尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年3月8日

法会の開始に先立ち、2011年7月10日に皈依した弟子(彼女の母親は2011年1月16日に皈依)が上師が家族と母に賜った加持と救護、並びに母に賜った殊勝なるポワ法について語る機会を、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがくださったことに感謝した。

「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかるまで、私は不幸せな人間だった。若い頃三度堕胎したことがあったため、家族の殺業が重い夫と結婚することとなった。夫のうちは父も祖父も養豚、食肉処理、飲食業を営んでいた。皈依前の三年間、私は家族の飲食チェーン会社で働いていた。学仏するまでは、これが殺業が極めて大きい悪業だとは知らなかった。私自身の殺業も充分に重いのに、このように殺業が重い業界で働いていたのだ。この頃、上の娘は夫に頭を強打され腫れ、さらにしばしば腹痛で登校せず、うつ病の症状が見られるようになった。下の娘には記憶衰退と中毒の症状が現れた他、教師の体罰に遭い、学習障害の問題もあり、さらにはしばしば怪我をして病院に駆け込み、治療やリハビリを行っていた。父は脳卒中で亡くなり、母は小脳萎縮症を患っていた。私の家庭の状況は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださるように、殺業が重い人は短命で病がちで、求めても得られず、死後は地獄に堕ちるのだ。

2010年私は友人の会社に手伝いに行って兄弟子に出会い、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法くださる阿彌陀仏無遮大済度法会への参加を誘って頂いた。私は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自身を顧みず、衆生の苦しみが忍びなく必死に灑浄くださるのを目にし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの広大な慈悲力を深く感じたため、拝謁を申し込んだ。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。皈依前に晚課の際、道場で大礼拝を行い母のために福報を累積させてくださり、同時に二人の子供に加持をくださった。おかげで、もともと勉強嫌いだった子は学業を終えることができ、さらには成績が悪かった子が2014年国立台湾師範大学に合格したのだ。また、往生した父、母の祖先、私が墮胎した水子を済度くださり、私と母を共修法会と施身法法会に参加させてくださった。

2011年1月16日皈依法会において、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『夫が同意しないなら皈依を許さない』と仰せになったので、母が先ず皈依した。そして、夫が同意し皈依を求められるまで、私は自分を変える努力を始めた。皈依を求めるまでに、私はたくさんの問題、たくさんの障礙にぶつかった。2011年7月10日私を皈依させてくださり、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのの加持に感謝申し上げたい。皈依後のある日、夫が『以前自分は怒りの衝動を抑えることができなかったが、今ではそれができている。しかも、家庭内の争いが少なくなった』と突然言った。そして、夫をこの生で二度尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法くださる阿彌陀仏無遮大済度法会に参加させることができた。これにより、夫の家族に屠殺された豚、冤親債主、代々の祖先が皆殊勝なる済度を得ることができた。自分を改めるようお教えくださることを私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。おかげで私は己を深く検視し、反省することができた。すべては忍耐を知らず、悪業及び殺業を為したことで起きた問題だったのだ。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる仏法を聞くまで、今日自分が受けているすべてはかつて為した諸悪業が招いたもので、すべての苦しみは自分の身口意が為した悪によるもので、真心で懺悔すべきなのだと分からなかった。2013年3月31日、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの同意を頂戴し、法会前に、母に代わり自分のことも含めて公開発露懺悔することができた。私の発露懺悔により母の神識はずいぶん明晰になり、私は懺悔の重要性を感じ、また尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの広大な撮受力を感じた。私と母をお助けくださったばかりでなく、叔母は上師の著作『快楽と痛苦』を拝読後、三十数年にわたる怨恨を捨て、2014年10月母に会いに家に帰ってきたのだ。

2013年10月中旬、母は歩くことも立つこともできなくなった。私はただひたすら母のために供養及び大礼拝、懺悔を行いたいと思ったが、妹達は医者に診てもらい原因を探ろうと言い張った。母は一週間余り入院し、二度のMRI検查を行ったが、医師はどうしても原因を突き止めることができなかった。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。私に供養させてくださり、道場で大礼拝、懺悔を行い、福報を累積させてくださったおかげで、たったの2〜3日で母は立って歩くことができるようになったのだ。外国人介護士も驚いて賛歎していた。

母は2014年4月の施身法法会に参加する前、既に身体に異常を来し、立てなくなっていたが、法会が終わり帰宅する途中、叫び声を上げ手足を硬直させた後、口から白い泡を吹いた。私は上師の加持に感謝申し上げたい。私は落ち着いて上師から賜った貴重な甘露丸を母の口中に入れることができた。すると数秒もしない内に、母の手足の硬直は止み、顔色も正常になり、泡も吹かなくなった。上師は母の重い報いを軽くしてくださったのだ。医師は母の炎症部位を見つけることができたが、『お母さんの小脳は萎縮し、既に紙のように薄くなっている。それなのに、なお歩くことができるとは、本当に不可思議だ。口から白い泡を吹く癲癇の症状は、この病気の末期症状なのに』と述べた。

私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの『大礼拝を行えばすぐに智慧が開けると思ってはならない。道場で拝めばすぐに母の健康が回復すると思ってはならない。これではやはり自分のためだ』との開示に感謝申し上げたい。母の身体の異常は殺生のためだ。それなのに、私は衆生の苦しみを思いやらず、母の病の苦しみばかりを思っている。上師の開示に感謝申し上げたい。おかげで私は利己的な自分を反省し、自分は衆生の苦しみを思いやっていないことに気づいた。その後5ヶ月たって私は突然悟った。母は病を得て以来、首が垂れて真っ直ぐ伸ばすことができないが、それは、母に殺された鶏が喉を掻き切られ、首を垂れて伸ばせない様子に似ている。ここで私は母に代わり、また自分も含めて、生まれてから今まで身口意が為してきた悪業について懺悔したい。普段は意識しない内に、掃除の時、結婚披露宴で、また産後の保養時に無数の衆生を殺害してきたことを懺悔したい。自分は残忍で慈悲がなく利己的で、地獄の万火に調理されるという苦しみを衆生に味あわせていたのだ。

2014年8月私が日本で法会に参加していた際、台湾の母は每晚眠れなかったという。外国人介護士が疲労のため介護を望まなくなったため、菜食の外国人介護士に替えた。けれども、その人も一度は介護を続けることができなくなったが、外国人介護士の医師である友人は、我慢するよう諭した。後に母は、指の三分の二ほどの長さの硬い塊を喉から咳込んで吐き出した。外国人介護士は、病人が喉に引っ掛かっていた硬い塊を吐き出すことができるとは、本当に不可思議だと言っていた。医師さえも処理できなかったのだ。私と外国人介護士はこれは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの広大で慈悲深い威徳力が、苦しんでいる衆生を助けておられるのだと分かっていた。

私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。ご苦労を厭わず、絶えず衆生に福徳資糧を累積させてくださり、また私は衆生を代表し法会に参加する殊勝を深く悟ることができた。日本での法会から台湾に戻ると、次の日曜日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは共修法会で阿彌陀仏無遮大済度法を修持なされた。実家に行くと、叔父が普通食の栄養剤の箱を持ち母に食べさせていた。私は止めたが、聞き入れてもらえなかった。私は『家族が食べさせようとしても、彼らと争ってはならない。引き継いだら、捨ててしまい、家族に空き瓶を見せれば良い』と外国人介護士に告げた。そして私は帰宅後自分の業障の深重を懺悔した。実に一難去ってまた一難だ。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのの加持に感謝申し上げたい。母は往生前に普通食を飲むことはなかった。

病の母親を介護することで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる仏法は真実だと悟り、因果の恐ろしさを深く感じることができた。借りた物は返さなければならない。病人の苦痛に加え、介護者の苦しみもだ。私は、学仏し自己を改めることの大切さを深く知り、上師の切実なお心、我々に仏法を教導くださり、離苦させようとの努力を悟った。私はさらに、ポワ法を求めることができても、それで得られたことにはならない、ということが分かった。なぜなら我々の心は常に変化しているからだ。苦しみが減軽されれば怠慢になる。上師に対する恭敬心、懺悔心も減り、それに伴い苦痛は増えていく。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示に感謝申し上げたい。弟妹と喧嘩してはならないと諭してくださり、おかげで私は自己を深く検視し、自分は家族に対して細かい事にうるさくこだわり、慈悲心がなく、利己的なため、仏法を受け入れるよう家族に影響を及ぼせないことを反省した。私は、母が上師に対して恭敬心がなく懺悔心もないことを感じたため、母は因縁福報を充分備えておらず、上師の殊勝なるポワ法を賜れないのではないかと心配だった。

私がいかにして母を助けたら良いかと考えていた正にその時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは2014年12月7日の法会において『リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を例として挙げよう。亡き父は生前学仏していなかったが、拝仏し、父に代わり誠心で懺悔したため、累世の業が清められ、天界へ行けたのだ。阿彌陀仏を念じれば必ず浄土へ行けると、すべての人が誤った認識を持っている。けれども、釋迦牟尼仏の母でさえ行けていないのだ。「地蔵経」は釋迦牟尼仏が忉利天へ赴き、母のために説法した経典だ。釋迦牟尼仏の母親であってさえ、自分で修めなければならないのだ』と開示くださった。当日帰宅後、私はすぐに上師の殊勝なる開示を母に伝え『自分が修めず改めず懺悔しないなら、どうして浄土へ行けるだろうか?(上師が無慈悲なのではなく、因果に背くことはできない)』と母に告げた。人生は本当にとても苦しい。私は輪迴したくないし、母に輪迴の苦しみを味あわせたくない。母に真心で懺悔し、上師に恭敬であり、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが自分を救ってくださると100%信じて欲しい。リンチェンドルジェ・リンポチェは『「仏子行三十七頌」中のどの一頌であっても、できていないなら、懺悔しなければならない』と開示くださった。その後の二日間、私は母と手をつなぎ上師に頂礼申し上げていた時、母が上師に対して真に恭敬であることに気づいた。夜は非常によく眠れており、流れ出ていた痰はゆっくりと透明になり、少なくなり、最後にはなくなってしまった。

2014年12月11日、私は突然外国人介護士から、母が往生したとのの電話を受けた。ポワ法を修持し母を済度させてくださり、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。済度後、母の梵穴はほのかに温かく、兄弟子が母を見に来られた時には梵穴は熱くなっており、私はとてつもなく感動した。葬儀社がやって来て母を着替えさせ、私は靴を履かせるよう言われたが、母の足は在世時と変わらず軟らかかった。けれども、私に慈悲心がなく、しっかりできていないため、家族は温かい梵穴に触れても、仏法の殊勝を認識することができなかった。

兄に、上師に対する感謝の心、恭敬心を持ってもらおうと、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがこれまでいかにして私たちを助けてくださったかについて、私は短いメッセージを書き、兄と妹に見せた。それは『母は病を発症し10年以上になっていた。発病したばかりの頃は、同じ事を何度も聞き、30元余りの会計に400元も払い、毎日訳もなく泣き、他人を罵り攻撃さえして、感情をコントロールできなくなっていた。入浴や着替えの介助を拒み、医者に従わず、しばしば滅茶苦茶に歩き回り何度も迷子になって奇跡のように見つかり、夜眠らず、自分で大小便を処理できない等の問題があり、もともと病気であった父の身体はこれらに耐えられず往生してしまった。ところが、皆を困らせていたこれらの問題は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げた後は収まった。皈依後、母が夜眠らなかったことと家族の反対のため、母に菜食させず母を法会に参加させない等の問題が起きたが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの広大で慈悲深い加持及び救護で、私はこれら困難な状況を克服できたことを感謝申し上げたい。法会に参加できなかった母は参加できるようになったのだ。法会参加までの道程で出遭ったあらゆる困難は消え去り、長く座ることができなかった母は道場を離れるまで座っていられるようになった。生命が尽きようとしていた時には延び、意識がなかった状態からそれも戻り、しばしば『阿母(お母さん)』と叫んでいたのが静かに法会に参加できるようになった。立つことも歩くこともできなかったのが、立って歩けるようになり、寝たきりで痰の吸引を受けていたのが、痰もなく穏やかに往生できるようになった。これらはすべて金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持及び救護のおかげなのだ。また、これまでたくさんの兄弟子が助けてくださった。本当に心から感謝申し上げたい』というものだ。

もとは兄だけが尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する予定だったが、妹もそれを聞き同道を希望し、私のそれを聞かなかった弟も一緒に行くことを望んだ。当日はみなで先ず葬儀場へ行き、母を一目見た後、道場へ行く予定だったが、葬儀場へ着くと、館長が『今日は休日なので会わせてあげられません』という。私は真心を尽くしてなんとかしてくれるように頼むと、館長はすぐに願いを聞き入れてくれた。私が梵穴に触ってみると、ポワ法を得たばかりのようにほのかに温かかったので、兄にも梵穴を触ってもらった。すると弟が、母の顔にハリがある、と言った。木曜日に往生した時には、母は目を閉じており口は開いて歪んでいたが、土曜日には口の歪みは直り、しかも半分まで閉じ、目はわずかに開いていたのだ。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げたい。おかげで、私は兄、弟、妹を連れて上師にお目にかかり、上師に感謝申し上げることができた。

無明により為した悪業を深く理解し、懺悔させてくださった尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の開示に感謝申し上げたい。私は懺悔したい。自分はかつて修行人を批判したことがある。また、自分は依教奉行しておらず、如実に自分を改めていないため、私の言葉を家族に信用させられないことを懺悔したい。自分の問題に向き合わせてくれた上師の教法に感謝申し上げたい。今後私は必ずしっかり自分を改め、いかなる悪行も二度と再び犯さず、生生世世に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い仏法を学習し、今生ですべての債を清算し、輪迴の苦しみを解脱できるよう祈願したい。

私は皈依して3年余りになるが、『上報四重恩』の重要性を深く感じている。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。仏法の教導とみなの間違いを指摘くださり、すべては身から出た錆であると徹底的に知らしめてくださり、因果輪迴の恐ろしさ、懺悔と供養の重要性を深く理解させてくださった。さらに、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を導き、いかにして順序立って仏法を学習し、懺悔心、感恩心、慈悲心、菩提心を養い、生死輪迴の苦しみを解脱するかの道をお示しくださる。リンチェンドルジェ・リンポチェは貴重な御身を以って衆生を教導くださり、親孝行しなければ三悪道に堕ちてしまうとお教えくださる。最近尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはお身体に違和を覚えられ、私は人生の無常、光陰矢の如しを深く感じた。このような上師はもう二度と再び見つからないだろう。もし上師が、生生世世に積み重ねてきた過ちを指摘してくださらなければ、いかにして生死輪迴の苦しみを解脱できるだろうか?上師に従い学仏する時間を大切にしなければならない。上師が法座に上られる際の楽の音を聞く度に、私は感動で淚を流してしまう。上師はいつも弟子と衆生を気に掛けてくださる。弟子ができることは、依教奉行し、自分の身口意を改めることだけだ。

自殺の思いを捨てさせてくださり、諸仏菩薩の救度、お導きに、私は感謝申し上げたい。おかげで、地獄道へ堕ちずに済み、いつでも救いを得ることができ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目に掛かれるようお導きくださった。以前私はいつも、父母は自分に良くしてくれない、と感じていたが、上師の仏法の教導のおかげで、私の心は怨恨から感謝へと変わって行った。人生の苦しみを体験させてくれたことを、私は母に感謝している。母が病んでいた時期に示現した因果は、学仏の重要性を深く知らしめてくれた。また、生命を与えてくれたことを、父母に感謝したい。おかげでこの生で具徳の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに幸運なことに皈依し仏法を学習することができた。

私は、すべての苦しんでいる衆生に感謝したい。おかげで私は彼らの苦しみ、因果悪業の恐ろしさ、輪迴の恐ろしさを深く理解することができ、上師が弟子達に教導くださる仏法、弟子達を離苦させようとの御心をはっきり悟ることができ、これにより強烈な出離心を持つことができた。私は今後さらに努力し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い仏法を学習し、依教奉行し、上師の恩、仏恩、父母の恩、衆生の恩に報いたいと思う。最後に、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王及び直貢噶舉派の法脈が永遠に流伝することを祈願申し上げる」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、観音灌頂法会を御自ら主持くださり、参会者に貴重な仏法の開示をくだされた。

法会が円満に終了し、弟子達は声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの灌頂と開示に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を降りられるのを、起立して恭しくお見送り申し上げた。

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2015 年 08 月 16 日 更新