尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2013年4月7日

法会の開始に先立ち、一人の弟子が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェから賜った教導と大いなる利益について、参列者に対して話し、自らが犯した種々の過失と罪業について懺悔した。

彼は、2004年8月尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した。2005年に初めて、リンチェンドルジェ・リンポチェに従い青海省玉樹州へ赴き、極めてありがたい「八大黒汝嘎灌頂法会」に参加した。青海省会西寧から玉樹までは900km余りあり、道程はすべて標高3000~5000mの高地である。彼は今でもその時、運転手が言ったことを覚えている。彼らはかつて数十人からなる外国の探検隊をアテンドしたことがあるが、その際には何人もを抱えるようにして帰路についた、ということだった。しかし、その時リンチェンドルジェ・リンポチェに同行した80名の弟子たちは、機縁があって聖地に入ることができ、男であろうと女であろうと、年齢にかかわらず、みな4000~5000mの高原で何の異常もなく無事に戻って来たのだった。これこそ尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの庇護のおかげであろう。

その帰路、山間部を離れ直線道路に入ったばかりの時、乗っていたジープの右の前輪軸にヒビが入っていることに彼らは気づいた。その状態から判断すれば、数分後には折れてしまうことが明らかで、その時の速度と道路状況では、必ず横転していただろう。甚大な被害が発生したことは容易に想像できた。しかし、幸いなことにすぐに発見されたため、彼らはみな無事に帰って来ることができた。これはすべて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大福報が弟子たちをお守りくださったのであり、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い仏を学ぶ機会をお与えくださろうと、上師の恩澤が彼らの命を救ったのである。玉樹州へ向う途中4000m余りの高原で、彼らのジープはエンジンが止まった。車内には2名の女の兄弟子がいたが、すぐに車を下り、凍てつく空気と雪の中、大礼拝をして上師の加持を求めた。彼は、表面的には丁寧で良い人のようだが、心の中では、この二人の金剛兄弟子に対していささかの感謝も感じていなかった。少しも男らしくなく、金剛上師の教導に対して申し訳なく、金剛兄弟子の扶持に対して申し訳ないことだった。彼のために命を掛けてくれている運転手に心から感謝することもなく、サービス料を払うだけで少しの恩も感じていないのだった。彼は「自分は他人の生命を少しも気に掛けておらず、恩知らずで、恩に感謝せず、恩に報いないというさまざまな過ちを犯した」と懺悔した。

これは彼が、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、初めて上師に従い出国し法会に参加した際の経験である。リンチェンドルジェ・リンポチェがお与えくださる加持と利益は、新しく皈依した者であろうと、皈依してから長い者であろうと違いがある訳ではなく、台湾であろうと青海であろうと異なるはずはない。しかし、弟子たちは、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大福報と威徳力を実際に身を持って感じており、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちのさまざまな困難を取り除き、有情を利益する数々の善縁を成就させてくださる。ほんとうに恐れ多いことである。

彼は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して9年余りになる。上師の大福報のおかげで、非常に殊勝な種々の法会に参加する機縁を得てきた。2004年に上師に皈依して以来、每週共修法会に参加し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが台湾で主法或いは開催なさるさまざまな大法会に参加している。海外では、京都道場開光法会、及び例年京都道場で開催される数々の殊勝なる法会に参列した。また、インドでは尊勝なる 直貢チェツァン法王六十大寿の祝寿法会、喜金剛灌頂法会、ガンジス川マハームドラー法会、直貢噶舉イノシシ年大法会に参加し、チベット巡礼ではリンチェンドルジェ・リンポチェに従い直貢噶舉の大成就者 ユンカ・リンポチェに拝謁を賜り、直貢噶舉直貢梯寺を参拝し、青海巡礼ではリンチェンドルジェ・リンポチェに従い大修行者 120歲の老ヨギーニに拝謁の栄に浴した。ネパール巡礼では聖地を訪れ、ルンビニ釈迦牟尼仏生誕地と直貢噶舉蓮花舍利塔を参拝し、仁欽林寺法会に参加し、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがインドのシーク教区で主法なさった施身法会、観音法会、阿彌陀仏無遮大超度法会に参列した。さらに、リンチェンドルジェ・リンポチェが京都のトロッコ列車上で修法なさった施身法超度法会、東日本大震災の犠牲者のために石卷市で開催なさった超度法会に参加することもできた。

彼は毎日9時から5時まで働く勤め人に過ぎない。ここ数年来、もし上師の大福報による庇護がなければ、どういう資格で、どんな福徳で、どこからの資金で、このような巨大なまでの利益を受けることができただろうか?これらはすべて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに付き従ったおかげで、わずかなお裾分けに預かったものなのである。リンチェンドルジェ・リンポチェはかつて「福徳因縁の法門は絶対に欠かせない。しかも、上師は自ら行わなければならない」と開示なさった。リンチェンドルジェ・リンポチェは自ら弟子たちを率いて殊勝法会に参加なさるが、これこそ非常に分かり易い例である。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは、迅速、敏捷、完璧に、弟子たちに種々の善縁と教導をお与えくださるばかりでなく、いつでもどんな時でも、行動、言葉、仏法で仏陀と伝承を教導してくださる。その広大で深遠かつ不可思議な威徳力は大地をも揺り動かし、リンチェンドルジェ・リンポチェが赴かれる地の瑞祥と加被は、太陽の光、空気のように虛空に満ち満ちている。

続いて、自分が病苦の困難にあった時、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがお救いくださり、苦しみから解き放ってくださったことについて話した。それは2009年の「八八風災」の後であった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは台北寶吉祥仏法センターと日本の妙心寺で竹秀南大師と面会なさり、上師のおかげで、弟子たちは殊勝法会に参列する機会を賜った。その法会の後、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大福報庇護のおかげで、彼はすぐに大病院の救急室に運ばれ、医師として働いている金剛兄弟子に助けていただくことができ、長い間彼を悩ませていたヘルニアを完全に治すことができた。しかもそれだけでなく、小腸腫瘍が発見された。この腫瘍は腹腔右側から左下腹部へと進み、ヘルニアで破損していた膈膜の孔から出てきていた。このクラスのピンポン球よりやや小さい小腸腫瘍は、小腸の中に隠れているため、普通は発見が難しい。しかも、見つかった時には既に深刻な状態に陥っていることが多い。つまり彼は、それ以前に診察を受けたことも、検査を受けたこともなかったのに、普通なら二回の手術が必要な病の苦しみを12時間以内に完全に解決できてしまったのだ。

もし彼が、診療の流れに従いこの二つの問題に対処していたなら、先ずは診察を受け、尿と血液を検査し、手術の日時を決め、手術と術後の治療について説明を受ける等の膨大で面倒な手順を踏まなければならない。これには、非常に多くの精神力、体力、時間、お金がかかり、家族にも心配をかけることになってしまう。この一切の苦しみを、このように円満に解決できたのは、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの強大な加持力の為せる技に他ならない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弘法修法のスピードが極めて速いだけでなく、衆生の病苦を解決なさる速度もだれよりも速く、だれも気がつかない内に解決されてしまわれるのだ。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、弟子たちと有縁衆生の苦しみを加持により解決してくださるだけでなく、弟子たちの親族をも庇護してくださる。彼の両親は農業に従事し、非常に多くの殺生を行い、廟にもたくさん参拝してきた。もともとは全く菜食しておらず、父親は二人の姉の菜食に反対したこともあった。しかし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な功徳と福報庇護により、彼の結婚の折には、台北と彰化の実家で菜食の結婚披露宴を催すことができた。それは親戚や友人の間で語り継がれているほどである。これはすべて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの加持力の庇護があったればこそである。また昨年、彼は両親を連れて寶吉祥漢方クリニックを受診した。両親は二人とも七十歲代で、菜食はしていない。しかし、寶吉祥漢方クリニックで二度の診察を受けただけで両親の病気は治ってしまった。しかも、菜食を始めることができたのだ。彼は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大恩、深恩に感謝し、上師の大きな加持と救怙に感激した。

今年2月末、彼はヂャンチュウブリン(Jang Chub Ling)での殊勝な長寿仏法会に参列した。その際彼は、自分が、意志の弱いお人よしを演じてしまう悪習を改められていないことを発見した。これに加え彼は、上師の恩澤と教導に感謝しないという習慣もあり、正法に対しても恭敬心がない。上師と伝承からこれほどまでに強大な加持を受けているというのに、やはり心が乱れ、自分の悪念について少しも気がついておらず、金剛兄弟子の団結について役に立つようなことも言わず、思いつくままに悪行を重ねている。上記のように、彼は自分でもはっきり記憶できないほど、たくさんの殊勝な法会に参加している。それなのに、今回の旅の前後と最中に何度もあった警告を、少しも気に留めていないようだった。

一つ目の警告は、旧暦の大晦日にあった。その日彼は車を検査に出した。タイヤは前の週にメンテナンスを行ったばかりだった。それなのに、左の後輪にネジが2本しか残っていないのが発見された。ネジが2本だけだったろうここ数日、彼は高速道路を走行し、高速で少なくとも400kmは走行していた。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの有りがたく、常に存在する加持力のおかげで、彼の命は守られたのだ。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェは寶吉祥仏法センターで長寿仏法会を修められる時、皈依弟子が非業の死の悪縁から解き放たれるよう保護すると開示くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な救護能力の生きた手本が眼前に展開されたのだ。彼は上師の大福報の庇護に感謝した。

二つ目の警告は、彼ら一行が香港からニューデリーへと飛行した時に現われた。彼の荷物がニューデリーに届かなかったのだ。こんなに祥瑞な法会に参加するというのに、このようなことが起きるとは、警告以外の何物でもない。けれども、彼は全く知らん顔で、善念を生じることも、上師の功徳を讃えることもしなかった。

三つ目の警告は、法会が円満に終了した翌日、弟子たちがデヘラードゥーン(Dehradun)ホテルで朝食を取っていた時にあった。尊き上師が加持くださった果実を、全員が一つまみずつ頂戴することができたのだが、彼が席を離れ、食事を取りに行って戻ってくるまでの3分にもならない間に、彼が受取った果実はウエイターに片付けられてしまっていた。しかし、彼はそれでも懺悔の心を持たず、運が悪かったということにして片付けてしまった。

四つ目の警告は、彼らがツアーバスの中で、旅程変更誓約書を受取った時に起きた。一回目はすべての兄弟子が同意した訳ではなく、二回目ですべての人が同意して署名した。この過程で彼は、自分が署名することが、金剛兄弟子が団結して善を行うことに害を与えることになると、考えたこともなかった。彼は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェのこのように巨大な利益を受けていながら、少しも恩に感謝せず、いつも通りに利己的で自分の利益を求めており、その悪習の累積は非常に甚大で、徳行に至っては破綻しているといえる。そのため、危機に直面しても、その心には善念が芽生えず、上師の教導に従い行おうという考えが心の底から湧き上がることもなく、根本的に間違っている。上師と諸仏菩薩の教導に対して全く恥ずかしいことである。

これまで長い間、彼は謙虚で誠実な皈依の心で大修行者、大成就者であられる尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの教導を受持してこなかった。その罪業は波のように次々に押し寄せている。上師に対して詫びなければならず、伝承諸仏菩薩に対して詫びなければならず、金剛兄弟子に対して詫びなければならず、父母に対して詫びなければならず、衆生に対して詫びなければならない。

彼は懺悔した。自分はいつも上師の福報にすがり日々を過ごしておりながら、上師の教導と恩澤を全く心に留めていない。上師に命を救っていただくという恩恵を賜りながら、依然として自分勝手でやりたい放題で、悔い改めることをせず、進歩も求めない。自分の過失を反省することもせず、恩を知らず、恩に感謝せず、恩に報いることもしない。彼の穢れた心がもし雲に変わったなら、その雲は必ず空全体を覆ってしまうだろう。

彼は懺悔した。自分の心に随時生まれるさまざまな悪念を、上師の教導に従って毎日確実に反省することを、自分は行わず、表面的に取り繕うだけで、法会には必ず参加しているし、自分は上師の開示を聞いていると満足している。実際には、彼は自分の好きな部分だけを選んで行い、日々を平穏に過ごしたいと思っているだけで、自分を変えようという決心もなく、慈悲心と菩提心を修行しようと発願することなどあるはずもない。彼の数々の思慮の浅さ、乱雑さ、勝手気ままさが、もし衣服に変ったなら、その衣服はぼろぼろで身体を隠すこともできず、恥ずかしくて人に会うこともできないだろう。

彼は懺悔した。上師伝授の法門を大切にせず、いつも適当に扱い、自分にとっては仕事が大切で、生活が大切だと思い、自分の命が大切で、自分の感じたことがより大切だと思っている。自分というものについて思いが至ると途端に、上師、仏法、衆生の存在など忘れてしまい、羞恥というこの二文字の書き方など知るはずもないだろう。彼の種々の悪習がもし家に変ったなら、その家は銅と鉄でできた壁を持つ監獄になるだろう。

彼は、自分が犯した数え切れない殺生罪業を懺悔し、衆生を虐待してきたさまざまな残酷な行為と考えを懺悔した。彼は数々の衆生-空を飛ぶもの、地上を行くもの、水中を泳ぐもの、土中で暮らすもの、樹林や草の間で活動するもの、人類と共同で生活するものをこれまで傷つけてきた。それは、刃物などで害を加えたもの、手足で傷つけたもの、金属など様々な工具で害を加えたもの、生きたまま口に入れたもの、切り刻み油で揚げたもの、手足を折ったもの、踏んで蹂躙したもの、面白半分に傷つけ殺したものなど、さまざまで数えることなどできないほどである。

彼は懺悔した。自分自身が悪を行ったばかりでなく、他人に従っても悪を行った。また、他人をそそのかし一緒に悪を行い、ある時は公然と、ある時はこっそりと、またある時は堤防を破壊する洪水のように至るところに滅茶苦茶に、他人の財産を盗み、猥褻な映像をこっそり録画し家族に見せ、他人のプライバシーを覗き見した。その数々の盗みや邪淫の悪習悪業は徳行を破壊しつくしており、あまりの多さに数え切れないほどである。

彼は懺悔した。自分は口が軽く、他人に対して思いやりや善念を抱くことができず、他人に対して冷たく、計算高く、自分の能力を他人が知らないのではないかと深く恐れ、自分が有能であることを他人が知らないのではないかと深く恐れ、自分が素晴らしいということを他人が知らないのではないかと深く恐れ、自分という人間が存在することを他人が知らないのではないかと深く恐れている。利己的で、自分の利益のために父母や目上の人に対して感謝せず、同僚や友人に対して感謝せず、黙って尽くしてくれる人に対して感謝せず、善を行うために努力しようとしない。そのため、言うことが理に適わず、二枚舌で、他人を誹謗批評し、言葉遣いに思いやりがないなど、そのさまざまな悪習罪業は数え上げられるものではない。

殊勝な施身法会で、かつて尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの仏法を遮り、衆生が善知識の教導に近しく接する機会を妨害し、衆生が殊勝善法を受ける教導を妨害し、衆生が教導を受持する法喜を妨害したことを、彼は懺悔した。自分の任務を成し遂げることだけを考え、上師の叱責を恐れたことを、彼は懺悔した。自分を上師より重要と考え、衆生より重要と考え、心の中には自分しかなく、事の軽重や緩急を考えず、上師に仕える心がないことを、彼は懺悔した。自分は正法に対して恭敬心がなく、善知識、具徳上師に対して供養心がなく、恩に感謝せず、恩に報いる心もないことを、彼は懺悔した。自分は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの大福報の庇護を受けながら、自分の悪習を改めようという決心がいつまでたってもつかず、上師の教導を物語を聞いているように扱い、しっかり反省し悔い改めることをせず、利己的な生活を送り続けている、と彼は懺悔した。尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェがここ数年にわたり、ご苦労の末お与えくださった教導の恩恵に対して申し訳なく、伝承上師の恩に対して申し訳なく、衆生と金剛兄弟子の恩に対して申し訳ないことである。数々の罪業と不品行は枚挙に暇もない。

彼は「さまざまな罪業の果報を受け入れたい。自分の悪習を反省して改め、数々の過失をもう二度と犯すことがないよう、今この時から命が終わる時まで、上師、三寶、衆生に対する誓いと約束を守り、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの善法教導を改めて学び直したい。上師の威徳力量の加持を頂戴できるよう願う」と述べた。

もし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの絶えることなき教導がなかったら、もしリンチェンドルジェ・リンポチェの大きな福報功徳が生んだ種々の善縁のためでなかったら、彼はこのように固い信心を持てただろうか?慈悲を修めていない弟子が、自分だけで三寶に対する恭敬供養の心を高めることができただろうか?福徳因縁を高めることができただろうか?仏を学ぶ修行の福報を積み重ねることができただろうか?「人身難得、仏法難聞、上師難遇(人身受け難し、仏法聞き難し、上師会い難し)」である。三生を巡りようやく尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたのだ。これは尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェが弟子にお与えくださった大恩大徳なのである。

最後に彼は、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの長寿、上師の法教が広弘十方となり、虛空に遍く満ちる一切の有情に利楽し、衆生の善縁福徳が増し、苦を離れ楽が得られるよう祈願した。彼は重ねて、尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲救護に感謝した。

寶吉祥仏教文化交流協会の布達理事長は「リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、座下で仏を学ぶに当たっての経験を一人10分で話すよう、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは5名の出家弟子に指示なさった」と述べた。

一人目の出家衆は先ず、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後の経験を話す機会を10分間お与えくださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。彼女は「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがいらっしゃらなければ、自分もいなかった。もし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェでなければ、自分は今まで生きてはいられなかったし、みなの前で学仏の心得を話すことなど考えられなかった」と述べた。彼女は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのこれまでの加持と教導に、心から感謝した。健康を取り戻させてくれ、しかも重要なことに、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは新しい生命をお与えくださったのだ。

彼女は言った。自分は学仏の程度が非常に浅く、出家後、道場に3年通ったが離れてしまった。かつてある本で「未成仏前広結善縁(成仏する前には広く善縁を結ぶ)」とあるのを読んだことがある。後に彼女は因縁があって一人の出家法師に出会い、この法師に従い他人に誦経を行っていたが、健康をひどく害するようになった。いろいろな病気が現れ、両頬が黒くなってしまっていた。当時彼らは、菜食している家にしか誦経に行かず、供物が菜食料理でなければ、誦経に行かなかった。しかし、彼女自身が修行と徳行を積んでいなかったため、実は誦経を通して亡者を助けることはできていなかったのだ。そのせいで、彼女の健康状態はどんどん悪くなっていったのである。顕教法会では一般の誦経が始まると必ず「爐香讚」を念じるが、「香雲蓋菩薩摩訶薩」まで念じる度に彼女は気を失っていた。彼女の身体の状態はこれほどまでにひどかったのだ。その後、因縁があり、宜蘭の皈依弟子の紹介で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁でき、その座下に皈依することができた。そして、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持により、身体の状態も大きく好転することとなった。

法会に先立ち話した弟子は、自分が犯した過ちについて語ったが、彼女も強く同感で、まるで自分の告白のようだと感じていた。彼女は成人後に出家したため、過去には非常に多くの悪業を為し、非常に多くの不道徳を為し、非常に多くの殺業を為してきた。ほんとうに自分を恥ずかしく思う。彼女は、侍者を務める機会を賜ったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝している。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが信衆に接見なさる際、彼女はその傍に仕え、大慈大悲のリンチェンドルジェ・リンポチェが非常なご苦労をされながら、苦難を抱えた多くの衆生を助け、いつも衆生のことだけを気に掛けておられるのを見てきた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前は、仏を学ぶに当たり、自分はいつも愚かで無知だった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依してから、自分のさまざまな問題、及び上師が開示された仏法を如何にして生活の中に実践していくかに初めて気付いた。皈依の後も彼女の病は癒えていなかったが、病の苦しみが始まる度に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのことを思い、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが、ご自身がS字型脊椎側弯症等のもっと大きな病苦を抱えておられながら、ご自分のお身体を顧ることなく衆生に利益なさっていることを思う。このように上師を思いさえすれば、病で苦しい時にも耐えられることに、彼女は気づいた。彼女はみなに「上師の教え通りに行い、仰せに従うだけで良い。さらに、法門に懺悔することも非常に重要だ」と呼びかけた。彼女は例を挙げた。

ある時、彼女は尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに従い、日本で京都寶吉祥仏法センターの法会に参加した。ある夜、彼女は湯船から出る時に足を踏み外し捻挫してしまった。その時には、大したことがないと思っていたため、薬(寶円膏)を塗って寝てしまったが、翌朝、ベッドから降りようとした時、腫れており、しかも非常に痛むことに気が着いた。痛くて足を床に下ろすこともできないほどで、もちろん歩くことなどできる訳がない。その日は歩く必要のある日程になっていたので、足が腫れてしまっている彼女が予定通りに行動するのは不可能だった。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を思い出し、こんな事が起きたのはすべて己の殺業のためであり、懺悔心を起こすべきであることに気がついた。そのため、彼女は腫れた足のことは顧ず、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法照に対して、衆生を代表して大礼拝し懺悔を始めた。ところが、懺悔の心で500回の大礼拝を行った後、足が痛まなくなっており、しかも楽に普通に歩けるようになっていることを発見した。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの不可思議な加持力に感嘆せずにはいられなかった。

数日前、彼女は大法会に参加したことがある出家衆と連絡し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの2013年3月24日の法会開示を必ず見るようにと勧めた。なぜならそれは、乳癌を患ったある弟子が自分の癌が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのおかげで完治した経験を語ったものだったからだ。これはすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの殊勝な大加持力によるものだ。これによって衆生が、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに対してより堅い信心を抱くことができるよう願う。なぜなら「信」はすべての功徳の母であるからだ。信心はほんとうに重要だ。具徳の上師は真に大能力、大智慧、大慈悲心、菩提心を備え、六道で苦しむ一切の衆生に利益することができる。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに対してしっかりと堅い信心を持つよう、彼女は皆に呼びかけた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに対して信心、真誠心、恭敬心を持ちさえすれば、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と支援を受けることができる。癌患者たちも仏法の支援を受ける機会に恵まれるだろう。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはいつも黙ってみなを助け、みなに加持くださる。無私無我で衆生に利益くださり、弟子たちを大切な我が子のように思ってくださる。家族が非常にお世話になっていることについて、彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝した。父は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに阿彌陀仏大超度法で超度させていただき、兄は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに頗瓦法で超度させていただいた。もし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが超度させてくださらなかったら、彼女の家族は三悪道でまだ輪迴の苦しみに苛まれていただろう。彼女自身もいつでもどんな時にも尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持と無言のサポートを受けており、病の辛さは今ではかなり軽くなっているのだ。

彼女は先日ある出家弟子に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが「末法時代の衆生は淨土に求生せんと欲し初めて輪迴を離れることができる」と過去に開示くださったことを話した。具徳の上師に従い正法を学び、言いつけを守り、教えを実践し、上師に対して充分な信心、完全な忠心、恭敬心を持てば、上師の功徳、願力によりだれもが輪迴を離れることができる。それを彼女は深く感じている。またさらに、絶えず反省し、なぜ上師がお教えくださる仏法を自分は今なお完全に実践できないのか、と懺悔している。自分は一体どんな面に問題があるのか?なぜこんなに長く学んでいるのに、他人の過ちが目に付き、他人に問題があると思ってしまうのだろうか?

彼女は、今世で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの座下に皈依できたことを大切にし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの教導を真に聞き入れ、上師の一切の教法はすべて自分のためになると信じ、教えを実行し、仏法を生活の中に根付かせるよう、みなに呼びかけた。これらはほんとうに役に立つのだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはかつて「隨縁而過、隨遇而安(縁に従い過ごし、遭遇に従い休まる)」と何度も開示くださった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仏光普照の下、真に団結し、共に修行し淨土に往生しよう。今世で人身を得られた、この貴重な機会を無駄にしてはいけない。大修行者に巡り会うのは何にも増して難しいことなのだ。もし今世で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し座下で仏を学ぶ機会を逃せば、来世で再び人に生まれ変わり、再び大修行者に巡り会うのは、非常に困難なことである。

二人目の出家衆は、10分間をお与えくださったご恩について、先ず尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。そのおかげで、彼女は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後の思いをみなに伝えることができる。先ず彼女は、自分がいかに悪い人間であるかから話し出した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前は、彼女はやる事為す事で家族を心配させていた。彼女は不倒単(寝ずの修行)、日中一食(一日で昼食だけをとる)、夜中まで拝仏し寝ない等の各種の修行を脈絡もなく行ってきた。母がどう思うかなどお構いなしで、やりたいと思うことはやり、最後には肝臓に問題が生じた。それなのに、自分のやり方は正しいと考え、周囲の人の考えなど全く気にしていなかった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前は、彼女は全く感謝の心を持つことがなく、すべてを当然と受け止め、親が子供に良くするのは当然だと考え、両親に対して感謝することもなかった。しかし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して以来、彼女は感謝の心、懺悔の心、恭敬の心など非常に多くのお教えを賜ったことに感謝し、出家後十数年にもなるのに、相変わらず傲慢でわがままであることを理解させてくださったことに感謝している。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、自分は数十年生きてきて、家族に少しも感謝しておらず、瞋心しか抱いていないことを初めて悟った。法会開始前に話した兄弟子が形容したように、瞋心は雲のように天空を覆い地上を真っ暗にしてしまうのだ。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したことで、自分には感謝の心がなく、瞋心、貪心、傲慢等の問題を抱えていることを発見したばかりでなく、以前自分があれほど熱心に修行していたのは何かを求めてのことであったと気が着いた。しかし、具徳証量の大修行者である尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの座下に皈依した今は、常に上師を思うだけで、上師の加持を得ることができ、心中には物事に立ち向かう力が湧いてくる。「快楽と痛苦」で説かれているように、真の加持とは動作ではなく心構えで、加持の意図は心の力を強めることである。皈依後、自分が教えを実行し、上師の開示くださる仏法に従い改めさえすれば、たとえそれが少しであっても、心の中では必ず力を感じ、安定を感じられると彼女は体得した。これは、これまで抱いたことがなかった精神的経験である。

彼女は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが土曜日に信衆に接見なさる時、侍者として仕える機会をお与えくださることに感謝した。リンチェンドルジェ・リンポチェが衆生を超度させるご苦労、夢中で衆生に利益なさる心を目にすることができるのだから。接見に訪れる衆生がどのような根器であろうと、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは懇切丁寧にその人に最も適した方法でお助けになり、非常に大変だと感じる。こんなにも熱心に衆生を助ける修行者を彼女は見たことがなく、そしてとても自分を恥ずかしく感じる。接見した信衆が話しても聞き入れず、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を受け入れないこともある。彼女は傍らで、衆生がこんなにも教えを受け入れない様子を見ると、心中に瞋心が湧き起こるのを抑えることができないからだ。そして自分の瞋心はこんなにも重いのか、瞋心だけでなく、貪心等もあるのかと気付き、このことを懺悔している。しかし、衆生の態度がどんなに悪くとも、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは分け隔てなく非常に忍耐強く諭され、どんなに大変でも、あらゆる方法を用いて信衆が仏法を受け入れるよう導かれるのだ。

彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、以前顕教を学んでいた時に感じた多くの疑問を解き明かすことができた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはほんとうに素晴らしいと感嘆せずにはいられない!尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示くださる仏法は非常に深いが、同時に非常に分かり易く伝えてくださるので、だれもが理解することができる。最近、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示なさった《観世音菩薩普門品》の経文中に「感応道交」という一文があった。以前、顕教を学んでいた時にもしばしばこの言葉を聞いた。よく聞いてはいたが、しっかり理解していた訳ではなかったし、さらにはどのように根付かせるかなど考えも及ばなかった。また、説明してくれる人もおらず、説明しても少し触れるだけだった。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示を聞き、「感応道交」とは慈悲心を起こさなければ諸仏菩薩と感応道交することができないという意味だと知った。この殊勝な仏法の開示を聞いた瞬間、心は無比なる喜悦に満たされた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの開示はどれも非常に分かり易く深い仏法を説明してくださり、だれもが生活に応用することができる。彼女は法会で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの仏法の開示を聞く度に、大いなる歓喜を感じる。自分はよく家族に冗談で、自分は「満足」と改名しても良いと言う。なぜなら尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し座下で学仏することは、あまりにも幸福で、あまりにも満足であるからだ!尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが家族にお与えくださった支援と加持にも、彼女は心から感謝している。父母は煩悩が減り、心が安定し、そのおかげで彼女は安心して仏法を学ぶことができるようになった。

以前彼女は、最初の出家弟子の足の腫れが退いたという殊勝な話を聞いた際、完全には信じることができず、心の中では、大礼拝で腫れが退いたなどとそんな殊勝なことがあるだろうか?と思っていた。その後のある日、彼女の腕と右胸が突然痛み出し、痛くて我慢できないほどで、息をしても痛むほどになった。こんな状態で、彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのご指示に従い大礼拝を行ったところ、痛みがほんとうに改善したのだ。大礼拝の前には我慢ならなかった痛みが、その後は劇的に和らぎ、我慢できるほどになり、日常生活に影響を及ぼさない程度になった。これはすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持力と大悲の願力のおかげで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの徳行中から、上師はいつでも衆生を気に掛け利益しておられることを悟った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは弟子たちを大切な我が子のように思われ、いつでもどんな時でも保護と加持をくださり、非常にご苦労なさりながら、一切の方便法門を以て弟子を教導くださる。世界でも実に稀に見る大修行者なのである。世界中を探しても、このように衆生を救度くださる大修行人は見つからない!と彼女は力強く讃えた。

彼女は、自分の根器はこんなにも駑鈍であると感じているが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは少しも厭わず、一切の有縁衆生を見捨てず、絶えずさまざまな方法で衆生を教導し、仏法上の教誨をお与えくださる。彼女はこのように大慈悲、大智慧、大願力を備えた修行者を見たことがない!彼女は以前、顕教を10数年学んでいたが、無常、苦、空等の仏法の基本概念に関しては、上師は教えてくれず、自分で学び、自分で本を探して学習するしかなかった。しかし、寶吉祥仏法センターで尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが開示なさる仏法を聞いた時、本当に感嘆した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは無常、苦、空等というこの基本的な仏法の観念について面倒がらずに開示なさり、しかも極めて微細に開示くださり、はっきりと講じてくださる。これは他の道場などでは望むべくもない事である。長期にわたり每週決まって法会を催し、衆生にこのように微細に仏法を開示してくださる人など見つけることはできないのである。

上師が開示くださる仏法を聞く時には、必ず集中して聞くよう、彼女はみなに呼びかけた。共修法会に参加する時には、集中して聞かなければ上師の法語を吸収することはできないと、彼女は自分に言い聞かせている。每週法会に参加する時には、みなも六波羅蜜と禅定を修めているのだ。さらに彼女は「絶対に変らなければならない。自分の身口意と内心を毎日審視、検討しなければならない。こうすることで、少しずつ改め、いつまでも尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに従い仏法を学び、上師の衣服の端を引っ張ってでも、この福報を大切にしなければならない。これ以上、無駄に日々を費やしてはならない」と自分に言い聞かせているという。

三人目の出家弟子は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがお与えくださった機会に感謝し、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの座下に皈依できたことを深く感謝した。上師リンチェンドルジェ・リンポチェの彼女に対する恩徳は、言葉で言い表すのも難しいほどである!

家を建てる時と同じで、もし私達が家とはどういうものかを見たこともない状態で、コンクリートとはどんなものか、砂利とはどんなものか、ブロックとはどんなものか、さらにはどのように家を建てるか、を学ばなければならないとしたら、一軒の家を完成させるのは非常に難しいだろう。料理を作る時と同じで、その料理を見たこともなく、食べたこともないなら、食材があったとしても、その料理をおいしく作るのは非常に難しいだろう。仏を学ぶのも同じで、仏法はこんなにもつかみどころがなく理解が難しいため、多くの人にとっては、一生をかけても三藏十二部経を読破することは非常に難しく、経の一部を深く理解することさえ大変難しい。さらにその後の実修実証となると、それにも増して非常に困難である。またさらに、実修の後に悟りの境地に達することは、私達にとっては全く不可能な事だと言っても過言ではない!今日尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは実修実証開悟の大成就者であられ、どのように家を建てるかをご存知であるだけでなく、家を建てて見せてくださり、どうやって料理を作るかをご存知なだけでなく、料理を作って食べさせてくださる!尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは深奥な仏法を眼前に見せてくださり、生活の至るところで仏法を体験できるようにしてくださる。上師の教導の一步一步に従って歩むだけで確実に修めることができ、深奥な仏法を実践することができるため、全体がつかめず方向性も分からないまま、めちゃくちゃな修行をすることはないのだ!

彼女は出家の際、一生を仏法に捧げ、修行により生死を解脱し、衆生に利益すると発心した。しかし、古徳に言うように、彼女はいわゆる「標月指」に囚われていた。語句、自分の意見にこだわり、仏法の真義などはなから悟ってはいなかったし、もちろん実践などできているはずもなかった。しかし今では、上師-尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに巡り会うことができた。上師は、ご自分が累劫で修行を重ねて得られた最高の宝をくださる。最も深く秀逸な仏法をみなに見せてくださる。みなが累劫で積み重ねてきた罪障を自分の肩に背負ってくださる。弟子の業がどんなに重くとも、根器がどんなに劣っていようとも、病がどんなに深くとも、あらゆる弟子を宝のように思ってくださり、いつでもみなを加持してくださる。上師の恩は、累劫修行の功徳を以てしても報いることができるようなものではないのだ!

例えば、菩提心は非常に大切な妙宝であるとだれもが知っている。修行するなら、必ず菩提心を発しなければならないのに、長々と議論したとしても、菩提心の真義はやはり理解できていない。しかし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは菩提心を実践して見せてくださる。上師はいつでもどこでも、心の底から衆生に利益することを思っておられる。虛空の中にあまねいて、未来際を尽して、あらゆる空間、あらゆる時間に、平等で広大かつ無私な上師の菩提心が存在している。このように貴重な仏法を、上師は日常生活で現してくださる。私達は上師から教えを賜る仏法に従い、自分の意見、執着を捨て去り、一步一歩着実に行うことで、いつか必ず仏法の彼岸に到達できるのだ!上師は「だれもが仏と同じ清淨本性を持つ」と開示くださった。それを体得さえできれば、修行は非常に容易であるが、上師と伝承の加持力がなければ、それを受け止めることはできないのだ!

彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し仏法を学んでもうすぐ2年になる。皈依したばかりの頃、弟子が過ちを犯すと、上師はしばしば叱責した。しかし、今では叱責なさる機会はどんどん減っている。以前は、上師が道場におられない時には、かつて開示なさった法話の録音を流していたが、今は録音を流していない。しかも、上師の開示も今ではどんどん少なくなっている。今の状況は牛を放牧しているようなものだと、彼女は感じている。なぜそうなのか?それは弟子たちが、上師の教法を努力して実行しようとせず、上師の話を聞き努力してまじめに修行しようとしないからだ!過去世で善縁、福報があったおかげで、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの座下に皈依できたのだ。それなのに、このような大修行者がこんなにも苦心して教導し、加持してくださるにもかかわらず、聞き入れず、誠意を持って修行し改めないなら、自分の福報を損なってしまうだろう!今日私達はこんなに素晴らしい上師を持つことができた。この機会を大切にせず、教導に従わなければ、いつか上師がいなくなったら、大変なことになるだろう。まじめにこの事を考えて欲しい。百千万劫でも巡り会うことが難しいこのような因縁福報をしっかりと掴み、修行に取り組む決心をしてほしい!ありがとうございました!

四人目の出家衆は、前回話し終えられなかった部分を、今回最後まで伝える機会をお与えくださったことを、先ず尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。以前、彼女は顕教にいた時、生死を解脱したいがために仏菩薩に助けを求めていた。後に因縁があり、寶吉祥仏法センターに来ることができ、自分はこの心願を満了することができた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのような徳行、悲心、証量を備えた上師に皈依することができたのだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは分別心なく衆生をお助けくださる。衆生の因縁と根器に基づき、それぞれ違った教法をお授けくださるのだから、弟子である私達も分別心を持ってはならない。なぜ他人にはあって、自分にはないのか?などと思ってはならない。すべての問題は自分の問題であることを知らなければならないのだ。

以前顕教にいた時、彼女は自分はたいへん素晴らしく、優れていると思い、傲慢になっていた。一日中文章上の意味ばかり追いかけ、仏法を生活に生かすことをせず、己を知らなかった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し、半年余り後の法会で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、非常に傲慢でわがままで、自分は素晴らしく、優れていると思っている、として彼女を叱責した。そして、それほど高慢なら、顕教に戻れば良いと仰せになった。その時彼女は、たくさんの信衆の前で叱責され居たたまれない気持ちになり、突然訪れた棒喝に驚愕してしまった。これまでこのような境遇になったことがなかったので、うつむいて会場を離れ、顔を上げることができなかった。穴があったら、すぐに入っていただろう。当時は、なぜこんな事を言われるのか分からないとだけ思い、上師がこうまでおっしゃるには、きっと自分に問題があるに違いないと考えた。これまで一度も公衆の面前で罵られたことなどない彼女だったが、幸いなことにすぐに頭を切り換え、修行し、忍辱し、我相と我執を捨て去り、消業することができた。上師がこのように素晴らしい機会をお与えくださり、自分を試してくださったことに感謝し、忍ぶことができた。当時もし怒ってその場を離れていたら、今世の残された日々がどうなったかは想像するだに恐ろしい。

もし自力に頼るなら、一心不乱になれず、一草一木に心を残し、淨土に往生することなどできないだろう。もし、具徳大能力の上師にご指導いただけなければ、その難しさはさらに言うまでもない。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの叱責に感謝している。なぜなら尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが彼女が抱える問題をご指摘くださったおかげで、自分の欠点を反省する機会を得ることができたのだから。自分は実はこんなにも小さく、修めた仏法は浅薄で、文字上のみの身についていない決まり文句に過ぎず、自力では何もできないくせに、何をあんなに高慢であったのか?と気づくことができた。上師の法は非常に精細である。実修実証がない者は、仏の深意を分かり易く説くことなど不可能である。こうして、彼女は自分の我に気付き、リンチェンドルジェ・リンポチェがかつて彼女に開示くださった「出家したのに、在家で修行している方がましだ」というお言葉に思いが至った。彼女は深く恥じ、自分を深く見つめなおす機会をお与えくださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝した。

前回彼女は、なぜ遅刻し、「早晚課」に参加できなくなったかについて話した。実は彼女はずっと非常に緊張していた。そして、自分はチベット仏教について何も分かっていないと考え、そのため長い間リンチェンドルジェ・リンポチェの「法会開示」及びミラレバ尊者など大成就者の伝記を読むことに時間を費やし、密教を理解しようと努めていた。けれども、そのせいで毎日の睡眠時間が非常に少なくなっていた。普通「早晚課」を行う日には、彼女はかなり警戒していたが、その日はどうしたことか、またはこれも彼女の業力の現われか、その日「早晚課」のために道場へ向おうという時になって、彼女は突然強い疲れを感じ、ちょっと横になりたいと思い、なんとついには眠ってしまった。急いで道場に着いた時には、既に3分間遅刻していて、「早晚課」に再び参加する機会を失ってしまった。出家衆である彼女は、毎日必ず「早晚課」を行わなければならない。しかし、寝過ごしてしまったことで、「早晚課」から排除されてしまったのだ。彼女は己をひどく恥じ、そのため尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに「早晚課」への参加復帰をお認めくださるよう願い出ることに決めた。

彼女が尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに会いに行った時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、再び道場に来て「早晚課」に参加することをすぐにはお認めくださらなかった。その代わりに、戻ってよく考えた後また来るように、とおっしゃった。彼女は、さらに反省する機会をお与えくださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。これによって、ようやく彼女は自分が既に怠け心を起こしていることと、無常をいつでも心に持ち続けることをしていないため、このように怠惰になってしまうのだと気づいた。もし、いつでもどこでも無常を心の中に持ち続けているなら、必ず警戒心を保持できたはずで、一回一回の機会を大切にできたはずだ。晚課を迴向した後、一般的に顕教では「普賢警衆偈」の一節を念じる。「是日已過、命亦隨減(昼夜常に過ぎゆれば、命に従いすり減らす)。如少水魚、斯有何楽?(残り少ない水に住む。魚になんの楽しみぞ?)大衆当勤精進、如救頭然(頭を保護するかのように、真剣に精進せねばならない)。但念無常、慎勿放逸(しかしそれでも無常を常に考え、慎んで放逸するなかれ)。」中でも無常について説いているが、彼女は、いつでもどんな時でも自分を気づかせることを行っていなかった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは一回目は彼女の願いを聞き入れてくださらなかった。ただ、帰ってもう一度考えるようにおっしゃった。しかも、彼女に何か他に問題があるか、とお尋ねになった。その時彼女は、他に問題があるかどうかを思いつかないでいたので、何も答えなかった。しかし、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは真にすばらしいと讚歎せざるを得ない。後になって思い起こしてみれば、自分には、六字大明咒について誤解しており、四臂観音について誤認し不敬であるという、深刻な問題があったのだ。彼女は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに深く感謝している。もし尊きリンチェンドルジェ・リンポチェでなければ、彼女は今になっても、自分が地獄の因を植え付け、恐ろしい果報が待っていることも知らなかっただろう。このことを経験し、自分は毎日六字大明咒を念じ、四臂観音像を目にしていても、己の誤解の妄念を警戒せず、それがこんなにも長い間続いても気が着いていないように、衆生は毎日迷いの中で生活し、自分がはっきり見えていないということを、彼女は体得した。故人は修行中に「幸いにも如法の善知識に出会い、いつでも見守って気づかせてくれ、偏った考えをすぐに修正してくれなければ、正知正見に入ることはできない」と言った。

続いて彼女は言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたことは、非常にありがたいことである。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは徳行を備えた上師であり、みなの法身父母である。みなは父母から肉身(色身)を賜ったおかげで、仏を学ぶことができている。これは非常に重要であるので、深く感謝しなければならない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェはみなに法身慧命をくださり、三界を出て、仏道になる機会をお与えくださった法身父母のだ。これはさらにいっそう重要なことである。

ここ数ヶ月、彼女は自分が貪、瞋、痴等五毒と身、語、意を作り出すことで、六道輪迴の苦海に衆生を送り込んでいることに懊悩してきた。自分は毎日仏を拝んでいるが、何を拝んでいるのか、何を懺悔しているのか分からないと懊悩している。なぜ機が訪れても転換できず、機に従って行ってしまうのか?努力して改めようとしてはいるが、進步はなおこんなにも緩慢で、自分の無始劫からの習気があまりにも重いことを察知している。《地藏経》では、「衆生起心動念、無不是業、無不是罪、如何能了生死(衆生が心を動かせば、全て業であり、すべて罪である。如何に生死を解脱することができようか)」という。彼女は、どうすべきか分からなかったので、どうしようもなく辛かった。しかも、今では上師のお世話を受け、20数年間は十方施主の供養を受けている。「今生不了道、披毛帯角還(今生で道を修めなければ、次の世は動物に生まれ変わるだろう)」というが、真に恐ろしいことである。彼女の心中の恐れと虚無感は言葉で言い表せるものではない。上師に皈依するまでは、この蛇のような五毒を取り除かなければならないと知ってはいたが、力及ばず、しばしば忘れてしまい、さらには深く悟ることもなかった。面倒がらずにいつも諄諄と教誨及び加持くださる上師に、彼女は深く感謝している。そのおかげで、彼女は、人の命はいつ消えるとも分からないのに、貴重な時間を大切にせず、自分の言語、行為、思想を変えることに努力もせず、業が消えなければ、どうして解脫でき、進歩できようか?という戒めを感じることができたのだ。頼りがいがあり徳大能力を備え、しかも弟子が生死輪迴を断ち切り彼岸へ行けるよう慈悲深くお手伝いくださる上師に皈依していると言っても、弟子としては力の限り自身で修行し、福報を増やさなければ解脫することはできない。これにより、上師の福報とエネルギーの損耗を減らすことができ、それでこそ上師はさらに多くの衆生に利益することができるのだ。上師を愛護し、上師に孝順する、あるべき行いである。

皈依してから一年半になるが、上師は彼女に対する教誨で「供養、持戒、忍辱、六波羅蜜、正念の保任、八風吹不動、破我相、我執、法執、四相等の言葉を常に心中に持ち続けていれば、大きく成長できるだろう」と開示くださった。上師がくださる開示と法に対しては、言葉では言い表せず、感謝しても感謝しきれない加持力をいつも感じ、彼女は、ただただ心から感謝するだけである。上師の恩徳は山のように大きく高く、報いる術はなかなか見つからないが、修行を持ってすれば報いることができる、と彼女はみなを励ました。

五人目の出家衆は先ず、仏を学ぶ心得について語る機会をお与えくださったことを、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。彼女は、顕教から密教へと移る転換点について、仏法でいう「身安道融」から、この過程について話そうと思うと述べた。

彼女は先ず「身安」について話そうと言った。以前顕教仏寺にいた時には、出家者はみな仏寺の収支について頭を悩ませていた。自分たちも毎日、在家衆と同じで、朝8時から午後5時まで働かなければならず、非常に多くの事を行わなければならなかった。自分たちの勤めはもちろん仏寺での勤めであるが、每月ささやかな月給を受け取り生活していた。仏寺は財団法人に属しているため、出家衆も仕事をしなければならなかったのだ。たくさんの人が、出家衆は仏寺で何もすることがないようだと思っているようだが、実は非常にたくさんの事を行わなければならなかったのだ。これを聞いて、みな、おかしいと思うだろう。なぜ出家衆が仏寺で金銭の管理をしなければならないのか?これは実は、中国の歷史と関係がある。かつて仏寺は居士が管理しており、それが出家者にとっては非常な不便となっていたため、現在では出家者が管理しているのである。当時彼女は思っていた。民国時代より古く、唐代など古代の出家者もこんなに忙しかったのだろうか?出家後はすべての心と力を修行に注ぐべきではないのか?なぜこんなに多くの事をなお行なければならないのか?彼女は、出家者は修行にだけ集中すべきで、たくさんの事に煩わされるべきでないと感じていた。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後は、リンチェンドルジェ・リンポチェは彼女たちに一切をお与えくださり、彼女たちが食事し、暮らす場所を無料でご提供くださった。彼女たちは「早晚課」を行う必要があるだけで、自分の生活起居を自身で整えればそれで良く、一日の大半を学仏修行に費やすことができる。出家衆の宿舍にも、客を迎えてはならない等いくらか規則がある。彼女は寶吉祥仏法センターに入った後、台湾にこのような道場が存在することを初めて知った。出家衆として、寶吉祥仏法センターに落ち着くことができたことに、在家弟子がこの道場を護持してくれていることもあり、みなにも大変感謝している。

「道融」とは修行についていう。彼女は、自分は皈依してから約半年にしかならないため、多くの部分を深く理解しているわけではない、と言った。ここにおいでの他の法師は、必ず彼女より豊富な経験をお持ちである。このことについては先週既に話したが、以前の彼女の修行法は一つの法門から深く入って学習するというものだった。当時は一人の師父について座禅を行い、小乗から始めていた。しかし、後半の段階になり、越えられない壁を感じ、「気脈明点」を学ばなければならないということを悟った。しかし、チベット仏教を知って、これはそんなに簡単な事ではないということを初めて知った。

続いて彼女は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが非常に謹厳に戒律を守っておいでのことについて讃えたい、と述べた。例えば、みなは道場に入る時、先ず新しい靴下を履く。なぜなら仏経では不淨な足で仏堂に入ってはならないと説くからだ。そのため、
尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは、みなに靴下を換えさせるのである。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに拝謁を求める時には、なぜ跪かなければならないのか?なぜなら菩薩戒中では「求めずに尋ねることはできない。必ず先ず求めなければならない」と説くからだ。菩薩戒では「自身が甘露に化身し、衆生に食べさせた後、仏法により彼らに利益すると観想する」という。これは尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが施身法を修められる時の観想である。最後に彼女は再び、みなと体験を分かち合う機会を賜ったことを尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝した。

続いて出家弟子たちは、法会の参列者を率いて、六字大明咒を持誦し、法会は終了した。

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2014 年 03 月 13 日 更新