尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年8月2日

法会が始まる前に、ある弟子は、上師が自分と家族を助けたこと、及び皈依の理由、そして過去の悪行悪業に対する懺悔を語る機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

彼女は1972年に家族と一緒にアメリカに移住した。当時、彼女は大学1年生だった。そして、アメリカで教育を受け、働き、家庭を作った。40数年もアメリカに住んでいた。2010年10月、彼女は胆嚢の大手術を受けた後の術後休養をしていた。ある日突然、彼女はあることを思い付いた。その時、彼女の紅教(ニンマ教)の上師も白教の直貢噶舉を受け継いだが、直貢噶舉のことについて話すことは一切なかった。しかし、その日、彼女は大変好奇心が湧いて直貢噶舉の伝承を知りたくなり、インターネットで「直貢噶舉」のキーワードで検索した。その時、尊勝なる直貢チェツァン法王の公式サイトが現れた。中には直貢噶舉の伝承について詳しい記述があり、彼女は拝読した後ノートを取った。

そのサイトを閉じようとしたところ、どの指でどのボタン―を押したかが分からないが、画面は瞬間にチベット仏教直貢噶舉寶吉祥仏法センターの公式サイト「衆生済度の事跡」のページに移った。それは大変不思議なことだった。後になって、寶吉祥仏法センターの公式サイトから尊勝なる直貢チェツァン法王の公式サイトへのリンクはあるが、尊勝なる直貢チェツァン法王の公式サイトから寶吉祥仏法センターの公式サイトへのリンクはないことが、彼女は分かった。今、彼女は当時いったい何をしたかをやってみようと思ってもできない。彼女は、福報が少なくて因縁が浅い、しかも根器が悪い自分を含め、虚空にいる衆生を、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲で済度してくれたことに、誠意を込めて感謝した。

彼女は衆生済度の事績を読んだ後、心は大きな衝撃を受けた。世の中に、こんなに大変不思議で強い力を持っている上師がいるなんて彼女は思った。生老病死の何れの災難と困難を問わず、誰でも誠意と恭敬心を持って祈ったら、この上師は独特な方法で助けて解決してくれる。しかも、この上師はまめに弟子たちを厳しくしつけている。彼女はほかの道場で聞くこともなかったし、見ることもなかった。

その後、彼女は寶吉祥ブループに電話し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの著作「快楽と苦痛」を注文した。拝読した後、彼女は身の程を知らずに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにメールを送った。当時往生して49日も経たなかった母親を済度するようにお願いした。更に母親の代わりに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに供養金を送りたいが、どうしたらよいかと尋ねた。同時に、彼女自分はサラセミア体質であるため、医者も家族も菜食に賛成してくれなかったが、どうしたらリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できるかも尋ねた。

大慈大悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは、その月の施身法法会の時に彼女の母親のために済度すると返事し、彼女のサラセミアは因果であり、菜食とは関係ないと開示した。返事の中にも、ある男性弟子はひどいサラセミアに罹っていたが、皈依して仏法を学んだ後は大きい改善が見られたと述べた。彼女は大変感動、感謝した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自分を加持してくれたから、迷うことはないと、彼女は思った。その日から彼女は菜食を始めた。その後、彼女は母親の供養金を台北のリンチェンドルジェ・リンポチェに送りたかったため、何度も骨董店に手紙や電話で送金の方法を尋ねた。しかし、返事は全くなかった。ほかの道場では済度するのに決まった費用があり、事前に納付しなければならない。皈依弟子でなければ、慈悲のリンチェンドルジェ・リンポチェは供養を受け取らないことが、彼女は後になって分かった。これも、この大修行者は無私無欲で衆生を利益していると彼女は体得した。それから、彼女は何回か夢の中で母親を見た。若い頃の微笑んだ模様だった。自分の母親は慈悲なる、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの済度をもらっていいところに行ったと分かり、彼女には無限の感謝に満ちる気持ちだった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェから、「隨縁皈依」と「真の皈依」の違いについて慈悲なる開示をもらった後、彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは法に従う具徳で有り難い上師だと深く感じ、専念に追随して仏法を学習すべきだと思った。こうして、彼女はこっそりと当時修行していた紅教の道場を離れ、2011年2月中旬にアメリカから台北に戻り、寶吉祥仏法センターに来て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求め、皈依したいと申し込んだ。彼女は、上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる同意に感謝し、2月27日に正式に皈依して寶吉祥の弟子になった。

皈依して間もなく、ある師兄は、かつて自分は夫婦関係で2年間も大変悩まされたことを彼女に話した。ちょうどその期間に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはよく夫婦関係のことについて開示したので、その師兄はリンポチェの開示通りに従って実践した。2年後その悩みは円満に解決され、普通の生活に戻れた。その師兄は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに大変感謝した。その話を聞いて彼女は「その2年間、何回かリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めたか」と聞いたら、その師兄は「1回もなかった」と答えた。彼女は大変驚いた。上師の加持を求めなかったし、個別的な指導をも求めなかったのに、How is it possible?大変不思議に思った。

しかし、それから少し時間が経って同じimpossibleのことが彼女に顕れた。その頃、彼女はアメリカの家にいて常に眩暈を感じた。検査を受けてサラセミアで血色素が7.1までに下がったと医者に告げられた。更に下がり続けると、入院して輸血を受けなければ、命に危険があるため、クリニックに行って採血検査をするように何度も要求された。数年来、彼女は数えきれないほど何回も輸血を受けた。でも、その時彼女は以前みたいな怖さはなかった。輸血を受けないと決意した。ただ、心の中で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを観想していた。リンチェンドルジェ・リンポチェが正知正見の仏法を教えてくれたことに、彼女感謝した。彼女は大変心強かった。死亡の可能性に対面しても怖がらず、心は落ち着いていた。

数日後、家庭医療クリニックの看護婦から電話連絡があった。血色素は正常に戻ったから、再検査に行く必要はないと告げられた。その時、彼女はとても信じれなかった。そして、検査報告上の名前は間違っていないかと看護婦に確認してもらい、間違いなく彼女の名前だった。電話を切って彼女は大変嬉しかった。いつものことだったら、血色素がそれほど低く下がった時、血色素が7.1、7.2、7.3からゆっくりと戻るために、大変長い時間をかけて体調を回復させなければならなかった。それでも、数値はまた下がったりしたし、その場合、正常の指数に回復できるまで3~6月或は更に長い時間が必要だった。しかし、その時、僅か3~5日で彼女の血色素と体調は正常に回復出来た。とても不思議なことだった。彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持に感謝した。彼女はアメリカにいたが、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持力は確かにどんな遠くても届くものだ。

また別のこともあった。彼女の息子はロースクールを卒業する6ヶ月の前に、某弁護士事務所の内定がもらった。通常に、アメリカのロースクール卒業生の半数以上は弁護士の仕事を見つけられないが、彼女の息子は同クラスで100数名の卒業生の中では成績の順位は下位のほうだったのに、早くも卒業の6ヶ月前に理想的な仕事を見つけることができた。クラスメートは大変羨ましかった。全ては尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持に感謝すべきだと、彼女は表した。

皈依後の2、3年間、彼女はいつも祖師ジッテン・サムゴン記念大法会、阿弥陀仏無遮大済度法会、日本とインドの法会の前後に帰って来て参加した。いつも大変急いだ。2、3週間の短期滞在で早くアメリカに戻って家族の世話をしなければならないと、当然なことだと思っていた。一昨年、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めた時に、それまで20年間日本教を信仰して阿弥陀仏と浄土、仏と仏法を中傷した深い罪について懺悔した。その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女に累世の邪見があったから、今世に邪師に出会って邪教を信仰するようになったと開示した。同時にそれらのことを書くように彼女に指示した。

アメリカに帰った後、彼女は報告を書き、念入りにまとめた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは貴重な教えを用いて自分の以前の信仰は大間違いだと教えてくれたことに深く感謝した。それまで、彼女の信仰は五毒を増やすためのもので、生死の輪廻を解脱するのとまったく正反対のものだった。彼女は今になって阿弥陀仏と浄土の殊勝さと有難さがやっと分かった。報告を完成した後、彼女は台北に戻り、恭しくその報告を尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに呈上した。その時、リンポチェはその報告をある出家衆の師兄に渡すように指示した。後から考えて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはその時から、今後の学仏過程を彼女のためにいろんな手配をし始めたと彼女は思えた。ただ彼女は愚かだったから、その時は理解していなかった。

数日後、彼女は先の出家衆の師兄に、その報告を読んが、中にはポイントが書かれなかったと指摘された。彼女は大変びっくりした。ずいぶん時間をかけて何度も修正して数ページの内容にまとめたから、完全な報告になっていたはずなのに、何故ポイントが書かれなかったと指摘されただろうと彼女は思った。その出家衆の師兄はそして、「私たちは稀で有り難い具徳の上師に出会えたのに、帰って来て上師について学仏しなかったら、もったいないのではないか」と彼女に言った。

その出家衆の師兄と話した後、彼女は恥ずかしく思った。いつもバタバタして大法会に参加するため台北に戻って来たが、全く深入りしていなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学習していると口でしていたが、本当は自分自身の思い込みと見せかけだけだった。本当に学べたことは何だろうか。実践したことは何だろうか。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの『仏子行三十七頌』に関する開示を彼女はじっくりと考えた。私たちの累世の眷属は海の波みたいに多くあり、漂って数えきれないほどある。そして、彼女自身を輪廻の苦海から解脱させ、浄土に往生させるために、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを助けてくれるたっだの一人であり、累世累劫でも出会うのが難しい具徳の上師だ。今世の眷属と輪廻の家庭を世話するため、この珍しく有り難い仏法学習の機会をちゃんと把握できなかったら、あまりにも愚かだ、無知だ、この一生を無駄にしてしまうじゃないかと、彼女は思った。

また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも、精進して仏法を学び、浄土に行って修行できたら、衆生を利益することもできると開示したことがある。家族も衆生なので、利益を受けることもできる。更に、上師は何度も仏法学習を人生の最も重要なこととして扱わなければならないと訓戒してくれた。自分は教えに従って修行せず、輪廻の家と今世の眷属を最も大切にしていたことを、彼女は懺悔した。彼女は呈上した報告の中で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対する感謝を繰り返して述べたが、それだけだった。行動で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して本気に仏法を学びたいとの思いはなかった。行動で示さない感謝は偽りで表面的、しかも意味のないものだと、彼女は分かった。これこそ、彼女はポイントを書かなかったと、その師兄が指摘してくれた原因だ。

こうして、彼女は去年4月に旦那さんと相談した。金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教える仏法は大変殊勝であり、毎週の合同修行法会と日本の法会などに参加したいため、自分は6月に台湾に戻って少なくとも3ヶ月滞在して上師について仏法学習をしたいと相談した。旦那さんはどんな反応するかは、その時彼女は知らなかった。以前、顕教を信仰していた時、法師の講経を聞くために外地に1ヶ月行きたいと言ったら、旦那さんはいつも不快な顔をしていたのに、今回は意外にも、旦那さんは、自分で自分の世話をするから、大丈夫だと、何も考えずにすぐOKしてくれた。

彼女は大変嬉しかったが、その場は無理して気持ちを抑えた。旦那さんを3ヶ月離れるのはそんなに嬉しいことかと、旦那さんに誤解されたくなかったから。こうして、彼女は台湾に3ヶ月滞在した。去年9月にアメリカに帰る予定の航空券を持っていたが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生のために殊勝な「瑪尼念誦法門」を開いてくれることになっていたため、彼女は旦那さんに、帰国時間を更に3ヶ月延期することを相談した。それで、彼女は上師に追随して道場で1億回の「瑪尼念誦法門」を円満し、日本京都道場の地藏王菩薩祈福法会にも参加した。アメリカに帰る前に6ヶ月も台湾に滞在した。

彼女には分かっていた。それらの全てが順調になれたことは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な加持と手配のお蔭だった。彼女は罪深い弟子、以前のような表面的な仏法学習では、世の無常と業障が顕れる時に彼女は決して対処できないはずだと、慈悲、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは知っていた。千万元もの負債を抱えている人だったら、毎日1、2時間のパートをして安い給料を稼ぐだけでは、その巨額の債務を返すのはとても無理だということと同じだ。報告を書くように彼女に指示した同時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲の心で彼女のために、後日の仏法学習の過程を手配し、たくさんの障害を排除してくれた。

彼女は、これは私たちが上師を離れてはいけない理由、上師が私たちを必要としているのではなく、私たちには上師が必要だと述べた。今、彼女と旦那さんとの間に共同認識と理解ができた。彼女は毎年必ず台湾に6ヶ月以上滞在する。近い将来に、家族全員が台湾に定住できることを、彼女は期待している。また、彼女も自分をよくするために努力を重ねなければならないと述べた。眷属は自分の仏法学習を阻害しないのがいいのだが、更に大事なのは、仏法を学習するよう彼らを導くことだと、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法座にこう開示したからだ。

彼女は去年6月に台湾に戻る前に、体調が大変悪かった。心臓、胃腸とほかの問題で殆ど食事ができず、睡眠もよく取れなかった。体力は極めて弱くて体重も10キロほど急減した。台湾に戻った後、たくさんの師兄が気遣ってどうしたのか、どうしてこんなに痩せたのかと聞いてくれた。彼女は何か不治の病にでも罹ったのではと、たくさんの師兄が心配してくれた。組長もよく電話で彼女の健康状況を聞いてくれた。その頃に台湾に戻って毎週の合同修行法会に参加し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの莫大な加持力を受けて体がだんだん元気になり、彼女はとても喜んだ。

当時のことを振り返れば、その時仏法学習のために台湾に戻ることを決めなかったら、すぐにでも入院したかもしれない。去年、彼女は台湾に滞在した期間、よく日本食品店に行って日本食品を購買した。たくさんの食品は自分の胃腸の消化によかったと分かったので、日本食品を大量に食べるようにし始めた。ある日、日本ツアーの師兄たちは日本食品に関する経験を話し合った。その時は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのしている全てのことは衆生に最適なことだから、日本食品店で販売されている商品は自分たちに必要な食品という結論が出された。

その原則を以て彼女は1月上旬にアメリカに帰った頃に、十数箱の日本食品を航空便でアメリカに送った。切れそうになる食品があったら、台湾の友達に頼んで買ってアメリカに送ってもらった。暮らしに必要な7つのものはまき、米、燃料、塩、味噌、酢、茶だが、まきを除き、彼女の家で食べるものは全て日本食品だった。時々アメリカのスーパーに行ったが、彼女は果物と野菜以外のものを一切買わなかった。このように日本食品を大量に食べ続けて数ヶ月後、彼女の胃腸の問題は完治したし、心臓の問題もほとんど顕れなかった。食べるのも寝るのも大変よくなり、体は以前よりも元気になった。彼女は以前高価の米国製薬品と健康食品を買っていたが、それらのものも全然食べなくなった。今回、5月中旬に彼女は台北に戻って来た。道場に入ると、彼女は前回に比べて顔色も元気も大分よくなり、去年とは全然違うと、言ってくれる師兄もいた。

彼女が食べた食品の中で一番役立つのはわかめの味噌汁だった。しばらく毎日2パック飲み続けたら、ひどかった胃内ガス貯留の問題も消化の問題も治った。何故そんなに効き目があったか、彼女は驚いて好奇心を抱いた。そして、インターネットで検索したら、この発酵済みの味噌には特に優れたプロバイオティクスが入っており、胃腸の調理に大変効き目があると分かった。奇妙なのは、彼女は以前台湾に戻った時いつも下痢、脱水の不具合があったが、今回は、毎日わかめの味噌汁を2回飲んでいるから、以前あった不具合は全く顕れなかった。

ほかに、彼女の旦那さんは医者で、ここ数年の健康診断でいつもトリグリセリドが基準値を超えて300以上だという結果を出した。同じ医者である同僚にトリグリセリドを下げる薬を飲むように勧められた。その薬はアメリカで医者を含めるたくさんの人が飲んでいる薬だが、肝臓と腎臓に悪影響を及ぼすので、彼女の旦那さんは大変迷っていた。去年初、彼女は1000ccの保温瓶にお湯と1粒プーアル茶を入れて旦那さんの毎日出勤の時に持たせた。旦那さんは6ヶ月中断せずに飲み続けた後、再検査の報告で高かったトリグリセリドは基準値の200までに下がった。これで薬飲むか飲まないかと旦那さんは悩まずに済んだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはコストを惜しまず、損を出しても最適な食品と食材を探して皆に与えることに感謝しなければならないと、彼女は分かっていた。

今年5月、彼女の台湾帰国前に、家庭会議で息子のために宝石店でロゴの入る指輪を購入することに決めた。このような宝をあげることは、ほかの金銭、物品よりも遥かに意義があると思ったからだ。このロゴの指輪を通して息子にも、リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法を学ぶ因縁と福報ができたらと、彼女は望んだ。

この機会で、彼女は懺悔を表した。「自分は若い頃、責任を恐れて中絶を2回した。流産も1回した。慈悲心がなくて、ゴキブリ、アリ、蚊、ハエ、蚤など無数の衆生を殺し、鶏、家鴨、ガチョウといろんな魚介類などの衆生の肉をも食べた。貪瞋痴慢疑、両舌、邪淫、悪口、盗みなどいろいろな悪行も犯した。私は今ここで懺悔し、今後一切犯さないことを決意する。」

彼女は更に深く懺悔した。「貪瞋痴で日本の邪教を20年も長く信仰していた。仏陀を信じず、阿弥陀仏と浄土を中傷した。自分が信じていたほか、他人にも信じるように教えた。その罪は大変重い。今は幸いにも、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できた。さもなければ、将来の運命はとても考えられない。更に懺悔しなければならないのは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対して本当の恭敬心、懺悔心、感謝の心を持っていなかったことだ。多くのことについては、常に当たり前だと思い、教えに従って修行しなかった。皈依の当初も加護、加持を求めるような心構えで仏法を学んでいた。凡人の考えと観点で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを批判したこともある。それらの悪言、悪行を思い出して自分は懺悔を繰り返さなければならないし、この一生をかけても、自分に大恩大徳のある尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対して恭しく祈り、懺悔しなければならない。」最後に、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が健康で、法輪が常転し、この世に常住すると共に、仏法事業が興隆になり、そして直貢噶舉派の法脈が永遠に伝承されることを祈った。

続いては3人の出家弟子の話。

一番目の出家弟子は、ここで懺悔する機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。「近頃、注意深く上師に仕えなかった3人の師兄がいた。最初は上師のための食膳の用意に関する連絡に遅延があり、それで食膳の用意は間に合わなかった。上師が1時間修法した後の休憩時間に、お茶を差し上げるのに間に合わなかった。そして、上師の休憩室の門番を担当する師兄はドアを閉めず、上師の休憩に影響を与えたうえで、上師は休んでいるという理由で協力せず、遅れて運ばれて来たお茶を上師に差し上げなかった。その3人の師兄のしたことで、上師は連続の修法で苦労した後も飲むお茶がなく、落ち着いて休むこともできなかった。3人とも責務を果たせなかったし、恭敬心、共感する心で上師に奉仕しなかった。上師に大変悪いことをした。

寶吉祥の弟子たちは幸いにも今世において、仏と同様に慈悲の上師リンチェンドルジェ・リンポチェに追随して仏法の学習ができたから、上師を大切にするよう、師兄の皆さんと励み合いたい。」彼女も尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。「当時、自分は現場の信衆のためにお茶を差し上げていたが、上師は飲むお茶があったかどうかには気遣わなかったし、上師の休憩室を入念に観察もしなかったので、適時に師兄たちに注意できなかった。それらの作業は法務チームの師兄が担当していたとはいえ、皆の上師だから、その3人の師兄は皆の代わりのことをしただけ、彼らができなかったことは、皆ができなかったのと同じだ。」と彼女は心から深く懺悔した。「皈依して長い時間も経ったが、上師に仕える、この最も基本的なことも謹んで実践していない。上師が心を込めて教えてくれた恩徳には本当に申し訳ない。自分はリンチェンドルジェ・リンポチェに申し訳ないことをした。自分は過ちを犯した。

実際に、上師は自身の手本を見せてくれた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは自身で尊勝なる直貢チェツァン法王に奉仕していた。以前尊勝なる直貢チェツァン法王がインドに帰る度に、必ずニューデリーを経由して車で仏寺に帰るようにしていた。尊勝なる直貢チェツァン法王はホテルに泊まるのを惜しんでいつもチベット人の住む所に泊まった。そしてチベット人は尊勝なる直貢チェツァン法王が来ているのを知り、いつも全員で会見を求めて行った。そうしたら、尊勝なる直貢チェツァン法王は休む時間が取れなくなった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはその状況を見て上師の体によくないと思ったので、尊勝なる直貢チェツァン法王のためにニューデリーで1軒の家を買った。当時の価値は800数万台湾元くらいの家だった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェ自身は家を持っていなかったが、尊勝なる直貢チェツァン法王に家を供養した。上師は自分の命よりも大事であり、自分のちょっとした不注意で尊勝なる直貢チェツァン法王に苦労をさせてはいけないと、リンチェンドルジェ・リンポチェは思ったからだ。

その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王と一緒に物件を見に行った。インドでは最も暑い6月だった。街中に至って陰のある所であってもオーブンみたいに暑かった。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師に仕えるのにいつも全力を尽くしていた。自分のことを考えず、困難があってもなんどかして解決したし、何事に対しても心力を尽くして完成させた。尊勝なる直貢チェツァン法王はかつて、リンチェンドルジェ・リンポチェは大変慎重な人であり、いつでも上師の立場に立って物事を考えると言ったことがある。それに対して自分はどうだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して十数年にもなったが、いつも上師の保護のもとで暮らし、苦労したこともなく、何から何まで上師の支えに頼って来た。何も心配したことはないし、人の痛みも全く知らなかったから、心から上師の苦労を体得することもせず、心で上師に奉仕することもなかった。」

彼女は、弟子たちに殊勝な機会教育を与えることに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。上師の偉大な知恵を賞賛する同時に、彼女は、今後は決して同じような過ちを犯してはいけないと警戒しようと、師兄たちと励み合った。「上師は寶吉祥仏法センターの弟子の上師だけではない。無辺無際の苦難衆生にも必要な上師だ。上師によく奉仕し、上師が全身全霊で衆生を済度し、衆生に離苦得楽をさせることができるようにすることも、衆生の代わりにすることだ。」

彼女は更に「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教法は殊勝で有り難いものだ。衆生のため、弟子のため、自身の健康と命をも惜しまない。こんな無私無我の上師は仏と同じだ。」と賞賛した。また、彼女は再び呼びかけた。「今からすぐ、教えに従って修行し、上師に感謝し、敬うよい弟子になろう。上師を最上位に置き、上師を自分の命よりも重要視しよう。こすることだけで上師が弟子にくれた恩徳に報うことができる。」最後に、彼女は十方法界の全ての衆生の代わりに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、法輪が常転し、この世に常住すると共に、仏法事業が円満、興隆になることを祈った。

そして、二番目の出家弟子は、上師の功徳と殊勝で慈悲の教法を語る機会が与えられたことに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。「7月16日、上師は道場で施身法を修めて1時間後、休憩室に行って20分間の休憩を取ろうとしたが、弟子たちの不注意で、上師はその20分間に全く休憩が取れなかったし、水も飲めず、何も食べれなかった。しかもその後は更に1時間の修法を続けた。上師は大変慈悲の方で、担当者の3人の師兄に、7月20日に道場に来るように指示した。片手で保温瓶を鈴の代わりに持たせ、片手で鼓を持たせて持咒しながら鈴と鼓を揺らさせた。あの日上師の修法時間と同じく、連続2時間で、その間に20分間の休みを挟んだ。更に各チームに50人ずつの師兄を道場に出すように指示し、また翌日にも各チームに更に別の50人の師兄を道場に出すように指示し、その3人の師兄に同じことをさせた。

自分はその連絡をもらった時に。『上師は慈悲の方だ、普段は話、叱りなどいろんな善巧方便を使い、仏法の貴重さを弟子たちに伝えようとしている。しかし、皆は木や石のように固くて何も聞き入れない。今、上師は役割の交換で弟子たちに上師の苦労を体得させ、弟子たち自身の問題を理解させたいのだ。』と思った。

本当は、弟子は上師の修法の苦労を体得できないのだ。それは、上師の修法において一番苦労するのが、上師の心は観想しながら、功徳、福報、エネルギーを衆生に布施することだからだ。このことの千万分の一も弟子は全く体得できないから、最も苦労する。』そして、『どうしてこんなにたくさんの師兄にこの件に参与させるだろうか。』とも思った。理監事の説明を聞いた後、自分は初めて上師の教化は本当にも神の技のようなものだと分かった。

誰もが毎日同じ過ちを犯して自覚がないのだ。皆は一体となっている。上師は衆生を加持する時、平等であり、区別する心もない。それに対して衆生はいつもそっちやこっちと区別する心のもとで生きており、24時間、一分一秒も、自我を中心とする思考から離れたことはない。しかも、弟子に対して大恩大徳のある上師は弟子、一切の衆生のために修法をしてくれても、弟子は上師の立場に立ってその苦労を気遣ったり、思ったりもしないし、上師は何を必要としているかも考えない。適切に手配されないことはないのかも注意しない。上師の動線はスムーズなのかについても気配りしない。いつでも私は私、上師は上師、何も自分に関係ないと思うし、何に対しても関心を持たない。身勝手に振る舞う。だから、上師には1000人以上の弟子もいるのに、常にほったらかしにされており、何かがある時、役立つ人は1人もいない。

先の話の中にあった3人の師兄は、自分は分からない、上師は指示しなかったという言い訳もしたのと同じ、弟子たちは叱られる、処罰されるのを恐れて自分を守りたいから、いつも言い訳をする。皆さんに1つの質問を尋ねる。もし今日、上師は法座に座って甘露丸を師兄の皆さんに渡していたら、道場で上師から一番遠く離れる所にいる師兄でもそのことは分かって自分にももらえると思うだろうし、来ていない家族のためにも1つもらいたいと思うだろう。それに、現場に来ていない師兄も法会の後にもらっていいかと聞くだろう。皆には時間と空間の障害がない。必ずこのことを知るだろう。

しかし今日上師は法座に座って修法した。弟子はきちんと上師に仕えなかったことを話すと、どの師兄もすぐ自分を最小に縮小してすぐ自分には分からなかったとか、見なかったとか、ちょうどほかのことをしていたからわからなかったとか、距離が遠かったからわからなかったとかなど、いろんな理由を言うようになる。皆は権利を求める時、自分を最大限に膨張するが、責任を負う時は却って責任範囲を最小限に収めた。孫悟空が如意金箍棒を任意に伸ばしたり、縮めたりするようなことだ。決めるのが自分だ。知るか知るまいか、責任を取ろうか取るまいか、決めるのが自分だ。

上師は、法界の衆生は一体となっていると開示した。それなのに、皆は自己のことしか考えず、完全に自己の世界に生きている。起心動念の全ても自我のことばかり、自己を捨てる時は一瞬もないし、出離心、慈悲心も自分には全く関係ないと思う。しかし、上師はいつでも、全ての意念を弟子に置いている。それに対し、弟子は上師、他人のことを自分の意念に置く時が全くない。我が考えは見濁であることも分からない。広い法界、宇宙観からゴマほど微々たる己を取るが、浩蕩たる際のない真実の法界を無視、放棄するようにしている。これは何故上師は衆生の問題、需要が分かるが、弟子はいつになっても上師の苦労、教法と恩徳が理解できない原因だ。

68歳にもなった長者の身で13社の企業、100数名の従業員、1000数名の弟子のことを扱っているうえで、果てのない教派の財務の重い負担をも担っている。また、法界虚空にいる無量無辺の衆生の苦難と需要を入念に世話するほか、弟子が成仏できるまで生生世世の責任をも背負っている。このように、自ら衆生の世話を丹念にしてくれる仏菩薩は私たちの周りにいる。それでも、皆は共感、感謝の心を持つことができなかったら、仏、国、衆生の恩情を体得することもできないだろう。自分の福祉だけを重視し、他人はどうでもいいと思っていたら、六道の衆生の苦しみを体得することもあり得ないし、代わりにその苦しみを受けてあげる、自分の最高のもので他人の最悪とを交換するような自他交換というのも無理だ。人間として基本の条件でさえ満たせないなら、上師の教えた仏法は根差して萌えたつことも、実ることもできないだろう。何もあり得ないのだ。

衆生に真の仏法を理解させるため、上師は自分の色身で最大の犠牲をし、最適の手本を見せてくれた。上師は自己保護を決してしない。仏法のために、自身を犠牲しても惜しまないが、弟子たちはいつになったら、自分を捨て、自己保護をせず、自己中心的、身勝手な考えを直すことができるだろうか。自分を捨てなければ、いつになっても無我、法界、空性、慈悲、菩提心を体得することはできない。こうでもなれば、本当の仏法に触れることもあり得ない。今日、その3人の師兄は弟子全員に代わって上師に仕えたが、本当は皆が同じ間違いを犯して上師にきちんと仕えなかった。彼らが皆に代わって罰を受けたのを見ても何も思わなかったら、あまりにも感覚、慚愧、廉恥がない、恩も知らないのだ。この件について、皆でよく反省し、検討と改善を図ろう、これ以上、上師が仏法を教えてくれた苦心を裏切らないようにしよう。」最後に、彼女は尊き上師の法体が安康で、法輪が常転し、一切、無量の有情衆生を利益することを祈った。

三番目の出家弟子は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが善巧方便を用いて弟子を教化することに感謝した。「今回、その3人の師兄が犯した過ちは、実は弟子たち全員の代わりに犯したものだ。」彼女は、その3人の師兄が皆の問題を暴き、上師に対処してもらったことに感謝した。「何れの弟子も上師に仕えるような基本的なことを実践していないし、上師に対していつも好き放題に求めている。病気、苦しみ、困難があったら、すぐ上師の加持を求める。上師も人間の体で、年を取っているから休憩、休養をして体を壊さないようにしなければならないことを忘れている。全部の弟子の意念、思想、行為が共業を形成し、その3人の師兄を通じて顕れただけだ。更に言うと、これは今時の人間の共通の問題だ。

親と師長に奉仕するのは人間として一番基本的な倫理であり、古代の中国でこれは教える必要もないことだった。当たり前だと人々が普通にしていたことだった。しかし、いつの間にか、人の善根が薄くなりつつなり、中国人でさえこの最も基本的な倫理をすっかり忘れてしまい、西洋の愛の教育に従うようになった。親と師長に奉仕することも知らず、子供にこれを教える親もいなくなった。

本来なら、親は子供が小さい頃から親に仕えるように指導、訓練べきだった。こうすれば、子供は大きくなったら、自然に師長に仕えるようなる。振り返ってみよう、子供から大人になるまで、朝晩親の世話をして安否を伺ったり、親は寒いか暑いかを気に掛けたり、親に飲食と服薬の世話をしたり、親の生活にいろいろと気を配ったりする人が、果たして何人いるだろうか。私たちの親はこんなことを教えてくれただろうか。実際に、大体の親は子供に仕えている。これは全く正反対の状況ではないだろうか。だから、私たちは大人になっても師長に仕えることができないのだ。皆は幸運にも、金剛乗の上師に出会えた。それでも、師長に仕えることもできないなら、大変不幸なことだ。本来なら、金剛乗は修行の最上乗にあり、学仏したい人を速く成仏させることができる。しかし今皆は人間として一番基本のこともできないから、金剛乗の修行もできるわけがない。そのため、一番基本の所から教えてもらうよう上師に迷惑をかけなければならない。人道ができたからこそ、仏道ができるのだ。つまり、皆は宝山の中にいて上師は私たちに無数の宝を伝えたいが、私たちはそれを受け止める能力がないことだ。」

そして、彼女は現場の親になった参加者に、「上師と同じように自分の子女を鍛る人は何人いるか」と聞いた。「そのような視野と見解を持っている人は一人もいないだろうと、私は思う。皆は子供は小さいから何も分からい、親にやさしくしなくても構わないと思っているだろう。ちょっとしたことで、子供を苦労させる必要はないとか、子供を虐待する親でも思われてはいけないとかを言ってそうはしないだろう。だから、私たちより若い世代は皆と同じ、凡庸な人間になるし、棟梁之材が出るどころか、馬鹿者が出るかもしれない。棟梁之材とは高度知識者、ハイテク技術者、或は社会でより上級の地位を有する人のことではない。高い道徳を有し、社会の改善のと人民の利益を図る思想を持ち、衆生を済度したい情操と共に大衆を統括できる福徳と知恵を持つ者こそ、棟梁之材と呼べるのだ。そうでなければ、誰でも凡庸な人間で、いくらの上級者でも生活のために金儲けをしているだけだ。

今、周りの環境を見ると、警戒すべき現象がたくさんある。うつ病に罹った青少年、性格が反抗的な子供、自殺した若者、親を殺した子女、地下鉄の殺人魔、異常心理の殺人者、そして親が自分の意思通りにしてくれなかったら、家中の全てのものをぶっ壊した人など、たくさんいる。それらの人は大体、子供時代に苦労したこともなく、親の丁寧な世話を受け、ほしいものなら何でも手に入った者だ。道理から言えば、彼らはなお一層親に感謝すべきじゃないのか。それなのに、許されない犯行をしてしまったのは何故だ。親に育てられた馬鹿者だからだ。

逆に古代の中国ではうつ病も、反抗のような名詞もなかった。親不孝の人は必ず近所の人々に非難されたし、親を殺す人も決して国に許されず、最も厳しい懲罰を受けさせられた。あの頃の物質は豊かではなかったが、誰もが親孝行をし、敬う気持ちで師長に仕えていた。だから、人々の心は安定で、異常心理の人は稀だった。親孝行も、師長への奉仕も倫理であり、人間の天性に一致するものだから、自然に人々の心は安定だった。今時の人はあれほど問題が多いのは、人間の天性を違反しているからだ。親が子供に仕えても愛の教育だと思いこんだからだ。実に、それは子供の心理に狂わせる原動力であり、人間の天性を違反したものだからだ。

もし、わたしたちは上師に尊敬しなくても、上師は私たちを処罰しなかったら、私たちは将来になって心が狂ってしまうだろうね。これは冗談話だが、少なくとも私たちは人間の天性を違反したから、後日の修行においてきっと成就することができない。上師が私たちにくれた恩情は山のように大きく、報うこともできないのだ。もし、食事も服薬の程度のことも仕えられないなら、私たちには仏法学習の資格がないし、金剛乗を修行する資格もあるまい。」最後に、彼女は再び、上師の慈悲なる指導に感謝した。並びに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体が安康で、この世に常住すること、そして仏法事業の興隆と円満を祈った。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上がって施身法法会を執り行い、修法の前に参加の大衆に貴重な仏法を開示した。

「今日修めるのは施身法。以前にも開示したが、あなたたちは年のせいで健忘症にもなるかを心配して今日はもう一度開示する。チベット語の中で施身法はChod、切断の意味だ。つまり、知恵を用いて悩みを断ち切ることだ。悩みを断ち切らなければ、今世に成就することはできないからだ。釈迦牟尼仏の分類によると、悩みは8万4千種ほどもあるから、8万4千種の法門がある。

天台宗と唯識宗の修行の観点から見れば、人間に51個の心所がある。何れの心所も有情衆生の悩みがある。有情衆生の悩みは全て貪瞋痴から生まれるため、51個の心所を断ち切る、或は止めることができなかったら、私たちの悩みは絶えずに生まれるのだ。顕教の修行だったら、51個の心所を断ち切るのに、かなり長い時間がかかる。そのため、『華厳経』には、善財童子が見性まで修行できた後、彼の上師は大成就者全員を訪れるように彼に要求した。それらの成就者は皆密法の修行をしていた。だから、顕教では、華厳は密法だという言い方がある。何故五十三参があったか。何れの参りも悩みを断ち切ること、心所を停止することを彼に教えたからだ。51ヶ心所の後には更に2つあったが、その2つは有余涅槃と無余涅槃に係っており、つまり、仏の境界だ。

単に『華厳経』を修めるでは、平凡な身から菩薩の果位が証得できるまで、一生一世だけで簡単にできることではない。顕教の経典によると、平凡な人間から仏果が修得できるまで、三大阿僧祇劫を経る必要があるそうだ。劫とは、地球は成住壊空であるものだ。空の後、1回の繰り返しは一小劫という。そのため、一小劫の時間は大変長い。三大阿僧祇劫は昔のインド人の数字だったが、今は定義として確かな翻訳がないが、仏の観念から言えば、平凡な人間はたくさんの億万年の修行を経なければ、成仏の資格はないということだ。

釈迦牟尼仏は仏法を広めて49年、初転法輪はまず四聖諦法と十二因縁法だった。何故最初に金剛乗を話さなかったか。それは、釈迦牟尼仏が初転法輪の当時、インドには各種多くの外道があり、それらの外道に仏法を体得させることはとても簡単ではなかったからだ。そのため、釈迦牟尼仏は、根本から人間が体得できる苦しみを起点としてそれらの修行者に教えたかった。

インドにそれほど多い修行者がいたのは、インドは大昔からはっきりしたカースト(身分制度)、即ちバルナ(四種姓)があったからだ。賎民であれば、生生世世が賎民で変わることはない。今時の社会になっても同じ、賎民は滅多に地位を変える機会がない。海外にでも移住しない限り、インド国内では機会が殆どない。だから、皆は苦しんでいる。昔、インド人は修行して苦しみから解脱したかった。インドの修行者は皆輪廻のことを知っていたが、何が衆生を輪廻させたのかは分からなかったし、輪廻を断ち切ることもできなかった。そのため、インド人の修行には数多くの変わった現象があった。例えば、近代に右手を挙げたまま下ろさななかった修行者がいた。その人は関節が固くなったので、今になって右手を下すことはできなくなった。これは苦行の方法で修行した例だ。

49年間、釈迦牟尼仏の弘法は何れも顕教からの出発だった。顕教は、仏法の基本理論を衆生に開示しているが、成仏するには、方法が当然必要だ。顕教の方法で修めるのはもちろんダメだということはないが、衆生にはあまりにも長い時間が必要だ。仏は経典の中で密法に触れなかったと言う人は多いが、実に数多くの経典には金剛乗の跡が見られる。金剛乗を修めなければ、仏の話は変だと思ってしまう。それは、解釈がないからだ。文字を通じて経文内の境界を理解しようと思っても体得はできないのだ。当てるしかない。これやあれかもしれないくらいのことしか思えない。

例えば、禅宗が言った『軽安』は今でも定論がない。多くの能下の話した内容がはっきりしなかったからだ。禅宗は『軽安」に触れたが、その境界に達さなければ、言うことでさえできないし、たくさんの理由を言っても解釈できないのだ。あなたたちの分かる言い方で『軽安』を説明することができたら、悩みを抑える能力があることだ。しかし、悩みを断ち切るまでには至らない。悩みを抑えられたら、清浄な本性はインスピレーションみたいに顕れるが、その瞬間に消える。このように解釈したら、あなたたちはちょっとでも体得できるだろう。さもなければ、体認できるどころか、体が大変軽くなり、どこかに安住することだろうかと、あなたたちは思ってしまう。実は、違うのだ。

でも、大印契で『軽安』を解釈すれば、より簡単になる。大印契には4つの次第、専一瑜伽、離戯瑜伽、一眛瑜伽、無修瑜伽に分かれている。禅宗が言う『軽安』の境界だったら、大印契の専一瑜伽の三つ目の次第から離戲瑜伽の1つ目の境界に入る頃に、『軽安』を体得することができるだろう。『軽安』は決して肉体の感覚ではないし、意識面の感覚でもない。この2つとは全く関係がないのだ。

禅の学習はもし意識面で感じられたものだったら、天台宗は顕れなかっただろう。天台宗は、私たちの意識を細かく分析して1つ1つ消して行く。天台宗が没落したのは、現代の人は修行するのにそれほど多くの時間がないからだ。現代人、出家者を含め、誰でも大変忙しいから、天台宗はだんだん衰退した。それなりの原因があるのだ。天台宗は大変細かかった。唯識宗よりも細かかった。この2つの宗派はだんだん衰えた。一方、禅宗は未だに存在しているのは、簡単だという感覚を思わせるからだ。毎日は瞑想して話頭を参究し、『山を見る時、山を見る。山を見る時、山を見ない。』だけを考えればよいというふうに思わせるからだ。実際に、話頭の参究で空性が悟れるわけではなし、ずっと話頭を参究し続けたら、空性が証得できるわけでもない。話頭を参究することは持咒、念仏と同じ意味、全ての定力を1つの点に集中することだ。

あなたたちは今日、この話を聞いて役立つだと分かっただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは大変長い間この開示をしなかった。どの法門にせよ、修行は何れも、私たちの未来の修行を阻害する障害を取り除くよう、生生世世の悪業を排除するのが目的だ。ここで、皆ははっきりと聞きなさい。悪業の果報を消すのではなく、障害を消すのだ。業障を消すことは悪い果報を消すという観念を持っている人は多いが、それは正しくない。悪い果をなくすことができたなら、仏は分かりやすく話しただろう。仏は業障を消すと言っていたが、果報の障害を消すとか、果報の障害は甘美のものだとか言わなかったし、仏教の中でもそんなことに触れなかった。一体、業障は何を指しているのか。障は何だろうか。善業も悪業も私たちの修行の障害だ。業障を消すとは、業のエネルギーと力で私たちの仏法学習と修行が阻害されないようにすることだ。

仏法を学習する人なら、特に金剛乗、菩薩乗を修行する人だったら、果報の成熟を心配しないのだ。『菩薩畏因、凡夫畏果』の意味は、菩薩は悪い因を植えることが避けたいが、それに対して、凡人は、因から果が生まれることを信じないから、果を恐れて逆方向から修行することだ。多くの経典の中で、釈迦牟尼仏は何度も密法について話した。

近頃、リンチェンドルジェ・リンポチェは『宝積経』を拝読した時、釈迦牟尼仏の開示した不動仏の仏土の境界を読んだ。その中に金剛乗の行者が修めなければならない1つの法門がある。経文にある言葉はごく簡単だが、俗人が読んだら、念頭が生じないように自分の心を訓練することかと思ってしまうが。密法の修行をした人だったら、読む途端に経典に明白な記述があるとすぐ分かる。密法の学習も修行もしたことがなかったら、完全に物語を読むような感覚で、あり得ないのだ、実践するのが無理だと思ってしまう。虚空蔵菩薩咒は、顕教を学習する人のために唱えられる真言だ。昼間は自分の思想と行為を控えることができるが、夜になったら、夢見るのを控えられないからだ。そのため、顕教は十小咒の1つ、虚空蔵菩薩咒に頼らなければならない。一方、金剛乗は六字大明咒と金剛薩埵咒の真言に頼らなければならない。この2つの真言を少しでも相応ができるまで唱えられたら、自然に各法本の言った通りに悪夢を見ることもなくなる。

今日修める施身法は、悩みを断ち切って私たちの福と知恵の資糧を蓄積するためのものだ。業を転化するにせよ、生死を断つにせよ、何れにしても福と知恵の資糧がなくてはできないのだ。だから、施身法は速成の法門であり、この資糧を速く得るように皆に役立つ。施身法の法本はあるチベットの女性瑜伽士が書いたものだ。その女性は独立して1つの伝承となり、結婚して子供を作った。聖号はマジラ尊者。彼女がチベットにある最初の仏寺は未だに存在している。直貢梯寺から遠くない所にある。マジラ尊者はチベットで、仏法についてインドの修行者が尋ねた最初の女性瑜伽士だった。

施身法法本の顕教理論は『大般若経』に基づいたものだ。『大般若経』は釈迦牟尼仏が話した経典の中で量が最も多い一部だった。その中で空性の境界と心構え、及び菩薩道と成仏の成就に対する空性の大切さを繰り返し続けた。『大般若経』を最後まで完全に読むのがとても容易なことではない。また、マジラ尊者も金剛乗の一部を使ったことがある。金剛乗を学ぶには、四部、つまり事部、行部、瑜伽部、無上瑜伽部を学ぶ必要がある。一方、施身法に事部、行部と瑜伽部が含まれている。事部は身口意とも本尊の慈悲と菩提心を学ぶこと、行部は全ての行動、外見などとも本尊に見倣うこと、瑜伽部はあらゆる気脈明点を含むこと。無上瑜伽部については、伝わらないから、ここで話さない。あなたたちにはそれを学ぶ資格を持っていない。

施身法に金剛乗の三部が含まれているし、最も尊貴な済度法であるポワ法も含まれている。密法の修行にも四部、すなわち息(息災)、懐(懐柔)、増(権勢増加)、誅がある。仏法を傷つける衆生がいる場合、誅法を修めたらいい。施身法は息法と懐法を含んでいるため、施身法を常に修める行者に、累世の冤親債主は更に傷つけたりしない。

法会に参加したら、健康は直ちによくなると思う人が多いが、実はそうではないのだ。例えば、定業で死ぬべきだった人は、十分な時間が与えられるよう、法会参加の後も病気が続く。法会に参加して冤親債主を済度したのに、何故まだ病気になるだろうかと、疑問を持つ人が多い。道理は簡単だ。人間は大きい病気に罹った後、体の調理にかなりの時間が必要だ。同じ道理だから、あなたたちは法会に参加したら、体はすぐよくなると、何故思うか。あり得ないことだ。次の解釈だが、祖師ジッテン・サムゴンが開示したように、多くの人は修行者の助けをもらったら、自分はよくなる、それで十分だと思い、仏法を学習しなくなり、よく修行しようとしなくなる。これは精進しないこと、衆生を利益したい心がないことだ。

人間に病気、いろんなことが起きるのは、福報を使い切って来ているからだ。借金ができるのは、お金で困るからだということのようだ。借金ができたら、2つの段階に分けて、まずはお金を稼いで借金を返すことだ。完全に返したら、初めてお金を貯める資格ができるのだ。仏法も同じ観念、借りを返すことだ。仏菩薩には返すお金がないし、リンチェンドルジェ・リンポチェもこんなたくさんの人のために返すのに十分なお金を持っていないし、どうしよう。だから、あなたたちを代表してリンチェンドルジェ・リンポチェの毎回の修法は、その都度にあなたたちのために少しを稼いであなたたちの借りを返している。借りを返せることは体がきっと丈夫になることではなく、お金を稼ぐことだ。どうやって稼ぐだろうか。教えをきちんと聞き入れ、仏法を学んで修行するのだ。教えにも従わず、修行もしないなら、福報は累積できない。福報の累積ができなかったら、過去においてなした悪因が成熟すると、果報はまた顕れる。

経緯は以上の通りだ。あなたたちの思ったように、1回の法会で全ての問題が解決できるわけがない。前世はともかく、今世のことでも10本の指に10本のつま先を足しても自分がなした悪業を数えても数えきれないのだ。1回の法会で解決できるなんて思ってはいけない。法会に参加したら、修行しなくていいと思うのは、あまりにも都合のいいことだ。法会に参加することで修行せずに済むことだったら、リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日、勤勉に修行することもなかっただろう。もう修行しない、閉関しないと、誰よりもいち早く言い出したはずだ。あなたたちはリンチェンドルジェ・リンポチェに頼ればよいと思うかもしれないが、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちを1回救うことができても、2回救うことはできないのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの加持があったら、冤親債主に害されないと、あなたたちは思ってはいけない。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちの冤親債主を済度してあげられても、あなたたちは必ずしもよくなるとは限らない。あなたたちを傷つけることをそれらの冤親債主にさせないだけだ。しかし、あなたたちには過去において数千世、数万世もあったかもしれない。今世にいてどれくらいの過ちを犯したか、それでさえ覚えられないから、数万世以前ことを知るわけもない。時間になると、あなたたちの冤親債主は地球に近い別の惑星からぶつけて来る。効果がない、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲ではない、仏陀は慈悲ではないと口業を犯す人はいるが、リンチェンドルジェ・リンポチェと仏陀に何の関係があるだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェも仏陀もあなたたちに教えてあげたのに、あなたたちはやらないから、それはあなたたちの自業自得だ。

数週間前に話した皈依して十数年になったその弟子のことだが、皈依して長年にもなったのに、病気になった。彼女に大礼拝をさせたが、彼女はちょっとでもしたら、すぐ周りを見回した。明らかに自分自身はやりたがらず、何から何まで仏菩薩に頼りたかった。仏経は私たちに、どんなことでも仏菩薩に頼んでよいと言わなかった。ただ修行、順従、実践の必要性を繰り返しただけ。それなのに、あなたたちは何もやらない。今日、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちのために施身法を修めたが、まずはあなたたちの福報を少しでも蓄積させたい。しかし、それらの福報はあなたたちの仏法学習のためのものだ。仏菩薩を利用し終えたら、自分には関係ないから、姿を消そうと思ってはならない。あなたたちがいなくなっても、リンチェンドルジェ・リンポチェに関係のあることではないが、中国人がよく言う『いざとなると仏の足にすがりつく』のように、問題があったら、また求めに来る。その時はもう間に合わないのだ。業力も定業も成熟になった以上、仏でもそれを果報に変えることはできないのだ。もし、仏は果報を消すことができるとしたら、因果の法則が乱れてしまう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週、仏法を開示しているが、福報を稼げるようあなたたちに機会を与えているのだ。だから、あなたたちは法会に参加したら、福報ができると思ってはならない。心が間違っていれば、無駄だ。懺悔心、供養心、慈悲心がなければ、法会に参加しても人天福報くらいが得られるだけ、悪くてもペットの福報くらいのものが得られるだけだ。何故はペットの福報だろうか。信じないことは貪瞋痴の痴だから、畜生道に堕ちる可能性があるが、法会に参加したから、ちょっとした福報が得られる。その差別は、犬に生まれ変わる場合、ほかの人は野良犬になるが、あなたたちは子供扱いにされる犬になる。

畜生道に堕ちるかどうか分かるだろうか。簡単なことだ。死ぬ前に老人性認知症、コマ、何もわからない場合、99%は畜生道に堕ちる。決して難しいことではないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたたちのために修法するが、それは自身の能力と願力で皆を助けているだけだ。その後、あなたたちがどうするかは、あなたたちの決定であり、リンチェンドルジェ・リンポチェにも、仏菩薩にも関係はないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、仏菩薩は慈悲だとよく開示しているが、何故未だに苦しんでいる、事故に遭う衆生が多いだろうか。因縁がないからだ。

昨日、ある女性のお年寄りがリンチェンドルジェ・リンポチェに会見を求めに来た。彼女は1年前に法会に参加したことがある。その後突然に来なくなった。理由は家のことで大変忙しくて時間がなかったそうだ。今、彼女が来たのは、旦那さんが突然に事故に遭ってコマになって入院している。旦那さんに目を覚ますようにリンチェンドルジェ・リンポチェにお願いしたいからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、それは苦しい時の神頼みだ、リンチェンドルジェ・リンポチェにも処理する力がないと開示した。それでも、リンチェンドルジェ・リンポチェに慈悲心があったから、家に帰ったら大礼拝をするよう、彼女に指示した。しかし、彼女は自分は膝が悪いと答えた。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェはやらなくていい、家に帰りなさいと彼女に言った。これは因縁がないことだ。人間はいつもいろんな言い訳をする。仏菩薩が手伝ってくれるのが当たり前だと思い、役立たなかったら、自分は求めたが相手にされなかったと言う。今の言った状況では、リンチェンドルジェ・リンポチェはどうしたら相手にすることができるだろうか。因縁が全くなく、供養心、懺悔心もないのに、自分が尋ねたら、ほしいと思ったら、応じてくれるべきだと思いこむ。

今の台湾は貪欲が溢れる島だ。誰でも貪欲の心を育ている。宗教においてもそうだ。それでは、よくなれるだろうか。ならないのだ。今、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の僅かな力を尽くしたいが、生涯をかけてできるだけのことをする。なるべくする。救えるだけの衆生を救う。それでも救えないなら、仕方がない。リンポチェになるのは威風のことだと思う人は多いが、全然そうではない。毎日訳の分からないことがたくさん起きる。」

その後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、殊勝な直貢噶舉施身法の修法を始めた。修法過程は極めて尊く厳かだった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは自身の苦労を惜しまず、専念に鈴、鼓を揺らしながら、法本を念誦し、並びに自ら参加者全員を率いて六字大明咒を長く唱えた。慈悲、真摯、荘厳、清浄な法音が鳴り響き、無数の有情の衆生を利益した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法、その加持力は極々殊勝であり、一切の衆生を震え上がらせ、その威徳力は虚空に遍満した。

最後に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを率いてアキ護法と回向の儀軌を修め、法会は円満に終了した。弟子たちは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる修法と開示に感謝し、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座から降りるのを恭しく見届けた。

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2015 年 11 月 01 日 更新