尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2015年1月11日

法会の開始に先立ち、先ず一人の出家弟子が1月4日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが屏東において修法なさった殊勝について語った。

「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが20万本の木のために屏東で修法なさると知った時、私は非常に感動した。以前顕教に皈依していた時は大悲咒を念じていただけだったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは二つの大法—地藏菩薩の密法と火供を修法なさる。このすべては尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲大願力『衆生が苦しみを離れることを願う』に他ならない。

1月4日私と兄弟子は左営に午前8時に到着した。左営から目的地までは車で約1時間半だが、その内の1時間余りはデコボコの山道で、産業道路さえなく、道の両側だけでなく、道の中心にも雑草が蔓延っているような有様だった。私は車の中で冗談で『良かった。お腹いっぱい食べておいて。そうでなければ、すっからかんに吐いていたでしょう』と言っていた。そこは本当に深山中の深山だった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2014年12月28日、日本で地藏菩薩祈福法会を主法なさり、続いて1月3日台北で信衆と弟子達のために長寿仏法会をお修めくださり、さらに1月4日に屏東の深山で修法くださったのだ。もし、大悲願力でないなら、このようなハードスケジュールに耐えられるだろうか?これは凡夫の心で理解できるものではないのだ。

11時過ぎ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは目的地に到着なされたが、子犬までが出て来て歓迎していた。ニュージーランドで牛の群が列を成し尊きリンチェンドルジェ・リンポチェをお迎え申し上げる盛況を、私は見ていないが、ここで犬がお出迎え申し上げる様を目にすることができた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは水さえも口になさらず、法衣に着替えすぐに壇城をご覧になり、地藏密法をお修めになった。その後ようやく簡単に食事をお取りになったが、食事の後にはすぐに火供をお修めになった。

午後3時を過ぎると山は天候が変わるので、地主はそれを案じ、暖を取るための品をたくさん用意していたが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは3時前に火供を終えられた。通常顕教では、法師は修法前に必ず休息をとり食事し、また盛大な設えで迎えられ法座に着く。けれども、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは有形無形の衆生に利益するため、すべての形式を省かれたのだ。ご自分が食事するもしないもお構いなしで、召し上がるものも暖かくもない簡単なもの。それでいて、弟子達が食事をとったかどうかを気にかけてくださる。実は、弟子達は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェより先にとっくに食事を済ませていたのだ。

その日修法を終えた後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『今日修めた法会はこの土地にいるすべての有情に利益することができる。浄土へ行ける者もおり、善道へ行ける者もいる。小さな昆虫であっても利益を得ることができるのだ』と弟子に開示くださった。私は心から感動した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは続いて『前方の窪みでは多くの人が死んでいる』と地主に仰せになったが、地主は全く知らなかった。ただ非常に驚いて『不思議なことだ。3日前までは台風のような天気だったのに、今日は太陽が輝いている』と言っていた。

翌日、私は母に『こんなにも多くの衆生を離苦させてくださるなんて』と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力について話すと、母は『子供の頃聞いたことがある。日本統治時代には、人々を集団で山に連れて行き窪みに埋めて殺していたらしい』と言った。この時私は全身に鳥肌が立った。もし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがおいでにならなければ、窪みに埋められたこれら衆生は、何万年経っても済度できなかったのだ。後に、インターネットで調べたところ、それら衆生は正に日本統治時代に発生した牡丹社事件に関連した人々だった。

法会の終了後、求法者は供養金を供養申し上げたが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは淡々と『そなたは私の弟子ではない。そなたの供養は受け取らぬ』と仰せになったので、求法者は非常に感動し、『台北へ行って皈依したい』と何度も言っていた。これより前、求法者は何の供養もしておらず、ただ『閉関センターを作る土地を供養したい』と言っていたが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは婉曲に断っておいでだった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはこの法会を修めるに当たって、一切の衆生に利益するためだけに、すべての費用をご自分で負担なさったのだ。

その日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが身につけておられたのは尊勝なる直貢チェツァン法王から賜った骨飾法衣で、頭から腰、裙、さらには上腕、手まで、すべてに骨飾があり、非常に荘厳であったが極めて重い物だった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはそれに加えて法器と火供の供物すべてを持たなければならないのに、ご自身のご苦労は全く厭わられないのだ。その日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは非常に素早く修法なさったが、それでも供物を捧げる回数は700回余りになった。みなよく考えて欲しい。ペットボトルを700回振るだけでも、どんなに大変なことか。

食事の際、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『顕教の法会でも法師が深山で修法することがあるか?』と尋ねられたので、私たちは『ありえません。顕教では法師は信衆を寺に集めて修法します。こんなに大変な道のりを深山へ赴いて行うことはありません』とお答え申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは嘆息し『それでは彼らは福報を修める機会を失ってしまう』と仰せになった。私は『深山中には仏法を必要とする衆生がこんなにも多いのだから、与えることができる利益は寺院で修法する場合とは比べものにならないのではないか?』と感じた。法師が食衣住の不自由を恐れ、必要な物資や費用が膨らむことを恐れ、無形の衆生が多くなれば修法者の疲労も嵩むことを恐れるなら、報酬が得られないという状況において、こんなにも人里離れた山中で修法しようなどと考える人はいないだろう。これが、100年余り前の魂が今になるまで誰にも済度されていなかった理由なのだろう。ところがそれが今になって、一人の中国人が屏東から台北へと遥々具徳の大修行者の修法を求めたのだ。私はこれはこれら衆生が自ら求めたのに違いないと考えている。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはさらに地主に『この日修めた顕教と密教の火供で残った灰はいろいろな用途に用いることができる。畑に撒けば農薬が要らなくなり、衆生を大幅に減らすことができる。家の梁に塗れば、無形の衆生がちょっかいを出しに来ることはなくなる。けれども、その際には正しい心、慈悲の心を用いなければならない。追い払うというような心を持たないようにしなければ、効果はない』と開示なさった。

最後に、私はみなに考えてもらいたい。火供で残った灰は無情のものだが、一切の有情に利益することができるのだ。我々は靈知を有する有情衆であり、大菩薩に出会え、その大菩薩はこの人の世で仏陀の正法を説いてくださる。これ以上の幸福があろうか?この福報をしっかり掴み努力しないなど、どうして許されようか?」と述べた。

続いて、北京から来た弟子が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自分にお与えくださった救いについて語った。彼は、自分の経験をみなと分け合う機会を賜ったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェとアキ護法に感謝した。そして「昨年7月尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを存じ上げたばかりの頃は、私の尊きリンチェンドルジェ・リンポチェについての考えは『ハンサムで学識が非常に高い人』という程度だった。リンチェンドルジェ・リンポチェが話されることは、どれも経験があるとは思ったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェを上師、或いは在世の活仏、リンポチェとは思わなかった。なぜなら私はこれら一切を信じなかったからだ。

私は幼い頃から拝仏し、しかも非常に熱心に信仏し、寺、仏があれば必ず拝んでいた。けれども、本当に仏とはなんであるかを知らなかった。私は、誰の心の中でであっても、仏は我々から非常に遠く、数千年、数万年以前の存在で、現代人の拝仏は心の拠り所としてか、幸福を祈願するだけだと考えていた。そのため、ある人から『尊きリンチェンドルジェ・リンポチェこそ本当に活仏、リンポチェであらせられる』と聞かされても、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せを聞き入れるのは非常に難しかった。私が見たところ、人、特に成人は、人の話を聞かない。大学を出て社会に出ているのに、どうしてまた新たな導師に従うことができようか?何を持って我々にこれらを与えようというのか?

私は昨年10月12日台北寶吉祥仏法中心で皈依した。皈依後の2ヶ月余りの間、私は自分自身に大きな変化が起きていると感じていた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは2ヶ月余りの内に、私の全人生、私の心を変えてしまわれたのだ。そして私に人として生きる本当に意義を理解させてくださった。そのため、私はリンチェンドルジェ・リンポチェのお言葉を受け入れたいと心から願うようになったのだ。

ここ最近、私はほとんど每週金曜日台湾へ来て、月曜日の最も早い便で帰国している。なぜなら私はリンチェンドルジェ・リンポチェの私に対するお言葉の一言一言を聞きたいと願っているからだ。最初はリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せはすべて経験談だと思っていたが、全くそうではないということに後に気づいた。リンチェンドルジェ・リンポチェすべての仰せはすべて自分の身の回りで起きていたことであり、すべて真実だったのだ。

私は以前他のリンポチェに拝謁したことがあり、また非常に有名なリンポチェに皈依したこともある。自分は娛楽業に従事している。そのため当時は、たくさんの有名芸能人が皈依しているリンポチェに皈依していた。友人とそのリンポチェの法会に参加した時、道場は勝手にいつでも出入りできたため、私は20分参加しただけですぐに出てきてしまった。何を言っているのか分からなかったし、他の参加者も跪いて祈福しているだけだったからだ。そのリンポチェはみなに法本を渡さず、読経を教えることもなく、何らかの道理を説くようなこともなく僧侶とチベット人とそのリンポチェが一緒に法本を念じているだけなのだ。なぜ在家衆に法本を渡さないのか、私には分からない。

その時私はひどく退屈を感じた。しかも道場内はとても落ち着きがなく、人は出たり入ったりしており、いろいろな人がいた。私は20分ですぐに出てしまった。けれども、寶吉祥仏法中心に来て、初めて秩序とはなんであるかが分かったし、また仏に対する尊敬とはこうあるべきなのだと知った。昨年私は日本の道場で法会に参加したが、その際リンチェンドルジェ・リンポチェは一日中『地藏経』を開示くださった。私は非常にありがたいと感じた。

私は香港でこのように過ごしてきた。香港には非常に有名な風水師がいた。ただの風水師であり、果位はない。この風水師はとても金持ちで、每年春節期間には、大嶼山の自分の道場で法会に似たイベントを開催していた。每年みなのために経を講じていたが、私も当時はこのようなな会に申し込んでいた。毎回5〜7日間あったようだが、毎日一日中経を講じ、一人6万人民元を徴収していた。しかも、たくさんの人が順番をついてその人から学んでいた。けれども、今回私は日本の道場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは誰からもお金を徴収しなかったばかりか、供養さえもお受け取りにならなかった。これはとても意外だった。しかもリンチェンドルジェ・リンポチェは一日中開示なさり、またみなを率いて読経なさるのだ。

私は来ると毎回兄弟子達に『台湾の人はほんとうに幸せですね』と申し上げている。私の今の最大の願いは、リンチェンドルジェ・リンポチェに北京へ来ていただくことだ。私はずっと願っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが行けるよう。なぜなら北京の信衆は非常に多いからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが北京でみなに開示できることを願っている。私がリンチェンドルジェ・リンポチェをお選び申し上げた理由はただ一つだけだ。私は仏法が全く分からないが、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の人生における素晴らしい導師だと感じている。リンチェンドルジェ・リンポチェは分かりやすい言葉で仏法を開示くださる。難解なものはないのだ。

私は少なくとも内心では完全に受け入れている。昨年人生の難関にぶつかった時、リンチェンドルジェ・リンポチェは命を救ってくださった。昨年11月、会社では重大な人事の変動があり、私は最も信頼していた人に裏切られてしまった。さらに、恋愛においても大きな変化があった。あまりにも激甚な事態が起きたので、たった一人でニュージーランドへ行き静かに隠れていようと思った。誰もそばにいないところで、たった一人でいたかったのだ。ニュージーランドへ向かう機中、最悪の事態を想定したりした。ニュージーランドにいる間に何かの調整がうまくいかないなら、本当に帰ってきたくないと思っていた。あらゆる最悪の事態を想定していた。なぜなら、私にとって、利はどうでもよく、情だけにこだわっていたからだ。しかも、私を傷つけたその人は、私にとっては両親以上に親しい存在で、ビジネスにおいては最高のパートナーだったのだ。

その時、私はリンチェンドルジェ・リンポチェに自分の状況をお伝え申し上げなかった。たくさんの友人に諌められたが、私はみなの言葉を聞き入れることができなかった。けれども、心はずっしりと重いままだった。搭乗の直前『日曜日台北の施身法会に参加できますか?』と兄弟子から突然の電話を受けた。普段はリンチェンドルジェ・リンポチェが施身法法会があると仰せになり、特に電話連絡を受けたりすれば、私は必ず飛んで行っていた。けれどもその時は『行けません!私は今空港にいて、ニュージーランドへ行くための搭乗券を既に手にしているのです』と答えた。

その後私は搭乗したが、上空で夜中の2時半頃、寝ていたところ、リンチェンドルジェ・リンポチェと虹が突然目の前に現れた。これは夢ではない。ほんとうに起きたことなのだ。 『リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法は凄過ぎる。しかも離れていてもポワ法を修められるのだ』と聞いたことがあった。けれども私は、そんなことがあるとは思わず、これらは伝説だとしか思っていなかった。そして『自分とはあまりにも縁遠い。どうしてそんなことができようか?』と考え、心の中では疑っていた。それが、本当に自分の身の上に起きたのだ。

その時は夜中の2時半だったが、非常にはっきりした虹が眼前に現れたのだ。私はその時『飛行機に乗っているよね?これは夢?どうして虹が現れるの?』と思った。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェが立体的なお姿で面前に現れられた。『これは本当なのか?』と思った瞬間、自分がどこにいるかすっかり忘れてしまい、もがきながら目覚めようとしたが、どうしても目覚めることができなかった。すると、リンチェンドルジェ・リンポチェは私の面前で真言を唱える事を始められ、私は高速で回り始めた。そのスピードはとんでもないほどの速さだった。けれども、私は少しも怖くなかった。それどころか、その力を心から望んで受け入れていた。

私はかつて『死に臨む際、多くの冤親債主がそなたを連れに来るが、みないっしょに行きたがらず、上師に従いたがる』とのリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞いたことがあるが、その時は理解できなかった。私が最も愛しく思っていたのは祖母だったが、祖母は既に亡くなっていたからだ。けれど、もし祖母が突然目の前に現れ、そしてリンポチェもおいでなら、私はきっと祖母に付いていくだろうとも思った。ほんとうに祖母を愛していたため、これは起こり得る事だと思ったし、憂慮していた事でもあった。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェが突然眼前に現れられたその刹那、私は本当に『すべてを捨ててしまおう』と思ったのだ。ただ『リンチェンドルジェ・リンポチェに従いたい』とだけ思い、『リンチェンドルジェ・リンポチェに回転速度をもっと加速してもらいたい』とさえ願った。

回転中、私の脳裏をよぎったのは仕事でやり遂げていない事ばかりだった。さらに一分ほど回転した後ついに止まったので、私は目を開け目覚めたが、またすぐに気を失ってしまった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェの二つ目の光が出現した。と同時に真言を唱える事も始まり、両耳は真言を唱える音声でいっぱいになった。リンチェンドルジェ・リンポチェは私を回転させ続け、しかもその速度は先ほどの10倍、20倍ほども速かった。あまりのスピードに私は思わず『私に力をお与えください。私に力をお与えください。私に力をお与えください!』と叫んだ。客室内の乗客はみな寝ていたが、私は大声で『私に力をお与えください!』と叫んでいたのだ。その時、客室乗務員がやって来て『What’s the matter?』と訊ねたので、私は目覚めた。普通に夢を見ているだけなら汗などかかないが、私は目覚めた時には全身に汗をかいており、鼻炎で詰まっていた鼻もすっきり通っていたほどだった。

私は座り直し、客室乗務員に『なんでもありません』と言い、泣き始めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは私に懺悔の心をくださったのだ。しかもリンチェンドルジェ・リンポチェはその時私に力をくださったと私は信じている。それは私自身が経験した事より重要だ。だからこそその時『日々起きる事はどれも小さな事だ』と感じ、また、人として生きる真の意義がどこにあるのかを私は知ることができたのだ。そのお陰で、飛行機を降りた後、私は楽しくニュージーランドの旅を始めることができた。くつろいで、思いっきり楽しむことができたのだ。

さらに不思議なことは続いた。私は心臓が特に強いわけではないので、ニュージーランドから兄弟子に聞いてみた。私はニュージーランドで最も刺激的なアトラクション—バンジージャンプに挑戦してみたいと思っていた。このような事を経験した後には、リラックスしたいと思ったからだ。みなに諌められたが、『リンチェンドルジェ・リンポチェにうかがってもらえませんか?バンジージャンプに挑戦しても大丈夫かどうか』と言うと、兄弟子は『リンチェンドルジェ・リンポチェは勝手にしろ、と仰った』と答えてくださったので、私はこれを黙認と受け取り、挑戦しても大丈夫なのではないかと思った。私は『リンチェンドルジェ・リンポチェがついていてくださるのだから、死ぬことはない。大丈夫だ』と考えたので、挑戦することにした。

私と友人は車で2時間かけてバンジージャンプサイトへ向かったが、到着後間もなく霧が出て雨が降り始めたので、インストラクターに2時間待つよう言われた。バンジージャンプはニュージーランドでは伝統的な観光アトラクションであり、その辺りでは雨は2時間も降れば止むと言うことだった。私と友人は周辺をブラブラしていたが、しばらくすると『さらに2時間待てば正午頃には大丈夫だ』と言われた。ところが、正午になろうという頃また霧が出てきて、午後一時過ぎには大変な大雨となった。そのため3時頃、彼らは『今日はもうダメだ』と言って、酒やドリンクを配り皆で乾杯した。そして『ここ4、5ヶ月こんなことはなかった』と言っていたが、私のためにこんなにも幸運なことに当たってしまったのだ。私は二日後に帰国することになっていたので、結局バンジージャンプを経験することはできなかった。

このような事は他にもたくさんあり、リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も私を救ってくださった。いつかまた時間を頂戴して私の経験をみなに話したいと思う。私は今は『よく言いつけを守るリンチェンドルジェ・リンポチェのお言葉を完全に聞き入れる弟子になりたい』とだけ考えている。なぜなら人生において、特に成人が優れた導師に巡り合うのは容易ではないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏とはなんであるかを教えてくださり、仏はすぐそばにおいでになると分からせてくださった。リンチェンドルジェ・リンポチェがお側にいてくださるだけで、仏は我々の側においでくださるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に大変だ。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子に対して常に与えるばかりで、一切の報いを求められないことをこの上もなくもったいなく思う。これは本当に有難いことなのだから、道場の仲間達はみなこの機会を大切にし、積極的に努力し、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られないようにして欲しい」と述べた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、緑ターラー法会を自ら主持くださり、参会者に貴重な仏法の開示をくだされた。

「今日は緑ターラー四曼達供養儀軌を修める。経典には記載がある。観世音菩薩は虛空法界中のたくさんの衆生が苦海を離れていないのを目にして悲しまれ、淚を二粒こぼされた。一粒は白ターラーとなり、もう一粒は緑ターラーに変わった。顕教には緑ターラーという本尊はない。緑ターラーは基本的には学仏修行を行いたいという人の世間の種々の障礙を解決してくださる。そのため、法本には『緑ターラーを修めるには、必ず斎戒沐浴し肉と酒を断ち、しかも出離輪迴の心を起こさなければならない』とある。よって、ただ加護やあれこれ求めるだけで、出離輪迴の心がないなら、いくらかの人天福報が得られるだけである。さらに、菩提心を起こす必要もある。短い言葉で、そなた達に菩提心をしっかりと理解させることは非常に難しい。菩提心で最も重要なのは、自己のためではなく、一切の衆生を代表することである。

リンチェンドルジェ・リンポチェが以前顕教を学んでいた時、顕教の寺では每年初九に『金光明経』を念じていた。その頃リンチェンドルジェ・リンポチェは副功徳主で、正功徳主はある政府機関の首長の夫人だったが、たまに参加する程度だった。その頃は師父が焼香した後すべての功徳主が焼香していたが、順番が回ってくるまでの間、リンチェンドルジェ・リンポチェには突然『今日修めるすべてを諸仏菩薩に供養申し上げ、衆生に廻向しよう』という考えが浮かんだ。それまで誰もリンチェンドルジェ・リンポチェにこのような事を教えてくれなかったが、この考えは自然に出現した。続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは焼香した。

「天公を拝する」は寺の外で行う。天公とは玉皇大帝だ。焼香が終わると、その日はある比丘尼が壇城の後方でみなを撮影し、その写真を見せてくれた。その比丘尼は続けて撮影し、リンチェンドルジェ・リンポチェが信衆の中に立っているところから出てきて焼香するまで合計4枚の写真があった。ところが、その写真には不思議な現象が現れていた。壇城の仏像の中央に白い影があり、それが手を伸ばしてリンチェンドルジェ・リンポチェの心に触れているようなのだ。続けて撮った4枚の写真はどれもそのように写っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェはその時写真を師父に見せたところ、師父は『他人に見せてはならない』と仰ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは言いつけを守り片付けてしまったが、今になっても、どうして他人に見せてはならないのか分からない。

菩提心を起こしさえすれば、諸仏菩薩はお分かりになり、しかも加持くださる。けれども『菩薩が加持に来てくださるから』と言って、菩提心は無理に起こすものではなく、自然に現れてくるものなのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に持戒、行善等を教えるが、それはそなた達が菩提心を起こすよう訓練するためだ。そのため、法会の終了時には毎回、菩提心を起こさせてくれるよう上師に祈求させているし、既に菩提心を起こしているなら、それを堅持する手助けをすることができる。経典にある『退転』とは『近頃読経せず、拝仏しないことだ』と思っている人が多い。これはただの怠慢だ。『退転』とはそなた達のような凡夫俗子について言うのではなく、『登地菩薩から八地菩薩までが衆生を利益する菩提心が退転することもある』ということである。これは菩薩道修行の最大の戒なのだ。そなた達には『退転』について論じる資格はない。『地藏経』でも『退転』には触れておらず、ただ怠慢について説いている。昔の人の言葉は非常に的確だ。つまり、そなた達が今後『自分は退転した』などと言えば、それはデタラメだ。登地菩薩でさえ証できておられないのに、そなた達が『退転』などあり得るだろうか?ただの怠慢だ。今風に言えば怠けであり、さらに何文字か加えるなら、大怠け者だ。怠慢は怠慢であり、退転ではない。

菩薩道修行で最も恐ろしいものこそ退転であるが、退転とは怠慢ではない。修行しても修行しても、こんなにも多くの衆生が済度されず、言いつけに従わないのを見て、行者は退転し、自分だけの修行となる。観世音菩薩はどうして落淚なさったのか。それはとても急いでおられるからだ。先ほどの出家弟子が語ったようにリンチェンドルジェ・リンポチェは深山で修法した。どうして食事より先に修法したのか?それは衆生が急いでおり、既に待っていたからだ。食事は重要ではなく、それら衆生こそ最も重要なのだ。これこそが菩提心だ。菩提心がないなら、仏法は衆生に利益することなどできない。菩提心の前提条件は慈悲心であり、慈悲心は学習、教育、訓練等によらなければ生まれ出てこない。慈悲がなければ自然な菩提心の出現もないのだ。

今日は緑ターラーを修める。みな皈依し法会に参加しているので、来年一年が緑ターラーの護持の下、世間法であろうと出世法であろうと進步があるよう願おう。今日リンチェンドルジェ・リンポチェは一尊の緑ターラー聖像を特別に携え申し上げている。今みなが壇城に見ている緑ターラーだ。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが中国からお迎えしたものだ。この緑ターラーは、かつて中国で装藏(高僧が仏像内に経典などを納める)、開眼がなされず、道場に一年余りも放置されていたものだ。昨日リンチェンドルジェ・リンポチェが見てみると、法像はよりいっそう荘厳に変わっておられた。チベット仏教では、仏像は修行者の修行に従い変化するのだ。

どうしてチベット仏教の仏像は必ず装藏するのか?それは心が正しくない行者もおり、仏菩薩の磁場が入れず、別の衆生が占拠してしまうかもしれないからだ。装藏は道教の方法を用いず、内部には五穀、宝物、経典、経輪を入れる。仏像に仏と同様の身口意を加えるということだ。よって、修行がしっかりできていないなら、少なくとも安全にしなければならないのだ。誰でも仏像をお迎えできるが、必ず装藏しなければならない。けれども、そなた達は装藏できない。これは必ず出家者が行う事なのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが今日お連れしたこの小さな緑ターラーは、既に往生なさった直貢噶舉の大成就者ユンカ・リンポチェが残されたものだ。ユンカ・リンポチェはこの一生でリンポチェの果位まで証された。普通の比丘ではないのだ。ユンカ・リンポチェはかつて『自分は往生後必ず彌勒菩薩の浄土へ行き、彌勒菩薩に従い再び地球に来て成仏するだろう』と自らの言葉で予言なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェはユンカ・リンポチェに三度お目にかかった。当時ユンカ・リンポチェは山中の洞窟で閉関なさり誰にもお会いにならなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェには会ってくださった。しかもリンチェンドルジェ・リンポチェにたくさんの話をしてくださり、特別に伝法くださった。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェがユンカ・リンポチェお伝えになった法を受け取ることができたなどと信じないリンポチェもおられる。ユンカ・リンポチェはさらに特別に、ご自身の上師がお伝えくださった法本の一部をリンチェンドルジェ・リンポチェにくださった。法本上にはユンカ・リンポチェの上師の指印があるのだ。チベット仏教では、法本に上師の指印があるなら、上師の伝承を弟子に伝えたという意味である。

ユンカ・リンポチェの上師は直貢噶舉最後の伏藏師であられ、青海のお生まれだった。ユンカ・リンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェにこの小さな緑ターラーをお譲りくださったが、リンチェンドルジェ・リンポチェもユンカ・リンポチェに古い九股普巴杵を供養申し上げたことがある。ユンカ・リンポチェは九股普巴杵の写真をご覧になった時、ローチェンリンポチェに『これは自分の過去世の法器だ』と仰せになった。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェに『この法器を供養してもらえないか』とお尋ねになられたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは『もちろん供養申し上げます』と答え、供養申し上げた。ユンカ・リンポチェの最後の写真は、この九股普巴杵をお持ちになっている。リンチェンドルジェ・リンポチェが九股普巴杵を入手した経緯も非常に不思議なのだ。なぜだか分からない内に目にすることとなったのだ」と仰せになった。

リンチェンドルジェ・リンポチェはその日二枚の写真を持参されていた。そして、プロの写真家である弟子に、彼の経験から言って、写真上の二つの円は加工済みの可能性があるかどうかを説明させた。

プロの写真家である弟子は「自分はカメラマンになって既に4年になるが、この写真上にあるような現象は見たことがありません。写真を長く置いたことで発生したカビか斑点かもしれませんが、見たところそうでもないようです。そこだけですから。もしカビか斑点なら、全体か他の場所にもあるはずですが、この写真上では完全に二つの円だけですから」と述べた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けられた。「一枚の写真はユンカ・リンポチェがこの緑ターラーをお持ちだ。円はユンカ・リンポチェの左胸の辺りに出現している。この部位は密法では非常に特別な意義があるが、ここでは説明しない。もう一枚はユンカ・リンポチェがリンチェンドルジェ・リンポチェが供養申し上げた九股普巴杵を持ち後の方におられ、そこにはローチェンリンポチェもおられる。リンチェンドルジェ・リンポチェの頭の上に円がある。後方は岩石だ。上方に出現したのは非常にはっきりした月のような半透明の円だ。これらは密法ではある部分の観想である。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がどんなに優れているかと自慢したいのではない。ただそなた達に聞かせたいだけだ。上師から賜ったすべての聖物は特別の意義があるのだ。上師は弟子に適当に物を与えるのではない。ユンカ・リンポチェはこんなにも多くの仏像をお持ちだったが、リンチェンドルジェ・リンポチェに突然、緑ターラーを下された。リンチェンドルジェ・リンポチェがこの法門をしばしば用い、たくさんの衆生を利益していることをご存知だったからだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこの二枚の写真を人に見せることはほとんどない。今日持ってきたのは、そなた達の信心を強めるためではない。うわさがあまりにも多いので、『ユンカ・リンポチェは確かにリンチェンドルジェ・リンポチェに会ってくださったことがある。人が言うようにあり得ないということはない』ということを皆に知ってもらいたかったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは嫉妒等が原因で、みなが絶えず口業を作るのを望まない」と開示くださり、カメラマンである弟子に「そなたの職業基準からして、他の解釈はあるか?」とお尋ねになった。弟子のカメラマンは「その二つの光の輪は、逆光で現れたフレアや光害が引き起こした現象には見えず、完全な円のようです。本当に不思議です。これまで見たことがありません」とお答え申し上げた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは出家弟子達に写真を見るように指示され、開示を続けられた。「今日は緑ターラーを修める。みな一年間忙しかったのだ。身口意のどれもいくらかは如法ではなかっただろう。本尊の加持を得た後、出離心を確実に起こす必要があることを知らなければならない。出離心が起きたなら、次は菩提心を発しなければならない。みな写真に興味があるだろう。どうしてそなた達に写真を見せないのか?1300人余りが見終わった後は、修法など必要ないからだ」と開示なされた。

写真を見た後、一人の出家弟子が「非常に殊勝なものです。この一生で見られるものではありません。リンチェンドルジェ・リンポチェがおられなければ、こんなにも不可思議なものを見るのは難しかったでしょう」と申し上げた。別の出家弟子は「不可思議とは我々凡夫から言ってのことでしょう。聖人の身の上では、我々があり得ないと思うような事が見えるようになるのです。そして我々は見たとしても何とも感じないでしょう。違いはここにあるのです」と申し上げた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示された。「実はこれはそれほど驚くべきものでもないのだ。修行者はある程度まで修めると、精気神が自己の上師と結合する。科学的に言えば、最小分子、原子が形象を生じても見えないという人もいるが、見えないと言って、それは存在していない、ということではなく、肉眼で見えず、天眼でも見えず、法眼と智慧眼でなければ見えないということだ。そのため、写真にはしばしば変わった物が出現する。なぜなら写真が用いるスペクトルと人の目が見られるスペクトルとは違うからだ」と開示なさった。

眼科医である弟子が「リンチェンドルジェ・リンポチェの仰せの通りです。我々が見ているのは可視光線と不可視光線とに分けられますが、スペクトルも二つの部分に分けられます。人の目は可視光線しか見られませんが、カメラで撮影されたものは人が見られない不可視光線の部分なのです」と申し上げた。

「リンチェンドルジェ・リンポチェがこれら写真を持ち出す必要がないと考えるのは、自分は分身を持つと称する行者になる必要はないと考えるからだ。今日持って来たのは、緑ターラーを修めるからで、しかもユンカ・リンポチェとリンチェンドルジェ・リンポチェの縁が非常に深いからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはユンカ・リンポチェに三度しかお目にかかっていないが、ユンカ・リンポチェはご自身の上師の手印がある法本をリンチェンドルジェ・リンポチェにくださったのだ。これは非常に深い因縁だ。今日はちょうど緑ターラーを修めるので、この二枚の写真をリンチェンドルジェ・リンポチェは自分の壇城にずっと置き、お助けくださるよう願っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは自身の能力に限界があるのではないかと心配なので、彌勒菩薩浄土の一切の菩薩に助けてに来てくださるよう願ったのだ。なぜならユンカ・リンポチェは今そちらにいらっしゃるのだから」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を始められた。出家弟子が衆生を代表し尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにマンダを献上して供養し、請法を行った。続いて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは修法を続けられた。修法の過程には薈供と供茶の儀軌があり、参会者は誰もが尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが加持くださった供物を頂戴し、法会において仏菩薩と共食する得難く殊勝な因縁を得ることができた。

修法が一段落すると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法本の内容について開示をくださった。「続いては上師は本尊と無二無別を観想する。本尊は上師を加持くださり、上師は加持力で満ち溢れ、それは上師が保護したいと考える一切の衆生に及ぶこととなる。この後で念じるのは二十一度母の『功徳利益文』だ。この利益文を毎日一回念じれば非常に殊勝だが、今は教えない。なぜなら誘惑が強すぎるからだ。文中には『現世富貴寿延安』とあるが、第二文でははっきりと『後に仏位となるためだ』と説いている。法本中では、すべての有情が、自然のものであろうと合成されたものであろうと、有毒のものを食べたなら、『一念聖尊真実力』であり、『一切の悪、毒薬がすべて消えてしまう』とある。昨年末リンチェンドルジェ・リンポチェは台湾では口にするものすべてが有毒だと予言した。どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は毒で死ななかったのか?それはこの段のおかげなのだ。

鬼魅に出遭ったために、様々な病にかかった人を見たなら、この文を念じても有効だ。しかも娘が欲しければ娘が授かり、息子が欲しければ息子が授かり、財を求めれば財が得られ、一切円満で障礙がなくなる。しかし、この一生での出離輪迴世間を決心せず、菩提心を発しないなら、この法はそなたとは少しの関係もない。今分かっただろう。どうして法会に参加しなければならないのかが。読経していればそれで良いというものではないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは講じることは講じるけれども、その前提となる条件は出離の決心だ。出離心と菩提心がなければ、どんなに読経しても無駄なのだ。

昨日一人の出家衆がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て『住宅ローンの返済が終わっていないので、返済が終わったら発心修行します』という。リンチェンドルジェ・リンポチェは、こんな言い方は仏菩薩を脅迫し強要することになると彼女に告げた。このように修行する人が今はとても多いが、それではどうしようもない」と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは少し修法なさった後開示を続けられた。「もしこの一生で緑ターラーを専ら修めるなら、先ほどの法本中の二文は別の法本にはないものだ。もし行者がこの一生で専ら緑ターラーを修めるなら、無量光仏が真実に現前する。これこそが死を待つ必要はないということだ。この一生で専ら緑ターラーを修めるなら、阿彌陀仏が真実に現前くださる。いわゆる真実とは、夢を見て目を閉じてゆらゆら揺れるというのではない。そなた達は過このような感覚を経験したことがないだろう。テレビをつけた時に影像が現れるように、非常にはっきりしているのだ。よって、夢で見るもの、目を閉じて見るもの、目を半開きにして見るものはすべて嘘だ。

法本中には『行者は真に阿彌陀仏を目にした時、授記を受けられるよう祈請する』という一文がある。つまり阿彌陀仏が直接授記くださるということで、生生世世の行者が本尊を修められるということだ。つまり、多くの人が密法の殊勝を理解していないということだ。なぜなら上師の願力はそなた達を導き、本尊と大変に深い縁を結ばせてくださるからだ。法本中の祈請文の一言一言を成し遂げることはできるが、先ほど言ったように『必ず強い出離心を持ち、この一生での学仏は生死を解脱するためであると決心し、しかも菩提心を発しなければならない』という条件がある。自分の事情が好転したら出離しよう、子供が大きくなったら出離を決めようなどと少しでも思っているなら、学仏しない方が良い。なぜなら無駄だからだ。修行人はこんなにも多いのに、真に成就を得られるのは、なぜ一人か二人だけなのか。それはみな輪迴苦海を離れる決心をしないからだ!毎日自分に膨大な願力を与え、開悟、座禅等を行っても、それは出離心ではない。出離心がないなら、あらゆる仏法はそなたと少しの関係もない。なぜなら金剛乗は菩薩道修行であり、菩薩道修行で出離心がないなら、修めることなどできないからだ」と開示くださった。

修法中に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座を降り自ら緑ターラー聖像で参会者と道場門外の1300人余りの信衆に加持くださった。その最中リンチェンドルジェ・リンポチェは絶えず緑ターラー心咒を念じ、慈悲なる眼差しは深広無辺で、一切の有情に遍く及んだ。参会者は皆感激し、跪き低頭し合掌して殊勝なる加持を拝受申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に戻られ修法を続けられた。修法の円満後、参会者を率い迴向儀軌を行われ、参会者に続けて開示をくだされた。

「法会を終了する前に、短い経文について説こう。『寶積経』中のある経文は、釋迦牟尼仏と魔王波旬との対話である。釋迦牟尼仏は譬え話をなさる。ある長者居士は『財富無窮』、すなわち非常に金持ちで息子が一人いた。息子に対して『甚愛念之、不用離目以命繫子』であった。つまり息子を自分の命のように大切に愛おしんでいたということだ。この息子は『諸根不調甚悪諂曲』つまり『悪い事ならなんでもやる』というような有様だった。『諸根不調』とは『眼耳鼻舌身意がすべて悪の方向へ行く』ということだ。長者居士は息子を愛しみ、息子のためを思って、杖で息子を打ち、瓦や石をさえ息子に投げつけ、息子が悪事を再び為さないよう願った。仏は波旬に『善男子よ!どう思う?長者居士が息子を打つのは悪心か?』と尋ねられた。波旬は『そうではない。息子の成就を願ったために、そうしただけだ』と答えた。

そこで仏は『波旬当知,如来正真正覚善知衆生心性根欲,是故観察,応以悪言而得度者即説悪言,応以默然無所言説而得度者即為默然,応以驅遣而得度者即驅遣之,応以説法而得度者即為説之,応以撮受而得度者即撮受之,応見色身而得度者即現色身令彼見之,応聞声香若得味触而得度者即為現声而為説法,至香味触現令得度』と仰せになった。

摂受とは四摂法『布施摂、愛語摂、利行摂、同事摂』のことだ。重要なのは『その人と離れ過ぎてはならない』ということだ。例えば、ある人が美しい物を見るのを好むとすれば、行者は醜い姿で現れてはならない。そうでなければ、その人は信じないだろう。『摂受』とは『その人が好む物を用いて、先ずはそなたの説法を受け入れさせる』ということだ。ちょうど法会前に話した弟子が『リンチェンドルジェ・リンポチェに初めて会った時ハンサムだと思った』と言ったが、そうであれば心は定まり『リンチェンドルジェ・リンポチェが何を言うか聞こう』ということになる。今日念じたこの経文で、仏が衆生を済度させるには種々の法門があるということが分かっただろう。けれども『自分もこうできる』などと思ってはならない。『如来正真正覚善知衆生心性根欲』というこの一言を忘れてはならない。仏は衆生に対して何も求めないからこそ、仏法を通して正覚でき、衆生の心性、根器、欲望を真に知ることができ、種々の法門を用いて度衆がおできになるのだ。

ある弘法人がリンチェンドルジェ・リンポチェが一日中叱っているのに、弟子がどんどん増えるのを見て、リンチェンドルジェ・リンポチェのやり方を真似た。ところが、彼の弟子はみな逃げ出してしまった。それは、その弘法人が正覚を用いてしっかり見ていなかったからだ。いわゆる『悪語』とは口汚く罵ることではなく、誰もが聞きたいと思わない事、つまり忠告のことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば開示する。リンチェンドルジェ・リンポチェが罵れば、そなたはリンチェンドルジェ・リンポチェを記憶する。なぜなら大事にされるばかりだったのが、突然罵倒されれば記憶に残るからだ。こうして、未来世に機会ができる。つまり、仏法には一つの方法しかないのではなく、たくさんの方法に分かれているのでもなく、衆生の心が不可思議だからなのだ。衆生の考えは本当に不可思議だ。そのため、一〜二種類の方法しかないなら、衆生を救うことはできず、様々な技を用いて要害を衝かなければ、話を聞かせることはできないのだ。現在聞かなくても、別の方法を用いて記憶させれば、未来世にチャンスがあるだろう。

よって、自分は仏法を学び、聞いたので、他人に仏法を教えることができるなどと思ってはならない。そなた達はこの部分の開示を聞いたので、そんなに簡単ではないことが分かっただろう。そのため、仏が言われるように、香をあげるにしても、香を好む人がいれば、その人は仏法に触れる可能性があり、自分好みの音を聞き、仏法に触れることになる人がいるかもしれないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの著作『快楽と痛苦』にあるリンチェンドルジェ・リンポチェの法相を見て、『この上師は見た目が非常に荘厳だ』と思い、会ってみたくなることもあろう。これこそが『以色身去撮受』で、人は誰でも好ましい物を見たいのだ。

修行人の中には人に好まれない相の者もいる。阿羅漢を修めれば当然そうなり、人が好まない相を現すだろう。その人は自了漢を修めるので、他人に好かれたくないのだ。けれども、菩薩道を修めるなら、聾唖の地方では聾唖に示現するなど特別に示現しない限り、一概には言えない。『殺生してはならない』とどうして仏はお諌めになるのか?それは、どれが菩薩か分からないからだ。もしかしたら一匹の昆虫、女王アリ、女王蜂が菩薩かもしれないのだ。なぜなら仏は種々の身で一切の根器の衆生を済度なさるからだ。そのため、こうであるはずだとは一概には言えないのだ。修行人はビジネスを行ってはならないと考える人もいる。けれども、経典上には在家学仏がビジネスを行ってはならないとは書かれていない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは昨日別の宗派の在家弘法人に会った。彼もビジネスを行っており、あらゆる弟子は彼のために無給でボランティアをしている。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェは違う。リンチェンドルジェ・リンポチェの従業員は誰でも給料を受け取っている。しかもリンチェンドルジェ・リンポチェは給料を差し引いたりせず、給料を上げ続けており、ミスをしても給料を払っている。よって『どうしてビジネスをしてもいいのか』ということはできないはずだ。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは在家だからだ。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェが経文のこの部分について説いたのは、もうすぐ年が改まるため、そなた達が必ずそうだと思っているのとは違う、と仏法を理解してもらいたかったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさん話す必要はない。今日は法会に1300人参加している。一人一人の業、家庭、境遇はみな異なる。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが一種類の方法だけを用い、普通の道場のように、法会時には功徳主になろうと、点灯しようと争わせるなら、これは役に立たない。今日の修法ではっきり講じている。強い出離心、菩提心がないなら、あらゆる仏法はそなたと関係がなく、この一世と過去世で為した一切の悪業をこの一生で返済することはできず、次の一世まで引きずるだろう。次の一生まで引きずったところで別にいい、と思うだろうが、次の一生まで待つまでもなく、死ぬ前に悪業が出現するだろう。

多くの人の仏法に対する考え方はあまりにも硬直化している。仏は魔王とさえ対話がおできになるのだ。仏の前では悪人も善人もない。経文の前半には、魔王が懺悔するとあるが、仏は必ず魔王に説法なさる。昨日ある信衆がリンチェンドルジェ・リンポチェを脅迫しに来た。自分の親族は非常なる善人なので、リンチェンドルジェ・リンポチェはその人を救わなければならないというのだ。もしその人が善人なら、菩薩は救う必要があるだろうか?菩薩が善人を救うなら、悪人を救う必要はないのか?そなた達は会いに来る時、いつもリンチェンドルジェ・リンポチェを脅迫するが、これはあってはならないことだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは叱責することもある。リンチェンドルジェ・リンポチェは根器に応じて種々の方法を採用するからだ。出家弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの身辺にいて、おかしいと感じることもよくあるだろう。明らかに善人である人がどうしてリンチェンドルジェ・リンポチェに罵倒されるのか?と」と開示なさった。

一人の出家弟子が「リンチェンドルジェ・リンポチェの教導に感謝申し上げます。リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に非常に殊勝で偉大だと存じます。我々の心性の面から工夫を凝らされ、我々の問題点をあぶり出してくださいます。これは外からは得られない法益なので、リンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げております」と述べた。

別の出家弟子は「仏菩薩の笑い話も叱責もすべては衆生に利益するたです。ただ衆生に分別心があり、耳に心地よい言葉を聞きたがり、叱責を好まないだけなのです。けれども実は、嫌がらせることで、返って衆生に利益でき、より深い印象を与えることができるのです」と述べた。

さらに別の出家弟子は「土曜日に侍者として仕えている時、この人は善人だと感じる人もいるが、リンチェンドルジェ・リンポチェが叱責なさるのを見た後で、自分は騙されていたと気づくことがあります。リンチェンドルジェ・リンポチェに仏法に基づいて語る人もおり、しっかり発心しているように見えても、自分はやはり騙されていたと後で発見することもあります」と述べた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示された。「行者が弘法し説法する。上師と仏菩薩の加持を得ることができなければ、経文中からいくらか学べるだけだ。誰でも用いることができると思うかもしれないが、そんなことはない。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに寶吉祥仏法中心に来ないでもらいたいが、彼らの仏法に対する誤解を解かない訳にもいかない。

一年が終わろうとしている。リンチェンドルジェ・リンポチェは口うるさく色々言って来たが、みなは聞き入れたのだろうか。それは一先ず置いておこう。一つ古い話をしよう。リンチェンドルジェ・リンポチェに尊勝なる直貢チェツァン法王を紹介してくれたのはある古い友人だった。既に亡くなっているが、彼が受けた灌頂はリンチェンドルジェ・リンポチェより多かったし、四大教派の法王にもお目にかかったことがあった。日々の営みは法会への参加と灌頂だった。彼の生き様はこの上もなく善であるはずなのに、彼は脳卒中で亡くなってしまった。菜食もしていたし、たくさんの人に拝仏を勧めてもいた。こんなにも良善因縁があるのに、なぜ自分の業力を変えることができなかったのか?彼はかつてリンチェンドルジェ・リンポチェに『私はこの一生でこんなにも多くの善を為した。次の一生ではその報いを受け取らせてもらおう』と言ったことがあるが、この言葉を口に出すだけで、出離心はすべてなくなってしまったのだ。出離心がなくなれば、功徳もすぐになくなってしまう。そして福報だけが残る。それは、次の一生で受け取ることができるが、この一世で業力を変えることはできない。

学仏を始め、二〜三年学び、自分は非常にスムーズに行っていると感じたなら、それはそなたの出離心が既になく、既にいくらか傲慢になっていることを示している。スムーズであるかどうかは仏法とは関係がなく、業力と関係があるのだ。最も重要なのは、この一生で学仏に障礙があるかないかで、一切の障礙の出現は、借金を完済させてくれるものなのだ。最も多い障礙は家庭内のものだ。輪迴世間を離れる決心をしないなら、この障礙は絶えず出現し、しかもいつまでたっても解決されないだろう。けれども障礙があれば、もっと努力しなければならないと気づかせてくれ、警告してくれる。努力といっても、たくさん読経することではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェと仏が開示くださる一切の仏法を記憶することだ。間違ってはならない!

少しくらいどうということはないと思ってはならない。昨日一人の出家衆が『住宅ローンを完済したらしっかり修行する』とリンチェンドルジェ・リンポチェに言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは『仏菩薩はそなたにうちを買うように仰せか?仏菩薩はそなたにローンを借りろと仰せか?』と尋ねた。多くの人がこのような考え方を持っている。これでどうして修行できようか?住宅ローンと修行とは觝触することだろうか。リンチェンドルジェ・リンポチェに遭えただけマシだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて家賃が払えないほど貧しかったが、毎日大礼拝を行い毎日修行していた。つまり問題は自分に出離心がないことなのだ。出離心がないなら、どんなに念誦しても、どんなに拝んでも、やはりどうしようもないのだ。

この決定は、上師がそなた達に下したのではない。そなた自身が下したのだ。法会で加持を与えるというのは、助縁だ。そなたの心ができるだけ早く光明を回復するよう助けるのだ。けれども、決心するかどうかは、そなた達自身にかかっている。リンチェンドルジェ・リンポチェの古い友人は、自分はたくさんの法会に参加し、たくさんの法王にお目にかかり、たくさん読経し、たくさん灌頂したので、自分の業障は消えてしまったと思ったのだ。彼はこの一生で殺生しなかったが、なぜ脳卒中になったのか?それは彼の父親と祖父が殺生し、狩猟をしていたからだ。祖先が殺生していたかどうかは、みなよく分かっているだろう。自分には関係ないということはないのだ。そなた達が共業していないなら、彼らの家に生まれただろうか?つまり、出離心がなければ、祖先に殺された者たちは離れることができない。離れられなければ、そなたは幸せに暮らせるだろうか?そなたに苦しみを与えなければ、かえっておかしいではないか!出離心があるなら、そなたが修めたものが、彼らをそなたとともに去らせてくれるのだ。

そなた達が見えないもの、知らないことはあまりにも多い。そなた達の祖先が行ったすべての事を子孫にはっきり伝えているなど信じられるだろうか。そなた達は自分の事さえはっきり伝えられないのに、祖先の事などできるだろうか?自分の祖先さえ救えずに、誰を救おうというのか?自分は拝仏しているので、祖先は済度されるだろうなどと思ってはならない。そなた達が出離を決心しないなら、彼らを済度させることなどできないのだ。そなた達が出離を決心しないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに大神通力があったとしても、彼らは着いて来られない。どうしてか?それは縁がないからだ。子孫が祖先を思いやっていないからだ。そなた達は『自分はガンになった。治したい』とだけ考え、祖先を思いやらない。なぜ祖先を思いやらなければならないのか?それは祖先が殺生していたからだ。みな分からない振りをしている。『祖先が過ちを犯していたなど、どうして自分が分かるだろうか』と思っているだろう。祖先が過ちを犯していないなら、今日そなた達がこんなにも多くの困難にぶつかるだろうか?

『善を積んだ家には必ず慶がある』という古い諺は正しいのだ。今日は自分のために学仏すると考えてはならない。そなたの学仏はたくさんの衆生の未来を変えることができるのだ。これこそが菩提心だ。自分は何々の病を患っているなどとばかり考えていてはならない。そなたの病は自分で招いたものなのだ。そなたの病は衆生でもあるのだ。そなたが出離を決心しさえすれば、これら衆生は必ず喜ぶだろう。定業、果報が出現したとしても、果は非常に軽くなり、コントロール可能な範囲に収まり、大事になるようなことはない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは4日にとてつもなくたくさんの冤魂を済度させに行ったが、6日の朝リンチェンドルジェ・リンポチェの家の浴室の水道管全体が落下し、浴室が水浸しになってしまった。リンチェンドルジェ・リンポチェがいなかったなら、リンチェンドルジェ・リンポチェの母は死ぬほど驚愕したのではないだろうか?これもリンチェンドルジェ・リンポチェの業だが、たくさんの衆生を救ったので、この件は非常に簡単に解決し、少しの財を失っただけで解決した。けれども、護法が少し先延ばししてくれたとは誰も信じない。もし4日にリンチェンドルジェ・リンポチェの不在時に、老母が家にいる時に突然水が溢れだしたらどうなっただろうか?これでも護法が守ってくださらなかったと言うのか?しかも、極めて絶妙なことにリンチェンドルジェ・リンポチェがちょうど目覚めた時に水道管は破裂したのだ。もし夜中だったら、人を呼ぼうにも呼べなかっただろう。つまり、護法は時間も計算してくれていたのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが何時に起床し、修理の人が出勤したかどうかまで、計ってくれていたのだ。

よって、そなたが上師、護法を深く信じれば、悪い事は起こらない。たとえあったとしても、それは処理可能で解決可能だ。自分は学仏しているので何も発生しない、と思うなら、反対に悪い事が起きるだろう。成仏できさえすれば、どんな事も起こらない。なぜなら仏は執著なさらないからだ。有事は好事だ。学仏したので、これではだめだあれでもだめだと心配してはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなにも多くの衆生を救っているのに、それでもやはり面倒が起きるのだ。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェはますます喜びを感じている。なぜなら非常にはっきりと、自分はこの一生で生生世世の業を完済できると確信しているからだ。完済できれば、一人の好漢として、阿彌陀仏から授記できる。けれども、そなた達はできないだろう。

つまり教えに従わなければならないのだ。自分の一時の貪念のためではなく、仏法の功徳を福徳に変えるのだ。福徳はこの一生で用いることはできない。リンチェンドルジェ・リンポチェの昔の友人は間違いなくそなた達よりたくさん念誦し、たくさんの法王にお目にかかったが、功徳を修めていなかったので、一言で変わってしまった。いわゆる『火焼功徳林(功徳の林を焼き払ってしまう)』だ。性格を改めるのではなく、火宅の火だ。『妙法蓮華経』では『我々は火宅に住んでいる』とある。この火は貪念だ。『火焼功徳林』は嗔恨心であると誤解している人が多いが、実はそうではなく、火宅の火が燃え上がり、輪迴を断てなくなるのだ。焼けてしまった後は何もなくなるのではなく、炭が残るが、次の一生で用いることができるだけである。木は成長を続けるが、炭は成長しない。よって釋迦牟尼仏の比喻はゆっくりと体得できるものである。どうして『林』の字を用いるのか?それは『無い』のではないと言うことで、別のものに変わっただけだが、それは使い物にならない。そなたの生命に点火し用いることができるというだけなのだ。

『火焼功徳林』は『怒りを爆発させることだ』と誤解している人が多いが、そうではなく、『自分に出離心がなく、火宅の火が燃え盛る』ということだ。みな注意するが良い。『妙法蓮華経』中で説くように、仏は二台の車にたくさんの玩具を積み込み、そなた達を火宅から離れさせようとするが、離れない人が多い。『家人でなければ大切にしてくれない。家人こそが良くしてくれる』と思っている。死に臨む時になって、『上師と仏菩薩だけがそなたに対して良くしてくれるのだ。家人は側で船を揺らしているようなものだ』とようやく分かる。それなのに『まだ言ってないじゃないか!この財産は一体誰に譲るんだ?不公平だろ!』などと口走っている。

法会が圓満に終了し、弟子達は声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法と開示に感謝申し上げ、起立して尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを恭しくお見送りした。

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2015 年 07 月 04 日 更新