尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年10月4日

法会の開始前に、一人の弟子は妹に付き添われ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが300人の弟子を率いて直貢梯寺に戻ったことに感謝した。「大修行者のいる所に、必ず殊勝な瑞相がある。今回私も一部の瑞相の写真を撮ることができた。前二回の法会では既にたくさんの話を聞かせてもらった。今日は最近、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがプルパ金剛を修めた時のことを話したいと思う。その時、法座に座っていた上師は忿怒相を現して持咒した。法相の周りに柔らかな光線が溢れた。当時、私は涙のせいかと思ったので、メガネを外して涙を拭いた。その後、もう一度見たら、慈悲の光が続けて溢れ出したのが確認できた。その光は上師の持咒が終わった時までに続いた。上師が衆生を見捨てずに苦労して修法してくれたことに、大変感謝している。

また、2013年7月に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについてインドのラダックに行って尊勝なる直貢チェツァン法王が主法した法会に参加したことを話したいと思う。法会が円満になった後、ある日の朝、妹と一緒にホテルの部屋にいて上師の法照前で早課をした時、優雅な服装にウェストに帯を付けた約40歳の一人のインド人男性が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼を三回して静かに去って行ったのを見た。それで、私は妹に、『誰かが入って来たよ。』と話した。『どこにいるの。見えないが。』と妹は言い返した。『その人はリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼したよ。』と私は続けた。その後、ほかの師兄から話を聞いた。上師はその少し前に数多くの有情、無情の衆生と現地住民を済度したらしい。上師は優しく衆生を助けた。本当に感謝している。

私は2006年11月に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依してから、9年近くなったが、皈依はまるで昨日のことだった。初めて法会の参加を願った時に、上師の金剛相に怒鳴れて叱られた。『あなたは因果を信じない。自分は運が悪いと思っているだろう。』その時、頭の中は空白になり、涙は止まらなかった。体から錆びた長い剣が抜き出されたような感じだった。家に帰ったら、全く上師の言った通りだという気持ちが湧いた。このような猛烈な教え方が私には必要だったのだ。金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けに感謝する。

自分は愛への渇望が強い人間だと思う。眷属への愛から抜け出せなかったので、眷属に強いプレッシャーをかけてしまい、離れたくなる思いまでさせてしまった。私は一心に眷属と共に睦まじく年を重ねて死ぬことを望んでいた。生生世世の輪廻の苦を植えてしまったのも分からなかった。上師の開示によると、死亡後は輪廻してオシドリ、カモやゴリラのような常にペアでいる鳥や畜生になるそうだ。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えたのが私の最大な福報だと分かった。上師が助けてくれた。冗談だが、私の体形では、きっとオシドリになれなくてゴリラになるだろう。上師は仏法で徐々に弟子を善導している。上師の開示を聞いて初めて全ては因縁、因果だと分かった。そのため、眷属が離れたければ、そうしてあげるべきだ。借りをきちんと返さなければ、続けて返すべきだ。今の私は以前に比べて随分自在になった。貪愛の苦で悩まれなくなった。上師の助けにもう一度感謝したい。また過去と今生において無数の衆生を傷つけたことをも懺悔したい。

2012年、母は健康診断で肺腺ガンに罹ってステージ2期だと診断された。私は、道場で聞いた上師と仏法の助けをもらった師兄たちの話を兄に話した。台湾に帰ったら、母と一緒に金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めるように、兄に頼んだ。道場に来た日に、『上師は衆生を見捨てず、会見を求める人に菜食することを優しく要求する。』と兄に話したら、『そんな話は止めろ。長年チームを連れて各地を飛び回っているから、菜食は無理だ。』と兄に言われた。その後、私たちは直接に道場に来た。上師は前の二組の信衆に、ガンと肉食は絶対的な関連があると開示した。私たちの番になったら、頂礼を終えると、兄は直ちに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、『以前、母に連れられて拝懺に行った時は菜食したが、拝懺が終わったらすぐ肉食に戻った。私は今日から菜食を始める。』と報告した。何故ころりと変わったのだろうと、私と妹はびっくりした。上師の大摂受力は不思議だ。母の病気で、母と兄は上師に会えた。このことに感謝する。また、大慈大悲の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したいことがある。母は、侵襲性治療を全然受けることがなく、ただ漢方診療所の煎じ薬を飲んでいた。上師が漢方診療所を開き、最上級の薬剤で衆生を利益してくれたことに感謝したい。母の肺腺ガンの範囲は更に広まなかった。診断された時のままだった。全て金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝しなければならない。

母は中国語が全く理解できない。話すのもできない。最初は自分の体に何が起きたのも知らなかった。母がガンのことを知ったら、受け止められないかと心配したので、決して言わないように、兄に口止められていた。私は特に兄に注意された。しかし、上師は、患者に病気のことを隠してはいけないと開示したので、私は母に病気のことを打ち明けた。意外に、母は『もう十分に生きてきたから。リンポチェもいるし、あなたたちは何を悩んでいるか。』と話してくれた。母の心に上師がいるので、全然怖くなかった。上師はかつてこう開示した。私たちは衆生を怖がらせ、傷つけたから、恐怖の病が起こる。ここで母の代わりに、傷つけられた衆生に懺悔する。

今回、私は上師について梯寺に戻った。飛行機がチベットに到着する直前に、大きい山々が見えた。もし、私はあそこに生まれたとしたら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会えるまで、数年もかかるだろう。ここにいる私たちは皆幸せだ。台湾にいるだけでほぼ毎週の土日に上師に会える。チベットで、上師に会うためだけで、お年寄り・子供連れのチベット人たちは朝早くから上師の到着を待たなければならなかった。

人間の体は得難いが、腐敗しやすいものだ。誰もが死亡に向かっている。上師も常に開示している。無常が訪れると、世間の全ても私たちと関係しなくなる。仏法の教えだけが、生死解脱、と輪廻しなくなることを助けくれる。法帯(伝法のカセットテープ)に記録された上師の開示も、私たちが地獄に堕ちることが上師にとって思わしくないと教えてくれた。私たちは、一体何世を輪廻してきただろう。俗世間のいろんなことについてどれほど悩んできただろう。やっと今になって尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できた。だから、今世の修行を大事にしなければならない。今こそ最後の機会だと、私は深く感じた。上師はお年寄りの身で、命を尽くしても心を込めて私たちを教えようとしている。忠告、叱責、追放、無視は何れも貴重な教法だ。慈悲の上師にはただ一つの願いがある。衆生が地獄に堕ちないことだ。上師が仏法で教えてくれたことに心から深く感謝している。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が健康で、法輪が常転し、この世で長生きすることを祈る。」

続きに、今年7月26日に皈依した一人の弟子は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を加持して助けた事績を語った。並びにこの場を借りて自分が為した悪業を懺悔した。

「母は私が10歳になった年に、交通事故の現場で往生した。そして、父は私が14歳になった年に、糖尿病の合併症で往生した。たっだ一人の姉は、私が19歳の年に、義理の兄と喧嘩した時に急に意識を失い、病院に運ばれて往生した。それから、私は一人暮らしを始めた。2007年、私は友達と一緒に投資して損失を出したので、500万台湾ドルほどの借金ができた。毎月は銀行に返済するため、常勤職のほかに、二つのアルバイトもしていた。毎日は16時間ほど働いていた。休日も全然休めなかった。とにかく、目覚めていた時間は勤務時間だった。

2011年、頼れる、一生を共にできると思っていた20年近くの関係も、意外に終わってしまった。その時、私は初めて自分の人生は何故こんなに苦しいかと思うようになった。周りの同僚、友達は皆幸せでよい暮らしをしており、可愛がってくれる家族がいるし、お金の心配もなく、病気の時は看病してくれる人がいる。一つの仕事に専念すればいいし、時々海外旅行にも行っている。どんなことが起きても頼れる家族がいる。しかし、私には何もなかった。

同僚たちが休みの日にどこかに遊びに行ったことを話した時、食事を誘ってくれた時、私はいつも席を外したり、忙しいふりをしたりして無視した。だんだん周りの同僚や友達のことを嫌いになり、心の中で怨みはますます表に現れてきた。悪い機嫌もどんどん隠せなくなった。ある日、上司の命令で外部研修を受けた後、私の紹介人でもある同僚の汪師兄に出会った。私は師兄に自分の状況を話した。そうしたら、師兄は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した経過を話してくれた。同時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会いたいかと聞いてくれた。その時、私は思わず、いいよと返事した。それで、師兄は寶吉祥に電話して登録してくれた。

2012年11月10日は、私が初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた日だった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの前に跪くと、私はすぐ涙をこぼした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、何のために来たかと、優しく聞いてくれた。私は『周りの人は皆私よりよい暮らしをしている。』と返事した。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは更に『誰があなたよりよい暮らしをしているか。』と聞いた。私は泣きながら、『周りの人達。』ともう一度返事した。リンチェンドルジェ・リンポチェは『嫉妬心が強すぎる。』と声をあげて私を叱ってくれた。家に帰って『快楽と痛苦』を10回読むように私に指示し、立ち上がりなさいと言ってくれた。道場を離れた後、私はわけもなくて一晩中泣いた。

『快楽と痛苦』を10回読んだ後、私は再び尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めなかった。相変わらず、誰をも信用しなかった。『同僚、友達、私を馬鹿にした人にやって見せる。真面目に働いて稼いで一所懸命借金を返す。大学院課程を終えたら、私の人生はきっと彼女らより素晴らしい。』と、私は自分に言い続けた。

2014年6月上旬、友達と食事した時、ちょっとめまいがして拍動が速くなり、意識を失いそうだった。友達も気付いてどうしたかと聞いてくれた。私はただ、気分が悪いから、先に失礼すると話した。翌日、外来診療を受け、お医者さんの指示で検査を受けた。検査結果には異常がなかった。心拍数が速かったほか、別の問題はなかったので、ストレスと睡眠不足が可能な原因だと、お医者さんはこう言って処方としてめまいの薬を出してくれた。気分が悪くなったら、飲みなさいと指示してくれた。その後、同じ状況はまた何回か起き、元気もどんどん悪くなった。事務室の同僚は、元気がないことに気付いてくれたので、診療を受けなさいと言ってくれた。事務室にいた時も時々、息が苦しくなったり、動悸がが激しくなったり、話せなくなったりすることがあった。夜中に寝付けられないこともあった。

それで、救急医療を何回か受けた。しかし、検査では異常が発見されなかった。お医者さんはいつも、ストレスや睡眠不足が原因だと言ってくれた。その2、3週間は死にそうな気分だったので、遺言書の作成方法まで、同僚と保険外交員に尋ねた。私にはたくさんの借金があり、他人に迷惑をかけてはいけないと思ったからだ。

2014年7月上旬、あるケースの家庭訪問をした時、また急に気を失いそうだった。状況は大変ひどかったので、まだ意識のあるうちに、その家庭から離れて病院に行った。心拍数が140近くほどあった。お医者さんは、私の心拍数が高かすぎたので、更に詳しい検査が必要だと話した。しかし、検査結果は一週間待たなければならなかった。緊急の時に飲めるように処方薬をもらった。気力のない体を引きずって事務室に戻った。理由もなく、私はいきなり同僚(紹介者の汪師兄)に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会いたいと話した。

機会があれば、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、施身法法会に参加して両親、姉と私自身を済度することを願ったらいいと、師兄は教えてくれた。私は施身法の意味が分からなかったが、ただ分かったと返事した。今回、私は自分で寶吉祥に電話して尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェへの会見を申し込んだ。会見の日に、私が跪くと、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、何のために来たかと、優しく聞いてくれた。私は、その1ヶ月体の具合がずっと悪かったことを話した。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の職業を聞いてくれた。私は、看護婦だと説明した。リンチェンドルジェ・リンポチェは更に、慈悲を込めて『この1、2ヶ月、一人のお年寄りの世話をしただろうか。痩せこけて肌色が黒いお年寄り。暗くて狭い部屋でベッドに横たわっていただろう。』と聞いてくれた。『世話してきたたくさんの対象の多くはこのようなお年寄り。』と私は返事した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは『そのお年寄りのことを思い出しなさい。そのお年寄りは既に往生した。』と開示してくれた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはまた、菜食できるかと優しく聞いてくれた。私は、ハイと返事した。『私との約束ではない。諸仏菩薩、あなたの祖先、そしてそのお年寄りとの約束だ。』リンチェンドルジェ・リンポチェはこう話し、もう一度『菜食できるか。』と聞いてくれた。私は、菜食できると、大声で返事した。『これはあなたが承諾したことだ。もし、肉食でもしたら、大変不運になる。』とリンチェンドルジェ・リンポチェは話した。それでも、私はもう一度声をあげて菜食できると返事した。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは『明日時間があるか。』と聞いてくれた。私もハイと答えた。明日の施身法法会に参加してそのお年寄りを済度すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは指示してくれた。その話を聞き、私はハイと答え、そして尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

それから、リンチェンドルジェ・リンポチェは、私がここに来たことを知っている家族がいるかと聞いてくれた。『ほかの家族はいない。両親と姉は往生したので、私は一人になった。』と私は答えた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の後ろを指して『明日、来なさい。彼らを一緒に済度してあげる。』と慈悲を込めて開示してくれた。その時、私は全く理解できなかった。ただ、家族を済度してくれることに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、重ねて感謝を表した。

その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが両親と姉が未だに苦しんでいたことを知っていなかったら、頭が真っ白になった私はこの大事なことを全く思い出せなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは質問を通して私の両親と姉に施身法法会で済度される機会を与えてくれた。さもなければ、その時私のためらった心構えでは、更に長らく迷うはずだった。また長い時間が経ってから、リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに行き、両親と姉を済度することをお願いしただろう。そうしたら、彼らは更に苦しめられてしまうことになる。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲な方、衆生の苦を見捨てないので、賛嘆しなくてはいられない。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝する。

翌日、施身法法会が終わった後、道場の階下のドアを出た時、気分は大変楽になった。体の不具合は全部消え、前に起こった悪い気分はどんな感覚なのかも思い出せなかった。何事もなかったような気分だった。翌日出勤した時、隣の同僚は、『どうしたの。何があったの。』と私に聞いた。『まるで別人みたい。前は病気がひどい感じだったのに、今は何もなかったように見える。休みの時は何をしたの。』という同僚の質問に、私は『法会に参加した。』と答えた。同僚は大変信じられないようだった。その日、病院へ検査報告を見に行った。心拍数は正常で、何の問題もないので、検査結果はよかったと、お医者さんに告げられた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは私を助けて健康を回復させてくれた。法会の後、前に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示してくれた往生したお年寄りのことが確認できた。そのお年寄りに大変感謝している。そのお蔭で、私は再び、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求める因縁ができたのだ。

2014年7月19日、また次の週になった時、私はもう一度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた。毎月の施身法法会に参加させることをお願いした。リンチェンドルジェ・リンポチェは『一度でも、決して欠席してはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは何の言い訳も聞かない。登録に行きなさい。』と開示してくれた。

二回の施身法法会に参加した後、2014年9月上旬に、右側の乳房の下方に1.5センチほどのしこりを発見した。痛みがあり、外見に腫れた赤みもあった。私は看護婦なので、乳房の周りにできたしこりはよくないものだと知っている。心配はしたが、考えるのも、直面、処理するのも怖かった。検査で悪い結果を知るとしても、治療するためのお金と時間もないからだった。だから、しこりの周りに漢方の軟膏を塗っていた。それから、奇妙なことが起きた。数日後、しこりのできた箇所に痛みが弱まり、範囲も小さくなった。薬を塗ってから2週間の後、しこりは完全になくなった。その時、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝の気持ちが一杯だった。きっと尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持があったから、この信じられないことが起きたのだ。

そのため、私はもう一度2014年12月6日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。毎週日曜日の合同修行法会に参加させてくれることをお願いした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『よい。起きなさい。登録に行きなさい。』と開示してくれた。合同修行法会に参加させることに、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝している。その時以来、私はしこりのことを一度も心配しなかった。しかも、再発の状況もない。これも尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが加持してくれたお蔭だ。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝している。

合同修行法会に参加して以来、他人を恨む心は和らげられ、気持ちもより落ち着くようになった。言葉で表せない心理的な変化があった。これは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持で生まれた変化だと、私は信じた。そのため、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したいと思った。仏弟子として皈依させることを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに四回お願いした。

2015年1月、初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依のことをお願いした時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは側で仕えていた師兄に、私の法会参加時間について聞いた。師兄は、7月から施身法法会に参加し、12月から毎週の合同修行法会に参加していると返事した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはその答えを聞いて『これでは、あなたに優しすぎる。今回は応じてあげない。』と開示してくれた。

1ヶ月の後、私はもう一度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依のことをお願いした。2回目だった。そして、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『皈依したい理由は何か。』と聞き、私は『人生は苦しいから。』と答えた。それで、リンチェンドルジェ・リンポチェは『何が苦しいのか。』と開示し、私は『全てが苦しい。』と返事した。最後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは『家に帰ってよく考えなさい。』と開示してくれた。

また、一週間が経って私は3回目で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依させることをお願いした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは再び『何故皈依したいか。』と聞き、私は『人生は苦しいから。』と同じ答えを言った。リンチェンドルジェ・リンポチェももう一度『何が苦しいのか。』と開示し、私は『言葉にできないほど苦しい。』と答えた。そうしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェは『もう一回来なさい。』と開示してくれた。私はハイと返事したが、心の中で、もう一度来たら、リンチェンドルジェ・リンポチェは応じてくれるかと疑った。

そのため、私はもう一度電話して寶吉祥に申し込んだ。これで4回目で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会い、皈依させるようにお願いした。跪くと、私は心の中で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『何故皈依したいか。』と聞くだろうと思った。何を答えたらいいかを考えていた。そうしたら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『何のために来たか。』と優しく聞いてくれた。私は『リンポチェ、皈依させてもよろしいでしょうか。』と返事した。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは何も聞かず、『いいだろう。起きなさい。』と直接に開示してくれた。

自己本位で間違いを認めない、何事でも他人に要求したい、他人の欠点を拡大して見る、自己反省もしない、いつも後ろ指を指している、こんなひどい私に仏弟子として皈依させてくれたことに、心から尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝している。更に、私の命を助け、仏法学習の機会をくれて新しい命をくれたことにも、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したい。

私はずっと、緊張しやすくて気の小さい人だった。他人の目を気にしていた。仕事がなくなるのが怖かったし、毎月銀行に返済できないことを心配していた。仕事を失いたくなかったから、いつも自己本位だった。パフォーマンスを出すために、同僚を踏みにじても全く悪く思わなかった。見栄を張っていた。しかし、今年7月に皈依した後、僅か2ヶ月だったが、私は大変苦しんでいた。だんだん他人の気持ちが分かってきたからだ。自分はそもそも極めて自己中心的な人間で、見栄、金銭と仕事のために、言葉、態度、行為で周りの友達と同僚を傷つけていた。彼らの優しさと関心を利用し、踏みにじって騙していた。彼らの気持ちを考えることは一度もなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは4回かけて私の皈依したい願いに応じてくれたので、感謝している。皈依をお願いした時、リンチェンドルジェ・リンポチェは『家に帰って考えなさい。』、『もう一回来なさい。』と開示してくれた。家に帰ったら、私は、『仏弟子になりたいと思ったが、自分の態度、行為は正しかったか。正しくなかったら、なぜ行動したか。皆がやっているから、私も同じことをしていた。何故、間違った行為を修正しなかったか。何故、間違いを続けたか。』と反省し続けた。自己反省の機会を与えてくれて自分の間違いを分からせてくれたお蔭で、私は間違った行為を改めることができた。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したい。

ここで懺悔したい。私は嫉妬心があったから、続けて言葉と軽蔑した態度で周りの人を傷つけてきた。自分が苦しんでいたから、周りの人を同じく苦しませたくて私以上に苦しませたかった。反省の心はちっともなかった。また、友達と一緒に商売をして損失を出したことも、全部友達のせいにした。ずっと他人を利用して問題を解決しようと思い、問題に対面する勇気がなかった。問題が起きた時は、ただたくさんの言い訳をして責任を回避、転嫁したかった。私は不精ったらしく、仕事の必要な技能を真面目に習わず、いい加減な態度で仕事をしていた。ほかにも、高雄の実家にたくさんのシロアリがあったが、私はあらゆる方法を使って消そうとした。無数の衆生を殺してしまったし、また、食べたくて無数の衆生を食べていた。これらたくさんのことを懺悔しなければならない。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が健康と健勝、寿命が末永く、この世に常住し、仏法事業が興盛になり、一切の有情衆生を利益することを祈る。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がり、合同修行法会を執り行い、並びに参加者全員に貴重な仏法を開示した。

先週は『宝積経』の開示で、菩薩道の行者は、財産、眷属などのような世間のいろんなことに執着があってはいけないと話した。後半において特に触れられた『意』は、行為、言葉は全て意から始まる意味だ。仏法学習は、外見がより荘厳になることではない。修行がよくなると、この相は自然に現れる。意図的にすることではない。ほかの宗教を外道だと称するのは、それらの宗教は外部に願うからだ。神祇に何かをくれるように願うからだ。それに対し、仏法は自己を見直すことを教えてくれている。先週の開示内容はよく見られる共通問題だ。在家か出家を問わず、皆同じだ。言い換えれば、菩薩道は、在家と出家が共同に修行できるが、声聞縁覚乗は出家衆でなければ、修行できない。

執着してはいけないことを強調し続ける理由は何だろう。執着すれば、悩みは自然に生まれる。悩みがあると、苦しみが生まれる。苦しみが生まれれば、輪廻は尽きなくなる。学仏者はまず、今世仏の法運の由来を理解しなければならない。仏の開示によると、一尊目の仏から最後の尊の仏まで合計七尊の仏が娑婆世界(地球)に来た。釈迦牟尼仏はそのうちの五尊目だった。釈迦牟尼仏は五濁世界に来て仏法を広めていたが、生まれてすぐ転生だと認証されたわけではない。以前は転生制度がなかった。チベットに来てから、一部の修行者は三昧耶戒、つまり諸仏菩薩と衆生への約束を継続させたくてその一生で円満できなかったから、再び来ようと思った。縁のある弟子と信衆に、上師は再び来ることを理解させ、仏法学習の心を変わりなく固めさせるためだった。

この一生の終わりに、転生する時、もし、往生前の業力を全て解決しなければ、業を持ったまま往生してしまう。菩薩の果位までに証得しなければ、発願した往生は決して無理だ。転生の場所を選ぶ能力もあるはずがない。どうやって能力が得られるか。世間の一切の執着を断つことのできる人だけが、来世に乗願再来の資格がある。どんなものであろうが、ちょっとでも執着があれば、乗願再来はあり得ない。密宗に一つの特別な法門がある。転生の行者に胎門の選び方を教える法門だ。胎門を正しく選べば、入れるが、間違えたら大変なことになる。この法門は公開に教えることができない。あなたたちは一定の程度までの学習がなければ、決して教えてあげることはない。学びたい人はいるだろうが、あなたたちが学びたくても、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ずしも教えてあげるとは限らない。

『宝積経』ははっきりしている。大乗仏法を学べる根器のある人でなければ、仏経の伝授もしてあげてはならない。密法はなおさらだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは伝授すべきだと思う人は多いが、そうにはいかない。リンチェンドルジェ・リンポチェの伝法は大変厳しい。もし、あなたたちの心に僅かの執着でもあれば、密法の学習は大変危険になる。密法を学べば、全てのことはたちまち解決できると勘違いする人が多い。間違っているのだ。『意』を先に妥当に処理しなければ、密法の学習は自分自身を害することになる。

自分の悩みを変えるのも、止めるのもできないと思う人が多くいる。菩薩乗は煩悩を菩提に変えることを学ぶが、金剛乗では、煩悩が菩提だから、変える必要もない。大乗仏法を学ぶ場合、どうやって煩悩を菩提に変えるのか。答えはここ数週間、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示した『宝積経』の内容だ。執着がなければ、自然に捨てることができる。密宗の修行に『病為道用』の言葉がある。病気は修行において最も役立つ方法だ。以前開示したことだが、リンチェンドルジェ・リンポチェはガンに罹った時修法しなかったし、仏菩薩にも尊勝なる直貢チェツァン法王にも願わなかった。これこそ『病為道用』の例だ。病気になって初めて自分は福も縁も浅かったと分かった。

人間は皆傲慢だ。先週の開示で自分はよく修行できたという『慢』の考えを話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の修行がよくできていると敢えて言わないが、顕教を修めた時、リンチェンドルジェ・リンポチェはほかの誰よりも勤勉だった。毎日少なくとも『普門品』を3冊修め、時間があったら、長い『大悲咒』を108回、観音菩薩の聖号を1万回念誦して45分間から1時間ほど座禅した。毎年、少なくとも『梁皇宝懺法会』に2回、初日から最後の日まで参加した。そして、毎年水陸大法会に一回参加したうえで、拝懺の法会があった度に参加していた。その頃、リンチェンドルジェ・リンポチェにも『慢』があった。自分はたくさん参加したから、業障はなくなるはずだと思っていた。密法、菩薩乗を学んだ後、初めて自分には『慢』があったと分かった。だから、『慢』、傲慢のある人はなかなか密法が学べないのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前も話したが、尊勝なる直貢チェツァン法王が法を広めて以来、直貢チェツァン法王に会った人の数は数十万人もいる。しかし、在家で修行できたのはリンチェンドルジェ・リンポチェしかいなかった。尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを教育できたから、ほかの人を教育することもできるはずだが、ほかに現れた人は一人もいない。もちろん複雑な原因があるが、仏教の教えた通りに自分の『意』を変えないのが最低限の原因だ。『意』を修正しなければ、いくら念誦、礼拝しても人天福報しかない。

人天福報だけの修行なら、仏法を学ぶ必要もないのだ。どんな宗教の学習でも人天福報が得られる。釈迦牟尼仏が修行し始めた理由を忘れた人が多い。釈迦牟尼仏は王子だったが、どんな大きい因縁で自らの地位を捨て、修行しようと思ったのだろうか。」この時、現場で一人の出家弟子は「釈迦牟尼仏は王子だった時、お城を出て衆生の生老病死を見たので、命は苦しいものだと感じた。それで、生老病死の苦しみを解決しようと決意し、出家して仏法を学んだ。」と表した。

「ある年、尊勝なる直貢チェツァン法王は台湾に来た。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を広める前のことだった。その時、直貢チェツァン法王は小さいタンカを4枚持って来た。一枚目は、釈迦牟尼仏が国土を離れて深山に修行しに行く絵だった。二枚目は、釈迦牟尼仏が成仏して悟った絵だった。三枚目は、釈迦牟尼仏が仏法を広める絵だった。四枚目は、釈迦牟尼仏が涅槃した時の絵だった。直貢チェツァン法王は一枚目のタンカを、リンチェンドルジェ・リンポチェと同時に直貢チェツァン法王皈依した男性にあげた。その人はすごい大金持ちだったが、全く見えなかった。外出した時はいつも自転車に乗っていた。年齢はリンチェンドルジェ・リンポチェと同じくらいだ。数十年前のことだが、その時彼は毎月の家賃収入だけでも百万元ほどだった。しかし、彼は飛行機に乗れなかった。直貢チェツァン法王は彼にたくさんの機会を作ってあげた。インドのヂャンチュウブリンにある比丘尼閉関センターに一つの勝楽金剛の壇城がある。彼の護持だ。しかし、彼は飛行機に乗れないから、行ったことがない。

直貢チェツァン法王はそのタンカをあげたが、その絵は彼への暗示だった。修行したければ、『意』から全てのものを捨てるべきだという意味だった。しかし、彼はできなかった。奥さんが商売で彼の物件を使っても、彼は家賃をもらっていた。しかも、市場価格で、割引もあげなかった。家賃を払わなかったら、すぐ追い出された。彼は7、8年前に突然に往生した。彼は菜食をしていたうえで、たくさんのことをもしていた。家で長期的にサキャ派のケンポスを一人供養していた。そのケンポスは毎日仏法を説明してあげていた。

そして、直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェにくれたタンカは、釈迦牟尼仏が涅槃した時の絵だった。これを受け取ったら、釈迦牟尼仏は死んだから、多くの人は嬉しくないだろう。普通は二枚目、三枚目の成道、或は弘法の絵がほしいだろう。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはそのタンカを受け取って何の考えもなかった。上師がくれたものだから、きっとその意義があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは一生の修行において、随時に死ぬという心構えで毎日修行してきた。無常を強く信じている。

釈迦牟尼仏は生老病死を見て深山に入って6年の苦しい修行を決意した。修行がよくできたら、生老病死の苦しみは消え、こうして修行に専念できると、多くの修行者は思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの数十年来、衆生を助けてきた。自分も年を取った。今は釈迦牟尼仏が仏法を広めたかった理由がよく理解できた。人間に生まれる限り、生老病死から逃れられない。必ず発生する。子供を産んだ多くの人はこんな恐怖の苦しみを経験した。子供が順調に生まれるか、胎児は成長するか、出産する時は産道が狭いだろうか、指何本分開けばいつに出産できるか、時間を予約して出産するか、出産後はお腹が元通りに回復できるかなど、いろいろ考えなければならない苦しみがある。

また、年取る時もそれなりの苦しみがある。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の母親を通して年取る苦しみを見た。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は90歳を超えたとは言え、ほかの90歳以上のお年寄りに比べたら、母の苦しみは少ないほうだ。ほかにも、病の苦しみがある。リンチェンドルジェ・リンポチェはガンに罹ったことがあるが、病の苦しみはなかった。ガンはあったが、ガン患者にあるはずの苦しみはなかった。それからは死亡のことだが、リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も死んだが、苦しみはなかった。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは福と慧を共に修めるという仏教の教えが体得できた。福は、この一生の生老病死の苦しみを軽減させるか、或は発生させいないかどうかのことだ。

釈迦牟尼仏は涅槃の時に衆生に病を見せたが、実は必要がなかった。釈迦牟尼仏は往生の時大変自在だった。死亡の苦しみは少しもなかった。あなたたちも道場で見たことがある。三宝、上師に対して変わらない恭敬心がある人であれば、死亡の時は苦しまない。仏法は、生老病死の苦しみを退治するものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは今年69歳になろうとしているが、同年齢の年寄りの苦しみはない。リンチェンドルジェ・リンポチェは年を取っているとは言え、そのような苦しみを感じない。これは修行の結果だ。修行は福と慧を修めることだ。福は供養、布施から得られる。そのため、『宝積経』は皆に執着しないことを教えている。つまり、執着があれば、供養、布施を惜しんでできないのだ。上師はお金が欲しいということではない。寶吉祥仏法センターは仏法道場だが、ここにいて皆はお金が節約できる。供養は自由意志で、供養する気がなければ、全然問題はない。却って供養が多い時は受け取られないこともある。供養の動機が正しくなければ、受け取られない。

昨日、一人の弟子はお母さんを連れて供養しに来た。自分の母親は供養する因縁があるかどうかを知りたいことまで言った。その弟子は、お母さんは皈依していないと知りながら、リンチェンドルジェ・リンポチェが定めたルールを破ろうとした。皈依していない人の供養を受け取らない、リンチェンドルジェ・リンポチェの理由は、その人が仏法を学ぶかどうかを知らないからだ。人間の心は常に変わっている。皈依弟子でも心が変わることがある。その弟子はお母さんを連れて供養しに来たが、供養後、お母さんの健康がよくなり、子供の苦労が軽減できることを望んだからだ。いくら話しても、誰も聞かない。皆は自分が偉いと思っている。今言った弟子は、お母さんが来たら、リンチェンドルジェ・リンポチェはお母さんの供養を受け取り、病気を軽くしてあげると思っていた。

ちょっとした供養をすれば、お母さんの病気はよくなると、彼女は思った。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが言いたいのは、お金のことではない。心構えだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は、尊勝なる直貢チェツァン法王に供養することが殆どなかった。それなのに、何故、リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は90歳以上のように見えないだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親は、時々周りの人に面倒を見てもらう必要もあるが、今でも自分でお風呂に入れる。息子が修行しているからだ。

あなたたちは、ちょっとしたお金を供養しているから、修行しなくていいと思ってはいけない。いい加減に御捻りをあげれば、供養だと思ってはいけない。あなたたちの供養を、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏寺を助けるために使おうと思っても足りない。また、リンチェンドルジェ・リンポチェに供養しているとも思ってはいけない。あなたたちの供養を受け取ると、リンチェンドルジェ・リンポチェは直ちにほかの所に使ったのだ。今話しているのは供養の金額の多少ではない。あなたたちの『意』が何かのことだ。仏法学習は、何もいらない意味ではない。仏は『意』について特別に詳しく説明した。観念を修正することだ。あったら、あなたの福だが、なかったら、それもあなたの福だ。執着する必要はない。物がなくなるのは、以前他人の物を盗んだことがあるからだ。文殊菩薩はこのことを示したことがある。最もきれいな靴を城門の所に置き、自分の盗みの果報はなくなったから、そんな所に物を置いても盗まれないことを示した。本当に盗まれなかった。

あなたたちは商売に失敗した、健康が悪くなったようなことがあれば、福報がなくなったからだ。それでも、全身全霊で上師に恭敬せず、自分の考え方を持ち続けたいのか。自分の考え方を主張したければ、密法の学習には向いていないのだ。密法の上師に追随する資格さえないのだ。何故なら、密法の上師はあなたの心に応じて調整してあげるからだ。大礼拝をして見せかけることは密法の修行ではない。密とは、内界の緊密さの意味だ。どんな誘惑にも影響されず、仏法学習の初心を変えない。初心は生老病死の苦しみから離れることであり、仏が教えてくれた方法だ。そのため、仏は福報を累積する、知恵の法門を開けるためのたくさんの方法を教えてくれた。どの法門にせよ、何れも生老病死の苦しみのための修行だ。

仏は何故、生老病死のことばかり言ったのか。苦しみの種類はたくさんある。どんな苦しみでも、最後の結末は生老病死だ。終日、愛に執着したり、性格が怒りっぽかったりする人は、きっと病気になる。生老病死の苦を如何に減らし、消す方法について、仏はたくさん教えてくれた。その中、末法時代の出家衆と在家衆の修行に向いているのが菩薩道だ。しかし、あなたたちは捨てるのがつらい。病気になったら、大げさになる。仏法を学びたいのも自分の知らないことを習いたいだけだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが教える法門は自分の発明ではない。チベット人の発明でもない。全部仏の話だ。ただ異なる根器を持っている人に開示する仏法はそれぞれだ。とにかく皆に役立ちたい。釈迦牟尼仏は衆生に全てを捨てるように訓戒したが、この『捨てる』は、表面的に全ての物事を捨てる意味ではない。この意味だったら、出家でもすればよいのだ。出家は、普段執着している、財産、車などのような物事を捨てることだ。仏はとっくに私たちのことを見通していたから、後に『意』について話した。『意』をよく調整できれば、悩みは減る。苦しみも現れない。『意』を調整しなければ、悩みは続けて出てくる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは息が絶えそうな時でも、弟子たちを教えよとした。『意』には死亡の苦しみがなかったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがまだ生きているのは、菩薩はリンチェンドルジェ・リンポチェを連れて行かなかったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェにはまだやることがたくさんある。生き続けられるかどうかはポイントではない。生きることは自分の修行、衆生に役立たないのなら、生きてもしょうがないだろう。皈依した一部の弟子は、自分の学仏は死亡を学ぶのが目的ではないと言っている。しかし、自分自身の死亡に直面する心の用意ができず、きっと生き続けられると思っても、世界のどこにもこのような宗教はない。寿命を求めれば、得られると思う人が多いが、これには根拠がある。密法には長寿仏がいる。しかし、寿命をあげるのは、眷属と財産に執着を持たせるためではない。修行させるためだ。決して何らかの執着を満足させるためではない。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはたやすく人のために長寿仏を修めない。

以前、母親が長生きすることを求めに来た信衆がいた。その母親は寝たっきりですでに気管切開を受けた。リンチェンドルジェ・リンポチェはその母親の寿命の縁は長くなかったと見えたから、修法しないが、母親が死ぬ時苦しまないことを望むなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは助けられると言ってあげた。あなたたちも見たように、リンチェンドルジェ・リンポチェの助けをもらった死者は往生の時、皆穏やかだった。死亡の苦しみがなかった。これはリンチェンドルジェ・リンポチェができることだ。結局、その信衆は聞かなかった。あっちこっちに当たって別のリンポチェに長寿仏を修めてもらった。その母親の命は2、3ヶ月延ばされたが、往生の時は大変かわいそうだった。気管切開の穴に蛆ができて噛まれて死んだ。このような延命はちっとも意味がない。

親に離苦をさせることをリンチェンドルジェ・リンポチェに願う人もいたが、離苦はこの世から去って行くことだと教えてあげたら、彼らは黙ってしまった。彼らは、離苦を病気のないことだと思っていた。親もたくさんの借りがあったので、病気や死亡の苦しみをさせたくなければ、何かで取り換えなければならないのだ。その何かとは、寿命のことだ。数ヶ月の寿命は、宇宙の中に指をはじく間の一瞬間よりも短い。しかし、執着する人が多い。家族の命を一日でも伸ばしてあげたいから、死なせてはいけないとお医者さんに言ったりする。心拍が遅ければ、促進剤の注射、血圧の調整を要求したりする。

リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依していない人の供養を受けない理由がある。受け取ってあげた後、その人は仏法を学ばなかったら、リンチェンドルジェ・リンポチェはどうすればいいのか。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェがいつか往生する時、親切にしてくれる弟子たちが現れてリンチェンドルジェ・リンポチェを病院に運び、その後また運び戻すとしたら、リンチェンドルジェ・リンポチェはその行き来で死んでしまうのではないだ。

あなたたちはリンチェンドルジェ・リンポチェの長生きを求めなくていい。こうしてほしいと、リンチェンドルジェ・リンポチェは思わない。仏菩薩と天竜八部はリンチェンドルジェ・リンポチェのために決めてくれる。仏が教えてくれた菩薩道の方法で修行していれば、諸仏と天竜八部は嬉しくなり、もちろん守ってくれる。求める必要はない。

しかし、あなたたちは何故朝から晩まで求めても得られないのか。修行しないからだ。昨日のその弟子のように、母親を連れて来たら、母親は突然大きい福報が得られてリンチェンドルジェ・リンポチェに供養を受け取らせることができると思った。何故、その弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェを無理させたい心があったのか。自己本位な心構えがあったからだ。よく考えてみなさい。尊勝なるチェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの根本上師であっても、毎回台湾に来られる時、リンチェンドルジェ・リンポチェは母親を連れて行って供養するわけにはいかない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこうしたければ、できたのだが、何故こうしないのか。上師は大変忙しいから、リンチェンドルジェ・リンポチェは身勝手なことをしてはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分自身で少しでも福報が得られるように修行できたら、母親もよくなる。求める必要はない。

あなたたちは自身の問題で、無理しても上師に求めたい。その弟子はまだ信衆だった時もリンチェンドルジェ・リンポチェに供養しなかった。それなのに、何故皈依した後、リンチェンドルジェ・リンポチェはお母さんの供養を受け取るはずだと思っただろうか。あなたたちは修行者のことを知らないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの皈依上師であるテンジンニンマ・リンポチェは往生の前でもハタも受け取らなかった。これは慈悲でないと思う人がきっといる。しかし、供養心が正しくなければ、行者は受け取れないのだ。何故なら、受け取ってあげれば、あなたたちは福報を利用して悪行をするからだ。チベットにいる本当の修行者の威儀を、あなたたちは見たことがないだろう。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェの見たことだが、台湾からの夫婦がドラブ・ワン・リンポチェの前に5分間跪いて手にハタを持ち、そのハタの上に御捻りを載せた。しかし、ドラブ・ワン・リンポチェはずっとリンチェンドルジェ・リンポチェを見て全く彼らを相手にしなかった。とうとう、その夫婦は恥ずかしくなって自分にハタをかけてその場から離れた。

これらのことの開示でリンチェンドルジェ・リンポチェはどれほど立派だと、あなたたちに言いたいつもりではない。知ってほしいのは、本当の仏法修行者の行動だ。全て仏教の教えた通りの行動だ。先週開示したことだが、あなたたちは自分が菩薩道を実践していると思うなら、あなたたちの威儀は仏の教えに背いてはならない。さもなければ、俗人と修行者に非難される。非難されることは叱れることではない。口業を作らせてしまうことだ。菩薩道の修行はあなたたちの思う通りに、手に戒疤を焼き付けば菩薩になれるのではない。こんなことを仏は言わなかった。これは一つの儀軌に過ぎない。心を改めなければ、『宝積経』で提起された『意』を守らなければ、いくら修行を続けても素人のままで、入門はできないのだ。

これらのことの開示でリンチェンドルジェ・リンポチェはどれほど立派だと、あなたたちに言いたいつもりではない。知ってほしいのは、本当の仏法修行者の行動だ。全て仏教の教えた通りの行動だ。先週開示したことだが、あなたたちは自分が菩薩道を実践していると思うなら、あなたたちの威儀は仏の教えに背いてはならない。さもなければ、俗人と修行者に非難される。非難されることは叱れることではない。口業を作らせてしまうことだ。菩薩道の修行はあなたたちの思う通りに、手に戒疤を焼き付けば菩薩になれるのではない。こんなことを仏は言わなかった。これは一つの儀軌に過ぎない。心を改めなければ、『宝積経』で提起された『意』を守らなければ、いくら修行を続けても素人のままで、入門はできないのだ。

衆生を済度したければ、能力がなかったらどうしよう。法会の前に語った弟子が話した通りだ。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の側にいた死者を見えず、言い出せなかったら、済度してあげられなかったのだ。そうしたら、彼女は病気のままではないか。神通はすごいものだと思う人が多いが、衆生を助けるための神通だけがすごいのだ。能力と果位を見せびらかすためなら、ちっともすごくない。外道になってしまう。リンチェンドルジェ・リンポチェは決して神通を利用して教えを守るようにあなたたちを脅かしたりしない。リンチェンドルジェ・リンポチェの他心通は、助けを必要とする衆生を助けるために使う。あなたたちの次の運命を計算するために使わない。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェはすごい他心通を持ってあなたたちのために何でも計算してあげるとしたら、大変なことになる。

釈迦牟尼仏が教えてくれた仏法は、私たちが在生の時の生老病死の苦しみを減らし、軽減してくれる、或は生じさせない。もし、仏の教えた方法が達成できないものだったら、寶吉祥仏法センターはこれまでたくさんの例を見せられるはずもなかった。この間、紅斑性狼瘡(全身性エリテマトーデス)で往生した出家弟子がいる。」ここで、西洋医学の医者をしている弟子が紅斑性狼瘡について説明した。「これは自己免疫疾患であり、そもそも抵抗力は外部の細菌に対抗するものだった。しかし、この抗体は自己の細胞と体を喰い、自分の体を傷つける。よく見られるのは腎臓への傷害だ。それで、腎不全、水腫を引き起こし、肺、皮膚、脳などまで影響を拡大する。その出家弟子にも肝硬変があったので、水腫の時はまるで水が一杯入った風船みたいにびんと這っていた。肌に水が滲み出して流れた。体外に排水されような全身性の病気だ。」

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けた。「その弟子がこのような病気に罹ったのは、出家の時母親を連れて仏寺に一緒に住み込み、常住のお金を使っていたからだ。幸いにも、彼女は善根があり、今世に仏法の助けが得られた。我々が一生の思想、行動は何れも、生まれた後の老、病、死の苦しみに直接に係っている。死ぬ前に集中治療室に入り、裸にされて体中に挿管されても、あなたたちは構わないのか。これは老と病の苦しみだ。このような苦しみは避けられるか。もちろんのことだ。教えをどう聞くのか。どう学ぶか。自分を直すか。あなた次第だ。もし、自分を直そうとしない、教えも聞かないなら、このような苦しみは現れる。

科学の発展に伴い、老の苦しみも増える。昔の年寄りは体が衰えたが、挿管が施されることはなかった。今時の人は自分が親孝行をしていると思うのもあるし、また、法律の規定で家で死亡する場合は、解剖が要求されるので、皆は病院に任せたい。しかし、病院ではいろんな処置が行われる。これは末法時代の人には重い業がり、老と病の苦しみが避けられない証だ。

『宝積経』は執着と慢があってはいけないことを教えてくれている。大事なことだ。昨日の弟子が母親を連れて供養したいと思ったのは慢の表しだ。自分は皈依したから、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分に優しくして眷属まで世話すべきだと、彼女は思った。あなたたちが皈依した時、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちとこんな契約をしたのか。彼女の思いは貪欲だ。何もかもリンチェンドルジェ・リンポチェに任したい。母親の世話を自分自身できちんとしない。

『宝積経』の中で、『邪命』が提起された。在家者にとって、五戒を破るあらゆる生活様式が『邪命だ』。出家者にとって、仏法を利用して金儲けをするのが『邪命』だ。『邪』と『正』に対する仏法の定義だが、『邪』は耐えられない悪さではない。輪廻を繰り返させる全てのことを、仏法は『邪』の定義を付けた。今世を輪廻から解脱させる全ての身口意を、仏は『正』の定義を付けた。そのため、『正』と『邪』の意義は表面的な行為ではない。肝心なのは『意』だ。『華厳経』の善財童子は五十三参を通して大徳が大嗔、大貪だと分かり、大嗔、大貪の心で修行しようとした。仏法が分からない人の観点からは、修行者はこうすべきでないと思うだろう。

噶舉派の祖師はチロパ(Tilopa)とナロパ(Naropa)だ。一人は漁師、一人は猟師だった。一般の学仏者から見れば、破戒になる。噶舉派はチロパ、ナロパから、マルパ・ロツァワ(Marpa Lotsawa)、ミラレバまで、皆在家の上師だった。ガムポパの時から、初めて出家衆が現れた。ガムポパは出家前、在家衆だった。結婚して子供もいた。彼は医者だったが、妻と子供の病気を治せなかったので、俗世間のことでは病気と死亡の苦しみを解決することができないと思い、ミラレバ上師について仏法を学ぼうと決めた。

諸仏の歓喜と諸天竜、乾闥婆などの皆の歓喜を得るには、仏の教えを地道に実践しなければならない。こうすれば、求めなくても得られる。あなたたちは常に求めているが、どうしても得られない。実践していないのが原因だ。仏にこれらの条件があるのは、仏が条件を要求するのでなく、仏はこのような方法で修行できたからだ。それで、あなたも同じ方法で修行しているのを見たら、あなたは未来仏になるのを知り、自然に守りに来てくれる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはガンに罹ったが、死ななかった。理由はリンチェンドルジェ・リンポチェの修行が上出来でたくさんの念誦と大礼拝をしたことではない。根拠は『宝積経』の中にある。食事のためのお金がなくても罣礙がなかった。離婚になっても悲しくなかった。子供が勉強嫌いでも慌てなかった。ガンで死んでも怖くなかった。全く執着がなかったからだ。しかし、あなたたちはひどい執着心を持っている。修行しているだろうか。執着の法門でも修めているのか。リンチェンドルジェ・リンポチェは『宝積経』を読んで初めて自分は実行できたと分かった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは漢人なのに、弟子を持つことができたことに、不思議だと思う人が多い。以前、リンチェンドルジェ・リンポチェも腕白だった。尊勝なる直貢チェツァン法王に仕えていた中国語の話せる侍者に、ほかの人には弟子がいないのに、リンチェンドルジェ・リンポチェに弟子ができた理由は何かを尋ねた。彼は、恐らくリンチェンドルジェ・リンポチェは中国語が話せるだろうという答えを出した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェの広東なまりの中国語は流暢ではないし、台湾語もあまり話せないと、私は思った。後に、青海からの弘法者の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェよりも中国語が話せた人がいたが、弟子もあまりいなかった。だんだん分かったことだが、リンチェンドルジェ・リンポチェの福報や修行がよかったのではく、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏と上師の教えを守って実践したからだ。

祖師ジッテン・サムゴンはかつてこう開示した。自分の著作と開示は必ず三つの原則がある。一つは仏の話、つまり仏経の教え、一つは上師の教え、もう一つは自身の修行経験からの体得で話せたことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは直、貢噶舉派の弟子なので、仏法を広める時も、ジッテン・サムゴンのこの三原則を学ばなければならない。修行を通して体得したことでなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは話さない。また、上師が教えたことでなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェも話してはいけない。仏の話でなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは少しも考えてはいけない。あなたたちはどうだろう。自身の考えを一杯抱えている。根拠でもあるだろうか。あなたたち自身の勉強と修行だろうか。自分自身の体の問題でさえ解決できないから、まだまだ早いのだ。

修行者は仏経の教えた通りに実践できたら、死亡の苦しみがあるはずもない。死ぬ前、たくさん苦しませられることもない。三宝、上師を信じた一般の信衆であっても、死ぬ前にちっとも苦しみがなかった。これだけでもたくさんの人よりすごいのだ。しかし、あなたたちはきっと、弘法者が衆生の業を担いだからだと反発するだろう。本当にそうなら、仏は死ぬ前にたくさんの苦しみを味わったはずだ。仏と以前の弘法者のどっちのほうがたくさん担いだかを考えてみなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェ自身を含め、顕教を学んだ時、こんな言い方があった。弘法者は衆生の業を担いだから、病気になったという言い方だ。正しくないのだ。在家衆を誤解させたくないから、リンチェンドルジェ・リンポチェは改めて出家衆に開示する。

経典に『彼行菩薩如是慚已、日夜繋心、観察戒行。』がある。本当に菩薩道を修める人は、一日24時間も自身や自分の心を放任したりしない。学仏者である以上、一般の人と違うのが当たり前だ。違うのは外見ではない。行為と言語でもない。心が違うのだ。平凡から聖へと変わる。この時間は大変長いが、変えなければならない。一秒ずつ自分の身口意を、聞いた仏法に違反していないかと観察すべきだ。違反があれば、修行していないことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔することではない。

こんな弟子もいた。結婚したいから、結婚後は必ず眷属に菜食をさせることができると思い、披露宴の時は自分のテーブルだけで菜食を食べればいい、ほかの人の肉食は自分に関係がないと思った。もちろん関係がある。彼らの結婚で、殺生があったからだ。彼らは自分を観察せず、欲望のために、ほかのことはどうでもいいと思った。後から補えると思った。実は補えないのだ。一つの間違いを犯したら、償うため、10件、100件の善事をもしなければならない。皈依、学仏でもすれば、偶に為した悪は相殺できると勘違いしてはいけない。相殺できないのだ。完全の善を実践することだけで、悪のパワーを減らすことができる。例え業力が現れても、まだ救える。

菩薩道を修める人は、昼も夜も心に気を配り、戒行を観察しなければならない。つまり、自分のあらゆる行為は戒に基づいているかを見ることだ。在家者の修行には五戒、菩薩道の修行には菩薩戒、金剛乗の修行には三枚耶戒、出家の女衆には出家女衆の戒、出家の男衆には出家男衆の戒がある。あなたたちは毎日、自分の行為は受けた戒に違反しているかをチェックしているか。違反があれば、破戒になる。大したことではない、菩薩に謝ればいいなどの言い訳を言ってはいけない。誰も謝罪を受けてくれない。また、懺悔すればいいとも思ってはいけない。懺悔しなかった法師は一人もいない。しかも、こんなたくさんの人を連れて拝懺する。とにかく、前述のことを行動で示さなければならない。

このことは大事だ。学仏者だと自認するなら、毎日自分を見直する必要がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も開示した。『宝積経』を読む前から、皆に教えてきた。毎日寝ぬ前に、一日の為したことは五戒を背いていないかを反省することを教えた。しかし、本当に実践している弟子はほんの少ない。大したことではないから、毎日する必要はないと、誰もが思っている。しかし、私たちは毎日、自分の行為は戒を違反していないかを見直すほか、『観戒行已』をもしなければならない。つまり、毎日一分一秒の身口意は戒を背いていないかを反省することだ。ほかにも、毎日、この戒を繰り返して観察しなければならない。戒は、悪を断ち、善を行うことに役立つので、毎日自分が受けた戒を観察すれば、悪を行わなくなる。考える必要もないし、自然に行わなくなる。言い出す言葉も、悪言、綺語、妄語がない。何故なら、毎日、自分の身口意は戒を違反していないかを観察すると同時に、受戒した時の行為を観察するからだ。だんだん、善の身口意を培うことができ、一切の悪の身口意を断つことができる。だから、皈依の時に、『諸悪莫作、衆善奉行』を皆に話した。悪の意は少しでもあってはいけない。

少しだから、大丈夫だと思う僥倖した心があってはいけない。善も悪も少しずつ累積されるものだ。悪を累積し続ければ、善のパワーは減り続ける。逆に、善を累積し続ければ、悪のパワーは減り続ける。自分の努力次第だ。仏菩薩はあげられないし、リンチェンドルジェ・リンポチェもあげられない。加持はちょっと抑えてあげることだけだ。それで、あなたたちは自分を変えるのに十分な時間が得られる。思い切ってやらないと、自分を変えることはできない。だから、死亡を恐れる人は仏法の学習ができない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、死亡の無常さを深く信じなければならないと、皆にはっきりと教えた。理由は、死亡は誰にも起きるからだ。いくつまで生きるにせよ、今はどれほど面目が立っているにせよ、このことに直面しなければならない。

在生の時、如何に生老病死の苦しみを軽減するか。方法は戒のほかにないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの密法を修めてきたから、気脈明点が分かると思わないでほしい。そうではない。戒がなければ、修行できないのだ。たくさんの人の共通の問題だが、間違っても後日になれば考えよう、もう過ぎたことだ、破戒していないかもしれないと思ったりする。戒を犯すことと破ることは異なる。『犯す』とは知っているのに、わざと犯すことだ。『破る』は犯したと知っているのに、やり続けることだ。こんな説明を、あなたたちは聞いたことがないだろう。だから、やり続けるのが戒を破ることだ。懺悔しても無駄だ。戒を犯したら、まだ懺悔できるが、戒を破ったら、懺悔しても無駄だ。改めて受戒しなければならないし、上師は改めて授戒してくれるかどうかも分からない。

仏法の名詞は何れも意味深いのだ。修行しなければ、戒を犯すことと破ることの違いが本当に分からない。身口意に突然に念頭が現れ、間違ったと知り、直ちに懺悔できるのが、戒を犯すことだ。間違ったと分かっても、構わない、菩薩は寝ているから、そのうちに考えようと思うのが、戒を破ることだ。戒を破ると、処理したくても難しいのだ。

仏経の言葉、『彼行菩薩如是慚已、日夜繋心、観察戒行。観戒行已、無諸憂悔、離諸障礙。』だが、果報をはっきりと表している。リンチェンドルジェ・リンポチェは何故、何度も死亡から逃れられたのか。リンチェンドルジェ・リンポチェは累世においてたくさんの悪をしてきたから、もちろん今世にも障礙がある。どうして諸障礙から離脱できたのか。尊勝なる直貢チェツァン法王に追随して仏法を学び始めて以来の長い時間、リンチェンドルジェ・リンポチェが学びたい法門なら、障礙は殆どなかった。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェは過去世に多少の善根があったほか、最も大事なのは今生の戒律だからだ。

皆は、寶吉祥仏法センターは厳しい所だと思っているだろうが、リンチェンドルジェ・リンポチェはよく分かっている。厳しくなければ、あなたたちは学べないだけでなく、皆を害してしまうし、リンチェンドルジェ・リンポチェをも害することになる。別にリンチェンドルジェ・リンポチェが皆を厳しく扱いたいわけではない。仏経の教えだ。もし、あなたたちはできるなら、釈迦牟尼仏にこう話すのを止めなさいと言えばいい。抗議したり、文句を言ったりすればいい。しかし、あなたたちは、釈迦牟尼仏はどこにいるのも分からない。抗議するのも、文句を言のもできないし、釈迦牟尼仏も通信ソフトを使わないから、あなたたちは教えを聞くしかない。別の方法はないのだ。

菩薩になれれば、自然に各種の心配や悔いがなく、各種の障礙から離脱できる。戒を破らない人であれば、心配することはないだろう。また、どんなことにも執着しない人であれば、心配することもないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは息子を2年以上も無視してきた。リンチェンドルジェ・リンポチェの母親はひ孫が生まれるのを待てないと心配したし、孫が見捨てられることをも心配した。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは構わない。相変わらず眠れるし、嬉しく日々を送っている。

経典に『菩薩如是正修行已。』がある。この修行こそ、正々堂々、きちんとした道だ。仏の知恵に従って修行する人は、ちょっとでも離脱したら、ちょっとでも手間を省いたら、修行しないことになる。経典にまた『於諸如来正法之中而修諸行。』がある。仏の話は微妙だ。ここは釈迦牟尼仏でなく、諸如来のことを話した。意味は、全部の仏はこれを基準としたことだ。釈迦牟尼仏、阿弥陀仏、薬師仏などの何れを拝んでも同じだ。禅宗の修行は簡単で、あぐらをかいて座って知恵を開けば完成だと、勘違いしてはいけない。戒を修めなければ、定はあり得ないのだ。定がなければ、知恵は開けない。戒定慧ははっきりとされている。最初に聞思修、続いては戒定慧、この六字を修行しない理由はないだろう。

金剛乗は簡単だ。一般の人間の信念は信用できないので、直接に一つのルールを与える。つまり、上師の話を聞き、自分勝手をしてはいけないルールだ。このように、『一切如来正法之中而修諸行』になる。仏が教えてくれた本当の修行方法を通して修行するからこそ、自分と衆生を利益する行為の修行ができる。仏の知恵はあまりにも立派だが、自慢しなかった。仏は、釈迦牟尼仏自身の修行方法だと言ってもよかった。どうせ私たちはほかの仏のことも知らない。しかし、何故仏はこう言わなかったか。何故なら、仏は、成仏できるように修行したければこうするしかないと知っていたからだ。全部の仏はこの方法で修行できたから、私たちにも、この方法に従って修行するように教えてくれた。

どのことに対しても、仏ははっきりしていた。曖昧はなかった。何もかも明確に皆に教えてくれた。例えば、阿弥陀仏を唱えれば、必ず阿弥陀仏の所に行けると思う人が多い。実際に、こうなるとは限らない。経典のこの段落が根拠だ。そのため、『阿弥陀経』は福徳因縁がなくてはならないと話した。『福』は供養、布施、『徳』は功徳、戒定慧のことだ。戒定慧がなければ、行く資格はない。戒がなければ、定になれない。定がなければ、でたらめを言い、いろんな考えを生み出してしまう。

次の言葉は『善男子、如是等行名菩薩愧。』だ。何故、菩薩は慚愧するだろうか。菩薩はまだ仏ではなく、無明があったからだ。そのため、仏は、菩薩道の修行、利益衆生をすることで自慢してはならず、更に謹慎、謙虚になり、懺悔心で修行し、こうして諸如来の正行に修することができると、教えてくれた。少しでも自己満足、自慢があれば、全てはなくなる。厳しく要求したかったら、難しそうだが、簡単だ。教えを聞けばいいのだ。仏の話は明確だったから、意については、菩薩は懺悔しなければならない。自分の身口意に対して確実に謹慎になり、気を引き締める。一分一秒も考えなければ、実践できないから、決して気を緩めてはいけない。

仏法の学習は、外国人の言っているpeacefulのようにリラックスできることだと思う人がいるが、仏はpeacefulや和平を言ったことがない。だから、外国語で仏法を学ぶには難しさがある。仏菩薩の修行の境界を形容する文字がないからだ。無理やりpeacefulを使っても完璧に説明できない。

そして、経典に『善男子、菩薩摩訶薩成就如是行、名為行成就。』がある。これが達成できたら、修行は成就が得られる。実践できなければ、決して成就が得られない。念仏、拝仏をたくさんし、たくさんの人を連れて皈依させることが修行だと思うのは勘違いだ。達摩祖師は梁武帝には功徳がないと言ったのと同じ、成就がない意味だ。仏が教えてくれたことは何れも根拠があり、記録もある。いい加減な発言ではなかった。末法時代にこのことを話す人が少ないのは、末法時代の人にこの修行方法を教えてあげようとしたら、大変だと思われるからだ。今時の人は常に、毎日携帯電話を使ってインターネットアクセスしたり、噂話を聞いたり、他人の良し悪しを話したりしている。毎日、貪瞋痴慢疑の行為に接している。一方、仏法だけが、私たちに影響しないように、多様性に富む万物の現象をコントロールできる。本当は、世界が乱れるほど乱れれば、仏法が必要だ。

仏法は悪行を教えていない。今の生活様式を捨てることも教えていない。離婚、旦那や妻を無視することも教えていない。仏法は、執着しないことを教えてくれた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェは眷属に執着しないと話したことの意味を誤解しないでほしい。誤解して別々の部屋で寝るのは正しくないのだ。『宝積経』の後段に、今生に眷属がいたら、眷属からの要求を拒んではいけないという話がある。そのため、在家衆の場合は、在家衆らしい生活をしなければならない。出家衆の場合は、完全に在家衆らしい生活をしなければならない。仏法を利用して自分の好かない物事を避けたり、解釈したりしてはいけない。この概念を理解しないと、他人に仏法を誹謗する機会を与えてしまう。

女衆が皈依を求める時、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず旦那さんは同意したかと尋ねる。旦那さんの同意がなければ、皈依のことは今すぐしないほうがいい。何故、男性はこんな大きい権力があるのかと、女衆はきっと思うだろう。仏法学習は何故旦那の同意が必要のか。当たり前のことだ。あなたがする全てのことに彼の同意が必要でなければ、彼がする全てのことにもあなたの同意が必要ではない。これは因果だ。仏法を学びたいのはいいことだから、同意してもらえるはずだ。しかし、旦那はあなたの障害になることもあり得る。妻として、やりたいことに相手の同意が不要なら、今後、旦那のやりたいことにもあなたの同意を得る必要がない。これでいいのか。誰でも相手に愛人がいるのが嫌だ。しかし、あなたの全ての行動は全部、旦那は自分の同意があったと知ったら、あなたの善意は理解される。こうしたら、愛人がいるのをあなたに知らせるべき、あなたの同意が必要だと、旦那も自然に思うようになる。

寶吉祥仏法センターはほかの所と違う。ほかの所は『大悲咒』をよく念誦し、自分が妨害されないように眷属に回向することを教えている。しかし、仏経はこう教えていない。リンチェンドルジェ・リンポチェが『大悲咒』を学んだ時もこのように教わらなかった。今に障害が現れるは、あなたが菩薩道の学習と修行をしていないうえで、たくさんの執着を持っており、戒を守らないからだ。それで、全ての心配、悔いの障害が現れる。リンチェンドルジェ・リンポチェが旦那さんの同意を得なさいと言ってあげるのは、あなたたちの障害を取り払ってあげたいからだ。こうしたら、『この上師は違う。私の同意で行かせることを要求しているから、安心できる。』と思う人は多いだろう。

多くの家庭で、仏法学習が反対される一番の理由は、あなたは家のことをしない恐れがあるからだ。また、お金を全部使ってしまう恐れがあるからだ。そのため、寶吉祥仏法センターではランプを灯したり、名札をおいたり、法会にも功徳主を設けたりしない。皆は安心できる。供養したければできるし、したくなくても構わない。『宝積経』の内容は全部、菩薩道の学習と修行に関する方法だ。あなたたちは今日の開示を簡単に思ってはいけない。仏法は世間法に多いに役立っている。この利益は、あなたの気持ちを落ち着かせたり、気のいい人だと思われたりするような些細なこともあるが、最も大事なのは、仏法学習の障害との関連だ。仏法学習の障害を如何に取り除くのか。仏菩薩、上師の助けと加持を除き、自分自身が一番大事だ。

以前、一人の弟子が皈依したかった時、リンチェンドルジェ・リンポチェはお父さんに反対されると教えてあげた。結果はその通りだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは、大丈夫、とにかく待ちなさい、待てばいつかは皈依できると、教えてあげた。とうとう彼は本当に皈依した。もし、当時、彼は話を聞かず、どうしても皈依したかったら、争いが起きただろう。また、巨額の現金を供養したい弟子がいた。現金を持って5回も来たが、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取らなかった。お父さんの同意がなかったからだ。他人の場合は受け取り、その功徳をお父さんに回向すれば、お父さんの気は変わると言ってあげただろう。

上師として、自身の利益のために、衆生に仏を誹謗させてはいかない。皈依弟子だし、お金はお父さんからもらったわけでもなかったから、そもそも、リンチェンドルジェ・リンポチェはその供養を受け取ってもよかった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは大変謹慎だ。その弟子は言わなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは知っていた。このような神通こそすごい。衆生が地獄に堕ちないようにすることができるからだ。後になって彼のお父さんは皈依した。初めてリンチェンドルジェ・リンポチェは以前のことをお父さんのほうに打ち明けた。あなたたちは、リンチェンドルジェ・リンポチェは気性の悪い人だと思うだろうが、実際に、リンチェンドルジェ・リンポチェは我慢強い人だ。たくさんのことを経て我慢してきたから、あなたたちのことを対処することができる。

今日開示した段落の中で、仏は私たちに何の要求もしなかった。ただ修行の過程、次第と経験を言い出しただけだ。やるかやらないか、あなたが決める。仏法の修行は良し悪しもないのだ。成就があるか否かのことしか言わない。成就とは実践のことだ。良し悪しの比較ではない。もし、仏法は良し悪しを講じるとしたら、外道の方法になる。仏法の言っている成就は、自分の生死解脱ができるかどうか、利益衆生ができるかどうかのことだ。できたら、成就だ。できなかったら、成就ではない。しかし、今生において必ず達成できるとは限らない。人の因縁はそれぞれだ。そのため、釈迦牟尼仏は阿弥陀仏を紹介してくれた。皆が間違った所に行ってしまうのを避けたかったから。まずは皆に阿弥陀仏の所できちんと修行させる。そうしたら、間違った所に行くことが避けられる。

胎門を選択する密法は伝授されなかった。また、誰もがこの法門の修行に向いているわけでもないので、今世において決して傲慢になってはならないことが理解できるように、仏は阿弥陀仏を皆に紹介してくれた。学仏者の心念は全て、自分の生生世世において犯した業はたくさんあることを知らなければならない。善業か悪業かにせよ、数年間の努力だけで業力が消えるはずがない。釈迦牟尼仏でも何世も修めてきたから、あなたたちは、何の理由で自分は座禅、或は『六祖壇経』を読むことだけで体得できると思うのか。

『宝積経』は、ジッテン・サムゴンの著作の根本的な精神と条件だ。釈迦牟尼仏が菩薩道を開示するために特別に広めた仏経でもある。どの言葉にも、皆は気を付けなければならない。達成できる程度はポイントではないが、やり始めなければならない。何故なら、仏法は累積によるものだ。直ちに一歩で達成できるものではない。とにかく、毎日行動を取る。いつになったら成就できるかは、あなたに関係がない。仏菩薩にも関係がない。肝心なのは因縁だ。因縁が現れれば、自然に達成できる。因縁が成熟しなければ、求めても無駄だ。焦っても仕方がない。だから、学仏者には上師が必要だ。上師は手伝って心を調整してくれる。心の調整ができると、仏法学習の障害も減っていく。自分の問題は何かが分かるようになる。さもなければ、独りよがりになってしまう。昨日お母さんを連れて来て供養したかった弟子は、それは自分の親孝行、お母さんの福報、健康のためだと思ったが、独りよがりだ。自分は間違ったとは思わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェが一喝してあげた後、やっと目覚めた。

昨日もう一人の弟子がいた。法帯(伝法のカセットテープ)を求めたいから、御捻りを持ってリンチェンドルジェ・リンポチェに供養したが、その時側で仕えていた出家弟子に渡した。彼女の言うには、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女のために、立ち上がらなければならないから、彼女は移動して出家弟子に渡し、出家弟子にリンチェンドルジェ・リンポチェに渡してもらいたかったそうだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女が御捻りを出家弟子に渡すのを待ってから話してもよかったのに。リンチェンドルジェ・リンポチェの視力は大変よいと誰も信じない。視力が悪かったら、彼女が体を移動したのを見えなかっただろう。出家弟子に渡してはいけない意味ではない。出家弟子は供養をもらってはいけないから、渡したら彼女を害してしまうのではないか。

また、上師に供養する時は恭敬心を持つべきだ。乞食にあげるように、いい加減に投げてはいけない。こんなことしたら、乞食でももらってくれない場合がある。その弟子は恭敬心がなかった。跪いて法帯を求め、御捻りも渡したからと言ってリンチェンドルジェ・リンポチェは法帯をあげなければならないと思っていた。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェは同意しなかった。原因は、彼女は仏法に対する恭敬心がなく、聞いたら分かると思っていたからだ。また、昨日一人の出家衆が会見に来た。自分は『共四加行』を聞いたことがあるから、『不共四加行』を修行したいと求めた。聞いたら、分かることなのか。聞いたら、修行になることなのか。聞いたら、悟れることなのか。

リンチェンドルジェ・リンポチェが大変厳しいのは、在家で修行してきたから、自分には大変厳格だ。あなたたちにはまだ優しい。うっかりすることは、昼も夜も心を配って戒行を観察していないからだ。あなたたちは誰も実践していない。やっているとしたら、うっかりすることもないだろう。やっているとしたら、チベットのアキ護法殿に行って帽子を被ったまま入らなかっただろう。とにかく、あなたたちはやっていない。ただ加護を求め、自分の利益、楽しみ、いろんなことを求める。このような人たちは皆戒を破ったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは『宝積経』を広めることを続けないほうがいいだろう。続けば、あなたたちは怖くて来なくなるだろう。経典はこう言っている。衆生を助けるたには、衆生は何を必要としているか、どんな方法で衆生に信じさせて過去において為した業を解消させるかを知らなければならない。だから、念誦を勧めることだけでできることではない。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を率いてアキ護法と回向の儀軌を修め、法会は円満に終了した。弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる開示を感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを見送った。

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2016 年 05 月 09 日 更新