尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年4月6日

法会の開始に先立ち、2012年9月23日に皈依した弟子が、母がリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い済度を受けたことと、自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し皈依したあらましについて参会者に語る機会をお与えくださったことを尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。また同時に、リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲願力、大威徳力、大摂受力を讃え、かつての種々の悪業について懺悔した。

彼女の母は2008年5月31日往生したが、それに先立つ2005年、母は脳卒中で左半身が麻痺した。事が起きたのはその日の午後だった。家からそれほど離れていない墓地へ母は草刈りに行き、飼っているニワトリとアヒルに餌をやろうとしていた。ところが、夜になっても帰宅しないので、父が探しに行くと、母は口から白い泡を吹いて、昏睡状態で倒れており、既に数時間がたっていたようだった。実家は辺鄙な農村であるため、先ずは村の小さな病院へ運んだが、病院は受け入れようとせず、都会の大きな病院へ行くよう勧めた。

彼女が台北から集中治療室へ駆けつけた時には、母は全身を管につながれ、気管切開もされていた。その様子は、リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて開示くださったように、屠殺場或いは地獄のようだった。彼女は「これがあの、慈愛に満ちた母なのか?」と満面涙にくれた。父親と二人の姉によれば、医者は最初に、救急救命処置や手術の放棄を決めるよう彼らに勧めたが、もし救命処置を行わないなら、母は数日後に往生し、手術すれば植物状態に陥るが、目覚める可能性もあると言ったという。家族の死を受け入れ難かったことと、近所の人に批判されるのを恐れたことで、家人は手術を選び、これにより母は筆舌に尽くしがたい、苦しい、地獄のような三年間を過ごすこととなった。

母は手術後に昏睡状態に陥った。この間、家人は台湾中の廟に参拝し、道士に陣法と延命灯点灯を頼んだりもした。一ヶ月余り後、母はようやく意識を取り戻し、頭にはドレナージ管をつながれ、気管切開の孔もはっきりと見える状態で、車椅子と仰臥の辛い三年間が始まった。母は半身不随となったため、車椅子に乗っている時には、頭をコントロールできず、頭は片側に傾斜してしまい、閉じることができない口からは常によだれが垂れ、首にかけたよだれかけは常に取り替えなければならなかった。横になっていても、母は自分で寝返りを打つこともできず、排泄や入浴などは言うまでもないことだが、すべて他人に頼るしかなかった。彼女はかつて、意識がはっきりした状態で、同じ姿勢で二時間横たわってみたことがあるが、起き上がった時には腰と背中がだるく痛み、全身の骨がバラバラになってしまったように感じた。母はそのような苦しみに三年間も耐えたのだ。

母の手足の萎縮を心配し、彼らはリハビリ機器を買ったが、母はいつも「疲れた。やりたくない」と言っていた。けれども、愚かな彼らはそれが親孝行だ、母のためだと思って、無理強いしていた。発病の三ヶ月後、母は「近所の墓地へ行って死を待ちたい」と言ったことがあった。それは絕望と苦痛を吐露する母の心の声だった。徐々に、母は言葉を発しないことで無言の抗議を始めた。母がこんなにも苦しんでいるのを見ながら、彼女にはどうすることもできなかった。この頃、家族は自らを責め始めていた。あの時もし救急救命処置を放棄していたなら、母はこんなにも大きな苦しみに苛まれることはなかったのだ。今思い返せば、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに頼ることができず、殊勝なる仏法の助けが得られなければ、衆生はこんなにも心細いのかと思う。

2008年、母は風邪がもとで肺炎を患い入院した。母が苦しみ続けるのが忍びなく、家人は救急救命処置放棄同意書に署名した。寿衣に着替えさせる時、母の肢体は強張っており、表情は暗く、口はやや開いていた。母は兄弟の中で彼女を一番かわいがってくれていたので、母を失った心の痛みで、この後彼女は悪夢にうなされるようになった。夢の中では、彼女はいつも母や家族の年長者のために葬儀を行っており、または葬儀場で知らない人のために葬儀を行っていた。さらに恐ろしいことには、見るからに恐ろしげな鬼の夢をよくみたことだ。鬼達は、水の中にいる者もいれば暗い道にいる者もいた。子供の頃から暗闇が苦手だった彼女は、煌々と灯りをつけなければ寝られなくなり、夏でも窓をぴったり閉めなければ安心感を得られなくなり、さらには睡眠薬を服用しなければ眠れなくなったしまった。

2011年同僚である第八組の梁兄弟子が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法なさる「阿彌陀仏無遮大超度法会」に参加しないかと誘ってくださった。当時彼女は、福報が充分でなかったのと、愚かなことに、法会の三日前から菜食しなければならず、法会中はトイレへ行けないということを理由に、断ってしまった。この頃、梁兄弟子はしばしば同僚たちに、上師の功徳とさまざまな衆生済度の事跡を讃えておられた。彼女は「梁兄弟子は上師について話す時、どうして完全な恭敬と信心を持っていられるのか?それほど素晴らしい師匠なのだろうか?」と心中疑問を抱いていた。彼女は「ここで、上師と三宝に対する己の不恭敬を深く懺悔したい」と述べた。翌年4月末、彼女は菜食している友人と知り合い、菜食を始めた。この友人は、彼女がよく悪夢をみるのは、母がなお苦しんでおり、済度されていないからではないかと言うので、彼女は急いで梁兄弟子に、2012年8月26日に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが主法なさる「阿彌陀仏無遮大超度法会」への参加を申し込んだ。

法会において、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが「四無量心—衆生に楽があり、楽の因もあれよかし、衆生らの苦が除かれて、苦の因もまた除かれよ」と唱えられた時、彼女は気持ちを抑えられなくなり、涙を流し続けた。彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲大願力と衆生を済度させようとする差し迫った心情を感じ、自己の苦しみと衆生の苦しみを感じ、長年さすらっていた放浪者がようやく家に帰りついたような感覚を覚えた。法会中、彼女は母の写真に向って「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い済度を受け入れれば、もう苦しまなくていいからね」と語りかけていた。彼女は「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲願力、大威徳力、大摂受力に感謝申し上げたい」と言う。その夜、彼女は、母を連れて郊外へ出かける夢をみたが、母は輝くような笑顔を浮かべていた。彼女は母が既に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い済度を受け入れ、三悪道を離れ良いところへ行っていることを知った。彼女は「亡者も生きる者もみな済度を得て離苦得楽させてくださることを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げる」と述べた。

法会の翌日、梁兄弟子に「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは普段も法会を執り行い仏法を開示なさっているのですか?」と尋ねたところ、梁兄弟子は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁するよう、彼女に勧めてくださった。「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、自分が既に菜食していることを知って、共修法会と施身法法会への参加を慈悲深くもお許しくださった」と彼女は感謝した。彼女は25年前、縁があり顕教仏法に触れたことがあったが、その縁をつかむことができなかったため、25年間彷徨った後、ようやく具徳の上師に巡り会うことができた。彼女は、これ以上空しく人生を送りたくない、と切に願った。二週後、再び尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁し、皈依を願い出た。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、慈悲深く「どうして皈依したいのか?」とお尋ねになったので、彼女は「上師には巡り会い難い。この生で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェにのみ従い、系統的に仏法を学び、生死を解脱し、輪迴を離れたい」と答えた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く微笑まれ「良いだろう。申込んでくるがよい」と仰せになった。彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが、学仏に対する彼女の切実な思いと苦しみをご理解くださったことに感謝した。

もし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持と殊勝なる仏法の教導がなければ、かつて為してきたさまざまな悪業をここで口に出す勇気などなかっただろう。皈依前、彼女はしばしば自分の人生は辛いと感じていた。幼時には家庭内暴力に遭い、学業、婚姻の道はどれもうまく行かなかった。そのため、自己を卑下し、憎み、運命を怨み、他人のせいにし、さらには思い上がった心で生活していた。幼い頃、家は貧しく、新学期の登録時には、母はいつもあちらこちらに借金して回り、四人の子供の学費を用立てていた。新しい制服が、彼らにとっては正月に着る新しい衣服で、鞋は履かずに持って行き、学校に着いてからようやく履くほど大切にしていた。

父は母の家に婿養子として入ったが、いつも叔父と喧嘩していた。母は叔父と父との間でどちらかの肩を持つ訳にもいかず、喧嘩の後に父はよく母を殴ったり蹴ったりし、または竹の枝や藤蔓で兄や姉たちに暴力を振るって鬱憤を晴らしていた。彼女はかつて、兄と喧嘩したことで、男尊女卑の父に激しい怒りをぶつけたため、父に罰せられ、門前の穀物乾燥場で正座をさせられた。父は、家中のドアと窓に内側から鍵をかけ、彼女のために開けてはならないと家人に命じた。辺鄙な農村の薄暗い街灯しかない夜の闇の中、家から遠くないところにある墓地から鬼が捕まえに来るのではないかと、彼女は恐れ続けていた。当時10歲にも満たなかった彼女はどれだけ泣き叫んでいたかしれない。父が寝込んだ後、母がようやくドアを開けてくれたが、その時感じた深い恐怖の影は彼女の心に傷を残し、その後、寝る時には電気をつけなければ安心できなくなってしまった。

それ以来、彼女は父を深く憎むようになった。心の中で、今後父とは話をしないと誓い、「今後はどんなことでも兄よりよくできるようにしよう。兄よりもしっかり勉強し、たくさんお金を稼いで、娘は元が取れないということはなく、娘が息子より劣るということはないのだ、と父に知らしめてやる」と考えた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、これらすべては、累世以来自分が植え付けてきた多くの悪因によるのだということを彼女はようやく知った。この一世でこのような果報を受けなければならないのは当然のことで、他人を怨むことなどできないのだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて「父母の恩情を固体と成したなら、三千世界であっても全宇宙であっても納まりきれないだろう。父母の恩の重さは無比である」と開示くださった。それなのに、彼女は父に対して憎悪怨恨の感情を持ったのだ。「自分は人として恥ずかしい」と彼女は懺悔した。

父母のせいで自分は貧しい農家に生まれた、とかつて怨んでいたことを彼女は懺悔した。父母は、彼ら兄弟の口腹の欲を満たそうと、ニワトリ、アヒル、ガチョウ、ブタ、魚などの有情衆生を飼い、そして殺し、無数の殺業を為してきた。その結果、母は開頭手術、気管切開という辛い果報を受けることとなった。それを彼女は懺悔した。「若い時、顕教に皈依しながら、仏法を信じず、因果を信じず、何日かは菜食したが、それも続けられなかった。また、かつて未婚で妊娠したが、家庭に縛られたくなかったため中絶した。さらに、1992年の結婚披露宴では、宴会料理を菜食としなかったため、無数の有情衆生を殺してしまった」と彼女は懺悔した。このように重い殺業を犯したため、果報が来るのも非常に早く、結婚一ヶ月余り後に急性盲腸炎で緊急手術となり、それが骨盤炎症を引き起こして輸卵管が癒着し、その結果不妊症となってしまった。

夫の家はキリスト教を信仰していたため、家庭の平和を保とうと彼女も洗礼を受けたが、実は彼女は内心非常に抵抗を感じ怨んでもいた。このような表裏不一致の態度で舅と姑を欺いたことを彼女懺悔した。治療と手術のおかげで、彼女はなんとか妊娠したが、妊娠三ヶ月の検診時に、胎児の心臓が動いていないことが発見され、中絶せざるを得ず、また殺業を犯してしまったことを彼女は懺悔した。結婚二年目に、家庭の要因で、夫は一人でカナダへ渡り移民手続きのため6年を過ごした。6年後、夫はようやくカナダ国民の身分を手に入れ非常に喜んでいたが、家族揃っての移民計画に変化が生じ、憤懣やるかたない様子で台湾に戻ってきた。しかも、就職がうまくいかなかったことと、彼女が夫婦生活を拒絕したことで二重の衝撃を受け、重度のうつ病を患ってしまった。この後、夫は鬱々と日々を過ごし、彼女自身も生ける屍のようになり、夫婦の心は完全に離れてしまい、それぞれ浮気をするようになってしまった。

2005年、夫はついに離婚を切り出した。しかし、彼女が同意してから数日もしない内に、夫は後悔し、舅姑も彼女の父母と協力して調整し合うようになった。夫は頻繁に、真夜中にリビングルームでカッターナイフを弄び、または突然跪いて彼女に別れを告げ、舅姑宛ての遺書を渡した後、車を運転して外出することがあった。この頃から、彼女はしばしば悪夢にうなされるようになった。葬儀場で知らない人のために葬儀を執り行っていたり、険しい山道を闇雲に走り回ったりする夢を見て、目覚めた後は疲労困憊していた。舅姑はひどく孫を欲しがり、あの世で祖先に合わす顔がないと夜中に淚を流して言うこともあったが、彼女は養子を拒み続けた。婚姻生活を続けていた期間に、前夫と舅姑にこのように莫大な苦痛と悩みを与えたことを彼女は懺悔した。

職場では、思い上がった態度と、上司や同僚を尊重しないことで、同僚たちはなんとなく離れて行き、彼女を仲間外れにするようになった。彼女は覚えている。それはSARSの嵐が吹き荒れていた頃だった。内憂外患といえる状況にあって、愚かな彼女は非常に落ち込み、仕事の後しばしば会社の近くの公園で泣くことで心のバランスをとっていた。また、かつてはアルコールで自分を麻痺させ、さらには「SARSに罹ったらどんなにいいか。それだけで全てが終わるのに」と思ったり、「50歲まで生きられればそれでいい」と思ったりした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて開示くださった「地蔵経」にいうように「凡夫は起心動念(心が起こり、念が動く)、全て業で、罪である。」のだ。彼女が思うことはすべて「他人が彼女を傷つけ、彼女に悪いことをし、すべての過ちはどれもみな他人のせいで」ということで、自己を顧ようとしたことは一度もなかった。かつて彼女に傷つけられた、または彼女が原因で煩悩を生じた衆生に対して彼女は懺悔した。

彼女はまたかつてオンラインゲームに逃避したこともある。虚擬の世界でのアイデンティティと達成感を幻想し、誰もが羨む安定した仕事を捨て、集中して打ち込もうなどという荒唐無稽な考えをさえ抱いたことがある。常に生じる煩悩と苦痛で、彼女は心の平安を極端に渴望していた。その時ちょうど大学院の同級生が「心霊成長講座」に申し込まないかと誘ってくれた。一年近く講座に通う内に、一時的にいわゆる「身体と心と霊魂のバランス」という中心思想を持てるようになり、父親を憎むことはなくなり、いつも自分の価值を証明したいという偏執的な考えを放棄することができた。しかし、これは表面的なことで根本は変わっていなかったため、講座が終了した後は、煩悩がまたも続き、元の状態に戻ってしまった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて「実は人は生まれた後には何も頼るものがないのだ。この一生ではただ三つだけ依止できるものがある。それは業力、煩悩、随煩悩である。衆生はこれらに依止する。そのため、新しい悪業を生じ、新しい苦痛を生じる。新しい苦痛に依止すれば、また煩悩を生じる。これも輪迴である。実は輪迴は死後とは限らないのだ。人の一生は煩悩、苦痛、業力の中で絶えず輪迴しているのだ。古い業を完済しても、煩悩があれば新しい業が始まり、また苦痛が始まる。こうして絶えず循環し、停止することはない」と開示くださったことに彼女は感謝申し上げた。このどうしようもない根器の弟子を皈依させてくださり、殊勝なる仏法を学ばせてくださっていること、同時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い、系統立って仏法を学習し、生死を解脱し、輪迴から離れさせてくださることを、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。そうでなければ、彼女のこの一生は煩悩、苦痛、業力の中で絶えず輪迴し、死後は言うまでもなく、永遠に休むことなく牢獄を輪迴し続け、この貴重な暇満人身を無駄にしてしまうだろう。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女が諸々の悪業を為してきたからと言って彼女を見捨てたりなさらないことに彼女は感謝申し上げた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが、福徳資糧を累積する機会を弟子のために随時設けてくださることに感謝した。彼女は貪念が重く、思い上がっており、「国内で法会に参加し、供養布施しているのに、なぜ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い海外へ行き法会に参加しなければならないのか?」と思っていた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持のおかげで、兄弟子の詳しい説明を聞く機会に恵まれ、昨年11月にはネパール・カトマンズのリンチェンリン寺に赴き、尊勝なる 直貢チェツァン法王が御自ら主法なさる法会に参加することができたことに、彼女は感謝申し上げた。法会当日は午前中に、ホテルから車でリンチェンリン寺の会場へ向った。途中、曲りくねった細道が続き、係員は絶えず車を降りて、車輪の前に板を敷き、車が泥の中でも前進できるようにし、または車の上に登り、絡まって垂れ下がっている電線を、引っ掛からないようにどけたりしなければならなかった。片側は断崖で片側は絶壁という中を車は揺れながら進んだ。時にはエンジンが止まり、時にはバックし、非常に危険だったが、彼女は少しも恐怖を感じなかった。なぜなら、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが常に加持し、弟子たちをお守りくださっているのを知っていたからだ。

法会前、弟子たちは非常に近い距離で、尊勝なる直貢チェツァン法王をお迎え申し上げた。直貢チェツァン法王は慈悲深い笑顔をたたえて挨拶くださった。法会の最中、彼らは快適な椅子に腰掛け殊勝なる開示を拝聴した。もし尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェでないなら、弟子たちはどうしてこのような因縁と礼遇を受けることができただろうか?法会当日の昼は、法会会場外の広場に昼食を届けるよう、山麓のレストランに頼んであったが、店側は弁当準備の経験がなかったことと遠かったことで、午後1時30分になっても届かなかった。弟子たちは、ネパール到着の一日目に旅行会社から贈られたおやつを食べ、時間通りに午後の法会に参加することができた。

法会終了後「届かなかった昼食は、食べ物を必要としている人に届けるよう、既にレストランに手配した」とツアーコンダクターから話があった。いつでも弟子たちに学仏の福報資糧を累積させてくださり、弟子たちは衆生に替わり海外で法会に参加できるだけでなく、布施する因縁までもお作りくださったことを、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。旅の途上では、兄弟子たちは機会をとらえて、上師の功徳と衆生済度の事跡を語り、また讃えられた。どれも自ら体験したものなので、みな、上師の功徳と大慈大悲願力を思い出し、感激して涙を流していた。

彼女が働いている機関では、普通は3~5年で昇進するが、彼女は同じ職等に12年もの長きにわたって就いていた。これについて、彼女は「どうしてどんなに努力しても昇進できないんですか?」と上司に尋ねたことがあった。上司は、勤務評定が彼女より良く、彼女より長く勤務している人たちでも昇進していないのだから、彼らが昇進しない限り彼女にチャンスはない、と答えた。皈依する前、この生でこれ以上昇進することはない、と紫微斗数に精通した友人から言われ、希望を捨てるよう勧められた。けれども、昨年組織調整があり、彼女の部門では監督業務に当たる上司が替わったが、この新しくやって来た上司は部下にとても良くしてくれた。不思議なことに、昨年末彼女の職等は突然一級昇級した。これらすべては、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深い加持により、学仏の資糧を素早く累積させてくださったことに感謝すべきものなのだと彼女は知っている。

貪瞋痴でいっぱいの彼女は、幼い頃父の愛を得られなかったため、心の中には愛されたいという渇望をいつも抱いていた。そして、孤独を恐れ、いつも相手をコントロールし占領しようとしていた。恋愛において貪愛に執着し、快楽だけを追求し、苦痛から逃げようとしていた。相手が彼女の要求と欲望に応えられない、または相手から別れを切り出されると、すぐに次の相手を探してのめりこむが、焦って見つけているため、しばしばまた別の煩悩の始まりとなってしまっていた。このような絶え間ない繰り返しは、彼女の身心を疲弊させ、また責任を負いたくないため、二度も堕胎するという悪業を為した。

一ヶ月余り前、恋人と分かれたが、分かれたばかりの頃は、夜マフラーをして厚手のソックスを履き布団を二枚かけても身体は冷たいままで、冷凍庫に入り込んでしまったかのように、骨から浸みだしてくる冷たさに、彼女はなかなか寝付けなかった。この件以来、自己の貪念がどんなに深くて重いかを彼女ははっきりと悟った。また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださった「縁に従い生き、すべてを受け入れ、無常を常観せよ」との教誨を生活に生かしていないことを懺悔した。彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがくださった「貪念が重い人は死後、恐ろしい八寒地獄に堕ちる。八寒地獄では、衆生は皮膚が薄く、眼は飛び出し、風が吹いただけで非常に痛み、しもやけで水泡さえできてしまう。容器にゴマをいっぱいに入れ、100年に一度一粒を取り出すようにしていれば、すべてを取り出すまでに非常に長い時間がかかるように、寒冰地獄では衆生の寿命は非常に長い」との開示を、今ではようやく深く体得することができた。

想像するだに恐ろしい。もし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる仏法の教導と加持がなければ、愚かな彼女は、絶えず繰り返される愛と別離、煩悩の苦痛に耐え切れず、馬鹿なことをしてしまっていただろう。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださった「世間法」は「生滅法」であり、行ったり来たりするものなのだと彼女は今では心から深く理解している。男女の間は「生離死別」の四文字に他ならず、「得る」それは「失う」の始まりであり、「幸福」は「苦しみ」の始まりなのだ。けれども、法界は永遠不変で、煩悩も苦痛もなく、幸福を追求する必要もなく••••••殊勝なる仏法の教導だけがあるのだ。

彼女は感謝申し上げた。人身は得難いのに今は既にそれを得ており、仏法は学び難いのに今は既にそれを学んでおり、上師には巡り会い難いのに今では既に巡り会えている。彼女は今後さらによく尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仰せに従い、「教法に従ってしっかり実践する如実修行」を心がけ、いつでも自己の身口意を顧て、輪迴の家を離れることを決心したいと思う。仏法を日常生活に根付かせ、自分を輪迴に陥れる一切の行為を改め、上師の恩、仏恩、父母の恩、衆生の恩に報いようと思う。最後に彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの貴体が勝妙康であり、尊身の寿命が極長久であり、法輪が常転し、直貢噶舉の旗幟が永遠に飄揚し、仏法事業が永遠に興盛で、一切の有情衆生が離苦得楽できることを祈願した。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、参会者に貴重な仏法の開示をくだされた。

「ガムポバ大師は、善知識の特徵をどのようにして知ることができる、と開示くださっているだろうか?つまり、善知識が具備すべき条件についてだ。善知識とは法会への参加、菜食、皈依を勧めてくれる人のことだと思っている人が多い。しかしこれでは善知識の条件には達していない。一般の修行人をだれでも善知識と呼べる訳ではなく、弟子を取れる人なら善知識と呼べるというものでもない。ガムポバ大師は経典中で明確に説明してくださっている。

ガムポバ大師は『我々の命には大した時間がない』と開示なさった。今年何歳であろうと、今20代、10代だろうと、実は大した時間はないのだ。そのため、我々は実際的に修行し仏法を把握しなければならない。ガムポバ大師は『真に真心を持って実修する者には、たくさんの法は不要だ』と開示なさった。『真に』とはどういうことだろうか?自己を欺かず、仏菩薩を欺かず、上師である修行人を欺かず、自分は何のために学仏するのかが明確になっており、心の持ち方を変えたい、自己の心を落ち着かせたいということを含む世間的な少しの必要のためではない、ということだ。これらは『真正実修』の範囲ではない。実修者にとっては、たくさんの法は必要ではないが、現代人はみな法を貪欲に求め、たくさんの法を学べば、いかにして行うかが分かると思っているようだ。今日はちょうどこの問題について話そう。

ガムポバ大師は『もし思想においてなら、我々は既に今生の貪恋(貪欲に求めそれにすがる)について転変している』と開示なさった。これは、自分がこの一生に現れたのは、輪迴の中のほんの小さな一つの過程に過ぎないということを指している。もし、自己のこの一生で出現するあらゆる事はすべて因果、因縁であるとはっきり分かっていれば、なんらかの事情に貪恋し続けるのは意味がないとはっきり分かるだろう。少しでも長生きしたいと考え、リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来ると、『自分の子供はまだ小さい。子供が学業を終えるまでは、死ぬわけにはいかない』と訴えて脅迫する人がたくさんいる。どうして脅迫してまで要求するのか?寿命はそなた達自身のものだ。リンチェンドルジェ・リンポチェがどうしてそなた達に寿命を与えることができようか?

経典にもはっきり書かれている。『もう少し長生きしたい。家人がよくしてくれる。やらなければならない事、やりたい事がまだたくさんある。国家や社会のために為さなければならない事をまだやり遂げていない』など、この一生に何らかの貪恋があるとしても、リンチェンドルジェ・リンポチェの今日の開示は、そなた達に、負うべき責任を放棄せよ、というのではない。そなた達に、仕事に行き、家族を養う責任を放棄せよ、というのではない。そなた達に、勉強するな、またはこれが貪恋だと思うならさっさと勉強をやめてしまえ、というのではない。どうして勉強する必要があるのか?業障が重いからこそ、勉強しなければならないのだ。もし業障がないなら、神話で言うように、生まれた瞬間から神としていられるだろう。これはすべて業なのだ。そなた達は、リンチェンドルジェ・リンポチェが、この一生に貪恋してはならない、と開示したからといって、勉強しなくともよく、妻子を養わなくともよい、などと考えてはならない。

貪恋とは、欲望のために、この一生の無限の延長を絶えず追求することである。この一生のいわゆる幸福と苦痛について、それはすべて行ったり来たりするものであると、はっきり理解しなければならない。この一生のいわゆる好むと好まざるは、すべて一種の自己の執著に過ぎない。もし、我々が、この一生はただ因縁、因果が演じられているだけであると、はっきりと理解しているなら、貪恋することはない。貪恋しない人こそ、真の実修者である。もし自分のこの一生において良い事があるように、と考えて、仏法を学び、仏経と仏号を唱えるなら、それも貪恋であり、実修ではない。

我々が真言を唱えるのは、そうすれば運が良くなるからではない。我々が拝仏するのは、それによって健康になれるからではない。これらは助縁だ。不清淨であった心をゆっくりと清淨にしてくれるのだ。清淨にならなければ、仏法の真諦を体得することはできない。そのため、不貪恋は、そなた達にすべてを放棄するよう要求するものではない。それは正しくない。我々は真心で実修し、しかも既に今生に対する貪恋を転変しているのだ。ガムポバ大師は『それなら、何を恐れることがあろう。四句偈の一句毎に基づきまじめに修持していれば、それで充分だ』と開示なさった。たくさん学ばなければ役に立たないということはない。改めないなら、どれだけ学んでも無駄だ。もしこの生になお貪恋し、その種の貪恋を放棄しないなら、苦しみは続くのだ。

ガムポバ大師は『一切法の基礎は一切法の根本ともいい、それは信心である。正等正覚の仏陀を信仰する。仏陀が伝授くださった教法を信仰する。その教えに従う上師を信仰する。もし真にこのように信仰できるなら、いつでも絶えず三宝に皈依できるだろう』と開示なさった。その意味は、この一生でどんなに素晴らしい、順調な、悪い、うまく行かないことに出遭ったとしても、仏の教導と上師への信心に一切の疑惑を持たずにいて初めて、真の信仰と言え、そうでなければいつでも絶えず三宝に皈依することはできない、ということである。『自分は皈依したことがあるので、これで皈依は充分だ』と思ってはならない。信心を失いさえすれば、皈依はなくなってしまうのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて貧乏で食事することもできなかったが、自分の修行が良くないと言ったことはなかった。自分は修行が良くないと言うのは、仏陀と上師の教法に対して疑いを抱いているということだ。どこが良くないのか?自己の業障が重く、責任を負わなければならない因果があるのに、それを認めず、責任を負っていないだけではないか。それは明らかだ。

『おかしい。どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは修行を為し遂げられたのか?』と多くの人が思っている。そなた達は修行できないか?それこそ、ここなのだ。そなた達は順調な時、仏菩薩がどこにおられるか分からず、『自分の修行の効果だ。自分がたくさん学び、たくさん拝み、たくさん布施したので、福報が訪れたのだ』と思っている。こうして仏陀の教導を忘れてしまうのだ。そなた達はうまく行かない時には、自分の修行は良くないと考える。上師は、どうすべきかしっかり教えているのに、そなた達は従わない。SARSの嵐が吹き荒れていた頃、リンチェンドルジェ・リンポチェに命を救われた救急救命科の医者は、一命を取り留めた後、なおこの一生に貪恋している。本来なら、彼の命は既にこの世にはなく、好きに使える金もないはずなのに、今では金を使ってあれもしたい、これも買いたいと言っている。おかしなことに、他人は投資して儲かるのに、彼は損してばかりだ。彼は仏法を信じず、自分だけを信じているからだ。

諸仏菩薩と上師はそなた達の命を救う。それはそなた達にこの生に貪恋させるためではなく、そなた達にこの一生で仏法を学習し、聞き、生死を解脱するための充分な時間を与えるためである。彼はそのため、何をしても損をし、健康をどんどん害している。教えに従わないためだ。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェはリンポチェであるので、彼を救うのは当然で、救われた後は自分の命だと思っているのだ」。リンチェンドルジェ・リンポチェは嘆息して「つまり衆生を済度させるのは難しいのだ!」と仰せになった。

「いつでも絶えず三宝に皈依することこそ、学仏人にとって最も重要なことだ。そなたが皈依戒を断ち、破りさえすれば、それ以上修行しても何の役にも立たない。『それが良い。こちらで構わなければ、別のところへ行くだろう』と考える人もいる。けれども、ゼロからのスタートになるのだ。自分は数年前に別のところで学んだことがあるからそこから、などということはない。もしそなたが具徳の善知識に巡り会ったが、そこを離れたなら、やはりゼロから始めなければならない。巡り会うこともないなら、それは数の内に入らない。

ガムポバ大師は『さらに、もし真の善知識に巡り会わないなら、その種の信仰は、どこへ流れて行ってしまうか分からない』と開示なさった。もし善知識の懇切丁寧な繰り返しての教誨がないなら、そなた達はいつでも忘れてしまうだろう。どうして寶吉祥仏法センターの教導は特別に厳格なのか?それはこの言葉のためなのだ。もし善知識が一日中そなた達を見張っていないなら、信仰は深いところから中間地点へ、中間地点から浅いところへ、浅いところから無へと、あっと言う間に忘れられてしまうだろう。一般に言われるように、学仏を始めたばかりの頃は仏が面前におられ、一年学仏すると仏は天辺におられ、五年の学仏の後は、仏はどこにおられるか分からなくなり、自分が仏だと思うようになるということだ。

家で自習し、リンチェンドルジェ・リンポチェが何を言うかを聞きに来る。そなた達はそういう方法を好む。けれども、皈依しない。リンチェンドルジェ・リンポチェに従い学ばず、自分でも修められると思っている。今日リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうど、もしこの善知識がなければ、信仰はどんな方向へ流れてしまうか分からない、という部分について開示する。これはどういう意味だろうか?それは、そなた達はいつでも『境』の影響を受けているということだ。どんな『境』が出現しても、そなた達はすぐに変わってしまう。その変化はどんなものより素早い。ガムポバ大師は『そのため、善知識の懇切丁寧な繰り返しての教誨は、当然異常に重要なのだ』と開示なさった。『異常に重要』とは『十分重要』よりさらに重要だということだ。

ガムポバ大師は『例えば、一人の要人が病のため医者に罹る必要があったが、策を講じて、技術が特に優れた素晴らしい医者を何とかして見つけようとした。その医者は病根、病因、治療の方法についてよく知っているはずだからだ。病根は風、胆、涎の三つ、病因は三毒煩悩。貪欲は風病を、瞋恚は胆病を、愚痴は涎病を引き起こす』と開示なさった。チベット医と漢方医によれば、風病とは呼吸器系疾患と心臓疾患、胆病とは消化器系疾患、涎病とは因果を信じない人が患う水と大きな関係がある疾患で、水腫、腎臓病、脾臓病等だ。因果を信じないため暴飲暴食し、酒を飲み、たばこを吸うからだ」その時、その場にいた漢方医である弟子が「確かにその通りです」と述べた。

「ガムポバ大師は『治療の方法は、薬物の味-辛味、苦味、甘味に基づいたものと、瀉、吐、灸、刺、放血等の物理療法である』と開示なさった。これらの中には漢方医が用いないものもあるが、この部分は我々に教えてくれる。我々は、つまりは病に罹るのだ、ということを。生死を解脱し、仏果を成就しない限り、病には罹るのだ。病はどこから来るのか?それは三毒からだ。三毒が動けば自然に病気になる。肝臓疾患が嗔恨心から来ていることは間違いない。脂肪肝であろうと、肝硬変であろうと、肝石灰化、肝癌であろうと、すべては嗔怪心から来ているのだ。『嗔』とはなんだろうか?怒りを爆発させるのではない。自分が思うこと行うことだけが正しく、何を見ても気に入らないと思うことで、これでは病気になってしまうだろう。

ガムポバ大師は『これらを経て法の通りに治療すれば、病人の大半は健康を回復する。誤まって売薬人などに診てもらえば、彼らは病根を理解せず、病情の診断を確定することもできないので、治療が逆効果になれば、病人は命の危険にさらされる。たとえ死に至らなかったとしても、命の瀬戸際に立たされ、死と戦うことになる』と開示なさった。この部分の説明は非常に役立つ。もしそなた達がよくない上師についてしまったなら、その上師はそなた達の因がどこから来たのかを見極めることができず、めちゃくちゃに『これを唱えよ。あれを唱えよ』といい、そして悪い事が起きてしまうだろう。

ガムポバ大師は『そのため、「死亡無常」の修持を始めたら、「一切法空」を修持するまでの間、純潔な教示を与えてくれる善知識に如法依止することは、当然極めて重要である。善知識の特徵、表相は、自身で「念死」と「無常」を修持し、他人に「念死」と「無常」を修持させている。これが善知識だ』と開示なさった。そなたが仏を拝み病の治癒を願う時、そなたの病を癒してくれ、そなたが金儲けを願い、父母や夫が離れていかないことを願うなら、その願いも叶えてくれる。これらは善知識ではない。密法中には懐法があるので、家族を連れ戻してくれる、などと思ってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの法は絕対に修めない。そして、無常と死亡を常に唱えるようそなた達に伝える」参会者は声を揃えて「リンチェンドルジェ・リンポチェは確かに、無常と死亡を常に唱えるよう教導してくださっている」と言った。リンチェンドルジェ・リンポチェは謙遜して「もしそうなら、自分はちょっとした善知識としての資格はあるのかもしれない」と仰せになった。

ガムポバ大師は『自分が慈心と悲心を修持し、他人にも慈心と悲心を修持させた。これは善知識だ』と開示なさった。慈悲とはただ歌を歌い、寄付をし、ボランティアを務め、人のために食事の用意をすればそれでよいというものではない、とみなはっきりと理解するのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も慈悲について説明しているが、今日ももう一度説明する。自分の良いものを衆生の良くないものと交換し、能力があって、衆生を輪迴苦海から救い出すことこそが慈悲なのだ」リンチェンドルジェ・リンポチェはみなに「慈心と悲心をいかにして修持するかを教えただろうか?」と尋ねた。参会者は声を揃えて「教えてくださいました」と答えた。

「ガムポバ大師は『自分で一切諸法の実相一空性を修持し、他人にもこれに基づき修持させる。これは善知識だ』と開示なさった。そなた達には、上師が空性まで証しているかを理解する能力はない。けれども、そなた達も最も基本的なこととして、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生にポワ法を修める際に、遺体の傍にいる必要はない、ということを理解することはできる。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが空性まで証していないなら、これは不可能だ。どうして不可能なのか?もし行者が寿者相に執著するなら、距離と時間がある。既に空性まで証した行者でなければ、衆生を済度させることはできない。

先週の施身法法会において、リンチェンドルジェ・リンポチェは日本の仏寺中の鬼衆が済度を受けに来た話をした。場所が違えば鬼も違う。その日日本の鬼が入って来た時には非常に整然と、最低レベルから最高レベルまで列を作って入って来た。中国や他の地域の鬼はみな、先を争って入って来る。その日来た日本の鬼衆はそれとは異なり、少しずつ非常に整然と入って来た。もし行者が空性まで証していないなら、これら衆生は行者の慈悲を体得することはできないので、衆生も会いに来ることはない。衆生は来たとしても、一回り見れば帰ってしまうだろう。

これら条件を備えていなければ、善知識と呼ぶことはできないのだ。念誦を教え、剃髪と皈依をさせるだけでなく、非常に強烈な表徵を必ず備えていなければならないのだ。善知識の教法中からは、この三つの条件は絶対に欠くべからざるもので、そなた達に世間の事情について話したりはしない。なぜなら世間の事情はただの方便法だからだ。もし、真にそなた達に仏法を学習させたいなら、必ずこの範囲内でなければならない。もし、この三つの範囲を離れ、そなたに『すぐに開悟できる』と言うようなら、それは善知識ではない。開悟には、証果、手順を踏むことが必ず必要なのだ。凡夫は自己の生死というような大事さえ掌握することはできない。突然開悟するなどとは、誰を欺くことができようか?しかし、世間にはたくさんの偽の善知識がいるのだ。

ガムポバ大師は『別の角度から言えば、善知識の表相は、二つの面の条件を備えていなければならない。それは具慧眼と具法眼である。いわゆる「具慧眼」とは輪迴の性相を理解し、業、因、果を理解し、因縁と合生法を理解し、「因」、「果」がいかにして生まれ、作用するか等を如実に理解することである』と開示なさった。もしこれらを明確に理解できないなら、衆生を済度させることはできない。

数週間前、ある夫婦がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。妻は臨月だが、胎児に問題があった。医者は『大丈夫だ』と言うが、彼らはやはり心配していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは『幼い頃ペットを飼っていただろう』と妻に尋ねた。彼女は最初否定したが、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に『飼っていたことがある。家に帰ってよく考えるがよい』と言った。その結果、昨日彼らが再び会いに来た時には、飼っていたペットのことをたくさん話し出した。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが彼らの因を知らなければ、どうして彼らを助けることができようか?もし上師が因縁と合生法と因果の作用の仕方を知らなければ、どうしてそなた達を離苦得楽させ、生死を解脱させることができようか?もし行者が拝懺、唸経だけをむやみに教えるだけで、因と果について明確に説明できず、そなた達自身さえ忘れている事を掘り出すことができなければ、どうしてそなた達の上師となれようか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは口だけで、それを実現させることはできないと思っている人が非常に多い。昨日ある弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。彼はかつて法会中に居眠りした。リンチェンドルジェ・リンポチェはその後、彼は胸腔に問題が出るだろうと開示した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェは適当に言っているだけだと思っていたが、先日彼は突然血を吐いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは今はまだ、どうして血を吐いたかは教えていない。彼は一度も供養したことがないが、問題が起きて、ようやく紅包(祝儀袋)を二つ持って来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは金について言っているのではない。上師が自ら彼に伝えたことを、彼は『自分がその日居眠りしたのをリンチェンドルジェ・リンポチェが見つけたため、わざと何かとこじつけて彼について言ったのだ』と思っている。つまり、リンチェンドルジェ・リンポチェを信じていないのだ。もし上師でありながら、何も見通せないなら、法座に座る資格があるだろうか?

以前ある信衆の夫が別の道場に皈依した。夫婦はそれぞれ自分こそ法王、大リンポチェ、つまり無敵スーパーマンに皈依したと思っていた。夫は菜食していたが、仕事で上海に派遣される前、リンチェンドルジェ・リンポチェははっきりと『疲れすぎないように。短気を起こさないように。気をつけて休みをとり、身体を決して冷やさずに、心臓に注意するように』と彼に開示した。彼は帰国時に検查を受けたが、医者は『心臓に問題はない』と言った。彼は医者が問題ないと言うのだから、リンチェンドルジェ・リンポチェが間違っているのだと考えた。しかしその結果、数ヶ月後、彼は上海の工事現場で、心筋梗塞で突然死んでしまった。原因は、リンチェンドルジェ・リンポチェが、布団を掛けて寝るように言ったのに、それに従わなかったからだ。疲れすぎないよう言ったのに、それを守らなかったからだ。短気を起こさないよう言ったのに、やはり怒りを爆発させていたからだ。そのため、果報が訪れたのだ。

彼は他の宗派の法王に皈依していた。それなのにどうしてこうなのか?それは彼が信じなかったからだ。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェが適当に言っているだけだと考え、『適当に言っているだけなのだから、従う必要があるだろうか?』と考えた。リンチェンドルジェ・リンポチェは絕対に適当に言っているだけではない。一旦口をついて出た事は必ず実現する。もし上師が輪迴の本相と性質を明確にできていないなら、いかにして輪迴を断つかをどうして教導することができようか?つまり、最も基本的なこととして、善知識はそなた達に一切の悪を断つよう強く要求する。少しの悪でもあるなら、必ず輪迴するということははっきりしているからだ。

続いて、善知識は、一切の善も因縁法であるということを如実に理解するようそなた達に要求する。心に留めてはならない。そうして初めて、善業に引き戻されることはなくなるのだ。もしそなた達が因縁、因果の発生と動きを明確にできていないなら、上師はどうしてそなた達を救うことができようか?肝臓の病気で手術を受けることになったある弟子に、リンチェンドルジェ・リンポチェは不要だと言ったが、彼は聞き入れなかった。どうして聞き入れなかったのか?それは彼が、家族の情愛は偉大だが、仏法は少しも偉大でなく、傍にあって利用するためだけのものだと考えているからだ。そのため、慧眼を備えなければ、善知識であることはできない。

ガムポバ大師は『いわゆる「具法眼」とは、能力があり、自心相続中本然の知が現れた「賢聖自覚境界」を他人に印証することができることである』と開示なさった。この部分の説明は、そなた達にはあまり理解できないだろう。『法眼を備えた善知識が行う何らかの動作はすべて、仏が仰せになった証果修行人の境界をそなたに印証させる』ということである。例えば、リンチェンドルジェ・リンポチェは急かし続け、叱責し続けているが、それでもこんなに多くの人が残っている。その道理はどこにあるのか?これはそなた達が仏法を信じているためでも、そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェを恐れているためでも、そなた達がリンチェンドルジェ・リンポチェのすごさを目にしているためでもない。これは俗に言う言い方だ。文語文では『賢聖自覚境界』である。上師の心続中は純善である。行う一切はすべて衆生に利益でき、表相は見たところ凡夫俗子であっても、心の中はそうではない。『自覚』とは、賢聖に向う道を歩かなければならない、と自分で覚悟することで、行うことではなく、自分は衆生に利益すると覚悟することだ。

この点については、毎日物語を書くことができるほどだ。昨日ある子供がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来て、自分はいじめられていると言ったが、リンチェンドルジェ・リンポチェはその女の子に言った。その子はいじめられているのではなかった。もともとは彼女が先にいじめたのだ。しかしなんと言っても、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの皈依弟子だ。彼女の父母も皈依弟子だ。そして『いじめられて、学校へ行けない、と言っている』と言って『娘がかわいそうだ』という。けれども実は、彼らの娘が先にいじめたのだ。もし、上師が摂受力と威徳力がなければ、この女の子は本当の事を話さなかっただろう。父母は騙され、教師さえ騙されている。実は、彼女が先に相手を罵ったので、相手は仕返ししただけだったのだ。

もし、リンチェンドルジェ・リンポチェが自覚の境界になければ、衆生の心を見通すことはできない。昨日はどうしてその子を救ったのか?救うことはできない。その子の父母と同じで、先生と話してみるよう言う事しかできない。どうして父母は見誤ったのか?それは非常に簡単だ。つまり愛のためだ。『自分の娘で、家ではいい子で、仏を学んで皈依しているのに、どうして人をいじめることがあろうか?』と思っているからだ。彼ら夫婦は最初から他人の過ちと決めつけたため、修めていないのだ。その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼ら夫婦に、密法を学んではならないと指示した。

今の台湾はひどく乱れている。それは、このような父母がいるからだ。子供が学校で何かあると、すぐに他人の過ちと考え、事の次第を明らかにしようとしない。どうしてこんなにも乱れているのか?それはすべては他人の過ちで、自分の過ちだとは思わないからで、そのために乱れるのだ。彼らは幼い頃から子供をこのように教育し、彼らが何を学んでいるかをはっきりさせていない。加護を学んでいるのだろうか?まさかアチ護法が毎日、彼らの娘の後について、いじめられないように守ってくれるのだろうか?彼らはこのように、世間法に留恋しているので、問題が起こるのだ。

ガムポバ大師は『また別の言い方では、真の善知識は、その表相に四つの面の特徵を備えることが必要だという。一つは、最極深奧の仏法道理に対して、確実に理解し把握していることだ』と開示なさった。この言葉は、そなた達にとっては体得しにくいだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前開示したことがある。尊勝なる直貢チェツァン法王は、リンチェンドルジェ・リンポチェが每週開示する仏法をたまにご覧になる。直貢チェツァン法王は何かを突然話題にされることがあるため、直貢チェツァン法王がご覧になっておられることをリンチェンドルジェ・リンポチェは知った。これは、もしリンチェンドルジェ・リンポチェが間違ったことを言っていれば、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェにご指摘くださるということだ。けれども、今に至るも、直貢チェツァン法王はリンチェンドルジェ・リンポチェが仏理の面で間違っているとおっしゃったことはない。

どうして直貢チェツァン法王はこうなさるのだろうか?それは、リンチェンドルジェ・リンポチェが既に深奧な仏理を正確に理解し、把握していることをご存知だからだ。数年前、リンチェンドルジェ・リンポチェはチベットへ行き、ユンカリンポチェの秘密灌頂を拝領した。ユンカリンポチェは灌頂を伝授される前に試験をなさった。リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法に対する真の理解がどの程度であるかを試験で見極められたのだ。適当に灌頂がくだされるのではない。

ガムポバ大師は『二つめは、有情衆生に対して、慈悲以待の把握を既に獲得していることだ』と開示なさった。この点について、リンチェンドルジェ・リンポチェができているかは、皆は知っているだろう」と仰せになると、参会者は声を揃えて「存じております」と心から感謝して答えた。

「ガムポバ大師は『三つめは、仏法僧三宝に対して、真誠信仰の把握を既に獲得していることだ』と開示なさった。ここの『把握』は、自分の考えのためではなく、真に誠実に三宝を信仰するためである。三宝は我々を教導くださる。第一には自利しなければならない。つまり、生死を解脱しなければならない。第二に、これによって利他しなければならない。つまり衆生を生死から解脱させ、仏果を証させなければならない。これがすなわち把握だ。『把握』とは自分がどれだけたくさん経を唱え、どれだけ長く座禅でき、どれだけたくさんの人に好かれ、話を聞いてもらえるか、ということではない。

ガムポバ大師は『四つめは、財物を得るために、大衆に法を説くのではないということだ』と開示なさった。この点も、みなは見て分かっているだろう?リンチェンドルジェ・リンポチェは財物を得るために、大衆に法を説くのではないということを?」参会者は声を揃えて「その通りです」と謹んで答えた。

もし、法会の際に、いくら必要で、功徳主、点灯等にいくら必要だ、と予め言うなら、それは明らかに善知識ではない。道場は貧乏で法会を開く金がない等、彼らにも当然たくさんの理由があるだろうが。リンチェンドルジェ・リンポチェは一度もこのように考えたことはない。大法会を開催するにも、金を徴収したことは一度もない。ただ、弟子たちに護持させただけだ。もし、衆生に仏法を教導するのに財物が必要なら、これは全くの過ちである。供養するかどうかは衆生が自分で決めることで、行者の因縁とも言える。行者自身にこのような福報があるかどうかを見るだけで、例えば、ハスの花はいくらで、それを買えば阿彌陀仏のお傍に行ける等とあれこれ名目を並べ立てるべきではない。もし、こうすることで行けるなら、それは安すぎるだろう。以前彼らはハスの花を一輪100万元で売っていた。今はいくらだろうか。

もし100万元で阿彌陀仏のお傍に行けるなら、アメリカへ行くより安いではないか。アメリカの投資移民の条件は、今は100万元どころではないだろう。けれども、金で買えるというような事を信じる人が非常に多い。もし、金で買えるなら、今になって発明しなくとも、経典に『末法時代のある禅師は100万元のハスの花を何組も注文し、阿彌陀仏淨土へ行かれた』という記載があるだろう。釋迦牟尼仏は3000年前に生きておられた方なので、その後の事をご存知のはずがないと思っている人が多い。もしそうなら、釋迦牟尼仏は仏ではない。地球上の一人の小さな修行人に過ぎないリンチェンドルジェ・リンポチェでさえ、そなた達の10年後、20年後の事が分かるのに、仏がご存じないということがあろうか?

あるところでは会費を3000元徴収し、違う会員ならもう少し多く徴収する、というように、もし、仏法をもって財物と交換し、財物を得るなら、これも正しくない。リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて、貧乏なら一元でも良いから供養し、金持ちなら多めに供養するよう、と開示したように、確かに道場を維持するためには弟子が必要だ。けれども、道場を護持するのに価格表があるわけではなく、金がある人でなければ上師に会えず、金がなければ会えないと規定されているわけでもない。会員でなければ道場に入れないという規定があるところもあるが、今日寶吉祥仏法センターに来ている参会者の中には会員でない者も多い。

先日、リンチェンドルジェ・リンポチェが出て行くよう指示した信衆たちは、彼らが入会していないので、出て行くよう言ったのではなく、彼らが仏を学ぼうとしていなかったからだ。近頃は多くの道場が信衆不足に陥っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼らを放せば、他の道場が成り立っていけるだろう。もし放さず、すべてをここに集め、他所の道場に信衆がいなくなれば、今後リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に大変になる。そのため、もしそなた達が学仏しないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を出て行かせるだろう。

ガムポバ大師は『我々はこのような善知識に頼らなければならない。不幸にも「悪知識」に出遭ったなら、サルが崖に飛び込むように、真っ逆さまに墮落するだけだ』と開示なさった。この比喻は非常に良い。悪知識とはなんだろうか?そなた達に外道を信じるよう教えるのが悪知識だと思ってはならない。悪知識とは仏の名義を借りる外道で、表面は仏法を説くが、実は骨子は全くそうではないのだ。そなた達が悪知識に出遭ったなら、経典上で比喻するように、サルが崖に飛び込むが如く戻ってくることはない。

ガムポバ大師は『修持すべき法はただ「積集資糧」と「淨化罪障」の二つだけである』と開示なさった。どうしてすべての資糧を累積して集中しなければならないのだろうか?それは、生死を解脱し、仏果を証するためである。ミラレパ尊者は成就を得ても、なおマルパ尊者の指示に従い、山洞修行をやめられなかった。それはすべての資糧を累積して集中し、これら資糧を世間法で消耗しないためである。もし、そなた達が仏を学んだ後にすぐに結婚し、子供ができ、家を買う等小さな福報を得たなら、これらすべてはそなた達の資糧を消耗してしまうだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェ自身も結婚したことがあるのだから、リンチェンドルジェ・リンポチェは結婚に反対しているのではない。『自分は仏を学んだので善縁が訪れたのだ』と誤解してはならない、というのだ。善縁とはこのようなものではなく、そなた達に仏を学ばせる縁なのだ。『自分は仏を学んだので妊娠した。善縁が来た』と思っている人がいるが、そうとは限らない。資糧の累積集中は非常に重要だ。いわゆる修福、修慧とは、自分でやれば良いというものではなく、上師の教導により修めることが必要なのだ。

ガムポバ大師は『各種罪障を浄化することで、福徳資糧を積集することができる。福徳資糧を積集することで、罪障を淨化することができる』と開示なさった。この二つの事は違うことのようだが、実は一体なのだ。福徳資糧を累積する時にも罪障を浄化し、罪障を淨化する時にも、福徳資糧を累積するのだ。そなた達が福を修める時には、淨土宗の淨土三福のように、第一福に親孝行し、師や年長者を敬い、慈悲をもって殺生しないことで福報を累積するのだ。そなたがこれら動作を行えば、罪障は汚染を継続しなくなり、以前為した果報は成熟するが、未来にはこのような事は二度と再び発生しない。そなたがなんらかの法を修めて罪障を浄化するなら、それと同時に、福徳資糧も累積されるのだ。

七つの供養は懺悔を含む。懺悔すれば悪い事はもう発生しない、と思っている人が多いが、そうではない。懺悔とは、悪い事をすぐに成熟させてしまうのだ。悪い事が成熟すれば、そなたも知っているだろう、悪い事を為せば果報があると。こうして絕対に再び悪を為さないのだ。そなたがそれを知り、二度と再び悪を為さないなら、福報の累積が始まる。ガムポバ大師は『いつまでも過ちを続ける人は羞恥を知らない人だ』と開示なさった。羞恥心がある人は、同じ過ちを繰り返して理由を探し自己を正当化することはない。自分の過ちに理由をつけて説明する人は羞恥心がなく、羞恥心がなければ懺悔できない。

どんな事でも他人の過ちを咎め、『他人がこうなので、自分がこうなった』と言うようでは懺悔できない。懺悔できないなら、罪障は淨化されず、福徳資糧が累積されることもあり得ない。懺悔するつもりがないなら、福徳資糧も累積されるはずはない。福徳資糧がなければ、罪障が淨化されることもあり得ない。業障を恐れる人は多いが、それは実は過ちだ。業がなければ、どうやって修めるのか?業障は、この一生で仏法を学習するための動力なのだ。けれども善業であろうと悪業であろうと、いずれにしろ我々の成仏を妨げる。

ガムポバ大師は『慈、悲、菩提心修習からの福徳資糧積集を、「主因」から修習と見るなら、「俱生心性」を見ることができる。それなら、「俱生心性」は「主因」というこの面から起こった情況である。そのため、自己のこの「俱生心性」は「因」から生まれると言うことができる。慈、悲、菩提心修習からの福徳資糧積集を、「助縁」から修習と見るなら、「俱生心性」を見ることができる。それなら、「俱生心性」は「助縁」というこの面から起こった情況である。そのため、自己のこの「俱生心性」も「縁」から生まれると言うことができる。慈、悲、菩提心修習からの福徳資糧積集を、「方便善巧」から修習と見るなら、「俱生心性」を見ることができる。それなら、「俱生心性」は「方便善巧」というこの面から起こった情況である。そのため、自己のこの「俱生心性」も「方便善巧」から生まれると言うことができる。こうして考えると、どの面から見ても、福徳資糧の積集は、極めて重要なのだ!』と開示なさった。

本性とは不変のものだ。ただどのような法門を用いて取り組むかの違いだけである。我々が慈悲、菩提心を用いて、福徳資糧を累積し、主因来修とするなら、自然に以後の心性の反応は慈悲と菩提心となる。もし、慈悲、菩提心の修習を成仏を助ける縁とするなら、以後の本性は助縁として出現する。もし、慈悲と菩提心の修習による福徳資糧の累積を方便善巧とするなら、以後の心性はこのように出現する。そのため、どの面から取り組んでも、福徳資糧の累積は非常に重要なのだ。

この三つの因により得られる果報はどれも成仏である。けれども、進む過程にはいくらか違いがある。もし、慈悲、菩提心を主因として修習するなら、上師の苦労は大きく、また非常にたくさんの衆生に接触することとなる。もし、助縁として修習するなら、行者が上師となる確率は低い。なぜなら、道場、仏寺、法会を自ら設けることはなく、縁があれば設ける、と言う程度だからだ。もし、善巧方便とするなら、仏法を必要としている人がいれば、行者はどのように行うかをその人に教える。通常これは隠遁の修行者だ。

『行者は山洞に隠れて衆生を済度させない』と批判する人もいる。これは正しくない。このような行者は方便善巧を修めているからだ。彼は山洞内で龍、山神、またはその辺りのすべての動物を済度させているのだ。そのため、行者がどの方式を用いて修行しているかを我々は批判することはできない。この三種の修行方法において、慈悲と菩提心とを主因とした修行では、リンチェンドルジェ・リンポチェのような働き詰めの運命の人は、一日中そなた達に構わなければならないのだ。もし、助縁により修行する行者なら、非常に有名になり、修行の面でも成就するだろうが、一定の場所を持たず、そなたに必要があるのを縁があって目にしたなら、助けてくれるだろう。三種類目は隱士のようなもので、山洞に隠れ、或いは社会に紛れ、誰にも知られずに黙って修行している。

この三種はそれぞれ異なる。有名になるのは、修行が最も成就した人とは限らない。有名でない人でも修行が成就していないとは限らない。行者の慈悲と菩提心というこのツールに対して下した決定を見ただけだからだ。もし、行者が下した決定が主因で、成仏には慈悲と菩提心に必ず依らなければならないと考えるなら、その心性が反映するエネルギーもこのようなものだ。もし、主因とせず助縁とし、成仏には慈悲と菩提心の助けが必ず必要だと考え、主要なツールではないなら、禅定を好む行者はこの類に属すだろう。最後の一種は、方便善巧とするものだが、この場合は行者は閉関し続け、だれにも会わず、因縁があれば現われる。学仏には必ず慈悲と智慧が必要であるが、どのようにして用いるかは、一人一人が違った決定を下すのだ。

少しは分かっただろう。ガムポバ大師はあまりにも慈悲深い。後代の衆生を教導するのに、どのタイプの修行人であっても批判なさることをしない。各行者にはその修行している法門がある。もし、行者が山洞で修行したいと考えるなら、ミラレパ尊者がずっと山洞で修行なさったように、それも彼の過去世の縁である。そなた達は尊者の修行は良くないと言うだろうか?以前リンチェンドルジェ・リンポチェは顕教を学んでいた時『密宗の行者は一日中山洞に篭っている。それでは修行の結果、成就したとしても何の役にも立たないのではないか?』と人が言うのを聞いたことがある。この種の言い方は正しくない。なぜならこの種の行者は方便善巧の方式で修行しているからだ。世間に出て来て法王になったりリンポチェになったりする行者は、慈悲と菩提心を主因として修行しているので、忙しく、大変で、あちらこちらに気を配らなければならないのだ。

助縁として修行する行者は、僧団或いは教派の中で修行が特別に優れているような行者だ。けれども、誰も知らない。彼は一生で一人か二人の弟子しか取らず、自己のこの一生で学んだ事をあっという間に弟子に伝えてしまう。チベット仏教密宗中にはこの種の行者が非常に多い。簡単な例を挙げよう、中国では武術の達人であってもそれを伝授しない人がとても多いが、ある日突然弟子を取り、自分の技のすべてを伝授する。慈悲と菩提心とを修められなければ、絕対に成仏できず、福徳資糧を累積することなど不可能だ。そのため、これは必須なのであり、行者がツールをどんな位置と方向に置いているかだけなのだ。

行者が発する願は、つまりいかにして慈悲と菩提心を用いるかだ。いかにして慈悲と菩提心とを用いるか。つまり反射が生み出す本性力量の所在地だ。これには正も誤もない。けれども、どの面から見ても、福徳資糧の累積は極めて重要である。もし上師の教えがなく、導きがなく、自分自身で修行するなら、千世あっても福徳資糧を累積することは絶対に不可能である。『自分は毎日家で修行しているから、福徳資糧を累積している』と思ってはならない。どこにそんな簡単な話があるのだ?唸仏機という機械があり、24時間念誦していれば、成仏できるのか?唸仏機はどうして成仏できないのか?それは心がなく、上師の見守りがないからだ。

どうしてリンチェンドルジェ・リンポチェは、長く通っているあの信衆たちにもう来ないよう言ったのか?それは彼らが上師を信じていないからだ。それなら、来てもどうしようもないだろう?自分自身で来れば、仏菩薩の加護が得られると思っているのだろうか?経典上にも善知識に依らなければならないと記載がある。我々は末法時代にあり、仏の教導を得ることができない。『自分はちょっとチベットへ行ったので、これで上師になれる』等と考えてはならない。そんなに簡単ではないのだ。上師になるにはこれら条件を満たさなければならない。それは非常に明確だ。経典にもはっきり書いてある。漠然とした状態で、そなた達に告げることは絶対にない」

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは記録を担当している弟子に「二回目に不共四加行を伝授した弟子の中で、十万遍大礼拝をまだ行っていない弟子は誰だ?期限はどうなっている?これら弟子は皈依してどれくらいになる?」とお尋ねになった。

記録を担当している弟子は「二回目は2004年2月15日で、五人の弟子が大礼拝をやり終えていません。どの人もみな皈依して長くなります」とお答え申し上げた。その場でリンチェンドルジェ・リンポチェはこの五人の弟子に「もう仏を学ばなくとも良い。出て行くが良い。彼らの寶吉祥弟子のベストを回収するように」とご指示になった。その内の楊という姓の弟子は「自分はすでにやり終えている」と言ったが、他の弟子はまだやり終えていなかった。二人は階下におり、一人はかつて足を骨折していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは足を骨折していた弟子に「いつ骨折したのか?」とお尋ねになった。記録を担当している弟子は「2011年に二度足を骨折しています」とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示を続けられた。「それならもう仏を学ばなくとも良い。寶吉祥弟子のベストを回収するように。彼はそのために足を骨折したのだ。不共四加行を伝授されたのに、大礼拝を行わなかったからだ。これらの者たちが仏を学びたいなら、記録を担当している弟子が別の場所を紹介してくれるだろう。

たくさんの人がリンチェンドルジェ・リンポチェに嫉妬し、リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子は多いが、実は彼らはみな学仏人ではない、と言っている。そうなのだから、皈依を申込んだ信者も取り消してしまうのが良いだろう。そうでなければ、リンチェンドルジェ・リンポチェは眠れない日があったら、何人も大礼拝をやり遂げていない、と思い出すことになるだろう」

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは記録を担当している弟子に「三回目の不共四加行伝授はいつだったか?」と尋ねられた。弟子は「2004年10月17日で、四人の弟子がまだ終えていません」とお答え申し上げた。その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは「これら弟子の寶吉祥ベストを回収するように」と指示なさった。その内の謝という姓の弟子は法会に来ていなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは「彼は今後来なくとも良い。法本とベストを返却させるように」と指示なさった。もう一人の王という姓の弟子も法会に来ていなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは「法本とベストを返却させ、一般の信者とするように」とご指示になった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは次の回の状況をお尋ねになった。記録を担当している弟子は「続いては2005年10月2日で、五人の弟子がやり終えていません」とお答え申し上げた。その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれら弟子の寶吉祥ベストを返却させるようご指示になった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続いての状況をさらにお尋ねになった。記録を担当している弟子は「次は2006年3月19日で、十八人の弟子がやり終えていません」とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「2004年から今までやり終えていない弟子は出て行くように。2006年から今までやり終えていない弟子に出て行くように言うのは、少し不公平だろう。二年少ないのだから」と開示なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェは記録を担当している弟子に「彼らの内、最も少ないのは何遍だ?」とお尋ねになった。記録を担当している弟子は「最も少ないのは陳という姓の弟子で、7200遍です」とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて「それならその者は一年で1000遍行ったのか。一年は365日ある。ということは一日に二、三遍しか行っていないということではないか。それなら、もう仏を学ばなくとも良い!寶吉祥ベストを返却させよ。もし彼らが他の道場へ行きたいなら、紹介してやるがいい」と開示なさった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは続けて「二番目に少ないのは誰だ?」とお尋ねになった。記録を担当している弟子は「吳という姓の弟子は11430遍で、林という姓の弟子は11000遍で、李という姓の弟子は10000遍です」とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの三人の弟子の寶吉祥ベストを返却させるようご指示になり、「これらの者の中で、20000遍を超えたものはいるか?」とお尋ねになった。記録を担当している弟子は「他の人はみな20000遍を超えています」とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「彼らは一ヶ月以内にやり終えなければならない。やり終えられないなら、自動的に退会とする。リンチェンドルジェ・リンポチェは既に充分慈悲深い。2006年から今まで、彼らはたったの20000遍しか行っていないのだ」とご指示になった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、記録を担当している弟子に2006年以降の状況について報告するようご指示になった。弟子は「続いては2010年3月14日で、三十一人の弟子がまだやり終えていません」とお答え申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示なさった。「これらの者たちも一ヶ月半以内にやり終えなければならない。やり終えられないなら、自動的に退会とする。今日リンチェンドルジェ・リンポチェは短い間に、こんなにもたくさんの弟子を出て行かせた。もし人が要る所があるなら、彼らに紹介してやれば良い。既に皈依を申込んだ信者はしっかり考えてみよ。リンチェンドルジェ・リンポチェがいつこのようなことを行うかは、誰にも分からないのだ。ここは他のところとは違う。リンチェンドルジェ・リンポチェは仏法を説くのではなく、仏法を教えるのだ。教えても、行おうとしないなら、ここに残る意味はあるだろうか?残っても憎しみが残るだけだ。なぜなら、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっとそなた達を見張っているのだから。

リンチェンドルジェ・リンポチェも在家である。どうしてそなた達はできないのか?できないのは、信じていないからだ。信心がないからだ。皈依戒を破っていてさえも気がつかない。もし、健康を害していて仕方がないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェも考慮するだろう。けれども、どこから見ても健康体なのに、多忙を理由にしている。リンチェンドルジェ・リンポチェは忙しくないというのか?明らかな怠慢であるのにだ。皈依時に伝えたように、上師の伝法に従って行わないなら、それは怠慢である。上師はそなたに仏法を説かず、同室におらず、そなたと話をせず、善事への参加を許可しない。つまり、彼らを出て行かせる道理は充分なのだ。

どうして彼らを退会させるのか?皈依の時にはっきりとそなた達に伝えているからだ。また『守れるか?』とそなた達に尋ねてもいる。そなた達が『できる』というなら、それは誓いの言葉だ。それを守れないなら、出て行くのが当然だろう。喜んで入会し、喜んで退会する。大礼拝を行わないなら、それは『受け入れない。認めない』ということだ。厳しく言えば、非常に悪質だ。一日中上師の加護に頼ろうと考えている。人をいじめるとしても、この程度なのか?ほんとうにとんでもない。こんなにも長い間、動かぬこと山の如しだ。そなた達にはみな膨大な理由がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは、そなた達の理由を挙げることができる。リンチェンドルジェ・リンポチェがもし出家者なら、そなた達は騙せたかもしれない。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェも在家なのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェができるなら、そなた達ができない理由があるだろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェは自分が大礼拝を行った話を何度も話したことがある。けれども、誰も聞いていなかったのだ。たくさんの弟子が必要なので、リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を取り上げないと思っていたのだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは多くの弟子は要らない。誰かと喧嘩する必要もない。たとえ喧嘩したとしても、そなた達は勝てないだろう。何のためにそなた達が必要なのか?皈依してこんなに長くなるのに、何も行っていない。そんな人がたくさんいる。リンチェンドルジェ・リンポチェはもうこれ以上言いたくない。こんなにもたくさんの人が去っていったのだ。いくらかは気持ちに影響を与えている」

続いて、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを率いてアチ護法と迴向儀軌を納められた。修法の終了後、慈悲深く開示をお続けくださった。

「念死と念無常というこの二つの事について、そなた達に告げる人がたくさんいるかもしれない。そして、為し遂げられるか否かは、上師が普段弟子に対して開示する仏法がいつまでも不変で、名利のために教導の方向が変化しないかどうかにかかっている。念死とは消極的な見方ではなく、積極的な見方なのだ。金持ちだろうと、貧乏だろうと、権力があろうとなかろうと、誰もがいつかは死ぬということは、みなはっきりと知っている。何のために学仏修行するのか?この生の利楽のためではなく、未来世のためである。未来世が出現する前に、我々は誰もが単独で死に向き合わなければならないのだ。

家族がとても愛してくれるので、その時になったら面倒をみてくれると思ってはならない。絕対にそうはならない。なぜなら、彼らは、死ぬ時どうなのかを知らず、ただそなたを医者に任せ、医者にそなたを救うように言うだけだからだ。それ以外に何ができるだろうか?けれども、おかしなことに、人は言う通りにするのだ。家族が愛してくれるので、家族が彼らのためにしたいということは、受け入れてしまう。これでは、仏弟子にふさわしくない。リンチェンドルジェ・リンポチェは『医者にかかるな』と言っているのではない。もしそうなら、リンチェンドルジェ・リンポチェにこんなにもたくさんの医者である弟子がいるはずがない。この開示によりそなた達に告げたい。治療はただの過程に過ぎないのだと。もし、寿命がまだあるなら、適当に薬を飲んでいても命はつながるだろう。もし、福がまだあるなら、漢方医である弟子が用いる薬も効かないということを、リンチェンドルジェ・リンポチェは一目見て分かる」その場で、漢方医である弟子は「確かに、リンチェンドルジェ・リンポチェに見破られてしまう」と述べた。

「仏法中の『念死」の定義はなんだろうか?誰もが、いつかは死ぬということを知っているが、穏やかに笑って死に行く人を見たことがあるだろうか?手術を受けていないとしても、やはり少なくとも辛そうな表情をし、心残りがある或いは遺言を残すなどして、苦しそうに死んでいくだろう。家人がそなたを愛していればいるほど、そなたの死はより辛くなる。なぜなら、去り難く思うからで、家族もそなたの死を受け入れることができない。もし金持ちなら、死はより辛くなる。早起きた瞬間から財産分与のことで頭を働かせ、『まだはっきりと遺言していないから』といって、そなたにもう少し生きて欲しいと思うだろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、ある著名な不動産業者の妻をかつて済度したことがある。十~二十年前、台湾にはまだ体外式膜型人工肺がなかった。彼らは特別にアメリカから体外式膜型人工肺を取り寄せ、母親の生命維持に用いた。当時、娘がリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。リンチェンドルジェ・リンポチェは『そなた達は財産分与が済んでいないのではないか?そのため母親を生かしておこうとしているのではないか?』と尋ねた。彼女は『そうです』と答えたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは『母を生かしておくことはできても、目覚めることはない』と告げた。これこそ財産分与を済ませていないために、家族に愛され過ぎるということだ。そのため、財産がある人は先に分与しておくように。分けるべきは分けて、『自分が死に直面するようになったら遺言書を書けばいい』、などと思ってはならない。これこそ無常を信じていないということだ。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェとは異なる。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分がいつ死ぬかをおおよそ知っている。けれども、そなた達には知る術はない。

いわゆる『念死』とは、自己がこの一生で行った一切が次の一世に影響するということをはっきりさせることである。この考え方を受け入れられないなら、仏を学ぶに来はしないだろう。出現した業力が、自分が死ぬ時に悪い影響を及ぼさないように、どうしたらできるのか?それは死ぬ時のその数秒にある。そのため、我々が今行う一切は、自分が死ぬ時のための準備なのだ。なぜならその時には、上師と仏菩薩以外には、だれも助けてくれないからだ。医者がどんなに優れていても、そなたが病院のVIPで、院長がそなたの手術で執刀してくれたとしても、そなたの命を救うことはできない。VIPであることで、かえって死が早まるかもしれない。なぜなら、医者はそなたの死を望まないため、使うべきでない薬を全部投入するかもしれないからだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの親友は正にこうだった。脳卒中で入院した時、政府との関係が良かったため、重要な役人が出て来て揃って院長に『この人はVVVVVIPなのだ』と圧力をかけた。そのため、最高の薬がすべて投与され、最後には腎不全で亡くなってしまった。腎臓が耐え切れなかったのだ。つまり、VIPであるのは良いことではないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの今日の開示が分かっただろうか。念死はすべての仏を学ぶ人が受け入れなければならない事である。なぜなら我々は誰でも死ぬのだから。

自分が死ぬということがはっきりしているなら、そして次の一世はこの一世より良くなるようにと希望しているなら、死の過程は非常に重要だ。死の過程においてこの生に貪恋する考えを起こしさえすれば、三悪道に堕ちるだろう。そなたが『自分が死んだら、誰が妻の面倒をみるのだろうか?』というような考えを持ったなら、もうおしまいだ。そなたが『自分の死後、息子は家産を残すことができるだろうか?』と思ったなら、三悪道に堕ちる可能性は高い。みな絕対に信じなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、このような状況を見たことがあるのだ。いわゆる念死とは、自分が死ぬということを知ることである。学仏、修行のすべては、この数秒のための準備なのだ。もし準備が整っていないなら、いざという時になって絕対に間に合わないだろう。もし間に合わないなら、三悪道と輪迴の中に堕ちてしまうだろう。

自分の往生時に、このようにたくさんの苦痛と障礙がないようにするため、現在我々は積極的に努力して自己の一切の悪習を改め、積極的に善を修め、三宝に対して恭敬信仰を持つことを望まなければならない。そうでなければこれを解決することはできない。『その時になればリンチェンドルジェ・リンポチェが救ってくれる。その時になればリンチェンドルジェ・リンポチェを思い出せる』というような考え方を持ってはならない。その時になっても思い出せないだろう。夫が横で身体を揺すったなら、どうして思い出すだろうか?夫が横で泣いたなら、『何かまだ言い残したことはないか』と尋ねられたら、『息子がまだ帰ってきていないので、もう少し頑張れ』と言われたら、それでもうすべてお仕舞いだ。そなた達はだれも信じていない。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を脅していると思っているだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはたくさんの人を救ってきた。また何度もこのような事を開示してきた。看護師が横で機器を動かして音を出しても、亡者は怒るのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはポワ法を修めるのに、遺体の横にはいないのに、なぜ分かるのか?それは、亡者がリンチェンドルジェ・リンポチェに教えるからだ。

このような事が自分の身の上に起こるとは、そなた達は信じない。かつて亡者の子女が遺体の横で墓の風水について話していたが、亡者はそのために怒り、死出の旅に発つ気持ちがなくなってしまった。そのため、今の内に自分の心の持ち様を訓練し、誰でも死ぬ時はみな同じで、金持ちだろうと貧乏人だろうと、その過程はみな同じだと、はっきり認識しなければならない。もし準備できていないなら、『その時になって、誰かに念誦してもらおう』と思っても、そうは行かないのだ。人が息を引き取る時、このような考えに執著していたなら、それは何よりも重い。仏号を唱えれば亡者は旅立つと思っているだろうが、そうではない。亡者が言葉にならないほど苦しんでいるのでなければ仏法を受け入れることはできない。そうでなければ、受け入れないのだ。

この種の話はたくさんある。タイで禅定を修め、修行が成就していたある法師は、死の直前に自分が好きだった桃を思い浮かべた。その結果、息を引き取った瞬間に桃の上の虫に生まれ変わり、毎日桃を食べている。これは本当の事だ。笑い話ではない。なぜ念死と無常をそなた達に教えるのか。それはあらゆる人の人生において必ず発生する事だからだ。そのため、仏を学ぶ心持を決定して初めて、仏を学び取り、仏号を唱える度に自分にとって有益とすることができるのだ。このような心持がないなら、先ほど出て行ったあの者たちのように、貪法なだけで、『自分は不共四加行を得ることができた』と思っているだけだ。不共四加行もこのためで、不共四加行を修める時には累世の業障は消え去ってしまい、死ぬ時に無事でいられるのだ。

貪法であってはならない。伝法時にその場を離れても良い。釈迦牟尼仏が『妙法蓮華経』を説く時、たくさんの阿羅漢が出て行ったと経典上に書かれているのだから、そなた達も出て行って良い。早めに出て行く方が、遅くなって出て行くより良い。どうしてこれらの人を出て行かせるのか?それは彼らが従わないからだ。仏を学ぶのは適当にするもので、加護を求めるものであると思っているのだ。これでは仏法を学ぶのではなく、仏の名義を借りる外道になってしまう。もしそうなら、そなた達は他の宗教を学んだ方が良い。その方がこんなに大変ではないだろう。どうしてできないのか?自分がいつか死ぬ、いつか困難に陥るということを信じないからだ。

先ほど、足を骨折した弟子について述べた。彼の父親は以前は供養心がなく、彼自身は不共四加行を伝授されても拝もうとしなかった。どうしてこうなるのか?それは父親が彼を監督しなかったからだ。伝授されて十数年になるのに、まだ大礼拝をやり終えていない。その結果一年に二回も足を折った。これは仏菩薩が彼を罰したのではなく、業力が現れたのだ。改める機会を与えているのに、改めようとしない。『自分はちょっとした額の祝儀を出しているのだから、それで加護がある』と思っている。どこにそんな安っぽい加護があるのか?もし、みなが加護を受けることを望みながら、子女は修めようとせず、学ぼうとしないなら、徴収される料金は非常に高くなるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェの能力なら、大変な高額の費用を徴収することができる。リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達から料金を取らず、さらに仏法を教えている。それなのに、そなた達は従おうとしない。適当に仏法に触れたいだけなのか?

もし、適当で良いなら、寶吉祥仏法センターには来ないで、別のところへ行くがよい。他所には108人が中国服を着てステージで歌を歌い、それによって感応したら菜食を開始する、というところもある。これなら、適当に学べるだろう。そなた達が好むのは、こういうのだろう。これは実修ではなく、パフォーマンスだ。仏を学ぶのに実修し、念死と念無常したいなら、一瞬であっても無駄にすることはできない。こうして初めて仏法は力を発揮するのだ。こうして初めて、上師の話に従うことができるのだ。そうでなければ、一日中過ちを犯すことになる。どうして一日中過ちを犯すのか?それは自分はまだ若い、まだ死なないと思っているからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェが守ってくれているので、自分は長生きできると思っているからだ。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の母親であっても長生きできるよう加護しようとは思わない。それは母親自身の修行に依るものだからだ。

そなた達が言いつけを守らないなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは今いる1000人余りの弟子を100人余りに減らすだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェはやると言ったら絕対にやる。なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは名利のために仏法を弘揚しているのではないからだ。もしリンチェンドルジェ・リンポチェが名利のために仏法を弘揚しているなら、そなた達のような者たちを弟子にせず、身辺にはたくさんの金持ちと政界の大物がいただろう。彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェに会いたくても、リンチェンドルジェ・リンポチェの時間がある時に約束しなければ会うことができない。そなた達はリンチェンドルジェ・リンポチェと時間を約束する必要はない。リンチェンドルジェ・リンポチェは每週日曜日そなた達に会う。そなた達はこれ以上どうしたいのだ?

リンチェンドルジェ・リンポチェはいつかそなた達全員を出て行かせるかもしれないと言ったら信じるか?これは始まりに過ぎない。リンチェンドルジェ・リンポチェが次にいつ突然今日のようなことをするか、そなた達は誰も知らない。一年間仏法を開示しないかもしれない。なぜならだれも修行せず、学ばず、誰もが加護を求めるだけだからだ。加護を求めるだけなら高額の料金が必要だ。だが、そなた達は金を払うつもりはなく、学仏するつもりもない。ではどうしたいのだ?誰もが聞いているのに、家に帰っても行わない。先ほど法会前に語った弟子のように、自分の心の動きだけを語り、ただ口先で教えを守ると言うだけのように。もし、彼女が教えに従っていれば、二年余りも必要だっただろうか?そなた達は全員教えに従わない。

人生は長くない。寶吉祥仏法センターは開設以来既に10数年になる。時間が過ぎるのはほんとうに速い。時間が止まって待っていてくれるというようなことはないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、いわゆる普段の生活を捨てるよう要求しているのではない。ただ一心に仏を学んで欲しいだけだ。だが、その際にも心の持ち方は非常に重要だ。どこにこんなひどい話があるのか?一回目に不共四加行を伝授された弟子でさえ、大礼拝をやり終えていないだと?『大丈夫だ。リンチェンドルジェ・リンポチェに知られることはない』と思っていたのか。こんな調子でいったいどうするのだ。仏法もなにもあったものじゃない!そなた達は不共四加行を学べばそれで完了だと思っているだろうが、さらにたくさんのものを学ばなければならないのだ。そんなに簡単なはずがないだろう?みな自分のことは自分で考えるがよい。リンチェンドルジェ・リンポチェは一年一年老いている。そのため、動作はどんどん速くなっている。なぜなら時間がないからだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を導いても何の意味もない。そなた達はしっかり学ばないのに、人が多いといって他人に妬まれ、むやみにたくさんの面倒が起きている。そなた達が仏法の面で精進するなら、リンチェンドルジェ・リンポチェが不当な扱いを受け、害を受けても、どうということはない。けれども、そなた達はそうではない。そなた達は仏を学ぼうとせず、紹介して連れてきた友人も仏を学ばない。一年半待っても、皈依しないといったら皈依しない。後の方の皈依を求めているこれらの者たちは、どうしようもない状況に陥って仕方なく皈依を求めているのだ。なぜなら、彼らはリンチェンドルジェ・リンポチェが力があることを知っており、リンチェンドルジェ・リンポチェから離れるのを恐れているからだ。自分でそうしてしまっているのだ。

仏を学ぶのは少しも難しくなく、苦痛でもない。仕事を辞めなくとも、離婚しなくとも良い。ただ、行わなければならない事を行うだけでいいのだ。それなのに、そなた達は行わない。一日一日引き延ばし、『仏を学ばなくてもどうということはない』と思っている。学ばなくとも別に構わないが、誰もがこんな様子で、それを続けて行くなら、自分にとって良くないだけでなく、仏法全体にも影響を及ぼすのだ。我々は飛べるように、または特別の能力を身に着けようと修行する訳ではない。だが、少なくとも自分に問うてみるが良い。上師に教わった事を行っているだろうか?と。もしどれも行っていないなら、それはしっかり学んでいないと言うことだ。

誰もが『ここに来ればそれで良い』と思っており、『ここに来た自分はとても勤勉だ』と思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェが突然先ほどのようなことをするとは思ってみたこともないのだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に長い間待っていた。大礼拝をやり遂げるための充分な時間を与えたというのに、そなた達はまだ行っていないのか?『自分は忙しい』というが、リンチェンドルジェ・リンポチェより忙しいのか?リンチェンドルジェ・リンポチェはのんびりしているように見える、などと思ってはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に大変だった時があるのだ。10日以内に10万遍の百字明を唱えなければならなかったのだ。そなた達にできるか?今日の開示はここまでとする」

法会が圓満に終了し、弟子たちは声を揃えて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる開示に感謝申し上げ、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを起立して恭しくお見送り申し上げた。

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2014 年 10 月 14 日 更新