尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年1月18日

法会の開始に先立ち、2011年9月11日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げた一人の弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェが自分をお救いくださったことと自らの皈依の経緯について語り、自分が犯した過ちについて懺悔した。

「私はかつて台北のある大病院でサイクロトロンの運転員を務めていた。2008年直属の上司がUCLAの客員研究員に任じてくれたが、事情があり取り消してしまった。それに続いて毒性気体の漏出が起き、気体に接触したことで、私は顔面に灼傷を負い肺機能も損傷を受けた。治療に使える薬物がなく、私はひどく不満に感じ、また同時にすぐにでも死んでしまうのではないかと思い、非常に怖かった。

友人と紹介者が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法くださる阿彌陀仏無遮大済度法会への参加を誘ってくれたことに感謝したい。大法会に参加したことで、身も心も非常に調子が良くなった。兄弟子が『寶吉祥仏法センターのHPで度衆事蹟が見られる』と教えてくださったので、見てみたところ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかりたいという気持ちが強く起こったが、やはりとても行動に移せなかった。そのため尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝の電子メールを差し上げたが、返信を頂戴できるなどという贅沢な望みは持っていなかった。ところが、数日後リンチェンドルジェ・リンポチェからの返信を頂戴することとなった。メールには『私が主法する法会に参加したことで身心にプラスがあったとのこと、うれしく思う。菩薩道の行者はなんの報いも必要とはしない。すべての衆生が仏法を修め、解脱できることだけを望んでいる。あらゆる衆生が諸仏菩薩が望まれるように仏法を修めることができるなら、これこそ仏菩薩の恩、リンポチェの恩に報いることであろう』とあった。

メールを受け取った時、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのような大修行者が返信をくださったことに驚愕し、すぐに拝謁を願い出ることを決めた。宝石店へ赴き、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが『どうしたのだ』とお尋ね下さった時、私は口を開いた瞬間、長い間迷子になっていた幼子がようやく父母を見つけられたかのように号泣してしまった。私はリンチェンドルジェ・リンポチェに『大法会に参加したことがあります。共修法会に参加させて頂きたい』と申し上げたところ、リンチェンドルジェ・リンポチェは承諾くださった。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは仕事のことをお尋ねになったので、私は『放射線技師です』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の右半身を指差され、『痺れを感じないか』とお尋ねになった。私が『痺れています』と言うと、慈悲深いリンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに加持くださった。以前私は右半身を非常に硬く感じ、針で刺されるような痛みで眠れず、深夜に座り込んで泣いてしまうようなこともあったが、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を頂戴して以来そのような症状は発生していない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げたい。

2009年私は共修法会への参加を始めた。当時は皈依したいと望みながら躊躇う気持ちもあった。ある法会の際、胡座をかいて座っていたため足が痛くなり動かしたところ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに『因果を信じていない』と叱責された。その時私は己を心から恥じ『決して動くまじ』と思ったが、なんとしたことか、少しすると足は全く痛まなくなってしまった。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げたい。けれども、当時の私は足の痛みを恐るあまり法会に参加しなくなり、『足の筋肉を鍛えてから参加しよう。それとも別の道場へ行こうか』などと傲慢にも考えていた。その内ズルズルと時は過ぎ、それから二年たってようやく皈依することとなった。

2010年私は上海に当時の恋人に会いに行った。彼は飲食店チェーンの副総経理で、周囲の人の彼に対する評価も高く、私たちも結婚するつもりでいた。ところが生活習慣が合わないことに加え、通常食者と菜食者とでは、うまくいかないことも出てきた。私は徐々に眠れなくなり、部屋にこもって泣き叫ぶようになり、飛び降り自殺まで考えるようになってしまった。けれども尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの著作『快楽と痛苦』を拝読した後、自殺者は必ず地獄に堕ちるのだと知り、勇気を振り絞って尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた。私はこの世界中で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェだけが自分を救ってくださると信じていた。

私が再度尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった際、跪いてもリンチェンドルジェ・リンポチェは私を見ようともなさらなかった。私は慌てて『中国では不眠がひどく夜中に急に大泣きすることがあった』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたには構わないつもりだった』と仰せになり、続いて『中国へ何をしに行ったのか?』とお尋ねになった。私は『恋人に会いに行きました』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『会えたのか?』とお尋ねくださったので、私は『会えました』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『会えたのなら、それで良いではないか!』と言われるので、私はそれ以上言葉を継げなくなってしまった。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたと恋人は何で争ったのか?』と尋ねられたので、私は『構ってくれない、と彼を責めました』と言うと、リンチェンドルジェ・リンポチェは『仕事があるではないか。仕事をしないで、どうやって食べていくのだ?』と仰せになった。私は心の中で『私が稼げば良い』と思ったところ、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに『そなたが稼ぐと言っても、恋人は望まないだろう』と仰せになり、続いて『そなたは彼が好きなら、彼が台湾に戻ってきた時に一緒にいれば良いではないか。瓊瑤の小説は嘘ばかりだ。彼の仕事に口を挟んではならない。そのままでいれば、彼はそなたを、面倒だと嫌うようになり、本当に会えなくなってしまうだろう。自分だって他人に構われるのは嫌だろう!』と仰せになった。私は心の中で『もう愛されていない』と思ったところ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは直ちに『愛とは何だ?占有だ!』と叱責くださった。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは私に加持くださり、『もう泣いてはならない。これ以上泣けば目に悪い。彼にはそなたは不要なのだ』と仰せになった。

御前を退いた後は心身ともに軽く感じたが、私は自分たちの関係は必ず元に戻ると執着していたため、法会に参加する勇気が湧かなかった。数ヶ月後親族の一人が亡くなった。私は非常に悲しみ、この親族を救ってくださるのは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェだけだ、と思ったが、この親族の子女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに救いを求める事を望まなかったため、私は『足がどんなに痛くとも構わない』と施身法法会への参加を願い出た。拝謁申し上げた際、私は跪くや否や『拝謁を望まない家人に代わり供養させて頂きたい』と申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは笑って『跪けば、それで供養になる』と仰せになり、続いて『まだ何かあるのか?』とお尋ねくださったので、私は急いで『施身法法会に参加したい』と申し上げた。お許しくださったことを、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

そして私は施身法法会への参加を開始した。最初は十分な信心を備えていなかったため、ある時の法会では心臓の拍動が異常に速くなった。医師は風邪薬の成分が原因だと判断し、救急車で病院へ行くよう勧めた。けれども、私は救急室は暗く冷たいと感じ、とても怖く、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがおいでの場所は明るく暖かいと感じたため、兄弟子達にここに残りたいと申し上げた。法会の終了時には、人に支えてもらわなくとも、私はしっかり歩くことができた。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

また別の法会の際には、眼前が真っ暗になり冷汗が吹き出し、腰を伸ばせなくなったが、その時私は他人に知らせないと決めた。すると、突然轟音が鳴り響き、身体が非常に暖かく軽やかに感じた。顔を挙げると尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのお姿が目に入り、これらはすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげであると知った。私の以前の仕事は、ガンスクリーニングに用いる放射線物質の製造で、間接的に、病人に放射治療或いは化学治療を行っていたが、正常組織に副作用を起こすこともあった。例えば、皮膚が赤くなり潰瘍を起こしたり、骨髄や神経を破壊したり、失明や別のガンを引き起こすことさえあった。私は以前はこれが唯一ガンを治療する方法だと思っていたが、病人に甚大な苦痛を与えていたのだ。

私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。ある日の拝謁時に、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに『こんな事情で、辛く感じる』と申し上げたところ、リンチェンドルジェ・リンポチェは『大切なのはそなたの心だ』と開示くださった。リンチェンドルジェ・リンポチェはさらに私の仕事についてお尋ねになったので、私は『現在仕事をしていないが、以前の職場が人を募集している』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『辞めたのではないのか?』と仰せになったので、私は『もとの職場は私に戻ってきて欲しがっています』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『この仕事をしないなら、何ができるのか?』とお尋ねになった。私はリンチェンドルジェ・リンポチェに『国家試験の放射線類科を受験しようと考えています』とお答え申し上げた。すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは数秒して『合格するだろう』と仰せになり、加持くださった。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。けれども私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げて每日曜日の共修法会に参加したいと思ったが、試験はちょうど日曜日に当たる。私は考えた末に、試験が終わってからにしようと決めた。その日、試験の成績は非常に良かったが、自分の福報が不十分であったため、正午に試験会場を離れ食事に行った後、時間を間違え、試験を続けられず不合格となってしまった。

その後、私はますます皈依申し上げたいと思うようになり、2011年9月尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへの拝謁を申し込んだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは私の紹介者を尋ねられ、私が答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『では、今は学仏する時間があるのだな?』と仰せになったので、私は驚愕した。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは『仕事が見つかったら来ないのだな?』と仰せになったので、私は急いで『仕事があったとしても参ります』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはお笑いになり『どうして学仏したいのか』とお尋ねになった。私は『学仏は良いことです』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『他にも道場はたくさんある』と仰せになったので、私は数秒呆然とした。リンチェンドルジェ・リンポチェは笑って『行かないのか』と仰せになったので、私は『行きません』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『ここは非常に厳しい』と仰せになった。私は『厳しいのは衆生のためには良いことです』と申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは数秒沈黙なさり『来週の土曜日にもう一度来るが良い。良いな?』と仰せになったので、私はお受けさせて頂いた。

次の土曜日、私は再び皈依を求めに訪れたが、やはりよく分かっていなかった。ただ、自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに従いたい、と思っている、ということだけが分かっていた。また以前、仕事をしていた時、妊娠後、全身至るところに腫瘍ができた病人に遭ったことがあったが、この人は生きるために中絶したのだ、と思い出した。私はリンチェンドルジェ・リンポチェにこのことをお話し申し上げ、しかも懺悔し、『以前はその人たちを残忍だとだけ思い、彼らも非常に辛いのだとは思ったことがなかった。彼らもリンチェンドルジェ・リンポチェに出会うことができたなら、どんなに良かっただろう』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはそこまでお聞きになり、しばらくして私の皈依申し込みにご同意くださり、私に貴重な開示を下された。『学仏とは生死を解脱するためだ。皈依しても理解できないなら、すぐに追い出されてしまうだろう』と仰せになり、『父母は同意しているか』とお尋ねになったので、私は『同意しています』とお答え申し上げた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて『どんな仕事をしているのか』とお尋ねになったので、『仕事をしていません』とお答え申し上げると、リンチェンドルジェ・リンポチェは目を見開き私を睨み据えられたので、私は急いで『国家試験の放射線安全類科の発表を待っています。受かったら、原子力発電所関係の仕事に就きます』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは何も仰せにならなかったので、私が立ち上がろうとしていると、リンチェンドルジェ・リンポチェは突然『結婚しているか?』とお尋ねになったので、私が『まだです』とお答え申し上げ、再度立ち上がろうとしていたその時、リンチェンドルジェ・リンポチェは突然大声で『あれも怖い、これも怖いと恐れていてどうするのだ!』と仰せになった。幼い頃から私はいつも怖がりで、どうしてこの世界に来たのかが分からず、成人後はそれがひどくなり、なんでも怖がるようになった。けれども、いつからかは分からないが、私は怖がらなくなっていた。私はこれは全て尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげであると信じている。

こうであっても、私はやはり学仏し生死を解脱する決心がついていなかった。前の恋人は、私が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを一番に考えることを嫌い、法会に参加する代わりに自分に付き合うよう望んでいた。私はそれを受け入れなかったが、これは自分が過去世で他人の学仏を妨げた果報に違いないと分かっていた。それなのに、私は学仏の決心をしなかったばかりか、恋人は必ず変わると執着していた。その恋をしていた頃、私は泣いてばかりいた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはかつて『二人の生活習慣が違い、一人は菜食でもう一人が普通食なら必ず喧嘩になるだろう。そなた達の伴侶が菜食せず学仏しないなら、拝謁に連れて来てはならない。今後私の面前で泣いてはならない』と開示くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せはすべて正しかったのだ。

皈依して一年の後、外祖母が杭州で酒場を経営していたことを知った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはかつて『殺業が重い者は病がちで寿命が短く、望みは叶わず、財は貯まらず、親族は円満でない。そして、死して後は地獄に堕ちる』と開示くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せは全くその通りだ。私の家族には高血圧、心臓病、ガン、或いは原因不明の病や神経面の問題が多かった。私にも遺伝性の心臓病があり、視神経が陥没しており、身体が突然震えることもあり、唇と爪は薄紫色だった。けれども、恋人と別れることを決め、彼を変えようと思わなくなった後、私の体重は増え、唇と爪も赤みを取り戻し、体力がつき、顔色もよくなり始めた。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは漢方クリニックを開設され、最高の医薬を患者に提供しておられる。日本食品店、カフェ、菜食レストランでは、無毒で、しかも健康に益のある食物を出し、ヘアサロンでも最高の製品を用いている。グループは最高の品質で、しかも無毒の線香や製品を輸入している。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの細部まで行き届いた衆生に対する心遣いに感謝申し上げたい。私は国家試験に合格しはしなかったが、皈依してすぐに仕事が見つかった。しかもそれは、每日曜日の共修法会への参加に影響しない仕事だった。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい!

続いて、犯した過ちについて私は懺悔したい。皈依して間もない頃、ある法会への参加時、トイレから急いで席へ戻ろうとした際、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼申し上げなかった。恭敬心ではなく、加護を求める心で法会に参加していたことを懺悔したい。私は懺悔したい。ボランティアをしていた時、兄弟子がトイレットペーパーを取り使用するのを見逃し、道場の資産をきちんと管理しなかった。私は懺悔したい。法会の最中、アキ護法儀軌中のある字がきちんと聞き取れなかったため、心の中で『リンチェンドルジェ・リンポチェは最近伝法できないのではないか』と思ったところ、すぐに上師に『私であっても、そなたは批評するのか!』と叱責された。私は懺悔したい。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはかつて『人は過ちを犯し、法を犯し、言い間違う。これらはすべて我に執着するからだ』と開示くださった。私は懺悔したい。自分を何にもまして大切に考え、父母や師や目上の人を尊重していなかった。私は懺悔したい。他人の体験談を聞く時、傲慢にも自分はそんな過ちを犯さないと考えていた。懺悔したい。因果を信じず、この一世で殺生、盗み、邪淫、飲酒、悪口をすべて行いながら、自分の累世の悪業が極めて重いとまだ信じていなかった。私は懺悔したい。累世で他人の学仏を妨げた。私は懺悔したい。貪念が重く、恋愛に執著し、もとの恋人が普通食の飲食業に携わっていることを責め嗔念を起こしていた。さらに懺悔したい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに頼ることばかり考え、自分ができると信じず、学仏を決心しなかった。

私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げたい。教えに従わない私に匙を投げたりなさらず、仏法で絶えず私を教導くださり、学仏の因縁を作ってくださる。私の病と私を傷つける人事物に感謝したい。そのおかげで、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い学仏できるのだ。兄弟子達のサポートと励ましに感謝申し上げたい。いつでも私の間違いをご指摘くださることを、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。今後私は教えに従い、心を定めて仏法を学び、生死を解脱し、仏菩薩の恩、上師の恩に報いたいを思う。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し世に常住し、仏法事業が円満興盛で、直貢噶舉の法脈が永遠に流伝することを祈願したい」と彼女は述べた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、参会者のために貴重で有難い施身法を修持くださり、修法前には慈悲なる開示をくださった。

「今日は施身法を修持する。施身法はそなた達が考えているように、単純に済度だけではない。単純に済度だと思っているなら、それはこの法のポイントを理解していないということだ。行者はいかなる衆生をも済度させる。畜生道、鬼道にいるものを含めた既に人身を失った者、生きている者をさえ済度させる。そなた達は『生きている者を済度させてどうするのだ?まだ死んでいないのに?』と思ったことだろう。そなた達の心は貪嗔痴慢疑でいっぱいで、三悪道に堕ちる因を毎日為している。貪心が非常に重い人は餓鬼道に堕ち、嗔心が非常に重い人は地獄道に堕ち、因果を信じないか、少しは信じるが三寶を軽視する人は畜生道に堕ちる。

仏法はすべて釋迦牟尼仏が仰せの経典を依拠とする。どんな仏法であれ、経典が説くことを離れたなら、それは仏法ではない。今日は藏伝密教を開示するが、根本的な条件は顕教を基礎とする。顕教は理で密法は用だ。道理を理解しても用を理解しないなら、役には立たない。昨日ある信衆が母の済度を願って施身法への参加を求めに来た。火葬の際、母の頭骨梵穴は残り、そこに孔は見て取れたが、貫通しておらず、初七日に母は帰ってきたが、ぼんやりしていてはっきり見えなかったという。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェにどうしてなのかと尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェはしばらく入定し、この信衆は施身法への参加時に懐疑心を起こしていたことを知った。こうなる人が大勢いる。心の中で『何を修めているのか?これは役に立つのか?こんなにも簡単なのか?経典を読む必要はないのか?』と考えている。

よって、リンチェンドルジェ・リンポチェは特別に『地藏経』中の重点をそなた達に聞かせよう。自分の父母は善人だとみな言う。『地藏経』中では、この人が生前に金銭の寄付、いくらかの善行などをしていようと、学仏修行をしていないなら、死が迫った時、累世の冤親債主は父母、夫、妻などのその人がよく知っている人に変身し、三悪道へ連れて行ってしまうとある。皆リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来る時、自分の父母は善人だと言う。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを聞くと必ず詰問する。善人でない者などおろうか?善人でないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに会う機会などあるはずもない。そなたが自分の父母は善人だと言うのは、リンチェンドルジェ・リンポチェを脅しているのと同じだ。仏菩薩は善と悪を区別なさらない。そなたの因縁果報に応じてそなたを救うのだ。縁がないなら、救うことはできない。

今日は『地藏経』中の数段について説く。先ずある一段では、地藏菩薩はある一世で婆羅門女、つまり貴族であったと言う」尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子に『地藏経』を念じるようにご指示になった。

「一人の婆羅門の女あり。宿福深厚にして、衆の欽敬するところ、行住坐臥に、諸天護衛せり。其母邪を信じて、常に三宝を軽んず。この時聖女広く方便を設け、其母を勧誘して正見を生ぜしむ。而も、この女の母、未だ全く信を生ぜしむ。久からずして命終して、魂神無間地獄に堕在す。時に婆羅門の女、母の在世に因果を信ぜず。計るに当に業に随いて、必ず悪趣に生ずべきを知り、遂に家宅を売りて、広く香華及び諸々の供具を求め、先仏の塔寺に於いて大いに供養を興し、覚華定自在王如来の、其形象、一寺の中に在て、威容を塑画して、端厳畢く備わるを見る。」

「時に婆羅門の女、尊容を瞻礼して、倍々敬仰を生ず。私に自ら念言すらく、仏は大覚と名く。一切智を具し玉えり。若し在世の時ならば、我が母死して後、もし来たりて仏に問わば、必ず処所を知しめんと、時に婆羅門の女、垂泣良久うして如来を瞻恋す。忽ち聞く空中に声あり。曰く、泣者聖女、至りて悲哀すること勿れ。我いま汝が母の去処を示さん。婆羅門の女、合掌して空に向うて、而も空に白して曰く。是れ何の神徳ぞ。我が憂慮を寛む。われ母を失うてより己来、昼夜に憶恋すれども、母の生界を聞知すべき処なし。時に空中に声あり。再び女に報じて曰く。我は是れ汝が瞻礼する所の者、過去の覚華定自在王如来なり、汝の母を憶うこと、常情の衆生の分に倍するを見て、故に来たりて告げ示すなり。」

「婆羅門の女、この声を聞き己りて、拳身自ら撲ちて、支節皆損ず。左右扶侍して良久うして方に蘇ぬ。而も空に白して曰く。願わくは仏、慈愍して、速に我が母の生界を説き玉え。我今、身心将に死せんとすること久し。時に覚華定自在王如来。聖女に告げて曰く。汝供養しおわらば、但早く舎に返り端坐して吾が名号を思惟せよ。即ち当に母の所生去処を知るべし。時に婆羅門の女、ついで仏を礼しおわりて、即ち其の舎に帰る。母を憶うを以っての故に、端坐して覚華定自在王如来を念ずること。一日一夜を経たり。忽ちに自身を見るに、一つの海辺に到れり。」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示された。この先では、母は地獄に生まれる。今日念誦したこの一段では、いくつかの点に注意してほしい。『一人の婆羅門の女あり。宿福深厚にする。』とはこの一世を言うのではなく、生生世世にわたって植えつけた福報が非常に厚いということで、生生世世にわたり供養布施を行い、善事を行い悪事を行わなかった人だということだ。ここにいる皆はできているだろうか?過去世とまで言わなくとも、この一世でさえできていないだろう。仏の教導によれば、收入の四分の一から五分の一は供養布施しなければならないのだ。できている弟子も少しはいるが、ほとんどはできていないだろう。できていないなら、福もない。これは仏が教導なさる方法だ。リンチェンドルジェ・リンポチェが要求するのではない。誤解しないで欲しい。

自分は住宅ローンがあって、と言うだろう。だが、誰がうちを買うように言ったのだ?自分は借金があって、と言うだろう。だが、誰が滅茶苦茶言えと言ったのだ?子供を大学にやらなければ、と言うだろう。だが、金がないなら大学になどやる必要はないのだ!つまり、このような人は福がないのだ。経典にある『一人の婆羅門の女あり。宿福深厚にして、衆の欽敬するところ、行住坐臥に、諸天護衛せり。』とは『目にした人は誰でも彼女を敬う』と言うことだ。それは、この人が金持ちだからではなく、福徳が厚い人は必ず衆生に利益するので、衆生が必ず敬い、しかもこの人には福徳があるので、24時間、一切の諸天が守ってくださるからだ。

けれども、彼女の母親は信じない。経文中では『其母邪を信じて、常に三宝を軽んず。』とある。仏は彼女を『聖女』と呼ぶ。つまりこの人は既に因果を深く信じ、生死を解脱しているのだ。母が正見を生じることを願って、彼女はたくさんの方便を使い母を諌めたが、母はどうしても信じない。そなた達の父母もみなそうだろう。病を得ればリンチェンドルジェ・リンポチェに頼り、病が癒えれば『自分は最近とても疲れているので行かない。年越しで家の事が忙しい。勉強している子供がいるので家で見ていなければならない』などのセリフは、自分自身が言った事も含めて、聞いた事があろう。そのため、その母は死後に無間地獄に堕ちた。無間地獄からは出て来られない。自分は何も悪い事をしていないと思っている人が多いが、深く信じないだけで、こうなる可能性は非常に高いのだ。なぜなら深く信じないなら、暮らし方は仏法に従わず、欲望の赴くままになってしまうからだ。

そなた達が仏の仰せを信じないなら、今すぐここを離れるが良い。心中に少しでも懐疑があるなら離れるのだ。なぜか?信じないなら、地獄に堕ちる可能性が高いからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が地獄に堕ちるのを望まない。リンチェンドルジェ・リンポチェはみなを脅しているのではない。これは地藏菩薩が説かれる経なのだ。地藏菩薩は法身菩薩であられる。我々を騙す必要も、我々を騙す理由もない。なぜなら得になることなどないからだ。

よって、婆羅門女は自分の母親がどこにいるかを知るために、家宅を売り払い一切を供養した。今うちを売らない人は、余った金を供養しているだろうが、これでは供養にならない。仏法には金が要るという意味ではない。金は要らないが、ただ亡者には福報がないのだ。仏にさえ聖女と呼ばれる婆羅門女であっても、母の業報を変えることはできない。なぜなら聖女とは言っても修行があるとは限らず、いかにして供養すべきかを知っているだけだからだ。婆羅門女は『大興供養』し、母が地獄にいることをようやく仏に教えてもらうことができた。そなた達は跪くだけで、なんでも知りたいという。教えず行わなければ、無慈悲だといい、心の中で口業を犯し始める。このような様でどうして亡者を救うことができようか?

どうして婆羅門女はこれほどしなければならなかったのか?それは自分の母に福報がないことを十分知っていたので、供養を通して福報を得なければ、母親がどこにいるか知り、仏法を通して母親を救うことができなかったからだ。それなのに、そなた達は跪くや否や条件を出してくる。仏法は何によって崩壊するのか?それは経典を読まず、経典を信じず、自己流の方法で考えることによってだ。つまりこの一段はそなた達に教えている。家にこのような父母がいても別に構わない、と思っているなら、その時になってリンチェンドルジェ・リンポチェに頼っても、どうなるかは分からない。なぜならそなたに福報がないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが救おうと思っても役には立たないからだ。先ほど信衆が自分の母親の事を言ったが、彼には供養がない。そなた達が施身法を求めれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の心が親孝行か、正しいかを見て、そなた達の来訪を許す。リンチェンドルジェ・リンポチェはいくら必要だなどと言ってはいない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは1995年より現在まで、値段を言ったことなど一度もない。供養しないなら、どうして亡者は福報を得られようか?そなた達が施身法に参加する度に、リンチェンドルジェ・リンポチェは三つの条件を出す。法会の参加には懺悔心、慈悲心、恭敬心が必要だということだ。どうしてこの三つが必要なのか?懺悔心があれば福報が起き、自分の母と自分の過ちを認め、以後二度と過ちを犯さない。そうでなければ、冤親債主がそなたの母、父を見逃すはずはない。慈悲心が必要なのは、たくさんの衆生が苦しんでいるからだ。恭敬心があれば、三寶が行う一切はすべて衆生のためだと100%信じ、少しの疑惑も持つことはない。少しでも疑惑を持てば福報はない。

この一段は非常に明確に説いている。婆羅門女の母親は『未だ全く信を生ぜしむ』、つまり『すべてを信じておらず』、『しばしば三寶を軽んじる』というのだ。今は末法時代である。リンポチェであることは非常なる激務だ。そなた達に金のことを言うことはできない。少しでも言おうものなら、集金と言われ、『金がなければ学仏できないのか?』などと言われる。ある上師は衆生にどのように福報を積ませるかをよくご存知だった。リンチェンドルジェ・リンポチェが説く三つの心の条件は非常に簡単だ。そなた達は一銭たりとも払わなくともよい。それなのにそなた達は行おうとしない!リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば開示する。施身法法会には1500人参加し、リンチェンドルジェ・リンポチェは一人で修法する。リンチェンドルジェ・リンポチェは分別心がなく、功徳主を設けず、金持ちを前に座らせて貧乏人を後ろに座らせたりせず、功徳主に花を着けて目立たせたりしない。それとは反対に、未皈依の者にはマスクを着けさせ、リンチェンドルジェ・リンポチェが分からないようにしている。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなにも控えめに、この三つの心を備えるよう望んでいるのに、そなた達はそうしない!そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェを疲れ果てさせたいのか?それなら、そなた達が行善できるよう望めるはずがあろうか?これは経典が説く事なのだ。みな欲望でいっぱいの心で上師と仏菩薩を脅し、自分の考えの通りにさせようと強要する。そなたに福報がないなら、上師と仏菩薩はどうすることもできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは修法時には平等だ。分別はない。それなのに、得られる効果はなぜみな違うのか。それはそなた達の心、そなた達の縁によるのだ。いわゆる隨縁とは自らの縁に従うことだ。いかにして法会に参加するは既に教えているのに、そなた達はなお自分の考えを起こしている!考えを起こすことが、そんなにも深刻なのか?当然だ。なぜなら一つの考えがたくさんの事を変えるのだから。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法会前に毎回必ず開示する。それはそなた達の心が定まることを願っているからだ。けれども、そなた達は少しも聞こうせず、自分から来たのだから、と思い上がっている。実は法など分からないが、リンチェンドルジェ・リンポチェが修法するので、自分は恭敬して求めに来ているのだ。何を求めるのか?経典が説くことによれば、そなた達は条件を一つも備えていない。家を売ってから来ているか?広く供養を行ったか?そうしていないなら、教えに従わなければならない。上師は、そなた達の金を節約し、時間を節約する方法を知っているが、そなた達は少しも聞こうとしない。今日も仏菩薩の慈悲と言えるだろう。先ほどあの信衆が出てきて、そなた達すべてを代表して叱られてくれた。誰が三寶に対して懐疑心を抱いていないだろうか?そなた達はできていないのに、どうして他人を救うことができるだろうか?

また、地藏菩薩の一世の母は、生前魚、海鮮、肉を好んで食べており、死後地獄に堕ちた。誰の父母が肉と海鮮を食べたことがないだろうか?どんな理由によったとしても、求めればすぐに得られるだろうか?一人の女性が未来世の菩薩に生まれる。これは絕対に福報があってのことだ。けれども、学仏せず、上師の監督もなければ、まったく容易に過ちを犯す。肉食は当たり前だと思っている人が多い。リンチェンドルジェ・リンポチェも以前は肉を食していたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは過去世では菜食だった。再来した時、一世を隔てて訳が分からなくなってしまっていたのだ。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェのこの一世には特徴がある。台所で包丁で肉を切ったことがない、ということだ。かつてホテルの廚房で見習いをしていたことはあるが、包丁で肉を切ったことはなかった。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの過去世の福報だ。そなた達はどうだ?この一点からして、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェとは比べものにならないだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそのため菜食を求め、施身法に参加するなら必ず菜食しなければならないというのだ。それは、そなた達には福報がなく、そなた達の親族にも福報がないからだ。どうすればそなた達に福報を起こさせられるのか?そなた達が慈悲心を起こし、衆生を傷つけなければ、それだけで福報は始まる。そなた達は菜食は一日で良いというが、それなら福報も一日分だけだ。そなた達の生生世世で為した悪業は、こんなにも簡単にちょっと菜食するだけで消えてしまうのか?菜食の考え方は慈悲心を起こすことにある。これにより、過去に作った借りをこの一世で返し、新しい借りを作らないようにするのだ。重点はここだ。それなのに、大勢の人が聞かない。たくさんの人がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来るが、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らに菜食を求めると、身を翻して逃げて行ってしまう。肉食で食中毒になるとは聞いたことがあるが、菜食したら死んでしまうとは聞いたことがない。

地藏菩薩は『母は生前海鮮を好んで食べたので、死んで地獄に堕ちた』とこんなにもはっきりと仰せだ。そなた達は経典で説く事さえ信じない。それなら、法会に参加してどうするのだ?どうかもう来ないで欲しい!法会に参加しながら経典が説く事を信じないなら、三寶を軽視していることになる。これでは地獄に堕ちる因を植え付けていることとなるのだ。いかなる衆生であろうと地獄に堕ちるのをリンチェンドルジェ・リンポチェは見たくない。そなたはここに来て、リンチェンドルジェ・リンポチェに見せようというのか。それではリンチェンドルジェ・リンポチェは辛いばかりではないか?

信じないなら来ないで欲しい。他にもたくさんの所がある。行って金を払う気さえあれば、好きにさせてくれる所だ。リンチェンドルジェ・リンポチェのここはそうではない。経典が説く事を、リンチェンドルジェ・リンポチェが行わない、説かない、執り行わないでおられようか?母が地獄を離れられたかどうかを知るために、地藏菩薩であっても先ずは供養しなければならないのだ。そなた達は供養もせずに、どうしろと言うのか?」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『地藏経』の第六品も非常に重要だと仰せになり、出家弟子に念じるよう指示なされた。

「眠中に叫苦して、一向楽しみなきもの、此は皆是、業道の論対未だ軽重を定めずして、或は寿を捨てがたく、或は愈ゆることを得ざるなり。男女の俗眼に是事をわきまえずとも、但当に諸仏菩薩の像の前に対して、高声に此の経を転読すること一遍すべし。あるいは病人可愛の物、或は衣服、宝貝荘園、舎宅を取りて、病人の前に対して、高声に唱えて言うべし。我某甲等、この病人の為に、経像の前に対して、諸等の物を捨して、或は経像に供養し、或は油灯をともし、或は常住に施すと。是の如く三たび病人にもうして、聞き知らしむれば、たとい諸識分散して気尽るに至る者も、乃至一日二日三日四日より、七日に至りてこのかた、但高声に白し、高声に読経すべし。」

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示された。「みな聞いたであろう?愛しい物は金銀宝石、金銭、衣服、宝物、家だ。現在そなた達は行っているか?これでもまだ阿彌陀仏のお傍には行っていないのだ。ただ地獄に堕ちていないに過ぎない。もし『地藏経』で説く事に基けば、そなた達の誰ができるだろうか?そなた達ができなくとも構わない。リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達を代表して行おう。施身法とは修法者が自身の肉体、骨、血等によりそなた達を代表して供養、布施するものだ。よって、そなた達はよく話を聞かなければならない。修法の前には毎回、そなた達にあれこれ考えず心を引き戻すように言う。それでも、そなた達は従わない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは昨日ある信衆に大礼拝を行わせた。それは彼を罰したのではなく、母親のために福報を積ませたのだ。なぜこんなにも厳しいのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは母のために穴を開けた。けれども、どうしても通らないのだ。母は生前リンチェンドルジェ・リンポチェに会った事がなかったので、息子の思いで母を引き戻すしかないからだ。家族は都合が悪くてリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来られないとみな言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは叱責する。どうして家族に仏菩薩との縁を結んでやらないのか?そなた達は医者の診察を受ける時には必ず病人を連れて行くだろう。それなのに、仏菩薩と上師に会う時には代理になれるのか?

以後リンチェンドルジェ・リンポチェは特殊な法を学ばなければならないだろう。そなたが父母に代わって仏菩薩に祈願できるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはアキと仏菩薩に父母の病をすべてそなたに移すようお願い申し上げよう。これでどうだ?そなたの母が三本挿管されたなら、そなたも三本挿管される。父母が手術を受けたなら、同じ箇所をそなたも手術される。こうすれば、そなたは代理になれるだろう。誰もが三寶を軽視している。代理になれるだろうか?少しでも息のある内に、経典中で説くように、仏菩薩の聖号を聞かせなければならない!そなた達は自分で念誦しても役に立つと考えているだろう。そなた達が念誦してどうして役に立つだろうか?そなた達は普段肉食し、殺生し、人を騙しているのに。そんな調子で念誦する心は清浄ではない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは叱責するつもりなどなかった。だが、このような事態を目にし叱責しなかったなら、気分が落ち着かない。先週開示したばかりの『寶積経』には、『罵ることでその人を救えるなら、罵れば良い!』とあった。なぜなら末法時代である今、耳に心地よい事を聞かせるのは、そなた達を害することになるからだ。『あなたの読経の声はどんどん素晴らしくなっていますね』などと耳に心地よい言葉を他人が言うのをそなた達は聞きたがるからだ。素晴らしい?どこがだ?歌を歌っているのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの後修法するが、そなた達に慈悲心、恭敬心、懺悔心がなければ、何も得ることはできない。アキは非常に慈悲深くていらっしゃり、たまには物語を持ち出して来て聞かせてくださる。リンチェンドルジェ・リンポチェは最近しばしば地藏菩薩を修めるが、『地藏経』中で説く事は、どの末法時代であっても衆生がみな行わなければならない事なのだ。聞いていればそれで良い、などと思ってはならない。地藏菩薩の願力は『地獄不空,誓不成仏(地獄が空になるまで、成仏しないことを誓う)』だ。つまり『あらゆる衆生が地獄に堕ちないように、衆生に地獄に堕ちる因を作らせない』ということだ。そのため、経典中では地獄に堕ちる因はどこから来るかをたくさん説いている。地藏菩薩は先ず衆生が地獄に堕ちないよう救う。そうでなければ、衆生に生死を解脱させる機会はないのだ。

そなた達は地獄に堕ちるのはなかなか難しいと思っているだろうが、実は非常に簡単なのだ。例えば、一軒の家を建てるには長い時間がかかる。けれども、一軒の家を壊すには数秒もあれば十分だ。人もそうなのだ。福報の累積は非常に困難だが、福報を使い切ってしまうのは極めて簡単だ。一回肉を食べれば、それだけで福報は減ってしまう。福報とは寿命、健康、親族等一切を網羅する。どうして人の運気には変動があるのか?なぜなら多くの悪を為すからだ。過去世で少しの福報を積んだとしても、悪を為せばそなたの福報はすぐに消えてしまう。福報がなければフカヒレ、アワビ、海鮮が食べられるというのか?けれども、我々の福報はこのように使うのではない。この一生で生死を確実に解脱をするために使うのだ。いざと言う時になって、修行人が助けてくれるなどと期待してはならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェのような修行人は多くない。ほんとうの事をいう人も多くない。リンチェンドルジェ・リンポチェがもし嘘をつくならどんなに簡単なことか。リンチェンドルジェ・リンポチェの物語はとてつもなく多くなるだろう。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが自分を楽にしようと思うなら、出家弟子に修法させれば良いのだ。彼らが何を念誦しているか、そなた達は分からないだろう。それならリンチェンドルジェ・リンポチェは後ろに座って紅包を受け取っているだけで良い。どんなに楽なことか。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェの助けを求めて会いに来る。そして会見し約束し、リンチェンドルジェ・リンポチェは加持し、そしてそなた達は出て行く。出家弟子が修法して読経する。リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子ではダメだと言っているのではない。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェの能力まで到達していないと言うだけだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが楽に日々を暮らそうと思うなら、あまりにも多くを見たので、このような方法があることは知っている。

今日はそなた達の因縁と言えるだろう。またそなた達の福報と言えるだろう。この因縁を無駄にしてはならない。人身を得る機会は多くないのだ。経典で説くように、修行を発心した菩薩は稀で有難いのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分は菩薩だなどとはとても言えないが、少なくとも本当に衆生利益に発心している。今日は施身法を修め、みなの一切の煩悩を断ち切った。煩悩とはどこから来るのか?それは得失心からだ。得たい、失いたくない。そなたが全てを得ようと望み、失いたくないと思うなら、煩悩が起きる。煩悩が起きれば悪業を為す。悪業を為せば三悪道に堕ちる因を植え付けることとなる。今日は施身法を修めたが、これによって一切の苦は煩悩から起きるのだと教えたのだ。煩悩は執著、貪念、嗔念、因果不信から来る。何か悪事を為しそれで儲けても、いつか寄付をし善事を行えば、自分は心理的に楽になるなどと思っているだろうが、そんなもので相殺できるものではない。一切の悪を止める以外にないのだ。

済度法会に参加するなら、この一生は菜食せよとなぜ求めるのか?なぜなら、この剎那に一切の悪を断たなければ、善を積む機会はないからだ。ちょっと肉を食べることが、そんなにも重大なことだろうか?と思っているだろう。そうだ、そんなにも深刻なのだ。なぜならそなたは絶えず自分の身体内の細胞を変えている。そなた達が肉や海鮮を食べたなら、その栄養は細胞へ行く。細胞はゆっくりと魚、牛、豚に変わっていく。そのため、肉食する人は豚の臭いでなければ海鮮の臭いがするのだ。どうして加齢臭というものがあるのか?リンチェンドルジェ・リンポチェの現在の年齢は老人と言えるが、加齢臭はない。なぜなら菜食しているからだ。菜食だけでは不十分だ。生死を解脱し、衆生に利益する決心をしなければならない。全身の細胞がすべて善に変わらなければ、その種の臭気はなくならない。

どうして臭男性、臭女人(傲慢な人)がいるのか?このような形容詞は言い得て妙だ。そなたは彼が臭くなく、反対にいい香りであることを望むだろう。それだから「逐臭之夫(おかしな好みの人)」という古事成語があるのだ。仕方がない。なぜなら同類だからだ。今日はみなを叱責しているのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に急いでいるのだ。時間は多くない。みなまだ決心を下していないなら、仏法などと言わず、少なくともこの一生で本当に生死を解脱することはできない。ミラレバ尊者はかつて仰せになった。『大願を発し、この願のために再来したとしても、生死を解脱できないなら、再来した末に簡単に地獄に堕ちる機会がある』と。

この一生で生死を解脱する決心を下さないなら、何もしなくとも良い。けれども、決心したなら、毎日行う事は、すべて仏法の角度から見るようにしなければならない。在家衆はビジネスや結婚、金儲けをしてはならないと仏は仰せでない。金儲けにおいては、理に適い衆生を傷つけない金でなければならない。我々は仕事の場において、仏法を用いて他人に仏法の殊勝さと偉大さとを感じてもらうことができる。リンチェンドルジェ・リンポチェが法座に上り説法するのを真似しなければならない訳ではないのだ。立派に見えるだろうが、実は非常に恐ろしい任務なのだ。なぜならいつでも他人にやり込められるからだ。1月4日リンチェンドルジェ・リンポチェは訳も分からず屏東に招かれ山のような亡者を済度させることとなったように。事前にリンチェンドルジェ・リンポチェは何も知らされていなかったのに、そこに着いてから大勢の鬼が飛び出してきた。つまりリンチェンドルジェ・リンポチェの真似をしない方がよい。リンポチェとは非常に危険な仕事なのだ。

『地藏経』中の亡者を救う段では、必ず供養について触れ、必ず誠心であり、絕対的に恭敬でなければならないと説く。これは仏の仰せだ。けれども、条件ではなく一つの方法で、これによってそなたに対する過去の悪の影響を断つことができ、この一秒からそなたの福報が累積されるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェもガンに罹ったことがある。どうして手術が不要だったのか?弟子の中には手術が必要な者もいる。それは不恭敬で、三寶を軽視し、三寶が説く事を聞き入れず、家族がそう望んでいると考えているからだ。これは家人がそなたの冤親債主であるということで、そなたが生死を解脱する決心を下していないということだ。生死を解脱する決心を下したなら、病になっても医者に掛かる必要はなく、自分の生死を真に軽く見られるようになる。リンチェンドルジェ・リンポチェはガンになった時、本当にこの上もなくうれしかった。自分はこの一生でこんなにも多くの魚を食べたのだから、借りを返さなければならないが、ガンになれば借りを返すことができるのだ。けれども結局死ねなかった。この年齢まで生きてしまい、人に年寄りと呼ばれるようになってしまった。

もしリンチェンドルジェ・リンポチェが40歲代で死んでいたなら、人は『早逝した』と言い、『過労だ。あまりにも多くの衆生を済度させ、衆生の業障を背負ったからだ』と言われただろう。そなた達もこのような言い方を聞いたことがあろう。けれどもこれは滅茶苦茶な言い方なのだ。実は、自分の修行がなっていないだけのことなのだ。今日の開示の重点はリンチェンドルジェ・リンポチェが優れているというのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは一切を経典の方式に法って修行し、修行の中で経験と感覚を得たので、このようなやり方で自らに利益でき衆生を救えると知っているという事だ。リンチェンドルジェ・リンポチェができるのだから、自分もできると信じなければならない。どこまでできるかは問題ではない。もし皆がリンポチェなら、それもまた非常に疲れることだ。一人のリンポチェは、傍らで物事を行わせ、たくさんの人を訓練しなければならない。ここには1300余りの人がいる。もし、みなリンポチェなら、それは大変だ。リンポチェは非常に大変な仕事なのだ。どんな仕事よりも大変だ。命をかけてみなと戯れるのだから。

今日修めた施身法は八大成就法の一つだ。いわゆる成就とは『この生でこの法を専修専弘すれば、必ず生死を離脱できる』ということだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学び始めたばかりの頃、仏門に皈依する一年前に菜食を始めた。訳も分からず肉食できなくなり、少しでも食べると吐いてしまうのだ。その頃、リンチェンドルジェ・リンポチェにはたくさんの飲み友達がおり、一度にブランデーのXOを一瓶飲んでしまえるほどだった。また海鮮が大好きで、海で釣り上げ船中で生かしていた魚か養殖魚かを見極められるほどだった。そのため、そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェに、自分がどれだけ魚に詳しいかなどと言わない方がよい。もし食べて分かるなら、それはそれで一人前と言えるだろう。けれども、普通は食べても分からない。豚肉の出処さえ分からず、しょっぱ過ぎ、甘過ぎとなるまで、調味料を食べている。リンチェンドルジェ・リンポチェは肉食していた頃、最後には因果は本当に恐ろしいと知った。そなた達は怖くないのだな。リンチェンドルジェ・リンポチェは見たのだ。それは、自分が食べてきた者達に復讐されるところではなく、自分が口腹の欲を満たすために衆生を殺害し、彼らを苦しめるところだ。

そなた達は自分は善を行わなければならないと言いながら、肉食をさえ断つことができない。それでどうやって行善するのだ?衆生は我々に傷つけられるために存在しているのではない。もっと恐ろしいことを言おう。経典によれば、我々は生生世世に必ず父母がいる。我々の世はこの一世だけでなく、十世だけでもなく、もしかしたら数百、数千、数万世あるかもしれないが、どの一世であったとしても必ず父母がいた、と言う。父母は我々と恩もあれば怨もある。そして、そなたに食べられた者は、もしかしたらそなたの父母、過去世の夫、妻かもしれない。非常に深く愛している時、相手を一口齧ってしまいたい、などと言うこともあるが、次の一生では魚に生まれ齧られてしまうだろう。試したことがあるだろう。一口齧っただけで、食べたくなくなるものがある。肉食を続けるが良い!別にいいではないか!生生世世の父母の肉を食べ、生生世世で借りを返し、いつまで経っても返し終わることはない。

仏法を軽んじてはならない。仏の仰せは絕対に衆生に利益でき、そなたを陥れる事など一つもない。『菜食はなかなか難しい』とは出家者には言っても良いが、リンチェンドルジェ・リンポチェに言ってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは世界各地を訪れたことがあるが、菜食を始めた後も、菜食に不便を感じたことはない。不便なのはそなたの心だ!そなた自身が自分を不便にしているのだ。そなたは餓死、栄養失調を恐れている!以前リンチェンドルジェ・リンポチェが中国へ行ったばかりの頃、当地では菜食者は少なく、たくさんのレストランではラードを使っていた。ではどうやって食事したのか?非常に簡単だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは回教徒の飲食店で食事した。そこでは豚肉を用いず、必ず菜食料理もあるからだ。そなた達は頭を使わないだけだ!どうして菜食できないのか?頭を使わず、肉食を続け、慈悲心がない。

旧暦の大晦日が近づくと、そなた達は『どうしたものか』と考える。『姑は食べろと言うし、どんなふうに断れば、家庭内で争いにならないだろうか?』と。昨日ある夫婦がリンチェンドルジェ・リンポチェに亡くなった娘の済度を求めに来た。昨日は叱責されなかったが、今日まとめて叱責された。リンチェンドルジェ・リンポチェが『必ず菜食しなければならない』と言うと、夫の方は承諾した。リンチェンドルジェ・リンポチェは頷き、妻の方に『菜食以外の料理を作ることもならない』と告げた。ところが妻の方は『無理です。姑に食べさせなければならないですから』と言うのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを罵る気にもならなかった。これこそ悪だ。姑に肉食の因を植え付け、姑を地獄に堕とそうとしている。息子もそれを止められない。仏菩薩に娘の済度を求めながら、他方では殺生し、親孝行の振りをしている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは母に叱られたとしても、母に肉食させたくない。リンチェンドルジェ・リンポチェの母が台湾に来て以来、リンチェンドルジェ・リンポチェは母に肉食させていない。母も最初は馴染めなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェは構わなかった。非常に簡単だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは母に孝行を尽くし、母が地獄に堕ちないようにした。母は在生時には不満かもしれないが、死んで地獄に堕ちるよりは良いだろう。そなた達は地獄に堕ちたって大変なことはないと思っているかもしれないが、非常に苦しいのだ!リンチェンドルジェ・リンポチェは今では、母が地獄に堕ちる因を断ったので、母は何度転んでも手術が不要だ。どうして、転んで手術しなければならない老人がたくさんいるのか?それは殺業を断っていないからだ。親孝行の振りをし、母はこれが好きだからと言い、観世音菩薩から休暇をもらい大晦日にだけ食べさせている。そなたは観世音菩薩のために働いている訳でもないのに、なんの休暇だ?ただ食べたいだけではないのか!

昨日その信衆は通常食を作って姑に食べさせると言ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェはもう来ないように言ったのだ。別のところなら、これによって彼女のために種を播くことができると考えて、通い続けさせるだろう。けれどもこれでは、悪の種を播いてしまい、仏法においては守るべきはないと思わせてしまう。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を待つ。彼女は昨日叱責されたので、どの一世かでリンチェンドルジェ・リンポチェは必ず彼女に会うが、リンチェンドルジェ・リンポチェの願力は『衆生が成仏しないなら、我も成仏せず』だからだ。よってリンチェンドルジェ・リンポチェは非常に苦しいのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分は地藏菩薩の兄弟だとまでは言わない。けれども、少なくとも地藏菩薩のfollower(従う者)ではある。地藏菩薩の歩みに従い物事を行っているのだ。

よって、気まぐれで法門を修めてはならない。大変な法門を修めてしまえば非常に苦しいのだ。けれども、楽な法門などないこと、楽に暮らさせてくれる菩薩などおられないことをリンチェンドルジェ・リンポチェは発見した。よってそなた達はやはりリンチェンドルジェ・リンポチェに頼るが良い!

今日済度させる人はこんなにも多い。巷で行われているように、名前一個につき1000元を徴収するなら、どれほどの收入になるだろうか。料金を徴収しないことによる悪い点は、このリストがどんどん厚くなることだ。みなしっかりと懺悔心を起こさなければならない。経典には『人には三種ある。一種目はこの一世に生まれたが、悪業を為したことがない者。二種目は、累世の習性が行悪なのでこの一世に生まれたが、懺悔を知ることで未来では聖人になれる者。三種目は、過ちを犯し、悪事を為しても懺悔せず、つまり全く懺悔しない者だ』とある。けれども、最もやっかいな者はリンチェンドルジェ・リンポチェに『リンポチェ、私が今良くないのは、過去世で何か過ちを犯したからでしょうか?』と聞いてくる者だ。このような者こそ懺悔できない者だ。

そなた達のこの一生は母の胎内にいる時から肉食を始めている。これでも過ちを犯していないと言うのか?幼い頃は子供同士で物を取り合い喧嘩をし、これでも過ちを犯していないと言うのか?物事が理解できるようになると、なんとかして父母や教師を騙そうとする。これでも過ちを犯していないと言うのか?社会へ出てからは、あらゆる方法を用いて他人の金を奪い、騙し取ろうとする。これでも過ちを犯していないと言うのか?この一生での過ちでも十分だと言うのに、過去世のことまで持ち出すのか?この一生での過ちさえ認めないのに、自分は懺悔心があると言うのか?さらに過去世まで推測するだと?このようにリンチェンドルジェ・リンポチェに言う者を、リンチェンドルジェ・リンポチェは放っておく。なぜなら懺悔心がないからだ。

二種目の者は『そうしたくはないのですが、こうこうこうなのでこうしたのです』としばしば言う。これも懺悔心がない証だ。リンチェンドルジェ・リンポチェが高校を卒業したばかりの頃、父親が亡くなった。そのためリンチェンドルジェ・リンポチェはこの一生で過ちの中から自分を省み、学んで来た。自分は進歩したとまでは言えないが、以前思い上がっていたたくさんの事を止めた。これは必ず仏法の薰陶が必要なのだ。学仏することで、不便が増えるだろうか?不便かどうかは、そなた自身の心によるのだ。別の宗教を信奉する多くの人が、自分はその宗教の信徒だと言い出すことができない。どうして学仏人は暗いところに隠れて、他人に自分は学仏していると言うのか?人に会わす顔がないのか?学仏はそんなにもひどいことなのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは学仏すればするほど見目がよくなっている。どうして隠れて他人に教えなければならないのだ?そんなおかしいことはない!今日は叱責しない。時間が十分でないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが時間が足りないと思うのではない。衆生が待っているのだ」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝なる直貢噶舉施身法の修法を始められ、修法の円満後に続けて開示をくだされた。

施身法が完了した。一年は非常に速く過ぎていく。自分の思維の方法、方式が同じだと感じるなら、それは自分は行為の面で進歩改善していないということだ。進歩改善とは金を多めに儲けることでもより健康になることでもない。是非因果に対する理解を少し深めたということだ。人生に対する定義は財や富、名誉などではない。この一生での財や富、名誉は自分で手に入れた物だと思っている人が多いが、実は過去世で修めた結果なのだ。また、たくさんの人があらゆる方法を用いて財や富、名誉を手に入れようとするが、最後には何もかも無くしてしまう。中国ではたくさんの官僚が一切の方法を用いて金儲けし、名誉と官位等を手に入れようとしているが、今になってみれば、空っぽだ。空っぽになるくらいなら、まだどうということはない。非常に重い因果を背負うことになるのだ。

人生はあっという間に終わってしまう。運が良ければ80、90歲まで生き、運が悪ければ十数歲しか生きられない。リンチェンドルジェ・リンポチェは1、2歲でガンで死ぬ子供を見たことがある。我々がこの一生に生まれたのは、ただ四つの事のためだけだ。借金を完済するか借金を取り立てるか、恩返しか仇打ちかだ。借金取り立てと仇打ちでなく、借金完済と恩返しなら良いが、消極的な態度で見ずに、すべては借金完済と恩返しだと考えなければならない。考えはこうではない。我々がこの一生で出会う人、事、物は、過去世とは限らず、この一世とも限らず、すべて非常に複雑な因縁があるのだ。良い縁だとしても、そなたが善の考えでこの縁を育てないなら、最後には悪縁になってしまう。反対に悪縁だとしても、善の考えで育てるなら、将来善縁に変わるだろう。

ここでいう将来とはこの一世とは限らず、未来世か、何世も後かもしれない。けれども、因果因縁は複雑だ。1+1=2でなく、1+1=10かもしれないし、20になることがあるかもしれない。なぜなら途中にたくさんの変化の過程があるからだ。仏法では一切は空性だと言う。空とは何もない、ということではなく、一切の事物人は因縁により生まれ、因縁により消えるということで、もともとあるものではなく、自然に生まれるものではなく、或いはある過ち或いは正しい事が自然に生まれる訳でもない。すべては非常に複雑な因縁を経て生まれるものなのだ。生まれた後はずっと変化しない訳ではなく、いつ良くなるか、或いは悪くなるかは、そなた自身の福報と関係があるのだ。出世法であろうと世間法であろうと、良い因縁が出現すれば、警戒を強めなければならない。自分を少しでも甘やかせばすぐに悪を為し、すぐに思い上がってしまうだろう。中国儒家の思想によれば、真に素養教養のある人は、思い上がっていると他人に思われないものだ。

もちろん、昔も非常に傲慢な人はいた。自らの文才を大変に鼻にかけていた。けれども、彼は知らなかった。この一生で得た文才は、過去世で仏号と経典を学んだことによるのだということを。そのおかげで、この一生でこの果を得ることができたのであって、この一世で生まれながらにして他人より賢いというのではないのだ。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの一生で審美眼を持っている。過去世で仏像と上師のご容貌にしばしば敬意を払い賛嘆していたので、この一世でこうなったのは極く自然なことなのだ。これは訓練は不要で、学ぶ必要もない。このような事を肌で感じられるようになれば、力のかぎり己のすべき事(分内)を行えるようになる。いわゆる『分内』とは、夫であるなら良き夫としての責任、妻であるなら良き妻としての責任である。合わないなら離婚すれば良いが、喧嘩してはならない。仏法は離婚を禁じてはいないが、他の宗教では離婚を禁じている。仏は離婚に賛成でもない。このようには仰せでない。そなたが言っているのだ。

けれども、結婚するかどうか、離婚するかどうかはそなたが自分で決定するのだ。よってリンチェンドルジェ・リンポチェに聞かず、仏菩薩にも聞いてはならない。『離婚しても良いでしょうか』と聞きに来る人が多い。リンチェンドルジェ・リンポチェは『それはリンチェンドルジェ・リンポチェには関係ない』と答える。なぜなら結婚する時にリンチェンドルジェ・リンポチェに聞きに来ていないからだ。どうして今になってリンチェンドルジェ・リンポチェが彼の問題を解決しなければならないのか?問題は自分が作り出したものなのだ。嫁に行った娘が実家に戻ってきて泣いて騒いでいる。自分がしっかり見定めていなかったのだから、自分で処理すべきではないか!

人生は非常に複雑だ。自分の選択には自分で責任を負わなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの一生で少し他人と違うところがある。どんな事でもすべて自ら向き合い処理してきた。自分が行ったことなのだから、自分で向き合わなければならないからだ。なんでもかんでも実家に駆け込んで訴える。家族に自分の苦しみを打ち明けてはならない、という事ではない。家族であるのだから、自分の事で家族が苦しみ続けるのは望まないだろう。夫や妻も、配偶者に問題が起きたからと言って心配する必要はない。心配したところでどうなるのだ?自分で選んだ人ではないか。自分の福報が十分なら、問題を起こす人を選ぶはずがない。心配することはないのだ。自ら責任を負い、向き合い、認め、受け入れれば良いのだ。誰でもいつかはこの一生を終える。人はどのように死ぬかを皆知らない。借りがあれば、必ず死ぬという訳ではなく、金持ちでも突然死んでしまうこともある。無名の人は非常に長生きするかもしれない。有名な人でも早死にするかもしれない。因果の法則の中で日々を過ごしているのだ。

種々の煩悩はすべて身から出た錆なのだ。煩悩は身から出た錆だとわかっているなら、この煩悩に向き合い、受け入れなければならない。密宗修法は煩悩からの逃避ではなく、煩悩を修行の道具として用いる。誰しも必ず煩悩を抱えていると分かっているなら、己の清浄な本性を、どうすれば煩悩にかき乱されないようにできるかを学ばなければならない。煩悩も空性である。行ったり来たりするもので、一定ではなく変化するものなのだ。けれども、人はみな非常に急いでいる。特にこの末法時代は、みな発達したITを用いており、すぐにインターネットにつながり、すぐに見ることができる。そのため、人はみなますます焦っており、問題をすぐに解決することを望んでいる。けれども、すぐにというのは不可能で、必ず時間が必要だ。一食分の準備をするにも時間がかかるではないか。幼い頃から学び大学を卒業するまで10〜20年かかるのだ。犯した過ちだけが、どうして1〜2日や1〜2ヶ月や1〜2年で解決するだろうか?ありえない。よって忍耐が必要なのだ。福報が訪れたなら、すべての事が自然に動き出す。福報が訪れる前は、無理に考えようとしても、それは新たな苦しみの始まりだ。

拝仏すれば苦しみが消え、良い事が現れると考えているなら、それは誤りだ。この一生でどれだけの良き事を為したのか?この一生で拝仏する機会に恵まれたのは、過去世にこの善根があったからだ。そのおかげで、この一世でその根が芽を出し、機会をくれたのだ。けれども、一本の樹が成長するには、少し水をやれば突然大樹に成長する訳ではない。そんな神話のようなことがあろうか。そんなものはすべてデタラメだ。必ず時間が必要なのだ。そなたが忍耐強いなら、生生世世の事もこの一生で必ず解決できる。そなたが三寶を信じ、三寶を敬いさえすれば、必ず為し遂げることができる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは過去世にたくさんの事情を抱えていたので、この一生で一つ一つ返している。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度も心配したことがない。成功しても失敗しても良い。道場があるとか弟子がいるとか、どうして心配しないのか?なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の福報が十分ならそうなるし、福報を使い切ってしまえばなくなってしまうと考えているからだ。今日は旧暦12月の最後の施身法であり、そなた達はこの法会に参加した。この一生で二度と殺生、肉食しないなら、地獄に堕ちる機会はないだろう。けれども殺生、肉食を続けるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはどうなるかは知らない。今日リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に非常に善な因縁を植え付け、また非常に厚い福報を植え付けた。この福報は楽な暮らしをするために用いるのではなく、過ちを犯す果報を変えるために用いるのでもない。新しい生を生きるために用いるのだ。

過去に犯した過ちは過ちだ。受け入れればそれで良い。仏法は我々に新しい生、新しい始まりをくださる。けれども、新しい始まりと新しい生の前には、当然過去すべての結果に向き合わなければならない。結果が現れても、新しい生が始まっているので、この結果により新しい生が始められないということはない。よってそなたは救われるのだ。救われれば、すぐに良くなるというものではない。例えば、そなたが溺れたとする。救い出されてすぐに気分が良くなるだろうか?当然そうはいかない。そなた達はみな欲望の水の中に沈んでいる者だ。救い出されても、すぐに気分が良くなったりはしない。少なくとも水を吐き出さなければならない。水を吐き出した後には暖かい衣服を着せて暖め、病院で数日療養するだろう。よく考えてみよ。数十年にわたりこんなにも多くの過ちを犯したのだ。救い出せば、すぐに善人に変わるなどあり得るだろうか?けれども、新しい生の始まりを与え、取り戻し、再び歩き出す機会を与えることはできるのだ。

再び歩き出す機会さえあれば、この一生で生死を解脱する機会もある。よって過去に過ちを犯しても、向き合うのだ。それを恐れ、心配してはならない。どんなに深刻であろうと、この一生の命を失うだけだ。別に良いではないか。命を用いて累世の債務を返すのだ。既に今日の法会に参加したのであるから、リンチェンドルジェ・リンポチェは保証する。そなたが再び悪を為さないなら、絕対に地獄に堕ちることはない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を騙すことはできない。法座上では人を騙すことはできないからだ。法座を降りても騙すことができないのに、法座上でどうして騙すことができようか?つまり、そなたがこれ以上悪を続けず、三寶に対して絕対的な信心を持つなら、一切はゆっくりと解決されるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが良い例だ。何も食べられないほど貧乏だったが、かつて心配したことはなかった。当時リンチェンドルジェ・リンポチェは昼食を終えた後、午後はどこで食べられるか検討もつかなかったが、物乞いにならなかった。けれどもリンチェンドルジェ・リンポチェが食事する金もないとは、誰も信じなかった。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは荘厳な様子をしていたからだ。以前買って残していた衣服が良いものだったので、リンチェンドルジェ・リンポチェが金に窮しているとは誰も信じなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは他人とは違う。他人は調子が悪い時には落ち込み頭を垂れる。リンチェンドルジェ・リンポチェはそうせずに、胸を張って堂々としていたが、それは殴られても良いということではなく、この気が非常に重要だからだ。そなたが今日調子が悪いのは、自分の良い気を使い果たしてしまっているからだ。さらに、腰を曲げて背中を丸めていれば、どうして気の不順が良くなるだろうか?よって胸を張らなければならない。けれども、自分の調子が良い時には、低姿勢でいなければならない。自分がついている時にも他人を蔑まず、落ち着かなければならない。反対なのだ。この中庸の道こそ、そなた達の悪を減らすことができる。

自分は今日法会に参加したのだから、学仏したことですべてが好転し、かつてのすべても何も問題がなくなってしまう、などと思ってはならない。この考え方は根本的に間違っている。教派の祖師 ジッテン・サムゴンでさえ、祖師になられる前にはハンセン病を患っておられた。ジッテンサムゴンは前の一世でもやはり維摩詰居士であられたのに、どうしてハンセン病を罹患されたのか?それは生生世世の事情をこの一生で返さなければならないからだ。今日そなたが他人の金を取り戻そうと、他人がそなたの金を取り戻そうと、それはすべてそなたの業だ。良い夫に嫁いだかどうか、良い妻を娶ったかどうかもそなたの運命だ。誰も恨むことはできない。縁に従い生まれ縁に従い滅するのだ。相手を恨んではならない。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェがみなに与えた開示は、どんな衆生に対しても有用であることを願う。そなた達がこの道場に再び来るかは重要ではない。最も重要なのは、そなた自身が改める決心を下すかどうかだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば開示する。自分を変えることは、宇宙全体で最も困難なプロジェクトだ。自分を変えるより難しいことはない。なぜなら我々は自分がよく見えないからだ。毎朝起きた時、鏡を見なければ、自分が夜寝ている間に口の両側によだれを垂らしていたなどとも分からないではないか。鏡を見なければ、自分の髮が乱れている等とも分からない。誰が自分の様子を見ることができるだろうか?必ず鏡を見なければならない。これは、我々は自分が見えないということを示している。

我々が現在学仏するのは、仏法を用いて自分をチェックするためだ。よって学仏は最も良いものだ。なぜなら、どんな科目を学ぶとしても、自分のすべての物を開いてみなに見せるからだ。学仏では、上師はそなたの最良の友人だと言う。上師のところへ来て、そこで止まり、他人には話さない。リンチェンドルジェ・リンポチェはどれだけの人の秘密を知っていることか!リンチェンドルジェ・リンポチェが言ったとしても、そなた達は全く聞いていない。言ったとしても、絕対に匿名だが。そのため、経典では、上師はそなた達の最良の友人だと言うのだ。自分に問うてみよ。秘密を上師に打ち明けることができるか?リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の秘密を知りたくないが、実は秘密というほどのものでもないのだ。なぜなら人生は貪嗔痴の範囲内なのだから。この範囲がないなら、どこに秘密があるのか?

学仏には良い点がある。それは仏法を通して己を検查、チェックできることだ。每秒検查することができるが、学費を納める必要はない。どんなクラスに通おうと、スピーチを聞きに行こうと、必ず金が要る。仏法が一番安上がりだ。今日リンチェンドルジェ・リンポチェは少し長く開示した。そなた達がまた道を誤るのを恐れるからだ。また後で何か言い出すかもしれない。自分の母親はしっかり見ていなかったので、頭頂に穴は開いたが貫通していなかったなどと。この話は非常に興味深い。リンチェンドルジェ・リンポチェは弘法を始めて20数年になるが、初めて遭遇した。

法会は圓満に終了し、弟子達は声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法と開示に感謝申し上げ、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを恭しくお見送りした。

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2015 年 07 月 10 日 更新