尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの法会開示 – 2013年3月24日

法会が始まる前に、女性弟子が尊き金剛上師リンチェンドルジェ・リンポチェに救われた経過を列席者と分かち合った。

2012年4月のある金曜日、彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの会社に出勤した。その日彼女はある事をきちんと処理しておらず、リンチェンドルジェ・リンポチェに「兼職の気持ちでグループで仕事をしている。今回のミスが原因で会社に与えたダメージの責任を取るように」と何度も叱られた。その時彼女は恥じ入って身の置き場がないのを感じ、自分がグループで働いているのをはっきり認識していなかった故に独りよがりに自分の方法で仕事をしていた事にはたと気付いた。当時彼女は中国にある別の会社の顧問をしており、毎月中国に5日行って仕事をしていた。元々彼女はすでにスケジュールを組んでいて、次の月曜日は中国へ行く予定であった。この事件が発生した後、彼女は自分の処理が不当であった事に対して最後まで責任を尽くそうと決めていた。その日、彼女は、中国で8年間兼務していた仕事を辞職することについて話す決意をした。

彼女は実のところ、前から中国に行きたくはなかった。ただ社長が彼女によくしてくれたので口にできなかったのだ。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの叱責によって無類の勇気が沸き決意することができた。現在彼女は当時を思い返し、尊き金剛上師に対して非常に大きな不敬を働いたと感じている。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのグループで働く機会を既に得ていたのに、尚もしっかり従っていく決意を下せず、尊き金剛上師に口火を切らせて初めて決意できた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェがいつも「あなた方は因果を深く信じていない」と説かれるはずだ。彼女は、因果を深く信じる人なら自分で決意できると心中思った。上師に従える機会をしっかり把握しよう!彼女は累世の業力が自分の仏法を学ぶ因縁を邪魔していると感じた。福徳が足りないので自分の問題がどこにあるかを観察できない。自ら教えを説き監督してくれる修行の量を証した上師に出逢わなければ、今世でしっかり仏法を学びたくても、真に入門して修行することは無理であろう。ただ単に、自己満足的感覚を得て自己陶酔するだけだ。

当時、彼女の夫は中国の仕事を辞職したことを納得できなかった。彼女はこの仕事をこんなに熟知していて、一ヶ月に何万円も稼げる仕事なのに、なぜ放棄したのか?一向に彼女に対して方法がない彼女の夫は、承諾したものの、また彼女に怒って眠れないこともあった。しかし、彼女が中国の仕事を辞めて一週間すると、夫は彼女の左胸にしこりがあることに気付いた。そこで彼女をすぐに検査に行かせた。二つの病院が乳癌との診断を下し、針生検の結果、乳癌二期であることが確認された。左の乳房に二つの悪性腫瘍があり、それぞれ2.8センチと1センチであった。右の乳房は良性腫瘍だった。彼女の夫は仏法を学んでいなかったので、このような事態に遭遇し恐怖で毎日眠れず、様々な情報を収集し始めた。乳癌は乳房を侵略するだけでなく、遠隔の器官に転移を起こして身体に害を及ぼし生命に危害を加える。もし腋窩リンパ節に乳癌ができたなら遠隔転移を起こし、結果は非常に深刻である。彼女の夫は、手術か化学療法を行なってこそ数年長生きするチャンスができ、5年ももったら良い方だと思っていた!

当時の主治医も彼女の腫瘍は切除手術をするのがベストだと言ったが、その後の検査結果で、彼女の乳癌細胞は「多発性、侵略性」を備え、しかも慢性型であることが分かった。がん細胞がこんなに凶猛であることを聞き、彼女の夫は恐怖に慄いてしまった!医師は彼女らに、片方の乳房を切除したからといって、その他への再発防止は確実ではなく、再発したらまだ切除しなければならないと言った。このような方法で治療したなら、痩せていて小柄な彼女の身体は持ち堪えられるかどうか分からなかった。彼女はずっと手術と化学療法を拒んでいたので、彼女の夫も、ホルモン療法での薬剤投与と、寶吉祥中医診所(漢方診療所)での漢方治療を組み合わせた治療法に同意するしかなかった。彼女の夫は毎晩眠れなかった。彼女は乳癌になったので大法会に参加したいと言うからだった。ここ数年、彼女の夫は大法会に参加することを承諾せず、彼女への恨みと諸々の不満も、彼女が癌を患ったので再び追求することはなくなった。今思えば、その時しこりを彼女の夫に発見されなかったら、彼女自身も絶対に気付くことはなかったであろう。もし癌にならなかったら、彼女の夫は一生、彼女が過去の20年間に夫に対して行なった諸々の横暴な行為を許すことはなかったであろう!

彼女は大人しく病院へ行き薬をもらって飲んだ。彼女のグループでの出勤に影響が出ないのならそれで良かった。当時、仕事は忙しかったが、彼女は疲れを感じなかった。身体には全く癌の痛みはなかった。たまにある痙攣の痛みは、蚊がさしたような程度であった。彼女の夫は家族の世話や家事をし、彼女が仕事に専念できるようにした。彼女の病気によって、彼女の夫は一生のお金の使い方を変えた。お金を使うことをずっと惜しんでいた彼は、有機の野菜や果物を買って家族に食べさせるようになった。物事の見方も大きく変わった。元々彼女の夫は身体のあちこちに病気があり、数日に一度は病院へ行っていたが、彼は自分の病気を徐々に忘れ、病院へ行くことが少なくなり、全身全霊を尽くして数年しか生きられない彼女の面倒をみようとした。

二ヶ月目に再診した時、元々2.8センチもあった彼女の腫瘍は1.5センチに縮小していて、医師さえも奇妙だと言った。彼女の夫は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持に感謝したものの、これは薬剤と彼のナチュラルフード(生機飲食)が彼女の病情に役立ったのだと思っていた。彼女はこれら一切はすべて尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの加持であることを深く信じ、グループで働き、恐がらずに安心して仏法を学べる機会を与えて下さった上師に感謝した。彼女はただ夫に合わせ、一生懸命仕事をすれば良かった。最初から最後まで、彼女は自分が乳癌にかかった事に何の感情も起きず、自分が病人だと感じたこともなかった。だが、家族及び周囲の人は彼女にとても良くしてくれ、癌を患った事がまるで御守を得たような感じで、却って皆の関心を申し訳なく思うこともあった。

その後検査で、医師は元々薬効を早めるために、彼女のお腹に注射を打つことを予定していた。だが、幸いにも今回の超音波検査の結果で、腫瘍は既に0.8センチまで縮小していたので、注射を打つ規定に符合しなくなった。2ヶ月後の再検査では、黒い影が残っただけであった。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが嘗て、癌細胞は龍が患者の身体の中にいると説かれたのを覚えていた。この期間、彼女は自分の左右の乳房内に痙攣の痛みがあるのを感じていた。必ずや数匹の龍が身体の中にいるのだろう!検査ではただ黒い影しか残らなかったが、彼女は龍がやはり中にいるのを感じ、自分の悪行を償わなくてはならないと感じた。

彼女は彼女をグループで働かせてくれた尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに非常に感謝した。これによって、彼女は、仏法を仕事の中で用いる諸々の殊勝な状況を自ら感じ取ることができた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの経営するグループの理念、組織構造、管理方式、定められた制度及び規約、授権及び監督、何かが発生した時の解決方法等のいずれもが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの慈悲と智慧の大能力でないものはなかった。また、生活の中に用いられた仏法の顕現と教えによって、状況の変化に応じ縁に随って衆生を済度する。彼女は感佩し完全に脱帽した。これを思うだけで感動して涙が出そうになった。そして、彼女は、以前の自分の数十年の仕事及び生活経験は、単に諸々の貪瞋痴の状況の中での変化であり、人の煩悩を益々増長させるだけで、仏道修行を益々遠くするものだということを理解した。彼女は、彼女を混沌とした泥沼から救い出し、一本の光明へと向かう道を探して下さった尊き金剛上師の慈悲と憐憫に感謝した。

ある時、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの厳しい質問から、彼女は、自分の仕事の態度が物事に対するもので人に対するものでないことに気付かされた。実際には本当に人のために問題を解決することはできない。よって、彼女は反省をし、人と物事が一体どの様であるかを理解しようと試みた。一切の事物は人によって作られたものである。人を出発点として理解しないのであれば、どうやって事の真相をはっきり見ることができるのか?と省思した。これによって、彼女は自分の物事に対する態度及び方法を変えた。周囲の人と事物の変化とその真義を心で理解しようとした。また別の時に上師に叱責された過程において、彼女は自分が実のところ、上師を完全に敬い、話を聞いているのではないことを身をもって知り、元々懈怠とは上師の不敬を源とすることを察知し、しっかりと上師の歩みに従うことを更に自分に言い聞かせた。

今年グループの忘年会で司会を務めた彼女は、いい間違いをし、来賓に失礼があった。その場で尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは何度も彼女の頭を叩いて叱り、すぐに来賓に謝罪するよう促した。その時またしても、任務をうまくやらなかったので、彼女は本当に慙愧した。その後宴会中に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは皆に言った。先ほど皆は彼女が叩かれ叱られたのを見ただろうが、それは、彼女が乳癌になったからだ。これは上師の弟子に対する加持だ。仏法を学んでいない者は体験できない事だ。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに頭を叩かれた。乳癌は一個月後にはなくなるだろう!その晩、彼女は、この日のビッグニュースを彼女の夫に伝えた。自分が獲得したのは数十万のダイヤよりももっと大きな賞であることを!彼女の夫も「本当だ!これ以上のものがあろうか!」と言った。

今週の月曜日の午前中、彼女は病院で検査した時、腫瘍は既に全くなくなっていた。医者が「なぜ腫瘍がなくなったのか?」と聞いたので、彼女は「尊きリンチェンドルジェ・リンポチェのグループで働いているので、当然違うのだ」と答えた。続いて彼女は医師に「薬を飲めば良くなると思っているのか?」と反問し、この時初めて彼女は医師に、実は薬を真面目に飲んでいなかったこと、最初から今迄数粒しか飲んでいなかったことを告げた。彼女は医師に尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに頭を叩かれた事を話した。医師はそれを聞き、びっくりして笑った。彼女は通常通りに超音波検査を行った。二名の医師と一名の検査技師が、左と右のしこりとなっている腫瘍をあちこち探したが見つからず、全て消えていた。影さえもなかった。そこで彼女に「治った!もうすっかり治った!」と言った。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが言われたように、一ヶ月で治ったのだ。

彼女のある親類が彼女より数ヶ月前に肺腺ガンを患い、数百万元を使ってトモセラピー治療を行なったが、腫瘍は脳に転移した後、また骨に転移し、極大な病苦を受け、今も尚、悪化中である。彼女は尊き金剛上師に心から感謝した。弟子の世話をしてくださっただけでなく、弟子の家族も世話をしてくださった。特に、彼女のように癌となったのに、お金を使わず、痛みもなく、腫瘍は意外な事に消えてしまったのだ!彼女はすでに長い間刺す痛みを感じていなかった。龍は去ったのか?彼女は龍がまだいると思うことにし、一言、一行は全て因果だと自分に更に言い聞かせた。いつ何時も仏法のために、衆生のために全力を尽くして下さるリンチェンドルジェ・リンポチェに報い切ることはできなかった。彼女はただ謙虚に仏法を学び、教えに遵い行動し、尊き金剛上師の慈悲、憐れみ、苦心の教えに背かないようにするだけだった。

続いて、寶吉祥仏教文化交流協会・理事長より報告があった。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェは五名の出家弟子に、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前とその後における仏道修行上の感想を述べるよう指示した。各弟子の持ち時間は5分であった。

一人目は、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依して既に十年が経つ出家弟子の分かち合いであった。リンチェンドルジェ・リンポチェからの沢山の助けを得、心から感謝し、また深く懺悔もし、数日前には泣いたと語った。そこで、彼女は先ず最初にリンチェンドルジェ・リンポチェの御写真に三回頂礼した。頂礼した後、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に授けてくださった無数の恩沢について話した。たったの5分で言い終わるのは実に難しい。彼女は尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前は、非常に我がままで自分勝手であり、自分が正しいと思う時、いつも他人の感情を顧みず、直接行動し、この過程の中で他人を傷つけてしまうこともよくあったと言った。彼女は他人の誤りを指摘し、自分をよく反省することはなかった。

尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、彼女は自分ができていなかった所が沢山見えた。出家衆生として衆生を導くべきであり、自分は出家者の服を着ているが、できていない所が多いと感じた。多くの他の兄弟子達ができている事を、彼女はまだできていなかったので非常に慙愧した。彼女は毎回、法会前に、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依している他の弟子達が舞台に上がって分かち合うのを聞いた時、沢山の収穫を得たと感じた。なぜなら、彼らの犯した間違いは全て彼女が嘗て犯したことであったからだ。先ほど彼女は、法会前に分かち合った女性弟子の話す内容を聞いた時、自分にも同じ問題があると深く感じ、理解した。彼女は、自分の犯した過ちを懺悔し、舞台に上がって分かち合ってくれた弟子達に感謝した。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの大恩、大徳に思い及ぶと、彼女は上師の恩沢を言葉で表現するのは難しく、一時、どこから話したら良いのか分からなくなった。

彼女はある兄弟子がかつて彼女に話したことを今迄覚えていた。「あなたは全台湾で最も福徳のある出家者だ。」それを聞いた後、彼女もその兄弟子に言った。「寶吉祥仏法センターの在家弟子は全台湾で最も福徳のある在家者だ」と。彼女は皆と共にしっかり話を聞き、教えに遵い行動する努力をしてこそ、今世でやっと得られた人身と、具徳の上師リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依し仏法を学ぶ機会とを無駄にすることがないと話し、皆と心を同じくして力を合わせて修行をし、生死輪迴から解脱し、衆生を利益することを望んだ。

続いて、二人目の出家弟子が分かち合った。彼女は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依できたことを非常に嬉しく思い、自分のこの一生の中で最も重要な事は、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する福徳が得られたことだと感じていた。毎週土曜日、リンチェンドルジェ・リンポチェが信者を助ける時、如何なる苦しみ、如何なる困難を持った衆生であっても、リンチェンドルジェ・リンポチェの目前に来ると、誰もが助けを得られるのを見た。彼女は、恐れおののいている顔がリンチェンドルジェ・リンポチェの助けと加持を得て、解きほぐされるのを見ると、心から感動し、感謝した。彼女はいつも人に言っていた。寶吉祥仏法センターは難病を専門に治療する所だと。リンチェンドルジェ・リンポチェは毎回、各種方法を尽くして衆生を助けた。喜怒哀楽は全て衆生を助けるためのもので、直接助けられないなら横から助け、言っても聞かないなら別の方法で話す。これらから彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの大慈大悲と広大な智慧、一つ一つの思いが全て衆生のためにあることを深く理解した。彼女は常に一つの想念があった。衆生に代わってリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝したい。ある時彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに御布施した。リンチェンドルジェ・リンポチェは少し止まって、彼女に何のためかと聞いた。彼女は、あなたがいてくれて本当に良かったと答えた。

リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前に、彼女は既に出家し十数年経っていた。沢山の御経を見たが、やはり実行できなかった。彼女の瞋念(怒り)は非常に重かった。しかも比較するのが好きだった。表面上では他人と衝突することはなかったので、他人には見ることができなかった。だが、彼女は気に入らない事に出逢うと心中不機嫌になった。この種の微細な慢心は処理するのが難しく、自分で気付くのも難しい。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依しなかったら、彼女は自分にどれ位できない事があるかを理解できなかったし、元々自分は三宝を少しも敬っていないという事を知ることもなかった。リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依したので、彼女は一人の人間として如何にすべきかを学び、三宝を如何に恭敬するかを学び始めることができた。

彼女は以前座禅を組んでいた時、各種方法を尽くした。観空、数息、真言を唱える、仏号を唱える等。だがどれもできなかった。その後、彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、ただ法会に参加し、話を聞き、教えに遵い行動し、自己の煩悩を解放すれば、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のもとで特別に何かを行なわなくとも、徐々に進歩することができると感じた。現在、彼女は、静かに一時間座禅することも簡単に実行できる。彼女は、リンチェンドルジェ・リンポチェがずっと黙々と衆生を助けられていることを非常に感謝した。彼女の両親は益々年を取り、身体も弱くなり、いつも色々な病気をしている。だが、リンチェンドルジェ・リンポチェの加持のお蔭で、彼女の両親も病苦が減った。両親の病気が減れば、彼女の苦痛も減って安心して仏法を学べる。これら一切はリンチェンドルジェ・リンポチェが黙々と助け、黙々と加持を授けてくれたからである。

三人目の出家弟子が分かち合った。彼女は自分が愚鈍だと言った。彼女は若い頃、人生が無常である事を深く感じていた。それは、一つには彼女が嘗て病院で働いていた事、二つには彼女の両親が事故及び病気で相次いで亡くなった事が原因だった。彼女は、もし自分の因果業力の問題を早く処理しないなら、死の無常はとても恐いものだと心の奥底から感じた。だから、彼女は顕教に皈依した後、非常に努力し、お経を見て分からなかったら礼拝した。他人が念仏を唱え、仏を拝むなら、彼女も人より多くやった。彼女は努力し、勤行のスケジュールを一杯にした。盲目的に修行し、自分では修行していると思っていたが、実のところ、問題を解決することはできなかった。煩悩が山ほどあり、最後には傍らの者も見ていられなくなった。彼女に、もう礼拝するなと言う者さえもいた。彼女はずっと自分は進歩しておらず、煩悩はだんだん多くなり、どうしたらよいか分からなかった。

お経を唱える時、お経はあなたのどこに誤りがあるかを教えない。だが、自分で自分の問題を見るのは非常に困難だ。必ず経験のある上師の指摘が必要だ。なぜなら上師は経験者だ。指摘すれば、あなたが問題をはっきり見るのを助けてくれる。その後、彼女は兄弟子の紹介で、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見する機会をもてた。初めてリンチェンドルジェ・リンポチェに謁見した時、リンチェンドルジェ・リンポチェはその場で彼女自身の諸々の問題を指摘し、彼女を心底から感服させた。彼女は仏法を学び十年余り煩悩の問題を解決できなかったが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェが法会の中で説かれた方法を、彼女はその通りに実行してみたら、一週間で問題は解決した。リンチェンドルジェ・リンポチェは実にすごい!

彼女は顕教を長年学び、経典の中にある「空性」と「無我」を体得し実行するのは難しいと感じていた。念仏、座禅、勤行に頼ることでほんの少し会得できるが、ちょっとやったらまた元の状態に戻ってしまう。彼女は寶吉祥仏法センターに来てリンチェンドルジェ・リンポチェのもとで仏法を学んで初めて、リンチェンドルジェ・リンポチェが教えた仏法は実際には実践する仏法だと気付いた。例えば、本当に「利他」を実行できてこそ、「無我」に近づくことができる。こんなに高尚で深い仏法を上師の加持のもとで、こんなに簡単に会得でき、実行でき、生活の中に使うことができる。人の群れを離れて住む必要はない。これこそが真の仏法だ!彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェの教えが実に殊勝であることを深々と感じた!皆もこの機会を大切にし感謝することを願う。

四人目の出家弟子が分かち合った。彼女は皈依して二十年余りの間、沢山の弘法者を訪ね、これらの弘法者も心を込めて彼女を指導した。だが、それらは仏教用語上の談論となるだけで、彼女はいつも会得できず、生活の中に根付かず、効果的な解脫の方法ではないと感じていた。彼らは彼女に聞思修、戒定慧、懺悔等の法門を通して修行するよう言った。彼女はみんな知っていたが、やはり実践できなかった。どうしたらよいかも分からなかった。彼女は生死から解脱したいと思った。だから、観世音菩薩に、具徳且つ実修実証の上師が見つかり、彼女を修行の道に導いてくれ、生活上に憂慮なく仏法を学ぶことができるよう祈った。

観世音菩薩はとても霊験あらたかだ。あなたに向上しようとする気持ちがあり、生死を解脱したいと思うなら、観世音菩薩は助けを与える。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェにまみえる因縁が熟した。彼女が手を怪我しリハビリに行った時、寶吉祥仏法センターの弟子も丁度そこでリハビリをしていた。この弟子は、最初から彼女に、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェの衆生済度の事跡について話した。彼女は世間の密法に対する誤解の影響を受けていたので、密法と知ると興味がなくなった。その後、この弟子はリンチェンドルジェ・リンポチェの著作である『快楽と痛苦』を持ってきて彼女に見せた。彼女は本を読んだ後、非常に驚嘆した。なぜなら『快楽と痛苦』の本に用いられている言葉は平易であったが、一言一言すべてに深い修行の意味が含まれていたからだ。それはまるでお経のようであった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェは自分が長い間探していた具徳の上師であることを認めた。彼女は『快楽と痛苦』を何度も読み、いつも携帯して自分の必需品とした。以前から彼女には本の上に線を引く習慣があったので、『快楽と痛苦』上の良い言葉にも線を引いていたが、最後にはどの言葉にも線が引かれていた事に気付いた。どの言葉も非常に重要で、どの文字にさえも深い意味を含んでいた。

彼女は「阿弥陀仏無遮大超度法会」に参加した時、会場には2万人余りが列席していた。だが、非常に静かで秩序が保たれていたので、彼女は非常に驚愕した。また、修法の儀軌の過程も非常にスムーズであり不可思議だと感じた。法会全体は非常に清らかだった。このような法会を彼女は嘗て見たことがなかった。その後、リンチェンドルジェ・リンポチェに謁見を求め、寶吉祥仏法センターに一歩足を踏み入れて腰をおろした時、一瞬、心と周囲が静寂し、まるで人がおらず非常に特別で、形容不可能な境界を感じた。ここは自分が来るべき所だと感じた。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、非常に大きな助けを得た。

少し前、リンチェンドルジェ・リンポチェは四臂観音法門を他の二人の出家弟子に伝授したが、彼女は伝授されなかった。だがその時、彼女は不公平だと感じなかった。その二人の出家弟子は彼女よりも早く皈依していたので、彼女は彼女達が先に学ぶのは当たり前の事だと思った。その時、幸い彼女には悪念が起きなかった。その後、彼女は、自分が当初、密法が世間に誤解され言われていた話に影響を受け、観世音菩薩の六字大明咒に対して誤った見解を持ち、心念に間違いがあり、三宝を敬わずに問題が出、朝晩の勤行ができなくなったことを反省した。また彼女は、誤って導かれるのを防ぐために、世間の一部書籍を気軽に読まないことを皆に勧めた。その時、リンチェンドルジェ・リンポチェが彼女に法を伝授して、彼女が続けて朝晩の勤行を行なっていたら、反省し検討することを知らなかったであろう。また、自分の誤りがどこにあるかも気付かなかった。彼女はリンチェンドルジェ・リンポチェが信者に謁見する土曜日、道場に来て懺悔した。7ヶ月懺悔した後、リンチェンドルジェ・リンポチェは慈悲深く、彼女を朝晩の勤行に一緒に参加させて下さった。

分かち合いの時間は制限されている。一言で言い尽くすのは難しいので、彼女はただ皆と共に学ぶと言い、皆にはリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した機会を非常に大切にしてもらいたいと強調した。リンチェンドルジェ・リンポチェの法は比類なき殊勝の法であり、リンチェンドルジェ・リンポチェは実に、遇い難き、因機説法ができる偉大な修行者である。彼女は皆に、しっかりと上師に従い、話を聞き、教えに遵って行動すれば、必ず生死を終えて輪迴を解脱できると励ました。

五人目の出家弟子が分かち合った。彼女は自分がリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前と後の相違を話す機会を与えて下さった尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに感謝をした。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前と後では、彼女の心身面に大きな変化があった。二つの面から話す。

一つ目は三宝への皈依。彼女は自分は出家者であるので、リンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前、毎朝仏の功徳を憶念していた。それは、仏は生老病死の解決のために世間に降臨したからだ。当初、彼女は仏は非常に遠いと感じていた。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後、毎朝上師の功徳を憶念することにした。仏と上師の功徳を憶念する中で、彼女の心身には変化が起きたが、言葉で表現するのは難しいので、自分で試みれば何らかの会得があると皆にアドバイスした。仏の功徳を憶念する時、彼女は、仏陀は涅槃に入りすでに2000年余りであるので、遥かに遠いと感じた。だが、上師の功徳を憶念した時、彼女は仏と非常に近いと感じた。また、自分が在家者である時に五戒を授かり、出家後には沙弥尼戒、菩薩戒を授かり、諸々の過程を経ていたが、尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後に初めて真に三宝に皈依したと感じた。

二つめは殊勝の法門。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依する前、彼女は座禅を学んだことがあった。当時は小乗を学んでおり、その後、別のある師父について学んだ。学習の過程において、若い頃に座禅を好んでいたが、40~50歲になり身体の代謝が緩慢化して太り始め、続けて座禅を組めなくなった者もいることに気付いた。当初、彼女もこの問題に面していた。年齢が高くなり代謝が悪化し始めた。この問題を解決するためには、毎日4~5回座禅してこそ身体を保つことができた。

当初、彼女は、なぜ座禅をすればするほど太る者がいるのかという問題を解決できないでいた。以前の師父は彼女に告げた。我々が住んでいるのは一つの宇宙であるが、各人の身体は小宇宙であって、両者間にはバランスが保たれている。外気と内気のバランスが取れていないのなら、太るという問題も起こらない。尊きリンチェンドルジェ・リンポチェに皈依した後の現在、彼女は沢山の時間を使って座禅せずに、身体も現状を維持できている。これは全てリンチェンドルジェ・リンポチェの加持のお蔭だ。彼女は座禅時に、気脈明点を学ぶべきであると書かれた本を読んだことがあった。そこで密法を学ばなくてはならない事を知り、密法を学ぼうという心が芽生え、寶吉祥仏法センターに導かれた。彼女は阿弥陀仏を唱えても最後にはやはりポワ法を学ばなくてはならないことを知った。だからやはり密法を学ぶ必要がある。よって、仏道修行の最後には皆、密法を学ばなくてはならないことを理解した。

その後、出家弟子達が会場の列席者をリードし、法会が終了するまで六字大明咒を唱え続けた。

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2013 年 06 月 10 日 更新