尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2013年11月17日

台北寶吉祥仏法センターの弟子と信衆は、寶吉祥仏法センターで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが2003年4月13日に開示くださった仏法のテープを恭敬して拝聴した。

法会開始に先立ち、一人の弟子が、自身の次兄及び姪と共に、リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くも父親をお救いくださり、殊勝なポワ法で父を済度してくださったあらましについて述べる機会をお与えくださったことを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

父親は今年(2013年)9月25日の早朝、享年92歲で往生した。彼女が生まれた時、父は既に五十歲代だったので、小さい時から彼女にとって父は老いたおじいさんだった。そのため、彼女は幼い頃から死に対して強い恐れがあり、死とはとても恐ろしく、辛く苦しく、悲しい事だと思っていた。子供の頃、お年寄りが寝たまま亡くなったという話をしばしば聞いたため、朝起きて最初にする事は、父親の部屋を戸口から覘き、眠っている父の呼吸を確認することだった。こうしなければ、安心できなかったのだ。成長後も、父はいつか必ず自分の傍から離れていくのだと考えると、とてつもなく恐ろしくなり不安を感じた。父が高齢であることを口にすると、その途端泣き出してしまうほどだったが、だからと言ってどうしたらいいかも分からず、この問題からいつも逃避していた。

2010年7月、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも彼女を皈依させ弟子としてくださった。けれども皈依後も、家族と死という問題からやはり逃げ続けており、自分だけがのんびりと日々を過ごし、両親に上師の恩徳を讃揚することをせず、彼らを連れて リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁を賜ることもしなかった。当時既に父は90歲に近かったが、比較的健康な方で、軽い糖尿病の症状があるだけで、数十年にわたり家族の心の支えとなっていた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェがある年、ニュージーランドツアーに参加する因縁をくださったことに感謝した。おかげで尊勝なる 直貢チェツァン法王にお目にかかることができ、たくさんの兄弟子のお話しをうかがうことができた。兄弟子は、機会を見計らって家族を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜るよう勧めてくださった。

その年の年末、その機会はすぐに巡ってきた。母が喘息で入院したため、退院後に家族揃って尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁を賜ったのだ。その日、母は何もなかったが、父は突然調子が悪くなり、うつらうつらし、反応が鈍くなったばかりか、東洋医学クリニックで初めて失禁までしてしまった。家族一緒にリンチェンドルジェ・リンポチェの御前に跪いた時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは父をじっと見て、「父の病は肉食による。肉を食べ続けていて、病気が良くなるだろうか?」と開示くださった。当時、リンチェンドルジェ・リンポチェは父に貴重な甘露丸を下さろうとしたが、家族が口ごたえしたため、その殊勝な機縁を失ってしまった。けれども、御前を下がろうとした時、うつらうつらしており、一言も口を聞かなかった父が、突然両手を高く掲げリンチェンドルジェ・リンポチェに供養を捧げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは無比なる慈悲で父の供養をお受取りくださり、金剛杵で父の頭頂を加持くださった。彼女と家族はリンチェンドルジェ・リンポチェに心から感謝申し上げた!

もともと、彼女は、失禁した父のその日の状況について深く考えておらず、ただ血糖が高すぎるためだと考えていた。けれども翌日、殊勝な長寿仏法会においてリンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深くも「生前に尿失禁の状況がある人は、死後地獄道へ堕ちる」と、状況が掴めていない彼女に説明してくださっているかのように、開示くださった。これを聞き、彼女はようやく事の重大性に気づくことができた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。もしリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持がなく、父の状況が今回の拝謁で明らかになることがなかったなら、彼女は父の生死という問題から、今なお逃げ続けていただろう。

数ヶ月後、父は高血糖、前立腺、便秘等の問題のため入院した。退院後、彼女と兄は父を連れて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝を申し上げに拝謁した。もうすぐ彼らの番になろうという時、父が突然非常にまじめに「あとで『リンチェンドルジェ・リンポチェに上供します』と言うのだな?」と彼女に尋ねた。彼女は最初呆然としたが、「上供」とは古代の農民が自分の最高の品を皇帝に捧げる時に使うように、非常に恭敬な言葉なので、「そうだよ。『リンチェンドルジェ・リンポチェに上供します』だよ」と父に言った。その日彼らは リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた後、父は果たして高々と供養を捧げて「リンチェンドルジェ・リンポチェに上供します」と申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは笑って父の供養をお受取りくださった。彼女と家族は、大修行者に供養申し上げる殊勝な福報を父に積ませてくださったことをリンポチェにさらに深く感謝した。

その後二、三年の間に、父は数回入院し、家でも何度も転んだが、入院時に危険な状況になったことはなく、手術を受けたり集中治療室に入ったこともなく、転んでもいつも自分で起き上がり歩くことができた。父は90歲の高齢で、サンタクロースのように太っていたが、全く不思議な事に、家族の世話をほとんど必要としなかった。彼女たちは、これはすべて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持のおかげだと分かっていた。父が受ける病の辛さと老いの苦しみを減らしてくださっていたのだ。東洋医学クリニックの漢方薬で身体の調子を整えたことで、たくさんの黒髪が生えだしてきたほどだった!

この二、三年間、父はリンチェンドルジェ・リンポチェに数回拝謁した。リンチェンドルジェ・リンポチェに、健康にしてくれと大声で要求したこともあったが、リンチェンドルジェ・リンポチェに本当に拝謁賜る時には、父はリンチェンドルジェ・リンポチェに何かを求めたことは一度もなく、いつもリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝していた。ある時は、家族皆を助けてくださることをリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、またある時は、自分の子供を助けてくださることをリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝し、さらにある時は、リンチェンドルジェ・リンポチェが大法会を開催なさる法力の強さを讃え、またリンチェンドルジェ・リンポチェにただただ心から感謝を申し上げていたこともあった。彼女は「慈悲深くも父の供養を何度もお受取りくださったこと、また昨年は、自分と次兄に父母に替わり道場で大礼拝を行う殊勝な機縁をお与えくださったことを、リンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝申し上げる」と述べた。

今年6月の「祖師 ジッテン・サムゴン記念大法会」の後、父の体力はどんどん衰えていき、失禁もますますひどくなっていった。彼らは父を連れて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに殊勝なポワ法をお願い申し上げた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「分かった。けれどもそなた達が後にどうするかを見なければならない」と仰せになった。この言葉に彼女達は喜び、そして緊張した。御前を下がった後、ちょうど組長兄弟子にお会いしたので、先ほどの経緯について伝えたところ、組長兄弟子は「翌日の施身法法会への参加を求めたか?」と尋ねられた。その瞬間彼女は愕然とし、その事に気づかなかった自分に懊悩した。父は当時既に菜食していたので、もっと早く法会に参加させてくださるよう願い出るべきだったのだ。どうして全く思いつかなかったのだろうか?彼女は「これはすべて、自分は何をするにもいつも他人を少しも思いやらないからで、そのため最初から最後まで、組長兄弟子や連絡スタッフに父を連れてリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁申し上げる事を報告しようとは考えてみもしなかったためだ。もし自分が、兄弟子に報告していたら、兄弟子達は必ず、法会への参加を願い出るよう教えてくださっただろう。自分の悪習のために、また加持と保護だけを求めようとする心持ちのために、機会をつかむことができず、父の法会への参加をもっと早く願い出ることができなかった」と懺悔した。

彼女は、七月の殊勝な施身法法会への父の参加をお許しくださったことを、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。八月初め、父は風邪から喘息を起こし、肺に水が溜まったため、救急を受診した。一週間余りの入院中、父は徐々に話せなくなっていったが、彼女がリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる著作《快楽と痛苦》を父に渡すと、父は書物上の法照を長い時間凝視し、また手を合わせて拝んだ。退院して家へ戻った後、座ったり横になったりを繰り返すなど父は認知症に似た症状を示し始めたが、リンチェンドルジェ・リンポチェの法照を目にすると、直ちに合掌して拝んでいた。

「リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい」と彼女はいう。彼女は父に「リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依を求めないか?」と聞いたところ、父は「分かった」と言うので、彼らは8月17日に道場へ行き、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁した。けれども愚かな彼女はまたも過ちを犯してしまった。当時父は言葉は少なくなっていたが、まだ自分で話すことができた。それなのに彼女は自分でリンチェンドルジェ・リンポチェに父を皈依させてくださるよう願い、父の口から言わせなかった。その時リンチェンドルジェ・リンポチェは「皈依するのは父なのか、そなたなのか?」と叱責なさったが、慈悲深くも、その場で彼女が父に尋ねる機会を下さった。彼女は父に「リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依するよ。良いよね?」と尋ねると、父は良いとも悪いとも言わず、ただ「ありがとう」と言ったので、リンチェンドルジェ・リンポチェは「父の口から、良いとの言葉が出たとは聞こえなかった!」と仰せになった。その時、彼女は「自分のさまざまな悪行による結果に父を巻き込んでしまった」と、心中とてつもなく強い慙愧の念に苛まれた。彼女は「リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい」と言う。ちょうどその時、父は突然非常に大きな声で非常にはっきりと「リンチェンドルジェ・リンポチェ、ありがとうございます」と言ったのだ。その声の大きさといったら、道場の入口辺りにいた兄弟子にも聞こえたということだった。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを聞き笑って「分かった!分かった!皈依させよう!」と仰せになり、端座なさったまま父に微笑みかけてくださった。その笑顔は《快楽と痛苦》上の法照のようで、父にリンチェンドルジェ・リンポチェのご様子をはっきりと記憶させようとするかのようだった。

「父が7月と8月、二回の施身法法会と三回の共修法会に参加できたことを、リンポチェに感謝申し上げたい」と彼女はいう。けれども9月に開催された「阿彌陀仏無遮大済度法会」の前には、父はすっかり弱り、支えられても歩けないほどだったが、家族を安心させる階上から車庫まで移動する方法を考え出せないため、父は殊勝な「阿彌陀仏無遮大済度法会」に参加することができなかった。この後、父はさらに衰弱し、日本食品の元気豆乳と流動食で体力をなんとか維持していたが、後には飲み込むことさえ徐々に困難になった。母に食事を介助してもらっている時、父は「自分の顔と足を叩き、あたかも『苦しい。早く往生したい』と言っているようだ」と母は言っていた。彼らは、9月末に父をホスピスに入院させるようと計画していたが、病院が鼻胃管で食事を与えるのではないか、とそれがただ心配だった。これは酸素マスクでさえ我慢できない父にとっては、拷問にも匹敵する苦痛のはずである。

父のホスピスへの入院を翌日に控えた9月25日、その日彼女は、道場で早課を行う前に大礼拝を行おうと考え、目覚まし時計をいつもより30分早く合わせていた。ところが、思ってもみなかったことに、起きた途端に「父が今病院へ運ばれ、容態が良くない。慌てていて、母は甘露丸を忘れていった」との連絡を受けた。「母はこの時なお冷静で、救命放棄同意書に署名し、強心剤の注射をさえ拒否することができたことは、 リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげと深く感謝している」と彼女は述べた。母は「いつ来られる?」と尋ねるので、「九時過ぎにならないと行けないわ」と彼女は答えたが、母はただ「最後に一目だけでも会うことができるかしら」と言っただけで、それ以上何も言わなかった。彼女は急いで リンチェンドルジェ・リンポチェの法照前で大礼拝を行い、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに父をお救いくださるよう願った。それからほどなくして電話があり、父は五時半にこの世を去ったということだった。病院に着いてからわずか30分後のことだった。

彼女は「 リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げる」という。数日前には父の事で毎日泣いていた彼女が、その時には非常に冷静だった。彼女は古董店に電話して留守録し、兄に甘露丸を持ってくるよう連絡した後、いつもと同じ時間に家を出て道場へ向った。ちょうどその日は二人の組長兄弟子も早課を行っておられた。組長兄弟子は彼女に付き添って再び古董店に電話し事態をはっきりと報告してくださった。胡兄弟子は、ご主人が往生した時に リンチェンドルジェ・リンポチェが亡者をお救いくださる様子を観想した経験を話してくださった。彼女は「この時、荘厳な道場で尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの法照に頂礼し、兄弟子達と共に六字大明咒を唱えられたことは、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と巧妙なお導きに他ならない」として感謝した。

その時、病院にいた家族はみな慟哭していた。その様子に看護士たちまで泣き出してしまったほどだった。亡くなってまだそれほど経っていない内に、父の遺体は葬儀場へと移動させられた。彼女が九時過ぎに葬儀場に着いた時、父の口は大きく開いており、パニックに陥っているような表情をしていた。彼女は父に「 リンチェンドルジェ・リンポチェのご様子をしっかり覚えていてね。リンチェンドルジェ・リンポチェが救ってくださるから。家族はお互いに支えあっていくから心配しないで」と語りかけた。後に「 リンチェンドルジェ・リンポチェはこのように弟子を教導くださっているのではない」と思い着いたため、「お父さんの替わりに リンチェンドルジェ・リンポチェに供養申し上げるからね」と急いで父に言った。次兄と共に六字大明咒を念誦する際にも、彼女は泣かなかったが、心はずっと乱れていた。「もし リンチェンドルジェ・リンポチェが見つからなかったからどうするのだろう?」と心配だったからだ。

彼女は「自分に気づかせてくださった リンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝申し上げる」と述べた。 リンチェンドルジェ・リンポチェは、7月のラダックにおける法会において、弟子達が太陽の直射を受け、または飛行機の揺れで苦しむのを見かねて、弟子達を労わってくださった。弟子達自身でさえ気がつかないことを、リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら進んでお与えくださるのだ。他の事は、弟子達の福報が充分でないなら、 リンチェンドルジェ・リンポチェがお与えくださろうと思っても無理なのだ。「自分は欲張らず、実直に リンチェンドルジェ・リンポチェの仰せの通りに、心を込めて8時間念誦しよう」と彼女は考えた。彼女は「 リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げたい」と述べた。 リンチェンドルジェ・リンポチェの恩徳を思ったことで、心は落ち着きを取り戻し、 リンチェンドルジェ・リンポチェが父の頭頂で、父と葬儀場の衆生に加持くださるご様子の観想を始めることができた。11時半頃、彼女は リンチェンドルジェ・リンポチェが既にポワ法をお修めくださったとの兄弟子からの電話を受け取った。

この時、父の口は開いていたが、パニックの表情は消えていた。四肢は柔らかくなり、屍斑もなく、頭頂の梵穴は微温を帯びていた。後に出棺前に父の顔を見たところ、表情は楽しげで笑っているかのようだった。頬は弾力があり、彼女は何度も父の頬を押してみた。火葬後の父の頭頂にはいくつもの円い穴があり、遺灰は淡いピンク色、青色、紫色だった。美しいエメラルドグリーンのものも一つあった。彼女の今の父に対する気持ちは、感謝と懐かしさだけで、子供の頃から感じていた父の死に対する恐怖と不安はなくなっている。家族も悲しみからすぐに立ち直ることができた。「家族は皆、これらはすべて リンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝なる加持のおかげと、 リンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝申し上げている」と彼女は述べた。

「父が亡くなる過程で、自分達が行った亡者に苦しみを与えてしまうさまざまな行為を思い出すと、いくら感謝してもし足りないほど、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝している」と彼女は述べた。もし尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持がなければ、父はどれだけ苦しんだか分からない。家族もどれだけ苦しんだか分からない。父が亡くなった日にも彼女はいつも通り道場で早課を行うことができ、葬儀の過程でも楽にしていられ、泣くこともなかった。これは彼女が冷静だからではなく、完全に リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげなのだ。実は一ヶ月余り前に父が入院した際には、彼女も次兄も慌てふためき、彼女に至っては桃園まで列車で帰るのか、タクシーで帰るのかを決められず、台北の街中で大泣きしてしまい、桃園に着くまでひたすら泣き続け、父が亡くなる数日前には毎日泣き暮らしていたのだ。 リンチェンドルジェ・リンポチェの加持と巧妙お導きがなければ、一体どうなっていたか本当に分からない。

母は父が死へ向っているという事実を受け入れられずにいたので、彼らは、母が最後の時になって救命措置を願い出るのではないか、また、母が疲れ果てて病気になってしまうのではないかと心配していた。けれども、これらの事態は発生せず、物事はスムーズに過ぎていった。父は臨終時に医療による苦しみを一切受けることなく、母もすぐに平靜に戻ることができた。これらはすべて リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲深い加持のおかげに他ならない。初めて リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁賜ってからこれまでの二~三年間、父が福報を積めるよう リンチェンドルジェ・リンポチェは父の時間を延ばしてくださったのだ。

彼女が次兄、姪と共に リンチェンドルジェ・リンポチェが慈悲深くもポワ法で父を済度してくださったことに感謝するため訪れた日、拝謁に来ていた信衆は非常に多かったが、 リンチェンドルジェ・リンポチェはいつでも弟子のことを思いやり、ご苦労を厭わず、慈悲深くも姪の身体を気遣い、食の状況をお尋ねくださり、避けるべき果物をご指示くださった。姪の父である次兄さえも、これほどまでに細やかな気遣いを見せることはない。リンチェンドルジェ・リンポチェの衆生に対する慈悲に満ちた救いは、言葉ではとても言い表せるものではなく、彼女と次兄は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェにただただ感謝することしかできなかった。また、彼女は「さまざまにお手伝いくださったたくさんの兄弟子たちに感謝申し上げたい。また、父に多大なるお世話を賜った東洋医学クリニックを開設くださったことに リンチェンドルジェ・リンポチェに特に感謝申し上げたい。非常に短い時間で、葬式の送迎バスを用意してくださった旅行社にも感謝申し上げたい」と述べた。

「皈依以来三年余り、自分は繰り返し過ちを犯し、上師にどれだけのご面倒をお掛けしたかしれない。さまざまな悪習、日和見主義のお人よし、傲慢、散漫、怠慢等は全く改まっていない」と彼女は懺悔した。けれども尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの衆生に対する救いは不思議なことに、いろいろな方法で一切の衆生をお助けくださる。リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲心とご苦労の程度は、想像が及ぶものではない。「尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたことは、この一生で最も貴重な事であるとはっきりと分かっている。最後に尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの御法体が安康で、法輪が常転し、仏法事業が世に常住することを願う」と彼女は述べた。

続いて、法会に参加する信衆と弟子とは、 リンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださった仏法の法話テープを謹んで拝聴した。

「釈迦牟尼仏が娑婆世界においでになり仏法を弘揚くださる最も重要な目的は、そなた達に神通力を与えるためではなく、またそなた達に何か良い物をくださるためでもない。そなた達に、いかにしてこの一生を利用し、煩悩を断ち切って生死を離脱するかを教えるためである。釈迦牟尼仏の49年の説法で、最も多く語られたのは般若と智慧である。『大般若経』は『大藏経』全体の三分の一を占める。これからも、般若が非常に重要な修行法門であることが分かるだろう。智慧とは仏がお与えくださるのだろうか?智慧とは求められるものだろうか?智慧とは開けるものではないのか?これらの考えはすべて誤りだ。一切の有情衆生はみな仏と同じ智慧を備えているが、我々には覚悟がなく、貪、嗔、痴、慢、疑の五毒に智慧が隠されてしまっているので、自分に本来備わっている清淨法性が見えないのだ。

そなた達は毎日真言を唱え、念仏し、拝懺し、大礼拝を行っている。これらは、そなた達の智慧を真に開かせる方法ではなく、修行の方法を通して煩悩を抑えるよう助けるものなのだ。なぜ、毎日真言を唱え、必ず仏を拝み、いつでも仏と上師の教導をしっかり覚えておかなければならないのか?なぜならそなた達の煩悩は断つことができないからだ。そなた達の煩悩は石の下に隠れた一本の草のように、押さえている石をどけたなら、ゆっくりと頭をもたげてくるだろう。チベット仏教は上師と徒弟との関係を、なぜ特別に重視するのか?具徳の上師はどのような方法でそなた達に利益し、そなた達を助けるか必ず知っている。けれども問題は、弟子が100%教法に従ってしっかり実践することができるかだ。いわゆる『依教奉行』とは、上師が講じた一切の仏法に、自分の考えを全く加えず、100%受け入れるということである。もし、上師が語った仏法について、なお自分の考え方を持っているなら、それは教法に従ってしっかり実践することではない。

最近の例を挙げよう。そなた達がインドへ向う前、『インドでは現地のアイスクリームを食べてはならない』とリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に告げた。ところが、二人が従わず、その内一人は下痢になり今でも治っていない。彼女が自分は健康だと考え、上師の言いつけを適当に聞き、傷寒(漢方で、体外の環境変化により経路がおかされた状態)となり下痢になってしまった。彼女は下痢になって初めて上師を思い出した。死ぬのが恐いのか! リンチェンドルジェ・リンポチェに病院に加持に来てくれと何度も電話をかけてくる。小さな事なら従わなくてもどうということはない、と思ってはならない。彼女は一日に八回 リンチェンドルジェ・リンポチェに電話をかけられることは、彼女はまだ死ねないということだ。もう一人も言いつけに従わず、インドでアイスクリームを食べ、急性肝炎になった。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持したので、死んではいない。このように言いつけに従わず、したいようにしていれば、 リンチェンドルジェ・リンポチェがどんなに修法したところで、そなた達に対する救いには限界がある。

今になっても、ここにいる皈依した人で菜食しない人もいる。菜食しないなら、なぜ法会に参加しているのか?どんな仏教経典であっても、仏は必ず、仏自身が説く方法を日常生活に用いなければ、未来を変えることはできないと、諌めておられる。今回インドへ行った際には、年配者は怒りを爆発させ、若者は不満を漏らしていた。なんのための仏法修行なのだ?煩悩はどこから来るのか?執著からだ!自分が正しいと執著し、世界中が間違っており、自分はいつでも正しい、と考える。それこそが煩悩の出所だ。智慧とは、世間のさまざまな事情にはどれも縁生縁滅があり、自性がなく、我々が目にし、耳にし、感じる世間の事物にはすべて因があって果があり、すべて生滅法があるとはっきりと体得することなのだ。仏法名詞でいえば『空性』ということだ。

『空』は『無い』ということではない。『空』とは『人生経験を通して我々が知る一切の事物には自性がない』ということである。なぜなら原因がなければ生まれることもなく、原因があるからこそ消滅するからだ。『仏子行三十七頌』内では『執著してはならない。他人に誹謗されることを恐れてはならない。他人に見下されるのを恐れてはならない』と常に我々を諌めている。つまり『破我執』である。我執が強い人は、学仏において成就は不可能だ。なぜか?我執が強い人が衆生の苦しみを理解できるだろうか?慈悲心を育むことができるだろうか?慈悲心がなければ仏法はどこから訪れるだろうか?つまり、未だに『兄弟子や弟弟子が間違っており、自分が正しい』と言っているような人は、間違いなく慈悲心がない。なぜなら我執が非常に強く、自己が重要だと考えているからだ。つまり、『大般若経』でこんなにもたくさん説いているのは、『空』というただ一字についてなのだ。

仏は非常に多くの例を挙げて、世間のさまざまな事に執着してはならないとお教えになる。修行の道で体得したもの、感じたもの、目にしたもの、それら全ては偽りなのだ。そなたに少しでも執著心がありさえすれば、そなたの煩悩を断つことはできない。なぜ夫婦喧嘩するのか?それは夫は妻が思いやりがないと考え、妻は夫が優しくないと考えるからだ。これこそ我執だ!もし、妻が夫は大変で、夫は妻は苦労していると考えるなら、喧嘩するだろうか?自分の身近にいる人の苦しみさえ、そなたは思いやることができない。そんな状態で、どうして仏門に皈依した弟子と言えるのか?そんな状態でどうして修行していると言えるのか?密宗では、学仏と淨土宗の修行では五戒十善を修めるというが、何も淨土宗の修行に限ったことではない。皈依し、この一生で生死解脱を願うなら、五戒十善は決して避けることはできない、必ず修めなければならない法門である。そなた達どれだけ行ったのか?

そなた達は、過ちを犯し懺悔する度に理由を並べ立てる。正当化できる理由があると考えるなら、それは懺悔ではない。それは謝りに来ただけだ。自分は誤まっておらず、仏菩薩と上師が誤解していると思っているということだ。我々が暮らすこの世界はこんなにも乱れている。それは誰もが、自分は間違っておらず、すべては他人の過ちだと考えているため、争いが起き、戦爭が起きるからだ。決心を固め、仏法を日常生活に取り入れることができなければ、皈依しようと、毎日 阿奇護法を修めようと、この一生で生死を解脱できるということにはならず、災難が起きないということでもない。先ほど言った二人の弟子のように、ちょっと言いつけを破っただけで、災難はすぐに降り掛かるのだ。

学仏すれば、菩薩、上師が関心を寄せてくださるようだと考える人が非常に多い。関心を寄せているのではない。上師は、因果の力の恐ろしさを分かりすぎるほど分かっているので、そなた達の思想も挙動もすべてが自分のためであるのを目にし、非常に危険だと思うのだ。なぜなら、新たに六道輪迴へ堕ちてしまうだろうからだ。なぜ菩薩は、衆生を思いやるようお教えになるのか?もし今日、衆生が自分より良くなるよう願うなら、そなたは自然に良くなる。けれども人はみな執着を断ち切れない。金があれば先ずは子女に与え、金があれば先ずは息子に良い暮らしをさせる。けれどもその結果、自分が最も苦しむことになるのだが、その時になって仏菩薩を恨んでも遅いのだ。仏菩薩が助けになるかどうかは、そういう方面ではない。そなたが言いつけに従ってさえいれば、仏菩薩は力を発揮してくださり、この一生で必ず生死を解脱することができるだろう。

簡単に言えば、学仏とは現在の安楽を求めるのではなく、未来の富裕や健康を願うのでも、未来の開悟を求めるのでもない。これらは求める必要はなく、教えに従い行い、仏法を100%生活に応用していれば、求めなくとも自然に得られるものなのだ。毎日 阿奇護法に何を求めているのか?得られたのか?得られていないだろう。なぜならそなた達が求めているのはすべて因果法則に背いているからだ。明らかに善を行っておらず、衆生に利益していないなら、仏が説かれた原理に背いている。それでどうして得られるだろうか?不可能だ!『求めれば必ず得られる』というが、因果法則に基づき求めるので、そうであれば必ず仏菩薩と相応することができる。もし、因果法則に背き、貪念で求めたなら、1万回、10万回、10000000回法会に参加しても、ほんの少しの人天福報を植え付けたに過ぎない。この種の福報は簡単に使い切ってしまえ、ちょっと怒り、他人を罵っただけで、消えてしまうのだ。

この一生で仏法を学ぶことができているのは、過去世で五戒十善を修めたことがあるからだ。過去世では修行したが、修行が完璧ではなかったのだ。この一生にそなたが生まれ、生まれた後は隔世迷があるので、過去の自分の願をすべて忘れてしまっている。何を願うのか?衆生に利益するために仏法を学習するのだ。そなた達は、苦しみを感じ、問題に直面し、運を変えたくて学仏に来ているのだろう。これは仏菩薩が説く方法とは異なる。中国の古人は『度量が大きい人は福報も大きい』と言った。仏もこのように仰せだ。本位主義を捨て去り、あらゆる事で他人が自分より良くなるよう願うなら、そなたの福は自然に増え、修行過程での障礙も自然に減っていき、願いも自然に叶うだろう。何につけても自分が良くなることを願うような狭い心を持っているなら、願いのすべては叶わないだろう。あらゆる経典は、このように仏法を学ぶよう教えている。けれども、そなた達は全く聞かず、しばしば忘れてしまう。今暮らしているこの世間で、たった一人で生きることは不可能で、非常に多くの人の手助けを必要としている。もし、これらの人の毎日が順調でないなら、我々はどうして日々を暮らしていけようか?

そのため、学仏では先ず家庭から着手する。自己の思想、行為を含む、善を持って改変し始めれば、家族もそなたと共に自然に学仏を始めるだろう。家族が一緒に学仏しないのは、そなたが家族を欺いているからだ。学仏に来るのさえ、夫には、友達とお茶をしに行く、と言っている。そなたが嘘をついていることを夫が知ったなら、夫は仏法を学ぼうと思うだろうか?『五戒十善』内の一戒は『嘘をつくな』である。やっていない事をやったと言い、やった事はやっていないと言う。そんな状況で、どうして夫に影響を与えて、一緒に学仏に訪れるようにできようか!学仏とは悪い事なのか?学仏とは悪い事で、家族に隠さなければならないのなら、いっそのこと学仏に来ない方が良い。なぜならとっくに破戒しているからだ。これ以上、仏法を聞いても役に立たず、これ以上法会に参加しても役に立たないだろう。

もし、学仏がこっそり行わなければならず、他人に顔向けできない事ならば、学びに来てはならない。仏は我々に悪事を働き、人を騙せとお教えになるだろうか?仏はそんな事はお教えでない。なぜ夫を欺くのか?父母を欺くのか?このような考えは間違っている。これは魔の心だ。魔の心で仏の慈悲心を学んでも、身に着けることができようはずがない?学仏のような、こんなに良い事でも、隠すのだ。ということは、そなたという人間は非常に腹黒いだろう。きっと非常にたくさんの事を隠しているに違いない。このような人を他人は信じることができるだろうか?自分の父母をいっしょに学仏するよう影響を及ぼせないのは、そなた自身が変わっていないということを示している。自分の両親は非常に頑固で変えることなどできない、という人は多い。変えられない、などという事はない。そなたが変わっていないのだ。そなたが変わっていないのに、どうして年配者に、息子は仏法を身に着けたと信じさせ、一緒に学びに来させることができるだろうか?

学仏の問題はここにあるのだ?自分を中心に考え、自分の良くない習慣を改めないなら、当然他人に影響を及ぼすことはできない。そなたの言葉や行いが仏教徒らしくない、と他人が感じれば、どうしてその人を学仏に来るよう誘うことができようか?先ほどいったように、『五戒十善』を真に行えている人は、少なくとも薄黒い顔色はしていない。なぜそなた達の顔は黒ずんでいるのか?それは心が黑いために、心の光明が現れていないからだ。菩提願を発していないからだ。

施身法は普通の人が修めることができる法ではない。仏法をよく理解していることが絶対に必要なのだ。『学仏には犠牲と献身が必要だ。自分の利益のためではない』と理論的に明確に分かっていれば、この法は身に着けることができる。簡単に言えば、法会に参加する人が、もし修法者と同じ心構えでいれば、法会に参加した人が得る功徳は修法者よりも大きいということだ。これこそ『随喜功徳、 (人の幸せや喜びを妬むのではなく、共に喜ぶことが功徳になる)』讃嘆功徳(功徳を賛嘆する)である。そなた達が法会に参加するのは、自分が良くなるよう、子供や夫や妻や事業が良くなるよう願ってのことだろう。これは仏が説かれる犠牲献身の心構えとは、少しも重なっていない。この状態でどうして仏菩薩と相応できるだろうか?そなたの心は、仏の心に背いており、同じではない。

『金剛乗』、『密乗』では、法会の開始前に毎回上師は『動機が非常に重要だ』と告げる。そなたの心構えが仏菩薩と同じなら、得られる加持、得られる功徳も仏菩薩と同じである。自分のためにという心持ちなら、得られるものは塵埃よりも小さいだろう。考えてみよ。毎日どれだけの衆生が苦しみを受けているかを。もし、自分のために学仏するなら、それは外道の心だ。外道とはなんだろうか?自分に何かをお与えくださいと毎日神に祈ることだ!仏は我々に何もお与えにならないどころか、不要な物を捨て去るよう我々にお教えくださる。そのため、学仏では、自分の心が変化したかどうかに必ず注意を払わなければならない。上師がおせっかいで、法会の度に同じことを諌めても、一向に従わないなら、そなたとこの上師との縁は自然に段々と薄れていくだろう。双方に同様の考え方があり、同様の行為を行うことを願うなら、その縁は非常にうまく育っていくのだ。

仏菩薩と上師とは毎日、每秒、衆生が苦海にいることを気にかけ、衆生が離苦できるよう願い、自分の存在など忘れてしまっている。そなた達には每秒、每分このような考えがあるだろうか?この種の考えがないなら、学仏は無理である。また、諸仏菩薩からの救いを受けることもできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは、毎日自己の身、口、意を検討するよう教えている。少なくとも思想の面だけでも、衆生の苦しみを気にかけているだろうか?もしできていないなら、どれだけ真言を唱え、どれだけ座禅したとしても、やはり外道だ。仏と菩薩のような成就を得ることなどできず、生死を解脱することなどできない。そのため、上師と弘法者は絶えず因縁を作りそなた達に与えているのだ。簡単に言えば、機会を与えているということだが、その機会をつかむことができるかどうかは、自分次第だ。学仏では『三心両意、自以為是』を最も恐れる。この種の人が成就することはない。

施身法という法門の最も素晴らしい点は、煩悩とはどこから来るかを我々に悟らせてくれることである。施身法の理論的基礎は『心経』で、『心経』では『すべては假相である。執著してはならない。我々に本来備わっている清淨な本性を理解しなければ、世間のさまざまな貪念を捨て去ることはできない』と説いている。『仏子行三十七頌』中では『人にほめられても喜んではならない。人にけなされたら、感謝しなければならない。その人はあなたの菩薩だ』と言う。なぜ『仏子行三十七頌』は重要なのか?我々は『金剛乗』を修めるが、『金剛乗』では必ず菩薩道を修めなければ成仏する機会はない。菩薩道を修めた人が『六波羅蜜』を修めないということはあり得ない。『仏子行三十七頌』とは『六波羅蜜』で最も重要で、最も基礎的な理念だ。もし、この『三十七頌』の理念を全くつかめていないなら、この一生で、仏法上で、さらには世間法内でも、ほんの少しの成就さえあり得ない。

施身法は『大般若経』中で最も重要な『心経』から作られた法である。施身法を通して、この一世で作り出した無明煩悩を含む我々が累世に携えて来た煩悩を断つことができ、これにより智慧がようやく現われるのだ。法本では、我々が恭敬の心で『心経』を念誦した功徳は、『般若経』を10万回念誦したのに等しい、と言う。施身法は『心経』の理念に密法を加えたので、その中には『ポワ法』、『気脈明点』を含んでいる。さらに、直貢噶舉にとって最も重要な禅定法『大手印』もある。この法は顕、密両方で用いられる法門である。直貢噶舉の不共護法であるアキ度母が、亡くなる前に世間で最後に修めた法は施身法である。阿奇は施身法を修めた後、虹に変化し淨土へ行った。施身法が噶舉派にとって如何に重要な法門であるかが分かるだろう。

そなた達には施身法を学ぶ資格はまだないが、最大の布施心、最大の恭敬心で法会に参加すれば、得られるものは修法者より大きいのだ。後で リンチェンドルジェ・リンポチェが修法を始めたら、そなた達は自分のために求めず、衆生のために求めるのだ。この世間はこんなにも乱れている。こんなにたくさんの戦爭があり、病もこんなにも多い。世界中がひどく乱れている。そなたが良くなったとして、それがどれだけ続くのか?世間が安定し国が安全であって初めて、我々学仏人が仏法修行を続ける環境が整うのだ。国土がこんなにも乱れていれば、自分は成仏したとしても不安だろう。法会に参加する時には自己のために求めてはならない。家族が病気であったとしても、ただその人のために祈ってはならない。

どれだけの人が毎日病気になり、どれだけの人が仏法の救いを得ることができず、病気であることでどれだけの苦しみを受けているか?自分の家族が病気になり苦しむのを目にしたなら、なぜその辛いという思いを広げないのか、心から感じないのか?家族が病で苦しむなら、他人も同じように苦しいのだ。このような心持ちを広げることができれば、これこそ菩薩の考え方だ。このようにすれば、自分の家族に対する救いも多くなるのだ。『誠心』の『誠』とはどういう意味なのか?それは一つの心だ。仏菩薩の教導に対しては、絕対にたった一つの考え方でなければならない。つまり信じるということだ。もし、そなたに自分の考え方とやり方があるなら、それは一つの心ではなく、『三心両意』である。誠心でないなら、求めても得られることはない。

そなたが自己のために求め、息子のために求め、母親のために求める等のあらゆる信衆が犯す過ちを犯したなら、それは『金剛乗』の精神に完全に背いている。リンチェンドルジェ・リンポチェは自分の母親のために求めたことは一度もない。リンチェンドルジェ・リンポチェの母は身体中に病が巣食っているが、每回凶を吉に変えてきた。なぜならこの世の母という母はすべて リンチェンドルジェ・リンポチェの母親だからだ。そなた達は リンチェンドルジェ・リンポチェが老人、子供に加持するのをしばしば見るだろう。彼らを自分の家族と同じように加持する。そこには分別心はない。父母が子供の病を見て感じる辛さ、子供が父母の病を見て感じる辛さを、リンチェンドルジェ・リンポチェも感じる。なぜなら リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達同様、母もおり、子供もいるからだ。よって リンチェンドルジェ・リンポチェはこの心を広げるので、こんなにも多くの人を助けることができるのだ。

魔と仏の違いどこなのか?魔は必ずしも醜い相を見せているという訳ではなく、仏も必ずしも美しい相を見せているとは限らない。顕宗では、鬼道を度する観世音菩薩を『焦面大士』と呼び、外見は非常に凶暴だ。密宗では馬頭観世音で、それも非常に凶暴である。外相から『あれは魔だ。あれは仏だ』と区別するのは誤りである。魔は、我々が生死を断つよう助けてはくれず、仏はどのようにして生死を断つのかを必ず教えてくれる。魔は衆生を助ける際に条件をつけ、対象を限定し、魔に対して不恭敬で供養せず、その考え方に合わなければ、助けてはくれないということが、魔と仏との二つ目の区別として挙げられる。対象とはなんだろうか?それは好きかどうかということだ。仏にはそれはない。そなたが有縁で、誠心がありさえすれば、必ず助けてくださるのだ。

最近 リンチェンドルジェ・リンポチェはある子供を助けた。その子は生まれながらにして脊椎が大きく湾曲している。4歲余りだが、今になっても自分で排泄できない。脊椎の手術を受け、非常に多くの医療行為を受けてきたが、 リンチェンドルジェ・リンポチェに会うまでは、自力で排泄できず、物を食べられず、歩くこともできなかった。毎週父母はその子を連れて リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。週一回、計四回やって来た。毎回 リンチェンドルジェ・リンポチェはその子に5分間加持した。今ではこの子は歩けるようになり、顔色もよくなり、しかも自分で物を食べられるようになったのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはその子と知り合いではなく、その子からまったく供養を受け取っていない。けれども、その子の父母は非常に恭敬で、每回 リンチェンドルジェ・リンポチェがこの女の子に加持している間、父母は傍らで絶えず頂礼していた。 リンチェンドルジェ・リンポチェは心の中で、彼らは リンチェンドルジェ・リンポチェに対して頂礼しているのではなく、諸仏菩薩と一切の衆生に対して頂礼しているのだと知っていた。そのため、女の子の状況は非常に速く好転したのだ。この父母は仏法を学んだことがなく仏法を理解してもいないが、彼らはある事を為した。それこそが誠心だ。一つの心だ。こうして状況はすぐに変わったのだ。

この物語は証明している。仏菩薩に対して誠意、一つの心があり、疑わずいれば、事情はすぐに転換するということだ。誠心とは何なのか?仏菩薩を信じているなら、学仏したいと言うなら、自己の考え方をすべて捨て去ってしまわなければならない。簡単に言えば、我々の生命を仏菩薩に差し出すということだ。恐れてはならない。仏菩薩は絕対に我々に危害は加えない。そのため学仏では、何かが自分の身に起きるのではと恐れてはならない。それらはすべてそなたの果報の顕現で、仏菩薩とは関係がないのだ。このようにできれば、累世の業も転換する機会が得られ、清淨、消滅する機会も得られるのだ。誠心誠意でなく、一日中あれこれ考え、利己的なら、仏法が与えてくださる救いは限られている。リンチェンドルジェ・リンポチェがどのように修行してきたのか。リンチェンドルジェ・リンポチェは絶えず自分の生活をそなた達に伝えてきたが、そなた達は聞き入れない。先ほど言ったこの女の子は、一度の施身法法会にさえ参加したことはないが、状況は素早く好転した。そなた達との差はどこなのか。それこそ誠心である。そなた達はどうだ?今になってもまだこの上師は魔だろうか仏だろうかと疑っている人がいる。このような心構えで、どうして法を得られるだろうか?仏の加持を得られるだろうか?

施身法を学ぶ人は、非常に厳しく辛い過程を経て、ようやくこの法を修め、しかもこうして初めてこの法で衆生に利益することができる。施身法は、他の法門とは異なる。他の法門は経典、真言を念誦し、いくらか楽であるが、施身法門では顕教に対する理論を明確にし、しかも既に覚悟ができていることに加え、修法者本人が密法の面で成就していなければ、施身法で衆生に利益することはできない。せっかく因縁があって、この殊勝な法会に参加しているのだから、利己的に自分のために、と思わず、この心量を広げなければならない。実は、我々の心量を大きくなれば、全宇宙で、諸仏菩薩はみなそなたのこの心を知っておられる。この空間内で、諸仏菩薩は我々の思維を知らないと思ってはならない。この空間内で、自分の考えはだれも知らないと思ってはならない。衆生はすべてを知っているのだ。

そなたは今日菩提心を発して、この法会に参加している。それは仏菩薩の思維の方法で、このような思維の方法がある人なら、累世の冤親債主は自然に修行がうまくいくよう助けてくれるだろう。もし、そなたの心が利己的で自己のためだけであるなら、冤親債主は助けてくれないばかりか、邪魔をするだろう。なぜならそなたは自分にとって良いことしか祈らないからだ。そなたが良くなったなら、冤親債主は誰に取り立てればいいのか?そのため自然にそなたの邪魔をし、そなたを助けないのだ。そなたが、一切の衆生に利益しようと大菩提心を発したなら、利益する範囲にはそなた自身、そなたの家族、累世の冤親債主もみな入る。それなら冤親債主はそなたに害を及ぼすだろうか?法会に参加しても効果がないのは、考えがあまりにも利己的だからだ。自分にとって有利なように、自分のために法を身に着けたい、自分のために開悟したい。こんなに利己的な人がどうして生死を離れることができようか?

地藏菩薩はどのように発願されたのか?『地獄が空になるまで成仏しない!』だ。観世音菩薩はどのように発願されたのか?『すべての衆生を済度させる!』だ。リンチェンドルジェ・リンポチェはどのように発願したのか?『一切の衆生の成仏を助ける!』だ。簡単に言えば、自分は重要でない、ということだ。八大菩薩の願はどれも衆生に成就させるだ。成仏するために為すのではない。もし、仏菩薩と菩薩乗を特別に修めた人に、なお我相、衆生相、人相、寿者相があるなら、それは菩薩ではない。この四つはどういう意味なのか?『我』が何をしているか、『我』が誰を助けているかに、なお執着しているということだ。『我々は衆生の一人だ』ということを忘れてはならない。そなたが衆生を救うのは、自分を救うことなのだ。この力は非常に大きい。どうしても自分を救いたいと思うなら、その力は非常に小さく、しかも仏菩薩の願望、考え方に背いている。実は、仏菩薩が我々にお教えくださるこの方法は、世間法の面で事業においても、官位においても、大きな成功を得させてくれるものなのだ。施身法の法本中では『施身法を修め成就した人の名声は不思議なことに多くの人に知れ渡り、たくさんの宝物が目の前に現れ、さらにはそれが手に入る』という。

施身法法会に参加するために訪れたそなた達の心構えを、仏菩薩と同じにすることができれば、そなた達の成就は、家族に対する救いも含めて倍増するだろう。自分の母のために祈らないでどうするのか?と恐れる必要はない。金剛乗では『この世のすべての母はみな我々の母だ』と言う。実は、この理論は正しい。仏法によれば、我々はこの一生だけを生きるのではなく、無始以来、数万世、数十万世、さらには数百万世を経てきた可能性があるのだ。この世の非常に多くの人が過去世で我々と関係があった可能性があり、この世の非常に多くの有情衆が過去世で我々と関係があった可能性があるのだ。なぜ今になって新しい流行り病が発生しているのか?これは殺生のためである。香港、シンガポールでは、生きた動物の料理を好む。そのため、この二つの地域で流行り病が最も猛威を振るっているのだ。なぜ仏は我々に菜食をお勧めになるのか?菜食には功徳はないが、菜食によって、衆生と悪縁を生じ続ける関係を断つことができ、これによって初めて衆生に借りを返す能力を得ることができるからだ。我々はもともと借りがある。簡単に言うと、以前の借りも返していないのに、常に新しい借りを作っている。これではいつまでたって埒が明かない。菜食の道理はここなのだ。菜食しない人は病気になり易く、問題も生じ易い。

癌は殺生が原因だ。癌にかかり悔しい思いをしている人が多いが、その人たちの最初の反応はどれも『何も悪いことをしていないのに!』だろう。そんなはずがあるだろうか?一生で人を罵ったことがない人がいるだろうか?他人を怨んだことのない人などいるだろうか?たとえ自ら動物を殺していないとしても、アリを殺したことはあり、ゴキブリ、蚊を叩いたことはあるだろう。それならこれら殺生の借りはどのように返すのか?それから、毎日にどのように生きるかと質問する。よって、学仏しなければならない。学仏によって初めて、仏法を用いて彼らに借りを返す機会を得ることができるのだ。我々は毎日無意識の内に殺生している。菜食していてもなお殺生している。菜食は偉大だ、などと思ってはならない。動物を殺すより、少しマシな程度に過ぎないのだ。田を耕す時、土中でどれだけの衆生が死んでいるのか?野菜を育てる時、見た目を良くするため農薬を散布し、どれだけの衆生が死んでいるのか?癌になったのは、心が無慈悲で、心に衆生の苦しみに対する思いやりがなく、自分の幸せだけを願っているからだ。外道の修行法は、幸せになれるよう自分に恩寵をお与えください、と神に祈ることだ!誰のために?自分のために。自分の幸せを祈るなら、自然に衆生に危害を加えてしまい、自分には誤りがないと考えてしまう。

統計では、台湾では平均9分に一人が癌を発症しているが、多くの人がこのニュースに接しても恐れない。癌は自分の身には降り掛からないと思っているからだ。けれどもSARSでは死を恐れている。SARSはこんなにも深刻に広がってあり、全世界で200人が亡くなり、イラク戦争での死者より少ないだ。けれども、イラク人がかわいそうだとは、そなた達は思わないだろう。自分とは関係がないので、何も感じないのだ。そなた達はSARSを恐れマスクをしているのに、こんなにもたくさんのイラク人が死んだことを恐れないのか?この戦争をなぜ恐れないのか?なぜならそなた達とは無関係だからだ。アメリカ人はこちらには攻めて来ないが、SARSは来る。そのため、みな恐れ、恐くて飛行機に乗れない、恐くてあれもこれもできない。そんな状況になっている。人の利己的な考え方を目にしただろ9う。もし今日そなたに『イラクでのこの戦争は伝染病で、台湾にも伝染する』と告げれば、みなすぐに恐がるだろう。仏を修めるとは、こういうような我々が物事に対する見方を観察するということなのだ。

施身法では、自分が正しいと考える何らかの事に執着してはならないと諌めている。世間には絶対的な正誤はない。すべては主観だ。主観とは現代名詞である。これを、仏法名詞に置き換えれば執著である。自分は、自分の考え方は、自分の見方は正しい、と考えることだ!それなら他人の見方はどうなのだ?他人の考え方はどうなのだ?そなたに有利なのがそなたの考え方で、それがそなたの見方だ。そなたに不利なのが、他人の考え方だろう。このイラク戦爭で、米国人は自分は正しいと言い、イラク人も自分が正しいと言っている。では一体誰が正しいのだ?

仏法では因果というこの二文字を用いて世間のさまざまな現象を解釈する。今日得られた全てには絶対に前因があり、突然発生したものでは決してない。必ず何かを為したことがあり、そのためにこの力量が出現したのだ。因果とは仏が発明したものではなく、神祕的でミステリアスな事でもない。ただ、行ったことで得られるものが決まるということである。 リンチェンドルジェ・リンポチェは『インドではアイスクリームを食べてはならない』と言ったのに、弟子は上師の言いつけに従わずアイスクリームを食べた。これが前因。その結果、入院することになったのが果だ。これこそ因果だ。こんなにも簡単なことなのだ。過去我々は非常に多くの事を為したが、覚えていないため、果報が発生した時にそれを受け入れられないのだ。

自分は仏を信じている、という人が多い。仏を信じる上で最も重要なのは、因果を深く信じることだ。つまり、今日我々が他人に対して善意を以て微笑めば、善の因は出現する。他人に嫌なことを言えば、悪因が生まれ、悪果は遅かれ早かれ出現するだろう。いつ発生するか、というだけの違いだ。これらは リンチェンドルジェ・リンポチェの身にも起きている。リンチェンドルジェ・リンポチェは一生でしばしば凶を吉に変えてきた。なぜ リンチェンドルジェ・リンポチェはよく人の助けを得られるのか?それは リンチェンドルジェ・リンポチェがよく他人に良くするからで、この善因を十数年にわたって植えつけてきたからだ。因果は仏法の思想的中心である。因果を信じないなら、ただ運が良かっただけだと考え、どこかの神さまが与えてくれたのだと考える。それでは、宇宙全体の自然法則に背いている。今では科学者でさえ因果法則について語り、因果法則が実際に存在していることが証明されている。そのため現代人として、また学がある人として、なおも迷信を信じ、自分の身の上に起こった事はすべて運が悪かったから、すべては他人に害されたから、と考えるなら、自分は仏教徒であると言う資格はない。

一念の間に我々は成仏でき、菩薩になれる。一念の間に我々は地獄へ堕ちてしまう。地獄に堕ちるか、天国へ昇るか。それは誰かが決めるのではなく、そなた自身が決めるのだ。そなたの考えが悪で、行為が悪で、または言葉が良くないなら、これこそ地獄へ堕ちる根だ。そのため、ここにいるそなた達は、学仏に来ていることについて、夫、妻、父母を含む家族を絕対に欺いてはならない。家族がそなたが学仏に出かけることを許さないなら、一先ずそれを受け入れるが良い。家族を騙してはならない。人を騙せばそれは破戒であり、慈悲心も菩提心もなくなってしまう。

家族がそなたの学仏を受け入れてくれないなら、先ずは自分を振り返えらなければならない。なぜ家族は受け入れてくれないのか?あれこれ怨むのではなく、世間でよく言われることを信じてもいけない。『夫が学仏を妨げるのは、前世で夫に借りがあるからだ』とよくいうが、このような言い方は誤りである。そなたと夫とに恩がなく情もないなら、この一世でどうして家族となっただろうか?夫が学仏を妨げるのは、そなたが充分に行えていないことがあるからだ。『大悲咒をしっかり唱えて夫に迴向すれば、夫は学仏を妨げない』という他人の言うことを信じてはならない。これは魔女のやり方だ。そなたが変われるなら、夫も自然に学仏を妨げないようになるだろう。

よって、父母がそなた達の菜食に反対し、学仏に反対するのも、そなたが悪いのだ。そなたの行為が改まらないので、父母も、学仏とは所詮こんなものだと思うからだ。つまり、基本的な動作、行為、思想をはっきりさせなければ、この後に修める施身法でそなたに利益をもたらすことはできない。今後も外道の思想を用いて法会に参加し、自己の現世利益だけを求めるなら、この法会のそなたに対する加持には限界がある」 リンチェンドルジェ・リンポチェは参会者に心を静めるよう求められ、続いて リンチェンドルジェ・リンポチェは施身法を修め始められた。

修法が圓満に終了した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは続いて開示くださった。「みながここを出る前に、リンチェンドルジェ・リンポチェは最近発生した事について話そう。子供がいる人は、子供に肉を食べさせてはならない。少し前、ある信衆が リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。彼の4歲の子供は、その前の週まで、風邪で集中治療室に入っていた。風邪は治癒したが、この子は下半身不随となってしまった。医者は、ウィルスが脊椎に侵入し神経に影響を及ぼしたので歩けなくなった、と言った。 リンチェンドルジェ・リンポチェは病院へ行き子供に加持した時、子供の父親に『子供が発病する10日ほど前に海辺へ連れて行き、屋台で買った肉を食べさせなかったか?』と聞いた。子供の父は確かにそうだと認めた。

この子はその肉を食べたので、この病にかかったのだ。そなた達は、子供の栄養が足りないのではないかと一日中心配しているが、実はそれによって、逆に子供に害を及ぼしているのだ。医学または科学を学んだ人なら知っているだろう。現在流通している食肉には、非常に多くの抗生物質、ホルモン剤、訳の分からないの薬が含まれていることを。子供に肉を与え、子供がこれら肉を食べれば、子供の発育は早くなってしまう。そなた達はここを気にかけているのではないか?今の子供はみな発育が早い。それは子供にフライドチキン、トンカツを食べさせるからだ。それらの食肉はすべてホルモン剤を含んでいる。そのため、この世代の子供はみな不健康で、簡単に風邪や病気にかかる。これはあまりにもたくさんの抗生物質を摂取しているため、身体に抗体がないためだ。ちょっとした不注意で不潔な肉を食べただけで、供えられた、或いは何かが感染している肉を食べただけで、簡単に病気になる。肉をたくさん食べた子供ほど、病気が多い。信じないなら、二人の子供に一人には肉を食べさせ、もう一人には菜食させてみれば良い。どちらが健康になるか見てみてはどうだ?

この話は親であるそなた達に示唆している。子供を愛するなら、そして仏門に皈依しているなら、菜食するよう仏は常に勧めておられるのだ。 直貢チェツァン法王も リンチェンドルジェ・リンポチェも菜食している。直貢チェツァン法王のすべての寺廟の喇嘛もみな菜食している。そなた達に菜食しない理由があろうか。そなた達は菜食しない理由を非常にたくさん並べ立てる。夫が、妻が、姑が同意しない、などと。けれどもそれは実に奇妙だ。ある物を食べたくない時、そなた達は大きな声で他人に『これは嫌いだ』というではないか。他人にどんなにきつく言われようと、決して食べようとせず、仲違いしたとしても意地を張る。それなのに、なぜ肉を食べないだけで罪人のように扱われるのか?仏は『正しいと考える事は誤りである可能性がある』と仰せだ。世間のさまざまなことに対処するため、自己の学仏原則を曲げてはならない。家族がそなたの菜食に反対する理由はいくつかあるだろう。そなたが出家することを恐れ、そなたが頭を剃ってしまうことを恐れている。けれども リンチェンドルジェ・リンポチェは出家するよう皆に求めたことは一度もない。家庭を顧るなと求めたことも一度もない。そなた達はなぜこの重要な二点を家族にはっきり告げないのか?それによって、学仏が原因で家庭内で喧嘩になっている。学仏とは良い事なのだ。これが家庭内での喧嘩の種になっているのはおかしなことだ。

他の宗教を信奉している人は、大声で他人に自己の信仰を語る。それなのに、そなた達はなぜそうしないのか?そなた達は他人に自分の菜食を知られるのを恐れている。他人に変人として扱われ、遊びに行く時に誘ってくれないのではないかと恐れているのだ。『物以類聚(似た物どうしが集まる)』という言葉を覚えておくが良い。そなたがどんな人であるかは、一緒にいる人で分かるのだ。そなたが非常に信心が強く、非常に敬虔な仏教徒なら、善である人と自然に一緒になり、段々と集団となるだろう。そなたの心が仏法に対して篤信がなく、なお懐疑的なら、そなたの周りには学仏を妨げる人が多く集まり、そなたに学仏させないようたくさんの理由が現われるだろう。これはそなたの心に仏に対する充分な信心がないためだ。

仏が説かれる法理に、なぜ充分な信心がないのか?そなた達にも分からないだろう。簡単な答えを教えよう。それは『傲慢だから』だ!自分は頭がいい、有能だ、立派な学問を理解していると考え、仏が説かれることに疑念を抱く。仏は、仏が仰せになるのは真実の言葉だと、すべての仏教経典中で仰せである。何か理由があって我々を騙している訳ではないのだ。仏は我々に五戒を守るよう求められる。その内の一つの戒は『嘘をつくな』である。それなら仏が仰せの事が嘘であるはずがあろうか?今日そなた達は仏が説かれる話を疑っている。それはそなた達は未だ因果を深く信じていないからだ。

そなた達は自分は仏を信じているとしばしば言う。けれどもそなた達は実際には仏を信じていない。仏を信じるとは、仏が仰せになった事を信じ、その通りに行い、自分の日常生活でその通りに実践することだ。学仏とそなたの生活とは相反するものではない。学仏とそなたの日常生活とを分けてはならない。それは間違っている。仏法とは我々の生活方式なのだ。仏法を生活に生かさないなら、真言を唱え、皈依し、どれだけの名山を巡り、リンポチェやダライ喇嘛にどんなに会ったとしても役に立たないだろう。なぜなら仏法を生活に溶け込ませていないからだ。

よって今 リンチェンドルジェ・リンポチェは正式にそなた達に告げる。もし、学仏に来たいため配偶者を欺いているなら、来ない方が良い。リンチェンドルジェ・リンポチェはそのような状況を最も好まない。なぜなら、そなたが今日学仏することで、他人が仏を誹謗したなら、それはそなたの過ち、そなたの罪になってしまうからだ。口に出した人の罪にはならない。なぜならそなたがその人に仏を誹謗させるよう仕向けたからだ。ここいる皈依した人で、家族を騙して学仏に来ていることを、もし リンチェンドルジェ・リンポチェが知ったなら、出て行ってもらうだろう。なぜなら他人を欺くことは、仏の教えではないからだ。仏が我々にお教えになるのは真実の言葉だ。『直心是道場(直心を保つことは、自分を鍛える道場にほか ならない)』ということだ。嘘の話を作って他人をなだめたり、他人を騙したりして、自分の目的を遂げようとする必要はなく、真実を話して聞かせなければならない。それでこそ真の学仏人である。さもなくば、いつまで経っても良くない悪業と習慣から逃れられないだろう。仏は、学仏のために他人を騙せとはお教えでない。

六祖慧能を思い出して欲しい。彼は、五祖の衣缽を手に入れた後も、時機が訪れるまで深山に隠遁し、狩人と16年間一緒に暮らした。忍耐を続け、殺生せず、肉食が混じった菜食をした。これこそ方便であり、隨便(テキトウ)ではない。学仏するには、仏に対する充分な信心が必要である。何らかの障礙や困難にぶつかった時、我々は心を砕いてそれを克服しなければならない。その縁に従うのであって、諦めたり欺いたりするのではない。六祖慧能は狩人と共に16年暮らした。彼が六祖であるとはだれも気づかなかったが、彼の心は変化しなかった。そのため、彼は稀代の宗師となれたのだ。

学仏するには、これら大徳の修行の過程を学び、心に留めなければならない。学習し心に留めるのであって、自己流に解釈するのではない。なぜ、『ミラレパ伝』を読むように言うのか。それはそなた達に、ミラレパ尊者がどのような心構えで仏法を学習したかを学び、心に留めて欲しいからだ。そなた達はどのような心構えなのか?なぜミラレパ尊者は、誠意を持って『ミラレパ伝』を読めば、どんな人であってもミラレパ尊者の加持を得ることができると仰せなのか?それは、そなたが誠心誠意『ミラレパ伝』を読むなら、その時に、ミラレパ尊者の学仏の心を学んだことになるからだ。そのため、小説を読んでいるのとは違って、ミラレパ尊者は必ずそなたを加持してくださるのだ。

学仏するためには手本が必要である。仏菩薩を手本とさせて頂くのが最良だが、そなた達はこの地位に到達するほどにはまだ学べていない。そのため、以前の大徳、上師を手本とするのだ。こうしなければ学びの方向を定めることはできない。思いあがり、自己流の方法を考え、自分が正しいと、もうこれ以上考えてはならない。解釈し続け、自分の理由を探し続け、上師が語った話を分析し続けてはならない。これは為すべきではない。リンチェンドルジェ・リンポチェはこれまで何度も言ってきた。直貢チェツァン法王が何を仰せになったとしても、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず首を縦に振る。横に振ったことなど一度もない。これは妄信だろうか?いや違う。いわゆる妄信とは、盲目に、何も考えずに信じることである。そなた達が リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前、リンチェンドルジェ・リンポチェは、どのようにして上師を見定めるかを、既にそなた達に告げている。言っただろう?リンチェンドルジェ・リンポチェは開示しているのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが今日開示した事を、家に帰って詳細に思い返してみよ。先ほど唱えた経文にあった一言のように、死がいつ訪れるのか我々にはわからない。人身として生まれたこの機会を生かさないなら、この一回の時間を無駄にしたことになるのだ。死は常に我々の傍にある。自分は70歲まで生きるだろう、80歲まで生きるだろうと思い込んではならない。学仏人が、無常は身辺にあると自分に言い聞かせないなら、仏法をしっかり学ぼうと決心することは決してできないだろう。『無常』とはなんだろうか?それはいつでも変化するということだ!每秒、每分変化する。学仏で困難にぶつかるのは『無常』を信じないからだ。そなた達は『常』と考えている。『常』では変化しない。

そなた達が科学を学んだなら、この世の中には変化しない物や事は一つもないということが分かるだろう。だからこそ、『息子は私のものだ。だから、息子に金を貸して商売をやらせたい』というような考えを抱くのだ。これは息子を愛する故だと思うだろう。けれども実は、これは息子に害を及ぼし、自分は悪業を為しているのだ。他人に借りた金を返す能力がなければ、最後にはこの人に債務を負うことになる。返さなくても良いのか?我々世間人はつまりこんなにも愚かなのだ。家族を助けるのは当然だと思っている。何が『助ける』だろうか。彼に道徳倫理を教えることが『助ける』なのだ。能力もなく福報もないなら、金を与えたところで、使い切ってしまうだけだ。よって、この法則を理解した後、『無常』というこの二文字を受け入れ、しかもしっかり記憶しなければならない。どんな機会であろうと、何らかの学仏の機会を簡単に放棄してはならない。そうでなければ、そなたは集中できないだろう。さもなくば、リンチェンドルジェ・リンポチェが上で法を説いても、そなたは下で息子と話をしているだろう。

『人生無常』は仏が仰せになったのだ。先ほど言ったように、仏は我々を欺かず、仏は我々を脅迫せず、仏は我々に一つの現象を教えてくださる。 リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて見たことがある。昆明の友人は41歳から43歲にかけて命の危険があった。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に告げたが、彼は聞き入れず、そして突然死んでしまった。彼は每月 リンチェンドルジェ・リンポチェに会っていたのだ。そなた達もこんな考えだろう。 リンチェンドルジェ・リンポチェに会えれば、必ず加持があり、死ぬことは決してないと。そんなことはないのだ。それぞれ自分の修行をしているのだ。 リンチェンドルジェ・リンポチェの弟子であっても、やはりそれぞれが自分で修行しているのだ。仏菩薩と上師とはそなたを手伝うことはできる。けれども、そなたの業を転じることはできない。それはそなた自身で行うのだ。仏菩薩と上師とは我々にあらゆる教導をお与えくださる。我々は決して割り引かず、すべて着実に行わなければならない。

無常は常に我々と共にあるということを記憶しておかなければならない。無常とは死ではない。変動なのだ。幸せに暮らしていると感じる時は注意しなければならない。良くないことがすぐに出現するだろう。日々が順調でないと感じる時も悲しんではならない。なぜなら良いことが起きるだろうからだ。一人の弟子がある女性信衆を連れてやって来て、 リンチェンドルジェ・リンポチェに彼女は非常に苦しんでいると言う。彼女は先ほど来た衆生ほどには苦しんでおらず、もともとは非常に苦しいとも思っていなかった。けれどもこの女性の弟子が傍らで、彼女は非常に苦しんでいると言うので、彼女もすぐに自分は非常に苦しいと思うようになった。そなた達は他人に良かれと思っているだろうが、実は知らず知らずの内に他人に害を及ぼしているのだ。そなた達は、どれだけの衆生が来ているのか見えていないし、これら衆生がどれだけ待って、ようやく今日この機会に鬼道を離れることができるのかも知らない。

そなた達は今少しも苦しんでいない。それどころか、仏法を聞く福があり、食事ができる福があり、衣服を着る福がある。そなた達は幸せなのだ。幸せな日々を過ごしているなら、我々は自分に警告しなければならない。良い事と悪い事とは同時に発生する事なのだと。よって、我々は自己の身、口、意に每秒気をつけなければならない。決して悪を為してはならない。断悪行善を真に為すことさえできれば、運命は転回し、変わるだろう。この事を肝に銘じなければならない。我々は生生世世に必ず非常に多くの悪を為しているのだ。そうでなければ、いまだにここにいるはずはなく、阿彌陀仏のお傍にいるはずなのだ。ここにいるのは、清算し終えていない業があるということなのだ。こんなにも多くの世で為してきた悪は、ちょっとした善を為したくらいで、改められるだろうか?真に決心し、自己に厳しく、直ちに悪を断たない限り、それは不可能だ。

何をもって悪を断つというのか?それは教えに従い実践することだ。そうすれば、善が始まる。こうして初めて真の修行人、学仏人と言えるのだ。それができないなら、この一生で聞く仏法は、未来世でいくらかの福報をもたらしてくれるだけだろうが、やはり輪迴はするのだ。もし、この一生での学仏が、仏と上師が教導する方法に基づかないが、煩悩を減らすことくらいはできたなら、この一生で学んだ仏法によって、次の一世ではペットになるだろう。たくさんのペットが飼われているが、ペット達は必ず過去世で皈依しており、必ず仏を学んだことがあるはずだ。それならなぜペットになったのか?それは愚かだからだ!仏法の真の意義を受け入れず、仏が与えてくれた福だけを受け入れたのだ。愚かなので、動物の身に生まれ変わり、けれどもいくらかの福はあったので、ペットになったのだ。人に抱かれているもの、飼われているものは皆、このように来ているのだ。

つまり、学仏の心構えとはどのようなものであるかを明確にできていないなら、やはり六道で輪迴するだろう。非常に微妙なのだ。ただの一線を隔てるだけで、はっきりさせれば、すぐに生死を解脱する機会が与えられるのだ。そのため『仏子行三十七頌』は必ず繰り返し繰り返し聞かなければならない。一回聞くだけで理解した、などと思ってはならない。 リンチェンドルジェ・リンポチェでさえ、今でも『三十七頌』を修めているのだ。そなたが、一回聞くだけで理解できた、と思うなら、それは上師より優れており、修行が既に非常にうまく行っているということだ。帰宅してよく聞いてみよ。そなたの暮らし方と『三十七頌』とはどこが違うだろうか?違いがあったなら、すぐに改めよ!『聞けばそれで良い。充分分かった』などと思ってはならない。知っているだけでは役に立たないのだ。実践しなければならない。仏法を学問として研究してはならない。解門とは知ることで、行門とは修行の行動である。必ず実践しなければならない。行門は解門より重要なのだ。

歷代の大徳を見ると、始めは仏法の解釈について不明瞭だったが、着実に実践したことで、後に理解できるようになった人が非常に多い。六祖慧能は文盲で、聞かせてもらっても理解できなかった。そのため、解門はない。けれども、生活の中で着実に実践したため行門はあり、そのおかげで解門は自然に出現した。もう一人、広欽和尚について話そう。広欽和尚も文盲だったが、広欽和尚の修行は充分でないと言える人がいるだろうか?そなた達は仏法を学問として研究している。それは間違っている!仏法は学問ではない。今の台湾では、仏法の研究は好きだが、仏法を日常生活で実践するのは好まない、という現象が見られる。

行門をしっかり行えれば、解門は自然に相応する。上師を含む全ての大徳は皆、『仏教経典を読む時は理解する必要はない』と常にそなた達に説く。誠心で読めば、いつか必ず開悟し、経典が説くということが何であるかを悟るだろう。もし、文字で、言語で経典を解釈するなら、それは誤りだ。文字で文字を解釈しているに過ぎない。仏はなぜ仏法は非常に深く非常に広いと仰せなのか。深いと広いとは理解できないことではなく、秘められたものでもない。その意義について言っているのだ。覚悟の程度からよく理解するのだ。もう一度最初から『心経』について説き、一年かけて説くことになるかもしれないと リンチェンドルジェ・リンポチェが言ったように。なぜ同じ『心経』を再び説くのか?なぜなら境界が異なるからだ。そのため リンチェンドルジェ・リンポチェの講話のテープを二~三回聞いただけで分かったなどと思ってはならない。分かったと言った途端、それはもうお終いだ。それは リンチェンドルジェ・リンポチェの語った内容を日常生活において根付かせていないことを示しているからだ。そなたは仏法を学問として考え、聞き終えて記憶していればそれで良いと考えている。

よって『仏子行三十七頌』を何度も聞き、聞き終えたなら、自分の暮らし方を顧なければならない。『仏子行三十七頌』との違いは大きいだろうか?違いがあるなら、すぐに改めることだ。今回インドへ行った際、多くの人が『ダライ喇嘛が説かれた仏法は、リンチェンドルジェ・リンポチェが説いたことがあるものばかりだ』と言ったように、聞いたことがある、知っている、などとは決して言ってはならない!。そなた達は、修行が進めば説く仏法も違ってくると思っているだろう。そんなことはない。仏法は、生死を解脱させるという、この一つしかないのだ。ただ、根器は一人一人異なり、因縁も異なるため、適切な言葉で説明するだけだ。しかし、道理、原則は違わず、過程も同じものだ。もし、今日ダライ喇嘛が仰せのことと直貢チェツァン法王が仰せのことと リンチェンドルジェ・リンポチェが言うことが違うなら、それこそ間違いだ!仏は『利便のために、小乗、大乗、金剛乗という』と仰せだ。けれども、仏法には一乗しかない。それはなんだろうか?それは『衆生と自分とをいかにして成仏させるか』ということである。方法は一つだけなのに、なぜこんなにもたくさんの法門を経なければならないのか?それは一人一人の根器が異なるからだ。

そなた達はたくさん学べば、たくさん理解できると思っているだろうが、そういうことではない。そなた達は上師となる資格はない。上師がさまざまに理解しなければならないのは、さまざまな人に対応しなければならないからだ。そなた達は自分のため、或いは家族のため、友人のため、さらには衆生を生死から解脱させるため、『一門深入』の必要がある。『一門深入』とはどういうことだろうか?『阿彌陀仏』を唱えればそれで『一門深入』だというのではなく、『観世音菩薩』を唱えることが『一門深入』というのでもない。一人の上師を定めたら、その上師に従い、その上師に着いて、その上師が説く道理をしっかりと学ぶことである。気持ちを逸らしてはならない。それでは『一門深入』ではない。

チベット仏教は天台、華厳、中観、禅宗、淨土など、そなた達が知っている各宗各派を網羅している。これらはすべてチベット仏教に含まれる。つまり、仏が仰せの仏法はチベット仏教にすべてある、ということである。チベット仏教は宗に分かれておらず、四つの派があるだけだ。そなたの根器がどれであろうと、禅を学ばなければならず、上師は教えることができなければならない。根器とは仏号を唱えることで、上師はそれを教えることができる。根器とは打たれ、罵られるもので、上師はこれも教えることができる。さまざまな法があるが、これら法門は、こちらがこちらより優れている、というものではなく、根器が異なるそれぞれの人に対して、それぞれ対応する方法なのだ。だが、結論はどれも同じだ。もし、この法はあの法より優れている、この人はあの人より優れている、と考えるなら、それは分別法であり法ではない。そなたとその上師との縁が比較的合い、その上師が説く仏法を聞けるというだけのことだ。 リンチェンドルジェ・リンポチェの今日の開示を、みな家に帰ってよく思い返してみるように。

子供に肉を食べさせないでよいなら、できるだけ食べさせないことだ。その方が子供にとって良い。栄養が足りないのではないかと心配しなくとも良い。最近の子供はしつけ難いと思わないか?なぜだろうか?かつての母親は子供に母乳を与えたが、今は粉ミルクを与えている。粉ミルクは牛由来のものだ。自分の子供は牛のようではないか?どんなに言い聞かせても聞かない。力ずくでなければ従わない。食べるものに似てくるものなのだ。現代医学でも母乳を与える方が良いと言っているのではないか?健康に良いのだろうか?そうではない。子供の性格が母親に従って変化するからだ。乳児の頃は牛乳を飲ませ、大きくなったら肉を食べさせる。そのため、子供は畜生のような習性を持つようになる。最近の子供は落着きがなく、そわそわ動きたがり、言う事を聞かない、と言うが、考えてみよ。ブタが、牛が、人の言う事を聞くだろうか?ニワトリが言われた通り一箇所に止まり動かない、ということがあろうか?そなた達は子供に一種の習慣を植え付けているのだ。食べる物に似てくる。本当にそうなのだ!

そのため、そなた達は子供を責めてはならない。彼らはそなた達自身が作り上げた怪物なのだ。家に帰ってよく反省するように。菜食は罪ではない。米国のように最先端の西洋国家でさえ、非常に多くの人が菜食している。レベルの高い人ほど、高い知識を持つ人ほど菜食している。愚かで、今でも肉を食べ、肉を食べることが金持ちの証だ、と考えている人もいる。アメリカやフランスへ行って見てみるがいい。高学歴の人ほど菜食している。彼らは知っているからだ。そなた達はレベルが高いのか、低いのか?自分で考えてみるがいい。リンチェンドルジェ・リンポチェはこの事でそなた達を叱責しているのではない。ただ、よく考えて欲しいだけだ。SARSなどの病気は、どれも肉から生まれているのだぞ。

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2014 年 10 月 14 日 更新