尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2017年1月22日

チベット仏教直貢噶舉派の尊勝なる怙主チェツァン法王は2017年1月22日、台北寶吉祥仏法センターにご来臨くださった。尊勝なるチェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師であられる。リンチェンドルジェ・リンポチェはチェツァン法王のご指導の下30年来、閉関修行を行っており、チェツァン法王の最も重要な漢人弟子であると同時に、直貢噶舉派にとって初めての、この生で実修証果した漢人在家リンポチェである。

殊勝で吉祥なるこの日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターの1500名を超える弟子を率い直貢噶舉派尊勝なるチェツァン法王の光臨を謹んでお迎え申し上げた。プマン・リンポチェ、ジャンチュウブリン(Jang Chub Ling)仏学院の烏金ケンポス、阿尼寺のデンジェンロブ・ケンポス、チリのポンツァオデンジェン・ケンポス、及びサンデンラマ、ドラブベンソナンニマ尼瑪、ツウアンラマ、チベット語秘書ガマラマ、ドイツのMs.SherabとMs.Yesheお二方のアニ、法王のアメリカの在家弟子Ms.Sallyが付き従った。また、ブータン大使、UNCTAD主席のMr. Tobgye S Dorjiとその息女Ms. Chukie Om Dorji、インドのMr. J. P. Singhも共にこの盛会に参加くださった。

尊勝なるチェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは薰香、楽器、宝傘の前導と迎請の下、生花が散らされた八吉祥白カーペットを歩まれた。尊勝なるチェツァン法王は壇城上の諸仏菩薩に頂礼なさりハダを捧げた後、主法座に昇られた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは三恩根本上師尊勝なるチェツァン法王、尊勝なる直貢チョンツァン法王の法照及び諸仏菩薩に恭敬して頂礼なさった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開会のお言葉:

参列者は熱烈な拍手し、尊勝なるチェツァン法王、プマン・リンポチェ、三人のケンポす、ラマ、アニのご来臨を歓迎申し上げます。
「先ずは尊勝なるチェツァン法王の寶吉祥仏法センターへのご光臨、信衆と弟子にお会いくださったことを歓迎申し上げたい。また、プマン・リンポチェの我々道場へのご来臨、お三方のケンポス、直貢噶舉のラマと阿尼のご来臨を歓迎申し上げたい」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「尊勝なるチェツァン法王は大変お忙しい方だ。一年365日仏法のため、教派のため、ひたすら弘法しておられる。台湾との縁は非常に深い。リンチェンドルジェ・リンポチェはチェツァン法王の根本弟子であるので、年末前に、尊勝なるチェツァン法王をお招き申し上げ、皆がお目にかかれる機会を設けた。これにより法王の加持が頂戴できれば、修行の道の障礙が減ることだろう」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に『皈依発心』、『隨念三宝経』、『八聖吉祥祈禱文』、『仏子行三十七頌』を唱えるようご指示になり、続いてハタを献上する儀軌を執り行った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは先ず大礼拝を以て法王に頂礼申し上げた後、ガムポパ法帽を被られ、寶吉祥仏法センターの出家弟子及び寶吉祥仏教文化交流協会の理事長を率いて、法座上の尊勝なるチェツァン法王にハタを献上し供養申し上げた。

ハタを献上する儀軌の終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に観音法門を修持するようご指示になった。参会者は尊勝なるチェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに率いられ六字大明咒を持誦申し上げた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なるチェツァン法王にお言葉を賜るよう謹んでお願い申し上げた。

尊勝なるチェツァン法王が下された貴重な開示:

リンポチェ、法師、居士の皆さん、こんにちは。寶吉祥というこの大家族が集まり、皆が一緒に持咒する様子を目にし、非常に嬉しく思う。これは非常に良いことだ。六字大明咒は咒王、咒中の王だと皆知っておろう。なぜ六字真言は咒王だというのか?最初に「唵(オン)」とある。「瑪(マ)」の音を長く伸ばせば「啊(ア)」だ。最後には「吽(ホン)」がある。「唵啊吽(オンアホン)」とは三世仏の総集だ。「瑪尼貝美(マニべメ)」は梵語の語句で、「瑪尼(マニ)」とは、摩尼、つまり宝だ。四臂観音は、前の方の二本の手のひらに如意宝を載せておられる。衆生の願いは何であっても「如意」、つまり瑪尼だ。「貝美(ベメ」とは蓮花で、仏は必ず蓮花に座っておられる。非常に深遠な意義があるのだ。蓮花は泥の中で成長するが、泥の汚れをいっさい受けず、それが咲かせる花は非常に純潔だ。我々衆生も泥のような輪迴の中にあるが、我々の仏性は蓮花のように清浄だ。ただ認識していないだけなのだ。座禅を通して自身の仏性を認識できれば、それが開悟で、これこそ清浄心、本来あるものなのだ。これが蓮花を持たれていること、つまり貝美の意味だ。

法には八万四千種の法門があるが、それらを帰納すれば、一切の法はすべて因縁から起きている。今日我々はここで「唵瑪尼貝美吽」と唱えている。この声はどこから来るのか?我々の喉、我々の息、我々自身が口の中から発声している等であろう。因縁が足りて初めて声が出てくるのだ。だが、このような因縁がなければ、当然出てくることはない。同じように、目にしている一個の物体、例えばこの法本、この法本の紙はどこから来たのか?突然現れたのではない。この紙には一種の植物が必要だ。人が収穫し皮を剥き精錬し機械に入れる等、人の手を経て作り出されたのだ。さらに、この美しい色、これも各種元素が加えられ出来上がったものだ。単独で独立してあるものではない。単独で独立して生存しているのではない、つまり空だ。よって、我々が目にするあらゆるもの、触れる一切のもの、耳にするもの、得られた実体のあるものはすべて因縁なのだ。すべて抽象的であり、真の本質はなく、空なのだ。つまり一切の法の本質は空だ。空と言っても何もない、というのではない。そうではない。空と色は一体だ。『心経』では「色即是空、空即是色、色不異空、空不異色」という。一体なのだ。一切の法はすべて因縁から起きる。今日この声は口の中から発声されている。因縁がないのではない。十分な因縁が備わっているのだ。

『阿育王経』には、どう記載されているだろうか。阿育王の前世のある一世はMagadha国王の時代だった。その頃、仏陀は早朝托鉢に行かれ、路上で二人の子供が遊んでいるのを目にされた。他の人は托鉢供養した。仏陀が近寄って来た時、砂遊びをしていたその二人の子供は非常に敬虔、誠実な心で、砂を捧げて仏陀に供養申し上げた。仏陀は子供が砂を捧げて供養した因縁を目にされ、後にインドの国王となり、インドを統一し、仏法のために多くの事業を行うと知った。仏は舍利子に、砂と牛糞を混ぜ仏堂外の地面に敷くようお命じになった。これも因縁だ。後の阿育王はこのように現れたのだ。

チェツァン法王は三、四年前から舍衛城を建てている。それは大乗仏教では知られておらず、また行ったことのないところであり、非常に殊勝なところだ。釈迦牟尼仏の僧団は25年もの間そこで結夏安居(夏の間一ヶ所に篭り修行すること)したのだ。そこには舍利弗、目犍連、非常にたくさんの舍利塔がある。仏の舍利塔は、現在クシナガラ(Kuśi-nagara)というネパールの遠方にあると言われている。だが、研究者も証拠を見つけられていない。舍衛城付近にはあるはずだ。僧団がここにあって、舍利塔は向こうにあり、仏はまた別のところにおられ、僧団はさらにまた別のところにあるなどということはないはずだ。現在はクシナガラ(Kuśi-nagara)にあったと言われているが、今のところしっかりした証拠はないようだ。考古学研究を続ける必要があろう。だが重要なのは、リンチェンドルジェ・リンポチェが舍衛城に非常に良い因縁があるということだ。

どうしてこのように言うのか?すでに二十年余り、チベットの大小さまざまな主要な寺院に対して、リンチェンドルジェ・リンポチェは大きな力を尽くしてくれている。最近リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チョンツァン法王にお目にかかったが、陽日噶寺を再建するのに、リンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝なる直貢チョンツァン法王に100万人民元を供養したからだ。噶舉派の主要寺院であるガムポパ寺院は、二〜三階建ての主要な仏殿を建設している。帕竹寺の主要な大仏像も完成した。これらはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの長年の努力によるものだ。絶えず全力で護持してくれている。必要がありさえすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは力を尽くし、絶えずひたすら多くの衆生を救っている。舍衛城は、もともとはあるケンポスが担当していた。彼は以前ネパールで閉関し、現在は北京にいる。だが、現在の発展過程を見れば、主要な賛助者はリンチェンドルジェ・リンポチェと言えるだろう。

(参会者は熱烈に拍手した。)

舍衛城文化フェスティバルの開催はすでに二年になる。最初テントは200余りだった。各テントには二十人余りが宿泊でき、非常に質が高い。今年も100のテントを作る予定だが、おおよそ300はリンチェンドルジェ・リンポチェの賛助だ。実は後の方の一列もリンチェンドルジェ・リンポチェの賛助であり、これだけでなく、他の足りない部分もすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの賛助だ。チェツァン法王は今日思い出した。おそらく一ヶ月後には上方の大仏殿の部分が完成するだろう。本体はすでに完成しており、天井ができたら、仏像を運び入れる。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの仏像を覚えているだろう。16、17年前、チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェが初めてカトマンズへ行った時、カチェンリンポチェの主要な弟子が「インド式立姿の八大菩薩仏像がある。8歲の子供ほどの高さで非常に良い仏像だが、迎えようという人がいない。普通の人はチベット式の仏像を欲しがるが、インド式はみな立姿なので、完成して二十年余りになるが誰も欲しがらない。迎え入れてくれるなら、向こうは原価で譲ると言っている」とチェツァン法王に言った。そこでリンチェンドルジェ・リンポチェが仏像を購入したのだ。チェツァン法王は仏像をニュージーランドの仏殿に送っていたが、数年後に因縁が不具足となったので、現在チェツァン法王は仏像を舍衛城に送る準備をしている。計画では中央に、二階建ての高さの釈迦牟尼仏像を置き、周囲に八大菩薩像を置くつもりだ。今日ニュージーランドの八大菩薩像を舍衛城へ送るよう依頼した。

(参会者は熱烈に拍手した。)

因縁とはこのようなものだ。因縁が具足でないなら専ら行っても、どうにもならない。専ら行わず、かつて言ったこともなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは専ら行わず、ただ絶えず行い、また特別に口に出したりもしなかったが、ゆっくりと自然に形成された。これこそ因縁だ。祖師ジッテン・サムゴンはかつて「特別に行うのは、わざとらしい。誰でもできる。だが、特別に行わなくとも自然に形成される。それが成就だ」と仰せになった。ジッテン・サムゴンは、これこそ成就だと仰せだ。これは非常に良いサインだ。

チェツァン法王の現在の舍衛城での建設は第一步だ。ここは今後、全世界の仏教徒にとって主要な聖地となるだろう。全世界の仏教徒がみなここで街造りに携わり、ここはインドで最も良い都市となるだろう。25年をかけて緑化し美しい都市とする予定だ。問題なくできそうに思えるが、やはり非常に多くのことを為さなければならない。舍衛城が将来、国連保護区となり、この聖地が全世界の仏教徒の手中にしっかりと握られることを願う。

今日初めて公の場で言う。予定としては2018年に第一回の結夏安居を行う。インド文化部の協力により、先ずは小乗から、スリランカ、ミャンマーから、およそ25の大寺院から、各寺院4人の出家人、約百人あまりが集まる。2500年前に釈迦牟尼仏がなされたように、夏の3ヶ月間、祇園精舍で結夏安居を行う。この件は非常に順調に発展している。今年舍衛城にいない間に、明確な計画ができているとチェツァン法王は信じている。リンチェンドルジェ・リンポチェは主な功徳主なので、今年開光の際には、チェツァン法王は寶吉祥仏法センターのすべての人を招待しよう。チェツァン法王は直貢噶舉の他の仏法センターには通知していない。他に百余りの仏法センターがあるが、彼らはジャンチュウブリン(Jang Chub Ling)で行われる直貢噶舉派八百年のイベントに参加する。間に二週間あるので、待っている時間はないだろう。寶吉祥仏法センターにはそちらに行く因縁がある。みな揃って行けるようチェツァン法王は希望するが、あちらの条件には制限があり、500人の寶吉祥弟子しか行けない。テント暮らしでも構わないなら、無料のテントを提供しよう。今建てている旅館やホテルは、約500人を収容できる。

今年11月10日舍衛城で開光を行う。チェツァン法王が招待している主客はドラブチェン法王だ。他にはありえない。ドラブチェン法王により、すべての寺院、すべてのラマ尼衆がこの法会に参加する。每年異なる教派を招待し、来年はブータンのすべてのラマにこの法会を執り行ってもらい、サキャ教派のさまざまな人が順番に主催する。今年はドラブチェン法王であり、外部から参加する仏法センターは、寶吉祥仏法センターだ。今日はここまでとする。もう直ぐ新年だ。皆さん、明けましておめでとう。万事如意を祈る。阿彌陀仏。

尊勝なるチェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに貴重な甘露丸を二袋下された。一つはアゴン・リンポチェがチェツァン法王直貢梯寺に供養した甘露丸で、法王が半分をとられ、残りの半分をリンチェンドルジェ・リンポチェに賜った。もう一つはブータン国王が、すべての修行者とラマを集めて長寿仏を修めた長寿丸で、彼らが法王に供養し、法王がさらにリンチェンドルジェ・リンポチェに賜ったもので、非常に殊勝でありがたいものだ。

尊勝なるチェツァン法王は続いてカレンダーを取り出し「チェツァン法王の信徒が、チェツァン法王の法照が載っているカレンダーを作った。全部チェツァン法王の写真だ。この仏法センターに飾るが良い」と開示くださった。リンチェンドルジェ・リンポチェはカレンダーを受け取り「法王の御写真が非常によく撮れている」と賛嘆になった。

尊勝なるチェツァン法王は四月のページを開いて「ここに花が写っている。これは釈迦牟尼仏誕生と円寂の樹で、中国語では無憂無慮樹と訳されている。チェツァン法王は無憂無慮樹の傍におられる。ルンビニではこの花は見られないが、マレーシアとカンボジアでは見られ、カンボジアでは国王の宮殿にも植えられている。この花は一日に一輪開き、花が終わると果実が実るがそれは非常に大きい。英語はCannonball treeである。これほど大きな花なのに葉から生えるのではなく、樹の幹から細い葉が出てきて開花するのだ。This is the Cannonball tree. Under the Cannonball tree is where the Buddha was born and passed. You can find it in Cambodia and Indonesia.」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なるチェツァン法王に感謝なさった後、尊勝なるチェツァン法王と尊勝なる直貢チョンツァン法王の長寿祈請文、『法教廣弘祈願文』、及び『求生極楽浄土祈請文』、『発菩提心文』を唱えるよう弟子に指示なさった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「共に修法する福報を頂戴できたことを、我々は尊勝なるチェツァン法王、プマン・リンポチェ、ケンポスとすべての出家衆に感謝しなければならない」と開示くださったので、参会者は声を揃えて尊勝なるチェツァン法王、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ、プマン・リンポチェ、ケンポスとすべての出家衆に感謝申し上げた。

法会は円満に終了し、弟子達は尊勝なるチェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる開示に感謝し、起立して尊勝なるチェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りられるのを恭しくお送り申し上げた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「共に修法する福報を頂戴できたことを、我々は尊勝なるチェツァン法王、菩曼リンポチェ、ケンポスとすべての出家衆に感謝しなければならない」と開示くださったので、参会者は声を揃えて尊勝なるチェツァン法王、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ、菩曼リンポチェ、ケンポスとすべての出家衆に感謝申し上げた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、上師が指示された事はためらわずすぐに行う。道場の玄関を離れる時、尊勝なるチェツァン法王から賜った長寿丸を受け取るよう、弟子に特にご注意になった。法会後に弟子は恭敬し両手で長寿丸を受け取り、尊勝なるチェツァン法王と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝申し上げた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる護佑と加持の下、寶吉祥の弟子は貴重な善縁を賜り、尊勝なるチェツァン法王にお目にかかれ、殊勝なハタを献上する供養法会に参加し、尊勝なるチェツァン法王及び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法開示を拝聴し、尊勝なるチェツァン法王から賜った長寿丸を頂戴することができた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは常に尊勝なるチェツァン法王の傍に付き従い、チェツァン法王の一挙一動に注意を払っておられる。弟子として上師に仕える、あるべき態度を自らお示しくださっている。自然に現れる上師に対する無比なる恭敬と感謝は、弟子にとって最も貴重な教導である。

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2017 年 03 月 29 日 更新