尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年4月13日

法会の開始に先立ち、一人の皈依弟子が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持と、父が済度を受けたことについて参会者に語った。

1999年、父は検查で腎臓萎縮が発見された。西洋薬、生薬等の治療を受けたが、腎臓の症状の悪化を止めることはできず、最後には腎臓透析をするようになった。腎臓透析を始めたばかりの頃、父はしばしば非常に気分が悪くなり、病院から帰宅した後はかなり長く休息しなければ体力が回復しないほどだった。後には、ヘモグロビンの不足で、定期的に輸血しなければ体力を安定させられなくなった。そうでなければ、全身に力が入らず、病院から、通常であればわずか10分の距離なのに、途中で三、四回も休憩しながら30分ほどもかけなければ家へ帰りつけなくなってしまった。父は教師だったが、かつては学校の人事異動に対して不満を感じることが多く、「誰某は自分の生徒であるにもかかわらず、自分に害を及ぼしている」などと話をしていた。腎臓透析後、父の性格は大きく変わり、以前にも増してこれらの話題を口にするようになった。

2002年、父は血尿が出るようになり、検查で膀胱に腫瘍が発見された。抗がん剤治療を半年間行った後、腎管内にも腫瘍があることが分かり、抗がん剤治療を継続することとなった。およそ一年半もの間の抗がん剤治療の後、2004年初めに転院したところ、検查で、腎臓と腎管から膀胱にかけてたくさんの小さな腫瘍が発見され、医者の勧めで、腎臓二個と膀胱を手術で摘出した。手術後、父は入退院を繰り返すようになった。一人で腎臓透析へ通っていた状態から、必ず誰かが付き添わなければならない状態となり、続いては貧血で突然倒れ、さらには癲癇の発作を起こすようにもなった。腎臓透析の時間になっても動けないため、救急車で病院へ搬送されることも多くなったが、その際には医療手順に基づき救急救命科の判断に従わなければならず、一週間前後の入院が必要といわれたが、父は腎臓透析後には意識がはっきりし、意識がはっきりすると病院にいるのを嫌がった。父は家人の説得も聞かず、朝入院しても、翌日には退院するという状態で、このような状況が三年間続いた。

彼は2006年11月に皈依後、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが何度も法座において「最も親孝行な人は、真に決心して学仏し、父母及び年長者と尊きリンチェンドルジェ・リンポチェとの縁を結ぶ人だ」と開示なさるのを聞いた。彼は自己を顧み、自分はどんなに親不孝であったかに気づいた。父の病状にまったく無関心で、「母が父の世話をするのは当たり前だ」と考え、母が子供たちの負担を増やしたくないばかりに一人で重荷を背負っていることを思いやることもなかった。自分の日々の生活だけにかまけ、相変わらず遊び回り、父を世話する母の重責の一端を分担しようとの考えを持ったこともなかった。「長患いをしている父を連れて、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁すべきだ」と、この時初めて気づいた。

2007年のある日、父の病状を心配する母の言葉を聞き、母に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くも衆生をお救いくださった事跡について話した。母は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜りたいと言ったが、父ははっきりと意見を言わなかった。そのため、彼は父も拝謁を願っていると勝手に解釈し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへの拝謁を申込んだ。両親と彼は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの尊前に跪いたところ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも「なにかあったのか」とお尋ねくださった。母が、父の発病からの過程をお話し申し上げると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、皈依したばかりの彼に、父の替わりに法会に参加し福報を累積するよう、ご指示くださった。彼が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、父母を施身法法会に参加させてくださるよう願ったところ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くもお許しくださった。彼らが立ち上がった時、振り向いて立ち去ろうとしている父のため、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くも持咒加持を続けてくださっているのを彼は目にした。

家に帰る道すがら、父は母に文句を言い続け、ついには喧嘩になってしまった。父は今回の拝謁に不満があり、また恭敬心を起こしてもいなかったことを、彼は後になってようやく知った。二週間後、施身法法会の前日、父の容態は悪化し再び入院した。翌日には意識がはっきりしたが、法会への参加を拒んだため、母が彼と一緒に施身法法会に参加した。「自分は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子でありながら、父に対して、慈悲深くも衆生を済度くださった上師の功徳について、積極的に話していなかった」と彼は懺悔した。父は法会には参加しなかったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜った後、入退院の回数が大幅に減り、癲癇の発作も短くなった。父に適した抗癲癇薬が見つかったこともあり、父は以前に比べ随分と情緒が安定するようになった。彼は「これらはすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげに他ならない」と感謝申し上げた。

父はタバコも吸わず、酒も飲まず、外国旅行へ行ったことさえなく、仕事だけに生きてきた。父は幼い頃から病弱で、若い時には喘息の発作を起こし、深夜まで眠れないことがよくあり、漢方医や西洋医を訪ね歩いたが、効果を得られなかった。田舎の祖母はニワトリやアヒルを飼っており、それで精をつけさせようと、料理して父に食べさせていた。父はかつて、カノコバトを食べれば喘息が治ると言う民間療法を信じていたが、カノコバトを買うと、店の主人がその場でしめ、煮えたぎった熱湯に入れて羽を毟り取る。こうして、たくさんの殺業を犯してしまった。

2012年3月、父は転倒して頭を打ち入院したが、退院後しばらくして、6月にまた転倒し、4、5針縫って入院した。10月初めには、原因不明の高熱でけいれんを起こし集中治療室に運ばれたが、検査しても原因が分からず、集中治療室で一週間過ごした後、ようやく左太ももに膿瘍があることが発見され、手術で切除し、膿を吸引した。しかし、術後の傷口が裂けてしまい、縫合のために緊急手術を行うこととなった。父の入院中、彼は夜、付き添って看病したが、父が空に向って話しているのに気がついた。笑っている時も泣いている時もあり、睡眠薬を飲んでも同じで、一晩中そんな調子で空が白み始めてようやく疲れ果てて眠るという状態だった。

父は家人に「誰某が会いに来た」ということがあり、「ドアのところに誰かが立っている。追い払ってくれ」ということもあった。病床に横たわりながら、「ベッドを高くしてくれ」と言ったかと思えば、すぐにまた「布団が重くて息ができない」と言ったりした。父の状態は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださったように、人の往生前の四大分解と同じだった。この時彼は「父を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜ろう」と母に言ったところ、母は「分かった」と言った。意見を聞こうと、父に付き添ったある晚、父に尋ねたが、父は何も言わずに、ただ首を振るだけで、妹に頼み、父に聞いてもらったが、やはり同じ答えしか得られなかった。そうしている内に11月初旬になって、傷口が癒え、父はようやく退院することができた。

2013年3月11日、父は原因不明のけいれんを起こし、再び集中治療室に運ばれ、それと同時に病院側は危篤を知らせてきた。今回父は、集中治療室で三週間を過ごしたが、病情は一進一退で、しばしば病室内で暴れ、看護師も医者も手に負えない有様だった。集中治療室では、父は最も強い抗生物質を注射されていた。「ヘルペスウイルスが脳に感染し、脳が損傷を受けた結果けいれんが起きた」と病院側は判断していた。「病が治まっても、脳の損傷部位は回復しない。損傷範囲がどの程度かの違いがあるだけだ」と医者からは説明があった。腹水も溜まり、食事ができないため、父は日増しに痩せていき、四肢は細々と衰えながら腹部が膨張し、呼吸も苦しそうだったが、意識だけはなおはっきりしていた。病院は再び危篤を通知し、緊急の際には救急救命処置の放棄に同意するかどうかを家族に尋ねた。彼は家族と話し合い、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を伝えたところ、臨終時には救急救命処置を施さない方が父にとっては良いと家族全員が納得し、侵襲性がある救急救命処置の放棄に一致して同意した。父がこれ以上辛い思いをしなくとも良いよう皆望んでいた。

母は、父が苦しまず楽にあの世に旅立てるよう望んだ。彼は母に「死が迫る中では尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに頼るしか他に方法はない」と言ったところ、母は道場へ行き、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、父のために福徳因縁を累積し、善道に往生できるよう祈願することを願った。そのため、3月23日に道場で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜った。もともとは彼から願い出ることになっていたのに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの尊前に出ると、母は急に口を開き「夫が病気なんです」と言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「どれほどになる?何を望んでいるのか?」とお尋ねになったので、母は「10年余りになります。今は入院していますが、もし、寿縁が尽きたなら、楽に旅立たせてやってください」とお願い申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは非常に慈悲深く母を見て「それなら、菜食できるか?」とお仰せになった。母は少し迷いながら、「菜食では栄養が足りないのではないかと心配なのです」と答えると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「看護人が菜食しないなら、病人も菜食できない。それなら、そなたを助けてやることはできない!」と仰せになった。母は「夫を早く旅立たせてやることはできるでしょうか?」と尋ねると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「福報がなければ無理だ」と仰せになったので、母が「ではどうしたらいいでしょう?」と尋ねると、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは「福報を使い果たし、金を使い切ってしまえば、ようやく死ねるだろう。それから済度となるので、いくらか大変だろう」とお答えくださった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、母がどうするか決められるよう、出家衆弟子に母とよく話すようご指示になったが、母は長い時間話しても、菜食を決心することができなかった。その後、彼は病院へ父を見舞いに行った際、父に「リンチェンドルジェ・リンポチェは菜食するよう求めておいでになる。菜食できる?」と聞いたが、父の答えも母と同じで「菜食では栄養が足りない」というものだった。この時、彼は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがどうして母にだけ尋ね、後に控えている妹に聞かなかったのかに、初めて気がついた。母は父に代わり答えていたのだ。「お父さん、ここに寝ていても食べられないじゃないか。どうして菜食が嫌なの?食べられないなら、菜食と同じじゃないの?」と彼は言ったが、父は答えなかった。

その後も父は食べられない状態が続き、腎臓透析時に栄養剤を注射して命をつないでいるような状況で、精神状態も悪化し、しばしば昏睡状態に陥った。5月11日の午前中、父の呼吸に異音が混じるようになった。医者は、肋膜に水が溜まり、手術で取り除く他方法がないという判断を下したが、彼らは家族全員で話し合い、手術をしないことに決めた。その日の夜8時半、彼は弟に付き添いを引き継ぎ、帰宅する前に父に寝返りを打たせたところ、呼吸中の異音が消えていることに気がついた。さらによく見てみると、呼吸に伴う腹部の起伏さえもなかった。心臓が止まっているのだ!

彼は急いで医療スタッフに連絡した。医者はあわてて心臓に電気ショックを加えようとしたが、彼が、既に救急救命処置放棄同意書に署名しているので、救急救命処置は不要だと伝えると、医者は処置を中止した。彼は急いで父の口中に貴重な甘露丸を入れ、葬儀社に連絡した後、遺体の横で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが父に加持くださっている様子を観想し、六字大明咒を翌日の早朝6時まで唱え続けた。父の遺体を冷蔵庫に入れる際、もともと大きく開いていた父の口がこの時には閉じており、しかも身体が非常に柔らかいことに気づいた。それを見た弟も「本当に不思議だ」と感嘆していた。

月曜日の朝、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェへの拝謁を電話で申込み、家族全員がその週5月18日に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜ることができた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも「何かあったのか?」とお尋ねくださった。母が「夫が亡くなりました。リンチェンドルジェ・リンポチェ、葬儀の日にちをお選びください」と申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは少し入定なさり、「旧暦の4月22日か23日がよい」と開示くださった。

続いて彼が、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに、施身法法会で父を済度してくださるようお願い申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはしばらく持咒くださった後、父を加持くださり「分かった!そなたが代わって参加するように!」と仰せになったので、彼は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持の下、父の後事は非常に順調に進み、父のために「紙のお金を燃やしたい」と言い張っていた叔母も、葬儀社のスタッフに説得され、紙のお金を燃やしても亡者には真の利益がないと納得した。火葬後の父の骨は薄いピンク色をし、施身法法会の済度までなおいくらか時間はあるが、父は既に真の救いを得られたようだった。

彼は「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前の自分は思い上がっていた」と懺悔した。字が読めるのだから、自分で経典を読んで学仏できると考え、念誦さえ自分勝手に決め、唱えたいと思うものを入手して学び、唱えていた。皈依した後は、自分はとてもよく決まりを守り、上師に対して恭敬なのだから、修行もうまく行くはずだ、と思い込んでいた。けれども、父の往生
までの経験を通して、自分が実は恐れていたのだとつくづく反省した。現実では、過ちを犯し上師に罰せられ上師に叱責されることを恐れ、因果では、悪因を為し悪果があることを恐れていた。少しの懺悔心があったとしても、それは悪い果の成熟が自己の身の上に現われるのではないかと恐れていたのだ。自分をよく顧た結果、彼は、自分は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださった出離心、慈悲心、懺悔心を用いて学仏していないことに気づいた。「今後は必ず、真に懺悔し、依教奉行し、上師の恩、仏恩、衆生の恩に報いることを決心した」と彼は述べた。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの貴体が勝妙康であり、寿命が幾久しく、直貢噶舉派が永遠に流伝し、一切広大有情に利益できることを祈願した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、参会者に貴重な仏法の開示をくだされた。

「中国、チベット等では大乗、菩薩乗の仏法を学ぶというが、たくさんの人が菩薩の思想、行為、言葉をよく理解していない。直貢噶舉の祖師 ジッテン・サムゴンの多くの著作は全て『寶積経』に基づいている。『寶積経』で説くのは全て菩薩、及び菩薩になろうとして発せられた心、説かれた話と思想に関してであり、一般の仏法修行とは少し違う。リンチェンドルジェ・リンポチェは数日前『寶積経』で仏が『在家菩薩』と『出家菩薩』に触れられた箇所を読んだ。これは他の経典では触れないものだ。どの経典であっても、必ず『善男子』、『善女人』については語る。出家修行についてなら、『比丘』、『比丘尼』を取り上げる。経典中で『在家菩薩』と『出家菩薩』について触れるのは、『寶積経』だけだ。

つまり菩薩とは呼称ではない。さまざまなところから信衆が来るのを見て、『菩薩が来た!』というが、このような見方は誤まりだ。『理論的には菩薩だ』などと思うものではない。自分は菩薩なのだと思わせ、その人が修行しなくなれば、それはその人を害することになる。凡夫から修行して菩薩となるには、たくさんの段階を踏まなければならない。特に『寶積経』中では、善知識に依止しなければならない、としばしば言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは今日は特別に、経文の一節について開示する。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子に対する教導は非常に厳しいと考えている人が多い。では、このような教法に根拠はあるのか?答えは、イエスだ。このような教法は、リンチェンドルジェ・リンポチェが自分で作り出したものではない。もし、仏がこのように弟子を教導なさったことがなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェもそのような方法で弟子を教導することはできない。

最近、リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの信衆と弟子を出て行かせた。『どうしてそうするのだ?機会と因縁を慈悲を以て与えるべきではないのか?』と心中で文句を言っている人も多いだろう。一般の信衆ならそうだろうが、寶吉祥仏法中心でリンチェンドルジェ・リンポチェは菩薩道を教導するのだ。そなたの行為、言葉、思想が、菩薩とかけ離れすぎているなら、残ったとしても意味はない。残っていても、恨みが残るだけだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは最近『寶積経』のある経文の一節を恭唸した。おもしろいことに、リンチェンドルジェ・リンポチェが何かを為すと、経文を開いた時に、リンチェンドルジェ・リンポチェは正しいと告げる内容が必ず出現するのだ。『寶積経』経卷第二十八の大乗十法会第九の前半部分については今日は一先ず開示しない。開示したところで、そなた達には理解できないだろうからだ。そなた達が理解できるだろう部分についてだけ開示する。

この部分の経文は、仏が魔王波旬に語るものである。みなは、魔王波旬は仏法を破壊するものだと思っているだろう。けれども、これは一般信衆と凡夫だけの考え方で、菩薩道から見ると、すべての方法は自己の修行を助ける方法なのだ。この経文中で、仏は魔王波旬に対して仏法を説かれ、彼に問いを発する機会を与えておられる。そこで、魔王波旬は『経文中では必ず、一切の悪語を断たなければならない、不善である語を口に出してはならない、とある』と言うと、如来は『そうだ』と答えられた。魔王波旬は続けて『なぜ我を魔王波旬と呼称する、この悪語が出現するのか?』と問うと、仏は『善男子よ。今日はそなたに比喩を聞かせよう』とお答えになった。

ここで、仏は魔王波旬を『善男子』と呼んでおられる。ここから、魔王は十善法を修めていることが分かる。つまり、そなた達より優れているのだ。十善法を修めなければ、魔王より劣るということだ。仏は『善男子よ。比喩を聞かせよう。ある長者居士は尽きせぬ富を持っていた』とお話し始めた。長者居士とは、経済的に豊かな学仏居士のことだ。仏法でいう居士とは在家衆のことではなく、規則を守り、少なくとも五戒十善を修めており、依教奉行の上で仏法を学習している者のことで、あらゆる在家衆をすべて居士と呼べる訳ではない。これは仏法中では非常に特別で、いくらか成就がある者の呼称で、一般人に対する呼び方ではない。『長者』は高齢であることを表わすわけではなく、一方を代表して影響力のある人のことである。

仏は続けて『長者居士は尽きせぬ富を持っていたが、息子を溺愛しており、毎日息子のことを気に掛けていた。息子が自分の視界から離れるだけでも気になり、自分の命と息子の命とが一つになっているかのようだった。けれども、息子は諸根不調だった』と仰せになった。『諸根』とは眼、耳、鼻、舌、身、意のことで、『不調』とは自分の欲望を放縦し、仏法を用いた自己の六根の調整をしないことだ。なぜこんなにもたくさんの面倒に遭遇するのか?それは自分を甘やかすからだ。自分は正しいと考え、他人がどうあろうと構わないからだ。

そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の開示を聞きに来ている人でも、他に別の活動に参加しているのなら、来ないでもらいたい。そなた達は局を見通すことができないため、他人が利益を得られても、そなた達は利益を得られないだろう。もし、この国に全く法律がないなら、どうしてこの国で暮らしていけようか?台湾は『改』の資格はあるが、『革』の資格はない。『革』は革命だ。人命を犠牲にしなければ、革命と呼ぶことはできない。みな、今死にたいか?突撃した人達は勇敢だ、などと思ってはならない。あの者達はただ人波の後ろに隠れて叫んでいるだけだ。本当に勇敢なら、最前線で主張するだろう。今日リンチェンドルジェ・リンポチェがこの件について開示したのは、あの者達を見下しているからではない。我々は在家であるので、仏法を学び、自己の眼、耳、鼻、舌、身、意の調整を知らなければならない。我々はそのためにこの世間に生きているのだ。なぜなら、貪、嗔、痴、慢、疑の五毒は我々を再来させてしまうからで、そのため貪、嗔、痴、慢、疑中で自己をこれ以上放縦してはならないのだ。

『寶積経』では『学仏修行する人は、権力の座にある人を批判してはならない』と説く。その理由は非常に簡単だ。福報が好いなら、どうしてこんなところに生まれただろうか?これはつまりそなたの共業なのだ。彼らを批判するなら、必ず悪口を犯す。それでは、非常に消極的に、彼らが悪事を働くのを見ていることしかできないのか?そうではない。4年に一度選挙が行われる。その人を好かないなら、その人に投票しなければ良いのだ。但し、人心を破壊する事を行ってはならない。今日発生した事は、表面だけ見ると、威風堂々としているように見える人達でも、そんな様子が習慣になってしまえば、気に入らなければすぐ喧嘩をし、奪い取るようになる。そんな調子では、将来はどうなってしまうだろうか?皆よく考えてみよ。人の親であるなら、そのように子供を育てないように気をつけなければならない。

台湾というこの国は非常に民主的だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは世界中のいろいろな場所へ行ったことがあるが、台湾ほど民主的な所はなかった。台湾ではスピード違反をしても、罰金切符が切られるだけで、違反点数がつくことはない。これが香港なら、何回か違反点数が加算されるだけで運転免許証さえ取り消されてしまう。香港にはおもしろい法律がある。公衆の場所に三人が立っているだけで、警察はすぐに非合法集会の名目で逮捕することができる。現在でもこの法律はまだあるのだ。寶吉祥仏法中心には今日は1000人余りも人がいるのに、警察は取り締まりに来ない。香港では、以前は闇社会の動きが活発であったため、先ほど言ったような法律が制定されたのだ。公衆の場に三人が立っており、自分がなぜここにいるかを説明できなければ、闇社会の人間と見做され逮捕されてしまう。言い逃れは全くできない。今になってもこうなのだ。

自分は管理されている、と不満を抱いている人が多い。しかし、たとえ法律に管理されないとしても、人は倫理道徳に管理されている。そのため、教師であれば学生には勉学に励むよう指導するべきで、反抗するよう教えるものではない。このような教師は良い教師ではない。自主権と自由な思想を求め、悪いところに反対する、と主張する人がいるが、台湾では『改』しかできない。『革』は無理だ。それはサイズが余りにも小さいからだ。ウクライナは今になってもまだ平常に戻っていない。彼らにできて、我々にできないことはない、などと思ってはならない。彼らは命を捨てて戦っているのだ。台湾ではみな隠れており、何人かに突入させているだけだ。広東語では『賢い人は口を出し、バカは手を出す』という。賢い人は言葉で主張するだけだ。愚かな人は捕まらないと思って突っ走るが、すぐに捕まるだろう。これらは余談だが、さまざまな事に関わってくる。

仏は『この子供の諸根は不調で、芯から悪だ』と仰せになった。彼は自己の眼、耳、鼻、舌、身、意のあらゆる欲望を満たすため、一切の悪を為している。一切の倫理道徳と法を捻じ曲げている。そなたが正しいと言えば、彼はそなたは誤りだと言うが、最終的には、彼はそなたの誤りがどこなのかを指摘することもできない。今が正にそうだ。最初の話はブラックボックスのようだったが、今はまた別のものが出て来ている。これは、完全にこの事ではない、ということを表わしている。仏法に基づき言うならば、それは貪念である。長期間の努力なしに、すぐに得られることを願うのだ。学仏でもこのように考える人が多い。自分には修行の過程は不要だと考え、ここを訪れさえすれば、すぐにリンチェンドルジェ・リンポチェの加持が得られ、すぐに良くなると考える。これはすべて貪念だ。

仏は『長者居士はこの子を愛していたので、子供の断悪を願って、杖でこれを打ち、棍棒でこれを打ち、さらにはレンガで、石で彼を打った』と仰せになった。リンチェンドルジェ・リンポチェはここで皆に伝えよう。子供を持ったことがある人なら、誰でもこのような事を経験するだろう。仏は魔王波旬に『長者の行いについてどう思うか?』とお尋ねになった。魔王波旬は『世尊、居士は息子に道を誤まらせないように、このような事を行った。これは悪ではない。なぜなら息子を変えようとしたからだ』と答えた。仏は『波旬は分かったようだ』と仰せになった。この『波旬』とは魔王だけを指すのではない。仏法を理解していない数多の衆生を指しているのだ。魔とは『仏を誹謗し、仏法を信じず、仏法を毀損する衆生』を指す。現在では仏法を毀損しようとするのは、いわゆる魔王ではない。仏教界の中のそなた達のような者達だ。

ある弟子は自分の娘のための家庭教師を頼むのに、授業料が要るかどうかを聞きもしない。最初からタダにするつもりなのだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェはこのようなやり方を許さない。誰かに助けを頼むなら、必ずはっきりと尋ねなければならない。相手が自ら、金は要らない、と言ったのなら、それはまた別の話だ。この弟子は、そんなことなどお構いなしに、相手を子供だと思い、あそこの家の子供が来て自分の子供を教えるのは当たり前だ、と思っているようだ。その弟子は、紛れ込むようにして、今でもリンチェンドルジェ・リンポチェの傍にいる。得をしようと考える心の動きだ。これはほんの些細な事だと思う人が多いだろう。兄弟弟子なのだし、子供のことなのだから、大学生の子供が高校生の子供に勉強を教える。これが何か問題があるだろうか?もちろんある。子供は幼い内から、飽くことなき欲張り、他人を利用することを教えられることになるのだから。

台湾はどうしてこんなにも乱れているのか?それはこうして出来上がっているのだ。その弟子は、この二人の子供は友人どうしなのだから授業料は要らないと考えたのだ。尋ねて相手が要らないと言うなら、双方確認し合ったということになる。けれども、彼は尋ねてもいない。ただ、家庭教師の子供をたまに食事に誘い、それで良しとしている。この社会で、父母がもし子供に、欲張ってはならない、わずかの得のためにケチケチしてはならない、と教えないなら、社会の状況はますます悪くなるだろう。小さな事だと思ってはならない。これこそ六根不調なのだ。学仏して一体何を学んでいるのだ?経典にははっきりと書いてある。子供をしっかり教育せずに社会に害を及ぼしたなら、親は責任を負わなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの子は学仏していないが、少なくとも悪事を働くことはない。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェが非常に厳しく罰するからだ。大晦日にもなるのに、帰宅して食事することを許さない。彼は一言言い間違っただけであるのに。

『子供のやることだから、まあいいだろう。子供が大きくなれば改まるだろう』と考えているだろう。子供が大きくなれば頭を働かせ始め、だれも何も言わないのを良い事に、どこからか甘い汁を吸うようになるだろう。相手は前世でそなたに借りがあるため、この一世でそなたを助けなければならないのかもしれない。けれども、因果は非常に複雑だ。相手がそなたに借りを返せば、それはそなたが相手に借りを作ったということだ。そうしてまた新たな因が始まるのだ。なぜか?なぜなら、そなたは相手から利益を得たからだ。どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは未皈依信衆の供養を受け取らないのか?非常に特殊な状況でない限り、リンチェンドルジェ・リンポチェは1997年から今まで、10人以上の未皈依信衆の供養を受け取っていない。供養はどうして受け取るのか?それは、受け取ればその人が福報を累積でき、リンチェンドルジェ・リンポチェはその人を助けることができるからだ。それ以外はすべて受け取らない。

どうして受け取らないのか?それは、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに借りを作りたくないからだ。彼らは学仏人ではない。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らから少しでも受け取れば、必ず返さなければならないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは学仏したことで心が非常に繊細になった。リンチェンドルジェ・リンポチェのもう一人の上師 滇津尼瑪リンポチェは圓寂の一年前から供養をお受取りにならなかった。一枚の哈達さえお受取りにならず、リンチェンドルジェ・リンポチェの供養だけをお受取りくださった。紅包(祝儀袋)さえ差し出せば何でも叶う、と思ってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェの面前でさんざんに泣けば、リンチェンドルジェ・リンポチェが哀れに思ってくれる、と考えてはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏経に基づき、仏法を弘揚する行者だ。自分の子供に対してさえ甘やかすことはないのに、そなた達を甘やかすことがあるだろうか?

泣けば、リンチェンドルジェ・リンポチェの心を解かすことができると思ってはならないし、懺悔すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェの心を解かすことができるとも思ってはならない。そなた達のは懺悔ではない。ただの謝罪だ。改まることはない。経典にもはっきり書かれている。どうして仏は弟子や菩薩ではなく、わざわざ波旬に告げられたのか?それは『そなた達はみな魔である』と告げるためなのだ。魔とは何か?それは、生死を離れようとしない魔だ。魔と仏との違いは、魔が善事を行わないことにあるのではない。もしそうなら、仏は魔を『善男子』とは呼ばないはずだ。なぜ魔と呼ぶのか?魔は、生死の解脱を決心しない。そのため、学んだものは、生死の解脱とは関係がなく、つまり仏法ではないのだ。

この部分は非常に興味深い。真に理解しており、しかも先週開示したように善知識が監督し続けているのでなければ、善男子なら仏法を学んでいる、というものではないとすべての学仏人に告げているのだ。さもなくば、先ほどリンチェンドルジェ・リンポチェに叱責された弟子と同じになってしまう。彼らは一家揃って全員リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子だ。それなのになお悪い事が起きている。それは、取れるところからは取ろうという習慣がついてしまっているからだ。このような習慣がついてしまえば、生生世世でも改めることは難しい。子供の父母は知らないのか?知っている。しかし、お互いに兄弟弟子であり、事は子供のことであり、相手は暇なのだから、と思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは相手のために費用を徴収するのではなく、この弟子一家が誤まっているのだ。どこが誤まっているのか?それは取れるところから取ろうとする点だ。これはどんなに恐ろしい事だろうか?これこそ六根を調整しないということで、日々発生する一つ一つの事態を仏法を用いてはっきり見極めるということをしていないからだ。

だれもがこれは些細な事だと思っているだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度でも言う。すべての大事はみな小事から始まるのだ。大事が最初から飛び出すようなことは絶対にない。仏はわざわざ魔王波旬にこの事を尋ねさせ、すべての人に間接的に教えておられるのだ。仏に会え、リンポチェに会え、念誦でき、跪いて頂礼できたとしても、そなた自身を変えず、自己の六根を調整しなければ、いつまでたってもやはり魔のままだ。自分を変えるのはとても難しい、またはできるはずがない、と考えてはならない。どうしてできるはずがないのか?先ずはやってみよ!そうすればいつかはやり遂げられるだろう。しかし、何かが発生しても警告だと気づかず、『叱責された』としか思わないなら、変えることはできないだろう。

仏は『波旬よ、如来正真正覚善知衆生心性根欲であると、そなたも知っておろう』と仰せになる。これは、仏が、衆生根本の欲望と心性をはっきりとご存知なので、衆生を観察しているということを指している。そなた達は、跪くと、リンチェンドルジェ・リンポチェが『どうしたのか?』と尋ねるのを聞くだろう。この言葉はそなた達を観察しているのだ。そなたが口を開く時の一言目の言葉が、その日、リンチェンドルジェ・リンポチェがそなたのために何をしてやるかを決めるのだ。それに続いてどんなにたくさんの事を話したとしても無駄だ。口を開いた瞬間に決まってしまうのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが用いるのは、学仏に用いる方法—正真正覚だ。そなたが問うた事が欲望に関するかどうか、仏法を毀謗していないか、他人を傷つけようとしていないかどうかを観察するのだ。そなたが口を開いた瞬間、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなたの起心動念を完全に理解することができ、方法を用いて観察を始める。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが『名』と『供養』に囚われているなら、そなた達に連れて行かれるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは現金2000万元であろうと五回も断ったのだ。そなた達の1000元、2000元など何ほどのこともない。リンチェンドルジェ・リンポチェは家を供養すると言われて、断ったこともある。昨日ある弟子が100万元余りを供養すると言ってきたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取らなかった。彼女はお金がなく、借金してきた、と言ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは受け取らなかったのだ。彼女に福報を積ませようと受け取る人もいるだろうが、リンチェンドルジェ・リンポチェはひどく悲しく思った。供養すれば必ず福報が累積できると思ってはならない。上師が受け取るかどうかが問題なのだ。上師が受け取るかどうかは、誰によるかではなく、心が間違っているなら、いくらであっても受け取ることはない。リンチェンドルジェ・リンポチェがどんな時でもお金を受け取っていたなら、今では大変な金持ちになっていただろう。

仏は『だから観察なのだ』と仰せだ。これは、すぐに方法や答えを示すのではなく、先ずは観察する、と言う事を示している。目で見るのではなく、仏法でそなたの起心動念を観察し、しかも同時に物事の因がどこから来たのかを見るということだ。最近ある弟子が吐血した。以前彼は法会の最中に居眠りしていたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは胸部に注意するよう伝えたが、彼は気に留めていなかった。この間吐血したところ、非常に面倒な病気だと医者に発見された。リンチェンドルジェ・リンポチェはさまざまな病を見てきたが、このような奇妙な症状は見たことがない。彼の腫瘍は肺の裏側、脊椎の表側にあるため、全く動かすことができないので、肺を切らなければ切除することができないのだ。昨日、リンチェンドルジェ・リンポチェは、どんな事情があるのかを見てやった。すると、分かった。彼は子供の頃からどんなものでも、サルさえも食べていたのだ。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは、胸部に注意するよう言ったのか?それは、見えたからだ。どうして、その後長い期間が過ぎてから、ようやく吐血したのか?それは彼が法会にずっと通ってきていたので、福報が動き出しており、衆生が『お前はすぐにも死ぬ運命にある。それなのに、なぜ学仏しないのか?』と知らせていたからだ。何事もなければそれで良い、と考えている人が多いが、そうではない。何かが起きるぞ、と知らせなければ、そなた達は学仏を決心することはない。彼はその時は聞く耳を持たず、どうということもない、自分は非常に調子が良い、と思い、リンチェンドルジェ・リンポチェは、自分を叱責しただけだと思っていたため、さらに尋ねることも、さらに加護を求めることもしなかった。そして、今になって事が起きたのだ。

仏は『悪言を以て得度する者に対しては悪言を以て応える』と仰せだ。そのため、そなた達は、リンチェンドルジェ・リンポチェは人を罵る、と言ってはならない。叱責しなければ、そなた達のような者が済度できようか?皆が、自分なりの考え方を持っている。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に気性が激しく、人を叱責すると批判し、叱責されるのが恐くて行けない、などと言ってはならない。そなたがもし悪人なら、そなた達に役に立つ話などするだろうか?さらにゆっくりと説明などするだろうか?棒で殴らないだけでも、充分よくしてやっているのだ。今は法律があるため、できないのだが、これが古代なら、リンチェンドルジェ・リンポチェの棒は振り下ろされているだろう!今では打ち据えることができないので、耳障りな事をいうのだ。そなた達は、いわゆる悪言は聞きたくないだろう。他人がそなたの心の奥底の話をするのがそなた達は好きだろう。もしそうなら、大変だ。最悪だ。

そのため、仏は『悪言を以て得度する者に対しては悪言を以て応える』と先ず仰せなのだ。一般の人は、出家人、修行人は悪言を口にするだろうか?毎日笑って『菩薩、またそんなことをおっしゃるのですか?あらまあ!なんとした発心であることか!』と言うのではないか、と考えるだろう。どんな心を発したのか?貪心を発して学仏したのだ。このような言い方は信衆に害を及ぼす。現在『市場』ではそうだが、リンチェンドルジェ・リンポチェはそうではない。だからこそ、大変なのだ。

仏は『黙然として何も言わずに得度する者には、黙然である』と仰せだ。『黙然』とは何も話さず、構わない、ということだ。『度』とは、学仏させることではない。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて開示したことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られ、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られたことを覚えているなら、この一世では使えないかもしれないが、次の一世では使うことができる、と。他人に叱られたことは、しっかり覚えているだろう。叱られた人は『前回リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した時にはずっと叱責されていた』と考え、一日中リンチェンドルジェ・リンポチェの法号を念じている。それは良いことだ。一回念じれば一回の加持があるのだから。どんなリンポチェであっても、頭に思い浮かべさえすれば、すぐに役に立つのだ。

話しても効き目がないなら、話さない。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も試したことがある。そなた達が連れてくる友人の内、その二、三人とは、リンチェンドルジェ・リンポチェは話さない。彼らは帰ってから、『なんて威張っているんだ。こっちは跪いているのに、一言も話さないなんて?』と思っているだろう。その結果、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェを記憶することになるのだ。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが彼らと話したなら、彼らは自分が正しいと思う事を、立て板に水のように話し続けるだろう。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば『黙然』の方法を用いるのだ。

仏は『追い出すことで得度する者は、これを追い出す』と仰せだ。聞いたか?これこそ、出て行かせるということだ。おかしなことに、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを追い出した後、経典でこの部分をちょうど目にした。追い出されたことで、彼らはようやく考えただろう。何も考えず、『リンチェンドルジェ・リンポチェがなんだというのだ。自分でだってできる』と考える者もいたかもしれない。けれども、追い出した結果、彼らは考え続けることになった。一年半通っている信衆がなお皈依を求めないと言って、なぜ出て行かせるのか?学仏したくない者を残してどうするのだ?出て行かせれば、彼らも自分と縁のある上師に巡り会え、その縁を大切にするかもしれないではないか。そなた達も学仏しないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは出て行かせるだろう。

仏は『攝受を以て得度する者は、攝受される』と仰せだ。『攝受』とは、行者が非常に荘厳な様子で、念誦が素晴らしく、非常に良い声で、歩く様子は非常に荘厳で、法衣がとてもよく似合い、手指が美しい等だと思っている人が多いだろうが、実はそうではない。『攝』とは捕まえて来るものだ。人はこんなにも大きいのに、どうやって捕まえるのか?どのように捕まえてくれば、仏法を受け入れさせることができるのか?リンポチェであるなら、必ず、懐法を修めなければならない。つまり懐柔だ。この法門を修めなければ、頑固で悪劣な衆生を攝受することはできないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は誰も彼も教え難く、導き難い。リンチェンドルジェ・リンポチェが攝受法を修めていなければ、弟子たちはとっくに逃げ出してしまっているだろう。『リンチェンドルジェ・リンポチェがどんなに素晴らしくとも、自分にはリンチェンドルジェ・リンポチェは必要ない。リンチェンドルジェ・リンポチェが素晴らしいと言って恐れる必要などない』と思う人もいるだろう。つまり、攝受の能力がなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェが10数年仏法を説いたところで、弟子がこんなに多いということなどありえないのだ。

仏は『色身を見て得度する者は、現色身をこれに見せる』と仰せだ。これには二種の解釈がある。一つ目は、仏を目にしなければ信心を起こせない衆生がいれば、仏は現前くださる、というものである。但し、これはそなた達のことではない。誤解しないで欲しい。生生世世に非常に大きな善縁があり、しかも既に菩提心を発している人でなければ、仏は現れてくださらない。リンチェンドルジェ・リンポチェは皈依したばかりの頃、仏のお姿を拝見したことがある。皈依後に学密していた時には ジッテン・サムゴンのお姿を拝見した。これは前世に非常に大きな因縁があったからに違いない。もう一つの解釈は、世間で目にする外見を含む。仏には以前、美男子で聡明な弟子がいた。ある女衆は彼にアプローチを続けており、仏の面前で、何があっても彼と結婚したい、と言った。しかし、仏の弟子は阿羅漢だったので、この戒を破ることはできなかった。仏はこの女衆に『そなたはこの弟子の外見が好きなのだろう!そなたも我についてしっかり学仏すれば、いつか彼と同じように美しくなれるだろう。その時に彼と結婚させよう』と仰せになった。最後には、この女衆も阿羅漢果まで修め、これらを求めてもどうしようもない、ということを悟った。

これが色相により誘うということだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはハンサムだと言う人が多い。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がハンサムだとは思わないが、実際にこういう事があった。以前、同性愛の男衆がいた。彼はガンに罹った後、リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。彼の母親はある著名な道場の大功徳主だったが、彼は母の言う事を聞かなかった。母が別の道場に連れて行くと、行くことは行くが、すぐに帰って来てしまう。ところが彼はリンチェンドルジェ・リンポチェを見て、友人に『このリンポチェはちょっと違う。外見も服装もセンスが良い。きっと品位と風格のある人だろう。品位と風格のある人が開示する仏法なら、同じように品位と風格があるだろう。自分はそれを聞くべきだと思う』と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは色相を犠牲にしたが、最後には彼にポワ法を修めることができた。もし、このようなことがなければ、彼は定まらなかっただろう。仏には三十二相がある。仏は美しくなければならないのではなく、さまざまな根器の衆生に対してそれぞれ異なる方法を用いるのだ。そなた達もリンチェンドルジェ・リンポチェが美男子だから、リンチェンドルジェ・リンポチェが好きだ、というのではないだろう。これは方便法であり、これによりそなた達の心を定めて仏法に耳を傾けさせるのが重要なのだ。

仏は『聞声香で味触を得て得度する者は、現声が説法なので、香味触現により得度させる』と仰せだ。かつて 竹旺リンポチェは長い髮を頭に巻いておられた。洗っていないのに、不快な臭いがまったくせず、いい香りだったので、香りを嗅いだことで、学仏を思い立った者もいた。リンポチェの中には身体からいい香りが漂う方がおられる。そのため、もし出家人や行者の体臭が強かったなら、菜食していようといまいと、それは彼らが修行の面で衆生を済度させる資格を得ていないことを示している。ちょっと触れるだけで、衆生を済度させられることもあるのだ。たくさんのさまざまな方法がある。経典ではここで、『魔王波旬は喜んで跳び上がり、手の平を合わせて仏に頂礼して』とある。つまり、これも一人の衆生済度の法門なのだ。

仏法を学ぶ者の中にも外道がいる。彼らは、魔王波旬が『この法を受け入れれば、身心は安定し慢心を起こさないのだ』と後の方で言ったのを聞いた。これは身体と心が共に安住でき、傲慢な心を起こすことがない、という意味である。経典では『この法について説くなら、広説であろうと略説であろうと、如来が歓喜心を起こし又復如来なら、諸衆が歓喜心を起こし、その諸衆生の心が歓喜になれば、善根は増長し悪法は消滅する』と言う。ここの意味は、略説であろうと広説であろうと、衆生が聞いて歓喜心を起こすなら、善根は絶えず増長し、最後には悪法が生滅してしまうため、短い一部の内容だけを見るのであってはならないということである。

ここの内容を説かない人が多く、目にしない人が多い。ここまで聞けば、分かっただろう。一人の上師が衆生を済度させるには、リンチェンドルジェ・リンポチェがしばしば開示するように、上師はわざわざそなた達が見たいと思う事を行わず、そなた達が見たくないと思う事を行うということを。なぜか?それは、そなた達の傲慢で自我に執著する心を降伏させ、傲慢な心を静め、自我の心を消滅させなければ、慈悲心を育てることができないからだ。慈悲心を育てられなければ、菩提心を発することもできない。なぜなら慈悲がなければ、ただ口で言っているだけで、菩提心も発しないからだ。

上師は、弟子に対してたくさんの教導法を持つ。そのため、上師が弟子に対して用いる方法を決して批判してはならず、そなた達自身の人生観や考え方を用いてはならない。なぜなら上師が衆生を救う方法は、そなた達が理解できるものではないからだ。上師が衆生を救うのは、この一世のためだけではなく、未来世のためなのだ。そのため、上師の方法はそなた達が推測できるものではない。そなた達が目にするのは、書物に書かれているものだろう。けれども、衆生の心、根器、因果がどこからやって来たのかを見通すことは絶対にできない。見通すことができないなら、決して適当な事を言い触らしてはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェが指輪をしているのを見て、歓喜心を起こし質問し、質問したと思えば話し続ける人がいる。けれども、どんなことを話したとしても、リンチェンドルジェ・リンポチェは最後には必ず仏法について語っている。その人には仏法だと分からないとしても、それは必ず仏法なのだ。そのため、批判してはならないのだ。

特に、リンチェンドルジェ・リンポチェは菩薩道を修めた在家の菩薩なのだ。『寶積経』中では在家の菩薩はこれを持ってはならない、あれも持ってはならない、とは言わない。出家衆は当然いけない。出家したのに、なぜこれら世間のものにこだわるのか?それなら、在家の上師はなぜこれらを持っても良いのか?それは、そなた達が接触できない人を助けることができるからだ。例えば、上師が高級車を運転しているなら、高級車が好きな人といつか接点ができ、その人を済度させられるかもしれない。そなた達には高級車を運転する資格があるか?金があったとしても、とても運転できないだろう。出家の考え方を以て在家の修行人を見てはならない。上師を見るのに、自己の簡単な方法を以て見てはならず、上師が以前開示した善知識の表相に当てはまるかどうかだけを見なければならない。もし当てはまるなら、みなしっかり決心し、心を定めなければならない。ここに来さえすれば加護が得られると考えてはならない。ここに来て得られる加護は、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱責されるということだけだ。

そなた達が改めることなく、相変わらず自分勝手であれば、この先十年、二十年、三十年修行してもどうしようもない。どうやって改めるのか?自分が好きな物に気を配ってみよ。なぜ、自分は好きなのか?自分が好きではない事、人、話に対しても、自分はどうして好きではないのかをはっきりさせてみよ。もしこのような事を調整できないなら、口を開けば永遠に他人の悪いところを言うだけだろう。菩薩道を修める行者は修行の後半で、他人を批評してはならない。なぜならそなた達はどれが菩薩なのかが分からないので、うっかり菩薩を批判したりすれば、その業は非常に重くなるからだ。どうして大乗、金剛乗仏法の成就は速いのか?それは、効き目がゆっくりで、深刻な副作用が出ない薬ではなく、劇薬を用いるからだ。劇薬を与えるのだ。嫌なら仕方がない。次の一世でまた考えればよい。そのため、軟弱で、無責任な人は学仏できないのだ。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは、寶吉祥仏法中心に学仏に来る在家衆は必ず仕事を持っていなければならないと規定しているのか?これは、仕事がなければ供養する金がないから、というのではない。仕事がなければ、日常生活で仏法を用いて自己を改めることなどどうしてできようか?最もよく問題が発生する場所は職場で、そこではまたさまざまな人と接する。家の中で接するのは決まった数人だけで、家にどんなに深刻な問題があろうとも、そなたも慣れてしまっているだろう。けれども、外に存在するさまざまな問題は、そなたが知らないものなのだ。もし学仏していないなら、このような事を知ることなどあるだろうか?仕事を持って初めて、責任を負うことを知るのだ。

どんな人が修行を成就できるのか?それは責任感がある人だ。責任感がない人はどう修行しても無駄だ。自分が楽に暮らせるよう、淨土に往生できるよう、加護を求め続けるだけでは、役に立たないのだ。自立しようとせず、家に頼り、親の脛をかじり、いつまでも学問だけをして社会に出ようとしないなら、学仏したところでなんなのだ?学問に向いているなら学問し、勉強が苦手なら一足先に社会に出て働けばよい。台湾は今深刻な人手不足に陥っている。大学生はこんなことに何日も費やす余裕があるのに、卒業すべき時になれば必ず留年する。こうして、雇主は人探しの期間がまた一年少なくなってしまうのだ。台湾は競爭力がない。低下し続けている。どうしてここ数年、あちら側の競爭力はこんなにも強くなったのか?それは彼らにはこのような事がないからだ。しっかり勉強し、学んだ後は自分の力で一生懸命努力しようと考えている。そのため、社会が進步したのだ。

そこまで言わなくとも良い。日本を例としよう。最近報導されていた。日本の大卒学生は400通余りの履歷書を出し、面接へ行く時には、男子はみなパリッとした背広を着てネクタイを締め、女子も必ずスーツを買って着て行く。そなた達はどうだ?Tシャツ、ジーパン、サンダルで行くだろう。中国文化はなぜ台湾から消えてしまったのだろうか?どうしてこんなにも他人を尊重しないのか。日本はどうして倒れずに踏み止まっているのか?新人が社会に出る時にはみなキチンとした身なりで面接に行く。台湾とは大違いだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、サンダル、Tシャツ、ジーパンで面接に行く人を見たことがある。これでは、雇用主がその人に入社を請わなければならないようではないか。先日リンチェンドルジェ・リンポチェの会社に面接に来た人は『私は他人に管理されるのは嫌です。でも、やれと言われた事は必ずやり遂げます。できなければ、報告しますから!』と言った。これではどちらが雇主か分からない。こんな社会で、どうやって他国と競爭するのか?協定に調印するとかしないとかではなく、人材の質がどんどん低下しているのだ。外国で大学を出た学生もたくさん帰国するが、これらの学生は思い上がっていることこの上もない。

最近シンガポールの大学を卒業したある人が、リンチェンドルジェ・リンポチェが香港に事業があると聞きつけ、人を介して、働きたいと伝えてきた。シンガポールへ留学できるなら、家は絕対に貧乏ではないはずだ。これが台湾の会社なら、上場している会社か、年末には株式の配当があるかどうか、年休は何日か、費用会社持ちの社員旅行があるかどうかを先ずは調べ、入社後はあれこれ叱られないことを希望するだろう。自分は環境に適応できない、と言って、この所たくさんの女子社員が辞職している。どうしたら良いだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェはますます失望している。そなた達は親として、兄弟姉妹として、彼らにこのような事をしっかり伝えるように。さもなくば、自然に淘汰されてしまうだろう。中国と協定に調印するのを待つまでもなく、消えてしまうだろう。なぜなら彼らには競爭力がないからだ。誰もが物を完璧な準備して彼らに食べさせている。完璧な準備していないで食べられないなら相手と言い争い、言い争って勝てなければ暴力に訴える。自分で準備する必要はなく、自分は準備してもらうべきだと思っているのだ。

幼い頃、リンチェンドルジェ・リンポチェの父は、必ず家事を行うよう、子供を教育した。家人が多いからではなく、男子は必ず行わなければならなかったのだ。冷蔵庫にワックスを掛けるなど聞いたことがないだろう?当時リンチェンドルジェ・リンポチェの父親は、冷蔵庫と神桌にワックスを掛けるよう、子供に指示した。そなた達はどうだ?子供が帰宅すると、そなた達は『食器を洗わせたりしないで!勉強しなくちゃならないんだから』と言うだろう。子供がコンピューターゲームやインターネットで遊んでいるとは夢にも思わずに。子供を甘やかしているのだ。ある弟子の子供は、髮を染め餓鬼道のような様子になってしまった。その弟子は母親であるのに、子供の怒りを恐れ、何も言わなかった。離婚すると言ってもそのままにして、何か悪いことが起きなければそれで良い、と思っている。どうして意見しないでいられようか?

先ほど開示した経典中では、長者を譬えに用いたが、実はそれは我々のことなのだ。どうして子供を躾けないのか?自分に代わって、仏菩薩に子供を教育してもらおうなどと思ってはならない。もし仏菩薩がそなたに代わり子供を教育してくださるなら、教典でも、長者居士は息子を釈迦牟尼仏に教育してもらった、と記載があるだろう。しかし、経典にはそう書いてはない。つまり、自分自身で教育しなければならないのだ。そなた達は子供を産み落としたくせに教育しない。これでは将来、子供は社会のお荷物になってしまうだろう。

このことで我々が失ったものはあまりにも大きい!自分とは関係のないことだと思ってはならない。協定に調印しようと、調印しまいと、これがもたらした損失はほんとうに大きい。年初、リンチェンドルジェ・リンポチェは今年は非常に乱れる、とみなに告げたが、誰も信用せず、『乱れるはずがない。台風や火災がある程度だろう』と思っていたようだ。今すぐに学仏に取り組まないなら、この混乱の中に巻き込まれてしまうだろう。なぜならたくさんの人が、これが正しいやり方だと考え、たくさんの人が、強行に反対すべきだと思っているからだ。

台湾は非常に民主的だ。この民主主義を大切にしなければならない。我々は『改』はできるが、『革』はできない。これらすべては容易ではない。これほど開放的な社会は他にない。台湾は開放的過ぎるのだ。なんでもできる。総統に向かって靴を投げつけることまでできる。そうしても、逮捕されないのだ。もし、アメリカで、大統領に靴を投げつければ、何が起きるだろうか?撃ち殺されなかったなら、運が良かったというべきだろう。昨年、ある黒人女性が車でホワイトハウスに突っ込もうとしたが、突入する前に、護衛に打たれて殺されてしまった。車内には子供もいたというのに。これほどのことになっても、現地では、行き過ぎた防護との輿論は起きておらず、護衛の職責は防護に他ならないと考えられている。
台湾は非常に民主的だ。この民主主義を大切にしなければならない。我々は『改』はできるが、『革』はできない。これらすべては容易ではない。これほど開放的な社会は他にない。台湾は開放的過ぎるのだ。なんでもできる。総統に向かって靴を投げつけることまでできる。そうしても、逮捕されないのだ。もし、アメリカで、大統領に靴を投げつければ、何が起きるだろうか?撃ち殺されなかったなら、運が良かったというべきだろう。昨年、ある黒人女性が車でホワイトハウスに突っ込もうとしたが、突入する前に、護衛に打たれて殺されてしまった。車内には子供もいたというのに。これほどのことになっても、現地では、行き過ぎた防護との輿論は起きておらず、護衛の職責は防護に他ならないと考えられている。

発生するあらゆることには、全て前因後果があるということをはっきりと知らなければならない。突然現われることなどあり得ないのだ。我々は自分がこの地に生まれたのは大福報だと理解しなければならない。なぜなら、たくさんの仏法がここでは流伝している。他ではこうはいかない。もしこの地が不安定なら、簡単に言えば、もしどこかが渋滞しているなら、寶吉祥仏法中心へ来られないではないか。列車に乗ってあちら側へ行っても、列車を降りた後は先に進めない。どうしたらいいのか?つまりやはり影響があるのだ。誰かの考え方や見解を変えさせようと説得を試みるのではないが、彼らに責任を負うように伝えなければならない。いわゆる国民としての責任だ。体制に対抗し、体制を改めるのではなく。

たくさんの学生がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来るが、彼らに、どんな仕事をしているかを尋ねると、みな、自分は学生です、と答える。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らに、それも仕事だ、と教える。勉学こそ学生の仕事だ。父母はどうしてそなたを養うのか?それはそなたに勉強して欲しいからだ。そなたが勉強しないなら、親はどうしてそなたを養うのだ?けれども、台湾では多くの親がこの点を分かっていない。子供が勉強しなくとも、『まあ、いいだろう。みんなそうなんだから、もう一年やれば』と考える。かつてリンチェンドルジェ・リンポチェの子供は食費がなかった時にも、帰宅して食事できなかった。息子はアルバイトで金を稼いでいたというのに。しっかり残して必要な時に備えず、家に帰って親に頼ろうというのか?

けれども、今の親は子供が金に困っているのを見ると、『仕方がない。数千元渡して子供を自分の傍に置いておこう』と考える。ここにいる親の80%はこのような事をした経験があるだろう。子供の仕事は勉強だ。勉強しないのに、なぜ金をやるのだ?なぜ子供にこんなにも良くしてやるのか?一切何も与えず、あらゆる支援を打ち切るのが当たり前なのに。それなのにさらに子供を寮に住まわせている。子供が外で暮らし、めちゃくちゃやっているのに、誰も知らないとは。一昔前なら通学の時どうしていたか?公共交通機関で一時間かかるなどは普通だったのだ。そなた達は手持ちの金が多過ぎるので、子供を学校の近くに住まわせた方が勉強に集中できると思っているのだろう。外で暮らしていれば、好き勝手しない方がおかしいくらいだ!やっと親の監視の目から逃れられたのだから。子供を外で暮らさせる金があるなら、内政部に寄付した方がずっと良い。どこにこんなに大変なことがあるのか?誰も他人の言うことを聞かないなら、台湾はますます乱れるだけだ。

みな禅に対して興味があるようなので、続いては、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達が理解できるような言葉で、簡単に少し開示しよう。ガムポパ大師は『禅修中で経験する光朗、明晰は覚受である』と開示なさった。ここでの覚受状態とは、散乱せず、つまり安住している、ということである。さらに『智慧観照を通して、それがいかなる体性にも成らないことを知る。つまりこれが悟りである』と開示なさった。そのため、もし禅定中で何かを感じ、何かを見たなら、それは全て証悟がないということで、すべて嘘であるということだ。最近巷ではなんとか光を見て、なんとか輪があるなどが流行しているが、もしこのような方法を用いるなら、すべて禅定とは関係がない。

禅定を修めるには、あちらで座禅し講和を聞き、『楞厳経』、『金剛経』を学べば修行が成就するというものではない。たくさんの思考を経なければならないのだ。そのため、ガムポパ大師は『行者は禅定中の寂靜を得るために、必ず四つの方法を経験しなければならない』と開示なさった。それは、以下の四つである。一、上師の加持力により、これを生起する。二、因縁により、これを生起する。三、資糧を積集することで、これを生起する。四、罪障を浄化することで、これを生起する。

みな経験があるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは法会の最中に突然怒鳴ることがある。そうすると、みなすぐに雑念が消えてしまう。どうだ?ある弟子はすごい技を持っている。自分の頭の中は完全に空白だというのだ。これこそ寂靜で、禅定の状態に入っているのだ。けれども、彼のこの種の状態は枯木禅で、智慧がない。そのため、先ほど第一点としてはっきり言ったように、上師の加持力がなければ、この種の境界を生起することはあり得ない。上師の加持とは各種方式を用いることをいう。先ほど言ったように、打つこともあれば、叱責することもあるだろう。そなたの心中の雑念を一瞬にして止めてしまう。止める時間はどれほどか?どれほども必要ではない。

なぜ往生時に上師のことを考えるように教えるのか?それはまさにこのためだ。阿彌陀仏のお傍に行きたいと考えることも妄念に含まれるが、もし往生時に妄念と雑念がたくさんあれば、心は寂靜となれない。寂靜になれないなら、心は自然に乱れる。そのため、必ず上師の加持力がなければ、これを生起できないのだ。みな、この言葉をしっかり心に刻むように。上師の加持力がなければ、寂靜の心を生起することはできないのだ。寂靜の心とは、何かを意識して考えないことだ。何かを意識して考えないようにしないことだ。そして、自然にこの状況に入ることだ。そなた達は自分自身では無理だ。一日、二日、一ヶ月座禅を組んでいたとしても、そなた達の心中にはやはり山のような妄念がある。そのため、上師の加持が必要なのだ。どうして上師の加持が必要なのか?それは、上師の福徳は我々の一切の妄念を一時的に押さえつけることができるので、押さえつけた後は寂靜の心が現れ、自然にそなたも体得することができるからだ。

第二に、因縁により生起するとある。因縁とはすぐにあるものではない。故意に作り故意に考えるものでもない。因縁は時が至れば現れるものなのだ。禅宗では、行者はコップを割ったことで突然開悟した、とある。大迦葉尊者は釈迦牟尼仏が手に花を持たれて微笑まれているのをご覧になって、すぐに開悟なさった。これらはどこから来たのか?第一に、上師の加持があり、第二に、行者自身の因縁が充分で、時が至ったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが以前閉関した時、房中で少し動いた時にイスの足を蹴ってしまい、その瞬間寂靜に入り、空性の考え方が理解できた。これは故意に考え出したのではない。そなた達は、帰宅しても、イスの足を蹴り続けないように。蹴り過ぎてイスが壊れても、足を骨折しても、同じようなことは起きないだろう。先ほど言った二つの条件が揃っていることが必要なのだ。因縁とはなんだろうか?行者が学仏の過程において決心し、怠けず、振り返らず、上師の教導をしっかり心に刻み、身、口、意のすべてで行えば、因縁は初めて累積されるのだ。

第三には、資糧を累積することで生起する、だ。つまり福報と智慧だ。第四には、罪障を浄化することで生起する、だ。これは、行者は絶えずたくさんの善を行い、一切の悪を停止し、常に懺悔すれば、成仏を妨げる一切の障礙を浄化できる、ということである。淨化の後に生起するのは、善と寂靜の境界である。この四つの条件が揃わなければ、行者の心は寂靜とならない。もし、第一の条件に当てはまらず、上師の加持力がないなら、座布団が破れるまで座禅を続けても、何の役にも立たない。

ガムポパ大師は『さらに、これを実際の状況として論ずれば、主観に惑わされず、妄念に汚染されていない本元心性で、本来光明、清淨である。並びに、どんな時でも絶えず続けなければならない』と開示なさった。そなたが修行していようとしていまいと、清淨本性の力量はいつも存在している。たとえこの一生が終わり次の一世に至ろうと、清淨な光明本性は続くのだ。そなたが生生世世で何度輪迴しようとも消えてしまうことはない。

ガムポパ大師は『但し、この本元心性を証悟する過程においては、二種の状況に注意しなければならない。一つは、真に心性を証悟する確かな賢良の境界で、もう一つは、心性を証悟するかに見えながら、確かに賢良ではない境界である』と開示なさった。真実の証悟とは、自分がそうだと言えば良い、というものではない。必ず、上師の確認を経て、並びにたくさんの方法を通して、行者は自分は清淨な本性を証悟したか否かを確認しなければならない。もしそれがないなら、第二項で言うように、心性を証悟したかのように見える境界で、証悟があるように外からは見える。たくさんの人が下に座っていて入定しているようで、目は動かず、背筋を伸ばして座っていても、証悟がないようなものだ。どうしてないのか?それは彼らには上師がいないからだ。

禅を学び、淨土を学んでいる多くの人が、『自分には上師は必要ない。自分で修行できる』と思っている。しかし、問題は、そなた達が声聞縁覚と菩薩道を修めるのではない点にあるのだ。菩薩道とは、さまざまな執著心のすべての放棄を求めるもので、そうでなければ菩薩を証することはできない。菩薩を証しようとしているのに、菩薩がそなたを導くのでなければ、どうして可能だろうか?声聞縁覚とは生生世世に因縁がある。この一世で仏法を聴聞し、開悟して阿羅漢まで証できるが、この種の行者は現代では少なくなっており、存在する可能性は低い。釈迦牟尼仏の時代に出現しておられるか、彌勒菩薩が再来なされた際に出現しておられる。現代で、このような人を目にすることは非常に稀だ。

ガムポパ大師は『心性証悟は秋晴れの青空のようで、証悟は唯一無二であるため、仏果を求めず、輪迴を恐れない。しかも、他人が変わりたいと考えても、この種の親証見解に対する我々の認識を変えることはできない。これこそ真に心性を証悟する確かな賢良の境界である』と開示なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の修行の過程で、祈請文中では衆生のために成仏を願うと言うが、リンチェンドルジェ・リンポチェ自身の本願中では、生生世世衆生の成仏を願うとのみいい、速やかな成仏を願ったことはない。

成仏できるかどうかは因縁法である。因縁が至れば自然にできるのだから、毎日言葉で祈願する時間を無駄にする必要があるだろうか?仏果とは求められるものではない。求めれば得られるというものではなく、備えなければならないたくさんの条件が成熟すれば自然に得られるものなのだ。そのため祈願する必要はなく、輪迴を恐れる必要もない。菩薩道を修行する人は、生死自如と分かっているので、生死に対して既に恐怖心を起こさない。なぜ生死自如なのか?生も好し、死も好し。何れも自己の功徳と願力によって進むのだ。自分のこの一生の業力によって進むのではない。そなた達はみな業力に連れて来られたのだ。次の一世でも業力に連れて行かれる。なぜならそなた達には願と功徳がないからだ。

菩薩はご自分が何ができるかを、はっきりご存知だ。そのため、生死に対する考え方は非常にシンプルで、家を換えるに過ぎないと思っておられる。リンチェンドルジェ・リンポチェにとっては、ただ衣服を換えるだけだ。身に着けている衣服が的外れで、流行遅れなら、違う衣服に換えるようなものだ。そなた達はただ衣服を換えるだけだとは思わず、自分が死んでしまえば何もかもなくなってしまう、と考えるだろう。修行人は、家を換えるだけだと考える。家が壊れれば別の家に引っ越す。引越しが済めばそこに住み、耕作を続け、衆生を救うことをたくさん行う。この点から、行者が証悟できているか否かを確実に知ることができる。なおも捨てられない事がたくさんあるなら、何を証悟するというのか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは大晦日に息子に帰宅して食事させなかったそなた達は、リンチェンドルジェ・リンポチェは残酷だと思うだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは残酷なのではなく、既にこの一生を見通しているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェにとっては、息子はこの一生で『自分の息子』という五文字を掲げているいるに過ぎない。リンチェンドルジェ・リンポチェのこの一生がなくなれば、因縁も終わってしまう。彼は皈依してリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子になれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に対して他の弟子に対するより厳しくするだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは身内に甘くない。そなた達のように自分の息子、娘、夫、妻はいつでも正しいと考えたりせず、戒律から見るのだ。

以前ある弟子の夫がビジネスに失敗し、他人の名義を借りていた。そして、リンチェンドルジェ・リンポチェに尋ねに来たが、リンチェンドルジェ・リンポチェにひどく叱責された。どうして叱責したのか?それは、その弟子は他人名義の使用は人を欺くことだと明らかに知っているのに、なお夫のために尋ねに来たからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの事業を行っているが、全て自分名義を使っている。他人を信用していないのではなく、金を稼ぐなら当然責任を負わなければならないからだ。なぜ他人名義を使うのか?他人を陥れようとしているのに、自分は仏教徒だとよく言えるものだ。何かを行う際に、それが合法的できちんと納税するなら、なぜ他人名義を使う必要があるのか?当然不要だ。他人名義の使用とは、つまり人を騙そうとしているということだ。それなのに、リンチェンドルジェ・リンポチェに救いを求めに来るとは?何を求めるのだ?リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の夫が詐欺を続けられるよう加持するのか?

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェがこんなにも厳しいかが分かっただろう。それは見通しているからだ。人生を見通せないなら、永遠に苦しむことになる。見通した後には何もなくなってしまうのか?リンチェンドルジェ・リンポチェの息子は今でもリンチェンドルジェ・リンポチェの苗字を名乗っており、改姓するよう言いつけることもできない。ただ、彼が言う事を聞かないなら、放っておくだけだ。なんと言っても息子なのだし、リンチェンドルジェ・リンポチェの母も孫を可愛がっているのだから、こんなに厳しく扱うのはどうだろう、と多くの人が言う。リンチェンドルジェ・リンポチェは息子に大晦日の夜の食卓に加わることを許さなかったが、リンチェンドルジェ・リンポチェの母も厳しく孫を叱った。なぜなら息子が孫を叱ろうとしているのを知っていたので、孫の肩を持つことができなかったのだ。年寄りの残りの人生は短いのだから悲しませてはならない、と思ってばかりいないで、そなた達も時には、老人に対してこのようにすべきなのだ。

そうだ!年寄りの残りの人生は短い。そして、子供はたくさんの人生を残している。今の台湾はこうだからこそ乱れているのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は息子の決定を見て、孫が間違っていることを自然に知った。偏屈な老人も当然いるだろう。そなた達は福気が良くないので、認知症の母親に当たるかもしれない。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は年はとっているが、この件を非常にはっきりと理解している。リンチェンドルジェ・リンポチェは修行人として、自分は証悟したとは言えないが、人生における諸事の処理方法は、そなた達とは違っているのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはしばしば皆に言う。リンチェンドルジェ・リンポチェを脅せる事などない。大したことでないなら、要らない。最も深刻なら、正に要らない。リンチェンドルジェ・リンポチェは生死についてさえ見通しているのだ。どんなことで脅せるというのか?どんな風になってしまうか本当に恐くないのか?とリンチェンドルジェ・リンポチェはある人に聞かれたことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェは名利さえ要らないのだ。何を恐れると言うのか?もしリンチェンドルジェ・リンポチェが有名になりたいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの人を知っており、また大能力もあるので、寶吉祥仏法中心はとっくに有名な大道場になっていただろう。

けれども、我々は他人の仕事を奪ってはならないのだ。そのため人は低姿勢でいなければならない。いわゆる低姿勢とは、全世界で、社会全体で、誰もが皆居場所があるということだ。他の場所と縁があるなら、縁がある方へ行かせた方が良いのだ。この一生で仏法を学べないなら、それは仕方がないが、次の一世で学べるかもしれないではないか!他人の仕事を奪い、自分だけ仕事があればいい、という考え方は間違っている。このところ、別の道場は潤っているだろう。なぜなら、こちらから300人近くも出て行ったのだから。その10%でも入っているなら良いだろう。

ガムポパ大師は『証悟心性に見えながら、確かに賢良ではない境界にも、四種の覚受経験がある。即ち、奢摩他の楽を寂止し、明和無念である』と開示なさった。この種の楽は法喜充満ではなく、快楽の楽ではなく、何か光が見えたのでもない。仏経典中では『楽』と『明』にしばしば触れるが、解説されたことがなく、かつて解説できた人もいない。せいぜい永遠の楽と煩悩がない楽の解説だけである。または、『心を開けば一面光明だから、明だ』と解説するが、明らかに一面の光明は見えていないのに、どうして『明』だと言えようか?『楽』と『明』とは厳格に言えば正に密法なのだ。

『無念』とは、禅を修める多くの人にとってはおかしく感じるだろう。『無念』とはなんなのか?と。『参話頭(禅の問題を考える)』ではないのか?仏号を念じ、心を仏号の上に置くのではないのか?どうして無念なのだ?無念と呼吸とは関係があるが、今日は開示しない。そなた達が興味があっても仕方がない。そなた達は密法まで学んでいないのだから。

ガムポパ大師は開示なさった。『もし楽、明、無念の感受状態にあるなら、時には有り時には無い。すべて一緒にすることはできない。明と無念とは因で、反対に地に落ちる恐れがあり、色界と無色界の因に落ちる危険もある』と開示なさった。色界とは天界である。みな今知っただろう。なぜたくさんの出家衆が天界で生きているのか。こうだからなのだ。どうすれば楽、明、無念を一緒にすることができるのか。それには上師の加持が必要だ。上師の加持がなければ無理だ。今行っているのは、自己の業障を消しているだけで、言いつけを守らず、上師の言葉を受け入れないなら、何をしても無駄だ。そなたの覚受が現れても続かず、『近頃なかなか良い』と感じたとしても、少しすればなくなってしまうだろう。なぜならそなたの心は境転されているからだ。上師の加持を通せば、そなたの心が境転される要素を少しは減らすことができる。

修行が色界(天界)と無色界まで至っても、これは完了ではなく、やはり輪迴する。そのため、欲界天にいるのは皆も知っている玉皇大帝やイエス・キリスト等だ。色界天へはこの一生で禅を修めなければ行くことはできない。この一生で禅を修め得なければ行けないのだ。法本でも『色界天へ行ける人は形象がなく、光、色だけだ。そのため、生きている時に非常なる清淨まで修め、男女の欲がない者でなければ色界天と無色界天へ行くことはできない』とある。無色界には光さえもない。別称を『非想非非想天』という。自分は考えていないと思っても、実は考えている。最も危険なのは『非想非非想天』へ行くことだ。なぜなら、その人は自分は既に入禅定していると思っているが、実はそうではないため、定が消えれば、たちまち地獄へ堕ちてしまう。なぜならその人は定の消失に気づいた瞬間に『自分の修行は間違っている。仏法に何か問題があるのではないか?』と考えるからだ。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに禅定を教えないのか?それは、資糧が不充分で因縁が不充分で、上師の加持を受け入れないなら、それに続く全てを修めることはできないからだ。そのため、釈迦牟尼仏も後期になって淨土宗を説かれたのだ。これが理由だ。この四つの条件が揃っていないなら、足が折れるまで座禅を組んでも、何も得られない。直貢噶舉の大手印祈祷文中にも、必ず上師の加持が必要だ、とはっきり書かれている。上師の加持がなければ、絕対に何も得られない。どうして何も得られないのか?なぜなら皆はこの一生でこの種の修行の経験を完全に忘れており、自己の意識、経験、見たもの聞いたものを用い、自分の感覚が正しいという方向に向い易いので、これでは非常に危険だからだ。

今日リンチェンドルジェ・リンポチェは簡単に禅について開示した。それは、これら条件を備えなければ、学び始めることはできない、ということだ。善知識が具備すべき条件については、前回既に開示した。禅宗第何代の祖だと自称すればいいという訳ではないのだ。『金剛経』にも『六祖壇経』にも、禅宗の祖が台湾に来た、とは全く書いてないのに、この『祖』とはどこから現れたのだ?六祖慧能は禅宗最後の祖師であられる。その他については、経典に全く記載がない。もし誰かいるなら、『六祖壇経』に書かれているはずだ。『仏が涅槃に入られた後、禅宗の在家弟子が台湾で祖となった』と、絕対にあるはずだ。六祖の金身は広州にある。文化大革命の際にある人が甕を開くと、中に一枚の紙があり、『この甕はいついつ誰々に開かれる』と書いてあったという。そのため、慧能祖師の金身は傷つけられていない。

今ではこの話は伝説になっている。公的な証拠がないため、みな神話として聞いているのだ。広州に見に行ったりしないほうが良い。行っても見ることはできないからだ。そなた達に見せてはくれない。こんなに小さな事さえ知られているのに、なぜ台湾に禅宗の老師が突然現われるのか。台湾にはたくさんの老師がいる。どこにでもいる。ある老師に従っていると言う人がたくさんいる。けれども、その人にどんな老師なのか、と尋ねても、きちんと答えられる人はいない。数年前、リンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝なる 直貢チェツァン法王に皈依したばかりの頃、ある座禅を教える老師に出遭ったので、その人を自分の横に座らせてみた。ところが、二、三時間の法会の間、リンチェンドルジェ・リンポチェの足は全く動かないのに、その人は五、六回も姿勢を換えていた。片膝をついたり、胡坐をかいたり、片側だけ胡坐をかいたり、いろいろな姿勢をする。リンチェンドルジェ・リンポチェは『何を教えているのか?』と尋ねると、『禅を教えている』と答える。リンチェンドルジェ・リンポチェは『腿の功夫さえできなくて、どうやって禅を教えるのだ?』と言った。『腿の功夫』とは足を動かさないことだ。

台湾にはたくさんの『いわゆる老師』がいるが、決して彼らの話を聞いてはならない。そなた達はこんなにも長い間学問し老師(先生)が嫌いなくせに、なぜこれら老師の話をわざわざ聞きに行くのだ?『いわゆる祖』の話も聞いてはならない。台湾という所に何某という祖がいる、とは禅宗に伝わっていないのだ。善知識の話を聞かなければならない。これには根拠がある。めちゃくちゃなものではない。すべて根拠があって現れているものなのだ。経典であろうと、かつての祖師大徳が説かれた事であろうと、根拠があるかどうかを、比較してみよ。すべて根拠があるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが発明したのではない。どうしてこの一世でリンチェンドルジェ・リンポチェはこのようにするのか?過去世でも行ったことがあるが、きちんと教えていなかったのかもしれない。そのため、この一世に再来し、この一世ではいっそう厳格なのかもしれない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは本当は来るべきではなかったのだ。それなのにどうして再来したのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは、《寶積経》で『末法時代の弘法者は、名聞利養のために、仏法を捻じ曲げ、信衆に媚び諂う』と説くようにすることはできない。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは因果を信じており、因果を恐れているからだ。因果が自分たちを恐れている、と考えている人が多いが、このような考えは必ずしも正しくない。しっかり見極めなければならないのだ。もし、何か方法を用いなければ信衆を持つことができないなら、それは広告だ。釈迦牟尼仏はリンチェンドルジェ・リンポチェに広告を出せ、テレビ局を開設せよ、とはお教えでない。それだから、リンチェンドルジェ・リンポチェはそうしないのだ。これは現代社会に適応したやり方だ、という人もいるだろう。けれどもそうではない。なぜなら、直接接しなければ縁は生まれないのだから。どうして現代人はこんなにも冷淡で自己中心的なのか?それは人が直接顔を合わせて接しないからだ。みな、スマホで他人の言葉を読み、良いと思えば、同調する。リンチェンドルジェ・リンポチェは携帯電話を用いないので、余計な面倒がない。皆もスマホを使い過ぎない方が良い。若い人たちはしょっちゅうスマホを弄っているが、これ以上スマホの画面をスライドさせていれば、指にタコができてしまうだろう。このようにしたら、付き合いたくなる相手がない。

我々の住むこの乱れた地には、今たくさんの問題がある。台湾では大きな問題は起きないが、それでもやはりいくらか問題は起きる。なぜならたくさんの人が因果を信じていないからだ。この一生で仏法を学ぶ機会を得られたことをよくよく大切にしなければならない。仏法修行はステージに上がり歌を歌うことでも、ダンスをすることでも、揃いの中国服を着て合唱することでもない。先ほど開示した経文では、歌唱について説いていない。リンチェンドルジェ・リンポチェが大声で一喝しそなた達を恐れさせることがあるように、ただ、声を聞く、とあるだけだ。先ほど、極く簡単に禅について開示した。また、寂靜の境界に入るために必要な四つの条件についても開示する機会があった。修行が進んだ後、自分は証悟を得たと如何にして証明するのか?ガムポパ大師は、それについても明確に分析しておられる。仏果を求めず、輪迴を恐れずなどだが、これらが菩薩の心こそ遣り遂げられる。

ガムポパ大師は『そのため、識自本心を学習する時には、最初は先ず心識を訓練し、これを光光朗朗、明明晰晰としなければならない』と開示なさった。訓練とはなんだろうか?それは、考えが生まれる度に、その考えと学んだ仏法とが同じであるかを見極めることである。その結果、同じでないなら、それは妄念と雑念だということだ。もし、長期にわたりこのように自己を訓練するなら、意識が起きればそれは光明となる。つまり、一切の悪い考えを起こさなくなるということだ。これは訓練が必要であり、修法、灌頂すれば良いというものではない。修法と灌頂とはただそなたに身、口、意の慈悲、菩提と功徳を授権するもので、それでもやはり自己の意識は訓練しなければならないのだ。

そなたの心と意識の中に山のような執著が充満していれば、光明が出現するはずがあろうか?いわゆる光明とは、簡単に言えば、物事を見る時、他人よりはっきり見られるということだ。どうしてはっきり見られるのか?それは、心に雑念と妄念がなくなるので、生まれる光明が、五濁悪世中のすべての物事を清淨に見せてくれるからだ。全てが清淨であると目にすれば、他のものに誘惑されたり惑わされたり引き摺られたりすることは自然になくなる。これこそ学仏で最も重要なので、もし学仏が加護を求めるだけであるなら、どれだけ求めても得られることはない。リンチェンドルジェ・リンポチェは十数年仏法を説いているが、そなた達がもしこのように自己を訓練できておらず、口を開けば全ては他人が悪く、すべては他人の過ちである、というなら、それは心性が悪いのだ。

ガムポパ大師は『次には、心識を鍛錬し、これを集中させて散乱させてはならない』と開示なさった。我々はどうして一日中過ちを犯すのか?それは散乱しているからだ。禅を修める人の過誤の機会が少ないのは、意識を集中して物事に取り組むからだ。一つの事をやり遂げた後でなければ、精神を集中して次の事に取り掛かることはできない。二つの物事の間の時間がどれだけであるかは重要でない。重要なのは集中しているかどうかだ。

たくさんの人がこれをやったらあれを忘れ、あれもこれも忘れている。それは集中していないからだ。金を受け取る時には、いくら受け取るべきかをしっかり覚えており、どうやって領収書を出すかも分かっているべきだ。金は受け取ったが、領収書は後で出そう、というのではないだろう。これが集中していないということだ。会社でどうして一日中間違ってばかりなのか?それは集中しておらず、散乱しているからだ。相手がまだ話し終わっていないのに、自分が話し出す。それは集中して聞いていないということだ。聞いている時に、どうやって相手に応じようかと既に考え始めている。そのため間違いを犯すのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの亡き父は、年長者が話している時はしっかり聞き、自分が話してはならない、と子供を教育した。そのため、リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような姿勢が既に習慣になっている。そなた達は会いに来る時、自分が聞きたい事を、リンチェンドルジェ・リンポチェに答えてもらいたいはずだが、リンチェンドルジェ・リンポチェもそなた達にストレスを発散させてやろうと思い、そなた達に話し続けさせる。さんざん話させた後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは、充分か、と尋ねる。そなた達が充分に話せば、今度はリンチェンドルジェ・リンポチェが話す番だ。このような人は、散乱しているので、自分は何かをしなければならないと思い続けており、相手が何か言っても全然聞こうとしない。なぜならその人は自分は何かをしなければならないと思っているので、相手が言う事は自分にとって必要なものではないからだ。こうしていれば、間違うのも当たり前だ。

特に、現代はITが発達しているため、誰もがより簡単に過ちを犯す。打ち損じ書き損じは、削除すればそれで良い。謝罪さえ必要ない。以前は言い間違えれば、謝罪しなければならなかったが、今では打ち損じても削除すれば、それでなかったことにできる。そのため、自分は間違っていないと考える習慣がついてしまっているのだ。仏法では、行ったか否かは問わないが、その考えを起こすだけで、それに相応した力が生まれるという。蓄積すれば、その力は現われる。リンチェンドルジェ・リンポチェは、コンピューターを使うな、と言っているのではないが、コンピューターに依存しすぎてはならない、と言っているのだ。コンピューターが人に代われるなら、我々には脳みそが必要だろうか?いっそのことコンピューターを嵌め込めば、どんなに便利なことか!スイッチを入れればすぐに作動を始めるのだから。

どうしてそうならないのか?科学技術がどんなに進步したとしても、コンピューターが完全に人の脳に取って代わることはあり得ない。なぜならコンピューターはある経験法則をインプットするだけだが、人の脳には、我々が生生世世で行った事、考えた事、言った事等のデータがすべて残されているからだ。そして、脳はこれらに基づき作用を起こすのだ。我々に役に立つものもあれば、役に立たないものもある。是非を見極めるために、だからこそ人は学ばなければならないのだ。現代人は是非を分別できず、どこかのサイトに書かれている事をたくさんの人が賛美すれば、皆がそれに同調する。もし、だれも賛美しないなら、誰も従わない。これでは、木偶の坊と同じだ。学問も何の役にも立たない。

現代では、多くの人が間違いを犯すことに慣れてしまっている。なぜなら間違っても取り消せばそれでいいからだ。いくつか文字を打って間違いに気づけば、キャンセルして再び入力すればよい。そのため、みな習慣になってしまっており、謝ることをしない。そして、そうする内に話すことさえ衝動的になってしまい、話し出せば言葉が一気にあふれ出してくる。口を衝いて出た言葉が、雇主が聞きたいと思うような事でなければ、叱責されるだろう。叱責されれば、『雇主はひどい。一日中怒っている』と言うだろう。雇主はどうして欲しいのか?それは、上師が望むのと同じように、そなた達に改めて欲しいのだ。そなた達は改めようとしない。自分の欲望のままに進んで良いはずがあろうか?そのため、我々は自己の心を集中できるよう、散乱しないよう訓練し、しかも鍛鍊しなければならない。何かを行うならしっかりとそれに取り組み、心を飛び立たせてはならない。自分は別の事を思い着いても処理でき、素早く反応できるなどと考えてはならないのだ。

そなた達は、自分の心中の考えがどんなに素早いかを知らない。一秒間の内に、我々の心中には億を超える考えが浮かぶのだ。そのため、これを処理したら、次を考えようなどと思っても間に合わないと思ってはいけない、絕対に間に合う。なぜなら考えは非常に素早く動き、誰かの考えは動きが鈍い等ということはないのだから。そのため、集中し散乱しないよう自己を訓練しなければならない。それこそ禅の修業なのだ。

ガムポパ大師は『最後に、本来散乱しない心識本性上に、本来散乱せずに合わせなければならない』と開示なさった。我々はしばしば意識で心を操っているが、実は心が不動なら、意識も作用を生じることはないのだ。顕宗中では眼、耳、鼻、舌、身、意を六賊という。六賊が作用を生じ心に影響を及ぼす。ガムポパ大師は、如何にして自己の心と意識を結びつけ、一緒に一つの事を行うかを教導くださる。なぜなら目は必ず物を見なければならず、目が物を見た時に、如何にして心に影響を及ぼさず、心を不動とできるか。それには、清淨な心で見なければ、その所以を見極めることはできない。この教えは非常に深いが、非常に容易だ。

もし、リンチェンドルジェ・リンポチェがこの種の訓練を積んでいないなら、そなた達が一日中リンチェンドルジェ・リンポチェの面前であれこれ言い、リンチェンドルジェ・リンポチェはとっくにそなた達に弄ばれて死んでしまっているだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの種の訓練を積み、自己の心と意識を鍛錬していたので、散乱した意識を集中させ、心と意識を散乱させずに結合することができるのだ。ガムポパ大師は『この心識本性に対する修行が成熟すれば、自心本性に対して定解が生じる』と開示なさった。これはいわゆる『明心』である。心本来の作用をはっきり知り、心は自分で考え出したものではないとはっきり知り、この心こそが真に一切の事情を主宰するのだということをはっきりと知る。

経典では心王という。どうしてこのような呼称があるのか?なぜなら心がなければ、一切の意識はすべて偽物だからだ。コンピューターには心がないため、演算能力があっても、人がインプットしなければならない。何もインプットされなければ、コンピューターは思考できるだろうか?できない。人はどうして思考できるのか?それは心があるからだ。ここでいう『心』とは心臓のことではなく、清淨な本性、仏性である。清淨な心があれば、意識が作用を生じると、如何にして意識を支配し事を行うかが分かり、意識と結合して共同で一つの事を行うことができる。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持する際にも、持咒し相手の名前を考えなければならないため、意識が必要なように。口で唱えるのか?それとも意識で唱えるのか?心は唱えているのか?心は唱えていない。心がどうして動くだろうか?これこそ慈悲心と菩提心、つまり『金剛経』で説く『無所住而生其心』だ。物事が出現しなければ心は反応を生じないからだ。誰が行うのか?心が行うのではなく、意識が行うのだ。意識が動作を完了した後、心は動いたか?動いていない。

この部分は非常に深い。なかなか理解しにくいだろう。今日の開示はここまでとする。これ以上続ければみな眠ってしまうだろう。禅を学ぶ際には細心の注意が必要だ。みなが想像しているように、いつまでも心を空っぽにしていれば、煩悩がなくなる、というものではなく、みなが考えているように、長く座禅を組めば開悟する、というものでもない。必ず今日のリンチェンドルジェ・リンポチェの開示に従い修行しなければならないのだ。

法会が圓満に終了し、弟子たちは声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる開示に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを起立して恭しくお見送り申し上げた。

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2014 年 07 月 27 日 更新