尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年8月17日

法会の開始に先立ち、一人の弟子が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが自分をお救いくださった事蹟について語る機会をお与えくださったことを金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

「私は去年(2013年)大学を卒業後、公務員試験の準備を始めた。この頃、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生をお救いくださる事蹟について、ある兄弟子が話してくださり、しかも『快楽と痛苦』という本を読むよう勧めてくださった。また同時に、兄弟子は阿彌陀仏無遮大超度法会へもお誘いくださった。最初は信心が足りなかったため迷っていたが、最後には交通事故で10年前に亡くなった兄のために、阿彌陀仏無遮大超度法会への参加を決めた。法会では、非常に大きな慈悲力を感じ、スクリーンに映し出された済度リストを見て、私は非常に驚いた。主法なさる尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが済度くださるのは人類だけでなく、一切の衆生だったのだ!私は尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝申し上げたい。

今年2月末私は体重が急激に増え、ホルモンに変調を来たし、入浴時に右下腹部に硬いしこりがあることに気がついた。翌日姉に付き添ってもらい病院で検查を受けた。数日後に示された血液検査の結果から、ガン指数が高いことが分かったので、医師の判断でMRIとトモグラフィー検查を行うことになった。帰宅の道すがら姉は耐え切れず泣き出し、『また家族を失うのは堪えられない』と言った。私は頭の中が真っ白だったが、すぐに気持ちを切換え、『私は大丈夫よ』と姉を慰めた。

帰宅後机に向ったところ、『快楽と痛苦』が目に入った。そして、兄弟子がかつて『超えられないような難関にぶつかった時には、この本を開き、本の中の尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に心から祈れば、自然に救いが得られる』とおっしゃっていたのを思い出した。そこで『快楽と痛苦』を開いたが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真を目にした途端、涙がとめどなくあふれてきた。そして、息子を失った両親が悲しみに打ちのめされ、救急室の前で気を失った様子を思い出した。私は、両親がこのような恐怖ととてつもない苦痛に再び耐えなければならないのかと思うと、この上なく恐ろしくなった。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に『私はまだ父母の恩に応えていません。私は親不孝者のまま、この世を離れたくありません』と祈った。

数日後、病院でMRIとトモグラフィーを行った。検査着に着替え検查台に横たわり、密閉された空間へと運ばれ、動こうにも動けず、世界のすべてから断絕されたように感じた。逃げたいと思ったが、『我慢しなければならない』と自分に言い聞かせた。検査の間中、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを観想し、そうしてようやく心が落ち着き、スムーズに検查を終えることができた。私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げたい。

検查の結果、医師の診断は卵巣腫瘍ということで、いくらか腹水があると私と家族は告げられた。ただ、手術して組織を取り出し検査しないと、良性か悪性かを確定できないとのことだった。医師は『心の準備をしてください。手術中に腫瘍を検査し、良性なら腫瘍と右側の卵巣を切除して手術を終えますが、悪性なら子宮と卵巢すべて、付近のリンパ節を切除します』と言った。それを聞き家族は非常に心配になり、病情の悪化を恐れ、手術の日取りを急いで決定した。その晚、兄弟子に検査結果を伝えたところ、兄弟子は手術前に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げないかとお尋ねくださったので、私は『お願いします』と答えた。そして家族に、一緒に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げないかと尋ねた。なぜなら私は、あらゆる衆生は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの名号と寶吉祥の名前を耳にすれば救いが得られると深く信じていたからだ。

2014年3月1日、私は家人を連れて彰化から台北へ行き、初めて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに、検查で卵巢腫瘍が見つかったが、手術を受けたくないことを申し上げ、リンチェンドルジェ・リンポチェにお救いくださるようお願い申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『なぜ手術を受けたくないのか』と尋ねられたので、『私はこの腫瘍にとても感謝しているからです。この腫瘍のおかげで、両親も尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜る因縁を得ることができました。また、家庭内にたくさんの変化がありました』とお答え申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『結婚しているか』とお尋ねになったので、『まだです』と答えると、尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェは私の手に加持くださり、『腫瘍は片側だけで、しかも良性で、大きくない。大きいのや小さいのが、輸卵管に連なっているだけだ。この腫瘍には二つの原因がある。一つは肉を食べるため、動物のホルモンが卵巢へ行ったのだ。もう一つはかつて、排卵に影響を及ぼす薬を飲んでいたからだ』と仰せになった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、台北の大きな病院何軒かで検查を受けるよう勧められ、手術をしようがしまいが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず助けてくださると仰せになった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『他に何かあるか?』とお尋ねくださったので、私は急いで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに父母をお救いくださるようお願い申し上げた。両親は親の世代の事でしばしば争っていたのだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『家族の不仲には、たくさんの原因がある。一つには、両家が前世で争っており、それがこの世でも起きている。二つ目は、肉を食べ殺生している。三つには、両家の祖先が餓鬼道、畜生道で苦しんでおり、済度されていない。下の世代は、どちらに肩入れしてもいけない。家人が仏法を信じないなら、どんなに言っても無駄だ。自分の事にしっかり取り組めばそれで良い。そうすれば家族も心配しないだろう』と開示くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはさらに『そなたの病は今のところ寿命に影響しない。まだまだ大丈夫だ』と仰せくださった。

これらを聞き、私は衝撃を受け、また尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示に深く感謝申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは医師でさえ断定できない事と、私が『快楽と痛苦』内のリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に向って祈っていた事を仰せになったのだ。こうして私は、信心を持ち、『快楽と痛苦』内のリンチェンドルジェ・リンポチェの法写真にお祈りしさえすれば、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの救いを必ず得られるのだということを真に納得することができた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの開示に感謝申し上げたい。

2014年3月8日、私と家人は二度目に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『手術を受けたくないと言っても、これは非常に大きな問題で、リンチェンドルジェ・リンポチェが加持すればそれで良いというものではない』と開示くださった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは父に向って『この腫瘍は良性だ。最近の医者は手術をしたがる。リンチェンドルジェ・リンポチェも優れた医者である弟子を多く持っている。心配しないように』と仰せくださった。さらに私に『身体に一つのものが増えたと思っていれば良い。焦ってはならない』と仰せになり、『夜はよく眠るように。そなたがよく眠らないと、父母も眠れなくなってしまう』とご指示くださった。

そこまでお話しになると、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも私に加持くださった。最後に私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに施身法法会に参加させてくださるよう願った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『今のところは参加させない。すべてがはっきり分かるようになってから再び求めるように』と仰せになった。後に私は理解した。施身法法会、共修法会への参加は、自分の健康を願ってするものではなく、一切の衆生に代わり仏法を聞くものなのだ。尊き金剛上師 リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持に、そして3月22日に法会への参加をお許しくださり、4月5日には皈依にご同意くださり、上師の恩、衆生の恩、父母の恩に報いる機会をくださったことに私は感謝申し上げたい。

病気が発見されるまで、私は試験準備をしており、仕事も收入もなかったため、法会に参加するための彰化から台北への毎週の交通費、漢方薬等の費用などはすべて父母に頼っていた。兄弟子は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて『皈依弟子は必ず仕事を持ち家人の負担となってはならない。そうでなければ、長く学仏することはできない』と開示なさったことがあると教えてくださり、寶吉祥グループに履歴書を出してみてはどうかと提案くださった。最初は心持ちが正しくなかったため、採用されてもされなくてもどちらでもいいと考え、また公務員試験準備塾の学費を既に納めていたこともあり、なかなか決心がつかなかった。その結果、一ヶ月近くたっても何の音沙汰もなかった。この頃から両親も、每週台北へ行くための時間と金銭について意見を言うようになり、小さな諍いが起こるようになっていた。そのため、本の中の尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に向い、自分の心持ちは間違っていた、思い上がっていたと懺悔した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くも機会をお与えくださり、学仏の障礙を取り除くようお計らいくださったことに感謝申し上げたい。私は4月21日に面接の通知を受け取り、採用されて、勤務することとなった。

4月24日のニュースで、家族は懐疑心と不恭敬の心を抱くようになり、そのせいか私の身体には一週間で非常に大きな変化が起きた。先ず、両足に深刻な浮腫が起き、妊娠4ヶ月ほどの大きさに腹部が膨れた。家族はそれを知り、すぐに彰化に戻り手術を受けるよう言ってきたが、私は戻るべきかどうか迷っていた。けれども、両親の健康を気遣い、両親が右往左往して疲れるのが忍びなく、彰化へ戻ることを選択したが、彰化に戻り手術を受けた後、学仏を続けられないのではないか、この有り難い仕事を失うのではないかと心配だった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにお慈悲を以てお救いくださるよう、私は絶えず祈り続けた。翌日私は上司に状況を包み隠さず報告し、この仕事を大切に思っていると告げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが無給休職扱いとしてくださり、安心して彰化に戻り手術を受け、また家族が安心でき仏を誹謗しないようしてくださったことに私は感謝した。

5月15日夜私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる夢を見た。『そなたは福報が充分でない。絶対に二度目の手術を受けてはならない』と仰せになり、もう一度加持をくださった。その時私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを夢に見たのは、上師に対して貪念を抱いたからだ、と考えた。それで直ちに起き上がり、法写真の前で懺悔したが、それだけで、上師のお言葉の含意を理解することができなかった。手術を前にした5月17日、私は台北へ赴き尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜り、手術の病院と日付をお伝えした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも貴重な甘露丸を二粒くださり、手術前に一粒を舌下に置き、もう一粒は手術室に運ばれる時、菜食主義の人に口に入れてもらうようご指示くださった。彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの再三の心配りに感謝した。

5月20日の手術では、もともとは腹腔鏡で腫瘍の部分を切除するだけの予定だったが、手術が始まると腹腔の出血が止まらなくなり、家族は急遽同意書に署名し、開腹手術に切り替えられた。手術は約4時間続き、4袋の輸血を行った。医者は手術中に腫瘍を検査に回す際、もし悪性腫瘍だったら子宮、卵巢すべてと付近のリンパ節を切除し化学療法を行う必要があるともう一度家族に説明した。私は感謝申し上げたい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげで、手術中の検査では腫瘍の性質が確定できなかったため、医師は一先ず腹部を縫合し、検査結果が出た後どうするか話し合うことになり、手術は無事に終了した。

麻酔から覚めた時、私は身体中にたくさんの傷口があり、点滴、血液ドレナージ管、導尿管、輸血管がつながれていることに気がついた。家族から手術の状況を聞いたが、落ち着いていられ、4時間の手術も一分足らずに感じられ、手術の前後にも恐怖も苦痛も感じなかった。なぜなら私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲の保護傘の中に心安らかにいたからだ。入院中、身体は多くの管につながれ動けなかったため、目だけで、『快楽と痛苦』内の尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法写真に頂礼申し上げ、水の代わりに甘露水を飲んでいた。私は感謝申し上げたい。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのおかげで、回復が非常に速く、術後二日目の夜にはベッドを降りて歩くことができ、四日目には退院できたのだ。

手術の数日後、私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げるため台北へ向った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『切除すればそれでおしまいだ、と思ってはならない』と仰せになり、必ず東洋医学で身体を整えるようご指示くださったので、その晚私は直ちに漢方クリニックへ行った。二週間後、検査結果を聞きに行ったが、検査科ではやはりはっきりした結果を確定できないとのことだった。医師は驚き、このような状況はほとんどないと言った。さらに数日待って、ようやく出てきたレポートでは悪性ではないとのことで、再手術も化学療法も不要で、定期検査を受けるだけでよいとのことだった。私と家人は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げたい。この時私は『福報は充分でない。手術後の再手術はできない』との意味をようやく悟ったのだ。漢方クリニックの飲み薬をある程度の期間服用後、健康状態は大幅に改善し、7月14日には早くも復職することができた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに衷心から感謝申し上げたい。

私は累世と過去の殺生、肉食、邪淫、さらに仏法を生活に応用しなかったこと、悪習を改めず、我執が重いことを懺悔したい。新しい環境に対する不安と家人の反対に対して、挫折とプレッシャーに耐えられず、信心を揺るがし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対する恩義を忘れ、しっかりと自らを改めることをしなかった。そのため、学仏の障礙が現れ、家人は学仏は迷信であると誤解し、道場、グループに対して嗔念を起こすことになってしまったことを、私は深く懺悔したい。衆生の済度は難しいが、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはそれでもご苦労を厭わず、慈悲深くも衆生を済度くださる。私は法写真の前で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生の学仏の障礙を消し去ってくださるよう祈った。

私はここで再び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが自分をお救いくださった事蹟を語る機会をくださったことを法会で語ることができ、自己を改めて見詰め直せたことを感謝申し上げたい』と述べた。最後に彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し、仏法事業が世に常住し、一切の有情衆生に利益できることを祈願した。

続いて、参会者は「瑪尼迴向速証大楽文」を修誦し、六字大明咒10000回の念誦を始めた。

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2014 年 12 月 20 日 更新