尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示– 2015年11月8日

法会開始の前に、二人の弟子がステージに上がって話を語った。

最初の弟子は、上師を讃頌する機会が与えられたことに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、並びに過去において為した全ての悪業を懺悔した。

「およそ6年前に、ある機会で知り合ったばかりの毛師兄と王師兄夫婦から、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な著作『快楽と痛苦』をもらい、それから、私の人生は変わった。当時、私は仏法に触れ合って20数年になり、それまでの20年間ずっと仏法を学問として探究していた。ドイツでチベット学の博士号までとり、チベット語を勉強してチベットの歴史と文化も研究していた。それでも、煩悩と五毒で自分の人生に対面することしかできなかった。学仏の最初の動機は解脱を求めるためだった。しかし、指導してくれる人もなく、チベット仏教を学ぶにはチベット語を学ぶ必要があり、学位を取るための研究は学仏だと思い込んでいた。しかし、10数年来、学者としての訓練を受けてきた私は仏法に対して疑いを抱き、仏経内の話はただの神話や物語に過ぎず、達成は無理、解脱なんてあり得ないと思ってきた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの著作『快楽と痛苦』を読んでやっと珍しい宝物を得たような気持ちになれた。この本は以前読んだ数えきれない仏典とかなり違う。分かりやすく書かれたうえで、内容も生活的で人の心を動かすもので、仏法は難しくて分かりずらくて手の届かない深い論理ではなく、正しい方法を使えば、ちゃんと実践できるものだと理解させてくれた。そのため、私は再び仏法に対して希望を抱くようになった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた後、幸いにも2010年7月18日に皈依できた。信衆の時から、リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教法と素晴らしい度衆の能力に私は大変感服した。上師はチベット語が分からないとは言え、チベット語の法本を読んだ時はいつも、流暢で素早い。時々私は手に持った法本を見ながらも上師の速度にはついて行けない。チベット語が分からないのに、何故こんなに速く読めたのかと、私は常に不審に思った。上師はチベット語が分からないと自称したが、本当なのか。チベット歴史上、仏法をインドからチベットに持ち帰って弘通した祖師大徳たちは皆、梵文を学んでから、インドに行ってインドの大成就者について法を学んだ、上師はチベット語が分からないのに、チベットで千年以上も伝承されてきた法を学べた。こんな殊勝さと有難さはとても有り難い。それに、上師は自身が法を学んだ経験を無私に私たちに伝授してくれた。私たちはチベット語を学ばず、ただ教えを聞くだけですぐ入門できる。たくさんの時間を省けた。もっと早く上師に出会えたら、私はそんな長い時間をかけてチベット語を学ぶこともなかった。自分は過去においてたくさんの邪見を累積したせいしか言えない。福も縁も薄いから、遠回りしても正法を弘通する善知識に出会えなかった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが修めるポワ法と施身法は何れも過去本の中で読んだもので、千年以上の伝承歴史を持っている。上師の開示した通り、ポワ法は自ら成功に修めてから、初めて他人のために修められる。自ら成功に修める意味は、輪廻を断ち切って生死に対して自在になった能力を持っていることだ。そのため、上師が解脱できた成就者であることは疑いのないことだ。上師は頻繁にポワ法を修めているが、その高い頻度は稀だ。チベット歴史を追究してもポワ法の伝承経緯しか分からないが、上師が常にポワ法を修めることに関する記述がないし、どの上師が成功に修法し、いろんな瑞相を現したことに関する叙述もない。これには以下の理由があると思う。一つは、自ら成功に修めるのが極めて難しいので、他人のために修めるのは尚更だ。そのため、関連する記載があまり見られない。一つは、この法を修めるにはたくさんのエネルギーが必要なので、上師たちは皆いつでも修めたいとは限らない。一部の師兄たちは知っている、或は見たことがあると思うが、上師は数年前のある一日に四つのポワ法も修めた。心脈が止まったまでに修めた。また、上師は死者のためにポワ法を修めた度に出血し、体力を大いに消耗した。極めて強い菩提心がなければ、この法を知っている者は時々他人のために修めたくないだろう。例え他人のために修めたくても、本人の体力では持たない可能性もある。学生が教えてくれたことだが、その学生の上師は他人のために一つの法を修めた後、ベッドで寝たまま1ヶ月になっても起きられなかったそうだ。学生がその上師の見舞いに行った時、その上師は1ヶ月も寝込んだまま、話す気力すらなかったそうだ。その上師は何の法を修めたか、学生は話さなかったが、もしポワ法だったら、私たちの尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの功力はどんなものか、皆さんは分かるだろう。もしポワ法でなかったら、それでも1ヶ月以上寝込むようになったから、ポワ法の修法はもっと大変だと、皆さんも理解できるだろう。私たちの尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは普通のリンポチェではないのだ。先ほど話した内容を顧みよう。チベット歴史に記載がないの何故だろう。皆さんも分かるように、チベット伝統では、上師にポワ法を修めてもらうために等身大の黄金の大供養が必要だし、修法終了後も供養が必要だ。つまり、ポワ法による済度を得たい人本人は福報と因縁を備えなければならない。他人にポワ法を修める能力を有する上師はなかなか出会えないうえで、死者本人も因縁、福報を具さなければならない。また、上師は死者のために修法する意欲だけでなく、修法する体力も必要だ。まして成功に修法でき、瑞相を現すなど、これたくさんの条件が全部備わり、そして時々起きることでなければ、注目されないのだ。注目されなかったら、歴史に記載されないので、どれほど難しいことだろう。だから、記載がないのはこのようなことは、歴史上においてもしょっちゅう起きたことではない意味だ。寶吉祥に来る前、一部チベットの上師はポワ法を修法、伝承すると聞いたので、心の中で大変憧れていたが、修法が成功後現れた瑞相に関する記述が全然なかった。寶吉祥に来てから、初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修めるのを見たので、大変驚いた。滅多になく有り難いこの法を自分の目で確かめられ、大変不思議に思った。それからも何度も上師の修法を見たし、時々瑞相の写真も見た。上師はこの大変珍しいポワ法を修められるし、遺体の側にいなくても遠距離で修法して瑞相が現れた。本当に尋常でないことだ。また、後になって聞いた話だが、上師は声を出さずにポワ法を成功に修められたそうだ。上師が高い功力、境界を持っている証だ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を成功に修めた後の瑞相を見た人は大勢いる。現場に師兄たちに、上師が成功に修法した後の瑞相を見たことのある方に手を挙げてもらいたい。やはりたくさんいる。寶吉祥では、ポワ法が成功に修められた後の瑞相はきっと起きることで、皆は慣れている。しかし、先ほど話したように、これは実際に非常に稀なことで、普通ではないのだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら解脱できたうえで、衆生の解脱を続けて助けている。深くて広い慈悲心と菩提心がなかったら、この苦労なことをしたい人はいないはずだ。

そして、寶吉祥の道場で常に参加できる施身法法会も千年近くの伝承歴史がある。初めて道場で施身法法会に参加した時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示した、施身法はチベットの女性瑜伽士マジラ尊者が作ったもので、チベット語の意味は『断ち切る』という話を聞き、大変驚いた。この説明は以前学んだもので、この古き、伝承的で大変特別、殊勝な法会に参加する因縁があるとは全く思わなかった。施身法には多くの利益があるが、自ら体験した人が多いだろう。私には、胸苦しさ、背痛、肩関節脱臼など、いろんな病気がある。お医者さんでも治療できなかったものが、施身法法会に参加した後、全部消えた。父も尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェから、殊勝な施身法による済度をもらった。父はガンが腹腔内たくさんの器官への拡散で往生した。生前は仏法を学ばず、信じてもいなかった。それでも上師は慈悲で施身法の済度を賜ってくれた。父はガンの確診から往生まで2週間もなかった。生前は末期ガンの痛みは全くなかった。火葬後、頭蓋骨に小さな丸い穴があり、骨灰は潔白だった。第二葬儀場のスタッフも父の骨灰は潔白で普通とは違うと、わざと言ってくれた。道場のたくさんの師兄たちも似た経験があると思うし、私たちは見慣れているが、チベット歴史上では滅多にないことだ。私はチベット歴史の本をとことん検索したが、施身法の起源、伝承と修法内容に関する概要しかなかった。また、多くの瑜伽士は火葬場、鳥葬場で修めた話もあったが、その修法の目的は大体自己向上のためで、他人のための修法、或は他人のために成功に修法した後の瑞相に関する話がなかった。上師は常に信衆、弟子のために施身法を修め、いろんな病気を治し、いつも成功に済度できていろんな瑞相を現した。歴史上ではありふれたことではないので、寶吉祥の信衆と弟子は大変恵まれている。

私はドイツに行く前、時々あるチベット仏教のある道場に行っていた。執事のチベット人ラマはある年の清明に、死者と信衆の祖先を済度するため、死者の写真と衣服を用意するように指示したと共に、それぞれ死者のために小さな霊璽を設けたが、修法終了後、それで終わりだ。その後、法会に参加した人は病気がよくなった、或は済度された死者はどんな瑞相があったかの話は全くなかった。これに対し、寶吉祥の施身法法会は死者のためにものを用意する必要もないし、名も知らない衆生でも参加者が彼らを思い付いたら、皆は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けがもらえる。もちろん現場の参加者は同じだ。死者や生きている人間を問わず、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは等しく済度する。これで差異は何かが、皆は分かっただろう。

仏教がチベットに伝承されて間もなく西暦8世紀の時、吐蕃国王、赤松徳賛は大型の仏法弁論会を開催し、チベットはインドや漢からの仏法のどっちを受け入れるべきかを決めようとした。その弁論において、漢からの僧侶はインドの僧侶に負けたのでチベットから引き揚げた。それ以来、1300数年間、チベット歴史では漢人が成功に修行してリンポチェになり、教派の認証を受けて公開的に法を広めたことに関する記載が全くない。民国初年、漢からの一部の僧侶と行者がチベットに行って法を学んだが、彼らは何れも事前の用意でチベット語を学び、チベットの風習民情を覚えてからチベットに行ったし、何人か同行して行ったのだ。しかも、仏教団体や政府の助成をもらって行った人が多かった。

一方、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの場合は全然違う。上師はチベット語も分からず、教派ではリンポチェの果位まで修められた唯一の漢人だ。法を学んだ時は同郷の人の助けがなく、法を学ぶための資糧も全部自分で手配しなくてはならなかった。しかも、言葉、風習が全く異なるチベットの同期と一緒にいなくてはならなかった。これらのことは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法を学びたい心を阻害できなかった。在家の居士として法王に認証されたリンポチェまで修行したうえで、無上瑜伽密続の成就も得られ、上師に特殊な密法と伏蔵法を伝授してもらえた。チベット歴史上では決してなかったことだ。それまでにこのような例は一つもなかった。一部のチベット自治区に行った法師と行者は有名だが、彼らの資料を調べると、法を学んだ経過、本人の成就や公開的な説法、弟子への伝法に関する叙述があったとはいえ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが絶えずにたくさんの衆生を利益し、成功に修法した後のいろんな瑞相、或は多くの衆生が実際に得られた助けの事例のようなことが全然なかった。以前、ある先生について仙道を学んだことがある。この先生は今言った有名な上師のうちの一人を訪れたことがある。その上師は年で長年の座禅で両足は使えなくなり、地面を這うことしかできなかったので、私の先生は大変失望した。このことから分かるように、無上瑜伽密続までの修行は大変難しい。しかし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは無上瑜伽密続までの修行ができたうえで、70歳近くになっても素早く歩けて若い弟子を後にする。このようなことは並みではない。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは凡夫の身から一般の人が達成できない境界のことをした。その完全に決意した、疑いも戸惑いもない心が理由だ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは大成就が得た後でも、最前線で私たちのような頑固で調伏しがたい衆生を引接し、衆生のために、普通成就者が常に修めない施身法、ポワ法とその他極めて殊勝で稀な密法を修めている。私たちのような茫然自失で、頼りもない輪廻する衆生を同情し、苦海から私たちを救出したいからだ。私たちは台湾、ドイツ、イタリア、スイスとインドなどいろんな国でチベットの上師、行者と道場に接する機会があったが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェほど自然に慈悲の光を放つような者は稀だった。似たような経験は2回しかなかったが、何れも短かった。それに対して私たちは寶吉祥にいて毎週自ら体験でき、常に光に照らされて守られる。私たちは本当に幸せだ。

私は博士号を取り、仏法に接して20数年にもなったが、寶吉祥に来て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な開示を聞き、自分の仏法学習は幼稚園の程度のものだと初めて分かった。全部一から勉強し直さなければならない。チベット語、チベットの歴史と文化を学び、仏経を読み、仏法センターで法を聞くことは学仏と等しくないのだ。私はチベット語が分かり、チベットの歴史と文化を研究し、仏経も読んでいたにもかかわらず、今でも五毒が盛んであり、内面に疑惑が一杯だ。上師に対する信念が足りなかったので、密法の学習が禁止された。学仏は『心』からでないと、自分の『心』を絶えずに調整しないと、関連しそうなことをいくら習っても役に立たないのだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも、私の頑固の心をどのように調伏するかを絶えずに教えてくれている。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは私たちにとって最高のモデルだ。外面の条件が備わらなくても上師に対する揺るぎない信念に頼り、上師、本尊と衆生への承諾を堅持し、内外の誘惑で変わることもなかったので、今日の成就に至った。

この機会を借りて私たちは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔したい。過去持っていた全ての邪見を懺悔する。上師、三宝を敬わなかったこと、上師に対して具足の信念がなかったことを懺悔する。また、累世において為した一切の悪業についても懺悔したい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持で、上師に対して無上の信念と恭敬心が生じるように助けてくれることを祈りたい。そして、今生の終わりに、浄土に往生できるように助けてくれることをお願いしたい。生生世世も尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して菩薩道の修行と学習を成仏できるまで続けたい。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、法輪が常転し、法脈が永遠に伝承することを祈る。」

続いてもう一人の弟子は善事を許されたことに上師に感謝し、並びに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの功徳を讃頌した。

「ほかの道場で10数年の通訳をしていた友達がいる。友達は宗教は自分の命だと自称している。この言葉の意味がよく分からなかったが、友達に私の学仏の経験を語った。友達は、寶吉祥仏法センターに千人以上の弟子がいること、そして、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して生死解脱について修行する道場だと開示したことを聞き、彼は驚き、そんなたくさんの人が生死を解脱したいのかと私に聞いた。

チベット語の通訳を務める人は通訳前、必ず十分な用意が必要だ。例えば、開示の経典内容を事前に把握し、書面資料などを勉強しなければならない。通訳の際も、精神を集中してぼうっとしてはならない。そのため、十数年のチベット語の通訳を務めていたら、きっと開示された仏法の内容をよく知っていると思う。しかし、友達は学仏は生死解脱のためだということを深く体得しなかった。本当に信じられないが、事実だ。この友達は学仏して20数年来、国内外で顕密の道場を回ったとしても、学仏は生死解脱のためになるという信念を抱いていない。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前も友達と同じく、学仏は生死解脱のためになると信じていなかった。しかし、世間には、寶吉祥仏法センターという生死解脱の修行と学習ができる道場があるのだ。

私が話したいのは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが有情世間の極めて稀な珍宝だということだ。もし、寶吉祥仏法センターはあなたにとって輪廻の苦海における最初の学仏道場だったら、必ず大事にしてもらいたい。何故なら、私の学仏の経験から、ここしかないと分かったからだ。

今日、ここに上がったのは上師を讃頌するためだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、私が学仏して20数年後やっと出会えた具徳の上師だからだ。私が急速に三悪道に堕ちる途中で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがブレーキを踏んでくれた。波が荒い輪廻の大海の中からすくい上げてくれたのも尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェだ。

2011年1月16日に私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。皈依した理由は、具徳の上師に追随して仏法の学習と生死の解脱のためだった。ここまで話すと、心はちょっとびくびくした。『本当にそうなのか。』という注意してくれた声が聞こえたようだ。実際に、私は外見が行者のように見えるだけだ。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの前で懺悔したい。私は皈依して以来、いつもうわべで見せかけているだけだ。外見は学仏者のように見えても、内面は輪廻の安楽に未恋を抱き、懈怠で放任していた。出離心は全くなかった。

私の職業は教師で大学でチベット語とドイツ語を教えていると同時に、ドイツ語検定試験の試験官も務めている。チベット語の教学は生涯計画のプランA、ドイツ語はプランB、二つのプラントも内容が乏しいものだった。そうでなかったら、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて学仏することもなかっただろう。

ドイツに行く前、私は台湾で大学を卒業し、兵役、仕事などの段階を経た。チベット語は仏学研究所で習ったものだ。仏学研究所は3年コースだが、私は2年で論文を書き終えて3年目にチベット語を教え始めた。3年も教えた後楽しくドイツに行って勉強を続けた。それで、私は台湾で修士課程を経ずに、直接にドイツでチベット学の博士号を取得した。

ドイツで受けた訓練において学術研究と宗教の修行はきっちりと分かれていた。基本的に、学者たちは修行の議題に触れなかった。宗教の修持経験は学者にとって研究、理解できるものではないという理由だった。例えば、あるドイツの大学教授は月称の『入中論』という中観の典籍を研究テーマとしていた。この教授は、自分は初地菩薩の果位まで、つまり見道の極喜地に入るまで研究したが、それ以上の研究はできなかったと、私にこう話した。何故だろう。この仏学を研究した教授は修行せず、ただの平凡人間なので、初地菩薩以上、聖者に属する菩薩の境界についてはもちろん体得、解釈できなかったからだ。

最近、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『宝積経』の菩薩の境界を開示している。兄弟子の皆さんは、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示がなかったら、少しでも菩薩の境界を理解できただろうか。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、以前『宝積経』を研究しなかったが、読むとすぐ分かったと開示した。兄弟子の皆さんはその理由が分かるだろうか。合理的な推論からだと、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはきっと菩薩の果位が証得できた。しかも大リンポチェの果位だ。そうでなかったら、菩薩を叙述する『宝積経』を理解できるはずがなかった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは在家の漢人の身で大リンポチェの果位を修められた。しかも、教派の中では高い果位だ。法界で起きたこの重要なことについて、チベット学の研究者が説明できることは本当に限られている。以下の話で説明しがたい部分があったら、『不可思議』と呼ばせてもらう。

閉関室で椅子を蹴とばした瞬間から、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは一人の聖者(チベット語:འཕགས་པ、梵文:Arya。チベット語の『大蔵経』において仏経の経名前に何れもこの文字がある)だ。聖者の定義だが、行者は見道に入って空性を悟った、或は初地菩薩の果位が証得できた時、聖者と呼ばれる。即ち、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはもはや平凡人間ではない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの度衆の心は決して退転しない。合理的な推論では、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは少なくとも八地菩薩の果位以上に達した。理由は八地は不動地とも呼ばれ、菩薩は八地以上の果位が証得できたら、決して退転しないからだ。

私の知る限り、チベット仏教の発展史では、在家の漢人がリンポチェの果位まで修行できたことが決してなかった。理由は何だろうか。漢人のほうが根器が悪いのか。それともチベット人は漢人に密法を伝授しなかったのか。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢噶舉の伝承においてリンポチェの果位を修行できた。しかも大リンポチェの果位だ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは漢人で、根器は悪くないし、修行で証果する速度も考えられないほど速かった。まさに行者の中のスーパーランナーだ。

漢人の根器はチベット人に比べて劣らないのに、何故密法は漢人に伝承されなかっただろうか。口で話す言葉だけでは証拠にならないので、学者は決してこんなことをしない。まずは、漢・蔵とも残さずに明かさない習慣があるかどうかを見てみよう。或は、これが人情の常だろう。日本人も同じく極意のところだけは明かさないだろう。最近聞いた話だが、『洗双糖』はとうとう販売させてくれるようになったそうだ。理由は、相手が私たちの尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェだからだ。

チベット人が漢人に対して奥の手を明かさないのはどんな状況なのか。ドイツで博士論文『チベット命理学』を書いていた時、ある歴史文献の記載からこのような内容を見つけた。『漢人は仏法で調伏できないので、命理学で調伏するしかない。』漢・蔵の両族が歴史上の恩讐を知れば、漢人に対してチベット人がこんな態度を持つことも理解できるだろう。更に、漢人もチベット人に対して奥の手を明かさないかどうかを見てみよう。答えは確かだ。しかも、結構たくさん明かさなかった。証拠は何だろう。私の博士論文にあるのだ。『チベット命理学』の理論的な枠組は中国の陰陽、五行と八卦などである。これらの理論的な枠組は、文成公主がチベットに行った時にチベットに伝わられたものだ。論文を書く過程において『チベット命理学』の起源を探究する必要があったので、陰陽、五行と易経など中国の専門書を読むのも当たり前だった。チベットに伝わったこれらの知識は本当にばらばらだったと気付いた。漢人はチベット人にたくさんのことを伝えなかった。だったら、因果の法則から見れば、チベット人もきっと漢人に対してたくさんのことを言わなったはずだ。そうしたら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは何故、甚深の密法を伝授してもらえただろうか。これは平凡地にいる私たちが理解できることではない。稀で有り難く、不可思議だと言うしかない。或はこう言ってもいいだろう。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが行くあらゆる所で、諸天は喜び、法界は臣服する。

私はずっと信じている。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『仏子行三十七頌』を開示するずっと前に、因縁を変える乃至創造する能力を持っていた。兄弟子の皆さん、私たちは何故尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したのか。私たちの病、私たちの苦しみが理由だ。しかも、普通の病苦でなく、殆どは命に係わる難病だ。99.9%以上の弟子と信衆の命は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに救われた。私は学仏して20数年にもなったが、これほど立派なリンポチェに出会うことはなかったし、これほど苦労しているリンポチェも会うことがなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはきっと私たちの因縁を変えたと私は信じる。例えば、鋭いもので目が刺されて瘢痕化になり、めくらになった子供は新しい眼球ができた。また、ガンの腫瘍が小さくなった、或は消えた。或は無職だった人は仕事を見つけたなど、いろんな例がある。何故、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこれらのことができたのだろうか。私は凡夫地の学者だから、兄弟子の皆さんに、これは不可思議、稀で有り難いことだと言うしかない。

祥楽旅行社のチベットツアーに参加した師兄は、中国の丁氏ガイドに会ったことがあるかもしれない。このガイドから聞いた話だが、ある日丁氏ガイドは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと昆明市内で凡夫と聖者の運転試合をした。同じ始点から出発し、どっちが先に終点に着くかの試合だった。丁氏ガイドは、昆明市内のあらゆる街をよく知っているうえで、高速道路の制限時間も知っているから、勝利は自分にあるといい気になっていた。結果は兄弟子の皆さんの想像通りだ。丁氏ガイドが終点に着く前に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは先に到着したうえで、駐車し終えていた。それより、私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはきっと時空を超えて法界に入って衆生を済度できると固く信じるようになった。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公は何れの時空に行って因縁を変えることができた。因縁が変わったら、結果も変わった。しかし、必須条件は一つある。スーパーカーが必要だった。もし、あなたはある日出離心を発すると共に、菩提心も起き、夜中に誰もいない街を歩いていると、スーパーカーが現れた。あなたの側を音を立てて通り過ぎ、電光石火のように速くも街中で消えて行き、そして道には炎がついているタイヤ痕が残り、檀香が漂ってきたら、きっと尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのことだ。私はこう信じている。きっと尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはまた法界に駆け付けて衆生を済度しに行くことに違いない。

今、頭の中で、生生世世よく知っている、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの『吉祥法界祈請文』の歌声が浮いてきた。『吉祥法界虚空中、法性遍満尽虚空、再々想起金剛総持尊、一心渇望祈祷您、願我与您得相応。』最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが無上の妙法輪を常転し、長らくこの世に常住し、一切の諸衆生を利楽することを祈る。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がって共修法会を執り行い、並びに参加者たちに貴重な仏法を開示した。

「今日は続けて『宝積経』を開示する。『宝積経』は釈迦牟尼仏が菩薩道を修行する人に開示するものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経を開示する時、自身の修行した体得と経験でより分かりやすい方法で開示し、皆に仏の教えを分からせるようにしている。リンチェンドルジェ・リンポチェは経教を学ぶ基礎がないので、名相の解釈に時間をたくさんかけない。仏は四相を破ると言ったが、名相は名詞なので、解釈するには、仏経内のたくさんの記述を引用しなければ、詳しく解釈できない。例え名相をたくさん知っていても、あなたたちの好奇心を満足させるだけだ。修行面には大いに役立たないのだ。修行は学問の研究ではない。以前『推敲』という言葉の『推』や『敲』のどっちを使うかを議論する人がいたようなことだ。実際に、これらの名相は何れも方便説に過ぎない。読経は修行ではない。仏経を暗記するのは来世のよい記憶力のためだけだ。上師の開示が覚えられないのは何故だ。恭敬していないからだ。記憶力が優れる人がいるが、前世経典を暗記して鍛えられた記憶力だ。しかし、念誦、持咒、拝懺をしても修行しているとは言えない。

前回の開示は菩提心を発するところまでだった。菩薩が仏果を成就するまで菩薩道を修めるには四つのレベルの菩提心を発する必要がある。一挙に全部できることではなく、順序、次第に上師の教えに従ってやらなければならない。経典に『善男子、云何菩薩摩訶薩菩提心?善男子、菩薩摩訶薩以有菩提相故発菩提心、未発菩提心時或諸如来或は諸声聞勧発菩提心。』がある。ここに『楽菩提心』の『楽』は世間の快楽ではなく、輪廻を解脱した楽のことだ。何故なら、菩提心は、衆生の輪廻解脱を助けて自己意識内の貪瞋痴の動力を停止させられるから、これで菩提心の中で楽しめるからだ。何の目的もなく発した菩提心こそ、楽菩提心だ。

最初の話は、福慧が絶えずに累積し、慈悲心を具して因縁が備わって大乗仏法を修行したら、諸仏菩薩や声聞縁覚は菩提心を発するように勧めてくれる。これが一つ目の菩提心で、世俗菩提心だ。世俗菩提心は意図的に作られてわざとらしいものだ。あなたの『意』から考え出したものだからだ。自分はまだ解脱できないし、他人の解脱も助けてあげられないが、慈悲心まで修行でき、菩提心を発して衆生を利益したくなったから、更に菩薩道の修行に進めたい。

菩薩道の修行はあなたたちの病気を治すためではない。菩提は『上学仏法、下利衆生(仏法を学んで衆生を利益する)』の意味だ。菩薩は菩提心に大功徳があると知ったから、利益衆生のため、菩薩は二つ目の菩提心を発する。この菩提心は勝義菩提心であり、全く自分自身を考えず、縁起性空、縁生縁滅を完全に理解した行者になる。勝義菩提心までに修行できたら、もはや敵がいるとは思わず、全ては因果で、自分によくないものは何れも自分の修行を助け、借りを返せるようにしてくれるし、菩提心を固めてくれると思うようになる。それで、私たち自身の問題を分からせてくれるから、敵に対しては感謝するようになる。勝義菩提心を発した行者は敵や善人を区別しない。心に何の憎みと怨みもなく、衆生に対して悪念が生じず、一切は因縁法だと理解したから、好きなものと嫌いなものとも平等に捨てられる。『四無量心』に最後の一言は『平等捨』であり、あらゆる執着を捨てることが最も難しいのだ。勝義菩提心があってから、初めて自分の生死を解脱できる能力が持ち、更に衆生を助けられる。

三つ目の菩提心は、菩薩が無主、無親、無救、無護の衆生に対して発する衆生を救いたい菩提心だ。無主は主宰がないこと、自分の未来の生命はどこにあるかを知らない。無親は法界の眷属がおらず、頼りがないことだ。菩薩は空性までの修行ができたので、衆生のいろんな苦しみを理解でき、そして自性の中で離苦得楽ができるように衆生を助ける菩提心を発する。三つ目の菩提心までに修行できた行者こそ、衆生の済度を助けられる。三つ目の菩提心を発して菩提心の功徳と力があってから、初めて衆生を済度する資格が持てる。そのため、『宝積経』は、衆生を済度するには、三つ目の菩提心を発する必要があるとはっきりしている。念誦だけでは、済度は無理だ。

最初の三つの菩提心があってから、まだ済度されず、輪廻の苦海にいる衆生が大勢いるのを目にし、仏の力は無辺で、成仏したら更に多くの衆生を利益できると分かったから、成仏したい菩提心が生じる。これが四つ目の菩提心だ。仏果を成就するのは自分がもっと立派になりたいわけではなく、無数の衆生がまだ輪廻の苦海にいると知ったから、衆生を助けたいためだ。2007年、リンチェンドルジェ・リンポチェはラキ雪山で閉関した時、法眼で輪廻の苦海にいる衆生を見て2日間も涙を流した。仏の功徳と福報は更に多くの衆生を利益できると分かったから、もっと多くの衆生を助けるため、仏果を成就したいと思った。

これで分かるように、発心とは菩提心を発することだ。信衆は菩薩のように発心したといい加減に褒めることではない。このような発言も妄語の戒を破ることになる。出家衆は特に注意しなければならない。仏寺で掃除やボランティアなどをする人がいるが、これは助縁に過ぎない。自分自身が衆生と仏菩薩と結縁できるための助縁だ。衆生、仏菩薩がいなければ、私たちは成仏できるはずがない。十分な因縁と福報があるからこそ、将来は利益衆生のための資糧がある。この四つの菩提心は前回の開示で話したが、今日はもう一度開示する。慈悲心と菩提心は仏法の根本なので、慈悲心と菩提心がなければ、私たちは自分が生生世世からもたらした業を転じることができない。

また、経典の言葉だが、『善男子、此是菩薩初発菩提心相。善男子、彼菩薩聞有菩提、聞菩提心有大功徳、聞発阿耨多羅三藐三菩提心、此是菩薩第二発菩提心相。』

ここで、注意しなさい。仏が毎回言った『善男子』の『善』は、十善法を円満に修めたうえで修行している人のことだ。こんな人こそ善男子と呼べる。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経内の『善男子』を見る度に、心が極めて痛くなる。あなたたちは誰もできていないからだ。皆は十悪法を修めている。十善法の実践ができる人は一人もいないからだ。

簡単な例を挙げよう。昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェはある所で加持する時に使うから、明日火供用の灰を警備員に渡すことを一人の弟子に指示した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは昨日エレベーターの前で、警備員が手にある袋を持っているのを見た。それで、その弟子は指示を聞かず、当日火供用の灰を警備員に渡したと、リンチェンドルジェ・リンポチェは分かった。同じことではないかと、あなたたちは思うだろうが、仏法の観点から言うと、違うのだ。何故なら、彼は貪瞋痴を犯してしまったからだ。貪とは、彼は明日忘れてはいけないと心配したから、当日に火供用の灰を警備員に渡して済ませたいと思ったことだ。それで、ちゃんと渡したことになり、警備員に保管の責任を任せた。もし、明日リンチェンドルジェ・リンポチェに聞かれたら、彼は渡したと答えられた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは当日でなく、明日渡すことをはっきりと指示したから、これが教えを聞かないことになる。何故明日と指示したのか。リンチェンドルジェ・リンポチェ昨日言わなかったが、今日言おうと思った。警備員の家に仏堂がないから、処理できないだろう。上師の話を聞かないことからできた因果は、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示した仏経の内容を彼も覚えられない。教えを聞かないように自分を鍛えているからだ。じゃ、何故痴になるのか。因果を信じないからだ。このことに関し、警備員も本当のことを言わなかった。その日、明日渡す指示は、皆がはっきりと聞こえたのに、自分ははっきりと聞こえなかったと側にいた警備員はこう話した。側で仕えた弟子も聞こえた話なのに。結局、この弟子は警備員に嘘をつかせてしまった。彼はまず過ちを犯した。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェが警備員に聞いた時、警備員は自分ははっきりと聞こえなかったと答えた。弟子の過ちをカバーしようと嘘をついた。

理由を知らなければ、指示を仰げないのか。当日渡してもよいかを尋ねたらよかったことだが、彼は何も聞かず、勝手に行動した。あなたたちの中でこんな過ちを犯した人も多くいる。特に会社に勤めている時、誰もが同じミスを犯した。上司の指示を聞かず、勝手に決定し、何事も指示を仰げずに自分の意思通りに動く。リンチェンドルジェ・リンポチェは子供の頃、中国の歴史物語が好きだった。その中、『三国志』という物語がリンチェンドルジェ・リンポチェの印象に深く残った。この物語は、曹操に大変重用、信頼された一人の策士、楊修という人の話だ。彼は、曹操の本陣、寝室までに直接に入れたほど信頼されていた。ある日、曹操に酥餅(スーピン)が贈られ、曹操はその箱に『一合酥』を書いた。その後、曹操は酥餅が消えたことに気付いた。楊修が兵士たちに分けたからだ。聞かれたら、楊修は、『丞相が『一人一口酥』と書いたのではないか』と曹操に答えた。この事件の後、曹操はある機会で楊修を殺した。理由は、酥餅を兵士たちに分けたのでなく、楊修は独断する人だったからだ。曹操は長年里を離れて戦争に出ていた。軍事を指揮する人が主将の話を聞かず独断していたら、早かれ遅かれ主将を害してしまうし、たくさんの命を巻き込むこともある。この物語をリンチェンドルジェ・リンポチェは心に留めた。リンチェンドルジェ・リンポチェ仏法面に関することについて、必ず尊勝なる直貢チェツァン法王に教えを求める。しかし、あなたたちはどうだろう。

あなたたちは常にこう思うだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちのことを言っている。仏経の内容でなければ、仏法ではないから、聞かなくていいし、依然として自分の思うままに行動する。上師の指示を聞かず、上師の手配に従わない。もし、上師は弟子の心性が分からなければ、弟子を助けることもできないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェの教導は何れもあなたたちの問題に応じており、あなたたちに役立つものだ。世間法、出世法の区別はない。区別しているのがあなたたちだ。あなたたちは、リンチェンドルジェ・リンポチェの言葉は仏法でないと思ったら、自分なりに考え始める。実際に、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子のために手配したことは、あなたたちが最も執着しており、壊しにくい部分に対処している。あなたたちの大好きなこと、大嫌いなことの何れも、リンチェンドルジェ・リンポチェは方法を使ってその執着を打ち壊したいのだ。上師はあなたたちを害したりするのか。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちの問題を理解せず、衆生を助ける資格もなかったら、とっくにこの法座から護法に突き落とされた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェの手配も聞かないなら、弟子とは言えない。処罰しなければならないのだ。」リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で、リンチェンドルジェ・リンポチェの会社で働いている弟子を叱った。「忘れることでも頑張り続けなさいよ。何も覚えていないと言ってみなさい。」

「上師として、衆生の因縁作りに助ける方法を知らなければならない。ここの『因縁』は仏法名詞で、男女の『姻縁』ではない。修行に役立つ学仏の因縁だ。男女付き合いの縁だったら、因縁とは言わず、悪縁だ。先ほど話した弟子は上師の指示を聞かず、面倒くさいと思い、たかが一袋の灰ではないかと思った。仏法、上師を敬わっていない。上師の為すことにはきっと理由がある。もし、昨日渡したのは黄金だったら、彼は失くしてはいけないと思い、きっと警備員に渡さなかっただろう。しかし、火供用の灰は宝だ。彼は知らず、何とも思わなかった。2007年、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王についてラキ雪山で3日間火供を修めた。修め始めて間もなく、たくさんのラマは火供の灰を分けたいと申し込んできた。火供を修め終わったら、残った灰は現地のラマに全部分けられた。その時、直貢チェツァン法王はあげようと話した。リンチェンドルジェ・リンポチェも分けられなかった。チベット人は火供の灰を宝だと見ている。彼らは灰をもらうためにわざわざふもとから登って来た。一つの秘密を教えてあげようか。火供の灰を地面に撒いたら、土地のためになるし、害虫にもいいことがある。ある年、日本道場の庭でひどい虫害が起きた。日本の道場で犬を飼っていたので、庭師は犬が中毒してはいけないと思って農薬を使用しなかった。庭師は学仏しない人だが、慈悲心はあった。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェ火供の灰を庭の周り、裏山も全部撒いた。その翌年、虫害はなくなった。火供の灰を撒くのは布施だ。虫を利益することもできる。

ここは菩提心相に触れたが、仏は『相』という字を加えた。仏経上の『相』は、表徴と行為を指している。つまり、菩提心を発し、菩提行を実行する菩薩は必ず外見、内在、行為があり、見れば分かる意味だ。菩提心を聞くことは大功徳があるとは、菩薩は菩提心に大功徳があると知ったから発心する意味ではない。菩薩自身が大功徳がほしくて菩提心を発するのでなく、利益衆生のためだ。ここの阿耨多羅三藐三菩提心は翻訳されていないが、空性、智慧の菩提心という意味だ。世間のいろんな問題の対処には知恵が必要だ。知恵で処理しなければ、解決できない。

修禅は単なる座禅ではない。座禅で外部の声が聞こえず、心拍の音が聞こえないま座禅したいと思う人が多いが、必ずしもいいこととは限らない。リンチェンドルジェ・リンポチェ自身の2回の座禅の経験で説明しよう。一回目は真夜中座禅する時、入った後の感覚は外部と完全に隔てて音もなく、何の意識反応もなく、心拍の音も聞こえなかった。入定したかと思って出て来たくなくなった。本当は意識が心に閉じ込められたのだ。それからは女性の笑い声で起こされた。真夜中だったから、リンチェンドルジェ・リンポチェ一人しかいなかった。もちろん鬼でもなかった。二回目は友達と一緒に台湾北部のあるお寺に行った時の事だった。外は大雨だったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは観音殿で座禅していた。早くも外部の音も、雨の音も聞こえなくなった状態に入った。もちろん、友達が側で会話した声も聞こえなかった。結局友達のポケットベルの音で起こされた。

実際に、これは修禅の時に生まれた掉挙だ。また亢奮という状況もある。何故こんな現象が起きたのか。禅定の修行に励んでも自身に十分な福報がなくて意識は心に閉じ込められたからだ。全ての意が働かなくなり、体も動かなくなったが、心だけが動いているからだ。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェまだ密法の学習を始めていなかった。アキ護法が助けてくれなかったら、リンチェンドルジェ・リンポチェの命はそれで終わりだろう。幸いにも、リンチェンドルジェ・リンポチェの命は強い。そうでなかったら、簡単に入ったが、出て来るのは難しかっただろう。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェは今でも禅定の法門をあなたたちに伝授しない。禅定は四禅八定までしか修行できなかったら、容易く非想非非想天に入ってしまう。これは本当の正定と異なる。リンチェンドルジェ・リンポチェは一回インドで閉関した時体験した。両者の差異は一本の髪より細いが、偏ってしまえば、非想非非想天に入って出て来れなくなる。そのため、直貢噶舉では大印契を伝えるのに大変厳しいのだ。まずは『不共四加行』を修め、次第の修行で福報を累積しなければならない。十分の福報を備えず、業も取り払わなければ伝授しないのだ。さもなければ、大変危険なことになる。だから、福報が足りない、或は業は取り払わないままで禅定を学んだら、すぐ禅病に罹ってしまう。軽い場合は、お医者さんに診てもらって薬を飲めば治るが、ひどい場合は、内障に入って一生も治らない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前修禅していたので、この過程についてよく知っている。修禅は『動静自如』までにならなければならい。『動静自如』はどういう意味なのか。『動』はあなたの全身が飛び回ることではなく、あなたの心のことだ。心を静止させたければできるし、動かしたければできるし、何れも自分で決定できる。『動静自如』は仏法用語でもある。一部のお寺では、禅定が終わる直前に引磬を叩いて禅定を終わらせるが、実はよい作法ではない。何故なら、禅定の最中、気脈がある箇所まで行っている時、急に引磬の音が聞こえて終了すると、息が詰まってしまう可能性があるからだ。

禅定を修めて悟りたいか知恵を開きたい人が大勢いる。実際に禅定はこれのためではない。禅定の最も重要な働きは、死ぬ時の最後の一息に役立つことだ。その時に定があったら、累世の業力に干渉されないので、キーポイントだ。禅定の時間は長くなくてよい。最後、往生の時に、一息もできない瞬間から往生までの時間は指を弾く間よりも短い。死ぬ時はすぐ入定でき、往生の瞬間に妄念が持たなければ、未来も決まる。定があって目の前の累世の業力に干渉されなければ、上師は直ちにあなたの前に現れて引接してくれる。阿弥陀仏よりも早く来てくれる。しかし、仏法の訓練がなければ、往生時はきっと業力の障害を受け、善道に往生できなくなる。

何故上師は仏よりも早く現れるだろうか。仏の神通力は上師に劣るわけではない。あなたたちは上師に親しんでいるから、上師は一歩早くあなたの前に現れる。上師は単なる一人の上師ではない。具徳の上師は伝承から全体の加持を得たから、あなたたちの成仏までに、生生世世もあなたたちを助けられる。上師は法を広める時、自身の利益でなく、衆生のためだから、諸仏菩薩を代表して法を広めることになる。もし、あなたは上師に対してまだ疑、惑、不恭敬があれば、もちろん上師の加持をもらえない。だから、禅定はただ座って動かないほど簡単なことだと勘違いしないでほしい。また、座って動かなければ生死解脱、悟りができるとも思ってはいけない。まるで木のように感覚がなくて動かないことは禅定ではない。テーブルも感覚がないが、禅定とは言えるのか。

リンチェンドルジェ・リンポチェの皈依上師でもあるテンジンニンマ・リンポチェのある弟子だが、今は直貢梯寺の閉関センターの先生を担当している。ある年(2010年)、彼はチベットからインドに行き、直貢チェツァン法王が主法した大法会に参加した。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に会った。直貢チェツァン法王によると、このラマは30才過ぎだが、全く飲食しない境界まで修行できたそうだ。しかし、直貢チェツァン法王は彼に水を飲むように忠告した。そうしないと、胃腸は癒着して気脈に影響を与え、その後の修行に差支えがある。それで、彼は水を少し飲み始めた。末法時代にこの境界まで修行できる修行者はなかなかいない。今時の食物、飲水、空気、あらゆる環境は皆毒性がある。単に禅定の法門に頼って解脱を得ることは無理だ。だから、仏は本当に慈悲だ。菩薩道の修行法門を世間の人に開示してくれた。

次に出る言葉は『善男子、彼菩薩見諸衆生、無主無親、無救無護、無能度之令至彼岸。菩薩即為彼諸衆生起慈悲心而作是言:『我当於彼無主無親、無救無護諸衆生等而作救護。』為彼因縁故発阿耨多羅三藐三菩提心、此是菩薩第三発菩提心相。』

菩薩は利益衆生のために身を捨てられる。仏経にあった話のように、釈迦牟尼仏は菩薩道を修行していた時、身を捨て虎に食べさせたし、また、自身の肉も切ってタカに食べさせた。これらはあなたたちが法身が証得できるまでにできることではないから、決して真似してはならない。釈迦牟尼仏は法性にいたから、切った肉はまた成長できた。また、禅宗の二祖慧可は、一本の腕を切り取って達摩祖師の門外で雪の中で一晩中跪き、ただ利益衆生の方法を求めるためだった。密法の修行から見ると、二祖は空性の証得ができた。さもなければ、一本の腕も切り落されたら、痛みを耐えられず、一晩中も跪くことはできないはずだ。普通の人の場合は、血が涸れてしまっただろう。達摩祖師は二祖を見てこれでいいだろうと言った。つまり、二祖は悟ったから、達摩祖師の所に行って心法の伝授をお願いした。私たちはこれら古代の大徳の物語に気を配る必要がある。中にたくさんの手掛かりがある。実際に、禅宗は密法だ。禅宗は簡単に座禅して悟れるものではない。そうでなかったら、二祖慧可は自ら腕を切って雪の中で一晩中跪くこともなかっただろう。今時禅を学ぶ人口は多いのに、何故禅宗は密法であることを知らないかと、あなたたちは聞くだろう。六祖は何故、六祖の後は花開五葉しか言わず、結果を言わなかったのかを考えてみなさい。六祖の後は祖が現れただろうか。答えは否定だ。理由は、禅宗の心法は伝わる因縁がなかったからだ。

そしては『善男子、彼菩薩以見如来相具足身、生歓喜心、生勇悦心、心生歓喜、以是因縁故発阿耨多羅三藐三菩提心、此是菩薩第四発菩提心相。』

如来に会うことは本当に目で確かめることではない。『見』とは、肉眼で見るのでなく、あなたの思想、行為と言語は何れも仏経上の記述と一致することだ。つまり、仏経の話の通りに実践できたことが『見如来相』だ。第四の菩提心を証得していないのに、仏を見たというのは妄念だ。修禅する多くの人は皆如来に会いたい。しかし、『金剛経』の中でこれを求めないことがはっきりとされている。法性まで修行しなければ、法身仏に会うはずがない。菩薩の果位まで修行できなければ、報身仏に会うはずもない。『仏来仏斬、魔来魔斬』という言葉ある。だから、あなたたちが見たというのは、魔を見たのだ。『楞厳経』の記載によると、魔は必ずしも怖い外見をするとは限らない。魔はあなたの内障、妄念でもあり得る。菩薩には菩薩の相がある。菩薩の修行ができた時、あなたの外見は菩薩の相がある。菩薩の相がなければ、菩提心を発さなかったことだ。

勇悦の『勇』だが、勇敢で何も怖がらない意味だ。『心経』にある『無有恐懼』は基本的なものだ。『無有恐懼』は何も怖くないのでなく、成仏までに本当にたくさんの障害がある意味だ。釈迦牟尼仏でも成仏後九つの難があった。石に投げられたり、馬の食糧を食べさせられたりするなどの難があったが、勇敢な心がなかったら、すぐでも退転してしまっただろう。菩提心がなければ、ある女性弟子の話と同じだ。彼女は別の道場で施身法を修めたことがあるが、念誦すればするほど怖くなったそうだ。理由は、衆生に布施した後、衆生が本当に来たらどうしようと心配したからだ。また、座禅する時背中に涼しく感じた人、『地蔵経』を唱えて背中が涼しくなり、鬼でも出て来たかと思った人もいる。本当は汗をかいただけだ。そんな時、風に吹かれたら寒くなるのもおかしくないだろう。

ここで、一つのことを話す。数週間前、リンチェンドルジェ・リンポチェは一人の信衆に、20日内に組員全員の同意書を揃えなければ、再び皈依させないと指示した。昨日、彼は組員全員の同意書を持ってリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは出家衆に、10枚の同意書を抜き出して合理でない内容があるかどうかを確認するように指示した。結局、そのうち一人の弟子はこう書いた。『皈依弟子のベストが着れないこの弟子は、皈依弟子のベストを着れる自分よりも上師を敬っている。』これを聞いたら、問題はないのではないかと、あなたたちは思うだろう。しかし、この信衆は過ちで皈依弟子の身分が取り消された。それでも、その皈依弟子はこう書いた。上師と三宝を恭敬していないのと同じだ。恭敬もしていないなら、皈依弟子のベストを着る必要はないし、弟子もなれない。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を教えるのにいろんな方法を用いる。何故組員全員の同意が必要だと指示したのか。書かせたのはお互いに関心を持ち、励み合い、注意し合うようにさせたいためだった。寶吉祥はほかの所と違う。寶吉祥の道場では、教えを聞かず、三宝を恭敬しなかったら、アキ護法はあなたを見つけ出すのだ。別にリンチェンドルジェ・リンポチェが嫌味を言いたいわけではない。出家衆が抜き出したのだ。これも護法はあなたを助けたくてリンチェンドルジェ・リンポチェに矯正される機会を与えたことだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの修行方法は他人と違う。まずは勇気を持って修行し、それから仏経を読む。仏経を通して自分の修行を検証する。仏の願力は衆生の生死解脱を助けることだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは少なくとも、三悪道に堕ちないように衆生を助けられると言える。しかし、浄土に往生するのが大きな課題だ。死なせないように、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めに来た人もいたが、リンチェンドルジェ・リンポチェも死ぬから、死なせないのは無理だと、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにこう話した。密法には長寿仏がある。密法を学んでいたら、長寿仏まで修行できる人が多い。長寿仏は阿弥陀仏の報身仏だが、長寿仏を修行する本当の意義は、体が丈夫で、病気が治るためではない。衆生が皆不生不滅、永遠の楽を得ること、つまり生死の解脱ができることを望むため、菩薩道の行者は非時死にならず、修行、利益衆生のための時間をもっと与えるためだ。。

生死の解脱がしたいのは容易なことではないが、私たちは仏と同じ本性、如来蔵を持っているので、きっと仏果を成就できると、仏もこう話した。釈迦牟尼仏が仏果を成就する時でもたくさんの困難があったから、凡夫の私たちは言うまでもないことだ。釈迦牟尼仏はその一生において、生老病死を見せてくれたが、生老病死の苦しみはなかった。釈迦牟尼仏は生まれた時、私たちのように産道から出て来なかったので、生まれた苦しみを経験しなかった。また、釈迦牟尼仏は老いることも見せてくれたが、老いた苦しみはなかったし、病も見せてくれた。腐った食物が与えられても仏は苦しみを感じなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはS型のひどい脊柱側弯症があるうえで、頚部も調子が悪い。痛くないはずがない。リンチェンドルジェ・リンポチェは神経があるから、もちろん痛いのだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが文句を言ったことをあなたたちは決して聞いたことはない。何故なら、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け止めて影響されないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは今68才で、後1ヶ月で69才になるが、病、老の苦はない。何故だろうか。空性まで修行でき、病苦と老苦に執着を持っていないからだ。老苦は何だろうか。体の老化はとにかく、要は心の苦だ。年取ると、いろんな憎しみは全部思い出される。誰に悪くされたとか、子女は親不孝だとか、20年前に1000元のお金を貸し出したとか。以前はどうでもいいことだったが、今は全部思い出された。年取って終日これらのことをぶつぶつ言うようになる。家にお年寄りがいたら分かるだろう。人は年取ると、うるさくなるし、憎しみも全部思い出して常に自分がかわいそうだと思うようになる。老けた体はなんとか方法で健康を維持できるが、こんな心の苦しみは、仏法の修行がなければ、殆ど避けられない。釈迦牟尼仏は年取った後これらのことについて触れたか。例え行動する時は支えてもらう必要があっても、仏が具合が悪いと言ったことを聞いたことは決してなかった。

次は『善男子、彼菩薩為彼衆生令得利益安隠楽故、修行布施、持戒、忍辱、修行精進、禅定、般若。』

ここの話は六波羅蜜だ。六波羅蜜は利益衆生の法門だ。菩薩は衆生に利益、安隠楽を得させたい。これは世間の暮らしが穏やかで楽しい意味でない。ここの『楽』は不生不滅、生死解脱の楽だ。『福報』と『知恵』の二つは学仏において大変重要かつ必要なものだ。福報があって知恵がなくても衆生を利益できない。知恵があって福報がなくても頑空に陥ってしまい、傲慢、狂慧になる。『頑空』は空への執着だ。心に空が必要だと思ったら、一種の執着になる。空にならなければならないと執着すると、自性の空性ではなくなる。禅宗は最後も一切の法を捨てると主張する。法まで捨てるのだ。法に対しても執着があってはならず、全部捨てるのだ。『狂慧』は自分の修行は他人よりよくできている思いだ。龍樹菩薩の『中観論』にもこの話がある。龍樹菩薩は釈尊が菩薩の身で現れて説法しに来たのだ。釈尊は、衆生がきちんと理解できず、生死解脱ができないのを心配して龍樹菩薩に化身し、釈尊が詳しく解釈した中観をもう一度弘通した。福慧の修行が顕教の方法によるものは六波羅蜜の修行だ。分けて見るなら、六波羅蜜の最初の三つは福報の修行で、後の三つは知恵の修行だ。そして、密法の方法は生起次第と円満次第の修行だ。生起次第と円満次は福報の累積と知恵の打開を素早く助けてくれる。観想を通じて諸仏菩薩と上師の加持を得るのが理由だ。

六波羅蜜は顕密が共同に修行するもので、顕は仏経の理論だから、あなたたちは信じなければならない。仏の言葉は本当で、神話や物語でなく、仏は真実を語るものだと信じるのだ。仏は妄語をしてはならないと教えてくれた以上、自らこの戒を破ることは決してあり得ない。仏経のこれらの内容を、あなたは信じないなら、顕教を学ぶ資格さえないのだ。顕教の理論は、仏の教えを聞き、受け入れて従うことだ。仏の言葉は何れも私たちのためだと信じ、拒まず、疑わない。自己利益に反する恐れがあるからと言って自分の生活経験で仏の言葉を変えようとしてはならない。或は、自分なりの理論を発明してもならない。顕教の道理は仏陀、菩薩、リンチェンドルジェ・リンポチェだけが実践できると言わず、自分はこんなものだから、仕方がないと言ってはならない。こんなことを言ったら、まだ疑、惑、不決定を抱いている証だ。

顕教の道理を信じ、自分にもできると信じなければならない。もちろん、今ではない。また、すぐ全部のことを実践するとも要求していない。修行は生生世世の累積によるものだ。今世において実践できたことも過去たくさんの世を経た努力によるものだ。しかし、今のあなたは心で受け止め、仏の教えを信じなければならない。仏は妄語を言わない。仏の言葉は必ず実践できるものだ。少なくとも、顕教の範囲内の理論ははっきりしているから、受け止めなければならない。そうしないと、将来は金剛乗の学習ができない。リンチェンドルジェ・リンポチェも数世の善根があったから実践できたのだ。今は末法時代だから、悟れる者はいない。例えいたとしても、過去世の修行の累積で今世に現れたのだ。あなたたちは因果を信じ、やり始め、輪廻させる行為を改めるのだ。毎日累積していたら、自然に実践できるのだ。顕教の基礎がなければ、修行もできない。

そして次は『善男子、云何菩薩修行布施。善男子、菩薩作是思惟:『我当云何行於布施。』即生念言:『須食施食、須飲施飲、須床敷者施与床敷、須衣服者施与衣服、指環臂釧若宝冠等所須之者皆施与之。』』

布施はいつでもする必要があることだ。呼吸みたいに、一分一秒も必要だ。例えある場所は匂いがひどくて臭くても呼吸しなければならない。そうしなければ生きられない。同じく、布施は私たちの学仏の道を続けるために欠かせないものだ。毎日やるべきだ。毎日一定の量が必要だということではなく、心が大事だ。布施は必須なことだと分かったら、為した布施に拘らなくなるし、誰にどんな布施をしたかも覚えなくなる。ただ、布施の機会を与えてくれることに衆生に感謝する。衆生が助けてくれると分かり、自分が善を行って衆生に布施をするとは思わなくなる。布施にも知恵が必要だ。上師に供養と布施の方法を教えてもらう必要がある。

後段の『須食施食、須飲施飲、須床敷者施与床敷、須衣服者施与衣服、指環臂釧若宝冠等所須之者皆施与之。』は、菩薩は衆生が食べ物を必要とすることを知ったら食べ物を与え、飲み物を必要とすることを知ったら飲み物を与える意味だ。施身法を修める時もそうだ。衆生には食べる習慣があるので、施身法を修める行者は体、血を衆生に布施する。『須床敷者施与床敷』の『床』は法床であり、寝床ではない。『須衣服者施与衣服』については、密法を修める時一枚の長い布を揺らし、衣服を布施することを表す。『指環臂釧若宝冠等』に関しては、法会を修する時は宝石で供養することもある。ハタを献上する儀軌において、弟子は上師に供養し、そして上師は弟子を代表して仏に供養する。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に赤珊瑚の長寿仏、5キロの黄金作りのジッテン・サムゴン祖師の仏像を供養したことがあるが、供養前は上師に確認した。自分がいいと思えば無理やりに上師に押し付けることができない。時々、リンチェンドルジェ・リンポチェはもらった供養の中で、取っておいたほうがよいか、或はほかの所に出したほうがよいかも分からなくて困ったものがある。貴重なものを供養する前はまず指示を確認したほうがいい。さもなければ、上師は供養を受け取っても処理に困ってしまう時もある。例えば、建物を供養したい弟子がいたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取らなかった。その弟子には一軒の家しかなく、住む場所がなくなると知ったからだ。冗談だが、受け取ったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは住む家を探してあげなければならなかったのではないか。そのため、供養を受け取る人は知恵がなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはその供養を受け取らなかったように見えたが、本当は心念が動くと供養になるのだ。経文にもまた、夫は特別の場合に妻に宝石を送るべきだと書かれている。これも菩薩道の修行だ。仏経内の言葉だ。

次に出る言葉は『善男子、菩薩乃至割自身肉施於衆生、如是行施願取阿耨多羅三藐三菩提、而不取着受者財物、不住事等、是名菩薩修行布施。』

釈迦牟尼仏は身を捨て虎に食べさせ、肉を切り取ってタカに食べさせた。これは、仏は既に空性の証得ができたから、あなたたちは真似してはならない。法身菩薩まで証得できなければ、肉を切り取ったら、回復できない。古代に、ある禅師は人に命の借りがあるのを知ったから、自らその人の前に行って命を返すから、殺していいと言った。これは昔のやり方だ。今は法律の制限で使えない方法もある。学仏の多くの方法は今の法律に許されない。誰かに自分を殺せと教えてあげたら、教唆殺人になる。あなたたちは空性まで証得できていないので、これらを学んではいけない。動物園の虎の前に飛び込んで食べさせてはいけない。こうしたら、すぐ人が現れて銃で虎を殺してしまう。あなたを救うために虎を殺す。あなたは却って殺生の業を植えてしまう。これも1000年前マジラ尊者が施身法を伝授した理由だ。後世に布施するような環境がないと知ったからだ。だから、続けて施身法法会に参加することをあなたたちに要求してこの布施の心構えを培わせたいのだ。布施の心がなければ、菩提心の発心はできない。衆生に煩悩を生じさせないのも布施だ。当年、リンチェンドルジェ・リンポチェは雲南仏寺に行って法の修持を要請した時、お寺で最年長の長者を訪れて一番修持しにくい法を求めたいと思った。結局、80才以上の年取ったラマが来てくれた。そのラマはリンチェンドルジェ・リンポチェを見たら、施身法を学びなさいと言ってくれた。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を知らなかったが、鈴と鼓を手に取ると自然にうまく揺らせた。チベット仏教の修法に使われる鈴と鼓は顕教の楽器と違う。拍子を数えるためのものではなく、特別な意義がある。この間、数人の弟子たちが鈴と鼓を揺らしたのを見ただろう。そのうちに鼓が垂れてしまった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて衆生を利益している。因縁が現れると行動する。縁に高望みもせず、意図的に探すこともしない。とにかく絶えずにやり続け、菩提心を発したら、自然に随時に利益衆生の因縁がある。ここで、リンチェンドルジェ・リンポチェ自身の話を開示する。市街地で運転する時、オートバイがたくさんの車の間をすり抜けるのをよく見るだろう。昨日、あるオートバイはリンチェンドルジェ・リンポチェの車の前に現れた。リンチェンドルジェ・リンポチェの乗った車の前にバスがあり、車体が高かったため、オートバイの運転者は前方の状況が見えなかった。その時、対向から観光バスが進行して来たので、リンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに手で彼に合図をした。この合図で、オートバイの運転者は止まって更に前に進めなかったので、交通事故は起きなかった。手で合図をした瞬間は極めて短かった。当時はラッパを鳴らして注意してあげる時間もなく、つい手で合図をした。

これは普段、慈悲心と菩提心を鍛え続ける必要がある。こうして、衆生が本当に助けを必要とする時に使えるのだ。あなたたちの場合、オートバイが車の前に現れたのを見たら、きっと罵るだろう。危険を注意してあげる気もならないだろう。それでも、オートバイが車にぶつかられそうなことがあるかどうかをわざと道で見る必要もない。これは因縁が生じた時のすることだ。菩提心を発したら、自然に布施する機会も生まれる。自然にすることではあるが、意図的にすることではない。わざと善事を見つけてする必要はない。また、ちんぷんかんぷんのまま、人に求められるものを全部あげる必要もない。慈悲心は、普段人に出会ったら微笑む、或は人に優しくすることではない。心の訓練だ。空性を悟らなかったら、執着心で人を助けることになる。誰かを助けたことに執着を抱いたら、このような執着は善業の力を生じさせるので、再び輪廻する。リンチェンドルジェ・リンポチェは、人を助けたこと、何を助けたことも、やり終えたら記憶から全部削除る。意識に存在しなければ、善の業も生まれない。時々、以前どんな助けをもらったと人から話を聞くが、リンチェンドルジェ・リンポチェは全然覚えていない。だから、これらは善業になってリンチェンドルジェ・リンポチェに影響を与えることもない。時には、リンチェンドルジェ・リンポチェが助けたことを弟子に言われたから、リンチェンドルジェ・リンポチェはやっと思い出した。人を助けたことを覚えていたら、功徳は福徳になり、返すために戻って来なければならない。戻って功徳主のペットになるかもしれない。だから、どの功徳主のことを特に覚えていたら、大変だ。来世も戻って来てその人に返さなければならない。或は、誰かに特別に優しくしてもらったら、それも大変だ。来世は戻ってその人のペットになって返してあげなければならない。よりよく修行できた者だったら、宝石を付けられる海外のペットになるかもしれない。海外でペットの猫にルビーを付けることはあるだろう。これらは皆、前世修行した、或は供養、布施をした者だ。しかし、菩提心を発さなかったから、こんなペットになったかもしれない。

布施のポイントは布施の願だ。今リンチェンドルジェ・リンポチェが話したオートバイの例のように、リンチェンドルジェ・リンポチェは布施の願があるから、いつでも布施できる。リンチェンドルジェ・リンポチェの動きは何故こんなに速いだろうか。自分の布施の心をずっと鍛えており、布施後もボーイスカウトの一日一善のように執着がないからだ。つまり、衆生を助けていると思わず、布施のことにも執着があってはいけないのだ。

次は、『善男子、菩薩云何修持於戒。善男子、彼菩薩先自調順身業、調順口業、調順意業。菩薩所有自身悪業一切捨離、所有口悪業一切捨離、所有意悪業一切捨離、持戒不缺不漏不雑。菩薩如是持禁戒已、回向阿耨多羅三藐三菩提、而心終不取着於戒、是名菩薩修持於戒。』

『調』という字を使ったのは何故だろう。持続的にやるべきからだ。調整はゆっくりとする意味ではなく、着実に自分の言葉、思想、行為を善の方向に順調に調整し始めるべきことだ。『十善法』、『仏子行三十七頌』に基づいて自分の身口意を調整し、仏菩薩と上師が教えてくれた方法に従って行動する。自分の考えた通りに振る舞わず、また、自分を大善人のように一挙に変えたりもしない。全ての悪を捨てて離れる。もちろん今すぐできることではないが、やり始め、続けるのだ。金剛乗は転じる方法を用い、五毒を消さずに、直接に修行に使う。そのため、金剛乗の修行とりわけに速い。

菩薩道の行者として、自身の身口意のあらゆる悪業を捨てなければならない。『捨』は捨てること、『離』は離れることだ。これも寶吉祥仏法センターは学仏の基本として菜食を要求した理由だ。衆生の肉を食べる悪業も捨てなければ、仏菩薩の加持をもらえるわけがないだろう。仏経に、衆生の肉を食べると、慈悲の種を切断する話がある。イスラム教は豚肉を食べるのを禁じているので、教徒は食べないが、仏教はあまり民主的だから、肉食は続けられている。決していけないのだ。以前ある弟子のご主人は肉食類の弁当を販売していた。その弟子は無職でご主人の稼いだお金で養ってもらっていた。それで、悪の共業に陥ってしまった。奥さんのほうは、だったらご主人のお金をもらうのを止めようと言えるが、電気代、水道代も住む家の費用も旦那さんのお金で賄われており、その家に住んでいるとどうしても分けられないだろう。だから共業になる。旦那や両親が殺業の職業をしている場合、自分はどうやって捨てて離れるか。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に一つの方法を教える。もちろん離婚や家出ではない。仏経にこんな教えはない。つまり、自分で決意し、一切の悪業を身口意から切り捨てる。護法にお願いしてもいい。護法は手伝ってくれる。肝心なのは、射幸心を持ってはならない。いいだろう、生活のために稼ぐ必要があるから、とりあえずやっても構わず、将来は機会を見て改めればいいという考えがあってはならない。こう考えたら、『捨離』のないことだ。これ以上やらないように勧めてあげるべきだ。学仏のことを許してもらえたから、仏法はあなたにも彼自身にも役立つと、旦那さんは信じるだろう。もし、聞いてもらえないなら、最低限は店に行くのを止めることができる。どうしても店に出てほしいと求められたら、吐くふりをすればいい。2回も吐いて見せたら、いくら自分のことを愛してくれても気持ちが悪くなるだろう。そのうちに無理に要求してこない。リンチェンドルジェ・リンポチェも菜食を始めた頃、吐くふりをしていた。そのうちに家族も気持ちが悪くなって何も言わなくなった。愛は全部嘘だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう嘆くしかない。

自分が持戒したいことで衆生を悩ませるのも正しくない。菜食は飲食習慣の変化に過ぎないと言ってもよい。一定の物を食べたくない人がいたら、あなたは無理させないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェにとって菜食は個人の行為だから、友人と一緒に食事する時でも、自分と同じく菜食を要求したりしない。皆はそれぞれに好きなものを食べたらいい。リンチェンドルジェ・リンポチェが菜食を始めた頃、きっと悪いことをたくさんしたから菜食するだろうと、友達に言われたことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェもその友達に、『そうだ。悪いことをたくさんしたよ。』と言った。そうしたら、友達は黙った。あなたたちだったら、『悪いことをしていないよ。』とうるさく反論して喧嘩してしまうだろう。私たちの親戚、友人、家族に変えられない人はきっといる。それでも、あなたたちはこれで、家族を見下したり、脅威、脅迫したりして地獄に堕ちるような言葉を口にしてはならない。こんなに言われたら、相手はもっとカッとなるし、もっとたくさん殺して本当に地獄行きになるかどうかを見せてやりたくなるかもしれない。だから、あなたたちは、一緒にここに来て学仏することを旦那さんに求めたり、母親に大人しくするように要求したりしないほうがいい。要は、自分自身を改めることから始めなければならない。修行は、自分を輪廻させる一切の行為を改めることだ。自分の身口意の悪業を全部切り捨てなければならない。これが仏経に確実に記載されたことだ。仏は民主主義だと思ったら勘違いだ。仏はそれほど多くの戒律を定めたから、きっと民主的でないと分かるだろう。

こんな家庭に生まれたから、きっとあなたもよき人ではない。ただ相手よりましで、仏法を聞く縁があるだろう。『積善の家には必ず余慶あり』という諺があるが、この言葉から古代の中国人の知恵が分かる。もし、前世に悪業を為さなかったら、今世はこんな家に生まれなかっただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが子供の頃に、男性は厨房に入ってはいけないと母方の祖母が決めていた。社会人になって最初の仕事はホテルの見習いで、包丁で肉を切ったこともなく、今生は肉を切ることは一回もなかった。学生時代にカエルを解剖したことがない人は手を挙げなさい。いないね。リンチェンドルジェ・リンポチェの行った学校は貧乏だっただろうか、こんな課程内容はなかった。冗談だが、これは全世界の共業だ。皆は学生時代にカエルを解剖したことがあるだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェが肉食を止めなさいと要求する理由は何だろう。一部の衆生は噛まれた時大きな瞋恚心が生じるからだ。ある人はふくらはぎの前方に大変痛いが、原因が分からないと話したことがある。彼はやぶの中で蛇を驚かしたことがあり、その蛇は彼のふくらはぎの上を通り抜けたからだ。蛇を驚かしたくらいでこうなったから、衆生の肉を食べたらもっとひどいことになるのではないか。肉食は慈悲の種を切断すると仏はこう話した。慈悲がなければ、修行しても菩提心が得られないのだ。ゆっくりしても構わないと思わないでほしい。一口でも肉を多めに食べれば、衆生に命の借りがまた一つ増えるのだ。

経典に、持戒は『不缺、不漏、不雑』の程度までする必要があると書かれている。『不缺』のほうは分かりやすいが、『不漏』は、為した行為で輪廻の業力を生じさせず、輪廻の力は生まれず、一切の行為は衆生の生死解脱のためだということを指している。有漏の持戒は、お金があっても学仏しない人、或は人に菜食を勧めても学仏しない人で、菜食は自分の教義のためであって利益衆生のためではないから、福徳しか得られず、業を転じる功徳がない意味だ。これらは有漏だ。持戒の慢も有漏の持戒だ。100分の一の戒を犯しても大丈夫だと思わないでほしい。空性を悟った修行者だけが衆生の因果、因縁が理解できる。仏は衆生の利益のためだから、一見に犯戒のように見える行為を行ってよいのだ。本当は破戒ではない。教派の祖師に猟師や漁師もいたように、彼らは衆生を済度する能力があったから、このような行為があっても利益衆生のためだった。とにかく前に話した四つの菩提心が必要だ。畜生道にいる衆生は寿縁が尽きて一日も早く人道に生まれ変わって学仏することを望んだからだ。

以前、仏経に真実の話があった。よく持戒できた修行者に、毎日天人が食べ物を供養してあげていた。ある日、彼の友達は翌日に会いに来ることになっていた。彼は友達に天人に供養してもらうことを話し、友達が翌日に来たら、天人に供養してもらう食べ物を一緒に食べようと思った。しかし、この念頭が生じたのは、自分の持戒と修行に傲慢の心があったからだ。そのため、彼の友達が来た日に、天人は食べ物を供養してあげなかった。たっだ一つの念頭だけだが、持戒の慢だ。特に修禅の人は、自分の定性のほうが十分で、自分のほうがよく修行できたとよく思うが、これらは何れも慢だ。だから、あなたたちに間違った一つの念頭でもあったら、上師はすぐ分かって指摘してあげる。慢が現れると、為した一切の功徳も直ちに福徳になる。福徳は業を転じることができない。私たちは成仏していない限り、常に自分を見直し、懺悔し、仏菩薩と衆生の恩情を背けたことを懺悔しなければならない。不漏の戒は利益衆生のためで、自分のためではない。もし、私たちの行為で衆生に煩悩を起こさせる、或は私たちを攻撃するようにさせたら、有漏になる。私が戒を守らなければ、衆生を苦しませてしまうから、我慢できないと思うべきだ。もし、自分は戒をよく守っているから荘厳な顔をしていると思ったら、これも有漏だ。そのため、持戒も阿耨多羅三藐三菩提に回向する必要がある。持戒は自分のためでなく、菩提心を発して衆生を利益するためだ。菩提心には福慧が必要だ。それで、持戒の功徳を回向しなければならない。こうするからこそ福報に転じない。

持戒も『不雑』が必要だ。どんな戒を守るべきであれば、その戒を守るのだ。比丘は比丘戒を守る。在家衆は在家の五戒を守る。菩薩は菩薩戒を守る。仏法でないほかのものを混ぜではいけない。今の台湾にこのような現象がたくさんだ。例えば、3本のお香を差して3本の線香が焼けた後の形を見る。これは道教のもので、仏法ではない。ほかにも似たようなことがたくさんある。リンチェンドルジェ・リンポチェは具体的に説明しないが、台湾の仏教は今ほかのものをたくさん混ぜっているのが事実だ。『雑』の反対は『清浄』だ。清浄な戒体とは、私たちの戒律遵守は全て衆生を利益するためという意味だ。『不雑』の別のレベルの解釈は、持戒の心が何らかの妄念も混じっていないことだ。もし、あなたの持戒は、自分の戒体が円満になった後もっとたくさんの福報、弟子を得ることのためだったら、清浄な戒ではないのだ。また、自分がよく持戒できたら、上師に目を向けてもらえると思っても、清浄ではない。福報を累積して更に多くの衆生を利益するための持戒こそ、清浄な戒だ。

次は『心終不取着於戒、是名菩薩修持於戒。』仏陀は初転法輪の時、戒を制定していなかったが、弟子がますます増えてから、弟子に一つ従う方向をあげなければならなかった。戒は処罰、拘束のためのものでなく、衆生を傷つけないように助けるツールだ。『仏子行三十七頌』はあなたたちが守るべき戒で、行為基準だ。『仏子行三十七頌』を逸れれば、仏弟子ではない。私たちは毎日、『仏子行三十七頌』で当日の行為を検討すべきだ。一日でも成仏しない限り、毎日懺悔すべきだ。

放生を主張する人もいるが、実際に、殺生しないことこそ放生だ。心に殺す念頭がないことが放生だ。放生は市場で魚を飼って『三皈依』、『大悲咒』を唱えてあげてから、全部水の中に入れることではない。これはわざとらしいことだ。衆生にはそれぞれの因縁がある。屋台に置かれた最初の魚は殺される番で、殺されたら畜生道を離れて転生できるかもしれなかったのに、あなたに買われてしまった。それで殺されるはずもなかった2番目の魚が殺されてしまった。誰の責任なのか。もちろん魚を買った人の責任だ。

布施は何時でもすべきことで、わざとする行為ではない。知恵のある布施こそ無漏だ。輪廻させる善業にならずに済む。布施を行う時も相手の需要は何か、いつ止めるべきかを知らなければならない。あげるものが多ければ多いほどよいということではない。台湾では、いつも重大事故が起きた時、皆が一生懸命に寄付した。もし、皆が被災地に同じものを寄付し続けていたら、同じ物資が多すぎて最後も捨てられてしまう。十数年前に、誘拐殺人事件があった。容疑者は逃亡期間に人を殺した。死者に、リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を修めて済度した。当時ニュースが報道された後、被害者の家族はたくさんの寄付をもらった。被害者のお兄さんとお母さんがリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た時は、携帯電話を持って寄付を受けていた。十数年前に、携帯電話は珍しかった。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにそれ以上寄付をもらわないように言ってあげたが、お母さんのほうはそれ以後来なくなった。死者を利用してお金を稼ぎ、大衆から寄付の善意をもらうのは大変良くないことだ。生生世世も返さなければならないのだ。

自分の為した布施を覚える必要はない。一部の組織では、寄付後、委員を担任させたり、横額を授けたりするが、あくまでも世間の善だ。有漏の布施は功徳ではなく、ただ少しの福報を累積するだけだ。横額を授けてもらい、ステージに上がって皆の拍手をもらった時、この福も消え、消耗してしまった。功徳はなくなり、福徳だけが残る。今生には使えない。だから、名聞利養に気を付けなければならない。名聞利養はよくないということではないが、自分には有名になるための十分な福報があるかどうかを理解しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは福報の修行をしたので、自然に人はリンチェンドルジェ・リンポチェを見つけて助けを求めに来る。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを率いてアキ護法と回向の儀軌を修めた。

修法が終わり、2人の弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェに先週協会の選挙結果を報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲を込めて以下のことを開示した。「理事長と理事は政府の法令に基づいて仕事をする。他所の道場だったら、理事長はお金も権力もある人が担当するだろう。しかし、寶吉祥仏法センターはこうしない。前任の理事長は貧乏な医者だった。新任の理事長は貧乏な教授とは言えないが、ただの教授だ。これらの理事、監事は皆皈依の時間が長い人か道場事務に熱心な人だ。自分なりの変わった考えを持たず、リンチェンドルジェ・リンポチェの理念をよりよく知っている人だから、一部のことは理監事会を通じて公告する。

寶吉祥仏法センターは清浄な道場だから、道場に対するリンチェンドルジェ・リンポチェの要求は、お金が多すぎではならないことだ。お金のある所は善悪が付き物だ。使うのに足りればよい。そのため、寶吉祥仏法センターは決して功徳主を設けないし、カーニバルや慈善バザーも行わない。正法の伝授だけを行う。また、弟子たちの間も金銭貸借やダイレクトマーケティングのダウンライン募集なども一切禁止されている。リンチェンドルジェ・リンポチェに一本のラインを作ってくれると話した人がいたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは分からないふりをして断った。また、生前契約のような如法でないこともやってはならない。当初、この道場を購入した時は、リンチェンドルジェ・リンポチェの関係で、市場価格よりもはるかに低い価格で購入できたが、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれで価格を上げたり、コミッションを取ったりするようなことを一切しなかった。長年以来、道場はリンチェンドルジェ・リンポチェに一銭も払わなかった。また、リンチェンドルジェ・リンポチェのあらゆる支出も道場に払ってもらったことはない。道場の所有権の登録名義もリンチェンドルジェ・リンポチェではなく、協会だ。

寶吉祥仏法センターは金剛乗と大乗仏法を伝授する道場だ。あなたたちはきちんと学仏していたら、この道場の法縁は少なくともより長く持続できる。古い禅寺を見ると、大雄宝殿は皆小さいのだ。彼らは大分の時間禅室の中で修行し、時間をかけて信衆と付き合ったりしないからだ。学びたい人がいなかったら、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっとここにいる必要もない。直貢チェツァン法王が書いた『長寿祈請文』にある一言『自在於諸善縁所伏洲』のようだ。『自在』はリンチェンドルジェ・リンポチェが自分で決定し、どこに行っても仏法を広められる意味だ。学仏の因縁、善縁がある所だったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは行く。例えば、もし、寶吉祥の弟子はまだ自分の考えをたくさん抱き、学仏せず、修行もしたくないなら、縁のないことだ。こんな場合、リンチェンドルジェ・リンポチェは去って行く。或は、リンチェンドルジェ・リンポチェの指示を無視し、自分の考えを持つ人がまだいる場合も、善縁のないことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの年になったから、方法を使ってリンチェンドルジェ・リンポチェを引き留めれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは続けてあげると思ったら、勘違いだ。だから、皆にもしまだ疑惑、不決定で続けたら、この縁が続かない日は来るのだ。

新しい理監事会には新しい管理体制とやり方があるが、教えられた仏法を背かなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは基本的に同意する。どのことも因縁が生じると、消える。生生世世存在する道場はない。金剛乗、菩薩道を学びたい人がいたら、この道場の縁は長く続く。しかし、人生は無常なものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェもいつまでに生きられるかが分からない。大事なのは皆の決意が必要だ。もし、道場は存在するだけの意義があるなら、大仏像、大仏寺を作っても修行者がいなかったら、道場は存在する必要もないのだ。」

法会は円満になり、弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる開示に感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から下りるのを恭しく見送った。

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2018 年 05 月 29 日 更新