尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年2月15日

法会の開始に先立ち、一人の弟子(彼の母親も皈依弟子)が、自分が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げた後の変化について語り、懺悔した。

「私は先ず皈依の縁起について語りたい。幼い頃から、私の記憶の中の父はしばしば入退院を繰り返していた。最初は自動車事故で、後には事故の傷がもとで引き起こされた癲癇だった。癲癇の発作は每年いつとはなしに起き、夜中に救急車で搬送されることも度々だった。2011年の夏休み父はまた発作を起こした。その際私は、今回の発作はいつもより長く、楽観できない状況だ、と母から告げられたが、重症急救区に運ばれた時には、父は心拍も症状も落ち着いていた。リンチェンドルジェ・リンポチェの救いに感謝申し上げたい。またその日、病院に駆けつけると、寶吉祥の兄弟子達が大勢父母に付き添ってくださっているのを目にし、この上ない心強さを感じた。兄弟子達のお心遣いに感謝申し上げたい。母はその夜、土曜日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し感謝申し上げるよう、私と姉に告げた。そしてさらに私と姉に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの施身法は病に苦しむ衆生を救えるが、父を救うためには子女が願い出なければならない、と言った。そのため私と姉は、母と共に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し、感謝申し上げることに同意した。

初めての拝謁の際、案内してくださった兄弟子は私を最前列の席で待たせてくださったので、他の信衆に対するリンチェンドルジェ・リンポチェの開示をはっきりと聞くことができた。そして私は、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に直接的かつ非常に思慮深く信衆の問題を解決されていると感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェは時には大声で叱責され、時には笑いながら開示なさり、時には開示せずに直接加持なさった。以前大法会に参加した際、リンチェンドルジェ・リンポチェのお声がとても美しく、お話に引き込まれ強く惹き付けられ、もっと聞きたいと感じたことを思い出した。施身法法会に参加させてくださるよう、リンチェンドルジェ・リンポチェにお願いしようと、待機している間、心の中で繰り返し考えていた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかる段になり、私たちはリンチェンドルジェ・リンポチェに三度頂礼申し上げ、リンチェンドルジェ・リンポチェの面前に跪いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『どうしたのだ?』とお尋ねになったので、母は、父の癲癇発作の事を申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『まだ死んでいないのか?』と仰せになったので、母は頭を下げて『まだです』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『冷たい水を飲んだので、暑気当たりしたのだ。帰宅したら、二度と冷たい水を飲んではならない、と言うように。次に飲んだなら、もう二度と会いに来てはならない!』と仰せになった。母は『分かりました』とお答え申し上げた。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは私を見て『そなたは何年生だ?』とお尋ねくださったので、『大学二年です』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『どういう学科だ?』とお尋ねになったので、『化工です。化学工程です』とお答え申し上げた。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは数秒入定なさり、『そなたはよく方程式を書くだろう』と仰せになったので、私は『そうです』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは私の学業に関心をお寄せくださり、しかも普段学んでいることをご存知のようで、その時私は突然非常な親近感を抱いた。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたは、自分がある符号をとても長い間書き間違えているのを知っているだろうか?他の人はこちら側に曲がるのに、そなたは反対側に書く。どうだ?』と仰せになった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは話しながら手を動かし示してくださった。私はすぐにその符号は自分がいつも、いったいどうやって書けば正しいのだと訝っているギリシャ文字の流体密度を表す符号だと分かったので、すぐに『そうです。分かりました。帰宅したら見てみます』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはさらに『もう一つある。そなたはきちんと点を打っていない。しっかり点を打たなければ、試験の採点をする際、教師はそなたが何を書いたか分からないだろう。分かったか?』と仰せになったので、私は『分かりました』とお答え申し上げた。

今考えると、本当に感謝に堪えない。化工というこの領域では、輸出入される物資の流量をしばしば計算するが、時間の変化に対しては、点を用いて表示する。よって、その点があるかどうかは非常に重要で、全体の物理的意義に影響を及ぼしてしまうのだ。続いて私は『リンポチェにお願い申し上げます。施身法法会への申し込みをお許しください』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『なんだ?父の死が怖いのか?』と仰せになったので、私は『いいえ、そうではありません』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『では、そなたは菜食できるのか?』と尋ねられたので、私は『できます。もう始めています』とお答え申し上げたが、母が『まだネギは食べています』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『それでは駄目だ』と仰せになった。私は急いで『もう食べていません』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『いつまで続けるのだ?』とお尋ねになった。その時私はリンチェンドルジェ・リンポチェのお言葉の意味が分からず、間抜けのように『既に菜食を始めています』と何度も繰り返していた。するとリンチェンドルジェ・リンポチェは『尋ねているのは、いつまで菜食するのか?ということだ』と仰せになった。けれども私は『うーん…』と唸ることしかできなかった。心の中では、死ぬまで菜食、と思ってはいるが、『死』を口には出し難いので、言うことができなかった。すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『家でよく考えてから、また来るように』と仰せになった。

御前を下がった後、私はすぐに死ぬまで菜食を続けることを決めた。そして、服務していた兄弟子に急いで、再び拝謁を調整してくださるようお願いしたが、兄弟子は『後ろに並んでください。申し込んでいる人の拝謁がすべて終わった後、もう一度お会いくださるか、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに伺いましょう』と言われた。その日は信衆が非常に多かったので、夜10時過ぎになってから、兄弟子は『尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお休みいただきましょう。明日日曜日の法会終了後また願い出てください』と言われた。

翌日は4時に到着し道場の階下で待っていたが、寶吉祥のベストを着た兄弟子が見当たらなかったので、自分は拝謁の時間を逃してしまったのではないかと、非常に緊張した。その後、階下の管理人が『今はまだ法会の最中です。入っても良いかどうか、いっしょに上に行って見てみましょう』と言うので上階へ行くと、兄弟子が出て来られ、私を中に連れて入り、道場内に座らせてくださった。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが法座で話されているのを目にし、『わぁ!リンチェンドルジェ・リンポチェは大法会よりさらに多く、たくさんお話しされている。ここでリンチェンドルジェ・リンポチェのお話を聞けるようになりたいものだ。道場内にいる人達の感じもとても素晴らしい』と思った。みなが護法と迴向文を念じるのを聞き、私は極めてきっぱりと『しっかりお願い申し上げよう』自分に告げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが再び法座に上られると、私は最初に御前に出ることとなったが、今回は緊張しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは私を見て『私は昨日なんと言った?』と仰せになったので、私は『リンチェンドルジェ・リンポチェは、私は字を書き間違えているので直すように、と仰せになりました』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『分かっただろう!』と仰せになったので、私は『はい、分かりました。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げます。リンチェンドルジェ・リンポチェ、どうか施身法法会に申し込ませてください』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『なぜだ?』と尋ねられたので、私は『私は幼い頃から父の入退院を見てきました。とても辛いのです』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『良いだろう』と仰せになったので、私は『リンチェンドルジェ・リンポチェ、ありがとうございます』と申し上げ、身体を起こして、三度頂礼した後、御前を下がった。

その後父の退院を待ち、私達は家族揃って感謝を申し上げに参上した。当日父は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた時『私は愚かでした。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げます』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは笑って『まだ冷たい水を飲んでいるのか?』と言われたので、父は『飲んでいません』と申し上げた。すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『それなら良い!何かあったなら、そなたにポワ法を修めよう。まだ何かあるか?』と仰せになったので、私と姉は一緒に『リンチェンドルジェ・リンポチェ、皈依に申し込ませてください』と申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『良いだろう』と仰せくださったので、家族揃ってリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、頂礼申し上げた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げた後はすべてが好転した。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依後、私は部屋を整理することを初めて学んだ。これは私にとって大変重要なことだった。初めてリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった際、私は高校二年だったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは『父母の言いつけをよく守り、余計な事に関わらず、自分は弁が立つなどと思ってはならない』と仰せくださった。その頃私はしばしば『お前の部屋は戦争が終わった後のように、物が散乱している』と父に言われていた。皈依後、私はこの事から先ず始めようと決心した。日常の些細な事まで処理できない、と父母に心配をかけてはならないと考えたからだ。後に母は、これは正にリンチェンドルジェ・リンポチェのお力添えのおかげだ、と喜んで言っていた。今では家の中は、きちんと整理整頓されている。また、リンチェンドルジェ・リンポチェが余計な事に関わらないようお諌めくださったおかげで、私は悪口を犯す機会を減らすことができた。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

母はかつて、私が不健康だと心配していた。幼い頃の私は、食が細く果物しか食べなかった。小学生の頃の朝食は10元のハムサンドだったが、私は一口も食べられず、引き出しやカバンに突っ込んでいた。そして、それは日を経るに従い、カビが生え蛆が湧くようになった。私は同級生と先生にとって面倒な存在だったのだ。けれどもその頃、私にとって食事は苦痛以外の何物でもなかった。食事時には口の中に食べ物を含んだまま、トイレへ行く振りをして、トイレで吐き出していた。全く食べないのだから、当然ガリガリに痩せて小さく、どこから見ても栄養失調だった。ところが、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依後は、菜食を始めたことで食事が楽しくなり、食べる量も増えてきた。それに加え、身体を鍛えるようになり、日本食品店の豆乳粉とクコの実で栄養を補給したので、身体つきも良くなってきた。食習慣が正常になったことで、昨年には母も、もう安心だ、と言うようになった。リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依後、歯並びが整うようになった。もともと私の歯は尖っており、大学一年の時には同級生に、歯がない、とからかわれたことがあった。しかも私はよく虫歯になった。皈依の後、ある時歯科へ行くと、歯並びを整え歯磨きがし易いよう、矯正をした方が良いと言われた。矯正の過程で、私と母は歯の形が正常に変わっていくのに気がついた。ブリッジ装着の経験がある人は多いと思うが、みな痛くて何も食べられないほどだと言う。ところが、私はブリッジのせいで痛いと感じたことは一度もなかったし、食事にも影響はなかった。私はリンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げたい。私は幼い頃嘘つきで、中学・高校時代は言葉遣いが汚く、好き勝手に他人を罵っていたが、これはこうして悪口を犯した末の果報だったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げた後は、無駄使いの衝動は収まり、不要な物を買ったり、ジャンクフードを買ったりすることもなくなった。お金を遊んで使ってしまうことはなくなったのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依後、私はもう鬼を恐れなくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェが守ってくださっているし、鬼も衆生なのだと分かったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは『鬼衆は我々よりも済度し易い。鬼道にいる衆生は人よりはるかに仏法を大切にし、自分を改めるべきだと考えているからだ』とかつて仰せになった。初めて大法会に参加する一ヶ月ほど前、それは高校二年の時だった。腰と脊椎が突然痛み出し、腰を常に回していないと居た堪れないほどだった。けれども回しても痛むのだ。この時、中学の時飼っていたペットのことを思い出した。いろいろな魚やカメを飼っていたが、その頃、私はナイフで魚の脊椎骨を切り、カメに食べさせていた。これはその報応なのだ。母はこれを知り、『大法会ではお前が傷つけた衆生のことを思いなさい。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを助けてくださるから』と言った。大法会の日、リンチェンドルジェ・リンポチェは『一切の衆生の心に替わり法会に参加しなければならない』と特別に開示くださり、背筋を伸ばして座るようご指示になった。その日私は非常に集中していたが、法会の翌日には自分の腰がすでに痛まないのに気付いた。リンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げたい。

私はかつてオートバイを運転中、夜間グリーンベルトが見えず道の真ん中に倒れてしまったことがあった。その際には、高速で走っていたこともあり、衝突の衝撃で飛ばされてしまったというのに、かすり傷だけで済んだのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがお救いくださったことに感謝申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げ、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる在家五戒と十善法を聞き、日常の基礎を持つことができた。そのおかげで私の日々は、ただ勉強を終わらせ、アルバイトの目標を達成するだけの日常ではなくなった。何かを行う時には、自分は五戒十善を守れているか必ず省みるようになっている。また、五戒十善をしっかり行えていれば、過ちを犯しにくく、他人を傷つけることはなく、煩悩も減っていくことに気付いた。かつては、人と人との関係、アルバイトから学んだ経験をもとに、自分の間違いを正していたが、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる仏法のように、それは詳細でも完璧でもないことに気付いた。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる仏法は心を整えてくださるので、行為を改めることで他人を満足させられるだけでなく、適切な行いができると感じている。

以前、自分は他人を傷つけなかったか毎晩反省していたが、これはとても誇れる事だと思っていた。しかし実はこれは、他人に好かれよう、もっと人気者になろうとしていただけなのだと皈依後にようやく分かり、仏法を聞くことで、あの反省はすべて過ちだったのだとようやく気付いた。私は自分が犯した過ちに誠実に向き合い、懺悔心を起こし、二度と再び悪業を為してはならないのだ。心をこめて五戒十善を行えば、それだけで他人を傷つける機会は自然に減っていく。自分が人に好かれるかどうかなど考える必要はないのだ。私は、楽しい事があれば自分を放縦してしまう事に気づき、リンチェンドルジェ・リンポチェの『良い事も我々の修行の妨げになる』という開示を身を以て感じることができた。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依後は、恋愛や友情における煩悩も減り、彼女や友人を独占したいという心を調整できるようになり、日常生活における利得にこだわる心を調整できようになった。自分の本分をしっかり守れば、リンチェンドルジェ・リンポチェが仰せのように、「隨縁而過、隨遇而安(縁に従い過ごし、縁に従い休まる)」なのだ。自分が不如意に遭遇したと言って、母を煩わせることはもうない。かつて私は、自分にはたくさんの敵がいると思っていた。誰かの行いを非常に不満に感じ、嫌い、心の中で罵り、非常に不愉快に思うことがよくあった。その気持ちが収まっても数日すると、また似たような事が起き、自分は常に同じような事を繰り返していると感じ、とてつもなく煩わしく感じていた。私にはかつて非常に好ましく思っていた女性がいた。とても甘く恋しく感じることもあれば、自分の独占欲や彼女に連絡がつかないことで不愉快になったこともあり、何度も悩ましく思った。

皈依の後、リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる『仏子行三十七頌』の『親方貪心如水蕩、怨方嗔心似火燃』を聞き、自分が最も嫌いなもの、最も好むものと如何にして接していくべきかを学んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示のように、人と接していく上で何か問題が生じたら、『仏子行三十七頌』を用いて自分を省みさえすれば、如何にして対処すべきかを見つけることができ、過ちは実は自分に本があるのだと気づけるのだ。『仏子行三十七頌』は実に貴重な宝だと思う。皈依の後、自分が得た最大の利益は、絶えず法会に参加することで、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞き、自分の過ちに気づき、常に自分を改め続けられることだと思う。けれども、自分を改められたと考えることで、リンチェンドルジェ・リンポチェが仰せのように、またも傲慢になっている。よって、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達に『絶えず自分を省み、しかもいつになったらやり遂げられるのだと考えてはならない』とお教えくださる。私はよく『自分は理解した。リンチェンドルジェ・リンポチェの開示は本当に素晴らしい』と感じるだけで、自分はできていると考えてしまうが、何かが起きて初めて、実はただ聞いていただけで、全くできていなかったのだと気づくことがしばしばある。

私は懺悔したい。リンチェンドルジェ・リンポチェのお言葉に従い自分の身口意に随時注意することをせず、放縦した後に、破戒していることにようやく気付いている。私は懺悔したい。自分は怠慢で、每日の『早晚課』で持咒に集中せず、気を散らしている。私は懺悔したい。自分は女性に対して常に意淫の考えを持っている。私は懺悔したい。大学時代、寝坊して遅刻したのに、オートバイで道に迷ったと教師に嘘を吐いた。私は懺悔したい。自分は供養時に、生活費を細かく計算し、残りを供養していた。私は懺悔したい。上師に対して懐疑心を抱いたことがある。私は懺悔したい。自分は辛さを感じた時だけ出離心を起こし、100%上師を恭敬できていないため、今になっても過ちを犯し、さらに言い訳を探して誤魔化している。私は懺悔したい。仏法を聞きながら、なお貪念と分別心を持ち、『聞思修(聞いて得られる智慧である聞慧、思索によって得られる智慧である思慧、実践によって得られる智慧である修慧)』に漏れがあり円満でない。常に上師を憶念し、『死は無常だ。輪迴を離れようという心により、自分の一切の考え方と行為を改めよ』と常に自分に言い聞かせなければならない。一切の障礙から離れられるよう、私を常に撮受くださることを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお願い申し上げたい。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し、一切の衆生に利益することを祈願申し上げます」と述べた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、殊勝なる施身法法会を主法くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法時に、苦労を厭わず、ご自身の功徳と福報をお使いになり自ら施身法を修持くださった。弟子達は上師がご自身の命を以て度衆なさる無盡恩徳に感じ入り、みな涙を流した。修法の過程で、リンチェンドルジェ・リンポチェが修法の法音を発せられると、道場中のテレビの画像信号は音に反応して何度も途切れた。強大な加持力は虛空に遍く満ち、同時放映している画像信号は伝送できなくなってしまったが、修法が終了すると画面は回復し正常になった。殊勝なる瑞相は極めて不可思議だ。続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは参会者を率いて六字大明咒を長く唱えられた。持咒の間、参会者はリンチェンドルジェ・リンポチェの持咒のお声の中に、寄せては返す波のようにいつまでも絶えることのない慈悲の力を感じた。

法会が円満に終了し、弟子達は声を揃えて   尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる修法に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジ・リンポチェが法座を降りられるのを、起立して恭しくお見送り申し上げた。

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2015 年 07 月 05 日 更新