尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2013年9月1日

法会の開始に先立ち、一人の弟子が壇上に上り、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがお与えくださった救いについて話し、諸仏菩薩の御前で、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲に感謝申し上げた。彼女はそのおかげで機縁を得て、自身及び父母と祖先が為してきたすべての悪業を懺悔することができたのだ。

過去世より現在に至るまでの、上師と仏菩薩に対する、そして衆生に対する申し訳ない行いを彼女は懺悔した。「世を重ねてきたが、わたしは善根がなく、根器があまりにも劣るため、仏法をきちんと認識できていない。さらに、あまり勤勉でなく、上師と仏の教導に背き、まじめに仏を学ばず、生死を解脱することもできなかったため、何度も苦海に落ち輪廻を繰り返してきた!けれども、ようやく今世で大成就、大威徳、大能力の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに巡り会うことができた。上師はいつでも自分を助け、教導してくださったのに、自分は間抜けのように何一つ身に着けず、今になっても、仏法の浩瀚を悟っていない。これでは、自助どころか、他人を助けることなどできるはずもない」彼女は「金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの苦心教導を無駄にし、いつ何時も金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのご加護と加持に頼って平穏な日々を過ごしているだけで、自分は少しも良いように変化していない。上師にほんとうに申し訳ない」と懺悔した!

さらに「自分は生生世世の業を背負って今世に生まれてきた。『地蔵菩薩本願經』では『凡夫が起こす心、動かす念はすべて業であり、すべて罪である』という。自分の累世の業を積み重ねれば、喩えようもないほどの大きな山になり、背負うことも持ち上げることもできないだろう。金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは『業は自分自身で転じなければならない。上師も仏菩薩もそれを手伝うことはできないのだ』と弟子に教導くださった。それを伺い、恐怖を感じ、毎日『仏子行三十七頌』を念じている時、とてつもなく恐ろしくなることがある。行わなければならないことが、あまりに多いからだ」彼女は「自分が愚かであるばかりに、金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの数年にわたる教誨を無駄にしてきた。その罪は実に大きい」と懺悔した。

彼女は懺悔した。「自分は百字明咒を修習し、大礼拜も行っているが、良い方向に変っているとは少しも感じられない。ただ金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが絶えずみなのために修法くださり、増やしてくださっている福報に頼り切って平安に日々を過ごさせていただいている」そして「金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、いついかなる時も、慈悲深く加持くださり、ご自身の福報を不肖の弟子にお与えくださる。いくら感謝しても仕切れないほどだ」と感謝した。

さらに彼女は、生生世世の父母と祖先が為してきたすべての悪業についても懺悔し、傷つけてきた衆生に謝罪した。加えて、自身が無始以来行ってきた種々の悪業について懺悔した。「過去世から現在に至るまで、自分が犯した悪業は枚挙に暇が無い。幼時わたしは、虚弱だったため、大人達にしばしば奇妙な養生法を示された。それはいつも、さまざまに違った衆生の肉だったように記憶している。自分はいつも決まって食べることを拒絕した。その頃は、衆生を傷つけることが悪業であると分かっていた訳ではないが、ただ食べるのが恐かったのだ。それでも、やはり長者達が食べるように迫るので、抵抗することはできなかった。最も忘れられないのは、蚕の蛹を食べたことだ。幼い頃、生家は蚕を飼っていたので、蚕の成長のさまをわたしはつぶさに見ていた。蚕に触り、大人といっしょに桑の葉を与えたこともある。何度かの休眠の後、蚕は糸を吐き繭を作り、自身をその中に包んで蛹に変る。動かないといっても、それは確実に生きているものだ。それなのに、大人達は煮立った湯で繭を煮て、絹糸をとり金に換えていた。大鍋の中に残るのは、茹で上がった蛹。大人達は、これは非常に滋養のつく食べ物だといっていたが、わたしはとても恐ろしく感じた。なぜなら、蛹が蛾になり産卵する様子を見たことがあったからだ。最初は激しく泣いて抵抗したが、強く迫られ、ついには食べざるを得なかった。ここまで話して、今脳裏には、繭から絹糸をとる様子が浮かんでいる」彼女は、親族と自分が、彼らをこんなにもひどく傷つけたことについて懺悔した。蚕たちに、煮立った湯で茹でられるという苦しみを味わわせたのだ。彼女は今でも、母が実家から携えてきた小さな蚕糸を持っている。それはあの蚕を懐かしんでいるのか、悪業の証とするためなのかは分からないが、目にする度に泣きたくなってしまうという。

北方では、雪が降る時期、鳥達は餌探しに難渋する。彼女は、従兄姉達が地面の一部の雪をかき、そこに米を置いてワナを仕掛け、鳥を捕まえ肉餅(ミートパイ)にして食べてしまったのを覚えている。大きくなって「鳥は食のために命を落とす」という諺のが含む意味を、深く感じ入った。鳥が寒さと飢えで苦しんでいる時、彼らを救ってやらないばかりか、捕まえて食べてしまうとは、なんと残忍で、粗暴なことだろうか。少しも憐憫の心がないではないか。彼女はこれらの悪業を懺悔した。「幼い頃セミの美しい鳴き声を聞きたいというだけのために、わたしはセミを捕まえたことがある。しばらく飼育したし、すぐに殺してしまった訳ではない。けれども、セミは自然に暮らす生き物で、自分勝手なわたしのものではないのだ。しかも自分は、セミ本来の生活場所ではない室内でセミを飼育していた。それによりセミは自由と命を失ったのだ。自分は心底間違っていた」と彼女は懺悔した。セミ達には本当に申し訳ないことをした。愛するあまりに、かえって彼らを傷つけてしまっていたのだ。

少女の頃、彼女は従姉妹と門前の小川で小魚や小エビを獲り、生きているままそれらを揚げて食べてしまったことがある。その時は楽しいとだけ感じ、油で揚げられる彼らが苦しみの声をあげていることなど思いもよらなかった。なんと残忍な事だろうか。これは明らかに、自分の幸せが他人の苦しみの上に成り立っているということではないか。彼女は蚊、ハエ、アリ、カタツムリを、日常茶飯事のように傷つけていた。またかつては、毒餌でネズミを殺したこともある。毒にあたったネズミはどんなに苦しかったことだろうか!彼女は、蛇とムカデを打ち殺したこともあった。金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは「蛇を一匹殺せば、それはブタを100匹殺すのに相当する」とかつて仰せになった。そして今、彼女は果報の恐ろしさを知り、恐怖と不安を感じている。彼女は、これまで為してきたすべての悪業を懺悔し、苦しみを与えたことを、衆生に謝罪した。

金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて「他人を憎み、心中で他人を罵り、または他人の不運、不幸な死に方を願う。これらはすべて悪業で、このような人は凶暴で残酷な人だ」と仰せになった。彼女はかつて日本人と共産党を五、六十年もの間憎んでいた。なぜなら彼らのせいで、たくさんの人が住居を失い、家族を失ったからだ。しかし、ここ数年の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教誨のおかげで、彼女は徐々に怨みを解いていた。そのおかげで、2013年5月25日、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従い、日本の寶吉祥佛法中心で殊勝な不動明王火供法会に参加することができた。彼女は、この殊勝で得がたい贖罪の機会をお与えくださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。おかげで、怨みを抱き続けることはなくなり、佛法で自己を正すことができた。今後も「貪、嗔、痴、慢、疑」を持つことなく、これ以上悪業を為すことがないよう、彼女は願った。

彼女は家庭を持った後、生きている魚を処理したことがある。魚屋は処理してくれず、「先ず魚の頭をたたき、気絶させろ」というので、頭をたたくと、魚は痛がって飛び跳ね、苦しみにのた打ち回った。彼女は恐怖を感じ、また自分は非常に残忍だと思った。その時、彼女は魚の頭を叩いたが、今はしばしば頭痛に悩まされている。「これは現世での報いなのだ!決して衆生を傷つけてはならない!業は必ず報いられるのだ。その後は生きた魚の処理を行ってはおらず、これら残酷な行為について、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩に深く深く懺悔申し上げる」と彼女は懺悔した。

彼女は過去三回、オートバイと衝突したことがある。一回目の時は、オートバイの運転者は停まってくれたが、自分でも大事無いことが分かったので、そのまま行ってもらった。二回目は、若い人が二重黄線をものすごいスピードで超え彼女にぶつかってきた後、同じようなスピードで走り去ってしまった。その際、彼女はあまりにも腹が立ったので、何度も罵ったが、これでは業が現前に報いてしまうということを忘れ、またも悪業を重ねてしまった。その結果、三回目のオートバイ事故は重大で、だれも助けてくれない中、「上師 リンチェンドルジェ・リンポチェ、どうかお助けください!」と彼女は叫んでいた。そうするとようやく一人の男性が現われ、119番通報してくれたおかげで、彼女は救急に運ばれた。彼女は「これは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが送り込んでくださった人なのだ」と分かっていた。幸い骨などに異常はなかった。里長と警察は監視カメラの映像を見て、犯人を確認するよういったが、彼女は「もういいですよ。そのままにしましょう。返済すべきは返済しなければならないのですから」といった。もし、二回目の事故の折、相手を許すことができていたら、三回目の事故は発生しなかっただろうことを、彼女ははっきり分かっていた。身体で業の報いを受けたのだ。これは過去に行った悪報が今現われたのだと、彼女は受け入れ、認めることができた。そして尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのお救いに感謝した。

三年前、「施身法法会」に参加した際、胃が我慢できないほど痛くなり、冷や汗が噴き出したが、「荘厳な道場では規律を守らなければならない。勝手に動き回ってはいけない」と自分にいい聞かせ、仏と無二無別である金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに黙って助けを求めた。すると本当に、法会が終了するまで静かにしていることができたのだ。その後、彼女は入院して検查を受けた。医者は「これはピロリ菌が原因で起きた胃癌です。腫瘍はすでに破裂して出血している。胃の全摘手術が必要だ」と宣告した。しかし、彼女は医者の提案を拒否してさっさと退院し、子供たちに「手術を受けたくない。どうかわたしの決定を尊重してほしい」と告げた。けれども、末の息子が海外に居住する兄に告げたところ、長男は直ちに帰国し、「胃癌は癌の中で最も辛い病気だ。食べることも飲むこともできず、死ぬまで血を吐き続けることになるだろう。母がこのように死んでいくのは耐えられない。手術を受けて欲しい」といい張った。そのため、彼女はしかたなく手術台に上ったが、無力感にさいなまれ、冤親債主に申し訳なく思った。

手術前、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁したが、リンチェンドルジェ・リンポチェに手術で胃を切除することは申し上げなかった。けれども、彼女は慈悲深い上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、彼女が行おうとしている一切をすべて掌握なさっていると分かっていた。なぜなら上師は仏と無二無別なのだから。人は上師の面前ではみな透明人間なのだ。最後に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは彼女に仰せになった。「心配しなくても良い!リンポチェがついておる!」彼女はそれを聞き、うれしくて、また心から感謝した。彼女は「自分はほんとうに良くない、恥ずかしい存在だ。上師に隠し事をしながら、なお上師の加持を頂戴している」と懺悔し、自分が行ったすべての過ちについて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェと諸仏菩薩に懺悔した。「わたしは間違っていました。ひどく間違っていました!」

最近、彼女はまた急患で十日あまり入院した。医者は「胆嚢炎症が原因の敗血症なので、再発を防ぐために胆嚢を切除しなければならない」といった。彼女は子供達に「自分で決めさせて欲しい!」といったが、彼らは反対した。だが、彼女は手術を受けないと決めていた。彼女には、大能力、大慈悲の金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがついていてくださるのだから。「死はだれもが辿る道。自分はそれを悟っており、80歲も過ぎた今、人生に充分満足している!」金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがお見捨てにならないことに、彼女は感謝し、己が為してきた一切の悪業について、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに何度も懺悔を申し上げた!

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて「過去に悪を為したことで病にかかる」と仰せになった。彼女は多くの病気を抱えているが、これはすべて業の報いなのだと分かっている。頭から足先まで7、8種の病があるが、とても健康に見えると、よく人にいわれる。これはすべてリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のおかげなのだ。ここ10数年来、上師リンチェンドルジェ・リンポチェがご自身の福報を大量に下されたおかげで、彼女は健康な人のような様子で過ごすことができている。「上師の恩徳にどうやってお返しをしたらいいか分からないほど感謝している!上師に感謝、また仏菩薩に感謝している!わたしは生生世世でリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子でありたいと願う。最後に、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの福寿がいつまでも続き、仏法事業が盛んになり、一切の有情に利益がもたらされる。そして、法輪が常転し長く世にあり、根器が高い弟子が法脈を受け継ぐ日が一日も早く訪れることを願う」と述べた。

続いて、別の女性弟子が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女をお救いくださった事跡について話した。

8月2日朝起きた時、頭の辺りがなんだかおかしいと感じたが、そのまま登校した。けれども11時近くなる頃、頭が痛くてたまらなくなり、同級生に保健室に連れて行ってもらった。保健室の看護師は母に電話し、すぐに病院で検査を受けさせるよう告げた。車に乗るとすぐ母は甘露丸を一個くれ、リンチェンドルジェ・リンポチェを観想申し上げるよういった。教学医院の救急室で、ベッドに横になり医者を待つよう、看護師にいわれたが、彼女はすぐに眠ってしまった。およそ三十分が過ぎた頃、突然気分が悪くなり、大量に嘔吐してしまった。頭はさらに痛くなり、痛くて涙が流れてくるほどだった。ようやく現われた医者は、急いでX線検査を受け、痛み止めの注射を打つよう指示し、救急室の人を「なぜ直ちに医者に連絡し、レントゲン検査を行わなかったのか」と叱責した。画像には新しい出血(彼女は幼い頃、転んで出血したことがあった)が写っていた。医者は非常に緊張し、「手術をするなら、そちらの方が設備が整っているから」と、すぐに別の病院に転院するよういった。

いわれた病院の救急室に着いた後、彼女は歩いて入って行ったが、看護師は脳出血と聞き、「速く横になって」といった。血圧は160前後だったが、母が古董店の兄弟子を通じて報告していたので、三十分ほど後には、血圧は110まで下がっていた。リンチェンドルジェ・リンポチェが加持下さり、お救い下さったおかげだと、彼女は信じている。気分も随分良くなり、この日の午後から夜にかけてずっと、強く眠気を感じた。

8月3日彼女は道場でリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。最初医者は、集中治療室で治療を受けるべきで、あちこち動き回るのは非常に危険だとして、行かせてくれなかったが、彼女は自分で外出手続きを行い、父母といっしょに尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げることができた。リンチェンドルジェ・リンポチェは「暑気当たりが原因の出血だ。夜更かしせず、今後は早寝を心がけ、ドリンク類をむやみやたらに飲まず、朝は豆乳を飲むように」と仰せになった。

リンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁を賜った後、彼女は病院の救急室に戻った。医者は「ベッドに横になり入院を待つよう」いったが、この時彼女は既に全く気分が悪くなく、しかも眠くて仕方がなかった昨日と違って、元気いっぱいだった。2時間余り待った後、係りが呼びに来たので、彼女はすぐに飛び起きた。すると、そのおじさんは驚いて、「どうしてそんなに素早く起き上がれるんだ。歩けるのか?」と尋ねたので、「大丈夫です。歩けます」と彼女は答えた。

続く2~3日、医者はいくつもの検查を行い、「血管瘤ができており、手術が必要になるだろう。退院後の診察で、レポートが出てくるのを待って、また話し合おう」といった。母も彼女も手術は嫌だったし、父が手術を強く主張するのではとも心配だったので、毎日リンチェンドルジェ・リンポチェとアキ護法の法写真前に跪き「手術を受けたくないのです」と願い続けた。

診察の際に医者は「一日目と三日目の画像を比べると、出血はほんの少しを残すだけで、ほとんど無くなっている。実に不可思議だ」といった。彼女と母はリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女の命を救ってくださったことに感謝した。しかも、医者は「周囲の神経を傷つける恐れがあるので、手術は勧めない」ともいう。彼らは上師に心から感謝した。これなら、父と争う必要もないのだ。彼女は「脳出血は若ければ若いほど深刻になり、即死してしまうこともある」と看護師がいうのを聞いていた。「今後は必ずしっかり仏を学ぼうと思う。リンチェンドルジェ・リンポチェが長寿であらせられ、より多くの人をお救いくださることを祈る」と彼女は結んだ。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは法座に上られ、参会者に貴重な仏法の開示をくださった。

前回の法会ではみなに、ガムポパ大師が開示なさった「涅槃因果」について教導した。その中の「寂靜涅槃因果」を証するには、「人無我」を「串習」する必要がある。「串習」とは絶えず学習を続けることで、仏法中でいう薰習のように、法会に何回か参加すればそれで分かる、というものではない。常に修習していなければ、本当に必要になった時に用いることはできない。よって、学習を続け、常に仏法を耳に届け、しかも仏法を生活の中に生かしていかなければならない。「寂靜涅槃因果」は「有餘涅槃因果」ともいわれ、顕教でよくいう「藉假修真」である。この仮の身体を以て真の本性を修める。我らはこの累世の善業と悪業が結びついてできあがった身体で、修行するのである。

「我」とはなんであろうか?先ず、我々の身体はどのように構成されているのか考えてみよう。仏經では「すべての有情衆生の身体は五大元素、つまり地、風、水、火、空で構成されている」という。「地」とは身体の骨と筋肉等である。「火」は身体のエネルギーで、人の体温を37度前後に保つ。高過ぎても低過ぎてもそれは病気で、「火が盛んで、バランスが崩れている」ことを示している。「水」は体内のすべての内分泌、血液等液体で、「風」とは体内の気をいう。欧米では気の存在を認めないが、東洋医学では「人は酸素を吸った後、酸素は我々の体内に入り、燃焼後にエネルギーを生じるが、これが気である」という。このエネルギーは体内のあらゆる器官の滋養となり、身体のすべての動きを司る。「空」とは「何も無い」ということではなく、前述の四大元素は空性であるということである。因縁から生まれ、因縁のために滅するのだ。

「寶積經」では受胎後7日毎の変化についてはっきりと述べている。いつまでにどんな器官が生まれるか、いつ指、骨、血管、筋肉が成長してくるか等すべて明確に講じている。つまり、仏は二~三千年前に、人体がどのように構成され、いかにして生まれ出てくるのかをご存知だったということだ。「地、風、水、火」の元素が因縁で結合すると、この身体が出来上がり、次に眼、耳、鼻、舌、身、意の6種の意識が生まれ、外界の刺激を受け取ることができるようになり、心が動かされて種々の煩悩を生ずるようになる。仏經ではいう。「人には51個の心所がある」と。「所」により「能」が生まれる。なぜならそなたの心が動けば、エネルギーを生み出し、こうして初めて外界に対して反応できるからだ。もし心が動かなければ、「心所」は意識と反応せず、エネルギーも生まれない。反応とはいかにして生じるのだろうか?科学的にいうなら「神経」によるが、どのような力が神経に反応を生じさせるのだろうか?

リンチェンドルジェ・リンポチェが初めてインドで閉関した時、非常に暑い時期だったので、閉関室内は40数度もあった。通常なら、これほどの高温なら汗が出るはずで、身体も何か反応するはずだ。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェは密法を通して仏菩薩に「地獄の衆生に替わり苦しみを受け入れたい」と祈っていたので、どれほどの酷暑であっても、涼しく感じ、汗も出なかった。なぜだろうか?「眼、耳、鼻、舌、身、意」の六根で得た情報は「心所」に集まるが、心が動かされなければ、「心所」は六識と作用せず、感覚のエネルギーを生じないからだ。禅定の修習、慈悲心、菩提心を通じれば、自己の「心所」に、意識に対して作用させないようにできるため、温度を感じないのだ。

観世音菩薩は「耳根圓通法門」を修め証悟なさり、「聞所聞盡」を修められた。ここにいる出家弟子も聞いたことがあるだろう。世間では「聞所聞盡」を説明する時、「最後まで修めたなら、耳にしたあらゆる音を聞こえなかったとすることができる」と信者に伝えている。51個の「心所」の内、一つは「聞」で、耳にした「所」が清浄を得た後停止すれば、当然音の影響は受けず、「聞所聞盡」でいられれば、自己の本性の修持を集中して行うことができる。実はみな「聞所聞盡」の経験があるはずだ。集中して何かに取り組んでいる時、外界の一切の音が聞こえないように感じるだろう。だれかがそなたの名を呼んだとしても、耳には入らない。これは「心所」が「耳根の意識」に対して作用しないため、エネルギーを生じず、よって影響を受けないからである。

もし「所」が清浄を得られないなら、真空の状態であっても音が聞こえる。修行のために喧騒を逃れ、人里離れて深山に入る人もいる。こうすることで、清浄が得られると考えているのだろうが、そうではない。環境が静かであれば、たくさんの音が耳に入る。虫の声も聞こえ、空気が流れる音も聞こえる。空気中のプラスとマイナスの電子の摩擦であっても音を生じるのだ。靜かであればあるほど、普段は聞こえない音が聞こえるのである。観世音菩薩の「聞所」は作用を生じない。なぜならエネルギーを生じないからで、「心」は「耳根」の影響を受けることはなく、清浄な本性に戻ることができるため、当然一切の衆生の苦しみを耳にし、あらゆる音を聞くことができる。仏經では「菩薩果位まで修めると動物の言葉を聞き分けられるようになる。この境界まで修めて初めて菩薩と呼ぶことができる」という。

日本支社の社員が、自分が飼っている犬のことをリンチェンドルジェ・リンポチェに話したことがある。彼女は、自分のうちの犬が発する声を聞き分けられるというのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを聞いてすぐに「その犬は硬いドッグフードが嫌いだろう。こう声を発して飼い主に訴えたが、飼い主は分かってくれないようだ」といった。この日本の社員は「確かにその通りです」という。犬に硬いドッグフードを与えると、犬はいつも食べず、他の物に換えると食べるというのだ。經典の記載によれば、祖師ジッテン・サムゴンが在世の頃、ある直貢噶舉の弟子が、罪を犯したため、さまざまな動物の鳴き声が表わす意味を書き出す罰を与えられた。けれども、現在では伝わっていない。

「串習人無我」とは、消極的に「この身体が無い」と考えることだろうか?そうではない。身体がなければ、我々は仏を学んで修行を行うことができない。よって、肉体がなければだめなのだ。けれども、この肉体がある故の面倒もある。「六識」は我々に、外へと感覚を働かせる。そのため「人無我」を達成することはできない。禅宗を修めた人は「楞厳經」中の法門に基づき、座禅を行い、仏が在世に「白骨観」の法門を教導なさったように、自分の身体が透明になるまで自己の内臓を観想する。しかし、これは行者が深層意識の中で自己の肉体の不存在を感じられるだけで、自己の身体が透明であるのを目にできるだけだ。それでもやはり、この身体は存在する。真に「無」ではないため、どのようにそれ以上観想しようとも、この身体はやはり存在している。

「人無我」とは「人に我がない」というのではない。この肉体は存在している。いかなる事物も故なく存在しているのではない。すべて因縁から生滅するのだ。仏性だけが自性を有する。この「我」さえも因縁から生まれ、因縁から滅するのであって、自性を有するのではない。「人無我」を「串習」することで、意識から取り掛かる。なぜなら「貪、瞋、痴、慢、疑」というこの五毒も51の「心所」に含まれるのだから。仏を学ぶのに、なぜ必ず戒を守らなければならないのか?戒を守ることでしか、51の「心所」を靜止させることはできないからである。だれもが意識で仏を学んでいる。しかし、意識で学ぶのは非常に難しいのだ。我々は、眼で仏像を拝見し、耳で仏法を拝聴し、口で經を念じる。もし、見ず、聞かないなら、仏像を目にできず、仏法も耳に入らず、仏を学ぶのは非常に難しい。「六根」の影響を受けないよう、この51個の「心所」のコントロールを学ばなければならない。そうして初めて、本性は徐々に顕露する。

我々は矛盾した環境で生きており、身体がなければ修行もできない。この業が身に報い、また「眼、耳、鼻、舌、身、意」が我々の本性を惑わしてしまう。仏法は他の宗教とは異なる。他の宗教はそなたの存在価值を否定し、そなたの好いものは神がお与えくださり、悪ければ罰せられると教え、自身に決定権はない。仏法は「あらゆる事はすべて自分で為したものだ」と教える。悪を為せば三悪道に堕ちる。この世で受けている苦しみは、自分が過去世で為した善悪業の報いなのだ。この世の肉体は因縁により在るもので、業は身に報いるのだ。今仏を学んでも過去世で為した果報を変えることはできない。ただ、未来世が好転するだけだ。悪報の発生を望まないなら、仏を学ぶ善報さえも出現しないだろう。みな今は人の相に現われている。これは「貪瞋痴」の習性をなお有しており、為す悪が善より多いことを表わしている。さもなくば、天道に生まれ福を享受しているはずだ。

なぜそなた達は今になっても、簡単に「瞋念」を起こし他人に対して怒り、甚だしくは上師に対してさえ怒るのか?なぜならそなた達は意識で仏を学んでいるからだ。そなた達にとって仏を学ぶことは、自分の情緒を安定させるため、話がうまくなるように、人間関係をうまく結ぶことができるように、自分に害を為す人に遭遇しないように、とすべて自分のためだ。他人から好かれるよう、仏を学ぶによって自分の外見が魅力的になるよう望んでいる者さえいる。仏經では「仏は三十二相をもつ」という。菩薩も菩薩の相があり、人は人の相がある。阿羅漢にも阿羅漢の相があり、どれもみなはっきりしているのだ。もし、心が善であるなら、面相も自然に柔善になり、心が悪であるなら醜い外見となる。しばしば悪事を為す人は、一目で悪人と分かる顔つきとなり、表面上は良い人を装っていても、何かが起きると、すぐに本来の姿が現われる。そなた達が仏を学ぶのは自己のためであるなら、山のような欲望を抱えており、常に「瞋念」を起こしているのである。欲望があり瞋恨があれば、煩悩がある。煩悩があれば執著があり、執著があれば慈悲を修めることはできない。慈悲を修められなければ、仏法を身に着けることもできない。

仏はなぜ法を49年講じたのだろうか。人は「物器世界」、すなわち「物質を主とする世界」で物質の存在に執着しているからである。現代科学の視点からいえば、科学者は研究を通じて、我々の身体を含む一切の物質はすべて分子、原子から組成されていると既に証明している。なぜみな自分が害を受けると思うのだろうか?それは「心所」が「動作」を起こすため、自分が害を受けると思うからだ。そなたが手指を一本失ったなら、科学では、「大したことはない」と冷酷にもいうだろう。なぜなら少しの分子、原子を失ったに過ぎないのだから。ただ我々がその部位を手指と呼んでいるに過ぎず、数百年後には、違った呼び名になっているかもしれない。自己の身体に非常にこだわり、自己の眼、耳に何かが起きたと思っている人がいる。実はただの分子と原子で組成されている構造に過ぎないのだ。たとえこんなに細かく述べないとしても、大雑把にいっても、ただの血肉に過ぎないのである。

自分の感情(気持ち)が傷ついたと考え、非常に辛いと感じる人がいる。感情とはなんだろうか?中国語は非常に美しく巧妙だ。「感」とは感覚で、「情」とは欲望の一種で、満足を得ようとするものである。そのため、執著し、外に対して反応を生じる。親子の情であろうと、男女の愛情であろうと、そなたは自身が意識した感覚を一個の実体に変え、この感覚に対して執著を生じる。これが「情執」である。我々は感覚が形成する体を真実とみなすが、実は、そなたが相手を好きであろうと、相手がそなたを好きであろうと、すべては因縁法に過ぎないのだ。そなた達は前世で互いに借りがあり、この世で返しているのだ。返し終われば、その縁も無くなるだろう。

考えてみよ。互いに借りがないなら、どうしてそなたを好きになり、そなたに対して良くしようと考え、そなたに贈り物をしてくれるだろうか?嫌いな人には贈り物などしたくないだろう。つまり、そなたがその人からたくさんの贈り物を得たなら、この「好き」でさえあっという間に消失してしまうだろう。親子の情であろうと、男女の愛情、恨みであろうと、すべては「人無我」なのである。今、相手を恨む「我」がないなら、恨はない。相手を愛する「我」がないなら、愛はない。愛にこだわり過ぎてはならない。愛は行き着くところ「礙」になり、そなたが生死を解脱するための障碍となるだろう。

世間に対して冷淡になり、距離を置け、といっているのではない。ただ、自分は何物でもなく、ただの分子の集まりに過ぎないのだということを悟らなければならないのだ。かつて釈迦牟尼仏は出家者に「白骨観」を修めるよう教導なさった。つまり、自分が死に、身体が徐々に腐乱し、蛆がわき、蛆に食われ、蛆がハエになり飛び去り、最後には白骨だけが残るさまを観想するのだ。しかし、多くの出家者は最後には自殺してしまったので、釈迦牟尼仏はその後、これを教導なさらなくなった。なぜなら善根が足りず、この法を修められない人がいるからだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に異性と交際してはならない、結婚してはならないというのではない。これらは仏を学ぶこととは関係がなく、そなた達自身の因縁なのだ。感情がない人は慈悲を修めることはできない。仏を学んで修行では、特定の対象に対して執著する感情を衆生に対する平等な慈悲に転じることが必要である。感情とは誰が創り上げたものなのかを知らなければならない。それを創り上げたのは自分自身なのだ。仏を学んでいるのだから、これを慈悲に転じなければならない。「人無我」を成し遂げ、我の存在は因縁生滅であり、生活のためではないと理解しなければならない。この我とは、累世に為した善業、悪業がこの一世のこの身体に絶えず現われている因果に過ぎない。それで、仏經では我々の身体は「業報身」という。つまり、我々が累世で為した善と悪、これら業はすべて身体に報として現われるというのである。この一世で受けるのは過去世で為した報いで、この一世の行いの報いを未来で受けるのだ。こうすれば、なぜ我々の身体は病に罹るのかが分かるだろう。これこそ業力の顕現である。

病を得て非常に辛く、毎日苦しいと感じ、または自分の感情が傷つけられたと考える人がいる。しかし実は、身体が傷を受けようと、感情が傷つこうと、そなたの清浄な本性は傷ついてはいないのだ。そなたの清浄な本性は不動で、そなたの意識が心を動かし、自分が苦しいと思っているだけなのだ。けれども、どんなに苦しくとも、どんなに深刻な病を得ようとも、やはり毎日ものを得ている。呼吸ができ、空気を得ているではないか。入るものも出るものもあるのだ。そなた達が生活で享受できる一切は、衆生が差し出してくれているものなのだ。そなた達はどれくらい与えているだろうか、考えてみよ?どれだけもらっているか?もらっている方が多いだろう。

そなた達は台湾に暮らせるだけで、既に福報に恵まれている。幸福な日々を過ごしているのだ。クーラーがあり、安全に歩ける道がある。それは福報があるからで、感謝の心を抱かなければならない。なぜ辛いと思うのか?それは感謝の心がないからだ。自分にとって好ましいあらゆることを、そなた達は当然だと思っているだろう。今日用いたどんな物であれ、それは他人が差し出してくれたものなのだ。電力がなければクーラーは使えず、電線を通してくれる人だって必要だろう。そうでなければ、電力は家まで届かないのだ。外出すれば道がある。それはみなが納税し、政府が道路を舗装しているからだ。水が飲めるのも、消毒を経て、家庭まで届いているからだろう。今でもアジア、中東、南米には、クーラーがなく、食べ物も衣服もなく、清潔な水さえ飲めない人がいるのだ!毎日世界各地で、多くの人が何も食べられず餓死している。外国でなくとも、台湾でも、合歓山ほどの高山でなくとも、拉拉山程度でも頂上には水道も電気もないのだ。

考えてみよ。もし、それらの場所で生活しているなら、今そなた達のような暮らしが成り立つだろうか?つまりそなた達は福報があるのだ。今日あることはすべて因縁の出現である。そのため、このような暮らしが送れているのである。足るを知らなければならない!私事を世界中の苦しみにしてはならない。自分が苦しいからといって、それを表に現してはならない。日々24時間の生活はすべて因縁の中にある。過去たくさんの因があったため、今の私があるのだ。現在を変えることはできないが、善の方向へと行いを改めれば、何日か後に善の果が出現するかもしれない。

「法無我」とは一切の体相はすべて因縁生滅であると理解することである。水を一杯飲むといっても、飲みたいと思えば出現するのではなく、たくさんの因縁を経て初めて口に届くのだ。衣服であろうと、仕事であろうと、すべては縁から生まれている。自分がいなければ会社は立ち行かないというのは、「法無我」がない考え方である。空性まで証すれば、真如法界に入り、一切の現象は因縁生滅であると悟ることができる。かつて有名な公案(禅の課題)があった。六祖慧能はかつて廣州へ行き、二人の法師が門外の幡について話しているのを聞いた。一人は「風が幡を吹き動かしている」といい、もう一人は「幡が風に従い動いている」という。六祖慧能は「仁者の心は幡に従い動く」といった。後に、主法者が六祖慧能に法座での講法を依頼し、これより弘揚禅宗が始まった。

そなた達は人が打たれているのを見ても痛いとは感じないだろう。なぜなら打たれているのは自分ではないからで、「だれかが打たれている」と認識するくらいだろう。そなた達は痛いと感じない。他人の身体が打たれているので、自分の身体が打たれているのではないから、痛いとは感じないのだ。そなた達が痛いと感じないのは、自分と他人との分別があるからだ。菩薩は知らない人であっても、さらには一切の衆生をさえ、同身として感じられ、相手の感受を感じることができ、痛みも感じられる。これが「同体大悲」である。「法無我」である。そなたが執著する外在の一切の情況、事情、対象、事物、人等はすべて自性にして有るのではなく、因縁生滅なのであり、もともと存在しているのではないのだ。ある法師が講じる法は聞きたい、或いは聞きたくないなどと分別してはならない。法には大小がない。衆生を生死の輪迴から解脱させることができるなら、それは等しく仏法である。もし、この法師が講じる法は聞きたくない、と思うなら、他のところへ行っても良い。だめなのではない。ただ、これまで累積した功徳がすべて零になってしまうだけで、また零から始めるだけである。実は、「好き」と「好きではない」、「恨む」と「恨まない」は助縁の累積なのだ。

ここでいう「寂靜涅槃」を得ることができる助縁とは「十二頭陀功徳」等である。釈迦牟尼仏が最初に講じられた法は「四聖諦法」と「十二因縁法」である。いわゆる南伝仏法で「阿含經」と「雑阿含經」を主とする。菩薩道は仏が宣說なさったのではないと思っている者もいるだろう。この考えはいくらか執著である。もし菩薩道がなければ、どうして菩薩は世間に来られて衆生を済度なされるだろうか?釈迦牟尼仏が当初「四聖諦法」と「十二因縁法」を開示なさったのは、仏が成仏なさる前に身辺に付き従った6人の侍者の因縁と関係があり、また当時のインドの文化的背景と関係がある。当初6人の侍者は仏に従い共に苦修を行った。当時のインドには多くの外道があった。これら外道は今でも存在している。彼らは人生は苦であると知っており、輪迴は苦であると知っている。けれども、この苦をいかにして離れるかを知らないため、片足だけで2、3年立ち続ける、或いは手で自分の頭を持ち続けるなどの苦修を通して、これら苦を解決できると考えたのだ。

「十二因縁法」は人の一生中のすべての因果をすべて書き出してある。生まれ変わりから始め、すべての感覚と「我」はいかにして来るのかを思惟している。インド人は思維を非常に好むため、インド人に適しているのだ。当時の人は今より福報が多かったので、毎日何もしておらず、多くの時間を思維に費やすことができたので、釈迦牟尼仏は6人の侍者に対して「十二因縁法」と「四聖諦法」を開示することができたのである。台湾では現在でも多くの人が「仏を学ぶことはここから始めるべき」と考えている。けれども、現代人はそれほどたくさんの時間を思維に費やすことはできない。在家の者には菩薩道の方が適している。しかも、末法時代の人は業が重い。現代人は忙しく、「十二因縁法」、「四聖諦法」を修めて悟りを開くのは、ほとんど不可能である。

昨日ある信者がリンチェンドルジェ・リンポチェに「霊能力者に会ったところ、その人が『急いで修行せよ』といい、夢の中で仏菩薩が『急いで修行するよう。そなたは仏と縁がある』と仰せになった」といった。このような人は大うそつきだ!地球上のあらゆる人は仏と縁がある。この一世に人となったのは、仏菩薩の差配を受けているためで、そなたは前世でかつて仏が開示なさる「十善法」を聞き、「十善法」を行い、戒を守ったということを示している。それでこそ、この一世に人となれたのだ。

経典では「この因、縁両方の会合により、『無住涅槃の果』を証することができる!」という。仏法では因果と因縁について必ず講じる。善因であろうと悪因であろうと、果報が成熟する前に、必ず因縁が出現し、これにより果報は転変する機会を得るのだ。因だけがあり、間に縁がないなら、果も成熟しない。悪の因があっても、今悪を止め善を行うなら、果もそれほど苦しくはない。善の因があっても、善の助縁がないなら、間にはプラスがないということで、果もそれほど豊かではない。因があれば必ず果がある。その間にある助縁が何であるかによるのだ。仏を学ぶことと同じように、そなたは今日仏を学ぶ因がある。上師と仏菩薩は善の助縁を増すよう手助けし、そなた達が未来に良い果が得られるよう助けてくださる。反対に、前世の修行で善の因があったため、リンポチェに転生したとしても、この一世で修行を続けず、上師の教導も受けず、法に従うこともしないなら、この世で成就を得ることはできず、この一生はただ静かに無名のまま過ぎるだけだろう。そなたは仏を学ぶことができるのだ。この因縁を大切にし、未来に好ましい果をもたらす縁を大切にしなければならない。

経典では「『寂靜涅槃の助縁』を得るには、仏陀三宝に頼り、必要な資糧を蓄え(積累)なければならない」という。このように、仏を学ぶには三宝に頼ることが絶対に必要なのである。特に、上師は仏を学ぶ助縁を非常にたくさん生み出すことができ、必要な資糧を蓄えられるよう手助けすることができる。経典でいう「積累」とは、一朝一夕に為せるものではなく、長い時間をかけてゆっくりと累積するものである。仏法は継続学習が必要なのだ。三宝とは「仏、法、僧」をいう。僧宝とは出家者ではなく、生死を解脱する法門を修めた比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷をいう。そのため「上師は必要でない。自宅で自分で修行していれば、修めることができる」と考える者もいるが、それはありえないことである。三宝に対して不恭敬で、上師がいなければ、修めることはできないのだ。参拝に来るような心構えで法会に参加し、それで仏教に関する学問を学習したと思っており、話す時には歷史の理論だけを引用し、研討会を開き、「仏はこのように開示なさった。なぜならこのような歷史要因があるからだ」と説明する。それではただの学者に過ぎない。

これらは、仏法の修行にプラスになるだろうか?それはなかなかいい難い。なぜ「中土仏法」では現在「浄土宗」だけが比較的隆盛なのだろうか。禅宗と天台宗は既に衰えているのだろうか?これは宋代の頃、儒家思想を仏教思想に加え、いわゆる理学を生み出した人々がいたが、最後には空談に流れてしまし、実修がなかったからである。他人の行為を批評しながら、真に自己の行為を改めることをせず、仏法を学問にしてしまった。そのため、仏法は徐々に衰退してしまったのだ。チベット仏教は、なぜ現在まで盛んなのか?それはチベット仏教が密法だからではなく、重要なのはチベット仏教では四大教派すべてが実修だからである。仏法は口で講じるものではなく、真に行うものなのである。

経典では「『無住涅槃』を得られる根因は『証悟二無我的般若』で、『無住涅槃』の助縁を得るには『四無量心、六度、四攝』を串習しなければならない」という。「無住涅槃」とは「無餘涅槃」で、「二無我」とは「人無我」と「法無我」を行うことである。真に「法無我」を体得したいなら、必ず密法を学ばなければならない。そなた達にとっては非常に難しいだろう。なぜならそなた達は現在、意識と心の作用との間の差異を分別できないからである。みな意識を用いて日々を過ごしている。なぜ六根を六賊というのだろうか。それは「六賊」は我々の心を盗む(偷)からである。「偷」は意識に隠れており、これによりそなたの心は六根の影響に従い、隨時外界の刺激を受け、「貪、瞋、痴、慢、疑」の五毒でいっぱいになる。こうして、輪迴に堕ちる種々の行為を行わされるのである。

もし「人無我」、「法無我」を悟れないなら、仏を学ぶことで功徳を積むことはできず、学んだものは少しの福報をもたらすが、次の一世でなければ用いることはできない。仏法がなければ、今日のリンチェンドルジェ・リンポチェはない。もし当初リンチェンドルジェ・リンポチェが尊勝なる直貢ツェツァン法王に皈依していなければ、後の一切は発生しなかっただろう。そなた達は密法の学習が簡単だと考えてはならない。このような見方は誤りだ。密法は「学ぼうと思えば学べる」というものではない。密法を学ぶ前には、先ず10年顕教を修め、上師の授権の後、初めて本尊、閉関等を修めることができるのであって、いくつもの段階を踏まなければならないのだ。そなた達は直貢噶舉の弟子といっているが、実はただの直貢噶舉の信者なのだ。直貢ツェツァン法王が公開の場で灌頂をお授けくださったからといって、そなたが弟子だという訳ではない。それは結縁に過ぎないのだが、みな執著しており、自分は得られたと思っているのだ。

灌頂を受ければある法門を修められたというのではない。真の灌頂とは一対一である。灌頂にも「隨縁灌頂」、「祕密壇城灌頂」等たくさんの種類がある。尊勝なる直貢ツェツァン法王が灌頂くださったのだから、自分で修行できると思ってはならない。通常、集団に対して授けるのは「隨縁灌頂」で、この法と縁を結ばせ、将来因縁がありこの法を修習できるよう願うものである。簡単にいえば、求めずとも授けられた灌頂とは「結縁灌頂」に過ぎない。尊勝なる直貢ツェツァン法王が御自らリンチェンドルジェ・リンポチェにお授けくださった灌頂はそれとは違う。それは真の灌頂で、しかも一対一の灌頂であり、多くの因縁が含まれているのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェが今日修めているリンポチェの果位は、頭を使って修めたものではない。尊勝なる直貢ツェツァン法王に皈依した日より、自分が将来リンポチェの果位を証じることができる、或いは弟子となれるなどとは考えたこともなかった。しかし、リンチェンドルジェ・リンポチェはただ一つのことを知っていた。「仏法は自己に利益し、衆生に利益する。上師の教導に完全に従って行い、自分の考え方を持たない」ということだ。これはすなわち、リンチェンドルジェ・リンポチェが基本的な「人無我」、「法無我」を為しているからである。リンチェンドルジェ・リンポチェは尊勝なる直貢ツェツァン法王の座下で仏を学んでいる。みなが想像しているように、求めてすぐに与えられたのではなく、最初は教えに従い行い、努力して自分を改め、ここ最近になって、直貢ツェツァン法王はようやくリンチェンドルジェ・リンポチェに御自ら伝法くださるようになったのである。

経典中では「無住涅槃」を証するには「四無量心、六度、四攝」を串習しなければならないという。「四無量心」とは「慈、悲、喜、捨」である。他人が公の場で自分のことをあれこれいった、といっておもしろく思わないなら、それは「慈、悲、喜、捨」を修めていないということになる。自己のすべての感覚を捨てなければ、慈悲を修習することはできない。リンチェンドルジェ・リンポチェは弘法度衆において、自分の立場と利益を考えたことなど一度もない。命をかけて衆生を救うのに、自分は影響を受けないだろうかなどと考えたことはない。さもなくば、リンチェンドルジェ・リンポチェの年齢と多忙の程度で、毎週土曜日にこれほど多くの信衆に接見し、日曜日に法座に上り法会を主持するなど不可能である。そなた達は、リンポチェになることを立派だなどと考えてはならない。世界で最も危険な事は、リンポチェとなることだ。他人が嫉妒心を起こすだろうし、たくさん事はそなた達にとって抱えられるものではない。ビジネスは止めることもできるが、リンポチェであるからといって、止めるといって止めてしまうことはできない。尊勝なる 直貢ツェツァン法王がリンチェンドルジェ・リンポチェに引退するようご指示になるまで、リンチェンドルジェ・リンポチェは引退できないのだ。

「慈、悲、喜、捨」の心は、日常生活で必ず修習しなければならず、少なくとも諦めてはならない。真の修行者は、あることがその人に一時的に煩悩を生じさせたとしても、なんとか解決できる。けれども、処理できたならそれで過ごしてしまい、良いも悪いも、それに執著しない。仏を学ぶ人はどんな事が起きようと、興奮することも悲しむこともないからである。我々は外在の情況がどうであろうと、心は常に安住し、その影響を受けて、大きく起伏しないよう学ばなければならない。もしこれさえできないなら、仏を学ぶ人と呼ぶことはできない。

「四無量心」は「慈、悲、喜、捨」を発願すれば、修めることができ、「六度万行」を修め「修六波羅蜜-布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧」を修める必要もある。なぜそなた達は破戒を続けるのだろうか?それは捨ができないからである。もし布施がよくできるなら、持戒もよくできるはずで、忍辱も修められるはずである。前三項目が修められたなら、後三項目を一項目ずつ修めていく必要はない。そなた達は持戒、精進ができない。なぜならそなた達は布施ができないからである。布施ができるなら、後に続く項目は自然とできるようになるであろう。

なぜ布施する必要があるのか?リンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達に正しいやり方を教えたことがある。けれども、そなた達は従わない。(リンチェンドルジェ・リンポチェは最近受け取った手珠をお持ちになった)「供養時に留意すべき点」についてを開示しよう。この手珠は、持ってきた人にとっては貴重品かもしれないが、材質は貴重というほどではない。しかも数珠の紐が緩んでおり、使ったことがある、身に着けたことがあるということを示している。もし、上師が弟子に与える、つまり尊勝なる直貢ツェツァン法王が御身に着けられた物をリンチェンドルジェ・リンポチェに下賜くださる、或いはリンチェンドルジェ・リンポチェの物をそなた達に与えるなら、というならその意義は当然異なる。けれども、この人は使ったことがある手珠を上師に供養した。自分が使ったことがある物を上師に使わせようというのだろうか?

この手珠を供養した人は「自分にとって最高の物を供養したのかもしれない」と或いはそなた達はいうだろう。もし、チベット等の地であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェはそれを信じる。けれども、台湾では絕対に有り得ない。たとえ失業して収入がなくとも、少なくとも失業保険があるではないか。二週間前リンチェンドルジェ・リンポチェはある弟子が供養した孔雀の羽を受取ったため、みなに供養の際の心構えについて開示した。それなのにまたすぐに身に着けたことがある手珠を供養する人がいるとは!供養で最も良くないのは、自分の不要品を供養することだ。布施、供養は自分にとって最高の物で行うのであって、自分が身に着けたことがある手珠をリンチェンドルジェ・リンポチェに供養するのは「自分はこれを使わないから、上師にでもくれてやれ」というのだろう。能力がないなら行わなければよい。無理に行えば、かえって自分にとって良くないことになる。特に、身体に触れたことがある、身に着けたことがある物を供養するのは、こうすることで、上師といわゆる肌の触れ合いができると考えるのだろうか?そなたが身に着けたことがある品物が欲しい、と上師が自らいわない限り、このような考え方は正しくない。上師がこのようにいうのは、そなたの持ち物を欲しがっているのではなく、この人と縁を結ぼうと考えているのだ。その人が普段供養していないのを知っているため、自ら口を開くことで、この人と仏菩薩、修行者との縁を結び、福報を累積する機会を与えようとしているのだ。

リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて何度も開示したことがある。仏經のある記載についてだ。かつてのインドにいたある女性は非常に貧乏で、ほんとうに何もなく、ズボンが一本あるだけだった。ある日、釈迦牟尼仏は彼女の家の前を通り過ぎた。けれどもそこは水浸しだったため、彼女はたった一つ身に着けていたズボンを水溜まりの上に敷き、釈迦牟尼仏に無事にお通り願った。彼女は懺悔心と恭敬心で供養を行ったため福報はすぐに現われ、後に国王の妃となった。彼女は王妃となった後、釈迦牟尼仏がある場所で法を講じると聞き、非常にたくさんの供養を持って赴いたが、釈迦牟尼仏は彼女の供養をお受け取りにならなかった。なぜなら彼女が王妃になった後の供養は、懺悔心から出たものではなかったからだ。

上師が自ら口に出したのでなければ、自分が使ったことがある品物を供養してはならない。この商業社会にあって、最も実用的なのは金銭である。また、黄金、宝石類であれば磨くことができ、磨いた後は新品同様になる。他の物なら供養しなくともよい。(その場で、リンチェンドルジェ・リンポチェは侍者を務めていた弟子に指示し、手珠を入場位置のカウンターに置いた。そして)この手珠を供養した者は、黙って持って帰ればよい。

今日そなた達は、経典がいうように「無住涅槃」を得るためには、「慈、悲、喜、捨」、「六度万行」と「四摂法」を修習しなければならない、と理解しなければならない。「四摂法」中の一項は同事である。同事とは同じ会社に勤めている人ではなく、同類という意味である。釈迦牟尼仏は衆生を済度するため、累世では孔雀、猿猴、鹿、熊に生まれられた。釈迦牟尼仏はこれら動物の王として生まれられたのだ。同類でなければ、さまざまな方法で衆生に体得させることはできないからである。「四摂法」には「巧語」の項があり、巧みで便利な言葉により、衆生を助けるのである。仏經でいう「愛語」とは相手が聴きたがる話をするというのではなく、相手を愛するということでもない。「愛語」とは相手を愛護し、相手を輪迴に堕ちないようにする言葉のことで、叱責も愛語に含まれる。そのため、普段からリンチェンドルジェ・リンポチェはそなた達を叱責し、なだめ、嘲笑し、急かし、無視し、さらには寄り付けないのだ。自分はどこが過っているのか、どこが問題なのかを知らしめ、どのように改変すれば傷つくことがないのかを知らしめるためである。

輪迴に堕ちるような行為を改めさせることができる言葉であるなら、それはすべて愛語の一部である。修行者の「嬉、笑、怒、罵」はすべて仏法で、罵ろうと、急かそうと、苛めようと、痛めつけようと、それはすべてそなたを助けるもので、輪迴の因を断ち切らせるためなのである。弘法人は衆生の因縁を知らなければならない。そうして初めていかにして衆生を助けるかを知ることができる。誰かに会えば先ず「阿弥陀仏」という人がいる。けれども、自分はいいたくても、他人が聞きたいとは限らないのだ。

「巧語」とは巧みで便利な言葉で、相手に自分の過ちを知らしめ、相手に変化を起こさせ、悪を善に転じさせることができる。昨日ある女性信衆が癌に罹ったので、夫に付き添われて リンチェンドルジェ・リンポチェに会いに来た。彼女の夫はリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁する際リンチェンドルジェ・リンポチェに向って走ってきた。これではリンチェンドルジェ・リンポチェに対して非常に恭敬であるとはいえない。女性信者は自分は癌にかかり非常に辛いと思っている。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼らを助けるため「もともとは妻にあまり関心を払っていなかったが、妻が病を得たのを目にし、付き添って拝謁することを承諾した。これはいくらか惻隱の心があり、善であることを示している」と夫にいった。彼はこれを聞き、リンチェンドルジェ・リンポチェと自分とが同一線上に立っており、敵対しているのではないと理解し、リンチェンドルジェ・リンポチェの開示を続けて聞く気になったようだった。

リンチェンドルジェ・リンポチェは「仏を学ぶなら上師に従わなければならない。孫悟空のように、岩から一人で跳び出してくるのではない」と彼らに告げた。彼はこの比喻を聞きようやく笑った。リンチェンドルジェ・リンポチェは「けれども孫悟空であったとしても、如来仏の掌から跳び出すことはできないのだ」と続けて開示した。リンチェンドルジェ・リンポチェのこの開示の後、女性信者の夫はようやく納得し、リンチェンドルジェ・リンポチェに対して恭敬心を起こしたようで、出て行く時には、普通の歩き方で出て行った。リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を済度させるにはたくさんの方法がある。その衆生それぞれに応じて、因縁の違いに応じて、種々の教法を用いる。常に同様の方法しか用いない人が多いが、信者が何か問題にぶつかる度に、「ではしっかり懺悔しなさい。観世音菩薩は慈悲深い!」とだけいっていたなら、自分に関心を持ってくれていないと思うだろう。弘法しようとする者として、自分はたくさんの経を学んだと自己満足するのではなく、衆生を救いたいのだ。衆生の供養を受け取り、衆生が苦しみ救いを求めているのに、彼らの問題解決を手助けできないなら、これでは無責任であろう。

癌を患うある信者は、たくさんの要因が障碍となり、施身法法会に参加することができなかった。昨日息子がリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁に来たので、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲をかけ、彼を父親の代わりとして、道場で大礼拜を行わせてやった。そなた達は知っているだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェは土曜日に信者を接見する際、法座に一度上れば4~5時間にもなることを。彼は教えに従い最後まで大礼拝を行った。かなり大変だっただろう。そして今朝、父親は往生した。そなた達は思うかもしれない。もし拝謁に来なかったなら、なお数日生きられたかもしれない、と。しかし、修行者としては、苦しみながら生きるなら、早く阿弥陀仏の浄土に行かせた方が良いと考える。この信衆は往生後、リンチェンドルジェ・リンポチェがポワ法を修め済度させた。彼は葬祭業を営んでおり、かねてからリンチェンドルジェ・リンポチェのたくさんの弟子を助けながら代金を受け取らなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェの多くの貧乏な弟子たちが、往生時にこの信者の世話になったのだ。彼はもともとはポワ法を得る資格を備えていなかったが、彼はリンチェンドルジェ・リンポチェの弟子を助けたので、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に仮ができたのだ。よって彼にポワ法を修した。そなた達は何かありさえすれば、リンチェンドルジェ・リンポチェを利用している!

この信者は本来は、ポワ法済度を得る因縁福報を備えてはいなかったが、彼は生前、ある特徴を持っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェを目にしさえすれば、どんな場所であろうと、どんな場合であろうと、必ず跪きリンチェンドルジェ・リンポチェに頂礼を行ったのだ。雨が降っていようと、地面が湿っていようと、背広を着ていようと、いつも同じようにリンチェンドルジェ・リンポチェに跪いた。彼は、恭敬心があったので因縁もあり福報を受け、リンチェンドルジェ・リンポチェのポワ法済度を受けることができたのかもしれない。このように、仏を学ぶでは必ずたくさんの事を行わなければならないかというと、必ずしもそうではない。大切なのは心で、心念に少しの変化があるなら、非常に大きな転変があり、輪迴から生死を解脱できるかもしれないのである。

仏を学ぶの心構えは複雑過ぎてはならず、単純でなければならない。仏を学ぶとは生死を解脱するためであって、そなた達の家庭や事業を順調にするためではないのだということを知らなければならない。ある信衆がやって来てリンチェンドルジェ・リンポチェに、彼の仏教文物の流通事業がうまく行かないという。その言下の意はリンチェンドルジェ・リンポチェに取引きを紹介してほしいということだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは彼に「仏教文物のビジネスを行うに、リンチェンドルジェ・リンポチェほど適した人はいない。1000名余りの弟子に一人一尊ずつ佛像を買わせれば、充分に儲かるだろう。ではなぜリンチェンドルジェ・リンポチェはそうしないのか?それは仏像は買売するものではないからだ。こんなことをすれば果報があるだろう。道具などならまだ良い。けれどもリンチェンドルジェ・リンポチェはどんなに貧乏だとしても、仏像を売ることはしないだろう。そなたが日々暮らしていけているなら、それは仏がそなたを助けているからで、そなたが仏像を作らせて人々に日々拝ませているなら、その功徳は非常に大きい。生生世世でも使い切れないほどで、食べるに困らず生活できるならそれで良い。赤字でないならそれで良いのだ」と開示した。

商業社会である現代、なんでも商業化している。店でタンカを買えば、隣にはリンポチェがおり、その場で開光してくれる。かつてのチベットでは、仏像を作ったりタンカを描く人は、それを完成させても価格をつけなかった。欲しい人が払うだけを受け取るのだ。そして仏像やタンカを得た後は、リンポチェを尋ね、開光くださるよう求めなければならない。タンカには価格が標示してあり、リンポチェがそこで座って待っており、買った後直ちに開光してくれる現在とでは大違いだ。(法会の場で、ナンジュガムポもリンチェンドルジェ・リンポチェが仰せになったことに同意し、「かつてのチベットでは、確かにこのようではなかった」とおっしゃった。リンチェンドルジェ・リンポチェはため息を吐いて仰せになった)今では何でも商売になってしまった。

そなた達が今過ごしている日々はすべて世間法で、輪迴を解脱するには何の助けもない。世間法を修習すれば成就を得られ、世間法はそなたを邪魔しないようになる。さもなくば、臨終になって後悔しても遅いのだ。病が自然に治るという人もいる。このようにいうのも、因果を信じないからだ。どんな事でも因果法則を離れることはできず、自然にどうなるとは有り得ないのだ。つまり「自然は美しい」とはいわないのだ。真の大自然は非常に恐ろしいものである。2007年リンチェンドルジェ・リンポチェはネパールで閉関した。その地の樹木はみな樹齢数百年の古木で、昆虫も動物もおり、正に自然のただ中だった。一晚過ごすだけでも、そなた達なら我慢できないだろう。大自然とはそなた達が思うように美しいものではない。真の大自然で一夜を過ごすなら、そなた達なら翌朝には死んでしまっているだろう。

「出世法」と「世間法」を無理に分けようとする人が多い。法会に参加する時には仏を学ぶが、道場を出たなら自己を放任してもよいと考え、「貪瞋痴」が悉く現われる。経典では「『世間法』であろうと『出世間法』であろうと、一切諸法の因果実相、万事万物の因果法則は絕対に真実である」という。これはどういうことだろうか?いわゆる「出世法」と「世間法」とは二分できないということを知らなければならない。「出世法」とは種々の現象ではすべて、苦が多く楽が少なく、すべて無常で、空性の中で絶えず変動していると体得するものである。「世間法」はそなた達が毎日過ごしている日常生活も、因果と因縁法を離れるものではないと知るものである。よって、その内の差異を知った後は、「世間法」は実は「出世法」を離れず、両者は無二無別であるということを知ることになるだろう。

「自分は博士号を持っているので特別な人間だ」と自慢げにしている教授がいた。「リンチェンドルジェ・リンポチェは教授ではない。何を学んだのか?なぜリンチェンドルジェ・リンポチェの講話を聞かなければならないのか?」と心の中で思っていた。リンチェンドルジェ・リンポチェは開示した。「教授になることも、博士号を取得することも、自慢できる価値など何もない。この一世でなぜ博士号を取得でき、または教授にまで上れたのか?この一世で聡明であったからでなく、前世で植えつけた因のおかげなのだ。仏經を学んだことがあり、仏法を悟ったことがあり、かつて仏法を人に開示したことがあるので、この一世で他人より成績がよく、博士号を取得し教授になれたのだ。聡明であっても、勉強がよくできるとは限らない。見たところ頭が悪そうでも、試験をすると点数が高いという人もいる。身近にもこのようなことがよくあるだろう。頭がいいのに合格せず、バカなのに合格する。これはすべて福報に関わっているのだ。

自分は学があり、高い知識があると考えている人は仏を学ぶことが難しい。金があり権力があり、すべてが幸福で満たされている人も仏を学ぶことが難しい。金持ちに仏を修めさせるのは非常に困難である。金持ちは「自分はあらゆるものを持っている。仏を学ぶの必要はない」と思っているからだ。今がどんなに良くても、人はいつか必ず老いる。年齢が増して行くに従い、たくさんの苦しみを受けることになるだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェのように密法を学べば、老いの速度は少し緩やかになるが。密法を修めなければ、年齢に連れて必ず老いるのだ。リンチェンドルジェ・リンポチェは、もうすぐ90歲になる母が老いの苦しみに苛まれているのを見て、 釈迦牟尼仏が人生における生老病死苦を目にされ、修行を決意されたことに思い至った。若い人たちは年寄りの苦しみを知らない。老いれば何もできなくなる。長く歩こうと思っても歩けず、たくさん食べようと思っても食べれず、たくさん眠ろうと思っても眠れず、睡眠を少なめにしようと思っても思い通りにならない。いろいろな事を行おうと思うが、どうしてもできない。やろうと思ったことが、なんでもできるそなた達とは違うのだ。

よって「ある任務を完成させたらその暁には学佛しよう。定年退職したら仏を学ぼう」等といっている場合ではない。年をとるのを待っていたのでは、間に合わないのだ!自分が受ける老いの苦しみを減らしたいと思うのなら、今の内にしっかり仏を学ぶことだ。先ず自分の人生の「大事」を処理した後、しっかり修めようという人もいる。だが、その人は人生の真の「大事」が生死を直視することだとは思っていない。「仏を学ぶのに家族は要らない」というのではない。結婚したければ結婚し、子供が欲しければ子供を作ればよい。これらは仏を学ぶとは関係がなく、仏を学ぶに影響を及ぼさない。仏を学ぶと生活とは相反するものではないのだ。仏を学ぶことは日常生活に影響を及ぼさないからだ。それなのに、そなた達は両者を分けようとする。

経典では「因果法則は絕対に真実で、非常に正確である」という。つまり「因果とははっきりしており、少しの違いもない」ということを教えているのである。因果、因縁、輪迴過患を深く信じる修行者は、少しの悪さえも為さない。なぜなら彼はすべてに果報があると信じているからである。父母に孝を尽くさず、上師に不恭敬で、貪念を起こし、三宝に対して不恭敬であれば、果報は必ず存在し、しかも非常に深刻であるだろう。地獄に堕とされてしまうかもしれない。何かというとすぐ怒り、両親に腹を立て、瞋念を起こして機嫌を損ね、または適当で、簡単に貪念を起こす人は、三悪道へ堕ちるだろう。善因には必ず善果があり、悪因にも必ず悪果がある。因果は消失することはないのだ。仏を学ぶとは、加護を求めるため法会に参加するのではない。皈依して仏を学べば、悪いことは一切発生せず、日々豊かに暮らせるというものではない。反対に、借りの返済を急がせるかもしれない。この一世で借りを完済してしまえば、この後はもう苦を受けることはない。これは非常に良い事なのだ!

釈迦牟尼仏は成仏の後にも9つの難をお持ちだった。我々ならなおのことであろう。我々は9つの難と考えるが、仏は難とは思われなかった。それどころか、仏はご存知だった。累世のすべての債をこの一世ですべて完済してしまったので、心中には一切の苦がないということを。そなたが仏を学ぶ決心をし、特に菩提心を発したなら、一見良くないような事がすぐに次々に発生するだろう。なぜなら冤親債主は、仏を学べば福報が累積を始め、その後はそなたから借りを取り立てることができなくなると知っているからだ。そのため、急いで少しでも多く取り立てようとするのだ。すべてを取り立てることはなく、命は残してくれ、取り立てを終えたら、その後は再びやって来ることはないだろう。そして、そなたにしっかり集中して修行する時間をくれるだろう。そなたがまじめに修行すれば、彼らもそれと共に良くなるのだから。

法会前に発露懺悔した年長の弟子は三度事故に遭い、リンチェンドルジェ・リンポチェに三度救われた。皈依仏を学んでいなければ、一度目で死んでいただろう。冤親債主は、彼女が仏を学ぶのを始めたことを知っていたので、時間をくれたのだ。もし、皈依しておらず、法会に参加しておらず、仏を学んでいなかったなら、彼女は前半生であんなにも多くの殺業を犯したのであるから、90歲代まで生かしたととしても、一回の事故で死なせていただろう。ここに仏を学ぶに来るのは、日々を太平に気楽に快適に暮らせるようにするためだ、と今でも考えているのか。そんなはずがあろうか。累世でどれほどの業を為したか考えてみよ。累世とまでいわなくとも、この一世だけでも充分だ。仏を学べばそれでもう大丈夫と持っているだろうが、そんな訳にはいかないのだ。悪い事はすぐに発生する。さっさと借りを返してしまわなければ、生死を解脱することはできない。

ある年リンチェンドルジェ・リンポチェは500名の弟子を率いてインドのチャンチュブリンへ赴き尊勝なる直貢ツェツァン法王に祝寿を申し上げた。直貢ツェツァン法王とガルチェンリンポチェはリンチェンドルジェ・リンポチェの面前に腰掛けておられた。お二人のチベットの大修行者は突然中国語でお話しを始められた。尊勝なる直貢ツェツァン法王はガチェンリンポチェに「私のこの弟子(リンチェンドルジェ・リンポチェ)は仏法を教えるに非常に厳格で、弟子を叱責し、弟子を打ち据える」と仰せになった。ガチェンリンポチェは「もう少し慈悲をもつべきだ」とおっしゃった。尊勝なる直貢ツェツァン法王は続けて「弟子に対して厳しいのは正しい。これこそが慈悲だ。そうでなければ好い弟子とすることはできない」と仰せになった。なぜ尊勝なる直貢ツェツァン法王とガチェンリンポチェは突然中国語でお話しになられたのだろうか?リンチェンドルジェ・リンポチェと弟子達に聞かせたかったのだろう。リンチェンドルジェ・リンポチェの教導方法は正しいと、みなに知らせたかったのであろう。

リンチェンドルジェ・リンポチェは急かすことができるなら急かし、叱責できるなら叱責する。すべては返済の手助けなのだ。外で他人に怒られるくらいなら、リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られた方がましだろう。尊勝なる直貢ツェツァン法王は当初リンチェンドルジェ・リンポチェを苛まれ、完全に無視し、リンチェンドルジェ・リンポチェを死んだものとして扱われた。リンチェンドルジェ・リンポチェを例として挙げよう。仏を学んだ後にビジネスに失敗して破産し、子供たちは親不孝で、家族は離れていき、さらには癌を発症した。すべては一年以内に発生したのだ。そなた達なら耐え切れないだろう。「仏を学んでもなぜこうなのだ?学ばない方がましだ!」といいたくなるだろう。けれども、リンチェンドルジェ・リンポチェはすべてを喜んで受け入れた。なぜなら自己の因果を知っており、これは返済なのだと知っていたからだ。

法会前に語ったあの弟子は、最後にはやはり死を恐れ、手術で切除して欲しいという家族の要求を聞き入れ、手術を受けて喜んでいたが、手術後には活力が大きく失われてしまい、話をする力さえないほどだった。かつて雲南に一人の老ラマ僧がいた。当初は施身法を口伝でリンチェンドルジェ・リンポチェに伝えたが、この老ラマ僧も同じように胃癌に罹った。しかし、臨終時にも吐血せず、しかも座ったまま行かれたのだ。当時は今のように先進的な医療設備はなく、化学療法も放射線治療も手術による切除もなかった。今の病人はかえって多くの苦しみを受けているようだ。

仏を学ぶについていえば、家族が多いのは良いことともいえない。臨終を前にして家族が思い切ることができず、そなたに対して良かれと思い、医者に救命を願う。そなたが リンチェンドルジェ・リンポチェのように強権的で、他人がなんといおうと、どうするかを自分で決めるのでなければ、生前に修行していたとしても、このような状況から逃れることはできないだろう。そなた達には無理であろう。世界中のだれであろうとリンチェンドルジェ・リンポチェの決定を変えることはできない。尊勝なる直貢ツェツァン法王のご指示であれば、リンチェンドルジェ・リンポチェは必ず従う。直貢ツェツァン法王が リンチェンドルジェ・リンポチェに横たわって死ぬよう仰せなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは横たわって死ぬ。リンチェンドルジェ・リンポチェに立って死ぬよう仰せなら、リンチェンドルジェ・リンポチェは立って死ぬ。

福報が起きたなら、さまざまな事が好転するだろうが、仏を学ばないなら、障礙があるだろう。なぜリンチェンドルジェ・リンポチェはこんなにも厳しいのか?なぜならリンチェンドルジェ・リンポチェは因果を深く信じているからだ。因果をすっかり見通しているので、種々の方法でそなた達を改めさせるのだ。經典では「輪迴因果は過患、不圓満があるので、自然に捨棄すべきだ」という。多くの人は再来したくないと発願するが、もしこの生で輪迴を断つ能力がないなら、業に従い再来するだろう。仏を学ぶとは輪迴生死を断つため、それによりこの生が終わった後、自分はどこへ行くかがはっきり分かるのである。

菩薩を学び再来して衆生を済度したいという人もいるだろう。けれども、観世音菩薩等の願に従い再来した菩薩は、法身まで証された菩薩であられるのだ。そなた達にとっては、仏を学んで最も重要なのは生死を解脱し、浄土に往生することである。チベット仏教中では、もしリンポチェが再来したいなら、この生で「選胎門の法」を修め、次の世で修行を妨げない家庭を選び、しかもこの生で修行を始めなければならない。非常に謹慎で、過ちがあってはならず、少しの差でもひどく大きな違いが出てしまうのだ。これは言葉でいい、発願すればそれで良いというものではなく、しかも顕教にはこの種の法門がない。よって、自己の生死を掌握し、やり遂げることができてから、「乗願再来」をいうが良い。もし、菩薩果位まで修めなければ「乗願再来」はあり得ず、「乗業再来」となり、次の世では絕対に業力に従い生活することになるだろう。

「私はうまく修行している。次の世で再来したい」或いは「人として生きるのもなかなかおもしろい」と考えるなら、それはもうおしまいだ。リンチェンドルジェ・リンポチェはこのような人をたくさん見たことがあるが、最後には自己の業力を転変させることができず、どんなにまじめに修行しても、どんなにたくさん善事を為しても、このような考えがあれば、たった一つのこの考えがあるだけで、すべての修行、すべての善事は無駄になってしまう。なぜなら解脱できないからだ。

ミラレパ尊者はかつて「この一世で解脱できないなら、未来世ではいつかの世で必ず地獄に堕ちるだろう。善根が良い人ほど危険だ。なぜなら、この一世でよく修行し、善を多く行い、人として再来したのは福報があったからで、裕福で権勢を持ち、官吏にも登用されるだろう。裕福で権勢がある人は要職に就いているので、その人が行う何らかの決定は、たくさんの人に影響を及ぼす。一つの悪念を起こしさえすれば、たくさんの衆生を傷つけてしまうのだ」と仰せになった。一つの善念を起こせば、たくさんの衆生を助けることができる。一つの考えが誤りなら、たくさんの人に苦を与えるのだ。この一世で高い位に就けたのは、過去世で布施や供養を行ったからで、そのためにこの世の果があるのだ。一国の指導者が下す決定が、国家を守るため、或いは種々の理由のためであったとしても、他のの衆生を傷つけたなら、必ず果報があり、その人は簡単に地獄に堕ちるだろう。

例えば、スマートホン、ブログ、コンピューターネットワークを発明した人は、表面的には人々の生活を便利にしたようであるが、中高年でよく使っている人がいるなら、集中力が続かず、健忘ぎみで、夜は眠れないという症状が起きていることに気づくだろう。これらは、スマートホンの使用と関連がある。これは電波が神経を刺激し、神経を絶えず動かしているからで、テレビの視聴とは異なる。テレビを二時間見たなら、疲れたと感じ、テレビを消して休息するだろう。けれども、コンピューターの画面を二時間見つめ続ければ、睡眠の質はひどく低下してしまい、不眠に陥ってしまう。これは電波が常に発射され、画面が絶えず点滅し、脳神経を刺激し続けるためである。スクリーン上の一つの動作は、実は数百個、数千個もの画面の点滅が連続して放たれできているのだ。それをずっと見つめ続けていれば、脳神経は絶えず刺激を受け続ける。そのため、かつてニュースで報導されたように、コンピューターを二日間使い続けただけで死んでしまうのだ。座り続けていたことではなく、原因は恐らくこれだろう。三日三晩マージャンを続ける人はいるが、それで死ぬことはないのだから!

現在ではたくさんの子供や学生が長い時間コンピューター、携帯電話に触れている。その結果、注意が散漫になり、目つきもうつろである。目の前で話していたとしても、何の反応もない。正に馬耳東風だ。聞いていないのではなく、バーチャルなモードに慣れてしまっているので、周囲の実体に対して反応しないのだ。では、現代の子供の注意は、どうやったらそなたの話に向わせることができるだろうか?今後、父母は子供に話があるなら、いっそのこと画像として子供の眼前のスクリーンに現われてはどうだろう。子供にはイヤホンを通じて父母の話を聞かせる。こうすれば子供は反応し、そなたの話を聞くだろう。(リンチェンドルジェ・リンポチェは嘆かわしげに仰せになった)このままいけば、いつかは65型テレビスクリーンで、そなた達にイヤホンを装着させて開示を聞かせることになるかもしれない。

経典では「涅槃因果は功徳を備え欠点がない。そのため当然修行に励むべきだ」という。仏を学ぶことは功徳を修めるので、福徳を修めるのではない。そなた達が輪迴を断つために仏を学んでに来ているのではないなら、功徳を累積することはできず、福徳を累積することしかできない。功徳だけが我々の累世の業力を転じることができ、福徳はこの一生では使えないのだ。かつて梁武帝は中国の佛法のために非常に大きな貢献を行った。現在に至るも、梁武帝以上の貢献を行った人はいない。しかし、達摩祖師は「梁武帝には功徳はなく、福徳しかない」と仰せになった。これは梁武帝は自分が多くを為すことに執著したためで、梁武帝は最後には餓死し、自己の業を転じることができなかった。なぜなら、福徳を修めただけで、功徳を修めなかったからだ。

仏法の考え方は、我々が輪迴を離れられるよう助けるもので、もし死亡無常を常念せず、決心を下さず、さまざまな事を気にかけているなら、輪廻を離れることはできない。世間の事項に関してはできるだけ行うが、こだわりの心を持ってはならず、執著をさっぱりと切断しなければならない。リンチェンドルジェ・リンポチェは未来でどこへ行き衆生を済度するのか知っている。他の星へ行き、弘法し衆生を済度するかもしれない。弟子となり、一緒に行きたいと思うなら、今後は見た目も変ってくるだろう。それぞれの星の衆生がどんな様子をしているか、そなた達は知らない。奇妙な姿をしているかもしれないし、とても美しいかもしれない。そうであるから、浄土に生まれたいと発願するだけで良いだろう。

経典では「『寂靜涅槃因果』はレベルが低いので、捨棄すべきだ。『無住涅槃因果』こそ我々が真に着実に勤修すべきものである」という。日々の生活が非常に複雑なため、佛がお助けくださっている恩徳を我々は忘れがちである。經典にいうように、我々は「四無量心」、「六度万行」等助縁の修習に精進し、「十二因縁法」についてはその道理を理解すればそれで良い。

「寂靜涅槃」と「無住涅槃」との間の違いについて、リンチェンドルジェ・リンポチェは閉関の最中にいくらか悟ることができた。「寂靜涅槃」は少しの無明執著を残している。無明とはなんであろうか?つまりやはり「我」があり、涅槃の考え方に入っている。しかし「無住涅槃」はこの少しの法執さえもない。「金剛經」では「無所住而生其心(住する所無くして而も其の心を生ずべし)」という。最後には「正法」さえも捨てなければならないのだ。「邪法」はいうまでもない。講じているのは、「無住涅槃」の境界である。一切は因縁生滅で、すべては果報であり、執著してはならない。すなわち、前述の「寂靜涅槃」とは「人無我」を串習し、「法無我」を証悟するということである。なお修習の段階に過ぎないなら、「無住涅槃」は「二無我」の証悟であり、つまり既に「人法無我」を証悟し、既に成就し、この境界にずっと在るのである。上師に「自己法」を必ず伝授するよう要求する人がいるが、これは「人無我」、「法無我」ができていないということである。

仏經では修行の良し悪しをいわない。いわゆる「良い」とは、輪迴は一種の苦しみで、不完全であると理解することで、心は依然煩悩のために動いている。せっかく仏を学んだのだ。たとえ何かが煩悩を湧き起こらせたとしても、解決すれば良いではないか。執著してはならない。リンチェンドルジェ・リンポチェに叱られるのが恐い、という人が今になってもいる。このような人は悪の人である。なぜなら改めようとしないからだ。ほんの些細な事さえ、どうすべきか決められない弟子が多い。そしていう「叱られるのが恐い」と。ほんの些細な事さえリンチェンドルジェ・リンポチェに伺いを立てなければ、行うことができない。叱責を恐れる人は、「慈、悲、喜、捨」を修めておらず、なお自己にこだわっていることを示している。このような人は、得ることに拘泥し失うことを恐れすぎているのだ。

尊勝なる直貢ツェツァン法王がご指示になった事については、リンチェンドルジェ・リンポチェは命を掛けてやり遂げる。自分はできるだろうか、或いはいつか結果があるだろうから行おう、等とは一切考えない。なぜなら事を成し遂げられるか否かは、因縁福報なのだから、急いではいけないからだ。「慈、悲、喜、捨」を修めた人は叱責されることを恐れない。なぜなら一切はすべて衆生のためだからだ。今日はこれを明確に講じたのである。

法会は圓満に終了した。参会者は声を揃えて、苦労を厭わず、懇切丁寧に教誨くださり、無数の有情に利益くださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝申し上げた。参会者は起立し尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法座を下りられるのを恭しくお送り申し上げた。

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2013 年 10 月 16 日 更新