尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年10月5日

法会の開始前、一人の医師弟子は自分が尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した殊勝な因縁を分かち合った。

彼は、先ず尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェ、尊勝なる直貢チェツァン法王、アキ祖母、各位伝承上師、諸仏菩薩に感恩した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェにこんなにも長年皈依しながら、リンチェンドルジェ・リンポチェの彼に対する個人としての恩を語り尽くしていない。彼は語り始めると往々にして耐え切れずに落涙する。皆はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子、衆生に対する助けや加持を多々聞いたことがあると信じるが、今日、彼が皆に報告するのは、彼がどのようにして一人の敬虔な天主教信者から、リンチェンドルジェ・リンポチェに対しての完全服従し、投降した弟子に変わったかということである。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、彼に仕事は何をしているのかと尋ねた時、彼は自分の仕事はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子であることと答えた。それは彼にとって冗談ではなく、本気なのである。なぜなら、彼の今世の最大事はこのように偉大で、仏と同じく、完全に衆生利益で自我のない大修行者──リンチェンドルジェ・リンポチェに出会ったことだからである。

彼は幼い時から天主教教徒であった。おそらく産着を着ていた時に洗礼したのだろう。なぜなら、彼自身も自分がいつ洗礼したのか知らないからであったが、いわゆる「信じる者は不滅である」、「信じる者は天国へ行く」、「信じる者は一切の悪を免れる」という言葉を深く信じる忠誠な信徒であった。そのため、彼は物覚えのない時から毎週日曜日に教会へ行き、ミサに臨み、ミサの侍者もした。中学の時には、修道院に入りたかったが、父は厳しく反対し彼を行かせなかった。大学入試試験の前日は日曜日だった。彼はいつものように教会へ行き、ミサに臨んだ。この時期、彼はたまに近所の人から廣欽老和尚について聞いた。心の中は非常に複雑な感じで憧れながら遠くに感じた。彼は天主教を信仰していたが、仏教に対して親しみを感じていて、捉えられずにいて、仏教に触れるチャンスがないままであった。

天主教を信じる過程で、彼は徐々に疑問が生まれるようになった。彼は嘗て神父や非常に多くの有名な伝道師に教えを乞うた。しかし、彼らは答えることができなかった。特に罪と救いの問題については尚更答えられなかった。彼は神父にイエスはどうして彼の死を以って人の罪を救い購ったのか?と何度も尋ねた。彼はもしも自分が罪人や放蕩息子であったなら、これまでの罪は海のようであり、ある日事件が発生し、父が彼に「息子よ、私はこれからお前に代わって罪を受けるので、お前はよく改めるように。」と言い、彼らは彼に「もしもあなたが変わったなら、すべての罪は無くなり、父親がそれを背負ってくれる。」と言う。もしも自分がそのようにしたのなら、自分の罪が無くなるどころか、反対に罪が更に重くなると思う。なぜなら、彼は自分の父を身代わりして傷つけた。そのようなことをすれば、彼の罪は倍増して減ることもできない。更にもしも主を信じた後、改めた人が告白し、天国に登れ、彼に傷つけられた人がもしも縁なく主を信じていなかったなら、不公平であり、内心は苦しいことだろう。それが理に適うのか?公平なのか?

今日に至るまで、如何なる神父も如何なる人も彼のこの問題に応えられる人はなく、ただ彼に言った。人の頭脳と心をどうして神と比較できるものか?信じさえすればいいのだ。過去,彼は他の答えがなく、因縁もなかったので、信じた。父がこの世を去ってから、彼は因縁があって尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェに出会えた。彼の父親は軍人のOBであり、一生倹約した。母親は専業主婦であり、体が非常に弱かった。村の中では非常に有名だった。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗て子どもとは借金取りか、または借金を返す者であると開示したことがある。彼の記憶では母親は彼を産んでから、体を壊してしまった。しかし、それでも80歳を超えて今日に至る。自分で歩くことはできないが、自分で食事ができる。反対に、村の中で母より若い人も既に亡くなったり、重い病気や認知症になったりしている。尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェの功徳庇護ではないのなら、体が弱く病気ばかりの年老いた母が依然として健康でいるのだろうか?

彼の父は一生の間、倹約していた。一軍人の收入で六人を養うのだから簡単ではない。父が亡くなる前、ある日、外に出かける用事があり、節約のためにバス乗った。父は以前、二回中風を患っていたが、歩くことはできたので、バスを利用した。父が下車する時、車に引っ掛けられたのか、または自分がしっかりと立たなかったからなのか、分からないが、足を引っ掛けて倒れた。起き上がる時、何も不具合は感じなかったので、運転手にこれからは注意して運転するように、ゆっくり走るように注意して自分で家へ帰った。

帰宅して間もなく、父は喀血した。それを見て母は慌て、彼と彼の姉に電話し、病院に送った。病院へ行く途中、喀血は既に減っていたが、彼は直ぐに関係する科の医師に検査をするように頼んだ。検査したところ、明らかな出血箇所または特に問題のある箇所は見つからなかったが、安心できないため、父を入院させた。入院する二三日前、父は転んで軽い脳震盪を起こし、話の辻褄が合わなかったり、スムーズに話せなかったりして、動作も少し不自由だった。

しかし、4、5日経つと、父の不適症状はゆっくりと改善してきた。検査の中で、気管鏡検査で肺に腫瘍が見つかったので、一部切除したが、その後癌ではないと報告された。それでも彼は安心できず、切っていないので、確かに癌ではないと言えないと思い、父は了承したがらなかったが、父に再度気管鏡検査をして問題がないことを確定しようと思った。二回目の気管鏡検査の朝、父は腹部の具合が悪いと言った。半日、彼は尋ね、問題点を見つけられなかったので、検査をしたがそれでも正常であった。そして、父にはおそらくお腹が空き過ぎて気持ち悪くなったのだろう。しばらく辛抱して変わらなければ点滴を打つことにすると伝えた。

その日の午後、検査のおよそ30分前の時、彼の父は看護師長と閑談していてベッドに戻って休むと言い、ベッドに向かって歩き、ベッドに上がるその時、彼の父は一言叫ぶとベッドに倒れた。看護師長は急いで病室に入って見ると、呼吸、心拍はまったくなかった。その時、ちょうど内科医師がいて少しの無駄な時間はなく、30分間の救急措置を行ったが、何の反応もなかった。病室の看護師から知らせを受けた時、そのようなことを信じられなかった。人が亡くなるのに、救急措置は役に立たない。また父は高齢であったが、死ぬ直前までまったく普通の人と変わらなかった。そして一瞬で死んだのだ!彼の身の上に起こったことであるが、まったく受け入れることができず、心身ともに傷めつけられ、苦しみ、まるで自分は父の死刑執行人のようであり、ずっと気持ちが落ちつかず、どうすればよいかわからなかった。

彼は神父に電話して助けを求めた。神父は、落ち込んではいけない。出棺の時に、威厳あるミサを開くからと言った。彼は心が不安であったので、三名の有名な神父に教えを請うたが、得た答えは皆おなじであった。その実、彼自身も天主教の故人に対する儀式はこのようであることを知っていたが、その時は常に不安であったため、故人を実際に利益する方法が全くわからなかった。

ちょうどその時、ある友人が一人の密教の修行者を知っていて、その人が「ポワ法」を修めたことを伝えた。彼は直ぐに友人にその修行者に助けを求めに行っても良いかどうかを尋ねた。友人は反対に彼に天主教を信じるものがそれでも良いのか?と尋ねた。彼は現在のところ、天主教には亡くなった父を助けるもっと良い方法が見つかっていないと答えた。彼は父親の魂が助けを求めていると信じていて、そしてその友人に彼をその修行者に会わせることを求めた。

実のところ、彼は父が亡くなる一年前に、いわゆる多くの有能者に会っていた。その中には、道教の人、交霊者、タンキーや台湾の有名道場の出家者を含み、多くのいわゆる能力者が彼に個人の名刺を渡し、直接連絡してきてよいと言ってくれていた。しかし、彼がそれらの人々と話し、相談しても、因縁、因果、生老病死等のことについて、はっきりと説明してくれた人はひとりとしてなく、そのため、続けて連絡を取ることはなかった。

彼が初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに会ったのは、ベジタリアンレストランであった。彼は友人と先に来て待ち、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが入ってきた時、彼は入り口を見た。その人は度量が大きく、容姿が良い若者で非常に爽やかな空気を漂わせていた。何も仏具装飾は身につけていなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは腰掛けると、何も言わず、直接彼に向かって何か用があるかと尋ねた。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに向かって自分の父が数日前に亡くなったことを報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父の氏名と十二支を聞き、リンチェンドルジェ・リンポチェは考えた後、彼の父は現在、何も起こってない、一生の間、特別な良いことも悪いこともしていない。ただ、妻の体を気遣っていると言った。

彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに人の子として、父は病院のベッドで死んだが、彼が父親を殺したような気がするので、心が痛み、罪悪感に苛まれると報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く開示した。「あなたの父の死はあなたと関係がない。彼自身の寿命が終わっただけである。あなたのベッドで死ねるということは既に相当得難いことである。」

自分は幼い時から天主教を信じ、いわゆる善事を行い、自分の仕事に対して誠心誠意向き合い、病人に対しても軽視することなく、許しを請い、奉仕してきた。父親はなぜあんなにも苦しんだのか?それも突然に?父親は天国へいったのだろうか?と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父は天国にいない、眠っていると言い、彼の父は十戒を守ったか?と尋ねた。もしも基本的な十戒を守っていないのなら、どうして天国へ行けるのだ?彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに向かって尋ねた。彼の知る宗教では、もしもその宗教の主もしくは神に皈依したなら、一切の罪はすべて許され、天国へ行ける。それは彼の心のなかでずっと疑問に思っているし、不公平だと思う。彼は天国へ行って福を与ることができ、けれども彼に傷つけられた人は、ただ神を受け入れていないので、安寧を得ることができず、天国へ行けない。そのような宗教がどうして博愛であり、良いものなかのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した。仏は因果の法則は変えることができないと言った。仏は仏に皈依したら罪悪が無くなると言ったことはないし、仏も因果を変えることはできないし、自分で引き受け、返済しなければならない。言った事は自分で負担しなければならないし、人への欠損は自分で返さなければならない。仏教は我々が如何にして一切の借りや一切の悪を返済するか、すべて返し終わるとやっと終わると言っている。この返済の開示は、すぐにはっきりとさせる。真の宗教は投機やうまい立ち回りではない。その日、尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは彼が過去に抱いていた多くの宗教や生活の問題や疑問を明らかにした。その時、彼はこの男性をとても素晴らしいと感じ、心から敬服し、自分が父親を殺してしまったのではない事を知り、わずかに胸のつかえが癒やされた。

子供の頃から、父親は彼に対して非常に厳しく、それは村中が知ることであった。同級生は彼の家はまるでフランスのバスティーユ監獄と同じで、彼は家で一番悪い囚人だと言った。彼は父に対して非常に強い敬服の気持ちを持っていたが、父子情感は欠けていた。父がこの世を去って七日目、彼は言い伝えで父の魂が家に帰ってくると言われていたが、一日待っても、父が帰ってきたような痕跡を感じることができず、不安になった。葬儀が終わっても彼は父が帰ってきたことを感じることができなかった。昔、毎晩悪夢を見る母を、父はいつも彼女を揺り起こした。彼女は泣き叫び目覚めることができなかった。けれどもその時は反対に夢を見ることができなかった。彼は父が他の鬼にいじめられているのではないかと心中怖れた。それでまたもう一度リンチェンドルジェ・リンポチェに会いたくなった。彼の友人は彼に自分で行くように言った。事実、その友人はその後、リンチェンドルジェ・リンポチェに再び会う福報はなかった。

彼がまた道場へ赴き謁見を求めた時、リンチェンドルジェ・リンポチェはドアを開けて尋ねた。「私達は会ったことがあるか?」彼は「ある。」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に会ったことを完全に忘れていて、また彼に何か用事か?と尋ねた。彼は父が往生したことを報告し、けれどもずっと父が家に戻ってきたことを感じることができず、また夢にも現れない。老親は鬼にいじめられているのではないかと心配すると言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼の父及び干支を尋ねて入定した後、「あなたの父はあなたの家の竹製のペン立ての中で寝ている。いじめられてはいない。ただイエスも祖先も親友も見えないので恐れている。」と言った。彼は、私達は小さな家庭なので、家にそのような立派な竹筒はないと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまたも入定した後尋ねた。「あなたの父をどのように弔ったのか?」「火葬後に骨壷に入れ、塔に収めた。」と彼は答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはどのような骨壷か?と尋ねた。彼は黄色の玉材で、円形であると答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはそのツボのことであると答えた。

その瞬間、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが言っていることを深く理解した。なぜならその骨壷は黄色の表皮の竹筒に似ていたから。そして彼は「あなたは助けて下さいますか?」と慌てて言った。リンチェンドルジェ・リンポチェ即座に「なぜ初めて会った時求めないのか?このように亡者を苦しませ、あなたはこんなにも親不孝である!」と責めた。その時、彼はまだ「私はわからなかったし、知らなかったのだ!」と言い訳をしていた。そして慌ててお願いした。「まだ間に合うか?尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェにお願いします。父を助けて下さい。」リンチェンドルジェ・リンポチェはやっと、或る日の午後に果物を持って来るように言った。当時彼はまだ物知らずにリンチェンドルジェ・リンポチェが果物を食べるのだと思っていた。

約束の日、彼は時間通りに道場に着いた。その日別に一男一女もいて、彼らも親の往生でリンチェンドルジェ・リンポチェの救度を受けに来ていた。円満に施身法を終えた後、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に父の一生には特に大きな問題はなかった。だから既に浄土へ行き、何も思い残すことはなく、ただ彼の母の体のことだけを心配しているので検査をするように言った。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに父は浄土で何をしているのかと尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の父は淨土の一輪の蓮の花の中で修行をしていて、寝たり起きたりしていて仏菩薩のお世話もしていると言った。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは別の二人に、彼らの父は階段から落ちて死んだのか?と尋ね、彼はそのとおりであると答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまた彼に尋ねた。彼の父は嘗て人を廊下から押し倒して死なせたことがあるか?と尋ねた。彼はプライベートなことを人に知られたくないだろうと悟り、リンチェンドルジェ・リンポチェにお礼を言って帰ることにした。そしてもしも、自分や友人や病人がリンチェンドルジェ・リンポチェを尋ねて行ってもよいかと聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェはもしも因縁があるのなら、当然構わないと答えた。

事実、その後、こんなにも殊勝な法は世間の物質を用いて財物と交換できるものではないことが分かった。なぜなら、超度法を修めることは、そんなに簡単なことではないからである。帰宅後、彼の心は急に前ほども重くなかったし、少しも悲しくなくなり、ただ懐かしさと救済だけが残った。彼の父は生前、非常に苦労した。ただ一人で一家六人を養った。この世ではほとんどいい日なかった。もしもリンチェンドルジェ・リンポチェに出会わなかったら、父と衆生のための超度を残さなかったし、父がどの路に堕ち、苦しい日々を過ごしたかわからなかった。そして、彼の心は苦しみ、いつまでも辛かったことであろう。その当時、彼は何が福報か、仏法かを知らず、たとえ多くの人が生死の事を話しているのを聞いても成就を得る修行者と一般の巷で言われる超度の差が大きいことを知らなかった。彼は外では簡単に名前を書き、幾らかのお金を出せば鐘を叩いてくれることは知っていたが、超度が成功するかどうか答えてくれる人はいなかった。けれども尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、亡者の願い、発生した事及び神識が何処にあるのかをはっきりと話してくれた。

その時、彼は仏法に対してまったく知らず、心は好奇心と尊敬だけで満たされていた。その時から、彼はいつも問題が起こった時、特に見たことのない病で解決できない時、リンチェンドルジェ・リンポチェを尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェが病人のために問題を解決する度に、彼は更にリンチェンドルジェ・リンポチェを讃嘆した。その時、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェを信じていたが、リンチェンドルジェ・リンポチェがどれほどすごいのかを知らなかった。いつもリンチェンドルジェ・リンポチェのすごさがどの程度なのかを知りたいと思っていたが、今日までリンチェンドルジェ・リンポチェの深さの先に触れたことがなかった。当時、毎週ほとんど彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが病院に行くことを求め、リンチェンドルジェ・リンポチェも病院へ行って衆生を救う事を願っていた。

その過程で、彼がリンチェンドルジェ・リンポチェに傳法を求めた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、皈依してないこと傳法してないことを言い、皈依したなら、あなたがどのレベルかを見て何からの法を傳法する。彼の心中は非常に焦り、リンチェンドルジェ・リンポチェに伝えた。彼は小さい時から天主教を信奉してきた。教会では多くの良いことを得た。現在、もしもリンチェンドルジェ・リンポチェが素晴らしいことや助けによって、過去の温情を忘れるのなら、それは余りに利己的ではないか!

その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した。あなたは医学を学び、医者になった。その後、あなたは法律が大切だと気づいたなら、法律を学ぶであろう?農業が大切だと気づいたなら農学を学ぶであろう?何かを学んだ後、どの方法が最も衆生に利益出来るかを判断し、改めて選び直したなら、それは最初の学問を裏切ることになるのか?それと同じで、以前あなたは天主教を信じたが、天に登るために再び苦しんでは行けない。仏教を学ぶことは、生死輪廻の苦しみを解脱するためであり、あなたは仏教を学ぶことに拠ってどの方法が一切の苦しみを真に解脱できるかがわかるようになる。それはあなたの職業についても同じではないか?すぐさま、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示と大攝受力は彼に天主教と仏教のどちらも輪廻の苦しみを解脱できることを気づかせた。けれども天主教は天国にたどり着いた後は何も語らないが、仏教は浄土に至る修行の後も引き続き語り続ける。但し、彼はその当時、まだその段階を聞いていない。

リンチェンドルジェ・リンポチェの攝受力は真に大きく、大変多くの事績がある。彼はどこから話し出せばよいか分からない。以前、一人の立法委員の立候補者がいて、自分の選挙状況を心配していた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェに助けを求めた。彼はその人に会う時には跪くように言ったところ、その人は自分の身分と職位から跪くのは不都合であると思った。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えると、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれならば構わない、座って会えば良いと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはその人になぜ選挙に出るのかと尋ね、その場で開示を与えた。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェはその人に、「跪きなさい」と言うと、その人はその声を聞くなり、迷うことなく跪いた。

彼は超度法がどれほどすごいものなのか分からないが、自分が見てきたことを皆に知らせようと思う。或る一人の病人が彼の外来に来ていた。長年たばこを吸ってきたので、肺はよくなかった。ある日、その病人は家族に拠って病院に連れて来られ、管を差し込まれて,集中治療室に送られた後も血圧、心拍共に安定しなかった。病人の家族は相談後、もしもまた心拍が停まったら、延命しないことに決めた。このような時、年老いた病人で歯が悪くなっていても、管を噛み切ったりする。病人の息子は管が外れているのを見て、急いで意志を呼ぶと、結果、また管は差し込まれた。その後、その病人は入院が長くなり、彼の元にやってきた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、当時その病人の家族に、母親の寿命は既に尽きていて、もう亡くなるべき時であると開示した。結果、病人の家族は不安になり、また別のラマに長寿仏を修めた。結果、三ヶ月近くの時が経った。ある日、彼が病室を調べていると不思議に思った。どうして変な匂いがするのか、どうしてそんなに臭いのか?結果、病人の口と鼻から何匹もの蛆が這い出ていた。

彼は毎回、リンチェンドルジェ・リンポチェに接すると、リンチェンドルジェ・リンポチェへの信心と恭敬は益々高まっていく。ある日、集中治療室の患者は乩童であり、乩童の道教の友人の間で評判が良いらしい。この患者の家族は、彼が他の人にリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲、大能力を讃えているのを聞き、彼に尋ねた。リンチェンドルジェ・リンポチェがそんなにも素晴らしいと言うのなら、それはどこまで修めたのか?どのレベルまで達したのか?彼は、「私がどうして金剛上師のレベルを判断する資格があるというのでしょうか。けれども、仏経が説くところのリンチェンドルジェ・リンポチェは何でもすることができるので、私の心の中で、上師は仏と区別がない。上師は即ち仏である。」と答えた。

その当時、彼はほぼ毎週のようにリンチェンドルジェ・リンポチェに依頼し、病院で加持し、病人を助けることを頼んでいた。その中でたくさんの物語が生まれ、話尽きないほどである。いつでもリンチェンドルジェ・リンポチェが病人を加持する事と、現代医学でできる事との間には大きな落差があった。例えば、癌の末期患者はモルヒネでも痛みを止めることができなくなる。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェが一度でも加持をすると痛くなくなる。病人の中の王さんという病人はリンチェンドルジェ・リンポチェが加持をした後もモルヒネを打つように要求したが、痛みを感じているようには見えなかった。そしてある日、彼は彼女に、「本当にまだ痛いのか?」と尋ねた。病人はきまり悪そうに、「実はそれほど痛いわけではないのです。ただ打たないと変な感じがするだけです。」と答えた。その病人に尋ねた後、しばらくして再びモルヒネを打たなくなったし、痛くなくなった。

その他、元々吐血する癌の末期患者も、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持をすると吐血しなくなる。また、他に癌の末期患者で手を空中に上げて詰り、眠ることもできない人が、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けると、安らかに眠れるようになり、更に亡くなる時には、ポックリと安らかに行く。ポワ法を得た人はだれでも、彼が梵穴を触ることができ、それを尊貴なる金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに伝えた。

そのうち、彼を最も感動させたのは、お年寄りの陸おじいさんで、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にポワ法を修めることを了解した。老人が病院に運ばれてきたのは深夜二時であり、救急室での処理後死亡が宣告され、霊安室へ送られた。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはインドで尊勝なる直貢チェツァン法王が開催した喜金剛法会に参加していて、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェに連絡ができなかった。亡くなってから8時間が過ぎ、止む無く冷凍室へ移動させ、それから6時間が経っていた。その時にやっとリンチェンドルジェ・リンポチェと連絡がとれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは遺体を冷凍室から出すように言いつけた。そして30分も経たずに電話がかかってきて彼らに確かめるように言いつけた。その場では彼は驚きで表現できなかった。なぜなら、冷凍室に入れて6時間が過ぎた遺体は既に全身が凍っていたが、梵穴だけは温かく柔らかかった。葬儀社の職員は、多くの遺体を見て来ているのでよく知っていると思っていて、彼は職員に遺体の梵穴を触るように頼み、職員が何気なくさわってみて驚き20数秒ぼんやりしていた。梵穴及び周辺の頭皮を比較してみると、直ぐに顔色が変わって「おっ!どうしてなのだ?」と叫んだ。

遠く離れている他に、リンチェンドルジェ・リンポチェは既に凍った遺体を心をこめて超度するとは、チベットでも聞いたことがない。故にリンチェンドルジェ・リンポチェは真の尊い大菩薩、大仏である。事実、彼は初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに会った時、心には説明できない敬虔な賞賛が起こったが、まだ当時は多くの無知があった。毎回 リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を利益するのを見て知らぬうちに益々その気持は多くなり、更に強い信心に変わっていった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼の意固地な気持ちを打ち破り、仏に皈依した。彼本人の他に、彼の母親、家族、友人でいつでもどこでもリンチェンドルジェ・リンポチェの庇護を受けないことはない。彼の母親というと、彼女が我慢ならないもの、特に或る政治人物を常に批判して詰っていた。彼はいつも彼女に詰ってばかりいないで、穏やかな日々を過ごすように頼んだが、全く態度を変えなかった。そのため昨年は転倒し、彼は母に福を感じて日々を過ごすように言った。ある時、母は二回重い病気にかかった。母は中風に罹ることを非常に恐れていたので、彼は母にリンチェンドルジェ・リンポチェに会い、リンチェンドルジェ・リンポチェに感恩するように言った。両足が悪く歩くのが不自由な母は意外にもひざまずき、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持を受けることができた。

リンチェンドルジェ・リンポチェはよく彼の母の状況を尋ねてくれ、不肖息子、不出来な弟子を指導して下さる。彼は医師であるが、それでもリンチェンドルジェ・リンポチェから彼が注意することや母の世話について指導してもらう。ある日、彼の母は力が出なくなっていた。しかし、西洋医学から検査しても、すべての検査は正常であった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに報告し、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の母は心臓が弱く、気血が不足しているので漢方薬を調合してもらうのが良いと言った。そして、彼は母を連れて漢方薬診療所を尋ね、医師に最も良い水薬を調合してもらい、5,6日に服用したところ、体力と精神力は明らかに改善した。最近、彼の母は皮膚に痒み、荒れ、不具合を感じるようになった。それで彼は母に漢方薬の軟膏を塗るように言ったところ、昨日、母はもう一つ買うように言った。リンチェンドルジェ・リンポチェ衆生を利益するため、各種の便利な法門をうまく運用しており、その最大の受益者は間違いなく弟子と言える。リンチェンドルジェ・リンポチェ、仏菩薩は如何なるつまらないことをしたりはしないし、決して如何なる衆生も傷つけない。たとえ喜怒哀楽すべてが仏法であり、すべてが利益衆生であっても、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべて因縁、因果において衆生を利益する。

皈依して菜食してから彼の胃腸はずっと良くなった。しかし、ある年、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子をネパールへ引き連れ、蓮花舍利塔開光法会に参加した。飛行機を降りて二日目、彼の腹は突然に張って食が通らなくなり、腹を下すことも口から吐くこともできず、大変苦しく、彼はどうしたら良いか考えたが、どうしても吐くことができなかった。翌日の午前、法会中において、リンチェンドルジェ・リンポチェは振り返って見渡した。昼食の時、リーダーはリンチェンドルジェ・リンポチェからの電話で、彼をリンチェンドルジェ・リンポチェが宿泊するホテルまで来るように伝えさせた。そして彼は直ぐに運転手に従って赴き、ロビーで待った。その時、彼は一人だった。リンチェンドルジェ・リンポチェが食事を終わるのを待ってロビーに行くと、出会い頭にひどく叱られた。なぜ気分が悪いのに関心を持たないのか?彼は不満気にもう一人の漢方医に診てもらったのでと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは直ぐに叱責した。あなたは、自分は医者だから偉いと思っているだろう?あなたはどれだけ多くの人命を救うことが出来るか?あなたが注意を払わなければならないのは、心から関心をもつことだ!知らないうちに、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏足で彼を三回叩き、訓示した。病人の心を誠意を持って関心を払わなければどうして医者としてやっていけるだろうか?彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに感恩し、宿泊ホテルに帰った後、直ぐにしゃっくりが出て、おならも出て夜には空腹を感じ食べられるようになった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子と友達にはならず、弟子たちに輪廻解脱の方法を教えると再度強調した。そのためには、皈依する上師に対して必ず完全に投降、絶対的な信頼をしなければならない。事実、彼の心の中で、リンチェンドルジェ・リンポチェは一番に位置しており、彼の命の中で最も重要である。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは彼の命そのものであるから。もしも皈依していなかったなら、彼は自分がこれまでの事で死のうと思ったことが何度もあったことだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはSARSの前年、弟子を伴い、萬人による葉衣仏母の無病息災大法会を開催した。実は、この法会を行う前、多くの困難があったが、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべて克服してきた。法会の前日に壇城を建てるとき、多くの問題があり、結果リンチェンドルジェ・リンポチェは全日全夜寝ずに監督して完成させた。それでも翌日の法会ではまったく眠くなったりせずに法会に集中して完了させた。そのようであるから、SARSが流行した時、彼は少し恐ろしくなかった。なぜなら上師リンチェンドルジェ・リンポチェは既に加持していたからである。また。リンチェンドルジェ・リンポチェは出来の悪い弟子が心配で、加持済みの黒い団子を特に下賜し、彼が退院する時に必ず匂いを嗅いでみるように言いつけた。

リンチェンドルジェ・リンポチェにこんなにも長年付いているが、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に大礼拝を終えたかどうかを尋ねたことがある。彼は終わったと伝えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、変わっていない、力を得ていないのでもう一度始めからやり直すように言いつけたので、彼はその言葉通り始めからやり直した。リンチェンドルジェ・リンポチェが伝える法はすべて珍貴である。上師が伝えた加持は、皈依した時、彼はずっともしも、リンチェンドルジェ・リンポチェに出会えなければ、今生に来た意味はなかったと思っていた。そのことから、彼は尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェが皆に厳しく監督し叱り、皆を真に輪廻の苦海から解脱させるように頼んだ。最後に、彼は尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェが法體を安康、法輪常轉、六道衆生を利益することを祈願し、皆が辛抱強く清聴してくれたことに感謝した。

尊貴なるリンチェンドルジェ・リンポチェは、法座に上り、自ら共修法会を主侍し、弟子を伴い、10000回六字大明咒持誦し、護法儀軌と迴向を円満に修持した後、大衆に珍貴な開示を慈悲深く与えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「誰か弟子の中で古文、国文を教える人はいるか?」と尋ねた。会場において、一人の在任中の中国文学教授である弟子が自分は中文を教えていていると報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェは尋ねた。「中文を教えるとは中国人の文化を教えるということか?」弟子は「そうです!」と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて、「もしも古代において、年配者またはハイクラスの人に、生まれて間もない赤ん坊の名前を改名して欲しい場合、両親はどのような礼をするべきか?《禮記》には書いてあるか?」と尋ねた。弟子は、「リンポチェに報告します。弟子はどのような礼が必要かどうかを確定することができません。しかし、子供に名前をつけることは非常に重要なことであり、年配者に祝福してほしいと思い、そのためどのような礼を準備するとしても、恭敬心は非常に非常に大切です。」と答えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて開示し、皆は聞いた。以後誰がリンチェンドルジェ・リンポチェに新生児の改名を頼む際の第一の条件は夫婦共にリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子であることである。もしも、一人が弟子でない場合、弟子でない者は最低でも今生で完全な菜食であること、そうでないなら頼んではいけない。あなた方はリンチェンドルジェ・リンポチェに冗談を言っているのか?子供の遺伝子の半分はあなたのもので、残りの半分はもう一人のものである。現代医学でも遺伝子は父母の遺伝である事ははっきりしている。その意味は父母の如何なる行為も次世代に影響するということである。リンチェンドルジェ・リンポチェは既にあなた方の礼は要らないし、リンチェンドルジェ・リンポチェによって知るとおりである。もしも先人に名前をつけてもらうことを頼むなら、礼が軽すぎれば入ることもできない!あなた方は皿を両手で持ち、硯を持ち、2つの贈答品だけで名前を求めることが出来ると思っているのか?

あなた方は今では益々図々しくなっている!あなたの相手方があなたと喧嘩するのを避けるため、相手方が仏教を学ぶことや菜食することを承諾しないことを認めるなら、子供を抱き、リンチェンドルジェ・リンポチェに改名を要求しないように。リンチェンドルジェ・リンポチェは絶対に変えたりしない。既にそのような者が何人も来る。昨日も一人来た。あなた方は、今では「慈悲」という二文字を完全に誤解している。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた方の子供の名前を変えて責任を負うことはできない。けれども少なくとも加持であり、あなた方は益々ひどくなる。リンチェンドルジェ・リンポチェも今は年老いたので、更に厳しくなり、妥協しない。あなた方が嫌ならここから離れれば良い。

前に、或る弟子も同じだった。彼女は初めて出産した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは無理をして彼女のために改名を助けた。二人目の子が生まれた時にもやって来た。夫はリンチェンドルジェ・リンポチェを見下していたのだから、彼女は子供を連れてきては行けなかった。それなのにリンチェンドルジェ・リンポチェを騙し、夫は階下にいて時間が取れないと言った。あなた方は改めて皈依した弟子の話を忘れてしまったのか?彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに息子の改名を頼む時、その日に短気を起こした。その結果、子供は直ぐに亡くなってしまい、彼自身も癌に罹り、もう少しで死ぬところだった。あなた方は本当に仏菩薩に冗談を言っているのか?あなた方はまったく徹底的に上師を利用し、心には恭敬心はないのか?することすべては如法ではない!

リンチェンドルジェ・リンポチェは、一人の元天主教の弟子を呼び、以前天主教にいた時、もし神父に新生児の改名や洗礼を依頼する場合、神父は「あなた方夫婦共に主を信じているか?」と尋ねるか?弟子はそうだと答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは引き続き開示した。なぜ仏菩薩はあなた方に虐められるのか?他の宗教は子供が改名や受洗を依頼するのなら、両親共にその宗教を信じていることを求める。リンチェンドルジェ・リンポチェのあなた方に対しての要求は既に非常に謙虚であり、ただ菜食であれば良いというものである。それなのに、あなた方はそれもできないと言う!昨日、その弟子は子供を抱いて来て改名を求めたが、思わせぶりに夫を見た!仏教の所以の未来は滅亡する。即ちあなた方、皈依した弟子の手の中で滅ぶのである!誰もが子供の改名を求めるが、リンチェンドルジェ・リンポチェは、以後は子供を加護する。そうすれば多くのことが省略できる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、益々妥協しなくなっている。あなた方が少しでも仏法に違反したなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなたを叱責し、そしてしない。あの新たに皈依した弟子の話はこんなにも明らかである。あなた方は未だに悪事を働いていて、それでもあなたの身に降りかからないと思っているのか?リンポチェとしての身分を保つのは本当に可哀想である。あなた方の婚姻関係を維持させなければならないし、あなた方の家々の大小の雑事を解決しなければならないし、あなた方の健康、富を守らなければならず、何でもあなたに良く対しなければならない。あなた方はリンチェンドルジェ・リンポチェに何を与えたのか?仏菩薩に何を与えたのか?別の宗教は子供の改名、洗礼を求めるのならば両親の信教を求める。なぜ私達はできないと言うのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなた方の相手方に仏を信ずることを強制していない。けれども少なくとも相手にはっきりと伝えてから来こなければならない。あなた方はリンチェンドルジェ・リンポチェに何をするのか?誰もが物事が起こってから、「感恩リンポチェ」と言う。何に感恩するのか?リンチェンドルジェ・リンポチェが話した事をあなた方は何も聞かないのに!仮にあなた方は自分が中国人であると認めず、自分が外国人であるとしても、外国人には外国人の礼儀がある。仮に外国人が改名を求めたとしても、あなた方のように適当ではない!あなた方にこれからはリンチェンドルジェ・リンポチェに改名を頼まないことを勧める。数千元のお金を払って姓名判断を頼めば良いのであり、そうすればあなた方は仏教を学んだために婚姻が破滅することはなくなる。先ほど提示したあの弟子は今でも騙す。リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと我慢した。そして今日やっと叱責した。

あなた方が誰に嫁ぐか、リンチェンドルジェ・リンポチェに係る権利はないし、干渉する権利もない。けれどもあなたがリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子であり、あなたのした行為が仏法に違反するのなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた方を叱る。けれども、それはあなた方に家に帰って自分の夫を叱るように言っているのではない。なぜなら、あなたの縁によってあのような夫に嫁いだわけであり、自分はそれを受け入れなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは全く理解ができない。天主教、回教どれも皆、同じ宗教の相手を選ぶことを要求されるのに、仏教徒は全くその必要がないのか?あなた方は仏菩薩をこんなにも虐めているのか?

仏法の所以は益々このように変化してきている。あなた方は一日中、仏法を使って加護を求めている。誰もが皆同じであり、表向きは仏を信じていながら何を信じているのか?あなたが夫の考えを変えることができないなら、少なくとも相手方にはっきりと言ってから来るべきであり、もし彼が認めないというのなら諦めるべきだ。それなのにあなたは上師を悪者にするのか?世界的に見てもこれは非常に奇怪な現象である。一日中、仏菩薩を虐め、仏菩薩は慈悲深く罰しないと思い、それで自分は悪行が出来ると思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェに見つけられて叱られたらその時に考えようと思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェはなぜ、仏法を説かないのか?なぜなら10数年教えてきても、あなた方は未だにこのような徳行を行わず、言うことを聞かない!

リンチェンドルジェ・リンポチェは、元天主教徒の弟子に尋ねた。「天主教では、神父に結婚の立合いを依頼する時、神父は彼の相手方が信徒であるかどうかを尋ねるか?」弟子は「尋ねる」と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは尋ねた。「それでは相手方が信徒でない場合はどうするのか?」弟子は「その場合、誓約書にサインし、一定期間内に洗礼を受けるように要求される。」と答えた。その場でリンチェンドルジェ・リンポチェは重ねて叱責した。あなた方には出来るのか?仏菩薩の何が面倒だと言うのか!時には天主教のやり方は良いと思う。あなた方に誓約書にサインさせるのだ。あなた方は仏菩薩を虐めている。真にいじめ続けている。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、引き続き元天主教徒の弟子に尋ねた。「もしも、誓約書にサインすることを承諾しない時はどうするのか?」弟子は「通常彼らは教会で結婚式を行うことができない。」と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、もう二度とリンチェンドルジェ・リンポチェを悪者にしないでほしいと開示し、皆は聞いた。あなた方は仏教を学ばない相手方を好きで結婚しようとするのだから、リンチェンドルジェ・リンポチェにはそれを干渉する権利はない。しかし、信じない者は寶吉祥仏法センターに入ってはいけない。なぜ他では出来るのに、仏教徒はできないのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは民主がこの程度であることを信じない。あなた方は一日中、リンチェンドルジェ・リンポチェに求めて、あなた方の相手方を強いる。ここには一人としてまともな人がいない。

やはり護法アキが素晴らしいのか、数名の天主教の人がやって来てリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した事をあなた方にはっきりとさせておく。またリンチェンドルジェ・リンポチェはわざとあなた方を詰っているのではなく、あなた方はそれらしくないのである。他の人たちは自分の信仰をしっかりと持つが、あなた方はどうなのか?あなた方は或る事対して非常に拘りをもっている。その或る事とはリンチェンドルジェ・リンポチェが何事についても請け負うことである。そしてあなた方に良い日々を過ごさせることである!あなた方は何も改めたりしない。あの新たに皈依した弟子が今では病気が治ったように。やはりこれは徳性である。一家が良い日々を過ごすために、ただ口先だけで感恩と言う。続けてリンチェンドルジェ・リンポチェは叱りはしない、皆に続けて念じるように表示した。

« 昔の法会開示 – 法会開示へ戻る – 新しい法会開示 »

2017 年 04 月 22 日 更新