尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年5月3日

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターで殊勝なる「チベット仏教直貢噶舉派阿彌陀仏大超度法会」を主法くださった。参会者は日本、カナダ、ドイツ、アメリカ、中国、台湾等地の弟子と信衆で、1298人が参加した。祖師ジッテン・サムゴン、歷代伝承上師、三恩根本上師直貢チェツァン法王、直貢チョンツァン法王、及びアキ護法の加持と庇護の下、法会は清浄にして円満となり、功徳は無辺衆生に広がり、参会者は悉く法喜に満たされた。

法会の開始に先立ち一人の弟子が、仏と無別の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くも家人を救ってくださった経緯と「快楽と痛苦」の殊勝なる加持について語る機会を尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがくださったことを感謝した。

「2013年7月私は先生に『チベット語や梵語を学ぶことは学仏に役に立つでしょうか?』と教えを請うた。すると先生はきっぱりと『役に立たない!』と答え、反対に『なぜ学仏するのか?』と尋ねられたので、『生死輪廻を解脱することです』と答えたところ、『快楽と痛苦』という書を読み、寶吉祥仏法センターHP上の『衆生済度の事跡』を読むよう勧めてくださった。そして『学仏するなら必ず具徳の上師に従わなければならない』とおっしゃった。こうして全く思ってもみなかったことに、この瞬間から私の人生は変わり始めたのだ。初めて『快楽と痛苦』の表紙を見た時、言葉にできない不思議な感覚が湧き上がってきた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法照を目にした瞬間、心は歓喜で満たされ、この荘厳な法相の修行人は自分が尊敬する先生の上師に違いないと確信した。さらに『假好人(偽善者)』という章で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの『すべての痛苦は一切の悪行に伴うものだ』という開示を見た時、私は恍然と悟った。自分が幼い頃から繰り返し苛まれてきた病苦と心苦はすべて無数の衆生を傷つけ、無数の悪業を為したためだったのだ。その時、私は真の菜食を始めることを決めた。便宜的なものでも、適当に菜食らしいものを食べるのでもなく、本当の菜食を。

一ヶ月後、私は初めて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『どうしたのだ?』とお尋ねくださったので、私は勇気を振り絞り『リンチェンドルジェ・リンポチェに従い学仏したいと存じます』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『すでに学仏しているのではないか?』と仰せになったので、私は驚き、『初めて寶吉祥仏法センターに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェにはまだ何も申し上げていないのに、リンチェンドルジェ・リンポチェはどうして知っているのだろうか?』と思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて『あなたは広論を学んでいるのではないか?』と仰せになったので、私は頷いた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはさらに慈悲深くも『仏教経典は経、律、論に分かれている。寶吉祥では仏が説かれた「経」を次第に実修し、「論」は出家者に読ませる。寶吉祥での学仏と広論を学ぶのは異なる二つの学仏道だ。両方で両方学ぶのでは、心が乱れて何も身につかない。帰宅しよく考えるように。決めたら十日後にもう一度来るが良い。待っているぞ』と開示くださった。その時私は欲張って両方で学仏しようと考えていた不恭敬な心を恥じた。私と先生とは、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェが、14日後ではなく、十日後にもう一度来るよう仰せになったのかが、理解できなかった。ただ、私達はリンチェンドルジェ・リンポチェが仰せになるすべてのお言葉には、必ず道理があると信じていた。後に、每木曜日の広論クラスへ行かないと私が決めてから十日ということだったのだと知った。リンチェンドルジェ・リンポチェは私が每木曜日にクラスへ行くことまでもご存知なのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはまったく凄過ぎると賛歎を感じた。

二週間後、私は再び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜った。リンチェンドルジェ・リンポチェは『なぜ学仏するのか?』とお尋ねになったので、私は『人生はあまりにも苦しく、離苦したいからです』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『これは我が求める答えではない』と仰せになったので、私は再び『これまで自分は罪を犯し続けてきました。そして悪性輪廻から抜け出すことができず、いつまでも苦しんできました』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまたも『これは我が求める答えではない』と仰せになった。けれども、私は自分の考えに固執し、意味のない答えを続けた。リンチェンドルジェ・リンポチェは三度目に『これはやはり我の求める答えではない!帰って、「快楽と痛苦」を20回読んでみよ』と仰せになった。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる開示に感謝申し上げたい。私は気付いた。自分は実はこんなにも利己的で、自己中心的だったのだ。自分の苦しみしか目に入らず、他人の苦しみ、衆生の苦しみには全く関心を払っていなかった。

この後、私は帰宅し一度読了する度に、学仏の動機を書き記した。けれども、その答えは毎回違っていた。本来私は一ヶ月以内に20回読むつもりだったが、結果として半年もかかってしまった。20回読了した後、再びお目にかかった時、私の心には少しの答えもなかった。ただ、この生で最も重要な事は仏と無別の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに依止することなのだと、しっかり理解していた。半年間準備し、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかり、日曜日の共修法会と施身法法会に参加させてくださるようお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは一切何もお尋ねにならず、ただ慈悲深くも『申し込んで来るが良い!』と仰せになった。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる教法に感謝申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださったように、快楽と痛苦の意義を真に徹底的に理解した後、努力して訓練しなければ、自分を解脱させることはできないのだ。

私の父は四年前、心房細動による動脈血栓で脳卒中を起こした。当時は右脳の三分の一の血管が詰まり、右脳の炎症は深刻で脳幹を圧迫し、生命中枢である脳幹が歪んで変形したため、父は呼吸困難から昏睡状態に陥った。愚かな私は医者の意見に従い、開頭手術を行い脳内圧力を下げ、父の生命を救おうと考えた。当時私は、開頭して父に救急処置を施す、と聞いた時に母が受けた衝撃を無視し、また主治医が何度も『今後はとても長い道のりが待っていますよ』というのを軽く考えていた。開頭手術の後、父はようやく目を覚ました。植物状態には陥らなかったが、左半分の身体能力を失い、一時的に失明し、嚥下と発話を忘れてしまっていた。入院していた半年の間、絶えず嚥下訓練、言語訓練、リハビリ等を行ったが、それは父に無数の苦痛を与え、この治療過程は父の一生にとって最大の悪夢となってしまった。健康そのものだったのが、一瞬の内に半身不随になってしまった。それが、父は今でも受け入れられないようで自暴自棄になり、もともとは穏やかな性格だったのが横暴で頑固で、悪口を吐き、暴力まで振るうようになってしまった。台湾人であろうと外国人であろうと介護士は長続きせず、すぐに辞めたいと言い、四年間で十人以上の介護士を変えた。そして、父の精神状態が最も深刻である時、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに巡り合ったのだ。

私が『快楽と痛苦』を17回目に読んでいた時、父は躁鬱病の治療を受けていた。抗うつ薬の副作用で足が痛みそれが段々強くなり、痛み止め、睡眠薬、鎮静剤をどんなに飲んでも、父の叫びや喚きを止めることはできなかった。私達は交代で24時間父をマッサージしたが、苦しむ父を鎮めることはできなかった。私はリンチェンドルジェ・リンポチェに仰せつかった『快楽と痛苦』を20回読むという宿題をやり終えてはいなかったが、勇気を振り絞り、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかり、父を救ってくださるようお願い申し上げた。それは、四度目の拝謁だった。リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった時、私は非常に恥ずかしくなった。私は怠惰で恭敬心がなく、リンチェンドルジェ・リンポチェの仰せの通り宿題を完成させていなかった。その日は父を伴っておらず、家人の一人として一緒に拝謁してはいなかったが、私がリンチェンドルジェ・リンポチェに父の状況を報告申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に慈悲深くも『あなたは今毎日「快楽と痛苦」を読んでいるのではないか?』と仰せになったので、私は頷いて『そうです』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『本には尊勝なる直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェの法照がある。「快楽と痛苦」を読了する度に、功徳を父に回向しさえすれば、父は歷代の直貢噶舉祖師、直貢チェツァン法王、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けることができる』と開示くださった。その日私は帰宅が遅かったので、父はすでに眠っていた。翌朝私は父に『足はまだ痛む?』と聞くと、父はなんと『昨晚は痛まなかったので、よく眠れた』と答えたのだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのどこまでも及ぶ度衆の大能力を、凡夫の私には想像できない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くも父に加持くださったことを深く感謝申し上げたい。その後父の足は我慢できないほど痛むことはなくなってしまった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに七回拝謁申し上げた後、私はついに昨年(2014年)7月20日尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依することができた。その日は、母と妹が付き添い、父も初めて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『何かあるか?』とお尋ね下さった。母は、リンチェンドルジェ・リンポチェに病気の父に加持くださるようお願い申し上げた。衆生の苦しみを憐れまれ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに金剛杵で父に加持を下さった。母は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力に深く感動していた。二週間後、八度目の拝謁の際には、父も一緒に拝謁賜り、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げ、母も共に参上し法会への参加を求めることに同意していた。ところがその日、車椅子に乗っていた父は仏法センターに入るや否や大声で叫びだし、床に寝転び車椅子に乗りたくないと駄々をこね、待ちたくない、うちへ帰ると駄々をこね、寶吉祥が清浄な道場であることなど全くお構いなしだった。父の行為は家や病院でと同様あらゆる人を尊重しないものだった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの御前に出て、父はようやく静かになったが、母と私は慚愧に堪えず淚を流していた。因果を信じない父は、仏を誹謗し、地獄に堕ちる恐ろしい重罪を自らが犯したことなど全く理解せず、泣くなと、私に命令さえするほどだった。慈悲なるリンチェンドルジェ・リンポチェは父を叱らないばかりか、笑顔で『今は大声で話せるくらい元気があるのだな?』と話しかけた。父は静かに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを見ていた。リンチェンドルジェ・リンポチェはさらに『私をまだ覚えているか?』とお尋ねになったところ、父は静かに頷いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは壇城上の米で病んだ父を加持くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは父母を指し私に『この二人はあなたの何だ?』とお尋ねになったので、私は『私の父母です』とお答え申し上げた。慈悲なるリンチェンドルジェ・リンポチェは『大礼拝を行い父に代わり懺悔せよ』と仰せくだり、仏菩薩の御前で懺悔する機会を父と私にくださったのだ。淚で満面を濡らしていた私は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの恩情と慈悲に言葉では言い表せない感謝を感じた。慈悲なる上師はいついかなる時も弟子のことを考えてくださっているのだ。

父はある時、普通食を食べたいと言い出したが、当時すでに菜食していた母と私は、衆生の肉を食することで、重病の父にこれ以上の悪業を為させたくないと考え食べさせなかったが、父はそれに対して絶食し、何も食べず、水さえも飲まなくなった。すると母の心は揺らぎ始め、こっそり肉を買ってきて父に食べさせた。ところが、食物を父の口に入れても父は飲み込むことができず、少しの汁を飲めただけだった。私はそれを発見した後『リンチェンドルジェ・リンポチェは、衆生の肉を食べ続ければ病は絕対に良くならない、と開示くださった』と母に言いつづけた。そして私は、父が食べたがっていた普通食の代わりに、最高品質の日本食品を買って来て父に食べさせるようになった。すると、思ってもみなかったことに、毎日黒糖を加えた元気豆乳しか受け付けなかった父が太りだし、心身ともに元気を取り戻したのだ。半年間元気豆乳しか摂取しなかったが、身体状況は返って良くなったようだった。これに加え、漢方クリニックの最上等な飲み薬で数ヶ月調整したところ、父の検査データはアルブミンがいくらか低い以外は、不合格だったすべてのデータ(血圧、コレステロール、血糖等)が正常に戻り、毎日20錠余り飲んでいた西洋薬も、今では1/4まで減らすことができている。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェがなされる事は全て、無辺の衆生に利益でき、弟子達はいつもリンチェンドルジェ・リンポチェの至れり尽くせりのお世話を受けているのだ。

また私は二年間菜食した頃、40年近くも悩まされてきた喘息と深刻な鼻アレルギーが薬も使わずに治ってしまっているのに気づいた。子供の頃から様々な喘息治療を受けてきたが、私のアレルギー指数はやはり非常に高く、正常值が100以下の免疫グロブリンE指数が1000にもなっていた。子供の頃は高価な漢方薬-粉光をたくさん服用し、注射による每週の皮下免疫療法を三〜四年行った後、長期間ステロイドを服用し、抗ヒスタミン薬療法を何度も行った。物心ついた頃から、喘息発作の記憶はいつでも私について回った。夜中に発作が起き呼吸が苦しくなった時には、夜が明けるまで、または知らぬ間に寝てしまうまで、ただ座っていた。夜中に父母を起こし、彼らに心配をかけたくなかったのだ。眠りに就いた後には永遠にもう二度と目が覚めないのではないかとしばしば思った。数十年来、あまりにも多くの薬物を服用したことで、喘息が良くなることなど一生ないと私は諦めていた。けれどもこの二年来、薬を飲まず、噴霧薬も使っていないのに、喘息の発作はほとんど起きなくなってしまったのだ。ほんとうに不可思議な奇跡のようだ。

ある時、特に意識することもなく、私は曾兄弟子に、妹の娘が、言葉が出るようになってから、彼らには目に見えない衆生(姪は彼らをオオカミと言っていた)が見えるとしばしば口走ると話した。ある時には、これら衆生は付きまとったり、姪っ子に向かって来たりして彼女を怖がらせていた。妹は娘を連れてあちらこちらに收驚(お祓い)に行っていたが、全く効果はなかった。三歲の姪は半年の間、入浴できないほど恐れたり、または突然呆然と宙を見つめたかと思うと床を転げ回って泣き叫んだりなどの状態が続いていた。このため、仏を信じていなかった妹は、道士の助けを求めて、しばしばあらゆる場所を訪ねていた。曾兄弟子は、妹と姪を連れて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げるよう勧めてくれた。けれども妹にこのことを伝えると、妹は『娘は最近状態がすごくいいので、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに行く必要はないわ』と言って断ってきた。

私は妹に、帰ってよく考えるように言い、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる著作『快楽と痛苦』を読むよう勧めた。数週後妹が『リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかりたい』と言って来たので、私は驚き、どうして考えを変えたのか尋ねた。数日前リビングに置いてあった『快楽と痛苦』を見て、三歲の娘が『これは何?』と聞いてきたので、本を開き、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法照を見せて『おばちゃまが、このリンポチェお爺ちゃまはすごくて、オオカミのことなら何でも知ってるって言うのよ。会ってみたい?』と聞くと、姪はためらうことなく、『うん』といったので妹は驚いたと言う。子供が適当に言っているだけではないかと思い『リンポチェお爺ちゃまに会ったら何て言うの?』と尋ねると、姪はすぐに『リンポチェお爺ちゃまに、どうしてオオカミはいつも私にくっついてくるの?って聞きたいの』と言ったと言う。三歲の子供が、リンチェンドルジェ・リンポチェに会いたいと言う思いを口にしたことで、妹は考えを変えたのだ。

妹はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜った際、姪の問題を報告申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは大声で『滅茶苦茶な事を言うな。自分で産んでおいてしっかり世話をしていない。金儲けばかりにかまけて、母としての責任を果たしていない。子供が病気で具合が悪いと、あれこれ疑い、子供の面倒をみる責任を他人に押し付けている。オオカミとはあなた達が自分で考えて子供に教えたのだ』と妹を叱責なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェは姪を指差し妹に向かって『娘は目が大きく美しい。健康に問題がないことなど一目で分かる。健康に問題があればこうであるはずはない』と仰せになり、慈悲なるリンチェンドルジェ・リンポチェは続けて、姑に孝行を尽くし、夫を大切にするよう、教導くださった後、金剛杵で妹に加持をくださり、私を見て『妹を漢方医に診せ身体の調子を整えさせるように。西洋医にかかってはならない』と仰せになったので、私はすぐ頷いて『分かりました』とお答え申し上げた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは『妹は血色がひどく悪い。娘を産んだ時、出血量が多かったのに、その後しっかり療養しなかったのだ』と開示くださり、最後にチョコレートを二個取り出し、息を吹きかけて加持くださった後、妹に渡して『娘が食べないなら、あなたが先に食べて見せるのだ。ここを出る前に必ず娘に食べさせるように』と開示くださった。姪ばかりか妹をもお救いくださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

寶吉祥仏法センターを出る時、果たして姪はチョコレートを食べたがらなかった。すると、妹は手に一個取り食べる振りをし、もう一個を私に渡して『家に帰って病気のお祖父ちゃんにあげよう』と言った。姪はそれを聞くとすぐにチョコレートを取り、口に放り込み、美味しい、と言い、もう一個もすぐに食べてしまった。妹と私は懺悔したい。すべては私達の心魔が作り出したものだったのだ。妹は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの貴重なる開示と加持に深く感謝していた。リンポチェお爺ちゃまに会った後、オオカミが二度と再び現れなくなったことを姪は今でもはっきり覚えているようだ。その頃ちょうど、朝食店を経営していた妹は、山の上のコミュニティにあった店を譲り、市内でもっと大きな朝食店を開こうとしていた。母と私は、殺業の飲食業から離れるよう何度も勧めていたが、学歷が高くない妹は、自分に何ができるか分からないと言っていた。ところが思ってもみなかったことに、拝謁から一週間もしない内に妹は店を譲ることができ、それと同時に近所の人が妹に、学童保育所の経営を手伝うよう依頼してきた。こうして、予想外に、一週余りの間に妹は転職できたのだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げたい。

貴重な懺悔の機会を賜ったことを私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。私は自分の無明が植え付けた種々の悪業を懺悔したい。私の身に起こった事は全て因果業報で、私はこれから逃げず、向き合い、受け入れなければならないのだ。私は懺悔したい。子供の頃から、肉を食べない私のために、食事の度に父母はシーフードを調理し食卓に上らせたため、無数の海の生き物や魚類を食べ、衆生を傷害する悪業を犯した。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださったように、肝臓を壊してしまった。私は懺悔したい。喘息を治療する薬だと言う民間療法を信じ、従姉妹は鳩を窒息させて煮込み、私に食べさせ、殺業を犯した。私は懺悔したい。かつてカニ足を好んで食べたため、包丁で残酷にもカニの足の関節を砕いていた。それが現世花報となり、膝蓋骨が外側にずれ、しばしば痛くてたまらなくなる。私は懺悔したい。子供の頃、ビニール袋でハエを捕まえ、それに水を入れてハエを溺れさせて遊んでいた。私は懺悔したい。かつて、生物の宿題で昆虫標本を提出しなければならず、昆虫が捕まらなかったので、代わりにゴキブリを捕まえ、残酷にも針でゴキブリを刺し厚紙の上に固定し、痛がってもがいた末に死んでいく様子を見ていた。

私は心から懺悔したい。大学入試の頃、妊娠してしまい、自分勝手に中絶した。父母の顔に泥を塗るのを恐れ、父母を悲しませたくなく、残酷にも自分の子供を殺してしまったのだ。私の殺業の習性は非常に重い。楽な生活を貪念し、子供のために苦労したくなかったのだ。この生の殺業だけでも十分に多く、無間地獄に堕ちるに十分なほどだ。私が受けている苦など、累世に傷害してきた無数の衆生の苦しみとは根本的に比べものにならない。貪嗔痴慢疑のために為してきたたくさんの悪業は言うまでもないことだ。父の重病のおかげで、人生の無常を思い知ることができたことに感謝したい。苦しみに耐えながら三悪道の苦を示し、因果の恐ろしさを知らしめてくれたことを父に感謝したい。『仏子行三十七頌』中の『諸苦如夢中喪子、妄執実有極労累、是故会遇違縁時、視為幻象仏子行(さまざまな苦しみは、夢の中での息子の死のごとく、錯誤を実体あるものととらえることより生じた疲れ、それゆえ、たとえ逆境に遭遇したとしても錯誤と見なす、それが菩薩の実践である)』を読むと、仏法のありがたさ貴重さを深く思い知らされる。仏法の救いに導いてくれたことを、過去に遭遇した病苦、心苦に感謝したい。

私はこの生であちらこちらを探し回り、心は絶えず世界各地を飛び回り、様々な言語を通してひたすら知識を求め、業の枷鎖から逃れようとしてきた。自分がなぜ探し続けているのか、以前の私は知らなかったが、今ではようやくわかった。自分は貪嗔痴煩悩に縛られており、自分の心の相貌が見えていなかったのだ。私は林兄弟子、曾兄弟子に感謝申し上げたい。上師の功徳を絶えず賛揚し、この生で幸運にも尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する因縁をもたらしてくださったのだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに依止できたことは、この生で最も有り難く、最も貴重な福報なのだと深く悟った。

この二年来、私と家人には多くの困難と障礙が起こったが、上師の慈悲を信じ、上師の力を信じ、自分が上師の求めに応じられると信じることで、学仏の逆縁を一つ一つ排除し、これにより心を静めて仏菩薩の教導を受け入れることができた。私は、必ずしっかり教えを守り、上師の教導に従い、依教奉行し、止悪行善することを発願し、累世に為してきた悪業をこの生で完済し、生死を解脱することを発願したい。また私は、一切の衆生が仏菩薩の撮受を得て正法を学習し、因果を深く信じて止悪行善し、輪廻を断ち、真に離苦得楽し、西方浄土に往生することを祈願したい。最後に、私は一切の衆生に代わり、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し世に永住し、仏法事業が興盛となり、直貢噶舉の法脈が永遠に流伝し、法界の一切有情に利益できるよう祈願申し上げる」と述べた。

午後二時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは薰香炉、楽器、宝傘の前導と奉迎の下、八吉祥白絨毯を歩まれ壇城に上られた後、諸仏菩薩に恭敬に頂礼され、尊勝なる直貢チェツァン法王の如意寶法座に哈達を献じ、点灯供仏の後、法座に上られた。

修法に先立ち、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参会者に貴重な仏法の開示を下された。

「今日は阿彌陀仏超度法会を修持する。みなも知っておろう。仏法は二つの部分に分けられる。一つは『顕』で、もう一つは『密』だ。経典では『続』というものもある。学仏では必ず先に顕教を学ぶ。顕教は仏が説かれた一切の仏法の根本観念と基本理念であり、一切の経典はすべて顕教の部分である。チベット仏教では、密法を学ぶ前に顕教を十年学ばなければならない。いわゆる顕教を学ぶとは、すべての経典をスラスラ読めるまで念じるということでも、一日中他人と異なる動作を行うことでもない。仏法で最も重要なことは、自分の心の修行なのだ。伝法師の口伝と仏法解釈を得たなら、仏弟子であれば、仏法を用いて自分のすべての思想、動作が仏陀の教えに背いていないかを評価しなければならない。こうでなければ修行とはいえず、たくさん読経し、たくさん拝懺し、たくさんボランティアすることでも、他人に必ずあれをしなければならない、これをしなければならないと強く言うことでもない。これらはすべて助縁(学仏の縁を結ぶこと)に過ぎないのだ。

十年顕教を学んだ後、上師は弟子の根器に応じて、密法の伝授を始める。密法は事、行、瑜伽、無上瑜伽部に分かれる。通常は先ず事部を伝えるが、事部を伝える前に通常は不共四加行を伝える。『不共』とは、修める法門は金剛乗を学ぶ行者にだけ与え、小乗と大乗とを共に修行する法門ではないということだ。『四加行』とは、十万遍の大礼拝、十万遍の金剛薩埵咒語、十万遍の献曼達(供養)、十万遍の上師相応法だ。この四つの十万回を円満とした後、直貢噶舉ではさらに大手印を伝える。大手印とは直貢噶舉派学禅の法門で、次第に分かれ、中国禅宗とは異なる。中国禅宗には北伝と南伝がある。南伝は最後には六祖慧能大師までつながる。達摩祖師が禅宗を中国に伝え、こだわったのは頓悟だ。これはすぐに開悟できる方法だ。漸悟は中国にも伝わっている。大手印は漸悟を主とする。これはチベット人の智慧がそれほど高くない、というのではなく、末法時代の衆生には、頓悟の根器がほぼないからだ。

大手印には四つの次第があり、それぞれ三つに分かれ、全部で12の次第がある。この一生で12の次第を円満とできれば、必ず法身まで証することができる。どの本尊を学ぶにも、不共四加行を修めた後、大手印の伝授を始め、上師は本尊灌頂、口伝を授け、教導が起き、次第を円満とし、剋期閉関する。剋期閉関とは、一定期間の内に、単独で関房中で本尊咒語を念じ終え、六字大明咒なら少なくとも100万遍念じることだ。100万遍念じる方法は、最近流行している片手にカウンターを持ち、片手に数珠を持つ方法ではない。これは認められない。必ず関房中で、上師の灌頂、口伝を経て、しかも上師の許しを得て閉関を始めなければならない。

チベット仏教はあまり民主的とはいえないかもしれない。台湾の仏教の方が民主的なようだ。誰でも閉関したければ閉関でき、誰でもしたいことができる。表面的には非常に自由だが、実質的には得法できていない。釈迦牟尼仏が仏法の弘揚を始められた時には、すべて上師の口伝により、いわゆる自修はなかった。阿羅漢を修めるにしろ、伝承に頼らなければ修めることはできないのだ。経典では、半径五百里の内に具徳の上師と出家衆がいないなら、仏像に皈依し修行を始めることができるというが、現在の台湾ではこれはありえない。少し行けばすぐに道場がある。寶吉祥仏法センターの斜め前にも幾つかの道場あるではないか。よって、自分で修行できると言う条件は存在しないのだ。

だが、今の人は皆管理されるのを嫌う。家に篭って自分で念仏すれば、仏菩薩のお耳に届くと思っている。けれども実は、閉じ篭って念仏しても、自分自身が聞いているだけなのだ。閉関とは経典を持って内部で念じれば修められると言うことではなく、必ず次第、儀軌、口伝、心法等がなければならないのだ。そのため、本尊咒語100万遍の円満は、絶対的に殊勝なる徵兆の出現だ。これら徵兆は、自分でいえばそれで良いというものではなく、必ず伝法上師が、得られた徵兆が正しいものであることを確認しなければならないのだ。自分で考えたもの、聞いたもの、作り出した物語はすべて数の内に入らない。本尊法を修めた後、ようやく自修を始める。仏法では自利利他としばしば言う。これは、学仏すれば非常に大きい利益を得られるというのではなく、自分の生生世世の問題、つまり業障を全く消せていないなら、何を以って衆生に利益するのだ?ということだ。

今年リンチェンドルジェ・リンポチェは訳も分からず牡丹社事件の亡者の超度に行き、健康にすぐに問題が現れた。だが、一ヶ月ですぐに回復してしまった。医者である弟子によれば、リンチェンドルジェ・リンポチェの68歲という高齢で、このような状況が出現すれば、健康を回復するには、少なくとも二年以上かかるということだ。どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェはこんなに早く健康を取り戻せたのか?当然リンチェンドルジェ・リンポチェ自身も修めたが、最も重要な心持ちは、菩薩道を行う時に、行者は何を用いて衆生の痛苦と取り換えるか?ということなのだ。誰でも『慈悲』というが、ほんとうに『慈』というなら、そこまでできる人はいない。『慈』とは自分の良い物と衆生の良くない物を交換することなのだ。密法では自他交換といい、自分と他人の物とを交換することだ。

修行の面でまだ得力していないなら、一回交換するだけで死んでしまうだろう。だが、このような事を恐れる必要はない。学仏の最終目的は衆生に利益することなのだ。誰かが会いに来ると、リンチェンドルジェ・リンポチェは、どうして学仏するのか、と聞く。衆生に利益するためだと答えたなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは怒鳴るだろう。なぜなら、自分の問題さえ解決できないのに、何を以って衆生を救うのか?野良犬を引き取って、自分は行善していると思っている人がいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、これは分別心だと言うだろう。犬を引き取るなら、なぜホームレスは引き取らないのだ?なぜ犬にだけ良くするのだ?これは慈悲ではない。

いわゆる『無縁大慈、同体大悲』でいう『無縁』とは縁がないことではなく、縁を分別しないことだ。なぜなら縁は空性で、縁起縁滅なので、縁が起きさえすれば、菩薩は動かれるのだ。菩薩が『覚有情』と呼ばれるのは、今なお心を動かされるからで、心が動けばすぐに衆生に利益される。『無縁大慈』は、二つの面から解釈される。縁がないのではなく、縁がなければ衆生を救うことはできない。必ず縁起がなければ、衆生の縁と結合することはできないのだ。一つ目の考え方により解釈すれば、無は空性であり、縁生縁滅だ。自分を捨てなければならない、とたくさんの人がしばしば言うが、どのようにして捨てるのだ?理解できていないなら、さらには縁起性空まで証していないなら、捨てることはできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは捨てられる。捨てられないなら、今回とっくに死んでいたはずだ。だが、捨てられるので、これは縁起性空だと知っていたのだ。あらゆる事はすべて無常であり、永遠不変はなく、法性だけが不変なのだ。法性不変といっても、変わらないというのではなく、不変とは、何かに応じて大きくなったり小さくなったり、美しくなったり醜くなったりせず、不動ということだ。

無縁大慈の二つ目の解釈は、縁が一旦起きれば菩薩がこの心を起こす、ということだ。救う縁がある時には、同じ瞬間に縁も滅する。よって、菩薩が度衆なさる時には、ご自分が誰を済度させたかははっきり覚えておられない。『金剛経』には『衆生相、我相、人相、寿者相を破らなければならない』とある。たくさんの人が禅宗を修めたことがあるので、必ず四相を破らなければならないことは知っているだろう。何を用いて破るのか?『小さな自分が大きな自分に変わり、小さな愛が大きな愛に変わる』のでは決してない。これは意識の中で悪事を為すのだ。四相を破るのは非常に簡単だ。それは慈悲喜捨だ。しかも、釈迦牟尼仏が開示くださったのだ。どうして誰も講じないのか?慈悲喜捨を行うのは、ほんとうに命を捨てられる人でなければ為し遂げられないからだ。

あなた達はまだ命を捨てる決心を下していない。いわゆる『不要命(命が要らない)』と言っても、命をかけて他人と喧嘩するというのでも、命をかけて何かを行うというのでもない。死亡無常、縁生縁滅を体得できたなら、自身の命に対する見方が、衆生に利益できるかどうか、衆生に生死を解脱させられるかどうか、衆生の福徳因縁を増やし続けられるかどうかになるだろう。『阿彌陀経』では『往生を発願した善男子、善女人に福徳因縁は欠かせない』という。福徳因縁はどこから来るのか?点灯し、拝懺、菜食するよう他人を諌めれば福があるなどと思ってはならない。これらはすべて人間界の福だ。空性の福徳ではなく、自分に生死を解脱させることも、衆生を救うこともできない。

直貢噶舉のすでに往生なさった大成就者であられるユンカ・リンポチェはかつて、リンチェンドルジェ・リンポチェに、最も速く福徳を累積する三つの方法を御自らお教えくださった。一つ目は大蔵経を石刻すること、二つ目は天馬を掛けること、三つ目は大規模な法会を行うことだ。福徳とは楽に暮らすために用いるのではない。チベットへ行ったことがある者は、たくさんのカラフルな旗が掛かっているのを見ただろう。だが、この種の掛け方は大した役には立たない。必ず、リンポチェレベルの上師が天馬に対して修法し、弟子にいかにして発願するかを教え、そうして掛けたものでなければ役には立たないのだ。日にちも選ばなければならない。どうして天馬を掛ければ福報があるのか?それは、加持済みの経文或いは咒語が風に吹かれれれば、通り過ぎた衆生が皆利益を得られるからだ。いわゆる衆生とは非常に多くを網羅している。大法会の定義は、人数の多寡ではなく、法会が衆生に利益するためなのか、それとも名聞利養のためなのかを端視しなければならない。もし、テレビに出て、ある日道場で法会を行う、法会を行うには大功徳主、中功徳主、小功徳主が要る等と人に知らせようとするなら、それは名聞利養で、大法会ではなく、ただの商売法会だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に多くの経典を見てきたが、どの経典にも、大功徳主が前に座り小功徳主が後に座るなどとは書かれていないし、大功徳主を先に見つけた後でなければ法会を行うことはできない、とも書れてはいない。寶吉祥仏法センターのあらゆる法会はすべての弟子が協力して行うものだ。弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師である。当然あらゆる方法を用いて、弟子が福徳因縁を累積できるよう助ける。今日法会を行うのは、ネパール地震のためだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは旧暦正月時、今年はたくさんの地震があるとすでに開示していた。数日前はニューギニアでも地震があった。ネパールの大地震で多くの衆生が苦しんでいる。リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうどこの件を目にし、尊勝なる直貢チェツァン法王もちょうど、すべての衆生をできるだけ速くこのような痛苦から逃れさせるよう呼びかけておられる。よって、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの念頭を起こし、寶吉祥仏法センターで阿彌陀仏超度法会を開催することとしたのだ。

今日修める法本は普通の顕教の法本ではなく、岩伝法だ。伏蔵と岩伝法とはチベット密宗に特有のものだと思っている人がいるようだが、実はそうではない。釈迦牟尼仏はかつて『寶積経』中で、秘密の法は以後伏蔵と岩伝法に変わる、と仰せになった。つまり、公には伝えないのだ。岩伝法と伏蔵法とは蓮師がチベットを離れられる前に、重要な法本を山の洞穴、岩石、樹の切り株、水中に隠し、さらには空行母にまで保管を依頼し、後の世に得道修行者がこれら法本を一つ一つ探し出したものだ。阿彌陀仏は釈迦牟尼仏がご紹介くださった非常に重要な本尊であられる。みながよく知っている浄土五経の他、『寶積経』中でも釈迦牟尼仏は何度も阿彌陀仏浄土をご紹介しておられる。彌勒菩薩もしばしば釈迦牟尼仏に、いかにして発心すれば西方極楽世界へ行けるのかと教えを請うておられる。そのため、彌勒菩薩を修める人の中には浄土を修める人を批判する者もいる。浄土を修める人の中には、彌勒菩薩を修める人を批判する者もいる。これはどちらもあってはならないことだ。

経典では、彌勒菩薩は、釈迦牟尼仏に浄土を説明するよう、御自ら請うておられるのだ。つまり、彼らは争ってはいない。我々人が争っているのだ。諸仏菩薩には分がなく、その法門が衆生に利益をもたらすのでありさえすれば、説かれるのだ。今日修める超度法は岩伝法であり、蓮師がお伝えくださったもので、直貢噶舉では非常に特別な法だ。この法を修める行者は、先ほど講じた一切の密法を学ぶ他、最も重要な事はポワ法を修め成就を得ることだ。今日はポワ法については説明しないが、一言で言えば、ポワ法とは阿彌陀仏が御自らお伝えくださった法だ。阿彌陀仏は釈迦牟尼仏がご紹介になった。釈迦牟尼仏は、いかにして阿彌陀仏の法を用いて直接衆生を超度させるかについては仰せでないが、いかにして修行すれば自分が阿彌陀仏のお側へ行けるかを我々に教えてくださっている。だが、いかにして超度させるかは説いておられない。

釈迦牟尼仏の母は忉利天にお生まれになった。釈迦牟尼仏は忉利天へ赴き母に講法したところ、地蔵王菩薩が出現なさった。釈迦牟尼仏は阿彌陀仏をご存知であられたのに、どうしてすぐにお伝えにならなかったのか?釈迦牟尼仏は、事部の密法だけをご自分の叔母君に伝えておられた。顕教を修める者なら誰でも知っている『浄土十六観』だ。『浄土十六観』は釈迦牟尼仏が発明なさったのではない。これこそ密法なのだ。顕教を学ぶ多くの人が、密法は偽物だと思っているようだが、それは彼らが知らないくせに、密法は偽物だと思っているだけなのだ。『浄土十六観』の第一観は『観太陽』だ。どのように観るのか?大徳に尋ねてみよ。どのように観るのか?太陽の光が出現すれば、目で見ることができるだろうか?第二観は『観月』だ。以前リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学んでいた頃、考えあぐねて、たくさんの法師に、どうやって観るのかと尋ねたが、答えられる人は誰もいなかった。なぜか?釈迦牟尼仏がこれを伝えられた時、叔母君だけが聞いており、仏は大きなテーマだけをお話になり、内部の観想については全く講じられなかったからだ。

現在修める法本は、あなたが拾ったとて役には立たない。なぜなら、内部の観想については何も説いてなく、口伝だからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは学習を続け、密法を学び、事部、行部、瑜伽部、無上瑜伽部を学んで、何を指しているのかをようやく恍然と悟り、できるものなのだとようやく知った。しばしば『理事円融』という。経典を学び、経典について他人に聞かせれば、それが理事円融だと多くの人が思っているようだが、実はそうではない。できること、やり遂げられることを言うのだ。たくさんの仏理を学んでも、衆生に利益できないなら、理事円融と言うことができるだろうか?古代の大徳はこう仰せだ。簡単に人に経典を教えればそれがそうだというものでは決してない。簡単に人に経典を説けばそれがそうだというものでもないのだ。これはすべてただの顕教の部分に過ぎない。

事まで至れば必ず密を学ばなければならない。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた達に必ず学密せよと迫っているのではない。もし、あなたがそれだけの器でないなら、教えたところで役には立たない。リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず顕教から基礎を教え、福徳因縁を絶えず累積させ、輪廻の家を離れる決心を下すよう告げる。あなた達はこの一生で福徳因縁がなく当世に開悟する事はできないので、釈迦牟尼仏が慈悲により阿彌陀仏をご紹介くださったのだ。先週リンチェンドルジェ・リンポチェは『寶積経』の内容を開示した。修行、何らかの善事の功徳を西方極楽世界に回向し、しかもこの一生で十善法を修め、三寶に対して恭敬で、上師に対して恭敬でありさえすれば、必ず往生できる。これは釈迦牟尼仏が仰せになったのであり、リンチェンドルジェ・リンポチェが説くのではない。

これは最も基本的な要求だが、最も基本的な要求が最も難しいのだ。なぜなら、みな自分は学仏していると思い上がっているからだ。学仏しているなら、どうして仏が仰せでない事が出てくるのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは経典の内容についてはっきりと開示している。たとえ、あなたが阿彌陀仏を修めるのでなくとも、浄土に回向しさえすれば、同じように行くことができる。釈迦牟尼仏の開示が人を騙すことはない。そのため、必ず仏の仰せに従わなければならないのだ。あなた達がこれら経典を目にする因縁はないが、大丈夫だ。上師にそれを目にする福報があり、あなた達に開示することができるからだ。この数段が見えない人が多い。だが、経典は明らかに存在している。どうして、あなた達には見えないのか?それは、あなた達がまだ行こうという決心を下していないからだ。

『大蔵経』は寺廟中にあるが、あなた達はどうしても見ることができない。それは、決心を下していないため、護法があなたの目を避けさせているからだ。信じなければならない。『寶積経』では、ある出家衆が大乗仏法を修める器でないなら、経典を見ることさえできないという。そのため、あなた達には見えないのだ。つまりこの一段、決心を下していない、からだ。どうして決心を下さないなら、見せないのか?それはあなた達が思い上がり、仏を誹謗し、疑心を起こすのを恐れるからだ。浄土を修めるには必ず阿彌陀仏を念じ、別のものを修めることはできないという人が多い。よって、あなた達がこの段を見れば、疑心を起こす可能性があるのだ。疑心を起こせば、阿彌陀仏浄土へ行けたとしても、阿彌陀仏浄土の外の疑城でしかなく、500世の間、仏にお目にかかれないのだ。

釈迦牟尼仏はとても慈悲深くていらっしゃるので、あらゆる面であなた達をしっかり保護してくださっている。一旦疑心を起こし疑城へ行けば、疑城内での500世は人類の500世ではなく、とてつもなく長い時間なのだ。500世の間は、絕対に生死を解脱することはできず、毎日何もすることがなく、仏菩薩にも会えず、『阿彌陀経』中で描かれる美妙境界もない。天界ではあるが、美男も美女もおらず、あなたはそこにただいるだけで、500世の後にはまた堕ちてくることとなる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは経典を見る時、釈迦牟尼仏はあまりにも慈悲深いと感じる。たくさんのものを経典の中に隠してくださっているのだ。どうして釈迦牟尼仏はこのように隠されるのか?それは、あなた達の根器が至らなければ、疑心を起こすからだ。阿彌陀仏を念じなければならない、阿彌陀仏を念じなければ行けない、とたくさんの人が大げさに言う。だが『寶積経』では、念じなくとも発願しさえすれば行ける、と説いているのだ。つまり、釈迦牟尼仏がこの種の人に見せないのは、これらの人が目にすると仏を誹謗し、疑心を起こすからだ。あなた達は今こそ仏の慈悲に思いを致さなければならない。病を免れさせ、有名にし、または順調に善事を行わせるのではないのだ。再来してはならない、とこの一生ではっきり悟らせるのが仏の慈悲なのだ。再来すれば待っているのは苦だけだ。

今日は縁起があり法会に参加できている。そのため、法会に参加するなら皆慈悲心を備え、法会に参加する機会のない一切の衆生を憐れみ、すべての衆生が以後このような法会に参加する機会を持てるよう願わなければならない。我々は大懺悔心を備えなければならない。なぜなら生生世世の悪業は、この一世でも業力障礙を受けて我々が生死を解脱できなくしてしまうからだ。よって懺悔しなければならない。第三に、我々は恭敬心を持ち、上師の言葉を信じなければならない。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの発明ではない。みなリンチェンドルジェ・リンポチェにこんなにも長く従っているが、リンチェンドルジェ・リンポチェが、自分が仏法を発明したなどと言ったのを、絕対に聞いたことがないだろう。一切はすべて如法なのだ。経典、上師の仰せに従い行い、リンチェンドルジェ・リンポチェのブランドはない。リンチェンドルジェ・リンポチェのブランドは直貢噶舉、釈迦牟尼仏だ。他には何もない。

これは自分の法門だと考える。それではもうおしまいだ。この一生はすでに終わってしまっている。もし、もっとたくさん学べば、自分の法門を作り出せると考えるなら、いつになったらそれができるのだ?八万四千の法門と皈依は仏の法門だ。あなたは何を以って自分の法門を作れると考えるのだ?あなたが仏でない限りありえない!だが、釈迦牟尼仏もはっきり仰せだ。彌勒菩薩が来られるまでは、地球には仏がいない。よって、誰かが自分は何々仏だなどと言っても、リンチェンドルジェ・リンポチェは偽物だとまではとても言えないが、少なくとも経典では、そのような仏について触れてはいない。

学仏したいなら、恭敬心を起こさなければならない。好奇心で法会に来てはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの果位は、あなた達が確認するものではなく、尊勝なる直貢チェツァン法王が確認なさるものだ。仏菩薩は、リンチェンドルジェ・リンポチェを死なせず、仏法を説き続けることをお許しになったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが死に直面したのは、今回ですでに三回目だ。リンチェンドルジェ・リンポチェがまだ生きているのは、忙しく苦労する運命がまだ終わっていないということかもしれない。忙しく苦労する運命の象徴のように、地蔵菩薩のお顔が長いのと同じで。発願が『地獄不空、誓不成仏(地獄が空にならない限り、成仏しない)』だからかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェの顔も長い。苦労する運命だし、すでに発願したのだから仕方がない。発願すると面相も変わる。よって、いい加減な気持ちで発願してはならないのだ。

阿彌陀仏超度法の法本には、顕教、密法、ポワ法を含む。上師がポワ法を修めても成就していないなら、衆生を救うことはできない。閉関を経なければ、この法を修め衆生を救うことはできない。法会参加時の心は非常に重要だ。つまり動機がとても重要なのだ。動機が慈悲喜捨に符合していれば、たとえそれがただの一字であろうと有用だ。いわゆる『符合』とは必ずやり遂げる必要はないが、少なくとも念頭はこの範囲でなければならない。いわゆる慈悲喜捨とは、衆生の離苦を助けるので、先ず慈悲を為さなければならないのだ。

『喜』とは、自分が何かを得るため、福報を得るため、いつか上師になるためではない。そうではないのだ。中国人は『独楽楽不如衆楽楽(一人の楽しみは、たくさんの楽しみに及ばない)』というが、自分だけ楽しくとも、みなが楽しくなければ、苦痛に感じるはずだ。衆生が離苦できなければ、あなたもやはり苦の中なのだ。『喜』とは、衆生の離苦を目にすることではなく、あなたが代わりに自身の快楽を得て、衆生がみな自分とともに成仏することを願うことなのだ。

いわゆる『捨』とは『嫌いだ、嫌いではない』という心持ちをすべて捨て、平等に捨て去ることで、それをやり遂げるのは非常に困難だ。人であるなら、自分の好きなものと好きでないものを平等に捨て去ることなど絶対にできない。『捨』とは、これが好きだ、あれが嫌いだとは分けない、完全に分けないのだ。これは非常に高い修行境界でなければ為せないものだ。慈悲喜捨の念頭を持ち法会に参加するなら、今日の法会の功徳はすべてあなたに関係し、福報も起き、ゆっくりと学仏の障礙も消えていくだろう。学仏の障礙が消え、或いは減って行くなら、世間法の障礙もそうだ。よって、自分の夫に回向し、愛人を近づけないでくださいと願い、或いは息子に回向し、良い相手が見つかるように願い等と発願し続けてはならない。このようなことで精神や体力を無駄にしてはならない。極楽世界に回向すればそれで良い。こうしなければ、この福徳因縁があなたの役に立つことはないだろう。

学仏の障礙が減れば、自然に世間法の障礙もそれに従い減る。そうあなた達に教えるのは、世間法には漏れがあるからだ。あなたが執著心を起こすと、世間法はあなたに煩悩を起こさせる。あなたに執著の心がないなら、痛苦であろうと快楽であろうと、すべて通り過ぎてしまう。すべて無常なのだ。学仏の障礙が減るとは、あなたの執著心が減ったということだ。あなたの夫、妻、子供はあなたを障礙する。彼らはあなたの執著だ。必ずどこか突破できない点がある。

自分の学仏は少なくとも他人よりは良く、少なくとも善人にはなっており、少なくとも改められていると思っている人が多い。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの種の考え方には失笑を禁じえない。なぜなら皆の業障は深いからだ。業障が軽いなら、今でもここにいるはずがないではないか?改めるのは当然だ。あなた達は、自分は改めるべきでないと思うのか?リンチェンドルジェ・リンポチェであっても、自分はもっと変わらなければならないと思うのだ。成仏するまでは、我々には必ず問題が存在している。仏法はいかにして自分を変えるかを我々に教えてくれる。そのため、金剛乗の煩悩に対する見方は、離れ捨てる、ではなく、煩悩を用いるように転換するのだ。金剛乗の特色は時間を節減できることだが、何かを消滅させ、捨てるのではなく、それを別のものに変えて用いることだ。そのため、スピードが速いのだ。だが、速いので、特別な根器の人でなければ為し遂げることはできない。みなは今まだこの境界に至っていないので、教えに従わなければならないのだ。

通常は密法修法の前に、献曼達の儀軌を行う。修法上師が一切の諸仏菩薩、護法、一切の伝承上師、勇父、空行母を代表し衆生の供養を受ける。供養を通すので、衆生には福報が起き、福報因縁があるので仏法を受け入れることができるのだ。別のところでは、通常は功徳主が献曼達するが、リンチェンドルジェ・リンポチェには出家弟子がいるので、出家弟子がみなを代表して諸仏菩薩を供養申し上げる。あなた達が行うのではないが、あなた達が随喜なら、随喜とは祝儀をいくら包むというのではなく、この事を目にし心に賛歎、歓喜が起きるなら、この種の功徳がある。必ずあなたが献じなければならないという訳ではないのだ」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは阿彌陀仏大超度法の修持を開始された。先ず、出家弟子が衆生を代表し尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに献曼達を行い請法申し上げた。献曼達儀軌の後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは御自らみなを率いて「彌陀賛」を唱誦なさった。荘厳な賛誦法音は虚空に満ち、参会者は皆歓喜心、恭敬心、供養心を生起し、リンチェンドルジェ・リンポチェの尽きせぬ慈悲撮受力を受け取った。皆知らず知らずの内に満面を涙で濡らし、心中には言葉では言い表せない無比なる賛歎が湧き上がった。

ある程度まで修法が進んだ後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「先ほど修めたのは、発心、皈依だ。続いては、駆魔を行う。魔には二種ある。一種は外魔で、もう一種は内心の魔だ。その後は短い供養を行う」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法時には、本尊壇城が目を引く鮮やかな金色の瑞光を放ち、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの尊身は金色に光り輝き、阿彌陀仏本尊の荘厳な法相と無二無別となられ、瑞光を顕現し衆生が解脱できるよう加持くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参会者を率い阿彌陀仏心咒を長く持誦くださり、続けて開示くださった。

「先ほど修めたのは智慧本尊であり、最初に修めたのは、自修と本尊無二無別だ。供養の後に修めた第二段は法身の阿彌陀仏本尊だ。続けては八供養で、その後はすべて本尊に供養するのだ」と開示くださった。

修法の過程において、八供女の献唱と薈供の儀軌があり、参会者は皆尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが加持くださった供物を受け取り、法会において仏菩薩と共食する有り難く殊勝なる将来浄土に往生する縁を得られる因縁を賜った。超度儀軌の際には、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは極めて慈悲深くも何度も参会者に超度させたい亡者の氏名を口に出して言う機会をくださった。

修法が一段落すると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けられた。「先ほど行ったのは亡者のための駆魔だ。事故で死ぬ者は皆たくさんの悪業を為しているので、死後、多くの魔に障礙され、超度が得られなくなる。読経すれば超度できるなどと思ってはならない。必ず亡者のために駆魔しなければならないのだ。魔は亡者自身が悪を為したために招いたのだ。駆魔は魔を殺してしまうのではなく、持咒と観想を通して離れさせ、亡者を得度させるのだ。魔が言うことを聞かないなら、誅法を用いて離れさせる」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を続けられた。修法中に「第一段は衆生の悪業を消すもので、第二段は衆生の業障を消すものだ」とその意義を説明くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは参会者に起立するよう指示なさり、領衆出家弟子が参会者の祖先と、祖先が傷害した衆生を代表し、仏菩薩に頂礼申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆を率い、祈請文を唱えられ、超度儀軌を続けられた。

修法が一段落すると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達を率いてアキ護法を修持し、回向儀軌を修持した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは御自ら参会者を率い「求生極楽浄土祈請文(極楽浄土に生まれしことを求める祈祷文)」を唱誦くださった。法音中には慈悲と殊勝なる加持力がいっぱいに満ち、極めて熱心に一切の有情のために祈求くださった。参会者は上師の弘法利生の無盡の恩徳を深く感じ入り、心中には無比なる懺悔心と恭敬心が生起し、淚を流した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を円満とされ、続けて参会者に開示を下された。

「浄土に往生するには、福徳因縁は欠かせない。善男子善女人の『善』とは十善法だ。十善法の修行が円満でないなら、発願したとしても行くことはできない。これは『阿彌陀経』にはっきり書いてある。よって、阿彌陀仏を少し唱えれば行けるなどと思ってはならない。十善法がなく、福徳因縁が少ないなら、行こうとしても入り口さえないだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが200歲まで生き、あなた達が一人一人死ぬのを待つことなどできるはずはない。つまり、あなた達が経典の教えに従って修行しないなら、夢の中であっても阿彌陀仏のお側に行く資格はないのだ

本来チベットでは、阿彌陀仏超度法会を修めるには丸一日かかる。現代のリンポチェはとても大変だ。現代人には一日中座っている忍耐力がないので、リンチェンドルジェ・リンポチェはできるだけ速く修めるよう自分を追い込んでいる。さもなくば、あなた達がトイレへ行くのを引き止めることはできない。もし、リンチェンドルジェ・リンポチェが不健康なら、こんなに速く修法することなどできない。禅定が不十分でも無理だ。スピードが速いのは慣れているからではなく、非常に集中しているからで、仏法的に言えば、定境中で修法しているので速いのだ。しかも、リンチェンドルジェ・リンポチェの呼吸は深く長い。六字大明咒を108遍念じるのも、リンチェンドルジェ・リンポチェは三回か四回の呼吸でできてしまう。そのため、修法が非常に速いのだ。あなた達は一度念じれば一度呼吸する。そのため、108遍念じるには時間がかかるのだ。

呼吸の気を長く深くするには、健康と関係があるが、密法とも関係がある。密法を学んだの人の呼吸はとても密でとても長いのだ。先ほど出家弟子がみなを率いて持咒した。リンチェンドルジェ・リンポチェも念じていた。どうして違うのか?男衆と女衆との違いではなく、出家弟子はまだ密法まで修められていないからだ。仏法は深奧だというが、ほんとうは深奧ではない。恭敬心で仏法を受け入れさえすれば、必ずある日仏法の真諦とその含意を悟ることができる。今日リンチェンドルジェ・リンポチェは地震で往生した衆生のために修法した。この発心は非常に良いものだ。あなた達が来なかったなら、法会は出現しなかった。つまり、善事への参加は良いことなのだ。

今日は1300人が善の共業の中にいる。この種の善の共業を累積し続けていけば、社会、国家にゆっくりと影響を及ぼすことができ、これにより全世界でも災難が減っていくだろう。みな仏と仏法に対する信心を堅く持ち続け、求めても得られないなどと思ってはならない。求めても得られないのは、仏が助けてくださっていないということではなく、あなた達の求めるものがすべて欲望によるものだからだ。仏は衆生を助けるのに、因果に背くことはできない。あなたが求めても得られない、と思ったとしても、仏はすでにあなたを助けてくださっているのだ。得られるのが良いとは限らず、失うのが悪いとも限らない。人生とは本来このようなものなのだ。この場にいる者達は大部分が在家衆だ。仏は修行人は商売してはならない、或いは政治に参加してはならないと仰せではない。経典にもない。ただ、もし仏法を用いて世間事を行うなら、ほとんど後遺症はなく、しかもひたすら和やかだ。

仏法は消極的ではない。身を潜めて世界に関わるなとも教えていない。仏法では、人の中にいる方が返ってよく修められる、と言う。なぜなら、毎日たくさんの煩悩を目にするので、自分を諌め、自分に告誡することができるからだ。今日、我々が誰を助けようと、実は衆生が我々を助けてくれているのだ。これら苦難の衆生がいないなら、我々は今日一緒にこの善事を行う機会も因縁もないのだ。苦難の衆生がいないなら、仏菩薩もおられない。苦難の衆生がいるので、仏菩薩が出現なさったのだ。当然、我々は自分は苦難の中にいないことを願う。けれども、それは何言か言い、何回か法会に参加すればそれで良いというものではなく、必ず絶えず行わなければならないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは36歲で学仏を始め、これまで絶えず行ってきた。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは不満足なのではなく、観世音菩薩が仰せのように、済度させなければならない衆生が多く、観世音菩薩であっても、自分の能力の不足を感じ淚を流されるほどなのだ」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは無数の輪廻衆生を憐れまれ、ここまで開示くださると、思わず哽咽を漏らされた。深広なる大菩提心に参会者は皆深く心を揺さぶられた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはさらに続けて開示くださった。

「金剛乗の願は、衆生がなお輪廻していさえすれば、願力はなお存在しているということだ。金剛乗の回向は最後はどれも『衆生皆の成仏を願う』である。これは一種の思想と理念だが、この種の思想理念は我々に教えている。我々は社会で服務に就く時いつでも心に善念を持たなければならない。相手が悪であってもそれは相手の勝手だ。我々の心に善念がありさえすれば、この種の悪は減っていく。リンチェンドルジェ・リンポチェは先ほど修法時に駆魔について開示したが、駆魔と言ってもそれを殺してしまうのではなく、離れさせるのだ。魔がそれでも離れようとしないなら、魔に対するのであって、つまり『先礼後兵(先に礼を尽くし、それでも駄目なら兵を送る)』なのだ。仏法はあなた達が思っているように、悔しさに耐え、攻撃してきても相手にしない、というのではなく、『先礼後兵』なのだ。先ずは諌めた後、やはり超度させてやる。そのため、超度能力がないなら、駆魔することはできない。

我々はこの社会において、悪い事は聞きたくないと思っている。たくさん聞けば、確かに影響は受けるが、悪い事についてある程度理解しておかなければ、他人が悪を行うのを妨げ、悪を為さないよう諌めることはできない。このように複雑な世間において、一人独善としているのは非常に難しい。だが、善の宗旨は堅持しなければならない。金剛乗で上師が修める多くの法は、見たところ顕教は受け入れ難いだろう。だが、心が善であれば、すべて相手のために良いことなのだ。先ほど駆魔の部分を修めた際の言葉、もし魔がまたやって来て乱すなら、修法者はその頭を七つに砕く、というが、これは非常に分かりやすく説いている。だが、七つに砕くとのいうのは、超度させてやる、浄土、天界へ行かせてやる、ということだ。よって、それを為す能力がないなら、この言葉を口にしてはならない。実は、経典にも、仏が魔の頭を七つに砕く、という部分がある。『七』であり、他の数字ではない。これについてはいつかまた説明しよう」と仰せになり、リンチェンドルジェ・リンポチェはユーモアたっぷりに「一先ず開示しない。これ以上開示を続ければ、あなた達は堪えられないだろう」と仰せになった。

阿彌陀仏大超度法会が円満となり、弟子達は声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの苦労を厭わない慈悲なる修法と開示に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを起立して謹んでお送り申し上げた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは御自身の生命を用い苦難にある広大な衆生のために修法くださり、珠宝の如く貴重な仏陀の教えを開示し、寶吉祥仏法センターを荘厳なる仏土に変えてくださった。参会者は恭敬し殊勝で有り難い法会に参加することで、皆たとえようもない感謝を感じた。法会の後、空からは瑞雨が降り注ぎ、渇きに喘いでいた大地を潤し、水不足で苦しむ衆生をお救いくださった。この瑞相は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法の功徳が無量であることを示している。諸仏菩薩と天龍八部は皆歓喜で賛歎し、甘露の法雨が虚空に遍く満ち、輪廻にある無数の有情衆生が法益を受け解脱できたのだ。

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2016 年 03 月 06 日 更新