尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年4月27日

台北寶吉祥仏法中心において、弟子と信衆は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年6月15日に開示くださった四加行の録音を恭しく拝聴申し上げた。

法会の開始に先立ち、一人の弟子が息子(息子も皈依弟子)を伴い、皈依の因縁と、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが義母姑を済度させてくださった経過について語る機会を賜ったことを尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。

「2001年(中華民国90年)夫の継父が亡くなった後、継父の家人は財産で揉め裁判沙汰にまで発展した。継父が亡くなった途端、家庭内がこのように不愉快になり、私はとても情けなく感じた。その頃、娘が兄弟子の紹介で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『どうしたのだ?』とお尋ねになったので、娘は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、私の身体の状態について訊ねた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはしばらく入定なさった後『母の身体には何ヶ所も不快なところがある』と仰せになった。いくつかは娘も知っていたものだったが、私が誰にも言ったことがなく、娘も知らないものもあった。だが尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすべてご指摘になり、しかもさらに『兄か姉がいるのではないか?』とお尋ねになった。娘が『自分はうちで一番上の子供で、兄も姉もいません』とお答え申し上げると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは少し考え、続いて『流産したのだ』と仰せになった。私は確かに娘を産む前に二度流産しているが、娘には言ったことがなかった。

娘は帰宅後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった経過について私に話してくれ、二人で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大能力に強い讃嘆を感じた。娘はさらに、毎週金曜日に済度法会があるので、参加しないか、と私に訊ねた。翌日はちょうど金曜日で施身法法会があったが、娘は通学のため高雄に戻らなければならなかったので、私が(旧)道場に赴いた。道場で兄弟子に教えていただき、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに先ずお目にかかり、同意を頂戴した後でなければ法会には参加できないと初めて知った。だが、その日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも私をその晚の法会に参加させてくださった。

翌日(土曜日)私は兄弟子に伴われ、初めて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『どうしたのだ?』とお尋ねくださったので、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに予めお願いすることもせず、勝手に法会に行ったことをお詫び申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『構わない』と仰せくださり、続いて『大変辛い人生だな。父母には頼れず、兄弟姉妹にも頼れず、夫にも頼れず、すべてを自分自身で背負わなければならない』と仰せになった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが『もう良い!もう泣いてはならない。夫とうまく行っていないからこそ、学仏することになったのだ。うまくいっていれば、学仏しようと思っただろうか?学仏すればうまくいくのだ』と仰せになるまで、私は淚を流し続けていた。そして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げた。以上は私が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依申し上げることになった因縁だ。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは貴重な仏法をお教えくださっただけでなく、姑の面倒をも見てくださった。義母は昨年(2013年)年末帰国後、呼吸の不調を訴えるようになり、今年初めに心臓ステント手術を受けることになった。3月14日に手術したが、その後も呼吸の不調は収まらず、しかもひどい風邪にかかったような不快を感じるようになった。3月16日退院したが、情況は改善しなかった。もともとは二日後に再び受診し処置することになっていたが、3月18日朝、姑の手術に付き添うために帰国していた義妹に『ずいぶん良くなったから、病院へ行く必要はない』と言った。昼頃、義妹は姑を入浴させ背中を拭き、午後姑は義妹に付き添って雑事を処理した後、部屋に戻って休息していた。その後、姑は、汚してしまった、と言って、清めるためトイレに入ったが、義妹が、姑がトイレに入った後長いあいだ動きがないことに気づき、ドアの外から声をかけた。そして、姑がたらいの中に座って気を失っているのを発見した。義妹は駆け寄り姑を呼んだが、姑は全く反応しなかったので、義妹は直ちに119番したが、二度かけても話し中だった。そのため義妹は家を飛び出し、正面の病院に助けを求めようとした。ところが、エレベーターが引っかかり乗れなかったため、急いで階段を降り、病院に飛び込んだところ、病院のボランティアが二度119番してくれ、ようやく連絡が通じた。この重要な時に、医療救命措置の苦痛から義母を遠ざけてくださったことを私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げたい。

救急救命士が到着した時、姑は呼吸も心拍もすでに止まっていた。私は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げたい。おかげで義妹は呆然としながらも、生前に救命措置は要らないと言っていた姑の言葉を覚えていたのだ。また、義妹はこの時、娘に連絡したので、娘はすぐに組長兄弟子に電話し姑の状況を伝え、兄弟子から尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが賜った貴重な甘露丸を頂戴した後、急いで姑の家へ行き、甘露丸を姑の口中に入れることができた。私が駆けつけた時、姑は横たわり寝ているかのようだった。私、娘、息子は姑の遺体のそばで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが姑を加持くださる様子を観想し、六字大明咒を八時間持誦した。八時間後、姑はくつろいだ表情になり、屍斑も出ず、身体は柔らかく白いままでとても清潔だった。長年外国に暮らしていた義妹も尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの不可思議な加持力を讃嘆していた。

4月20日下の義妹がアメリカから台湾に戻って来たので、一家揃って葬儀場で姑の遺体に対面した。遺体の様子は普通はあまり見て心地よいものではない、と下の義妹は最初言っていたが、保冷庫を開けてみると、姑は眠っているかのようで、ゆったりと穏やかな表情だったので、下の義妹はとても不可思議に感じたようで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大加持力を讃嘆していた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲なる加持と、二人の義妹に仏法の殊勝を見せ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに対して信心を起こさせてくださったことに私は感謝申し上げたい。二人の義妹に、一家揃って尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し、姑の神識を保護し、姑の済度を祈請申し上げないかと息子が提案すると、義妹たちは直ちに応じ、菜食を始めると言った。ほとんど大法会に参加しない夫までも、一緒に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかることにすぐに同意した。

姑が往生した週の土曜日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは信衆に接見なさらなかったので、二人の義妹は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる著作『快楽と痛苦』を携え、一先ずアメリカへ帰った。翌週、義妹達が再度帰国した時には、二人とも尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの『快楽と痛苦』中の種々の開示を讃嘆していた。この書を拝読することで、姑と深く心を通わせ、極めて親孝行であった二人の義妹は、姑の突然の死をようやく受け入れることができたのだ。

揃って尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかった時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも『どうしたのだ?』とお尋ねになった。ところが、夫は恭敬心を用いず、普通の世俗的な、民間信仰的な心持ちで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに母親の済度と告別式の日取りのご支持をお願いしたため、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが『どのように母を助けるのか』とお尋ねになった時、『尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ、どうか母を天界で仏にしてください』とお答え申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『それは無理だ。リンチェンドルジェ・リンポチェのように修行している修行人でさえ、仏になるとはとても口にできない。あなたの母は在生の頃、どんな修行をしたのか?』とお尋ねになった。夫は不恭敬にも、これは民間信仰の世俗的な言い方だと答え、さらに尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、母の家の後事について賢明なるご処置を賜りたいとお願い申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは『どんな後事だ?遺産か?』と仰せになり、夫に『人の話に耳を傾け、自分は弁がたつ、などと思ってはならない』と開示くださった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは次に、慈悲深くも二人の義妹に向き直り『他に何かあるか?』とお尋ねくださったので、二人の義妹は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに母の済度と、告別式の日取りのご指示を祈求申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが『誰が法会に参加するのだ』と尋ねると、家人は皆『参加する』と答えた。けれども、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがさらに『一生菜食できるのか』とお尋ねになると、家族は黙ってしまった。二人の義妹が迷っている時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに『応じながら菜食しなかったなら、それはあなた達にとってよくない。仏菩薩がお怒りになるのではなく、祖先が不機嫌になるのだ』と開示くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは家人に対して、義妹たちが来なくとも、私と息子が済度を求めに来たなら、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは済度に応じていただろうが、それは姑が幸運で、嫁と孫が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従って学仏してるからだ、と仰せになった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが私と息子に、施身法法会に参加するようご指示くださったことを私は感謝申し上げたい。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかる前、二人の義妹は、なるべく早く告別式を行うことを希望していた。また、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがご指示になった日取りに、葬儀場に告別式を行う空きがあるとも限らない、とも心配していた。だが、葬儀社のスタッフは二人の義妹と夫に『かつて寶吉祥の兄弟子からの依頼を受け始めたばかりの頃、自分もこれを心配したことはあったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがご指示になる日取りはどれもとてもスムーズで、うまくいかなかったことなど一度もなかった!』と言っていた。そのため、家人もそれ以上心配しなくなった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかるまで、二人の義妹は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがご指示くださる告別式の日取りが一週間以内となることを望んでいた。私は義妹達に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがどんな日取りをご指示になろうと、それが姑にとっては最良のものなので、恭敬し喜んで受け入れなければならない、と言い続けていた。拝謁申し上げた後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがお選びくださった告別式の日取りは拝謁の二週間後だったので、二人の義妹はまた一度アメリカに戻り、告別式の前日に再び台湾に戻ってくることとなった。その後、義妹達は『これら一切の計らいは果たして最良だった。自分達はアメリカと台湾を三往復したが、これにより自分達は台湾でたくさんの事を処理しながら、同時にアメリカでの仕事と生活にも気を配ることができ、また『快楽と痛苦』を繰り返し拝読する時間もあったため、気持ちを落ち着けることもできた』と言っていた。

4月11日告別式当日はすべてがとてもうまくいった。40数人の兄弟子達が弔問に来てくださり、四人の兄弟子が残って姑の遺体に最後の別れをしてくださった。下の義妹は寶吉祥の兄弟子達が告別式に参加してくれたのに非常に感動し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェ、兄弟子達に心から感謝したいと言っていた。社交としてではなく、真心から誠意を持って参加してくれていて、本当にありがたいことだった、として自分たちに代わり兄弟子たちにお礼申し上げて欲しいと言い残していた。火葬も非常に順調で、火葬後の骨は七色を呈し、頭蓋骨には小さな丸い孔があった。姑を済度させてくださり、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。

姑の家族、義父はみな軍人で、かつて無数の戦役においてたくさんの衆生を傷つけたことがあった。もし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがおられなければ、姑は医療に苛まれることなく最後を送れただろうか。さらには、済度を得ることなど有りえなかっただろう。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい。家人は種々の瑞相を目にし、みな尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの不可思議な功徳を口々に讃嘆した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが義母を済度させてくださったため、家人は姑の往生後も、家族を失った苦痛と悲しみに打ちひしがれることなく、懐かしい気持ちで姑を思うことができた。4月12日に一家揃って再び尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかり、姑に慈悲なる済度をくださったことに感謝申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはただ淡々と『これがリンチェンドルジェ・リンポチェの任務だ』とだけ仰せになった。二人の義妹は非常に感動し、淚をさめざめと流し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが母を済度させ、離苦させてくださったことに感謝していた。

私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる教法に感謝申し上げたい。人生の無常、死の無常をしばしばお教えくださるおかげで、姑の他界を落ち着いて受け入れることができた。さらに、往生時に姑が余計な医療と苦痛を受けずに済んだことを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの貴重な加持に感謝申し上げたい。姑の往生の過程で、私は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの苦心と仏法の偉大なる殊勝を真に切実に体感し、因果の恐ろしさを心から感じ入った。幼い頃から、私は殺業が非常に重く、10歲の頃には、雨が降ると母は必ず私を連れて山へカタツムリを捕りに行った。カタツムリを砕いてアヒルの餌としたのだ。旧暦大晦日には母を助けて鶏を絞め、口腹の欲を満たすため、無数の衆生を殺害してきた。かつて為した諸々の殺業を懺悔したい。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはかつて『殺業が重い衆生は短命で病がちで、家庭は円満でなく、諸事うまくいかないと』と開示くださった。私は夫と長らく別居しており、海外に暮らす二人の義妹ともほとんど顔を合わすことがない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持がなかったなら、私たち一家はとっくにめちゃくちゃになっており、一家揃って座っているなど考えられず、共に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにお目にかかるなど絶対に有りえなかっただろう。私は懺悔したい。義母に対して表面的な対応で、嫁としてあるべき孝行を尽くさなかった。普段仏法を日常生活の中に根付かせておらず、上師の功徳を賞揚していないため、姑も家人もあまり上師に親しみを持たず、仏法に触れていない。それを私は懺悔したい。

姑の急逝で、私は人生の無常、すべてが苦しみであるということを深く感じ、『人生八苦』を体感した。今後、私は必ず、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにご教授いただいた仏法をしっかり精進、修持し、上師の恩に報いたいと思う。私は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに再度感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの貴体が勝妙康で、仏法が法界の一切の有情に利益し、直貢噶舉の法脈が永遠に流伝することを祈願申し上げたい」と述べた。

続いて、弟子と信衆はリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年6月15日に開示くださった仏法録音を謹んで拝聴申し上げた。

「みなも知っておろう。今週から、皈依していない者は法会に仏法を聞きに来ることはならない。これでは無慈悲なのではないか?と、おかしく思っている人も多いだろう。仏法を聞きに来たいと言っているのに、なぜ許さないのか?学仏においては非常に重要な二つの法門がある。解門と行門だ。解門と行門はすべての学仏人が必ずひたすら行わなければならない事だ。『解』とは仏法を聞き、思維を経た後に、直ちに自分の行為を改め、日常生活に用いることだ。ただ聞きに来るだけで、皈依しようとしない者は、第一に信心が足りず、第二になお懐疑を抱いており、第三に思い上がっており、第四に仏法を学問だと思っているのだ。仏法が一種の学問なら、我々人類の脳では、120歲まで研究したとしても、『大蔵経』の一切の内容を理解することはできないだろう。

そのため学仏について言えば、皈依する気がないなら、それはその人の善根がまだ始まっておらず、因縁がまだ備わっていないということだ。皈依する気もないのに、仏法を聞き続けるなら、最後には思い上がり、自己の知見により仏法を解釈し、邪見と邪行を生じるようになるだろう。『楞厳経』において仏は『末法時代には正法を講じない邪師がガンジス川両岸の砂のように多い』と予言されている。これら老師は外道とは限らない。実は彼らの大部分は仏法を聞いたことがあり、経典を読んだことがあり、さらには禅修行をしたことさえあるのだ。では、彼らはなぜ邪師になってしまったのか?それは、彼らが少しの仏法を聞いた後、自分のいわゆる人生経験、学問、知見を用いて解釈したからだ。そのため、少しの違いがたくさんになるのだ。

チベット仏教では、証果がない修行者は公開説法してはならない。いつまで経っても皈依しようとしない人は、自分がちゃんと理解できてから、としばしばいう。だが、仏法とは、あなたが理解するものではない。それは、あなたが理解できないからこそ、仏法の助けが必要だからだ。仏法を理解しようとするなら、唯一の方法は成仏することだ。なぜなら仏と仏でなければ通じることがないからだ。凡夫と仏が通じることがあろうか?そのためこれら貢高我慢な者に、仏法を聞かせ続ければ、その者を害することになる。学仏しなければ何事も起こらないかもしれないが、学んだことで問題がより一層深刻になる可能性がある。よって今後は、皈依しない者、皈依する気がない者、リンチェンドルジェ・リンポチェがどんな人か見物しようという者は、来てはならない。

『寶積経』を通して、釈迦牟尼仏はみなに、具徳の上師をいかにして検視するかをお教えくださる。以前リンチェンドルジェ・リンポチェはこの20の条件について開示している。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは、直貢チェツァン法王の長期にわたる検視を経て、自分は仏法を弘揚する資格を確実に備えていると自信を持って言える。今後あなた達が連れてくる友人、親戚になお迷いがあるなら、施身法、結縁法会への参加と、何かを尋ねに来ることは許すが、仏法を聞くのは許さない。リンチェンドルジェ・リンポチェが開示する仏法録音の内いくらかは広く流伝させても良いが、観音法門の観想など不共について開示した仏法録音は、今後一切他人に貸してはならない。

リンチェンドルジェ・リンポチェはこれまで開示しており、また何度も注意した。口伝を経なければ、仏法を修習することはできない。おせっかいを焼き、他人に貸してはならない。これらはすべて如法でなく、戒律を守らないということになる。本来仏法とは非常に殊勝で、非常に厳謹なものなのだ。仏法と言わずとも、古代中国では老師を家に招いて教えを学んだのであり、礼儀と恭敬心の遵守は不可欠だった。だが、我々現代人はこれらを全く行えていない。今の台湾には、師道と教師に対する尊敬はすでに存在していない。みな自分のやり方で学んでおり、教師のどこに間違いがあるかと目を光らせているが、自分に過ちがあるとは全く気付きもしない。このような学習方法は、世間法を学ぼうと出世法を学ぼうと、すべてにおいて非常に大きな障礙となる。

そのため今後は、日曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法を聞きに行ける、などと友人に言ってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法は特別なので、気に入ってから皈依すれば良い、言ってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、あなたの友人の承認を必要としないし、仏法を学ぼうとしない人の承認を必要としない。リンチェンドルジェ・リンポチェに必要なのは、仏菩薩と直貢チェツァン法王の承認だけだ。あなた達にはその資格はない。今後あなた達が友人を連れて来ても、何かを尋ねたり、問題があったりするなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず解決してやろう。だが、相手に学仏する気がないなら勧めてはならない。相手に口業を犯させてしまうかもしれないし、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を求めていると思われてしまうかもしれない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは全く弟子を必要としていない。『金剛経』では『無衆生可度』というが、リンチェンドルジェ・リンポチェは、衆生を済度させてやっているとは思っていないし、衆生のために何かをしてやっているとも思っていない。ただ縁に従い日々過ごしているだけだ。そのため、尊勝なる直貢チェツァン法王が、寶吉祥仏法中心の設立をお許しくださって以来、リンチェンドルジェ・リンポチェは、自ら進んで弟子を求めたことは一度もない。誰かがリンチェンドルジェ・リンポチェの面前に座れば、その人に縁があるかないか、学仏人かどうかは、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべて知っている。だが台湾の仏教界は、慈悲深くあるべきで、気楽であるべきだとの考えであるため、リンチェンドルジェ・リンポチェも仕方がなく、たまには、少しは気楽な感じにし、皆が入って来やすいように『方便之門』を開かなければならない。

いわゆる『方便之門』とは『適当にして良い』ということではない。衆生の必要と根器に基づき、それぞれ違った成就法を伝える。それが方便法だ。好きなようにさせる、というのではない。好きなようにさせれば、あなた達は永遠にしっかり学仏せず、永遠に生死を解脱できないだろう。学仏は累世の福報だ。聞きたければ聞ける、というものでは絕対になく、学びたければ学べる、というものでもない。仏法、三寶を尊重せず、浮ついたいい加減な心持ちで、仏法に対するなら、人生で悪を成す機会は非常に高い。あなた達は、この情報を親族や友人に伝えよ。誰が来ようと例外なく皆同じだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが特に、この人は仏法の救いが必要だと考えるなら、共修法会に参加させることもあるだろう。だが、そうでなければ施身法法会にしか参加することはできない。

リンチェンドルジェ・リンポチェに盛大な場は必要ないのだ。実はリンチェンドルジェ・リンポチェは輪迴の他の道にいる衆生も済度させている。その数は人より多いほどだ。あなた達はあまりにも済度させにくい。経典には『全宇宙で最も済度させにくいのは地球の人類だ』とある。それは彼らが『剛強自用、難調難伏(頑固で自分勝手で、他人の言葉に耳を傾けない)』だからだ。今後リンチェンドルジェ・リンポチェは、直貢噶舉の不共である法をだんだんと伝えるので、皈依する気がない者が聞いても役には立たない。時間の無駄だ。親族や友人に伝えよ。仏法は自分が聞きたければ聞けるというものではない。他の道場ではそうかもしれないが、リンチェンドルジェ・リンポチェの道場ではそうではないのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて顕教の師父に皈依していた時には、あなた達のようにこんなにあれこれ言わなかった。先ずは、上師は自分を助けなければならず、問題が解決して初めて上師は霊験があると思い、従っても良い、自分を守ってくれると思う。ここにいるものの95%はこのような考えだろう。かつて、リンチェンドルジェ・リンポチェが初めて顕教の師父に会った時の第一声は『私は皈依しても良いでしょうか?』だった。あなた達のようにあれこれ考えたりはしなかった。今日あなた達がそこに座って叱られており、リンチェンドルジェ・リンポチェが法座上にいるのも、このためだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王にお目にかかった時にも、あなた達のように『相手は法王だ。よくしなければ』などと考えたりせず、ただシンプルな心持ちでいた。だからこそ、リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法修行において非常に速く進歩したのだ。あなた達の心はあまりにも複雑だ。要求や考えが多すぎる。これら考えがあなたの進歩を妨げ、世間法であろうと出世法であろうと、たくさんの障礙を生み出しているのだ。そのため、今後あなた達が助けが必要だったり、何かを訊ねたかったりする友人を連れて来るなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ずその人を助けるだろう。だが『リンチェンドルジェ・リンポチェの講法は何か特別か、先ずは聞いてみよう』というわけにはいかない。

仏法はただ一つだけだ。二つはないのだ。今回インドでダライラマが灌頂なさった際の開示を聞き、ダライラマの仰せは、リンチェンドルジェ・リンポチェの普段の開示と同じだと、弟子達も気付いただろう。直貢チェツァン法王であろうと、ダライラマであろうと、リンチェンドルジェ・リンポチェであろうと、大徳各位であろうと、それが正法なら、講じる仏法はすべて同じだ。言葉はいくらか異なるかもしれないが、正法は一つしかない。修行が優れているので、あの人が講じる法は特別だ、というようなこともない。今後、日曜日、特別な理由があって法会に来ないなら、許してやることはやるが、自分が山のような問題を抱えているために、通い続けることができない者は、施身法法会にしか参加することはできない。あなた達は皆たくさんの理由がある。理由があまりにも多い。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつてある52歲の女性に会った。この者は『妙法蓮華経』中の『対仏像恭敬鞠躬、已成仏道』を誤解し、自分はすでに成仏した、というのだ。古文でいう『已成仏道』とは『仏像に対して恭敬で礼を尽くして初めて成仏の道を歩き始める』という意味だ。どういうことだろうか?『あなたが仏像に対して恭敬心を起こすなら、衆生に対しても恭敬心を起こし、衆生に対して恭敬心を起こすなら、自然に悪い行為をしなくなり、仏法の学習を始めれば、それは成仏への道上である』ということだ。だが、その女性は誤解し、自分はすでに成仏した、と思っていたのだ。

文字による経典の解釈を、古代の大徳は『三世仏喊冤』と言った。仏法は文字によって解釈するものではない。仏法が含む意義は非常に深く非常に広い。リンチェンドルジェ・リンポチェの経験によれば、経典が含む意義は毎年変化している。経典上の文字が変化しているのではなく、リンチェンドルジェ・リンポチェの理解が深まっているのだ。『深入経蔵』とは、どれだけの経典を唱えるか、どれだけの仏法を聞くか、ということではなく、仏が仰せの法の意義をあなたの心が真に体得できているか、ということなのだ。そうでなければ、真に経典の世界に入ることはできない。今に至るも、学仏では、必ず老師に従わなければならない。それはこのためなのだ。

老師と言っても、この一世で数年間仏法を学べば仏法を弘揚できるというものではない。その宿世の因縁と非常に大きな関係があるのだ。寶吉祥仏法中心の仏法弘揚は、方針がなく、世間に流され世俗化する、そういうものではない。リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子を求めるなら、少し広告し、メディアに露出し、あなた達の身に起きた事とリンチェンドルジェ・リンポチェが解決してやった事を少し話すだけで、十分に有名になるだろう。ではなぜそうしないのか?それは、リンチェンドルジェ・リンポチェが縁に従い済度させているからだ。縁があれば済度させ、縁がないなら無理強いしない。仏法を営利に用いない。仏法を学習する人、仏法を弘揚する人は世俗化してはならない。我々は衆生の便を図ることはできる。だが彼らをいい加減にさせておくことはできないのだ。衆生の思維の方法が間違っているなら、我々は仏弟子として彼を糾し、彼を助けなければならない。そのため、我々は先ず自己の悪い習慣を改めなければならないのだ。

チベット仏教における礼拝の方法は、顕教とは少し違う。チベット仏教では礼拝の際、両手で合掌する。先ず手を額に当て、次に喉、心間に当てる。これにより身、口、意を諸仏菩薩に頂礼するとの意を表す。唯識学においては、身は意識のすべてを完全に仏に対して頂礼するということで、動作だけでなく、思維も含めてすべて仏に頂礼するのだ。医学的には、脳は身体の一切を取り仕切る。だが、仏教の唯識学では、脳は行動の総司令に過ぎず、心王の指示を受け脳は作用を生じ、これにより身体の他の部分を指揮するということだ。そのため、身とは単純に身体を指すのではなく、累世において意識田内に累積されたすべての善根を含むのだ。これらが一緒に仏に頂礼するとは、供養と懺悔を意味する。

布施は外供養に過ぎない。内供養とは、意識と肉体の一切を仏に対して恭敬頂礼するということだ。口の供養とは、すべての言葉で、仏、上師の功徳を讃嘆するということだ。経典には、仏と修行者の功徳を讃嘆するたくさんの記載がある。このようにすることで、たくさんの功徳を積み、累世の多くの口業を消すことができる。口供養は、チベット仏教では、秘密供養を表す。必ず口中から出す必要はなく、供養するという念頭を起こせば、それが口の供養だ。最後は意の供養だ。通常六識(眼、耳、鼻、舌、身、意)は身供養に属する。意供養は、末那識、阿賴耶識を含み、最後は清浄本性の供養を含む。これ以上講じれば、秘密供養になる。すなわち、チベット仏教で言う不共の供養だ。身、口、意のすべてを仏と上師に頂礼するのだ。そのため、最大の恭敬心により頂礼するなら、累世の業と貢高我慢の心はすべて速やかに変わってしまう。

頂礼時には、掌を合わせて額に置く。心中か口中で『嗡』と唱え、喉に至る時には『啊』と唱え、心中では『吽』と唱える。『嗡、啊、吽』は一切の諸仏菩薩密語の種子字だ。一切の仏菩薩の咒語はどれも、この三つの音が変化したものだ。『嗡』とは十方三世一切の仏の智慧を表し、『啊』とは空性を表す。『吽』とは一切の煩悩を断つことを表す。色によって見れば、『嗡』は白で、『啊』は赤で、『吽』は青である。このわずか三つの文字はたくさんのことを語る。どの法門を修めようと、『嗡、啊、吽』から離れることはなく、禅定を修める時にも『嗡、啊、吽』を用いる。これはチベット仏教密部中に属する特別な修行法なのだ。

禅宗は数息の方法を用いる。だが、数息の方法は、末法時代に生きる者にはあまり適していない。禅宗を学ぶ多くの人が、数息は仏がお伝えになった方法で、あらゆる衆生が誰でも用いることができると思っているが、末法時代の衆生は業障が特に重く、気脈がスムーズでないため、数息の方法を用いても息を止めることができないのだ。みな信じないなら、息をしないで一から十までゆっくり数えて見よ。そうすれば、息を止められないと分かるだろう。息を止められないなら、心は乱れ始める。なぜ我々は妄念を抱くのか?それは、我々が呼吸の調整を理解していないからだ。気が気脈内で動いているからだ。そのため心もそれに従い動くのだ。気を掌握できれば、心の掌握も自然にできるようになる。

『嗡、啊、吽』というこの三文字はシンプルだが、作用は非常に大きい。『嗡』とは諸仏の智慧を表す。『嗡』を観想すれば、仏の加持を得ることができる。『啊』とは空性を表し、実はこれは宇宙の音だ。かつて初めて月面に上陸した宇宙飛行士は、一切何の音も聞こえなかったが、『啊(あ)』という音だけは聞こえた、と言う。後にこの宇宙飛行士はこの音を探し求め、回教に皈依した。回教では『アラー』といい、キリスト教では『アーメン』といい、仏教では『阿彌陀仏』という。つまり、『啊』は仏教特有の音声ではなく、宇宙ではただ一つ、この音しかないのだ。言語はただの経験法でしかない。今日どんな音が生まれようと、それはすべて『啊』から始まっているのだ。子供が言葉を学ぶ際も『啊』から始まる。

『吽』は爆発音に似ている。宇宙は大爆発から生まれたと現代科学ではすでに証明されている。『吽』は我々の累世の煩悩、業障を消すことができる。そのため、忿怒尊を修める際には、必ず『吽』の音がある。煩悩が非常に重くても、『吽』というこの音を修めれば、煩悩の心をゆっくりと落ち着けることができる。思維が特に多いなら、『啊』というこの音を修めれば減らすことができる。あまり健康でなく、めまいがしたり頭が張った感じがするようなら、『嗡』という音を修めれば、それを消してしまうことができる。

リンチェンドルジェ・リンポチェが『嗡、啊、吽』を理解できたのは、直貢チェツァン法王が自らお伝えくださり、この三文字を用いてリンチェンドルジェ・リンポチェに禅定を教導くださったからだ。だが、直貢チェツァン法王はこんなに多くは説明くださらなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分自身で体得し、教え、そして行ったのだ。あなた達はみな説明を聞きたがる。だが、聞いても行わない。『吽』というこの音を修める際には、ひたすら念じなければならない。この音をうまく修めることができれば、在世の頃の病痛を消すことができ、最高の境界まで修められれば、往生時にも肉体は死なず、虹光身となって仏土に報生できる。

リンチェンドルジェ・リンポチェが非常に速く入定できるのは、この三文字のためだ。密法は非常に複雑だと考えている人がいる。経本に山のように咒語を書き留め、毎日ひたすら念じている。どこがそんなに複雑だろうか?密法修行は後半に行けば行くほど簡単なのだ。鼓を打ち、鈴を鳴らすのは、あなた達が退屈に感じないよう、見せているだけだ。

白は息法を表し、赤は懐法を表し、青は誅法を表す。あともう一つの法があるが、あなた達には聞く資格がないため、これについては触れない。実は、顕教におけるたくさんの動作は気脈明点と関連がある。例えば、問訊時には、なぜ必ず眉間を指す動作を行うのか。しかも、なぜ必ず決まった二本の指を用いなければならないのか?さらに、顕教では頂礼時になぜ左、右、左の動作を行わなければならないのか?しかもなぜ掌を返さなければならないのか?弘法人は全く教えてくれないだろう。実は、仏教においては、すべての動作に必ず意義があるのだ。適当に出てきたのではない。問訊の手印と気脈明点とは関連がある。左、右、左の動作は身、口、意を表し、掌を返すのは黒業を白業に転じるということだ。正しい掌を返す動作は、一気にひっくり返すのではなく、指を一本ずつゆっくりと開いていくのだ。それは十方法界を表す。もとに戻す時には、拳を握る。指を一本ずつ折っていき、仏が我々にくださった福慧を受け取った後に身を起こす。

一つ一つの動作の意味を知れば、行わなければならないということが分かっただろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは、チベット仏教の密部を修めた時にようやくこれを知った。顕教の法師は密法を修めないので知らないのだ。ただこれら動作を儀軌としているだけだ。実は、顕密であろうと、チベット仏教であろうと、頂礼はすべて気脈明点と関連がある。だからこそこの動作があるのだ。大礼拝もそうだ。ただ礼仏だからと考え、意味もなく、この動作が生まれたのでは絶対にない。今日これらを知ったことで、学仏とは表相を学ぶのではなく、すべては意義を含んでいると理解できただろう。つまり実修により得るのだ。

仏は49年間説法なさり、たくさんの経典を説かれた。だが、その場で実際にあった事を弟子が忘れてしまい、記録していなかった。そのため、実修、開悟によらなければ、仏の大慈悲、大智慧を体得することができないのだ。なぜ、必ず皈依しなければならず、ぐずぐずせずにすぐに学ばなければならないのか?それは上師の講法がどんなに優れ、どんなに良く、どんなに智慧に溢れていようと、あなた自身が修めないなら体得することはできないからだ。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに伝法くださった。直貢チェツァン法王は八回転世の果位であられるが、このような上師に伝法していただこうと、リンチェンドルジェ・リンポチェ自身が修めないならどうしようもない。直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェに何かを与えることはできない。ただ方法をお教えくださるだけだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを実践しなければならない。方法を教わっても、着実に行わないなら、さらに100万回聞いたとしても役には立たない。リンチェンドルジェ・リンポチェが講じるのは顕教であり、理論であるが、聞いたなら行動に移さなければならない。聞いただけで何もせず、文字の世界を巡っているだけ、表相で巡っているだけではいけない。これでは修行には何の助けにもならない。そのため仏法修習では、解門も重要だが、行門はさらに重要だ。必ず仏法を着実に行わなければならないのだ。

前回は六道中畜生道の苦痛についてまで開示した。贅沢好きな人は畜生道に堕ちる可能性が高い他、破戒する人もそうだ。実は学仏人が破戒すれば、畜生道に堕ちる可能性が高い。修仏人が破戒し畜生道に堕ちたなら、福報が十分であれば龍族に堕ちる。このような人は普通嗔念が重い人だ。身体が大きめの動物に堕ちる者は、破戒したが福報を修め、つまりかつて供養、布施したことのある者だ。畜生道に堕ちることの過患は仏法を聞けないことだ。また、聞くことができたとしても、生死を解脱することはできない。そのため我々は常に慎重で、自己の一切の行為、思維に注意しなければならない。

引き続き、人道の過患について開示する。我々は人道に生まれた。ここには壊苦、苦苦、行苦の三大苦と、生、老、病、死、怨憎会、愛別離、求不得、五蘊熾苦の八苦があり、さらに『護己所有之苦(自己の所有だと考え、自己のすべて能力を用いて保護する)』もある。これは、自分の子女、財産等を守ろうとすることだ。泥棒が入ってくるのではないかと夜眠れなかったり、息子に彼女ができたので息子が取られてしまう等と心配することだ。『求己所無之苦』は、自分に無い物を求め続けることだ。昇進を求め、良い彼氏を求め、きれいな彼女を求める。これらはすべて苦だ。リンチェンドルジェ・リンポチェに仕事のことを尋ねる人が多い。いつになったら昇進できるのかと尋ねてくる。実はこれは運命だ。福があるなら自然に昇進する。運命がなく、福がないなら昇進できず、もしかしたら首を切られるかもしれない。例えば、数日前ある一家がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。父母はガンにかかり、唯一の男子は麻薬中毒だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはその時、その家族がかつて不正な財を得たのが見えた。不正な財とは、得るべきでない財だ。彼らはすぐに、汚職で得たものではないか、というので、リンチェンドルジェ・リンポチェは、そうだ、と開示した。我々は一生でしばしば何かを得るために悪業をなしながら、気づいていない。

『壊苦』とは、我々が安楽な日々を過ごしていると思っている時に苦痛に転じることだ。例えば、高い地位から転がり落ちる、富んでいたのが貧しくなるなどだ。これら苦はリンチェンドルジェ・リンポチェも経験したことがある。かつての自家用車はジャガーで、二人のボディガードを雇っていた。香港では毎日あるレストランに円卓を一卓確保し、リンチェンドルジェ・リンポチェを知っている、またはリンチェンドルジェ・リンポチェの本名が言える人は、誰でも座って食事することができた。金は払わなくとも良い。リンチェンドルジェ・リンポチェが払うからだ。ところが、リンチェンドルジェ・リンポチェが破産すると、知り合いであるにもかかわらず、出会っても踵を返して行ってしまうのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは苦労に耐えられる人だったので、まだ大丈夫だった。普通の人がこのような事にぶつかれば、この上もなく惨めだと思い、なんとかして速く事態を転じようとするだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度目の破産時、逆境を転じようとは考えなかった。ただ、過ちがどこにあるのかと反省した。二度目に破産した時はとても簡単だった。一年間で四加行を終わらせてしまった。なぜなら、一年間誰も邪魔しに来ないなど、とても得難いことだからだ。そのため、世間で目にする苦は、修行人にとっては修行の機会なのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェに、うちには病人がいて、息子の仕事はうまくいかず、自分も病気だ、と言いに来る人がいる。だが、その人は祝われるべきだ。借金を返したのだから。息子の仕事がうまく行っておらず、金をせびりに来るなら、よかったではないか。これで、息子に借りはない。次の一世に再来することはないだろう。つまり、安楽から苦に転じる時、うまくやり過ごせない人が多いのだ。なぜ強盗、詐欺、汚職、自殺、殺人などの悪事を働く人がいるのか?それはすべてこの苦に堪えられないからだ。そのため行悪するのだ。金銭を賊に奪われ、火災で家が燃えてしまう人もいるだろう。また、突然不慮の事故で死ぬ人もいる。これらすべては輪迴にあり、避けられないものだ。留意しなければならない。安楽、幸福、名声はすべて無常だ。いつでも変化しうるのだ。

以前あるリンポチェが『うまくいかず、大不運に見舞われた時こそ胸を張れ。うまくいっている時も驕ってはならない。反対に謙虚で、頭を低くしていなければならない』と教導した。うまくいっていない時、顔を上げて胸を張ることで、後ろ向きの気に落ち込まず、自分の気を堅く定めることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度目の破産時、出会った人が踵を返して去っていくのに気づいた。それは当時のリンチェンドルジェ・リンポチェがあまりにも傲慢だったからだ。人生の得失はすべて同じものなのだ。失は得であり、得は失なのだ。失っても、それはあなたが失ったということではなく、得られても、それが有るという訳ではないのだ。すべては無常で転変している。決して、決して驕ってはならない。自分の考えこそが正しい、自分が言うことこそが正しい、自分が行うことはすべて正しいなどと思ってはならない。そのような人は救いようがない。罪業が重ければ、おそらく地獄道に落ちるだろうし、罪業が軽ければ、おそらく畜生道に堕ちるだろう。信じない人が多い。誰かが一言言いさえすれば、すぐに『知らないくせに!』と言い返してくる。このようなことを言うのは、その人が非常に傲慢だということだ。この種の人はどれだけ念仏しようと、どのように持咒しようと、全く役には立たない。

そのため、我々はしっかり見極めなければならない。安楽、幸福、名声は無常なのだ。あなたが無常を受け入れ、この種の楽が苦に変わる時、幸せに暮らせるようになる。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度目に破産した時、とても辛く感じた。なぜなら妻が出て行ってしまい、仕事も失い、金もなくなってしまったからだ。二度目に破産した時には辛さを感じなかった。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェはその時すでに学仏しており、無常を受け入れ、因縁と因果法則を受け入れていたからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、何事も必ず過ぎ去ると強く信じていた。ただ遅いか早いかの違いだけだ。この一生で転じなかったとしても、次の一世を待てば良い。そのため、最後に一切すべてが苦痛に属すると分かったなら、この生に対して明瞭、厭離の心を生じるだろう。

続いては『苦苦』を説明する。うまくいかない事はしばしば同時に発生するようだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが一度目に破産した時、会社は潰れ、妻とは離婚し、息子は病気になった。これこそ苦苦だ。こうなると、耐えきれなくなり、人生に絕望し、どうしたら良いか分からなくなり、生きることを諦めてしまう。しかし、この種の苦苦はあなただけにあるのではない。誰でも経験するもので、一生の様々な時期に発生するだけなのだ。仏法を修行し、因縁、無常を理解しなければ、この種の苦苦の力を受け入ることはできないだろう。人生におけるすべては過渡なのだ。永遠に不変なことなどない。たくさんの人が自分はとてもうまく修行できていると思っているようだが、このような驕った心を改めないなら、苦苦が出現しても、受け止めることはできないだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェが三度目にチベット直貢梯寺に行った時、ラマ達がリンチェンドルジェ・リンポチェを客間に招き入れもてなしてくれた。リンチェンドルジェ・リンポチェは普段からとても気をつけて歩いているが、その日はおかしなことに、部屋に入る際、一歩進んですぐに額をドア枠にぶつけてしまい、頭がクラクラした。一度ぶつかった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは振り返り『ぶつかるなんて、自分はなんてバカなんだ』と人に言ったが、その結果、振り返ってもう一度ぶつかってしまった。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェは気付いた。人は頭を低くしなければならないのだ。頭を下げようとせず、自分は優れていると思っているなら、リンチェンドルジェ・リンポチェのように二度も頭をぶつけることになるだろう。歷代の祖師は、リンチェンドルジェ・リンポチェの悪い癖をご存知なので、直貢梯寺に至ったところで諌めてくださったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはあなた達よりも多く修行しているが、それでも悪い癖がある。あなた達はどうして、自分には悪い癖はないと言い切ることができるのか?

出家人の多くは、この種の話を人に話そうとしない。リンチェンドルジェ・リンポチェは恐れない。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェもかつては、みなと同じでたくさんの欠点があったからだ。今もなお欠点はある。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェが、あなた達と異なるのは、リンチェンドルジェ・リンポチェがひたすら改めていることだ。あなた達はいつまで経っても改めようとしない。いつまで経っても改めようとしないのは、いつまでも六道で輪迴するということだ。今日我々が念頭を起こし、自分は正しいと思うなら、すぐに検討しなければならない。なぜなら、何らかの果位を証するまでは、我々が自分が正しいと考える因は、すべて自己の利益、面子、驕りのためなのだ。よってその場ですぐに検討しなければならない。なぜ人は苦苦を受け止められないのか?それは、その人が一生この偽の現象『自分はとても有能だ。自分は全てを掌握できる』内で生きているからだ。この種の人が苦苦の出現に出会うと哀れな事このうえない。

最後の一種は行苦だ。傲慢で得意であれば、現前の安楽はすべて苦痛の因だ。美食を追い求め、糖尿病になる人は皆このようなのだ。なぜ糖尿病になるのか?それは傲慢だからだ。自分が行うこと、考えることはすべて正しいと考える。そのため先ずは心が病を得て有毒となり、これに美食好きが加わる。つまり、魚や肉を食べまくり、様々な調理法を好んで試す。この種の人はとても簡単に糖尿病、ガンになる。これはすべて傲慢から来ているのだ。他人が何か言っても受け入れず、他人が諌めても、意見をしても、全く聞き入れない。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしばみなに注意するのだ。他人が寄せてくれる意見は、良くても悪くてもすべては意見だ。『自分の考え方と同じなので、これは良い意見だ』といい、『自分の考え方と違うので、これは悪い意見だ』と言うだろう。

2500年前には解剖の知識はなかった。それなのに、胎児の每月の変化がどうして分かったのだろうか?釈迦牟尼仏は当時すでに10ケ月間の胎児の変化をお教えくださっている。あらゆる変化、つまり我々の手、足、根門が形成される時の感覚はすべて刺すような痛み、暗黒、気持ち悪さで、自分が牢獄内にいるように感じる。母親にも頭痛、吐き気、身体の不快、浮腫等の状況が発生する。母が辛いもの冷たいもの熱いものを食べても、満腹を感じても空腹を感じても、歩いても座っても横たわっても、胎児はすべてを感じる。前回リンチェンドルジェ・リンポチェは言った。胎児が動くからと言って、健康であるとは限らない。不快だと訴えているのかもしれないのだ。母親が辛いものを食べれば、胎児は驚いて母をどんどん叩くだろう。母親が冷たいものを飲めば、胎児は冷たくて縮みあがり、母をちょっと押すだろう。

母親が何を食べたかを、胎児はすべて感じるのだ。胎児は寒さ、熱さを感じ、風が吹いている、漂っている、さらには断崖から落ちていくような感覚を感じることができる。出生時には、胎気動により胎児の手足は逆さまになる(子宮内では頭が上だが、出生時には反対になる)。両足を掴まれて地面に向かって引き出されるような感覚だ。産道を通る時には、鉄の穴から強い力で引き出されるような感覚を味わう。出産時に母も子も命を落としたり、どちらかが亡くなったりすることもある。命に別条はなくとも、母も子もともに瀕死の苦しみを味わなければならない。蓮花生大士は『出産時、母子は閻羅殿に半歩足を踏み入れる』と仰せになった。母親は唇と歯以外は、全身の骨や関節がバラバラになるような感覚を味わう。生まれたばかり子供が胞衣を脱ぎ去る際の感覚は皮を剥がれるように苦しい。なぜ新生児は生まれるとすぐに泣くのか?過去世から携えてきた神識がなお存在しているからである他、『また来てしまった。また苦しまなければならない』と知って泣くのだ。それに加えて、胞衣が身体から離れ、皮を剥がされたように感じ、苦痛で泣くのだ!

我々は生まれた後徐々に成長するが、実は生まれたその日から少しずつ死に向かっている。一生、生活と生計に追われる。世間の多くの行為はすべて悪業と関連がある。生から死への過程で、我々は基本的に享楽することはない。求める物質的な享楽はすべて一時的なもので永遠ではない。財産を所有しようと追及するが、それも一時的なもので実在しないのだ。一生、暮らしていくため、毎日忙しく出勤し退勤し、料理し食事し、子供を育て教育する。高齢になっても忙しく、一日中癇癪を起こし、物事をはっきり見極められない人もいる。なぜか?一日中癇癪を起こす。それが多ければ、腎臓、肝臓を傷める。そうなれば目にも当然良くない。リンチェンドルジェ・リンポチェの諌めを聞かず、娘のためにうちを買い、一文無しになった者もいる。苦しいことよ!苦を理解せず、子供は自分のものだと思い、『子供を助けずに誰を助けるのだ?』と思っている。世間の衆生全く思量が足りない!

老いの苦しみはゆっくりと形成されるが、もしいくつかの老いの苦しみが同時に顕現すれば、その辛さは喩えようもない。子供が突然老化してしまう病気がある。そうなれば、とても辛いだろう。ミラレパ尊者は『人は老いると、立ち上がるのに、木の杭を引っこ抜くように大きな力が必要だ。歩く時には鶏のようにギクシャクしてしまう。座る際には土や石が崩れ落ちてくるようだ』と仰せになった。この三つの特徴がすべて出現すると、高齢者の幻有の、仮の身体は衰退し始める。そして『皮膚乾癟皺紋堆、精血耗盡凹陷身(皮膚が乾燥して皺が寄り、精血尽きて身体にハリがなくなる)』も起きる。どれだけの化粧品を用いても、医療美容にかかっても、どれだけ良いものを食べていようと、羊のプラセンタエキスを注射していても、この三つの段階は必ず経験する。ある歌手は、リンチェンドルジェ・リンポチェと同じくらいの年だ。每年一回プラセンタエキスを注射しているらしいが、見た目はやはり老いており、妖怪のようになっている。

男性は精を主とし、女性は血を主とする。女性が閉経すると、血が尽きたのだから、老化の始まりだ。男性は精が尽きた時だ。この精とは精液ではない。そんなに単純ではなく、ホルモン等の一切の内分泌物質を含む。脳を過度に使用する人は早く老いる。『精血耗盡凹陷身』と言うが、生まれたばかりの子供の小さな足はいっぱいに張っている。それは、精血が最も満ちている時だからだ。高齢者の足はどんどん薄っぺらになっていく。それは肉が落ちていくのではなく、精血が尽き、骨と皮しか残っていないからだ。そのため、老いるのが早いか遅いかを確かめるには、足を見ればよく分かる。足は嘘をつかない。かつてリンチェンドルジェ・リンポチェは、女性が年を取っているかどうかを見るにはどうしたらいいかを学んだことがある。どんなに美容に力を入れてもどうしようもない場所がある。覚えておくと良い。袖のある衣服を着るのだ。この部分は、30歲を過ぎると絶対に老化し、隠せない。

『木然盲視糊塗呆(一時的に呆然とする)』と言うが、我々は脳を常に働かせている。それは精と血が足りているからだ。密宗は自己の容貌と身体とを、それほど速く老化していないように見せることができる。それは精と血の動きを、普通の人とは違うようにできるからだ。しばしば脳を働かせ、しかも色好みなら、他人より速く老化する。なぜなら精血を消耗してしまうからだ。パーキンソン病や認知症はすべて精血を消耗した末の現象だ。修法人にとっても、この二種の病を癒すことは難しい。なぜなら、エネルギーをすでにたくさん使ってしまっており、すでに老いから死の状況へと進んでいるからだ。消耗がこんなに速いのは、多くの悪業を為すからだ。

ミラレパ尊者の観察は本当に微細だ。人が老いれば『衣服邋遢無心換、飲食不辨熱與寒、四層欲墊床上臥』という。高齢者の多くは着衣がだらしなく、着替えるように言っても聞こうとしない。清潔に気を配らないのではなく、別に何も感じず、面倒くさく感じているのだ。着替えというものが、その高齢者にとっては大変なことなので、いっそのこと着替えない、着替える気もないのだ。老いて、自分を支えることもできないのに、どこに服を着替える時間と気力があるのか?『飲食不辨熱與寒』とは、認知症の高齢者は食べ物の熱いも冷たいも感じないということだ。熱くて舌に水ぶくれができるほどなのに、それでも、熱くない、というような日が訪れたなら、注意した方が良い。認知症の始まりかもしれない。『四層欲墊床上臥』とは、たくさんマットを敷いたベッドに寝ているのに、硬くて不快だと言うことだ。それは骨が硬くなっているからだ。ミラレパ尊者は、この三種の事態が発生したなら、その高齢者は老いた犬のように徐々に呆けていくと仰せだ。

人類には病の苦がある。病気になり寝付くと食が無味となり、昼夜を分かたず疼痛に苛まれ、なかなか寝付けず、心が乱れ、手術で切り刻まれる等の様々な苦しみが訪れる。風邪で寝込めば、何を食べても味を感じないだろう。気分が悪い、糖尿病、高血圧、心臓病、ガン等の病によるその痛みは筆舌に尽くしがたい。以前リンチェンドルジェ・リンポチェが偏頭痛を抱えていた時、痛み出すととんでもなく痛かった。誰でも病になったことがあろう。病気になれば、夜眠れないことさえある。『当死亡突然来而驚懼可怕、為了求医而耗盡財産等種種苦(突然死に直面し驚き恐れ、医者にかかる為に財をつぎ込むなどの苦しみ)』と言うが、愚かな人がたくさんいる。数百万、一〜二千万元を費やして医者にかかるくせに、この金を善事の為に布施するということをしない。数百万元で機器を買い、薬を買う。この種の人は速やかに死ねるということはない。金がまだあるためだ。金を使い切って、最後まで苦しみに苛まれ、既に自分には金がないと知ったところで、別の病が発見され、そうしてようやく死ぬことができるだろう!仏法を理解している人は、病にかかるとすべての財を寄付する。財を手放すのは、自分の寿命や安楽のためではない。金を使って治療しても良くなることはないと分かっているので、さっさと布施し、他人に利益した方が良いと思っているのだ。

祖師ジッテン・サムゴンは『四大從強変弱、身体很健康転眼変成謊言、時間就好像秋季的花、所以我們能不能相信這個事、我們応該三思(地・水・火・風は強から弱になり、健康だと言ってもそれが嘘になる。時間の流れは秋の花のようだ。これを信じられるかどうかを、我々はよく考えなければならない)』と仰せになった。自分はこれまでずっと健康だった、などと思ってはならない。実はこれはすべて嘘だ。老、死、病は言ったそばから訪れる!秋の花が言ったそばから散っていくようにだ!今晚はしっかりしていると思っていたのに、朝起きるとすでに散っている。我々はこのように人生を思惟しなければならない。誰もが死の苦しみを恐れる。一生において多くの事を人と共有するが、死だけはたった一人で受け止めなければならない。伴侶、親族、仏菩薩、上師の誰も死を分け合ってはくれないのだ。死ぬ時はたった一人で向き合わなければならない。蓄えてきた財、大切な愛する家族のすべてを捨てて旅立たなければならない。死に臨んだ時の内心の恐怖、焦りは、僧侶であろうと医者であろうとどうすることもできない。それまで持っていた勇気、驕りもすべて消え去ってしまい、あらゆる混乱の相がゆっくりと現れる。

リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしばいう。親族がガンにかかったなら隠してはならない。必ず伝えなければならない。告知しない道を選ぶ人が多い。苦しまないように伝えないでおこう、と思っているようだが、それは誤りだ!苦しまないように、とりあえず伝えないでおこうとしても、死に直面し、あの種の苦痛を味わえば、事の次第が分かるものだ。その時になれば必ず怪しまれ『お前たちのせいだ』と言われるだろう。その家族が仏法を信じていないなら、絶対に『すべてはお前達のせいだ!もっと早く教えてくれていたら、誰々に会っていただろうし、何々を行っていただろう。死ぬこともなかったかもしれない!』というだろう。つまり、我々は他人の病状を内緒にする資格も条件もないのだ。『父には言わないでおこう。言えば苦しむから』と考える人が多い。これは非常に愚かだ、とリンチェンドルジェ・リンポチェは開示しよう。死に直面すれば、自分が死に行こうとしていることは誰でもはっきりと分かる。昏睡状態に陥っていたとしても、自分が死に行くことは分かっているのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの植物状態にある人に加持をしたことがある。その人が心の中でどう思っているのか、リンチェンドルジェ・リンポチェが口に出すと、家人は皆『その通りだ』と言う。あなた達は植物状態にある人は何も考えず、思想もない、伝えたいことなどない、と思っているだろう。それは誤りだ。実は植物状態にある人でも意識は動いているのだ。自分は死のうとしていると、息絶える前には必ず分かる。夜中に熟睡していれば知覚はないと思うだろうが、突然誰かが何かを使って口と鼻を塞ぎ呼吸できないようにすれば、分かるのではないか?すぐに分かる。臨終の際の感覚もこのようなものだ。呼吸しにくくなるので、とても苦しいのだ。

昏睡状態に陥れば何も分からない、などと思ってはならない。植物状態にある人は何も分からない、などと思ってはならない。脳死になれば何も分からない、などと思ってはならない。脳死は神識が肉体を離れたということにはならない。そのため仏教は安楽死に絶対反対なのだ。安楽死は殺人だ!脳死状態となっても、その人の意識は身体を離れていない。リンチェンドルジェ・リンポチェのような修行者でなければ、神識が肉体を離れたかどうかは分からない。神識がすでに離れており、本当に肉体だけになっていることもある。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは意識を呼び戻し、再び肉体に入らせる。なぜか?なぜなら意識が肉体にないなら、修法し助念しても全く役に立たず、済度させられないからだ。

なぜ神識が肉体から離れながら死なないことがあるのか?それは、その人が親族に仇を返そう、彼らを苦しませようと思っているからだ。業を返し終わっていない人もいる。肉体が返済を続けているため、神識が残って苦痛を受け続けているのだ。神識は分かっている。肉体は死んだので動けないのに、自分はこの肉体を離れることができず、傍らに立ってただひたすら見ている。死後に生き返った人の話を聞いたことがあるだろう。そういう人は、自分の身体が横たわっているのを見た、と言う。神識がすでに離れ、そばに立って見ていることもある。それはどれだけ辛いだろうか!

衆生の事を知る能力を備えてもいないのに、衝動に突き動かされて、これが慈悲だと思い、済度を行うことを請け負ったりすると、必ず逆効果となる。リンチェンドルジェ・リンポチェがもう直ぐ息絶えようとしている人に加持するのは、その人を安楽にさせるためではなく、仏法を理解させ、受け入れさせ、仏法が聞けるようにするためだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの定力により、その人は誰が助けてくれているのかが分かる。自分がそばで読経していれば亡者は聞いている、と思っているようだが、それはない。なぜなら、普通の人の定力では亡者の浮ついた心を落ち着かせ、亡者に聞き入れさせることはできないからだ。自ら修行した能力を持ってし、亡者の神識を慰め落ち着かせなければ、亡者は行者の語る事、持する咒、唱える経を受け入れることはできない。そういうことなのだ。

そのため、閉関し禅定を修めるのは自己が用いるためではなく、衆生を救うためなのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の修行で衆生を救った経験をあなた達に教えた。誰であろうと、決して病状を隠してはならない。なぜなら死に直面すれば絶対に分かるからだ。それが分からない衆生など一人もいない。自動車事故で突然死ぬこととなっても、息絶える瞬間の0.0001秒前には、自分は死に行こうとしていると理解する。そのため、死に関する事は騙せないのだ。必ず事実に基づき伝えなければならない。隠せば、相手はあなたを恨み、訝しみ、憎むだろう。病状を事実に基づき伝えれば、受け入れ難く、最初の数日は苦しむかもしれないが、しばらくしてどうすることもできないと知れば、受け入れることができるだろう。

ガンにかかれば、その治療の過程はとても苦しい。なぜなら、家族が隠すので、医者が必ず治してくれると、本人はいつまでも希望を抱いており、医療行為を受ける度に希望を感じる。だが、どの医療行為もすべて苦痛だ。なぜガンで死ねば地獄に堕ちる可能性が高いのか?それはこの過程で、病人の恨みの心が増長するからだ。それに苦しい時の嗔恨の心が加わる。死の真相を知った今、しっかり覚えておくように。自分であろうと親族であろうと、その過程はすべて同じだ。修行人であろうと死に行く過程は皆同じなのだ。異なるのは、修行人はその過程を掌握できるが、あなた達は掌握できず、散乱し、一切の勇気が消えてしまうということだ。あなた達は普段は非常に勇敢だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはニュースで見たことがある。生前に非常に凶暴で悪事を為した者でも、銃殺される際に、自分で刑場に歩いて行く者は稀だ。皆人に連れて行かれている。学仏では、この種の恐怖がどこから来るのかを理解するのだ。それを理解すれば、自然に死を恐れなくなる。死さえも恐れないなら、世間にそれ以上のことなどあろうか?

我々が恐れるのは、財産や親族を失うのが怖いからではない。心の最も深いところで、死について知っているからだ。だが、みなこの事について語ろうとせず、この事が発生しないよう願っている。我々は恐怖心を宥めるため、名声や利益や親族に執着し、欲望が絶えず出現する。これらによって死に対する恐怖心を抑えようと願っている。ポワ法修行で成就した人は、死に対して少しの恐怖もない。なぜならそれは修行に成功した時、すでに死の過程を経験しているからだ。実はこんなに簡単だったのだ!と思っているからだ。あなた達はなぜ死を恐れるのか?それは知らないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがどれだけ言ったとしても、あなた達はやはり分からない。リンチェンドルジェ・リンポチェが、このスープがどんなに美味しいか告げたところで、飲んでみなければ分からない。飲んでみて初めて分かるようなものだ。仏法を聞けば分かる、と多くの人が言う。だが、やはり分かりはしない。必ず行わなければならない。ここまで言ったのは、ただ理論を伝えたに過ぎない。ポワ法を学び修めれば、死とはどういうものであるかを確実に知る。死を知れば、人生とはどういうものであるかを知る。それらを知れば、たくさんの執著が崩れてしまうだろう。

ポワ法を学ぶ。それはすごいことだなどと思ってはならない。他人にポワ法を修めるのと、自分がポワ法を修めるのとは違うのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を伝えれば、自分も他人に修められるなどと思ってはならない。それはできない。なぜなら伝えない法もあるからだ。あなたの心が正しくないなら、伝えることで、あなたを害し、他人をも害してしまう。かつてポワ法を学ばせに、弟子を寄越した人がいた。そして、法本を持ち帰り、自分で修められると思っていたようだった。だが、これは役に立たない。ポワ法は、法本があり観想すればそれでよい、というものではなく、必ず上師が自らあなたを率いて少なくとも108日修めなければ修めることはできないのだ。そのため、上師は非常に重要だ。法を伝えてもらい、法本を持っているなら、家で自己修行できるなどと思ってはならない。

なぜチベット仏教では上師は非常に重要だというのか?それは、上師は間違った道を歩かないよう、あなたを導き、修行を成功させてくれるからだ。上師は自分も修められているので、あなたの修行を助けることができるのだ。ポワ法のある一段はすべて上師の祈祷文だ。上師は現在伝法している上師を含む。この上師に対して少しでも不恭敬で、上師を利用しようとの考えが少しでもあるなら、上師がポワ法を学ばせてくれたとしても、成就を得ることはできない。自分はポワ法を学んだので、上師から離れても良いなどと思ってはならない。なぜ密法は非公開なのか?それは衆生を害することを恐れるからだ。価値が高く、機密性が高い、というのではない。仏法は金銭で価値を測れるものではない。

リンチェンドルジェ・リンポチェの進歩が速いのは、ポワ法の修行で成就を得ているからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェと同時にポワ法を学んだ42人の中で、開頂したのは二人だけだし、他人にポワ法を修められるのは、リンチェンドルジェ・リンポチェ一人だけだ。現在台湾には直貢噶舉でポワ法を学んだことがある人はたくさんいる。だが、開頂した人は非常に少ないし、他人にポワ法を修められる人など言うまでもない。開頂できたと言っても、それが他人にポワ法を修められるということではない。他人にポワ法を修められる人は、古代には人々に深く恭敬された。なぜならポワ法は遭い難く、修め難く、成就し難いからだ!

我々は死に直面すると、一切の勇気が消えてしまい、累世の冤親債主が一斉に借金取りにやってくる。死後は、自分が真っ暗で全く光がないところで、しかもたった一人で業力の風に吹かれているのを感じる。まだ分配していない財産について思い出し、去りがたく思ったりする。なぜ『地蔵経』では、亡者の往生後、その人が生前に最も好きだった玩具、つまり骨董品や財産などを、その人のために供養布施せよ、というのか?それは亡者の執着を断ち切るためだ。

父親の往生の20日余り後、ある人が父のために人を手配し読経し、做七(道教で七日毎に行う法要)等を行った。つまり、あなた達が普段行うような事を行ったのだ。その人がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て『父は往生できたでしょうか?』と尋ねるので、リンチェンドルジェ・リンポチェは『家には男子が四人いるのではないか?』と尋ねると、『そうです』という。リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて『父は、四人兄弟で財産のために争ってはならない、とリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えて欲しいと言っている』と言うと、この人は『四人兄弟で確かに財産で揉めています』と答えた。後にこの人は『夢に父が出てきて、四人の息子が財産争いしているのを見た、と言った、と兄弟に伝えた』とリンチェンドルジェ・リンポチェに報告した。リンチェンドルジェ・リンポチェはその場でこの人を叱責した。彼がこのように言えば、先ずは親不孝だ。なぜなら、父はリンチェンドルジェ・リンポチェに彼に伝えるように望んだからだ。第二にこれは『打誑語』だ。なぜなら彼は上師の名誉を傷つけたからだ。ほとんどすべてがこのような人だ。訊ね、答えを聞き、信じず、自分のやり方で行う。この亡者は、子孫によって遺産が不合理な扱いを受けているのを見て怒っていた。子供が人に依頼し読経してもらったところで、これでは亡者は往生する気にもならないだろう。

生前に自分の財産を供養布施していなかったなら、死の前にきちんと手配しない限り、心には必ず不愉快が起きる。特に、自分が好きだった宝石や骨董が、嫌いな人に身につけられたなら、その人は必ず罵倒するだろう。つまり、亡者の心も知らずに読経しても余計なのだ。紅包(祝儀袋)をもらえば、自らはいくらだと言っていないにしても、やはり業力を背負うことになる。なぜなら、その人の問題を解決してやってはいないからだ。以前リンチェンドルジェ・リンポチェは、直貢チェツァン法王のご許可を頂戴するまでは、済度を行おうとはとても思わなかった。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは幼い頃、父親について道教を学び、多くを見てきたからだ。『自分には慈悲心があるなどと思い、簡単に他人を済度させてはならない。それによって他人を害しているとも知らないで』と父に教えられた。そのため、出家人がこの亡者のために読経したとしても、亡者はやはり怒るのだ。だが、彼らはすでに紅包を受けとっている。それは、この亡者の家族に借りを作ったようなものだ。次の世で返さなければならない。

我々は経典をしっかり見極めなければならない。人を助ける前には、助念団に参加し人のために読経に行くにしても、この家族がどのような状況にあるのかを理解しなければならない。遺産相続は済んだのか?と聞いても良い。相続が終わっていないなら、読経しない方が良い。遺産相続が終わってから読経した方が良い。リンチェンドルジェ・リンポチェも一度だけ友人の父のために助念したことがある。亡者は妻を心配してさえ去ろうとしないのに、金なら尚のことだ。金銭を重視する人、生前に吝嗇だった人、供養の後に後悔する人にもこの問題が起きる。死んでも諦めきれず、なおもこの事を思い通りにしようとする。これでは餓鬼道に堕ちるだろう。

死を前にして悔しがり、激しくあれもこれもと怒り、怪しみ、残念がる。これは罪業が非常に重い人だ。恐らく地獄道に堕ちるだろう。仏法を聞いていれば地獄道に堕ちることはないなどということはない。それは、自分自身の行為によって決まるのだ。仏法を聞いていながら地獄道に堕ちたなら、鬼卒になるだろう。それなら、少しはマシだ。だが地獄であることに変わりはない。特に仏法を聞いていながら、しょっちゅう人を罵り、人を責めるなら、地獄に堕ちるのが他人より少し速くなるだろう。なぜなら法を知りながら法を犯しているからだ!上師を批判する人は、誰よりも速く地獄に堕ちる!このような状況にある友人、親戚、親族がいるなら、すぐに善知識に福を植え付けてもらわなければならない。そうでなければ、その人の業は生前に消えることはなく、地獄に堕ちる可能性が極めて高い。

死を前にして手足が痙攣を起こし、震え続ける人がいる。これはその人の殺業が非常に重いか、この生で不正な財を得たことがあるためだ。そのため、死を前にして冤親債主が身体の中で精算を行い、痙攣させているのだ。地獄の中には抜筋によるものもある。このような事態に遭遇しても鎮静剤を打ったりしてはならない。鎮静剤を打っても役には立たない。精神も錯乱するだろう。死を前にして、手を振って何かを追い払おうとし続ける人もいる。幻覚だ、病院の幽鬼だと思う人もいるが、実はそうではない。これはその人の神識が混乱している時、累世の冤親債主が来たのを目にし、追い払おうとしているのだ。祖父が迎えに来るのを目にし、嬉しく感じる人もいる。だがこれには注意しなければならない!なぜならこれは、その人の冤親債主がその人が最も好きだった親族に化けて迎えに来ているのであり、三悪道に連れて行こうとしているからだ。このような現象を目にしたなら、すぐに善知識に助けに来てもらわなければならない。

最後に呼吸が弱々しくなり途切れ、口をわずかに開き、白目を剥いて亡くなる。これは多くの悪業を為した人だ!ミラレパ尊者は『死に臨み、極悪人は導師のように因果を見せてくれる』と仰せになった。生前にその人が、自分はどんなにうまく修行したと言っていても、その人の死に様を見れば、この一生で行悪したかどうかが分かる。生前の悪業が重いかどうかは死から見て取れる。そのため、仏事、読経、持咒時に決して癇癪を起こしてはならない。この種の悪は殺生よりなお重い。なぜならその時はたくさんの衆生が期待しているからだ。その時あなたの心が仏、菩薩の心なら、衆生は利益を得ることができる。その時あなたが癇癪を起こし、嗔念を起こして他人が間違っていると言うなら、これは三悪道の心であり、これは亡者を三悪道に堕としてしまう。それでは亡者は絕対にあなたを許さないだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、人のために適当に助念してはならないとしばしば諌める。助念は好事だが、それには条件に適合していなければならない。この亡者が生前学仏し、しかも理解していれば、あなたの助念はその人の心を固め、これによりその人は阿彌陀仏と共に行くことができる。真の助念は、亡者と生前に同一の道場で仏法を学んだ同修が、亡者が往生しようとしている時にその人のために念仏持咒するものだ。亡くなった後では役には立たない!密行者が密法を修めるのでなければ役には立たない。助念団が必ず亡者を往生させられるなどと盲信してはならない。浄土三本経にも、このようなことは全く書いてない。印光大師は浄土を修められた方だが、死後、亡者のために仏号を念じれば、西方極楽世界に往生させられるとは仰せでない。生前と仰せだ。しかも、亡者は必ず意識がはっきりしており、生前は仏教徒で、生前に修行していなければ、助念しても役には立たない。たくさんの仏教徒が毎日忙しく助念に行っているが、実は効果がないばかりか、自己を害し、衆生を害しているのだ。よく理解せず、勝手に行いながら、自分は慈悲を為していると思っているが、それはとんでもない過ちだ!

死ねば、すべてがなくなってしまうのではない。あなたが修行者でなく、大善業を為していないなら、閻王の侍者はあなたの面前に一切の現象を現し、あなたを恐れさせ、あなたを三悪道に堕とす。死ぬ時間は定まっていない。その時には正法だけが役に立つ。波多哇尊者は『誰もが死の無常について常思することを望む。「死亡必来」という心構えを確実に持たなければならない』と仰せだ。自分は長生きできる、などと自分に催眠術をかけたり、自分を騙してはならない。

『断除悪業不艱難、多修慈與悲、不辞辛労利衆生、日後多観空実相』という。悪業を断つのは難しくない。自分が悪を為すと認めないところに難しさがあるのだ。衆生に利益するのではなく、自己の利益のため、自己の欲望を満たすためであるなら、それはすべて悪だ。上師の教導、諌めを受け入れないのも悪だ。仏法の薰陶を受け入れず、仏法を生活に取り入れないのも悪だ。簡単に言えば、依教奉行こそが一切の善の開始であり、一切の悪の断除だ。そのため学仏は難しくなく、断悪も難しくない。因果を信じないことに難しさがあるのだ。因果を深く信じる人は絕対に断悪できる!慈悲をたくさん修めなければならない。苦労して衆生に利益しなければならない。だが、現在のあなた達にはできない。あなた達にできるのは供養布施だけだ。

上師が金銭を欲しているのではない。『収入の1/4を供養布施するよう経典に記載されている』と上師が言ったのは、適当に言っているだけだと、たくさん人が思っている。お金こそ最も大切で、お金がなければ生きていけない、と思っている。仏と上師があなた達を騙しているなら、学仏に来なくとも良い。直貢チェツァン法王も『供養は学仏で最も重要な法門だ』と公開の場で仰せになっておられる。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて、直貢チェツァン法王がある仏法を聞くために、自分に代わりマンダを供養するようケンポスに請うのをこの目で見たことがある。仏法を聞くには必ず福報を累積しなければならない。福報は供養から来るのだ。あなた達は今のところは衆生に利益することはできない。だが、毎日非常に苦労して働いているのは、それも衆生に利益しているのだ。実は社会のあらゆる仕事はどれも直接、または間接的に衆生に関わっている。仕事をしっかり行えば、たくさんの人に利益することができる。どうすれば昇級でき金儲けができるかだけを考えているなら、たくさんの衆生を傷つけてしまうだろう。心を込めてしっかり仕事をする。それも衆生に利益する一つの方法なのだ。

死について念じないなら、心は非常に乱れる。親族友人、敵、知らない人、この三種の対象に対して貪、嗔、痴の三毒を生じる。死について念じないなら、何かを掌握したいと必ず考える。心が乱れれば、上師の言葉が耳に入らない。友人、親族に対して貪念を起こし、子女に対して自分に良くし、よくいうことを聞き、親孝行するよう望み、妻が自分のいうことを聞くように望むなど、これらすべては貪念の始まりだ。さらに、敵に対しても嗔念を起こし、自分にはたくさん小人(害を及ぼす人)がいると考え、相手を不快にする言葉を報復するかのように口に出す。あなた達は知らない人に対して『関わらないでおこう』という気持ちを常に持っている。公衆トイレがとても汚いことがある。なぜなら、みな次に使う人を知らないからだ。自分が何をしようと、他人は分からないと思い、痴の毒を生じる。つまり真理を受け入れず、正しかろうと誤りだろうと、やってしまってから考えればいい、と思っているのだ。

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2017 年 01 月 15 日 更新