尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年5月10日

法会の開始に先立ち、2014年7月20日に皈依した弟子が、上師の功徳と父を救ってくださったことを賛揚する機会を賜ったことを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。

「2014年2月20日早朝5時頃、定期検診のため車で病院へ向かおうと、父は弟に付き添われて徒歩で家を出た。家を出ていくらもしない内に、父と弟は高速で走行していたオートバイに後から追突された。最初にぶつかられたのは父で、次に前を歩いていた弟にも被害が及んだ。そのため、加害者も含め3人とも意識不明で地面に倒れ込んでいた。数分後、弟がまず意識を取り戻し、歩行者に救急車を呼んでくれるよう頼み、付近の病院に運ばれた。弟はひどい外傷を負い、しかも骨折していた。父にはまったく外傷がないようだが頭部を強打し脳内出血していたため、手術の後、集中治療室に運ばれ経過観察が行われた。手術はうまくいった方だが、これに続く状況は父の苦難の始まりだった。

集中治療室に運ばれて三日後、父は肺炎を発症した。最初は小さな炎症だったが、それが二枚の肺葉へと迅速に拡大してしまった。父は十数年来糖尿病を患っているため、治療の過程では医者も苦労し、なんとか脳圧を抑えたところで、肺炎を発症してしまった。肺炎をいくらか抑えると、血糖値が上がり、酸素濃度が高い状態も続き、抗生物質を最高レベルまで使用した。このような状況が繰り返され、または二つか三つの症状が一挙に出現し、医者も非常に苦悩していた。叔母は父の情況を知り、直ちに寶吉祥の兄弟子に連絡してくれ、しかもできるだけ速く古董店に申し込みの電話をし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの救いを求めるよう、私に念を押した。その結果、私と母、叔母は3月1日共に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜った。3人で敷物上で跪いていると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『どうしたのだ?』とお尋ねくださったので、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに父の状況をご報告申し上げた。するとリンチェンドルジェ・リンポチェは大声で叱責くださった。その後リンチェンドルジェ・リンポチェは長く持咒くださった後『あなたの父を救ったのではない。三悪道に堕ちないようにしてやっただけだ』と開示くださった。父に慈悲なる加持をくださったことを、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

私が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに厳しく叱責されたのは、2012年12月15日のことに遡る。それは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェへの拝謁を初めて申し込んだ時のことだった。その日父母、弟、叔母みな揃って拝謁したのに、実際に申し込みを行った私自身が行かなかったのだ。この機会に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔申し上げたい。ほんの小さな事のために、拝謁に赴かなった自分の不恭敬を懺悔申し上げたい。当時はどうということもないと考えていたが、後に共修法会と施身法法会に参加した後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがどれほど無私で、心を込めて、慈悲深く衆生をお助けくださるかを知り、自分はほんとうに不恭敬であったと思い知らされた。普通に約束を破るのであっても、人としてあってはならない失礼なことなのだ。当時家人は、父の健康問題のことで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかったのだった。リンチェンドルジェ・リンポチェはその日父に加持くださり、『帰ったら必ず菜食するように。今後肉を食べたなら、二度と再び会いに来てはならない』と父に開示くださった。

この後、我が家ではみな揃って菜食を開始したが、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を頂戴後、父の状況は確かに大きく改善した。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。けれども実は菜食の日々は長くは続かなかった。田舎の叔母が鶏を飼っており、好意から処理済みの鶏を送ってくれたのだ。私たちは叔母の好意を無にし難く、鶏肉を先ずは冷蔵庫にしまった。もう一つは、菜食が不便だと感じることもあったためだ。また『少しくらい食べても大丈夫。肉を食べないと栄養が足りない』とそそのかす人もおり、父の主治医まで『肉を食べないと病気に対抗できない』という。このようにあまりにも多くの誘因があり、また自分の決心が十分に硬くなく、リンチェンドルジェ・リンポチェに対する信心も不十分で、因果の恐ろしさを理解していなかったため、肉食に戻ってしまった。これが、リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなにも怒り、厳しく私たちを叱責くださった理由なのだ。

父は三ヶ月もの間、集中治療室にとどまった。頭部の手術後、父の状況は徐々に安定してきたが、それでも昏睡状態は続いていた。最も大きな問題はやはり肺炎を併発していることだった。私は母、叔母と共に再び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは再度父に加持くださり、父に代わり大礼拝し仏菩薩、衆生に懺悔するよう私に仰せになり、『今後どうなるかは、あなたの父の福報次第だ』と開示くださった。その時、この福報こそ自分たちが父のために累積するものなのだ、と私は理解した。なぜなら、当時の状況では、父が何かを行うことなどできなかったからだ。その日私たちは、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに共修法会と施身法法会に参加させてくださるようお願いし、リンチェンドルジェ・リンポチェのお許しを得た。

私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を頂戴後、父の病情は比較的安定していた。やはり集中治療室を出ることはできず、依然として数種の病が繰り返し発生したが、その状況もそれほど頻繁ではなくなっていた。だが、父はやはり辛そうで、毎日少なくとも6回痰を吸引していた。この種の定期的な医療行為は、集中治療室に入院して以来、完全に病院を離れるまで続いた。痰吸引の苦しさは、見ているのが辛くて我慢ならないほどだった。医者は、父は既に知覚を失い、ほとんど植物状態に近いと診断していたが、父と接する中で、家族はやはり父の意思を感じることがあった。特に痰吸引時の父の反応は最も劇烈だった。

父がベット脇に縛り付けられている左手を伸ばし、挿管されている口の方へ動かそうとするのを私は何度も見た。それには不快であるのと苦痛から逃れたいのの二つの意味があると私は思った。父はほんとうに苦しんでいるのに、言葉に出して言えないのが分かっていたので、なんとかしてやりたかったが、自分たちに何ができるだろうか?その時私たちは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェでなければ父を救うことはできないと考え、再度リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかり、父の状況をご報告申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『どのように助けてもらいたいのだ?』とお尋ね下さったので、『医療上、精神上の父の苦しみを軽くしてあげたいのです』とお答え申し上げた。すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは再度父に加持くださった。リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。

介護の便とあちこち巡る慌ただしさを避けるため、介護施設を併設する病院に、私は父を転院させた。それでも、父は救急にかからなければならないことが偶にあったが、この病院には夜間診療がなかったため、付近の病院へ行かなければならなかった。父の情況について、家族は皆心の準備ができていたため、私はこの病院の環境についてよく理解するようにし、父が危ない状況に陥れば、最後の段階は病院で過ごすことを望んでいた。私はこの考え方を特にリンチェンドルジェ・リンポチェに報告申し上げてはいなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれをご存知で、その通りにしてくださった。いつでも家族、弟子を気にかけてくださるリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に感謝申し上げたい。

2014年11月26日朝8時過ぎ、早課が終わったばかりの頃、私の携帯電話が鳴った。それは弟からで、父が先ほど往生し、遺体は病院に安置されていると告げられた。その時私は悲しいと感じなかった。心の中ではすでにこのような事実を受け入れていたからか、またはリンチェンドルジェ・リンポチェに従い学仏し、人生は無常で、縁起縁滅だと理解していたからかもしれない。私は弟に、掻い摘んでいくらか指示し、リンチェンドルジェ・リンポチェに病院へと法写真くださるよう祈った。連絡担当の兄弟子に父が往生した事を告げると、兄弟子は別の兄弟子に連絡し、甘露丸を病院へ届けてくれた。私は甘露丸を父の口中に入れ、8時間読経した後、電話で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへの拝謁を申し込んだ。

11月29日道場へ赴き、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに父がすでに往生したことを報告申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに父を超度させてくださるようお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くもお許しくださり、父の出棺の吉日をお選びくださった。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。火葬後の父の遺骨は純白で、しかも完璧な丸い小さな孔があった。見た瞬間、私はとてつもなく驚き喜びを感じた。これは超度後の瑞相であり、阿彌陀仏浄土に往生できたと言う印だ。私と弟は自らの目でこの瞬間を目にすることができたのだ。またそれは私たちにとってこの上もない福報だった。私と家人は、リンチェンドルジェ・リンポチェが父に殊勝なるポワ法を修め超度させてくださったことに心から感謝申し上げたい。

私は、この機会にリンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェに父の超度をお願い申し上げた後、私は父の葬儀のことをあれこれ処理していた。出棺を前にした最後の土曜日、早朝慌ただしく、私は父に適した塔の位置を問い合わせた。午後二時過ぎになって、ようやく適した位置が見つかり、それについて話し合おうと言う時、組長から電話を頂戴した。リンチェンドルジェ・リンポチェが私に聞きたい事があるのですぐに道場に来るよう仰せだという。私はその時どうしたら良いか分からず困惑した。塔の位置はまだ決まっておらず、家族は私の決定を待っていた。一方で私は、大溪から台北へ向かう途中、葬儀場で父に対面し、リンチェンドルジェ・リンポチェにご報告申し上げようと思っていたし、もう一つには、時間的に急過ぎると思っていた。そのため私は、塔に関する事を先に処理することを選び、夜にかけて父の遺体に会いに行き、翌日法会で組長に報告申し上げた。私は後に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大作『快楽と痛苦』を拝読した際に、リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて法座でも開示くださったことがある、リンチェンドルジェ・リンポチェが上師である直貢チェツァン法王にいかにして仕えるかについて書かれた部分を目にした。それは、100%の服従恭敬だった。上師が言うことには全て従い、上師に呼ばれれば万難を排して直ちに応じる。『そうでなければ、何を過つか分からないではないか?』と書かれておられた。

私の為しようは上師に対して非常に不恭敬であるばかりか、上師の弟子に対するお心配りをないがしろにするものだった。また同時に、上師に対する信心の不足も示している。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに深く懺悔申し上げたい。私が今日寶吉祥仏法センターで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子と成れたのは、ほんの少しの福報があったからだ。私を弟子としてくださったことを、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げ、また、父の助縁に感謝したい。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し、長久住世し、仏法事業が興盛で、噶舉の法脈が永遠に流伝することを祈願申し上げたい。」と述べた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、御自ら共修法会を主持くださり、参会者に貴重な仏法の開示を下された。

みなも知っておろう。仏法学習は概ね顕教と密教とに分けられる。顕教は、釈迦牟尼仏が開示くださった一切の仏法理論を言う。非常に明確で、文字として見ることもでき、また説明を受ければいくらか理解することができる。顕教は密教の基礎だ。顕教を学ばずに軽率に密法を学ぶのは非常に危険だ。なぜ危険なのか?それは密法が自己利益の道具になってしまうからだ。密法を用いて自分に利益すれば、道場であろうと仏寺等であろうと、仏が説かれた衆生利益の方法ではないからだ。

顕教を学んでも成仏できるが、非常に長い時間がかかる。これは全て仏が説かれたことだ。顕教修行により仏果となるには、非常に長い時間が必要だ。凡夫の理念では、ゆっくりと学習し菩薩道を理解し、その後でなければいかにして生死を解脱するかを理解することはできないからだ。生死を自在とできなければ、成仏する機会はない。『心経』では『観自在菩薩』について講じる。『菩薩果位まで修行すると、自分が非常に自在に見える』と説明している人が多いが、この種の説は検討が待たれる。自在とは『とても快適で、何ものにも縛られず、または思い通りに日々を過ごし、修行の面で少しの感応がある』ということではない。仏が説かれた自在とは、生死自在のことだ。行者は生死に関してすでに空性まで証し、生死に関して全く束縛されない。また、菩薩道を行うに全く障礙にならないということだ。

『観自在菩薩』は観世音菩薩のもう一つの名号だ。つまり菩薩は生死自在で、いつでも来られ、いつでも去っていけるので、一切の業力の束縛を受けないのだ。これこそ自在だ。自分は最近なかなか精進しており、悪い事も起きていないので、自分は非常に自在だ、というのではない。また、最近まじめに寺に通っており、師父にも近しくしているので、法喜充満だというのでもない。法喜充満とは『好き嫌い』ではない。寺、道場へ行けばうれしく感じる。それは意識の行為であり、真心ではない。仏法で講じる法喜充満とは、諸仏菩薩が説かれた仏法の真正の喜楽、永恒の喜が心中に満ちることだ。永恒の喜とは不生不滅なのだ。『四無量心』では『無苦の妙楽』について触れる。ほんの少しでも煩悩があればそれは苦だ。妙楽とは密宗でなければ分からないもので、顕教で文字を用いて説明することはできない。妙とはどこなのだ?楽とはどこなのだ?相応、感応がなければ楽でないのではないか?もしそうなら、なお意識層にとどまっていることになる。

たくさんの人が持咒、読経し、自分は仏菩薩と相応したという。いわゆる相応とは密法中事部、行部ではない。つまり、あなたがするる事、一切の行為が本尊と相同だと学んだかどうかなのだ。もしそうなら、それが相応だ。そこまでできていないのに、何かが見えた、知っていると思ったり、読経して誰かを良い方向に変えた、などというのは相応ではない。持咒でなくとも、呪いを唱え符を描くことで病を癒し、衆生の痛苦を減らす、というなら他の宗教でもできるだろう。相応とは何なのか?仏菩薩が我々に望んでおられることが、一切の煩悩を断つことだと真に体得することだ。

顕教の方式を用いた修行は、煩悩を菩提に変える。金剛乗の修行は変える必要がなく、すぐに菩提に転じてしまう。今日は一先ず金剛乗については触れない。金剛乗は適当に伝えられる法ではないからだ。『寶積経』では『衆生が大乗を学ぶ根器でないなら、その者の面前で経典を念じることさえまかりならん』という。これは釈迦牟尼仏が仰せなので、リンチェンドルジェ・リンポチェが言うのではない。仏はなぜこんなにも厳格なのか。これから、リンチェンドルジェ・リンポチェの経典についての説明を聞けば、大乗根器でなければ、なぜその者のために経典を念じることさえできないのかがはっきり分かるだろう。

『寶積経』は『大蔵経』中に非常に長く存在している。だがみな『大蔵経』を弘揚し、『寶積経』を弘揚する人は多くない。なぜ多くないのか?少し講じた後続けられない人もいる。それはこの経典を説くのが非常に難しいからだ。経典中で説くのはすべて菩薩についてなので、講じる者は恐ろしくなるのだ。経典では、菩薩ならどうすべきか、とはっきりと説いている。そのため、説き進めて行くに従い、自分は菩薩ではない、と発見するのだ。それでどうして説き続けることができようか?たくさんの人が大乗仏法を学ぶには『華厳経』、『妙法蓮華経』を念じ、拝懺し、『阿彌陀経』を念じれば良いと思っている。だが『寶積経』に基づけば、これでは修行したことにはならない。これからリンチェンドルジェ・リンポチェが開示する経典の内容を聞けば、それが分かるだろう。

中国では大乗仏法だ、というわけではない。大乗仏法の種子は中国に播かれたが、大乗仏法を真に理解し体得している人は多くない。なぜそんなにおかしな事になるのか?『寶積経』はすでに非常に長く存在しているのに、なぜ誰も目にしないのか?以前リンチェンドルジェ・リンポチェは開示したことがある。福報がなく、発心がないなら、目にすることはできない、と。経典が目の前にあろうと、あなたは開こうとしない。それは縁、根器、福報がないからだ。そのため、この種の経典を開こうとしないし、開いたところで何かを体得することなどできない。ただ、ほんの数語に過ぎず読む必要はない、先ずは『華厳経』を学ぼう、と思うだけだ。しかし、菩薩根拠の理論を修めていないなら、どうして『華厳経』を修めることができようか?

顕教を学ぶには、顕教で講じる三大基礎『経、律、論』、つまり仏が説かれた一切の経典、制定なさった戒律、仏の後に乗願により再来なさった龍樹菩薩を含むすべての大菩薩が書かれた論に精通しなければならない。いわゆる精通とは、経典中である境界を修めることではなく、仏が説かれた意義、根拠、経典内容から離れずに講じ、奇妙なことを講じないことだ。チベット仏教では、出家衆なら、十年の顕教修行の後に閉関、考査等を経る。噶舉派ではこれをケンポス(KHENPO)と呼ぶが、別の教派ではゲシェー(GESHE)と呼ぶ。こうすれば、出家衆に経典を講じることができるのだ。仏学院で五年間学び、経典を暗記すれば講じられるというのではなく、少なくとも十年は顕教を学び、閉関を終えなければ堪布となることはできない。寺に属しているなら、寺のリンポチェが坐床を手配し、教派なら法王が坐床を行ってくださる。

坐床とは行者にこの果位があり、このような事を行えると認証することで、自分で言えばそれで良いというのではない。それでは認められないのだ。では、リンポチェはどうなるのか?それには二種類ある。一つは転世のリンポチェだ。転世と言う制度は、噶舉派が始めたものだ。転世とは誠に神秘的ではないか?転世のリンポチェは必ずとてつもない能力を備えているのだろうか?実はそうとは限らない。転世の利点は、修行の時間が我々より短いことだ。なぜなら累世の善根が存在しているからだ。だが、我々もみな転世している。過去世で仏法に触れたことがなかったなら、この一世で仏法を聞くことなど絶対にできない。過去世で我々はリンポチェ果位まで証しなかったので、この一世ではリンポチェでないだけなのだ。

リンポチェとは『人間世界の宝』と言う意味だ。この一生の修行でリンポチェとなった者もいる。リンチェンドルジェ・リンポチェも尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依したばかりの頃、みなと同じような考えを持っていた。リンポチェとは必ず転世したものなのだと思っていたのだ。ある時、リンチェンドルジェ・リンポチェは香港で尊勝なる直貢チェツァン法王に付き従っていた。出家衆が『転世でなければリンポチェではないのでしょうか?』と直貢チェツァン法王に尋ねた。直貢チェツァン法王は『そうではない。この一世で修めた者もいる』とお答えになった。

リンチェンドルジェ・リンポチェが知る限り、直貢噶舉のドラブ・ワン・リンポチェ、リンチェンドルジェ・リンポチェの皈依師であられるテンジンニンマ・リンポチェ、ユンカ・リンポチェはみなこの一生で証果なされたリンポチェだ。この三人のリンポチェは直貢噶舉での修行で成就を得られたのだ。青海に120歲ほどの老ヨギーニがおられるが、この方もこの一生で証なされたリンポチェであり、直貢噶舉唯一の女性リンポチェであられる。この数人のリンポチェはみなこの一生で修められた方々だ。だが今のところ、直貢噶舉で、在家で、転世ではなくこの一生で修めたリンポチェは、リンチェンドルジェ・リンポチェただ一人だ。

2007年、尊勝なる直貢チェツァン法王は御自らリンチェンドルジェ・リンポチェを伴いネパール・ラキ雪山で閉関なさった。その地は標高4500m以上になり、密法、金剛乗で言えば、勝楽金剛の内の一つの壇城で、修行について言えば、ミラレパ尊者の道場であった地だ。ミラレパ尊者はリンポチェに成られてから涅槃なさるまで、一度もそこを離れず修行なさった。ミラレパ尊者がそこを離れなかったのは、尊者の上師であられるマルパ大師が、一生山洞修行を離れてはならない、とお言いつけになられたからだ。そのため、マルパ大師が逝去なさった後、ある国の王が何度もミラレパ尊者を招いたが、ミラレパ尊者はまったく動こうとせず、そこに止まられたのだ。ミラレパ尊者はラキのこの区域の多くの山洞で修行なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関を終えると、尊勝なる直貢チェツァン法王はこれら山洞へリンチェンドルジェ・リンポチェを連れ行ってくださった。行かなかったのは、一ヶ所だけだ。ミラレパ尊者が最後に世間を去られる時、今至れる最も高い山洞からもう一つのさらに高い山洞に飛び移られた。その山洞へは登れるものではない。誰も行ったことがないのだ。

これは神話ではない。比較的低い山洞は、およそ5600メートルのところにあるが、リンチェンドルジェ・リンポチェが閉関を終えた時、ある日尊勝なる直貢チェツァン法王は上を指差し、明日行く、と仰せになった。リンチェンドルジェ・リンポチェは、参りません、とお答え申し上げたが、翌日直貢チェツァン法王は、二の句を継がせずリンチェンドルジェ・リンポチェに一緒に来るよう指示なされた。そのため、二人で一時間余り歩きその山洞に向かった。それはミラレパ尊者が長期に閉関なさったところだった。山洞頂上には非常に特別なものがある。それは両足の足形だ。その両足形はミラレパ尊者が残されたものなのだ。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは、これほどの高さの如法卓に上がっても、頭がようやく足形に届くほどだった。ミラレパ尊者は当時どのようにして飛んで行かれたのか。でんぐり返しをなさったのかもしれない。実は非常に多くの大成就者が手形と足形を残されている。それは、空性まで証した証しであり、どんな物質であろうと妨げることはできず、自在に変化するのだ。

なぜラキ雪山で閉関するのか?それは密法の事、行、瑜伽、無上瑜伽部では、最後には必ず山洞で成就するからだ。周囲に誰もいないところと言えば、最低でも森林へ行かなければならないだろう。2007年時、尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェを連れて行かれ、リンチェンドルジェ・リンポチェはそこで三ヶ月余り閉関し、直貢チェツァン法王も三ヶ月余り閉関なさった。今年の4月、直貢チェツァン法王はその地を再訪された。リンチェンドルジェ・リンポチェは行かなかった。なぜなら直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに来るようご指示にならなかったからだ。直貢チェツァン法王が行かれた時、御自分がその地に残された衣服とリンチェンドルジェ・リンポチェが関房中に残した衣服を水中に入れ、衆生と結縁くださった。これは直貢チェツァン法王が今後再びこの地に行かず、リンチェンドルジェ・リンポチェも今後再びこの地に行かず、この一生で今後再び、因縁があり直貢チェツァン法王に従い、この無上瑜伽部の閉関を行う弟子はいない、ということを示している。

なぜ上師の言いつけに従わなければならないのか?それは、あなたにもう一度機会があるかどうか分からないからだ。別に構わない、再来すれば良い、と思っている人が多い。だが、再来すれば因縁は変わってしまい、無くなってしまう可能性もある。法会の前に語った弟子が、その日リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来なかったと言っていたが、これこそ約束を守れない人だということだ。もし2007年にリンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王と行かなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェの予定が空くのを待っていれば、機会は失われてしまっただろう。直貢チェツァン法王が行かれた後、ネパールでは大地震が起き、高いところにあった関房はすべて壊れてしまった。よって、因縁について開示し続けているのは、具徳上師はむやみに口を開くのではないということだ。口を開いたのにそれに従わないなら、この縁は通り過ぎてしまう。

尊勝なる直貢チェツァン法王は、苦労知らずのリンチェンドルジェ・リンポチェに水道も電気もなく人もいないところで三ヶ月閉関させるために、事前に一二年かけて準備してくださっていた。その頃はまだ道がなかったが、今はある。みな仏法に対する考え方は正確でなければならない。自分の気が向いた時に上師が与えるというのではなく、自分の気が向いた時に仏法が聞けるというのではなく、自分が仏菩薩を求めれば得られるというのではない。そんな考え方で、誰があなた達に構うだろうか?仏菩薩はあなた達のような種類の人間には頓着なさらない。あなた達は、助けてくれなければ無慈悲だと思っているだろう。だが、あなた達は全身すべて悪業なのだ。それでもあなたを助ければ、あなたはより多くの力を得て悪を為すのではないか?仏菩薩がお救いになるのは真に苦しみ、真に苦を理解している衆生だ。あなた達は今なお苦を理解できていない。

台湾は、福が非常に多いところだ。だが、福が多過ぎて、修行には常に問題が生じる。テレビをつければ仏法が聞けると思っている。ある法王の講法をテレビで見て、自分はあの方と結縁した、次の一世ではあの方の弟子になる、などと言っている。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に多くの経典を読んだが、テレビで法師を見れば、その法師と結縁できると説いているのを見たことはない。本当にそうなら、仏は言われただろうし、蓮花生大士も著作の中に書かれただろう。諸仏菩薩も蓮花生大士も、善知識に近しくしなければならない、と仰せであり、テレビに近しくせよとは仰せでなく、『家庭大道場』などとも仰せではない。確かに、このようにすれば、世界各地のたくさんの人が仏法を目にし、耳にすることができる。種を播く、いわゆる『永為道種』という人もいるが、これは似て非なるものだ。

今日はこの事についてはここまでにしておくが、これだけは言っておく。仏法を聞くには累世累積の福報が必要なのだ。しかも最も重要なのは、この一世の決心だ。決心がないなら、仏が面前におられても役には立たないのだ。試してみよう、或いは傲慢の心で仏法を聞きに来ているなら、それも役には立たない。あなたが法座上の説法行者をどのような見方で見ていようとも、行者が清浄な心で説法しているなら、それは清浄な仏法だ。他人がどうであろうとあなたとは関係がない。それぞれ自分で修めるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがいかにうまく修めようと、あなたに分け与えることはできない。あなたがどんなにひどく修めようと、それはリンチェンドルジェ・リンポチェに影響を及ぼすことはない。リンチェンドルジェ・リンポチェが密法を伝えていないなら、あなたはリンチェンドルジェ・リンポチェに影響を及ぼすことはできないのだ。だが、密法を伝えれば、違ってしまう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは特別に選んだ経典をみなに開示しようと思うが、自分は経師ではないので経典を説く資格はない。いわゆる三蔵法師とは経、律、論のすべてにおいて、非常に円融に信衆に説くことができるのだ。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは一蔵ですらない。伏蔵法があるだけだ。みなは密法を修めていないので、伏蔵法を知らないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは伏蔵のリンポチェというべきで、三蔵法師という資格はないのだ。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの段を説けば、みな大乗仏法について少しは概念が持てるだろうと思う。さもなくば、大乗経典を念じればそれが大乗仏法の修行だ、他人に対して腹を立てなければそれが菩薩道修行だ、たくさんの経典を印刷して人に贈ればそれが結縁だと誤解してしまうだろう。これらはすべて間違った考え方だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェも顕教を学んでいた時にはみなと同じだった。誰彼構わず仏法を受け入れていたが、それがたまって最後には訳が分からなくなり、どうしたらいいか分からないほどで、捨てる訳にもいかず、毎日見る時間もなく、届けてくれれば受け取らないのも申し訳なく思い、どんどんたまっていっていた。今の台湾でもこのような状況が非常に多い。こうすることで仏法を知ることができるなどと思ってはならない。縁がないなら、手に入れることができたとしても役には立たないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェのこの一生は実に奇妙だ。一切は縁に従い、衆生の縁に従い、自分の縁に従って学仏してきた。よって縁が至ったなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは絕対に放棄しない。リンチェンドルジェ・リンポチェが初めて閉関したのは1997年だった。尊勝なる直貢チェツァン法王がお命じになった際、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐにお受け申し上げた。直貢チェツァン法王はその際少し驚いておられた。リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなにあっさりとすぐに応じるとは思っておられなかったのだろう。通常在家の弟子は、自分にはやる事があるなどとあれこれ言うからだ。あなた達はあれこれ言い続ければ良い!そうして福報を追い出してしまえば良い!

リンチェンドルジェ・リンポチェは今日は仏の大乗仏法に対する定義について説く。それは『寶積経』第二十八卷中の内容だ。直貢噶舉の祖師ジッテン・サムゴンのすべての著作は『寶積経』の内容に基づいている。つまり、ジッテン・サムゴンはまさに菩薩なのだ。だからこそ『寶積経』中で釈迦牟尼仏が開示くださった仏法の真正深奧な意義を理解でき、ご自身の修行を経た後、『寶積経』に基づき著作を為されたのだ。チベット仏教には経典がない、とチベット仏教を誹謗する人がいる。これは間違った見方だ。ガムポパ大師の著作もすべて『華厳経』に基づいている。チベットでも『華厳経』、『妙法蓮華経』を念じる人がいる。ただあなた達には聞こえないだけだ。なぜなら彼らはチベット語で念じるので、あなた達は分からず、密法を修めていると思っているからだ。実は密法には、そんなにたくさん修めるものはないのだ。

たくさんの出家衆が太鼓を叩くのを見たなら、それは絕対に密法ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは数時間かけて修法するが、それが密法だ。たくさんの人が太鼓を叩くのを見たことがあるだろうが、それは木魚を叩くのと同じだ。チベットでは太鼓を叩くのだが、台湾では木魚を叩けばいいだろう。チベット人なら必ず密法を修めるというわけではない。実は密法まで修めることができる人は、それほど多くないのだ。非常に多くの顕教経典が中国からチベットに伝わり、非常に多くがインドからチベットに伝わった。そのため、中国経典の中にはチベットにないものもある。だが、チベットの経典の中には中国にないものもある。これらはすべて大きな経ではなく、比較的小さい範囲のものだ。だがどうであろうと、仏が説かれたものに違いはない。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェが開示するのは『大乗十法会第九』、つまり仏が説かれた大乗に関する法会の第九段だ。どの経典であろうと、仏が説かれたもので、しかも仏の涅槃後、500人の弟子が集まり書いた経典なら、必ず『是の如く我聞き』で始まる。『是の如く』とは『弟子が考え出したもの、或いは弟子の意思、経験ではなく、仏が説かれたことを聞いたものである』として、わざわざ多くの『我』の字を加えているのだ。500人の羅漢は凄過ぎると思うだろう。テレビもレコーダーもなかったのに、どのようにしてきちんと覚えていたのだろうか?それは、阿羅漢が我々とは違うからだ。大阿羅漢なら、入定し四禅天まで行けるので、定力は間違いなく十分だ。仏の説法時、彼らは入定して聞いていたのだ。入定すれば聞けないのではなく、境界全体が仏法の中になるので、仏が説かれた一つ一つの言葉がすべて彼らの心中にあったのだ。唯識宗によれば第八意識田の中ということになる。

意識と心との違いは何だろうか?心がなければ意識もないが、意識がなければ心は動かない。心と意識とをいかにして明確に区別するのか?唯識宗には非常に多くの理論がある。金剛乗を修める行者は、心と意識とを非常に細かく、非常にはっきりと分け、自分の心を調整すれば、自然に意識を制御することができる。現在は意識が我々を制御している。よって『地蔵経』で説くように『起心動念はすべて業であり、すべて罪』なのだ。なぜなら我々は意識を用いて日々を過ごしており、真心を用いていないからだ。真心とは男女間の相手に対する心ではない。それは意識、欲望の心だ。誰かがあなたに、愛していると言うなら、注意しなければならない。なぜなら、相手はあなたを輪廻させるかもしれないからだ。愛し過ぎるのはあまり良い事ではない。貪愛も良い事ではない。少し愛するだけで良いのだ。この種の感覚を経験したことがあるなら、それでこの一生は価値がある。無駄ではなかったのだ。愛は生きる上で最も大切だなどと思ってはならない。出家衆の生活に愛はない。だが、やはり非常に幸せに暮らしているではないか?

よって、『愛』とは生きる上で最も重要な要素だなどと他人が言うのに感化されてはならない。実は『愛』とは輪廻において最も重要な要素なのだ。愛がなければ輪廻する必要はない。いわゆる『小愛を大愛に変え、大愛を無為の愛に変える』と言う言い方を信じてはならない。これはいい加減な言葉だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは経典中でこの種の言い方は見たことがない。慈悲しか見たことがない。そのため、この種の言い方を考え出した人は、仏法を誹謗していると言える。

『是の如く我聞き』とは、これら大阿羅漢が定境中で仏が説かれた仏法を聞いた、ということで、『聴』の字を用いず、『聞』を用いている。観世音菩薩修行の成就は『聞所聞盡』によるのだ。『聞』、『所』とはなんだろうか?科学的に言えば、外界の信号を受け取った後、神経が反応し、そうして初めて動作、念頭、感覚が生じる。仏はすでに講じられている。ただかつては、このような科学的な名詞や医学用語がなかっただけだ。聴覚は『聞所』により表示し、つまり神経の集まりで、それが生じる能力が『聞能』だ。いわゆる『聞所聞盡』とは『聞の神経には好きと嫌い、必要と不要、分かると分からない、理解すると理解しない、愛すると愛さないの別がない』ということだ。あらゆる世間の音声は、菩薩にとってすべて清浄なのだ。金剛乗には非常に重要な法門がある。それはあらゆる音声はすべて菩薩の咒語だというものだ。これを聞くことができれば、それは咒語との相応だ。

六字大明咒を念じ、観世音菩薩を夢に見たので、これが相応だ、と思っている人がいるが、早トチリにもほどがある!それはただの幻覚に過ぎない。『金剛経』には『以色相来求仏皆是邪見』とはっきりと書かれているのに、こんなにもたくさんの人が、観世音菩薩に見させて欲しいと求めている。見てどうするのだ?死の準備か?見ることができれば、よく修行ができると思っているのか?これは全て嘘だ。菩薩を夢に見ることに根拠はあるのか?『寶積経』では確かに触れている。菩薩果位まで証すれば、夢を見るのも修行だ。

密法八大成就法の一つは夢瑜伽だ。夢の中でも修行するのだ。昼間我々は自分の意識を制御することができるが、夜寝ている時は非常に難しい。修行人なら、24時間、いつでもその心は不動なのだ。だが、最も難しいのは、夢を見ている時だ。夢の中でも清浄でいられれば、ほとんど大丈夫だ。いわゆる『是の如く我聞き』とは、分別心がなく、定境中で非常に清浄に仏が説かれた仏法を聞くことだ。あなた達が分かる言葉で言うなら、仏が説かれた全てを一字一句違わず、一切の貢高我慢を起こさず、聞いたことがあるなどと思わず、コンピューターに入力するのだ。たくさんの人が仏法を聞きに来て、これは自分は聞いたことがある、と思っている。ダライ・ラマが講じる仏法は特別だろうと思っている人もいる。だが、同じだ。なぜなら仏法には一つしかないからだ。二つ目も三つ目も四つ目もない。ただ講じる言語が違うだけなのだ。衆生の業力、根器に応じて用いる方法も違うが、根本的には一つしかないのだ。

よって通常、経典を講じる時は必ず『是の如く我聞き』で始める。なぜなら仏の説法を聞いたのであり、自分の話、意見、経験ではなく、仏が説かれたものだからだ。続いては、仏がどのような地で開示なさったのかを紹介する。適当に跳び出して来たのではなく、自分は相応した、夢の中で見た等とも言わず、どのようなところで、と非常にはっきり講じる。リンチェンドルジェ・リンポチェは経師ではないので、その地の名称は知っているが、地理的なことははっきりしない。今後誰かが研究してくれることを望む。経典中では開示の対象についても説いている。今日開示するこの段はラージャグリハのある山中でで、対象は大比丘であった。

比丘には大小の別があるだろうか?体型によるのか?出家してからの時間の長さによるのか?どれも違う。大小の第一の根拠はその戒律だ。真に清浄な比丘戒まで守れているかどうかだ。比丘には200余りの戒がある。比丘戒を受けたことがないので、リンチェンドルジェ・リンポチェにはこれについて講じる資格はない。リンチェンドルジェ・リンポチェには比丘尼戒について講じる資格もない。なぜなら、この戒を受けたことがないからだ。また、この戒を伝えることもできない。だが、菩薩戒は伝えることができる。大比丘は第一に戒律に厳謹で、第二に無常、死亡を真に理解している修行人であることだ。修行とは世間のわずかな名聞利養のためではなく、完全に生死を解脱するため、それにより衆生に利益するためだ。そうでなければ比丘と呼ぶことはできない。世間のさまざまなことを全て捨て去らなければ、大比丘ではなく、そう呼ばれる資格はないのだ。

経典では『五百大阿羅漢俱』とある。つまり、500人の大阿羅漢がいたということだ。経典中で『大』と言う字を用いるのは、権勢や財があると言うことではなく、果位の面だ。阿羅漢には非常にたくさんの等級がある。経典で『菩薩摩訶薩』と言うが、菩薩は登地から十六地まであり、第十七地で成仏するのだ。登地から八地菩薩までは菩薩摩訶薩とは呼ばず、九地から十六地までが菩薩摩訶薩と呼ばれる資格を有する。簡単に言えば、菩薩摩訶薩とは法身菩薩であり、大菩薩だ。法身菩薩は何が違うのか?九地菩薩まで証すれば、絕対に退転しない。いわゆる退転とは、最近法門修行が少なくなった、衆生に会うのが少なくなった、というのではなく、菩提心の退転だ。八地までの菩薩には、退転する可能性がなおあるのだ。いわゆる菩提心の退転とは、衆生に対する感恩心、衆生利益の心が減ることだ。たくさんの人が自分は大丈夫だと言うだろうが、八地菩薩までは非常に容易にこの病に侵される。リンチェンドルジェ・リンポチェであっても例外ではない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは年初に屏東へ行き修法後、しばらく患ったが、その際、尊勝なる直貢チェツァン法王は『リンチェンドルジェ・リンポチェの空性と慈悲心はこの法中で減った。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェが退転したからだ』と開示くださった。どうして退転したのか?それは、リンチェンドルジェ・リンポチェは相手が求法に来た時、すでにその地に土地神があるのを見て、土地神は簡単だと思った。すると、修法時にやって来たのだ。つまり、この種の心は、慈悲と空性を備えていない。修法に行った時には、あらゆる事態が出現し得る。牡丹社事件ではこんなにもたくさんの人が亡くなっていたのに、200年経っても超度されていなかった。それが突然全部出て来たのだ。何を彼らに与えたらいいのか?密宗には自他交換がある。つまり、自分の良いものを相手に与え、悪いものを受け取るのだ。そうしなければ相手は得度できない。

超度とは木魚を叩き阿彌陀仏を念じるだけではない。これでは、亡者の心を鎮められるだけだ。だが、超度させることはできない。なぜなら、相手と何も交換していないからだ。交換した後、死んでしまうのだろうか?慈悲と空性が不十分なら、死んでしまう。リンチェンドルジェ・リンポチェは今回慈悲と空性が不十分だったのだ。なぜなら貢高我慢で、菩提心がいくらか退転していたからだ。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェの福報、功徳、上師に対する忠誠が減っていなかったため、死ななかったのだ」と仰せになり、「あなた達にとっては残念だったな。リンチェンドルジェ・リンポチェが死んでいれば、みな今頃は楽だったのに」とユーモアたっぷりにお話しになった。

「仏菩薩はリンチェンドルジェ・リンポチェを死なせなかった。たったの一ヶ月でまた健康に戻ってしまった。大乗仏法、菩薩道の修行で上師の監督を受けなければ、必ず何事かが起きる。なぜなら、八地菩薩までは絕対に退転すると仏が仰せだからだ。それなら二本の道を選択することができる。一本は修自了漢、阿羅漢で、もう一本はこの一生で衆生に利益する時間を短縮し、すぐに戻るのだ。今日このような事を起こしてくれて、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにとても感謝している。なぜなら、そのおかげでリンチェンドルジェ・リンポチェは改めて自分を検視することができたからだ。

人は非常に容易に貢高我慢に陥る。よってリンチェンドルジェ・リンポチェはしばしばみなに、他人を見下してはならない、一切の衆生を見下してはならない、と言う。あらゆる衆生は皆我々の恩人なのだ。衆生がいなければ、我々が成就などできようか?うまく修行できていると自惚れれば自惚れるほど、問題が起きやすい。簡単に言えば、みなやはり大乗、菩薩道を修行しない方が良いだろう。なぜならほんとうに非常に危険だからだ。自分は生生世世でひたすら菩薩道を念じる、などと思わない方が良い。あなた達では、キリがない。リンチェンドルジェ・リンポチェでさえ小さな問題が起きたのだ。あなた達ならそんなものでは済まない。

ここでは特に、九地以上の法身菩薩、大阿羅漢、大比丘でなければ、自ら仏陀の教導を受ける福報はない、という。では、我々はどうだろうか?大阿羅漢、大菩薩でないのはもちろんだが、小さな小さな小さな小さな菩薩でさえない。何を以って、六字大明咒を念じれば本尊と相応できる、などと考えるのか?これこそ貢高我慢だ。これは後に返済しなければならないのだ。

経典では『菩薩摩訶薩無量無辺』という。菩薩、法身菩薩に成るのは、八大菩薩だけではない。数としては、無量無辺、数で計ることはできない、というのだ。簡単に言えば、菩薩道を修めれば非常に速く成就できる。あらゆる四衆(比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷)も菩薩道を修めれば成就を得られる。だが、過程と条件を備えなければならない。

経典では、法会に一人の菩薩摩訶薩、「名浄無垢寶月王光、即従坐起整服右肩」がいると言う。これはインド人の着衣の方法だ。よって現在も出家者、チベット仏教の行者はみな右肩を出している。これは一種の伝統だ。ビーチへ行くような格好で道場へ足を踏み入れてはならない。なぜなら、仏菩薩にお目にかかるには、威儀を正す必要があるからだ。適当に見過ごしたり、結縁させてやろう、などと思うべきではない。その人が仏菩薩を尊重しないなら、仏菩薩とどうして結縁できるだろうか?これは寶吉祥仏法センターが定めることではなく、仏法を請示する際には、大菩薩までが衣服を整えておられるのだ。では、我々はどうすべきなのか?適当で良いのか?衣服を着替えもせずにやって来ていいものだろうか?

2000年頃、チベットの直貢チョンツァン法王は直貢梯寺の下方で法会を開催された。公式記録によれば30万人が参加したという。関所を通る際に料金を徴収するので、この数字を算出することができたのだ。30万人が宿泊する場所などもちろんない。つまり、彼らは野宿同様の旅をしながら法会に参加したのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは写真を見たことがある。チベット人の中には非常に長期間歩いてようやく到着した者もいる。そして、現地に到着すると、法会の前には新しい衣服に着替えていた。あなた達はどうだ?一週間着た切りの衣服で法会にやって来る。靴下を換えずに法会にやって来る。読経、法会に参加する前には沐浴潔斎しなければならない、とあらゆる経典に書かれている。あなた達はどうだ?現在の台湾では、身体を洗って清めた後に法会に参加するための条件が整っている。リンチェンドルジェ・リンポチェであっても閉関時には、昼食後に歯磨きをするのだ。菜食でも歯磨きしなければならない。あなた達のように、外で適当にやっているなら、なおのことだ!

仏法が衰えているのは、この種の威儀を厳格に執行する人がいないからだ。他の宗教では教会などの場所はみな清潔だ。どうして仏法センターは滅茶苦茶なのか?礼拝の前に、必ず手を洗い、足を洗わなければならない宗教もある。あなた達はどうだ?寶吉祥仏法センターが靴下を配っているのは、誰かが臭い靴下を履いたまま入って来たなら、臭いが充満するからだ!特に男の中には靴下を換えない者がいる。それで仕方なく、みなに靴下を換えさせ、臭いを減じるようにしているのだ。あまりに臭ければ、護法まで逃げ出してしまうだろう。

仏法を請示する際には、大菩薩までが衣服を整えておられるのに、我々がこんなにも適当でいいものだろうか?少し厳しくすれば、あなた達はまた無慈悲だという。他の場所はとても慈悲深く、叱責されることもない、という。寶吉祥仏法センターは金銭で事を行うのではないのだ。当然叱責しても良い。料金を徴収しない者が最も強いのだ。誰も道場に供養しないなら、閉鎖すれば良い。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に養ってもらう必要はない。1997年から今まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは道場の金を一銭足りとも支出していない。厳しくしても当然だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは経典に基づき話をする。仏法を請示する際には、大菩薩までが衣服を整えておられるのだ。威儀に照らして教えを請うのだ。それなのに、あなた達が仏菩薩、上師に会いに来るのに、適当でいいのか?仏菩薩が何もおっしゃらないと思って、軽んじているのだろう。経典には『右膝跪蓮花台上』とある。つまり、仏の講法時、その地はすでに普通の地ではなくなり、清浄な仏土に変わるということだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて言ったことがある。釈迦牟尼仏は非常に多くの仏の浄土を紹介しておられるが、釈迦牟尼仏がご自分の浄土を紹介されるのを目にしたことがあるだろうか?どうしてないのか?釈迦牟尼仏は薬師仏、阿彌陀仏等の非常に多くの仏の浄土を紹介なされているが、ご自分の浄土についてはない。今は一先ずここまでにしておく。

経典では菩薩が『至如来所合掌向仏。白言「世尊!行大乗住大乗比丘、云何行大乗?云何住大乗?世尊!以何義故、この大乗名為大乗?復以何義名為住大乗?」』とある。この菩薩は仏に教えを請うた。たくさんの人が、自分は大乗を行っている、と言う。大乗を行う方法、大乗に住む方法とはどのようなものなのか?世尊にその説明を求めておられるのだ。

経典では『爾時世尊告浄無垢寶月王光菩薩摩訶薩言「善哉善哉!浄無垢寶月王光。善男子!汝善能問此甚深義。諦聴諦聴、善思念之、我今為汝分別解説。」』とある。仏はこの菩薩に『善哉善哉』とお答えになる。だが、出家者であれば、この言葉を使うという訳ではない。衆生に代わり請示仏法、供養等を行うならそれが何であろうと、仏は『善哉善哉』と仰せになる。なぜならそれが自分のためでないからだ。あなた達は『大菩薩であられるのに、大乗が分からないのか?』と尋ねるだろう。実は大菩薩は分かっておられるのだ。だが、我々凡夫は賢くなく、尋ねられず、『息子がどうのこうの。父が病気で。最近身体の調子が悪くて。仕事がうまく行かなくて』としか尋ねられない。あなた達はこれら滅茶苦茶な事しか尋ねられない。そのため、経典では大菩薩が仏法を請示しておられるのだ。あなた達はどのように請示するか知らない。よって、仏は『善哉善哉』と仰せなのだ。誰も仏法の縁起を尋ねなければ、仏は口を開かれない。なぜなら縁がないからだ。

あなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの面前に跪くと、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず『どうしたのだ?』と尋ねる。『リンポチェは密宗を修めているのではないか?どうしたのか分かっているだろうに!どうして言えないのか?言えないなら、大したことはない』と思う者もいるようだ。大したことがないなら、そうだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは相手の縁に従うので、相手がリンチェンドルジェ・リンポチェは大したことがない、と言うなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは大したことがないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが必ずこう尋ねるのは、口を開かなければ縁が生じないからだ。仏は非常にはっきりと仰せだ。リンチェンドルジェ・リンポチェもかつて何度も尊勝なる直貢チェツァン法王にお尋ねしたことがある。なぜなら、密宗とは神通修行だと誤解されるのを恐れるからだ。神通を修めるには密宗を修める必要はない。南伝仏法でも少しは修められる。神通は非常に多種に分けられる。修行の中の一種の成就に過ぎないが、開悟ではないのだ。

自分はある咒語を修めたので、少しは神通がある、仏菩薩と相応したなどと思ってはならない。あなたは仏菩薩が為された事を行うこともできないのに、何か光、顕影を見たので神通だと思ったり、神通により自分が修められると思ったりする。実はそうではない。これは一種の成就に過ぎないのだ。仏が『善哉善哉』と仰せになったのは、大菩薩が仏に尋ねられたので、仏は愚昧な衆生に教える因縁が出来たからなのだ。愚昧という言葉はリンチェンドルジェ・リンポチェが発明したものではなく、釈迦牟尼仏が経典中で仰せになったものだ。自分は非常に聡明だなどと思ってはならない。自分は世間で学問し、試験の成績が良く、自分は何々師で、自分は大企業の社長を助けたことがあるので大したものだ、などと思ってはならない。仏法を請示することもできないのに、自分は大したものだと思うのか!?口を開けば、いつでもあのような事しか尋ねない。両手の指で数えるほどしかない。病気についてでなければ金について、そうでなければ家族、風水、壇城の設置についてだ。

そのため、仏が『善哉善哉』と仰せになったのは、法師に供養した時、法師が『善哉善哉』というようなものではない。なぜなら衆生のためだからだ。大菩薩は末法時代の衆生は福徳因縁がなく仏に請示できないと知っておられるので、代わって請示くださるのだ。あなた達は言うだろう。大菩薩は2000年余りも前に知っていたのか?と。当然知っておられた。なぜなら大菩薩であられるからだ。一般の凡夫俗子とは違い、一般の菩薩でもなく、九地以上の菩薩であられるので、見えるのだ。末法時代の衆生には福報がなく仏の教導を受けられないとご存知なので、仏は大菩薩を『善哉善哉』と称賛なさるのだ。これも七支供中の随喜功徳だ。仏であっても絶えず福報を累積しておられる。それも衆生利益のためだ。七支供を念じるなど非常に簡単だなどと思ってはならない。福報を修めるには、仏であっても『善哉善哉』と仰せになるのだ。言葉は非常に簡単だが、意義は非常に深奧だ。

経典中で仏は『浄無垢寶月王光。善男子!』と言われた。善とは良い人になることでも、功徳会のことでも、どこかで何かがあるとすぐに団隊を派遣することでも、助念団や人を探して仏門に皈依させることでもない。仏が説かれた善は十善法だ。そうでなければ、仏に善男子、善女人と称賛されることはない。あらゆる経典中で、仏が仏法を講じられる前には、必ず善男子、善女人と仰せになる。仏は何らかの法をお教えくださる前にも、必ず善男子、善女人と仰せになる。そのため、もし十善法が円満でないなら、自分は善男子、善女人だという資格はない。自分はこの一生で学仏し身に付けたと言う資格はない。自分はこの一生で生死を解脱できると言う資格はない。この条件は少しも厳しくはない。十善法は人としての根本だ。人としての根本さえ成し遂げられないなら、どうして成仏できるだろうか?

いわゆる『人道成、仏道必成』とは正に十善法だ。貪嗔痴がこんなにも深刻な人が、可能だろうか?上師に対して貢高我慢な人が、どうして修められるだろうか?あなた達は『見に行こう。リンチェンドルジェ・リンポチェのどこがすごいのか』という心持ちで来ている。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分は優れているとは少しも思わない。以前直貢チェツァン法王が『今後は仏法の面で、リンチェンドルジェ・リンポチェと共に歩む』と仰せくださったように、ただ仏、上師に従い歩んできただけだ。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分は優れているとは少しも思わない。密宗は三頭六臂かどうか見てやろう、などという気持ちで来てはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェが本当に三頭六臂なら、おかしいではないか」と仰せくださった。

この時、一人の弟子があくびをした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐにこの弟子に起立して席を離れ、後で立って聞くようにご指示になり、開示を続けられた。

「善男子とは仏が修行人に特別にお与えになった呼称ではない。経典中では『汝善能問此甚深義』とある。この言葉は非常に重要だ。善根がない人は、仏法であろうと問うことはできない。リンチェンドルジェ・リンポチェの面前で、リンチェンドルジェ・リンポチェが『何かあったか』と尋ねると、『何も問題はありません』とたくさんの人が答える。それは、自分は仏よりも優れていると思っているということだ。なぜなら、仏でなければ問題がないということはないからだ。

どうして問うことができないのか?なぜなら善根がないからだ。一本の草のように細い善根さえない。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェの面前に跪いた時、問うことができないのだ。このような人が非常に多い。昨日ある出家衆がリンチェンドルジェ・リンポチェの面前に跪き、自分は大丈夫だ、と言った。それなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはその者のために開示する必要はない。経典中の一つ一つの意義、いわゆる深入経蔵は、たくさんの経を読み、たくさん暗記する、というのではない。仏は出鱈目を仰せにならない。仏は実語者、真語者であられるので、一つ一つの文字はすべて修行と関係が有る。善根がない者は、問うことができない。我々が必ず六波羅蜜を修めなければならないのは、善根を養わなければ、仏法の深い意義を体得し、いかにして問うかが分からないからだ。さもなくば、小学生が大学教授が教える内容について質問できないように、問おうと思っても問うことができないのだ。『どうして樹上の熊は母熊にお尻を叩かれたの?』としか問えないだろう。あなた達はまだこの段階だ。

いわゆる『甚深義』について、深とは非常に困難で、見られず、知ることができず、理解できない、と思っている人が多いが、そうではない。仏が『深』と仰せの時には、普通の人生で経験する事ではない。この一生或いは過去世、六道輪廻で累積した経験法則で理解できるものではないのだ。簡単に言えば、意識で理解できるものではなく、必ず仏陀の教導、上師の監督を得なければ、仏法の含意を体得することはできない。意識の心への影響力を減らし、清浄な本性が顕露しなければ、仏が何を仰せかを体得することはできない。

仏が『甚深』と仰せの時、観念は意識、或いは人の経験法則ではない。よって、あなたが経験法則で経典を解釈するなら、修行の体悟、学習の次第を通さず、経典を適当に開き人に説くなら、自分の意識によって講じるため、おそらく誤るだろう。仏学院で学んだ人、または教授という身分の人は経典を好んで講じる。だが、修行したことがないので、自分の学問に基づき字面を解釈するだけなのだ。以前みなに言ったことがある。文字によって仏法を解釈するなら、三世仏が不満を漏らされるだろう。よって、出鱈目を言ってはならない。仏がある名詞を説かれたなら、修行を通して、その含意を体得しなければならない。

『甚深』は困難ではない。我々ができないものではなく、深浅の対比でもない。『深』とは、我々の心は本来は清浄であるが、生生世世の輪廻のために、貪嗔痴慢疑の汚濁に包まれ、しかもそれがどんどん厚くなり、そのものの光が少しも顕露しなくなっているのだ。修行とは行為を改めることで、つまりこの垢を少しずつ落とし、落とした後でなければ、清浄な本性を見ることはできず、そうでなければ清浄本性が現れることはない。この垢は非常に厚い。浅い一層だけのものではない。自分はすでに何年も修行しているのだから、知っているなどと思ってはならない。経典では、顕教修行では三大阿僧祇劫でなければ成仏することはできない、とはっきり書かれている。それは言葉で表現できる長さではなく、数十、数百億万年の時間なのだ。何を以って、自分はこの一生で数年学び、読経しただけで分かると言うのか?あなた達は何を知っているのだ?この字をどう書くかくらいではないのか?

よって、仏は特に我々に気づかせてくださる。『甚深』とは意識と人生経験法則で体得可能な境界ではないのだ。仏は『不可説』と仰せだが、それは仏の仏法を我々に教えてはならないということではない。仏の境界の中には言葉で形容できないものもあり、それらは修行体悟と上師確認によらなければ、境界が正確か邪見かを知ることができないのだ。そのため、一般凡夫俗子にとって、仏の定義は非常に深い。なぜなら体得した事がなく、この一生の人生経験法中では、誰も教えてくれないからだ。あなた達は母の胎内に宿ってから成年の後まで、これを学んだことはない。たくさんの人がリンチェンドルジェ・リンポチェに学仏したいと言いに来る。どうして学仏したいのかと尋ねると、自分の性格をよくしたいと彼らは言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに教える。学仏する必要はない。毎日海を見に行っていれば、心も性格もゆっくりと穏やかになるだろう。

こんなに簡単なことなら、気性を調整したいだけなら、他の宗教でもできる。主を絶対的に信じれば癇癪を起こすことはなくなる。なぜなら主の罰を恐れるからだ。仏法は人の経験法則ではない。仏は人が修行によって成られたものだが、人の経験法則は貪嗔痴であるのに、貪嗔痴を断つよう仏は我々にお教えくださる。当然経験法則とは異なる。あなた達は病に罹り、ガンが見つかると死を恐れてすぐに手術する。リンチェンドルジェ・リンポチェも皮膚癌に掛かったが手術せず、仏菩薩にも救いを求めなかったが、今では治ってしまった。68歲の老人らしくないほど肌はつやつやだ。なぜ慌てて手術するのか?それは福報が良くなく、周りの家族があなたの死を恐れるからだ。なぜなら、財産分与についてはっきりしていないので、先ずは手術し、生かしておいて、財産分与について伝えようと思っているのだろう。哀れなことよ!金がなければ一日も暮らせず、金があっても暮らせない。そのため、経典では『甚深』というのだ。人生経験法則を用いて後で講じる仏法を見てはならないということだ。。

経典では『諦聴諦聴』という。『諦』というこの文字を見ると、片側が『言』で、反対側が『帝』だ。専心集中して聞く、仏が説かれることを、皇帝の旨令と同じように慎重に聞かなければならないということだ。そうでなければ首を刎ねられる。中国文字は大変素晴らしい。英語には訳せない。カナダの弟子も訳そうとしたが訳せなかった。なぜなら英語にはこの文字がないからだ。『諦聴』とはつまり、聞き入れる、ちょっと試聴しよう、聞いても必ずできるという訳ではないという考え方ではいけない。これは疑だ。疑惑が起き、自分には無理だと思ったなら、それは不信だ。この一生でできなくとも良い。次の一世でできなくとも良い。だが必ずどの一世かで成し遂げることができる。

我々が現在学仏しているのは未来のためだ。未来のためなら必ずできなければならない訳ではない。今すぐできると誰が言うのだ?リンチェンドルジェ・リンポチェに、自分は良くできないのではないか心配だ、と言いに来る人がいる。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは経典にはそのように書いてない、と教える。何が良い(好)のか?漢字で言えば、一つの女(女の子、娘)と一つの子(男の子、息子)だ。結婚しなければ、どうして良い(好)だろうか?結婚していても、子供が一人だけでは良くないのだ!つまり全てはいい加減だ。このような人は他人に批判され、叱責されるのを恐れているだけなのだ。これこそ貢高我慢だ。学仏人は謙虚でなければならない。謙虚でない人は修行で力を得たとしても、やはり阿修羅道に生まれる。福報が十分ならの話だが。福報が不十分なら悲惨だ。鬼道に生まれ、大力鬼王になってしまう可能性が高い。

みな注意するが良い。この一生で修行したので、鬼道と阿修羅道に堕ちることはない、などと思ってはならない。少しの念頭でもあれば、このようになってしまうのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら身を以ってみなに示している。屏東へ行ったのはただの念頭に過ぎないのに、身体を壊してしまった。仏菩薩がリンチェンドルジェ・リンポチェに対して御慈悲を掛けてくださったので、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに処理でき、すぐに完済できた。もし、いつまでも貢高我慢だったなら、この一生で修行を続けたとしても、阿修羅道に行ってしまう。注意しなければならない。

経典で言う『善思念之』とは思想、念頭が善だということだ。あなた達が仏法を聞きに来るのは、聞いた後に誰かに対処するためでも、何かに対処するためでも、現在の何かの事態を変えるためでもない。これらはすべて善の念頭ではない。善の念頭とは、完全に生死を解脱し、以後機会があったなら衆生に利益するためだ。この種の思想、念頭を以って聞き、自分は聞いたことがある、理解したことがあると思ったりせず、以後も外に向かって語る。このようであれば、他人もあなたの言うことを聞くだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが言うだけで、必ず行わなければならないという訳ではないとあなたは思うかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示することは、リンチェンドルジェ・リンポチェが言っているのではない。仏が説かれたことなのだ。

仏は特別に我々に『善思念之』とお言いつけになった。先ずは『諦聴諦聴』と言い、出鱈目を言わず、そして善の念頭で思惟するよう求めるのだ。菩薩は我々を代表して仏法を請示してくださり、我々は衆生を代表して仏法を聞くのだ。善の念頭を持たなければならない。自分が修めていると思ってはならない。たくさんの人が、自分が修めていると思っている。だが、貢高我慢さえ改められていないのに、何を修めるのか?そのため、仏は特別に『善思念之』とお言いつけになるのだ。善の思想、念頭を用いてこれからの開示を諦聴するのだ。自分のほんの少しの思想、念頭、利己のためだけなら、完全に功徳はなく、人天福報になる。人天福報はこの生では絕対に使えない。次の一生でなければ使えないのだ。いかにして見極めるのか?リンチェンドルジェ・リンポチェがこの一生で少しの功徳も修めていなかったなら、以前皮膚癌に罹った時に死んでいただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが少しの功徳も修めていなかったなら、今回も屏東での修法の事で死んでいただろう。

人天福報はこの一生では使えない。次の一世まで待たなければならない。だが、功徳はこの一生で使うことができるのだ。功徳は生死を解脱する修行のために用いる。それにより、衆生に利益するのであって、世間の種々の事態を解決するのではない。世間の種々の事態とは過去で為したものを、今返しているのだ。良いではないか?あなたの願力、功徳が常に存在するなら、諸仏菩薩はあなたはまだ役に立つとお考えになる。だが、役に立つ、と言っても諸仏菩薩があなたを使うのではない。あなたがこの地の衆生に対して役に立つのだ。よって、先ずはあなたを死なせず、あなたに十数年苦労を続けさせるのだ。

たくさんの人がリンチェンドルジェ・リンポチェに病を癒して欲しいと求めてくる。そして、病が癒えたら衆生に利益すると言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは鼻で笑わずにはいられない。病が癒えなければ衆生に利益しなくとも良いのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは先ごろ、床に横たわり事切れそうになっていた時にも、漢方医である弟子に、娘を叩いてはならない、と言っていた。これこそ衆生への利益だ。あなた達は病が癒えたら衆生に利益すると言う。さらに、家族の病気が治ったら、仏にお目に掛かりに連れて来る、という。それなら不要だ。たくさんの人が経典に基づき仏法を弘揚しない。そのため、たくさんの人が仏法に対して不恭敬なのだ。

いわゆる『諦聴諦聴、善思念之』とは、大乗仏法を聴く際のすべての弟子に対する最も基本的な要求だ。これができないなら、ほんとうに来ないでもらいたい。なぜなら、それでは仏を誹謗してしまうからだ。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが言うのではなく、我々に法門をお教えになる際に、仏が『寶積経』中で仰せなのだ。仏の一つ一つの言葉を全て行わなければならない、とみなにお教えなのだ。再び強調したい。リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなた達に、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を諦聴せよと言うのではない。これらはリンチェンドルジェ・リンポチェが言ったものではない。仏に代わり言っているだけなのだ。

仏法を聞く時、『諦聴諦聴、善思念之』ができないなら、帰った方が良い。ここにいてはならない。仏法を聞いている時あくびする人をリンチェンドルジェ・リンポチェが叱責するのは、その人の心がここにはないからだ。自分のことを言っていないと思い、あくびをする。その結果またリンチェンドルジェ・リンポチェに見つかってしまった。どうしてあくびが出るのか?なぜなら『聞』を用いて仏法を聞いていないからだ。今日のリンチェンドルジェ・リンポチェの開示は聞いたことがあると思い、今必要なものではない、以後因縁が出来たらまた考えようと思っているからだ。

経典では『我今為汝分別解説』と言う。つまり、仏が、今あなたのために、と仰せなのだ。この『あなた』は菩薩ではなく、一切の六道有情衆生を含む。どうして分かるのか、とあなた達必ず尋ねるだろう。簡単に言えば、今日の2500年後にもう一度言うということだ!『汝』とは特定の対象ではなく、一切の有情衆生のことだ。それが皆聞いたということで、いつ聞くかは重要ではない。なぜなら仏には、時間の別がないからだ。いわゆる無寿者相なのだ。寿者相は寿命だと思っている人が多いが、実は時間のことなのだ。皆は2500年有る、と思うだろうが、仏にとっては、今起きている事なのだ。因縁生滅法だ。よって仏が『汝』に言う時には必ず対象があるという訳ではなく、六道内の一切の有情衆生なのだ。

金剛乗で語られることは、六道内の一切の有情衆生のことだ。金剛乗を学ぶなら、心は広大でなければならない。いわゆる広大とは、たくさん行う、大規模に行う、ということではなく、あらゆるものを受け入れなければならないということだ。受け入れるには区別、分別はない。衆生が苦しんでいなければ、我々にできることがあるだろうか?衆生は我々を成就させてくれるのだ。我々が衆生を成就させるのではない。『分別解説』とは、菩薩が前段で問うたことを、仏が何回かに分けて解説してくださっているのだ。『解』とは疑惑を解くことではなく、菩薩が問われた内容について、どうすべきか開示くださるのだ。

経典には『時浄無垢寶月王光菩薩摩訶薩聞仏聴許、即白仏言「唯然世尊!頂受聖教。」』とある。この数語は誠に面白い。諸仏菩薩が書かれた経典は実にシンプルで実に重要だ。菩薩が聴き、仏は応じて仏法を開示くださるが、菩薩は先ず礼を尽くしている。リンチェンドルジェ・リンポチェが二回目か三回目に閉関した時、尊勝なる直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに大手印を伝授すると仰せになった際、リンチェンドルジェ・リンポチェは先ず直貢チェツァン法王に『法王に感謝申し上げます。ですが、私は先ずは関房で十万遍の百字明を唱えて後に仏法を聞きたいと存じます』と申し上げた。これも礼だ。

あなた達ならどうだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが伝法すると聞けば、とても喜んで、即座に『はい』と言うだろう。そして、自分に資格があるかどうかなど考えもしない。自分は聞いた瞬間に理解できるとでも思っているのか?あなた達は百字明を一年かけても唱え終われないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは十日で十万遍唱えることができる。どのように唱えるのか?それは命を捨ててだ。なぜなら尊勝なる直貢チェツァン法王が伝法くださると仰せなのだ。次まで待って、もし伝法できなかったらどうなるのだ?つまり、機会を捉えなければならないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の業障が深重だと知っている。よって懺悔するのだ。菩薩であっても仏がお許しくださり、しかも開示くださると聞いて、頂礼した後、聖教をお受けすると仰せなのだ。『聖』とは『至高無上』ということではない。この方法が衆生の離苦得楽を助けられるということで、そのため頂礼するのだ。

あなた達は伝法と聞くと、本当にそんなことがあるかのように下に座っていて、伝法が終わり、『しっかり覚えたか』と聞くと、『覚えていない。こんなようだったような』などと言い、横の人や後ろの人に『さっきリンチェンドルジェ・リンポチェは何て言った?』などと聞いている。どうして忘れるのか?第一は、自分に福報がないからだ。第二には懺悔心がないからだ。第三には、清浄な心で法を聞いていないからだ。そのため、聞いたと思うと、すぐに忘れてしまうのだ。大菩薩でさえ衆生を代表して請法し、仏が応じてくださると、『頂受』と仰せになっている。古代インドでは、年長者の足を頭頂に頂くのだ。そのため、この風俗が仏法中にもある。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏像を頭の上に捧げるのを見たことがあるだろう。これが頭頂により仏菩薩に触れるということなのだ。

『頂受聖教』とは非常に尊重、盛大、丁重に、全心全霊で聞き、仏の教導を受け入れるということだ。だからこそ、仏も講法を続けてくださるのだ。大菩薩でさえこのように仏法を請示なさるのだ。あなた達はいい加減に跪き出鱈目を言う。これも要る、あれも要る、最良のすべてのメニューをリンチェンドルジェ・リンポチェの面前に広げ、前菜から最後の紅茶、コーヒーまですべて要ると言う。リンチェンドルジェ・リンポチェが仏教を宣教し始めてから、みな聞けば聞くほど恐れている。なぜなら、リンチェンドルジェ・リンポチェのように宣教する人はとても少ないからだ。一度唱え、文字について説明するだけの人が多い。これでみなとても喜び、自分は仏法を聞いた、法喜充満だと思い、さらには弘法人が慈悲で仏法を開示してくれたなどと言っている。

実は、経典の内はすべて咎める話ばかりだ。耳に心地よい話などまったくない。聞けば聞くほど怖くなるだろう。だが、恐れながらも自己を見つめ直さなければならない。皈依し、学仏すると決めたのなら、仏が説かれたことを始めるかどうか、行う決心を下すかどうか、自分の滅茶苦茶な、人にとても言えない思想を捨てるかどうかだ。決心を下したなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつとは言えないが、いつか成仏できる。それはリンチェンドルジェ・リンポチェは仏ではないので授記できないからだ。仏と法王だけが授記する資格をお持ちだ。授記とは、行者がいつどこまでできると予言することだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはとても授記できない。因果が恐ろしいからだ。今日は少しだけ開示した。これだけで十分だろう。二年講じても終わらないほどなのだから」と仰せになった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を率いてアキ護法と回向儀軌を修持くださり、修法の円満後に、参会者に続けて開示を下された。

「先ほどみなのために『寶積経』の内容を開示した。実はリンチェンドルジェ・リンポチェはそれほど長い時間の準備はしなかった。今日経典を持って帰って来た時、何を話すかまだ準備していなかったのだが、恭読時にあなた達が理解出来る部分がちょうど開かれたのだ。『寶積経』には中観と空性に関するものが非常に多い。これ以上講じても、あなた達には理解できないだろう。説法者は事前に非常に多くの準備が必要だ。修行は何年も行わなければならないが、講経の前には準備しなければならないだろうか?なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは経師ではないので、準備せずに、経文内容と自分の修行の経験、上師の教導から、経典を説明しているだけなのだ。

経典を聞くのは聴聞を広げるためではない。顕教では『聴経不如念経、念経不如行経(お経を聞くより、むしろお経を唱えるほうがよい。お経を唱えるより、むしろお経を実行するほうがよい)』という。聞いたなら、家に帰って思惟しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは『聞思修が要る』と開示したことがある。聞き、帰宅した後、その日聞いた仏法と自分の思想、行為が一致しているかどうかを思惟しなければならない。一致していないなら、改める。ゆっくりやろう、今は無理だなどと言わず、またはリンチェンドルジェ・リンポチェに改めよと言われていない、六字大明咒を唱えよとしか言われていない、などと思ってはならない。聞いて帰宅後に思惟せず、自分の福報と常識が増えたとだけ考えるなら、来てはならない。来ても役には立たない。帰宅して思惟する、とは、つまり落ち着くということだ。どれだけか覚えていられれば、それで良い。一言だけしか覚えていなくとも、自分の一切の身口意と同じかどうかを検視しなければならない。同じでないなら、それは不相応だ。

相応とは、仏が説かれた方法を行う決心を下せば、そうして初めて相応するのであって、咒語を唱え、昼間に光を目にし、夜は夢の中で光を見れば、それが相応だ、というのではない。あなたの行為と思想が、経典で講じる内容に基づき行われているかどうか。そうなら、それは相応であり、そうでないなら、相応ではない。見た目はほんとうのようでも、内心世界でできていないなら、やはり相応することはできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは適当に開けば、それがあなた達に役立つ内容だったのだ。簡単に言えば、それはリンチェンドルジェ・リンポチェが発した願と諸仏菩薩の願力とが相応しているからだ。

自分は大乗仏法を修めているというが、一体どれだけ大乗仏法を理解しているのか?どう住するのか?どう行するのか?誰も言ったことがない」と仰せになった。その時出家弟子が「確かに聞いたことがありません」と申し上げた。「どうして誰も言ったことがないのか?なぜならこの種の修行経験を経ないため、ほんとうに言うことができないからだ。ただ、一度唱えて聞かせることしかできない。修行経験とは、リンチェンドルジェ・リンポチェが言えばそれで良いというものではない。尊勝なる直貢チェツァン法王が確認して初めて認められるのだ。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの側におられないではないか、などと思っているだろう。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの法会における開示を全て見ておられ、たまにはリンチェンドルジェ・リンポチェに『よかった』と評価を下されることもあるのだ。反対に、リンチェンドルジェ・リンポチェが説く仏法に誤りがあった時、直貢チェツァン法王が何も言われないはずはない。

リンチェンドルジェ・リンポチェが皈依したのが、中国語が分からないチベット人上師なら仕方がない。だが、尊勝なる直貢チェツァン法王は中国語がお分かりになる。分からない字があったとしても、辞書を引くことができるではないか。直貢チェツァン法王はタブレットPCをリンチェンドルジェ・リンポチェよりも上手に使い熟されるのだ。仏法を聞いた後は必ず聞思修をしなければならない。聞いた後うちへ帰り、大変疲れた、先ずは一眠りしようと考える。一眠りしても構わないが、目覚めたら考えなければならない。福報が累積できた、講演会や集会に参加した、遊びに行く金を数千元節約できた、などと思ってはならない。聞いて帰宅したら思惟しなければならないのだ。だが、自分にできるかどうかを思惟するのではない。自分が聞いた仏法を行っているかどうかを思惟するのだ。もし、行っていないなら、すぐに始め、しかも行う決心を下さなければならない。何かが起きてから、リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て、懺悔したいと言うようではいけない。

仏菩薩は方法しか教えては下さらない。だが、決心するかどうかは、あなた達次第なのだ。尊勝なる直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェの縁を開き閉関させてくださった。リンチェンドルジェ・リンポチェは断り、先延ばしし、行かないこともできたが、これは全て自分で決定したのだ。直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェに必ず行くよう脅迫なさったりしていない。リンチェンドルジェ・リンポチェが行かなければどうなる、などと仰せになったことも一度もない。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた達に対してもそうだ。念じず、拝まないならどうなる、などとあなた達に言ったことは一度もない。教えに従うなら拝み、従わないなら勝手にすれば良い。そうならあなた達の本業に基づき、本来の業力を回復するだけだ。

仏法の上師と占い師とは違う。経典でも、真の修行人は吉凶により信衆を引きつけない、と言う。修行人はあなた達に今後どうなるなどと教えることはない。最近はこのようなのが非常に多い。特別に深い意味があるような様子であなたを見て『最近よく眠れないのではないですか?』などと言う」とユーモアたっぷりに仰せになり、「よく眠れる人など今の世の中にいるのか?この種の人は、後ろに二人いる、などと言って、首を振って見せたりするのだ。あなたは死ぬほど驚いて、リンチェンドルジェ・リンポチェに聞きに来る。リンチェンドルジェ・リンポチェには名言がある。言った人が責任を取る、だ。次にこの種の話を聞いたなら、一体二人なのか四人なのかと聞くのだ。もし、四人のようだと言われたら、その人に処理させよ!

この種の方法を使うべきではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは見えても言わない。どうして言わないのか?この人にこの縁がなければ、言ってどうするのだ?我々は他人を脅してはならない。いわゆる『無畏施』とは、人に怖がってはならない、と諌めることではなく、名聞利養のために、人に恐怖心を起こさせ、自分を怖がらせてはならないと言うことなのだ。

以前リンチェンドルジェ・リンポチェがまだ信衆であった頃、一人の女性が妻のある男性との子供を身篭った。彼女は知っている全ての仏弟子に電話し、どうしたらいいか?と相談した。彼女自身は菜食し、拝仏していた。だが彼らは皆、邪淫戒を破ったと彼女を責めた。十人、二十人に聞いた後、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに聞きに来た。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは最も修行人らしくなかったからだ。仏珠を身につけず、法会巡りもしていない。彼女の話は非常に直接的で、サラサラと全てリンチェンドルジェ・リンポチェに話した。リンチェンドルジェ・リンポチェは『とても簡単だ。第一に中絶してはならない。子供を産まなければならない。第二に他人の家庭を破壊してはならない』と告げた。彼女は聞き終わった後『兄弟子、もしあなたの言うことが彼らと同じだったら、私は飛び降りていたでしょう』と言った。彼らは皆揃って、彼女を邪淫だと罵り、破戒した、学仏はどこへ行ってしまったのだ、と彼女を非難したのだ。

我々は仏法を用いて他人に恐怖心を起こさせてはならない。その人が目の前の事態に責任を負えるよう助けなければならないのだ。その後ゆっくり話せば良い。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時この女性を助けた。子供が生まれるまで助け、いろいろな面で助けたが、後に行き来がなくなってしまった。だが、これは少なくとも証明している。いわゆる『無畏施』とは人を怖がらせてはならない、というのではなく、自分の過ちにいかにして責任を負うかを真に理解させることなのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがその日他の人と同じように、邪淫を犯した、破戒した等と罵っていたならどうだろう。だが、経典には、これは邪淫だとは書かれていないのだ。それなのに、邪淫だと言われてしまっている。それは、たくさんの人が自分は君子だと思っているからだ。

この女性は今は非常に順調で、子供も大きくなった。これは彼女自身の縁なのだ。結果に責任を負わなければならない。女性一人で子供を育てるのは大変だ。だが、少なくともそれ以上の苦しみが加わることはない。そのため、お人好しではいけないのだ。自分は修行している、自分は仏法を理解しているなどと思ってはならない。仏法の観念は過ちは過ちだ、正しいことは正しい、というのではない。入り混じって複雑なのだ。あなた達に智慧がないなら、上師の救いを求めればよいのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて、ある公人がレストランで他人に菜食を勧めているのを見たことがある。勧めた結果、最後には喧嘩になってしまっていた。これも、仏法に対して非常に深い、良くない誤解を生じさせる。修行とは個人の行為だ。あなたが仏法により自分を変えられるなら、あなたの周りの人は自然に受け入れ、あなたと共に改めるだろう。彼らにあなたに従うように迫るのではない。従わないなら愛していないのだろう、などと言ってはならない。愛していないなら、どうだというのだ?いっそのこと最初からその人を愛さなければいいのだ。自分は学仏しているので良い人だと思っているのか?これは正しくない。釈迦牟尼仏であろうと、御自分の種族は滅亡させられてしまったのだ。事実を変えることはできない。家族であろうと、それぞれが修行するのだ。妻は夫に代わることはできず、夫は妻に代わり修行することはできないのだ。

あなた達は夫と妻は同修だというが、これはいい加減な言葉だ。あなたは相手の代わりに修行できるのか?同修とは仏法名詞だ。同一の道場、同一の上師の座下で修行する同法門の弟子ということであり、夫婦を指すのではない。台湾ではいつからこの言葉が使われだしたものか?以前リンチェンドルジェ・リンポチェが顕教を学んでいた時には聞いたことがなかった。世間では夫、妻という名詞があるのに、それを用いず、学仏人を装っているのだ。経典には夫、妻を同修と呼ぶとは書かれていない。一体誰がこのような名詞を発明したのか?経典中の一つ一つの名詞はすべて我々が修めるべきものだ。理解できていない人は、使い間違い、言い間違う。みなしばしば仏を誹謗する。仏を罵らなければ、仏を誹謗していることにならない、という訳ではない。仏法名詞、仏法を間違って使ってもそうなのだ。なぜなら仏の含意はそうではないからだ。

学仏するなら、仏が我々に何をお教えくださったかが自然に分かるようになる。仏は我々に世間のこの種の面倒な事をお教えなのではない。夫は妻に対してどうあるべきか、妻は夫に対してどうあるべきか、嫁は姑に対してどうあるべきかを教え、世俗の事について触れている経典もある。だが、真の教導は聖教だ。我々に生死を解脱させてくれるのだ。生死を解脱させてくれるのだから、我々は自分の多くの思想を検討しなければならない。正しいか誤りか、良いか悪いかの問題ではない。生死を解脱できるかどうかの問題なのだ。自分で検討しなければならない。仏法を聞いても帰宅してすぐに寝てしまい、それで福報があると思い、リンチェンドルジェ・リンポチェが守ってくれると思っていてはならない。あなた達が真の学仏人でない限り、リンチェンドルジェ・リンポチェは生生世世にあなた達を保護することはできないのだ」と仰せになった。

法会が円満となり、弟子達は声を揃えて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる開示に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを起立して謹んでお送り申し上げた。

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2016 年 03 月 06 日 更新