尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2014年3月23日

法会の始まる前に、一人の弟子が、彼女と家族を救ってくださった尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを褒め称え、感謝を述べ、その経過を話した。

彼女は1999年(民国88年)に皈依し、子供のことで、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する因縁があった。当時、子供は反抗期で、家に帰らないことがしょっちゅうあったので、彼女は長期的に心配し恐れを感じて憂鬱、不眠になり、睡眠は睡眠薬に頼っていた。最初の服用後、薬物中毒を引き起こし、スティーブンス・ジョンソン症候群に罹り、全身が化膿、発熱し入院した。その時、主治医はちょうど謝兄弟子であった。医師は彼女に、非常にすばらしい金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したことを取り上げ、もし必要なら尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見し、助けを求めることができると話した。

しかし、彼女はずっと行かなかった。それは、一家全員がクリスチャンで、父親と姉は教会で働いていたからだった。自分の宗教信仰を変えることは不可能であったし、家族も同意しなかった。二ヶ月が過ぎ、彼女はやはり苦しみの中を徘徊していた。ある日、突然に謝兄弟子が話していたその素晴らしい金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのことを思い出し、もしかしたらリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女を助けてくれるかもしれないと思い、会社を退勤した後、急いでそこへ向かった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは「何の用か」と尋ねられたので、その理由を報告した。それと同時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに自分はクリスチャンであることを話した。その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、ただ簡単に彼女に告げた。仏教は因縁、因果を語る。発生するいかなる事にも全てその因縁、因果がある。仏教の前半は教育だ。あなたが以後仏教を修行するかどうかは、以後の事だ。また、彼女に道場では毎週説法があるので聴きに来てもよいと告げられた。それと同時に慈悲深く子供を連れて来るようにと言われた。

その時はちょうどお正月を迎える前で、子供は何日も家に帰らなかった。子供と父親の関係は非常に緊迫し、顔を合わせるだけで衝突して取っ組み合いの喧嘩になることさえあった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、子供と父親が衝突して無間地獄に堕ちるのを避けるために、お金を渡して、お正月は子供に外で過ごさせるようにと特に言い付けられた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは雲南から戻ってから彼女のために修法をしてあげようと言われ、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェの言った通りに行なうようにと再三言い付けられ、そうでなければ、彼女が息子を無間地獄に堕とすことになると言われた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは父親のように心配して、何度も繰り返された。分かったのか?彼女が頭を縦に振ると、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはやっと安心された様子であった。

彼女は感謝の心を胸にそこを離れ、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの話にしたがって行なった。暫く経つと、多くの事が本当に変化した。これにより、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学ぶ心を生じさせた。その後、彼女は、道場へ行き、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれる仏法を拝聴した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうど、心、苦しみ、幸せについて説かれていた。その間、彼女はこの数本の法話テープに依り毎日を過ごした。何度も繰り返して聴いているうちに初めて、因果、因縁について少し理解し、全ては彼女自身が為したことだということがわかった。ただ、受け入れ、向き合い、懺悔し、二度と犯さないようにするだけだ。

彼女にこの考えが起きてから、以前非常に苦しいと思っていた事が全て、それほど苦しくなくなった。その後、彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが「快楽と痛苦」一書を出版する際、心の中で非常に震撼し歓喜に満たされていた。これは真に衆生を益する仏の書です!彼女は、常に心の中で衆生の苦しみを思われている尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝をし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法を聴いて二ヶ月後、皈依することに決めた。最大の原因は三つだった。一つ目は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの考え、動作は全て衆生のためにあり、まったく自分を考えていない。二つ目は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェによって説かれる仏法は生活と結びついたものであり、弟子たちに生活の中に着実に根付かせることを要求している。三つ目は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは非常に厳しい。よって、真に自分を変え、自分の未来を変えることができる。これは彼女が外で聞き、見たものとは異なるものだった。真の大修行者だ。そのため、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについて仏法を学ぶ心をより堅固にする。

彼女がしばらく教会に行かなかったので、教会の神父が特別に彼女に会いに来て、なぜこんなにも長い間教会に来ないのかと聞いた。彼女は神父に、チベット仏教直貢噶舉派の素晴らしい上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したと告げた。最初、神父は非常に驚愕され、40年近くもカソリックを信仰していたのに、離れたければ離れられるのか?神父は笑って彼女に言った。「あなたはカソリックの叛徒ですよ」。彼女は神父に、因縁は人によって異なることを告げ、それと同時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修法した後の瑞相、及び慈悲深く衆生を救う事を神父に話した。神父は話を聞いた後に不思議に思い、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを賛嘆し、あなたの上師は本当に偉大だと語った。その後、神父は教会に来させるために彼女を尋ねることは二度となかった。彼女は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝した。加持により、この件をスムーズに処理することができ、人の煩悩を引き起こすこともなかった。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女を助けただけでなく、家族も救ってくれた。彼女の母親は高齢であったが、ずっと尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する因縁、福徳がなかった。最も大きな原因は、彼女が実際に修行しておらず、自分を改めていないことにあるのを知っていた。だが、母親のことを彼女はずっと気に掛けていた。彼女は、母親が94歳のその年に突然思い立ち、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めて、報告した。「私の母親はカソリック教徒で、すでに90歳余りになります。母親の往生の時、母親のためにポワ法を修法していただけないでしょうか」と、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに願った。彼女は自分勝手に求め、許されたら安心だと思っていた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く説かれた。「あなたの母親は私にあった事がない。私にどうやって助けろと言うのか?」その時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の供養を受け取らなかった。

その後、彼女は自分が非常に自分勝手で、とても憎らしいと感じた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは繰り返し弟子たちに説かれていた。お経には、阿弥陀仏の浄土に往生するには、必ず福徳、因縁が少なくない善男子、善女人でなければならないことが説かれていた。彼女の母親は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見したこともなく、菜食もせず、十善法を修しておらず、根本的に条件に符合していなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも嘗て説かれたことがある。承知したとしても、その時になって修法できないこともある。因縁は非常に複雑で随時変化している。彼女はこんなにも長い時間仏法を学んでいるが、自分のことを考えると、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの説法を脳裏から追い出していた。その後、彼女は自分が本当に憎らしいと感じ、慙愧の念、自責の念にかられた。だが、彼女は我慢できなくなり毎日アキ護法を修法する際、母親が往生する時に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けが得られるように、医療の苦痛を受けないようにと祈っていた。

彼女の母親は96歲のその年、大腸癌をわずらい、医師は母親に手術を勧めたが、家族の中には異なる意見が生じていた。彼女と息子は母親に手術させない立場を貫いており、その後、母親自身で決めることにし、手術しないことを選んだ。母親は昨年(2013年)6月101歲、家で自然に他界した。母親は生前にまったく大腸癌の影響を受けず、正常な人と同様に入院しなかった。これらは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い御加持と御加護のお蔭であった。母親は他界後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持と殊勝な施身法の済度を得た。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェへの感動を文字で表現することは彼女にとりまったく不可能な事であった。

彼女は姪を済度してくれた尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。6年前、二番目の兄の息子が事故で他界した。兄と兄嫁は突然に子を失った苦痛になす術がなかった。彼女と息子は兄に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見するよう強く勧めた。彼女らは兄に、このような事故で他界した者を、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェだけが助けることができる。子供のために、兄はカソリックの衣を脱ぎ捨て尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めた。

事故の起きた当日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはちょうど信徒と面会されていた。午後5時ごろ、彼女は兄、兄嫁の二人を連れ急いで来て、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めたが、当日、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する因縁はなく、名前を残した。彼らは思いもよらぬことに、夜7時に兄弟子からの電話を受け取った。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは姪の事を知り、このように説かれたとのことだった。「事故で他界した者は、顕教の儀式や懺悔の礼拝では済度できない。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ彼女の兄と兄嫁に会う前にその月に催される施身法の法会に参加することを同意された。彼女とその兄、兄嫁は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大慈悲力と大願力に非常に感謝した。

次の週の土曜日、彼女の兄、兄嫁一家は再び尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは兄に「何の用か」と尋ねられ、兄は事故で亡くなった息子がいい所へ行けるようにと、リンポチェにお願いした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは「いい所とは何か?言ってみなさい。私が助けられるかどうかを考える」と言われた。しかし、彼女の兄は今まで仏法に触れたことがなかったので、言葉に詰まって「私は仏法を学んだことがないので、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに済度をお願いしたい」と答えた。続いて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女の兄にこう説かれた。「私はあなたたちが皆仏法を学んでいる者でなく、今、事件が起きたので藁にすがっていることを知っている」尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは入定している時に、姪が事故後に心臓が破裂したのを観じたと語られた。そして、兄と兄嫁に「あなたの息子は恩返しに来たのだ。あなたたちに仏法に触れさせる因縁をもたらした」と説かれた。同時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く、施身法の法会で彼女の姪を済度することを承知された。

尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの摂受力により、彼女の兄は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した後、毎日リンポチェのところへ行き跪き求めた。施身法の法会の前に、彼女の姪は火葬された。頭蓋骨には整った丸い穴があいていて、骨はピンク色と緑色だった。これは全てポワ法の殊勝な瑞相だった。彼女は、自分の命と福徳によって姪が極端な苦痛から抜け出すのを助けてくださった尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御恩に感謝した。しかし、彼女は恩知らずで、供養の心も、感謝の心もなかった。彼女は最初から心から供養することはなく、後にポワ法の瑞相を見てから供養をした。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女が目で見て初めて信じたことを叱責し、彼女の供養を受け取らず、罰として彼女に青いベストを着せた。殊に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは考えを起こすだけで衆生を利益でき、根本的に修法は必要なかった。彼女は本当に極端なまでに愚かだった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは生命によって姪を救ってくれたのに、彼女は少しも供養の心や感謝の心がなかった。彼女は本当にこの罪は死ぬに値するものだった。ただ懺悔、さらに懺悔を続けられるだけだった。

続いて、彼女もここで発露懺悔した。彼女は以前、トルマ組にいた。その当時、トルマ組は物品を購入するために基金を設けていた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、道場のお金、財務についてよく理解しており、金銭の貸借や基金を設ける等を許していなかった。彼女はこんなにも長く皈依しており、これは誤ったことだと明らかに知っていたが、すぐに止めず、腐った善人になりたがっていただけだった。当時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはこのために法会をやめ、兄弟子及び衆生全員が法会に参加できなくなった。彼女はこれは全て彼女の過ちであったと懺悔した。彼女は、罪業が深く重いことを知っていた。ここで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔し、全ての兄弟子及び衆生に対して懺悔した。

彼女は、グループリーダー(組長)を担当する機会を与えてくださった尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御恩に感謝をした。これにより、兄弟子たちに奉仕することができた。だが、彼女はグループ内の事を心を込めて行なっていなかった。グループのメンバーに対して心からの思いやりを持つこともなかった。グループ内の兄弟子の夫は肉食に関わる仕事をしていたが、彼女は積極的に関わることも、理解しようとすることもなく、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに心配をかけた。この兄弟子の夫は肉食の仕事を辞めたが、仕事を見つけるまでの期間、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは毎月、この兄弟子の生活費を助けてくださった。彼女は自分が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対して申し訳ないことをしたと心から思った。

その当時、グループリーダー(組長)及び連絡の兄弟子は罰せられて一ヶ月間法会に参加できず、供養もできず、ネパールの法会団にも参加できなくなった。彼女は心の奥から懺悔し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な教法に感謝をした。彼女はこの機会に同グループの兄弟子たちに謝罪した。法会に参加できず、階下だけの日々、行き交う人や車を見、上師には会えなかった。彼女は自分が浮き木のようだと感じ、法会終了後、皆と一緒に駐車場の出口の向かい側で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの車が去るのを恭しく見送った。以前、彼女は世間の多くの事がとても苦しいと感じていた。現在、彼女は、上師に会えず、法会に参加できないことは最も苦しい事だと深く感じ取り、深く懺悔した。

昨年(2013年)、彼女の息子がインド・ラダックの法会に参加した際、ホテルで尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェを見かけたが、恭敬して合掌しなかった。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対して恭敬心がなかったので、寶吉祥の弟子のベストを脱がせられ、道場に入ってはならないという罰を受けた。彼女は、自分のために子供を導いてくださった尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、母親として、最も基本的な恭敬心さえも子供にしっかりと教えていなかったことを、彼女は非常に慙愧し、自責の念にかられた。最近、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェも恭敬心の重要性について特に説かれていた。恩のある自分の上師に対しても恭敬心がないなら、誰に対して恭敬心をもてるのであろうか?この全ては彼女の過ちであった。幼い頃から子供をしっかり教えておらず、自分もまた如実に修行していなかった。同様に共業の中にいることを彼女は懺悔した。

彼女は自分が如実に五戒、十善を修行しておらず、殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒、両舌、悪口を全て犯していた。独りよがりで、依教奉行(教えに依る行動)をせず、『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七頌)』を生活の中に用いて最も基本的な話を聞くことも実行できなかったことを彼女は懺悔した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに対して恭敬の心、供養の心、感謝の心がないことを彼女は懺悔した。また、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれた仏法を如実に生活の中に用いておらず、修行に精進しなかったことを懺悔した。彼女は親不孝で、常に母親を心配させて悩ませた。息子が反抗期である時、彼女はいつも、かんしゃくを起こして母親に当たり、母親を傷つけ苦しめたことを彼女は懺悔した。

幼い時、かつて母親のお金を盗んで物を買って食べ、公的機関に出勤している時、公的な資源を利用して個人の事を処理し、公的な時間を盗み、公的な文房具を家に持って帰り使用し、偸盗の戒を犯したことを彼女は懺悔した。彼女はかつて無数の衆生を傷つけたこともあった。以前堕胎をしたことがあり、お湯でムカデ、ヤモリ、アリ等を殺したこともある。空を飛ぶもの、地上を歩くもの、水の中を泳ぐもの、彼女は何でも食べた。幼い時、川の近くでおたまじゃくしを捕まえて蛙にし、育てて殺してしまった。トンボ、カナブンを捕まえて遊び、遊び殺してしまったことを彼女は懺悔した。また、貪欲、瞋恚、悪念、邪念、あくせくとした考え、自己が得しようという考え等を含む自分の起心動念(心が起き念が動く)、及び貪、嗔、痴、慢、疑による種々の悪業を、彼女は懺悔した。

彼女は自分が今世でなした悪業がすでに天文学的数字であることを反省した。ひいては生生世世なしているのである。彼女はすでに60余歳であり、時間が多くないことを察知していた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェについてしっかり学び、必ずこの一世で輪迴をやめなければならない。輪迴するごとに、自分はさらに多くの悪業をなす。彼女はこの一世及び累世でなした種々の悪業を心から懺悔し、永遠に犯さないことを決意した。

また、彼女に傷つけられた衆生が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けと済度を得られるようにと祈った。もし、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの助けと加持がないなら、とっくに一家離散していたことだろう。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの恩徳は、“感謝”という二文字で表されるものではない。彼女はただ未来の限りある生命の中で毎日を大切にし、仏道修行に精進し、輪迴を断つための準備をする。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法体の御健康と、法輪が常転され、世に常住され、直貢噶舉派の法脈が永らく伝わることを祈願した。

寶吉祥仏教文化交流協会の理事長が皆に伝えた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、今日の法会は録音テープをかけず、録音テープも聞かないと指示された。最も主な原因は、法務担当の弟子にある。直貢噶舉祖師ジッテン・サムゴン記念大法会で、トルマの前に祖師像を安置し、その上に金剛杵を一つ置いていた。法務担当の弟子は、リンチェンドルジェ・リンポチェの経営する宝石店に直接行って見積もりし製作できるかどうかを尋ねた。この事は予めリンチェンドルジェ・リンポチェに報告されておらず、開示を求めることもなかった。よって、リンチェンドルジェ・リンポチェは、「この法務担当の弟子は自分が法座で説法できると思っていた」と話された。重点は彼が先に処理し事後報告したことにある。さもなくば、彼は宝石店は何もする事がないと思っていたので、このような事をしたのだろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェはこう説かれた。「この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェがもう死んだと思っているのか?それとも、リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ死んでいないが、造反しようと思っているのか?だから今日の法会で、この弟子は丸々1時間発言し、その後の1時間は他の法務部の弟子が発言した。1分も少なくできない。彼らは、彼らが聴いたリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法と、リンチェンドルジェ・リンポチェのどの仏法を学んだのかを話さなくてはならない。もし、彼らの語る内容がリンチェンドルジェ・リンポチェの通常の説法と異なるのなら、列席者は聴いた時に、下で直接、指摘し、彼らが間違って話したことを教えなければならない。もし、彼らの話すことが間違っているのに、みんなが指摘しないのなら、在席の皆はすべて追い出されることになる。

理事長はこれについて報告し、2時間丸々話をして1分も少なくてはならないことを強調した。少なかったら罰を受ける。もし、罰を受けた弟子の語る内容がいい加減なら、彼を罰した人も皆の前で発言しなければならない。続いて、この法務担当の弟子が発言した。重点は彼が先に報告し、上師に教えを求めなかったことにある。法務に関するいかなる事も、全て先に上師に教えを求めなければならなかった。

続いて、法務担当の弟子が発言を始めた。

彼は、自分はリンチェンドルジェ・リンポチェに随い18年になると話した。上師の教え導かれたそれぞれの事、細々した事はすべて、上師に随い仏法を学ぶ過程の中での問題点及び無数の過ちを指摘していた。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも、道の中で自分の過去の悪習をいかに変えるべきかを怨みも悔いることもなく教え導き、だが、彼はこんなにも長い間、リンチェンドルジェ・リンポチェに随って学んでいたが、徹底的にしっかりと自分の悪習を改めることをせず、自分のやり方を通していた。それ故に今日の悪果があるのだ。自分のした事がすべて行為に現れ、生活の中にしっかり応用していないことが示されていた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは毎週土曜日、面倒を厭わずに法座の上で信徒に謁見された。以前、旧道場では毎週金曜日と日曜日に法会を行っていた。その後、外で法会を開催した時、SARSの流行期間であっても、リンチェンドルジェ・リンポチェは怨みも悔いることもなく多くの法会を執り行い衆生を利益された。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの隣に付き添い、上師がこのように怨みも悔いることもなく衆生が離苦得楽(苦しみから離れて幸せを得る)されるようにと助けられるのを見ていたが、彼自身、悪行をして徳にまける行為を決意できなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは常にこう説かれていた。「人道が成らないのなら、いかにして仏道を成すのか?」これはつまり、私たちがもし人さえもきちんとできないのであれば、どうやって仏の道を成就できるのか?ということだ。

彼は、自分の心の中には永遠に貪、瞋、痴、慢、疑がある。これも、リンチェンドルジェ・リンポチェが通常説かれていることだ。起心動念はすべて業、すべて罪である。彼は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに随った長い間、為した行為、起心動念は確かにこうであり、どの事もすべて自己が得するようにと考え、自分でしたいようにしていて、上師を一番最初に考えていなかった。試しに考えてみると、今日、もし会社の中で働いているなら、全ての事を社長に報告しなければならない。社長が認可した後に初めて、次の段階の評価、見積もり、報告等の一通りの動作を始める。彼は自分がなぜ仏法を学んだ後に、これらの事をしなかったのかと反省した。

法務は非常に重要な事だ。それは、慎重に行なわず少しでも間違ったなら、深く影響を及ぼして、無数の衆生を傷つけても自分は知らないことがあるからだ。この事は彼の人としての行動の至るところに表され、確かに非常に情に符合しない、合理的でない状況がある。しかも、一旦発生したなら、彼も自分が犯した過ちについて深く考えることもない。リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなにも長い間教導されてきたにもかかわらず、彼はやはり自分の考えを貫いていた。貪という面からいえば、リンチェンドルジェ・リンポチェはずっとこう説かれている。私たちの心は、貪、嗔、痴という三毒に囲まれているが、彼自身ずっと気付かず、知る由もなかった。

最近、壇城エリアの絨毯を取り替えようとした時、予め詳細な報告をせずに見積もりが始められた。リンチェンドルジェ・リンポチェはまだ生きていて、彼はこの事を担当していたのに、リンチェンドルジェ・リンポチェに対して報告されることはなかった。彼は自分の心にどれほどの悪があるかを自問した。だが、彼はやはり反省しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、毎日反省するようにと皆に教えられていた。学んだ仏法を思惟しているかどうか?だが、法会が終わった後、彼はやはり自分の考えを貫いていて、左耳から聞いてものは右耳から抜けていき、上師の教えられる事を生活の細々した所に着実に根付かせて自分を改めることをしなかった。

上師が語られる話を、彼は依教奉行(教えにもとづき行動すること)しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に私たちに、「もし『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七)』の条件に基づいて自分の行為を検査しないのなら、仏弟子と呼ばれる資格があるだろうか?」と言われた。旧道場にいる時、リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて詳しく『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七)』を説かれたことがあった。こんなにも長い間、道場は2004年に設立され、リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれる仏法は明らかにただ一つだけである。だが、彼の心には自分の考えがあり、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう説かれた。「皆は自分に有利なことしかせず、自分に役立つものしか聞き入れず、依教奉行(教えに基づいて行動すること)をしていない。

彼は、法会に参加し始めた頃、アキ仏母の仏像写真があったことを覚えている。それは現在、弟子たちが受け取ることのできる御写真だ。その当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会で、アキの仏像写真を弟子一人一人に配布すると発表された。だが、法会が終わってから、彼は自分の考えで処理したため、法会後に御写真を配布した時、質が変わっていた。御写真のコストが高いので、一家に一枚でいいのではないかと言う者がいた。その結果、全体の質が変わってしまった。それにより、御写真返却事件が起きた。2ヶ月後、ある弟子の一家が数枚の御写真を持って来て返却した。その当時、リンチェンドルジェ・リンポチェはこうお尋ねになった。「なぜ御写真を返却するのか?」その場でこの事を承認し責任をとる弟子はいなかった。そこで、リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに法座をおりられ、「この件がはっきりとしないのであれば、今から法座にはあがらない」と言われた。

彼の自分一人の独り善がりの考えによって、今後、無数の衆生のための法会がなくなるところだった。リンチェンドルジェ・リンポチェが行く場所の六道衆生はすべて済度される。それは、彼の過ちによって、すべての法会が停止される危機に面した。彼はその当時、リンチェンドルジェ・リンポチェが関連人員を旧道場に召集して会議を開き、この事が発生した経過を尋ねられたことを覚えている。だが、皆は理由を答えられなかった。突然、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の方を向いて「あなたが説明しなさい」と言われた。その時、彼は号泣し、自分が依教奉行(教えに基づいて行動すること)していなかったことによると感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェの説かれたことを実行せず、自分の考えによって一家族一枚にさせたので、御写真返却事件が起きたのだった。彼は全ての過ちは自分にあることを認め、リンチェンドルジェ・リンポチェに自分を追い出すことを願い、リンチェンドルジェ・リンポチェが続けて衆生を利益されることを願った。

こんなにも長い時を隔てていたが、今日彼は、また同じ過ちを犯した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子になる資格がないことを自ら認めた。彼は全ての事を、ただ自分がいいと思うことだけ、正しいと思うことだけをして、上師がどこにいるかを気に留めなかった。彼はまったくリンチェンドルジェ・リンポチェを尊重しておらず、上師に対して少しの恭敬心もなかった。彼は、リンチェンドルジェ・リンポチェが説かれることは表面的に行い、表面では恭敬しているようであるが、内心ではずっと抵抗していて、やはり自分の考えと悪習によって物事を行ない、上師の教えられる仏法をすっかり忘れていた。

彼は以前、トルマ製作を学ぶ時、リンチェンドルジェ・リンポチェはナンジュ・ケンポスに弟子たちを教えていただくよう手配した。その当時、彼らは旧道場から足を覆う布を持って来て、トルマ製作を学ぶ室内の床に敷いた。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェはこれを見て、法会の中で何度も叱責した。足を覆う布は道場の備品である。あなたたちは金剛地獄に堕ちたいのか?いい加減に物事を行なっている。なぜ自分の家のシーツを持って来て敷かないのか?なぜ、道場の足を覆う布を床に敷くのか?

彼はどんな事をするにも、すべて自分がいいと思った方法で処理していた。どれほどの悪を犯したかについて考えることはまったくなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの厳しい叱責と処罰がなかったなら、彼も自分が過ちを犯したことを知らなかった。また、リンチェンドルジェ・リンポチェのような教えがあったとしても、この期間彼はやはり改めず、同じように物事を処理していた。彼は皈依した時、リンチェンドルジェ・リンポチェは、「諸悪莫作」と教えられた。彼が為した悪の数は数えられないほどで、やはり悪を続けていた。教えられた「衆善奉行」について、彼はどんな善事を行なったのだろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつてこう説かれていた。私たちには善事を行なう能力はない。上師の教えと導きがないのであれば、弟子は法会に参加し続けることもできず、仏法を学ぶ道で少しの福徳を積むことはできない。だが彼は過去を振り返ってみたが、これらの福徳はいい加減で、指を弾く短い時間になした悪によってなくなってしまう。このようであったなら、彼はどうやって生死輪迴を解脱できるのか?今日、もしリンチェンドルジェ・リンポチェがいなかったなら、彼は自分が犯した悪を抑えることはまったくできず、必ず勝手気ままに行ない、悪を発芽させ、成長させてしまったことだろう。もし彼がリンチェンドルジェ・リンポチェの教えを聞いて自分をしっかり改め、貪、嗔、痴等の悪を改めることをしないなら、現世において自分が地獄の中で輪迴するのを見ることだろう。

初期の頃、リンチェンドルジェ・リンポチェの法テープはVCD録音製であったが、その後DVDとなった。その当時、皆に先ず登録させたのは、DVD作製には時間と数量が必要であったからで、一組毎に登録が済んだ後に報告をさせた。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェによってDVDの価格が公表されたが、もともとVCD製作は比較的低価格でできたのだが、価格のために多くの弟子が先の登録数量を変更した。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子たちにはDVDを売らないと言われた。彼もそのうちの一人だった。彼らは何も考えずに承知した事を行なおうとし、さらには怨親者にしっかり仏法を学ぶこと、輪迴から解脱することを約束してこそ、彼らも済度されるのだ。この小さな所から理解されるように、彼は約束さえもできなかった。仏法を学び、人として物事を行なう方面でも通常、約束することはできないのに、どのようにして輪廻から解脱できるのであろうか?

SARSの期間中、リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちに護輪を授けられ、各組で数量を統計するよう指示された。その当時、彼は第六組を担当していたが、報告の時間になっても回答しなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは護輪を配布するために、数量を知りたがっていたのだが、これではどのように準備したらよいのだろうか?だが、彼は依然として自分に固執し、衆生の事を後回しにし、自分の事を先に考えた。よって、法会中に護輪を配布した時、弟子の皆が受け取ったのに、彼のその組だけが、彼の勝手な行為のために全員受け取れず、残ったものを並んで受け取っていた。彼はこれにより、罰せられて法会に参加できず、道場の外に追い出された。その時、彼は法務の事をしなければならず、丸々1年の間すべき事をしてから、道場の外でリンチェンドルジェ・リンポチェを恭しく待った。

リンチェンドルジェ・リンポチェは通常こう説かれた。仏法を学ぶ道で、もし資糧が足りないのなら、本当に修行を続けられない。リンチェンドルジェ・リンポチェがこんなにも沢山の法会を行う目的は、皆にほんの少しの福徳を迅速に積ませ、仏法を学ぶ道での障礙を減らすことにある。だが、彼がなす事でほんの少しの福徳を積む事は難しく、再び悪を始めた。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもこう説いている。供養がないなら福徳もない。金銭の問題ではなく、心が正しくないという問題だ。恭敬しないならどこから福徳が来るのか?しかし、私たちはおろそかにしがちだ。ただ表面だけの恭敬で、上師の教える事をしていなかった。上師の語る一言一言の心遣いを深く思考しなかった。どのように改めるべきかを私たちに教えられていたのであるが、彼はこれを受け入れなかった。

彼は自分の独りよがり、自分勝手、深く根を下ろしている悪習により、物事を行なう際に敬う気持ちがなかった。ひいてはリンチェンドルジェ・リンポチェの教えられる修行の儀軌、真言を唱える等を、彼はやったりやらなかったりで、数字を集めればそれでOKだと思っていた。または、拝むだけ、加護を求める心であった。リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も説かれたことがある。教えるべき仏法はすべて教えた。やるかやらないかはあなたたちが自分で決めることだ。上師がしっかり監督していないなら、彼はどうやってこれらの宿題を行なうことができるのか?

この時、弟子の一人が手を挙げて発言をし指摘された。先ほどは主に、法務担当の弟子が間違いを犯した事について聞きましたが、彼はどうすべきか、どう改めたらよいのかについては聞いていません。リンチェンドルジェ・リンポチェは過ちを認めることは必ずしも修行ではなく、懺悔しなければならないと教えられた。懺悔はどこから改めたらよいのかを知ること、或いは、彼がいい間違うのを恐れたり、言う勇気がないことを含む。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼に、学んだ仏法についてを公に語るよう指示されたのであって、過ちを認めることではなかった。そこで、やはり彼に話してもらった。リンチェンドルジェ・リンポチェは、どのように改めるのか?どこを改めるのか?についてを皆に教えている。

続いて、法務担当の弟子は、この弟子に間違いを正されたことを感謝し、発言を続けた。

リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法を説かれる意図は、私たちが聞き入れた後に、自分の悪習と誤った箇所を改めさせることにある。週末に上師の教えを聴いて、帰ってから、仕事をしている時にこれらを忘れることではない。仏法を学ぶ際には、毎日自分を反省しなければならない。さきほど発言した兄弟子は過ちをどのように改めるかを説明するよう言った。彼はその兄弟子の指摘に感謝し、自分の通常の反省の外、それぞれの兄弟子による催促が必要であり、彼のどこが正しくないのか及びその過ちを直接指摘して欲しいと語った。彼が物事を行う時、そのやり方は自分が正しいと思う方法で実行され、実行する際に他の人を傷つけることがないかどうかを考えることはなく、起心動念はすべて自分のためであった。

彼は皈依して18年であったが、犯した過ちも非常に多かった。先ほど語った例も、彼が法務をしている時に、自分の考えで物事を行なっていることを表していた。上師を一番最初に置いて敬うことがなかった。前で彼が取り上げていたが、外で何かを行なう際には、やはり社長に報告をしなければならない。これと意味は同じだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こう教えられたことがあった。「仏法、法務と関係のある一切を上師に報告してから実行すること」と。今日この事が発生したのは、彼がこの事を行なう前に、リンチェンドルジェ・リンポチェに先に報告せず、トルマ組の兄弟子に軽率に見積もりしてもらったからだ。彼が後の果をよく考えずに物事を行ない、正しいと思って彼らに実行させた。

そのうち最も重要な内容は、理事長が話されたとおり、上師がまだいるのに先に実行して事後報告したことであり、上師を眼中に入れておらず、尊重していなかった。これは非常に厳しい事である。彼にはなぜ、このような動作が出現するのだろうか。通常仕事をしている時、すでにこのような悪習を育てている。よって、ある事が自分に回ってきた時、彼はこのような方法で処理をし、用意周到さ慎重さを考えず、仏法を学ぶ道でも同じであった。

この時、ある弟子が指摘した。「まだやろうとする前にリンチェンドルジェ・リンポチェに指示を求めるべきだ」と。

法務担当の弟子は、指示を仰がずに、代表して彼が自分で決めたことを認めた。そこで、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう指示した。そのようであるなら、彼を法座に上らせて説法させよう。彼の心の中には上師はおらず、自分だけであるのだから。これは非常に深刻、非常に深刻な事だ。彼は過ちを犯したのに自分で分からなかった。

この時、ある弟子が指摘した。「彼女はさきほど法務担当の弟子が「尊重」に言及したことを聞いた。先輩には基本的な尊重が必要である。だが、数週間前に法会の中でリンチェンドルジェ・リンポチェが説かれたのは上師に対する「恭敬」である。彼女が聴いたのは、上師に対して完全に投降することであり、自分の考えがなく、完全に上師に投降することである。これが今回の事件の重点ではないのか?

法務担当の弟子は、この弟子の指摘に感謝した。確かにこのようである。上師を恭敬しないなら供養もない。供養がないのなら、福徳はどこから来るのか?リンチェンドルジェ・リンポチェは通常こう説かれた。「皆は完全に投降しているのか?彼は18年もの間、やはり投降していなかった。上師の説かれる話を行なわなかった。半分したかもしれない。残りの半分は自分の考えだ。

この時、ある弟子が指摘した。彼は法務担当の弟子がずっと過ちを認め懺悔するのを聞いた。だが改める部分は、彼が自分には恭敬心がなく、成し遂げられず、懺悔心がないと言うのを聞いただけだった。彼は法務担当の弟子には福徳がないのではなく、福徳は非常にあったが、彼は道場で上師に恭敬し、離れた後に改められないのではなく、本当の福徳がたくさんあったので、離れた後も通常はうまくいっていたので改めなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは通常、皆にいかに改めるかどうかを説かれていた。たとえば無常観、因縁観、因果を信じること、もしこれらを一つ一つ実行できたなら、恭敬心を高められるはずだ。通常のリンチェンドルジェ・リンポチェの説法に基づいて、恭敬心を起こさなければならない。もし、これらの方法と流れを用いないのなら、別の方法で上師への恭敬を実行することができる。だが、先ほどの法務担当の兄弟子の発言の時、この部分をまったく取り上げていなかった。それは、通常は福徳が足りないのではなく、福徳が非常に大きいことを示している。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘を認め感謝した。これは確かに彼の大きな問題点だった。リンチェンドルジェ・リンポチェも嘗て、問題は彼の傲慢な心にあると説かれたことがあった。彼は自分が近くで法務の事を行っている時は沢山のことを学んでいると思っていた。法会後帰ると、全てを横に置いて、自分は福徳があると思い込んだ。彼は確かに心の奥底にこのような考えがあった。よって、自分が毎日、上師の教えられる仏法を実行しているかについて、徹底的に反省して思惟することはなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こう説かれていた。「傲慢、高慢な心は仏法を学ぶ道で非常に深刻な障礙となる。もし改めようとせず、現状に満足して直さないなら、日も夜も続けてこのような悪習が自然に現れることになる。

弟子の一人が指摘した。さきほど法務担当の兄弟子が自分の仕事の態度を改めようとしないことに触れたが、彼は改めようとしないのではないと思っている。それは高慢ゆえに上師を眼中に入れず、思い上がった事をしてしまうのだ。

寶吉祥の弟子のベストを回収された信徒の一人が発言した。恭敬心の面で、リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、何度も皆の注意を促していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは尊き直貢チェツァン法王のためならどんな事もする。計画ができたなら、必ず直貢チェツァン法王に報告してから実行する。リンチェンドルジェ・リンポチェの仕事は必ず私たちよりも詳しく、精確である。しかし、直貢チェツァン法王が同意してから行動する。法務担当の兄弟子のその時の計画もかなり完璧であった。だが、恭敬心という面からみて、リンチェンドルジェ・リンポチェのように、上師に報告してから行なうべきであった。私たちは到底、上師ではないので、法という面からみれば絶対に上師の注意深さ及び完璧さには及ばない。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝し、確かにこのようであることを示した。彼はどの物事を行なう時にも上師を心の中に入れず、自分が正しいと思う方法で行い、恭敬心がなく、自然に間違いを起こしやすかった。先ほど、この兄弟子が説かれたとおり、リンチェンドルジェ・リンポチェは尊き直貢チェツァン法王に対して、非常に小さな事であっても、上師に指示を仰ぎ、上師の同意後に実行した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの傍らについて、皈依してこんなにも長く、法務を担当している。実際には自分が担当だとは言う資格はない。上師でないなら、彼にこのようなほんの僅かの因縁福徳を積ませることはできない、なぜ上師の傍らにいることができるのか?

こんなにも長い間、彼は自分の行なう事すべてに恭敬心が不足していることに気付いていた。いつもリンチェンドルジェ・リンポチェに叱責され、これもまたリンチェンドルジェ・リンポチェの教えであり、仏法を学ぶ道で苦労を厭わずに弟子を導いてくださった。しかし、彼は依教奉行(教えに基づき行動する)しないので、繰り返し間違いを犯している。上師は毎回法会の中で皆に『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七頌)』を唱えさせているが、彼は唱えたらそれで終わり、自分を検討するために用いたことはなく、ただ皆について唱えたら終わりだった。

この時、弟子の一人が指摘した。「法務担当の兄弟子が『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七頌)』について話す時、いつも『仏子行三十七』と言っているのを彼女は聞いた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、いかなる経典を取り上げる時もいつも完全な名称をいい、今まで略称を使ったことがないのを彼女は知っていた。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝し、認めた。それは、彼は心の中で仏法を尊重していなかったので、自然とこのように言ってしまったのだ。完全な事を述べるべきであり、半分だけを語るだけではいけない。毎回法会の中で『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七頌)』を唱え終わった後、彼は自己反省をしているのだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは嘗てこう説かれたことがある。「もし『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七頌)』さえも実行できないのなら、仏弟子になる資格がどこにあるのだろうか。ただ一人の信徒というだけだ。現在まで、彼はやはりただの一人の信徒であるが、彼は『37の菩薩の実践(中国語:仏子行三十七頌)』中のそれぞれの項目に基づいて自己反省しなかったので、長期的にどの事をする時も、上師の教えられた事を頭に入れず、自分の考えた方法で物事を行なった。よって、簡単に間違いを犯しやすかったのだ。彼は今日ここで、上師、諸仏、諸菩薩、直貢チェツァン法王の御前に跪き、兄弟子たちと大徳に対して深く懺悔をした。

この時、一人の弟子が指摘した。「リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも懺悔の重要性を説かれ、皆に素晴らしい場所を与えられ、法会の前に弟子に発露懺悔させている。最近彼女は、他の弟子の懺悔は非常に重要だと感じていた。それは、私たちは往往にして自分の問題を発見できないからだ。彼女は、公式サイトの法会開示を見て、本当に重要であることに気付いた。それは、別の兄弟子が自分の問題について懺悔している時、私たちも自分の問題について反省できる。私たちはいつも自分は正しいと思っているが、自分が知らない間に犯した多くの過ちを見ることはできない。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェが皆に与えられた法会開示から、最近彼女は突然に別の兄弟子の懺悔から自分の問題を反省できた。彼女は、私たちの問題はリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示をいつも見ておらず、リンチェンドルジェ・リンポチェの話を心に刻み付けていないことにあると感じた。毎日、如実に懺悔すべきだ。一つの出来事の発生は偶然ではない。知らない間に多くの悪を行なって出てきたものだ。一つの点ではなく面全体である。よって、私たちはずっと罪を犯し続けている。心の奥底で懺悔していないからだ。

法務担当の弟子はこの兄弟子に感謝をし、話を認めた。兄弟子の言われた問題は、確かに彼の問題だった。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に小さな悪も作ってはならないと説かれている。多くの物事はすべて小さな悪から始まる。彼はこの習慣を育て、繰り返し累積し、爆発して間違った事を行なった。

この時、一人の弟子が指摘した。「先ほど、ベストを回収された兄弟子が発言した後、法務担当の兄弟子は間違った字を用いた」。兄弟子は、法務担当の兄弟子は、兄弟子に対して「説法」できないことを皆に示した。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝し、それを認めた。

別の弟子が指摘した。先程の法務担当の兄弟子は、「自分で決定し、上師に指示を仰がなかった」と言った。彼女は、これは私たちが往往にして「自分は知っている」と思っているので、指示を仰がないのだと言った。リンチェンドルジェ・リンポチェはこう説かれたことがある。「私たちはどんな事を行なうにも、重要なことは、自分の起心動念が誰のためなのかを先ず考え、自分で決定するのではない。私たちは自分が知っていると思っていて、非常に傲慢で、自分は何でも知っていると思っていて、長く学べば学ぶほど理解でき、自分はこの事について皆知っていると思っている。

法務担当の弟子は、この兄弟子の指摘に感謝し、それを認めた。彼は、自分を改めていなかったので、言語、動作の上で傲慢な心を顕し、兄弟子それぞれが彼の過ちを指摘してくれることを望んだ。また、彼は自分も必ず懺悔する決意をし、リンチェンドルジェ・リンポチェの教える全ての事によって自己の心の奥底の世界を反省しようとした。以前と同じように自分勝手な気持ちで物事を行なってはならない。

この時、弟子の一人が発言した。皆は注意して法務担当の兄弟子の発言を聞き、彼女はまずその前に聞いたことを話した。第一に、兄弟子は先の話の中で「法会に走り回った」と言った。それを聞いた時に不適当であると感じた。それは、法会は仏法であり、非常に貴重なものなので、「走り回る」という言葉は使うべきでなく、「行なう(開催する)」と言うべきだからだ。法会は非常に殊勝で有り難いものであり、リンチェンドルジェ・リンポチェが私たちにくれるものは殊に貴重な法だ。よって、彼女はこのようにするのが適当だと感じた。また、彼は皆からの指摘を望むと言っていたが、実は、上師は私たちに仏法を教えていて、私たち一人一人が、毎日毎秒、仏法を心の中において、日常生活の中におくことを望まれているので、他人に気付かせてもらうのではなく、私たち自身が自分に注意を与えなければならないのだ。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝を表し、それを認めた。本当に自分の心の中に極端に誤った考えがあり、普段の悪習が引き起こしたことを認めたのだ。

もう一人の弟子が指摘した。「自分は非常に慙愧の念にかられている。それは、自分も沢山の過ちを犯しているからだ。さきほど、法務担当の兄弟子が「供養しないと福徳はない」と言っているのを何度も聞いたが、実はリンチェンドルジェ・リンポチェはかつて、真心からの供養を説いている。彼にもう一度説明してもらえないだろうか?

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝し、それを認めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは常にこう説かれている。「供養とは心からでなければならない。単に金銭の供養だけを指すのではない。それは、自分の心から行なう事が他人を考えたことなのかを含む。自分がよかれと供養をするのではない」。

別の弟子が指摘した。先ほど法務担当の兄弟子が話した間違いは、実は皆も犯している。だから、彼の分かち合いには非常に感謝している。彼女は、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に発言するよう指示された。一つの重点は「金剛杵は儀軌の一部分」に属することにあると考えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて、「いかなる仏法の事もすべて、尊き直貢チェツァン法王に教えを請う」と説かれたことがある。よって、儀軌の事については、私たちが自分でどのくらい理解しているのかに拘らず、仏法の事であるなら、すべてリンチェンドルジェ・リンポチェに指示を仰ぐなければならない。それは、私たちが上師の果位まで修していないからだ。以前、ある外国人の弟子には言語の隔たりがあったため、土曜日にリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求め、リンチェンドルジェ・リンポチェにどのようにアキ護法を修すべきかの指示を求めた。私たちは長い間ここにいるので、仏法をすべて理解したはずだと思っているのではないか?毎年の大法会および祖師・ジッテン・サムゴン記念大法会では、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず尊き直貢チェツァン法王の許可を求め、許可をいただいてから初めて執り行う。これは、リンチェンドルジェ・リンポチェが仏法と直貢チェツァン法王を敬っているからである。もし、私たちが仏法と上師を十分に敬っているなら、仏法に関するいかなる事も上師の指示を仰ぐはずだ。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝をし、それを認めた。先ほど彼は、自分の心の中の思いが間違っていたので、年月を経て表現された事には、まったく上師への恭敬がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェもまた、この弟子の語ったこの内容について説かれ、彼が法務を担当する事は、上師に指示を求めるべきで、どんな些細な事でも上師に指示を求めてこそ引き続き行なえる。彼は今日、この過失を犯した。それは、まったく上師を敬っていなかったからだ。これは些細な事だと思ったので、こんなにも大きな悪業を犯してしまった。これも彼が通常、毎日深く自己反省をしていなかったからだ。

この時、弟子の一人が指摘した。実は法務担当の兄弟子が「懺」と語るのをずっと聞いているが、「悔」とは言っていない。彼は恭敬心が不足していることに言及したが、なぜ恭敬心が十分でなく、不足しているのかを考えてはいない。彼が自分は上師を心の中に入れていないと言うのを聞いたが、なぜ上師を心の中に入れていなかったのかは聞いていない。これは因と果の問題だ。上師を心に入れていないのは因でもあり果でもある。輪迴の過失について恐怖心がなく、人生の無常を知らないため、法を求める心がない。法を求める心が不足しているので、上師を心に入れていないのだ。さらに、人生を非常に快適に生きていて、法を求める心が起きない。だから、彼は本当に通常の福徳が十分なのだ。ここでの修行は、リンチェンドルジェ・リンポチェの偉大な威徳力によって過ちを犯そうとは思わないが、普段の福徳のある環境に戻ると、これらの事を軽視してしまう。もし、彼が法に随って修行し、慈悲心をもち、自我が減ったなら、恭敬心が増えるはずだ。自分に少し少なく、他人に少し多く。彼はなぜ18年、このような過ちを犯したのか?それは、彼はその過程の中で輪迴の過失を恐れることがなく、必ず生死輪迴から解脱する大きな決意をしていなかったからだ。

法務担当の弟子はこの兄弟子の指摘に感謝し、それを認めた。

もう一人の弟子が指摘した。法務担当の弟子の話を聞いて、彼女自身も容易に過ちを犯すが、上師が私たちを導いてくれている。他でもなく、さきほどの弟子の分かち合いのように、私たちは皆、自分は因果を信じていると思っているが、確実な理解や因果を実践してはいない。これは、私たちがより強化する必要のあることだ。因果を深く思惟し、根付かせて、実践しなければならない。

法務担当の弟子はこの弟子の指摘に感謝し、それぞれの弟子の指摘したことはすべて、彼が実行できなかった事、及び彼が常に犯している過ちであると述べた。彼は、ここで跪きしっかりと懺悔できる因縁と機会が持てたことをリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。さきほどの弟子の一人が言及した「彼はただ「懺」をしているだけで「悔」をしていない」ことについて、リンチェンドルジェ・リンポチェは普段、「悔」とは今からに度々犯さないことだと説かれている。彼は過ちを知っているだけで、改めることをしなかったので無駄骨だった。ひいては、自分がどんな過ちをしたのかも分からないのは、さらに酷いことだ。彼は確かに法会後にしっかり自己反省をしておらず、自分の行為を改めておらず、リンチェンドルジェ・リンポチェが言い付けたことをしっかり行なっていなかった。よって、慈悲心が現れることなく、それをゆっくりと育てることもできなかった。どんな事をするにも思い上がって行うので、間違いを犯しやすかった。

通常、上師の教える仏法を生活の中に用いて毎日反省することもなかったので、これらの悪習は年月を経てもやはり存在し、減ることはなかった。彼自身はやはり傲慢な気持ちで、自分で何かを少し行なっただけで偉いと思ってしまった。もし、上師の教えがないなら、彼は他に何ができるのだろうか?何もできないだろう!彼は18年来の仏法を学ぶ悪習を打破し、ここに跪いて上師と諸々の仏菩薩に懺悔をし、その他の兄弟子のアドバイスを受け入れ、その他の兄弟子が見た、即ち彼の心の世界が犯した過ちをしっかりと改められる。彼は行為、言葉での過ちにかかわらず、心でどう思ったかによって実行している。よってさきほどのそれぞれの兄弟子の指摘は、彼の心の内に存在する問題を表しているので、彼はそれぞれの兄弟子の教えを受けなければならない。

時間が来たので、法務担当の弟子の発言はここまでとする。続いて、法務組の他の弟子たちの発言に移る。

一人目の法務組の弟子はこう発言した。「彼は皈依して既に13年余りだ。法務担当の兄弟子が言及されたように、多くの事を彼らはずっと間違ってきた。これには、今回の金剛杵及び先日の法座の移動も含まれる。実際にはこれだけではない。これは全て、上師を尊重せず、恭敬しないことによる。多くの事はすべて法務担当の兄弟子に依って報告がなされる。彼は法務組で一緒に仕事をしている弟子であるが、報告をする兄弟子に注意を促すことを考えたことがなかったので、これも同じ過失となり、するべきでない事だ。彼は、していない事は何かと心を込めて見て、法務担当の兄弟子に注意を与えるべきであった。それは、法務担当の兄弟子はすることが沢山あるので、時には忘れてしまうからだ。他の法務組の弟子は分担して少しの仕事をしていたが、もし担当の弟子に注意を促さないなら、自分とは関わりのない事だと感じてしまう。これこそがより大きな過ちとなる。

以前彼が組長を担当していた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは何度も叱責された。彼は法務組の事は一度しか言わなかった。それは、言ったら終わりで、自分とは関わりのない事なので、言うだけでいいと考えていたからだった。彼の気持ちはずっとこんなふうだった。だから、仕事は永遠にうまくできなかった。このようであったので、上師を敬わず、依教奉行(教えに基づく行動)をせず、ずっと怠けていた。さきほど、アキの御像写真返却事件言及したについてが、彼もそのうちの一人であった。その当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らが道場へ行くことを指示し、丸々3時間も、どこに過ちがあるのかを彼らに教えられた。彼は、深く記憶し、永遠に忘れられない二つの法話がある。リンチェンドルジェ・リンポチェは、「あなたたちはこれらを小さな悪だからと思ってはならない。小さな悪は累積されて大きな悪となるのだ」と説かれた。『地蔵経』にはっきりと書かれているが、衆生はみな、小悪が積み重なって大悪となり地獄に堕ちることを、皆はわからず、永遠に過ちを犯し続けている。

以前、リンチェンドルジェ・リンポチェはこう説かれたことがある。「過ちは恐くないが、自分の過ちを知らないことが最も恐い」と。彼はこんなにも長い間皈依していて、沢山の事をしてきたが、ずっと過ちを犯している。2003年、新道場が設立され、空調工事を発注する時に金額が大きかったので、リンチェンドルジェ・リンポチェはこの事は彼がするようにと指示された。彼は指示に基づいて行なった。自分がする工事の経験から、金額は大きくないと思った。だから、直接4、5軒の見積もりを比較した。これは即ち、リンチェンドルジェ・リンポチェの立場に立って考えたのではなく、自分の考えで行なったことになる。

2人目の法務組の弟子が発言した。彼は今回の金剛杵の事を懺悔した。表面的には彼は順序に基づいて報告をしたようであり、上も彼がこのようにすることに同意した。ここから、彼の自分勝手な心の持ち様が見て取れる。すでに報告したと思っていて、この事に関わらなかった。この事に考えが行き届かない箇所はないかと細かく注意しなかった。この事から、彼がいつも心で上師を考えているのではないことが分かる。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつもみんなに、法会が終わったら、その日の説法をよく考えなさいと言っている。それは皆のためになるからだ。だが、彼はこの点を実行しなかった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こう説かれたことがある。「たくさんの法を弟子たちに伝えて修行させている。朝のために、六字大明咒を伝えた。これは、皆に、真言を唱えさせて、自分自身の身、口、意、及び言葉と行動がリンチェンドルジェ・リンポチェの教える仏法に符合するかに気をつけさせるためだった。夜はアキ護法を修持して、自分がその日に行なったことを検討させる」と。彼はこれらの教えを恭敬心をもって依教奉行することはなく、多くのことをした時の心はいつも清らかではなかった。

三人目の法務組の弟子が発言した。「彼はここで懺悔した。今回、彼が金剛杵を宝石店に持って行って見積もりした。彼は少し反省した。もともとこの事を法務担当の兄弟子に報告したので、この事について再び考えることはなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こう説かれた。「法に関するいかなる事も、先ず尊き直貢チェツァン法王に指示を求めた後に行なう。すでに長い間行なっている大法会でさえも、先ず指示を求める」。彼は三宝を恭敬せず、上師を恭敬せず、上師を最初に考えないことを自己反省した。多くの場合、いつでも自分の考えがある。自分の考えに基づいて完了すればよいと思う。だが、実際には責任を考えると、心の中で自分でこのように行なえば物事を完成させられると思う。このような考えは間違っているのだ。私たちの機根はこんなにも劣っている。もし、上師がいなかったら、根本的にどんな機根にもならない。もし上師の指導がなく、依教奉行(教えに基づく行動)をしなかったなら、実際に私たちはいつも過ちを犯すことになるだろう。

彼は以前、トルマ組でも過ちを犯したことがある。リンチェンドルジェ・リンポチェは道場の中で金銭の往来があってはならないと説いたことがある。だが彼はやはり共同積立金を支払った。リンチェンドルジェ・リンポチェは、海外の法会に行く時はショッピングしてはならないと話しているが、昨年彼はやはり自分の考えで、車掌にはもう注意してあると思っていたが、結果、やはり覚書に署名をして話を聞かなかった。今年の最初の大晦日も同じであった。リンチェンドルジェ・リンポチェはトルマを一つ作るよう言い付けた。その結果、作らなかった。さらに、リンチェンドルジェ・リンポチェを待たせる等、時間を浪費し、自らトルマを固定した。それは、トルマに問題が起きるのを心配したからだった。彼は心を使って思考しなかった。上師のために多く考えることをしなかった。これは全て間違いだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子に、いつも懺悔するように、毎日、自分の行為に過ちがあるかどうかを考えるよう指導されている。しかし、彼はしっかりと実行しなかった。皆には彼らを基本とするよう望まれ、彼は自分自身がもうできていると思っていた。だが、実際には多くの細かい箇所はよく考えていなかった。彼はここで懺悔し、以後、依教奉行(教えに基づいて行動すること)をし、二度と過ちを犯さず、しっかり上師について行なえるよう望んだ。

4人目の法務組の弟子が発言した。彼は初めてリンチェンドルジェ・リンポチェにお会いする前、リンチェンドルジェ・リンポチェは、大修行者に逢うことは非常に困難な事だと説いていた。彼は現在、法務組の一員として、リンチェンドルジェ・リンポチェに親しく近づく機会が数多くある。リンチェンドルジェ・リンポチェは上師に親しく近づくことを以前説かれていたが、法務組の弟子には上師の身近で用をする数多くの機会が与えられていた。また、仏法を学ぶ面で数多くの助けを受けていた。しかし、先ほどの兄弟子が話されたように、彼らはよく、言う勇気がなく、はっきりとせずに、いつも法務担当の兄弟子に損害を与えていた。彼は非常に恥しくなって慙愧し、非常に懺悔した。

彼は一つの例を挙げた。ある時、日本の道場にいる時、前の晩、法務組が儀軌について討論していた時に、彼は、法本の一部の奏楽が小さなシンバルであるのを見て、自分ではできると思い誇らしげだった。法会の当日、彼は小さなシンバルを手に持ち叩いた。するとすぐに、リンチェンドルジェ・リンポチェから指摘された。その時、彼の心には一つの考えが浮かび、上師が間違っているとさえ思ったのだ。法本上には小さなシンバルと書かれていたからだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは大きなシンバルを叩くよう教えられていた。このように、彼は上師をまったく恭敬せずに、最も基本的な恭敬さえも実行しなかった。彼はここで懺悔した。

5人目の法務組の弟子が発言した。彼は民国88年に皈依して、すでに15年が経っていた。皈依してからずっと、リンチェンドルジェ・リンポチェの近くに随っていたのに、自分がまだ改めておらず、やはり自分勝手で、依教奉行(教えに基づいて行動すること)していないことを懺悔した。今回の事は法務担当の弟子の事ではなく、全ての法務組の弟子の事であった。彼は聞かず問わず、自分のことではないと考え、自分が間違ったことをしなければそれでよいと思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは通常こう説かれていた。「人道が成れば、仏道も成る」。彼は非常に自分勝手で、軽率な人であった。仕事は細かい心配りができず、よく間違いを犯した。

リンチェンドルジェ・リンポチェは教派のために行なう全ての事を、必ず尊き直貢チェツァン法王に指示を求める。リンチェンドルジェ・リンポチェが行なう全ての事を、直貢チェツァン法王はとても安心している。それは、リンチェンドルジェ・リンポチェの心がとても繊細で、直貢チェツァン法王は基本的に心配することがなかったからだ。だが、彼はすること全てに過ちを犯した。彼の家族全員の生命、ビジネス、生活はすべてリンチェンドルジェ・リンポチェが面倒をみていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に、これをするようといつも指示していたが、彼はいつも間違いをしていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前彼にこう説かれた。「あなたは今、問題なく暮らしているので仏法を忘れてしまったのか?」彼には感謝の心もなければ、懺悔の心もない。リンチェンドルジェ・リンポチェは「直貢チェツァン法王にはいい弟子が一人いれば十分だ」といつも話されていたので、彼はその言葉を聞く度に、心が苦しくなった。彼は、直貢チェツァン法王に対するリンチェンドルジェ・リンポチェの心のようにはできなかったが、ただ何をする時にも、いつもリンチェンドルジェ・リンポチェがどのように直貢チェツァン法王に供養を捧げ、恭敬するのかを考えていた。

6人目の法務組の弟子が発言した。彼は皈依から現在まですでに7年になる。皈依したばかりの頃、彼は、リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを聴き、一分一秒すべての教えは自分の生活の中に応用できて非常に殊勝だと感じた。最初、彼は、自分の両親が法会に参加することを望んでいた。それは、リンチェンドルジェ・リンポチェは、菜食が慈悲の種を育てることができると説かれていたので、彼も両親が菜食できることを望んだからだ。この過程において、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの教えに基づいて適時自分の考え、行為、思いを検討していなかったので、両親は彼の変化が見えなかった。当然ながら、来ることもなく、菜食することもなかった。時がまだ来ていないのだと考え、彼にあまり夢中にならないようにとさえ言った。これは彼が懺悔すべきところだ。彼は、自分の考えや行動がリンチェンドルジェ・リンポチェの教えにしたがっているのか、依教奉行(教えに基づいて行動すること)であるかどうかを適時考えることはなかった。

数年前、リンチェンドルジェ・リンポチェはシーク教の招待を受けて法会を開かれた。その時、彼は護衛組の案内を担当した。ある時、リンチェンドルジェ・リンポチェが会場に到着した時、彼らは準備に忙しく、よく案内しなかった。その時彼もそのうちの一人であった。彼は上師をしっかり恭敬していなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェを適当な位置に案内することは彼が行なうのではなく、自分とは関係がないと思っていたことを、この場で、リンチェンドルジェ・リンポチェに懺悔した。彼が行なうどんな事も最初は自分のことを考えた。続けていった後、衆生に対するよくない影響がどれ程かを考えなかった。しかも、自己の利益を考え自分勝手であった。これらは彼が将来、しっかり改めなければならないことだった。

数週間前、リンチェンドルジェ・リンポチェは上師への恭敬について説かれた。「仮に、弟子が上師を適当でない」と考えるなら、必ず弟子自身の心が清らかでないのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に、リンチェンドルジェ・リンポチェ自身がどのように直貢チェツァン法王を敬っているのかを弟子たちに見せていた。直貢チェツァン法王が儀軌を始められる時、ひいては歩いている間も、リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも直貢チェツァン法王の細かい動作に注意を払っていた。並びに、適当な時に直貢チェツァン法王の必要とされる物を提供され、直貢チェツァン法王を非常に恭敬された。これらは皆、リンチェンドルジェ・リンポチェが模範を皆さんに見せているのだ。また、みんなにどのように、心を更に繊細にし、常に上師の一言一行に注意を払うのかを教えられた。これらは全て、リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子たちに与えた修行の法門である。

7人目の法務組の弟子が発言した。彼は皈依して7年余りが経っていた。「リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こう説かれたことがある。上師は、一切教法の源である。リンチェンドルジェ・リンポチェは完璧な恭敬をもって尊き直貢チェツァン法王に対し、完全に降参しておられる。しかも、仏法、儀軌に関わるものなら全て、直貢チェツァン法王に指示を仰ぐ。リンチェンドルジェ・リンポチェはすでに証果された大修行者、大リンポチェ、大菩薩である。だが、弟子である彼は実行できなかった。彼は自分には機根がなく、ほんの僅かも実践できないと思っていた。今回の金剛杵の事は、実は過去に法務組も同じ過ちを犯している。昨年、直貢チェツァン法王が訪台された時、法務組は自分勝手に、直貢チェツァン法王が道場を去る時に楽器を演奏するのだと思っていて、直貢チェツァン法王をお見送りするのだと思い込み、直貢チェツァン法王とリンチェンドルジェ・リンポチェによって止められ、その後、リンチェンドルジェ・リンポチェの叱責を受けたことがある。

その前、ヌバ・リンポチェが道場を訪れた時、法務組は自らリンチェンドルジェ・リンポチェの法座を移動し、リンチェンドルジェ・リンポチェの叱責を受けた。また、今年のお正月の時、彼は法会後にアキ護法のトルマをリンチェンドルジェ・リンポチェにお渡しするよう指示されたが、その結果、彼はこの事を実行するだけを考えていたので、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱責された。「今日持って行くよう言ったのか?」彼はまったく上師を敬わず、上師の話を聞かなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、こう説かれたことがある。「道場のどんな小さな物でも全て道場の物品であり、衆生のものだ。これらの物品を処理する時に、もしまったく気に掛けないなら地獄に堕ちる。彼は法務組の一員であったが、道場の事情には無関心でなにも聞かず、今回の金剛杵の事も意外なことに混然として知らず責任を持たなかった。彼は通常、仕事をする時は叱られたり、罰せられるのをいつも恐がっていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前お話しされたことがあるが、このような人は最悪で、彼は自分のこのような行為によって恐らく地獄に堕ちるだろうということを知っていた。

皈依の時、リンチェンドルジェ・リンポチェはかつてこう説かれたことがある。「リンチェンドルジェ・リンポチェが叱り更に叱っても、皆はやはり過ちを続ける。それは羞恥心がないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子を追い出し、仏法を教えないことができる。だが、上師はやはり、彼に法務組での仕事を続ける機会を与えてくれた。しかし、彼は間違いを繰り返し、多くの事に気付かなかった。ただ責任逃れだけを考え、ただ面倒だと感じていた。このような行為では地獄に堕ちる可能性がある。上師に対しても恥ずかしいことだ。

8人目の法務組の弟子が発言した。「今回犯した事は法務組全体の責任だ。ここで、彼も深く懺悔する。今回犯した過ちは上師を敬わず、心を尽くして上師に仕えず、道場の仕事を担当しても心を込めて行なわなかったことにある。リンチェンドルジェ・リンポチェは法に関する事について、100%間違いなく一切衆生を利益することであっても、やはり尊き直貢チェツァン法王に指示を求め、直貢チェツァン法王に許可された後に、リンチェンドルジェ・リンポチェは行なった。これこそがリンチェンドルジェ・リンポチェの直貢チェツァン法王に対する恭敬であり、弟子もこのようにリンチェンドルジェ・リンポチェに仕え、全ての仕事を担当すべきである。

仏法を学ぶには自分の心を改めなければならない。自分の弱い考えを改めなければならない。もし聞かれるのを恐れ、申し訳ないと思うのを恐れ、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られて罰せられるのを恐れるのは、改めたくないからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆への戒めを続ける。だが、弟子は同じ過ちを犯し続ける。本当に非常に機根の劣る弟子だ。リンチェンドルジェ・リンポチェは皆への戒めを続ける。道場の経費は衆生から来たものだ。絶対に誤用してはならない。もし上師に指示を仰がずに行ない、過ちを犯したなら、衆生を護持する経費を無駄に浪費し、生生世世返し続けなければならず、大きな悪業となる。よって、彼は本当に深く懺悔しなければならず、絶対にこのような過ちを二度と犯してはならない。

また、もし宝石店での見積もりの後に上師に指示を仰ぐなら、やはり、上師の事業体系の人件費を無駄に使ったことになる。リンチェンドルジェ・リンポチェの事業体系はすべて衆生を益する事業である。このように、任意にリンチェンドルジェ・リンポチェの資源を浪費することは、衆生に損失を与えることになる。さらには、金剛乗の弟子のすべての考えは上師の立場に立ち、上師のために考えるべきである。確認する前に宝石店に見積もりをしてもらい、最後にもしこのビジネスになっていないなら、上師との約束を違えることと同じだ。これは、金剛乗の弟子が慎重に行なわなければならない処である。この一切の悪、過ちを犯した源は上師に対する不敬だ。上師に対する恭敬は世間法におけるものとは異なり、上師に対してほんの少しも余裕を残さないで投降することにある。100%上師の教えに依止し、因果を深く信じ、輪迴の過失を恐れなければならない。

9人目の法務組の弟子が発言した。今日はここで、自分の過ちを検視する機会が与えられたことは、彼と皆にとってはとても良き事だ。自分の過ちに気付き改めることは、リンチェンドルジェ・リンポチェが私たちに行なわせる最も重要な事だ。私たちはいつも、自分がしている事は正しいと思っているが、実際に仏法の中で使う時、必ずしも正しくない。よって、法に関する事は、必ずリンチェンドルジェ・リンポチェに指示を仰がなくてはならない。たとえ緻密な計画を経ていても、やはり報告をリンチェンドルジェ・リンポチェに提出し、リンチェンドルジェ・リンポチェによって裁決していただかなければならない。

彼は例を挙げた。ある年、リンチェンドルジェ・リンポチェはネパールにいらっしゃり、尊き直貢チェツァン法王もまもなくネパールに到着するところだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは先に現場に着かれ、最初にした事は、懐中電灯を手にして直貢チェツァン法王の道筋を照らし、直貢チェツァン法王にゆったりした気持ちでホテル内のフラワーガーデンを参観していただいたことだった。リンチェンドルジェ・リンポチェは懐中電灯を持ち、詳細に道筋を見られた。この点から、直貢チェツァン法王に対するリンチェンドルジェ・リンポチェの恭敬心を知ることができる。しかもそれは心より溢れるものだった。もし弟子であるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェの身による教えと言葉による教えに気がつかずに、自分勝手に行なっているなら、自分の修行の道には少しも役に立たない。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子たちに学んだ仏法を毎日の生活の中に根付かせることを望まれた。だが、弟子は本当に実践しているのだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、一つの事を行う時、心中に深く恥じ入る気持ちがなければならない。この恥じ入る気持ちがあってこそ懺悔の心が起きる。だが、因果を受け入れ、澈底的に過ちを改めることができる。ある土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェが信徒に謁見されている時、彼は法務の書棚のガラスの扉を閉めなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを見られて、弟子の一人に扉を閉めていないという動作を指摘された。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれが間違っているとは言われなかったが、身をもって教える方法で、彼にどんな事をするにも必ず繊細な心が必要なのだと注意を促した。

10人目の法務組の弟子が発言した。リンチェンドルジェ・リンポチェは常にこう説かれている。ただ仏法と教法の事については尊き直貢チェツァン法王に指示を仰ぐ。今日の金剛杵の事では、私たちの思い上がりが示された。リンチェンドルジェ・リンポチェを心、目の中に入れておらず、まったく上師を尊重していない。これは私たちの過ちだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、「懺悔は自分の犯した過ちの結果に向き合い、受け入れ、永遠に犯さないことだ」と説かれている。

彼こそが、リンチェンドルジェ・リンポチェが以前説かれたことのある、インドの空港でリンチェンドルジェ・リンポチェにぶつかった“太っちょ”だ。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を叱責したが、彼は自分の過ちが分かっただけで何も懺悔せず、過ちはどこなのかが分からず、自分は間違ったことを知っただけだった。幸いなことに、リンチェンドルジェ・リンポチェはその後、慈悲深く説かれ、彼がした事が大きな悪業で、どれ程深刻なことなのかを理解させた。彼はその時、その事を終わらせることだけを考え、リンチェンドルジェ・リンポチェがどこにいるのかを考えなかった。その事を早く終わらせることだけを考えていた。

昨年、リンチェンドルジェ・リンポチェが土曜日に信徒に謁見された時、ある弟子がリンチェンドルジェ・リンポチェにタンカの開眼をお願いした。弟子が後を振り返って彼を見た時、彼はすぐにそのタンカを抱えて前に歩み出た。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に、「私は開眼すると言ったのか?彼はあなたの誰なのか?自分の現在の任務と仕事は何なのか?」と尋ねられた。彼のその時の仕事は信徒を案内し、リンチェンドルジェ・リンポチェとの謁見をスムーズにすることであり、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの一切の言動に注意するべきであった。これと彼が当時インドの空港で犯した事はまったく同じ過ちだった。これから少しも改めていないことが分かる。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、「随遇而安、随縁而過(遭遇しても心を落ち着け、縁に随えば過ぎる)」と説かれている。しかし、最も重要なのは後ろの一句だ。「千錯萬錯、都是自己的錯(千の過ち、万の過ちはすべて自分の過ち)」。彼はいつも、自分のした過ちを、何とかして他人になすり付けようとし、自分の過ちを隠して、いかなる責任や罰から逃れようとした。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも、「上司を批判してはならない」と説いている。だが、彼は仕事の場ではいつも同僚と共に自分の社長を批判していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こうも説かれていた。「仏法には、聞、思、修が必要である」と。だが、彼はまったく実践していなかった。

11人目の法務組の弟子が発言した。彼は今回の金剛杵の事について、心から深く懺悔した。先週、彼はこの事を知ってから、法務担当の兄弟子が処理するのだと思っていた。だから何の関心ももたず、誰かが処理するだろうと思っていた。法務担当の兄弟子が何も言い付けないので、彼も手伝ってそれを終わらせようとは思わなかった。ここから、彼は非常に自己の利益だけを考える勝手な人だということが理解される。彼は2005年7月に皈依して現在に至る。当時、初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求めた時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼にこう説かれた。「あなたが過去に学んだ仏法は全部間違いだ」と。その時、彼は非常に驚愕してどうしてなのかと考えた。皈依して9年の間、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの説法によって自己反省し、全ての事について彼は、自分の家族と友人を益できるかどうか、及び自分が損失を受けるのではないか、これと金剛乗の殊勝な仏法とが逆方向なのではないかと確かに考えていた。

リンチェンドルジェ・リンポチェは、衆生を利益するため、教派のため、尊き直貢チェツァン法王のため、いつも生命を顧みず、自分の時間はなく、自分のことを構わず一切衆生を利益されている。数年前、皆は、リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生のために連続4回のポワ法を修し、自分の命さえも失いそうになったことを知っている。2007年の閉関では、リンチェンドルジェ・リンポチェは衆生を利益するために、直貢チェツァン法王と教派のために、心拍が停止したこともある。リンチェンドルジェ・リンポチェは、自分の一切の身、口、意を尽くし、衆生の命を助ける。自分の命さえも惜しまず、最も殊勝な仏法を懇ろに皆に教え諭す。だが、私たちは本当に実践できない。ここで彼は、慙愧の念で穴があったら入りたいほどの恥しさを感じた。リンチェンドルジェ・リンポチェは私達に、毎日就寝前に、その日、仏弟子となる資格があったかどうかをよく考えるよう教えられていたが、彼はただ最初だけ教えを聞いただけだった。

12人目の法務組の弟子が発言した。彼は、ずっと同じ過ちを犯し続けているのに、自分には関係がないと思い、関心をもたなかったことを慙愧した。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に例を用いて弟子に説法され、他人の犯す過ちを私たち皆が犯していることを教えられた。彼は本当にこのようだと感じていた。前に別の兄弟子が取り上げた過ちを、彼も彼らと同じ過ちをすべて犯していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは、仏法を学ぶには、聞、思、修が必要であり、仏法を生活の上に応用することが必要だと教えられている。だが、彼はしばしば、数日で心がどこかへ行ってしまう。毎日の生活、貪、瞋、痴、慢、疑を忘れ、思い出した時また過ちを犯す。毎日、このように過ちを繰り返していた。

彼は皈依して9年余り経っていた。現在に至るまで彼は、時間が本当に足りないことを徐々に感じていた。彼は皈依したこの数年、自分の最も根本的な悪習さえも完全に取り除くことができなかった。毎日、意識があるかないかにかかわらず過ちを犯した。今回の事については、彼は自分とは関係ないこと、自分の事をしっかりやればそれでいいと思っていて、他の兄弟子に気配りをしなかった。彼は仏法を学ぶ上で自分の利益ばかりを考えていたからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは身をもって、言葉をもって教えられ、みんなにそれを見せている。だが彼は、やはり頑固に自分の習性に基づいて毎日生活を送っていることに慙愧した。

昨年彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに随いラダックでの法会に参加した。幸いにもリンチェンドルジェ・リンポチェは同じホテルに宿泊されていた。その日の夕食は全員揃ったが、彼だけが来なかった。彼はその時心の中で、通知を待っていればよい、これは彼とは関係のないことだからと思い、周囲のすべてを気に掛けず、上師を待たせた。

13人目の法務組の弟子が発言した。今回の金剛杵の事件に関して、彼はとても慙愧していた。それは、責任を負うことをとても恐れていて、責任を追うことを望まなかったからだ。自分の事と関係がないなら気に掛けなかった。この件について、彼は今日初めて知った。法務組の一員でありながら、彼は、他の人たちに協力を必要としている任務があるかどうかを気にとめなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、「叱られるのを恐れる者は心に悪念があり、教えを受け入れるのを望まない人だ」と語られたことがある。彼はこのようであった。いつも隠れられれば隠れ、避けられれば避けた。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて、「毎日、自分の思想、言葉、行為が仏弟子のようであるかを反省しなければならない」と説かれた。だが、彼はいつもやったりやらなかったり、疲れたら寝てしまい、完全に実践していなかった。なるほど、彼は仏法に対して恭敬心がないはずだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、「恭敬心の大切さ」を説かれた。仏法と関係のある事はいつも、尊き直貢チェツァン法王に指示を仰がれたが、彼はいつも思い上がって自分でこうすればいいと思い、まったく恭敬心がなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはいつも直貢チェツァン法王のことを考えられていたが、彼は自身の貪欲でどのようにすべきかを考えたので、いつも上師を傷つけ、衆生に影響を及ぼした。彼は通常、人生の無常について思惟せず、堅固な出離心もなく、上師の教えを努力して修習する機会を掌握せず、自分の行為と過ちを細かく改めようとせず、自然に起きる気持ちは間違っており、上師に対して恭敬心を起こすことができなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて「浄土への往生は三福を修すべきだと」と説かれたことがある。それは、師を恭敬すること、両親への親孝行だった。彼は両親に親孝行せず、両親に背き、上師に対して恭敬心がなく、即ち、下等の下等の機根であり、生死から解脱できない悪人だった。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつてこう説かれたことがある。「道場の物品は任意に使ったり損害を与えてはならない」と。だが、彼は仕事をする時にはリンチェンドルジェ・リンポチェの教えを考えることはなく、いつも道場の物品を浪費し、うっかりして損傷することさえもあった。注意深く仕事をおこなわなかったので、道場の物品を破損し続けた。

14人目の法務組の弟子が発言した。「今回の金剛杵事件については、表面的には法務担当の兄弟子個人の事のようであるが、この事は、彼が法務組の事を自分勝手に自己の利益を考えて行い、いつも自分とは関係のないことだと考え、法会での詳細をできる限り理解しようと努めなかったことが明らかだ」。彼はいつも自分を枠に閉じ込め、ある事に関しては自分がすべきであるが、他人の事は自分とは関係ないと考えていた。この事で明らかなことは、例えばリンチェンドルジェ・リンポチェは以前、尊き直貢チェツァン法王の事であるなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは細心の注意を払って行なうと説かれていたが、自分は、まったく気にかけず、自分とは無関係といった気持ちが現れていたのであった。この事から理解されることは、もし、法務担当の兄弟子がきちんと行なっていないなら、その他の法務組のメンバーは尽力して彼を助けるべきであり、彼にアドバイスをして、この事をなんとか完成させるようにすべきであったということだ。

彼はいつも、自分が多くの事をし終わったら自分とは無関係だと思っていた。傲慢に起因していた。彼は皈依前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼の過ちを指摘され、彼を傲慢だと言われたことがあった。彼は頭の中でいつもこの考えが浮かんでいた。いつでも自分を非常に重視していたので、他人の事を軽視し、或いは他人の過ちをよく見て、自分は何事もないと思い、起心動念(心を動かして生じる考え)はいつも他人の過失を見、自分は永遠に間違いはないと思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは常に「釈迦牟尼仏は地球に来られてから一つの事だけしかしていない、つまり、輪迴からいかに解脱するべきかを衆生に教え導いている。リンチェンドルジェ・リンポチェが教えられるのは輪迴からの解脱法門である。この方面において、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェがかつて説かれた「因果を恐れず、因果が彼を恐れる」者であった。彼は通常、多くの事をしていたが、あまり深く考えなかった。それは、因果を重視していないからだ。

15人目の法務組の弟子が発言した。最近リンチェンドルジェ・リンポチェはずっと上師に対する恭敬心について説かれている。彼はいつも心の中で自分の上師に対する恭敬心が十分であるかどうかを反省している。もし上師に対する恭敬心が不足しているなら、彼の信心も不足していて上師の法話を聞き入れられず、それに対応して無意識のうちに自分を変えることもなく、今回の法務組のような事件が発生する。それは、自分勝手で他者を思いやることもなく、上師の法話を完全に聞き入れていなかったからだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子に対する世話は、自分の子供に対するよりも心を込める。だが、彼の上師に対する恭敬心と、恩に報おうとする心はかえって足りなかった。彼はまだ皈依していない子供が事故を起こし、結果は、ただの軽いかすり傷だけで済んだ。彼の母親はリンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修法によって済度され、死に瀕した時何も恐れはなかった。昨年彼がラダックにいる時、ドライフルーツ事件が起きた。表面的にリンチェンドルジェ・リンポチェは彼を叱責したが、実際には供養心を教えていた。彼は他者との縁が本当によくなかった。この二日、リンチェンドルジェ・リンポチェが非常に苦労されて心を尽くしてくださることをようやく深く感じ取ることができた。

リンチェンドルジェ・リンポチェの大恩大徳に対し、彼は一切を犠牲にしても上師の恩に本当に報いなければならないと感じた。彼はずっと自分に警告していた。もしリンチェンドルジェ・リンポチェがいないなら、未来もない。上師を敬い、上師の話をよくきき、必ず上師の法話を心に深く刻まなくてはならない。人生には生老病死がある。死に瀕した時、上師がなくてはならず、上師に対して恭敬心がなくてはならず、信心が足りなくてもいけない。さらに加えて、上師の話を聞き入れてしっかり修行をし、依教奉行(教えに基づいて行動すること)をしなければならない。こうすれば今世を無駄に過ごすことはない。

16人目の法務組の弟子が発言した。彼は民国88年に皈依し、15年が経っていた。今日法務組で起きた金剛杵の事を、彼は法務組の一員として法務担当の兄弟子に注意を促さなかったので、やはり共犯であり、その結果はともに責任をとらなければならないと言った。当初、彼が法務組に入った時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に原因を尋ねられた。彼は「自分は大供養ができないので道場のために何かしたい」と答えた。その話を聞き終わった後、リンチェンドルジェ・リンポチェは法務組に加わることを同意された。

彼はどんな事をするにもその起心動念(心が生じ念が動くこと)は非常に重要だと考えていた。これは彼がリンチェンドルジェ・リンポチェに師事して今日に至った小さな感想だ。彼は自分がこの事を行なう時に戒律、因果に背いていないか、他者に申し訳ないことをしていないか、それは自分のためなのか皆のためなのか?をよく考えた。こうして初めて修行が始まった。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに師事して仏法を学んだのは、死を恐れていて、死の後にどこへ行きどんな状況なのかが分からなかったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは「法会に参加してみなさい!」と言ってくださり、彼は、リンチェンドルジェ・リンポチェについて一歩一歩段階的に仏法を学んでいる。

先ほどの兄弟子たちは因果を信じる、親孝行、師を尊重する、五戒十善を守ることに言及されたが、これは単に人としての根本であり、実行できたなら、来世も恐らく人身であろう。以前、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに教えを求めた。「なぜ私たちはリンチェンドルジェ・リンポチェが恐いのか?」リンチェンドルジェ・リンポチェは「あなたたちは私の目の前と背後でしている事が違うからだ」と答えられたので、彼はその日、リンチェンドルジェ・リンポチェにこう言った。「自分は最近、以前よりもリンチェンドルジェ・リンポチェを恐いと思わなくなりました」と。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに恐ろしい金剛相を現わして「なに!私がこわくないのか?」と言われたので、彼は「やはりこわいです」と答えられた。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェの問い詰めや叱責の中には怒りや恨みの心はなかった。叱責されてはいたが、リンチェンドルジェ・リンポチェの心は皆のためにあることを知っていた。

ある時、彼は曹渓寺でリンチェンドルジェ・リンポチェとお茶を飲んでいた。リンチェンドルジェ・リンポチェが彼に「トイレはどこか」と尋ねられると、指でさして「あそこです」と答えた。リンチェンドルジェ・リンポチェはすぐに叱責した。「あなたは公的機関で働いているのに、媚び諂って私を連れて行くことはしないのか」。彼は本当に媚び諂うことはなかったが、その後、急いで前へ行ってリンチェンドルジェ・リンポチェを案内した。これこそが私たちとリンチェンドルジェ・リンポチェの差だ。それは、リンチェンドルジェ・リンポチェは心を込めて尊き直貢チェツァン法王のお世話をし、どんな事をするにも直貢チェツァン法王のことを考えておられたのだ。

17人目の法務組の弟子が発言した。彼は2003年に皈依していた。今日発生した金剛杵事件は、法務組全体に過ちがあったと考え、自分の過ちを検視する機会を与えてくださったリンチェンドルジェ・リンポチェに心より感謝した。まず、彼は自分は上師を恭敬していなかったことを認めた。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前こう説かれたことがある。法会が開かれる時は、第何年目に開かれるかに拘わらず、必ず尊き直貢チェツァン法王に開いていいかどうかの指示を仰がなくてはならない。法会または弟子を連れて海外の法会に参加することすべてを、まず直貢チェツァン法王にお伺いする。これはリンチェンドルジェ・リンポチェが表現される恭敬心であるが、私たちは実践できない。リンチェンドルジェ・リンポチェも直貢チェツァン法王に対する細かな心遣いを示されるが、これは、リンチェンドルジェ・リンポチェの物事に対する一貫性と修行による成果なのだ。

彼は一つの例を挙げた。昨年、尊き直貢チェツァン法王が寶吉祥仏法センターを訪れられる以前、リンチェンドルジェ・リンポチェは法務組が予定していた時間よりもずっと早くに道場に到着され、自ら会場の装飾とセッティングを指揮された。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは法本を一冊準備するよう伝えられたが、事前に準備しておかなかったので倉庫に探しに行った。彼は振り向くと、後ろに立っているリンチェンドルジェ・リンポチェに気付いた。その時の気持ちは慙愧心と羞恥心だった。それは、一つに、リンチェンドルジェ・リンポチェは直貢チェツァン法王のために、自ら倉庫に監督に来られたこと。二つに、その時倉庫は滅茶苦茶で、床には開封された包装と紙袋が捨てられており、リンチェンドルジェ・リンポチェにこのような環境の中を歩かせなければならなかったからだ。これはいずれも法務組の不注意によってもたらされたものだった。また、彼は、これは自分が常に因果を思惟しておらず生死輪迴を解脱する心がないことにより犯された過ちだと感じていた。

彼は法務組で倉庫物品の管理を担当していた。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前、「道場の物品を自分で使ってはならない。道場の物品はすべて衆生のお金だから、もし濫用、毀損したなら、衆生のお金を無駄にし、衆生に損失を与えたことになるので、恐らく地獄に堕ちることになる。彼が倉庫管理をしている時、リストを明確にしていなかったので、法会に使う物品が見つからないことがよくあり、必ず改めて申請する必要があった。これは全て、道場の物品を自分勝手に使ったからだ。リンチェンドルジェ・リンポチェの教えを思惟していないことにもなる。

三番目に、彼は、法務をする際の心のあり方に問題があると感じた。自分の事をしっかりやればそれでいいと思い、責任をとらず、よく責任をその他の兄弟子に押し付けたり、法務担当の兄弟子に報告させていた。彼は自分で行ない、監督し、しかもお互いに注意し合うことをしていなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェは以前「法界の家族は世間の家族よりもより親しく、互いに助け合い、皆さんの間違いを検視する必要がある。最も重要なことは自分の過ちを修正し検視しなければならず、こうしてこそ金剛乗の弟子である」と説かれた。彼は心から慙愧し、この場で法務をしっかり行っていなかった事を懺悔した。

18人目の法務組の弟子が発言した。彼はリンチェンドルジェ・リンポチェに命を救われた。以前、彼は寝ている途中で心筋梗塞になったことがあり、また、日本で法会の奉仕をしている時に突然呼吸できずに全身が硬直してしまったこともあった。この二回とも命をリンチェンドルジェ・リンポチェによって救われた。だが、彼は実際には上師に対する約束に背き、上師の教えを聞き入れて教えに基づいて実行することもなかった。法務組の奉仕をしていた時、彼は悪習を改めておらず、今回の事件では、彼が頼まれた事でないことに関してはいつも無関心で、自分のことだけを考えているのが浮き彫りにされた。その他の兄弟子が奉仕をしている時、している事が彼の考えと異なる場合は、善人ぶって消極的に行い、責任を負おうとは思わなかった。

彼は皈依して6年になる。この事から理解されるように、彼はやはり思い上がっていて、いかなる事も自分が一番理解していると思い、よく他人を批判し、自己反省することはなかった。彼はいつも心中の悪念が続いていることを感じていた。リンチェンドルジェ・リンポチェの教え、監督、加持がなかったなら、心中にある悪念や悪の種子は、どの程度まで発芽し成長するのか分からないと考えることもあった。彼は実際には、仏法の修習および生活中のいずれにおいてもいつも上師の教えを忘れていた。思いどおりにならない時に消極的に向き合い、リンチェンドルジェ・リンポチェが以前「仏法を学ぶ人は最も積極的な人だ」と説かれたことを忘れていた。

これも、彼は実のところ因果を信じておらず、無常を思惟していなかったのだ。彼は因果を信じず、無常を思惟しなかったのは、上師に対する恭敬心がなかったからだ。上師に対して絶対的な恭敬心があったのなら、本当に聞き入れ、上師の教えを受け入れたであろう。上師を恭敬していなかったので、法会の中でリンチェンドルジェ・リンポチェの法話を聞いて、自分では理解していると思っても、生活の中で実践できなかった。実際に物事に向き合った時、もし自分の利益に関わることなら彼は自分のことだけを考えた。この時彼は、完全に上師を忘れ、上師の教えを忘れてしまった。

彼は皈依して6年余りが経ち、表面的には仏法を学んでいるようであったが、実際には何かにぶつかった時、頭の中は八風でいっぱいで、ただ自分の利益だけを考えていたことを反省した。もし、自分の事に影響しないなら、今回の事件のように無関心だった。実は、法務を担当する兄弟子がトルマ組の兄弟子にこの件を処理するようお願いしていた時、彼はちょうど横を通り過ぎたのであるが、心の中ではただ、「これは自分が頼まれたことではないので私とは関係のない事」だと思っただけだった。よって、彼は理解しようと思わなかった。多くの事情が積み重なると、自分の心中の考え、習慣は変わらなかった。

数年前、彼は壇城で過ちを犯した。彼はその時、外供養の銅盤をリンチェンドルジェ・リンポチェに加持していただこうとしていた。この任務を初めて行なうので、頭の中は早く終えたいことだけでいっぱいで、その過程においてリンチェンドルジェ・リンポチェの動作には何も気を留めず、心の中にまったく上師がおらず、過ちを犯してしまった。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼を叱責され、以後壇城に上がってはならないと指示された。法会の過程の中で、彼は苦しく悔やんでいたが、リンチェンドルジェ・リンポチェは法会中に、「今日あなたがどんな奉仕をしたかは重要ではない。改めたかどうかこそが重要なのだ」という言葉を説かれた。彼はここ数年、法務組で奉仕を担当していたが、実際に改めることはなかったと自己反省した。

時間になり、法務組の弟子たちは発言を終えた。

最後に、理事長が発言した。今日の事で最も重要なことは、法務担当の弟子が金剛杵をつくる時に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに指示を仰がなかったことにある。そして、理監事会にも報告を提出していなかった。だから、リンチェンドルジェ・リンポチェと理監事すべてはこの事をまったく知らなかった。この弟子は直接、リンチェンドルジェ・リンポチェの経営する宝石店に行き見積もりをした。この行為で、最も重要なことは、心のある人がこの事を聞いたり知った時に口業をなし、ひいては「リンチェンドルジェ・リンポチェの宝石店は儲けようとしている」あるいは「リンチェンドルジェ・リンポチェが宝石店を開いているのは協会のお金を設けるためだ」とさえ言うものもいるだろう。心ある者に非常に大きな悪の口業を作らせることになるのだ。

実際に、列席の皆は、協会がリンチェンドルジェ・リンポチェを養っていないことを知っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは、協会の一銭のお金も得たことはない。リンチェンドルジェ・リンポチェはビジネスと仏法を教えることの二つを非常にはっきりと分けていて、非常に厳しく分けている。よって、今日は、皆さま一人一人にこの事をはっきりと認識していただくために、ここで報告した。

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2015 年 07 月 10 日 更新