きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年12月20日

法会が始まる前に、2014年7月20日に皈依した一人の弟子(ご主人、お子さんとおばあさんが皈依弟子)は、ここで上師を讃頌する機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、並びに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに家族全員を助けてもらったことを語った。

「近頃、私と同年齢の師兄から、上師に皈依して10数年来のいろんな体得と成長に関する話を聞いた。それで、10年前、30才だった自分のことを思い出した。当時、最初の子供を出産したばかりで、うつ病に罹った。仕事と家庭の両立で困り、人生にも迷い、大変苦しかったが、解脱の方法がどうしても見つけられなかった。もっと前のことを振り返って見ても、18才の時、私も同じく心の中で人生にたくさんの戸惑いがあった。一所懸命に勉強しても何故100点を取ったのは自分ではなかったか。何故生まれる家庭が選べなかったか。志望学部をたくさん書いたが、何故ぶっ飛んだ学部に受かったのか。これらたくさんの問題の解答をいくら勉強しても見つけられなかったので、私は宗教を通して答えを求めようとした。短期出家活動、学仏のサークル、学仏キャンプに参加したり、四大名山に行ったり、経典を勉強したり、朝山、朝課と晩課をしたりしていろんなことをした。しかし、どの道場に行っても、そこに落ち着きたい気持にはなれなかった。人生への戸惑いは増える一方だった。この世に来て快楽と苦痛を経験する理由がどうしても理解できなかった。

33才の時、2008年9月のある日、義父は高架橋で突然に飲酒運転の人に対向からぶつけられ、橋からコンクリートの地面に飛ばされて即死した。この事故で家族たちの心に深い傷ができた。当時は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会う因縁がなかったので、民間の伝統と習俗に従って葬儀を行った。それで完了だと思った。

しかし、2年後の2010年12月、義父のお父さんが往生した後、家族たちに徐々にいくつかの現象が起きた。末っ子の息子が2才になる前だった。夜中に泣いて起きたり、自分でベッドから降りてフラフープを取り出し、床に置いて真ん中に座り、泣き続けることが時々起きた。最初私たちは気にしなかったが、このことが頻繁になったので、おかしく思った。それで、硬貨を投げて聞いた。義父は祖先が残したある農地のことでやって来たことが分かった。その農地は分割されて義父の兄弟全員が平均に所有していた。所有者は十数人だった。ほとんどの人は土地を売却して現金に変えたかったが、土地をそのまま所有したい人がいなかった。しかし、義父は若い時その土地で家族全員を養っていたので、その土地に深い感情があった。子供が結婚した後、義父は働き続ける必要がなかったが、往生までに毎日農地に行ってピーナツや米などの農作業をし、農地の世話を続けていた。義父は家族メンバーが農地を残したくないことが分かっていただろう。

私たちは硬貨を投げて義父の希望を聞き、そして、土地の所有者全員に、土地を全部買い取りたい人がいるかどうかを尋ねた。当時の時価で土地は1、2千万元の価値があった。3ヶ月をかけて話し合ったが、誰もが土地を早く売却して現金がほしいと思った。しかし、これでは義父の希望に反したので、私と主人は大変悩んだ。

いろいろと悩んで考えた。義父の死は突然で苦しかったし、数年経った後でもこのことで気掛かりにしていたので、義父は安心に離れなかったと私たちは分かった。それで、私と主人は買い手になって時価で土地を買おうと決めた。この処理で皆は喜び、親戚たちは現金をもらい、義父は夜中に来なくなったが、私は強い瞋恚心が生じた。

千万元の負債をいつになったら完済できるかも分からず、私は大変憂慮になり、お金をもらってから付き合わなくなった親戚たちのことを憎むようになった。彼らは現実的だと思ったり、このことで義母を訪れることも、親戚たちに会うことも嫌になった。自分の人生は苦しくて悲しいものだと思った。私の同僚である、第二組の諸師兄は私の状況を知った後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが毎年一回に行う済度法会に参加し、義父の済度をしてもらうことを勧めてくれた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは大修行者で、本当に衆生の離苦得楽を助けられる人だ。義父のことで、私は民間の習俗は義父を安心に離れさせられなかったことを考え始めた。毎年清明の時、納骨堂が主催する済度法会に参加したが、義父は本当に済度されなかった。道士をしている遠縁のいとこは義父を安心に離れさせるため、法要を行うと言ったが、恐らく成功しなかった。そうでなかったら、義父は未だに気掛かりでいるはずがなかった。やってみようかという気持で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法した済度法会に参加した。

法会に出た私はショックを受けた。以前も似たような大型法会に参加したが、身を捧げて法座から降りて甘露水をそれぞれの信衆の福田を灌漑する上師が一人もいなかった。私は羨ましく思い、讃歎、好奇心と感謝の気持が湧いた。諸師兄から、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した弟子は毎週上師の開示する仏法が聞けることを聞いたら、更に羨ましくなった。長年以来、私はずっとこのような道場を探し続けてきた。毎週具徳の上師が開示する本当の仏法と生活に仏法を運用する方法が聞きたかった。仏経は簡単に分かるものではないと思う。自分で研究しても戸惑いが一杯だし、辞書を調べても理解できない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのことが私の心に極めて強い印象が残った。また寶吉祥仏法センターの道場に来たいと思った。

2013年8月のある日、義母は、義父が早朝の街中を歩くのを四番目の叔母が夢で見たことを電話で知らせてくれた。少々不安に感じ、直感で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会い、義父はよく過ごしているかどうかを確認したいと思った。諸師兄も自分の家族が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに加持してもらった事績を話し、会見を求めることを勧めてくれた。私の番になったら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、主人を連れて一緒に来なさいと言ってくれた。信じられなかったが、決して菜食せず、仏法を信じない頑固な主人はその次の週に一緒に会見に来ることに応じてくれた。私たちの番になった時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、私たちはほかの家族に言わずに来たことを知り、その場で今度は家族全員で来ること、特に姉が必ず来ることを指示してくれた。その場、主人は体が弱いことも同時に報告したが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、祖先がよくなかったら、子孫の健康もよくならず、とにかく義父のことを先に解決すると開示してくれた。

当時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは何故か主人に姉がいることを知り、必ず来るように指示した理由が私たちは分からなかったが、指示に従い、一ヶ月後もう一度会見を申し込んだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは入定した後、義父はある土地を歩いており、離れようとしなかったことを開示してくれたうえで、その土地の方位を私たちに教え、義父は福報が足りなかったので、往生後5年もかかってやっとそこに辿り着いたと話してくれた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、私たち7人に菜食する意欲がある人がいるかと聞いた。話を聞き、私はすぐ手を挙げ、『自分はできる。菜食をしている。』と答えた。しかし、上師は、息子の嫁は話にならないと言った。その時、皆はしんとして黙っていた。もう望みはないと思った時に、主人はいきなり手を挙げて菜食すると話した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはもう一度、一生菜食できるかと主人の意志を確かめた。主人はもう一度菜食できると表した。そして、上師は私たち全員に菜食の利益を教え、私と主人が施身法法会に参加することを優しく許可してくれた。大変感謝している。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの指示した方位は、先祖が残した農地のことで、義父はその土地を歩き回って離れようとしなかった。また、姉がその前予想外の妊娠で中絶したことを私たちは会見当日に初めて知った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは何でも知っている。続けて因縁を作って優しく衆生を加持している。会見が終わった当日、私たちは冷蔵庫内の肉食を全部捨てた。主人は二度と肉食ができないことで機嫌が悪かった。しかし、私は心の中で喜んで感謝した。菜食している私は家族のために肉食を用意することで気持に矛盾があったからだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる力のお蔭で、主人は菜食することを決意できた。私も鶏や魚を殺したり、切ったりする必要がなくなり、家庭内の紛争も少なくなった。それから、私は子供のために菜食のお弁当を作り、家族全員で一緒に菜食し始めた。

施身法法会に何回か参加した後、義父を思い出したら、悲しくて話ができない状態がなくなり、懐かしい気持になれた。また義父が歩き回っているのを見たことを話す人もいなくなった。私と主人は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが私たちに施身法法会に参加させ、義父に済度される因縁を与えたことに大変感謝している。このことで、死亡に対して私の考え方は変わった。金銭、農地、建物などは明らかに持って行けないものだとは言え、人間の執着は極めて深くて死んでも捨てられないものだと初めて分かった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えるまでに、私たちはたくさんの法要、済度法会を行い、随分お金をかけたにもかかわらず、義父を済度することができなかった。罣礙を捨てて離れるように義父にさせられる人が一人もいなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えなかったら、義父は未だに天地を漂い、どうしても執着していた農地を彷徨っているだろう。

やっと心が宿れる場所が見つかった。これ以上苦労をしてほかの道場、有名な上師を探す気がない。ただ、ここで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法開示が聞きたい。子供の頃から積み重ねてきた人生に対する迷いは、上師の開示を聞いているうちにだんだん少なくなった。世間で出遭ったいろんな快楽と苦痛に関し、単刀直入に問題の元を指摘してくれるのが上師しかいない。私たちの貪欲と愚痴を指し示し、どんどん仮面を外して心から自己反省をするように私たちにさせる。自分に直面するという重要な課題だけでも一生の時間がかかるので、私は一生、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学ぶことに専念したい。

2014年3月1日に、私は、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依させることをお願いした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは主人の同意を得ることを要求した。幸いなことで主人は同意してくれた。予想もしなかった。主人が菜食に同意しただけでも奇跡だったのに、私の皈依に同意することはとてもあり得ないと思ったが、奇跡が起きた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を憐れみ、衆生を済度したいと発した慈悲の願力があったからこそ、奇跡が起きた。

2014年7月20日に皈依した後、私たちの家庭に変化も続いた。組長は最初に私に会った時、大変気が重い人だと思ったことを話してくれたのを今でも覚えている。その時、私は認めた。膨大な借金を抱え、心は嬉しくなれず、憎しみで一杯だった。その憎しみは借金を完済するまでに持続するかと思っていたが、奇妙なことに、だんだん憎しみが消えた。皈依の3ヶ月後のある日、私は主人に、『親戚たちのことをもう憎まない。それらのお金で彼らの暮らしの問題が解決できたら、それなりの価値がある。』と話した。義父は、私たちがこのことを解決することを望んでいた。私たちは義父の願いを叶えた。何よりも大事なのは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは義父をよい所に済度したことだ。私たちには仕事も給料もあるので、借金はきっといつか完済できる。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲の力で私に理解させ、私の憎しみを消してくれた。私が執着を捨てたことで主人もほっとした。今、私たちはもうこのことでもめたりしない。親戚たちに会ったら、不快な気持もなくなった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが私たちの家族全員の面倒を見てくれたことはこれだけではない。2014年5月、主人に新しい上司が就任した。仕事のやり方、価値観、他部門との付き合いのあらゆる面において、大きな相違があった。新しい上司に対応するため、主人の甲状腺機能低下症は更にひどくなり、憂鬱、憂慮、不眠などの心身症が現れた。毎朝出勤する時、たくさんの漢方薬や西洋薬を飲み、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの著作『快楽と痛苦』を読まないと、職場に入る勇気が出せなかった。絶望した挙句、9月に主人を連れて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた。上師は最初に、こんなちょっとしたことで上師に会いに来たら、上師の時間を無駄にしてしまうと話した。労働組合に行って訴えればいいのではないかと主人に聞いた。主人は、本に書かれなかったので、労働組合に上司を訴えることをしないと答えた。その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは一つの方向を指示してくれた。主人は退職する時に退職金がもらえると上師は話してくれた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示してくれた言葉は砂漠の慈雨みたいだ。叱るように話したが、方向を指してくれた。中年転職は容易なことではないので、主人の再就職は順調ではなかったが、主人は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を感じて皈依を決意した。11月末、主人は自ら尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求め、皈依のことをお願いした。その時、上師は仕事を見つけたかを聞いた。主人はまだだと返事した。そうしたら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは仕事を見つけた後に来ること、そして将来仕事で忙しくなる時でも、学仏したいのかをよく考えることを指示した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持を感謝する。上師に会った後、友達は仕事を紹介すると自ら話してくれた。実は数ヶ月前に、主人はその友達に頼んだが、当時、友達は意欲がなかった。それで、友達が自ら手伝いたいことに、私たちは意外だった。友達のお蔭で、主人は今年1月に再就職できた。

そして、主人は直ちに会見を申し込み、直接に上師の加持に感謝したと同時に、家族全員の皈依をお願いした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは主人の皈依に許可したうえで、新しい上司との付き合い方を自ら開示してくれた。私と主人は大変感激した。私たちのような福も縁も浅い人は何故、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに気を配り、慈悲の加持をしてもらえただろうか。家族全員で学仏できるなんて、こんな福報のあることが我が家に起きた。新しい会社に師兄たちがいて世話してもらえるだけでなく、昼食まで師兄たちに気遣ってもらえる。

一番下の息子は今年両手に水疱ができて辛くてたまらなかった。漢方診療所でよい治療を受けて完治できた。二人の子供はそれぞれのクラスで唯一の菜食者だが、勉強に差支えがない。日本食品店の食材は私たち家族全員の健康を守ってくれた。今月、学校は爆弾脅迫の手紙を受けて皆はびくびくして落ち着かなかったが、最後は無事だった。私たちは分かっている。寶吉祥に来て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えなかったら、私たちはただ業に流される衆生のまま、如何に仏法を職場と暮らしの問題に運用するかも分からなかっただろう。身と心をどうやって落ち着かせるかも分からなかっただろう。因果も、人間関係をうまくやりながら仕事を成し遂げる方法も分からなかっただろう。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を通して因果を理解、納得させてくれた。あらゆる面で弟子たちの身と心を落ち着かせて安心に学仏できるようにしてくれた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェから、私たちはもったいないほどたくさんもらったが、上師に返せるものはほんの僅かしかない。

殺業の重い家庭の出身であることを懺悔したい。祖父の世代は暮らしのために鶏を殺していた。学仏するまでに、私は気性が悪くてマイナスの考え方を持ち、いつも悲観的だった。常に他人を批判し、自己中心で私の言うままにしなかったら、相手が悪いと思っていた。恋をして騙されたことがあったので、愛してくれる人をいじめることばかりを考えていた。我ままに主人をけなし、気に入らなかったら悪い言葉を言ったり、家事を完璧にしなかったら、できるまでにうるさく言い続けたりしていた。子供にも厳しかった。上の子を小学校2年生の時から塾に通わせて作文を学ばせた。きれいな作文を書けなかったら、大声で責めたりしていた。今年の夏休みの時、やっと気が付いて塾を通わせるのを止め、互いにほっとした。また、以前部下にも大変厳しかった。いつも彼らのよくできなかったことに目を付けていた。別の角度から彼らの長所を見たり、励ましたりすることを殆どしなかった。

こんなにひどくて頑固で悪い気性、悪意が溢れた心、全身の業障があっても、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは私のことを諦めなかった。宇宙で最も立派な力、慈悲を用いて私の頑固な心を溶かし、勇気を持って自分と対面して過ちを認め、あらゆる果報を受け止めさせてくれた。過ちを認めるのが簡単ではないが、上師に恩返しするのに、私にできることはただ一つ、自分を改めることだ。上師は最初から最後まで私たちに付き添って決して離れない。転んだり、立ち上がったりしている私たちをいつも慈悲の目で見ている。

私はあまりにも幸せだ。今世、学仏の道において父親のような尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えた。ここで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が健康で、法輪が常転し、仏法事業が興盛になって永遠に伝承されることを祈りたい。」

台北の寶吉祥仏法センターで開催された合同修行法会にて、弟子たちと信衆たちは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが2015年5月10日に主法した法会の開示内容のカセットテープを恭しく聞いた。

「皆の分かるように、仏法の学習は概ねに顕教と密教に分かれる。顕教とは、釈迦牟尼仏が開示した全ての仏法の理論であり、明らかに文字を通して読めるし、解釈によって少々理解することもできる。顕教は密教の基礎であり、顕教を学ばず、いきなり密法を学んだら、大変危険だ。何故危険だろうか。密法を自己利益のための道具にしてしまうからだ。密法で自分を利益しようとしたら、例え道場やお寺などのためであっても、仏が話した利益衆生の方法ではない。

顕教を学ぶだけでも成仏できるが、大変長い時間が必要だ。仏がこう話した。顕教の修行で仏果を成就するのに、極めて長い時間が必要な理由は、凡夫の理念でゆっくりと菩薩道を学習、理解した後でなければ、自分の生死解脱をどう助けるかが分からないからだ。生死に対して自在になれるからこそ、成仏の機会がある。『心経』に観自在菩薩が触れられたが、修行で菩薩の果位を得たから、自分が自在だということを見るというふうに解釈する人が多いが、この言い方は検討の余地がある。自在とは、気持がよいこと、束縛されないこと、或は快く暮らすこと、若しくは修行面でちょっとした感応があることのどちらでもない。仏が話した自在は生死自在のことだ。行者は生死に対し、空性が証得できたので、生死のことで束縛されず、菩薩道の実践が妨げられることもない。

観自在菩薩は観世音菩薩の別の名号だ。菩薩は生死自在で、来たければ来れるし、離れたければ離れるし、どんな業力にも縛られないからこそ、自在だ。最近の修行は精進であり、悪いことも起きないからと言って自在だと自称することではない。また、まめにお寺に行ったり、師父に馴れ親しんだりしているからと言って法喜に満ちていると自認することでもない。法喜に満ちることは歓喜ではない。お寺や道場に行って嬉しく感じるのは意識の行為で、真心ではない。仏法における法喜充満とは、諸仏菩薩の話した仏法が本当の喜楽になり、永遠な喜びが心に満ちる意味だ。永遠な喜びは不生不滅だ。『四無量心』に無苦の妙楽が触れられた。少しでも煩悩があったら、苦があるのだ。妙楽は密宗しか分からないが、顕教は文字で解釈できない。何故妙なのか。何故楽なのか。相応、感応があることが楽なのか。本当にそうなら、まだ意識面にとどまっている。

多くの人は、持咒、念誦したら、菩薩と相応したと自称する。相応とは、密法における事部、行部のことであり、あなたのやっていること、全ての行為は本尊と一致するかどうかのことだ。一致しなければ、相応できない。しかし、やっていないのに、見えたとか、いくつかのことを知っているとか、他人に念誦してあげたら相手はよくなるとかと自認しても、相応ではない。持咒はとにかく、符を書き続けば、病気を治したり、衆生の苦しみを減らしたりすることもできる。ほかの宗教もそれなりの解決法がある。だったら、相応の意味は何か。仏菩薩が私たちに望むこと、つまり一切の煩悩を断ち切ることを本当に会得することだ。

顕教の修行方法は、煩悩を菩提に変える。金剛乗の修行は変えることをせず、一転すれば、すぐに菩提になる。金剛乗は簡単に伝授できる法ではないので、今日は金剛乗のことを話さない。『宝積経』にある話だが、衆生は大乗を学ぶ根器がなかったら、その前で経典を話したり、読んだりすることもしない。釈迦牟尼仏が話したのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの言葉ではない。仏は何故厳しく要求したのか。後ほど、リンチェンドルジェ・リンポチェが経典を説明する時、大乗向けの根器がなければ、経典を話したり、読んだりしてあげることさえやっていけない理由について、あなたたちは理解できる。

『宝積経』が『大蔵経』に存在する時間は大変長い。『大蔵経』を弘通する人がいた。『宝積経』を弘通する人がいなかったわけでもないが、僅かだった。何故だろうか。少し話した人がいたが、途中で止めてしまった。続けられなかったからだ。この経典を説明するのが極めて困難だ。経典にある話は全部菩薩のことだから、彼らは話しているうちに怖くなった。経文に、菩薩はどうあるべきかのことが書かれた。彼らは話せば話すほど、自分は菩薩でないことに気付いたから、続けられなかった。それで、大乗仏法の学習は『華厳経』、『妙法蓮華経』を念誦し、拝懺、『阿弥陀仏経』を唱えることだと思う人が多い。しかし、『宝積経』によると、リンチェンドルジェ・リンポチェがこれから開示する経典の内容を聞いたら、あなたたちはこのようにしたら、修めていない事が分かる。

中土が大乗仏法だと思ったら、勘違いだ。大乗仏法の種は中国に撒かれたが、大乗仏法を本当に理解した人は僅かだった。何故だろうか。『宝積経』は長らく存在してきたのに、どうして気付かれなかったのか。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは、福報がなく、発心しなかったら、気付かないと話したことがある。例えあなたの前に経典が置かれても、あなたはめくったりしない。縁、根器、福報がなかったら、このような経典を本当にめくったりしない。例えページをめくっても内容を理解できず、いくつかの言葉に過ぎず、読む必要もなく、まず『華厳経』を修めようと思うだろう。しかし、菩薩が根拠にした理論でさえ実践できなかったら、『華厳経』を修得することはあり得ない。

顕教を学ぶには、顕教が主張する経、律、論の三大基礎、つまり仏が話した全ての仏経、制定した戒律、そして、仏の時代以後に願に乗じて再来する、龍樹菩薩を含める大菩薩が書いた論について精通にならなければならない。精通とは、経典を通してある程度の境界を修得することではない。仏の話した意義を逸れず、経典内容に基づいて話すが、変わったことを話さない意味だ。チベット仏教おいて、出家衆の場合、10年後閉関、試験などを経たら、噶舉派ではケンポスと呼ぶが、ほかの教派ではゲシェーと呼ぶ。出家衆に説経できるようになる。学仏院で五年の勉強をし、一冊のお経を暗記できるだけでは説経できない。少なくとも10年、顕教を学び、閉関を完成しなければ、ケンポスになれない。お寺に所属する場合、お寺のリンポチェに坐床式を行ってもらうが、教派に所属する場合、法王に坐床式を行ってもらう。

坐床とは、行者がこの果位があってこのようなことをしてよいとの認証だ。自称できることではない。自称の者は認められない。リンポチェの場合は2種類に大まかに分けられる。一つは転生によるものだ。転生制度は噶舉派が創立した。転生は神秘的だろうか。転生者はきっとすごいだろうか。そうとは限らない。唯一の利点は、累世の善根があるので、修行時間が私たちより短いことだ。しかし、私たちは皆転生者だ。過去世において仏法に触れることがなかったら、今世は決して仏法を聞くことがあり得ない。但し、私たちは過去世でリンポチェの果位を証得しなかったので、今世はリンポチェになることがない。

リンポチェは世間の宝という意味だ。今世で修行できたリンポチェもいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依した当初、皆と同じくリンポチェはきっと転生者だと思っていた。ある日、リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に付き添って香港に行った。直貢チェツァン法王に、転生したからこそリンポチェなのかと尋ねた出家衆がいた。その時、直貢チェツァン法王はそうとは限らず、今世で修行できた者もいると答えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェの知る限り、直貢噶舉のドラブ・ワン・リンポチェ、リンチェンドルジェ・リンポチェの皈依上師であるテンジンニンマ・リンポチェとユンカ・リンポチェが今世で証果できたリンポチェであり、三人とも直貢噶舉において修行して成就できた。また、青海にいた120才を超えた老ヨギーニも今世で証果でき、直貢噶舉では唯一の女性リンポチェだ。この数人のリンポチェとも今世で修行できた。今までに、直貢噶舉の在家者で、転生ではなく、今世で修行できたリンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェだけだ。

2007年、尊勝なる直貢チェツァン法王は自らリンチェンドルジェ・リンポチェを連れてネパールのラキ雪山で閉関した。現地の標高は4500メーター以上であり、密法、金剛乗では勝楽金剛の壇城のうちの一つだ。修行面では、ミラレバ尊者の道場だった。ミラレバ尊者はリンポチェになってから涅槃までにそこで修行し、一度も離れなかった。ミラレバ尊者が一度も離れなかった理由は、上師であるマルパ尊者が一生山の洞窟を離れて修行してはならないと指示したからだ。それで、マルパ尊者が往生後、国王に何度も招かれたが、ミラレバ尊者は決して離れず、ずっとそこに居残った。ミラレバ尊者はラキ地域内多くの洞窟で修行していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関を終えた後、尊勝なる直貢チェツァン法王にそれらの洞窟に連れて行ってもらった。行かなかった洞窟が一つあった。ミラレバ尊者は往生する直前、一番高い洞窟から更に高い洞窟に飛んで行った。その洞窟は全く届かない所にあるので、行った人がいない。

神話ではない。少々低い所にある洞窟が標高5600メーター以上だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関を終えた後、ある日尊勝なる直貢チェツァン法王は上方を指して明日登ろうと話したが、リンチェンドルジェ・リンポチェは行かないと表した。しかし、翌日になると、直貢チェツァン法王はほかのことを言わず、一緒に行こうとリンチェンドルジェ・リンポチェに指示した。それで、上師と二人で1時間以上その洞窟までに歩いて行った。ミラレバ尊者が長年閉関した場所で、特別なものがあった。洞窟の天辺に二つの足跡が残された。ミラレバ尊者が残したものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは伝法机ほどの高いテーブルの上に立ってやっと頭が足跡を接することができた。一体、ミラレバ尊者はどうやって逆さに立てたのだろうか。実際に、多くの大成就者は手形や足跡を残す習慣がある。空性を証得したことの表しだ。つまり、どんな物質にも妨げられず、自在に変化できる意味だ。

ラキ雪山で閉関した理由は何だろう。密法の事、行、瑜伽、無上瑜伽部では、最後の段階になったら、必ず山の洞窟、人の全くいない場所で成就を得る必要があるからだ。条件を少々下げても森の中でする必要がある。2007年、尊勝なる直貢チェツァン法王に連れて行ってもらった後、リンチェンドルジェ・リンポチェはそこで3ヶ月以上閉関した。直貢チェツァン法王も同じくそこで3ヶ月以上閉関した。今年4月、直貢チェツァン法王は現地に戻ったが、直貢チェツァン法王が指示しなかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは行かなかった。直貢チェツァン法王は戻った時に、現地に残した衣装とリンチェンドルジェ・リンポチェが閉関室に残した衣装を水の中に流して衆生と結縁した。直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェは二度とそこに戻らない意味だ。今生、どの弟子も直貢チェツァン法王についてこの無上瑜伽部の閉関をする因縁がないということになる。

上師の指示を何故守らなければならないのか。次の機会があるかどうかが分からないからだ。まだ機会があるから、大丈夫だと思う人が多いが、その後、因縁は変わってしまうし、なくなるかもしれない。法会の前に語った弟子は、その日リンチェンドルジェ・リンポチェに会わなかったので、約束を守らなかったと話したが、同じことだ。2007年の時、もしリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王について行かなかったら、その後例えリンチェンドルジェ・リンポチェに時間ができても、行く機会がないかもしれないだろう。直貢チェツァン法王が行った後、ネパールに大地震が起き、山の上にあった閉関室は全部倒れた。だから、因縁をずっと開示している。具徳の上師はいい加減に話さないが、話した時、あなたが聞かないなら、因縁は過ぎてしまう。

普段苦労していないリンチェンドルジェ・リンポチェに、水も電気もなく、人間もいない所で3ヶ月閉関させるため、尊勝なる直貢チェツァン法王は1、2年も前からに用意してきた。その時、入れる道がなかったが、今はできている。仏法に対して正しい概念を持たなければならない。好きなものだから、必ず上師からもらいたい、或は好きなものだから、きっと聞ける、またはほしいから、仏菩薩は必ずくれるなんて、こんなことはあり得ない。仏菩薩はこんな人を相手にしない。しかし、あなたたちは、助けてあげなかったら、慈悲ではないと思う。あなたたちは悪業まみれだ。借りを返すことを手伝ってあげたら、あなたたちは更に多い力で悪行をするのではないか。仏菩薩が助けるのは本当に苦しんでおり、本当に苦を理解した衆生だ。あなたたちは今でも苦を体得していない。

台湾は福報がある所だが、あまりにも福報が多いので、修行にいろんな状況が絶えずに現れた。テレビを付ければ、仏法が聞けると皆は思っている。ある法王のテレビ説法を見たら、彼と結縁できて来世は彼の弟子になると自認したりする。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが読んだたくさんの仏経に、テレビに出る法師を見たら、その後はその法師と結縁できるという話がなかった。こんなことがあるとしたら、仏はきっとこう話したし、パドマサンバヴァもその著作の中で触れたはずだ。諸仏菩薩とパドマサンバヴァは、善知識に親しむべきだと言ったが、テレビに親しむことや家庭という大道場のようなことを話さなかった。確かに、一見したところ、世界各地の人はこれで仏法を見たり、聞いたりすることができるようだが、また、種を植え、永遠に道種になるという言い方もあるが、似非のことだ。

このことを今日はこれ以上話さない。ただ、言っておきたいが、仏法を聞くのに累世で累積した福報が必要だし、今世の決意が何よりものだ。決意がなければ、仏があなたの前に現れても無駄だ。また、試す心と我慢のある心で仏法を聞いてもためにならない。どんな目で法座に上がって説法する行者のことを見ようかとも関係なく、行者が清浄な心で伝える法だったら、清浄な仏法だ。行者はどうであろうかは、あなたには関係がないことだ。修行はそれぞれのものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの修行がいくらよくても、あなたは分かち合えない。また、あなたの修行がいくら悪くても、リンチェンドルジェ・リンポチェは影響を受けない。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたに密法を伝授してあげなければ、あなたはリンチェンドルジェ・リンポチェに影響できない。しかし、密法を伝授したら、状況は異なる。

ここで、リンチェンドルジェ・リンポチェは特別に一段落の経典を選んで開示したいと思う。経師ではないので、本当は経典を解釈する資格がなかった。三蔵法師とは、経、律、論とも円満に信衆に説明できる者だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは一蔵でさえ持たず、伏蔵法しかない。あなたたちは密法を修めていないので、伏蔵法を知らない。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは伏蔵のリンポチェで、三蔵法師と呼ばれる資格がない。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの段落を読んだ時、大乗仏法に対する皆の概念がよりよくなると思った。正しい概念がなかったら、大乗の経典を念誦するのが大乗仏法の修行、人に怒らないのが菩薩道の修行、仏経をたくさん印刷して人にあげるのが結縁だと誤解してしまう。これらは何れも正しくない。

以前、リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学んでいた頃も皆と同じく、くれるものを全部受け取った。結局、大変困ってしまった。どう置いたらいいかも分からず、捨てられなかったし、毎日読む時間もなかった。送られたものを断るのも恥ずかしくてどんどん量がたまってしまった。今時の台湾に、こんな現象が多い。これで仏法が分かると思ったら、勘違いだ。縁がなければ、持っても役立たないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェのこの一生は奇妙だ。なんでも縁に従って、衆生の縁、自分の縁に従って仏法を学んできた。縁が現れると、リンチェンドルジェ・リンポチェは決して逃さない。リンチェンドルジェ・リンポチェの最初の閉関は1997年の時だ。尊勝なる直貢チェツァン法王が指示すると、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに応じた。それで、直貢チェツァン法王はちょっとびっくりした。リンチェンドルジェ・リンポチェがあっさりと応じることを予想しなかった。普通、在家弟子は皆用事があるなど、いろんな言い訳をして辞退する。あなたたちもそうすればいい。福を拒否すればいい。

今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に仏が大乗仏法に対する定義を説明するが、『宝積経』第二十八巻の内容だ。直貢噶舉の祖師、ジッテン・サムゴンの著作は何れも『宝積経』の内容を根拠にした。つまり、ジッテン・サムゴン本人が菩薩だからこそ、『宝積経』にある釈迦牟尼仏が開示した仏法の本当の深い意味が分かったうえで、個人の修行を経てから、『宝積経』に基づいて著作を完成したことだ。チベット仏教を誹謗する人がいる。チベット仏教に経典がないと言ったりする。間違った言い方だ。ガムポパ大師の書いた全ての著作の根拠は『華厳経』だ。チベットでは、『華厳経』と『妙法蓮華経』を念誦する人がいるが、あなたたちは分からない。彼らはチベット語で念誦するので、あなたたちは聞いても分からず、密法の修行だと思い込む。

たくさんの出家衆が鼓を叩いているのを見たら、決して密法ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェのように数時間も修法するのが密法だ。たくさんの人が鼓を叩くのは、木魚を叩くのと同じだ。チベットでは鼓を叩くが、台湾では木魚を叩くことだけだ。チベット人だからこそ、きっと密法を修めると思ったら、勘違いだ。そうとは限らない。本当に密法の修行ができる人がほんの僅かだ。実際に、顕教の経典は中国からチベットにたくさん伝えられた。また、インドからチベットに伝えられたのもたくさんあるので、中国にあった一部の経典はチベットにないという可能性がある。逆に、チベットにある一部の経典は中国にないというのも可能だ。それらは大きい経典でなく、範囲が比較的に狭いものだが、何れも仏の言葉だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの今日の開示は『大乗十法会第九』、つまり仏が話した大乗の法会第九段に関する内容だ。どの経典もそうだが、仏が話したもの、且つ仏が涅槃の後に500人の弟子が集まって書いた経典の最初の言葉は必ず『如是我聞』になっている。『如是』とは、弟子が考えたものや弟子の意思、経験、仏の言葉を聞いた後わざと自分の言葉を加えるものではないという意味だ。あなたたちはこう思うだろう。500人の羅漢はすごいだ。昔はテレビもテープレコーダーもなかったのに、何故はっきりと覚えられただろうか。阿羅漢は私たちと違う。大阿羅漢の場合、入定の時は四禅天に行けるので、十分な定力があり、仏が説法する時、彼らは入定して聞いていた。入定の時は聞こえないことがなく、境界は完全に仏法の中にあるので、仏の話した文字が全て彼らの心に入る。唯識宗の観点では、第八意識田にあることだ。

意識と心は何が違うのか。心がなければ、意識はないが、意識がなければ、心は動かない。心と意識をどう区別するのか。唯識宗にはたくさんの理論がある。金剛乗を修行する行者は、心と意識を細かくはっきりと分け、心を調整することができたら、自然に意識を制御することができる。今の私たちは意識に操られているので、『地蔵経』の言うように起心動念が全部業だ。全部罪だ。何故なら、私たちは意識で日々を過ごしており、真心で生活していないからだ。真心は男女間の慕い合う心ではない。あれは意識で、欲望の心だ。愛していると言われたら、気を付けたほうがいい。あなたを輪廻させるかもしれないからだ。恋慕しすぎるのはよいことではない。貪愛もよくない。慕う気持はちょっとだけでいい。あればよい。経験したから、今生はその価値があって無駄ではなかったという気持になればいい。男女間の愛情が命だと思ってはいけない。出家衆の運命にこんな愛情がなくてもちゃんと生きているのではないか。

だから、『愛』が命において一番大事なものだという言い方を信じないほうがいい。実際に、『愛』は輪廻において最重要なものだ。愛がなければ、輪廻することもない。だから、『小さな愛を大きな愛へ、大きな愛を無為の愛へ』という言葉を決して信じてはいけない。でたらめだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは経典を読んだが、こんな言い方はなく、慈悲しかなかった。だから、こんな言い方を作り出した人は仏法を誹謗したと言ってもいい。

『如是我聞』は、これらの阿羅漢は定の境界にいて仏の話した仏法を聴聞したことだが、『聴』ではなく、『聞』という字が使われた。観世音菩薩の修行、成就は『聞所聞尽』に頼ったが、『聞』と『所』はどういう意味か。科学の観点で言えば、外部の信号を受けた後、神経が反応して動作、意念と感覚を起こしたことだ。仏は既にこんな話をしたが、昔はこれらの科学名詞と医学名詞がなかっただけだ。聴覚を『聞所』で表すが、神経が集まって起こした能力が『聞能』になる。『聞所聞尽』とは、『聞』の神経は好きか嫌いか、ほしいかほしくないか、分かるか分からないか、理解するかしないか、愛するか愛さないかなどを区別しない意味だ。世間のどんな音でも、菩薩にとって清浄なものだ。金剛乗に大変重要な法門がある。どんな音でも菩薩の真言だ。このようになれたら、真言と相応できる。

六字大明咒を念誦して夢の中で観世音菩薩に会うことが相応だと思う人がいる。まだまだ早い。幻覚に過ぎない。『金剛経』の中で、色相で仏に願うのが皆邪見だと書かれている。よりによって観世音菩薩が姿を見せることを願う人が多い。会ったらどうするのか。往生の用意でもしたいのか。ちょっとでも会えば、修行はよくなれるとでも思うのか。全部嘘だ。菩薩を夢見ることは根拠があるのか。『宝積経』の中で確かに言及された。菩薩の果位が証得できたら、夢見るのも修行になる。

密法の八大成就法の一つは夢瑜伽で、夢の中でも同じく修行できる。昼間私たちは意識を制御できるが、夜に寝たら難しい。修行者の場合、24時間も心は不動でなければならない。最も難しいのが夢に入った後のことだ。夢の中でも清浄でいられるとしたら、ほぼ十分だ。『如是我聞』とは、分別心がなく、大変清らかに定の境界の中で仏の説法を聴聞することだ。あなたたちの分かる言葉で言えば、仏の話を全部パソコンに入力することだ。一字も変えず、修正しない。貢高我慢の気持が全くない。仏の話は聞いたことがあると思わない。仏法を聞きに来た人の中で、既に聞いた話だと思ったりする人がいる。ダライ・ラマなら、話す仏法は違うだろうと思う人もいる。結果は同じだ。仏法は一つしかない。二つ目、三つ目、四つ目などはない。ただ言語の違いがあり、衆生の業力、根器に応じて使う方法が違うだけだ。基本は一つしかないのだ。

それで、普通説経の時はきっと『如是我聞』で始まる。仏が話したことを表す。自分の言葉、意見、経験でなく、仏が話したという意味だ。それから、仏はどこで開示したかについて説明する。いい加減に出てきたことでなく、自分が相応したとか、夢見たとかなどのことでもなく、場所についてはっきり説明する。リンチェンドルジェ・リンポチェは経師ではないので、場所の名前を知っているが、地理的位置が詳しくない。今後研究する人がいたらいい。また、経典の中で、開示対象もはっきりと述べられる。今日開示の段落は王舎大城のある山の奥で、対象は大比丘だ。

比丘には大小の区別があるのか。体形で区分するのか。それでも、出家時間によって分けられるのか。どちらでもない。大小とは、最初の根拠は戒律で、確実に清浄な比丘戒を守ったかどうかによる意味だ。比丘には200以上の戒がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは比丘戒を受けたことがないので、話す資格がない。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは比丘尼戒について話す資格もない。この戒を受けていないので、伝授できない。しかし、菩薩戒なら、大丈夫だ。大比丘は、まず、戒律の厳しい遵守が必要で、そしては本当に無常、死亡に対する理解がある修行者のことだ。修行は決して世間の何れの名聞利養のためでなく、完全に生死を解脱し、更に衆生を利益したい者こそ、比丘と呼べる。世間のいろんなことも捨てられるからこそ、大比丘と呼べる。さもなければ、その資格がない。

経典にある『五百大阿羅漢俱』は500人の阿羅漢がいる意味だ。仏経に出た『大』という字は権勢や富でなく、主に果位に関する意味だ。阿羅漢にもいろんなレベルがある。経典に『菩薩摩訶薩』があるが、菩薩は登地から十六地、十七地に達したら、成仏できる。登地から八地までの菩薩は菩薩摩訶薩と呼ばれず、九地から十六地の菩薩こそ、菩薩摩訶薩と呼ばれる資格がある。簡単に言えば、菩薩摩訶薩は法身菩薩、大菩薩のことだ。法身菩薩は何が違うのか。九地菩薩が証得できたら、決して退転することがない。退転とは、近々法門を少なめに修めるか、衆生を少なめに接見するかのことではなく、菩提心の退転だ。八地までに菩薩はまだ退転する機会がある。菩提心の退転とは、衆生に対する感謝の気持、衆生を利益したい気持が減ることだ。自分はそうではないと言い張る人が多いが、八地菩薩になるまでに、この問題がよく起きる。リンチェンドルジェ・リンポチェも同じだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは去年屏東で修法した後、病気になった。尊勝なる直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェは退転したから、空性と慈悲心とも今回修法の時減ったと開示した。退転した理由は何だろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは相手が法を求めに来た時に、現地の土地神が見え、土地神のことは簡単で、修法の時にきっと来ると思ったからだ。こんな心は慈悲と空性が欠けている。修法の時、どんな状況でも可能だ。牡丹社事件が起きた当時、たくさんの人が死んだが、200年以来済度されることがなかったので、急に全部現れた。何をあげたらいいのか。密宗には自他交換というのがある。つまり、自分のよいものを与え、相手の悪いものをもらうことだ。こうして相手は得度できる。

済度は一生懸命に木魚を叩いて阿弥陀仏を唱えるだけのことではない。こうしても死者の心を少々落ち着かせられるが、済度してあげられない。理由はものの交換ができないからだ。交換したら、死ぬか。慈悲と空性が十分でなければ、死ぬ。今回、リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と空性が不十分だったのは、貢高我慢があって菩提心が少し退転したからだ。幸いにも、リンチェンドルジェ・リンポチェの福報、功徳、上師に対する忠誠心が減らなかったので、死ななかった。残念だが、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ死なない。さもなければ、あなたたちは今もっと楽になれる。」リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアの口調で話した。

「仏菩薩はリンチェンドルジェ・リンポチェを死なせなかった。僅か1ヶ月で病気が治った。大乗仏法、菩薩道を修行する時、上師の監督がなければ、必ず問題が起きる。何故なら、八地菩薩になるまでに必ず退転すると仏はこう話したからだ。だったら、道は二つしかない。一つは自了漢、阿羅漢を修める、もう一つは利益衆生をするための今生の時間を短縮してすぐ戻る。こんなことが起きたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに大変感謝している。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を見直すことができたからだ。

人間は貢高我慢になりやすい。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは常に、人を見下したり、ほかの衆生を軽蔑したりしてはならないと言っている。どんな衆生でも私たちの恩人だ。衆生がいなかったら、私たちは成就を得るはずもない。自分の修行は上出来だと思えば思うほど、問題が起きやすい。簡単に言うと、皆は大乗、菩薩道を修めないほうがいい。本当に危険だ。生生世世も菩薩道を修行したいと言い続けないほうがいい。本当に返せないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは少しだけのことで大変なことになったので、あなたたちの場合はこれだけでは済まない。

ここで九地以上の法身菩薩、大阿羅漢、大比丘が自ら仏陀の指導を受ける福報があることが特に触れられた。私たちはどうだろう。大阿羅漢、大菩薩のどころか、ちっぽけな小菩薩すらではないのだ。六字大明咒を唱えるだけで本尊と相応できると自認する資格なんてあり得ない。こんな考えは貢高我慢だ。将来返さなければならない。

経典に『菩薩摩訶薩無量無辺』がある。菩薩、法身菩薩になれるのは八大菩薩だけでなく、その数字は無量無辺で、数字で評価できない意味だ。簡単に言うと、菩薩道の修行は早く成就できる。何れの四衆(比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷)は菩薩道の修行に励めば、成就が得られるが、いくつかの過程と条件が必要だ。

経典に、法会に一人の菩薩摩訶薩がおり、『名浄無垢宝月王光、即従坐起整服右肩』がある。これはインド人の服装の着方なので、今の出家者とチベット仏教の行者は右肩を露出する。伝統だ。道場に入る時はビーチに行くような服装を着てはならない。仏菩薩に会うので、威儀が必要だ。いい加減にしてはならない。或は結縁しようと思ってはならない。仏菩薩を尊重しなかったら、仏菩薩と結縁するのは無理だろう。寶吉祥仏法センターだけの決まりではない。大菩薩でさえ仏法を尋ねる時、服装の整理をしなければならなかった。私たちは言うまでもない。いい加減でいいのか。着替えずに来ていいのか。

2000年の時だろう。チベットにいた直貢チョンツァン法王は直貢梯寺の下方で法会を行った。公に30万人の参加が記録された。関門を経過する時料金が徴収されたので、この数字が得られた。30万人もいたので、泊まる場所はなかった。それで参加者たちは法会の時、地面に座っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは数枚の写真を見た。長い旅をして歩いてきたチベット人もいた。彼らは現地に着くと、法会の前に新しい衣装に着替えた。あなたたちだったら、1週間も着ていた服を着たまま法会に出るだろう。靴下を変えなくても構わないだろう。どの経典にも、念誦、法会参加の前は必ず斎戒沐浴が必要だと書かれている。あなたたちはどうだろう。今の台湾では、体を洗浄してから来る条件がきっとある。リンチェンドルジェ・リンポチェも閉関中、昼食後は必ず歯を磨いた。菜食でも歯を磨くのだから、外でいろんなことをしているあなたたちは言うまでもない。

仏法が衰えるのは、この威儀を厳しく実行する人がいないからだ。ほかの宗教は教会などに行く時、皆はきれいだ。それに対して、何故、いい加減に仏法センターに入っていいのか。事前手や足を洗うことを要求する宗教もある。しかし、あなたたちはどうなんだ。寶吉祥仏法センターは靴下を配るが、臭い靴下を履いて入って来られたら、匂うのではないか。特に靴下を履き替えない男性がいる。仕方がないから、靴下を履き替えさせ、匂いを減らすしかない。匂いで護法が逃げてしまったら、困るのではないか。

大菩薩でさえ仏法を伺う時威儀が欠かせなかったから、私たちは軽率な態度をとっていいのか。少々厳しく言ったら、あなたたちは慈悲がないとか、ほかの所は慈悲で叱らないとかを言ったりする。寶吉祥仏法センターはお金で動くところではないので、当然叱っていいのだ。お金をもらわないから、堂々としてよい。道場に供養する人がいなかったら、閉めてもよい。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちに養ってもらう必要がない。1997年以来、道場から一銭ももらっていない。お金をもらわない者が厳しく要求するのも当然だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは経典に基づいて物事を話す。大菩薩でさえ仏法を尋ねる時、服装を整えて威儀に従わなければならなかった。だから、あなたたちは仏菩薩、上師に会いに来る時、軽々しくていいのか。仏菩薩は口を利かないから、いじめてもいいと、誰もがそう思っている。経典にある『右膝跪蓮花台上』は、仏が説法する時、その土地はもはや普通の土地ではなく、清浄な仏土になった意味だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて人にこんな話をした。釈迦牟尼仏は仏の浄土をたくさん紹介したが、釈迦牟尼仏自身の浄土を紹介したのを読んだ覚えがない。何故なかったのか。釈迦牟尼仏は薬師仏、阿弥陀仏などの仏の浄土についてたくさん話した。しかし、自分のものを話さなかった。この話を今日は説明しない。

次は、『至如来所合掌向仏、白言世尊、行大乗住大乗比丘、云何行大乗、云何住大乗、世尊、以何義故、此大乗名為大乗、復以何義名為住大乗。』この菩薩は仏にこう尋ねた。たくさんの人は自分が大乗を修行していると言っているが、大乗を修行する方法、大乗に住む方法は何かについて、その説明を世尊にお願いする。

次は、『爾時世尊告浄無垢宝月王光菩薩摩訶薩言、善哉善哉、浄無垢宝月王光、善男子、汝善能問此の甚深義、諦聴諦聴善思念之、我今為汝分別解説。』仏はこの菩薩に『善哉善哉』を話した。出家者だから、この言葉を言ったのではない。衆生を代表して仏法を尋ねたり、供養したりするなどのことを含める行動する時に限って仏は『善哉善哉』を話す。自分自身のためではないからだ。大菩薩なのに、大乗も分からないのかと、あなたたちは聞くだろう。大菩薩はもちろん分かっている。しかし、私たちのような凡夫は愚かでどう聞くべきかも分からない。いつも息子はどうのこうのとか、父は病気だとか、最近体の調子が悪いとか、仕事がうまく行かないとかのようなことしか言えない。あなたたちはこれらのめちゃくちゃなことしか聞けない。それで、仏経の中で仏法を尋ねるのがいつも大菩薩だ。あなたたちは尋ね方が分からない。そのため、仏は『善哉善哉』を言った。仏法を尋ねるきっかけがなければ、仏は話さない。何故なら、縁がないからだ。

あなたたちはリンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず『何の用件があるか。』を聞く。『リンポチェは密宗を修めているから、何事で来たのかを知っているはずだろう。言えないのか。言えないなら、大した能力がないのだ。』と思う人もいるだろう。そう思われても構わない。リンチェンドルジェ・リンポチェは相手の縁に応じるようにしているので、大した能力がないと思われても、リンチェンドルジェ・リンポチェは気にしない。リンチェンドルジェ・リンポチェが必ずこの質問をしたのは、聞かなければ縁がないからだ。仏ははっきりと話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も尊勝なる直貢チェツァン法王に尋ねたことがあり、密宗は神通の修行だと誤解されたくないからだ。神通を学びたければ、密宗の修行をする必要がない。南伝仏教を修めれば、少しはできる。神通にはいろんな種類があり、修行の成就の一つに過ぎない。悟ることではない。

何らかの真言を修めたら、少しの神通があったとか、仏菩薩と相応できたとかと思ってはならない。仏菩薩のやっていることができないだろう。何らかの光、影を見たら神通の修行をしているとか、神通が現れたら、自分は修行できたとかと思ってはならない。そうではないのだ。それは一種の成就に過ぎない。仏が『善哉善哉』を言ったのは、大菩薩が仏に尋ねた後、仏は愚昧な衆生に説明する因縁ができたからだ。愚昧という名詞はリンチェンドルジェ・リンポチェの発明ではない。釈迦牟尼仏が経典の中で話したものだ。賢いと自認したり、世間の勉強、試験もよくできると思ったり、何々師だと自称したり、偉い企業家の下で働いたからと言って自分は偉いと思ったりしてはならない。仏法の尋ね方でさえ分からないのに、偉そうに思う資格はないだろう。いくら聞いても数種類のことしか聞けない。リンチェンドルジェ・リンポチェは数本の指だけで数えられる。病気やお金、或は家族、風水、壇城の設置などの問題ばっかりだ。

それで、仏は『善哉善哉』を言った。法師に供養する時、法師が言った『善哉善哉』と違う。衆生のためだ。末法時代の衆生は仏に尋ねる福徳と因縁がないのを、大菩薩は知ったから、代わりに尋ねた。2000数年も前に菩薩は知ったのかとあなたたちは聞くだろう。もちろんだ。大菩薩だからだ。一般の凡夫や菩薩ではなく、九地以上の菩薩なので、見えたし、末法時代の衆生は仏の指導を受ける福報がないことを知った。それで、仏は『善哉善哉』を言って褒めた。七支供の随喜功徳だ。仏でも絶えずに福報を累積している。利益衆生のためだ。だから、あなたたちは、七支供の念誦は簡単で、福報の修行だと思ってはいけない。仏まで『善哉善哉』を言った。文字は簡単だが、意味は深い。

仏は経典の中で『浄無垢宝月王光、善男子。』を話した。善は、人好し、功徳会のようなものが事故の起きた場所にチームを派遣すること、助念団を結成すること或は皈依して仏門に入るのを人に勧めることの何れでもない。仏の言った善は十善法であり、実践できた人こそ、仏に善男子、善女人と褒められる。どの仏経でもそうだ。仏は仏法を話す前に必ず善男子、善女人を言う。また、仏はどんな法を教える前にも必ず善男子、善女人を言う。だから、十善法を円満に実践できるまでに、善男子、善女人だと自認する資格がない。今世の学仏できっとできると自称する資格も、今世で生死解脱ができると自称する資格もない。この条件はちっとも厳しくない。十善法は人間としての根本だ。この根本でさえできないなら、成仏はあり得ない。

『人道成、仏道必成』こそ正に十善法だ。貪瞋痴のひどい人は無理だ。上師が目の前にいる時でも貢高我慢の人はどう修行できるのか。あなたは『行って見よう。リンチェンドルジェ・リンポチェの偉いところは何だと見よう』という気持を抱いているが、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分のことが偉いと全然思わない。以前直貢チェツァン法王が、今後は仏法面でリンチェンドルジェ・リンポチェと共に歩むと話したように、ただ仏、上師が歩んだ道を辿っている。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは、自分はちっとも偉くないと思う。あなたたちは、決して密宗は本当に三面六臂のものかを見てみようという気持があってはいけない。そうではないのだ。もしもリンチェンドルジェ・リンポチェは三面六臂だとしたら、おかしいのではないか。」

この時、法を聞いている最中一人の弟子があくびをした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは即座にその弟子に、起立して後ろのほうで立って聞くように指示した。そして、開示を続けた。

「善男子は仏が修行者に与える特別の呼称だ。経典の『汝善能問此甚深義』という言葉は重要だ。善根のない人は仏法を尋ねることもできない。多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェの前に来た時、要件は何かというリンチェンドルジェ・リンポチェの質問に、イイエと答えた。仏よりも偉いと思う表しだ。仏以外の皆は誰でも問題を抱えている。

何故尋ねられないのか。善根がないからだ。一本の羽毛も一本の草のような細い善根もないので、リンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いたら、尋ね方が分からなくなる。このような人が多い。昨日、一人の女性出家衆はリンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪いて自分は何の用件もないと言った。だったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示してあげる必要もなかった。仏経内の言葉にそれぞれの意義があり、『深入経蔵』とは、たくさんのお経を読むこと、或は暗記が得意だということではない。仏はでたらめを言わない。仏は実語者、真の言葉を話す者なので、どの文字も修行に関するものだ。善根のない者は尋ねられない。六波羅蜜を必ず修めるのは、善根を培うためだ。善根があってから初めて仏法の深い意義が体得でき、どう尋ねるかが分かるからだ。さもなければ、尋ねることでさえできない。小学生が大学教授の教える内容について尋ね方が分からないようなことだ。小学生は『何故木の上の熊の赤ちゃんはお母さんにお尻を叩かれただろう。』のような問い方しかできない。あなたたちも恐らくこのような段階にいる。

『甚深義』の言葉だが、『甚深』は大変難しく、見えず、知らず、分からないことだと思う人が多い。そうではない。仏の言った『深』は一般の人生で経験することでなく、今生や過去世、または六道輪廻から累積した経験法則で理解できるものではない意味だ。簡単に言うと、意識で理解できるのでなく、必ず仏陀の指導、上師の監督を受けなければならない意味だ。こうしてからこそ、やっと仏法の含意が会得できる。意識の心による影響を減らし、清浄な本性が現れてからでないと、仏の話が理解できない。

仏が『甚深』を話した時、その観念は意識や人間の経験法則ではないので、修行の体得、学習の次第によらず、経験法則で仏経を解釈しようと思えば、仏経を開いて説法する時は、間違えてしまい、自己意識で話してしまうだろう。仏学院で勉強した者や教授になった人で仏経を説明するのが好きな人がいる。彼らは修行したことがなく、自分の学問に基づいて文字を解釈するだけだ。以前あなたたちに話したことがある。単に文字で仏法を解釈しようとしたら、三世の仏も冤罪だと不平を言うだろう。だから、でたらめを言ってはいけない。仏が一部の名詞を話したら、必ず修行を通してその意味を理解しなければならない。

『甚深』は難しさ、私たちのできないこと、深さの比較のどっちでもない。『深』の意義は、私たちの心は本来清浄なものだったが、生生世世の輪廻で貪瞋痴慢疑のような汚れに包まれ、どんどん厚くなったから、本来の光が全く現れられなくなったことだ。修行は行為を修正することで、この汚れを少しずつ取って行くことだ。全部取れたら初めて清浄な本性が見えて来るので、やっと清浄な本性と対面できる。この汚れは分厚い。薄いものではない。長年も修行してきたから、もう理解したと自認してはならない。仏経の中ではっきりとされている。顕教の修行でも三大阿僧祇劫をかけなければ、成仏できない。とても形容できない数十、数百億万年の時間だ。だから、あなたたちは何故今生の数年間の学習、念誦で理解できると思えるのか。あなたたちは一体何を知っているのか。文字の書き方が分かるか。

それで、仏は特別に『甚深』の意義について私たちの注意を喚起した。『甚深』は意識と人生経験で体得できる境界ではない。仏は不可説と話したが、仏の仏法を私たちに教えてはいけない意味ではない。仏の境界は文字で形容できないものがあり、完全に修行の体得と上師の確認によらなければ、境界は正確なのか、邪見なのかが分からない意味だ。そのため、一般の凡夫にとって仏の定義は大変深い。体得したことがないし、今世の人生経験法則では教えてくれる人もいないからだ。母親のお腹の中にいる時から、成年になった後でも、あなたたちは一度も学んだことがない。リンチェンドルジェ・リンポチェの所に来て学仏したいと話した人がたくさんいる。学仏したい理由を聞いたら、いい気性になりたいという返事が出た。そんな時、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも、『学仏する必要はない。毎日海を見に行けば、気分も気性もだんだんよくなる。』と言ってあげる。

簡単に仏法で気性を直したいだけのことなら、ほかの宗教もできる。神を固く信じれば、怒ったりしないだろう。神に処罰されるのが怖いからだ。仏法は人間の経験法則ではない。仏は人間が修行してなれたとは言え、人間の経験法則は貪瞋痴だ。しかし、仏はこれ以上の貪瞋痴を止めなさいと教えてくれたから、もちろん経験法則と違う。あなたたちは病気や癌に罹ったら、死ぬのが怖くてすぐ手術を受ける。リンチェンドルジェ・リンポチェも皮膚癌に罹ったが、手術も受けず、仏菩薩にもお願いせず、完治した。肌もつるつるでとても68才の年寄りには見えない。なのに、あなたたちは何故急いで手術を受けたいのか。福報がよすぎて周りの親族が死なせてあげないのか。それでも、財産の配分を指示していないから、まず手術であなたたちの命を延ばして財産の配分を教えてもらいたいのか。かわいそうではないか。お金がなければ、生活できない。お金があっても生活はつらい。そのため、経典に甚深が言及された。人生経験の法則でその後の仏法を見ないでほしいからだ。

経典にある『諦聴諦聴』を字面で見れば、『諦』は言と帝の組み合わせで、専念に聞き、仏の言葉は皇帝の命令ほど慎重なものだから、聞かなけば首が切られる意味だ。中国の文字は立派だ、英語では翻訳できない。英語にこの文字がないので、カナダ人の弟子も翻訳できなかった。『諦聴』はちゃんと聞き入れることで、聞いてみようとか、聞いても必ずできるとは限らないとかなどの考えが決してあってはならない。こんな考えは疑だ。疑と惑が生じて自分にはできないと思ったら、不信になる。今生でできなくても構わない。来世でできなくても構わない。きっと将来の某世にはできる。

今の学仏は未来のためだ。未来のためだから、きっとできる。今すぐできるという筋合いがない。リンチェンドルジェ・リンポチェの所に来て自分にはよくできないかと心配すると話した人がいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、仏経にこんなことは書かれていないと教えてあげた。好(よくできる)とはどんなことだ。中国語では女と子の組み合わせだ。結婚しなかったら、よくできるわけがないだろう。結婚したら、子供が一人いるのもよくできたことではない。だから、全部でたらめだ。人に批判され、叱られるのが心配だけだ。貢高我慢の表しだ。学仏者は謙虚でいなければならない。謙虚でない人はいくら修行できても、同じく阿修羅道に生まれる。福報が十分であればの話だよ。福報が足りなかったら、大変だ、鬼道に生まれ、大力鬼王になるかもしれない。

気を付けなさい。今生において修行したら、鬼道と阿修羅道に堕ちないと思ったら、勘違いだ。少しの意念でもあれば、そうなる。リンチェンドルジェ・リンポチェは身をもって示しただろう。屏東に行った時、ただ一つの意念で体の具合が悪くなった。幸いにも、仏菩薩が慈悲でリンチェンドルジェ・リンポチェを扱った。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐ処理でき、借りを返せた。もし状況が長引き、ずっと貢高我慢のままだったら、今生はいくら修行を続けても阿修羅道に行くのだ。謹慎でいなければならない。

経典内の「善思念之」は、思想、意念が全部善のものだという意味だ。あなたたちは仏法を聞きに来たが、帰ったら誰か、或はどのことをやっつける、或は一部の現状を変えるために使うと思ってはならない。これらは何れも善の意念ではない。善の意念は完全に生死の解脱、将来に利益衆生の機会のためだ。こんな思想、意念で聴聞すべきだ。聞いて分かったから、将来人に言ったら、聞いてくれると思ってはならない。或は、リンチェンドルジェ・リンポチェの話だから、自分はやる必要がないと思ってもならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示内容はリンチェンドルジェ・リンポチェが言った話ではなく、仏の話だ。

仏は特別に『善思念之』を指示した。その前に『諦聴諦聴』を話した。つまり、でたらめを言わず、善の意念で思惟しなさいという意味だ。菩薩は私たちの代わりに仏法を尋ねたので、私たちは衆生を代表して仏法を聴聞する時も善の意念が必要だ。自分は修行していると思ってはならない。聞いたら修行していると勘違いする人が多い。しかし、貢高我慢を直さないままでは、一体どんな修行しているというのか。それで、仏は特別に『善思念之』、善の思想、意念でそれからの開示を聞くように指示した。自分のための思想、意念、自己本位が少しでもあったら、功徳は全部なくなり、人天福報になってしまう。人天福報は今世において全然使えない。来世にならないと使えない。どう区別するか。簡単に言うと、もしリンチェンドルジェ・リンポチェは今世の修行で少しの功徳も得られなかったら、とっくに皮膚癌で死んでしまった。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェは修行で少しの功徳も得られなかったら、今回屏東の修法で死んでしまうだろう。

人天福報は今世でなく、来世にならないと使えないが、功徳は今世使える。功徳は自身の修行と生死解脱のために使う。そして、更に衆生を利益する。世間のいろんなことを解決するためのものではない。世間のいろんなことは過去の為した行為の結果だから、今は返している。いいだろう。あなたの願力、功徳が存在していたら、諸仏菩薩はあなたはまだ役立つと思う。役立つとは諸仏菩薩があなたを利用したいのでなく、あなたはこの場所の衆生に役立つから、まだ死なせず、更に10数年苦しませる意味だ。

多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェに病気を治してほしいと願う。治ったら衆生を利益すると言ったりする。リンチェンドルジェ・リンポチェにとっては滑稽だ。病気が治らなかったら、利益衆生のことをしないのか。この間、リンチェンドルジェ・リンポチェはベッドに横たわって死にそうになった時でも、漢方医者をしている弟子に娘さんを殴らないように忠告した。これこそ利益衆生だ。あなたたちは病気が治るのを待って衆生を利益したいと思う。また、家族の病気が治るのを待って仏に会いに連れて来ると思う。よしなさい。仏経の通りに仏法を弘通しない人が多いから、仏法を敬わない人が大勢現れた。

『諦聴諦聴善思念之』は大乗仏法を聴聞する時弟子たちへの最も基本的な要求だ。できないなら、来てほしくない。仏を誹謗することになるからだ。この言葉はリンチェンドルジェ・リンポチェが話したのでなく、仏が『宝積経』の中で話したもので、法門を教えてくれたのだ。仏の言葉は何れも私たちを教えているので、必ず実行しなければならない。もう一度強調する。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を『諦聴』しなさいと言っていない。これらの開示はリンチェンドルジェ・リンポチェの話でなく、仏の代わりに話したのだ。

仏法を聴聞する時、『諦聴諦聴善思念之』ができなかったら、家に帰ってここに残らなくていい。リンチェンドルジェ・リンポチェは法を聞く時にあくびする人を必ず叱るが、その心がここにないからだ。自分のことではないからだと思ってあくびする。結局、リンチェンドルジェ・リンポチェに見られてしまう。何故あくびするのか。『聞』という心で仏法を聴聞しないからだ。今日のリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を以前聞いたことがあるし、今必要としていることではないから、因縁が現れれば考えようと思うからだ。

経典にある『我今為汝分別解説』は、仏が今あなたのためを説明する意味だ。ここのあなたは、菩薩のことではなく、六道の有情衆生を全て指している。何故分かるのかとあなたたちは聞くだろう。簡単に言うと、2500年後の今日もう一度話したからだ。『汝』は特定の対象でなく、一切の有情衆生は必ず聞こえることだ。いつ聞こえるかは重要でない。何故なら、仏にとって時間の分別がないからだ。『無寿者相』という言葉があるが、寿者相が寿命のことだと思う人が多いが、本当は時間のことだ。2500年があると思われても、仏にとって一瞬に起きたことだ。因縁の生滅法なので、仏が『汝』のためにと言ったら、一定の対象ではなく、六道にいる全ての有情衆生の意味だ。

金剛乗において、話す時は必ず六道にいる全部の有情衆生のことを含む。金剛乗を学びたいなら、心は広大でなければならない。広大とは、為すことがたくさん、多い意味ではない。どんなものでも受け入れられる意味だ。受け入れることは区別、分別があることではない。衆生が苦しんでいなかったら、私たちは必要とされないだろう。衆生が私たちを成就してくれる。私たちが衆生を成就するのではない。『分別解説』は、菩薩が先ほど聞いたことについて、仏はそれぞれに解説する意味だ。『解』の意味は疑、惑を解明するのではなく、菩薩が尋ねた内容に対し、どうやるべきかを開示することだ。

経典に次に出るのは『時浄無垢宝月王光菩薩摩訶薩、聞仏聴許即白仏言、唯然世尊、頂受聖教。』これらの言葉は微妙だ。諸仏菩薩が書いた仏経は本当に簡単で重要だ。菩薩は仏が仏法の開示を応じてくれると聞いた後、まずはお礼を言った。リンチェンドルジェ・リンポチェが2回目と3回目の閉関をした時、尊勝なる直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに大印契を伝授すると言ってくれた。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に『法王に感謝するが、まずは閉関室に入って百字明を10万回念誦してから、仏法を聴聞する。』と報告したようなことだ。これが礼儀だ。

あなたたちだったら、リンチェンドルジェ・リンポチェが伝法すると言ったら、すぐ喜んでハイと言うだろう。自分の立場も分からない。聞けば分かるとでも思っているのか。あなたたちは百字明を唱えるのに1年をかけても終わらない。リンチェンドルジェ・リンポチェは10日間で10万回終えた。どうしてできたのか。命を捨てるほど唱えるしかない。尊勝なる直貢チェツァン法王が伝法してくれると言ったから、待っているうちに伝授してくれなくなったらどうしよう。だから、機会を把握しなければならなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分に深い業障があることを知ったから、懺悔しなければならない。菩薩でさえ開示してくれるという仏の許可を聞いたら、頂礼して聖教をいただくと話した。『聖』の意味は至高ではなく、この方法が衆生の離苦得楽を助けられる意味だ。しかも、頂礼した。

あなたたちの場合、伝法だと聞いたら、大げさに下のほうに座る。伝授が終わったら、覚えているかを聞かれたら、覚えていないが、そうみたいだと返事する。周りの人に先リンチェンドルジェ・リンポチェは何を話したかを聞いたりする。何故忘れるだろうか。福報がなく、懺悔心もないうえで、清浄な心で法を聞かないから、ただ聞き流す。大菩薩でさえ衆生を代表して法を尋ねる時、仏が応じたら、菩薩は『頂受』を話す。古代のインドでは、長者の足を頭頂に置き、頂戴する。そのため、この習俗も仏法にある。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏像を頭頂に置くことを時々見るだろう。頭頂で仏菩薩に触れることだ。

『頂受聖教』は大変尊重、盛大、全身全霊で仏の教導を聴聞し、それから仏は話し続ける意味だ。大菩薩でもこのように法を尋ねる必要があった。しかし、あなたたちは軽率に跪いたら、すぐでたらめを言い、これもあれも欲しい。できれば、全部のメニューをリンチェンドルジェ・リンポチェの前に開いて前菜から最後の紅茶やコーヒーまで見せたい。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏教の開示を始めた後、皆は聞けば聞くほど怖くなる。何故なら、リンチェンドルジェ・リンポチェのように開示する人は稀だ。多くの人は一回だけ読めば、文字の通りに解釈するからだ。皆は聞いて嬉しくなり、仏法を聴聞して法喜に満ちたと自認し、弘通者は慈悲で仏法を開示したと言ったりする。

実際に、仏経内の話は全部責める言葉だ。いい言葉は一つもない。あなたたちは聞けば聞くほど怖く感じる。怖い気持を抱えながらも自分を見直す必要がある。皈依、学仏したいと言った以上、仏の言葉に従って行動し始めたのか。決意してやっているのか。めちゃくちゃで人に見せられない考えを捨てたか。決意したら、何時かきっと成仏できる。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはその時間を言ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏ではないので、授記できない。仏と法王だけが授記する資格がある。授記とは、行者はいつ、何をするかを予言することだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を恐れるから、敢えて授記しない。今日は少しの段落しか開示できなかったが、これらの内容はあなたたちにとって十分だ。本当は2年をかけても終わらないはずだ。

今開示した『宝積経』の内容について、リンチェンドルジェ・リンポチェは長い時間をかけて準備しなかった。今日経典を持ち帰った時、まだ何を話すかを決めていなかった。拝読した時、ちょうどこの段落を読んだ。あなたたちなら、理解できると思った。『宝積経』には中観と空性に関する内容が多い。たくさん話しても、あなたたちは理解できない。説法者は確かに事前にたくさんの用意をする必要があり、長年の修行が必要だ。しかし、説経前は用意が必要なのか。リンチェンドルジェ・リンポチェは経師ではないので、用意しなかった。ただ、経文内容と自分の修行経験、上師の指導に基づいて仏経を皆に解釈するだけだ。

仏経を聞くのは皆の見聞を増やすためではない。顕教に『聴経不如念経、念経不如行経。』という言葉がある。聞いた後、家に帰っても思惟しないなら、無駄だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは『聞思修』を開示したことがある。あなたたちは聞いた後、家に帰って聴聞した仏法と自分の思想、行為は一致したかどうかを考えるべきだ。一致しなければ、修正するのだ。ゆっくりとしよう、今は無理だ、或はリンチェンドルジェ・リンポチェは改めなさいと言ったことがなく、ただ六字大明咒を唱えなさいと言っただけだなどを思ってはならない。聴聞した後、家で思惟せず、ただ福報と常識を増やすためだと思うなら、来なくてよい。来ても意味がない。家で思惟する時、心を静め、覚えられるだけのことを覚える。例え一言でもいいから、自分の全ての身口意は一致しているかを見直す。一致しなければ、相応しない。

相応の定義は、仏の言った方法に従う決意をしたかどうかのことで、決意したからこそ、相応だと言える。真言を唱え、昼間に光を見て夜に夢の中で光を見たことは相応ではない。そうではないのだ。あなたの行為と思想は経典に基づいているかどうか。そうだったら、相応できる。そうでなかったら、相応しない。例え外見は本当にそうなんだと見えても、内面でやっていなかったら、相応はあり得ない。リンチェンドルジェ・リンポチェは随意にめくったら、あなたたちに役立つ内容が見えた。簡単に言えば、リンチェンドルジェ・リンポチェの発した願は諸仏菩薩の願力と相応していることだ。

誰もが大乗仏法を修めていると自称する。一体大乗仏法についてどれほど理解しているか。どう住むか。どう行うか。話した人がいない。」現場の出家弟子も確かに聞いたことがないと表した。「何故話した人がいないのか。このような修行経験がなければ、本当に言えない。一回読み上げて皆に聞かせるだけだ。修行経験はリンチェンドルジェ・リンポチェが決めることではない。必ず尊勝なる直貢チェツァン法王の確認が必要だ。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの側にいないと、あなたたちは思うだろう。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの毎回の法会開示を読む。偶にリンチェンドルジェ・リンポチェに『悪くないね。』という評価をくれる。逆に言うと、もしもリンチェンドルジェ・リンポチェの開示した仏法に誤りがあったら、直貢チェツァン法王は決して黙らない。

もし、リンチェンドルジェ・リンポチェの皈依上師は中国語が分からないチベット人だとしたら、話は別だが、尊勝なる直貢チェツァン法王は中国語が分かる。例え読めない文字があっても辞書を調べられる。タブレットの使い方について、リンチェンドルジェ・リンポチェよりも直貢チェツァン法王のほうが詳しい。だから、仏法を聞いたら、必ず『聞思修』をしなければならない。聞き終えて家に帰った後、疲れたからまず寝ようと思わないでほしい。寝ても構わないが、目覚めたら考えなさい。福報の累積、講演や集まりへの参加、或は無駄な遊びのお金の節約だと思ってはいけない。聴聞した後、家で思惟することだ。自分にできるかどうかを思惟するのでなく、聴聞した仏法を行動に移ったかどうかを思惟することだ。そうしなかったら、やり始め、しかも決意してやるのだ。問題が起きると、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔したいと言いに来るのをよしなさい。

仏菩薩は方法を教えるだけだ。決意するかどうかはあなたたち次第だ。尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェのために縁を作って閉関させてくれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは拒否したり、後伸ばしたり、行かなかったりすることもできたが、全部自分で決められた。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを脅かして無理やりに行かせようとしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが行かなかったらどうなるかようなことを決して言わなかった。あなたたちに対してリンチェンドルジェ・リンポチェも同じ態度だ。念誦、礼拝をしなかったらどうなるかを決して言わない。あなたたちは教えを聞きたいなら、拝めばよい。聞かないなら、勝手にしなさい。本業に従い、本来の業力に戻ればよい。

仏法において上師と占い師とは違う。仏経にも、本当の修行者は吉凶で信衆を引き付けないことが言及された。修行者は、あなたたちの背後にたくさんのものがついていると言ったりしない。今時こんな者がありふれている。何かを考えながらあなたを見て『最近よく寝られないだろう。』を言ったりする。今時よく寝られる人はいないだろう。」リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアを帯びた口調で話した。「こんな人はまず、後ろに二人がついていると話す。そして、頭を振ってあなたを驚かす。あなたは怯えてリンチェンドルジェ・リンポチェに尋ねに来る。リンチェンドルジェ・リンポチェに『言った人が責任を取るのだ』という名言がある。今度、あなたたちがこんな発言を聞いたら、一体二人なのか、四人なのかを聞けばよい。四人だと答えられたら、処理を頼めばいい。

こんな方法を使ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは見えても、何も言わない。何故言わないか。縁がなければ、言ってあげても仕方がないからだ。他人を驚かしたり、嚇したりしてはいけない。『無畏施』とは、怖がらないように他人を勧めることではなく、名聞利養のせいで他人に恐懼心を起こさせ、私たちのことを怖がらせてはいけない意味だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェがまだ信衆だった頃、一人の女性が不倫して妊娠したことが有る。彼女は知り合いのいわゆる仏弟子の全員に電話した。彼女は菜食、拝仏をしていたが、それらの仏弟子にどうしようと聞いた。そして、邪淫戒を破ったと全部の人に言われた。10人、20人にも聞いた後、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに尋ねた。何故なら、リンチェンドルジェ・リンポチェは全然修行者の様子がなく、数珠を付けず、一生懸命に法会参加もしなかったからだ。彼女の話し方はとても率直だった。リンチェンドルジェ・リンポチェにたくさんのことを話した。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう教えてあげた。『簡単だ。まずは中絶してはならない。子供を産むべきだ。そして、他人の家庭を破壊してはならない。』話を聞いた後、彼女は『師兄、あなたの話したことが彼らの同じだとしたら、私はすぐ飛び降りるだろう。』彼らは全員、彼女のことを邪淫だとか、破戒したとか、一体どんな学仏をしたのかとか、非難した。

仏法で人に恐懼心を生じさせてはならない。目前のことに責任を取るように助けてあげてから、ゆっくりと話してあげるべきだ。当時リンチェンドルジェ・リンポチェはその女性を助けた。子供が生まれるまでにいろいろと助けたが、その後は連絡を取らなくなった。このことから少なくとも一つのことが証明できた。無畏施とは、人に怖い気持をさせないことではなく、自分の過ちに対して如何に責任を取ることを確実に理解させる意味だ。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェはその日ほかの人と同じく、話を聞くと、すぐ邪淫、破戒などのことを言って彼女を責めたとしたら、結果はどうなるだろうか。仏経には、こんなことが邪淫だという言い方がないのだが、よりによって邪淫だと言われた。君子だと自認する人が多いから、そうなったのだ。

その女性は今元気にしている。子供を大きく育てた。彼女自身の縁だから、結果に責任を取らなければならない。女性一人で子供を育てるのは結構大変だが、少なくともそれ以上苦しみは増えない。だから、お人よしになってはいけない。修行している、或は仏法が分かると自認してはいけない。仏法の概念において過ちは必ず間違いとは限らない。正しいことは必ず正確だとは限らない。大変複雑だ。知恵がなければ、上師に助けを求めたほうがいい。

リンチェンドルジェ・リンポチェの見たことだが、ある公衆人物はレストランで人に菜食を勧めた。結局喧嘩になった。こんなことは仏法に対して大変深くてよくない誤解を招いてしまう。修行は個人行為だ。仏法で自分を変えることができたら、周りの人は自然に受け止めて一緒に変えたいと思うようになる。無理やりに来させてはいけない。来ないなら、自分のことを愛していないを言ったりするのもよくない。愛してくれない。だからどうした。最初から相手を愛さなくてもよかったのではないか。学仏したからと言って自分はいい人だとでも思っているのか。正しくないことだ。釈迦牟尼仏の種族でさえ滅ぼされた。変えられない事実だ。例え家族であっても、それぞれに修行しなければならない。妻は旦那の代わりに修行できない。旦那も妻の代わりに修行できない。

あなたたちは常に旦那や妻は同修だと言っている。でたらめだ。代わりに修行できるのか。同修は仏法の名詞だ。同じ道場で、同じ上師の下で同じ法門を修める弟子のことだ。夫婦のことではない。台湾にこの名詞が現れたのはいつかのことかが分からない。リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学んでいた時、聞くこともなかった。俗世間に旦那、女房という名詞があるのに、使わない。学仏者のふりをする。仏経に、旦那と女房のことを同修だと呼ぶことがない。誰が発明したのか。仏経内の名詞は何れも修行のためだ。理解のない人は間違って使ったり、話したりする。また、皆もよく仏を誹謗する。仏を罵ることだけが仏を誹謗することだというわけではない。仏法の名詞、仏法を間違えて使うのも同じだ。何故なら、仏の意図はそうではなかったからだ。

学仏したいなら、仏が教えたいことを理解するのがもちろんだ。仏が教えてくれるのは世間のこれらの面倒なことではない。一部の仏経では、妻への対処方法、旦那への対処方法、姑への対処方法が教えられ、俗世間のことが言及されるが、本当の教導は聖教のことで、生死の解脱を助けてくれる。生死解脱への助けだから、私たちは自分が抱える多くの思想を見直す必要がある。正しいか間違いか、或はよいか悪いかの問題ではない。生死解脱ができるかどうかの問題だ。自分を見直さなければならない。聞いた後、家に帰って寝込んだり、福報を得たと思ったり、リンチェンドルジェ・リンポチェは守ってくれると思ったりしてはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは生生世世あなたたちを守っていられない。あなたたちは本当の学仏者だったら、話は別だ。」

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尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは日本寶吉祥仏法センターで殊勝な法会を執り行い、自ら『地蔵王菩薩本願経』を開示した。

午前9時30分、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がり、参加者たちを率いて地蔵菩薩の心咒を長らく念誦し、並びに参加者たちに貴重な仏法を開示した。

「今日は『地蔵菩薩本願経』第四品の開示を続ける。昨日、因果を開示すると話したが、今日来なくなった日本の信衆がいる。彼らの理由は恐らく、忙しいとか、家に用事があるとかだといったことだろう。しかし、いくら忙しくてもリンチェンドルジェ・リンポチェほどのものではないはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェには百数人の従業員、千数人の弟子がいて面倒を見なければならない。日本人は常に忙しいと言っている。一体何のために忙しいのか。日本は明治維新の後、西洋思想を完全に受け入れたので、唯物論の概念が強い。聖徳太子の時代、つまり中国の隋の時代だが、その時、仏法は中国から日本に伝わり、唐代までは仏法が日本に伝わった以来、最も盛んな段階だ。しかし、仏法は日本に伝わった後、現地文化の影響を受け、多くの変化が起きた。仏法の内容に日本の風習民情が加えられ、仏法は神格化された。だんだん仏法を本気で習う人がなくなった。日本には多くのお寺がある。数年前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王を日本に招き、たくさんのお寺見物に同行した。しかし、直貢チェツァン法王はそのうちのただ一尊の仏像に頂礼した。直貢チェツァン法王はそこに修行者がいたと話した。だから、日本で正法を弘通するのが困難で、少しずつやって行かなければならない。

『その時世尊、定自在王菩薩に告く。諦らかに聴き、諦らかに聴て、善くこれを思念せよ。吾まさに汝がために分別し解説すべし。』ここで世尊が言った『分別し解説すべし』とは、分別心で解説するのでなく、詳しく説明する意味だ。

『むかし過去無量阿僧祇、那由他、不可説劫に、その時仏あり。一切智成就如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏世尊と号す。其の仏の寿命、六万劫なり。』仏経の中で、一尊の仏が紹介される時、必ずその名号と寿命が説明される。ここの寿命は法運のことであり、生きられる時間ではない。『むかし過去無量阿僧祇、那由他、不可説劫に、』は、大変長くて人類も計算できない時間の意味だ。当時、『一切智成就如来』という名号の仏がいた。『仏(佛)』という文字を見てみなさい。人(にんべん)に非で、仏は『人間ではない』と言ってもいいだろう。人間の範囲を超えている。『一切智』は、仏の智慧は利益衆生の一切の方法と思想を含み、大変円満な智慧だと表している。『成就』は、その智慧で衆生の学仏を助け、成就させられる意味だ。そしては『如来』だが、『如来』は仏の呼称として使われ、『如』は如如不動なもの(起心動念がないこと)だ。仏の心は菩薩の心と違う。仏の心は如如不動で、世間のことで変わることがない。『金剛経』にある『無所住而生其心』のようなものだ。衆生が求めない限り、仏の心は動かない。衆生の因縁、因果に応じて動く。『応供』とは、あらゆる供養を受ける意味だ。仏の福と慧が円満になったので、あらゆる供養を受けても構わない。一切の衆生から真心の供養を受け、衆生が学仏する福報を累積する。仏と上師は衆生に借りを作ったりしない。仏を供養したことがあったら、仏はきっと百倍、千倍、万倍も仏法で衆生に返す。しかし、何故リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆の供養を受けない時があるのか。誠意を込めた供養ではなかったからだ。彼らが跪いて頂礼するだけで供養になる。弟子なら、これだけで済まない。頂礼だけでは済まない。」リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアたっぷりで話した。

リンチェンドルジェ・リンポチェのもう一人の根本上師は直貢梯寺の大成就者であるテンジンニンマ・リンポチェだが、数年前リンチェンドルジェ・リンポチェが上師を訪れた時、テンジンニンマ・リンポチェは一生懸命にポケットを探して500人民元を取り出してリンチェンドルジェ・リンポチェにくれた。これは供養だと、リンチェンドルジェ・リンポチェは敢えて言わないが、上師の富がリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えられた意味がある。リンチェンドルジェ・リンポチェが人天の供養を受けられたのは、教派起こしの重い責任がリンチェンドルジェ・リンポチェにあるということになる。供養をもらうのがいいことだと思わないでほしい。供養をもらったら、返さなければ、輪廻してしまう。来世、リンチェンドルジェ・リンポチェは来たくないから、衆生に借りを作りたくない。リンチェンドルジェ・リンポチェは正しく仏法を弘通し、神通を操らない。少しずつやっている。衆生に借りを作りたくないからだ。寶吉祥仏法センターは大功徳主を設けたことがない。法会を開催する時も値段を付けない。供養は信衆、弟子の決定に任せる。お互いに借りを作らない。

供養は大事なことだ。衆生のために福報を累積できる。ある家族は全員でリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。しかし、処罰されて全員は供養できず、6年にもなった。この間、その家族の奥さんは癌に罹った父親を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは加持してあげた後、その父親のせいで死んだ人がいると教えてあげた。その冤親債主は40年前にその父親の鉱業を手伝っていた労働者で、採掘事故で死亡したが、救恤のことがうまく処理されなかったので、その父親にずっとついていた。その日も怖い目つきでその父親を睨んでいた。リンチェンドルジェ・リンポチェは苦海にいる衆生のことを憐れみに思うので、その弟子を処罰して供養を受け取らないが、慈悲で彼女の父親とついていた鬼を済度してあげた。

『正遍知』は仏の智慧で、六道の一切の衆生を利益して仏法によって生死と輪廻を解脱するために成就する方法を指している。目犍連尊者は餓鬼道の衆生を助ける方法が分からなかったが、仏は分かっていたということだ。『明行足』は、仏のあらゆる行為は明らかに自分のためでなく、衆生が生死解脱をしたい願いを満たすためだという意味だ。そして、『神足通』があるが、素早く他所に行って事の処理ができる意味だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは少しの神足通がある。2000キロを離れた所にいても、ポワ法を修めて梵穴を開けることができる。これが神足通だ。『善逝』の『逝』は死亡のことではない。人間は往生の時、誰もが地、風、水、火の四大分解の苦を受ける意味だ。死亡の5年前、今生の業報は次から次へと現れ、あなたを苦しませる。何故死者の遺体は固くなり、目と口が大きく開くだろうか。怖くてどこに行くかも分からないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は往生後、全身が柔らかく、洗浄する時首は回った。何故だろうか。『善逝』だ。釈迦牟尼仏は王子だった。結婚もした。それなのに、何故何もかもを捨てて修行に行ったのか。四つの城門から生老病死の苦を見かけ、自分と衆生を助ける方法を見つけたくて生老病死の苦を離れたかったからだ。『善逝』とは、仏は一切の衆生を助け、往生の時に善の因果で事故死にならない方法がある意味だ。世尊は往生したが、往生前はこの四つの苦を経験しなかった。

『世間解』は、世間のいろんな問題を仏は全部回答できる意味だ。リンチェンドルジェ・リンポチェが信衆を助けていろんな問題を回答するのも同じことだ。問題の因が分からなかったら、衆生を助けられないだけでなく、衆生も仏法に対して信念が生じない。リンチェンドルジェ・リンポチェは転生したリンポチェではない。前世の信衆がいない。このように少しずつ頑張って信衆を助けてきたので、今の弟子たちがいるわけだ。」

参加者たちは一斉に、衆生を見捨てないことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェは、お礼はいらないと言った後、直ちに開示を続けた。「前、台湾に国家の博物館が建てられた時、館長はリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘉義行きの汽車に乗った時、彼女にメインゲートも正面の芝生もまだできていないと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれまでに嘉義に行ったことがなく、台北は嘉義から離れているが、リンチェンドルジェ・リンポチェはその状況を見えていた。現場に行ったら、本当にリンチェンドルジェ・リンポチェの言った通り、全然整頓されていなかった。その時、ニュースリリースを公表した後、工事が完成されないことを館長は心配していた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは、心配はいらず、ニュースリリースを公表していいと言ってあげた。しかも、『メインゲートが一番大事なので、その部分を先に完成させるべきだ。建築士に質問されたら、リンチェンドルジェ・リンポチェの指示だと言っていい。ニュースリリースを発表して構わない。きっと間に合う。』と言ってあげた。最後は本当にリンチェンドルジェ・リンポチェの言った通りだった。

ここに『丈夫』が出てきた。日本語の『大丈夫』は平気、無事の意味だが、この言葉の出所は仏経だ。仏経の中で使われた『丈夫』は、勇気があって恐れない修行者、衆生を助けて全然疲れない修行者のことで、大丈夫だと呼ばれていた。『丈夫』は、責任を負う勇気があり、前向きでためらわない人のことだ。つまり、ほかのことではなく、仏法を修行する時は勇気を持っていることだ。あなたたちの場合、小人の行為をとり、どんなことにも責任を負わず、学仏する時は家族に怒られるのを恐れ、学仏でお金を稼げないのを心配する。学仏したら、未来はますますよくなるはずだ。例え悪くなっても、生生世世の借りをすぐ返すためだけだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの場合、直貢チェツァン法王に皈依した後、すぐ破産、離婚、子供と離れ離れになり、食事するや部屋を借りるためのお金でさえなくなった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは喜んだ。何故なら、諸仏菩薩はリンチェンドルジェ・リンポチェに、生生世世でできた借りを素早く返させたからだ。その間、リンチェンドルジェ・リンポチェは9ヶ月で『不共四加行』を修め終えた。台湾のある有名人は罪を犯した後、仏菩薩の加護を求めに来た。しかし、判決が出された後、変わってカトリックを信仰した。仏菩薩に対して信念を持たず、因果を信じない。『調御丈夫』とは、仏はこれらの修行者を調整、制御できる意味だ。修行者は八地菩薩の証得ができるまでに、その菩提心はまだ退転することがあるので、仏に、続けて調整、制御してもらう必要がある。『天人師』は、天道の衆生を含む皆の先生になれる人のことだ。そのため、世尊は忉利天に行って母親のために説法した。つまり、仏は天人の先生になれる意味だ。

仏は人間の身で悟ったので、人間の生活は苦が多くて楽が少ないことを知っていたので、人間になりたくなかった。人間は若い頃、結婚できないのを心配する。結婚後、子供ができないのを心配する。子供ができたら、子供が勉強嫌いのを悩む。子供が卒業したら、子供が結婚できないのを悩む。苦は一刻も止まることがなかった。仏は覚悟したからこそ、一切の苦を離れることができた。

『無上士』とは、仏法修行の三つの次第、上士、中士、下士のことだ。衆生の根器に応じて異なる方法で教える。仏の修行方法は上士以上で、生老病死の苦を見ると、すぐ覚悟して修行を始めたので、『無上士』と呼ばれる。あなたたちの場合、息が切れるまでに、どうしても修行をしたくないので、下士、下下士だ。リンチェンドルジェ・リンポチェのある弟子は死にたくなかったので、ポワ法も求めなかった。その弟子は台湾で往生した。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの日本の道場内の法座に座っていたが、直ちに彼の神識を守りに行ってあげた。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェを見つけようとしなくても、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の所に行ってあげた。彼の子供は彼のためにポワ法を求めたことがあるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは同意しなかった。理由は、その弟子はポワ法を求めるのを拒んでいたからだ。自分が死ぬと彼は思わなかった。それで、施身法法会の時に済度してあげるしかできなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は91才までに生きられたが、あなたたちはどうだろう。リンポチェをしている息子でもいるのか。修行せずにはいられいだろう。

『未だ出家せざる時、小国の王たり。一の隣国の王と友となり、おなじく十善を行じて衆生を饒益す。その隣国の内、所有の人民、おおく衆悪をつくる。二の王、議計して、広く方便を設く。一王、発願す。早く仏道を成じて、まさに是の輩を度して、余ながらしむべしと。一王発願す。若しまず罪苦を度して、是をして安楽に菩提に至る事を得しめずんば、われ終に成仏を願わずと。』出家の前は小国の国王、ここの国王は恐らく県知事や市長のことだろう。この国王と隣国の国王は友達だった。二人は一緒に十善法を行って衆生を利益していた。ここの十善法は一番根本的なものだ。今世人間になれたのは、きっと過去の某世において十善法を行ったからだ。十善法に最初に出るのは不殺生だ。菜食をする必要がある理由は何か。菜食しなければ、悪行を続けることになる。『阿弥陀仏経』に、十善法の修行をしない人は、密法上師の助けがなければ、阿弥陀仏の浄土に往生できないという話がある。リンチェンドルジェ・リンポチェが母親を助けるようなことだ。十善法を修める人は死ぬ前、きっと苦しいことがない。もし弟子は死ぬ前、苦しみがあるとしたら、この弟子は今生において徹底的に十善法を修習しなかった。たくさんの人が道場で往生したのを見ただろう。彼らが往生した時、周りの人は全然気付かなかった。真っ直ぐに座っていた往生者までいた。即座に十善法を修め、懺悔し、上師に信念が生じたので、『善逝』ができた。この二つの国家以外の近隣国の人民は殆ど悪行をしていた。二人の国王は話し合い、方便を広く設けた。『方便』はいい加減なことではなく、衆生を助けるためのあらゆる方便の法門を運用する意味だ。一人の国王は、早く仏道を成就し、悪を行った全ての衆生を全部済度することを発願した。もう一人の国王は、罪苦の衆生を先に済度して安楽にさせ、輪廻や三悪道に堕ちさせないようにし、しかも、それらの衆生が菩提心を発心、修行して成仏できない限り、成仏したくないと発願した。リンチェンドルジェ・リンポチェの発した願力はこれと同じなので、大変だ。

『仏、定自在王菩薩に告く。一王発願して、はやく成仏せんものは、即ち一切智成就如来これなり。一王発願して、長く罪苦の衆生を度して、未だ成仏をねがわざる者は、即ち地藏菩薩これなり。』世尊は、定自在王菩薩に、そのうちの一人、早く成仏することを発願した国王は一切智成就如来のことで、もう一人、永遠に罪苦の衆生を済度し、衆生が成仏しない限り、自分は成仏したくないと発願した国王は地蔵王菩薩のことだと教えた。何れの願も私たちの未来を影響する。発願を自分で創造しない。仏菩薩本尊の願を習うべきだ。

『まだ過去無量阿僧祇劫において、仏ありて出世す。清浄蓮華目如来と名く。その仏の寿命四十劫なり。像法の中に、一人の羅漢あり。福を以て、衆生を度し、次に教化す。』過去の無量阿僧祇劫において、一尊の仏が出世した。その名は清浄蓮華目如来だ。この仏の寿命は四十劫だった。見て分かるだろう。仏の寿命を言ったら、どれくらいの劫があるという言い方がされる。大変長い時間の意味だ。自分はなんとか仏だと言い出す人がいたら、どれくらいの寿命があるかを聞いてみればいい。100才の答えが出たら、その人は仏でないことが分かる。何故なら、仏の寿命は少なくとも劫で起算するからだ。仏の寿命はこんなに長いものであっても、数劫の後死ぬというわけではない。仏の寿命は、仏が涅槃の後、生生世世衆生との縁がまだ終わらないので、現れたのだ。仏の発した願力と関係がある。仏と縁のある衆生を全部済度した後、仏は無余涅槃に入り、六道衆生のことについて二度と手を付けない。仏の場合、殆どどれくらいの寿命があるかを触れられる。阿弥陀仏だけが無量寿仏と呼ばれる。仏経内の話のように、将来、阿弥陀仏が涅槃に入った後、観世音菩薩が西方極楽世界を引き継ぎ、浄土の諸衆善人が成仏するように教化する。菩薩の場合、涅槃を目標としない。繰り返して世間に戻り、輪廻六道の衆生を済度する。中国の清朝時代、西太后は在世の時、活仏と呼ばれていた。今の中国でリンポチェも活仏と呼ばれている。中国にリンチェンドルジェ・リンポチェのことを活仏だと呼んだ人がいたが、止めてもらった。『活』の対義語は『死』なので、死仏がいるはずがないだろう。

『像法』の言葉だが、釈迦牟尼仏の法運は仏が在世の時から、涅槃後500年までのこの期間は正法時代と呼ばれる。当時の人は福も慧も具足したので、仏の開示した仏法に従って確実に修行した。その後の500年は『像法時代』と呼ばれる。人々は仏の開示した内容に自分の考えを加えた。今の私たちは『末法時代』にいる。つまり、私たちのいる五濁悪世のことだ。女性が出家する場合、更に500年も修行しなければならないというわけではない。釈迦牟尼仏はおばさんに出家させたので、法運は500年減ったという意味だ。女性がよくないということではない。今日の地蔵菩薩の密法は金剛亥母が伝授したものだ。金剛亥母は大変重要な本尊だ。地蔵菩薩は某世において婆羅門女として生まれた。私たちのアキ護法も女性だ。また、施身法を伝授したマジラ尊者も女性だ。釈迦牟尼仏の法運は12000年あるが、その後、世間に仏はいなくなり、仏法もなくなる。弥勒菩薩が現れるまでに待たなければならない。仏経の記載によると、この地球には7尊の仏が住世するそうだ。釈迦牟尼仏は5尊目で、今まで4尊の仏がいた。そのため、地球の歴史は私たちが知っている3千年だけではない。何人かの探検家は、地球は1万数年まえに発展した文化があることを発見し、とても人類の文化だとは思えないので、宇宙人がもたらしたかと推測した。次に現れる仏は56億万年後の弥勒仏だ。弥勒菩薩の後はどの仏だろう。釈迦牟尼仏は言わなかった。釈迦牟尼仏の責任は、弥勒菩薩を紹介することだったので、その後は弥勒菩薩の仕事だ。

像法時代に、衆生を済度する一人の阿羅漢がいた。『次に教化す』だが、仏の言葉は興味深いものだ。文字の使い方はどれも精確だった。ここで『教化』が使われたが、心にある苦と悪の思想を転化するように衆生を教える。前に触れた仏菩薩の『救抜(救出)』とは違う。阿羅漢は方法しか教えてあげられない。助けてあげる能力がない。目犍連尊者は阿羅漢で、餓鬼道にいた母親を助けるため、釈迦牟尼仏の助けを求めるしかなかったのと同じだ。釈迦牟尼仏は目犍連尊者に、結夏以後、出家衆に菜食で僧侶に供養し、功徳を回向して母親を助けることを教えてあげた。阿羅漢と菩薩の修行方法と果位はそれぞれに違うのだ。

『一の女人に遇う。字を光目と曰う。食を設けて、供養す。羅漢これに問う。何らを願わんと欲する。光目答えて言く。我母の亡き日を以て、福を資けて救抜すれども、未だ我が母の生処、何れの趣ということを知らず。羅漢これを愍みて、ために定に入りて観見するに、光目女の母、悪趣に堕在して、極大を苦をうく。羅漢、光目に問うて言く。汝が母、在生に、何の行業をなして、今悪趣にありて、極大苦をうくるや。』光目という名の女性に出会い、光目女はたくさんの食べ物を用意して阿羅漢に供養した。『設食』は自ら料理する意味だ。供養のための食べ物を用意する時、大事なことがある。供養用の食べ物を供仏用のものと家族に先に食べさせるものの二つに分けてはならない。供養を終えてからでないと、食べてはいけないのだ。また、供仏用の食べ物は必ず最高のものを用意し、地面に置いてはならない。羅漢は光目に、何を求めるのかを聞いた。光目は、母が往生した後、母のために福報を累積して苦海を離れるように救出したいが、母は今どこの道にいるのだろうかと返事した。光目女は、母親が苦海を脱離した兆候が見られなかったので、心配した。これも、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めた後、死者の家族に特殊な兆候があるかどうかを見ることを聞く理由だ。家族に信念を生じさせるためにでもある。親はどこの道にいるかの問題が、リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆に聞かれたことがある。

光目女はたくさんの供養をしたので、やっと羅漢に助けてもらう機会が得られた。羅漢は彼女のことがかわいそうに思い、入定後、光目の母親が悪道に堕ちて極めて苦しんでいるのを見た。入定の時、心は動かず、清浄でなければ、見えないのだ。羅漢は光目に、『お母さんは生前どんな仕事をしていたのか。今は悪道にいて極めて苦しんでいる。』と話した。仏菩薩に求める時、自ら言わないと、縁がないのだ。あなたたちがリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来る時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは『何のために来たのか。』と聞くのも同じことだ。これは羅漢が『何らを願わんと欲する。』を話した道理と同じだ。聞かなければ、縁はないのだ。答えなければ、縁もないのだ。多くの人はリンチェンドルジェ・リンポチェに、何もないと答えたが、自分のことがリンチェンドルジェ・リンポチェに知られるのを心配するだろう。もう一つの理由は信じず、ただ好奇心でいい加減に聞いただけだろう。発願、即ち仏に聞かなければ、上師、阿羅漢、仏菩薩は自ら助けてあげない。仏経内の動作は何れも修行に関係している。もし、光目女は阿羅漢に供養しなかったら、阿羅漢は彼女に聞くこともなかった。信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに会う時、跪くことが仏菩薩に供養することになり、こうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは聞くのだ。仏法は因縁を重んじるので、例えリンチェンドルジェ・リンポチェはあなたの問題に気付いても、因縁がなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは教えてあげられない。信衆が大変敬った心のある人の場合、リンチェンドルジェ・リンポチェは少し教えてあげることがある。『羅漢、光目に問うて言く。汝が母、在生に、何の行業をなして』はリンチェンドルジェ・リンポチェがあなたに、親はどんな仕事をしているのかを聞くようなことだ。あなたたちに質問したことより、あなたたちは以前のしたことを思い出し、懺悔心が起きる。直接にあなたたちに言ってあげても、あなたたちはきっと親はいい人だと反論し、心に疑問が生じる。

羅漢にも慈悲心があるが、そのレベルは菩薩の慈悲心と違う。菩薩の慈悲力の助けをもらいたければ、衆生は誠意、福報と因縁がなければならない。苦しんでおり、菩薩の助けがもらえない衆生は何故大勢いるだろうか。縁がないからだ。阿弥陀仏は引接の手振り(掌が上向き)をするので、衆生が手を出さなければ、阿弥陀仏は引接できない。印契を結んだら、エネルギが増えると思う人が多いが、正しくないのだ。仏の印契の意味は、自分はどの仏だと衆生に教え、そして仏の願力を表すことだ。

『光目答えて言わく。我が母の習うところは、ただ好みて、魚鼈の属を食噉す。食うところの魚鼈多くはその子を食う。或は炒り。或は煮て、情をほしいままにして食噉す。その命数を計るに、千万も復倍す。尊者慈愍して、如何が哀救したまえる。』光目は、『母は生前魚やスッポンのような水生動物を食べるのが好きだった。しかも、それらの卵をよく食べ、炒めたり、煮たりするような調理法をしていた。食べた衆生の数量は千万ほどに達した。どのように母を済度するかを、慈悲の尊者に開示をお願いしたい。』と答えた。『尊者』と呼ばれたのは、意念はいつでも利益衆生のことばかり、福も慧も円満なので、尊いからだ。ここの『魚鼈』は単に代名詞で、蝦、蟹、海の水生動物を全部含んでいる。『情をほしいままにして食噉す』は欲望を放任して楽しんで食べる意味で、人類は味覚を満足するため、ほかの衆生を傷つけても間違いだと思わないことを説明している。たくさんの魚、蟹には竜、鬼が棲んでいるので、これらのものを食べたら、竜、鬼はあなたの体に入り込んでしまう。全く感じられない。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも魚介類を食べないように勧めている。理由は、大体の癌は魚介類が引き起こしたからだ。漢方医学の観点からだと、魚介類は寒の毒性がある。蝦も蟹も腐ったものを食べて育ったものだし、今時の海と川はひどく汚染されている。そのため、深海魚の体内に重金属が特に多い。チベット人は水生動物を食べない。殺生のほか、チベットに水葬の儀式があるからだ。本来、ラサには魚介類を販売する店がなかったが、漢人がラサに入ってから、現地で一部のチベット人は魚介類を食べ始めるようになった。リンチェンドルジェ・リンポチェに会いにくる人の手を、リンチェンドルジェ・リンポチェは手でスキャンする時がある。手が熱ければ、肉をたくさん食べた人だと分かる。冷たければ、たくさんの魚介類を食べた人だと分かる。光目の母親はただこれらのものを食べるのが好きだっただけで、死後は悪趣に堕ちて甚だしい苦しみを受けた。ここにいるあなたたちの中で、カラスミを食べたことのある人は手を挙げなさい。蟹味噌を食べたことのある人は手を挙げなさい。」現場で手を挙げた人は多かった。そしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは「食べた時の一口にどれくらいの命が含まれていたかが分かるのか。あなたたちは懺悔しなければならない。」と開示した。

『羅漢之を愍みて、ために方便をなして、光目を勤めて言わく。汝、志誠に清浄蓮華目如来を念じ、兼て形像を塑画すべし。存亡に報を得ん。光目を聞きおわりて、即ち所愛をすて、尋で仏像を画いて、而もこれを供養し。』羅漢は済度してあげられなかったが、光目女に方法を教えてあげた。羅漢は光目のことを憐れみに思い、『志誠』でやりなさいと言ってあげた。『志誠』は、誠意のある心で清浄蓮華目如来の聖号を唱え、何も求めず、きっと本尊の助けがもらえると信じる意味だ。『志誠』でやりたいなら、まず懺悔して福報を累積しなければならない。そして、仏像を作り、描く。そうしたら、生きる者と往生した者ともよい果報が得られる。『存亡に報を得ん』は、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆に教えたようなことで、死者のために済度法会に参加したら、あなたも死者も利益が得られるという意味だ。光目は話を聞いたら、好きなものを捨て、仏像の作りと絵画を人に頼んだ。これは、仏像を作ること、及び仏像を描いた後仏像に供養することの二つの動作だ。ここから分かるように、光目は自分の最も好きなもので供養した。あなたたちはどうだろう。細かく計算する。計算し終えたら、今月の残した3000元で上師に供養する。来月もし足りなかったら、残りの2000元で上師に供養する。光目に比べたら、あなたたちは何もやっていない。あなたたちに対してリンチェンドルジェ・リンポチェは菜食を要求しているだけだ。うますぎることではないか。殺生しないからこそ、福報が生じ、『存亡に報を得ん』ができる。供養せず、福報もなかったら、眷属はどこの道にいるかを知るのがほぼ不可能だ。また、この段落から分かるように、仏像を描くことには大きな功徳がある。以前のチベットで、タンカは決まった値段がなかった。タンカを描くことを修行としたラマ、ケンポス、或はリンポチェもいたので、値段は付けられなかった。今は違うが、前もって値段が決められる。

『また恭敬の心を以て、悲泣瞻礼す。』光目は恭敬心で悲しく泣きながら、仏像に仰ぎ見て礼拝した。『瞻礼』とは、敬った心で見る意味だ。日本人に一つの特質がある。例え仏法を受け入れなくても、日本人は仏像の前で恭しく仏像を見て礼拝する。批判したりしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本で多くのお寺を訪れた時、この現象をよく見た。台湾人は違う。台湾人は、この仏像は荘厳でないとか、この仏像は好きではないとかといったことを言う。こんな言い方はよくない。チベットで、普通の人はリンポチェに会う資格がないので、チベット人はお寺に行く度に、大変敬った気持で仏像を見ながら礼拝する。頭を一生懸命に上げて見る。仏法は台湾で大変盛んでいるとは言え、台湾人はこのことをきちんとしていない。しかし、日本人はできた。あなたたち毎日の朝晩も、仏菩薩の法照(写真)とリンチェンドルジェ・リンポチェの法照に向かって恭しく仰ぎ見て礼拝するが、理由は何だ。同じく恭敬心で礼拝することだ。敬った気持で上師に礼拝することは仏に恭しく礼拝するのと同じだ。私たちの福報を累積し、早く清浄な恭敬心を回復することに役立つ。上師の様子を覚えたら、境界が現れる時に助けてもらえる。ここの経文において、羅漢は光目にどう礼拝すればいいか、どう観想すればいいかを教えなかった。経文にないのは、密法だから、広めてはいけないという理由もある。しかし、きっと、光目に観想と念誦の仕方を教えてあげたはずだ。本当に仏菩薩を敬った人なら、悲しく泣くのだ。何故なら、仏菩薩の助けがもらえると分かるからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは初めての閉関の最中、閉関室から出るように直貢チェツァン法王から指示をもらった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に頂礼した時に、悲しく泣いた。リンチェンドルジェ・リンポチェの学仏を上師が助けてくれていると分かったからだ。

『忽ち夜後に於いて、夢に仏身の金色晃耀なること、須弥山の如く。大光明をはなつを見る。而も光目に告げたまう。汝が母、久からずして、まさに汝の家に生すべし、纔に飢寒を覚えば、即ち当に言説すべし。』光目は夜に夢の中で仏が現れたのを見た。ここの『忽』という字は、時間の長さを明らかにしなかった。しかし、きっと一日、二日、一や二カ月のことではない。顕教の方法だと、時間は大変長引く。密法の方法だと、上師の助けをお願いすることになる。光目は、仏の体から金色で大変輝いた光が放つのを見た。仏の身は須弥山のように大変大きかった。須弥山は極めて大きい山なので、仏が現れる時、姿はきっと大きい。決して小さいものではない。また、仏だったら、現れた光は必ず金色だ。菩薩も金色の光を放つが、やや弱い。祖師ジッテン・サムゴンが着た黄色いベストは仏の光を表した。ほかのカトリックや神明が現れる時の光はきっと金色ではない。仏の光は大変輝くもので、光の強度は太陽光以上だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教に皈依した当初、夜に夢を見た。自分はあるお寺の大殿のドアを押して開けた時、中に大変大きい仏像があった。とても強烈な金色の光を放った。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは一歩引いた。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェの顕教の師父は、怖がらずに前に進みなさいと言ってくれた。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは中に入った。人間は往生する時、強烈な光が見える。もし、普段は仏像と上師を仰ぎ見て礼拝する習慣をつけていなかったら、或は、上師と本尊に対して信念がなかったら、仏菩薩と文武百尊が引接に来てくれても、あなたは怖くて前に進まず、暗い所に行き、悪趣に堕ちてしまう。リンチェンドルジェ・リンポチェは常にあなたたちのことを叱っているが、往生の時にリンチェンドルジェ・リンポチェの様子を覚えてリンチェンドルジェ・リンポチェについて来てほしいからだ。ある弟子が交通事故に遭った後、冤親債主は親族と友達の様子に化けて彼女を連れて行こうとした。しかし、彼女は拒んで上師の到着を待った。リンチェンドルジェ・リンポチェには仏の光があるので、冤親債主はリンチェンドルジェ・リンポチェに化けられない。その弟子は上師に対して信念があったので、冤親債主は彼女を連れて行くことができなかった。これが肝心なことだし、チベット仏教が上師に対する弟子の信念を特に強調した理由でもある。上師が私たちに服従を要求するのは、往生のその瞬間のためだ。この仏像は光目に、『お母さんは間もなくあなたの家に生まれる。お母さんは飢えと寒さなどの知覚があったら、あなたに言うのだ。』と教えた。

『その後、家内の婢に一子を生ず、未だ三日を満たざるに、而も乃ち言説す、稽首悲泣して、光目に告ぐ。生死の業縁、果報みずから受く、吾はこれ汝が母なり、久く暗冥に処す。汝にわかれてよりこのかた、しきりに大地獄に堕す、汝が福力をこうむりて、方て受生することを得れども。下賎の人となりて、又復短命なり、寿年、十三にして、更に悪道に落ちん。汝何の計ありてか吾をして脱免せしめん。』その後、光目の家で下女が男の子を生んだ。見てみなさい。光目のお母さんは女性だったが、男性に転生した。この男の子は生まれて3日もないうちに、言葉を話せた。ただ3日で話せた。あなたたちが見たら、きっとびっくりして怖がるだろう。『稽首』は、頭を下げる意味だ。男の子は悲しく泣きながら、光目に『生死の業縁、果報みずから受く』を言った。この8つの文字は極めて重要だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親でも、同じく自分自身の果報を受けなければならなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは代わりに受けることができなかった。あなたたちの場合は言うまでもないのだ。子女は親の代わりに懺悔し、福報を累積することができるが、親の代わりに彼らの生死の業力と果報を受けられない。自分の寿命を減らして親の寿命を増やすのが不可能だ。親が今生で為したことを考え、早く福報を累積することを助け、彼らの因縁を変えるべきだ。最高な親孝行をする人は学仏をする人だ。光目のお母さんは光目に、『生死の業と縁、果報を自ら受ける。』と話した。お母さんは納得したということだ。この男の子は、『あなたのお母さんだ。長い間暗闇の中にいた。あなたと別れた後、繰り返して大地獄に堕ちた。あなたが福報を累積してくれたお蔭で、転生できた。しかし、下賤の家に生まれたうえで短命だ。13才の寿命しかない。死後はまた悪道に堕ちる。これらの苦しみから解脱できる方法がないか。』と話した。

あなたたちのような魚や海鮮を食べたことがある人は、懺悔しなければ、未来は地獄にいるかもしれない。地獄に堕ちる人は、死ぬ前は手術、挿管、交通事故など、必ずあらゆる苦しみを経験する。行為は善のものだったら、死ぬ前は決して手術を受けることがない。密法を修める人は手術を受けると、気脈が切れ、今生は結果のある修行ができない。リンチェンドルジェ・リンポチェの曾祖父はカイコ飼いの商売をして殺業が重かった。父は特殊勤務部隊の組長を務めていた。以前家の男子は皆60才になる前に死んでしまった。脳の手術を受けた家族は二人、脳の病気で損傷を受けた家族は一人いる。リンチェンドルジェ・リンポチェは今69才で、仏法の修行で仏菩薩の加護をもらい、手術したことがなく、密法の修行ができた。30才を超えると、密法の修行はもっと大変になる。直貢チェツァン法王は、年を取ると、密法の修行は大変だとリンチェンドルジェ・リンポチェに言ったことがある。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは大丈夫だと直貢チェツァン法王に返事した。

1997年以来、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けた人数は十万人を超えた。衆生が抱えている病と事故の苦しみの原因は何れも衆生の肉を食べて殺生したと体得した。親が修行しなかったら、例え子女が親のために福報を累積することにより、親は人道に生まれることができても、貧しくて苦しい下賤の家庭に生まれる。もし、子女は修行を続けなかったら、親は短い人生が終わった後、業力が完全に解決されていないから、また地獄に堕ちる。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会に参加する人に、一生菜食することを要求するが、理由は、彼らの累積した福報は、両親はどこの道や浄土に生まれることに関係なく、両親に影響を与え続けるからだ。

光目女のお母さんが『久く暗冥に処す』を話したのは、地獄は大変暗いからだ。あなたたちは誰でも地獄に行ったことがある。悪行をしていないから地獄に堕ちないと言ったら、勘違いだ。世尊でさえ地獄にいたことがあるから、あなたたちはきっと行ったはずだ。今、地獄の苦しみを知らないのは、何世も行っていないので、忘れたからだ。もし、あなたたちは過去世において十善法を修めず、リンチェンドルジェ・リンポチェに会うことがなかったら、今世はリンチェンドルジェ・リンポチェの法会に参加することもない。皆が体験したことだが、暗いのが苦手だろう。それは、地獄に堕ちてその真っ黒な怖さを体験したことがあるからだ。また、死んだ後、まずは暗いトンネルを通り抜け、それからやっと光が見えるのも理由だ。その光があなたの心から放った自性の光だ。光のある所に着くと、次の道に転生する。

『光目説を聞き、母なるを知りて疑ことなし。哽咽悲啼して婢子に白す。既にこれ我が母ならば、本罪を知るべし。何の行業をつくりて、悪道に堕せる。婢子答えて言わく。殺害と毀罵の二業を以て報をうく。若し福を以て。吾が難を救抜すること蒙るにあらずんば、是の業を以ての故に、未だ解脱すべからず。』光目は話を聞くと、この男の子が母親だと分かった。咽んで悲しく泣きながら、下女の子供に、『お母さんだったら、悪道に堕ちたのはどんな罪を犯したか、どんな業を為したかを知っているはずだ。』と話した。男の子は、『殺害と毀罵(毀損・非難)の二つの悪業でこの果報を受けることになった。あなたの福徳で苦難から救出してくれなかったら、私は地獄にいたまま、何時解脱できるかも分からない。』と話した。

『光目問うて言わく。地獄の罪報その事いかん。婢子答えて言わく。罪苦の事、あげて説くに忍びず。百千歳の中に、卒にもうすとも竟えがたからん。』光目は、地獄で受けた罪報はどんな状況なのかと聞いた。そして、男の子は、『言葉にできないほど苦しい。全く言葉で説明できるものではない。』と答えた。

『光目聞きおわりて、啼涙号泣して、空界にもうす、ねがわくは、我が母、ながく地獄を脱し、十三歳を畢るも、更に重罪、及び、悪道を歴ることなけん。十方の諸仏、慈哀、我をあわれみ、我が、母の為に発すところの、広大の誓願を、ききたまえ。若し我が、母永三塗及び、この下賤乃至女人の身を離れて、永劫に受けざることを得ば、願くは、我今日より後、清浄蓮華目如来の像前に対して、却後、百千万億劫の中、有ゆる世界の、所有地獄、及び三悪道の、諸の罪苦の衆生を、誓願して救抜し、地獄、悪趣、畜生、餓鬼等をはなれしむべし、かくの如き罪報の人、尽く成仏しおわりて、我然る後、方に正覚を成ぜん。この願を発しおわりて』光目は話を聞いた後、苦しく大泣きした。泣きながら大声で叫んだ。悲しみのあまりに天に呼び掛け地に頭をぶつけるような泣き方をした。空に向かい、母が永遠に地獄から離れることを発願した。13歳の後、更に重い罪を犯さず、悪道に堕ちないように祈った。よく見なさい。光目女は、お母さんが長寿になり、長生きができるように望まず、母親は来世になったら変わることを望んだ。光目女は因果を信じたからだ。光目女は、十方の諸仏の憐れみを要請し、母親のために発する広大な誓願を聞いてくれることを祈った。母が永遠に三悪道と下賤の身分から離脱でき、永劫女人の身にならないように願った。女人の身を言ったが、女性がよくない意味ではない。女性は気分変化がより激しいし、毎月に不便な数日があることが理由だ。更年期障害も男性より明らかだからだ。光目女はこう話した。『ただ今、清浄蓮華目如来仏像の前で発願する。今後の百千万億劫において、あらゆる世界における全部の地獄と三悪道にいて苦しんでいる衆生を救出し、地獄、悪趣、畜生、餓鬼などを離れるように助けることを誓う。これらの罪報を受けている皆が成仏できた後でないと、私は正覚を成就しない。』実際に、地球だけに地獄があるというわけではない。ほかの惑星にも地獄があるので、光目女の願力は大したものだ。地獄にいる全ての衆生が苦海から脱離できるように助けることを発願した。

『つぶさに、清浄蓮華目如来の、之に告げて、言うを聞くに、光目、汝大慈愍ありて、よく母のために、是のごとき大願を発す。われ、汝が母を観ずるに、十三歳畢り、此の報を捨ておわりて、生じて、梵志となり、寿年百歳ならん。この報を過ぎて後、まさに無憂国土に生じて、寿命不可計劫なるべし。後仏果を成じて、広く人天を度すること、数恒河沙の如し。』清浄蓮華目如来は光目にこう話した。『あなたは大いなる慈悲心を発し、お母さんのためこれほど大きな願力を発した。お母さんは十三歳で果報を受け終えた後、『梵志(外道として生まれる修行者のこと)』に生まれ、100才の寿命がある。この果報が終わったら、心配のない国土に生まれ、寿命は数えきれない。最後は仏果を成就し、人天の衆生を済度することができる。その数量は恒河沙ほどだ。』光目のお母さんはいいね。恒河沙のように多い衆生を済度できる。

羅漢は光目にたくさんのことを教えた。お母さんのため福報を累積しても、お母さんは地獄道に堕ちるはずだったことから下賤の人に転生するようになり、13年の寿命を持つことしかできなかった。あなたたちは何もしていない。リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来る時も、菜食して衆生を傷つける悪行を止めることだけをあなたたちに要求する。光目如のお母さんは生まれた後3日で話せた。何故3日で話せたのか。お母さんは自分は苦しんでいるのを知って焦ったからだ。光目女が生生世世において衆生を利益することを発願した後、やっとお母さんは解脱できた。だから、今の両親、過去世を含む生生世世の両親を助けたかったら、あなたたちは願、菩提心を発さなければならない。お父さんのほうの全部の両親、お母さんのほうの全部の両親、あなた自身の過去世の時の両親を含んで助けたかったら、全部そうだ。

『仏、定自在王菩薩に告く、その時羅漢、福をもて光目を度するもの者は、即ち無尽意菩薩これなり。光目の母とは、即ち解脱菩薩これなり。光目女とは、即ち地蔵菩薩是なり。過去久遠劫の中より、是の如きの慈愍ありて、恒河沙の願を発して、広く衆生を度す。』釈迦牟尼仏は定自在王菩薩にこう話した。『羅漢は光目女を済度したので、無尽意菩薩になった。光目のお母さんは解脱菩薩になった。光目女は地蔵菩薩になり、過去大変長い劫において慈悲を込めて衆生を憐れみ、恒河沙ほど多い衆生を済度することを発願した。』無尽意菩薩は大菩薩だ。本来、羅漢は自了漢を修めていたので、それほどの福報がなく、菩薩になるはずがなかったが、光目を済度したので、光目は菩薩になった以上、羅漢にも菩薩になる福報ができた。これは数年前に、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに言ったのと同じだ。将来歩む道において、仏法事業において私たちは共に進む。この話の意味は、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを必要としていることではない。皆は同じ功徳の大海におり、共に衆生を利益する意味だ。あなたたちは、直貢チェツァン法王のことを優しくて何でも聞いてくれると思っているだろうが、仏法に関して、直貢チェツァン法王は決して妥協しない。

『未来世の中に、若し男子、女人ありて善を行わざるもの、悪を行うもの、乃至因果を信ぜざる者、邪婬妄語する者、両舌悪口する者、大乗を毀謗する者、かくの如きの諸業の衆生。必ず悪趣に堕せん。』未来世に、もし善を行わず、悪行をする、或は因果を信じない男性や女性いたら、その時のことを言っている。あなたたちは何故因果を信じないのか。理由は、よくないことは自分に起きると信じないほか、為したことの結果を受け止めたくないし、責任を取りたくないからだ。それで、因果を信じない。因果を信じない人は仏法を学ぶはずがない。『邪婬妄語』の妄語は、できないのに、できるということ、或は根器のある弟子が法を要請する時に、法を持っているのに、自分にはないと言うことだ。伝授したくないと言っていいが、知らないと言ってはならない。『両舌悪口』と大乗を誹謗する人のような、業を為した衆生は必ず悪趣に堕ちる。多くの人は、釈迦牟尼仏は密法を伝授しなかったと言い、金剛乗を誹謗した。実際に、仏経の中でたくさんの密法が開示された。密法なので、教えないのだ。

『若して善知識の勧めに遇て、一弾指の間も地蔵菩薩に帰依せしめば、是の諸の衆生即ち三悪道の報を解脱すること得ん。』善知識に出会った時に、これら悪行をした衆生は善知識の忠告を受け入れ、指を弾く瞬間に地蔵菩薩や地蔵菩薩を広めた上師に皈依するとしたら、これらの衆生は三悪道から解脱できる。密法では、上師の法性は本尊と全く同じだ。善知識の忠告を受け入れられたら、すぐ三悪道の苦を解脱できる。大変簡単だろう。『善知識』はたくさんの知識を持っている人のことではない。善とは、十善法を修める人のことだ。善知識は単なる出家者や居士のことではなく、十善法を円満に修め、言行による全部の善は何れ衆生を利益し、己がない修行者のことで、必ず菩薩の果位に達している人だ。『知識』は豊富な人生経験でなく、出世法と世間法について深く理解していろいろと知っているから、苦しむ衆生を助けられる意味だ。そのため、『善知識』は地道に修行し、且つ生死解脱の法門を把握できる人で、仏法の修行をして衆生の輪廻解脱を助ける知識を持っている修行者だ。釈迦牟尼仏の時代以来、学仏で成就できた修行者は、その人生においてきっと厳しい過程を経験したはずだ。つらい経験がない人は、苦しむ感覚が分からないので、苦しむ衆生のことを助けてあげられない。善知識が主張する方法は、きっと衆生に役立ち、善の因縁を作ってくれるよい友になる。善知識が教える方法はきっと実行でき、きっとためになる。

例えば、親が病気で意識不明になった人に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、大礼拝をして親のために福報を累積し、親の代わりに、諸仏菩薩と上師と縁を結ぶことを指示する。要は、あなたは善知識に出会い、善知識の指導を聞くことができるかどうかのことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは善知識だ。肉食を止め、礼仏することをずっと勧めている。礼仏は皈依のことだ。『皈』は私たちの清浄な本性に戻る意味だ。清浄な本性に戻ることを助けてくれるのが仏菩薩と上師だけだ。『依』は仏菩薩と上師に頼って未来の人生を変える意味だ。『皈依』はしがみつく意味でなく、上師の教えに頼って修行する意味だ。三悪道にいては修行できない。地蔵菩薩は優しいので、地蔵菩薩のことさえ覚え、この法会に参加したことを覚え、これ以上殺生せず、破戒しなかったら、例え過去において悪行を為したことがあっても、決して三悪道に堕ちない。

『若しよく志心に帰敬し、及び瞻礼讃歎し、香華、衣服、種々の珍宝、或はまた飲食、是の如く奉事せば、未来百千万億劫の中、常に諸天にありて、勝妙の楽をうけん、若し天の福尽て、人間に下生すとも、猶百千劫、常に帝王となり、よく宿命因果、本末を憶ぜん。定自在王、是の如きの地蔵菩薩に、此の如きの不可思議。大威神力ありて、広く衆生を利す、汝等諸の菩薩まさに是の経を記して、広宣流布すべし。』ここの『香華衣服』は、各種最も貴重なものを供養に使う意味だ。あなたたちと違う。あなたたちはいらないものを持ってくる。天道での福が尽きると、人間に転生する。例え百千劫を経ても、どの世においても帝王になる。いい話に聞こえるだろう。しかし、今時国王はいない。総統だけだ。長くても8年の総統しかなれない。8年後またなりたいと言ったら、独裁者だと言われる。日本の天皇だけが永遠にその地位が維持できる。定自在王、つまり地蔵菩薩のことだが、この不可思議な大威神力があって一切の衆生を広く利益できるので、あなたたち菩薩たちはこの経典を大いに広めるべきだ。

『定自在王、仏にもうして言く。世尊、願くは慮を為玉うこと莫れ。我等千万億の、菩薩摩訶薩、必ずよく仏の威神をうけて、広く是の経を閻浮提に演べて、衆生を利益せん。定自在王菩薩、世尊にもうしおわりて、合掌恭敬し、作礼してしりぞく。』定自在王は釈迦牟尼仏に、『世尊、心配はいらない。私たち菩薩全員は必ず仏の威神力を受けてこの経典が地球で衆生を利益するようにする。』と言った。この経典に閻浮提が特に触れられたが、この経典は地球の衆生に特に役立つ意味だ。そのため、『地蔵経』は地球上の衆生、特に中国と日本のような東洋の国を対象に広められた。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェは『地蔵王菩薩本願経』を開示しているが、これも仏の指示を受けてこの経典を広め、過去日本にいた弘通者の心遣いを受けて『地蔵経』がこの土地で続けて流れるようにしたいからだ。チベットで、『地蔵経』はこんなに伝えられていない。リンチェンドルジェ・リンポチェが『地蔵経』を習ったのは、直貢チェツァン法王が伝授してくれたからだ。定自在王菩薩は世尊に返事した後、合掌して恭しくお辞儀をして下がった。仏経内のどの文書も文字も教えだ。ここの『合掌恭敬作礼』は、頭を下げてお辞儀をし、終えた後下がった意味だ。ここは頂礼して下がったと書かれていない。チベット仏教では一つの習俗がある。上師に会うと、跪いて頂礼するが、下がる時は跪いて頂礼する必要がない。理由は、下がる時に、跪いて頂礼するのは二度と上師に会わないことになるだからだ。仏経を読んだら、こんな細かいことまで仏は書いてくれたことが分かる。あなたたちはどうだろう。頂礼を終えると、すぐ後ろに向いて去って行く。

『その時、四方の天王、ともに座よりたちて、合掌恭敬して仏に白して言さく。世尊、地蔵菩薩は久遠劫よりこのかた、是の如きの大願を発して、云何ぞ今にいたりて、なお度するども未だ絶えず。更に広大の誓言発して玉える。唯願くは世尊、我等が為に説きたまえ。』この時、四方天王は席から立ち上がり、合掌して恭しく仏に尋ねた。ここの四方天王は護法のことで、仏法を興盛するために助けに来た。日本では、毘沙門天王を供奉することが多い。前回、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の道場の法座で施身法を修めた時、壇城の右前の方向から、毘沙門天王は助けを受けたかったたくさんの衆生を連れて来た。修法が終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、あの方向にきっとお寺があると開示した。調べると、本当にあの方向に毘沙門天王を供奉するお寺があると分かった。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示したことがある。慈悲心があると、衆生は分かり、自ら助けを求めに来る。四方天王は釈迦牟尼仏に、『世尊、地蔵菩薩は久遠劫以来、これほど大きな願力を発した。それなのに、未だに済度されていない衆生が多くいるのか。しかも、更に広大な願力を発したのは何故か。世尊に教えてもらいたい。』と尋ねた。四方天王は腕白だった。世尊にこんな質問をした。四方天王は地球の衆生を守る者なので、地球上の衆生が腕白だから、四方天王もこんな腕白な質問をした。といっても、四天王が腕白だというのは冗談だった。

『仏、四天王に告く、善哉善哉。吾いま、汝及未来現在の天人等を、広く利益せんが為の故に、地蔵菩薩、娑婆世界閻浮提の内、生死道の中において、慈哀救抜して、一切罪苦の衆生を度脱する方便の事を説かん。四天王言さく、唯然り。世尊、願わくは楽えて聞んと欲す。』仏は四方天王に、『善哉善哉』を言った。『善哉善哉』という言葉は、顕教においてあまりにもありふれたように使われている。実際に、善哉は、四方天王の質問は無数の衆生に利益できるので、仏は、その質問は善でよいものだと思い、善哉善哉を言った。四方天王は衆生のためにこの質問をしたのだ。世尊は今から、地蔵菩薩は娑婆世界の地球でどのように衆生を済度し、輪廻の苦海を離れさせるのかについて教える。

『仏、四天王に告く。地蔵菩薩は久遠劫よりこのかた、いまにいたるまで、衆生を度脱して、猶お未だ願を畢えず。此の世の罪苦の衆生を慈愍して、また未来無量劫の中を観ずるに、因蔓として断えず。是を以ての故に、又重願を発す。是の如の菩薩は娑婆世界閻浮提の中に於て、百千万億の方便を以て、而も教化を為す。』仏は四天王に、『地蔵菩薩は大変長い間以来、衆生を済度して来た。それでも未だに衆生を済度しきれない。苦しむ衆生のことを優しく憐れみに思ったうえで、未来の無量劫の時間においてこれら苦しむ衆生は蔓のように切っても切れないのを見たので、改めて更に大きな願力を発した。』と話した。ここの『因蔓』は、因果は藤蔓と同じく、因を植えた後、果を得る果報を形成する過程において、あなたは更に別の因を植え、結局又別の果が現れ、藤蔓のように絡み合い、永遠に切れない意味だ。因果の関係は極めて複雑だ。めちゃくちゃ絡んだ毛玉みたいに複雑に錯綜している。科学者はある実験を行った。彼らは一滴の水を垂らしてみた。一滴の水を垂らした行動だけだが、そのエネルギーは宇宙の中に発散できた。これにより、どんな些細な因でもきっと結果を生じさせると分かる。

午前の開示はここまでにしよう。午後は因果について話す。」

参加者たちは恭しく起立し、合掌して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを待ち、一斉に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

午後2時30分、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは再び法座に上がり、『地蔵王菩薩本願経』を開示した。

「『四天王、地蔵菩薩は、若し殺生の者に遇えば、宿殃短命の報を説き。』四天王のお願いがあったので、釈迦牟尼仏は因果の道理を開示した。『若遇殺生者、説宿殃短命報』は、殺生したら、短命の果報になるという意味だ。これも寶吉祥仏法センターの道場での法会に参加するのに、菜食が要求される理由だ。菜食は最低限の基準だ。十善法の最初に不殺生があるので、未だに肉食をしているなら、十善法を修めていないことだ。衆生の命を殺し、彼らの命を短くしたら、あなたの果報も同じく短命になる。現代人間の寿命は大変長いと思われているだろうが、実際に今は減る段階だ。90才までに生きられる人は少ない。70才一つの関門だ。肉食するラマもいるという人がいるが、そうではないのだ。直貢噶舉派のお寺は菜食を主張している。昔、チベットの環境は極めてひどくて菜食は殆ど無理だった。草すら生えなかったので、仏菩薩は神力で牛や羊を作って食べさせた。それらの牛や羊は普通のものとは違い、神識がなかった。仏経にも三浄肉、九浄肉の言葉がある。自ら殺さない。他人に殺してもらわない。動物が殺される時は側で見ない。魚介類を食べる時は必ず新鮮なものを選ぶので、普通は自分で殺すだろう。動物は殺される時、皆極めて怖いのだ。

ある日、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の道場の庭を通りかかり、犬に噛まれて傷を負った猫を見た。その猫は壁にいたが、何故か犬は飛び上がって猫を噛み付き、死なせた。死んだ猫はリンチェンドルジェ・リンポチェの所に持って来られた。その猫は恐怖な顔をしていた。目も口も大きく開き、最後の一息を吸おうとした表情だった。リンチェンドルジェ・リンポチェは猫に、助けてあげるから、怖がらなくていいと言った。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場に戻って猫のために施身法を修めて済度してあげた。全身が固かった猫は、修法の後、柔らかくなった。日本には動物の火葬場がある。猫が火葬場に送られた時、そこのスタッフは、猫は何故こんなに柔らかいかと聞いたそうだ。その猫は福報があって人間に発見された。たまたま、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本にいたから、助けてあげられた。それに対して、猫を噛んだ犬は1ヶ月後手術を受けた。猫を噛んだ果報は今世に現れた。

『若し窃盗の者に遇えば、貧窮苦楚の報を説き。』窃盗の戒を犯したら、『窮苦楚報』の果報になる意味だ。現世受ける全てのことは過去世の行為によるものだ。現世において為したことは未来世になったら享用できる。今世現世貧乏の人は、過去世において布施・供養をケチったからだ。供養は大切だ。いくらでも構わない。供養の時、お金でなく、心が大事だ。窃盗の範囲は大変細かい。誰もが犯したことがあるだろう。海賊版を買うことも、許可を得ずに他人のものを取ることも全部含む。

『若し邪婬の者に遇えば、雀鴿鴛鴦の報を説き。』邪淫は、結婚した人が他人を見ると、かっこいいという意念が生じることも含み、『心淫他夫(他人の夫に対して淫の意念を持つ)』になる。また、あなたたちが言っている『鮮肉(台湾の流行言葉、若くて爽やか、体つきがスマートなイケメンのこと)』『浮気の相手』の意念も同じだ。単に美しい物事を見る目で観賞するなら、まだいい。或は、生活費用を男性に出してもらう女性、18才以上で親に養ってもらっている女性も含むが、こんな女性が他人と淫の行為をしたら、邪淫になる。邪淫の戒を犯した人は、子宮の調子が悪い。男女の感情を複雑にする必要がない。一つの関係が終わったら、新しい関係を作っても構わないが、ごちゃごちゃしていくら整理してもきれいに片付けられないのがいけない。ここで『雀鴿鴛鴦』で比喩されているが、科学ドキュメンタリーで報道されることがある。雀は一日260回以上も交尾するそうだ。鴿のほうはそれほど多くないが、回数も多い。そして、鴛鴦は一生共にいるので、辛いだろう。

『若し悪口の者に遇えば、眷属闘諍の報を説き。』は人に対して悪口したら、眷属が時々喧嘩したり、殴り合ったりする果報になることを言っている。普段のちょっとした口喧嘩は含まれない。常に人に批判され、悪口を言われる人は、以前他人の悪口を言ったからだ。しかし、これはまだ果報になっておらず、現れた現象だけだ。本当の果報は死後地獄に堕ちることだ。

『若し毀謗の者に遇えば、無舌瘡口の報を説き。』とは、他人を誹謗したら、あなたの果報は舌がなく、口に瘡ができることになる意味だ。生まれた時、舌が特に短いのも同じだ。ここの『瘡』はできものではない。世間に流行っている真言がある。多くの男性はその真言が痔を治すためのものだと思い、頑張って唱える。相変わらず痔ができた。実際にこの『瘡』は癌の意味だ。『無舌瘡口報』は舌癌、口腔癌、咽頭癌に罹ったら、舌が切られるようなことだ。一インチごとに切られることもあるが、舌がない果報だ。口があるだろうとあなたたちは言うかもしれないが、舌がなかったら、話せないだろう。

数年前、よく知られた盗撮事件が起きた。見た人は手を挙げなさい。」現場に手を挙げた人がいた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けた。『愚かだ。間違いを犯してもまだ分からない。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェはそのDVDを見ないように弟子に指示した。盗撮された人は十分に落ち込んでいたのに、あなたたちは互いに映像を分け合って見た。しかも、見ながらどっちが悪いと批判した。誰も見なかったら、そのDVDは世間で流通されなかった。見たら、彼らと同じ共業ができてしまう。男性には前立腺の問題、女性には子宮の問題が起きる。海賊版のDVDを見たら、貧乏な果報ができる。だから風俗業に従事する人はひどい果報がある。

『若し瞋恚の者に遇えば、醜陋癃残の報を説き。』は、人に対して瞋恚が生じたら、『醜陋癃残(醜くて背中が丸く曲がり、体の障害がある様子)』の果報になる意味だ。現世、きれいに生まれた人は、過去世において仏は荘厳だとずっと褒めていた人だった。人を罵り、怒りやすい人は醜くなる。

『若し慳悋の者に遇えば、所求違願の報を説き。』とは、ケチな人だったら、望むことが叶わない果報になる意味だ。直貢教派の大成就者である125才の老ヨギーニ(ギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェ)はかつて、リンチェンドルジェ・リンポチェの求めたいことなら、何でも叶うと言ったことがある。ここの『求(求める)』は世間法におけることでなく、仏法事業に関することだ。教派、仏法上のことなら、どんなことであっても、リンチェンドルジェ・リンポチェが求めたら、必ず叶う。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって、今心配することは何もない。ただ、直貢チェツァン法王の体の健康と教派の興盛を望むだけだ。

『若し飲食無度の者に遇えば、飢渇咽病の報を説き。』は、むやみに飲食したら、得る果報は飢渇と咽喉に関する病、或は砂漠のような水のない所に生まれることになると説明している。『飲食無度』とは、暴食の意味だ。昔の人は、食事の時にお腹一杯に食べないことを言った。だから、食べ放題の所に行くのを止めなさい。

『若し畋猟恣情の者に遇えば、驚狂喪命の報を説き。』は、狩りが好きで食べるためでないのに、狩猟する人は、『驚狂喪命(驚き、狂って命を失うこと)』の果報になる意味だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの親友のことだが、その親友の紹介でリンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に会った。親友のお父さんは狩りが好きだった。お父さんが死んだ時、両手は胸の前に曲がっていた。鳥が死ぬ前の様子に似ているだろう。鶏は羽毛が全部抜かれて翼を収める様子もそうだ。親友のお母さんは旦那さんに手伝って獲物を料理したし、死にかけていた獲物を家に持って帰った。お母さんは一生菜食、念仏していたが、懺悔しなかった。それで、往生の数ヶ月前にひどく転んで足が骨折し、歩けなくなった。性格の強い人だったので、支えられるのが嫌だった。往生前、数ヶ月も地面を這っていた。殺業の報いだ。その様子は動物が地面を這っているように見えるだろう。

『若し父母に悖逆する者に遇えば、天地災殺の報を説き。』は、親を逆らい、親孝行せず、反論する人がいたら、地震、台風、火災、交通事故などの天災に遭う果報になる意味だ。親はああだこうだと言ってはいけない。生んでくれただけで十分に優しいのだ。

『若し山林の木を焼く者に遇えば、狂迷して死を取る報を説き。』は、放火して山や森を燃やしたら、『狂迷取死(狂って死ぬこと)』の果報になる意味だ。山で放火したら、中にいる多くの動物は焼死される。

『若し前後父母悪毒の者に遇えば、返りて鞭撻を現に受くる報を説き。』の『前後父母』は親の前やかげで親を批判する意味だ。以前の親や継親で継子をいじめる人は、来世に鞭撻の果報を受ける。台湾には今、鞭打ちの刑罰がないが、一部の国にはある。

『若し生雛を網捕する者に遇えば、骨肉分離の報を説き。』は、網で生きる雛を捉えたら、肉親が離れ離れになる果報を受けることを説明している。雛をペットとして飼う人がいる。雛でさえ玩ぶ人がいるなんて、考えられない。雛とその親を離れさせたら、自分の肉親と離れ離れになる果報ができる。これもリンチェンドルジェ・リンポチェはツバメの巣を食べない理由だ。燕の巣を取ったら、そのうちにいた雛は死んでしまうかもしれない。また、動物を買って放生する人もいる。放生はわざと市場で魚や鳥を買ってから逃がすことではない。こんな行為は動物の本来の因果を変える可能性がある。死ぬべきではなかったが、あなたのせいで先に死んでしまうだろうし、もっとたくさんの小動物を飼って放生に使わせたい人も出てくる。仏経には、殺生しないことこそ、本当の放生だという言葉がある。たかが動物だと思ってはならない。動物同士は助け合うこともある。リンチェンドルジェ・リンポチェはある新聞記事を読んだ。ある犬は一匹の魚が地面で苦しくもがいているのを見たら、鼻で水を魚にかけて助けようとした。別の記事もあった。池に落ちた小鳥を見て、あるチンパンジーは手でその小鳥をいじって水中からすぐ出だそうとした。動物さえ善の意念を持っている。

『若し三宝を毀謗する者に遇えば、盲聾瘖瘂の報を説き。』は三宝を誹謗したら、『盲聾瘖瘂(目、耳や言葉の不自由な人)』の果報になる意味だ。現世、見えない、聞こえない、或は話せない人は、過去世において三宝を誹謗したことがあるからだ。大変重い罪だ。

『若し法を軽じ教を慢る者に遇えば、永く悪道に処するの報を説き。』だが、上師が開示する時に、あなたたちは心の中で本当にそうなのかを思うのも含まれる。主法する上師の許可なしでは、いい加減に法本をめくってはならない。仏法を尊重するための訓練だ。それで、ほかの仏寺は仏経の印刷をしていろんな人と結縁するように勧めているが、寶吉祥仏法センターの道場はそうしない。理由はここにある。簡単に手に入るものは大事にされないからだ。このやり方は皆に貢高我慢、独りよがり、仏法に対する軽慢を生じさせ、ひどい場合は、仏を誹謗することが起き、三悪道に堕ちる因を植えてしまう。仏法を信じない人は因果を信じない。死後は浄土に行けず、浄土外の疑城に行き、500世も仏に会えない。

『若し常住を破要する者に遇えば、億劫地獄に輪廻する報を説き。』は、常住の所有物を破壊したら、億劫も地獄を輪廻する果報を言っている。

『若し梵を汚し僧を誣うるものに遇えば、永く畜生に在るの報を説き。』だが、『汚梵誣僧(修行者を侮辱し、出家者に無実の罪を着せること)』は、中傷することを含む。日本のあるお寺の住持は修法のために、特別にリンチェンドルジェ・リンポチェを招いたことがある。住持がリンチェンドルジェ・リンポチェを大殿に案内した時、何人かの日本人の若い学生がそこで嬉笑したり、怒罵したりしていた。彼らはその場で住持に叱られ、大人しくそこを離れた。人を尊重するという日本の文化はいいのだ。台湾だったら、そうならず、喧嘩になるかもしれない。

『若し湯火斬斫して生を傷る者に遇えば、輪廻遞償の報を説き。』は、お湯で動物を傷つけたことがあったら、体に火傷を負う果報になる意味だ。お湯を蟻の巣に注いだことのある人は、考えてみなさい。一つの巣にどれくらいの蟻がいるのか。少なくとも10数万匹いるだろう。10数万匹もの命を返さなければ、返しきれないだろう。前に道場の庭で石畳の所に蟻が現れ、小さな穴を掘って棲み付こうとした。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを見たら、宝瓶の水を持って金剛薩埵の心咒を唱え、水をかけながら、持咒し、離れなさいと言ってあげた。結局、蟻はほかの所に移り、別の場所で大きい巣を作った。こんなことが起きたら、気にしない。蟻は無知だ。石畳は安全な場所だと思った。石畳の内部に巣を作ったら、石畳は緩んで建物に危害をもたらす恐れがあるとも分からない。この間、ある弟子の子供はひどい火傷をした。きっと過去世にお湯で動物したことがあるか、子供自身がやったことでなくても、きっと家族の誰かがやったはずだから、共業ができた。

『若し破戒犯斎の者に遇えば、禽獣飢餓の報を説き。』だが、『破戒犯斎』したら、その時の果報を言っている。ここの『斎』は菜食ではなく、八関斎戒のことだ。現在顕教では、八関斎戒は独立したものとされているが、チベット仏教では、閉関こそ八関斎戒だ。閉関の時、最も重要なのは閉関室内の過程だ。『犯斎』とは、閉関室にいて閉関時の守るべきの戒律を守らなかったら、真面目に修行しなかったり、寝たりするようなことだ。果報は禽獣になって飢えることだ。数年前、リンチェンドルジェ・リンポチェが初めて閉関した時、閉関室の食事担当をしたヨギーニは当直を交代した時、閉関室で閉関している人がいることを言い忘れた。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェに三食の食事を持って来てくれる人がいなかった。一日中、お腹が空いていた。翌日になると、やっと気づいた人がいて食事を持って来てくれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは嬉しかった。また借りを一つ返したからだ。閉関の時は、過去世の業を一つずつ返すことが最も簡単だ。

2007年、直貢チェツァン法王は閉関するため、リンチェンドルジェ・リンポチェをラキ雪山に連れて行った。この間、直貢チェツァン法王はもう一度そこに行った。その時、直貢チェツァン法王は、自分の衣装とリンチェンドルジェ・リンポチェが前回閉関した時の衣装を包んで水の中に流し、衆生と結縁した。これは、直貢チェツァン法王は二度とそこに戻らず、人を連れてそこで閉関しない意味だ。何故なら、直貢チェツァン法王は衣装を全部捨てたからだ。

『若し非理毀用の者に遇えば、所求闕絶の報を説き。』だが、『非理毀用』は、意図的にものを破壊する意味だ。例えば、旦那や妻に怒った時に、わざと家中のものを投げて壊したり、相手の買ったものを地面に捨てたりするような行為が『非理毀用』だ。一つの物を作るのに、たくさんの人の努力が必要なので、わざと壊すことは間違いだ。

『若し吾我貢高の者に遇えば、卑使下賎の報を説き。』は、人に対して貢高我慢の態度を取った結果は低い身分になる意味だ。リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来る人に、リンチェンドルジェ・リンポチェは要件を聞き、縁に応じて助けてあげる。もし、相手は、要件はないと答えるとしたら、その人は仏だ。仏だけが、何もかも円満、無事だ。

『若し両舌闘乱の者に遇えば、無舌百舌の報を説き。』は、両舌を犯して闘争を起こしたら、『無舌百舌』の果報になる意味だ。この言葉を単独的に見たら、無舌は何故百舌になるかと疑問が生じるだろう。百舌は100本の舌がある意味ではない。たくさんの人に批判され、責められ、指摘される意味だ。だから、悪いか醜いかと批判されたら、お礼を言いなさい。賛美された時は、結構だと言いなさい。

『若し邪見の者に遇えば、辺地受生の報を説く。』は、邪見を抱く人は、辺地に生まれる果報を受ける意味だ。邪見とは、輪廻を信じず、因果を信じない人を指す。辺地は国土の果てではない。仏法のない所だ。国の辺鄙の地をも指している。

『是の如き等の閻浮提の衆生、身口意業、悪習の結果、百千の報応、今粗略して説く。是の如き等の閻浮提の衆生、業感差別あり。地蔵菩薩は百千の方便をもて、而も之を教化す。是の諸の衆生、まず是の如き等の報をうけて、後地獄に堕し、ややもすれば劫数を経て出ずる期あることなし、この故に汝等、人を護り国を護り、この諸の衆業をして、衆生を迷惑せしむること莫れ。四天王聞き已て、涕涙悲歎して、合掌して退しき。』の内容だが、これら地球上の衆生は、それぞれの身口意の業によって応じた果報ができる。百千の種類の果報について今日は概ねに話した。地蔵菩薩は本当に大まかに話した。更に細分すると、まだたくさんある。これらの衆生はそれぞれの業力によって異なる果報を受ける。地蔵菩薩は百千もの種類の法門を用いて衆生を教える。これらの衆生はまずそれらの果報を受け、それから地獄に堕ちて無数劫の時間が経っても出ることがない。あなたたちは地球上の衆生を守り、衆生が業に惑われないように助けてあげなさい。四天王は話を聞き、泣いて悲しく歎きながら、合掌して下がった。何故『歎』という字を使ったのか。四天王は地球上の衆生を守っていたので、地球上の人類はなかなか納得できないと理解したからだ。

今回の開示はこの品までにしよう。ほかの品は今度話す。ほかの品はいろんな地獄の差異などに関している。

日本で仏法を広めるのは大変難しいことだ。日本人はなかなか受け入れない。リンチェンドルジェ・リンポチェは日本で『地蔵経』を開示するが、台湾では『宝積経』を開示する。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が実践できたから、自身の修行経験に基づいて経典を開示することができる。しかし、弟子たちは自分自身のことしか考えない。それらの果報を知らないほうがいいと思わないでほしい。急いで自分の行為を改めなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは家族のことを話したと言う人もいるだろう。実際に、もしリンチェンドルジェ・リンポチェは他人のことを話すとしたら、悪口を言うことになる。家族のことだったら、大丈夫だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉派において唯一の漢人、在家リンポチェだ。修行方法はほかの人と違う。上師の教えを聞いたら、地道に実行する。下手くそに見えるが、やり続けた後、振り返って仏経を読むことにより、自分の修行方向は正しいかどうかを確認できる。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の根本弟子だ。直貢チェツァン法王が定年の時に、リンチェンドルジェ・リンポチェも定年する。あなたたちは上師に頼りたいと思ってはいけない。上師も無常なものだ。今日は上品を開示し終えた。今回は続けて次の品を開示する。今日の内容をまとめられた後、日本の信衆と弟子はもし、この二日間の開示内容の法帯(カセットテープ)がほしければ、登録しなさい。」

法会は円満に終了した。弟子たちは一斉に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが苦労を構わず、慈悲を込めて修法、開示したことに感謝し、起立して尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見送った。

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2016 年 11 月 10 日 更新