尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年9月21日

法会の開始に先立ち、2013年6月2日に皈依した一人の弟子が、兄弟子、大徳の方々に、自分と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェとの結縁の過程をお話しする機会をくださったことを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに自身の悪行を懺悔した。

「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのおかげで、私は家を買った因縁で寶吉祥を知ることができ、こうして金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの門下に皈依し仏法を学習できていることを、先ず私は感謝申し上げたい。2011年、私達は徐兄弟子の台南の家を買った。この事が私達と寶吉祥との結縁の契機となったのだ。

当時徐兄弟子、李兄弟子のご家族は、上師に近しくするため、一家で北部への転居を決め、不動産会社に家の売却を委託しており、私達は台南の仲介業者を通して家を探していた。2月28日ある家を見て外に出てきた時、仲介業者が『前の方の角に店舗があるが、それはこれこれの価格で売っています』と指差して言った。当時仲介業者はただ価格を比較するための暗示を行っただけだったが、思ってもみなかったことに、母が『じゃあ、私達も見に行ってみましょう』と言ったのだ。こうして徐兄弟子の家の前へと私達は行ったが、母はすぐに喜んで『この家が気に入った』と言うので、仲介業者に頼み商談を始めることとなった。私は感謝申し上げたい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのおかげで、私達はこの、かつて日本食品店を経営し、グループの看板を掲げたことのある家を見つけることができたのだ。最初看板を掲げた時には、天辺に虹が出現したと、後に徐兄弟子が話してくださった。

南北の仲介業者の連携を通して、4月1日私達は不動産業務担当の白さんにお会いした。初めてお会いした時、白さんは私達に『私達のオーナーは、絕対に人を騙してはならないと言っています』と言われたので、私は『このオーナーは本当にいい人だな』と思った。そして、そのオーナーが一人の在家のリンポチェであられると知った時、私はたとえようもない喜びを感じた。4月4日、徐兄弟子家族は南部に来られ、私達は契約した。

不動産売買と言えば、いくらかは緊張するだろうと想像していたが、私達と徐兄弟子一家は始めから知り合いのようで、ほとんど何のわだかまりもなく、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生をお救いになった事蹟について語り合うようになった。白小姐は自分の弟が金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの済度を頂戴したあらましについて語ってくださり、徐兄弟子は、自分達夫婦は皈依前には重度の不妊症で子供ができなかったが、皈依後に元気な女の子を授かったこと、娘が2歲の時に階段から転げ落ち、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる救護を得て、無量化身で娘を抱き上げてくださった(寶吉祥仏法センターHP・リンチェンドルジェ・リンポチェ無量化身第9編をご参照ください)こと等について語ってくださった。その契約は、素晴らしい体験談発表会のようだった。契約はただついでに行っただけのようで、私達は興味津々で兄弟子達の体験談を聞き、内心とてつもない賛嘆を感じていた。

契約の日リンチェンドルジェ・リンポチェが毎年『阿彌陀仏無遮大済度法会』を開催されていると兄弟子からうかがった。会場では功徳主を設けず、公平な抽選の方法で点灯者を選んでおられ、ご自分の利益のための法会開催ではないと知り、私は心の底から賛嘆を感じた。私はかつて顕教と他の蔵伝仏教道場に触れたことがあったが、ほとんどどの道場も、募金と功徳主のことでたくさんの問題を抱えており、ほとんどどの道場も信衆も弟子も足りないといって困っていたため、信衆に媚びへつらうようなところもあった。そのためリンチェンドルジェ・リンポチェがこのように平等に衆生に慈悲なる利益をくださることを私は深く讃歎申し上げたい。これがどんなに大智慧で、大慈悲で、素晴らしい事であるか。『阿彌陀仏無遮大済度法会』と『祖師ジッテン・サムゴン紀念法会』への参加を申し込めたことを、私はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

契約時には、徐兄弟子がたくさんの宝物を持って来てくださったため、その日私達は『快楽と痛苦』を頂戴し、漢方薬軟膏を頂戴した。そして宝石店を訪問する約束をした。初めて宝石店へ行くため台北を訪れた際、徐兄弟子が道すがら『リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達の福報が充分でないことをご存知なので、どの弟子の家にも宝があるよう願っておられる。そうでなければ、私達のような普通の家庭が、どうしてこのような宝物が持てるだろうか?しかも最も重要なのは、リンチェンドルジェ・リンポチェはビジネスで得たすべてのお金を教派護持、衆生利益に用いられるのだ』と私に話してくださったことをよく覚えている。後にレストランで兄弟子にお会いした時うかがったお話では『ある旅行の際、オークション会社のスタッフと知り合った。その人は私に対して、あなたが身に着けているものは一千万元を越えるでしょう!、と言った』というのだ。兄弟子は『そんなはずないでしょ!リンチェンドルジェ・リンポチェはものすごい優待価格で私達に宝を持たせてくださるのだから』とおっしゃったという。私は感慨深く思い『私達にそれほどの見る目がある訳ないじゃない!』と言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがお与えくださる一切に私は感謝申し上げたい。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェは宝石店の因縁を通して、宝石より大切なのは人としての原則だと教導くださったことを私をさらに感謝申し上げたい。

2011年4月、私はLOGO指輪と翡翠のペンダントトップを注文した。一週間後、翡翠でできた観音様のペンダントトップが宝石店に入荷した。非常に荘厳で私は一目で気に入ってしまった。宝石店の兄弟子は、価格をうかがった後、電話で私に教えてくださった。それは、LOGO指輪に翡翠ペンダントトップを足した価格より少し高かった。私は聞いた瞬間、予算をオーバーしてしまうので躊躇した。兄弟子は私に『この前注文した翡翠のペンダントトップを観音様のペンダントトップに交換してもいいですよ』と言ってくださった。その時私は悪念を起こし、『じゃあ、LOGO指輪も換えてもいいですか?』と言ってしまった。すると兄弟子は『絶対に換えたいと言うなら、もちろん換えてもいいですよ。でもリンチェンドルジェ・リンポチェは私達に、口から出した言葉は信用第一だ。人として約束は守らなければならない、とお教えくださいます』と厳粛に言われた。その時私は間違っていたと非常に恥ずかしく思い、考えた後、もとの通りにすることを決めた。この事の後、リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる教法に私は常に感謝申し上げており、また兄弟子のご指摘にも心から感謝している。『言葉の信用を守り、約束を守る』この原則は、簡単なようだが、行うのはなんと難しいことか!

この機会に、私は懺悔したい。かつての私はあまりにも不安定だった。小さいものでは買物した後後悔して返品したり、交換したり、大きいものでは婚約後にそれを破棄したり。いつも利己的に自分の立場だけを考え、自分の算段で多くの人を苦しめていた。今回宝石を買ったことで、私の悪習は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに暴かれてしまったのだ。私は懺悔し、さらには心から感謝申し上げたい。この後、私は自分に『言葉の信用を守り、約束を守る』を力を入れて学ぶべき課題として言い聞かせ、約束する前により慎重でなければならない、と言い聞かせている。私は徐々に『言葉の信用を守り、約束を守る』を真に為し遂げようとするなら、他人の立場、思い、得失を最優先にし、自分の個人的な好悪の感情に構わないことも必要で、自己の利害得失を優先しないよう学ぶことも必要で、強い意志力で自分の利己的な考えに立ち向かうよう学ぶことも必要で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがお示しくださる『原則は永遠に得失損益より重要だ』を常に学習しなければならないと理解できるようになっている。

宝石店を知り、兄弟子のお話をうかがい、リンチェンドルジェ・リンポチェは本当に素晴らしいと賛嘆する思いが強くなった。王兄弟子は私に、当初リンチェンドルジェ・リンポチェは、女性弟子達の福が薄いため、宝石を身につけることでいくらか気品が増すことを願われ、宝石店を経営なさるようになったと教えてくださった。私はよく覚えている。兄弟子が食卓で私にお話し下さった時、私は上師の恩徳に感動して嗚咽したほどだった。宝石店の兄弟子は『宝石業界では加熱処理を一般に当然のこととみなしているが、それとは異なりこの宝石店の宝石はすべて天然の非加熱のものだ。宝石業界では、貴重な天然の非加熱宝石は、お金があれば買えるというものではなく、お金があっても、真の天然宝石を一生見つけられない人もいる。私達がこれら宝物を得られるのはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェが宝石業界で積み重ねてこられた長い経験と、誠意原則を堅持することで培ってこられた声望の賜物なのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの大福報庇護があってこそ、こんなに貴重な宝物を得る機会が得られたのだ』とお話くださった。

またかつて、ある兄弟子が『スターサファイヤの指輪を購入したが、二度も失くしてしまった。見つかったけれども、自分の福報が不充分なため安定して身に着けていられないのだ、と恥ずかしく思い、言い出すことができなかった。ところが思ってもみなかったことに、どれほどもしない内に、リンチェンドルジェ・リンポチェが宝石店のスタッフに指示し、返品するよう私達に伝えてこられたのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが自ら検查してくださった後、加工に問題があったと確認され、より質が高くより美しいスターサファイヤを三個選ぶよう言われ、指輪をデザインし直すようご指示くださった。つまり、より質が高いものを一個私達にくださったということになる。それなのに、全く割りに合わない少しの加工料しか受け取ってくださらなかった。スターサファイヤは非常に希少な特殊効果宝石であるのに、リンチェンドルジェ・リンポチェはきちんと責任を取られるため、コストも損得もお考えにならなかったのだ』とお話しくださった。当事者である兄弟子は私達に『これはリンチェンドルジェ・リンポチェがくださったものなのだ!』と感謝してお話しになった。私は感謝申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェは『原則は永遠に得失損益よりも重要だ』と再びお示しくださったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがビジネスを行う際の原則は、衆生に損をさせないということで、すべては衆生を保護するためなのだ。

契約が完了してしばらく後、徐兄弟子は電話で『あなたを連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜りたいのですが』とお話しくださった。その時私は非常に緊張した。リンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかれるとは、なんと殊勝なる事であることか!けれども、因縁を大切にすべきだと分かっていたため、私は『お願いします。でも何をうかがったらいいのか分かりません』とおずおずと言った。徐兄弟子は父の済度を求めてはどうか、と提案くださったので、私はこうして初めて拝謁申し上げる機縁を得たのだ。

初めて道場を訪れ、順番を待ってお目にかかった時、リンチェンドルジェ・リンポチェの御前に出ると、私は冷え症体質であるのに、心と身体に暖流が流れこんだように非常に暖かく感じ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの強大な加持力を感じた。私が跪くと、リンポチェは『どうしたのか?』とお尋ねくださったので、『リンチェンドルジェ・リンポチェ、どうか父を済度させてください』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『済度?済度してどこへ行くのか?』とおっしゃったので、私は非常に恥ずかしく思った。リンチェンドルジェ・リンポチェは私の信心と恭敬心が不充分であることをご存知だったのだ。私は『父が今どこにいるのか分かりません』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『父は生前肉を食していたか?』と尋ねられたので、私は『はい』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはさらに『父は学仏していたか?』とお尋ねになったので、私は『していませんでした』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『肉食しており、学仏していない。ならば当然地獄にいるだろう』とお答えになった。続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『済度とはお金を出せばできるというものではない。ここでは点灯していない。功徳主も設けていない。いわゆる済度とは、亡者の子女が仏菩薩の慈悲心と相応しなければ、亡者は真の済度を得ることはできないのだ』と開示くださった。私は頷いて肯定を示し、内心で感謝し讃歎申し上げていた。続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはさらに『父には何人息子がいる?』とお尋ねになったので、私が『二人です』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたの父は、自分には二人息子がいるのに、なぜ二人の息子は来ていない?と申している』と言われた。私は心の中で『下の弟は私が来いと言えば必ず来るだろう。上の弟は分からない』と思っていると、口を開かない内に、リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたが言っていないなら、それはそなたの問題だ。そなたが言ったのに、彼らが来ないなら、それは彼らの問題だ。来週もう一度来るがよい』と慈悲なる開示をくださった。私は感謝申し上げたい。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは衆生をお見捨てにならず、機会をくださったのだ。

この機会に、私は懺悔したい。自分は当時因果を深く信じておらず、父のために懺悔し福報を累積することを知らず、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのお力とお時間を無駄にしてしまった。また尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。2013年旧暦の1月1日弟子と信衆を率いて『地蔵経』を念誦した際『会いに来る者はだれでもみな、亡者がどこにいるか分からないという。地蔵菩薩のように因果を深く信じ、母は学仏していなかったので三悪道に堕ちていると分かっている、という者はこれまで一人もいない』と慈悲なる叱責をくださった。その時私は、自分が過ちを犯し、親不孝で、因果を深く信じていないことを非常に恥ずかしく思い、また尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる教導にご恩を感じた。

初めて拝謁賜った次の週、私は下の弟と弟の彼女を連れて、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた。跪くと、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに『 リンポチェに申し上げます。これは私の弟でございます』と申し上げた。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは弟に『学生なのか?働いているのか?』と尋ねられたので、弟は『今は建築師事務所で働いています』とお答え申し上げた。するとリンチェンドルジェ・リンポチェは弟の仕事に対する態度について『叱られてから考えようでは駄目だ。ボスが思いつく前に思いつかなければならない。少しの誤差でも、ボスはたくさんの損をするかもしれないし、人命にかかわるかもしれないからだ』と開示教導くださった。続いて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『今日は私がそなたを叱責しようというのではない。父に代わってそなたを叱責しているのだ。父もかつてそなたに言ったことがあろう。ただ、そなたは従わなかった』と仰せくださった。

私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げたい。弟は三歲で父を失い、父についての記憶がないことが残念だと言っていたことがあった。弟は父親に導いてもらいたいと強く望んでいただろう。けれども残念なことに、住む世界が違うため、父が何を言っても弟には聞こえない。父は生前薬学を教える副教授で、非常にまじめで厳しい人だったため、仕事に対する弟の態度が見ていられなかったのだと思う。幼くして父を失った弟に、父の教えの温かさを感じさせてくださったことを、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは私に『先週私は何と言ったか?』とお尋ねになったので、私が『リンチェンドルジェ・リンポチェは父は地獄にいると言われました』とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『先週そう言ったのは、弟を連れて来させるためだった。そなたの父は非常に伝統的な中国人なので、息子が来るべきだと考えているからだ』と開示くださった。続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは父の名前と干支をお尋ねになり、菜食できるか、とお尋ねになった。私達が『できます』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは、父の済度のため、施身法法会に参加することをお許しくださった。

その日は弟の彼女が、自分の母がヘルニアで苦しんでいたが、手術を受けるべきかどうか決めかねていたため、一緒に拝謁に訪れていた。そのため最後に私はリンチェンドルジェ・リンポチェに『これは弟の恋人でございます』と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは笑って『よろしい!』とおっしゃり、続いて弟を指差し、弟の彼女に『これだけ言っても、改めようとしないなら、一週間彼を無視するが良い』と仰せになった。続いてリンチェンドルジェ・リンポチェは『そなたの母がヘルニアになったのは、かつて魚を殺した果報だ。手術しなければ痛み、手術にはリスクがある。帰宅後家人とよく話し合うことだ』と仰せくださった。拝謁を終えた後、弟の彼女は『リンチェンドルジェ・リンポチェはほんとうにすごい。彼の仕事に対する態度について、私もこれまで何度も言ったのに、全く改めようとしなかった。しかも彼が最も恐れているのは、私に無視されることだ!このすべてをリンチェンドルジェ・リンポチェはご存知だったのだ!』と賛嘆して言った。

リンチェンドルジェ・リンポチェが根気良く教誨くださり、行き届いた注意を常にくださることを私は感謝申し上げたい。ここで私は深く懺悔したい。私が施身法法会に参加する信衆であった頃のある晚、仕事を終えて帰宅すると、突然温かいスープが飲みたくなった。そして、心に悪念が起こり、車を走らせて普通の麵の店へ行き、麵を注文し、おかみさんに肉を入れないで欲しいと言ったのだ。当時愚かな私は懺悔を知らず、帰宅の途上も傲慢にも『六祖慧能も弾力的な菜食をなさっていたのだ』と自分に言い訳をしていた。その結果次の施身法法会においてリンチェンドルジェ・リンポチェは『法会への参加を求めに来た時、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず菜食できるかと聞いている。できると答えたたものを参加させているのだ。六祖慧能も弾力的な菜食をなさっていた、と言うものもいるだろう!そなた達に聞こう。六祖慧能は空性まで証されていたのだ。そなた達も空性まで証しているのか?』と法座で叱責なされた。ここで私は自分が約束を守らなかったことを懺悔したい。そしてリンチェンドルジェ・リンポチェの大威徳力とあらゆることに関する慈悲なる叱責に感謝申し上げたい。当時まだ信衆であった私をさえあんなにもしっかりと見守ってくださるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて開示くださったように、衆生はほんとうに業障が深く重いので、言葉が足りず、注意が行き届かなければ、すぐにもとに戻り、墮落してしまうのだ。

2011年11月私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依をお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『私は厳しいぞ。なぜ皈依を求めるのか?』とお尋ねになった。無知な私はその時『衆生を助けたいからです』と答えると、リンチェンドルジェ・リンポチェは『自分の問題さえ解決できていないのに、衆生を助けたいとは傲慢だ。今回はそなたの皈依は受け付けない』と叱責くださった。その時自分は恭敬心がなく、傲慢で、思い上がっていたことを私は深く懺悔したい。また同時に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの叱責の一言一言には、無盡の慈悲と智慧を含んでいることに深く感謝申し上げたい。リンチェンドルジェ・リンポチェに叱責された後、無知な私は常に反省しリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる教法を会得できるようになり、自己の間違った心構えを懺悔した。同時に私は後に『懺悔法テープ』中でリンチェンドルジェ・リンポチェが『学仏では先ず出離心を持ち生死を解脱しなければならない。生死を解脱できていない内は、衆生を救いたいなどと偉大な発願をしてはならない。そうでないならその時になって、上にも行けず下にも行けず、ということになるだろう』と開示くださっていることに感謝申し上げたい。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがいつでも慈悲深くも衆生の誤まった考えを糾し、いつでも衆生の考え方が偏離するとすぐに引き戻してくださり、いつでも慈悲深く衆生の学仏次第をお導きくださり、いつでも衆生の将来の死の時のために障礙を取り除いてくださることを私は感謝申し上げたい。私はリンチェンドルジェ・リンポチェの衆生をお見捨てにならない無盡の慈悲に深く感謝申し上げたい。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが衆生をお見捨てにならず、2013年6月2日に皈依させてくださったことを私は感謝申し上げたい。私は自らをとてつもなく恥ずかしく思う。私が如何にしてに悪であるか、リンチェンドルジェ・リンポチェはみなご存知だ。自分勝手で利己的で、思い上がり、業障が深く重いため信心が安定せず、恭敬心も不安定で、いつも自分の無知な頭で物事を考え、自分を守ることだけを考え、貪嗔痴慢疑五毒と忌妒に従い悪念を起こし、悪業を為している。私が金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げたのは、病の苦しみのためではなかったが、実は心の病が極めて重篤だったのだ。けれどもリンチェンドルジェ・リンポチェはやはり慈悲深く攝受くださり、たとえ厳しい叱責のようでも、実は無盡の慈悲と哀れみを含み、衆生が三悪道に堕ちるのが忍びなく、衆生が悪事のために苦果を味わうのを忍びなく思ってくださっているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも無盡の慈悲で衆生に機会をくださる。自分をしっかり見つめなければ、私に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの門下に皈依する資格などあるはずもない。けれども仏と無二無別のリンチェンドルジェ・リンポチェはいつも衆生をお見捨てにならない慈悲を抱かれ、衆生にいくらかでも恭敬心、学仏の心があれば、仏法を聞き、仏法を学習し、自己を改める機会をくださり、衆生が生死を解脱できるようお助けくださるのだ。これこそが真に無上にして至高の恩徳であると賛嘆申し上げたい!

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げるまで、私は本当に小船が五濁悪世の中で浮き沈みしているように、業力に従い悪縁善縁に次々にぶつかり、生きる意義、人生の目的をいつまで経ってもはっきりとつかむことができなかった。己さえはっきり分からないさまざまな目標を追いながら、自分がいつか直面する死、家族や友人の死に対してしばしば恐れを感じていた。私は感謝申し上げたい。仏と無二無別の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは大医王の慈悲智慧で、私を導き命の本質を分からせてくださった。それはただ一つの段階に過ぎず、良いことも悪いこともすべてはただ一時的なもので、重要なのは薰習を通して、上師に対する信心を堅固にし、上師に従い仏法を学習し、輪迴の巨輪を離れ、生死を解脱することなのだと知らせてくださったのだ。

私は上師に感謝申し上げたい。皈依後しばらくして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持庇護の下、母が受けるべき重い報いが軽くなったことがあった。7月7日の夜、私は法会に参加し台南に戻ったところ、母は犬を連れてオートバイで家を出た。しばらくして母から電話があり、家から遠くない公園路の交差点で交通事故にあった、というのだ。私は現場に駆けつけた。先ず目に入ったのは、重なった二台のオートバイだった。続いて、母が人に支えられ道端に立っており、検査に向うため救急車を待っているのが見えた。見たところ大事ないので、私は先ず帰宅し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェとアキ仏母に頂礼申し上げ、リンチェンドルジェ・リンポチェに母とぶつかった相手、母より状態が悪そうに見えた若者を加持くださるようお祈り申し上げた。次に健康保険カード、漢方薬軟膏を持って病院へと急いだが、しばらくして相手の若者がかけてきた謝罪の電話を受け取った。検查の結果、母はいくつか痣と擦り傷がある他、一~二針縫合する傷口があっただけだった。

後に私達は、弟が事故現場を撮った写真を見て、ほんとうに不思議に思った。二台のオートバイが衝突し、相手側は前の部分が完全に壊れており、母の方はボディが歪んでいるのに、二人と一匹の犬は揃って無事だったのだ。母は『ぶつかった瞬間の印象が全くない。意識が戻った時、私は倒れたオートバイの上にしっかりと座っていたのだ。まるで誰かが私を助け起こしてそこに座らせてくれたように』と言う。私はそれを聞き、その時すぐに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにありがたく思い、土曜日には台北へ行き上師の恩に感謝申し上げた。拝謁申し上げた時、私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに『リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げます。母を加持くださりありがとうございました。母は日曜日交通事故に遭いましたが、とても軽い傷で済みました。リンチェンドルジェ・リンポチェのご恩に感謝申し上げます』と報告申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはしばらく入定なさり『なんでもない』と仰せになった。リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなた達一人一人の命はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェが救ったのだ』と開示くださったことがあるが、全くこの言葉の通りである。私は感謝申し上げたい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子達のこの肉体の命に新しい活路を開いてくださり、弟子達の法身慧命を救ってくださり、弟子達の親族の命まで救ってくださる。オートバイショップのオーナーは、最初は母のオートバイは『直せない。新しく買えばおおよそ六万元だ』と言っていたが、しばらくして修理してしまい、かかったお金はわずか五千元だった。私と家人はリンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝申し上げたい。

私は感謝申し上げたい。上師が母を加持くださったおかげで、母の傷口は一週間でだいたい良くなってしまい、そのおかげで役立たずの私も7月16日にインド・ラダックでの『千手千目観世音菩薩法会』法会団に初めて参加することができた。私はよく覚えている。法会の一日目は陽射しが強く、その中を私達は戶外で法会に参加していたが、高山の直射日光は人を融かそうとしているかのようだった。けれどもリンチェンドルジェ・リンポチェの福択庇蔭のおかげで、その場にいたチベット人が日除けのテントを出してくれた。二日目の朝、兄弟子が『チベット人にとって、強い日差しは上師の加持で、雨も上師の加持である。一切を上師の加持と見做し一切の状況に喜んで耐えるのだ。寶吉祥の弟子のように柔ではない。けれどもリンチェンドルジェ・リンポチェはやはり弟子達が日光に曝され弱るのが忍びなかった。そのため特別に加持したので、今日は涼しいだろう』とのリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を伝えてくださった。果たしてその日は、同じ場所でありながら、空には祥雲が満ち、同様に晴れた戶外でありながら、身を置いた法会会場はクーラーが効いた室内のように涼しかった。

三日目には雨が降った。チベット人はいつもと変わらず、濡れた戶外の席に静かに座っていた。私達はまたしても上師リンチェンドルジェ・リンポチェの福択を頂戴し、室内で法会に参加することができた。尊勝なる直貢チェ・ツァン法王と上師リンチェンドルジェ・リンポチェとは戶外に面し、雨が降り込んでくるだろうひさしの下の法座で私達に修法くださっていた。法会が中頃まで進行した時、男性兄弟子があわてて入って来て『だれか使い捨てカイロを持っていないか』と聞いてこられた。後にリンチェンドルジェ・リンポチェが使い捨てカイロを必要としておられたと知った時、私はとても恥ずかしく、また強く申し訳なく思った。自分はリンチェンドルジェ・リンポチェからこんなにもたくさんの福択庇蔭を頂戴していながら、自分のことを考えることしかできず、自分が寒いか熱いかしか知らず、リンチェンドルジェ・リンポチェも寒さを感じるとは考えたこともなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはご自身の尊き生命、貴重な御力と修行の功徳福択をすべて、罪障が深く重い衆生を含む衆生にくださるのだ。私はこれまでリンチェンドルジェ・リンポチェのお立場に立って考えたことがなかった。深く懺悔したい。

これまでのことを思い返し、上師に対してたくさんの申し訳なさと懺悔を感じた。この一生で、好運にも仏と無二無別の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依でき、上師からあまりにも多くのものを頂戴してきた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがくださる殊勝なる教法に私は感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがお示しくださる偉大なる人格に感謝申し上げたい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下、上師の教法をしっかり心に留め、上師の教法により内心の五毒汚染を洗い流し、上師の教法を如実に体得できるようことを祈願する。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがここで語る機会をくださったことに私は感謝申し上げたい。そして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげで、愚かな私もここで上師を讃えることができることを感謝申し上げたい。最後に私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご法体が安康で、法輪が常転し、仏法事業が興盛となり、一切の有情に利益でき、直貢噶舉の法脈が永遠に流伝することを祈願申し上げたい」と彼女は述べた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ施身法法会を御自ら主法くださり、参会者に貴重な仏法の開示をくだされた。

「今日は台風が台湾を通過するだろう。法本には『台風、天災、地震、日蝕、月蝕が発生する時、修法の功徳は普段の倍となる』とある。道理は非常に簡単だ。地球が今日天災に見舞われるのは、すべて人類が為した悪のためだ。悪の業が成熟すると果報が出現するのだ。台風は気候の変化だと思っている人が多いが、実は台風が発生すると、台風内には人類に傷害されたたくさんの衆生がいるのだ。修法はそなた達が考えるように平安を祈るものではない。殺生せず、貪念を起こさなければ平安は訪れる。そのため、修法はこれら恨みを持っている衆生を済度させ、私達の怨を解決することで、災難を減らすものなのだ。

チベット仏教密法中には、この生で懸命に修めれば絕対に成就が得られる八つの密法があるが、いわゆる成就とは、この生で絕対に生死を解脱できるということである。今日リンチェンドルジェ・リンポチェが修める施身法は八大成就法の一つで、顕教と密法を含んでいる。施身法はチベットの一人の女性瑜伽士が1300年前に作り上げた特別な済度法だ。この法記載の原理は『大般若経』中の智慧に基づいている。『施身法』とは漢人の翻訳で、チベット語ではこの法を『断』という。一切の煩悩、輪迴の業力を切断するのだ。どんな法門も煩悩を絶つことができなければ、この一生での修行時にはたくさんの障礙にぶつかるだろう。

なぜ漢文翻訳は『施身法』なのか?それは修法者が密法の観想を通して、自己の身体を甘露に変え、諸仏菩薩に供養し、一切の衆生に布施して食べてもらうからだ。六道中の衆生はすべて必ず食の習慣を持っている。天界であろうと地獄道であろうと、どの衆生も何かを食べたいと思っているのだ。特に地獄、餓鬼道の衆生は食べ物が得られないので、観想を通して行者の身体を彼らが好きな食べ物で、しかも食べられる物に変えるのだ。食物は、食べられ彼らの身体の中に入ると甘露に変わり、一切の地獄、餓鬼道の衆生の心中の嗔恨心が止まる。彼らの心が嗔恨を止めて初めて仏菩薩と行者の慈悲を感じることができ、こうして初めて済度を受けることができるのだ。

済度とは、そなた達が考えているように念経、打七、迴向すれば得られるというものではなく、非常に複雑な素因を含んでいる。『地蔵経』では、家でだれかが往生するなら、その人が亡くなる前に、その人の耳元で『地蔵経』を大きな声で念じなければならないとある。その人が息絶えても念じ続けなければならず、しかもその人の財産を含む生前一番好きだった物を布施供養すると大きな声で知らせなければならない。現在この第二点ができている人はほとんどいない。誰ができるだろうか?父親が死ねば、残された財産は自分のものだと考えている。父の子供として、それは当然自分のものなのだ、と考えている。けれども『地蔵経』ではこうある。なぜ『地蔵経』ではこのように言うのか?それは『地蔵経』は特別に因果を説き、この生で如法修行しなければならないと私達に明確に知らせているからだ。いわゆる如法とは念誦や菜食することではなく、上師が教導くださる生死を解脱する仏法に従い一切の行為を行うことで、これを離れれば如法ではない。加護を求める、健康を求めるなどもすべて如法ではなく、邪見なのだ。

『地蔵経』中で地蔵菩薩ははっきり説いておられる。仏法を学べ、仏法を修行できる衆生は非常に少なく、在生の内に福報を得て具徳上師の助けにより済度できるというのもほとんど起こらない事だ。そのため、地蔵菩薩は非常に簡単な方法をお教えくださり、亡者に福報を累積させてくださる。『地蔵経』の後半では、亡者の家族は亡者に替わり広く仏事を行わなければならないという。たくさんの仏寺を巡り、点灯寄付することが広く仏事を行うということだと思っている人が多いだろうが、よく考えてみよ。仏経が書かれたのは唐代なのだ。古人の話はそんなに細かくない。簡単に要点だけを言い、さらには一字で表現してしまうことさえある。今のように大量に話し、携帯電話で大量の符号も入力するということはなかったのだ。現在人類の文化は崩壊に直面している。以前のような文字のない時代に戻ろうとしている。そなた達がスマートフォンを使用する時は、ほとんど笑い顔、泣き顔のスタンプばかり打っている。それは文字を書くことを怠けているのだ。

人類に文化があるのは文字があるからだ。符号を書くだけでよいと思うのか?犬と猫でも符号は打てるのだ。もしそうなら、人と動物とはどこが違うのだ?スマートフォンの発明者の業障が重いとまでは言えず、そなた達の業障が重いとしか言えないが、人類の文化は知らず知らずの内に消えてしまった。みなそれでもおもしろいと思っており、現代人はどんどん怠け者になっている。だからこそ、笑い顔のスタンプを押すだけで自分は好きだと表現し、泣き顔のスタンプを押すだけで自分は大変だと表現している。そしてこんなにも多くの頭のいい人が好んで見ており、誰かが一度押す度にお金を儲けている人もいる。末法時代の人間は頭が良さそうに見えるが、実はどんどん愚かになっているのだ。

広く仏事を行うの『広』とはたくさんの仏寺を巡ることではない。仏がかつて説かれた福報を累積し、亡者を助けるすべての事を行うということだ。『広』は『多』ではない。仏が説かれた一切の方法を受け入れ、仏が説かれた一切の事を行うということだ。『仏事』とは打斎、助念ではなく、仏が教えられた、説かれた事のことなのだ。仏が説かれたのは生死を解脱し、輪迴苦海を離れる事で、仏号を唱え点灯すれば良いというものでは決してない。リンチェンドルジェ・リンポチェが主法する済度法会は、どんな人が参加するとしても、リンチェンドルジェ・リンポチェは亡者の家族はこの一生必ず菜食しなければならないと決めている。それはなぜか?それはそなた達が供養せず、リンチェンドルジェ・リンポチェが未皈依の者の供養を受け取らず、しかもそなた達は普段好事を行っておらず、財産の寄付に応じず、広く仏事を行おうとしないからだ。これでは亡者はどうして済度を受ける福報があるだろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは条件を既に最低まで引き下げている。菜食はつまり不殺生だ。こうすることで慈悲の煙はようやく少しだけ出てくるのであって、感じることさえまだできない。慈悲の煙が出現すれば、そなたがこの亡者を救おうとしていると、上師と仏菩薩はようやく感じることができ、初めて相応できるのだ。昨日ある信衆が会いに来た。そして自分は『できるだけ菜食する』と言うので、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に『できるだけ仏法』を授けようと言った。『100日菜食する』と言う信衆もいる。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に『それなら100日間の仏法を授けよう。100日の後には亡者が戻ってくるだろう』と言うと、彼はなんと『いいですよ!』と言ったのだ

こうして、済度というものを儀軌と見做し、やり終えれば自分の事には構わないと考えている。なぜ亡者を済度させたいのか?それはすべての祖先の遺伝子は私達と同じだからだ。祖先が苦しめば、私達にも必ず影響が及ぶ。仏教が火葬に賛成し遺体を残さないのは、遺体を長く残せば土地がその人の遺伝子を吸収し、私達に影響を及ぼすからだ。中国人が風水にこだわるのは、地の気場が良ければ、遺伝子に対して良く、子孫にも良いからだ。はっきりさせなければならない。風水を妄信してはならない。そなた達は祖先の位牌を誤まった場所に置けば、次の世代に悪影響が及ぶと思っているだろう。実はそうではない。悪影響が及ぶのは、そなた達が祖先を済度させていないからだ。ある一世の祖先が済度されておらず、悪道中で苦しんでいれば、そなたのこの一生で必ず何かが起こる。なぜならその人は自分の苦しみを他人に教えることができないからだ。他人に助けを求めることはできず、自分と関係がある人にしか助けを求めることができないからだ。

なぜ仏教は、この一世で生死を解脱せよと求めるのか?その答えは極めて簡単だ。それは、この一生で生死を解脱しなければ、生生世世にわたりそれら遺伝子の干渉、嫌がらせを受け続けることになるからだ。そんなことはないと考えている人が多いが、実際にあるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェのある弟子は双子を生んだ。同じ父母を持ち、二人は一緒に生まれてきて同じ教育を受けたが、二人の性格は違う。これこそが過去世の業と祖先の違いによるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは一卵性双生児にも会ったことがある。医学的には同じだが、二人は性格も将来もまったく異なる。学問の好みさえ違うのだ。つまり、仏法こそが私達の生生世世の問題を徹底的に解決する方法で、医学、科学では徹底的な解決は望めない。

施身法は一人の女性瑜伽士マチク・ラプキドゥンマが特別の慈悲をもって創造なさった法だ。直貢噶舉では、行者がこの法を学ぼうとするなら、少なくとも10年の顕教の基礎がなければならず、すべての経、律、論根本の原理に対して過ちがなく、仏が説かれたのは何であるかをはっきり理解していなければならない。仏が説かれた事は非常に簡単だ。つまり輪迴の解脱だ。この10年の基礎ができていて初めて密法を学ぶことができる。上師は密法を教える前に、弟子にこのような根器があるかどうかを見極める。寶吉祥仏法中心で、リンチェンドルジェ・リンポチェはさまざまな方法を用いて弟子を試す。突然密法が学べなくなった人がたくさんいる。そなた達は罰せられていると思っているだろうが、これは罰ではなく、そなたに根器がなく、この縁がなく、三寶と上師に対して不恭敬だからで、そのため縁がないからだ。

密法は四つの部分に分けられる。事部、行部、瑜伽部、無上瑜伽部だ。密法の伝授を受ける前には、どの行者も『不共四加行』つまり10万遍大礼拝、10万遍百字明咒、10万遍献マンダ、10万遍上師相応法を必ず圓満しなければならない。現在は、出家衆でなく在家なら、一万遍大礼拝でも良いと言う教派もある。リンチェンドルジェ・リンポチェこのような言い方には同意できない。祖師が10万遍行わなければならないとお決めになったのだ。我々は祖師がお決めになった仏法を改変することはできない。なぜ10万遍行わなければならないのか。その道理については、いつかまた説明しよう。『不共四加行』をすべて為し遂げれば、上師は次に『本尊閉関』を伝える。閉関が完了し、OKとなれば、ようやく密法の伝授が始まる。OKとは、大神通が備わり、磁場が強くなった、ということではない。上師は、そなたの心が凡夫俗子の心であるか、修行者の心であるか、登地菩薩の心であるかを見極める。心が間違っているなら、伝法しても役には立たない。

そのため、施身法を学ぶには、これら条件を先ず満たさなければならないのだ。通常は観世音菩薩を本尊として閉関し、六字大明咒を100万遍唱える。100万遍六字大明咒はカウンターで数えるのではない。このようなのは数の内に入らない。少なくとも関房中で三ヶ月間誰にも会わず、六字大明咒を念じるのだ。100万遍念じ終わったなら、上師は、閉関で資糧を得られたか、自己と衆生に生死を解脱させる能力が備わったかどうかを見極める。ないとなれば、さらに閉関しなければならない。そなた達は誰も学仏していないのだ。活仏をお見掛けしたことがあるからと言って、自分は仏教徒だなどと思ってはならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは教派中でも厳格で有名だ。リンチェンドルジェ・リンポチェを知っている人は誰でも、リンチェンドルジェ・リンポチェが伝法に用いるのは古代のチベットで仏法を教える方法だと知っている。なぜ今はそんなに厳格ではないのか?それはあまりにも多くの寺廟に建て直す必要があるからだ。どの教派もお金が要る。お金が要るなら、厳しくはできないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは寺を建てないし、お金も必要でない。さらにリンチェンドルジェ・リンポチェは自分自身でお金を稼いでいる。そのため、非常に厳格なのだ。これが条件が厳しい理由だ。

施身法を学ぶなら、噶舉派のどの宗派であろうと、禅定の功夫─大手印を学ばなければならない。大手印は顕教と密法に分けられる。大手印をマスターしたいなら、必ず不共四加行を修めなければならない。そして上師に灌頂を授けられた後、ようやく上師が伝える口訣を修習することができる。口訣はそれほど長いものではない。短い数語だけだ。大手印は四つの次第―専一瑜伽、離戲瑜伽、一昧瑜伽、無修瑜伽に分けられる。どの次第もさらに三つに分かれるため、全部で十二次第がある。施身法を修めるには、離戲瑜伽まで証しなければならない。少なくとも空性を体得し、執著を軽くし、さらには一切のものに対する執着をなくさなければならない。当然最も重要なのは、既に慈悲心を備えていることだ。慈悲心を備えているだけでは足りず、菩提願がなければならない。しかも既に菩提を行っており、行為が既に菩提道内にあり、発願の段階を超えていなければならない。

種々の条件を満たした後でなければ、施身法の学習を始めることはできない。施身法を学ぶには一つの問題がある。それは必ず特定の法器─人腿骨が必要だということだ。人腿骨法器は、墓の中から適当に掘り出してくればそれで使えるというものではなく、非常に特別な条件が必要なのだ。骨の形状に規定がある。通常このような骨は天葬によって得られる。みな知っておろう。チベットには天葬がある。天葬されるということは、福報がある人だということだ。我々には天葬は残忍なように思える。遺体を切り分け、砕くのだ。初めての天葬台は、直貢噶舉祖寺の脇にある。そのため、天葬は直貢噶舉で特に有名だ。直貢噶舉の天葬とポワ法が知られているのは、それが我々の仕事であるからだ。腿骨は天葬時に見つけたものでなければ用いることはできない。しかも手に入れた後は当然上師の加持がなければ用いることはできないのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが現在使用している法器は、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王が以前お使いのものをリンチェンドルジェ・リンポチェにくださったものだ。蔵伝仏教の伝承から言えば、施身法の法脈は既にリンチェンドルジェ・リンポチェのもとに伝わったということだ。通常上師の法器は弟子に与えないものだ。惜しいのではない。上師は命さえ惜しくないのに、法器が惜しいはずがあろうか?与えないのは、弟子に用いる資格がないからだ。修行者が使用することで、すべての法器には護法がついている。そなたが役立たずなら、そなたに使わせるなど言うまでもなく、見る機会さえ与えないだろう。この法器がなければ、施身法を修めることはできない。これら条件が備わっても、その人と施身法とに縁があるかどうかを見極めなければならないのだ。

古代では、マチク・ラプキドゥンマは在家で、結婚し子供を生んだことがあるが、法脈を伝えることができた。マチク・ラプキドゥンマの仏寺は今でもチベットにある。蓮師の初めての仏寺-サムイェー寺(Samye Gompa)からさらに入った場所にある。尊勝なる 直貢チェ・ツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに訪れるよう以前から仰せだが、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ時間がなく訪れていない。施身法は在家でも出家でも修められる法なので、今ではたくさんの在家の瑜伽士が修めている。中後期に至ると、施身法は衆生に対して非常に大きな利益があり、不慮の死をとげた衆生と業障が重い衆生に対しても非常に殊勝であるとたくさんの人が知るようになった。瑜伽士の中にはどこかの家の門前に行き、修法し供養を受け取るものもいる。そのため、施身法の修法を許さない教派も徐々に出てきた。嫌な感じがするからだ。

以前は八大尸陀林で施身法を修めなければならないと決められていた。インドとチベットには合計八ヶ所の火葬場所がある。尸陀林は墳墓だと思っている人が多いが、実は火葬の場所なのだ。火葬台付近には必ず死者の魂がさ迷っている。そのため、これらの場所で施身法を修めるのであって、夜墓へ行って修めるのではない。ある弟子が以前別のリンポチェに従い学んだのは正しくないのだ。八大尸陀林には根拠がある。インドとチベットで計八ヶ所ある場所は、古代には火葬場で今も火葬場だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの一生では尸陀林へ行ったことがない。台湾にはないからだ。台湾で火葬場の傍へ行き修法したなら、殺されるかもしれない。なぜなら台湾人は迷信深いからだ。招魂しいっしょに帰ってしまい、亡者を起こしてしまい、その人も焼かれてしまう、と思っている。これは迷信だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を学んだのは、雲南の直貢噶舉の仏寺だった。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの寺をずっと護持している。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、最も殊勝な済度法を学びたいと言った。ご自分の仏寺を離れたことがなかった一人の八十数歲のラマ僧が後に昆明へ来られリンチェンドルジェ・リンポチェにお会いくださった。施身法を修めるには、必ず左手で鈴を鳴らし、右手で鼓を鳴らさなければならない。道理の通りなら、普通のラマ僧は鈴と鼓を学ぶのにおおよそ一年かかる。そうでなければリズムをつかむことができないからだ。けれども、当時リンチェンドルジェ・リンポチェは手にした瞬間すぐに鳴らすことができたので、自分は一つ前の世で施身法を学んだことがあるのだと分かった。この一世でまた思い上がって、こんなに大変な法を学んだと思っていたのだ。

後に、尊勝なる直貢チェ・ツァン法王はインドで関房中に特別にリンチェンドルジェ・リンポチェに灌頂をお授けくださった。この灌頂は必ず夜行わなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェははっきりと覚えている。その日灌頂前は空全体が真っ暗だった。リンチェンドルジェ・リンポチェが自分の部屋から尊勝なる 直貢チェ・ツァン法王の関房まで歩いていく間には灯りがない。その時リンチェンドルジェ・リンポチェは懐中電灯も手にしていなかった。突然 直貢チェ・ツァン法王の指示を受け、関房を出て、尊勝なる 直貢チェ・ツァン法王の関房へと赴いた。直貢チェ・ツァン法王が灌頂をお授けくださり伝法を完了し迴向する前に、突然空中で雷の音が鳴り響いた。それは非常に大きな音だった。直貢チェ・ツァン法王はちらっとご覧になったが迴向を続けられた。迴向後にリンチェンドルジェ・リンポチェに『以後そなたの仏法事業は雷の音のようになるだろう』とお教えくださった。みな雷の音を聞いたことがあるのだから、どうだか知っているだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝なる 直貢チェ・ツァン法王の関房を出ると、空には星と月が輝いていた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を学び、たくさんの衆生を利益し救ったが、実は自分も修行の面でたくさんの利益を得ている。そなた達は今日因縁があってこの法会に参加した。それはそなた達が過去世で仏法に触れたことがあるが、しっかり修めなかったので、この一世に再来したということだ。再来の因縁を続けるかどうかは、自分で決めることで、仏菩薩とリンチェンドルジェ・リンポチェが決めることでは決してない。この法会に参加すれば、自分は良くなり、お金が儲かると思っているなら、そなたには役に立たない。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは、他人に布施しなければならないとはっきり言っているからだ。こんなにも自己に執着し、自分がこんなにも多くの悪行を為したことを忘れ、それでも強く否認し、自分は良い人だと思っているなら、聞こう。ここにいる者で胎裡素(胎児の頃から菜食していた者)は何人いる?母が身籠ったその日から、そなたはすなわち悪者なのだ。そなたにそんな業力がないなら、そんな子宮には宿らなかったのだ。そなたの業力が良いなら、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子の子宮に生まれ、胎裡素となれただろう。

一口でも肉を食べたことがあるなら、仏経の因果論から言えば、すべて借りを返さなければならないのだ。なぜ死の前には誰でも苦しいのか?死を前にして苦しまない人を見たことがあるか?昏睡状態に陥ってから亡くなる人達は苦しんでいないなどと思ってはならない。修行人だけがはっきり去って行くのだ。なぜ苦しいのか?それは一口肉を食べれば、一口分の借りを返さなければならないからだ。先ほど、施身法は『断』だと伝えた。学仏の一切の障礙を断つのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、出世法、修行の面でしっかり行いさえすれば、世間法の問題は非常に少なくなる、とたくさんの人にいつも知らせている。原理はどこにあるのか?そなたが出世法を修め生死を解脱すると、そなたと関係のあるすべての衆生は将来そなたに従い生死を解脱することができる。この一生の家族だけではなく、生生世世でそなたに食べられ、傷つけられた衆生は、そなたが生死を解脱することによって、生死を解脱できるのだ。そのため、そなたに復讐し害を及ぼす者は徐々に減っていくだろう。

自分に害を及ぼす人はどうして現われるのか?それは、そなた自身が以前、害を及ぼす人だったからだ。そなたに害を為された人が、この一世でそなたに害を為すのだ。なぜ小三(愛人)、老三、老四(思い上がっている人)が出現するのか?それは自分も以前そうだったからだ。だから怨んではならない。どうしてこのような名詞が生まれたのか。小三があるなら小二だってあるべきではないのか?この名詞の発明も実におかしい。小二は古代では食事場所で働いていた人たちのことなのだ。世間にはたくさんの奇妙な事がある。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェは皆のために施身法を修める。慈悲まで学んでいようといまいと、自分自身の個人的な事のためではなく、今日は必ず内心から慈悲心を起こさなければならない。そして、願わなければならない。六道内で輪迴するすべての衆生が、我々が今日因縁がありこの法会を行えたことで、仏法の利益を得られることを。第二に皆、懺悔の心を持たなければならない。我々は生生世世で為した悪業を徹底的に懺悔しなければならない。『懺』とはすべての物事の結果を受け入れるということで、『悔』とは二度と永遠に為さないということだ。第三に、恭敬心が必要だ。今日どんな原因で来たとしても、仏法と三寶をどれだけ信じているとしても、恭敬は必須のものだ。なぜ恭敬でなければならないのか?それは、供養はすべて恭敬心から来るからだ。恭敬心がないなら供養も生まれず、供養がないなら福報もない。

ここで言う供養とは物質面を指すのではない。そなたの恭敬心が出現しているかどうかということだ。施身法はリンチェンドルジェ・リンポチェが発明したものではない。1000数百年にわたり伝わっているもので、簡単な法では決してないのだ。法に対して不恭敬なら、修行人に対しても不恭敬である。修行人に対して不恭敬なら、諸仏菩薩に対しても不恭敬ということになる。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日法座に腰掛けているが、それは自分自身ではなく、諸仏菩薩に代わり衆生を救っているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェを信じるかどうかは、そなた達次第だ。けれども、仏菩薩は衆生を騙されたことが一度もない。特にリンチェンドルジェ・リンポチェの法会に参加するのに、値段があったことなどない。供養するかどうかは、そなた達次第なのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは自己の名誉のために修法が必要なのではなく、因縁が至っただけなのだ。それが偶然今日になっただけだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日台風が来ることを予め知っていた訳ではなく、ただなんとなく今日に決めたのだが、台風もよく言うことを聞き今日来たのだ。台風が昨日来ていたなら、リンチェンドルジェ・リンポチェとは関係がない。けれども、今日来たのであれば、リンチェンドルジェ・リンポチェと少しは関係がある。つまり、上師が説く事は何であれ、必ず道理が存在しているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達の状況を知らないと思っている人が多いが、リンチェンドルジェ・リンポチェは知る必要がないのだ。そなた達がまだ輪迴を解脱できていないと知れば、それで充分なのだ。

衆生の心は不可思議だ、と仏さえ仰せだ。リンチェンドルジェ・リンポチェに会えば、リンチェンドルジェ・リンポチェに開示を求める人が多い。リンチェンドルジェ・リンポチェの答えは『ない。縁がない』だ。根拠は何か?経典中では、衆生が仏法を尋ねる際には先に口を開く。仏が先に仏法を説かれることはない。そなたが尋ねないなら口を開かない。なぜなら縁がないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェに神通があるかどうかを試す必要はない。リンチェンドルジェ・リンポチェに神通がないなら、ここにこんなにも長く座っていられるだろうか?けれども神通は方便法に過ぎず、問題を解決することはできないのだ。ただ少し気づかせるだけで、それでも改めないなら、大神通があっても役には立たない。

釋迦牟尼仏のお傍にあって神通で最高の弟子であられるマウドゥガリヤーヤナ尊者でさえ、その母は餓鬼道に堕ちたのだ。マウドゥガリヤーヤナ尊者は食物に変身し母に食べさせようとしたが、母はどうしても食べることができなかったので、どうすれば母を済度させられるのかと仏に教導を求めた。この物語から、神通は方便に過ぎないということが分かる。一人の上師の戒、定が充分でありさえすれば、必ず発通し、神通は出現するのだ。何が神通だろうか?簡単に言えば、行者の心が動かなければ、物質や何らかの物体の影響を受けることはなく、心は当然極めて静かで、そなた達が見えないたくさんの場所が見えるということだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェと論争しようとする人が多い。論争する必要などない。だめなら出て行けば良いのだ。なぜ論争を好む人が多いのか?その人が心の中に予め設定した立場について言ってもらい、と思っているからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て、自分が行おうとしているある事について尋ね、できるかどうかをリンチェンドルジェ・リンポチェが告げるよう要求する。できない、と答えれば、原因は何かとさらに聞いてくる。それを聞けば、そうではない、とさらに言い訳する。それと同じだ。そうではないと考えるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに聞きに来てどうするのだ?占い師だって怒るだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェが怒らないはずはないではないか?けれども、現代人はみな自己主張が好きだ。そなたが本当にそんなにすごいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに教えて欲しい。死ななくて良いなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたを尊敬しよう。世間では誰が一番すごいなどない。以前の総統でさえ、中国の主席がいなくなっても、同じように日々を過ごしているではないか?そなたがすごいのか、それともその人がすごいのか?

人は謙虚でなければならない。これは一種の福気であり、一種の修行でもある。自己主張好きな人が多いが、これは彼らのライフスタイルなのだ。自分は学仏すると言うなら、せめて仏教徒らしくあらねばならない。仏教徒には一つの特色がある。それは、非常に謙虚で、一身本領まで修めたとしても他人にはっきり知らせることはない、という点だ。なぜか?それは一切はすべて因果、因縁だからだ。そなたに本領があるのはそなたの事だ。本領があったとしても世間のすべての事を解決できるとは限らない。今日リンチェンドルジェ・リンポチェは皆に施身法を修めるが、そなた達は先ほど開示した三種の心を具備していなければならない。そうでなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェの修法はそなた達には役に立たないのだ」

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは殊勝なる直貢噶舉施身法の修持を始められ、修法の圓満後、続けて参会者に仏法の開示をくだされた。

「今日施身法を圓満に修めることができた。一つ特別なことを教えよう。跳び下り自殺した一人の女性が来ていた。他はそなた達に食べられたたくさんの衆生だ。蔵伝仏教、特に密法では、我々に対する上師の重要性を強調する。我々は末法時代に生きているので、仏に実際にお目にかかり仏法の教導を賜る資格、福報がない。自分が修めればそれで良い、学仏は個人的な事だと思っている人が多い。また、自分好みの環境を選び修めようと考え、さらには自分はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依しているが、スタッフ、道場が良くない等々と思っている者までいる。こんな事をいう人は学仏人ではない。

今日どのような道場にいるかは、そなたの縁だ。好きでも良い、嫌いでも良い。すべてはそなたの縁なのだ。私達は善縁を悪縁に変え、悪縁を善縁に変えることができる。すべては自己の一念の間である。選んでばかりいれば、最後には欠点を探し出してしまうだろう。分別があるからだ。分別心が重い人は、煩悩も当然重く、貪念も重い。一切の災難はすべて貪念から始まるのだ。学仏ではなぜ守戒しなければならないのか。それは守戒できれば、過去世とこの一世で植え付けた因がない限り、新しい災難が出現しないからだ。皈依して学仏するなら、すべての果報について、受け入れるべきは受け入れなければならない。

果報を受け入れないなら、善の果報を受け入れることもできない。良い物だけを選んで食べていてはいけない。良い物だけを選んで食べていれば、良い物を食べることはできず、必ず良くない物を食べてしまうだろう。我々が生生世世で為した悪業はあまりにも多い。『地蔵経』で『衆生の起心動念はすべて是業で、すべて罪だ』というように。業とは何か?善業であろうと悪業であろうと、生死の解脱を阻む力だ。罪とは何か?輪迴に陥らせると分かっている一切の思想と行為だ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは法本の内容を少し簡単に説明しよう。たくさん説明しても、そなた達は分からないだろう。ある部分では、本尊加持の祈求について説いている。これにより、すべての冤親債主、瘟神、夜叉魔、哀れな一切の賓客に供養するため、修行人すべての血肉が加持を通して甘露に変わる。法本中には、我々に害を及ぼす一切の衆生は我々の客と貴賓であり、仇ではないとある。自分にできた腫瘍は悪い物で、良くない物だと思うなら、それは誤まりだ。なぜ誤りなのか?そなたがそれを傷つけたことがないなら、それもそなたを傷つけることはないからだ。そなたがそれを賓客としてもてなすなら、修行人がそなたに変わりそれを供養する。甘露を供養するので、その怨恨と粗暴な心は消えてしまい、歓喜の心が起こるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが法会前に懺悔、慈悲、恭敬な心を持たなければならないと何度も言っていた、その理由はこれだ。この三つの心がないなら、このような怨恨と粗暴な心が消えて無くなることはない。

法会に参加しても、役に立つ人もいれば、役に立たない人もいる。それは修行人が役に立たないのではなく、そなたの心に原因があるのだ。怨恨の心に歓喜の心を起こさせるには、必ずそれを賓客として扱わなければならない。なぜなら、このような供養を通して、冤親債主等の心中に菩提心を起こすことを願うからだ。慈悲心でさえも不充分だ。大乗仏法で菩提心を発するというのは、そなたが菩提心を発しなければ、そなたの冤親債主も菩提心を発しないからだ。それに、菩提心があって初めてそなたを見逃すのであって、そなたを許すのではない。そなたが借りがあるなら、どうしてそなたを許すだろうか?それが菩提心を起こさない限り、この世間の恩や怨に対して既に心残りと執著がないのでなければ、そなたの学仏を邪魔しないということはない。

冤親債主に念経、拝懺、迴向すれば罪が無くなり、良い人になれるなどと思ってはならない。それはあり得ない事だ。そなた自身に菩提心がないなら、冤親債主が菩提心を起こすことはない。なぜなら彼らはそなたを見ており、生生世世でそなたに着いているからだ。そのため、最後になって、そなた達がこんなにも大変なのを見て、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達のために祈請文を念じてやるのだ。すべては上師の加持にかかっていると、法本ははっきり説いている。上師の加持がなければ、得られないのだ。

当然、一般のいわゆる上師であれば加持できるというものではなく、いくらか功徳、力量がなければできないのだ。そのため、法本中では、慈悲と威力による、とある。それは、上師は慈悲、仏の威徳力を必ず備えなければならないということだ。このような威徳力は圧力で降伏し殺すのではなく、自然に生まれるものだ。ある人の心が正しいなら、いつ見ても、その人は正々堂々としており、普通の人とは違うように見えるだろう。ある人が一日中嘘ばかり吐いているなら、その人に近づきたくないと思うだろう。これは自然に出てくるもので、言う必要もないことだ。

慈悲と威徳力を持つ上師でなければ、そなた達の心が思いつく一切の悪業と業障を消し去ることはできない。業障は良くない、業には善業と悪業があると思っている人が多いが、業障とは、学仏の邪魔をする一切の力を言うのだ。学仏せず、その人に従い二ヶ月仕事をするなら、1000万元をあげようと誰かが言ったとする。たくさんの人が応じるだろう。お金がある時には仏は天辺におられ、お金がない時には仏は前面におられる。仏にお金を儲けさせてくださいと要求するからだ。なぜ天辺におられるのか?そなたが、仏は先ず座禅を組まれ、そしてそなたは先ずお金を儲けると考えるからだ。そのため、突然お金が儲かるのは良い事ではない。なぜなら、その儲けがそなたの学仏の邪魔をするからだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは今になってもビジネスを行っている。それはすべてとても落ち着いて行っているのであって、求めてはいない。いわゆる悪業とは、あらゆる衆生を傷つける力のことだ。なぜ菜食するのか?経典には、仏法を学習し菩薩道を学ぶなら、菩薩は衆生の肉を食することを忍びない、とある。そなた達が菩薩に救いを求めながら、衆生の肉を食するなら、どうして菩薩が訪れてくださるだろうか?菩薩が来てくださらないのではなく、そなたに食べられた者達が、菩薩に来ないで欲しいと頼んでいるのだ。そなたがこんなにも無慈悲なのに、菩薩はそれでもそなたを救いに来なければならないのか?

そのため、寶吉祥仏法中心では皈依するなら必ず菜食しなければならないと強調している。経典上では、肉食する人は慈悲の種子を断つ、とある。学仏とは慈悲を学ぶことで、慈悲がなければ冤親債主がそなたと同様に慈悲、菩提心を起こすことはない。そなた達は上師に加持を求めながら、帰宅して肉食している。これで役に立つだろうか?そなた達に保証しよう。絕対に役に立たない。こっそり匂いを嗅いでも駄目だ。法本上では、一切の劣因はすべて自己が為したもので、そなたにそれを為すよう迫る人はおらず、そなたに害を為す人はおらず、すべてはそなた自身が考えを起こすのだとある。邪悪な魔、鬼が為すすべての病の痛みと苦しみ、人類の病の99%はこれと関係があると言える。鬼といえば人の鬼だと思っている人が多いが、実は動物の鬼もたくさんいるのだ。

動物にも霊魂がある。修行人には見える。修行人でないとしても、今ではたくさんの写真が証明している。犬、猫でも、死んだ後は魂が傍にあるのだ。そのため、そなたがこれら動物を殺せば、彼らはそなたの身体の中に入る。鬼衆とは人だと思っている人が多いが、実はそうとは限らない。一匹のアリでも羽虫でも鬼になるのだ。そなたがそれを済度させていないなら、それはそなたに取り付くのだ。パシっと叩いてすっきりした等と思っていてはならない。その瞬間から、それはそなたに取り付くのだ。そなたがそれを殺したからだ。そなたがそれを咬むなら、それはより強力にそなたに取り付くだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは既に67歲だが、歯は丈夫な方だ。歯科医までリンチェンドルジェ・リンポチェの歯は30~40歲の状態だというほどだ。ある時、二人の歯科医が『菜食者の歯とはこんなにも状態が良いものなのか』と横で小声で話していた。実は、リンチェンドルジェ・リンポチェのたくさんの弟子は菜食していても歯の状態が良くない。すっかり抜けてしまっている者もいる。どうしてこうなのか?経典では、仏は不虚語、不妄語なので、仏の歯は貝殼のように清く真っ白で、しかも悪くなることがない金剛歯だと言う。よって、そなたの歯がいつもどこか悪いのは、リンチェンドルジェ・リンポチェにたまに虫歯ができるのを含めて、嘘を吐くからだ。一日中口臭がある人も、一日中人を騙しているからだ。医学的には胃の調子が悪く、東洋医学では肝臓の火が盛んだから、と言うが、実はそうではない。これは、そなたが人を傷つけ、人を騙す事を言ったことがあるのと関係があるのだ。そのため、どんな香りを口に噴射したところで、役には立たない。

法本上では『邪悪な魔と鬼衆が為す病痛と痛苦を直ちに消し去るなら、上師の加持を祈求し、貪嗔痴三毒が自然に消滅するよう願う。上師がそなたを加持し、そなたが三寶に対して恭敬で、慈悲心を修めることができるなら、貪嗔痴は自然に消滅し、修法さえも必要ない』とある。法本で説く事はその通りだ。これはリンチェンドルジェ・リンポチェの経験でもある。本当に自然に消滅し、考える必要さえもなく、自然に起きるのだ。それは我々が罹る病もそうだ。仏は、我々が罹る病は風の気、胆熱(肝胆熱)、痰(肺、心臓と腎)であると仰せだ。実はこれこそが貪、嗔、痴で、貪、嗔、痴があれば、この三つの病は必ずあるのだ。

そなた達も自己チェックしてみよ。気が不順な人は貪念が多い人で、嗔念が重ければ肝臓病、胆嚢病になり、痰が多い人は痴で、因果を信じない人だ。食べ過ぎると痰が増える食物がある、と漢方医も言っているが、これこそが貪だ。自己チェックしてみれば分かるだろう。脳卒中も貪による。法本では、上師に加持を祈求すれば、男魔、女魔、龍魔も自然に消滅するという。ガンの90%は男魔、女魔、龍魔と関係がある。エリテマトーデスもそうだが、エリテマトーデスはより複雑だ。なぜなら龍と鬼が関わるからで、完治はできない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなにも長く弘法しているが、おかしなことに、ガンに罹る人は増え続けている。けれども、エリテマトーデスを患う人は一度来てもすぐに来なくなる。彼らは自分の命はまだ長い、すぐには死なないと思っているからだろう。医師はガン患者に余命を伝える。そのため、ガン患者は死を恐れて、すぐにやって来る。エリテマトーデスは過程が非常に長い病だ。そのため、彼らは来ないのだ。

最後に法本では、修法者は身体を飼料として祈求加持を行う、とある。飼料に加持すれば衆生を救い、一切を取り除いてしまうことができる。私達の身体は業報身だ。過去に為した善悪業が、この一生の身体を出現させているのだ。この一生で修行するなら、身体は変化する。修行しなくても、身体は変化する。施身法はなぜ殊勝なのか。行者は自己の身体を飼料として衆生に供養布施するので、この業を根本から一緒に取り除いてしまうことができるのだ。そのため、施身法は他の法門より速い。けれども施身法を学ぶのはとても大変だ。大慈悲心がなければ、この法門を修めることはできない。

皆は先ほどリンチェンドルジェ・リンポチェが鼓を鳴らし鈴を鳴らすのを見て、簡単そうだと思っただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子達はみな知っている。以前リンチェンドルジェ・リンポチェの肩の関節には中央の軟骨がなかった。くっつけていたのだ。道理から言えば、そのような状態では鼓は動かせないはずで、しかも痛むはずだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、施身法を修め始めたばかりの頃は本当に痛かった。けれどもリンチェンドルジェ・リンポチェはそれに構わなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの考え方は一つだけだ。もし痛みで死ぬならそれは喜ばしいことだ。修法中に死ぬのは最高の事だ。だが、今は痛くない。それは施身法のおかげだ。たくさんの人が法会に一度参加するだけで解決できることを望んでいる。リンチェンドルジェ・リンポチェはこんなにも長く修めて、ようやくこの骨の問題を解決することができたのだ。そなた達は何を以てして一度参加するだけで解決できるというのか?自分は誰だと思っているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェよりもすごいのか?

上師に対する信心がいくらか不足しているなら、疑っているとまで言わなくとも、信心が足りないだけで、加持は無くなってしまう。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前は肩関節がとても痛かったが、上師に加持を祈求はしなかった。なぜなら、自分の業であるからだ。自分はかつて人を殴ったことがあり、子供の頃は喧嘩っ早かったからだ。人を殴ったことがあれば当然果報がある。衆生を殺したことがあってもそうだ。手足の骨折はすべてかつて人を殴ったことがあり、人を蹴ったことがあるからで、殴ったことも蹴ったこともない人には何も起こらない。自分の息子を蹴れば、それは別問題だ。医師であるある弟子が尋ねるかもしれない。自分はかつてリンチェンドルジェ・リンポチェに蹴られたことがあると。その弟子はその時蹴られて当然だった。実はリンチェンドルジェ・リンポチェは彼を加持したのだ。当時彼は横で跪き蹴られたので、リンチェンドルジェ・リンポチェの足がどのように出てきたか分からなかっただろう。上師が衆生を救うには、たくさんの方法があるのだ。

今日は台風が来ているというのに、皆は法会に参加している。その功徳は無量だ」。参会者は声を揃えて感謝申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「感謝する必要はない。そなた達がいなければ、この法会もなかったのだ。これこそが縁起だ。リンチェンドルジェ・リンポチェが法会に参加するよう言ったと思ってはならない。新しい人は知らないだろう。今年リンチェンドルジェ・リンポチェは200人余りを出て行かせた。彼らは施身法に参加できないのだ。寶吉祥仏法中心は人が多過ぎると良くないと考えている。一年通っても学仏しないなら、それ以上来て何をするのか?信衆が足りないところも多いのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはその人たちのために、慈悲で信衆を作っているのだ。

ここ数年、寶吉祥仏法中心を離れた人は2000人に近い。学仏は、したければできる、というものではない。リンチェンドルジェ・リンポチェは意志が強いのだ。そなた達は仏の教法に従った学仏を望まず、リンチェンドルジェ・リンポチェと条件交渉ができると思っているだろうが、この人に将来機会があると思えば、いくらか条件を緩くするが、それ以外は条件交渉はしない。けれどもたとえ、一時的に条件を緩くしたところで、後ですぐ普通になるのだ。それだから、皈依するならよく考えるが良い。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を弟子にする必要があるなどということはなく、リンチェンドルジェ・リンポチェは弘法する場所がないので、そなた達を弟子にする必要があるなどということもない。そなた達が仏法が必要なのであって、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなた達を必要なのではないのだ。弟子がいなくとも、リンチェンドルジェ・リンポチェは快適に暮らせ、同じように修行することができる。どこへ行って何を見ても修行することができる。例えば、テレビで人が殺されているのを見たなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに加持する。そなた達のような言いつけを守らない者達だけを救うのではないのだ。

言いつけを守らない者は来ないで欲しい。なぜなら、最後には必ず叱責されるだろうからだ。だれでも社会生活を営んでいるのだから、そなたがリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子でないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに対して非常に鄭重だ。弟子なら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたに対して遠慮しない。なぜなら、そなたの問題を解決しなければならないからだ。優れた教師が良い学生に向って遠慮して丁寧に話しているのをそなた達は見たことがあるか?間違えば叱り、当然指摘するだろう。そなた達は学仏は副業だと思っているのか?仏法がなければ、この世界はとっくになくなっているのだ。仏菩薩が常に地球をケアしていなければ、地球はとっくになくなっているのだ。経典には、この種の物語がたくさん出ている」

法会は圓満に終了し、弟子達は声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの修法と開示に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを、起立して恭しくお送り申し上げた。

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2015 年 03 月 31 日 更新