尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年3月1日

法会の開始に先立ち、一人の弟子が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げた経緯、及び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがいかにして自分と家族をお救いくださったかを語り、しかも二度も奇跡のように母を救ってくださったおかげで、母は少なくとも十数年は長く生きられたことに感謝申し上げた。

「私が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかったのは、母が危篤に陥ったためだった。当時母は劇症肝炎を発症し、肝機能指数が一万余りにも達していた。医師からは危篤であるとの連絡が何度も発せられていたが、私は無常の発生を全く受け入れることができず、慌てふためくだけで、夜は布団を被って泣いてばかりいた。そして、あちらこちらに助けを求め、助けてくれる人がいると聞けば、すぐに飛んで行っていた。後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお願いしてはどうか、という大学時代の同級生の言葉を聞き、すぐに姉と共に拝謁に向かった。その時のことを私は永遠に忘れられないだろう。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに初めてお目にかかった時、私は母が重病で危険な状態であることを申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに、人生は無常であるとの道理を開示くださったが、私は号泣し、心の中で『母はもうだめなのか?どうしてこんなことを言うのか?』と思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは忍耐強く開示くださった後、母に貴重な甘露丸を一粒くださった。その時私は、これがそんなにも殊勝で得難いものとは露ほども知らず、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが再三その貴重性を強調くださり、必ず母に飲ませると約束しなければ渡さない、と仰せになったので、私はようやくそれに応じた。

けれども、病院に着くと、喉に詰まることを恐れた看護師から、飲まさないよう言われ、信心が足りない私は看護師の意見に従い、上師との約束を守らなかった。こうして、母は殊勝なる甘露丸を服用する機会を逸したのだ。その晚私たちは、母が肝臓移植手術を受けられるとの通知を受け取った。それは非常に大きな手術で、十数名の医師が交代で24時間かけて行われた。手術後私は恐くなり、自分の愚かな行為を上師に報告申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは私の親不孝を叱責になり、甘露丸は母の回復を早めることができるものだったのだとお教え下さった。母は当時昏睡状態で、しかも全身の血漿を三度も入れ替えており、頭蓋内圧をモニタするため頭には穴も開けられていた。手術時の昏睡指数は死亡時よりわずかに高い程度で、こんなにも深刻な状態での肝臓移植手術は非常に危険だったのだ。これらはすべて私の親不孝によるのだ。私は懺悔したい。

母が目を覚ませるかどうか、医師にも判断できなかったため、思い上がった私と家族はリンチェンドルジェ・リンポチェに『私たちは何ができるでしょうか?』と尋ねたところ、リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなた達に何ができるのだ?』とお尋ねになった。私は非常に恥ずかしく思った。医師でさえ、ミイラのように黒ずんで横たわっている母を見ていることしかできず、どうすることもできないのだ。続いて上師は『今日リンチェンドルジェ・リンポチェに会えたのは、そなたたちが読経したためだ。そのおかげで因縁福報があり、リンチェンドルジェ・リンポチェに会え、母への助けを求めることができたのだ』と仰せになり、私に『母に代わって施身法法会に参加し続けるように。子女だけが母に代わり、母のために福報を累積することができるのだ』と仰せになった。続いて私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに『自分はこの上もなく親不孝なのに、母に孝行を尽くす機会を永遠に失ってしまうのではないかととても辛く感じます』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『真の親孝行こそ学仏だ』と開示くださった。私はその時実は非常に驚愕した。この答えは全く考えてもみなかったし、どうすれば良いかも分からなかったからだ。

そして、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、病院へ行き、昏睡中の母に加持くださるとお約束くださった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように、何も求めず衆生に利益くださるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは母に長い間加持をくださり、『母の身体にはたくさんの魚がついており、身体の脇には二人の嬰児の霊がいる』と仰せになった。さらに『亡くなった男性の年長者が会いに来ている』と仰せになったので、私は昨年亡くなったばかりの母方の祖父が実はまだ苦しんでいたのだと知った。さらに年長者に尋ねて、母が結婚前に二度中絶したことがあったと初めて知った。上師は、真の親孝行とはしっかり学仏することだと開示くださった。私は勇気を放り絞って『学仏するなら、初級の者に適した老師はおいでにならないでしょうか』と上師にお尋ね申し上げたところ、上師は『こんなにも良い老師が眼前にいるのに、そなたはさらにどこへ探しに行こうというのか?』と開示くださった。後にこのことを思い出すと、自分は善根が全く足りないと強い懺悔を感じる。具徳の上師が眼前においでになるのに、しっかりその機会をつかむことを知らなかったとは。

施身法法会に続けて参加したことで、母の状況は徐々に改善していった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが母に加持をくださった一ヶ月後、ある日母方の祖母から、観世音菩薩が母の身体に加持くださっている夢を見た、と電話で聞かされた。それからいくらもしない内に母は徐々に意識を取り戻し始め、病状が好転するとは思っていなかった医師も看護師も、これは奇跡だ、と感じているようだった。

集中治療室で三ヶ月過ごした後、母はついに一般病棟へ移ることができた。半年のリハビリにより、母は徐々に回復し、意識もしっかりして歩けるようになった。けれども、内圧を測るため頭蓋骨に穴を開けていたため、意識を取り戻したばかりの頃は視力がひどく落ち、深刻な斜視になっていた。そのため、斜視を手術することになったが、その前の週、母を載せて父が車で高速道路を走行中、突然前の車に追突してしまった。けれども、二人はひどく驚いただけで特に何もなく、二〜三十万元で車も修理することができた。そして、驚いた母は、斜視が奇跡のように回復してしまったのだ。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。母の重い報いを軽くしてくださり、手術の苦しみを免れさせてくださった。十数年後病院で、当時集中治療室で母を世話してくれていた看護師に会った。私は興奮して彼らに話したところ、看護師達はみな、母が健康を取り戻したのは奇跡だと口々に言うので、私はすぐに、これは仏菩薩のような金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの救いと加持のおかげなのだと彼らに告げた。

法会への参加を開始した後、私は、学仏とは何であるかを初めて理解した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は分かり易く、仏法とは実は生活に応用できるものであり、高尚で日常とかけ離れたものではないのだ、と知ることができた。幼い頃、我が家は経済的に豊かな方だったが、祖先が農家で殺業が重かったため、家族間には争いが絶えなかった。また、自分も健康でなく、脊椎側湾症でいつも嘆いてばかりいた。生活の心配はなかったが、幸せではなかったのだ。私が子供の頃、父はプロテスタント長老教会に通っていたため、私もしばしば父と礼拝に通い、賛美歌を歌っていた。高三の時にはフェローシップに参加し、父母の関係が悪くなっていた頃にはよく外国へ行っていた。加えて、学業でも強いプレッシャーを感じていたため、不眠の傾向が現れ始め、精神科で薬を処方してもらったが、その薬は飲むとすぐに眠くなり、起きると頭の中が空っぽになっているように感じ、そのためその後は恐くて服用できなくなってしまった。当時は教会の仲間が私と共に主の御名を呼んでくれたが、私の心の中の苦しみを消し去ることはできなかった。けれども、法会へ参加し上師の開示を聞くようになってからは、一切は因果なのだ、一切は自分が植え付けた因、それによって得られた果なのだと徐々に理解し、懺悔し、自分の行為を改め、衆生を代表して法会に参加しなければならない、と考えられるようになったことで、それまでの訳のわからない鬱々とした思いは消えてしまった。また、漢方クリニックの薬のおかげで、冬起きていた筋肉がつる問題もなくなり、徐々に健康を取り戻せている。

皈依後、リンチェンドルジェ・リンポチェが母を救ってくださったことに感謝するため、父母が拝謁に訪れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは先ず『そなたの娘は私に皈依したが出家しない。娘が言うことを聞かないなら、私に言いに来れば良い』と仰せになった。私はその時心から感謝し、同時に非常に恥ずかしくなった。自分はしっかりせず、父母が心配している事に少しも気付かなかった。そして、両親を安心させてくださり、学仏の因縁をくださったことを上師に感謝した。学仏を始めたばかりの頃、私は非常にまじめで、しっかり懺悔して上師に着いて行き、今生で生死を解脱し輪迴苦海を離れよう、と決心していた。けれども、その後幸せな日々が続くと怠け始め、行為も変わってしまい、依教奉行せず、物質的な欲望が重くなり、学仏人らしくなくなってしまい、ただ表面的に法会に関わっているだけとなってしまった。大学を卒業し給料をもらうようになってからは、自分の欲望のままに贅沢するようになり、傲慢に思い上がり、何事につけても自己主張し、父母を大切にせず、種々の悪習が現れるようになり、ついには父が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、私が家族と一緒に外国旅行へもっと行けるようにしてほしい、と願い出る手紙を出すまでになってしまった。父が言いたかったのは、法会に参加するよりもっと家族と過ごして欲しい、と言う事だった。これこそ私が深く懺悔を感じる点だ。自分はしっかり学仏せず、自分の行為を改めなかったため、家族は仏法の殊勝を感じることができず、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの功徳をさまざまな機会に賛嘆することをせず、自分の欲望の追求にばかりこだわっていたため、学仏に障礙が生じたのだ。このため、上師は父としっかり話すよう仰せになり、その後は法会に参加できなくなってしまった。法会に参加できなかった数年間、法会に参加できず、仏法を聞けない苦しみを深く味わった。こうして私に自己を反省する機会をくださった上師の殊勝なる教法に感謝申し上げたい。

この期間、法会には参加できなかったが、上師は私をお見捨てにならず、いつでも私と家族をお守りくださった。母は病状が危険な状態に陥り肝臓移植を行った後は、免疫抑制剤薬を長期間服用しなければならなかったため抵抗力が落ち、少しの風邪でもすぐに発熱し、救急に駆けつけ入院、ということがよくあった。2011年一月末、母はまたしても危険な状態に陥った。風邪のセキによる急性呼吸困難のためで、死亡率が50%以上という緊急の症状だった。入院して一週間もしない内に呼吸不全の症状が現れ始め、酸素マスクをつけても改善せず、血中酸素は60まで落ちた後、肺全体が白くなった。医師は私たちに病状の危険を知らせ、母は挿管されて集中治療室に運ばれた。私は毎日尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法照を母に見せ、母にリンチェンドルジェ・リンポチェの法名とご様子をしっかり覚えているように語りかけた。そして、母に代わり大供養を行うことを家族と相談した。家族の同意を得ることができたので、母の最も高価なブレスレットを上師に供養申し上げる、と私は耳元で母に伝えた。

家族全員で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁に赴き、リンチェンドルジェ・リンポチェに母が危篤であり、母に代わって懺悔したいということと、母が身に着けていたブレスレットを供養申し上げたいということをお伝え申し上げ、リンチェンドルジェ・リンポチェに母の苦しみを軽くしてくださるようお願い申し上げた。上師は母の名を聞かれ入定なさった後『母の呼吸はどうしたのだ?片足がどうしてそんなにも腫れているのだ』と仰せになったので、私は上師に『母は呼吸困難で既に体外式膜型人工肺を装着しています』と報告申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『それは非常に深刻だ。足は切断するのか?』と仰せになった。体外式膜型人工肺を装着したことで、母の生命は維持されたが、さまざまな合併症を併発したため抗凝血剤を注射した。それによってか、口腔全体から出血し、全身は黄疸でむくみ、腎臓透析も必要になっていた。右足は切断しなければならない可能性があり、私たちが赤外線ランプを当てながらどんなに一生懸命マッサージしても、右足の裏はマッサージ後すぐに黒紫色に変わってしまう。幸運なことに漢方クリニックの漢方薬軟膏を使用することができたので、母の足の裏は悪化を免れていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは母の様子を横で見ているようにお話しになった。続いて、母をとてもとても長い間持咒加持くださった。

加持後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、母の身体の上にはたくさんの河の中で捕られた生物が着いていると仰せになった。後に聞いたところでは、母は幼い頃しばしば田舎の河辺で二枚貝を捕っていたとのことだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて『病の毒は脊椎に到達しており、母の寿縁は既に尽きている』と仰せになったので、私はリンチェンドルジェ・リンポチェに母に代わり法会で懺悔し、大礼拝をさせていただきたいとお願い申し上げたところ、リンチェンドルジェ・リンポチェはお許しくださった。続いて、私はすぐに母を離苦、生死解脱させてくださるようお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは直ちにはお応えくださらず、『家族で話し合ってからにするように』と仰せになったので、脇の方で家族で話し合ったところ、母の寿縁が既に尽きたなら、苦しむ姿を見るに忍びないので苦痛を減らしてもらいたい、とみな考えた。そのため、再び御前に出た際、母が離苦することに家族はみな同意したとお伝えし、ポワ法による済度をお願い申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。アキ護法による救いを求めることをお許しくださったのだ。

そして、奇跡はこのようにして発生した。翌日母の肺は改善に向かい、痰が減り、右足の裏は黒紫から赤みを帯びるようになり、赤外線ランプもマッサージも不要になった。家族はみな非常に不思議に感じた。彼らはみな、母に片足切断という苦しみを逃れさせてくださったことを上師に感謝申し上げた。10日後母は体外式膜型人工肺を外すことができた。けれども、肺の傷が深刻で自主呼吸ができないため、やはり挿管しなくてはならなかった。そのため、私と姉達は再び上師に拝謁申し上げた。姉は先ず、上師に感謝申し上げ、続いて上師に母への加持をお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは名前を尋ねられ、続いて『痰はずいぶん少なくなったようだ。熱も安定して来た。既にこんなにも回復しているのに、ここまで欲深いとは。子女は大礼拝をせよ!』と仰せになった。私はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。私と姉と義理の兄は道場で大礼拝を行った。いくらか経った頃、リンチェンドルジェ・リンポチェが私たちを御前にお呼びになった。リンチェンドルジェ・リンポチェは『どうだ。大変だろう?』と尋ねられ、『母はそなた達を育てるのに、こんなにも苦労したのだ。子女だけが父母に代わり福報を累積できる。そなた達が大礼拝することで、第一に母と仏菩薩との間に非常に深い縁を結ぶことができる。第二に、母は以後リンチェンドルジェ・リンポチェの済度を受けることができる』と仰せになり、続いて母に持咒加持くださった。翌日から母は熱が引き、尿量も増え正常となり、リンチェンドルジェ・リンポチェの法照を見たがるなど、意識もはっきりしてきた。

この頃から母は長い呼吸訓練を開始した。肺が傷つき、水が溜まっているため、定期的に胸水を抜かなければならず、その際に空気が突然入り込むこともあり、ショックから痙攣を起こすこともあった。医師は、母の脳は酸素欠乏でダメージを受け、植物状態になってしまうのではないか、また絶えず痙攣することで死に到るのではないかと懸念していた。そのため、姉達と上師に拝謁申し上げ、上師に母の苦痛を軽くしてくださるようお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは加持くださった後、母は純金を持っていないかと尋ねられたので、姉が『あります』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは、それを売って、医者に掛かる経済的余裕のない人のために使うよう指定して、その金を内政部社会司に寄付するようお教え下さった。私は上師に感謝申し上げたい。母が布施でき、また自らが十分に行えていないことを懺悔する機会をお与えくださった。家族は信心が浅いため、上師がこのような法門を用いて母に福報を累積させてくださったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがご指示になった事を私は完全にその通りに行ったところ、数日して母は意識を回復し始め、文字を書いて空腹を知らせられるまでになった。

母の血中酸素濃度は変動し続けており、しばしば危険な状態に陥った。呼吸練習も非常に大変で、常に豚の鼻のようなマスクをつけ酸素を送り込み呼吸をサポートしており、とても辛そうに見えた。そのため、私と姉達は、母の苦痛を和らげてくださるよう、またいっしょに上師に拝謁にうかがった。リンチェンドルジェ・リンポチェは母の名前をお尋ねになった後長く加持くださり、続いて『母の心臓は既に弱っている。表面的には良くなっているように見えるかもしれないが、まだまだそなた達を世話しなければならないと思い、実は無理しているのだ。60日間観察し、血圧がやはり安定しないなら、残された日々はこの60日間だろう。もし、血圧が安定してきたなら、どうなるかは分からない』と仰せになり、姉に『このような状態でも、母をなお生かしたいか?』とお尋ねになったところ、姉はやはり首を縦に振った。リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたの母は、既に胃腸にダメージを受けており、肝臓も徐々に悪くなっている。このまま生きていても、母にとっては辛いだけだ。このことが理解できるか?』と仰せになり、続いて『母は純金を持っているか?』と尋ねられた。姉が『もうありません』とお答え申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『母にはまだ数個の金の指輪と、多くはないがいくらかの預金がある。母の脇で、母の名前で寄付すると告げて、母に知らせるのだ』と仰せになった。

その時、私と姉は『純金は既に売ってしまった。どこにまだあるのか?』と考えていたが、私は突然、父がセーフティーボックスに純金を取り出しに行った時『いくつか小さいのがあるが、それは要らないだろう。ネックレスを売ればいいだろう』と言っていたのを思い出した。そのため父に尋ねたが、父は『指輪などない』と言い張り、『もう十分たくさん寄付したのだから、これ以上はできない』と言った。こうして、リンチェンドルジェ・リンポチェがお与えくださった殊勝なる法門を逃してしまった。その後いくらもしない内に、母の左の大腿が突然腫れ出した。あまりにも多くの注射を打ったため、足の靜脈から出血したとのことで、緊急手術を行うこととなり、自費で3個のステントを装着した。二十万元近く出費し、母にも手術の苦しみを与えることとなってしまったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは心の底から衆生に利益しようとお考えで、衆生にお与くださる法門はすべて衆生のためであり、教えに従って実践しなければならないのだ。

もう一つ奇跡がある。母は集中治療室では9ヶ月近くにわたり繰り返し挿管されていたにもかかわらず、気管切開されなかったことだ。母は常に危険な状態にあり、血中酸素濃度は60まで落ち、痰もひどく多くなったため、呼吸練習を一旦やめ、再び管挿した。一般的に挿管の三日後には、看護と痰吸引の便のため、医師は気管切開を提案してくる。かつて祖母は気管切開後に呼吸ケア病棟に移り、人工呼吸器に頼って二年間生きたが、地獄のような毎日で、最後には両手両足が萎縮しカビが生え、非常な苦しみの中で亡くなった。そのため、最初家族は気管切開しないことに賛成していたが、吸引された母の痰にたくさんの血が混じるようになり、集中治療室の医師も看護師も、気管切開すればどんなに楽になり、痰吸引もし易くなると、気管切開を絶えず勧めてくるので、家族の心は揺れ動き始めた。ついには母がしばしば筆談で『喉がとても痛い』と訴えて来るようになり、父はある日病院から電話で、母の主治医に気管切開してくれるよう頼むつもりだと言ってきた。父は既に母にも話し、気管切開を受け入れさせたと言う。その時私は『お父さんならどう?自分なら気管切開したい?』と聞くと、思ってもみなかったことに、父は『自分なら気管切開する』と答えた。

私はとても悲しく、心の中で常に、助けてくださるようアキお婆さんにお願い申し上げ、どうか母にこれ以上の苦しみを与えないでくださいと祈っていた。ところが、病院に着くと、父が『主治医ともう二度と話さない』と憤慨して言うのだ。母の主治医は、なんと少しのためらいもなく、母に気管切開を行わない、と言ったというのだ。その時、私はなんて不可思議な、と思い、その後医師である兄弟子にこの事を話した。兄弟子は『その医者も自分がなぜこんなことを言ったのか分からなかっただろう。気管切開手術など、医師にとってはメスを一振りするだけで、二、三分で終わるものなのだ。それを拒絶する医者などいないし、あり得ない』と言われた。これを聞き、私はこれら一切はすべてアキ護法と上師の加持のおかげなのだ、母の苦しみを少なくしてくださったのだ、と知った。

母は二〜三ヶ月の呼吸治療後ついに管を抜くことができ、酸素マスクをつけて呼吸できるまでに奇跡のように回復した。医師である兄弟子は『普通の人ならこのような治療は二日で続けられなくなるのに』と言い、さらに『お母さんを見に行くと、練習器を楽そうに装着していた。全く不思議だ。しかも、酸素を注入すると脳を傷つけ易いが、母さんの脳は全くダメージを受けていない』とも言っていた。後におしゃべりしていた時にさらに『お母さんの身には少なくとも10個の奇跡が起きている。お母さんの状態を見に行って、もうもたないだろう、と思っても、しばらくするとまた良くなっている』と言っていた。

母は9ヶ月後に集中治療室を出たが、しばしば呼吸が苦しくなり、見ていて非常に辛そうで、母はいつまでも医療の苦痛に苛まれるのではと心配になった。酸素マスクを着けていれば、退院し在宅看護に切り替えることはできない。姉はリンチェンドルジェ・リンポチェに『母は集中治療室を出て10日になりますが、非常に苦しんでいます。阿彌陀仏に母をお連れくださるようお願い申し上げます』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『菩薩は母を連れて行ってはくださらない。離苦したければ福報がいる』と開示くださった。続いて姉は、リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。グループの茶と漢方薬のおかげで姉は妊娠することができたのだ。姉は二度人工受精を試みたが成功していなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『金を払ったのだから、礼は要らない』と仰せになった。

後に私はインターネットで急性呼吸道窘迫症を検索して初めて知った。この症状の入院死亡率は40%にも達し、助かった患者でも退院できるのは34%に過ぎず、残りの13%は他の病院へ移り治療を継続する必要があり、12%はリハビリセンターで療養し、40%はホスピス病棟へ移るとのことだった。母はスムーズに退院でき、現在は家で静養しているが状況は良好で意識もはっきしている。私たち家族はみな、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの救いと母の苦痛を減らしてくださったことに心から感謝している。けれども、やはりリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せのように、母は今回の病毒が既に脊椎に入り込んでいるため、既に三年リハビリを続けているが、やはり歩くことができず、このような状態で生き続けるのはとても辛いと言うこともできる。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは大医王であられる。普通の医師よりずっと素晴らしい。

私は懺悔したい。法会において母に代わり懺悔し大礼拝を行うことができたが、やはり法会への参加は許されていなかった。この時になって私はようやく自分の愚かさがはっきり分かった。法会に参加できなくなった後、仏法を聞くことができない苦しみをようやく知り、さらに仏法を聞くすべての機会を大切にしなければならないのだと知った。昨(2014)年9月、上の姉にちょっとした問題が起きたため、姉を連れて法会への参加を求めるよう、父が自ら私に口を開いた。姉の参加は許されながったが、私の法会への参加を父が心底同意していることを感じた。その後父は、昨年12月の日本法会団に参加することに喜んで同意した。そのため、私は上師への拝謁を急いで申し込み、懺悔し、法会への参加をお願いし、法会に参加できないのは非常に苦しいと報告申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『組全体が同意しなければ、日本での法会に参加することはできない』と仰せになった。組全体の兄弟子にチェックいただき、問題がどこにあるかをお教えいただき、また自分の学仏の心持ちを見つめ、学仏の心を堅める機会をくださったことを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

日本での法会から戻った後、私は再び上師に拝謁たまわり、自分は欲望を追求するため、行為をしっかり改めていなかったと懺悔した。同時に上師に、法会への参加に父が同意していることを報告申し上げ、上師に懺悔し、法会への参加をお願い申し上げた。上師は『そなたの父が同意しているかどうか、なぜ私が分かるのだ?』と仰せになったので、父が法会参加同意書を書いていることを急いで報告申し上げたところ、上師は、それを理事長に見せるよう仰せになった。翌週私は再び上師にお目にかかり、父が書いた同意書を既に理事長に見ていただいたことを報告申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く私をご覧になり『同意書を協会に提出し、明日から法会に参加するように』と仰せになった。その時、私は感謝にたえず、『今回の学仏の機会を大切にしなければならない。無常はいつでも発生するのだから』と自分に言い聞かせた。

私はここで懺悔したい。既に皈依学仏しながら、求めることしか知らず、しっかり修行せず、上師の福報を絶えず消費し、上師を巻き込み、上師の教導に対して申し訳なく、依教奉行していない。懺悔心、出離心でしっかり学仏できるなら、学仏には自然に障礙がなくなり、たくさんの因果因縁が自然に転じ、業障が現れる時も軽く済み、上師の福徳を消費する必要もないため、上師はより多くの衆生に利益することができるのだ。私は懺悔したい。自分は愚かで貪念が重く、因果無常を深く信じず、上師に頼ってばかりいる。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて『地蔵経では、起心動念はすべて業ですべて罪だ、と説く』と開示くださった。自分の一切の悪行、敗徳を私は懺悔したい。因果を信じていないことを私は懺悔したい。自分が食べた、そして傷つけた無数の衆生に懺悔したい。自分は幼い頃から大人になるまで、父母の金を盗んで使っていた。さらには、公金を盗み窃盗の罪まで犯したことを懺悔したい。欲望を追求し邪淫の罪を犯したことを懺悔したい。自分は傲慢で、自己の過ちを認めず衆生に対して嗔念を起こしていることを懺悔したい。自分の過ちを認めず、思い上がり、妄語と悪口を犯していることを懺悔したい。自分の不注意により、他人に煩悩心を起こさせていることを懺悔したい。しばしば遅刻し、衆生の時間を無駄にする罪を犯していることを懺悔したい。自分は親不孝で、幼い頃から父母に口答えし、わがままで、父母の言いつけに背いてばかりいることを懺悔したい。自分はいつも他人の過ちだけを見て、自らを省みないことを懺悔したい。自分はしっかり学仏せず、依教奉行せず、上師に師事するに値しないことを懺悔したい。自分はかつて法会の最中に居眠りし、ペットに生まれ変わる悪因を植え付けたことを懺悔したい。

私は『真の親孝行とはしっかり学仏することだ』という尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を永遠に忘れない。今生でこのような大修行者—尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに巡り会えたのだ。この生で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに付き従い学仏する貴重な因縁をしっかり掴み、生死を解脱し輪迴を断ち切らなければならない。同時に私は、母の病が学仏の機会をくれたことに感謝したい。自分の過ちに気づかせてくれたことを父に感謝したい。私を助け、私の間違いを教えてくださったすべての兄弟子に感謝申し上げたい。人生は無常であり、『仏法は学び難く、上師には会い難い』という。上師に巡り会えなかったなら、私はどこに墮落していたのか、想像するだに恐ろしい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し、世に常住し、仏法事業が円満興盛で、直貢噶舉の法脈が永遠に流伝するよう、私は最後に祈願申し上げたい。

続いて、弟子と信衆は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年7月13日に開示くださった「共四加行」の仏法テープを謹んで拝聴した。

「その日、ある女性の皈依弟子があわててやって来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに休みを申請した。授業料を払って『潜在自我開発課程』に参加するとのことだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女にもう来なくとも良いと言った。潜在自我開発などするくらいなら、仏法を聞きに来た方が良い。自我があると考える人の執著心は非常に重い。執著心が重い人は仏法を学ぶことなどできはしない。だが、世間の人はこんなにも愚かだ。授業料を取るのだから良いものだ、と思っている。仮にリンチェンドルジェ・リンポチェが方法を変え、仏法学習をシリーズ化し、三ヶ月コース20万元とするなら、そなた達は来るだろうか?絕対に毎日来る。一日休むのさえ受け入れられないだろう。なぜなら金を払っているからだ。だからこそ、リンチェンドルジェ・リンポチェは厳しいのだ。それはそなた達を服従させるためではなく、そなた達に破戒させないためだ。

『破和合僧』すれば、たとえ仏法が栄えているところで12年実修したとしても成果はない。実修とは閉関を指す。問題が生じたら、リンチェンドルジェ・リンポチェに言いに来る。それは、そなた達が自分で判断できないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは判断できるからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは事に対し人には対さない。そなた達は人に対し事に対さない。新しく皈依した者、皈依して長い者の中にも、組長に対して不満を持つ者がいる。組長はうまくやれない、などと言っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは、どうしてそなたを組長にしないのか?それは必ずそなた達に問題があるからだ。これこそ問題を作り出し、破和合僧を行おうとしているに他ならない。組長に円満でないところがいくらかあるなら、それを伝えて、さらには手伝ってもいいではないか。傍観し噂の種にするなど、もっての外だ。

2001年、尊勝なる直貢チェツァン法王は金剛舞を催すようリンチェンドルジェ・リンポチェに求められた。リンチェンドルジェ・リンポチェが金剛舞を開催する目的は、第一に台湾のためだ。リンチェンドルジェ・リンポチェにははっきりと分かっている。台湾にはたくさんの災難がある。金剛舞を通して災難を少しでも減らせたらと思う。第二は、金剛舞を通して、台湾全島の人に直貢噶舉の名を知ってもらいたいのだ。第三には、金剛舞を通して、直貢チェツァン法王が必要とされている図書館建設費用の寄付を集めることだ。準備を始めたばかりの頃、教派の内外を問わず、多くの人が成功すると考えていなかった。さらには、脇で見ていて冷やかす人さえいた。けれども、幸運なことにアキ護法のお助けを頂戴できた。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎日『金剛舞を成功させてください。直貢チェツァン法王に20万ドルの寄付が集まりますように』とアキ護法に祈っていた。その結果、税金を差し引いた後ちょうどぴったり20万ドルが残ったのだ。金剛舞開催の過程では『リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の意見に従い、他人の意見を聞いてはいけない』と考えた弟子がいた。彼は今ここにいない。その弟子は『自分は専門家なので、すべて自分の意見に従い、他人の意見を取り入れてはいけない』と要求したのだ。これこそが破和合僧だ。リンチェンドルジェ・リンポチェのすべての弟子はみなリンチェンドルジェ・リンポチェに意見する資格がある。受け入れるかどうかはリンチェンドルジェ・リンポチェが決めるが、ある一人の弟子がすべての弟子を代表できるというものではない。こうして初めて是非を挟まず、弟子達の仲をかき乱すことがないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの弟子は離れて行くと分かっていたが、彼に任せた。彼の強烈な個性のために、団体全体の作業に影響を及ぼすことはできない。上師とは非常に辛いものだ。あらゆる面に問題が現れないように気を配らなければならないのだ。さもなくば破戒してしまう。

経典中でも『未来世の僧衆は殺し合い、すべて無間地獄に堕ちる。俗人は紅色の衣、黄色の衣に惑わされ、仏塔を建てて供養し、昇三十三天を得る』と何度も触れられている。僧団は自ら破戒し、果報を受け地獄に堕ちるのに、そなた達世間の人々は、彼らが着ている紅色の衣、黄色の衣を見て供養し、同様に昇三十三天の果報を受ける。だが、阿彌陀仏のお側には行けない。なぜならこの僧団は如法ではないので、そなたが阿彌陀仏のお側に行く手助けができないからだ。けれども、そなたはこれら僧衆を供養したことがあるので、同じように天界に生まれる。殺し合うと言っても、実際に僧衆を殺害するとは限らない。彼の弘法の慧命を断つのであっても、殺害と呼ぶ。実はこの方がもっと深刻だ。よって、経典ではしばしば我々に告誡する。出家相を現した人を批判してはならない。彼がどんなに多くの為すべきでないことを為し、どれだけの悪因を植え付けたとしても、それは彼の果であり、そなたとは無関係なのだ。だが、彼は既に出家相を現している。行善の心はそなたより強い。この少しの善の心は、そなたが恭敬するに値するものだ。そなたが彼に供養するかどうかは、重要ではない。重要なのは、他人の善の心が自分より多く、自分より重いことなのだ。少なくともその人にこの福縁があるなら、この一生で出家相を現すだろう。

よって、そなた達も出家相を現した人を決して批判してはならない。その果報は非常に重くなるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはたまに言うが、それは批判ではなく、そなた達に、もし不如法なら、出家相を現しても修行できないと教えるためだ。出家でも在家でもよいのだ。四衆はみな平等の原則の下、仏陀の教導に従い、仏法学習に精進し、衆生に利益するのだ。仮に出家者が自分は在家よりも優れており、在家よりも高尚だと考えるなら、それは間違っている。仮に在家の人が、出家者の修行が十分でない、と考えるなら、それも間違っている。みな相互に平等な心でみなの因縁を見るのだ。因縁があり出家した。それはそなたの因縁だ。因縁がなく出家しなかった。それもそなたの因縁なのだ。我々は平等な心で、一切の修行人に対しなければならない。

続いて『悪口』について言おう。『所依境』は衆生であり、『思維』とは口に出そうとする耳に不快な言葉を指し、『加行』とはこの行為を言う。『完畢』とはこの言葉を既に口から出したということで、『動機』とは三毒、特に嗔恨を指す。悪口のタイプには三つある。一つは、面と向かって言う悪口。非常に悪辣な言葉で直接罵ることだ。二つは、側面悪口で、笑いに紛らせ耳に不快なことを言うことだ。三つめは、間接悪口で、他人を唆し、悪口を言わせることだ。これらはみな犯したことがあろう。悪口は呪罵も含む。ある人が十悪不赦の罪を犯したとしても、我々は決してその人を呪罵してはならない。

指名手配犯がいたとする。たくさんの人が彼を呪罵し、『あんな奴はさっさと捕まえ、殺してしまえばいい』などと言うが、これらもみな悪口に入るのだ。一人の仏子にとってみれば、今日彼が悪を為したとしても、それは彼の果報であり、我々とは無関係だ。一人の仏子にとってみれば、我々は彼を憐憫することしかできない。この人は福報因縁がなく仏法を聞けなかったので行悪したと考え、彼を菩薩の化身として、自分とすべての親族に『幼い頃も大人になっても、貪、嗔、痴を犯してはならない』と戒めとし、言葉で彼を呪罵してはならない。あたかも自分が偉大であるかのように『すべての悪人はみな牢屋に入れてしまえば良い』と言ったりするのも、悪口の範囲に入る。我々はしばしば罪を犯す。付和雷同も含め、意識しない内に口に出してしまう。ある団体にある人がいた。彼はたくさんの人に嫌われていた。たくさんの人が、彼に何か耳障りの悪い事を言おうと考えているようなものだ。特に会社においてはそうだ。お婆さん達は子供を叱る時よく『この悪ガキ、死ね!』などというが、これらもみな悪口だ。慣用句だなどと思ってはならない。口に出したってどうということはないなどと思ってはならない。口に出しさえすれば、この悪口の種子と果報はすべてそなたのものだ。

『悪口』が重い人は、在生では必ずたくさんの病に罹る。高血圧、呼吸器に問題がある人はみな悪口、両舌を犯している。悪口が多い人は、自分が言った事が、他人の身の上にではなく、自分の身の上にゆっくりと現れて来るだろう。なぜならその人は一日中同じ事を口走っているのだから。お婆さん達は悪口が好きで、よく人を罵り、何かというと罵倒している。『分からないのか!この悪人め!』これも悪口だ。これらはみな悪口だ。たくさんの出家人も、今になっても悪口を犯している。『念珠できるか?これができるか?』これもみな悪口だ。耳に不快な言葉はすべて悪口なのだ。他人を冷やかし、他人をけなし、人の最も触れられたくないところばかりほじくり、最も聞きたくないことをわざわざ聞かせる。過ちを犯していると分かっているのに、相手が聞きたくないと分かっているのに、わざわざ言って聞かせ、その人の心に苦しみを生み出させる。これはみな悪口だ。面と向かっての悪口はつまり罵倒だ。側面は、非常にユーモアのある話をするが、話の中ではやはり他人を批判している。間接悪口とは他人に言わせることだ。

少し前、ある人はリンチェンドルジェ・リンポチェに不満で納得できず『どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上れるのに、自分は上れないのか?』と考えていた。彼は他人に、誹謗中傷する手紙を直貢チェツァン法王宛に出させることにした。この手紙を書こうとしていた人が、ちょうど我々教派内の一人のケンポスに尋ねた。そのケンポスは彼に『これを為してはならない。第一に、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生と教派のために真に事を為している。第二に、この手紙を書けば、それは破戒だ。書いてはならない』と言った。これから分かるように、悪口は非常に容易なのだ。彼はその人が言った時に『この二人は同時期に学仏を始めた。一人は法座に上れるのにもう一人は上れない。直貢チェツァン法王は贔屓しているのではないか?智慧がなく人を見誤っているのではないか?直貢チェツァン法王にご忠告申し上げよう』と思った。たくさんの人がこのような事を行っている。上師に『この人は良くない事を行っている』とちょっと忠告する。これも『悪口』だ。

『悪口』は言わないが、柔らかい言葉で相手の心中に憤怒を起こさせることもある。これも『悪口』だ。例えば、ある人が嫌いだとして、わざと反対の事を言う。例えば、甲が嫌いな人の前で、わざわざ『彼を誤解しているよ。甲は本当はとても良いやつなんだ……』などと言う。そなたが言えば言うほど、その人はカッカしてくるだろう。刺激してはならないタイプの人がいると、みなも知っているだろう。こういう人には『激将法(自尊心を傷つけるなど逆の言い方をして人を発奮させる方法)』を用いる。非常に耳障りの良い事を言ったりして、その実その人を怒らせたりする。特に嫁と姑との間に争いが起こった時には、たくさんの小姑が、わざとこんなことを言う。このような『悪口』は非常に良くない。

最も深刻なのは父母、聖者に対する悪口で、その場合の過失も最も深刻だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前そなた達に言ったことがある。そなたの父母、上師のある行為や言葉が他の人に受け入れられず、他の人がそなたの面前で批判した時、そなたはその場を立ち去らなければならない。聞いてはならない。聞けば、それが自分の好奇心を満たすため、さらには反論するためであっても、実はそなたはその人と同じように悪口を犯すことになるのだ。よってリンチェンドルジェ・リンポチェは以前みなに言った事がある。誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェを批判していても、そなた達は説明しに行く必要はない。一つ目の理由は正に先ほど言ったことだ。二つ目の理由は、リンチェンドルジェ・リンポチェが過去世で他人を批判したことがあるかもしれないからだ。そのため、この一世で他人に批判されているのかもしれない。それなら、リンチェンドルジェ・リンポチェの果報は報いられたのだ。借金は完済されたのだから、これでいいのだ。仮に我々がいつまでも説明し、或いは反論するなら、相手の悪口はどんどんエスカレートするだろう。それでは、その人が悪口を為す機会を増やしてしまう。この際の真の主導者は彼ではなくそなただ。よってこの論理によれば、我々は聞くことさえあってはならないのだ。それならなおのこと、自ら父母の批判や聖者の批判や上師の批判をすることなどあっていいだろうか?

たくさんの人がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て、自分の父母は仲が悪い、と言うが、リンチェンドルジェ・リンポチェは、自分の父母の事を決して言ってはならない、としばしば彼らに伝える。これは彼ら二人の事であって、そなたとは無関係なのだ。そなたが言えば、この戒を破ってしまう。離婚経験がある人は、子供の面前で、相手がいけなかった、と言いたがる。これにより、この子供はその母親或いは父親をいつまでの批判し続けるだろう。これはすべて悪口だ。人の親であるなら、離婚していないとしても、夫婦の間にいくらか考え方が合わない点があったとしても、子供の面前で相手を批判してはならない。そなたが批判している時、子供は必ず聞いており、たくさん聞いた後には、その子供は父或いは母には恐らく悪いところがあるのだと考え、批判を始めるからだ。そのため、こんなにも多くの問題児がいるのだ。すべては家庭が作り出したものだ。家庭内で父母に問題があり、あれこれ言い合い、いつまでも言い争っていれば、子供は父が母をいじめている、或いは母が父をいじめていると考え、悪口を犯してしまう。同性愛はどこから来たのか?それはこのような父母に作り上げられたのだ!母がいつまでも父が間違っていると言い続ければ、この子供は自然に男性が嫌いになる。父が毎日母は間違っていると言い続ければ、この子供は女性が嫌いになる。恐れて近づくこともできなくなるのだ。

よって父母は子供の前で相手の欠点を言い、相手を批判してはならない。合うなら、いっしょにいれば良い。分かれても、憎しみ合ってはならない。あれこれ言い争ってはならない。子供は不注意で悪を犯し、自分でも気づかない。人の子であるなら、父母の批判を決してしてはならない。もし、彼らが本当に悪い点があったとしても、言ってはならない。社会には自ずと公論がある。因果法則を逃れることはできない。我々は仏子として、彼らの懺悔を手伝い、彼らに福を植え付けてやるのでも間に合わないのに、さらにそなたから批判を付け加えなければならないのか?我々のこの社会は病んでいる。問題を生み出し、自分の問題に向き合わずに、いつまでも他人の問題を批判している。我々の次の世代は毒に当たったようだ。我々の次世代が受け取る情報はすべてマイナスの情報だ。人の子なら、今日から、父母の行為、父母の一切は、知っているだけで良い。機会があるなら自分を変え、仏法を用いてゆっくりと彼らを導き、誤った行為を正すのだ。彼らの間違いを批判する必要はない。

続いて『綺語』について説こう。『所依境』は衆生であり、『思維』は衆生が『心欲放逸閒聊(放逸したいと欲し無駄話をすること)』だ。そなた達は無駄話が大好きだろう。『加行』は意味のない話をし歌を歌うことだ。どうしてカラオケを歌いに行って叱られるのか、分かっただろう!『完畢』はこれら話をすることで、『動機』は三毒、特に『愚痴』だ。綺語には三つのタイプがある。一つは、外道の頌文或いは咒語等を念じ、非法を法とする『顛倒心綺語』だ。今ではたくさんの仏寺が『白衣神咒』を広めているようだ。『大蔵経』にはこの咒はない。これはかつて道教で作られた咒だと思われる。『大蔵経』にないのに生まれた新しいものは、密法でない限りすべて『非法』だ。だが、密法の咒語も外伝という訳ではなく、このように修めると公開しないだけだ。以前いわゆる紅教の夫婦の道場があり、彼らは経典を出版したが、この経典は一貫道で書かれた経典だった。かつてリンチェンドルジェ・リンポチェに見せてくれた人がいたが、一目見てすぐに偽の経典だと分かった。これらはすべて『綺語』で、外道の頌文を念じることも含む。

よってリンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば言うのだ。家庭内で、どうしても外道の宗教に参加しなければならない場合、身体は参加しても、口を動かさず心も動かしてはならない。つまり、その神に何かを祈ってはならず、何かを感じるなどと思ってはならない。何も祈らないでいられれば、それは最高だ。『以非法為法』なのだ。何が『非法』なのか?『非法』とは『正法ではない』ということだ。この一生で離苦得楽し生死を断ち輪迴を断つよう助けてくれる仏法でなければ、すべては『非法』だ。仏法の名相、名詞をいくらたくさん唱え、仏の外相を現修したとしても、その理論、方法、実体が我々の離生死を手助けできないなら、それはすべて『非法』だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて説いたことがある。『寶積経』中で釋迦牟尼仏が末法時代の衆生に教えていらっしゃる。如法の上師を見極める20の条件についての録音をみな聞くように。そうでなければ『非法』の上師とはなんであるか分からないだろう。

『心欲放逸閒聊』が求める基準はかなり高い。出家者なら、世間の事は何であっても口にしてはならない。名利、八風に関する事も言ってはならない。口にすれば、それはすべて『綺語』だ。寺廟内でしばしば信衆に『素晴らしい発心だ』、『様子が変わってきた』等と言う法師がたくさんいるが、これらも『綺語』に含まれるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはずっとそなた達に教えている。リンチェンドルジェ・リンポチェが直貢チェツァン法王に皈依申し上げてから蛇年の大法会まで、直貢チェツァン法王は公の場で、リンチェンドルジェ・リンポチェの面前でリンチェンドルジェ・リンポチェを賛揚くださったことはただの一度もなかった。なぜなら直貢チェツァン法王の要求は非常に高く、直貢チェツァン法王がお考えになる仏法の基準まで達していなかったので、公の場で賛歎くださらなかったのだ。仏が説かれた五戒十善ができていない信衆を、公の場で賛歎すれば、それは『綺語』だ。一日中『彼は発心した』と言っていれば、これも『綺語』だ。発心とはいくら寄付すれば良いというものではなく、真に菩提心を発したかどうかを見るのだ。この世間を離れようという心を真に発したか?発した。そうならば称賛し、そうでないなら称賛してはならない。その人を貢高我慢にしてしまう。よって出家衆であれば、これら世間法の事に関して、普段はできるだけ言ってはならない。耳にしても、分からない振りをすることだ。在家の者は『あの歌手は最近どんな服を着ていた?このスターは最近どう?』などとあまり話さないことだ。

以前隠し撮りDVDという事件があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは、そなた達がそのビデオを見ることに、強く反対した。なぜなら一目でも見れば、すべての戒を破ってしまうからだ。先ずは邪淫戒を破る。他人のこの行為を覗き見るのは、正に邪淫だ。見た後それについて誰かと話せば、それは『綺語』の戒を破ることになる。どうだ、すごいだろう?どうして見せなかったのか。好奇心にかられ『見てもすぐ忘れますから』などと言っていたが、そんなに簡単に忘れられるだろうか?忘れられなかったらどうするのだ?そなたの阿賴耶識の記憶内に邪淫の種子が非常に堅牢に植えつけられてしまう。経典の因果論では、我々がどんな行為をしようと、他人にマイナスを生じさせたなら、そのものが地球上から消えてしまわない限り、その果報が消えることはない。消えなかったなら、そのの人の果報はいつまでも地獄内から出てくるのだ。よってこの事件は、隠し撮りした人、売った人、事件を暴いた人みなが地獄に堕ちる。見て、しかもおもしろかったと思った人も地獄に堕ちる。見て、さらに批評した人も地獄だ。もともと我々人が累世に備えている淫欲の心は非常に重い。それなのにさらに、外からのこのような誘惑が絶えず強まることで、我々の行為は偏って行くのだ。

仏法では薰陶という、このような方法を用いる。この種子が因縁を起こさないなら、発芽せず、果が成ることもない。我々は生生世世に淫欲の習性があり、淫欲の種子がある。我々は結婚し性行為も行うが、この行為により我々の輪迴の法則に影響を及ぼさせてはならない。往生の剎那にこの考えを起こすよう影響を及ぼさせてはならない。よって、周囲で発生する事情については、それが増えないようにしなければならない。どうして経典では、出家者は他人が殴り合っているのさえ見てはならない、と説くのか。心が薰陶され、この闘争の考えが常に薰出するのを恐れるからだ。我々は在家の者として、夫婦因縁があるなら、この一生でこの因縁は切れない。だが、我々はこのようなことを追求してはならない。特に他人のプライバシーを覗き見るなどすれば、たくさんの戒を破ってしまうのだ。

よって我々は普段他人のプライバシーに対して、あまり聞かず、知らない方が良い。会えば先ず、相手がどんな仕事をしているのか聞きたがる人が多い。とにかく他人の事を聞きたがる。外国人は比較的プライバシーを尊重し、相手が自ら言わない限り、ほとんど尋ねない。我々はみな進んで尋ねる。誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来ると、リンチェンドルジェ・リンポチェは先ず『どうしたのだ?』と聞く。その人が聞けば、リンチェンドルジェ・リンポチェは答える。聞かないなら答えない。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼にある秘密があると知っていたとしても、タイミングがよくないなら言わない。彼が信じなくても言わない。おしゃべりで、他人のプライバシーを知りたがるなら、このような思維を簡単に生じるだろう。

『綺語』の面では、他人の事をあれこれ言いたがり、意味のないことを喋るなら、これは『綺語』だ。仏の基準では、我々の言葉はすべて他人に利益するものでなければならない。いわゆる利益とは、財や富や名利ではなく、仏法を学べて因果を理解し離生死できる言葉を利益することだ。一方、何らの作用も持たない他の言葉、それらは余分なものだ。そなたは必ず言うだろう。『学仏はほんとうに退屈だ。あれもこれも言ってはならないだと?これもダメ、あれもダメだと?』と。ここでは先ず『無聊(退屈)』という二文字について説明しよう。退屈とはなんだろうか?そなたの心が暇になることはない。外界のいわゆる煩わしさや欲望にかき回されて、静まることはない。どうしてそなた達はテレビを見て新聞を読み、映画を見てコーヒーを飲むのか?これはすべて心が静まらないからだ。心が静まらないなら、閉関はできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは一ヶ月閉関したが、一言も話してはならないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが普段そなた達のように、あちこちの噂話が好きなら、閉関はとてつもなく辛いだろう。誰もリンチェンドルジェ・リンポチェと話してくれなくとも、独り言を言うことはできる。自分が普段どのように日々を過ごしているか考えてみよ?無駄話するなら持咒し、仏号を唱えよ。そんなにたくさんおしゃべりしてどうするのだ?意味がない。口から出るのは、歌も含めてすべて綺語ではないか。

そなた達は喋るが、チベット人は一日中歌を歌っている。チベット人は歌を歌うが、特に寺廟内で歌う歌はすべて、仏菩薩の種々の慈悲、上師の種々の修行を讃えるものだ。愛しているだの、愛されたのだの、あなたが憎いだの、憎まれただの、別れただの、振られただのという歌詞ではないのだ。現在の流行歌で、この類でないものが一曲でもあるだろうか?この一生で歌手になり人気がある人は、過去世では絕対に修行人だったはずだ。絕対に衆生を率いて経典を念珠し、衆生を率いて咒語を念珠していたはずだ。そうでなければ、この一世で歌手となり人気が出ることなどあり得ない。ただ、隔世により忘れてしまい、よってこの一世では歌手になっているのだ。どうしてこの一世でこれらの歌を歌っているのか?なぜなら過去世ではその人の心の中に綺語があり、考えが動いたことがあり、その愛欲、情欲が忘れられず、この一世では歌の中に現しているのだ。よって、長い間カラオケへ行き歌い、たくさん歌ったなら、自分が主役のような気がして来て、真実のように感じて来る。なぜなら我々の心はこの環境により非常に容易に転じるからだ。

真の修行人は、その心により環境を転じられるが、凡夫は心が環境に転じられる。そなたの心が十分定まっていない時に、ある場所へ行けば、必ず先ず周囲の環境を見て、ここの環境は非常に快適だ、あちらは単調だ、と言うだろう。なぜか?それは心が環境に転じられているからだ。そなたがカラオケへ行き歌を歌う。ライトが暗くなり、雰囲気が一変し、退廃的な音楽に乗って歌えば、あらゆるやっかいがすべて発生する。たくさんの人が歌を歌えばストレス発散ができ、心を歌い出し、その思想を解き放てると思っている。それは間違いだ!この愛の歌を歌わなければ、思い出さなかったことを思い出す。歌い終われば、『以前あの男は自分を傷つけた。家に帰ったら、あいつの写真をすぐに破り捨て便器に流してしまおう』などと思い出す。我々のある種の以前の記憶、いわゆる種子は、因縁がなければ作用せず、動き出さないものだ。歌唱という行為は経典内にたくさん書かれている。ダンスもこの範囲に入るだろう。どうして踊るのか?相手を抱きしめられるので、気持ちが良いからか?他の運動ではこうはいかないので、嫌いなのではないか。

我々中国は以前どうして礼儀の邦と呼ばれていたのか?なぜなら中国人は踊る時それぞれが踊り、男女がくっついて踊ることはなかったからだ。今ではそうではない。リンチェンドルジェ・リンポチェも若かった頃がある。以前はゆったりしたダンスが好きだったが、このようなことがあるので、仏子となっては続けることはできない。息苦しいだのつまらないだのと決して思ってはならない。『これもできない、あちらへも行けない。これでは人として生きる意味があるのか!ただ働き、仏法を聞き、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られるだけで』と思っているだろう。実はリンチェンドルジェ・リンポチェに叱られても、ジョークを聞けるではないか。リンチェンドルジェ・リンポチェ一生の物語は、彩り豊かで変化に飛んでいるとまでは言えないが、かなり複雑だ。リンチェンドルジェ・リンポチェの物語を聞けば、それは修行の過程を聞くのと同じだ。

以前はリンチェンドルジェ・リンポチェも歌を歌い、映画を見て、ダンスを踊った。これらはリンチェンドルジェ・リンポチェもすべてやったことがある。どこの比丘、比丘尼が違うだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれらを経験したことがあるので、これらは本当に一人の人の心を持ち去ってしまい、本当に一人の人の心持ちを変えてしまい、本当に一人の人のすべての行為と思想を捻じ曲げてしまうと、自分自身で感じたのだ。そのためだろう。かつて台湾でも香港でも、校内でパーティを開くことは禁止されていた。ダンスパーティは禁止だったのだ。これは正しかった。『なぜダンスパーティを開いてはいけないのか?だめと言うなら、なんとしても開いてやる』などと言って、当時はみなこのような決まりは間違っていると考えていた。今学仏して、本当に間違いだったとようやく知った。子供がこのような環境にいれば、悪いことに簡単に染まってしまう。よって、子供がいる者は、もし今もこのような習慣があるなら改めなければならない。愛の歌を好んで聞き、結婚記念日に子供には家で食事させて、自分と夫は出かけて記念にダンスを踊る。このようにしていて、どうして子供にダンスをしてはいけないと教えられるだろうか?今ではリンチェンドルジェ・リンポチェは踊らないし、カラオケで歌ったりもしないので、子女にこれらを行ってはならないと教えることができる。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは自分自身もこれらをやらないからだ。

数日前、ある女性弟子が風邪をひきマスクをしてリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェの面前に跪いた時、自分のマスクを持ち上げて何度かセキをした。もしかしたら、それで自分が良くなると思い、風邪をリンチェンドルジェ・リンポチェにうつしたかったのかもしれない。続いて、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに報告した。自分は法会の日に自強活動に参加しなければならない。つまり遊びに出かけるのだ、と。リンチェンドルジェ・リンポチェは『病欠を申請できる』と開示した。どうせ彼女は既に病気なのだ。ところが彼女は『病欠を申請できません』と言うのだ。できないと言うなら、以後仏法を聞くこともできない。

人は時にとても奇妙だ。自強活動に参加しなければ、以後同僚との関係が良くなくなり、親しみが削がれてしまうだろうと考え、また、自分はみなを率いて歌う役割を担わなければならないのだから、必ず行かなければ、と考える。自分の遊びたいという心をすべて捨てろと言っているのではなく、仏法を聞くのは何にも増して重要だと言っているのだ。実はラマも遊ぶ。たまにはお互いにちょっと悪戯したりする。これはどうということはない。いわゆる遊び、冗談は、法会の場所内では良くない。特に、法会がある時に参加しないのは良くない。ドラブ・ワン・リンポチェが二日間の法会を主持くださるのに、『やはり遊びに行かなければならない。既に約束しているのだから行かない訳にはいかない』と考える。これは『綺語』を犯している。たくさんの人は仕事場で、リラックスしようとして、ふざけたり冗談を言ったりしているが、これはすべて間違いだ。

先日リンチェンドルジェ・リンポチェは開示したばかりだ。我が国の総統について二度と口にしてはならない。あれこれ批判してはならない。今日台湾の政府がこのようであるのは、みなの福報が不十分だからだ。そのため、このような総統が現れたのだ。みな知っておろう。劉邦はヤクザだった。学もなく、国家を治め始めたばかりの頃は約法三章だけだったが、しっかり統治できた。彼が用いたのは道家の『無為而治』だ。なにも取り締まらず、この三条さえ守ればそれで良い、というものだ。しかし、漢朝は隆盛を誇った。道理はどこにあるのか?これこそがこの時代の人には福報があった証だ。それで、このような明君が出現したのだ。

よって、国家公務員やある種の地位のある人物を批判するのも『綺語』の範囲に属する。将軍が兵を率いて戦いに赴く。その勝敗さえ福報因縁と関系があるのだ。占い的に言えば、運気と関係がある。事実、内外の歷史を見ても、たくさんの戦争で間抜けのように訳も分からず負けている。警察が犯人を捕まえる際にも、なぜか自分から捕まるような者もいれば、どうしたって見つからない者もいる。つまり一切すべては因縁、福報なのだ。上司を批判することも含め、そなたの福報が良いなら自然に良い上司に巡り会える。これはそなたの福報と関係があるのであって、上司が悪いのではない。よって、そなたがそなたの部下の面前で上司を批判するのは間違っている。これこそが『綺語』だ。しかし、現在はみなこの言い方を受け入れない。上司が間違っている、上司が悪い、国家が悪いと思っている。これは全くの誤りだ。

今日仮に政府がなければ、我々はどうだろうか?政府が良くやっていようがいまいが、少なくとも我々に代わりたくさんの事をやってくれている。イラクに政府がなかった一時期、社会は乱れに乱れていたのではないか?みな、イラクの政府は良くないと言うが、政府がないとはどんな状態なのだ?つまり、そなたの上司がよくやっていようといまいと、それはそなたが評断することではない。嫌なら辞めれば良い。そこで働かないこともできるのだ。けれども、一日中、こうやればもっと上手くいくのに、などとあれこれ言っているのは良くない。そなたに福報があるなら、とっくに上司の地位に就いているはずなのだ。福報が良ければ、このような上司に巡り会わず、もっと良いリーダーに巡り会っていたはずだ。そなたの福報、因縁が良ければ、もっと良いところに生まれていたはずだ。この共業中で生活しているのは、そなたが変えられるのではなく、そなたが批判する必要もない。

歌手、モデル、美人コンテストなどはすべて『綺語』だ。特にそなた達女子は、あの人の今日の服装はみっともない、だの、あの人のファッションはとても素敵だのという話を好んでする。昨日リンチェンドルジェ・リンポチェはおもしろいニュースを見た。ある人が無料で1,000元ビーフステーキを食べるため、午前四時から翌日まで並んだと言うのだ。彼らに仏法を聞くよう言ったなら、1,000元払ったとしても誰も並ばないだろう。どうだ?人の貪念とはまったく恐ろしいものだ。

先ほどは、世間の『綺語』について述べた。続いて講じるのは、非法器に法を教える『真実綺語』についてである。これは、もし、密法学習者でない人に密法を修める方法を伝えれば、それは『綺語』と言うべきだろう。よって、現在台湾では別の教派が公開の場で盛んに密法について言っているが、これはこの戒を破っているのだ。なぜなら言ってはならないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは覚えている。ある年、尊勝なる直貢チェツァン法王が信衆に、質問にお答えくださる機会をくださった。ある信衆が『密宗には気功はありませんか?』と尋ねた。直貢チェツァン法王ははっきりと聞き取られ、彼が何を聞きたいのかも分かっておられたが、お答えにならず、放っておかれた。しかも、そっぽを向かれたのだ。これこそ、この人は法器でないので、彼がこの名詞を知ったところで、直貢チェツァン法王は彼に説明なされたりしないからだ。

よって、リンチェンドルジェ・リンポチェに数年従っている弟子でも、リンチェンドルジェ・リンポチェが密法について言ったのを聞いたことがないだろう。実は言っているが、そなた達はまだ法器ではないので、リンチェンドルジェ・リンポチェは言うことができないのだ。言えば、破戒してしまう。『綺語』は一人の修行人にとっては、仏法でない話でも言ってはならない。数年前、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チョンツァン法王に雲南中甸にて弘法くださるようお願い申し上げた。ある信衆はこの事を知り、上海から昆明へ飛び、リンチェンドルジェ・リンポチェを通して、直貢チョンツァン法王にお目にかかることができた。直貢チョンツァン法王にお目にかかった後、この人は先ず一万人民元を供養申し上げた。当時の中国ではこれは莫大な金額だ。続いて、この信衆は自分のバッグから二枚の名刺を取り出し、『どちらの人とビジネスを行うべきでしょうか?』と直貢チョンツァン法王にお尋ね申し上げた。直貢チョンツァン法王は見もせずに、お答えにならず、あちらへ行ってしまわれた。そなた達なら『金をもらっておいて、何も言わないとは。あまりにも無慈悲ではないか。自分にとってビジネスはとても重要なのに、直貢チョンツァン法王はそれでも何も言わないとは』と心の中でブツブツ言うだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその場にいて気まずく感じたので、この人に『直貢チョンツァン法王は如法の修行人で、証道の修行者でもあられるが、そなたが尋ねたこの問題は、仏法と無関係なため、直貢チョンツァン法王は基本的にお答えくださらないのだ。さらに、そなたはどちらが良いかと尋ねたが、それは直貢チョンツァン法王に破戒させるようなものだ。どちらが良いかという問いに答えるには、直貢チョンツァン法王は一人を批判し、もう一人を評価しなければならないのではないか?これでは破戒してしまう。よって、直貢チョンツァン法王はお答えくださらないのだ。真の修行人とはこうあられるのだ』と説明した。誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェに教えを請いて来た時、その人の心が仏法を尋ねに来たのではないとリンチェンドルジェ・リンポチェが感じたなら、帰ってもらう。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チョンツァン法王よりさらに厳しい。供養さえ受け取らない。リンチェンドルジェ・リンポチェは金は受け取ったのに何も言わない、とそなた達に言わせて、悪を為させないようにするためだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて開示した。もし学仏の素材でないなら、ドラブ・ワン・リンポチェは構ってくださりさえしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、ドラブ・ワン・リンポチェが供養金を相手に投げ返したのをこの目で見たことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェに従えてそなた達は幸運だ。直貢チョンツァン法王かドラブ・ワン・リンポチェに従っていたなら、泣いても笑っても何をしてもダメだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェなら、そなた達にいくらかの道理を聞かせている。非法器者であるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェも諸上師も、そなたには絕対に密法を伝えず、咒語さえも話さない。たくさんの人が咒語を聞いたことがあると思っている。例えば、灌頂に参加した後に得られる咒語や、顕教が非常に好んで唱えている十小咒、或いはたくさんの顕教が『大蔵経』の続部から咒語を引いてきて弟子に唱えさせ、これこそが密法だと言っているが、これらはみな『綺語』だ。

いかなる仏菩薩の本尊咒であっても必ず上師の口伝を経なければならない。上師はいかにして口伝できるのか?先ずは本尊の灌頂を経て、自分自身が息、懐、增、誅の四法を修め、既に認証を得ていなければならない。そなた達が想像するように毎日十小咒、往生咒を唱え、或いは『大蔵経』続部の咒語を写して唱えれば、それで持咒と修密だというのではない。これは全くの誤りだ。密法修行で最も基本的な考え方は身、口、意が密であることで、よって観想法門は仏の様子を想うだけでなく、必ず生起、円満次第を通さなければ密法の外密部分に入ることはできない。

今日我々台湾の仏教界は既に本分を守っていない。律宗を修める者はしっかり戒律を修め、いくらかの咒語を写して弟子に唱えさせ、密法を修めていると誤解させてはならない。禅宗を修める者は、なんであっても欲してはならない。深山に隠れ、信衆にさえも接見せず、しっかり修行しなければならない。浄土を修める者には、たった一つの仏号しかない。十小咒もなく、何もないのだ。『華厳経』を修める者は、すぐに出家相を現し、規則に従わなければならない。ただチベット仏教密法だけが一切の法門を受け入れた後、上師により分類され個別に伝法されるのだ。

以前リンチェンドルジェ・リンポチェも十小咒と大悲咒を唱えたことがある。だが、どうもおかしいと感じた。どんなに唱えても、なぜ何の作用もないのだ。誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェを騙しているのか?仏菩薩は絕対に人を騙したりなさらないし、お書きになった咒語は必ず有用だ。どうして唱えても役に立たないのか?第一に、身、口、意の密がないことだ。生起次第、円満次第がないので、役に立たないからだ。第二には、灌頂を受けたことがないからだ。第三には、伝承上師の加持を受けていないからだ。現在台湾仏教界は滅茶苦茶に乱れている。スーパーマーケットのように何でもぶち込んである。これは非常に恐ろしいことだ!学仏する人は多いが、成果を修められる人は非常に少ない。

つまり『綺語』は法師或いは上師が適当に伝える咒語も含む。大悲咒はよく広まっているなどと思ってはならない。観音法門を修めるには大悲咒を唱える。実は『大悲陀羅尼経』中に非常にはっきりとどのように修めなければならないかが書いてあるのだ。それは、閉関、戒肉、戒色し、ある一定の期間内に、相応するまで念珠しなければならない。よって、そなた達が現在早課、晚課の際に七遍、十遍唱えても役には立たない。観世音菩薩と結縁できるだけで、次の生に再来しなければならない。けれども、現在そなた達に『大悲陀羅尼経』中に言うような効果を起こさせるのは不可能だ。

現在チベット仏教ではみなに五彩金剛結を授ける。この経中では『五彩の糸で結び持咒し信衆に身に付けさせる』と説いている。顕教では現在は行っていないが、チベット仏教では行っており、これは経典で説かれているのだ。実は、チベット仏教ではたくさんの事を着実に行っているのだ。

現在、たくさんの人が『綺語』を犯しながら自覚がない。ここではっきり言っておく。密法を学ぶ資格がない人には、教えてはならない。ここでいう資格とは学問や地位を指すのではない、法器になっているかどうかだ。以前昆明で、ある人がリンチェンドルジェ・リンポチェに咒語を伝えようと言う。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢チェツァン法王に皈依したばかりだったので、このような事の深刻性を知らなかった。だが、この人が口を開こうとした時、リンチェンドルジェ・リンポチェは不動明王が自分の体内におられるのを感じ、姿全体が不動明王の様子に変わり、突然立ち上がってしまった。この前に、直貢チェツァン法王が不動明王をリンチェンドルジェ・リンポチェにお伝えくださっていたのた。相手はこの様子を見て顔色がサッと青くなり、すぐに自分は説かないと言った。相手が説かないと言った途端、リンチェンドルジェ・リンポチェは不動明王が離れて行かれるのを感じた。これこそ咒語を伝えようとした人が間違っていたからだ。学法する人はその人自身が法器である。その本尊が遮り、聞くことさえ許さないのだ。これから分かるように、不如法で法を聞くことはあってはならないのだ。このような事は厳しく謹むべき事だ。非法器でありながら伝え、また聞く人は、真実の綺語を犯している。これは世間の綺語よりさらに深刻だ。

よって、我々は上師に従い学法する前に、先ずその人のバックグラウンドを理解しなければならない。これは、その人の出身を意味するのではなく、その人の学仏の過程を指すのだ。誰について学んだのか?その伝承はどうなのか?すべてをはっきりさせなければならない。自分は何の転世だの、何の活仏だのと突然言い出すようではいけない。これこそが大妄語で、あってはならないことだ。一人の具徳の上師は、直貢チェツァン法王であってさえ自分はどこから法を学んだのか、誰から学んだのかを明らかにしなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に自分の上師が誰であるか、仏法をどのようにして学んだのかを、はっきりと告げている。このような上師こそ如法なのだ。その人が修めた果位が高いか高くないかは、そなたとは無関係だ。なぜならどんなに立派に修めたとしても、そなたには授けられないからだ。そなたが思っている果位まで修めていようがいまいが、そなたの学仏には影響しない。自分の伝承をはっきりとさせられ、講じる法が仏の仰せの正法を超えていなければ、それは伝法人であり、そなたも法を聞く法器だ。法を講じる者と法を受け取る者との間の関係、互いの身分と背景をはっきりさせ、理解した後でなければ、破戒を免れられず、こうして初めて、どのような心持ちで仏法を受け取るかを理解することができるのだ。

『綺語』において、最も深刻なのは、求法時に意識が散漫になることだ。分かっただろう。法を聞いている時、そなた達があくびをし居眠りすると、なぜリンチェンドルジェ・リンポチェに罵倒されるのかが。仏法を聞いている時、どうしてあくびをしたり、寝てしまったりするのか?それは意識が散漫だからだ。集中して聞いていないため、あくびをするのだ。そなた達は『退屈だ。リンチェンドルジェ・リンポチェが言っていることは、全部聞いたことがある』と思っているだろうが、これは最大の『綺語』だ。誰であっても誰かが法座にあって仏法を開示しているなら、それはそなただけが聞いているのではない。代々の祖先と冤親債主も一緒に聞いているのだ。聞いている時には借金を返済しているのであって、福報を累積している。聞いていない時には、すぐになくなってしまう。

居眠りしたり、あくびをすると、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を立たせて走らせる。それはそなた達に破戒させないためであり、そなた達を大切に思っているからだ。そなた達が寝ようが、あくびをしようが、リンチェンドルジェ・リンポチェに関係があるだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは自分次第で話し、そなた達は勝手に聞く。金剛乗は耳で聞くのではなく、心に届くまで聞かなければならないため、求法する時、もし常に別の事を考え、常に自分自身の考え方があり、常に分別心を用いて聞いているなら、自然にあくびも出るし、眠くもなるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に言ったことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王の説法を拝聴する時は、いつでも決してあくびをしたり、居眠りしたりしない。直貢チェツァン法王はチベット話を話されることもあるので、リンチェンドルジェ・リンポチェは理解できないが、どうしてあくびをせずにいられるのか?しかも動かずに。それはリンチェンドルジェ・リンポチェの心が散乱せず、集中しているからだ。もっと深く言えば、入定中で聞いているからだ。

2002年の大法会時、みなも知っているだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは前夜寝なかった。あの日会場はとても暑かったが、リンチェンドルジェ・リンポチェが目を閉じたのを、誰か見たか?あくびをするだの居眠りするだの言うまでもない!最初から最後まで、リンチェンドルジェ・リンポチェは上の方に座り、不動の姿勢で仏法を聞いていた。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは自分だけが聞いているのではなく、その日は直貢チェツァン法王が講じられる仏法をたくさんの衆生が聞いているとはっきり分かっていたからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが不動でいられるので、たくさんの衆生も自然に不動でいられるのだ。そなた達は集中せず、子供をあやし、物を食べ、居眠りする。これは意識が散乱しているからで、最大の『綺語』を犯しているのだ。

早晚課において持咒する時、別の言葉を混ぜて行うなら、それは『綺語』であり、成就はできない。祖母や母親である人は、持咒時に子供を言葉で制することもあるだろう。或いは電話が鳴れば誰かに出てくれるよう頼むこともあるだろう。普通の法師は『大丈夫。念珠すればそれで良い』というだろうが、実はこれらはすべて『綺語』なのだ。

早/晚課を行う際には、第一に、すべての私事から離れなければならない。電話が鳴る。相手は用事があるだろうが、何にしろ既に事があるなら、出ても出なくても同じだ。仮に重要な事で掛けているなら、今出なくても後でまた掛けてくるだろう。持咒時に、炊飯がうまくいかず不味くなっても、それはそなたの運命だ。持咒の前に料理を始めて時間を節約せよと誰が言ったのか?米を洗って炊飯器に入れスイッチを押し、持咒が終わればちょうど炊き上がると計算する。このようにしていて、心が乱れない方がおかしいくらいだ。雑語を差し挟まない方がおかしいくらいだ。我々が関房(閉関を行う部屋)内で持咒を行う時には、話してはいけないどころか、くしゃみをしてもセキをしても、最初からやり直さなければならない。あくびをしてもやり直さなければならない。そなた達はここに座って一日中あくびをしている。いくらか持咒すると、ここがかゆい、あそこがかゆいと掻き始める。法本で言う条件を達せられるなら、そなたは絕対に成就できる。そなた達が成就できないのは、達せられていないからだ!リンチェンドルジェ・リンポチェは適当に言っているのだから、別にいい。仏祖も許してくれるだろう』と思っているだろうが、仏祖とは関係がない。リンチェンドルジェ・リンポチェとも関係がない。成就するかしないかはそなた自身の事だ。仏と上師は方法を伝えるだけだ。

持咒の際、少し念誦したところで、『夫はまだ電話を掛けて来ない』と考え、数珠に何かを挟んで一旦切り上げ、電話を掛けてから再び持咒を開始する。これでは役に立たない。これは適当にやっているだけだ。今日そなたが自分は3,000遍念誦しようと考えるとする。だが、この3,000遍の間には一切の言葉を挟んではならないのだ。3,000遍では時間が掛かりすぎると思うなら、少し少なくし、先ずは500遍から始め、1,000遍、2,000遍、3,000遍と徐々に増やせば良い。始めから『一日3,000遍念誦し、大急ぎで100万遍を終わらせよう』などと決して考えてはならない。先ずは少ないところから始め、ゆっくりと増やして行く。なぜなら、その最中に別の言葉を挟めば、唱えた咒語は、たとえ観想があったとしても、不清浄で二心があり、一心に念誦したのではないからだ。よってこの咒語はエネルギーを生み出すことはない。

共修法事中には特に『綺語』を言う。法会中に本当のように念誦している人が大勢いるが、横では冗談を言って、これら読経している人を笑わせている。法会中に無駄話をし、冗談を言って、他人の精神集中を妨げ、衆生の修法の功徳を破壊すれば、これは非常に深刻だ。特に出家相を現し、師祖の期待を背負っているならなおの事だ。『綺語』は冗談を言う他に、読経の際に急ぐことも含まれる。半分まで唱え中断してしまうことも『綺語』とされる。仏事を行う前、最中、後に、意見の相違により争うのも『綺語』とされる。法意を理解せず、字面を追うだけで、まじめに読経しなければ、自分だけでなく、他人の功徳をも破壊してしまう。『六字大明咒』を修持する際に、読み方は知っているが、意味を知らないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが講じた仏法テープ『観音法門』を聞けば良い。意味を理解させなければ、そなた達はまじめに唱えないので、リンチェンドルジェ・リンポチェは『六字大明咒』を非常に詳細に解説している。

先ほど『他人の功徳を破壊する』と言ったが、『他人』とは誰なのか?それは冤親債主だ。今日そなたが仏法を聞きに来られ、咒語を唱えられ、経典を念誦できているのは、冤親債主がそなたを成就させ、そなたを助け、そなたの邪魔をしていないからなのだ。だが、もし心を込めず適当に行い、あくびをし、居眠りするなどすれば、そなた自身に過失となるばかりか、そなたの冤親債主にとっても過失となる。彼らはそなたの功徳主であるのに、そなたは彼らを害するのだ。我々は、仏法を聞くための心構えを、自分のためではなく衆生のために、今調整しなければならない。こうすれば、より慎重になるだろう。

我々は、寡黙な修持に精進しなければならない。『寡黙な』と言っても『話してはならない』というのではない。『無駄話を少なくしろ』というのだ。この『綺語』の果報は非常に恐ろしい。『言い終わってしまえば、どうということはない』と思ってはならない。『あの人の読経は下手だ。声が牛のようだ』などと冗談で他人の念誦を批判した人の物語がある。ある人が他人の念誦の様子を見て『牛の声にそっくりだ』と揶揄ったところ、来世では牛に生まれた。これも『綺語』の範囲なのだ。他人の念誦が正しいだの間違っているだの、念誦の声が美しいだの美しくないだのと言って他人を揶揄してはならない。これも『綺語』の範囲に入る。『あの人はAだ』と言う時、そなたの果報もAのようになる。そなたが『あの人の念誦はニワトリが唱えているようだ』と言えば、そなたはニワトリに生まれ変わるだろう。

我々は自分の言葉に慎重でなければならない。寡黙の『寡』とは、衆生に対して利益しない言葉を多く話す必要はない、ということだ。冗談を言い、ユーモアを交えて話すとしても、皮肉ったり批判したりしてはならない。我々は、ユーモアを通して、いかにして己を変えるべきかを他人に感じさせられたらと願う。この種の話はしても良い。だが、他人の弱点をほじくり出し、他人の傷口を刺激し、他人の傷跡を暴き出してはならない。これらはすべて良くないことだ。特に我々の口は身、口、意の中で最も容易に罪を犯し、最も容易に過ちを犯す。しばしば『口は災いの元』と言うではないか。一切の果、一切の因はすべて口から始まるのだ。我々が不謹慎で、自分の口から出る言葉を少なくできないなら、問題は噴出するだろう。ちょっとした不注意、うっかりで、他人の命を奪うことさえあるのだ。他人にたくさんの良くない事を起こさせることさえあるのだ。

以前ある人が他人の夫が良くないと言った。その結果、言われたこの女性は服毒自殺してしまった。その人は、友人のためを思って言い、友人がこの夫との関係を断って欲しいと願った。この男は彼女をないがしろにし、彼女を傷つけている。友人が、このいわゆる『不幸な結婚』を速く終わらせることを願ったのだ。けれども、この友人は現実を受け止められず、服毒自殺してしまった。元凶は誰だ?この友人だ。この人は友を死なせてしまった。この人は言っただけなのに、友人は現実を直視できなかった。なぜこんなにも愚かなのか?離婚すれば良かったのに、とは言っても、この人の罪悪は深刻だ。我々は、すべての言葉をよく考えてからでなければ、口に出してはならない。『うっかり口走ってしまった。どう言ったら良いか分からない。どう言うべきなのか』などとは、決して言ってはならない。言葉が出ないなら何も言わず、行動で表現すれば良い。どう言ったら良いか分からないなら、あまり話さなければ良い。『衝口而出(うっかり口走ってしまった)』というこの四文字を決して言ってはならない。これは責任逃れだ。自分の過ちを認めようとしない言い方だ。よって我々は身、口、意において、口の部分には細心の注意を払わなければならない。決して過ちを犯してはならない。一旦過てば、たくさんの事が発生するだろう。

ある時ある人が兄が病気になったので、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を求めて来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは、この人の兄は寿命が尽きている、見立てたので、彼に甘露丸を授けた。すると彼は、一言目に『兄は飲み込めませんよ!』と言ったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに取り返し、再び与えることをしなかった。なぜなら彼はこの言葉でこの縁を断ったからだ。たくさんの人が非常に容易にこの過ちを犯す。他人が何かをくれたのでも良い、何かを言ったのでも良い、何か動作をしたのでも良い。必ずそれには原因があるのだ。『どうしてくれるのか?どのように服用するのか?』と尋ねることができるではないか。たくさんの人が自分は頭が良いと思い上がり『兄は挿管されているのだから、飲み込める訳がない』と思っている。この縁は、拒絶すればすぐになくなる。すぐに断ち切れてしまうのだ!

直貢チェツァン法王が初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに閉関をお命じになった時、リンチェンドルジェ・リンポチェが行こうかどうしようかと考えており、直貢チェツァン法王に『一ヶ月先延ばししても良いでしょうか?期間を短くしても良いですか?』とお尋ね申し上げたなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの縁を拒絶したことになる。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに『分かりました』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは当時いつ行けるか分からなかった。また、そのための資金がどこから来るのかも分からなかった。けれども、直貢チェツァン法王が言われることは、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェのためになることなので、考える必要はないのだ。そなた達はみなこの過ちを犯している。リンチェンドルジェ・リンポチェに言われた事を『自分はできるだろうか』と先ず考え、先ず説明しようとする。つまり、話すという事は我々の一生で最も重要なのだ。大切なことは、決して言葉の過ちを犯してはならない。決して適当に口を開いてはならない、ということだ。これをやり遂げられれば、修行の面で十分な加点となるだろう。

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2015 年 08 月 16 日 更新