポチェは年が既に74歳で先は長くないから、私にできることは、今まで学んだことを皆に教え授けようと努めることだ。ただ、そなたらがこういった機根を備えていなければ、私もしようがない。

私はこの一生で、いかなる苦しみも体得した。卿相雲客から市井之徒まで、ありとあらゆる人と会った。今のように、毎週の法会挙行が定着するまで、骨を折った。数日前に内政部からの感謝状が届き、我々の疫病感染拡大防止を徹底していること、そして引き続きお手本として努力して欲しいとのことであった。ここまでたどり着けたのは一日にしてできることではなく、努力を重ねた結果だ。防疫規定が打ち出される前から、我々の道場はとっくに体温の測定、マスクの着用、手の消毒、専用の新しい靴下等の措置を執っていた。政府は、我々が防疫規制を達成し、しかもよくできたと認められた。我々はちゃんと法律を守っているからだ。

私の手元にある緑度母聖像は大修行者の永噶リンポチェ(ユンガ・リンポチェ)から賜ったのである。おそらく、そなたらの多くは永噶リンポチェ(ユンガ・リンポチェ)を知らないだろう。今から、聖像を高く持ち上げることによって、緑度母がそなたらの頭頂にあられるように観想させ、再び加持を与えよう。

リンポチェは手に緑度母の聖像を持ち、参列者全員に向かって長らく持呪し加持された。慈悲なる法音と鈴の澄んだ音が虚空に遍満され、参列者全員は上師の無尽な悲心と、断続的に続く暖かさを感じ取り、思わず涙をこぼした。

続いて、アキ護法を修められ、廻向儀軌を円満に終わられた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェからご修法とご開示をいただいたことに、感謝の意を示すよう弟子らは一斉にお礼を申し上げたのち、起立して、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りられるのを恭しくお見送りした。


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2021 年 03 月 20 日 更新