尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示– 2015年11月29日

法会開始前に、一人の弟子は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼の学仏を助けたこと、並びに弟子たち全員は上師の功徳の大海で上師から世話を受けていることに感謝した。「今日、上師に皈依した経緯、及び今年(2015)年9月チベットの祖寺巡礼に行った時尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けをもらったことについて語りたいと思う。」

「妻、母も皈依弟子だ。母は1949年、亡くなった当時病気に罹った父を支えながら、1才になった私を抱えて中国から船に乗って台湾に来た。父は台湾に来た後、軍隊勤務に復職したが、厳しい生活、忙しい仕事と乏しい医療環境が原因で、私が10才の時に亡くなった。弟と私の成長が見れなかった。幸いに、亡くなった叔父が世話をしてくれたうえで、翌年母と結婚して二人の妹を生んでくれた。叔父は私と弟を自分の子供のようにかわいがってくれたし、子供の時に交通事故に遭った私に500CC輸血してくれて命を助けてくれた。私と弟は叔父のことを尊敬してお父さんと呼んでいた。赤んぼの時から、私は先天性心疾患に罹った。今まで成長できたのは、母が苦労して育ててくれたお蔭だ。しかし、私は小さい時から、親孝行をせず、輪廻と因果も信じず、大人になってからも仕事と事業経営における挫折と順調さを当たり前だと思っていた。衆生に対して憐憫の心もなく、今世たくさんの悪業を作ってしまった。

2008年夏、父は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェから殊勝な済度をもらい、二人の妹も上師の大威徳力、大摂受力の下で速くも尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。家族が集まった時、妹たちはいつも上師の功徳と開示を語ってくれた。しかも、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが毎年主法した『阿弥陀仏無遮大済度法会』への参加を勧めてくれた。これで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと初めての縁ができた。

2011年6月、母の健康回復を助けてくれた尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝するため、私は母、皈依した二人の妹と信衆だった妻に付き添って寶吉祥仏法センターの道場に来た。妻は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが苦しんでいる衆生を助けるため、午後4時から夜の9時まで苦労を構わず信衆を接見したのを見て感謝、感動したので、、正真正銘の大菩薩、上師に皈依を願うことを決意した。夜11時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはやっと信衆全員を接見し終えた。遅くなったから、上師に休んでもらうべきで、会見を求めないように妹たちが勧告したにもかかわらず、妻は固く皈依を願いたかった。前に出た時は、上師が母の健康回復を助けてくれたことに感謝したと同時に、妻は上師に皈依をお願いして許可をもらった。妻と一緒に下がろうとしたところ、慈悲の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは私たちを呼び止め、ポケットから二つの金剛結びを取り出し、それぞれに息を吹いた。そして、お風呂の時も外さず毎日つけることを開示してくれた。離れた後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは簡単に金剛結びを賜わず、きっと上師は何かを見たので、指示に従って付けるように妹に言われた。その後、妻は2011年7月10日に皈依して弟子になった。

2011年12月27日の夜、私は大型スーパーの一階を歩いた時、不意に地面にこぼれたミルクティーを踏んでしまい、転んで地面に後頭部と背中を打った。その時、背中はひどい痛みがあって頭はふらふらして眩暈が起こった。売り場の警備員は救急車を呼んで私を病院に運んだ。病院で頭部とレントゲンなどの検査を受けた結果、以前の古い怪我のほかに新しい怪我がなかった。私は自分で病院から歩き出し、二日間休んだら、背中の痛みはなくなった。大慈大悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは衆生の悲しみと苦しみに忍びない。本当に感謝している。信衆でもなかった私に貴重な金剛結びを賜ってくれた。危険な時に助けてくれたので、私は転重軽受することができ、余生で学仏できるようになった。その後、再び母と妹に付き添って会見を申し込んで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。その時、上師は母に質問し終えた後、慈悲を込めて母を加持した。そして、私に要件を聞いた。私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが金剛結びを賜ってくれたことと助けてくれたことを報告した。そうしたら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは優しく微笑んで頷いたが、供養を受け取ってくれなかった。私は感謝したと共に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて真面目に学仏すべきだと深く感じた。

2012年2月11日午後、妻と一緒に末期ガンの親友に同行して寶吉祥の道場に来て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは親友とご主人に『今から菜食して法会に参加しなさい。』と開示した。彼らが承諾した後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝な加持を賜った。その場で私は感激して涙を流し、施身法法会に参加しようと登録を決意し、その後は法会で往生した家族の亡霊を済度することを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお願いしたいと思った。それで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが要件を聞いてくれた時、私は、施身法法会の参加と登録を許可してくれることを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお願いした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、毎月殊勝な施身法法会への参加と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法開示を聞くことに優しく同意してくれた。

2013年7月13日、私はもう一度母、二人の妹と妻に同行して会見を申し込んだ。慈悲のリンチェンドルジェ・リンポチェはそれぞれに話を聞いた後、私に要件があるかと聞いてくれた。私は法会を参加させてくれることをお願いしたいと返事した。そうしたら、慈悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは『あなたは忙しい人だ。定年しても休んでいられないのね。』と言い、法会に参加したい理由を私に聞いた。私は、『家族は皈依してから、常に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのことを讃頌しており、皆は平安で喜んでいる。』と答えた。しかし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『私はここにいて大変苦しいのよ。平安を望むなら、ほかにもお寺が一杯あるだろう。寄付すれば、功徳主になれるし、これで嬉しくなれるだろう。』と話した。しかも、その場で、家の近所にあるお寺を私に紹介することを出家衆に指示した。下がった後、出家衆の師兄は、学仏は加護を求めることでなく、衆生が苦しんでいることを理解し、生死の輪廻を解脱するためだと説明し、よく考えて勉強しなさいと話してくれた。本当は、その時の私はまだ学仏するための用意ができていなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは一目で私の心を見極めた。家に帰ったら、妻は直ちに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な著作『快楽と痛苦』を取り出して読ませてくれた。

『快楽と痛苦』を3回拝読した後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの話した苦しみがどれほど辛いものかがやっと分かった。私の挫折と順調さは何れも前世の業による今の果だ。人生は無常なもので、輪廻と過患は真実ではないので、本当の仏弟子になりたければ、具徳の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに学ばなければならない。生死を解脱し、果報を今世で熟させ、これ以上三悪道に堕ちないようにしたければ、こうしなければならないのだ。それで、私は永遠に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随しようと決意した。

心で法会に参加したい切望はどんどん強くなったが、叱られるのが怖かったので、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来る勇気をずっと出せなかった。

2014年2月7日、グループ会社の走春活動(台湾でお正月の風習、「歩ければ歩くほどお金や良いことが残る」意味がある)に参加した時、コーヒーショップの前で毛師兄夫婦に出会い、毛師兄にこのことを話した。直接に皈依を求めたらとアドバイスをくれたうえで、心が正しかったら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはきっと同意してくれると話してくれた。更に、ある師兄は、毎晩奥さんが護法を修める時心を正してあぐらをかき、誠意をもってアキ護法に祈ったという秘訣も教えてくれた。アキ護法は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに知らせてくれることを教えてもらった。それで、私は毎晩アキ護法に祈り、同年2月15日妻と一緒に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会った時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依と登録を認めてくれた。同時に妻の父親も殊勝な済度をしてもらえることになった。2014年7月20日私はやっと皈依でき、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子になった。

2015年4月11日、母、上の妹と旦那さんと一緒に会見を申し込んだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を憐れむため、ひどい病気から回復した間もなく法座に上がって衆生を済度した。感謝を申したい。上師は私を指し、『胃病があるのだ。信じないのか。お金を惜しんではいけない。いま直ぐ漢方医の診療を受けに行きなさい。』と開示してくれた。私は数秒間ぎょっとしてハイと答えた。下がったら、すぐ漢方診療所に行って診察を受けた。帰りの車の中で、上師は私の問題は大腸でなく胃にあると開示してくれたことを家族に説明した。2週間前に便潜血反応が陽性という結果が検査で分かったので、数日間心配して母に言えなかった。漢方診療所で診察を受け、医者は胃炎だと診断し、粉薬を出してくれた。その後病院で大腸内視鏡検査を受け、結果は正常だった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは正真正銘の大医王、慈悲の医者だ。上師が済度してくれたことに感謝したい。今でも続けて漢方診療所で心臓問題を診てもらっている。

続いて2015年8月31日尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについてチベットの直貢梯寺参拝に行った時、上師に済度してもらったことを話したいと思う。2014年の時チベットツアーを申し込んだ。出発前、旅行会社は健康検査をアレンジしてくれたが、『心機能がよくないので、長旅と登山に不適切だ』という結果が出された。そのため、旅行会社は上海の蘇州・杭州ツアーへの変更を電話で提案してくれた。今年(2015年)夏、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を率いてチベットの直貢梯寺巡礼に行くことを聞き、直貢噶舉教派の弟子として、せめて一生は一回祖寺に戻って参拝しなきゃと思った。上師について行かなければ、今生は機会はないだろうと思った。それで、妻と一緒に旅行会社にチベット法会ツアーを申し込み、上師について祖寺、直貢梯寺に行って願いを叶えたいと思った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、上師についてチベットに行くことに優しく同意してくれた。感謝したい。

出発前、漢方診療所に行って心臓の問題を診てもらい、漢方医者のケアを受けた。7月、完治しなかった慢性気管支炎は肺炎に変わり、8月28日の時、気管が熱くて咳が止まらなかった。病院の胸腔内科で診察を受けた。医者は入院を勧めてくれたが、私の決意を見たので、3日間分の特効薬と2週間分の気管治療薬を出して2週間後の回診を指示してくれた。8月29日、妻と一緒に道場に来て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会った。上師についてチベット参拝の旅を行かせてくれたことに感謝を申した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが優しく供養を受け取ってくれた後、私たちは下がった。喜んで妻と家に帰った後、長男夫婦を家に来てもらい、末っ子の息子も一緒だった。息子と嫁たちにこう話した。私たちは体がよくないが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについてチベットにある祖寺に行く意欲があり、信念が十分で上師の加持もあるので、心配はいらず、きっと無事に帰ってくる。もし、予測できないことが起きるとしても自分の業だから、ほかの誰のせいでもない。その時は必ず道場に来て親を済度することを上師に願う。そして、一生菜食をしてほしい。例え無常が来ても私には何の罣礙もない。

その後、私たちはチベット法会ツアーに出発した。9月4日、ラサから車で直貢梯寺に行った。9月3日の夜、私は高い熱が出てなかなか下がらなかった。妻は9月2日の早朝に高山病症状が起きた。旅行会社は私たちを医者が同行した28台目の車に乗せた。途中で境界の警察の検査を受けて2時間の延滞もあった後、更に小型車に乗り換えた。私は小型車の中でずっと懺悔し、沿道で今世と累世の罪を考えていた。自分のせいで衆生に迷惑をかけた。時間が経つにつれて私はますます彷徨って怖くなり、こっそりと涙に咽んだ。その時、同行の現地ガイドは電話連絡を受け、弟子たち全員が祖寺に着いて大殿に入るのを待ち、それまでに修法を続けると、慈悲の上師が開示したことを皆に伝えてくれた。大慈大悲の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子と衆生を憐憫して全員を済度、加持してくれたことに感謝する。私は必ず、教えを守り、真面目に学仏して金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大恩大徳に報いたい。

ようやく私たちは午後直貢梯寺に到着した。総隊長楊さんが梯寺前の広場で私たちを迎え、大殿に案内してくれた。感謝を申したい。私たちは大殿に入って一回りをして諸仏菩薩に頂礼した後、ほかの師兄たち全員と一緒に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの後についてアキ護法殿に移動した。その一瞬間、体の痛みは完全に消えた。感謝しなければならないことで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについてチベット参拝に行った300人の弟子は全員、老少を問わず、念願の通りに祖寺の主殿には入って諸仏菩薩、歴代の祖師に頂礼し、更にアキ仏母の聖殿に上ってアキ仏母に頂礼できた。全員は一回りした後、大殿を出て広場で上師が護法を修持するのを待った。上師が修法した時、私は空に現れた殊勝な五彩の光の瑞相と空行母が大殿の上空を飛び回ったのを見た。私は感謝の気持ちが一杯で永遠に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随できるように望んだ。また、この場を借りて漢方診療所に感謝したい。体の養生を手伝ってくれたお蔭で直貢梯寺に行けて高山病も起きなかった。また、旅行会社にも厚いお礼を申したい。チベット法会ツアーに参加した師兄たちに精神的にも、物質的にも最高なものを提供してくれた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。このような上質なサービスは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが経営しているグループ事業しか提供できない。これらの事業は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法に基づき、衆生、弟子のために設立したものなので、宝を守るのと同じく護持しなければならない。

最後に、今世犯した全ての過ちを懺悔したい。無数の蚊、虫、蠅、ゴキブリと蟻を殺し、無数の衆生を食べ、他人のものを盗み、バイクで人をぶつかった後その場から逃げてしまったこと、また、身口意を放任して他人を傷つけたいろんな悪業を懺悔したい。チベット旅行中、西安の秦始皇帝陵博物院に行った時、芝生で満開の小さい白い花を見て好奇心に駆られて一輪の花を摘み取ってガイドさんに聞いたことをしてしまった。自分の身口意を自律しなかったことを懺悔する。

重ねて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ、法王と仏菩薩に感謝したい。並びに、上師の法体が健康と健勝で、この世で長生きし、法輪が常転し、仏法事業が興盛になり、直貢噶舉教派が永らく伝承されることを祈る。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がって施身法法会を主法し、並びに参加者たちに貴重な仏法を開示した。

「今日修めるのは、チベット密法の八大成就法の一つ、施身法だ。何度もあなたたちに開示した。小学校から博士課程まで、勉強は16~20年が必要だから、あなたたちは1日、2日、1年、2年、10年、20年の学仏をしただけで悟ったと自認してはなならい。最近、一人の弟子は外でヨガを学んで問題が起きた。この弟子は僅か1~2年の学仏で悟ったと自称した。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなことも言わないのに。このことから分かったが、この弟子のヨガや仏法の学習は、自分が他人と違うことを自慢したかったからだ。自分は学仏したから他人より立派で、もっとたくさんの人に尊重されたいから他人を助けたかったからだ。上師と仏は運動を反対していない。運動がよくないということでもない。要は、あなたたちの心構えが正しいかどうかのことだ。ヨガと気功は学仏に役立たない。ヨガと気功であなたは健康になり、病にもならないのなら、因果は存在しなくなるのではないか。リンチェンドルジェ・リンポチェも苦労して修行する必要がなくなるだろう。仏法は、欲しければあるものではないし、学仏も、学びたければすぐ学べるものではない。ヨガを学ぶお金があるのに、善事をするお金がない。あなたたちはいつも広言している。衆生を助けたいと言ったりしている。自身の問題でさえ解決できないのに、どうやって衆生を助けると言うのか。これ以上教えを聞かないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの道場のことを諦める。

昨日、皈依して12年もなった呉氏と楊氏の二人の弟子は菜食していない息子を道場に連れて来た。一見したところ、息子は親孝行で父親のために求めたように見えたが、実は夫婦二人とも道場の決まりを忘れた。菜食しない子供を道場に連れて来てはいけないとリンチェンドルジェ・リンポチェはこう決めたのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは母親のほうの弟子を責めた。彼女は、旦那さんが病気がひどいから息子を連れて来て求めさせようとした。子女が親の代わりに求めたら、親のために福報を累積できると、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示したことを彼らは知っているので、道場の決まりを気にしなかった。彼らは息子に求めさせることが上師より大事だと思ったのだ。だったら、息子に済度をやらせればよいのではないか。菜食していない息子を道場に連れて来て息子が孝行だと表わせたかっただろう。本当にそうなら、とっくに親と一緒に学仏しに来たはずだ。今になってもまだ菜食しないこともなかっただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは息子が一言を間違えて両舌の戒を破っただけで、2年以上も家、道場に入れないことを彼女は知っているはずだ。彼らの息子はほかの誰よりも大事なのか。それほど大事で、道場の決まりを破ってもよかったのか。実際に、もし、彼女の旦那さんが死んだら、上師は済度してあげられる。それなのに、何故菜食していない息子を道場に連れて来たのか。自己本位で死ぬのが怖かったからだ。もし、息子のほうを道場に入れることに、リンチェンドルジェ・リンポチェが同意したとしたら、もう一人の弟子はきっと何故入れたのかと不平を言うだろう。その弟子の嫁は出産前菜食していなかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場に入れてあげなかった。当初、今話した夫婦が初めて会いに来た時、子供を甘やかしてはいけないと、リンチェンドルジェ・リンポチェは特別に忠告した。しかし、彼らは『仕方がない。お爺ちゃんが甘やかしている。』と返事した。結局、息子のほうはひどく退廃的になった。夫婦二人とも子供を放任してきた。仏経に、子供を甘やかして親不孝をさせる人は、死んだら地獄に堕ちる可能性があるという話がある。リンチェンドルジェ・リンポチェの話を誰も聞かない。だから、『地蔵経』に、全宇宙で最も難しい衆生は地球上の人類であり、強剛で独断的で調伏しがたいという話がある。誰もが独りよがりだ。問題が起きたら、またリンチェンドルジェ・リンポチェに迷惑をかけてくる。自分は懈怠で、教えに従わず、修行しなかったと言い訳をする。どんなことでもリンチェンドルジェ・リンポチェに加護してもらいたくて責任を取らせたい。しかし、道場の決まりを守ろうとする人がいない。

家族全員が皈依したもう一人の林氏弟子は、家族全員が供養できないと処罰されて6年になった。しかし、彼らは相変わらず法会に参加できるから、全く懺悔しようとしない。懺悔するためにほかの師兄に同意書の署名も頼もうとしない。昨日、この一家はリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。何故だ。リンチェンドルジェ・リンポチェのことがすごいと分かったからだ。一週間前に奥さんのほうはガンに罹った父親を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは加持してあげた後、お父さんのせいで死んだ人がいると教えてあげた。彼女はその場でそんなことがないと話した。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは家に帰ってお母さんに聞きなさいと言ってあげた。本当だった。彼女は、お父さんはこのことで大変懺悔したと話した。しかし、本気で懺悔したなら、死者はお父さんに40数年も付き纏わなかったはずだ。その冤親債主は40年前お父さんを手伝って採掘した労働者だった。事故で死亡したので、今までお父さんにずっと付き纏ってきた。お父さんはリンチェンドルジェ・リンポチェの加持をもらった後、翌週安らかに往生した。それで、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェの能力が分かった。死者の娘の知らないことまで知ったから、その一家はすぐ求めに来た。現実的ではないか。6年その一家の供養を受け取らなくても、リンチェンドルジェ・リンポチェは相変わらず法会に参加させた。頼み事があったら、加持してあげたし、どれだけ手伝ってあげたのか。他所の道場で賽銭を全然差し上げなかったら、どうなるどう思う。門外で合掌して拝ませてくれるだろうが、大雄宝殿までに入ろうと思ったら追い払われるかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは我慢強い人だ。ずっと機会を待っていた。今回お父さんが亡くなった因縁を待って一緒に処理しようと思った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは世間の法師と違う。彼らがリンチェンドルジェ・リンポチェのすごさを信じるようになる時は、追い払う時だ。何故彼らはこの6年間求めに来なかっただろうか。心の中でたくさんの人に説明する面倒さが嫌だったからだ。だから、ほかの師兄も同意書に署名してあげる必要がないのだ。彼らは改めようとせず、どうでもいいことで、まだ法会に参加できればいいと思った。こんな人は本気で学仏する気持ちがあるのか。

あなたたちは口先で法界の一切の衆生が済度が得られることを求めるが、四つの菩提心の勝義菩提心の修行ができ、空性の智慧で何も求めず衆生を助けられるまでには、衆生はあなたたちを相手にしないのだ。衆生にはそれぞれの縁がある。済度を受けに来るのがあなたと縁のある衆生だけだ。縁がなければ、済度できない。あなたの見えず、感じられない衆生がたくさんいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を助ける時何も求めないからこそ、今のこの神通があるわけだ。それで、お父さんに付き纏った鬼は、リンチェンドルジェ・リンポチェに知らせ、その日怖い目でお父さんのほうを睨んだ。鬼は必ず姿を見せてくれるとは限らない。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持がなかったら、その鬼はお父さんのほうに40数年も付き纏ってガンに罹らせただけでなく、生生世世も離れないのだ。何世が経っても、鬼の怨みの力は存在し続ける。必ずしも鬼の姿で現れるとは限らない。ほかのものに転生するか、体に長く棲み続けるか、ずっと付き纏って借りを返してもらおうとする。

済度が終われば大丈夫だ。懺悔すれば大丈夫だ。あなたたちはいつもこう考えている。中絶した一部の人が済度法会に参加し、胎児のために拝懺や念誦すれば大丈夫だと思うのと同じだ。今話した一家もずっと法会に参加しているから加護はもらえると思っていた。済度は確かだが、果報はまだ存在している。果報の力は今でもあなたたちを影響している。鬼があなたへの恨みはまだ残っており、すぐには消えない。たくさんの福報を累積し続け、悪を止めて善を行って善の力を起こさなければ、悪の力を抑えることができない。『懺悔』の二文字の意味だが、『懺』は自分の一切の果報を受け止めて借りを完全に返すことだ。『悔』は今後決して犯さないことだ。しかし、あなたたちは懺悔を終えれば無事だと思っている。

以前にあることが起きた。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだリンポチェになっておらず、出て来て人を助けていた。当時、鬼に取りつかれて飛び降り自殺をしようとする女の子がいた。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持してあげた後、無事になった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに、側にいる鬼が苦しんでいたので、助けてあげることを願った。リンチェンドルジェ・リンポチェは同意したが、その後ずっと忙しくてこのことを忘れてしまった。そうしたら、その鬼はリンチェンドルジェ・リンポチェに2ヶ月も商売させてくれなかった。護法がいたので、鬼はリンチェンドルジェ・リンポチェをいじめられなかった。しかし、2ヶ月も商売させてくれなかった。道場で生まれた子供が胎児の時から菜食していたほか、あなたたちはどれほどの肉を食べたか、どのくらいの衆生を傷つけたかを考えなさい。何年か法会に参加して済度してもらえば、それで完全に無事になれるはずがないだろう。数週間前開示したが、あなたたちが今世の業力は大変複雑だ。自身の累世の業に、両親の業、両親の祖先のその祖先の業もあるから、返すべきものはどれくらいたくさんだ。学仏は生生世世のことだ。今世でできると思ってはならない。果報を信じなくてはならない。もし、以前植えた因は学仏で果報がなくなるなら、今学仏して植えた善因も未来に善果が現れないのだ。そうではない。諸仏菩薩、護法と伝承上師の加護がなかったら、誰もよく死ねないのだ。まだ教えを聞かない気なのか。たくさんの肉を食べたから、返さずにはいられないのだ。」

ここで、リンチェンドルジェ・リンポチェは先ほど話した菜食していない息子を道場に連れてきた女性弟子、楊氏は上師や道場のために何かをしているかと聞いた。一人の弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェのお茶の用意と上師の休憩室の掃除をしていると答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、今より、今後道場のことを一切彼女にやらせず、彼女は密法を学んではならないと指示した。「リンチェンドルジェ・リンポチェのためにちょっとのことをしただけで、傲慢になってはならない。彼女は自分のしたことで、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女夫婦を特別に扱うと思った。12年も学仏してきたのに、何も変わっていない。リンチェンドルジェ・リンポチェはくじけてしまうのではないか。

もう一人の劉氏家族は十数人も皈依した。彼らは体調の悪いお母さんのために求めに来た。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは一人ずつお母さんの代わりに200回の大礼拝を毎日することを要求した。十人、一日で2000回になる。1年でもすればお母さんの福報は累積できるはずだ。しかし、昨日聞いたら、した人、忘れた人、時々にした人が全部いた。200回の大礼拝くらいの簡単なこともできない。不精で不孝だ。上師の指示したことをやらず、何事でも全部上師に任せっぱなしだ。この一家はお母さん以外、ほかの人は一切法会に参加してはならない。

また、かつて弟子だった一人の信衆のことだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に、組全員の師兄に懺悔同意書をもらって来ると要求したが、未だに最後の2枚の同意書を取得していない。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に出ていくことを要求したと同時に、組全員の署名を取得するまでに来てはならないと指示した。この信衆は医者で外では威張っている。SARS時期の功労者だとよく知られている。当年はSARSに罹って死ななかった。彼の命はリンチェンドルジェ・リンポチェが救ったものだが、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに助けられたことを全く話さなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは有名になる気がないので、別に言わなくても構わない。

あなたたちは何でも上師に任せたい。あらゆる問題を上師に解決してもらいたい。リンチェンドルジェ・リンポチェの助けを必要としているほかの衆生がたくさんいることを全く考えない。リンチェンドルジェ・リンポチェは一つか二つのことを解決してあげるが、仏法に対する信念を起こさせたいからだ。後のことはあなたたち自身の学習、修行、修正が必要だ。しかし、あなたたちはいつも同じ問題を繰り返している。意固地でうぬぼれで、思い上がる。いくら根器がよくても、学習も修行もせず、特別な兆候が現れるまでに修行しなかったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは相手にしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは金銭と地位で動揺しないから、あなたたちはどうしようもないのだ。

いくら話してあげても、怒ってもあなたたちは変わらない。これ以上のことは止めなさい。あなたたちは人が大勢集まる道場に来たが、今世間の仏寺と道場は有名な所以外に、信衆不足の所もたくさんある。今から、リンチェンドルジェ・リンポチェは人を追い出すようにする。少しだけの人が残る時、道場を解散しよう。今話した弟子が処罰されたことはあなたたちに関係がないと思ってはならない。これらの問題が起きたのも、あなたたちは互いに気を配り合い、注意し合わなかったからだ。これらのことがあなたたちに起きたら、あなたたちも彼らと同じことをするだろう。彼らだけの過ちだと思わないでほしい。リンチェンドルジェ・リンポチェが怒ったと思わなくていい。リンチェンドルジェ・リンポチェは怒らなかった。ただ、悩んでいる。何故なら、リンチェンドルジェ・リンポチェは菩薩道の修行をしており、衆生が三悪道に堕ちることで悩んでいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは決して人を叱るのが好きではない。あなたたちは地獄に堕ちる寸前だと見たから、叱らなくてはいられない。しかし、三悪道に堕ちることは如何に簡単だと、あなたたちは信じない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはここに残らなければ衆生を済度できないと思ったら、勘違いだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を一回修めるだけであなたたちの見えないたくさんの衆生が助けられる。その数はあなたたちの想像を遥かに超える。今施身法を修める時、ほかの銀河系の衆生も来るようになった。リンチェンドルジェ・リンポチェはいい加減なことを言わない。それらの衆生は外形が違うので、見れば分かるし、来る方法も違うからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を修めて十数年にもなった。何も求めないので、ほかの仏土の衆生も来たくなった。施身法を修める時に来る衆生は大変複雑で、どんな衆生が来るかは全く予測できない。空性の菩提心が修行できたからこそ、ほかの仏土の衆生に来させられる。修行者は隠れて閉関して衆生を済度しないと、外でチベット仏教をこう批判する人が多い。実際に、本当の大修行者は閉関室にいてもたくさんの衆生を利益することができる。衆生がなだめられたら、地球もより穏やかになる。外に出て人々に対面することだけが利益衆生だということではない。地球は何故こんなに混乱、騒乱しているのか。原因は傷つけられたたくさんの衆生が慰められなかったからだ。人間を済度することが衆生の済度だと思うのが間違いだ。原因を見極めなければならない。あなたたちが抱えている世間のこと、病気は何れも大したことではない。衆生が死んだ後、魔や悪鬼になることこそ怖いのだ。怖いのが魔や悪鬼ではなく、彼らが生生世世も三悪道を離れようとしないことだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したが、念誦のふりをしていた。母は念誦しなかったこと、心を改めなかったことを、リンチェンドルジェ・リンポチェよく知っていた。時間になると、全部の業力が現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は酒好きだった。仏経に、酒好きは糞地獄に堕ちる果報だとの話がある。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は後になってお酒を飲まなくなったが、果報は残っている。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は清潔好きな人だが、今はベッドで大小便するようになっている。お年寄りが糞を壁に満遍なく塗るという話を聞いたことがあるだろう。これが果報を予告する兆候だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は息子が修行しているので、果報は生前に現れた。きちんと返したら地獄道に堕ちない。リンチェンドルジェ・リンポチェの実母とは言え、果報は変わらないのだ。母親は自ら修行せず、改めず、息子は立派になったから安楽な生活を享受したいと執着を抱いたから、苦しみが現れた。母は今毎日息子に怒っている。リンチェンドルジェ・リンポチェも好きにさせた。息子が母親に怒られることだから、平気だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはほかの法師と違う。仏法に関連があるなら、家族のことも皆に聞かせる。身をもって示したいからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親なので、少しの福報はまだある。業力が現れたら、手伝ってくれる人がたくさんいる。しかし、あなたたちの場合、誰が手伝ってくれるだろうか。

施身法を修める時、修法者は身につけている保護用の聖物を全部外して何の守りも付けてはいけない。施身法は『宝積経』内のあらゆる顕教修行の法門を表し、『宝積経』内の六波羅蜜の全てをやっている。例えば忍辱のこと、修法時は忍辱が必要で、来る全ての衆生がリンチェンドルジェ・リンポチェから欲しいものがあれば、全部取って行っていい。もらって行っていいのだ。法本の内容は来る衆生に菩提心を発してもらいに来ることを忠告している。意味は、返すべきものは返し、借りを全部返したら、それで終わりだ。施身法を修める行者は離喜瑜伽の修行、勝義菩提心の修行が必要だ。前に『宝積経』内の四つの菩提心の発心を開示したことがある。勝義菩提心の修行がなかったら、済度は無理だ。勝義菩提心は空性的で衆生の縁に応じるもので、無我かつ何も求めず、ただ衆生を利益したくて世間の良し悪しに全く影響されない。勝義菩提心がなかったら、鬼を見るだけで怯えてしまう。済度なんてできないのだ。何故なら、来る衆生はいろいろで、あなたたちは全く考えられない。この世間の因縁は極めて複雑だ。縁のない衆生は来たくても来れない。縁が来れば、来れる。毎回来る衆生も違う。一定の相手がいないが、来たら助けてあげなければならない。施身法に特別なところがある。つまり、虚空にいる六道を輪廻する衆生が全部その範囲に含まれる。あなたたちは家族を助けることが修行だと思っているが、本当は実の修行に全然及んでいないのだ。

一部の衆生の名前を聞くだけで、あなたたちは震え上がる。法本に魔王、凶妖王、魔女、郷鬼、病主、水怪、権威魔などがある。そのうちの権威魔だが、権威は権力、勢力を持つ意味だ。例えば政府役員である政治家は権威で他人を圧迫すること、或は修行者は修行できたと自認して仏法で他人をいじめること、または他人より修行ができたと自認して尊敬されたいことが、全部権威魔の仕業だ。自分の心をちゃんと把握していなかったら、普段は感じないが、一旦権力のある職位になり、権威があっても人を助けない時、魔は隙を突き、三善道に往生させてあげない。先ほど話したヨガを習った女性弟子は何故ヨガを習ったのか。これで学仏が速くなり、他人以上の成就を得て自分の学仏でもっと尊敬され、自分は優しい人だと思われたいと彼女は思ったからだ。これが我慢の心で学仏することで、欲望だ。優しく思われたいのも権威魔が邪魔したからだ。だから、仏経は勢力で他人をいじめてはいけないと教えてくれた。特に、家にフィリッピン人やインドネシア人のメイドがいる人は注意しなさい。権力で人をいじめる果報は地獄に堕ちることだ。あなたたちは仏経をたくさん読んできたが、権威魔を読んだことがないだろう。施身法の法本にこの話まで書かれた。施身法の法本内容は細かい。あなたたちは想像できない。また、羅刹、王爺もある。あなたは羅刹を聞いたことがある。台湾に施身法が適用だ。海に囲まれているので、あっちこっちに王爺がいる。

施身法の法本だけでなく、顕教の経典にも権威魔が言及された。『金剛経』に『破四相』があり、『楞厳経』にもある。修行者が貢高我慢の心が起き、僅かな傲慢な心でも起きたら、魔は直ちに口から入り込む。仏経に外魔と心魔があるが、あなたたちには外魔がいない。修行者ではないので、外魔はあなたたちを相手にしない。しかし、あなたたちには心魔がいる。心魔は貢高我慢、貪瞋痴慢疑の五毒のことだ。心魔が入ったら、大変なことだ。学仏の時、仏法で内面を見直して自分を調整して変えなかったら、きっと問題が起きる。学仏の目的は、他人を打撃するため、或は、自分が如何にすごいかを誇示するためではない。仏教徒は内面を見直し、自分の身口意が仏法の教えを逸れているかどうかを確認しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェができたのは、尊勝なる直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェを特別にかわいがったからではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは確実に教えに従って修行しているからだ。学仏はあなたたちの心に関係しており、法がいくらあっても唯一の心を逸れてはいけない。唯識宗は51心所に対して心の働きについて解明しようとしている。天台宗は毎日数時間の禅定をして禅定を通じて自分の心を確認し、心の執着を一々打破しようとしている。

仏の寿は尽きず、仏の光はあらゆる所を照らして十方法界の行き届いたところを満たし、照らし続けて止まることがない。それでも何故あなたたちは感じないのか。仏、菩薩、声聞、縁覚にはそれぞれの空間があるからだ。仏の話した十方法界は六道の衆生のことで、また、声聞、縁覚、菩薩、辟支仏もいる。菩薩がいる空間と境界は私たちのと違う。菩薩の果位が修行できなければ、菩薩の空間には入れない。これも凡夫の身を持つ上師と顕教の師父が必要な理由で、あなたたちと同じ空間にいるからだ。しかし、もし、あなたたちの学仏の心が上師と異なっていたら、上師と相応できないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの心は上師と仏菩薩と同じなので、自然に相応できる。相応は感応や神通を持つことではない。あなたたちが求めるのは加護、すぐ神通を見たいことなら、ほかの所に行きなさい。他所の所は信衆がほしいから、神通を見せてあなたたちに効果を感じさせる。しかし、仏法は神通で信衆を引き付ける必要がない。『金剛経』の中で、仏法は神通を講じるものではないので、色相と声で求めてはいけないことが書かれている。例えとりあえず神通であなたを助けてあげても、永遠的なものではない。あなた自身の努力で修行しなければならない。

修法前にまず供養をする必要がある。法本の通りに唱えるだけのことだとあなたたちは思うかもしれない。あなたたちは口で唱えるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは修法の時、唱えながら観想して実行しなければならない。これこそ密法だ。法本の内容だが、施身法を修める行者は自分の体、福報、富、善根を仏菩薩と内外の曼荼羅に供養する必要がある。秘密供養なので、本来、これは言ってはいけないことだが、あなたたちの傲慢な心を消すため、言うしかなかった。修行しているから他人を助けられると自認してはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を長年修めてきたが、修法前も同じく供養して諸仏菩薩の加持を祈る必要がある。供養は何のためなのか。供養は全て二つのことのためだ。つまり、福報と智慧だ。福報がなければ、衆生を済度できない。空性の智慧がなければ、衆生の問題が分からず、解決してあげられず、済度してあげられない。資糧として福と慧がなければ、学仏、修行ができないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんのことをしてきたが、それでも仏菩薩に加持してもらってからでないと、済度できない。だから、あなたたちは何故自分ができたと自認できるのか。

『地藏経』内の話だが、仏が地藏王菩薩を賛嘆した時、地藏王菩薩は諸仏の加持が衆生を済度したと話した。周りは地藏王菩薩が謙遜したと思ったが、事実だった。地藏王菩薩は法身菩薩になったとは言え、仏の加持に頼る必要があった。諸仏菩薩は分け隔てしない。諸仏菩薩が合わせた力と一人の力のどっちが強いかを考えなさい。道理が分かるだろう。あなたたちは自分の力で修行でき、能力があると自認する根拠でもあるのか。あなたたちの中で多くの人は暫く学仏して暮らしがよくなり、会社で昇進、加給をもらったら、自分が念誦、礼拝、修行したお蔭だと自認する。仏菩薩の被護がなかったら、あなたたちの業力では皆三悪道に堕ちるはずだ。あなたたちは修行しておらず、仏菩薩に会えないから、上師に頼って仏法を教えてもらうしかない。それでも、教えを守らず、自分なりの考えを持っていたら、教法に従って修行していないことだ。もし、自分で修行できたのだと言い張る人がいるなら、ここから追い出す。地藏菩薩に学びなさい。仏法を学んでいても傲慢になってはいけない。六祖慧能は明心見性の後でも身を隠して十数年も学んだ後、初めて出て来て衆生を利益した。リンチェンドルジェ・リンポチェは信衆を接見した時、学仏して衆生を利益したいという信衆の言葉を聞いた度に、頭皮が痺れて恐ろしく感じた。

『阿弥陀仏経』の記載によると、十方の諸仏菩薩は広長舌相で現れて阿弥陀仏を賛嘆した。阿弥陀仏は願力の深い仏で、諸仏菩薩は阿弥陀仏の大願の功徳を賛嘆したほか、もう一つの意味は諸仏菩薩は阿弥陀仏を支援することだ。浄土に行くには、悪業と善業とも浄めなければならない。しかし、阿弥陀仏だけが善業を持って往生することを許してくれる。例で説明すれば、阿弥陀仏は塾を開き、あなたたちは菩薩候補で、一歩一歩と成仏できるまでにあなたたちに塾を通わせることだ。衆生にはそれぞれに因縁がある。阿弥陀仏と縁がなくてほかの仏と縁があることもあり得る。阿弥陀仏が慈悲の願力をあるので、十方の諸仏菩薩は助けに来る。阿弥陀仏の浄土に行くようにあなたたちを助ける。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。阿弥陀仏を唱えることだけが阿弥陀仏の所に行く唯一の方法ではない。浄土の法門を修めることが行く唯一の方法でもない。諸仏菩薩が手伝ってくれるので、ほかの法門を修めても行けるのだ。また、善根を全部浄土に回向するのも方法だ。悪業のほうについては、悪行を止められるから、あなたたちはより把握しやすいが、善行のほうはなかなか制御できないので、あなたたちは善業を把握することができない。そのため、『宝積経』に阿耨多羅三藐三菩提に回向するという話がある。

リンチェンドルジェ・リンポチェは『阿弥陀仏無遮大済度法会』を何年も開催してきた。開催しようと思ったら、きっと参加に来る人が多いとよく分かっている。しかし、何故この2年間は大法会を開催しないのか。台湾には環境的な原因がたくさんあるほか、要は自分自身が貢高我慢にならないようにしたいのだ。毎年参加に来る人は増える一方、これたくさんの人に持ち上げられ、うっかりでもしたら、ついに思い上がってしまうからだ。法会を開催しないのは慈悲がないこと、2万人も法会に参加できないなんて言ったりする人もいるだろう。実際に、リンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を修める時、一回だけでも2万以上の衆生が来るのだ。

一昨年(2013年)ネパールでの法会の前、リンチェンドルジェ・リンポチェは向こうで大変厳しいことが起きると予知していたので、参加しなかった。当時のことは過ぎたが、去年(2014年)は交通事故に遭った。これが転重軽受だ。つまり、果報は必ず現れることだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさん修行してきたとは言え、借りもちゃんと返さなければならない。釈迦牟尼仏でも成仏した時、九つの難に遭った。だから、皈依、拝懺をしたら何もかもよくなると思ってはいけない。あなたたちは何だろう。一本の草でも、植物だから切られることがある。あなたたちは有情衆で、よくないことをたくさんしてきた。果報がないはずがない。悪行をした後懺悔すれば悪行は消えると思ってはならない。本当にそうなら、因果もなくなるだろう。本当に学仏をしている人は分かる。まめに修行して学習していたら、生生世世の問題は今世で解決できる。もし、懺悔で何もかも解決できるとしたら、あなたたちは今学仏しても果報があるはずがないのだ。

学仏の道において、小学生のところか、あなたたちは幼稚園の程度さえに達していない。言葉のできない赤んぼと同じくらいだ。ある弟子は傲慢な心が起きて自分は何の法を修めていると自慢したし、どの人がこっちの人だと他人に話した。こんな比較をすると、上師たちの間で争いを起こさせていまうのではないか。これ以上、改めたくないなら、ここから追い出してお母さんに留めてもらおう。学仏者は傲慢な心を改めなければ、大変危険になる。悪行で他人をいじめるようになるからだ。勢力で他人をいじめる人は皆地獄行きだから、学仏した後まだ他人をいじめる人は尚更だ。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法し始め、顔に慈悲なる光が輝いた。勝義菩提心と無量の衆生を済度したいというリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力が虚空に十方法界を遍満なく照らした。修法の過程は極めて尊く厳かだった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を構わず、完全な禅定の中で法本を念誦し、施身法の儀軌を進め、並びに六字大明咒を長らく唱えた。慈悲、真摯、荘厳、清浄、朗々とした法音が鳴り響き、無数の有情衆生を利益した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法による加持力は極めて殊勝で、一切の衆生を摂受し、その威徳力は虚空に遍満した。

修法が円満になり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続けて参加者たちに貴重な仏法を開示した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、一列目に座った一人の女性弟子が法会進行中ずっと体を動かしていたことを指摘し、調子でも悪いかと彼女聞いた。その女性弟子は不具合はないと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは続けてこう開示した。「法会の時、じっと座れないことには体の具合がよくないか、心がここにないかという二つの状況がある。この女性弟子は法会の進行中、絶えずに動いている。心がここにないのだ。今日の法会は自分に役立たず、関係がないと思ったからだ。この一列に座った人の中で、ものすごく動いていたのは彼女だけだ。足をちょっと動かすならいいが、彼女は最初からずっと動いていた。全身で動いていた。あなたたちも見えるはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の進行中、両足を組んでちっとも動かなかった。彼女は3年も皈依した。皈依して3ヶ月の人、或は皈依していない信衆だったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは何も言わないが、彼女は皈依して3年もなったので、心が落ち着かなくても体には少しの定があるべきだ。ずっと動いていたのは全く修行せず、懈怠で、また専念していないからだ。考えてみなさい。集中して何かをする時、体は殆ど動かないはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日施身法を修めて正面に黒い玉すだれのついている法帽が被っているから見えないと思ったら、勘違いだ。相変わらずはっきりと見えるのだ。この弟子は今まで後ろのほうに座っていたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは見えなかった。たまたま今日は一列目に座るように案内されたので、リンチェンドルジェ・リンポチェに見られてしまった。罰として2ヶ月間の法会参加と供養を一切禁止する。」リンチェンドルジェ・リンポチェは女性弟子の紹介者は誰だと聞いた。当該組の組長は、紹介者はもう道場にいないと返事した。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは、これからは一人ひとり追い払っていき、最後道場には数人しか残らないようにすると開示した。

「一人の男性弟子は最近、リンチェンドルジェ・リンポチェの母のために広東語の通訳をした。年寄りの世話をして福報が起きたので、顔が明るく笑えるようになり、眉を顰めなくなった。二日前機会があったので、リンチェンドルジェ・リンポチェはわざと男性弟子の奥さんをテストした。彼女も皈依弟子だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に、旦那さに別の女性がいると話した。彼女はこの話を聞いたら、すぐ顔色が変わって暫く何も話さなかった。旦那さんの不倫を見たから、リンチェンドルジェ・リンポチェは注意してあげたと彼女は思った。しかし、別の女性とはリンチェンドルジェ・リンポチェの母親のことだった。この女性弟子がこんな反応があったのは、少なくとも一年修行しておらず、まだ執着があることだ。往生する時は怖いんだよ。『仏子行三十七頌』に『親しき者への貪りは水のごとく動き』がある。出家衆に出家相が現れたのは眷属に影響されたくないからだ。しかし、出家相が現れても影響は残っている。以前、この女性弟子は、旦那が口うるさいとずっと言っていたが、旦那さんをこんなに愛しているとは意外だった。実際に、旦那さんは彼女に忠実だが、彼女は自信がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示したはずだ。不倫の相手を見かけても、喧嘩をさせたくないから、リンチェンドルジェ・リンポチェは言わない。この女性弟子の旦那さんは処罰されていたが、やっとリンチェンドルジェ・リンポチェの座席の右前にある本来の位置に戻れた。奥さんに愛されているので、本人は真面目で改善して改めたことだ。

今まで話した三つの例だが、劉氏弟子の家族全員の問題は不精だ。林氏弟子の一家は、6年も求めに来なかったので、改める気がないのだ。そして、菜食していない息子を道場に連れてきた呉氏弟子は、自分が病気だからかわいそうだと思い、上師の言葉を聞き流した。上師に対する心を固めず、身勝手で死ぬことを恐れている。息子が拝めば自分は助かると信じたが、上師はこの数年来助けてあげたたくさんのことを信じなかった。呉氏弟子は最初透析を毎日受けていたが、今は週に1~3回になった。」リンチェンドルジェ・リンポチェは現場の医者をしている弟子に、透析を毎日受ける人の一般寿命を説明するように指示した。その弟子は、毎日透析を受ける場合、長くて5~7年の寿命があるが、それぞれの臓器はゆっくりと不全になっていき、最後は骨も壊れてしまうと説明した。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けた。「呉氏弟子は透析を受けてから12年になった。リンチェンドルジェ・リンポチェは12年の時間もあげたのに、彼は満足できない。皈依して12年にもなったのに、まだごまかしている。皈依していない信衆が十分な信念があったので、落ち着いて座ったまま往生したのを見たのに、彼はまだ信じない。上師を信じたくない。何故だろう。まだ、疑、惑、不決定を抱いているからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはわけもなく人を叱らない。話したことは必ず仏法に関連している。もう分かっただろう。上師は何度も開示した。あなたたちはポワ法を求められるとしても、得られるかどうかはあなたの因縁次第だ。疑、惑、不決定があったら、縁がないのだ。」

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて「昨日会見に来た林氏一家に、リンチェンドルジェ・リンポチェはどんな指示をあげたか。」と聞いた。弟子は、「リンチェンドルジェ・リンポチェは1ヶ月内に全部の同意書をもらうことを指示した。」と答えた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示し続けた。「気が変わった、一週間内に全部の同意書をもらいなさい。できなかったら、一家とも法会への参加を禁止する。彼らは積極的に師兄たちから同意書をもらおうとしなかった。改める気がない。独りよがりで、貢高我慢だ。改めたくないなら、加護を求めてここに残っても仕方がない。何故師兄たちに同意書をサインしてもらうことを要求したのか。この道場は他所と違う。他所はこんなことをしない。過ちを犯しても大きな御捻りをあげて懺悔すれば、続けて来させる。懺悔するなら、上師と仏菩薩にすればいいと、あなたたちはこう言うだろう。こんな懺悔は誠意のないものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、同じ組の師兄の同意が必要だと要求した。理由は、この道場に千人以上の弟子がおり、各組には最低でも100~200人がいるので、150人のそれぞれに同意を頼む時、自分のミスを150回言うことになり、100人以上の師兄にあなたの問題を見なすことに手伝ってもらい、これで自分の過ちを確実に理解できるからだ。

他人事だと思わないでほしい。今日話した弟子らのことはあなたたちのモデルになる。あなたたちは誰でもこの中にいる。物語を聞いていると思ってはならない。これらのこともあなたたちに起きる。何故なら、あなたたちは貪瞋痴の中にいるからだ。あなたたちの好きなことを、リンチェンドルジェ・リンポチェはわざとしない。あなたたちの嫌なことを、リンチェンドルジェ・リンポチェはわざとやって見せる。あなたたちの執着を打破したいからだ。執着を持っていたら、浄土には行けない。仏経にある一念から十念までのことは、今この念頭が終わって次の念頭が起きるまでの間、阿弥陀仏のことしかいない意味だ。唱えながら、迎えに来てくれるのは阿弥陀仏なのか、観世音菩薩なのかと急に思ったら、浄土には行けなくなる。或は、念誦の最中、六字大明咒や阿弥陀仏心咒のどっちを唱えたほうがよいかと突然に思い付いたら、浄土にも行けなくなる。だから、気が散ってほかのことを考えてしまうのが尚更だ。

祖師ジッテン・サムゴンも『一意』を話した。つまり、ほかの念頭がなく、一筋に仏法を学んで衆生を利益することだ。眼、耳、鼻、舌、身、意を全部この一意に集中し、生死の解脱、菩提心の発心、利益衆生のための成仏に専念する。あなたたちはまだ明心見性になっていない。あなたたちにはできないが、せめて『一意』で、五戒、十善、慈悲心、菩提心を以て修行すべきだ。空性の修行ができなければ、慈悲心を起こすのも無理だ。慈悲心がなければ、菩提心もあり得ない。菩提心がなければ、生死を解脱して自利、利他ができるはずもない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはもうすぐ70才になる。昔の人は『人生七十古来稀なり』を言ったから、古希の年になり、たくさんの時間がないのだ。これ以上、あなたたちは改めないなら、あなたたちがリンチェンドルジェ・リンポチェを追い出すことになる。仏には弟子がいる必要がなかった。しかし、仏はとても慈悲で、衆生が生死と輪廻の苦しみから解脱できることを望んだので、仏法を教えてくれた。釈迦牟尼仏の法運はこの世間に一万数年しか残らない。その後、仏法は滅びる。仏が慈悲でないわけではない。衆生が仏法を捨てるからだ。この現象はだんだん現れてきた。いつか、リンチェンドルジェ・リンポチェがここにいなくなる時、この道場も解散だ。

仏法には特別なところがある。学ぶこと、やることを決意したら、生生世世からもたらした業を全部今生で浄められる。仏法は直ちに何かが違うと感じさせくれない。ほかの宗教は逆だ。彼らは神の威力を見せて信衆を信じさせたいからだ。漢方医学と西洋医学の違いのように、風邪で熱が出た時、西洋医者に診てもらい、薬を一日飲んだら効くが、その後は妙に違うと感じる。一方、漢方薬は2、3日も飲まないと、効果が見られない。しかし、治ったら、気持ちはよくなる。この例えなら、あなたたちはよりよく分かるだろう。仏法も同じだ。徹底的に解決でき、副作用を起こさない。ほかの外道は早くも解決してあげるが、一時的なものだ。後からひどいことが現れる。その時はどうしても解決できないのだ。人間は世間にいて必ず任務や使命がついていると思わなくていい。この世間に生まれたのは借りを返してもらうか、借りを返すためだけだ。借りを返してもらうことはどうでもいい。他人に借りを作らせてから利息を加算したいとも思わないでほしい。借りを返したら去って行く。新しい借りを作らない。

この俗世間にいては、学仏は大変で難しいことだ。誘惑がたくさんがあるからだ。しかし、その分でとりわけ殊勝だ。優れた環境の中で学仏すると、たやすく懈怠してしまう。今時の人は十分な福報がなく、聖地で閉関する機会が滅多にない。現代生活の中で、あなたたちは奥山に行って閉関する福報と因縁がないとは言え、生活の中で修行することで却って役立つ。すぐ分かって過ちを修正することができる。そのため、自分の身口意が上師と仏の教えを背いていないかを、毎日必ず単独で考えるようにリンチェンドルジェ・リンポチェは教えている。しかし、実行している人は稀だ。このこともしないなら、修行だとは言えない。一日でも自分を見直さなかったら、一日修行しなかったことになる。今日は幸せに過ごせたと思ったら、同じく一日修行をしなかったことになる。毎晩寝る前に、静かに反省しなければならない。大事なことなので、必ずやるのだ。護法を修め終えて一日中のことで疲れたと言ってベッドにつくと寝ちゃったり、急いでほかのことをしたりしてはならない。忙しくて時間がないと言い訳をしない。テレビを30分見る時間があるのに、寝る前に数分間で静かに一日の身口意が仏法と一致したかを考えることをやりたくない。修行は、自分を輪廻させる行為を修正することだ。少しずつ累積していく必要があるし、些細なことも見逃さない。たくさん念誦することは修行ではない。念仏、持咒は助縁に過ぎない。持咒、拝仏はあなたの思惟の力を強めるためだ。この方便法門を教えてあげた。それでもこの通りに修めないなら、学仏だとは言えない。」

法会は円満に終了した。弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる修法と開示に感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを見送った。

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2018 年 05 月 06 日 更新