尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年1月25日

法会の開始に先立ち、昨年(2014年)7月20日に皈依した弟子が、仏菩薩の加持救度と一切の衆生の助けのおかげで、法会において皈依の経緯と慈悲深いリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる仏法の教授及び救度について語れることを尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力と大威徳力に感謝申し上げた。

「私にとって仏法は、長い暗闇の中で出会った一筋の灯のようなものだ。そして、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこれに灯りを点してくださり、光明へと続く道に導いてくださった恩人だ。私は大学二年の時因縁福報があり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが雪山へと閉関に向かわれる一週間前に、私の生き方を丸ごと変えてくださるこの大修行者にお目にかかる機会を得た。

ある時大学のトイレで出会った一人の兄弟子に『自分が皈依申し上げている上師尊きリンチェンドルジェ・リンポチェとおっしゃる非常に素晴らしい大修行者にお目にかからないか』と聞かれた。ちょうどその日朝起きた時『自分を導いてくださる師を見つけたい』という考えがはっきりと浮かんだところだったのだ。私は大学に5年間通ったが、その期間この一回しかトイレに入ったことがなく、この兄弟子は私とは学部が違うため、このトイレにはほとんど来たことがなかったということだった。しかもその時、トイレには私達二人しかいなかった。種々の偶然の重なりを私は何かに導かれているように感じ、拝謁することを承諾した。

この機会に、私は深く懺悔したい。初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった時、私はとてつもなく不恭敬だった。また、思い上がり傲慢で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを世間でいういわゆる『能力を持つ』人としか考えておらず、それだけでなく心の中で『衆生は平等なのに、どうして跪かなければならないのか?』と考えていた。後に私は『尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが、他人に跪かれるのを望んでおられるのではなく、仏菩薩は人々から離れた高みにおられるのでもない。生死輪廻を解脱し離苦得楽したいという衆生の心が非常に真摯だからなのだ。それが、真に衆生をお救いくださる大修行者、こんなにも貴重な仏法を伝授くださる大成就者に対してなのだから、跪きでもしなければ感謝と真摯な願いを伝えられないのは当たり前のことだ』と徐々に体得することができた。

私のような我儘で勝手な者でも、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの御前に出ると、やはりリンチェンドルジェ・リンポチェの威儀と荘厳さに知らず知らずの内に撮受されてしまう。お目にかかった瞬間リンチェンドルジェ・リンポチェの目は非常に深淵で、数珠をお持ちの手が非常に美しく、喩えようもないほどいいお声だと感じた。その時私は『これは本当に只者ではない!本当に高貴な大修行者であられる』と感じた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった際、私は何らかの願いを口にすることはなかったが、ただ不恭敬にも、『私はとてもめちゃくちゃです』と申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは少しお笑いになった後、非常に慈悲深くも、私の幼い頃から今までの心の問題と苦痛のすべてについて、たくさんの開示をくださった。私は一切何も話していないのに、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の心に対して開示くださっているのだと深く感じた。私の考えの一つ一つ、過去のあらゆる瞬間が、眼前のこの大修行者にははっきり見えておられるのだ。

その際尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが私にくださった慈悲なる開示におけるいくつかのお言葉は、私に深遠な影響を及ぼした。それが基で私は学仏を始めることとなり、それは今に至るまで私を励ましてくれている。リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたの運命は誰かが決めたのではない。自分自身の手で決めたのだ。未来は変えることができる。どうやって変えるのか?学仏によって変えるのだ』、『仏法は鏡のようなものだ。学仏することで、自分とは何であるかを理解することができる』、『恩に報いたいなら学仏せよ』と開示くださった。当時これらを聞いた時、雷に打たれたような衝撃を感じた。宗教における大成就者の口から『自分の運命は自分で決められ、変えられるのだ。何かに配されたのでも、何かに頼らなければならないのでもない!』との言葉が発せられるとは思ってもみなかった。

私は生まれながらの筋萎縮症だ。この病気は内臓を含む全身の筋肉が徐々に萎縮して動かなくなってしまう。そのため、口と指の他は全身のほとんどを動かすことができず、脊椎もひどく湾曲している。また、一般人の肺活量は約90だが、私は40ほどしかない。妹も私と同様の病気を患っている。もともと医師は私は6歲までしか生きられないと言っていたそうだが、私は現在26歲だ。

因縁福報があり、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜るまで、私は、心の底から笑うとはどういう感覚であるのかを知らなかった。心の底にはいつも非常に深い悲しみと苦しみがあった。しかし、このような感覚は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに数回お目にかかった後、自然にゆっくりと消えて行った。

私はとても小さい頃から、自分はどうして生きているのかと毎日考えていた?早死にするとしても長生きするとしても何れは死ぬのに、なぜこんなにも辛い生を生きなければならないのか?特に、私達姉妹を世話するため、日増しに衰弱し、風邪をひいて発熱し自分自身がしっかり立てないのに、私達を抱き上げなければならない母を見ると、自分はどうして生きなければならないのかとより強く疑問が湧いて来ていた。『自分が父母の憂いと苦しみを取り除いてあげられる唯一の方法は、この命を断つことしかない。父母に迷惑を掛けてはならない』といつも感じていた。私は時に生きるのに非常に疲れを覚え、また時にこんな様で死んでいくのは悔しいと思うこともあり、とてつもない矛盾する考えの中に陥り、しばしば悩み苦しんでいた。

今私は自分の考えを振り返ってみて分かった。実は私は死を考えることで逃げていたのだ。自分の身の上に起こった因果業報を受け入れ立ち向かうことを拒み、借りの完済を望んでもいなかった。高校生の頃、私の身体ははっきりと衰退を始めた。その頃は冬休み、夏休みの期間を利用し、毎日八時間以上のリハビリを行っていたが、ある程度続けたことで少しは進歩したとようやく感じられるようになっていたのに、それがある日突然退化したのだ。筋肉萎縮という病は、現時点では治療法がなく、発病の時期や程度を予想することは誰にもできない。医師はみな『生活の質を高め、苦痛を軽減できるよう手助けすることしかできない』と言っている。

けれども、私が接触したいわゆる医療による苦痛の軽減とは一種の責苦だった。基本である胃管、尿管、気管内挿管の他、筋力の衰えによる脊椎の継続的な変形を防ぐため、脊椎にボルトを通して固定したため、身体を動かせなくなってしまった。この病気を患う人の中には、骨格の成長に合わせるため、半年から一年に一度手術でネジを緩めなければならない人もいる。それは幼い頃から成長が止まるまで続くのだ。

ほとんど何らの機能も持たない肺に呼吸を続けさせるため、機器に頼り24時間空気を注入しなければならない患者もいる。一日中痰を吸入し、一日中さまざまな機器と共に過ごさなければならず、停電すれば、命に危険が及ぶ可能性を心配しなければならない。天候、機器の状況、各種環境、外在の要因について、常に恐れと不安を持ち続けている。身体がどんなに役立たずでも、医療はいろいろな方法で人を生かそうとする。切れなければ孔を開け、そうでなければ機械に頼る。同じ病を患う仲間がこんな風に生きているのを、私は幼い頃からたくさん見てきた。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持と仏法の教導を頂戴する因縁福報がまだなかった頃、私は『生きるとはこういうものなのだ』と思っていた。どうであろうと生きなければならない。身体が役に立たなくとも、医療の発達のおかげで、死ねないのだ。こんなにも辛く、苦しんでも生き続けている同じ病に苦しむ仲間を見て、私は思い上がり、善良振って『あなたはとても強いわ。とても勇敢ね。努力を続けるのよ!頑張ってね!』と言っていた。これにより他人の苦しみ、貪念、執著を増していたのだ。

私の身体の状態は、他の同病の仲間に比べれば、十分に良好だったので、私は弱り始める前には、ただ単純に『この人は本当に可哀想だ』と思い、その人の話を物語を聞くようにただ聞き流していただけだった。良くても涙を流すくらいで、自分もいつかはこの日が来るとは全く考えてもみなかった。ところが、自分の体力の衰えを感じ始め、呼吸にさえ疲れを覚えるようになって初めて、病の苦しみと死に対する恐怖が一斉に心に浮かび上がって来た。まだ幼稚園の頃、母は私に自分の状況について説明し心理的な準備をさせてくれ、私も毎日自分の人生と死について考え続けてはいたが、このような焦りと不安を消し去ることができなくなってしまった。

けれども『死に向き会わなければ』と真に感じた時、自分は何も知らず、少しも準備ができていないことに気づいた。さらに『今まで生きて来た中で出会ったすべて、喜びと苦しみのすべて、努力して手に入れようとしたすべて、自分の身体と周囲の一切に対する考え方のすべては、どれもこの上もなく空虛で、無益だった。何一つ掴めていない!自分は今まで生きて来たのは何の為だったのか?自分も他人もなぜ絶えず苦しむのか?何れは誰でも死ぬのに、未来は誰でも同じなのに。それなのに、私が生きているのは何故なのか?』と強く感じた。

私が『自分は暗闇の深淵の中でこの生を終えるのだろう』と思っていたその時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは加持と教導をくださり、私に全く違った命を吹き込んでくださったのだ。初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかってから今までおよそ7年余りになるが、この期間中、リンチェンドルジェ・リンポチェの止まることのない慈悲なる加持と教導のおかげで、当初リンチェンドルジェ・リンポチェから賜った慈悲なる開示を常に感じ続けることができている。

今では私は、自分の人生は何だったのかがよく理解できるようになり、未来と死に対する恐怖と不安感は日に日に薄まっている。さらには、自分は自分の運命を手中にしっかり掌握していると感じ始めている。起きる一切の事から未来がどうなるかまで、すべては自分が為した事なのだ。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの私と家人に対する殊勝なる救度は数え切れないほどだが、今日はいくつかの例を皆に語りたいと思う。

『少しは良くなった?』と聞いて来る人がしばしばいる。母もかつてはよくこのように尋ねた。けれども、私の身体はいつでも同じような調子で動かないところはやはり動かない。そのため、他人に尋ねられると、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの不可思議な大加持力と仏法の偉大な示現をどのように伝えたらいいか困惑してしまう。私はやはり車椅子に乗っており、見たところは何も変わっていない。けれども実は全く違うのだ。以前は毎日が暗く感じたが、今では日々光に満ちているように感じる。死に対する恐怖も消えてしまい、日々を伸び伸びと生きられるようになった。

具体的には、これらは家の中の変化に現れていると思う。『家庭の中で誰かが真の学仏修行を行えば、家の中の雰囲気はどんどん穏やかになる。なぜならそれはそなたと関係する衆生が離苦したからだ』、『自分が変われているかどうかは、父母を見れば分かる。なぜなら彼らは毎日そなたを見ているからだ』と尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださった通りなのだ。

家庭内の問題は幼い頃から私の最大の悩みだった。辛く重苦しい雰囲気で、家を離れるか、眠るかしなければ一息つけないと思わせるほどだった。家族の間にもあまり会話がなく、生活するだけで精一杯という感じだった。かつては、殺人事件の現場のように感じて家に帰るのが怖くて仕方がない時期があった。いつも一人が耐えきれなくなると、一家全員が後戻りできないところまで行ってしまうのではないかと感じた。そうではあったが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに家族のことで救いを求めたことはなかったし、申し上げたこともなかった。けれども、私が初めてリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかってから、家の中が明らかに変わり始めた。家族みながまるで人が変わったようで、家庭内の雰囲気は非常に和やかになった。いつもはとても頑固で誰の話にも耳を貸さない乾母(義理の母)まで、『リンチェンドルジェ・リンポチェが我が家を救ってくださったのよ』という私の簡単な一言を聞いた途端、飛び上がるようにして『お目にかかりたい』と言ったのだ。乾母は『あなたの両親はまるで人が変わったように実に大きく変わった。以前は自分がどんなに諌め、どんなに説得しても効果がなかったのに』と言っていた。

けれどもその頃、私は変われていなかったので、家人は私の法会への参加を認めてくれていなかった。私は争いを恐れ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる事蹟と開示くださる貴重な仏法を父母に伝えることをしていなかった。ただ、毎回お目にかかった時のリンチェンドルジェ・リンポチェが私にくださる開示を話していただけで、他はリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せの通りに行うようにしていただけだった。

ある時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『親不孝で父母に対して笑顔を見せず、情緒も相変わらずだ』と私を叱責くださったが、私は帰宅するやいなや、『自分は親不孝で、いつもブスッとした顔をしていた』と泣いて父母に謝った。その時から、私はしばしば父母に対して笑いかけ、叱られて泣いても笑っているようになった。そして、自分のどこが親不孝であったのか考え続けていたが、ある時テレビを見ていたところ、ちょうどあるおばあさんが『父母恩重難報経』という本を持ち嫁に親孝行について教えている場面を見た。私は非常に思い上がったことにこの経を入手し恭読した。一読後、自分はどこが親不孝であったのかどころではなく、親孝行自体を全くしたことがなかったのだと気付いて驚愕し、毎日泣きながら読み、学び、そして実践した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも、初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた際に慈悲深くも賜った懺悔と無常法のテープを毎日聞くよう開示くださった。よってここ数年で私は親孝行と性格改善を学び、仏法テープを聞きそれに従い行いを改めている。

父母は最初、私が『良くないところに来ているのではないか。騙されるのではないか』と心配し、また私が幼い頃から自分勝手だったこともあり、4年経って、ようやく法会への参加に同意してくれた。けれども、私が法会へ参加し始める前に、我が家は既にだれもが羨む幸福な家庭に変わっていた。父母が自然に笑い出したのを初めて見た時、私は涙をこぼしそうになったことを覚えている。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかる因縁福報を得ることができる前、つまり私が20歲になる前は、父母が笑ったのを見たことが本当になかったのだ。今では両親は毎日楽しそうに暮らしている。私が最も不可思議で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの貴重で、しかも殊勝なる仏法教導、及び仏法の偉大さを感じるのは、母の変化だ。

私は大学卒業後、妹と共に就職した。父母は60歲に近く、二人とも以前ほど元気ではなくなっており、父には深刻な骨棘があり、母は糖尿病だった。私達が就職したことで、母は非常に忙しくなった。朝は六時前に起床し、私と妹に身支度させ、トイレの世話を何度かする。午前と午後はそれぞれバスに約15分乗り、妹の勤務場所へ行きトイレの世話をし、夜は私と妹を風呂に入れ、家庭の雑事を処理し、買い物に行き料理を作り、私達が寝てしまう12時頃まで絶えず忙しそうだった。さらには、夜中にも起きて3〜4回私達に寝返りを打たせなければならず、ほとんど休む暇がなかった。ところが、奇妙なことに、以前は私達の世話をするだけで疲れ果てていた母が、後にはどんなに忙しくなっても、父に『そんなに働かなくとも』と言われるほど毎日床を拭き、床拭きが大好きになってしまったのだ。

ある時、床拭きがそろそろ終わり、その後にはバスに乗って妹の会社へ行き、妹のトイレの世話をしなければならないという時に、私は母が鼻歌を歌いながら床拭きしているのを聞いたのだ。この時、私はたまらず部屋で慟哭した。私は母が非常に楽しそうなのを感じた。全く休息できないほどこんなにも忙しいのに、母はあらゆることを楽しそうに行い、表情と体全体から活気と明るさが溢れ出ていた。その時私は、こんなにも貴重な仏法を伝授くださったことを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。苦しみの中にあっても自在に喜びを見いだせるように、一人の人の心を真に変えられるとは、仏法は実に偉大で、あまりにも貴重だと感じた。人を富ませ、しかもその人を喜ばせるのは非常に簡単だが、貧しい人をさえ喜ばせられるのは、本当に不可思議だと思う!そして、こんなにも殊勝なる仏法をお伝えくださる大修行者は、実に実に有難いのだ!

私が菜食し学仏を始めたばかりの頃、父母の反発は非常に大きく、親子関係を断つとまで言われた。けれども、私の決心を目にし、翌日には新しい鍋を買って来て、肉が混じった食事と菜食とは分けて調理すると言った。蒸篭の中で混じってしまうのを恐れ、今では、野菜の中華まんさえ菜食ではない店では買わなくなっている。

最初私がまだ法会に参加できなかった時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『父母はいずれ同意するが、少しの時間が必要だ』と開示くださった。当時私は『両親を説得するのは非常に難しいのではないか』と思っていたが、後に『両親を説得するのが難しいのではなく、自分の心を変えるのに時間がかかるのだ』ということを徐々に理解した。私が法会に参加できるようになる前、ある時父と接する際に、自分はどんなに悪辣であったかにハッと気がつき、たまらず隠れて慟哭した。その時極めてはっきりと、自分がこうなので、父母は法会への参加に同意してくれないのだと気付いた。ところが数日もしない内には、父が法会に参加してもよいと自ら口を開いたのだ。

後に皈依をお願い申し上げた際、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、父母が双方共に同意している必要があると開示くださったが、父はどうあっても同意してくれなかった。法会に参加して満二年になっても皈依が許されず、二度と法会に参加できなくなりそうであった時、私は帰宅するや否や開口一番父に同意を求めた。その際あまりにも焦っていたため泣き出してしまったが、父は『お前は大きくなったのだから、勝手にすればいい』と優しく言った。けれども、私は、父母の同意を必ず得なければならないという尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を思い出し、何としても父に同意してもらわなければと思った。そのため、私は母に頼んで車椅子を父の部屋の横に運んでもらい、そこに三日間座り続けた。そして、父はようやく同意してくれた。

後に、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依をお願い申し上げた時、母と妹も私に付き添っていた。普段は骨棘の痛みであまり外に出ない父も、特別にオートバイに乗ってバス停まで見送ってくれた。

最後に私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが妹をお救いくださった事蹟について話したいと思う。ある時妹は風邪から肺炎をこじらせ、敗血症の危険があったため、集中治療室に入院した。当時私達は既に危篤通知書に署名し、妹は一時昏睡状態に陥った。

妹は菜食しておらず仏を信仰してもいなかったため、私はすべては妹の因果業報だと思い、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに妹を救うようお願いすることもなかったが、ただ、妹に代わり供養申し上げた。その時私はまだ信衆だったため、リンチェンドルジェ・リンポチェは供養をお受け取りにならず、『妹がどうしたのか』とお尋ねくださり、集中治療室内の妹を持咒加持くださった。加持が終わると、『妹は3日後に熱が退き良くなるだろう』と開示くださったが、3日後妹は本当に集中治療室を出ることができ、その週には退院することができた。私の体の状況はこれまでいつも妹よりは良かったが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに幸運にも拝謁叶う前には、風邪をこじらせて肺炎になったことがあった。病状は妹ほど深刻ではなかったが、それでも一ヶ月入院した。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが持咒し妹を加持くださる御声を聞いた時、私は突然『妹が危篤に陥る度に、私はこのように加持をお願いしなければならないのだろうか?いったいいつまで?私達のような病だと、ちょっと風邪をひいただけですぐに危篤状態に陥ってしまう。特に病状が進行すると、一年に何度も危篤ということになるのに』と思った。この時私はようやく、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法テープ中での『この難関を越え、次も越えられたとしても、いつか必ず越えられない時が来る』という開示を真に理解することができた。一瞬私は頭の中が真っ白になり、自分はこれまで何を求めて来たのかと呆然とした?

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはとてつもない大慈悲力、大威徳力をお持ちの大成就者であられ、この上もない能力をお持ちでいらっしゃる。友人はリンチェンドルジェ・リンポチェの加持を頂戴した後、脳腫瘍が縮小し消えてしまった。乾母はリンチェンドルジェ・リンポチェに一瞥されただけで加持を頂戴し、腰が痛くて座れないほどだったのに、翌日には痛まなくなってしまった。この種の殊勝な事柄はたくさんある。けれども、振り返ってみれば、今回の病苦が解決してもすぐに新しい病苦、新しい煩悩が現れる。こうして行ったり来たりし、もし学仏できず、生死輪迴を解脱できないなら、病が癒えても、生活が楽になっても大した意味はない。

こんなにも貴重で有難い大修行者、大成就者がおられるとは。こんなにも慈悲深く、また分かりやすい方法で全力で仏法を教導くださり、衆生の死への恐怖を取り払ってくださり、衆生を輪迴苦海から抜け出させてくださるとは。こんなにも貴重な仏法が伝授されて来たとは。これこそ最も不可思議なことだ!私のような業が重く福が浅い者を弟子とし、大成就者に従い学仏する機会をお与えくださったことを、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。『仏法は学び難く、上師には会い難い』という。しっかり決心し、こんなにも殊勝なる因縁を大切にしなければならない、と私はここにおられる兄弟子大徳に申し上げたい。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの貴体が勝妙康で、仏法事業が常に興盛であり、直貢法脈が永遠に流伝することを謹んで祈願申し上げたい」と述べた。

続いて、弟子と信衆は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年7月13日に「共四加行」について開示くださった仏法テープを謹んで拝聴した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示くださった。「この二度の法会には直貢噶舉派のナンジュ・ケンポスが出席されている。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが2001年に 直貢チェツァン法王にナンジュ・ケンポスの出席をお願いしたからだ。ナンジュ・ケンポスは雲南省香格里拉(かつては中甸と呼ばれた)の直貢噶舉寺廟におられる。『来源寺』と呼ばれるこの寺は三百年余りの歷史を有する。来源寺の上の方には、地元の人に『祖師洞』と呼ばれる特別なところがあり、達摩祖師がインドから中国へお出でになった時、一時期そこに留まり禅の修行をなさったと伝わっており、畜生道にいるあらゆる衆生は、小さいものはアリに至るまで、その山洞で生まれれば永遠に三悪道を離れられるとされている。ナンジュ・ケンポスは幼い頃中甸来源寺で出家され、直貢噶舉の第一仏寺、つまり母寺であるラサの『直貢梯寺』で学んだ後インドへ行かれた。チベット仏教にはリンチェンドルジェ・リンポチェが学んだことのないたくさんの儀軌があるが、楽器、ドマ、装藏、沙壇城、壇城前等の設えなどは、ケンポスは幼い頃から学ばなければならないことなのだ。よって、これらを学びたいと思う者は申し込むが良い。その中からリンチェンドルジェ・リンポチェが適した者を選抜しよう。

寶吉祥仏法センターは直貢噶舉内でも少し特殊な道場だ。チベット仏教では、どの道場もリンポチェが主導するが、通常はどの道場にもリンポチェの側には2〜3人のラマがいる。1997年 直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法弘揚をお許しくださって以来、寶吉祥仏法センターは在家衆の修行の場であり、2003年になって初めて数人の出家衆が加わった。だが、ここはチベット仏教の道場であり、チベット仏教にはたくさんの儀軌、儀式がある。弟子であれば誰でも少しは知っていなければならない。そうでなければ、みなチベット仏教を神祕的だと感じてしまっているだろう。

実際にチベット仏教にはたくさんの儀式と儀軌がある。すべては釋迦牟尼仏がお伝えくださった方法に基づいており、チベットの原始宗教─苯教(黒教)から来ているものもある。苯教は密法とは関係ないが、持咒を主としている。ヒンズー教にはたくさんの咒語がある。咒語は密宗特有のものではなく、道教、カソリックなどの宗教にも咒語がある。蓮花生大士がインドからチベットへ入られた時、チベット人に受け入れられ易いよう、チベット仏教の儀軌に苯教の方法が取り入れられたのだ。例えば、煙供は苯教の方法の一つで、ある種の樹葉、香料を焚くことで山神と鬼を供養するものだ。よってチベットでは今になっても非常に盛んに行われている。蓮師はチベット人の間に仏法を早く浸透させようとしたため、煙供を仏法に取り入れたが、本尊、祈請文、咒語は変えてある。たくさんの台湾人は煙供を修めるのは密宗を修めるのだと思っているだろうが、実は正しいという訳ではないのだ。そなた達は毎日香を焚いて仏菩薩を供養、つまり煙供を行うだろうが、チベット人と同じようにチベットの植物を用いる必要は特になく、祈請文を唱えれば良い。だが、やはり密宗の儀軌の中には、変えられない、残さなければならないものがあるのだ。

『ドマ』は中国語に訳せば『食子』となる。気候が寒冷なため、かつてチベットでは植物の栽培が非常に難しく、物質的にも多くの不便があった。それで彼らは、仏菩薩と一切の有情衆生を供養するため、このドマと呼ばれるものを作り出したのだ。食子は本来は大麦粉にバターを加えて作るが、現在では簡略化され、プレミックスを用いる。我々の道場には、現在10個の非常に大きなドマがある。これは2002年時に尊勝なる直貢チェツァン法王が大法会を挙行しにお越しになった際、法会にお供えしたドマだ。ドマにはたくさんの意味がある。本尊毎にドマも異なり、仏を供養、菩薩を供養、外の鬼神の供養に用いられる多瑪もそれぞれ異なる。四大教派が作るものにはそれぞれの伝承があり、直貢噶舉のドマと噶瑪噶舉のそれとはあまり似ていない。噶瑪噶舉と直貢噶舉とは祖師は同じだが、後に少しずつ分かれたものなので、ドマの見た目もあまり似ていないのだ。

ドマの他、チベット仏教にはさらに特有の、非常に細かい砂を用いて作る壇城がある。壇城とは本尊が居住なさる宮殿で、それを形象化することで我々が見られる一つの形状としたものだ。『曼荼羅』とは壇城のことである。リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に特殊な物を集めている。かつては密法修行を深く進めた先には本尊の壇城を観想しなければならなかった。どの本尊の壇城にもいくらか違いがあるが、そなた達の根器からすれば、そこまでは学べないものだ。よって、そなた達は『いつこれを学べるだろうか』と考える必要はない。四臂観音を観想するに当たってさえ、そなた達にはさまざまな問題が出てきている。四臂観音は最も簡単なのにだ。どうしてそなた達の観想はこんなにも問題が多いのか?観想が困難なのではなく、そなた達の心があまりにも複雑で、あまりにも多くの妄念があり、あまりにも多くのゴミがあるからだ。そなた達は清浄な心で本尊の法身の出現を観想することができないので、みな想像している。想像するのは間違いではないが、これは過程に過ぎない。どうしてチベット仏教の修行は必ず法本に従い行わなければならないのか。生起次第と円満次第があり、これは福と慧を双修することだからだ。

我々のいわゆる密とは、身、口、意の密である。観想の最も重要な作用は、身体で清浄な法身への変身を観想し、意で清浄な報身への変身を観想し、語で化身することで、三身が揃ってこの法を修めなければ、短い時間で十分な福と慧を累積することはできない。この短い時間とは一日、二日ではなく、一年、二年でもないが、顕宗で必要とされる三大阿僧祇劫よりはずっと短い。チベット仏教を学ぼうとしながら、観想の方法を用いず、自分で考える方法で学ぶなら、必ず問題が噴出する。なぜならそなたの心と方法はどちらも凡夫の方で、大成就者、諸仏菩薩が我々に残してくださった方法ではないからだ。よってチベット仏教中では『我々が目にする種々の現象は、心の妄念を減らし、儀軌と法器の外相に心を集中させてくれる』というのだ。

我々人は、肉眼を用いて好き嫌いを分別する習慣がついている。そのため、よく分かっていない人は非常に美麗なチベット仏教の壇城を見て、『仏は何も要らない、というのではないか?』というのだ。どうして壇城はこんなにも華麗なのか?かつてチベットには、大尊の古い仏像がたくさんあり、それらはたくさんの宝石や美しいもので飾られていた。昔のチベット人は自分が所有するものの中で最高の物を仏像に供養したからだ。事実、顕教の経典でも『黄金を仏身に貼るなら未来世の富貴はとてつもない』とある。そのため、タイの南伝仏教では、タイ人は拝仏時に、必ず金箔を持って行き仏像に貼るのだ。これも経典に従っているので、仏法を分かりもしない癖に批判し続けている人がいるが、それはあってはならないことだ。『普門品』を読んだことがあるなら、無盡意菩薩は瓔珞を以って観世音菩薩を供養なさると、知っているだろう。瓔珞とは宝石だ。菩薩がなぜ宝石を身に着けるのか?なぜなら福報がなければ、このような良い物があるはずはないからだ。経典でも『天人はみな宝石や貴重な物を身に着け、その身体を荘厳に見せている』とある。仏菩薩であればなおのことだろう?正しいとは限らない考え方があるものなのだ。禅宗では、すべてを放下(捨て去る)しなければならないとはいうが、実は放下するのは、我々が不要なもの、つまり妄念、分別、執著であって、これら儀軌ではないのだ。

そなた達は凡夫から修行者に転成し、さらに成就者に転成するので、普段の習慣的な方法から修練しなければならない。我々は目で見、耳で聞くことに慣れてしまっている。よって仏菩薩と成就者は先ず、そなた達が慣れているこの方式を用い、そなたが歩を進めた後に、これらも持ってはならない、と徐々に教え、さらに仏法さえも持たなくても良いと説く。当然これは最後の段階だ。大手印の四つの次第の最後の一つは無修瑜伽だ。無修とは修行しないということではない。自我本性まで完全に証した後、一切の修行は有為法となる。よってその人は、我々のように、どの咒を唱えなければならない、どんな坐を行わなければならない、どんな仏像を拝まなければならないなどは不要なのだ。なぜなら既に本性まで証したからだ。当然自我本性まで証するまでは、我々が累世に身につけてきた習慣を一気に捨て去り、改めるのは難しい。よってこれら方法を用いて、先ずはこれら妄念の圧伏を助け、妄念を減らすのだ。妄念が減れば、ゆっくりと自分本来の面目が見えるようになるだろう。そのスピードは非常にゆっくりだ。もし、顕教の方式を用いるなら三大阿僧祇劫かかる。とてつもなく長い時間だ。よってチベット仏教にはたくさんの方便法門がある。顕教と密法が互いに補い合う方法で、本来の面目を非常に早く本当に見ることができるのだ。

経典では説く。正法時代、つまり釋迦牟尼仏がおられた頃、衆生の業は非常に浅かったので、守戒、持戒だけで証悟することができた。像法時代、つまり仏様の滅度後の五百年は、衆生の業は重くなり始めたが、禅定により証悟できた。だが、末法時代、つまり我々のこの時代に生きる人は、禅によっても戒によってもだめだ。よって唸仏、持咒に頼り、密法によって手助けするのだ。

末法時代の衆生のどこが業が重いのか?それは思い上がっているのだ。自己中心的な考え方がとても強い。他人のいうことは永遠に聞かず、自分の思維で自分の行為を解釈する。チベット仏教は1,500年前後にチベットで萌芽し、末法時代に入った。チベット仏教では、一切の経典理論を非常に重視する他、密法が特に重要である。密法を学ぶといっても、学びたいといえば伝授してもらえるというものではない。必ず自分自身のすべての我執的な考え方が既に減軽し、さらにはほとんどなく、また最も基本的なことは見性がなければ密法を学ぶことはできない。密法を用いて何をするのか?そなたの能力を加速し衆生に利益するのだ。自在に変化し、分身を生み出すのではない。密法とは加行なのだ。そなたの修行のエネルギーを強化し、そなたが成仏する速度を強化し、そなたが衆生に利益する能力を強化するのだ。

密法を学ぶまでは、顕教方面の教導においてはすべて聞き入れ、如実に行い、決して割り引いてはならない。学仏は普段の生活と分けなければならないと、誤解している人が多い。これはあってはならない考え方だ。仏法は本来生活の中にあるべきなのだ。仏法が我々の日常生活と乖離しているなら、それは仏法ではない。仏法を生活の内に生かすことができれば、毎秒修行していることとなる。持咒、大礼拝、他人のために読経することこそ修行だと考えているなら、それは誤りだ。これはそなたの福報を累積し、そなたの妄念を圧伏するに過ぎない。本当の修行とはそなたの行為を変えることなのだ。

我々の行為は累世に身につけてきた習性が非常に重く、改めるのは容易ではない。よってたくさんの学仏人が最も恐れるのは上師に叱られることだ。数人の出家者を含めみなリンチェンドルジェ・リンポチェは非常に気が荒い、従うのをやめようか、と思っているだろう。実は、経典では、釋迦牟尼仏はしばしば叱責される。つまり不如法で言いつけに従わない人を罵られる。そなた達は 直貢チェツァン法王がいつもニコニコしておられる様子を見ているだろうが、これは一般の信衆に対してだけで、弟子、根本弟子、身辺のラマに対しては厳しくておいでだ。よって、上師がそなたに対して非常に丁寧で、ニコニコしているなら、それはそなたが弟子として見られておらず、友人として見られているというで、さらには友人でさえなく、ちょっと縁を結んだという程度に過ぎないのだ。上師がそなたに対して厳しくなり始めたなら、それはそなたを弟子として扱い出したということだ。ここ数十年、我々は中国古代の一切の倫理を捨ててしまった。師を尊ぶというこのような事は、現在の台湾には存在していない。よって学仏者がみな、弘法人はニコニコしていなければならないと考えたとしても、そなた達を責めることはできない。常にそなた達を喜ばせなければならないなどという考え方はあってはならないのだ。法王であられる尊勝なる 直貢チェツァン法王であっても、幼い頃は、言いつけに従わなければ、教師は同じように定規で手を打ったということだ。直貢チェツァン法王は教師が自分に頂礼するのを見たら、すぐに逃げ出したというのだ。なぜなら頂礼が終わると、教師はすぐに体罰を加えたからだ。そなた達はどうだ?叱ってはならないのか?そなた達はこんなにも思い上がった心で仏法を聞きに来て、良い仏法を聞くことができるだろうか?

そなたを叱れない人には二種しかない。一種はそなたに頼って生計を立てているのでそなたを怒らせたくない人。もう一種は、その人の智慧がそなたに及ばないため、叱責することができない人だ。そなた達は自分の上師はどれであって欲しいのか?リンチェンドルジェ・リンポチェのここはそなた達を喜ばせ楽しませるところではなく、非常に荘厳な道場なのだ。実際にそなた達の未来を変えさせられる道場なのだ。未来を変えたいなら、適当に二言三言言っていればよれで良いとは当然いかない。そなたの一挙一動、一言一行に留意しなければならないのだ。ちょっとうっかりして過ちを犯すだけで、最初からやり直すのは非常に困難だからだ。

あれら二十数人の弟子たちは、供養についてさえ変わってばかりだ。今に至るまで既に4ヶ月になるが、やはり彼らには供養させていない。こう聞くとリンチェンドルジェ・リンポチェのいうことは情理に合っていないように思うだろう。だが後に、戒律について聞けば、どうして供養させないのかが分かるはずだ。我々はちょっと気に入らないからといって怒るが、謝ればそれで何も起きないと思っている。一度口に出し、一度動作したならば、この業の力はすぐに生まれるのだ。この種子はそなたの阿賴耶識内に植えつけられる。いつ現れるかの違いだけだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じており、そなた達は信じていない。そなた達はしばしば、これをやり遂げれば、それで大丈夫だと思っている。人に怒りを爆発させても大丈夫!法会時に仏菩薩の面前で人と争っても大丈夫!このような考え方は、そなた達をいつまでも輪迴させるだろう。

よって今日リンチェンドルジェ・リンポチェはナンジュ・ケンポスにお越し願った。この面についてそなた達を訓練する以外に、学仏とはつまり生活なのだとそなた達に理解させたかったからだ。我々が現在普段働いており、普段行っている事は、仕方なく行っている事に過ぎない。勤めに出なければすぐに金は底をつき、妻はすぐに『来月の住宅ローンはどうするの?』と問い詰めるだろう。これらはすべて仕方がないことだ。なぜなら累世の業がそなたにこの世でこのような生活を送るよう定めているからだ。けれども、これは本当の生活ではない!ここにいる数人の出家者、彼らの生活はそなた達に比べはるかに自由自在で愉快だ。よく考えてみよ。そなた達は数十年生きてきて、幸せだったことなどないだろう!毎日畜生のように、寝て起きて、食べ物を探して食べる。いわゆる勤めとは食べ物を探し食べることで、毎日ずっとこうだ。いわゆる名と利とは、実はほとんど自分で想像したものなのだ。

仏は王子の身分を捨て、出家修行し仏法を弘揚なさった。我々も100%仏の方式に従わなければならないというのではない。ただ、一切の物を不要として捨て去り、世間の一切の名と利にこだわらず、この肉体を生かすだけで良いなら、救いを求めている一切の衆生に利益することができる、というのだ。地に足のついた恐怖のない生活を真に送りたいなら、必ず仏法を学習しなければならない。仏法の薰陶、救いを通してでなければ、安全で着実な生活を見つけることはできないのだ。我々は毎日非常に恐ろしい環境で暮らしている。子供の帰宅が少しでも遅くなれば心配し、夫が帰宅時間を過ぎても帰らず電話もなければ、接待があるのに自分に知らせてくれなかったのではないか?と考え、妻は友人と外でコーヒーを飲んでいたり、或いは学仏に来るために、夫に『今日は実家へ帰る』と言っていたりするのを、夫に知られるのではないかと恐れている。人生は恐怖と偽りに満ちているのだ。このような状況は我々の心を永遠に浮つかせ、永遠に惑わせ、永遠に希望を求めさせ、心を安定させてくれる物を永遠に探させるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは四加行を伝える前に、どうしてこんなにもたくさん説いているのか?なぜならそなた達の心はこのような貪、嗔、痴の垢にがんじがらめに包まれているからだ。本来光明清浄な我々の心は完全に包まれてしまい、本来の面目が見えず、修行の心、懺悔の心を起こすことができないのに、慈悲心と菩提心など言うまでもないことだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは六道の痛苦について詳細に分析した後、解戒の重要性について説こう。戒とは仏が発明なさったものではなく、奨励と懲罰の道具でもない。戒は我々に、偏った行為と言葉を為してはならないと伝える。そなた達に具体的な方向を持たせるため、仏は戒について説かれるのだ。仮にそなたが善根を備えた人であれば、自然に戒を守り、話す必要など初めからない。けれども、そなた達の善根は非常に薄いか、ほとんどない者もいる。よって仏は他に方法がないので、そなた達にある規範、方向を示すため、戒について説かれるのだ。よって、戒は活動、思想を縛り、そなたを管理すると考えるなら、それは過ちだ。実は、カソリックにもプロテスタントにも十誡があり、イスラム教、道教にも戒律がある。そなたに行善させ、好転させようとするなら、必ず規範があり、これによってそなたは、過ちを犯していないか、自分の身、口、意を振り返ることができる。我々はどうして絶えず輪迴するのか?なぜなら過去世で、自分を放縦していたからだ。放縦は非常に容易だ。特にこのような社会ではこんなにも多くの誘惑がある。一歩家を出るだけで十分で、さらには家を出なくとも風俗産業に電話を一本掛けるだけで十分なのだ!

つまり、戒は自分を縛り管理を手助けしてくれる道具なのだ。守戒すれば神経質になり、情理を理解しなくなり、人とは違った人間になってしまう、などとは決して思ってはならない!我々は自分を制御するだけでよく、他人に知らせる必要はない。『自分は非常に確実に守戒しており非常に正常に持戒しているのに、お前は守戒しておらず、破戒したな。これは大変だ』などと他人にいうようでは、守戒していないのと同じだ。

本来は無始以来、我々の体は清浄なのだ。本来は何も過ちを犯しておらず、一念無明なのだ。貪、嗔、痴が起こり、業を為すことで、我々は輪迴を始める。よって戒体とは『過ちを繰り返し、それに自分が気づかない、という状態はあってはならない』と改めて我々に気づかせ、我々に告誡してくれるのだ。そのためリンチェンドルジェ・リンポチェは『仏法を用いて他人を諭してはならない。仏法を用いて他人にその人の正しくないところを告げてはならない』としばしばそなた達に注意するのだ。そなたが戒律を通して変化すれば、他人は自然にそれを感じ、そなたの身心の変化に気付き、自然に身辺の親族はそなたに従い学仏するだろう。仮にそなたが自分の守戒は他人より高いレベルで、自分は他人より清浄高潔で、他人より優れていると考えているなら、それは問題だ。そなたは自分は他人より清浄で高潔だと考えているなら、良い福報があるなら天道へ行け、少し悪いなら阿修羅へ行き、もっと悪いなら畜生道へ行くだろう。戒とは仏が我々の成仏を手助けしてくださる方法なのであって、そなたを管理し、そなたを縛り、そなたをコントロールし、そなたを罰し、そなたを奨励するものではないのだ。これらとは少しの関係もない。

学仏を恐れて来られない人の多くは守戒を恐れているのだ。学仏を始めれば、できない事が出てくる。もともとタバコを吸い、酒を飲んでいたなら、それは体に良くないのだから、あってはならないことだ。殺人も本来あってはならないことだ。多くは当然行ってはならない事なのだ。これらの人は学仏に来られない。それはその人が自分を甘やかし、自分を放縦し、自分をコントロールできていないということを示している。そのためその人は、学仏とは誰かが自分を縛り管理することだと感じ、不自由だと考えるのだ。自分は本来非常に自在な日々を送っており、怒りたい時に怒り、殴りたい時に殴り、踊りたければ踊っていたのに、今になって他人に管理されるだと?このような考え方の人は、仏の観点からすれば、善根が足りないのだ。といっても、我々は彼を見下し、批評してはならない。もしかしたら我々も過去世、さらにはこの一世で、これらを行ったかもしれないのだ。ただそなたは祖先が積徳したおかげで、振り返る機会を持てたというだけなのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかなり以前にある人を食事に誘った。その際、ある自動車会社の総経理が数人の美しい若い女性を連れてやって来て、横に座らせていた。彼が座った途端、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の後に一人の老婆が見えた。その老婆はすでに死んでいて、この男の頭を小突きながら『この孫は守徳しない!』と言うのだ。孫だと言われたこの男は祖先が積徳したおかげで、今日福報があり総経理になっているが、彼は守徳せず、酒場の女性と戯れるなどという邪淫を犯している。リンチェンドルジェ・リンポチェは酒場へ行ったことがあるが、その際には和尚とのニックネームで呼ばれた。なぜなら彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェが菜食し酒を飲まず、女性を連れ出したりしないと知っていたからだ。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは『自分はこの三点を犯しておらず、他人に付き合って行き、金を払っているだけなので、どうということはない』と思っていた。けれども、後に密法を学ぶようになり、『自分はやはり間違っていた。しかも最も激しく間違っていた!』と気づいた。もし、自分が行かなかったなら、友人も邪淫を犯す機会を持たなかったかもしれない。自分は他人が過ちを犯す機会を作っていたのだ。自分こそ主凶だったのだ。自分が清浄であることだけを望み、他人には構わない人が多いが、このような事はやはりそなたと関係がある。自分のやり方で守戒し、自分は守戒していると考えている人が多いが、実は破戒しているのだ。

台湾では現在菩薩戒を受けるのが流行しており、受戒は非常に容易だ。けれども、守戒はたいへん難しい。それは我々がしばしば思い上がるからだ。自分は人を害していないので守戒していると考えるからだ。昨日来たある皈依弟子は、SARSの頃に来なくなったが、最近乳房に癌細胞が見つかったといってやって来た。彼女の息子は昨日とても哀れな様子で泣き『母は何も悪い事をしていないのに、どうしてこんなことになったのか?』という。このような事をいう人はみな懺悔心がなく、自分の過ちに気づかず、すべては他人のせいで、自分は運が悪いと考え悔しがっている!悔しいという気持ち、それこそ嗔念だ。嗔念が重い人はガンになる。受け入れず、恨み、怨む。嗔念が重く、争い事を好む人はガンになる確率が特に高い。ある人が悔しいという時、その内心には非常に重い恨、嗔があることを明確に示しており、この人は生涯、損をしないようあれこれ算段してきたことを示しており、この損をしないという一事によって、この人はガンを得たのだ」と開示くださった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは前週開示した邪淫の戒律について続けて開示くださった。「昨日20歲になったばかりの男女が首吊り自殺したが、これも邪淫の範囲に入る。父母が不同意の中で行淫すれば、厳密にいえばすべて邪淫となる。自分のパートナーがどうだこうだと泣きながらリンチェンドルジェ・リンポチェに訴える人がいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは『そのパートナーと初めて一緒に床に入った時、父母の同意は得たか?』と尋ねる。同意を得なかったなら、その人との結婚による一切の結果は自分の責任だ。父母に面倒をかけてはならない。台湾は世界の中でも離婚率が高い方だ。なぜならみな邪淫を犯すからだ。古代では父母の同意がなくば結婚できなかった。どこの国でもみなそうだ。今ではなんでも自由だといい、すべては自分で決めるとし、どんなことでも人の指図は受けず、自分の思い通りに行ってもよいという。そのため離婚率は高く、子供の教育は難しい。すべて父母の過ちだ。自分が正しくない事を行いながら、それを他人のせいにしている人が多いではないか?

台湾ではこのところ女性の病が特に多い。欧米でもそうだ。これらはすべて性的に自由な地域だ。女性の病が多い原因はこの一字『乱』だ!体内の気脈がすべて異常だからだ。よって古代に女性の貞節を求めたのは、男性優位主義なのではなく、女性のためだったのだ。女性が年老いても健康でいられるようにとのことだったのだ。多くの事、特に古代から伝わってきた多くの規範はそなたを管理するためではなく、そなたのためを思ってのものなのだ。受け入れない人が多く、自分は反抗し反発し、自分のやりたい事をし、その結果は自分で受け入れると考えている。けれども、このような結果は生生世世、非常に長く続くこともあるのだ。

仏法は因地から修めるもので、因の始まりから一切の悪を停止しなければ、果は良くならないのだ。良い果は、豊かな日常を送るためのものではなく、我々の仏命を継続させてくれるものだ。仏命は仏法を絶えず繋げてくれる。衆生は誰でも仏法を世間に延続させる責任がある。延続の方法は各衆生が学仏、修行することで、周囲の人に影響を及ぼすことだ。こうすることで、仏法は不生不滅となり延続する。『法輪常転』というが、誰でも学仏する時には『転法輪』なのだ。仮にそなたが仏法を捨て、仏法の学習を止めたなら、この法輪は動かず『転』しない。よって、誰であっても参加し仏の加護を求めるなら、仏法教導を通して、自分のなすべきでない多くの問題を変え、仏法の命脈を永続させる責任があるのだ」と開示くださった。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは「口」が業をつくる種々の方法について開示なさった。「『打妄語』とは正しくない事を言う事だ。嘘を吐くことが『打妄語』だと思っている人が多いが、実はそれは一部に過ぎず、中にはさらにいくつかの重要な要素がある。『所依境』とは、話す時に指定した対象があることで、『思維』とは言葉を用いて他人を騙そうと考えることだ。『加行』とは言語と行為で騙すことで、『動機』は貪、嗔、痴だ。よってリンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば開示するのだ。『うっかり口を滑らす』や『本意はそうではなかった』などと言っても遅い。どんな言葉であろうと、口を出れば必ず貪、嗔、痴の動機がある。言葉で他人を損なうのは、自分は他人より分かっており、他人はバカだと思っており、言葉が鋭く薄情だからだ。これこそが貪、嗔、痴の範疇だ。口を開く前にはよく考えなければならない。どんな言葉でも口を開く前には、この言葉は相手を傷つけてしまわないだろうか?やはり自分の動機は貪、嗔、痴だろうか?と先ず考えなければならない。『完畢』とは、自分の言葉を相手に理解させることである。

何か一言口に出した時『これは良くない』と思ったなら、飲み込んでしまえば良い。言い終わっていないのであれば、業力は少しは減るだろう。なぜなら意念が動いており、口からは出て来てしまっていないからだ。口から出て来てしまったなら、この業は存在することとなる。そなたが話した対象が修行人なら、その人はそなたの言葉に執着せず心中に止めることもしないので、この業力は彼には影響を及ぼさないが、そなたに影響しないのではない。そなたの動機は貪、嗔、痴を用いたものであるため、そなたの第八意識田中にこの記憶が刻まれる。他人を揶揄し批評し、舌鋒鋭く薄情な人の言うことは、決して良い事ではない。良い事とはそなた達が喜ぶ事ではなく、そなたの行為、思想を変えられる言葉だ。非常に耳障りな事を言われたとしても、その言葉がそなたの行為を良い方向に変えられるなら、それは良い事なのだ。経典中の『四撮法』でいう『愛語』を、現在の台湾では『笑顔で話す事』、『大徳、誠に発心して学仏なさるのですね』などと言うことだと曲解されている。これらは『愛語』ではなく、ごますりだ。

『禅七』を行えば、これが修行だ、などと思ってはならない。『仏七』を行えば、他人は『気色が違う。きっと素晴らしい修行をなさったのでしょう』と言い、そなたは『そうです!今回は非常に静かで、何一つ考えませんでした』と答えるだろう。そなた達はこのような煽てを好むのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがこの調子で人を持ち上げたなら、道場にはとてつもなくたくさん人が集まるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつてセールスマンを管理していたので、人を煽てて気持ち良くさせるのは得意なのだ。だが、煽てられて舞い上がった結果、次の瞬間には墜落し、墜落死してしまうだろう!他人の言葉が自分を舞い上がらせていると感じたなら、気をつけたほうが良い。必ず墜落して痛い目に遭うだろう。よって我々は他人を讚歎、称讚する時、露骨に大げさになりすぎないよう気をつけなければならない。

『妄語』は『上人法妄語』、『一般の妄語』、『大妄語』に分けられる。『上人法妄語』とは、仏法を説く人が、釋迦牟尼仏と上師が教導する方法に基づかず講法することだ。例えば、100万元で一輪の蓮の花を買えば、必ず西方極楽世界へ行けると言ったとする。これは『妄語をつく』だ。それなら貧乏人はどうしたら行けるのか?ある上師は法座で仏法を講じず、世間の事情ばかり話しているとする。世間の事情とはなんだろうか?世間のありのままの事をいい、仏法を用いて比喻するのではなく、仏法を用いて警告するのでもなく、そなたの貪、嗔念を引き起こすことだ。これも『妄語をつく』だ。法を修めるのに、いくら払えば必ず修められるというなら、これも『打妄語』だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて以前の顕教の師父に『どうして法会を行う際に総功徳主はこんなにも多額の供養をするのか?どうして総功徳主は必ず前に座り、お金がない人は必ず後の方に座るのか?』と尋ねたことがあるが、答えは得られなかった。だがある法師がリンチェンドルジェ・リンポチェに言った。『なぜならその人は発心が大きいので、その人を前の方に座らせ、仏にはっきりと示すのだ』と答えてくえた。仮に、分別があるなら、それは仏ではない。仏がご覧にならないなら別だが、『仏眼』は全宇宙のあらゆる場所を見通せ、小さな埃さえお見逃しにならない。

実はチベットのやり方の方が良い。例えば、今回の『松贊図書館』の開光式典において、ダライ・ラマは中央に掛けておられた。直貢チェツァン法王ともう一人の達隆噶舉の小法王はダライ・ラマの右手側に着席されていた。薩迦の伝承の法王と格魯の法王は、ダライ・ラマの左手側におられ、数人の大リンポチェとリンチェンドルジェ・リンポチェは上の方に腰掛けていた。後の方には、そなた達も見たであろう俗家人がいた。彼らはチベットの貴族で、以前の国王、諸侯だ。政府の官僚などは下の方にいた。他のリンポチェとラマはみな下の方に掛けていた。その中には功徳主もおり、しばしば 直貢チェツァン法王に寄付している人もいたが、下の方に座っていたのだ!弘法人であるなら、仏法を講じる際には因果法則に背いてはならず、仏と上師の教導から離れてはならない。そうでなければ『妄語をつく』となってしまう。

前回リンチェンドルジェ・リンポチェは『問訊をどのように解釈するか』とみなに問うた。別の法師に聞きに行ったものもいる。法師は『平等心で見る』と教えたというが、これこそが『妄語をつく』だ。分からないなら、分からないといい、適当に名詞を探して信衆と弟子を誤魔化すべきではない。法座に腰掛ける人は、適当に口を開いてはならない。果位を証していないのに『証した』という。現在台湾にはたくさんの偽の密宗、偽のリンポチェ、偽の法師がいるが、彼らはすべて『打妄語戒』を犯しているのだ。

以前は小ラマだったのに、台湾ではリンポチェに変わっている人がいる。これこそ『妄語をつく』だ。仮にそなたの上師がそなたの果位を認証していないのに、それでもそうしようとするなら、この戒を破ることになる。リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしばそなた達にいう。直貢チェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェにお許しにならない事は、リンチェンドルジェ・リンポチェは知っていて理解していても、行うことはできない。それはこの戒に触れるからだ。よっていかなる法師、リンポチェ、上師であっても、説法し、自分は能力があると大きく標榜するなら、慎重に見た方が良いだろう。

第二に『一般の妄語』とは、相手から利益を取り、或いは害を与える妄語だ。例えば、ある人を雇用しようかと考えている人がそなたの考えを聞こうとしたとする。けれども、そなたとその人とは親しい友人なので、彼の能力を誇大に誉めて、採用させようとするなら、これも『妄語をつく』だ。これは、人を怒らせたくないとして、我々がしばしば犯すものだ。このようにする人は多い。自分は責任を負いたくなく、上が言っているので仕方がないという。リンチェンドルジェ・リンポチェが以前営業を管轄していた時には、『オーナーがとても怒っていたぞ』などと言ったことは一度もなかった。ただ部下には『みな頑張ってくれ。その結果、達成できなければ、自分がいっしょに責任をとるから』とだけ言っていた。こうすることで部下は納得した。なぜなら上司が自分の側にいると感じられたからだ。そなた達がその人に貸しを作ろうと事実を言わずその人の欠点を隠すなら、それも『妄語をつく』だ。なぜならそなたが隠したことで、この団体、国家に傷を負わせてしまうかもしれないからだ。

ある女性弟子は『リンチェンドルジェ・リンポチェに言わないでください。言えば、叱られますから』としょっちゅう言っているが、これこそが『妄語をつく』だ。このような心持ちは最も恐ろしい。過ちは過ちではないか!隠してもどうしようもない。なぜなら事は遅かれ早かれ現れるのだからだ。他人に知られないことなど世間にはない。続いては、無利、無害な事を言う妄語だが、これは利害はないが、口に出したこの言葉は実在せず存在しないのだ。

第三に『大妄語』とは善悪、因果のことだ。以前ある出家者が『因果がない』と言った結果、500年間彷徨うことになった。これは『大妄語』だ。もし誰かが『人は死ねば灯と同じで滅してしまう』と言ったなら、これこそ『打妄語』だ。誰かが『輪迴なんてものはない』と言ったなら、それも『大妄語』だ。『こんなにも恐い果報なんてない。騙されているんだ。仏が説いたこれは脅しだ。怖がらせているんだ』と誰かが言ったなら、それは最悪の嘘だ。我々は親族、友人にこのような事を言わせないようにしなければならない。自分の身、口、意を改め、仏法を用いて他人を諭してはならない。そなたが変化し、修行人らしく変わっていないなら、そなたがどんなに諭したところで、役には立たないし、どんなに言ったところで聞いてはくれない。そなたがいえばいうほど、その人は『どこが学仏だ!』などと言い返して来るだろう。これも『妄語をつく』なのだ。このような刺激を受けると、多くの人は心にすぐに嗔念を起こし、『私のどこが学仏していないというのだ?お前より優れているのに。少なくとも私は毎日念珠し、少なくとも私は法会に参加しており、少なくとも私は少しの供養をしているのに』と思うだろう。他人にこのような考えを抱かせないよう、自分の言葉は徹底的にコントロールしなければならない。

最も深刻な『妄語をつく』は仏陀を誹謗することだ。仮に学仏人が因果法則を受け入れず、仏を神明として拝むなら、その人は遅かれ早かれ仏を誹謗する。SARSの頃に『仏法は守ってくれない』と言ってある男性弟子は彼の母に来ないように言った。これこそ仏を誹謗しているのだ。学仏を始めたばかりの頃はしっかり学ぶが、突然何かが起きた途端に、『仏は救ってくれない。守ってくれない。仏は効き目がない』と考える人がいるが、これも仏を誹謗している。実は仏を誹謗する人の大部分は既に皈依している人で、外道が仏を誹謗する機会は反対にいくらか少ないのだ。なぜなら外道は我々に近づかないので、お互いに何もないからだ。

最近ある信衆が『妹がエリテマトーデスを発症した』と言ってきた。リンチェンドルジェ・リンポチェは初めて会った時『妹は今は死なないが、いつか必ず因果を受け入れなければならない。仏法を信じ、毎日六字大明咒を念じれば良い』と言った。ところがその信衆は信心が不十分で、一年に500万元を投じて薬を買い、リンチェンドルジェ・リンポチェが1,000人のラマを招いて真言を唱えるために、チベットへ寄付することはしなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに誰かが会いに来る時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らにはっきりと言う。『そなたが仏を神明として拝むなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは乩童(神の言葉を伝える人)なので、そなたを助けることはできない』と。なぜか?リンチェンドルジェ・リンポチェはその人がいつか仏を誹謗するのを恐れているのだ。少しでも欲望を満たしてやれなければ、その人はすぐに仏を誹謗し始めるだろう。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェはこれら弟子に供養させないのか。なぜなら彼らは、このDVDを買うと言った後考えを変えたからだ。これは『妄語をつく』だ。そなたが悪を続け、上師を騙し、仏を誹謗するのを恐れるからだ。よってリンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの悪を止めさせるために、そなた達の供養を受け取らない。そうすれば、みな互いに何もないだろう。そなた達の供養を受け取らないのはそなた達を罰しているのではなく、そなた達のためなのだ!上師をさえ騙せるのなら、世間の誰を騙せないだろうか?そなた達は口から出した言葉に責任を負わない。我々は皈依の時『依教奉行し、仏陀がお教えになった方法に従い、100%自分の生活に用い、割り引いたりしない』と言うではないか。よって、その通りに行わないなら、それは上師を騙しているということで、この戒を破ったということなのだ。

よって、皈依の前にリンチェンドルジェ・リンポチェは必ず2〜3ヶ月の緩衝期を与え、よく見てよく聞いてよく考えさせる。そなた達が自分が為した約束を守らないなら、結果はどんなに深刻になるか分からない。口から言葉を出した後も好き勝手に変えられるなら、将来の衆生との縁はどんどん薄くなるだろう。どうしてそなたの親族はそなたのいうことを聞かないのか?家の中では話せない人がいるのか?すなわち『妄語をつく』の戒が破られたのだ。上師を騙せば非常に深刻だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王に皈依申し上げてから現在まで、さらには未来に至るまで、リンチェンドルジェ・リンポチェが約束申し上げたなら、たとえどんなに危険なところへでも行くだろう。そなた達はどうだ?自分の利益と少しでもぶつかれば、すぐに変わる。このような心でどうして学仏できようか?どうして衆生に利益できようか?

さらに言おう。みな父母を騙したことがある。父母を騙すとはどういうことか?ビジネスを行う時には、先ず父母に『安定しているから心配しなくていいよ。損しても自分で責任を取るから。先ずは出資してくれる?』という。娘であれば、父母は、この男性が自分たちの娘を傷つけるのではないかと心配し、この男性を好いていないことは知っているだろうに、父母に『彼がいなければダメなの。私は死んでしまうわ』などという。自分は外でよくない事をし、ビジネスは失敗しているのに、なお家に帰って老母を騙してビジネスのための金を出させる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、子供にこれ以上金を渡してはならないとたくさんの年寄りを叱ったことがある。これは子供がそなたを騙すよう助けることなのだ。これによって、子供は地獄に堕ちる。そなた達は子供を愛するために、事の次第もかまわず、自分の子供はなんでもできると考えている。これでは少しの智慧もない。

我々はこの一生でどれだけの悪行の種を播いたかはいまだ分からず、自分は正人君子だと思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが説いたこの部分を聞いて、自分は善人だと言える人がいるだろうか?考えてみよ。自分は非常に汚らわしく悪辣で、生活は欺瞞に満ち、自分の利益のためには、相手がどんな人であろうと、言ってから考えよう、行ってから考えようとしている。だからこそそなた達はこんなにも大変なのだ。毎週日曜日学仏に来ているのに、自分の問題がどこにあるのかが分かっていない。なぜなら誰も教えてくれず、誰も告誡してくれず、誰も叱ってくれないからだ。どんな法師であろうとそなた達を叱責できない。そなた達が逃げ出してしまわないかと恐れ、そなた達が外で、この法師は無慈悲だと言いふらすのではないかと恐れているからだ。

実はそなた達を叱らないのではなく、これでは過ちだ、と告誡しているだけなのだ。以前リンチェンドルジェ・リンポチェもこれら過ちを犯したことがある。けれども、違うのは、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分を検討し懺悔し改め、それを正しいと思うことはないという点だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは『自分はやはり凡夫だ』と常に自分に告誡している。どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは『自分は今でも懺悔している』としばしば言うのか?なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは上師の恩、仏の恩を受けているので、成仏できていないなら懺悔しなければならないからだ。そなた達はなおのことだろう!日常生活では本当に慎み、慎重に暮らし、自己を放縦してはならない。少しの気の緩みでも、その遺憾は無限であり、後悔しても間に合わないのだ。そなたが他人にもたらした害も、取り戻すことはできない。『妄語をつく』は我々が最も犯しやすい過ちだ。地獄、餓鬼、畜生道は、この戒を犯すことはない。彼らは話せず、考えがあるだけだからだ。我々人類の口は容易に無茶苦茶をいう。口を糊するため、我々はあらゆる手段を用いて利益を追求し、自分を標榜するため、この口が止まることはない。よって、在家であろうと出家者であろうと、『妄語をつく』の機会は非常に多い。

二つ目の語には、我々がしばしば犯す過ち『両舌』がある。『所依境』とは『仲良く過ごしている人』を指し、『彼らは本来仲良く過ごしていたのに、そなたが挑発したことで、彼らの間に争いが起きた』という意味である。『思維』とは『彼らの分裂を望む』ことで、『加行』とは『中を離したり、挑撥したり等の行為』で、『動機』は三毒すなわち貪、嗔、痴、特に嗔念である。『完畢』で相手はその意を理解する。『両舌』は我々がしばしば犯す。特に女性信衆は非常に容易に犯し易い。そなたの親戚友人の中で、仮にある人の夫に何かあっても決して意見を言ってはならない。その人に尋ねられても『和を以て貴しとなす』で対処せよ。『あなたはこんなにも良い人なのに、あなたの夫は本当にひどい。外でめちゃくちゃしている』などとは決して言ってはならない。これでは火に油を注ぐだけだ。

かなり前、二人の女性がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。その内の一人の夫は突然失踪してしまったということだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは一目見て『夫は大丈夫だ。そなたのプレッシャーに耐えられず、外で気晴らしをしているだけだろう。時が来れば必ず帰ってくる』と言ったところ、横にいたその人の友人は突然怒り出し『彼女の夫は外に女がいるのではないか?』と言い出した。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場でその友人に『そなたに関係があるのか?』と責めた。妻であるその人の友人はリンチェンドルジェ・リンポチェの言葉を聞き、落ち着いてきたのに、友人が横で煽るのだ。

男性は、友人の妻が外で別の男性とお茶を飲んでいるのを見ても、人に言ってはならない。そなたには関係のない事だ。女性は他人の夫が別の女性と一緒にいるところを見ても、構ってはならない。善人面してその人に教えようなどと考えなくともよい。これこそが『両舌』だ。浮気するかどうかも、その人の因縁因果によるのだ。

ある時一組の夫婦が喧嘩してリンチェンドルジェ・リンポチェに指示を求めに訪れた。リンチェンドルジェ・リンポチェは簡単に『妻は浮気しているか?』と尋ねると、夫は『ありません。それは確かです』と答えた。そこで、リンチェンドルジェ・リンポチェは『それは良い!女性が外に男を作っていないなら、それは間違いなく良い妻だ。では、そなたは何を聞きたいのか?』と尋ねると、彼らは何もなかったように帰って行き、喧嘩もしなくなった。リンチェンドルジェ・リンポチェは他にも例を知っている。ある女性は夫が浮気したのを知り、ナイフをテーブルの上に置き、夫が帰って来たら刺そうと準備していたという。その時、ちょうどリンチェンドルジェ・リンポチェに会ったのだが、リンチェンドルジェ・リンポチェが『夫が浮気していると、いつ知ったのだ?』と尋ねると、『一週間前です。近所の人が見たんです。それで私も見に行ったら、ほんとうにそうでした』と答えた。そのご近所さんは意地悪くないか?もし、その女性がその日リンチェンドルジェ・リンポチェに会わなかったなら、少なくとも一人、もしかしたら二人の命が失われていたかもしれないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがその女性に『この事を知る前は幸せに暮らしていたのではないか?』と言うと、彼女は『そうです!』と言うので、リンチェンドルジェ・リンポチェは『知らなかったことにせよ』と言うと、この女性は本当に知らなかったことにして、ナイフを片付けてしまった。このように、たった一言でたくさんの人を死に至らしめてしまうのだ。男女の仲は、彼らの過去世の因縁を見通せる能力がある阿羅漢、仏菩薩以外は、我々凡夫の眼では見通せない。良きにつけ悪しきにつけすべては因縁なのだ。口を挟まず、意見をせず。『両舌』が度が過ぎる場合には、他人を離婚させてしまうこともあるのだ。

ある人への恨みがゆっくりと薄れている時に、過去を持ち出して『あの人がどんなにひどい事をしたか忘れたの?』と言って挑発する。この言葉を口に出したことがある人はたくさんいるだろう。これこそが『両舌』だ。あたかも義侠心に富んでいるように見えるが、恨みを穿り出している。占い師の多くは、どうして酷い死に方をするのか?それは、しばしばこのような事を言うからだ。何も言わなければ、当たらないと言われる。当たらなければ料金を受け取ることができるだろうか?占い師がある人に『あなた達二人はもともと八字(姓名判断)が合わないので、仕方がない』と言ったところ、それを聞いた女性は、合わないなら、と言って離婚してしまった。かつては離婚とは非常に深刻な事だったのだ。こうして、我々は他人を挑発し、他人にたくさんの事を起こさせているが、すべてその人を害するものなのに、それが正しいと思っている。今後は友人に対して、何かを伝えて気付かせるのではなく、自分の能力の範囲で手助けすればよい。我々は師のように振る舞い、他人に教えるのを非常に好む。ある事が起きる。本当に知っていて、解決する能力があるなら、言っても良いが、そうでないなら言わない方が良い。非常に道徳的な占い師なら、その人が近いうちに死ぬ、或いは非常に重大な事が起きると分かった時には、普通は言わないものだし、しかも占わないものだ。以前リンチェンドルジェ・リンポチェは数人の占い師に占ってもらったが、45歲まで行ったところで占いがストップしてしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分は45歲から福を享受できるのだと思っていたが、実はそうではなかった。後に知ったところでは、実は自分はもともとは45歲で死ぬはずだったのだ。

『両舌』では『言ってはならない』だけでなく、考えることさえ許されないし、他人の行為を挑発することもならない。『行為』とはなんだろうか?中学生、高校生はメモ、手紙、誹謗中傷する手紙をよく書くだろう。これらはすべて挑撥、両舌であり、根拠がないのに他人を陥れる。『両舌』は直接行われる正面両舌と、側面から行われる側面両舌に分けられる。手紙、誹謗中傷する手紙、メモを書くこと、広告を制作して検挙するなどはすべて側面両舌である。或いは『あなたに忠告するわ。あの人とは話さない方がいいわよ』という。これもそうだ。さらにもう一種は、こっそり行われる隱諱両舌だ。こっそり行われるとはどういうことか?それは、ゆっくりと、すぐにではなく、少しずつ言い、種を撒くように、少しずつ行うもので、今日はどうすることもできなくとも、明日にはまた行い、明日はどうすることもできなくとも、明後日にはさらに続けて行う。このような人がいるものだ。

師徒或いは僧団を分裂させようとする両舌は最も深刻だ。台湾で学仏している人、特に在家居士は、しばしばこれを犯す。上師の面前で功を争い諍いする人が多い。さらに、上師が良くない、徒弟が良くないなどと言って、師徒を分裂させようとする。僧団とは共修する団体だが、それを分裂させるのは最も深刻だ。かつてある人がアティーシャ尊者に『破和合僧とは何か?』と尋ねた。アティーシャ尊者は『破和合僧者は僧団内部に闘争を起こさせる』と答えられた。僧団とは、四衆を具備し、断輪迴、離生死、法門の証悟へと共同で精進し修行する団体で、慈善事業を行う団体ではない。

台湾には慈善活動を行う団体が多いが、それらを僧団とは呼ばない。比丘、比丘尼の団体も僧団ではない。『和合』とは四衆が穏やかに合し、共同の理念の下仏法を学習する団体だ。僧団を破壊し、内部に争いを起こそうとする人がしばしばいる。台湾には特別な法令があり、仏寺の財産は、出家者が管理するのではなく、在家の委員会が管理することとなっている。よって仏寺の主持が往生すると、財産を巡って、たくさんの争いごとが起きる。出家者であろうと在家者であろうとみなこれらを犯すが、これは非常に重い罪で、破和合僧団に当たる。

破和合僧団を犯す者は無間地獄に堕ち、僧は地獄で無量劫を受け、俗人は60劫を受けるが、これは非常に深刻だ。内部闘争までは起きていなくとも、僧団を派閥に分けたとしたなら、地獄で8劫を受けなければならず、僧団を派閥に分けなかったとしても、内部でお互いに敵視するようなら7劫を受けなければならない。一切の紛争を起こさなかったとしても、内部が和やかでなく、雰囲気が悪いなら、死後はアリに生まれ変わり、アリが死んだ後に地獄に生まれ変わる。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達をこんなにも厳しく管理するのか。そなた達が人の悪口、兄弟子や弟弟子の批評、出家衆の批評をするのを許さないのか?なぜなら一つの修行団体内でしばしば批評がなされれば、最後には絕対に派閥に分かれ、絕対に不合となってしまうからだ。担当者とこのような事を起こした人は必ず地獄に堕ち、それに雷同した人も一緒に地獄に堕ちるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは因果の恐ろしさを知っており、この果報は絕対に変動しないとはっきり分かっている。悪因を植え付けてしまったのなら、後戻りは非常に難しい。仏門では『回頭是岸(岸に戻るべきだ。悔い改めよ)』とは言うが、その際には真に後戻りしなければならないのだ。後戻りしないなら、やはり過ちを積み重ね、思い上がった過ちを犯し易い。よって、リンチェンドルジェ・リンポチェは『仏子行三十七頌』を聞くよう強く勧める。そなた達は仏法テープを必ず繰り返し聞き、必ず修めなければならない。兄弟子、同僚、親族、或いはいかなる人とであろうと、紛争が起きた時には、『仏子行三十七頌』を聞き、自分のどこに問題があるか明らかにしなければならない。ぐずぐずせずにすぐに改めることだ。先延ばしすれば、問題はまた出てくる」と開示くださった。

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2015 年 07 月 04 日 更新