尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示– 2015年11月15日

法会の開始前に、一人の弟子は、上師の功徳と法脈伝承の殊勝さを語る機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

「ご存知の通り、ドイツの博士号は大変取得しにくいもので、ドイツのボン大学(正式名称はライニッシェ・フリードリヒ・ウィルヘルム大学ボン)の博士号は尚更なものだ。先週、皆さんは同時にボン大学でチベット学の博士号を取った教授、林氏と曽氏の二人の師兄が語った話と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ、上師を讃頌する言葉を聞けて大変幸せのことだ。

今日、私は皆さんに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法脈伝承に関する殊勝さと有難さを話したいと思う。

皆さんも知っていることだが、尊勝なる直貢チェツァン法王は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師である。また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも開示したことがあるが、ユンカ・リンポチェは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのもう一人の根本上師である。

2003年、初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについてチベットのニンティに行ってユンカ・リンポチェを拝謁したことがある。チベットのニンティはインド国境に隣接するため、当時は通行証がなければ通過できなかった。しかし、ジープに乗った人の中で、運転手だけが通行証を持っていた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを含め、現地ガイドと弟子たちは誰も通行証がなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは車に乗ると、持咒し始めた。国境に到着する直前、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、入国審査官にどう話すかを運転手に教えた。運転手も尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの指示した通りにしたので、無事に入国審査官は車を通してくれた。ユンカ・リンポチェの所に行く途中、道の状況はひどかったが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは全然苦に思わなかった。

ユンカ・リンポチェの閉関室の所在のふもとに着いたら、十数匹の虫が現れ、リンチェンドルジェ・リンポチェの額の前方を飛び回った。山に登った時もずっと道を導いてくれて離れなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関室に入った後でも、ユンカ・リンポチェの閉関室の天井の真ん中を数時間も飛び回っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関室を出た後やっと去って行った。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関室に入った時、ユンカ・リンポチェはベッドに座り、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが供養した九股プルパ金剛杵を嬉しく手に取っていたうえで、金剛杵をずっと指さしていた。この金剛杵はユンカ・リンポチェが過去世使っていたもの、本当に殊勝な因縁だ。

ユンカ・リンポチェの閉関室の面積はとても小さかった。ユンカ・リンポチェはベッドに座り、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは側の床に座った。私はリンチェンドルジェ・リンポチェの後ろに跪いていた。ユンカ・リンポチェがリンチェンドルジェ・リンポチェに伝法した時、ユンカ・リンポチェは、食べながら(塩で味付けられた茹で麺の昼食)聞くことをリンチェンドルジェ・リンポチェに指示した。しかし、ユンカ・リンポチェは分厚い法本を開いてわずか数ページの法を伝授した後、すぐ法本を閉じて『たくさん言わなくてもリンチェンドルジェ・リンポチェは全部悟ったのだ。』と話した。ユンカ・リンポチェもまた、六道のあらゆる衆生は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが念誦する六字大明咒を聞くと、済度が得られると開示した。

閉関室内、ユンカ・リンポチェが座ったベッドの後ろは壁で、壁に棚もなく、何もなかった。しかし、ユンカ・リンポチェはベッドに座ったままあっという間に一尊の釈迦牟尼仏像を取り出し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに渡した。そのうえで新しい道場に使ことを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに開示した。その時、今の民権西路の道場はまだなかった。その後の尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示によると、ユンカ・リンポチェには報告しなかったそうだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェには新しい道場を持つことを、ユンカ・リンポチェほその時既に知っていた。一番殊勝なのは、この釈迦牟尼仏像は、ユンカ・リンポチェの上師の世において修行に用いられたことだ。まるで新聞を取り出したように、ユンカ・リンポチェは振り返っただけで仏像を取り出したのを見た。大変気楽だった。しかし、仏像を受け取ったら、大変重くて、その重さを実感した。

その時、私は目がくらんではっきりと見えなかったかと思った。あっという間に、ユンカ・リンポチェは虚空から一尊重たい仏像を取り出したから、もし、ユンカ・リンポチェはまた仏像を取り出すことがあったら、必ず詳しく見ようと思った。案の定、ユンカ・リンポチェはベッドに座ってまた突然にもう一尊の仏像を取り出した。蓮師仏像だった。ユンカ・リンポチェが今世の修行に使われた仏像だ。ユンカ・リンポチェはまた、ユンカ・リンポチェ上師の白黒法照を一枚尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに渡した。閉関室を出た後、私は二尊の仏像ともユンカ・リンポチェが虚空から取り出したかについて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに尋ねた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはその通りだと開示してくれた。私は更に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、ユンカ・リンポチェが二尊の殊勝な仏像と上師の法照をリンチェンドルジェ・リンポチェに賜ったことは、ユンカ・リンポチェは自分の法脈を自分の弟子でなく、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに伝承した意味だろうかを尋ねた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも同じくその通りだと開示した。

よく知られたことだが、2002年11月から2003年7月のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行期において、社会は不安定になり、各宗教の法会を含めてあらゆる活動は控えられた。しかし、ピークの時期、2003年4月から7月までの間、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは却って金曜日と日曜日に17回の法会を開催して衆生を利益した。『衆生に仏法が最も必要とされる時、仏法はなくてはならない。』と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは自らの安否をちっとも構わなかった。当時、一人の高校生はSARSに罹り、挿管を受けて危篤状態だった。その学生の先生が代わりに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた。あの頃、病院は誰でも避けたい場所だったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは2回も病院に足を運んで高校生を加持した。その後、高校生は完治して大学の医学院漢方医学部に受験合格した。また、市立病院の救急医療部に勤めた一人の医者もSARSに罹った。医者の弟さんは代わりに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めたうえで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法した殊勝な法会に参加した。この医者も完治後、普通SARS患者が治療を受けた後の後遺症がなかった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがSARS期間において修めた密法のうち、一冊の法本はユンカ・リンポチェが自ら伝授したものだ。この法本は、ある日ユンカ・リンポチェが道を歩いている最中、突然に空から飛んで来たものを見て手を伸ばして掴んだもので、密法の法本だ。ユンカ・リンポチェの法脈伝承はどれほど殊勝なものかを、皆さんは分かると思う。この法脈の伝承は、ユンカ・リンポチェ自身の弟子でなく、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに伝えられた。以前、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、尊勝なる直貢チェツァン法王もユンカ・リンポチェに会いたかったが、何らかの理由でチベットに入れなかったので、ユンカ・リンポチェに会う機会がなかったと話したことがある。

2005年、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはユンカ・リンポチェから岩蔵密法の灌頂を受け、法本を授けられ、この法の所有者となったうえで、大印契離喜瑜伽の果位の認証も受けた。

2006年、ユンカ・リンポチェは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに文殊菩薩仏像を賜った同時に、十方三世一切諸仏菩薩の功徳は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにあること、及び尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは六道の一切衆生を済度できることを授記した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは現在、ユンカ・リンポチェから秘密灌頂を受けた唯一の漢人リンポチェだ。

1995年、テンジンニンマ・リンポチェは自ら尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを弟子として受け入れた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはテンジンニンマ・リンポチェの弟子の中で唯一の漢人で在家の根本弟子である。1999年、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがテンジンニンマ・リンポチェに会った時、テンジンニンマ・リンポチェは舌で2分間も舐めたスプーンでヨーグルトを取って尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに賜った。その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは躊躇いもなく飲み込んだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの心は清浄であることと上師に対する恭敬心の表しだ。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示した。『尊勝なる直貢チェツァン法王に、リンポチェは皆転生したかについて尋ねたことがある。尊勝なる直貢チェツァン法王は、イイエ、今世で修められた人もおり、テンジンニンマ・リンポチェは今世で修められたことを教えてくれた。』テンジンニンマ・リンポチェは教派の大成就者だ。

2002年、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて大成就者、テンジンニンマ・リンポチェを拝謁した。テンジンニンマ・リンポチェは閉関中で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェ以外、誰にも接見しなかった。閉関室は極めて小さくて腰を曲げ、いくつかの曲がった道を通らなければ入れなかった。閉関室には一つの窓しかなかった。テンジンニンマ・リンポチェは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会って大変嬉しかった。自分がかけていた、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが供養したクリスタルレンズのメガネを指さした。この眼鏡について、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは以下のように開示した。『初めてテンジンニンマ・リンポチェに会った時、テンジンニンマ・リンポチェはクリスタルレンズのメガネをくれるだろうと話した。』尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにクリスタルレンズのメガネがあることをテンジンニンマ・リンポチェは知っていた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがテンジンニンマ・リンポチェに頂礼した後、テンジンニンマ・リンポチェは着た服のポケットを含めて閉関室のあらゆるところを探し、カーペットのあっちこっちも探した後、やっと見つけた合計500人民元を全部尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに賜った。どうしてもリンチェンドルジェ・リンポチェに受け取ってほしいと堅持した。リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取りたくなかったが、テンジンニンマ・リンポチェの堅持、そしてその場にもいた直貢チェツァン法王のお兄さんの勧めでやっと受け取った。このことには殊勝な意義がある。つまり、リンチェンドルジェ・リンポチェは人天の供養を受け取り、教派伝承の重要責任を負う資格があるということだ。

2004年、私はまた尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて青海に行って教派の大修行者、114才の老ヨギーニ、ギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェを拝謁した。ギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェに、仏法事業の円満、物事が思いの通りに運ぶことを授記した。今回の青海の旅において、白馬が川辺に、ウサギほど大きいゴールデンハムスターが懸崖に現れてリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えた。これらは何れも尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを歓迎するため、護法が化身したものだった。車が川を沿って進行した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは持咒し続けて龍衆を加持し、その最中に突然に指である山を指し、『そこに聖物があるはずだ。』と開示した。その時、それが尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの示現だと私はまだ知らなかった。

車がある風水吉相の宝地に到着した後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが車から降りた間もなく、天際の両側に相次いで殊勝な赤い光の瑞相が対称的に現れた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて参拝や法会のために海外に行った時多くの瑞相を見たが、赤い光の瑞相は初めてだった。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

2005年、もう一度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて当時115才になったギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェを拝謁した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが頂礼した時、晴れた空から瑞雪が降り始めた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが老ヨギーニの閉関室にいた時、閉関室外の向かい側の空に護法が化身した白いタカが天際を通り過ぎ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを歓迎した。旅中においても、空に日暈と空行母が化けたハゲタカが列を作ってリンチェンドルジェ・リンポチェを迎えたなどの瑞相が現れた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、『日暈は仏像の後光であり、見た者は皆加持が得られる。』と開示した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは何時でも弟子のことに気を配っていた。当時、車列は長かったので、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子全員が日暈を見るように直ちに指示した。このことから、弟子のことを大事に思う上師の心が分かる。

2004年、教派のリンポチェは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが短い時間で速くもよく修行できた理由を知りたかったため、青海の聖なる湖で修法した。この聖なる湖はダライ・ラマの転生霊童を探した場所だった。修法の時、空に垂直の虹、殊勝な雲の瑞相が現れたうえで、不思議なことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが過去世、伏蔵師時期の名前が現れた。

2004年、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて青海のナンチェンにあるLhomiyel Gompaに行った。ふもとのお寺の入口に赤い横断幕が掛けられ、『歓迎 伏蔵師顏リンポチェ』が書かれていた。その時、初めて分かったのだ。2004年、リンチェンドルジェ・リンポチェが青海に114才の老ヨギーニ、ギェ・ラルカ・ジョルマ・リンポチェを拝謁に行った時、車の中で、突然ある山を指さしてそこに聖物があるはずだという開示が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な果位の示現だったのだ。弟子として全然気付かなかったことを懺悔する。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこう開示したことがある。『100人のラマ僧の修行功徳は一人のリンポチェの修行功徳に等しい。100人のリンポチェの修行功徳は一人のンガパの修行功徳に等しい。100人のンガパの修行功徳は一人の伏蔵師の修行功徳に等しい。』私は、一人の伏蔵師の修行功徳は1万人のリンポチェの修行功徳の総計と同じだったら、チベット仏教の四大教派のリンポチェの総人数は1万人いるかについて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに尋ねたことがある。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの答えは『ない』だった。そのため、伏蔵師の修行果位は極めて殊勝だ。

2005年、私はまた尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて青海で開催された『岩蔵八大ヘルカ』灌頂法会に参加した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、『この殊勝な法門は教派のガーチェン・リンポチェが所有し、教派において伝承されない時間は100年以上にもなった。』と開示した。この法会では、ただ出家と在家の二人のリンポチェに伝承された。在家のリンポチェは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのことだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがこの法会で灌頂を受けたことにより、在家修行者が直貢噶舉の八大ヘルカの殊勝な伝承を受けることになったと共に、この殊勝な法門が初めて漢に伝えられることにもなった。その時、地動が起きたり、氷霰が降ったり、大風が吹いたり、稲妻が走ったり、雷が鳴ったりするなどの殊勝な現象が起きた。法会の時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法座から降り、現場の出家衆、在家衆の全員に開示、灌頂した。

2001年、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはまた、教派のもう一人のリンポチェ、文殊菩薩の忿怒尊である紅閻摩敵から灌頂を受けた。この法が初めてチベット地区外への伝承だ。

2006年10月29日、史上初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、チベット仏教の伝法金剛上師として、インド北部シーク教区にあるパンジャブ州で最も知名な学校、M.G.N.の招きに応じて講演を行い、並びに年度の授賞者を担当した。その前の年に、招かれたゲストは現在と前任のインド総理だった。式典の前、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは招かれて雛壇に上がって隊列を検閲した。更に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは苦労を構わず、式典で受賞した全部の学生とクラスに授賞した。式典の最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは綺麗なオックスフォード風の英語で講演と開示を行い、現場にいた千人以上の学生と親たちは皆感服した。現場で騒いだり、歩いたりする人もおらず、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大摂受力が見られた。また、式典前に記者会見があることが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは事前に告げられず、用意もないまま会場に入った。インド人記者の分かりずらい英語による(ミスコンテストの問題も含めて)鋭い質問を受け、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは穏やかに対応した。現場の記者は皆感心した。しかも、現場でマスコミから一人の女性記者は詩を朗読し、且つ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは神様がくれた最も貴重な贈り物だと讃歎した。翌日、現地のマスコミに、6社の新聞社が四つの言葉と著しい表題で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法で若い学生を指導したことを報道した。

2007年2月、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはインドのパンジャブ州の主要都市ジャランダールで『観音法門法会』と開催した。チベット仏教が初めてシーク教区に入って開催した法会だった。その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、それまでにシーク教区で執り行われた法会はあったかと尋ねたが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『あった。釈迦牟尼仏が執り行ったのだ。』と開示してくれた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは更に、『我が教派のアコン・リンポチェは前世大変有名で、壁辺に座って壁をすり抜けられるほど修行した。今世、アコン・リンポチェは何らかの原因で還俗して在家相を現した。結婚して明妃(妻)を持ち、息子もリンポチェで、息子の学仏を自ら指導した。』と開示した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが皈依弟子に賜ったアキ護法法照内の仏像は今アコン・リンポチェの家にある。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示によると、当初アキ護法仏像は頭部しかなく、法王が前世の修行に使っていた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに護持後残ったお金があったと知ったので、アコン・リンポチェは、アキ護法の仏像の再製作に使っていいかと聞いた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは同意したので、今の法照があるわけだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しなければならない。

アコン・リンポチェの明妃(妻)が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会ったら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは何故体が細いか、体の具合でも悪いかと泣きながら聞いた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはその頃、衆生済度のため、命も構わず一日中四つのポワ法を修めたこと、教派のお寺の多くは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの護持がなければ、維持できないことを、明妃に説明された。その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが教派のために命を惜しまなかった貢献を初めて知った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも黙って貢献している。

ほかの教派の某リンポチェは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を済度した事績を大変賛嘆した。また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは1500人に対して同時に施身法を修められたことについてもっと称賛した。そのリンポチェはこう話してくれた。『直貢噶舉の名は過去、チベット、カム地方、インド、ネパールにおいてよく知られなかったが、今は名声がよくなっている。二人のお蔭だ。一人は尊勝なる直貢チェツァン法王、もう一人はあなたの尊きリンチェンドルジェ・リンポチェだ。あなたはこんなよい上師を持ち、大変幸せだ。』こんなによい上師を持ち、皈依弟子たち全員は幸せだと私は思っている。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、法輪が常転し、この世で長生きすると共に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な法脈がこの世で永遠に伝承し、無辺無際の有情衆生を利益するように、皆さんに一緒に祈ってもらいたい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝する。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がり、合同修行法会を執り行い、並びに参加者たちに貴重な仏法開示を賜った。

「今日は『宝積経』の開示を続ける。前回は六波羅蜜について話した。つまり、福報と智慧を修め、前の三つの布施、持戒、忍辱は福の修行で、後の三つの禅定、精進、智慧は慧の修行で、学仏は福も慧も両方を修める必要がある。福報の働きは何だろう。顕教を学ぶ一部の人は、学仏した以上、福報は必要なのか、また、病気だったら体で借りを返したらいいと思っている。間違った言い方とは言えない。しかし、ここの福報は私たちが享受のためのものではないし、体の健康や従順な子女を求めるためのものでもない。学仏、利益衆生に使うためのものだ。顕教の主張は学仏は身を修めず、心を修めることに対し、金剛乗は身と心の両方の修行を主張する。丈夫な体がなかったら、学仏はできないだろう。学仏には体の支援が必要だ。学仏でき、法会に参加できることが福報だと思う人がいるが、実際に、学仏、法会参加ができるのは学仏の縁があることに過ぎず、福報があることではない。福報の累積は、まず自利の能力をもってから利他ができるようにするためだ。自身の問題でさえ解決できなければ、他人を助けてあげられるはずがない。あなたがよく聞く言い方では、あなたは大善人になって他人を助けたい。お金が必要だろう。ある場所に行くように助けることが求められたら、あなたはまずお金があってから、助けてあげられるだろう。もし、あなたはお金がなかったら、助けてあげたくてもできないのと同じだ。うまい話しかできないのだ。だから、学仏するのに、福報の累積が必要だというのも同じ概念だ。まずは自分で福報を累積し、それから初めて衆生を助けてあげられる。昨日また一人の信衆が会いに来た。来世は衆生を助けたいから、体を丈夫にすることをリンチェンドルジェ・リンポチェにお願いした。この話を聞くと、リンチェンドルジェ・リンポチェは思わず、頭皮が痺れるほど恐ろしく感じた。仏法ははっきりしている。今世の得たものは前世から持たされてきたもので、来世の得るものは今世の為すことの結果だ。菩薩だけが願を乗じて再来できるのだ。凡夫は業を乗じて再来することしかできない。あなたは今世において証果もできず、菩薩の果位までの修行もできなければ、来世願を乗じて再来することはあり得ないだろう。自分の問題でさえ解決できないのに、衆生を助けてあげられるはずもないのだ。

末法時代の衆生は皆業が深いので、釈迦牟尼仏は慈悲で阿弥陀仏を紹介してくれた。阿弥陀仏の浄土だけが、業を持って往生できる所だ。業を持って往生する業は、悪業ではなく、善業だ。業は善業、悪業と無記業の区別がある。阿弥陀仏はあなたたちの善業を構わないので、あなたたちは善業があっても阿弥陀仏の浄土に往生できるが、悪業があったらできない。そのため、私たちは十善法を修め、十悪法を修めてはいけない。今時の人は仏を見る時、いつも都合よく解釈をする。つまり、自分の好きで納得できる段落を読めば、その通りに修行してよいと思うことだ。例えば、阿弥陀仏の法号をずっと唱える、或はずっと拝懺していれば、浄土に往生できると誤解する人が多い。または、願を生じて再来して同じ慈善団体に戻りたいと菩薩にお願いすれば、戻って来れると勘違いする人もいる。その時、その団体が存在していなかったら、どうする。経典に、阿耨多羅三藐三菩提や浄土に回向する必要があるとされているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前浄土に往生する方法をたくさん開示した。浄土法門の修行のほかにも、全部の善根を浄土に回向していたら、同じく浄土に行けるのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは『宝積経』を開示する前内容を読まない。いつも当日仏経を開いて弟子に役立つものだと思ったら開示し始める。仏経を開示するには大きいリスクがある。仏経の話だが、ある法師は法座に上がって説法した時、一文字を間違えただけで五百世も狐に生まれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは人の匂いがしなくなり、畜生の匂いもしないほど修行したので、こうならないだろう。

六波羅蜜の修行で最初の三つは福報の修行だが、拝懺、出家者に仕えたり、家族のために料理を作ったりするのが布施だと思う人もいるが、これらは、将来仏法を学ぶ機会を与える助縁に過ぎない。道場でボランティアや功徳主になりがちな人もいる。これも布施ではない。本当の布施は『宝積経』にある『無所住』のように、執着があってはいけない。福報を修める理由は何だろう。まず、この体はどうもらえたのかを理解する必要がある。あなたたちの体は父親の精と母親の血が結ばれた後生まれたので、業報身なのだ。あなたたちは本来、誰にも供養されていない彷徨う幽霊や魂だった。転生の因縁が来た際、人間や動物が交合しているのを見て淫の意念が起きた瞬間に転生になった。何故学仏は平等心を修める必要があるのか。金剛乗を学んでいたら、分別心と執着心を捨てるので、最後は美醜を区別しなくなる。もし、転生の時に執着心があったら、転生の因縁が現れる時、あなたの近所でたまたま男女や動物が交合しているのを見かけ、あなたはきれいで好きな人や動物を選んで転生しようとしたら、かわいい犬に生まれるかもしれない。好き嫌いの分別があり、痴があったからだ。そのため、布施の培いから始め、どう捨てるかを学ぶ必要がある。

あなたたちは今の親の家に生まれた。現代科学から見れば遺伝子だが、仏法から見れば業力だ。つまり、今の親と前世に同じ共業を為したことがきっとあることだ。だから、私たちのこの体に、父親、そして父親の家系の全部の祖先が為した業があるし、母親とその家系の祖先全員の為した業もある。それに、自分の累世と祖先の為した業も含めて全部今の業報身にあるのだ。考えて分かることだろう。このような業報身を持っていたら、病気や苦しみがないはずがない。例え千億万長者であっても百分の一の善業はあり、残りの99%は悪業だ。この業報身を持っていたら、食事も呼吸も必要だ。思っただけで食物が現れるはずがないし、食べ終わったら食器が消えるはずもない。体のニーズを満足するためのものをたくさん外で探さなければならない。何故、あなたたちは善業よりも悪業が多いと言ったのか。純善だったら、あなたたちは天道に生まれて人間に生まれて来なかったからだ。だから、もう、自分は善人だと思わないでほしい。

何故、学仏はまず福報を累積する必要があるのか。あなたたちは福報が浅くなかったら、人間に生まれてこの業報身を持つはずもなかったからだ。善業も悪業も輪廻させるものだ。仏法からだと、悪は輪廻させる一切の行為だ。もちろん善業も含む。学仏したら、福があると思うのは勘違いだ。学仏できるのは、過去世において上師、諸仏菩薩との間に学仏の縁があったから、この縁の継続が理由だ。縁があることは必ずしも福があるとは限らない。もし、過去世の福報が十分だったら、法王やリンポチェにならなくても、今世自分の話を聞いてくれる人がたくさん現れ、自分に追随して修行する。これらのことがなかったら、福報が不十分の証だ。福報が足りなかったら、学仏の初期にはどんなことが起きるかについて、簡単に例を挙げよう。

あなたたちと同じ、リンチェンドルジェ・リンポチェも学仏の初期は熱心だった。毎日座禅、修禅をし、たくさんの経典を読んでいた。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、父と一緒に道教の修行をしていたので、座禅はリンチェンドルジェ・リンポチェにとって簡単なものだ。道教にも座禅があるが、外道禅と仏教の座禅は違う。座る姿勢が違うのでなく、心が違うのだ。座禅を2ヶ月した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは突然夜に眠れないことに気付いた。体は疲れたけど、エネルギーは一杯だった。とにかく眠れなかった。昼間は仕事があるので、そのまま眠れなかったらいけないと思ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは当時の顕教の師父に尋ねた。その時、師父はただとりあえず座禅を止めなさいと言ってくれたが、理由を教えてくれなかった。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェはその話を聞いて座禅を中止した。睡眠の問題も解決できた。その後、密法を学び始め、たくさんの修行過程を体験したので、やっと自分の肉体は業報身で、業が深くて福報が足りないと分かった。あなたたちの分かる言葉で説明すると、体のエネルギーが足らず、このような修行方法に耐えられないことだ。だから、まだあなたたちに座禅を教えず、供養、布施の継続修行を求めているのは、学仏に金銭が必要だというわけではない。要は、福報が十分でなかったら、修行を続けられないからだ。本来私たちの業報身は福が浅い証だからだ。体が大変弱い人に、突然あまり栄養なものを食べさせても、その人は吸収できず、死んでしまう可能性もあるようなことだ。だから、私たちの学仏、修行に調整、指導してくれる上師もなく、私たちのこの業報身だけで無謀にやっていたら、体はきっと壊れてしまう。

たくさんの人は修行に問題が起きたが、理由は福報の累積がなく、福報の用途は業報身の問題を解決することだと理解してないからだ。私たちの体内にある遺伝子や細胞がゆっくりと悪業から善業に変わり、福報が修行できた時こそ、私たちの体はいろんな障害に対処するエネルギーを持つようになる。顕教は、体は嘘で、借りを返すためのものだという言い方があるが、間違いとは言えない。しかし、学仏、修行を続けるには、体が丈夫でなければ、持咒は無理だし、座禅もできないのだ。

金剛乗の修行に供養を修めることが必須だ。毎回あなたたちが唱える七支供養が供養だ。多くの人は果物で供仏するが、その前に旦那や子供に好きな果物を聞き、家族の好きな果物を買って供仏する。これは供仏でなく、果物を食べることだ。このような習慣は鬼神を拝むという伝統的な習俗からのものだが、持咒する人は鬼神に供えられたものを食べてはいけない。理由は何だろうか。鬼神に嗅がれたら、食べ物の味は変わるからだ。持咒する人が鬼神への供え物を食べてはいけないことは、仏経内の話だ。祖先を拝んではいけないのでなく、供え物を食べてはいけないのだ。食べたら加護がもらえる、或は無駄にしてはならないと思わないでほしい。畜生道に食べられない衆生が大勢いるから、畜生道の衆生に布施してよいのだ。また、祖先を礼拝してはならない意味ではない。これは中国人の伝統だ。しかし、自分を加護したり、子孫が順従になったりすることを祖先に願ってはいけない。

經文說︰「如是行施願取阿耨多羅三藐三菩提。而不取著受者財物。不住事等。是名菩薩修行布施。」
『如是行施願取阿耨多羅三藐三菩提、而不取着受者財物、不住事等、是名菩薩修行布施。』という経文がある。

六波羅蜜の最初の三つは布施、持戒、忍辱だが、実際に、六波羅蜜は六つに分けてそれぞれのものでなく、一体的なものだ。仏は方便説を考えたから、分けて為すべきのことを教えてくれた。まずは布施、それからは持戒、忍辱ができるというわけではない。実は、持戒を修行する時も布施をしている。例えば、不殺生、衆生の命を傷つけないことも放生、布施を行うことだ。不窃盗の戒を守る時、他人のものを取らないのも布施だ。

六波羅蜜を修めたら、悪いことは起こらなくなると思ったら勘違いだ。本当にそうなら、因果もなくなるだろう。あなたたちは過去世よくないことをして悪因を植えたから、悪果は今現れた。そして、今為している一切の因で未来に果報が現れる。だったら、修行する必要はあるのかと、聞く人は出て来るだろう。修行は一切の悪を止め、一切の善を行うことだ。物事の発生には原因の付き物だから、私たちは仏法の概念で対処しなければならない。正しい概念を持っていたら、事故には執着しなくなり、悪行を更に行わなくなる。今世で借りを返したら、来世までに引きずらなくなる。来世に引きずったら、利息は加算される。だから、自分の損したことについて一々計算しない。布施だと思いなさい。今の人は店で買った紅茶が一杯入っていないことでもテレビに出て訴えたりする。よくないことだ。これ以上のことは止めるべきだ。このままに行くと、台湾にいる人たちは器がますます小さくなり、ちょっとしたことで人を非難するようになる。周りの親戚や友達に言ってほしい。ちょっと損しても悪いことはないのだ。損は福報だ。

オーストラリア、イギリス、中国で一部の学校は小学生、中学生に仏経を読むことを要求するようになっている。カトリック系国家は日曜学校に通うこと、聖書の授業を受けることを要求している。しかし、私たちのような仏教系国家はこうしない。学校側が生徒に読経を要求したら、きっと政治家や親にすぐ抗議されるだろう。何故仏法はこの境地までに陥ったのか。学仏者の行為が軽蔑されたからだ。こっそりと、自分は学仏者だと人に言えない。仏は悪いことでも教えたのか。何故こっそりする必要があるのか。今、民間の信仰者は巡礼活動を行っているが、あなたたちは敢えて抗議できるか。彼らの行動に抗議する人はいるか。いないのだ。しかし、大きな騒音を立てて皆に迷惑をかけている。それに対し、仏は空気を汚染することも、騒音を立てることも私たちに教えなかった。もし、街を巡礼する者が仏教徒だったら、すぐ報道される。何故だろう。多くの学仏者の行為で軽蔑されるようになったからだ。仏教徒なのに、身口意が見下されているからだ。仏法を守るには、出家衆のほかに、学仏していると自認する人たちも確実に行動しなければならない。仏法が粗末に扱われたことで、リンチェンドルジェ・リンポチェは悲しく思う。もし、あなたたちは単に加護を求めたいのなら、いっそう巡礼のパレードについて行進し、爆竹の音と共に一日中揺れればいいのだ。のんびりできるのではないか。

リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの事業を持っているとは言え、他人と業務を交渉する時はいつも自分は学仏者だと直接に話す。相手の信仰または相手は権力や勢力があるからと言って自分は学仏者だということを知らせるのを遠慮しない。また、相手は違う信仰があるからと言って付和したりしない。あなたたちの場合、大金持ちで外道を信仰する人に会ったら、自分は仏教徒だと言えないだろう。或は、相手の神様は慈悲だと付和する人もいるだろう。実際に、相手の神明はまだ鬼道にいる。その神明の子孫もリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求め、問題解決をお願いしたたのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは特に現場にいる出家衆に注意したい。決していい加減に付和してはならない。口業を作るのと同じだ。

次の経文は『持戒不缺不漏不雑。菩薩如是持禁戒已、回向阿耨多羅三藐三菩提、而心終不取着於戒、是名菩薩修持於戒。』

持戒は不缺、不漏、不雑を徹底しなければならない。菩薩の持戒は、衆生を傷つけることに忍びないからだ。自分の身口意で衆生を悩ませない。戒は懲罰用のツールではなく、利益衆生のために守るものだ。皈依の時開示したはずだ。何れの戒体も戒神が守っており、あなたの持戒を継続させ、あなたの学仏の決意を固めさせる。以前の物語だが、ある出家衆は一つの戒を除いたほかの戒を全部破った。破らなかった戒は食事の時話さないという『食不語』だった。この方法は出家者に適用しない。冗談だが、中国人にとって食事の時に話すのを許してあげなかったら、命が取られるのと同じだ。ある日、この出家衆が食事している時に、善神が現れた。出家衆は善の神に何故現れたのかと尋ねた。そうしたら、善の神は、出家衆はまだ食不語の戒を守っているから離れてはいけないと話した。善の神は彼に食事の時に喋るのを要求した。こうしたら、善の神は離れてもいい。出家衆は話を聞き、戒を守っていたら善の神は本当にいてくれると分かった。それ以後、改めて全部の戒を守るようにした。実際もそうだ。戒神に守ってもらう理由は、私たちは皆すぐ懈怠してしまうからだ。金剛乗では、空行母、勇父や仏法を護持する鬼神が守ってくれる。『地蔵経』にも、善行を続けていたら、鬼神は家を守りに来てくれるという話がある。『地蔵経』を唱えたら、鬼が現れるという話があるが、本当のことだ。しかし、この鬼はあなたを害さない。助けに来るのだ。仏菩薩が自分を相手にすると思ったら勘違いだ。鬼神が学仏の信念を固めてくれるのだ。懈怠、不精にならず、断固な学仏の信念を持ち、学仏の障害を減らすようにしてくれる。戒を守っていたら、戒神も守りに来てくれるが、姿を現さないので、あなたたちは見えない。黒か白の影を見たと思うのも勘違いだ。これらの影はないのだ。『金剛経』で、『破四相』、如来相に会うのも如来の声を聞くのもを求めないことが言われている。法身を証得しなかったら、見たものは皆幻、あなたの執着だ。

『不雑』の意味だが、例を見よう。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前顕教で学仏した時、自分の考えで他人の行為が間違ったと指摘し、やり方を教えようとした人をよく見た。このようなことを、リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさん見てたくさん聞いてきた。例えば、仏堂で食事する時、『師姐、茶碗を持つ姿は竜が球を噛み、鳳凰が頷くようにすべきだ。これこそ戒の遵守だ。』という人がいる。もし、親指がばね指になっている人で、そんな姿勢で食べられなかったらどうする。また、リンチェンドルジェ・リンポチェは、数珠は必ず左手にかけること、右手にかけてはいけないという言い方を聞いたこともある。おかしいと思った。仏経にはこんな説がないのに、誰かが自分なりの戒を決めつけたのだ。これも聞いた話だが、念誦する時数珠を一回り数えた後は親玉を撥ねてはならないという話だ。親玉は仏を表すため、指で跳ねたら敬わないことになり、必ず親玉の向きを変えて念誦を続けなければならないそうだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を読んだが、こんな説はなかった。もし、親玉は仏の頭の表しだったら、あっちこっち回されたら、仏は頭がくらくらになるのではないか。今時、常に自分が認めた方法で他人を指摘する人がたくさんいる。しかし、仏はそんなことを言わなかった。批判する人も大勢いる。似非理論がありふれている。総功徳主になれず、師父はもはや自分のことを重視しないから、功徳主の座を他人にあげたとか、その人の礼仏の姿勢が悪いのに、功徳主になれるなんてとかの話しをする人もいる。礼仏しながら、内面でぶつぶつ不平を言ったりする。瞋念が起きたのに、礼仏できるというのか。こんな話は本当によくない。

ある年、直貢チェツァン法王は台湾に来られて15日間の『噶舉密咒蔵灌頂法会』を開催した。当時、直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェにお金がなかったのを知り、一列目にリンチェンドルジェ・リンポチェを坐らせることを特別に指示した。法会の日、リンチェンドルジェ・リンポチェは一列目に行って座ろうとするところ、知り合いが現れて『兄弟子、あなたは離婚したのに、学仏したいのか。今日の灌頂法会に参加しに来たか。』とリンチェンドルジェ・リンポチェにこう話した。『直貢チェツァン法王の指示を守ることだけだ。』とリンチェンドルジェ・リンポチェはその人に返事した。仏経に、離婚した人は学仏していけないという話はないのだ。今時、一部の人は儒家、カトリック教の概念を仏法の戒に取り入れたこともある。確かに、カトリック教は離婚できないと決めているが、仏教も儒家も離婚できないという決まりはない。仏の教えに従わず、自分の考えで他人を指摘するいろんな行為はよくないのだ。

学仏は持戒慢があってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの以前開示した話だが、ある修行者は天人が供養してくれるほどの修行をしたが、彼に誇示した心が生じると、天人は来なくなった。これが持戒の慢だ。自分は菜食しているから他人とは違うと思ったら、肉食者を軽蔑することになる。これも正しくない。リンチェンドルジェ・リンポチェはレストランで菜食のことで言い争った二人を見たことがある。その一人は菜食者で男性歌手だった。今は活躍していないが、彼は相手に菜食を勧めた。それで二人は喧嘩になった。一部の菜食者は肉食者を見かけたら、死体を食べているから、将来はよくないなどの悪い言葉で他人を批判する。気性の悪い人に出会ったら、野菜は排泄物を使った肥料で栽培されたから、菜食は糞を食べてるのではないかと言い返されるだろう。こうでもなったら、口喧嘩になってしまうのではないか。菜食は自慢できることではないから、自分が菜食者だから他人を軽蔑するのも持戒慢だ。

持戒は個人的な行為だ。あなたたちは戒を伝授する人や伝戒師ではないから、他人は破戒かどうかを言う資格はない。修行しているかどうかは、自分の心だけが分かる。修行の状況を確認する資格はあなたの上師にある。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちの間違いに気付いたら、指摘していいのだ。何故なら、あなたたちの戒はリンチェンドルジェ・リンポチェが伝授したからだ。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェが三枚耶戒を破いたとしたら、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを知らせてくれるのと同じだ。

菩薩道の修行をする時、戒の遵守は食事、呼吸と同じようなことで、基本的で必要なことだと知らなければならない。この心構えで戒を守り、衆生のため戒を守ったら、自然にきちんと戒の遵守ができる。行動する時は意図的にしてよいこととしてよくないことを考える必要がない。こうして自然に戒を破らなくなる。つまり、ここの『菩薩心終不取着於戒。』の意味だ。自分は他人より戒を遵守しているかどうかに執着しない。自分のために戒を守るわけではないから、慈悲心があって自然に戒を守れる。意図的にする必要はない。普通の人間の守っている戒は何れも有漏、有缺、有雑のものだ。理由は、誰でも自分のほうが戒をよく守っていると思っているからだ。持戒していると思わないこそ、最高の持戒だ。

経文に『善男子、云何菩薩修行忍辱。善男子、菩薩為聞若道若俗、乃至毀罵、聞説其悪、若打繋閉、若截手足、皆能忍受、為彼前人起忍辱心。菩薩如是修行忍已、回向阿耨多羅三藐三菩提、不以彼忍而起慢心、是名菩薩修行忍辱。』がある。

ここは、菩薩道を修める人は、罵られたり、殴られたり、閉じ込められたり、縛られたり、手と足が切られたりなどされても耐えられる内容だ。『忍』とは怒らないように我慢することではない。人にされた全ての忍辱、漫罵を我慢できることだ。侮辱されても悪い念頭が起きず、喧嘩をしかけられたと思わない。きっと何らかの因果、因縁で自分にこんなことが起きただろうと自分を見直す。相手に仕返しをしたい気持ちはない。悪いことが起きたからと言って心もついに悪念が起きることはない。心は動揺しない。

この話だが、リンチェンドルジェ・リンポチェが経営している日本食品の商売において、いつも日本の仕入先に前払いをしている。商売のやり方を言っているのではない。あなたたちは皆前払いした後、出荷されないことを心配する。騙されても一回に限る。今度は騙されないだろう。もし、本当に100回も騙されたら、相手に対する生生世世の借りだろう。

忍辱は容易に修められない。布施、持戒をきちんとしておらず、人の一言、仕草で我慢できなくなり、他人の一言ですぐかっとなるからだ。忍辱は、気持ちを抑えて顔に出さないことではない。よいことであろう、悪いことであろう、原因がなかったら起きないこと、そして全ては自分の因縁と因果だと内面でよく分かる意味だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分のガンに罹った原因を知っていたので、ガンを治すため、自ら修法せず、直貢チェツァン法王に修法をお願いすることもしなかった。また、平和に対処したいとも思わなかった。自業自得で、以前は魚介類が好きだったから、返すべき借りはきちんと返そうと思った。状況が起きた時、心は動揺せず、影響されず、よいものも悪いものも因縁と因果、無常だと思った心構えで対処できたら、なんとかなる。消極的になるべきで、自分を守らない意味ではない。仏経の言葉だが、学仏は一部の訴訟の問題を解決できるが、法律手続を進めるべき時はやっていいし、裁判所に出るのはけじめをつけるためだけだ。要は、菩薩道を修める人はどんなに傷つけられても、復讐の方法を全く考えないのだ。忍辱は敵に対して哀憫の心が生じ、相手に菩提心の発心を求めることだ。施身法の法本に一つの記載がある。累世の冤親債主を全部哀憐して彼らが菩提心を発することを望む。理由は、相手が菩提心を発したら、来世は菩薩道を修行して成仏できる可能性があるからだ。しかし、多くの人は自分のことしか考えず、冤親債主に学仏してほしいと思っても自分のことを許して傷つけないためだけだ。こんな心を持っている人はあなたたちの中でも多くいる。

殴られたら、自ら行動を取ったり、必ず警察に行って相手を訴えたりする必要はない。あなたは自ら行動を取らなくても、周りの人、あなたの家族かもしれないが、相手を許せず助けてくれることもあり得る。仇を仇で返すことをすると、きりがない。最近フランスでテロ攻撃事件が起きた。人を殺した人と殺された人はきっと今世だけでなく、前世の共業があったから、今世同時に傷つけられたことになった。結果は、来世これらの人は皆続けて付き纏うことになる。忍辱の修行は、よいことも悪いことも、その発生は生滅法、因縁法によるものなので、心が動揺しない。攻撃されたら、きっとあなたは昔他人を攻撃したからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは去年交通事故に遭った。相手は事実でないことを話した。因縁が現れたとリンチェンドルジェ・リンポチェはよく知ったので、相手に感謝した。この事故で、更にひどいことは起きなくなるだろう。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは未来成仏する機会があったら、最初に相手を済度したい。これが忍辱の修行法門だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは例え裁判所に出るとしても、物事の経緯をはっきりさせるためだけだ。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは最初の事業を経営した時、一つの地下室を借りた。賃貸契約に70数坪の面積が書かれたが、防災・避難の場所として登録されたので、法律に基づいて実際に使用できる面積は10坪しかなかった。しかし、家主は60坪の面積は商売に使用できないとは言わなかったし、時価で70数坪の家賃を取った。人に告発され、監督官庁が安全検査に来た時、初めて家主に騙されたことが分かった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは家主に翌月から10坪の家賃だけを払うと話したが、向こうは同意せず、契約した以上その通りに支払うべきだと主張した。リンチェンドルジェ・リンポチェはその言葉を気にせず、翌月から本当に10坪の家賃だけを払った。このことが起きたから、それまでに家主はほかの人も騙していたはずだ。それ以上、家主が他人を騙すことを止めたかった。当時このようにしていた人は多かったので、前の賃借人も違法の状況を言わなかった。結局、家主は告訴を提起した。しかし、家主の敗訴と超過した賃借料の返還という判決が出された。この事例は台湾であまり見られなかった。勝訴したのは殆ど家主のほうだった。借りる側の勝訴は稀だった。

当時、リンチェンドルジェ・リンポチェの弁護士は更に家主に対して詐欺罪の告訴を提起することを提案したが、リンチェンドルジェ・リンポチェはそうしなかった。あなたたちの場合、訴えるだろう。相手は民事で敗訴したので、刑事告訴もきっと負けるはずだから、詐欺罪の告訴もきっと勝てるし、もっとたくさんのお金を取り返せるからだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは更に告訴を提起しなかった。訴訟の目的は、家主にそれ以上の悪行を止めさせ、他の賃借人を騙させないためだった。勝訴した後、更に相手を追い詰めてとことん痛い目を遭わせるためではない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその店を譲渡してくれた人を訴えることもできたが、そうしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの心は寛大だと弁護士に言われた。しかし、このことで、家主と善の縁を結んだ。家主もリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。当時、賃借人が勝訴の判決はなかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは更に告訴するとしたら、、きっとニュースとして報道され、家主は名誉と地位を失ってしまうだろう。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは物件を賃借する時、より順調になった。因果と因縁だ。

忍辱の法門の実践は極めて難しい。忍辱の法門を修める時、よく修められるかどうかは重要ではない。肝心なのは修行しているかどうかだ。忍辱の法門を修めたら、菩薩道を修める資格が持てるようになるので、忍辱の法門を修めているからといって自分は他人と違うと思ってはならない。忍辱の法門を修めない人は大変危険だ。多くの大法師、リンポチェは自分の功徳が円満で我慢心が生じ、その功徳は直ちに福徳になり、問題がすぐ起きた。このようなことをリンチェンドルジェ・リンポチェはたくさん見た。『火焼功徳林』は瞋念が生じて功徳を焼いてしまうことでなく、修行の功徳は森のように繁茂し、樹木は生長する意味だ。しかし、五毒が同時に現れる時、貪瞋痴慢疑の心は私たちの功徳を福徳に変える。森が全焼したら、真っ黒の炭しか残らない。樹木と黒炭が焼ける時間はどっちが長いだろうか。決まっているだろう。樹木だ。樹木は長く燃えるし、生長し続けて森になり、たくさんの衆生を利益することができるが、黒炭は一回だけで終わる。つまり、福報を使い切ったら消えるが、功徳は生生世世尽きないものだ。

『忍』は、よいことや悪いことを含めて遭遇しても学仏の心は影響されず、動揺しない意味だ。『忍辱』は悪いことに耐えるだけではない。私たちは忍辱、漫罵、傷害などに遭遇しても範囲がよく分かるので、我慢できる。前に触れた、手と足が切られるなどの悪いことが起きてもあなたは我慢できる。何故なら、自分が過去悪行を行ったから、今遭遇した以上、借りをきちんと返したら大丈夫だと理解しているからだ。しかし、よいことを目の前に現れた時も我慢しなければならない。これは更に難しい。『忍』の最も難しいのが、名聞利養だ。有名になり、利益を得てあなたはまだ我慢できるかもしれない。いわゆる世間の八風(利、衰、毀、誉、称、譏、苦、楽)に吹かれても心が動かないことが、大変難しいのだ。

修行者にとって最も恐ろしいのが、名聞利養だ。一言を間違っただけでもひどい果報になる。学仏した後、物事の運びが順調になり、自分はよく修行できたからよい暮らしを楽しみたいと思う人は特に注意しなければならない。生活が順調になったと思い始めた頃は、過去世の福報を消耗し始める頃だ。はっきりと聞きなさい。過去世の福報だ。今使っている福報は今世の修行によるものではないので、もっと謹慎しなければならない。自分を放任せず、更に努力しなければならないのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは学仏の過程において顕教の師父と尊勝なる直貢チェツァン法王に会えたのは、親友の紹介があったからだ。この親友はたくさんの法王と四大教派の知名なリンポチェに会ったことがある。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに直貢チェツァン法王を紹介してくれたから、その功徳は大きいはずではないか。ある日、雑談の時、彼は今世たくさん修行したから、来世は戻って来てよく享受したいと話した。たっだ一つの念頭で、今生修行した功徳を福徳に変えてしまい、累世の業も転じれなくなり、最後は他郷で脳卒中になった。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼を台湾に連れ戻した。

この親友の母親は菜食者で、一生をかけて観世音菩薩を唱え、外にも出ず他人との間で紛争を起こさなかった。ずっと家で単純な生活をしていたが、晩年は転んで股関節が悪くなって骨盤全体が骨折したので、歩けなくなった。この母親は菜食、学仏していたのに、何故こんなにひどかっただろう。彼女は自分自身のことしか修めず、六波羅蜜を修めなかった。親友の父親は狩りが好きで、晩年は脳中卒に罹って9年だった。往生の時は両手が曲がってまるで鳥足のように、鳥が死んだ様子をしていた。母親のほうは獲物の処理を旦那に手伝っていったので、晩年の時転んでひどいけがをした。親友の母親は性格が強い人で、お手伝いさんに支えてもらうのが嫌で、地面を這いていた。鳥が傷を負って地面を這いている様子みたいだ。それで、できた借りの業を今世で全部返した。大乗と金剛乗を修める人の場合、借りを返す時このような方法は必要でない。

ミラレバ尊者は密法の修行ができた大成就者であるが、何故その一生山の洞窟にいて出て来なかっただろう。国王が何度も請求しても無駄だった。上師の話を守ったからだ。ミラレバ尊者の上師、マルパ尊者が、永遠に山の洞窟を離れて修行しないことを要求したからだ。そのため、ミラレバ尊者は飛べるように修行できても、自らの修行で成就が得られたからと言って自分の考え方を持つことはなく、相変わらず上師の言葉を守り、一生、山の洞窟で修行した。ミラレバ尊者は学仏前、母親の言葉を聞き、民間の信仰で持咒して氷霰を降らせて親戚と多くの人々を殺した。因果の法則によると、地獄行きになるはずだった。しかし、ミラレバ尊者には累世の善根があって大成就までに修行できた。それにしても、殺業の影響は消えなかったので、上師マルパは彼に一生山の洞窟にいて修行することを要求した。理由は、ミラレバ尊者にその一生で全部の業を返させ、仏果ができるまでに修行を続けさせたかったからだ。2007年、リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関した場所、ラキ雪山がミラレバ尊者の修行地だった。閉関室は標高4500メーターの高山にあった。山の湧水しかなく、何匹かの鹿が飛び回り、小鳥が鳴いた大変厳しい環境だった。果物もなく、少しの青稞を植えられた以外、何もなかった。

当時、ミラレバ尊者に別の閉関洞窟があった。標高五千メーター以上の所、そして更に上の標高七千メーター以上の所にあった。岩を掴んで登ろうとしてもできない所だった。しかし、ミラレバ尊者は修行で飛べるようになり、飛ぶとそんな高所にある洞窟に行って修行できた。五千メーター以上の所にあったその洞窟にミラレバ尊者の足跡が残されている。リンチェンドルジェ・リンポチェはラキ雪山で閉関した後その洞窟に行った。その足跡は大変高い山の洞窟の天辺にあり、リンチェンドルジェ・リンポチェはテーブルに上がってやっと頭が足跡に触れた。

あなたたちはどうなんだ。冗談じゃないかと言って上師が死んだから、出かけて楽しもうじゃないかと思うだろう。しかし、ミラレバ尊者は最後までずっとラキ雪山で修行していた。どうしても山から下りなかった。国王が頼んでも離れようとせず、栄耀栄華に身向きもしなかった。また、国王の兵隊に殺されることも恐れず、国王自らでも来ればよいと思った。ミラレバ尊者が修めたのは忍の法門だったので、福報が生じたのだ。あなたたちの場合、数年も学仏して物事が順調になったら、幸福を享受してよいと思うだろう。

善と悪は相殺できないものだ。悪を断ち、善を行うことが仏教の教えだ。悪を全部やめて一切の善を行い始めれば、善の力は増え続け、悪の力は善の力に暫く抑えられる。よく聞きなさい。暫く抑えられるだけだ。悪の業力はまだ存在しており、消えないのだ。あなたたちは、数年も学仏していたら、悪いことが起きないと思っているだろう。累世の業をどれほど持っているかも気にしない。僅か数年間で全部返せるものなら、釈迦牟尼仏は成仏後、九つの難もあるはずがなかっただろう。目犍連尊者は神通を持った最もすごい阿羅漢だったが、最後は外道のこん棒で撃たれて死んだ。しかし、この死亡には違う意義があった。累世の悪業も借りも全部返した意味だ。

忍の法門を修めて最高な境地は『無生法忍』であり、この境地までに修めなければ、菩薩とは言えない。以前リンチェンドルジェ・リンポチェはこの境地が理解できなかった。離喜瑜伽までに修めてやっと体得できた。今話してもなたたちは理解できないから、あなたたちが菩薩戒を受けてから開示しよう。

ここに『回向阿耨多羅三藐三菩提』が出た。回向が大事だ。どんな仏法事業でも、回向が大事だ。回向の時たくさん言い、旦那、子女に回向することをいう人が多い。実際に子供が大人しくなることを求める必要がない。修行して福報が得られたら、子供は自然に従順になる。世間にまた、自分でも足りないのに、回向してどうするかという言い方がある。正しくない観念だ。そのため、仏経の中で阿耨多羅三藐三菩提や浄土に回向することが特別に提起された。回向は仏教の独特な法門であり、法本に私たちの為すことを全て回向するという話がある。

例えちっぽけな善業でも回向する必要がある。ランプを灯すことも、お香を上げることも、六字大明咒を念誦することなど、全ての功徳を回向することだ。法会に参加したら、物事は順調になると思ってはいけない。私たちの累積した功徳は大変少ない。一滴の水、埃、分子、原子よりも小さいのだ。今の科学で証明されたが、私たちの一言、どんな仕草も、考えも宇宙に発信する信号がある。よい信号を衆生に届け続けていれば、戻ってくるのはきっとよい信号だ。よいものを自分の所に取っておいたら、衆生と仏菩薩からのよい信号がもらえなくなり、悪い信号しかもらえない。だから、回向しなければならない。私たちは宇宙の中にいる単独的な個体ではないから、回向する時、あなたが持つ極めて微小な功徳は、一滴の水が海に落ちるように功徳の大海に入る。功徳はあなたのもの、わたしのものだという分別はない。自分の微小な功徳を回向して功徳の大海に入ったら、自分一人の少しでちっぽけな功徳より大きくなるだろう。

金剛上の行者の何れの真言、禅定と行動は全部、三宝、上師に供養して衆生に回向しなければならない。少しも取っておいてはならない。一部の法本に、本尊が自用できるように取っておくことが求められる話もあるが、あくまでも衆生を助けるためだから、回向は大変重要だ。私たちは一生をかけてあらゆる法門を学ぶが、ほかにならず、往生前のその一刻、一秒、指をはじくほんの一瞬間のために用意するからだ。往生の時、上師は助けに来てくれると覚えられれば、三悪道に堕ちることはない。どうやって練習したらよいか。一つは、叱りに耐えること、一つは追い払われても上師を離れないことだ。二番目は学ばなくていい。あなたたちが離れることを望む。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは気楽になれる。

『精進』は、どれたくさん念誦したかの意味ではない。あなたたちは皆、今日時間があるから二回り多めに唱えるが、時間がなかったら、或は機嫌が悪かったら、一回り少な目唱える。今日100回礼拝して明日は更に50回追加して礼拝するのも『精進』の意味ではない。これは勤勉であり、不精でないことしか言えない。

『精進』は分けて説明できる。『精』は確実、つまり正しい方向に向かって続けて進める意味だ。『精進』は、たくさんの法門を学び、たくさんの仏教を読むことではない。また、一つの法門に絞って学ぶことでもない。どの法門も学びたくてこれをちょっと、あれをちょっと、何でも少し学ぶ人がいる。最後は方向が分からなくなる。学仏はこうしてむやみにあっちこっち当ててみてはならない。学仏には上師が必要だ。上師は、あなたの学仏方向が正しいかどうかを確認し、あなたの学仏に不要な時間と体力を無駄にさせない。リンチェンドルジェ・リンポチェの弘通する仏法は、釈迦牟尼仏、尊勝なる直貢チェツァン法王、自身の修行経験から逸れないものだ。自身の修行経験は上師の確認が必要で、自分が決めるものではない。

修行過程に欲望がると、精進だとは言えない。こんな言い方を聞いたことがないだろう。拝懺、念仏、持咒をたくさんすることが精進ではない。精進は衆生に関連している。『精進』は、私たちの為す全てのことは自分の生死解脱、衆生の成仏を助けることに関連しているかどうかのこと、関連があるからこそ精進だと言える。自分を助けるのも衆生を助ける能力を持つためだから、まずは自身の問題を解決しなければならない。自分が悟りたいとか、弟子をたくさん取りたいとかなどのためだったら、いくらのことをしても精進だとは言えない。多くの学仏者は初めの頃本気のように毎日たくさん念仏したり、礼拝したりして真面目に学仏していると自認する。現場の出家衆はこのような経験があるだろう。出家して初期は大変勤勉だったが、時間が経つと気が緩み、疲れているから今日は少な目に念仏しようと思ったりすることがあっただろう。念仏の内容が多かろうか少なかろうかは勤勉さに関係しているから、精進だと言えない。仏経をたくさん唱えたら精進で、これで生死の解脱ができると思ったら、勘違いだ。仏経を唱えて確かに役立つが、あなたたちをここに送ってお叱りを受けさせることに役立つ。この段落の経文を、リンチェンドルジェ・リンポチェは今日初めて読んだのだ。あなたたちは聞けば聞くほど怖くなるだろう。簡単に言うと、自分のためだったら、精進ではない。衆生のためだからこそ、精進だ。

法会を参加するのは病気を治すためではない。病気は大したことではない。借りを返したら大丈夫だ。末期がんの信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに加持を求めたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは同意してあげるが、加持が終わった後、患者はすぐ往生する。求めたい信衆はこの話を聞いたら理由を聞くだろう。実際に、末期がんの患者は1~2ヶ月ほどの寿命しか残らないので、寿命で病気の苦しみと相殺したら、すぐ離苦できるからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず家族全員の同意があるかどうかを聞く。なかったら、相談してからまた来てもらう。しかし、多くの人は二度と来なかった。別の考えで言えば、彼らのお金を節約することにもなる。」ここで、リンチェンドルジェ・リンポチェは医者をしている一人の弟子に、入院期間集中治療室の一日の費用を聞いた。その弟子は一日7000元だと答えた。「30日で計算したら、一ヶ月で21万元もかかる。信衆の場合、リンチェンドルジェ・リンポチェは供養を受け取らないから、お金はもっとかからないだろう。時々会見に来た人は親のために何ができるかを聞いたが、リンチェンドルジェ・リンポチェの答えはいつも拝仏だった。しかも、親の代わりに一日2000回の大礼拝をすることを要求した。しかし、できる人はいない。最近、リンチェンドルジェ・リンポチェは病院で『天辺孝子』という新しい名詞が流行っていると聞いた。普段は姿を見せないが、親が病気になってやっと現れる人のことだ。現場にいる人の多くは同じだろう。

『如虚空界無量無辺、衆生界亦無量無辺。』だが、仏は、虚空は無量無辺だと話した。今の科学者もこの宇宙は尽きることなく外へと拡張、拡大していると証明した。仏は立派だ。二千数年も前にこう話した。『虚空』は宇宙のことだ。宇宙は絶えずに外部へと拡張、拡大しており、果てがないので、無量無辺だ。宇宙は無量無辺であるため、衆生界も無量無辺だ。宇宙にいるほかの衆生は数えきれないというのは当然だし、地球にも、仏によると、41万種類の動物があるそうだ。畜生道、昆虫なども地球に存在している。人類の60数億万人の人口は多いのがいうまでもない。昆虫は種類と数量はもっと多いのだ。私たちの知らない衆生がたくさん地球で生きている。複雑なのか。大変複雑だ。仏は二千数年前に41万種があると話した。二千数年も経った今、種類はきっと更に多くなっている。何故なら、人間はますます複雑になっているので、畜生道や昆虫に転生したものは種類もどんどん複雑になっているはずだ。

無量無辺の虚空に仏土は恒河沙ほど多いと仏経にこの話がある。衆生は皆成仏した意味だ。いうまでもないが、『阿弥陀仏経』に億万仏土の言葉がある。もし、東西南北のそれぞれの方角に一億万の仏があるとしたら、合計四億万の仏があるわけだ。だったら、何故地球には一尊の釈迦牟尼仏しかないのかとあなたたちは聞くだろう。宇宙全体に比べると、地球はちっぽけで目の見えない埃ほどのものだからだ。宇宙はそうだが、銀河系と比べるだけでも地球は微小だ。苦しんでいる無辺無際の衆生を解脱させ、成仏させるように助けるため、私たちは修行に励まなければならない。あなたたちは凡夫の身なので、人を助ける能力がない。だからこそ、努力で自分の行為を修正しなければならない。疑わず、戸惑わず、やり始めることを決意しなければならない。

『令入無余涅槃界中、如是菩薩為彼因縁発精進行。』の『無余涅槃』は成仏のことだ。菩薩は、衆生が仏果を成就する因縁を助けるため、菩提心を発して修行に励む。

そして、『初持自身』がある。菩薩道の修行において、初地菩薩から修行し始める前は、修行方向をよく知っておく必要がある。私たちの修持する一切の法門と戒律は、私たちの戒体を浄めるためのものだ。『戒体』は体でなく、私たちの『法身』だ。私たちの法身は生生世世の貪瞋痴慢疑で覆われ、清浄な法性が現れていないので、衆生を利益する福報と智慧がない。この体を通して修行を続けて行くことにより、私たち本来の法性が初めて開かれる。『自利』と『利他』は実質上一つのことだ。『自利』の目的は『利他』だ。『自利』ができなかったら、衆生を利益することもできない。あなたたちの体と意識は互いに離れられず、体は意の影響を受ける。リンチェンドルジェ・リンポチェとは違う。リンチェンドルジェ・リンポチェは脊柱がひどいS型側弯になっているのに、何故影響されないのか。何故なら、リンチェンドルジェ・リンポチェは『心』で意識を制御して『意』を働かせず、『心』と『意』を分けられるからだ。しかし、あなたたちは意識と心の区別がつかない。ごちゃごちゃにしている。実際に、空性までに修行できたら、『心』と『意』は同じことになる。菩薩にとって『心』と『意』は無差別だというようなことだ。菩薩は心が動くと、衆生の離苦を助けられる。因縁が来たら、菩提『心』は『意』を起動して衆生を助ける。仏経では『心』と『意』を分けて説明されているが、方便法のためだ。仏はあなたたちの分かる文字で無理やりに分けて解釈したのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を助ける時、因縁を見るのだ。因縁が生じ、意識が動き、慈悲心、菩提心が起きると助けてあげる。相手はお金があるかどうかを見ない。相手は手にダイヤを付けたお金持ちだから、優しく対応しようとは思わない。もし、相手はお金持ちだという理由で優しくしてあげようと思うのが、意識が動いていることだ。分別心があり、慈悲心も菩提心もないことだ。『初持自身』の時は、仏の話した通りに、疑わず、戸惑わず、やることを決定し、上師の教えに従って行動する。そうしたら、戒体で自分を把持できる。今、あなたたちの戒体は『五戒』、『十善』と『六波羅蜜』だ。正確な修行方向に向かってやり続ける。こうして法身は業報身の影響を受けず、法性はだんだん現れてくる。『初持自身』は四文字だけだが、こんなにたくさんの解釈があると、あなたたちは予想しなかっただろう。

次の経文は『持身行已観受心法、如是正観受心法已、行持心行、菩薩既行持心行已、次復修行見法等行。』

ここに『心法』という二文字が現れた。『六波羅蜜』の法門であり、釈迦牟尼仏が伝授した菩薩道を修めるための心法だ。これまで、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの二文字を読むことがなかった。私たちは教わった仏法を実践しているかを考える必要がある。なかったら、仏の心法を受け入れていなことだ。『正観』は、私たちの内面にある問題を見るという仏が教えてくれたことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの時々挙げている例だが、毎日朝起きる時、鏡を見る、或は、人の話を聞くのもしないと、誰も自分の姿が分からない。きれいなのか、醜いのかが分からない。人間は他人の問題を見る習慣がある。外部の他人の問題をとりわけはっきりと見ているのに、自分の問題が分からない。だから、私たちは内面で自分の心を見るべきだ。他人の不当言動を目で見たり、耳で聞いたり、心で反省したりして自分はこうしてはいけないと自分に言い聞かせる。批判する必要はない。最初は自分の清浄な本性が見られないが、意識を見るのだ。意識から生じた念頭は悪か善かを見る。仏と上師が教えた仏法を背いたかどうかを見る。背くことがあったら、直ちに修正する。言い訳があったら、『観受心法』をしていないことだ。心を見ず、ただ眼耳鼻舌身意で外部と接し、主観性が生じたら、精進の法門を修めていないことになる。『正観』とは、一切の行為は自分の輪廻切断、衆生の輪廻切断を助けているかどうかを見ることだ。あったら、正観だと言える。

『次復修行見法等行』という言葉は意味深いので、あなたたちはできない。以上のように修行を重ねなければ、法性を見えないのだ。ここの意味は大変深いので、説明しても、あなたたちは理解できない。2007年ラキ雪山で閉関した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは初めて法眼で衆生が六道で輪廻する苦しみを見た。このような修行をしなければ、法眼で衆生の苦しみを見ることはできない。前のことができなかったら、『次復』もできない。ここのいくつかの言葉は簡単そうに見えるが、一生をかける揺るがない修行が必要だ。

次は『菩薩如是持心意已、為令未生悪不善法断不生故起欲勤精進、為令未生善法生故起欲勤精進。』

菩薩がこのように心性を把持して修行を励むのは、一切の悪を断ち、一切の善を行うことを衆生を助け、衆生の成仏を助けるためだ。菩薩は空性までに修行し、法性が現れたので、心と意は無二無別だ。私たちは法性が現れるまでに、決して体得できない。だったら、凡夫の身である私たちは人間であり、人間には眼耳鼻舌身意で信号を受けている。どうしたらよいのか。金剛乗の修行方法は五毒を智慧に、意識を智に変えるのだ。菩薩道の修行には、顕教の六波羅蜜と金剛乗の密法で持続的にやる必要がある。そうしないと、衆生を利益することはできない。菩薩の精進は完全に衆生の成仏を助けるためだ。いつ達せるかは重要でない。要はやり始め、正しい方向に向かい、自分自身を考えず、全く欲望を持たないで衆生のために修行を励むことだ。自分のためだったら、『勤精進』ではないのだ。衆生のためこそ、『勤精進』だ。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を率いてアキ護法と回向の儀軌を修めた。修法終了後、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けた。「今日開示した六波羅蜜が難しくてできないと思う人が多いだろう。できるかどうかを考えず、要は聞き入れて心に銘記してやり始めることだ。菩薩乗と金剛乗を修める行者はもし、六波羅蜜を修行の主軸としなかったら、正しい道を外れて間違った方向に行ってしまうことがよくある。また、仏法を単に研究として扱ってしまうこともよくある。仏法は研究するための学問ではない。仏経内にあるあなたが理解できることを自分の人生経験に基づいて探究し、経典をたくさん調査し、多くの本を読んだり尋ねたりし、またたくさんの他人の研究結論と自分のものを照らし合わせてから、自分なりの結論を出すことが研究だ。修行の智慧ではない。学仏、修行と何の関係もない。この方法で学仏したら、大変危険だ。仏法は一種の教育だと言えるが、研究用ではないのだ。以前、台湾に仏学をよく研究した法師がいた。彼はある日転んでけがをしたので、当時リンチェンドルジェ・リンポチェの顕教の師父はリンチェンドルジェ・リンポチェを連れて見舞いに行った。その時、彼は目が輝いていた。しかし、晩年彼がテレビに出た時が、弟子が祝ってあげた最後の誕生日だった。リンチェンドルジェ・リンポチェは他心通を少し持っているので、あなたが目が動いて眉を吊り上げるのを見たら、あなたの考えていることをすぐ分かる。彼がテレビに出たのを見た時、彼は視線が集中せず、活気がなかった。認知症の兆候があっただろう。何故だ。六波羅蜜を修めなかったのに、自分はよく修行できたと自認していたからだ。彼は常に著作の中で自分が正しいと思ったことを加え付けていた。それで功徳は全部すぐ福徳に変わった。

仏法は私たちが持つ人生の経験法則と違う。祖師ジッテン・サムゴンはこう開示したことがある。仏法の根拠は、まずは仏経内の開示、そしては上師の教え、最後は自身の修行経験だ。自身の修行経験は自分が決めるものではない。上師の認証が必要だ。上師は何故重要なのか。経験のある上師は弟子を監督するからだ。

今日開示した内容を帰った後よく考えなさい。仏は単独的に思惟することを話したが、つまり、他人に聞く必要がない意味だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの話はどういう意味かを他人に聞いたら、その人が仏陀、或はあなたの上師になるだろう。上師の開示を全然覚えていないと言っていけない。あなたたちは業障が重いから、リンチェンドルジェ・リンポチェが一時間以上も話した内容を、あなたたちはもちろん全部覚えられるはずがない。しかし、一字でも一句でも覚えられたら、よく思惟すべきだ。思惟は、仏法がどんな意味なのかを考えることではない。あなたたちはまだ実践していないから、仏が話した言葉の意味を悟れるわけがないのだ。思惟とは、自分の行動に移したかを考える意味だ。こうしたら、例え一字や一句しか覚えられなくても役立つ。帰った後思惟することが大事だ。大変疲れたから、ベッドにつくとすぐ寝てしまうことはしない。また、すごく慎重で仏堂に座って1、2時間考える必要もない。今時の人にはこんな環境がないので、心を静めて5分だけ思惟しても役立つのだ。もし、旦那が側でどうしてボーっとしているかと聞いたら、疲れたと言ってあげればいい。後で、車に乗ったらすぐ思惟できる。乗り過ごさなければよい。考えないのがいけない。それでは、本当にただ聞いたことになり、聞いて終わることになる。一句でも一文字でもいいから、思い出したらいい。例え一句だけでも釈迦牟尼仏があなたにあげた開示で、リンチェンドルジェ・リンポチェを通じてあなたの理解できる意味で教えてあげたものだ。実際に、リンチェンドルジェ・リンポチェは『宝積経』を拝読し終えていないのだ。何故すぐ開示できるのか。修行することによって自然に文字を読むと意義が分かるからだ。私たちは一分一秒も自分の身口意が上師の教えに一致しているか、また、仏法を背いているかを常に思惟すべきだ。大変重要なことだ。あなたたちは聞いて怖くなる必要がない。今はまだできなくても、思惟することだ。

今でも、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を利益することを続けている。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週の開示内容を寶吉祥仏法センターのホームページに掲載している。もっと読んでもらい、もっとたくさんの弟子を取るためではない。尊勝なる直貢チェツァン法王に監督してもらいたいのだ。もし、不適切なことでもあったら、直貢チェツァン法王はきっとリンチェンドルジェ・リンポチェに知らせてくれる。或は、リンチェンドルジェ・リンポチェを止めてくれる。直貢チェツァン法王は法会の開示内容を読むことを、以前リンチェンドルジェ・リンポチェは知らなかった。ある日、直貢チェツァン法王が話してくれたので、このことを知った。もし、上師の開示を自分は一字、一句も覚えられないと言ったら、あなたは生生世世の大馬鹿だ。もちろん今世も大馬鹿だ。業障とは、業力が引き起こした学仏の障害だ。もし、あなたは上師の開示を全く覚えられなかったら、あなたの学仏において障害が起きたということだ。深く懺悔して布施、供養などの全部の法門を修めなければならない。」

法会は円満に終了した。弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる開示に感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りるのを恭しく見送った。

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2015 年 11 月 20 日 更新